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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16G
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16G
管理番号 1219692
審判番号 不服2009-19477  
総通号数 128 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-08-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-10-13 
確定日 2010-07-08 
事件の表示 特願2003-351605「ベルト伝動機構」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 4月28日出願公開、特開2005-114110〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
【1】手続の経緯

本願は、平成15年10月10日の出願であって、平成21年7月14日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成21年10月13日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、同日付けで特許請求の範囲に対する手続補正がなされたものである。
その後、当審において、平成22年2月5日(起案日)付けで審尋がなされ、平成22年4月6日に審尋に対する回答書が提出されたものである。

【2】補正の却下の決定

[結論]
平成21年10月13日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]

1.本件補正の内容

本件補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項1に対し、以下のような補正を含むものである。なお、下線は、審判請求人が付した補正箇所である。

(1)本件補正前の請求項1(平成21年2月9日付け手続補正)
「【請求項1】
原動側および従動側の歯付プーリに歯付ベルトを掛巻してなるベルト伝動機構であって、
前記歯付ベルトは、前記歯付プーリのプーリ歯に噛み合うベルト歯が形成されたベルト本体に、当該歯付ベルトの周方向に作用する張力を受け持つ心線が埋設されてなり、当該歯付ベルトの張力に対する単位幅当たりの剛性が2000(kN/inch)?6000(kN/inch)に設定され、
前記プーリ歯は、その歯溝深さの1/2の深さにおける歯溝幅をベルト歯の歯幅よりも小さく設定されると共に、その歯底とベルト歯の歯先との間に前記ベルト歯の圧縮による変形を許容する隙間が形成される歯溝深さに設定され、
ベルト歯およびプーリ歯の噛合状態における隙間をなくすために、前記歯付プーリの周方向に沿う断面において、前記プーリ歯の歯溝の断面積が前記ベルト歯の歯部の断面積よりも小さく設定されたことを特徴とするベルト伝動機構。」

(2)本件補正後の請求項1(平成21年10月13日付け手続補正)
「【請求項1】
原動側および従動側の歯付プーリに歯付ベルトを掛巻してなるベルト伝動機構であって、
前記歯付ベルトは、前記歯付プーリのプーリ歯に噛み合うベルト歯が形成されたベルト本体に、当該歯付ベルトの周方向に作用する張力を受け持つ心線が埋設されてなり、当該歯付ベルトの張力に対する単位幅当たりの剛性が2000(kN/inch)?6000(kN/inch)に設定され、
前記プーリ歯は、その歯溝深さの1/2の深さにおける歯溝幅をベルト歯の歯幅よりも小さく設定されると共に、その歯底とベルト歯の歯先との間に前記ベルト歯の圧縮による変形を許容する隙間が形成される歯溝深さに設定され、
前記隙間にベルト歯の圧縮分の一部を逃がしてベルト歯およびプーリ歯の噛合状態における隙間をなくすために、前記歯付プーリの周方向に沿う断面において、前記プーリ歯の歯溝の断面積が前記ベルト歯の歯部の断面積よりも小さく設定されたことを特徴とするベルト伝動機構。」

2.補正の適否

上記補正は、本願の願書に最初に添付した明細書の段落【0015】の記載に基づき、本件補正前の「ベルト歯およびプーリ歯の噛合状態における隙間をなくすために」を「前記隙間にベルト歯の圧縮分の一部を逃がしてベルト歯およびプーリ歯の噛合状態における隙間をなくすために」とさらに限定して特定するものである。
すなわち、上記補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものとして認めることができ、かつ、補正前の各請求項に記載した発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題を変更することのない範囲内において行われたものであって、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものである。
したがって、上記補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号に規定された特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものであり、かつ、特許法第17条の2第3項に規定された新規事項追加禁止に違反するものではない。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

3.本願補正発明について

3-1.本願補正発明

本願補正発明は、本件補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、上記「【2】1.本件補正の内容」に示した本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであると認める。

3-2.引用刊行物とその記載事項

刊行物A:特開2000-193068号公報
刊行物B:特開2002-98202号公報

[刊行物A]
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物A(特開2000-193068号公報)には、「プ?リおよびこのプ?リを用いた動力伝達システム」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、例えばプリンタおよびスキャナ等のキャリッジ駆動にタイミングベルトとして使用される歯付きベルトと、この歯付きベルトと共に作動するプーリとを用いた動力伝達システムに関する。」

(イ)「【0004】
【発明が解決しようとする課題】プーリ溝部とベルト歯部との間にはバックラッシが存在する。このため、上述した動力伝達システムでは噛合い振動が生じ、騒音の発生、または動力伝達が確実に行われないという問題が生じる。特にカラープリンタにおいては、噛合い振動が生じると、キャリッジの位置、即ち各色毎に印刷位置がずれ、鮮明なカラー印刷画像が得られなくなる。このような問題を解決するために、例えば歯付きベルトを一定の張力で張り、プーリ溝部とベルト歯部とを半強制的に密着させて、動力伝達を確実に行っている。
【0005】しかし、歯付きベルトに張力を付与すると、噛合い振動は抑えられるが、プーリ溝部とベルト歯部との接触面における摩耗が大きくなったり、ベルト歯部の歯欠けが生じ易くなる等、歯付きベルトの寿命低下を招く恐れがある。
【0006】本発明は、この様な点に鑑みてなされたものであり、動力伝達システムにおける噛合い振動を低減すると共にベルト寿命の向上を図ることが目的である。」

(ウ)「【0007】
【課題を解決するための手段】本発明によるプーリは、歯付きベルトの円弧状の歯部に係合する溝部が外周面に形成されたプーリであって、歯部が長手方向において左右対称の形状を呈し、歯付きベルトがプーリに係合しているときに、歯付きベルトの長手方向に設定された基準線に対して所定の距離だけ離れた位置における溝部の対向する2つの側面の間の溝幅が、所定の距離だけ離れた歯部の両側面の歯幅より小さく、かつ基準線から溝部の最深点までの溝深さが、基準線から歯部の頂点までの歯高さより大きいことを特徴としている。
【0008】また、本発明による動力伝達システムは、長手方向において左右対称であって輪郭が円弧状である歯部を備えた歯付きベルトと、歯部に係合する溝部が外周面に形成された駆動プーリおよび従動プーリとを備え、歯付きベルトがプーリに係合しているときに、歯付きベルトの長手方向に設定された基準線に対して所定の距離だけ離れた位置における溝部の対向する2つの側面の間の溝幅が、所定の距離だけ離れた歯部の両側面の歯幅より小さく、かつ基準線から溝部の最深点までの溝深さが、基準線から歯部の頂点までの歯高さより大きいことを特徴としている。」

(エ)「【0014】図3は歯付きベルト30を示す部分断面図であり、歯付きベルト30の輪郭の寸法形状を定義する図である。歯付きベルト30のベルト本体は、クロロプレンゴム、水素添加ニトリルゴム、ウレタンゴム等の合成ゴムにより成型される。補強のためにベルト歯部56が形成される面はナイロン繊維等の織布である帆布により覆われてもよく、またベルト本体内部に長手方向に延びる心線を埋設してもよい。心線は例えばアラミド繊維や高強度ガラス繊維から形成される。」

(オ)「【0030】図4は駆動プーリ16を示す部分断面図であり、駆動プーリ16の輪郭の寸法形状を定義する図である。駆動プーリ16は金属等により成型される。なお、従動プーリ18は駆動プーリ16と同じ寸法形状を有し、ここでは説明を省略する。従動プーリ18は、例えばポリアセタール熱可塑性樹脂等の合成樹脂により成型される。」

(カ)「【0046】図5には、図3に示す形状の歯付きベルト30の輪郭と、図4に示す形状の駆動プーリ16の輪郭とを併せて示す図である。駆動プーリ16の輪郭は実線で示され、歯付きベルト30の輪郭は破線で示される。図5において、歯底線Xと線X”とが一致し、中心線Yと中心線Y’とが一致する。
【0047】図5に明らかなように、歯付きベルト30の歯先面33は、駆動プーリ16の溝部底面44に対してクリアランスを有している。また、歯付きベルト30の歯元面31および35は、駆動プーリ16の溝頂部曲面41、42および46、47に対してクリアランスを有している。
【0048】歯付きベルト30の圧力面32、34は、駆動プーリ16の溝部側面43、45よりも中心線Y(Y’)から離れて位置する。即ち、圧力面32、34の領域において、ベルト歯部56のX方向における幅はプーリ溝部54の幅より大きい。このため、歯付きベルト30に圧力が与えられ、歯付きベルト30が駆動プーリ16に付勢されると、圧力面32、34は溝部側面43、45によりベルト歯部56の中心、即ちY軸側に向かって圧縮される。このとき、歯先面22と溝部底面44との間、および歯元面31と溝頂部曲面41、42との間、および歯元面35と溝頂部曲面46、47との間のクリアランスにより、ベルト歯部56の微小変形が許容される。
【0049】また、圧力面32、34が溝部側面43、45に圧着するため、ベルト歯部56がプーリ溝部54内において高精度に位置決めされる。さらに、従来では圧力面と溝部側面との間にバックラッシが設けられていたが、本実施形態においては、バックラッシは設けられていないので、騒音の低下が可能となる。」

(キ)「【0050】このように、本実施形態の動力伝達システムにおいては、ベルト歯部56の幅が圧力面32、34近傍において、対応するプーリ溝部54の幅、即ち溝部側面43と溝部側面45との距離より大きいので歯付きベルト30に圧力が付与されて、駆動プーリ16および従動プーリ18に巻回された場合に、歯付きベルト30とプーリ16、18との係合時に生じる噛合い振動を低減できる。さらに、プーリ溝部54とベルト歯部56の歯先面33との接触が避けられるので、歯先面33の摩耗が防止でき、ベルト歯部56の歯欠けが生じにくく、歯付きベルト30の寿命が向上できる。」

(ク)「【0053】実施例ベルト1:実施例ベルト1においては、歯ピッチが1mmとされ、形状を定義する他の長さは前述した歯ピッチに対する比に基づいて定められた。ベルト幅は4mm、歯数は469歯とされた。実施例ベルトのベルト本体はポリウレタンゴムにより成型され、心線としてアラミド繊維が用いられた。」

そうすると、上記記載事項(ア)?(ク)及び図面の記載からみて、上記刊行物Aには次の発明(以下、「刊行物A発明」という。)が記載されているものと認められる。

「駆動プーリ16及び従動プーリ18とを備え、歯付きベルト30が当該プーリに係合している動力伝達システムであって、
上記歯付きベルト30は、駆動プーリ16のプーリ溝部54に係合するベルト歯部56が形成されたベルト本体内部に長手方向に延びるアラミド繊維の心線を埋設し、
歯付きベルト30の圧力面32、34は、駆動プーリ16の溝部側面43、45よりも中心線Y(Y’)から離れて位置し、圧力面32、34の領域において、ベルト歯部56のX方向における幅はプーリ溝部54の幅より大きく、
歯先面22と溝部底面44との間、および歯元面31と溝頂部曲面41、42との間、および歯元面35と溝頂部曲面46、47との間のクリアランスにより、ベルト歯部56の微小変形が許容されるとともに、プーリ溝部54とベルト歯部56の歯先面33との接触を避けた動力伝達システム。」

[刊行物B]
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物B(特開2002-98202号公報)には、「歯付ベルト伝動装置及び事務用機器」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(ケ)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、歯付ベルト伝動装置及びそれを用いた事務用機器に関し、特に、ベルトの速度むら(速度変動)を低減させるための技術分野に属するものである。」

(コ)「【0034】一方、上記歯付ベルト10は、図1に拡大して示すように、弾性材からなるベルト本体11を備えている。このベルト本体11はゴム製又はポリウレタン製であるのが好ましく、その他、例えば合成樹脂系等の材料でもよい。ゴム製の場合、クロロプレンゴムが用いられる他、NBR、SBR、EPDM等でもよく、そのゴムの硬度はJIS-Aで65?85°程度のものがよい。ベルト本体11をポリウレタン製とする場合、そのポリウレタンは熱硬化性でかつエーテル系のものが用いられるが、熱可塑性やエステル系のものでもよい。
【0035】また、上記ベルト本体11のピッチラインPL上に抗張体としての心線(図示せず)が埋設されている。この心線は、ベルト本体11がゴム製又はポリウレタン製のいずれであっても、主としてガラス繊維、アラミド繊維が用いられ、カーボンやPBO等の繊維でもよい。また、事務用機器の消費電力を低減するために、ロストルクが小さくなるように細径の心線が望ましい。
【0036】また、ベルト10の速度むらを低減する狙いからみて、ベルト10のピッチラインPLを安定して維持するために、ベルト10の曲げ剛性を低くする点、また、負荷がかけられたときの歯ピッチPBの維持により噛合干渉を低減し、事務用機器の起動時の速度変動を素早く減衰させるために、ベルト10の引張弾性率を高くする点を考慮すると、高弾性率の心線を用いるのがよい。」

そうすると、上記記載事項(ケ)、(コ)及び図面の記載からみて、刊行物Bには、次の技術事項(a)及び(b)を含む発明が記載されているものと認められる。

(a)歯付ベルト伝動装置において、歯付ベルト10のベルト本体11のピッチラインPL上に、抗張体としてカーボン等の繊維の心線を埋設すること。
(b)負荷がかけられたときの歯ピッチPBの維持により噛合干渉を低減し、事務用機器の起動時の速度変動を素早く減衰させるために、高弾性率の心線を用いることによりベルト10の引張弾性率を高くすること。

3-3.発明の対比

本願補正発明と刊行物A発明を対比する。
刊行物A発明の「駆動プーリ16及び従動プーリ18」は、その機能からみて、本願補正発明の「原動側および従動側の歯付プーリ」に相当し、以下同様に、「歯付きベルト30」は「歯付ベルト」に相当し、「動力伝達システム」は「ベルト伝動機構」に相当し、「アラミド繊維の心線」は「心線」に相当し、「ベルト歯部56」は「ベルト歯」に相当し、「プーリ溝部54」は「プーリ歯」の「歯溝」に相当するものである。
そうすると、刊行物A発明の「駆動プーリ16及び従動プーリ18とを備え、歯付きベルト30が当該プーリに係合している動力伝達システム」は、実質的に、本願補正発明の「原動側および従動側の歯付プーリに歯付ベルトを掛巻してなるベルト伝動機構」に相当し、以下同様に、「上記歯付きベルト30は、駆動プーリ16のプーリ溝部54に係合するベルト歯部56が形成されたベルト本体内部に長手方向に延びるアラミド繊維の心線を埋設し」は、「前記歯付ベルトは、前記歯付プーリのプーリ歯に噛み合うベルト歯が形成されたベルト本体に、当該歯付ベルトの周方向に作用する張力を受け持つ心線が埋設されてなり」に相当する。
また、刊行物A発明の「歯付きベルト30の圧力面32、34は、駆動プーリ16の溝部側面43、45よりも中心線Y(Y’)から離れて位置し、圧力面32、34の領域において、ベルト歯部56のX方向における幅はプーリ溝部54の幅より大きく」と本願補正発明の「前記プーリ歯は、その歯溝深さの1/2の深さにおける歯溝幅をベルト歯の歯幅よりも小さく設定される」とは、「その歯溝深さの1/2の深さ」をひとまず「その歯溝深さの所定の深さ」として捉えると、「前記プーリ歯は、その歯溝深さの所定の深さにおける歯溝幅をベルト歯の歯幅よりも小さく設定される」点で共通するものである。
さらに、刊行物A発明の「歯先面22と溝部底面44との間、および歯元面31と溝頂部曲面41、42との間、および歯元面35と溝頂部曲面46、47との間のクリアランスにより、ベルト歯部56の微小変形が許容される」は、少なくとも、プーリの溝部底面44とベルトの歯先面22との間にベルト歯部56の微少変形が許容されるものである限りにおいて、本願補正発明の「その歯底とベルト歯の歯先との間に前記ベルト歯の圧縮による変形を許容する隙間が形成される歯溝深さに設定され」ている構成と共通するものである。

したがって、本願補正発明の用語にならってまとめると、両者は、
「原動側および従動側の歯付プーリに歯付ベルトを掛巻してなるベルト伝動機構であって、
前記歯付ベルトは、前記歯付プーリのプーリ歯に噛み合うベルト歯が形成されたベルト本体に、当該歯付ベルトの周方向に作用する張力を受け持つ心線が埋設されてなり、
前記プーリ歯は、その歯溝深さの所定の深さにおける歯溝幅をベルト歯の歯幅よりも小さく設定されると共に、その歯底とベルト歯の歯先との間に前記ベルト歯の圧縮による変形を許容する隙間が形成される歯溝深さに設定されたベルト伝動機構。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点1]
歯付ベルトの周方向に作用する張力を受け持つ心線について、本願補正発明は、「当該歯付ベルトの張力に対する単位幅当たりの剛性が2000(kN/inch)?6000(kN/inch)に設定され」ているのに対し、刊行物A発明は、その剛性が明らかではない点。

[相違点2]
上記「その歯溝深さの所定の深さ」について、本願補正発明は、その歯溝深さの「1/2」の深さであるのに対し、刊行物A発明は、圧力面32、34の領域(図面の図5を参照)であって歯溝深さの半分程度の領域とも捉えられるが、具体的な所定の深さが明らかではない点。

[相違点3]
上記隙間について、本願補正発明は、「前記隙間にベルト歯の圧縮分の一部を逃がしてベルト歯およびプーリ歯の噛合状態における隙間をなくすために、前記歯付プーリの周方向に沿う断面において、前記プーリ歯の歯溝の断面積が前記ベルト歯の歯部の断面積よりも小さく設定された」ものであるのに対し、刊行物A発明は、「プーリ溝部54とベルト歯部56の歯先面33との接触を避けた」ものである点。

3-4.当審の判断

(1)相違点1について
歯付ベルトを周方向に作用する張力を受け持つ心線によって補強することは広く行われており、搬送用か動力伝達用かという用途や、作用することが想定される負荷の大きさなどに応じて、当該心線を構成するフィラメントの材質や直径、心線の直径、撚り方、単位面積に配設する本数などを考慮することは、設計上当然考慮されている技術常識であるところ、刊行物Bには高弾性率の材料として知られているカーボン繊維を用いて心線を構成すること、すなわち事務用機器の起動時の速度変動を素早く減衰させるために弾性率を考慮することが「ベルト10の引張弾性率を高くする点を考慮すると、高弾性率の心線を用いるのがよい」(上記記載事項(コ))などと示唆されている。そして、弾性率は剛性と相関するものであるから、歯付ベルトの張力に対する単位幅当たりの剛性を必要な値に設定することは上記用途や作用することが想定される負荷の大きさなどに応じて設定できる設計的事項にすぎない。そして、本願補正発明において特定された「2000(kN/inch)?6000(kN/inch)」は必要な値を特定したにすぎないとも解されるところ、その範囲を境に特性が急変したり極大化するなどの臨界的意義は認められない以上、刊行物A発明に刊行物Bに記載された発明を適用して上記相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到することができたことである。

(2)相違点2について
本願補正発明において、プーリ歯の「歯溝深さの1/2の深さにおける歯溝幅」とした点は、その技術的意義からみてプーリ歯の歯溝深さの1/2の深さの部分だけを突出させたものではなく、その近傍も含めてプーリ歯の歯溝幅をベルト歯の歯幅よりも小さく設定されたものと解されるから、上記1/2の深さの点に臨界点や極大点があるというたぐいのものではない。
そうすると、刊行物A発明は、具体的な所定の深さがどの程度か明確ではないものの、少なくとも歯溝深さの半分程度の領域にある圧力面32、34においてプーリ歯の歯溝幅をベルト歯の歯幅よりも小さく設定したものであるから、上記相違点2は、実質的な相違点ではない。

(3)相違点3について
刊行物A発明は「プーリ溝部54とベルト歯部56の歯先面33との接触を避けた」ものであるが、その技術的意義は、歯付ベルトの寿命の観点から「プーリ溝部54とベルト歯部56の歯先面33との接触が避けられるので、歯先面33の摩耗が防止でき、ベルト歯部56の歯欠けが生じにくく、歯付きベルト30の寿命が向上できる」というものである(上記記載事項(キ))。
ところで、歯付ベルトにおいて、上記刊行物Aのみならず、例えば、特開2001-32893号公報においてもベルト歯とプーリ溝の間に隙間m(バックラッシュ)を設けてスムーズな出入りを可能とすることにより耐久性に優れる歯付ベルト伝動システムを得ているように、隙間(バックラッシュ)を積極的に設け、その機能を利用することは周知事項である。
他方、歯付ベルトを用いたベルト伝動機構においては、歯付ベルトの位置決め精度やがたつきを防止するために上記のような隙間やバックラッシュを設けないようにすることも周知事項として知られていることである。例えば、特開2000-320624号公報には、歯付ベルトと歯付プーリの間のバックラッシュによる正回転と逆回転の切り替え時に回転の遅延を生じてしまう不都合を防止するため、歯付ベルトと歯付プーリのバックラッシュをほぼ皆無にして動力の伝達効率を高めることが記載されており(同公報の段落【0004】及び【0009】参照)、特開平11-63124号公報には、歯付ベルトと歯付プーリのバックラッシュが大きくなると位置決め精度がわるくなることから、バックラッシュを従来の場合より小さくして噛合時の挙動を安定化させて正確な位置決め精度を得るようにしたことが記載されており(同公報の段落【0006】及び【0039】参照)、また、特開平10-153243号公報には、歯付ベルトと歯付プーリの間の隙間(バックラッシュ)をなくして印字精度又は搬送精度を向上させたことが記載されている(同公報の段落【0006】及び【0044】参照)。
すなわち、歯付ベルトと歯付プーリは、隙間(バックラッシュ)について上記に例示したとおり、その用途などにより、バックラッシュを設けてベルトの寿命を向上させたり、バックラッシュが生じないようにして位置決め精度を向上させたりすることが必要に応じて適宜実施されているということができる。そうすると、刊行物A発明において、上記バックラッシュが生じないようにすることは当業者が必要に応じて採用できることであり、そのために歯付プーリの周方向に沿う断面におけるプーリ歯の歯溝の断面積とベルト歯の歯部の断面積によってベルト歯及びプーリ歯の噛合状態における隙間をなくすような構成とすることは、力学的あるいは幾何学的に考慮できる設計的事項にすぎない。
したがって、刊行物A発明に上記周知事項を適用して上記相違点3に係る本願補正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到することができたことである。

(3)効果について
また、本願補正発明が奏する「重量物を搬送するワーク搬送装置などの停止精度および応答性を高めると共に、歯付ベルトの長寿命化を図ることができる。」(本願の明細書の段落【0021】)といった効果は、いずれも刊行物A、Bに記載された発明及び上記周知事項から当業者が予測できるものである。

(4)まとめ
したがって、本願補正発明は、刊行物A、Bに記載された発明及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5)審判請求人の主張について
審判請求人は、平成21年10月13日付け審判請求書において「周知技術1及び周知技術2には、ベルト歯およびプーリ歯の噛合状態における隙間をなくした点が記載されていますが、引用文献3(審決注:上記刊行物Aに相当する。以下同じ。)の発明は、上記の通り、プーリ歯の歯底とベルト歯の歯先との間に隙間を設けて、ベルト歯の摩耗を防止するものであり、その構成が互いに矛盾する以上、引用文献3の発明に周知技術1も周知技術2も適用することはできません。
しかも、周知技術1及び周知技術2は、ベルトの歯部とプーリの歯溝とを同一形状にして隙間をなくすものであり(周知技術1の段落番号0011、周知技術2の第7頁第4?第7行)、本願発明のごとき、ベルト歯の圧縮による変形を許容する隙間にベルト歯の圧縮分の一部を逃がしてベルト歯およびプーリ歯の噛合状態における隙間をなくすものでもありません。」(審判請求書の「C.本願が特許されるべき理由(3)」の項参照。)と主張するとともに、審尋に対する平成22年4月6日付け回答書において「これに対して、引用文献1(審決注:上記刊行物Aに相当する。以下同じ。)に記載の発明は、剛性の程度が定かではなく、しかも、負荷トルクが例えば1.0kgf・cm(0.098N・m)程度のプリンタやスキャナ等に用いられるものです(引用文献1の段落番号0001、0061)。
また、引用文献2(審決注:上記刊行物Bに相当する。以下同じ。)には、ベルトの引張弾性率を高めるために、カーボンやPOB等の高弾性率の心線を用いた歯付ベルトが記載されていますが、歯付ベルトの張力に対する単位幅当たりの剛性を上記範囲に設定することは記載されておらず、しかも、引用文献2に記載の発明は、引用文献1に記載の発明と同様、プリンタや複写機に用いられるものです(引用文献2の段落番号0032)。
このように、本願発明と引用文献1、2に記載の発明とは、その用途の範囲が大幅に異なることから、引用文献1、2の記載により、歯付ベルトの張力に対する単位幅当たりの剛性を本願発明の上記範囲に設定することは、当業者が容易になし得る事項ではありません。」(回答書の「B.本願が特許されるべき理由」(2)の項参照)と主張するなど、本願は特許されるべき旨主張している。
しかしながら、プーリ歯の歯底とベルト歯の歯先との間について、隙間を設けることも隙間を設けないようにすることも用途や求められる機能に応じて適宜実施されていることは上記に説示したとおりであるから、刊行物Aが上記のとおり隙間を有するとしても、隙間を設けないようにすることを阻害するような理由にはならない。
さらに、歯付ベルトは、その用途や求められる機能に応じて設計されるものであって、刊行物Aに記載された用途がプリンタやスキャナ等に用いられるものであるとしても、個々の機能を奏する要素技術は重量の大きい物品を搬送するベルトなどにも適用できるものであって、そのことを妨げる事情は見あたらない。
よって、審判請求人の主張は採用できない。

4.むすび

以上のとおり、本願補正発明、すなわち本件補正後の請求項1に係る発明は、刊行物A、Bに記載された発明及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
よって、本願補正発明、すなわち本件補正後の請求項1に係る発明は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合しない。
したがって、本件補正は、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

【3】本願発明について

1.本願発明

平成21年10月13日付け手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?5に係る発明は、平成21年2月9日付け手続補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は以下のとおりである。

「【請求項1】
原動側および従動側の歯付プーリに歯付ベルトを掛巻してなるベルト伝動機構であって、
前記歯付ベルトは、前記歯付プーリのプーリ歯に噛み合うベルト歯が形成されたベルト本体に、当該歯付ベルトの周方向に作用する張力を受け持つ心線が埋設されてなり、当該歯付ベルトの張力に対する単位幅当たりの剛性が2000(kN/inch)?6000(kN/inch)に設定され、
前記プーリ歯は、その歯溝深さの1/2の深さにおける歯溝幅をベルト歯の歯幅よりも小さく設定されると共に、その歯底とベルト歯の歯先との間に前記ベルト歯の圧縮による変形を許容する隙間が形成される歯溝深さに設定され、
ベルト歯およびプーリ歯の噛合状態における隙間をなくすために、前記歯付プーリの周方向に沿う断面において、前記プーリ歯の歯溝の断面積が前記ベルト歯の歯部の断面積よりも小さく設定されたことを特徴とするベルト伝動機構。」

2.引用刊行物とその記載事項

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された刊行物は次のとおりであり、その記載事項は、上記【2】3-2.のとおりである。

刊行物A:特開2000-193068号公報
刊行物B:特開2002-98202号公報

3.対比・判断

本願発明は、上記【2】で検討した本願補正発明における「前記隙間にベルト歯の圧縮分の一部を逃がしてベルト歯およびプーリ歯の噛合状態における隙間をなくすために」を、「ベルト歯およびプーリ歯の噛合状態における隙間をなくすために」と拡張したものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、審判請求時の手続補正によってさらに構成を限定した本願補正発明が、上記【2】3-3及び3-4に示したとおり、刊行物A、Bに記載された発明及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、上記限定を省いた本願発明も実質的に同様の理由により、刊行物A、Bに記載された発明及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.むすび

以上のとおり、本願発明、すなわち、本願の請求項1に係る発明は、刊行物A、Bに記載された発明及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願の請求項1に係る発明が特許を受けることができないものである以上、本願の請求項2ないし5に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。



 
審理終結日 2010-04-30 
結審通知日 2010-05-11 
審決日 2010-05-24 
出願番号 特願2003-351605(P2003-351605)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F16G)
P 1 8・ 121- Z (F16G)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 広瀬 功次  
特許庁審判長 川上 溢喜
特許庁審判官 藤村 聖子
川本 真裕
発明の名称 ベルト伝動機構  
代理人 稗苗 秀三  
代理人 後藤 誠司  
代理人 大島 泰甫  

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