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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D
管理番号 1220196
審判番号 不服2006-27267  
総通号数 129 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-09-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-12-04 
確定日 2010-07-13 
事件の表示 平成8年特許願第187009号「耐引つかき性の導電性コーテイング」拒絶査定不服審判事件〔平成9年1月14日出願公開、特開平9-12968〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、平成8年6月28日(パリ条約による優先権主張1995年7月3日、ドイツ)の出願であって、平成17年2月25日付けで拒絶理由が通知され、同年5月23日付けで意見書及び手続補正書が提出されたところ、平成18年8月30日付けで拒絶査定がされ、これに対し同年12月4日に拒絶査定を不服とする審判請求がされるとともに、平成19年2月28日付けで手続補正書(審判請求書の手続補正)が提出され、平成21年6月9日付けで拒絶理由が通知され、同年12月16日に意見書が提出されたものである。

第2 本願発明
この出願の請求項1及び2に係る発明は、平成17年5月23日付けの手続補正により補正された明細書(以下、「本願明細書」という。)の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される次のとおりのものと認める。

「【請求項1】 ポリチオフェン^(+)An^(-)の形態のポリチオフェン塩を含むポリチオフェン調製物、および、モル当たり少なくとも2つの(メト)アクリロイル基を含有する、照射で硬化しうるコーティング組成物としての(メト)アクリロイル基含有プレポリマー、および、溶媒としての水、の混合物であって、
ここで、該ポリチオフェンが式
【化1】


[式中、R_(1)及びR_(2)は互いに独立に水素又はC_(1)?C_(4)アルキル基を表わし、或いは一緒になって任意に置換されたC_(1)?C_(4)アルキレン基、好ましくは任意にアルキル基で置換されたメチレン基、任意にC_(1)?C_(12)アルキル基又はフェニル基で置換されたエチレン-1,2基、プロピレン-1,3基又はシクロヘキシレン-1,2基を形成する]
の正に荷電した及び荷電してない反復単位を含み、そして、
An^(-)はポリアニオンを示す、
上記混合物。
【請求項2】 耐引っかき性の導電性コーティングを製造するための請求項1の混合物の使用方法。」
(以下、それぞれ「本願発明1」、「本願発明2」という。)

第3 当審で通知した拒絶の理由
平成21年6月9日付けで当審で通知した拒絶の理由1及び2の概要は、以下のとおりである。

1 拒絶の理由1
この出願の請求項1及び2に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記刊行物1及び2に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

刊行物1 特開平6-264024号公報(原査定における引用例1)
刊行物2 特開平4-211462号公報(当審において新たに引用)

2 拒絶の理由2
この出願の請求項1及び2に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記刊行物2及び3に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

刊行物2 特開平4-211462号公報(上記刊行物2に同じ)
刊行物3 特開平7-90060号公報(原査定における引用例3)

第4 刊行物に記載された事項
1 刊行物1
この出願の優先日前に頒布された刊行物1には、以下の事項が記載されている。

(1a)「必須帯電防止成分として、重合体ポリアニオン化合物の存在下に共役重合体主鎖を有するポリチオフエンを含有し、耐水性樹脂部材上に帯電防止層を製造するのに好適な水性被覆組成物において、前記組成物が、少なくとも40℃のガラス転移温度(Tg)を有する疎水性有機重合体の分散液も含有し、前記組成物が分散液を乾燥したとき凝着層を形成することを特徴とする水性被覆組成物。」(特許請求の範囲請求項16)

(1b)「・・・しかしポリアレンメチリデンの群のそれらの幾つか例えばポリチオフエン及びポリイソチアナフテンは、少なくとも中程度の被覆量で薄い層で被覆したとき、透明であり、禁止的に着色してない。
イオン電導性の代りに電子電導性を有する物質は、相対湿度とは無関係に低電気抵抗率を有する、これによってそれらは、永久的かつ再現性ある導電率を有する帯電防止層の製造に使用するのに特に好適である・・・
環境汚染問題のため、帯電防止層の被覆は、有機溶媒をできる限り少なく使用することにより、水性媒体からできるだけ行うべきである。ポリアニオンの存在下におけるポリチオフエンの水性分散液からの帯電防止被覆の製造は、公開されたヨーロッパ特許出願0440957及び対応する米国出願No. 647093(これらは引用してここに組入れる)に記載されている。
これらの被覆は機械的に容易に損傷されることが実験的に証明され、従って保護層での上塗被覆を必要とする。好適な保護層は、ポリ(メチルメタクリレート)の如きフィルム形成性「硬質」有機樹脂の有機溶媒から適用できる。」(段落【0008】?【0013】)

(1c)「本発明の目的は、耐水性樹脂材料、例えば繊維、糸、シート、パネル、ウエブ、成形物品等の如き電気的に絶縁性の材料のための水性被覆組成物を提供することにあり、前記被覆又は層が、追加の被覆保護層の必要なしに摩耗に対する高抵抗を与える機械的強度及びその基体への良好な接着性を伴い、殆ど湿水に無関係の導電率を与える被覆組成物を提供することにある。」(段落【0015】)

(1d)「本発明により使用するのに好ましいポリチオフエンの例には、下記一般式(I)に相当する構造単位を有する:
【化3】


式中R^(1 )及びR^(2 )の各々は独立に水素又はC_(1) ?C_(4) アルキル基を表わし、又は一緒になって所望によっては置換されたC_(1 )?C_(4) アルキレン基、好ましくはエチレン基、所望によりアルキル置換されたメチレン基、所望によってC_(1) ?C_(12) アルキルもしくはフエニル置換された1,2-エチレン基、1,3-プロピレン基又は1,2-シクロヘキシレン基を表わす。」(段落【0023】?【0025】)

(1e)「本発明の帯電防止被覆組成物は、ポリエチレンテレフタレートフィルム支持体に帯電防止層を適用するのに特に好適であるが、これによって当業者に知られている他の樹脂支持体、例えばポリカーボネート、ポリスチレン、ポリメタクリル酸エステル及びコロナ及びフレーム処理したポリピロピレン支持体も被覆できる。」(段落【0056】)

(1f)「実施例 1?7
(I) 3,4-エチレンジオキシチオフエンの製造
前記一般式(II)の3,4-ジ置換チオフエンは、原則的に既知の方法で、3,4-ジヒドロキシチオフエン-2,5-ジカルボン酸エステルのアルカリ金属塩を適切なアルキレン-vic-ジハライドと反応させ、続いて遊離3,4-(アルキレン-vic-ジオキシ)チオフエン-2,5-ジカルボン酸を脱カルボキシル化することによって得ることができる[例えば Tetrahedron(1967年)23巻、2437?2441頁、及び J. Am. Chem. Soc. 67巻(1945年)、2217?2218頁参照]。
(II) ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフエン)分散液[以後分散液(PT)と称する]の製造
(a) 数平均分子量(Mn)40000を有するポリスチレンスルホン酸(SO_(3) H基109ミリモル)20gの水性溶液1000ml中に、12.9gのカルシウムペルオキシジサルフェート(K_(2) S_(2) O_(8) )、0.1gのFe_(2) (SO_(4) )_(3) 、及び5.6gの3,4-エチレンジオキシチオフエンを導入した。かくして得られた反応混合物を20℃で24時間攪拌し、脱塩した。
(b) 上述した如く作った反応混合物500mlを500mlの水で稀釈し、粒状弱塩基性イオン交換樹脂LEWATIT H 600(商品名)及び強酸性イオン交換体LEWATIT S 100(商品名)の存在下に室温で6時間攪拌した。前記処理後、イオン交換樹脂を濾別し、カリウムイオン及び硫酸イオン含有率を測定した、それぞれ1lについて、K^(+) 0.4g及び(SO_(4) )^(2-) 0.1gであった。」(段落【0076】?【0080】)

(1g)「(III) ラテックスA,BおよびCの製造
ラテックスA
HOSTAPAL B[ノニルフェニル(オキシエチレン)_(5) -O-SO_(3 )Naに対するドイツ国、フランクフルトの Hoechst Aktiengesellschaft の商品名]の10%水溶液360ml及び水5940mlの混合物を、中に窒素ガスを吹込みながら85℃に加熱した。383mlのメチルメタクリレート及びK_(2) S_(2) O_(8) の1%水溶液225mlを加え、反応混合物を30分間攪拌した。次に1532mlのメチルメタクリレート及びK_(2) S_(2) O_(8) の1%水溶液450mlの追加量を滴加し、攪拌を85℃で更に2時間続けた。
ラテックスの固体含有率は20.9%であり、分散したポリメチルメタクリレート粒子であるラテックス粒子の平均粒度は69nmであった。得られたポリメチルメタクリレートのガラス転移温度(Tg)は119℃であった。」(段落【0081】?【0083】)

(1h)「(IV) 被覆組成物の製造
下表1に示す如くmlで表示した量での水及びN-メチル-2-ピロリドン(NMP)との混合物の形での前述したラテックスA,B及びC及び製造(II)のポリ(3,4-エチレンジオキシチオフエン)分散液(PT)を用い、試験被覆組成物1?7を作った。

表 1
組成物 ラテックス 分散液 NMP H_(2 )O
No. A (ml) C(ml) PT(ml) (ml) (ml)
1 0 0 31 0 369.0
2 7.7 0 31 16 345.0
3 17.2 0 31 16 335.5
4 26.8 0 31 16 325.9
5 36.4 0 31 16 316.3
6 46.0 0 31 16 306.7
7 0 26.0 31 0 343.0
」(段落【0089】?【0091】)

(1i)「(V) 被覆方法
延伸前の厚さ0.34mm、そして0.1mmの厚さの縦方向延伸したポリエチレンテレフタレート支持体を、コロイドシリカ(表面積100m^(2) /g)と混合した形でのポリ塩化ビニリデン/メチルメタクリレート/イタコン酸のターポリマーラテックスで下塗した。横方向延伸後、前記ターポリマー及び前記シリカの前記下塗層中での被覆量は、それぞれ170mg/m^(2) 及び40mg/m^(2) であった。
前記被覆組成物1?7の各々を、前記ポリエチレンテレフタレート支持体の下塗層上に別々に被覆した。被覆は湿潤被覆量50m^(2 )/lで行った。得られた最外帯電防止層1?7を120℃で乾燥した。
接触及び剥離試験における損傷に対する抵抗を、マイクロフィルム型記録材料の通常に硬化したゼラチン-ハロゲン化銀乳剤層と、加圧接触(0.05kg/m^(2) )下に、85%相対湿度で57℃で3日間処理後に測定した。剥離した部分の帯電防止層の損傷表面の百分率(%S)で損傷を示す(後掲の表2参照)。その結果から、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフエン)分散液(PT)への前述した量の疎水性ラテックス重合体の添加が、通常に硬化したゼラチン-ハロゲン化銀乳剤層に対する高相対湿度での被覆帯電防止層の粘着を防止すると結論できる、一方その不存在下には、全接触面にわたり損傷をもたらしたことが判る。」(段落【0093】?【0096】)

2 刊行物2
この出願の優先日前に頒布された刊行物2には、以下の事項が記載されている。

(2a)「重合体のガラス転移点が50℃以上であり、かつ重合性基を1分子中に2つ以上有する単量体の水性エマルションに、該単量体100重量部に対して、重合体のガラス転移点が40℃以下である単量体2?50重量部及び親水性基を有する単量体0.1?5重量部を添加しつつ、重合すべき全単量体100重量部に対して0.05?0.36重量部の水溶性重合開始剤の存在下に上記の各単量体を重合することを特徴とする重合体エマルションの製造方法。」(請求項1)

(2b)「本発明は、保存安定性が良好であり、優れた性状の塗膜を形成し、塗料として好適に用い得るばかりか、帯電防止塗料としても好適に用い得る重合体エマルションの製造方法に関する。」(段落【0001】)

(2c)「本発明者らは、水性エマルション型の塗料を開発するために、上記した各種の単量体の水性エマルションを混合し、これに光重合開始剤を添加して塗料とした。そして、この塗料をポリ塩化ビニル板に塗布し、加熱または紫外線照射等により硬化させた。」(段落【0004】)

(2d)「本発明で用いられる重合体のガラス転移点が50℃以上である重合性基を1分子中に2つ以上有する単量体(以下、単に単量体(A)ともいう。)は、公知の化合物が何ら制限なく採用される。具体的に例示すれば次のとおりである。尚、以下の記述においてはアクリレートとメタクリレートとを総称して(メタ)アクリレートと記す。例えば、ネオペンチルグリコールジアクリレート,トリメチロールプロパントリアクリレート,ペンタエリスリトールトリアクリレート,ペンタエリスリトールテトラアクリレート,ジペンタエリスリトールペンタアクリレート,ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート,トリプロピレングリコールジアクリレート等の多官能単量体:エポキシ(メタ)アクリレート,ウレタン(メタ)アクリレート,ポリエステルアクリレート等の比較的分子量の大きい単量体などが挙げられる。これらは必要に応じて2種以上を併用してもよい。」(段落【0008】)

(2e)「また、親水性基を有する単量体(以下、単量体(C)ともいう。)は、本発明により得られる重合体エマルションの保存安定性と塗膜の帯電防止性を良好にするために必須の成分である。」(段落【0015】)

(2f)「(2) エンピツ硬度
エンピツ硬度計を用いてJIS D 0202に従って塗膜の表面硬度を測定した。 (3) スクラッチ
塗膜表面を爪でこすり、傷がつかなかった場合を〇、傷がついた場合を×で示した。」(段落【0028】?【0029】)

(2g)「実施例1
・・・得られたエマルション組成物を硬質ポリ塩化ビニル板にバーコーターNo. 12で塗布し、乾燥後、高圧水銀灯(80W/cm) で20cmの高さより紫外線照射して硬化させた。得られた塗膜の性状を評価して、その結果を表1に示した。・・・
表1


」(段落【0036】?【0038】)

3 刊行物3
この出願の優先日前に頒布された刊行物3には、以下の事項が記載されている。

(3a)「ポリ陰イオンの存在下での式
【化1】


式中、R_(1)及びR_(2)は独立して水素またはC_(1)?_(4)アルキル基を表わすか、或いは一緒になって随時置換されていてもよいC_(1)?_(4)アルキレン基を形成するに対応する構造単位からなるポリチオフエンの分散体。」(請求項1)

(3b)「本発明は新規なポリチオフエン分散体、その製造方法及びプラスチツク成形体の帯電防止処理に対する塩の使用に関する。」(段落【0001】)

(3c)「また良好な接着性及び耐ひっかき性(scratch)を有するコーテイングを得るために、水に溶解または懸濁される高分子結合剤例えばポリビニルアルコールまたはポリ酢酸ビニル分散剤をポリチオフエン塩組成物に加え得る。」(段落【0035】)

(3d)「本発明による方法により帯電防止的または電気伝導的に処理され得る基体は殊に有機プラスチツクの成形体、殊にポリカーボネート、ポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリエステル、酢酸セルロース及びセルロースのフイルムである。しかしながらまた、無機材料例えばガラスまたは酸化アルミニウム及び/もしくは二酸化ケイ素のセラミツク材料も本発明による方法により帯電防止処理し得る。」(段落【0044】)

(3e)「【実施例7】
空気を水100ml中のポリスチレンスルホン酸(Mw4,000)Na^(+)塩5.5g(26ミリモルSO_(3)Na)、p-トルエンスルホン酸3.0g(17ミリモル)、3,4-エチレンジオキシチオフエン2.5g(17ミリモル)及び硫酸鉄(III)0.25g(1ミリモル)の溶液中に40?50℃で撹拌しながら16時間にわたって導入した。
次に得られたポリチオフエン組成物を水200ml及びメタノール100mlで希釈し、そしてポリカーボネート上にナイフでコーティングした。
乾燥後(乾燥フイルムの厚さ約0.7μm)、コーティングは7×10^(7)Ωの表面抵抗(R_(OB))を有していた。
【実施例8】実施例7により製造したポリチオフエン組成物を水400mlで希釈し、そしてポリビニルアルコール5.0gの添加後に均一な組成物が得られるまで撹拌した。組成物をポリカーボネートフイルム上にナイフでコーティングした。乾燥後(乾燥フイルムの厚さ約0.7μm)、帯電防止コーティングは1.5×10^(8)Ω(相対湿度0%で)の表面抵抗(R_(OB))を有していた。」(段落【0066】?【0069】)

第5 当審の判断
1 拒絶の理由1について
(1)刊行物1に記載された発明
ア 引用発明1
刊行物1は、「・・・重合体ポリアニオン化合物の存在下に共役重合体主鎖を有するポリチオフエンを含有し、・・・水性被覆組成物において、前記組成物が、少なくとも40℃のガラス転移温度(Tg)を有する疎水性有機重合体の分散液も含有し、前記組成物が分散液を乾燥したとき凝着層を形成することを特徴とする水性被覆組成物」(摘示(1a))に関し記載するものであるところ、上記「ポリチオフエン」は、「一般式(I)に相当する構造単位」を有するものであり(摘示(1d))、摘示(1f)に具体的に「(II) ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフエン)分散液・・・の製造」として示される方法で調製されるものである。また、「少なくとも40℃のガラス転移温度(Tg)を有する疎水性有機重合体の分散液」は、「乾燥したとき凝着層を形成する」ものであるから、有機重合体の凝着層を形成させるための疎水性有機重合体であるということができる。
したがって、刊行物1には、
「重合体ポリアニオン化合物の存在下に共役重合体主鎖を有する一般式(I)に相当する構造単位を有するポリチオフエン、有機重合体の凝着層を形成させるための疎水性有機重合体、および、水、を含有する水性被覆組成物」
の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

イ 引用発明2
また、刊行物1には、実施例の「(V) 被覆方法」において、引用発明1を具体化した「試験被覆組成物」2?7の各々を、「ポリエチレンテレフタレート支持体の下塗層上に別々に被覆し」、「最外帯電防止層」を形成することが記載されているから(摘示(1e)、(1g)?(1i))、最外帯電防止層を製造するための上記引用発明1の水性被覆組成物の使用方法の発明も記載されているといえる。
したがって、刊行物1には、
「最外帯電防止層を製造するための引用発明1の水性被覆組成物の使用方法」
の発明(以下、「引用発明2」という。)も記載されていると認められる。

(2)本願発明1について
ア 本願発明1と引用発明1との対比
本願発明1と引用発明1を対比すると、引用発明1の「重合体ポリアニオン化合物の存在下に共役重合体主鎖を有する一般式(I)に相当する構造単位を有するポリチオフエン」は、上記(1)アに示したように、摘示(1f)で示される方法で調製されるから、本願発明1の「ポリチオフェン調製物」に相当する。
そして、引用発明1に含有される「水」は、水性被覆組成物を製造するための溶媒といえるから、本願発明1の「溶媒としての水」に相当する。また、本願発明1の「モル当たり少なくとも2つの(メト)アクリロイル基を含有する、照射で硬化しうるコーティング組成物としての(メト)アクリロイル基含有プレポリマー」は、照射で硬化することによって、有機重合体の凝着層を形成させるための物質であるといえる。さらに、引用発明1の「水性被覆組成物」は、上記のとおり、「重合体ポリアニオン化合物の存在下に共役重合体主鎖を有する一般式(I)に相当する構造単位を有するポリチオフエン、有機重合体の凝着層を形成させるための疎水性有機重合体、および、水」を含有するから「混合物」であるといえる。
よって、両者は、
「ポリチオフェン調製物、および、有機重合体の凝着層を形成させるための物質、および、溶媒としての水、の混合物」
である点で一致するが、以下のA?Cの点で相違するといえる。

A ポリチオフェン調製物が、本願発明1においては、「ポリチオフェン^(+)An^(-)の形態のポリチオフェン塩を含」み、かつ、「該ポリチオフェンが式【化1】・・・反復単位を含み、そして、An^(-)はポリアニオンを示す」ものであるのに対し、引用発明1においては、「重合体ポリアニオン化合物の存在下に共役重合体主鎖を有する一般式(I)に相当する構造単位を有するポリチオフエン」である点
B 有機重合体の凝着層を形成させるための物質が、本願発明1においては、「モル当たり少なくとも2つの(メト)アクリロイル基を含有する、照射で硬化しうるコーティング組成物としての(メト)アクリロイル基含有プレポリマー」であるのに対し、引用発明1においては、「疎水性有機重合体」である点
C 「混合物」が、本願発明1は、単に、上記3成分の「混合物」であるのに対し、引用発明1は、上記3成分を「含有する水性被覆組成物」である点
(以下、これらの相違点をそれぞれ「相違点A」、「相違点B」及び「相違点C」という。)

イ 判断
(ア)相違点Aについて
引用発明1の「重合体ポリアニオン化合物の存在下に共役重合体主鎖を有する・・・ポリチオフエン」については、刊行物1に具体的に実施例1?7が示され、特に、実施例2?6についてみると、「(II) ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフエン)分散液[以後分散液(PT)と称する]の製造」として、「・・・ポリスチレンスルホン酸(SO_(3) H基109ミリモル)・・・の水性溶液・・・中に、・・・カルシウムペルオキシジサルフェート(K_(2 )S_(2) O_(8) )、・・・Fe_(2) (SO_(4 ))_(3) 、及び・・・3,4-エチレンジオキシチオフエンを導入し」、得られた反応混合物を「粒状弱塩基性イオン交換樹脂・・・及び強酸性イオン交換体・・・の存在下に・・・攪拌し」、「前記処理後、イオン交換樹脂を濾別し」て上記分散液(PT)が得られることが記載されている(摘示(1f))。
上記記載をまとめると、刊行物1には、「ポリスチレンスルホン酸の水性溶液中に、カルシウムペルオキシジサルフェート(K_(2) S_(2) O_(8) )、Fe_(2 )(SO_(4) )_(3) 、及び3,4-エチレンジオキシチオフエンを導入し、得られた反応混合物を粒状弱塩基性イオン交換樹脂及び強酸性イオン交換体の存在下に攪拌し、前記処理後、イオン交換樹脂を濾別して得られたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフエン)分散液(PT)」が記載されているといえるところ、本願発明1に示すように、「ポリチオフェン^(+)An^(-)の形態のポリチオフェン塩」であることが明示されているものではない。
しかしながら、本願明細書の段落【0043】には、本願発明1のポリチオフェン調製物の製造が具体的に示され、それによると、「遊離のポリスチレンスルホン酸・・・、過硫酸カリウム(当審注;「カルシウムペルオキシジサルフェート(K_(2) S_(2) O_(8 ))」と同一)・・・及び硫酸鉄(III)(当審注;「Fe_(2) (SO_(4) )_(3) 」と同一)・・・を、撹拌しながら水・・・に導入した。ついで3,4-エチレンジオキシチオフェン・・・を撹拌しながら添加した。・・・続いて両方とも水で湿らしたアニオン交換樹脂・・・及びカチオン交換樹脂・・・を添加し、8時間撹拌した。」とあり、ポリスチレンスルホン酸の存在下でポリチオフェン調製物を得ることで、「ポリチオフェン^(+)An^(-)の形態のポリチオフェン塩」が得られるものである。
そうしてみると、引用発明1の「重合体ポリアニオン化合物の存在下に共役重合体主鎖を有する・・・ポリチオフエン」である上記実施例の「ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフエン)分散液(PT)」も、上記のとおり、本願発明1の上記製造方法と同様に、ポリアニオンに相当するポリスチレンスルホン酸の存在下で得られるものであるから、同様に「ポリチオフェン^(+)An^(-)の形態のポリチオフェン塩」の構造を有しているものといえる。
したがって、相違点Aは実質的な相違点であるとはいえない。

(イ)相違点Bについて
刊行物1に記載されるように、従来、帯電防止層を構成する「ポリアニオンの存在下におけるポリチオフエンの水性分散液からの帯電防止被覆」は、「機械的に容易に損傷されることが実験的に証明され、従って保護層での上塗被覆を必要」(摘示(1b))とされていたが、引用発明1は、「追加の被覆保護層の必要なしに摩耗に対する高抵抗を与える機械的強度」(摘示(1c))を提供することを目的として、「有機重合体の凝着層を形成させるための疎水性有機重合体」を含有するものである。このことは、刊行物1の実施例において、上記疎水性有機重合体にあたるラテックスAを含有せず、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフエン)分散液(PT)のみを含有する実施例1と、該ラテックスAを含有する実施例2?6とを比較し(摘示(1h)の表1)、「ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフエン)分散液(PT)への前述した量の疎水性ラテックス重合体の添加が、通常に硬化したゼラチン-ハロゲン化銀乳剤層に対する高相対湿度での被覆帯電防止層の粘着を防止すると結論できる、一方その不存在下には、全接触面にわたり損傷をもたらしたことが判る」(摘示(1g)、(1h)及び(1i))と記載されていることからも理解できる。
よって、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフエン)分散液(PT)等のポリチオフエン調製物は、機械的に容易に損傷されることが課題とされ、その解決のために、引用発明1では、「有機重合体の凝着層を形成させるための疎水性有機重合体」を組成物に含有させているのである。
一方、刊行物2には、「ウレタン(メタ)アクリレート、ポリエステルアクリレート等」(摘示(2d))の「重合性基を1分子中に2つ以上有する単量体の水性エマルション」を有する「重合体エマルション」(摘示(2a))を、「光重合開始剤を添加して塗料とし・・・、この塗料をポリ塩化ビニル板に塗布し、・・・紫外線照射等により硬化」させる(摘示(2c))ことにより、「エンピツ硬度」及び「スクラッチ」に対する抵抗性(傷がつかない)に優れる(摘示(2f)、(2g))ことが記載されているから、硬化して有機重合体の凝着層を形成する単量体を併用することにより、塗料におけるエンピツ硬度及びスクラッチに対する抵抗性を増したものであるといえる。
ここで、刊行物2の上記「重合性基を1分子中に2つ以上有する単量体」は、重合性基である(メタ)アクリロイル基を2つ以上有し、該基がウレタン、ポリエステル等に結合する単量体であるから、(メタ)アクリロイル基含有プレポリマーであって、重合性基を2つ以上有することから、該基の部分で紫外線照射により、硬化しうるものであるということができ、また、上記「単量体の水性エマルション」は、コーティング組成物として用いられるものということができる。さらに、刊行物2に記載の上記塗料は、帯電防止性を有する「親水性基を有する単量体」を用いることで、「帯電防止塗料としても好適に用い得る」(摘示(2b)、(2e))ものである。
そして、帯電防止材料として用いられる導電性塗料組成物の分野において、塗膜の硬度及び耐擦傷性を向上させるために、紫外線等の活性光線で硬化する分子内に2個以上の(メタ)アクリロイル基を有する(メタ)アクリレート化合物を含有させることは、当業者に周知である(例えば、特開平7-11176号公報の【請求項1】、段落【0007】?【0008】、【0032】(原査定における引用例4)、特開平6-240180号公報の【請求項1】、【0062】(原査定における引用例5)、特開平7-48462号公報の【請求項1】、【0032】、【0059】(原査定における引用例6)参照)。
そうすると、引用発明1と刊行物2記載の上記塗料とは、共に、水性帯電防止塗料の分野において、帯電防止成分に加え、有機重合体の凝着層を形成する物質を併用することにより、損傷やスクラッチに対する抵抗性を増したものである点で共通するから、引用発明1における「疎水性有機重合体」に代えて、エンピツ硬度及びスクラッチに対する抵抗性(傷がつかない)に優れるものとするために、刊行物2に記載された重合性基である(メタ)アクリロイル基を2つ以上有する紫外線照射で硬化しうるコーティング組成物としての(メタ)アクリロイル基含有プレポリマーを含有することは、上記周知技術も考え合わせれば、当業者が容易に想到し得るものである。
したがって、引用発明1において、「疎水性有機重合体」に代えて、「モル当たり少なくとも2つの(メト)アクリロイル基を含有する、照射で硬化しうるコーティング組成物としての(メト)アクリロイル基含有プレポリマー」を含有することは、当業者が容易に想到し得るものである。

(ウ)相違点Cについて
本願発明1の「混合物」は、水を構成成分の1つとしており、また、本願明細書の段落【0036】及び段落【0042】によれば、「帯電防止性及び/または導電性仕上げをプラスチックに付与するために利用される」もので、コーティングできる基材としてのポリエチレンテレフタレート等のプラスチックが挙げられているから、本願発明1も、水性被覆組成物であるということができ、引用発明1とその用途において差異のないものである。また、本願発明1の「混合物」は、本願明細書の段落【0023】によれば、補助物質を含有し得るものである。
そうすると、本願発明1の「混合物」は、引用発明1の「含有する水性被覆組成物」と、実質的に相違するものではない。
したがって、相違点Cは実質的な相違点であるとはいえない。

(エ)本願発明1の効果について
本願発明1の効果は、本願明細書の段落【0004】に記載されるように、「ポリチオフェン調製物をイオン化照射(例えばUV及び電子線)で硬化する組成物と組合せることにより、改良された耐引っかき性の達成できることが発見された」ものである。
しかしながら、上記(イ)で述べたように、引用発明1は、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフエン)分散液(PT)等のポリチオフエン調製物の「摩耗に対する高抵抗を与える機械的強度」(摘示(1c))を課題とするものであり、一方、刊行物2には、水性帯電防止塗料において、ウレタンアクリレート、ポリエステルアクリレート等の重合性基を1分子中に2つ以上有する単量体の水性エマルションを有する重合体エマルションを、紫外線照射等により硬化することにより、エンピツ硬度及びスクラッチに対する抵抗性(傷がつかない)に優れることが記載されているのであるから、本願発明1の溶媒としての水を含有する混合物において、ポリチオフェン調製物をイオン化照射(例えばUV及び電子線)で硬化する組成物と組合せることにより、改良された耐引っかき性が得られるという効果は、当業者の予測を超える格別顕著なものであるということはできない。

(3)本願発明2について
ア 本願発明2と引用発明2との対比
本願発明2は、本願発明1の混合物の使用方法であることに加え、「耐引っかき性の導電性コーティングを製造するための」と特定されたものであり、他方、引用発明2は、「最外帯電防止層を製造するための」引用発明1の使用方法である。
よって、本願発明2と引用発明2を対比すると、上記組成物に関する相違点A?Cに加え、以下のDの点で相違するといえる。

D 「使用方法」が、本願発明2においては、「耐引っかき性の導電性コーティングを製造するための」方法であるのに対し、引用発明2においては、「最外帯電防止層を製造するための」方法である点
(以下、「相違点D」という。)

イ 判断
(ア)相違点A?Cについて
上記(2)イ(ア)?(ウ)で述べたとおりである。

(イ)相違点Dについて
引用発明2で使用される引用発明1の水性被覆組成物は、「必須帯電防止成分として、重合体ポリアニオン化合物の存在下に共役重合体主鎖を有するポリチオフエン」を含有し(摘示(1a))、該帯電防止成分により、「導電率を与える被覆組成物」(摘示(1c))を提供するものであり、「最外帯電防止層」とは、ポリエチレンテレフタレート支持体に被覆(摘示(1e)、(1i))するもので、被覆とコーティングは同義であるから、引用発明2の「最外帯電防止層を製造するための」とは、「導電性コーティングを製造するための」であるということができる。
そして、上記(2)イ(イ)で述べたスクラッチに対する抵抗性(傷がつかない)とは、耐引っかき性を意味するから、引用発明1を使用することにより、「耐引っかき性」を有するものとなる。
したがって、引用発明2において、「耐引っかき性の導電性コーティングを製造するための」方法とすることは、引用発明1を使用した際の作用効果を含めて表現したに過ぎず、当業者が容易になし得るものである。

(ウ)本願発明2の効果について
本願発明2の効果は、本願発明1について記載された上記(2)イ(エ)と同様の理由により、当業者の予測を超える格別顕著なものであるということはできない。

(4)拒絶の理由1についてのまとめ
よって、本願発明1及び2は、その出願前(優先日前。以下同様。)に頒布された刊行物1及び2に記載された発明並びに周知技術に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

2 拒絶の理由2について
(1)刊行物3に記載された発明
ア 引用発明3
刊行物3は、「ポリ陰イオンの存在下での式(I)・・・に対応する構造単位からなるポリチオフエンの分散体」(摘示(3a)。以下、式(I)に対応する構造単位からなるポリチオフエンを、「式(I)ポリチオフエン」という。)に関し記載するものであって、「良好な接着性及び耐ひっかき性(scratch)を有するコーテイングを得るために、水に溶解または懸濁される高分子結合剤例えばポリビニルアルコールまたはポリ酢酸ビニル分散剤をポリチオフエン塩組成物に加え得る」(摘示(3c))ものである。
そして、具体的に、刊行物3の実施例7には、上記「ポリチオフエンの分散体」が、「空気を水・・・中のポリスチレンスルホン酸・・・Na^(+)塩・・・、p-トルエンスルホン酸・・・、3,4-エチレンジオキシチオフエン・・・及び硫酸鉄(III)・・・の溶液中に・・・撹拌しながら・・・導入」して、「ポリチオフエン組成物」として得られること、また、実施例8には、該ポリチオフエン組成物を「水・・・で希釈し、そしてポリビニルアルコール」を添加して、「組成物」を得ることが記載されている(摘示(3e))から、該「組成物」は、上記ポリチオフエンの分散体の他に、高分子結合剤としてのポリビニルアルコール及び水を含むものであるといえる。
よって、刊行物3には、
「ポリ陰イオンの存在下での式(I)ポリチオフエンの分散体、高分子結合剤としてのポリビニルアルコール、および、水を含有する組成物」
の発明が記載されていると認められる(以下、「引用発明3」という。)。

イ 引用発明4
また、刊行物3には、実施例8において、上記引用発明3の組成物を、「ポリカーボネートフイルム上にナイフでコーティングし」、「帯電防止コーティング」が得られる(摘示(3e))ことが記載されているから、上記引用発明3の帯電防止コーティングを製造するための使用方法も記載されているといえる。
したがって、刊行物3には、
「帯電防止コーティングを製造するための引用発明3の組成物の使用方法」
の発明(以下、「引用発明4」という。)が記載されていると認められる。

(2)本願発明1について
ア 本願発明1と引用発明3との対比
本願発明1と引用発明3を対比すると、引用発明3の「ポリ陰イオンの存在下での式(I)ポリチオフエンの分散体」は、上記(1)アに示したように、刊行物3の実施例7で示される方法で調製されるから、本願発明1の「ポリチオフェン調製物」に相当する。
また、引用発明3の「高分子結合剤としてのポリビニルアルコール」は、「良好な接着性及び耐引っかき性を有するコーテイングを得るために」加えられるのに対し(摘示(3c))、本願発明1の「モル当たり少なくとも2つの(メト)アクリロイル基を含有する、照射で硬化しうるコーティング組成物としての(メト)アクリロイル基含有プレポリマー」も、本願明細書の段落【0030】によれば、「イオン化照射で硬化する結合剤」であり、硬化後、ポリマーを形成するものであるから、「高分子結合剤」といえる。さらに、引用発明3に含有される「水」は、上記(1)アに示したとおり、ポリチオフエン組成物を希釈するために用いられているから、溶媒であるといえ、本願発明1の「溶媒としての水」に相当する。そして、引用発明3の「組成物」は、上記のとおり、「ポリ陰イオンの存在下での式(I)ポリチオフエンの分散体、高分子結合剤としてのポリビニルアルコール、および、水」を含有するから「混合物」であるといえる。
よって、両者は、
「ポリチオフェン調製物、および、高分子結合剤、および、溶媒としての水、の混合物」
である点で一致するが、以下のA’?C’の点で相違するといえる。

A’ ポリチオフェン調製物が、本願発明1においては、「ポリチオフェン^(+)An^(-)の形態のポリチオフェン塩を含む」ものであるのに対し、引用発明3は、「ポリ陰イオンの存在下での式(I)ポリチオフエンの分散体」である点
B’ 高分子結合剤が、本願発明1においては、「モル当たり少なくとも2つの(メト)アクリロイル基を含有する、照射で硬化しうるコーティング組成物としての(メト)アクリロイル基含有プレポリマー」であるのに対し、引用発明3は、「高分子結合剤としてのポリビニルアルコール」である点
C’ 「混合物」が、本願発明1は、単に、上記3成分の「混合物」であるのに対し、引用発明3は、上記3成分を「含有する組成物」である点
(以下、これらの相違点をそれぞれ「相違点A’」、「相違点B’」及び「相違点C’」という。)

イ 判断
(ア)相違点A’について
刊行物3には、「本発明は新規なポリチオフエン分散体、・・・及び・・・帯電防止処理に対する塩の使用」(摘示(3b))とあり、摘示(3c)でも「ポリチオフエン塩組成物」と記載されているから、引用発明3の「ポリ陰イオンの存在下での式(I)ポリチオフエンの分散体」は、ポリ陰イオンを有する「塩」であるといえ、ここで、ポリ陰イオンは、ポリアニオン(An^(-))を意味することは明らかである。
また、引用発明3の「ポリ陰イオンの存在下での式(I)ポリチオフエンの分散体」は、上記(1)アに示したとおり、刊行物3の実施例7に調製例が記載されており、上記1(2)イ(ア)に示した本願発明1の製造方法と同様に、ポリアニオンに相当するポリスチレンスルホン酸の存在下で得られるものであるから、同様に「ポリチオフェン^(+)An^(-)の形態のポリチオフェン塩」の構造を有しているものといえる。
したがって、相違点A’は実質的な相違点であるとはいえない。

(イ)相違点B’について
引用発明3の「高分子結合剤としてのポリビニルアルコール」は、「耐ひっかき性(scratch)を有するコーテイングを得るために」(摘示(3c))加えられている。
一方、刊行物2には、水性帯電防止塗料において、該塗料に添加されるウレタンアクリレート、ポリエステルアクリレート等の重合性基を1分子中に2つ以上有する単量体の水性エマルションを有する重合体エマルションを、塗布後、紫外線照射等により硬化することにより、エンピツ硬度及びスクラッチに対する抵抗性(傷がつかない)に優れることが記載されているといえることは、上記1(2)イ(イ)で述べたとおりである。
そして、帯電防止材料として用いられる導電性塗料組成物の分野において、塗膜の硬度及び耐擦傷性を向上させるために、紫外線等の活性光線で硬化する分子内に2個以上の(メタ)アクリロイル基を有する(メタ)アクリレート化合物を含有させることは、当業者に周知であることも、上記1(2)イ(イ)で述べたとおりである。
そうすると、引用発明3と刊行物2記載の上記塗料とは、共に、水性帯電防止塗料の分野において、帯電防止成分に加え、損傷やスクラッチに対する抵抗性を増すコーティングを得るものである点で共通するから、引用発明3における「高分子結合剤としてのポリビニルアルコール」に代えて、エンピツ硬度及びスクラッチに対する抵抗性(傷がつかない)に優れるものとするために、刊行物2の記載及び周知技術に基づき、重合性基である(メタ)アクリロイル基を2つ以上有する紫外線照射で硬化しうるコーティング組成物としての(メタ)アクリロイル基含有プレポリマーを含有することは、当業者が容易に想到し得るものである。
したがって、引用発明3において、「高分子結合剤としてのポリビニルアルコール」に代えて、「モル当たり少なくとも2つの(メト)アクリロイル基を含有する、照射で硬化しうるコーティング組成物としての(メト)アクリロイル基含有プレポリマー」を含有することは、当業者が容易に想到し得るものである。

(ウ)相違点C’について
本願発明1が水性被覆組成物であり、本願発明1の「混合物」が補助物質を含有し得るものであることは、上記1(2)イ(ウ)で述べたとおりであるから、本願発明1の「混合物」は、引用発明3が「含有する組成物」であることと、実質的に相違するものではない。
したがって、相違点C’は実質的な相違点であるとはいえない。

(エ)本願発明1の効果について
本願発明1の効果は、上記1(2)イ(エ)に記載されているとおりである。
しかしながら、上記(イ)で述べたように、引用発明3は、「ポリチオフエンの分散体・・・の帯電防止処理」(摘示(3b))において、「耐ひっかき性(scratch)を有するコーテイングを得る」(摘示(3c))ことを課題とするものであり、一方、刊行物2には、水性帯電防止塗料において、ウレタンアクリレート、ポリエステルアクリレート等の重合性基を1分子中に2つ以上有する単量体の水性エマルションを有する重合体エマルションを、紫外線照射等により硬化することにより、エンピツ硬度及びスクラッチに対する抵抗性(傷がつかない)に優れることが記載されているのであるから、本願発明1の溶媒としての水を含有する混合物において、ポリチオフェン調製物をイオン化照射(例えばUV及び電子線)で硬化する組成物と組合せることにより、改良された耐引っかき性が得られるという効果は、当業者の予測を超える格別顕著なものであるということはできない。

(3)本願発明2について
ア 本願発明2と引用発明4との対比
本願発明2は、本願発明1の混合物の使用方法であることに加え、「耐引っかき性の導電性コーティングを製造するための」と特定されたものであり、他方、引用発明4は、「帯電防止コーティングを製造するための」引用発明3の使用方法である。
よって、本願発明2と引用発明4を対比すると、上記組成物に関する相違点A’?C’に加え、以下のD’の点で相違するといえる。

D’ 「使用方法」が、本願発明2においては、「耐引っかき性の導電性コーティングを製造するための」方法であるのに対し、引用発明4においては、「帯電防止コーティングを製造するための」方法である点
(以下、「相違点D’」という。)

イ 判断
(ア)相違点A’?C’について
上記(2)イ(ア)?(ウ)で述べたとおりである。

(イ)相違点D’について
引用発明4は、有機プラスチックの成形体を「帯電防止的または電気伝導的に処理」するものであるから(摘示(3d))、電気伝導性、すなわち、導電性を有するものであるといえ、引用発明4の「帯電防止コーティング」は、「導電性コーティング」であるといえる。
そして、上記(2)イ(イ)で述べたスクラッチに対する抵抗性(傷がつかない)とは、耐引っかき性を意味するから、引用発明3を使用することにより、「耐引っかき性」を有するものとなる。
したがって、引用発明4において、「耐引っかき性の導電性コーティングを製造するための」方法とすることは、引用発明3を使用した際の作用効果を含めて表現したに過ぎず、当業者が容易になし得るものである。

(ウ)本願発明2の効果について
本願発明2の効果は、本願発明1について記載された上記(2)イ(エ)と同様の理由により、当業者の予測を超える格別顕著なものであるとはいうことはできない。

(4)拒絶の理由2についてのまとめ
よって、本願発明1及び2は、その出願前(優先日前。以下同様。)に頒布された刊行物3及び2に記載された発明並びに周知技術に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

3 請求人の主張について
(1)請求人は、平成21年12月16日付け意見書において、拒絶の理由1及び2の両方について、
「当業者にとって、刊行物1、3の記載において、エチレン性不飽和モノマー(メチルメタクリレートおよび酢酸ビニル)が重合した後に、ポリチオフェンをエチレン性不飽和モノマー(メチルメタクリレートおよび酢酸ビニル)と接触させることの理由が明らかに存在します。・・・
出願時の技術常識を考慮すれば、当業者は、モノマーのエチレン性不飽和基がそれらのモノマー中のエチレン性不飽和基とだけでなくポリチオフェンのエチレン性不飽和基とも反応して、それによっておそらくポリチオフェンの特性(特に電気伝導性)に不利な効果を生じるように影響を及ぼし得るであろうと考える筈であるので、ポリチオフェンとエチレン性不飽和基を含むモノマーとを組み合わせてそのような混合物を放射線に暴露しようとすることは阻害されるものであります。」
と主張している。

(2)しかしながら、上記1(2)イ(イ)において、周知例の1つとして挙げた特開平7-48462号公報には、以下の記載がある。
(4a)「透明シートの一面に、無機導電性塗料を塗布後、活性光線を照射し、硬化させ、第一層導電性塗膜が形成された積層体を得る第1工程及び有機導電性塗料を第一層導電性塗膜上に塗布後、活性光線を照射し、硬化させ、第一層導電性塗膜上に第二層導電性塗膜が積層されてなる帯電防止透明シートを得る第2工程からなる帯電防止透明シートの製造方法であって、無機導電性塗料が、分子内に2個以上の(メタ)アクリロイル基を有する(メタ)アクリレート化合物100重量部、金属酸化物を主成分とする導電性粉末100?10000重量部及び光重合開始剤からなり、有機導電性塗料が、分子内に2個以上の(メタ)アクリロイル基を有する(メタ)アクリレート化合物100重量部、共役系化合物の重合体5?100重量部及び光重合開始剤からなることを特徴とする帯電防止透明シートの製造方法。」(【請求項1】)
(4b)「本発明の第2工程で用いられる有機導電性塗料は、(メタ)アクリレート化合物、共役系化合物の重合体及び光重合開始剤よりなる。上記(メタ)アクリレート化合物及び光重合開始剤は、無機導電性塗料と同様のものが用いられる。
上記共役系化合物の重合体は、導電性を有するものであれば良く、特に限定されない。例えば、ピロール、チオフェン、フラン、セレノフェン等の複素五員環式化合物、N─アルキルチオフェン、3─アルキルピロール、3─アルキルチオフェン、3,4─ジアルキルチオフェン等の複素五員環式化合物誘導体、ベンゼン、ビフェニル及びタ─フェニル並びにこれらの誘導体、ナフタレン及びアントラセン等の多核芳香族化合物、アニリン、ピリダジン及びアズレン並びにこれらの誘導体等の重合体が用いられる。」(段落【0032】?【0033】)
(4c)「有機導電性塗料は、無機導電性塗料と同様の方法で調整される。本発明の第2工程は、有機導電性塗料を第一層導電性塗膜上に塗布後、活性光線を照射し、硬化させ、第一層導電性塗膜上に第二層導電性塗膜が積層されてなる帯電防止透明シートを得る工程である。」(段落【0037】)

(3)以上の記載からみて、帯電防止透明シートに用いられる有機導電性塗料において、チオフェン等の複素五環式化合物や、3,4-ジアルキルチオフェン等の複素五員環式化合物誘導体等の環部分に不飽和結合を有する「共役系化合物の重合体」は、「分子内に2個以上の(メタ)アクリロイル基を有する(メタ)アクリレート化合物」と共に配合された後に(摘示(4a)及び(4b))、「活性光線を照射し、硬化させ」(摘示(4c))ることができ、その際、共役系化合物の重合体における不飽和結合(共役系)が保持されなければ、帯電防止効果が得られないことは明らかである。
そうすると、不飽和基を有するチオフェン等の共役系化合物の重合体と、照射により硬化しうる分子内に2個以上の(メタ)アクリロイル基を有する(メタ)アクリレート基含有プレポリマーとの、硬化前の混合を避けるという当業者の技術常識があったとはいえず、上記請求人が主張するような阻害要因があったとは認められない。
よって、上記請求人の主張は採用できない。

第6 むすび
以上のとおり、本願発明1及び2は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その余の点について検討するまでもなく、この出願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-01-29 
結審通知日 2010-02-09 
審決日 2010-02-23 
出願番号 特願平8-187009
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C09D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 守安 智寺坂 真貴子  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 松本 直子
原 健司
発明の名称 耐引つかき性の導電性コーテイング  
代理人 特許業務法人小田島特許事務所  

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