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審決分類 審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備  F28F
審判 全部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  F28F
審判 全部無効 2項進歩性  F28F
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  F28F
管理番号 1219186
審判番号 無効2009-800199  
総通号数 128 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-08-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2009-09-15 
確定日 2010-06-21 
事件の表示 上記当事者間の特許第3316492号発明「積層型熱交換器」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3316492号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
本件特許第3316492号に係る発明についての出願は、平成4年8月31日に出願した特願平4-231191号の一部を分割して平成12年5月30日に新たな特許出願としたものであって、平成14年6月7日にその発明について特許の設定登録がなされた。
これに対し、平成21年9月15日に請求人株式会社デンソーより無効審判の請求がなされ、平成22年1月12日に被請求人三菱重工株式会社より答弁書が提出され、平成22年2月18日に請求人より弁駁書が提出され、平成22年4月20日に口頭審理がなされたものである。

II.本件特許発明
本件請求項1に係る発明(以下「本件特許発明」という)は、明細書の請求項1に記載された次のとおりのものである。
「一端に流体の出入口タンク部を成形すると共に同出入口タンク部間に流体流路を成形してなるプレス成形プレートを2枚突合せて偏平チューブを形成し、同チューブを多数積層して構成される積層型熱交換器において、前記出入口タンク部のうち出口側タンク部の形状を上半分を楕円形、下半分を長円形とすると共に、同出口側タンク部に上側半分を楕円形、下側半分を長円形にした連通孔を設けたことを特徴とする積層型熱交換器。」

III.請求人及び被請求人の主張
1.請求人の主張
請求人の主張は、概略以下の通りである。
(1)本件特許を無効とすべき理由1
本件の請求項1の記載は、特許を受けようとする発明が明確ではないから、特許法第36条第6項第2号の規定を満たしておらず、この特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
(2)本件特許を無効とすべき理由2
本件の発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確にかつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号の規定を満たしておらず、この特許は同法123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
(3)本件特許を無効とすべき理由3
本件の請求項1に係る特許発明は、甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前にその発明の属する分野における通常の知識を有する者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、この特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(4)本件特許を無効とすべき理由4
本件の請求項1に係る特許発明は、甲第6号証乃至甲第11号証に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前にその発明の属する分野における通常の知識を有する者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、この特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(5)本件特許を無効とすべき理由5
本件の請求項1に係る特許発明は、甲第6号証及び甲第12号証に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前にその発明の属する分野における通常の知識を有する者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、この特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(6)本件特許を無効とすべき理由6
本件の請求項1に係る特許発明は、甲第6号証及び甲第13号証に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前にその発明の属する分野における通常の知識を有する者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、この特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(7)本件特許を無効とすべき理由7
本件出願は、原出願の願書に添付した明細書又は図面の開示範囲を超えてなされたものであって、特許法第44条第1項分割出願の要件を満たしておらず、原出願の時にしたものとはみなされないため、出願日は現実の出願日である2000年5月30日となる。そして、本件の請求項1に係る特許発明は、その出願日前である平成6年(1994年)3月18日に公開された原出願の特許公開公報(甲第14号証)に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、この特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

〈証拠方法〉
甲第1号証:平成12年4月18日付拒絶理由通知
甲第2号証:平成12年5月30日付意見書
甲第3号証:特開昭63-32296号公報
甲第4号証:平成12年5月30日付手続補正書
甲第5号証:広辞苑第5版(岩波書店)の表紙、発行元を称する最終頁、
及び「長円」説明箇所
甲第6号証:実願平1-118784号(実開平03-64359号)の マイクロフィルム
甲第7号証:独国特許公報DE3618225A1明細書及び翻訳文
甲第8号証:実公昭50-32838号公報
甲第9号証:特開平2-290496号公報
甲第10号証:特開平2-242089号公報
甲第11号証:英国特許公報1204004明細書及び翻訳文
甲第12号証:実願昭62-160677号(実開平1-67478号) のマイクロフィルム
甲第13号証:英国特許公報1387469明細書及び翻訳文
甲第14号証:特開平6-74601号公報
甲第15号証:平成16年(ワ) 第26092号特許権侵害差止請求事件の判決文
甲第16号証:平成18年(ネ)第10077号特許権侵害差止請求控訴事件の判決文

2.被請求人の主張
これに対して、被請求人の主張は、概略以下の通りである。
(1)請求人の主張する無効理由1について
請求人の主張は妥当ではなく、むしろ、本件特許の請求項1の記載は、特許を受けようとする発明が明確なものとなっているため、特許法第36条第6項第2号の規定を満足している。
(2)請求人の主張する無効理由2について
本件特許発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確にかつ十分に記載したものであるから、特許法第36条第4項第1号の規定を満足している。
(3)請求人の主張する無効理由3について
甲第7号証の構成を甲第6号証のものに適用することは、甲第7号証に開示された出口側タンク部の形状が、本件特許発明のものと異なる以上、当業者にとって、容易に想到し得ないことである。
以上のとおり、本件特許発明は、甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものでなく、特許法第29条第2項の規定にも該当しない。
(4)請求人の主張する無効理由4について
甲第6号証乃至甲第11号証のいずれにおいても、本件特許発明の「上半分が楕円形、下半分が長円形」の形状は開示されていない。しかも、このような構成を採用することで、正に本件特許発明の作用効果が奏されることを考慮すると、出口側タンク部の形状に関する相違は、多大な技術的意義を有するのであって、単なる設計的事項ということはできない。
以上のように、本件特許発明は、甲第6号証乃至甲第11号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものではなく、特許法第29条第2項の規定に該当しない。
(5)請求人の主張する無効理由5について
甲第6号証及び甲第12号証のいずれにおいても、本件特許発明の「上半分が楕円形、下半分が長円形」で表現される形状は開示されておらず、両者を組み合わせることも困難であるため、当業者にとって、本件特許発明は容易に想到し得ないものである。
以上のように、本件特許発明は、甲第6号証及び甲第12号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものではなく、特許法第29条第2項の規定に該当しない。
(6)請求人の主張する無効理由6について
甲第6号証及び甲第13号証のいずれにおいても、本件特許発明の「上半分が楕円形、下半分が長円形」で表現される出口側タンク部の形状は開示されていないため、両者に基づいて本件特許発明を想到することは困難である。
以上のとおり、本件特許発明は、甲第6号証及び甲第13号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものでなく、特許法第29条第2項の規定にも該当しない。
(7)請求人の主張する無効理由7について
請求人の主張は妥当ではなく、本件特許に係る出願は、原出願の願書に添付した明細書又は図面の開示範囲を超えてなされたものではない。
よって、本件特許に係る出願は、特許法第44条第1項分割出願の要件を満足しており、原出願の時にしたものとはみなされるため、本件特許の請求項1に係る発明は、原出願の特許公開公報(甲第14号証)に記載された発明に基づき、特許法第29条第1項第3号の規定に該当するものではない。

IV.当審の判断
無効審判請求の理由は、理由1及び2の特許法第36条関係、理由3から6の特許法第29条関係、理由7の分割の適否の3つの理由に大きく分けられるものであるところ、まず、理由3から6について検討する。

1.無効理由3から6について
無効理由の3から6は、甲第6号証記載の発明を主引用例とし、それに組み合わせる発明を換えて、特許法第29条2項により無効であることを主張するものであるので、まとめて検討する。

(1)甲第6から13号証の記載事項
(1-1)本件特許の原出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第6号証(実願平1-118784号(実開平03-64359号)のマイクロフィルム)の記載事項

a:「この積層型エバポレータ1aでは、第3図(A)(B)に示す2種類のプレート22、23が用いられている。これら各プレート22、23は、その下端部に3つのタンク部24?26が形成されており、これらタンク部24?26に連通孔27?29が適宜開口されている。そして、この両プレートを接合して1つのチューブエレメントを構成し、このチューブエレメントをエバポレータ本体3の左右で反転させて積層することによって、第1図に示した冷媒の流れを有する構造のエバポレータ1aが形成されるようになっている。」(第15頁第5行?第16行)

b:「プレート22、23の幅方向中央部には、前記外周縁部30と同一面を有する仕切壁31が長手方向に延伸しており、仕切壁31の下端部は、第1タンク部24と第2タンク部25との間に位置する外周縁部30に連続している。従って、この仕切壁31により、前記蒸発部は、空気の流れ方向の前後に第1蒸発部32と第2蒸発部33とに区画されている。一方、仕切壁31の上端部は、上端の外周縁部30に連続しておらず、この部位は、第1蒸発部32と第2蒸発部33とを相互に連通させる連通部34となっている。」(第16頁第10行?第20行)

c:第4図には、タンク部24?26及び連通孔27?29として、蒸発部32, 33側(紙面上側)に幅方向に直線部分を含む形状、反蒸発部32, 33側(紙面下側)に曲線部分のみから構成される形状が描かれている。

以上を総合すると、甲第6号証には、以下の発明が記載されているものと認められる。
「一端に流体の出入ロタンク部となるタンク部24?26を成形すると共に同タンク部24?26間に流体流路となる蒸発部32, 33を成形してなるプレート22、23を2枚突合せて偏平チューブを形成し、同チューブを多数積層して構成される積層型エバポレータにおいて、
前記タンク部24?26のうち出口側タンク部となるタンク部25?26の形状を反蒸発部32, 33側を曲線部分のみで形成した形状、蒸発部32, 33側を直線部分を含む形状とすると共に、同出口側タンク部となるタンク部25?26に反蒸発部32, 33側を曲線部分のみから構成した形状、蒸発部32, 33側を幅方向に直線部分を含む形状にした連通孔28?29を設けたことを特徴とする積層型エバポレータ。」(以下、「引用発明」という。)

(1-2)本件特許の原出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第7号証(独国特許公報DE3618225A1明細書)の記載事項

d:「ジャケット管4内に、個別板20からまとめられた板群22が密閉して配置されている。交互に第1および第2の媒体が流通する個別板の流れギャップ24,25が、その間に形成されるように、個別板20が形成されており、かつ互いに結合されている。」(翻訳文の第5頁第5行?第7行)

e:「図6ないし8に、個別板20が示されている。この個別板は、斜めの刻印部50を備えた金属部材52からなり、この金属部材は、互いに対向する2つの直線の辺54, 56、および互いに対向する2つの円形の辺58, 60を有し、これらの円形の辺の曲率半径は、ジャケット管4の曲率半径に相当する。
円形の辺58,60の縁範囲に流通開口62,64が形成されている。
刻印部50は、図7および8に示すように、断面において波形の表面を生じるように形成されている。
図6による板は、図1ないし5に示すように、第2の媒体のために1経路の熱交換器を構成するために設けられている。」(第6頁第6行?第14行)

f:Fig.6には、円形の辺58, 60及び流通開口62, 64として、刻印部50側(熱交換器の内方側)に幅方向に直線部分を含む偏平形状(長円形)が描かれ、反刻印部50側(熱交換器の外方側)に曲線部分のみから構成された偏平形状が描かれている。

(1-3)本件特許の原出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第8号証(実公昭50-32838号公報)の記載事項

g:「本考案の熱交換器は主としてアルミニウムで製作され、非常に高い内圧に耐えるものである。」(第1頁左欄第35行?第36行)

h:「本考案の熱交換器は互に補い合う基礎部品の積重ねでできている。
熱交換器の本来の交換部分は図に示すように対になつた2枚の薄板1,2でできており、これが互に組立てられて中空体3となつている。」(第2頁左欄第24行?第28行)

i:「薄板の末端には深く型押しした部分6,7がありこれが中空体に組立てられたとき二つの集合室8,9がつくられる。」(第2頁左欄第37行?第39行)

j:第8図(FiG.8)を参照すると、タンク部となる部分6, 7のうち出口側タンク部となる部分6, 7の形状を中空体3の外側(紙面左側)を曲線部分のみから構成した形状、中空体3の内側(紙面右側)を幅方向に直線部分を含む形状とすると共に、同出口側タンク部となる部分6, 7に中空体3の外側(紙面左側)を曲線部分のみから構成した形状、中空体3の内側(紙面右側)を幅方向に直線部分を含む形状にした孔を設けた積層型熱交換器、が記載されている。

(1-4)本件特許の原出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第9号証(特開平2-290496号公報)の記載事項

k:「この発明の目的は・・・内部熱交換器の構成部材の薄肉化を果たすことができて、軽量かつコンパクトであり、車体の限られたスペースに確実に収めることができて、・・・インタークーラを提供しようとするにある。」(第1頁右下欄第17行?第2頁左上欄第7行)

l:「ここで、内部熱交換器(1)は、左右一対のヘッダ(2)(2)と、両ヘッダ(2)(2)の間に渡された並列状の熱交換管部(3)と、各熱交換管部(3)の外面に結合されたコルゲート・フィン(4)とよりなるものである。
図示の内部熱交換器(1)は、いわゆるドロンカップ・タイプ(積層型熱交換器)のものであり、これは片面に通路形成用凹部(6)が設けられるとともに、この凹部(6)の両端部に連なるヘッダ形成用凹部(7)および凹部(7)中央の連通孔(8)が設けられている多数の中間プレート(5)が上下に重ね合わせられ、」(第2頁右上欄第8行?第19行)

m:第1図を参照すると、タンク部のうち出口側タンク部となるヘッダ形成用凹部7の形状を反熱交換管部3側を曲線部分のみから構成した形状、熱交換管部3側を幅方向に直線部分を含む形状とすると共に、同出口側タンク部となるヘッダ形成用凹部7に反熱交換管部3側を曲線部分のみから構成した形状、熱交換管部3側の幅方向を直線部分を含む形状にした連通孔8を設けた積層型内部熱交換器1。

(1-5)本件特許の原出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第10号証(特開平2-242089号公報)の記載事項

n:「本発明の目的は、効率が高く、かつ圧力降下が小さいにも拘らず、・・・高いオイル圧力に十分な耐圧性を示すプレート形熱交換器を提供することにある。」(第3頁左下欄第16行?第20行)

o:「第2図について詳しく説明するように、熱交換器10は複数のプレート対12で構成する。」(第4頁右下欄第13行?第14行)

p:「このプレート対12は第1プレート24と第2プレート26とからなっている。第1プレート24は中心部28が平面で、周辺縁部30は同じ高さの平面隆起部で、これは中心部28上の平面内に位置する。」(第5頁左上欄第6行?第10行)

q:「プレート24、26の端部ボス32には、D形開口34を設ける。」(第5頁左上欄第20行?同頁右上欄第1行)

r:第2図(FIG.2)を参照すると、出口側タンク部となる端部ボス32の形状をプレート24, 26外側を曲線部分のみから構成した形状、プレート24, 26内側を幅方向に直線部分を含む形状とすると共に、同出口側タンク部となる端部ボス32にプレート24, 26外側を曲線部分のみから構成した形状、プレート24, 26内側を幅方向に直線部分を含む形状にしたD形開口34を設けた積層型熱交換器。

(1-6)本件特許の原出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第11号証(英国特許公報 1204004明細書及び翻訳文)の記載事項

s:「基本的に、これらの中空熱交換要素は、その端部の各々の近くに、流体収集室13を共に画定する2つの相補的な型打ち部品11および12(図1)と、流体循環ダクト15によって連結される流体収集室1とをそれぞれ備える。図面に示す例では、特に図4を参照すると、各熱交換要素は、2つのダクト15a、15bによって収集室14aにそれぞれ連結される2つの入口および出口の収集室13a、13bを画定することが分かる。
積み重ねた連続する熱交換要素の入口収集室は入口収集室13aの壁に設けられた位置合わせした開口17によって互いに通じ、そして積み重ねた出口収集室は出口収集室13bの壁の位置合わせした開口17aによって互いに通じる。」(翻訳文の第3頁第2行?第9行)

t:FIG.4、5等を参照すると、出口収集室13bの形状を上側半分に曲率半径が大きい隅部を有する形状、下側半分に曲率半径が小さい隅部を有する形状とすると共に、出口収集室13bに上側半分に曲率半径が大きい隅部を有する形状、下側半分に曲率半径が小さい隅部を有する形状にした孔を設けた積層型熱交換器、が記載されている。

(1-7)本件特許の原出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第12号証(実願昭62-160677号(実開平1-67478号)のマイクロフィルム)の記載事項

u:「この実施例で、エレメント4を構成する金属プレート1は第1図及び第2図に示す如く互いに独立した底の浅い偏平な第1偏平流路6,第2偏平流路7が互いに平行に長手方向に曲折形成される。そして第1偏平流路6,第2偏平流路7の両端に夫々より深いマニホールド部8が凹陥すると共に該マニホールド部8の底面に連通孔3が穿設される。」(第5ページ第8行?第15行)

v:第1図及び第2図を参照すると、以下の発明が記載されているものと認められる。
両端に流体の入口側タンク部、出口側タンク部となるマニホールド部8を成形すると共に同マニホールド部8間に第1偏平流路6又は第2偏平流路7を成形してなる金属プレート1を2枚突合せて偏平チューブとなるエレメント4を形成し、同エレメント4を多数積層して構成される積層型熱交換器において、
第1偏平流路6における出口側のマニホールド部8の上側半分及び下側半分の形状を幅方向に直線部分を含む偏平形状とすると共に、同マニホールド部8に上側半分及び下側半分を幅方向に直線部分を含む偏平形状にした連通孔3を設け、
第2偏平流路7における出口側のマニホールド部8の上側半分及び下側半分の形状を曲線部分のみから構成される偏平形状とすると共に、同マニホールド部8に上側半分及び下側半分を曲線部分のみから構成される偏平形状にした連通孔3を設けた
ことを特徴とする積層型熱交換器。

(1-8)本件特許の原出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第13号証(英国特許公報1387469明細書及び翻訳文)の記載事項

w:「図1と図2に示される直交流形熱交換器は本質上、室31に室29と室30をそれぞれ連結する管群27と管群28が中に設けられているハウジング26から成っている。」(翻訳文の第2頁第19行?第20行)

x:Fig. 1を参照すると、以下の発明が記載されているものと認められる。
両端に流体のタンク部となる室29,30,31を管群27と管群28によって連結された熱交換器において、
タンク部となる室31の形状を管群27, 28側の半分を曲線部分のみから構成される偏平形状、管群27, 28側の半分を幅方向に直線部分を含む断面偏平形状としたことを特徴とする熱交換器。

(2)対比
引用発明の「タンク部24?26」、「蒸発部32, 33」、「プレート22, 23」、「連通孔27?29」、「反蒸発部32, 33側」、「蒸発部32, 33側」及び「積層型エバポレータ」は、本件特許発明の「出入ロタンク部(6,7)並びに出口側タンク部(7)」、「流体流路(13)」、「プレス成形プレート(2)」、「連通孔(8)」、「上側」、「下側」及び「積層型熱交換器」にそれぞれ相当するものと認められる。

上記の事項を考慮して本願発明と引用発明を対比すると、
両者は、「一端に流体の出入口タンク部を成形すると共に同出入口タンク部間に流体流路を成形してなるプレス成形プレートを2枚突合せて偏平チューブを形成し、同チューブを多数積層して構成される積層型熱交換器において、出口側タンク部に連通孔を設けた積層型熱交換器。」である点で一致し、次の点で相違する。

[相違点]
本件特許発明では、出入口タンク部のうち出口側タンク部の形状を上半分を楕円形、下半分を長円形とすると共に、同出口側タンク部に上側半分を楕円形、下側半分を長円形にした連通孔を設けたのに対し、引用発明では、出口側タンク部に連通孔を設けてはいるが、出口タンク部の形状と連通孔の形状が異なっている点。

(3)判断
[本件特許発明の技術的意義について]
まず、本件特許発明において、出口側タンク部の形状と連通孔の形状を上半分を楕円形、下半分を長円形としたことの技術的意義について検討する。
本件特許発明において、出口側タンク部の形状と連通孔の形状を特定形状に限定した技術的意義は本件特許明細書によれば、概略以下の通りである。

本件特許の従来技術として、積層型熱交換器において小型化を目的として出入口タンク部を偏平化すること、つまり、出入口タンク部及び連通孔を幅方向に細長い長円形とすることがなされていた(本件特許明細書段落【0004】)。
出入口タンク部同士に比べ、偏平チューブとコルゲートフィンとの結合部分であるコア部の方がろう付け点が多いことから高強度となり、冷媒を通すことにより圧力がかかった場合、出入口タンク部の強度が低いことから、この部分が大きく広がり、積層型熱交換器全体が扇形に変形してしまうおそれがあった(本件特許明細書段落【0005】、【0006】)。
そこで、本件特許発明の積層型熱交換器においては、出口側タンク部の形状を上半分を楕円形、下半分を長円形とすると共に、同出口タンク部に上側半分を楕円形、下側半分を長円形にした連通孔を設けたので、強度の向上が図れ、また、上下方向の小型化も維持できる。更に、出口側が、蒸発したガス冷媒の冷媒通路となった場合でも、連通孔の開口面積を大きくすることができるため、圧損の低減を図ることができる(本件特許明細書段落【0008】)。
これらの記載によれば、本件特許発明は、強度の向上、上下方向の小型化及び圧損の低減の3つの効果を得ることを目的としてなされたものであり、本件特許発明の技術的特徴点(出口側タンク部の形状と連通孔の形状を上半分を楕円形、下半分を長円形としたこと)と3つの効果との関連は必ずしも直接的には明らかではないが、特許明細書の記載及び被請求人(特許権者)の主張を考慮して整理すると概略以下のようなものであると認められる。

強度の向上とは、出口タンク部を小型化を目的として長円形状とした場合、タンク部が直線部分を有し強度が低下するので、上半分を楕円形としたことにより長円形状の場合よりも強度が向上するというものである。
上下方向の小型化とは、本件特許明細書の記載からすると、出口側タンク部の形状を本件特許発明の従来技術である幅方向に細長い長円形とした場合よりもさらに以前の形状(例えば同面積の円形形状)に比べて小型化できる、また、被請求人の主張を考慮すると、円形形状や円弧形状とした場合に比べて、本件特許発明のような形状とすると小型化できるというものである。
圧損の低減という効果は、分割出願である本件特許出願の原出願である特願平4-231191号の出願当初明細書には直接的には記載されていない効果であるが、本件特許明細書の記載によれば、連通孔の開口面積を大きくすることができるため、圧損の低減を図ることができるというものである。そしてこの場合、効果が奏されるという比較対象は、特許明細書から把握すれば細長い長円形のものであり、被請求人の主張からすると、同じ高さの円形形状や円弧形状に比較して開口面積を十分確保できるため圧損を低減できるというものである。

[相違点についての検討]
以上の事情を考慮して、上記相違点について検討する。
積層型熱交換器において、強度の向上、小型化、圧損の低減という課題は、上記記載事項g、k、nに記載されているように周知の課題であり、引用発明においてもそのような課題については明示的に記載がなされていなくとも、当然考慮されているものと認められる。
引用発明の出口タンク部と連通孔の形状は、第4図に記載されているように、上半分は幅方向に直線部分を含む形状であり、下半分は曲線部分のみから構成される形状である。そして、上下を逆にして言えば、出入口タンク部のうち出口側タンク部の形状を上半分を曲線部分のみから構成される形状、下半分を幅方向に直線部分を含む形状とすると共に、同出口側タンク部に上側半分を曲線部分のみから構成される形状、下側半分を幅方向に直線部分を含む形状にした連通孔を設けたものである。

本件特許発明は、上半分が楕円形であることにより、直線部分を有する長円形状とした場合より強度が向上するというものであるが、引用発明も上半分は直線部分のない曲線のみからなる形状であって、直線部分を有する長円形状とした場合より強度が向上しているものと認められる。
そして、本件特許発明でいう「楕円形」なる文言によって示される形状は、特定の楕円形というよりも本件特許明細書の図3に記載されている形状という程度の意味にとどまるものであって、その効果をも参酌すれば、直線部分を有することなく曲線部で形成されているが故に強度が高いという程度の技術的意義のものである。
してみれば、引用発明の上半分の形状は楕円形ということはできないとしても、本願発明と同様の効果が得られているものと認められる。

次に、上下方向の小型化という効果については、比較の対象が必ずしも明らかではないが、「小型化が計画され、その一手段として出入口タンク部53を偏平化することがなされている。つまり、出入口タンク部53及び連通孔63を幅方向に細長い長円形とする」という記載(本件特許明細書段落【0004】)からすると、同面積で扁平化していないもの例えば円形のような形状に比して、小型化が図れるというものであると解される。
そして、引用発明の形状も下半分が直線状となっていることから同面積の円形形状に比して上下方向に小型化が図られるという効果を有するものであるし、出入口タンク部を偏平化することによって上下方向の小型化が図られ得ることは周知の事項であるから、円形よりも扁平な形状に近い長円形や楕円状にすることによってより小型化が図られることも当業者が容易に相当し得る事項にすぎないものである。

圧損の低減という効果は、本件特許明細書の記載によれば、連通孔の開口面積を大きくすることができるため、圧損の低減を図ることができるというものである。
連通孔の開口面積が大きいほど圧損が少ないことは周知の事項であるし、また、連通孔の形状は連通孔が設けられるタンクの形状に制約されるものであるから、開口面積を大きくするにはタンクの形状と相似形にすることにより、相似形でない形状よりも開口面積を大きくできることは当然のことである。
そして、引用発明もタンクと相似形の連通孔が設けられているものであるから、他の形状の連通孔を設けた場合よりも、圧損の低減という効果は得られているものであって、本件特許発明において連通孔の形状を上側半分を楕円形、下側半分を長円形としたことにより、圧損の低減に関し引用発明の形状に比べて格別の効果があるものともいえない。

以上のように、上記相違点に係る構成は、本件特許発明に係る積層型熱交換器が当然必要とする周知の課題を解決することを目的として、強度を高くするために曲線状である楕円形状とし、小型化のために円形状よりも扁平な形状に近い長円形や楕円形状とし、圧損を低減するために開口部を大きくしたものであって、このような事項は当業者が容易になし得る設計事項にすぎない。
しかも、出口側タンク部及び連通孔の形状を上半分を楕円形、下半分を長円形としたことにより、格別の効果が得られているものとも認められない。

よって、本件特許発明は、甲第6号証から甲第13号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

2.無効理由1、2及び7について
上記のとおり、本件特許は無効理由3から6により、無効とすべきものであるが、他の無効理由についても、以下に検討する。
(1)無効理由1について。
(1-1)無効審判請求人は、請求項1の構成要件において「一端に流体の出入口タンク部を成形する」との記載があるが、本件特許発明の趣旨に照らせば「一端に」は「一端のみに」であると判断される所、特許請求の範囲の記載では「少なくとも一端」との解釈も可能となるため、記載が不明であり、発明を特定することができない、と主張している。

本件請求項1の記載によれば、「一端に」という記載は「一端に流体の出入口タンク部を成形すると共に同出入口タンク部間に流体流路を成形してなるプレス成形プレート」という文脈で用いられているものであり、一端に設けられた出口タンクと入口タンクとの間に流体流路が成形されているものであるから、両方の端部に出口タンクと入口タンクが設けられることは、通常の文言解釈からしてそのように解釈することはできないし、また発明の詳細な説明や図面を参照してもそのように解釈することはできない。
よって、無効審判請求人の主張は、請求項1を正しく解釈しない場合を前提として、その記載が不明確であると主張するものであって、採用することはできない。

(1-2)また、無効審判請求人は、請求項1の構成要件において「前記出入口タンク部のうち出口側タンク部の形状を上半分を楕円形、下半分を長円形とすると共に、同出口側タンク部に上側半分を楕円形、下側半分を長円形にした連通孔を設けた」との記載があるが、「楕円形」及び「長円形」がどのような形状であるか不明である、と主張している。

本件特許発明における「楕円形」及び「長円形」とは、例えば、図3に記載されているような形状を示しているものであって、特別に定義された「楕円形」や「長円形」を示しているものではない。そして、本件特許発明を理解するに当たって、「楕円形」及び「長円形」が特定できないが故に理解できないとはいえないから、無効審判請求人の主張は、採用することはできない。

(1-3)さらに、無効審判請求人は、請求項1の構成要件は、一端に出入口タンク部、すなわち出口側タンク部と入口側タンク部の両方が成形されているにも拘わらず、入口側タンク部及びその連通孔の形状を特定せず、出口側タンク部及びその連通孔の形状のみを特定しているだけであり、発明が不明確である、と主張している。

本件特許発明は、出口側タンク部及びその連通孔の形状を特定する発明であって、そのこと自体は明確な構成であり、他の部分の形状が請求項において特定されていないからといって、ただちに発明が不明確であるものということはできない。

(2)無効理由2について
無効審判請求人は、本件の【発明の詳細な説明】の記載は、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が、強度の向上が図れる、上下方向の小型化も維持できる、連通孔の開口面積を大きくし圧損の低減を図ることができる、という本件特許発明の3つの効果を得られる程度に明確にかつ十分に記載されていない、と主張している。

効果の点に関しては、無効理由3から6の検討において示したように、個々の効果に対応する説明が明細書に直接的には記載がなされていないものの、一応の効果が得られるものと理解することができるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載が不十分であるということはできず、無効審判請求人の主張は、採用することはできない。

(3)無効理由7について
無効審判請求人は、無効理由1で主張したように請求項1の記載が不明確であるため、本件出願は原出願の明細書で記載がなかった発明を含むことになるから、本件出願は分割要件を満たしておらず、本件特許の出願日はその現実の出願日である平成12年5月30日となり、平成6年3月18日に出願公開された甲第14号証(特開平6-74601号公報)に記載された発明と同一であり、特許法第29条第1項3号の規定により特許を受けることができない、と主張している。

無効理由1については、すでに判断したように本件特許請求の範囲の請求項1の記載は不明確であるということはできない。
よって、請求項1の記載が不明確であることを理由として分割の不適法を主張する無効審判請求人の主張は採用することができない。

V.むすび
以上のとおりであるから、本件特許発明は、甲第6号証から甲第13号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2010-05-10 
出願番号 特願2000-159768(P2000-159768)
審決分類 P 1 113・ 113- Z (F28F)
P 1 113・ 121- Z (F28F)
P 1 113・ 531- Z (F28F)
P 1 113・ 534- Z (F28F)
最終処分 成立  
前審関与審査官 内藤 真徳小野 孝朗  
特許庁審判長 寺本 光生
特許庁審判官 藤井 昇
横溝 顕範
登録日 2002-06-07 
登録番号 特許第3316492号(P3316492)
発明の名称 積層型熱交換器  
代理人 井口 亮祉  
代理人 田村 爾  
代理人 碓氷 裕彦  
代理人 長沢 幸男  

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