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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1223439
審判番号 不服2008-7953  
総通号数 131 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-11-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-04-02 
確定日 2010-09-09 
事件の表示 平成11年特許願第200873号「インクジェット記録装置及びその初期充填方法」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 3月28日出願公開、特開2000- 85153〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願(以下「本願」という。)は、平成11年7月14日(優先権主張平成10年7月15日(以下「優先日」という。))の出願であって、平成18年12月12日付けで拒絶の理由が通知され、平成19年2月14日に手続補正がなされ、同年6月12日で拒絶の理由(最初)が通知され、同年8月13日に手続補正がなされたが、平成20年2月26日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年4月2日に本件審判が請求されるとともに、同年5月1日に明細書についての手続補正がなされたものである。
その後、当審において平成21年8月26日付けで審尋を行ったところ、同年10月29日に回答書が提出された。

第2 平成20年5月1日の手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成20年5月1日の手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。
〔理由〕
1 補正の内容
(1)本件補正は、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を補正するものであり、特許請求の範囲の請求項1については、本件補正前に、
「【請求項1】
インク液滴を吐出するインクノズルを備えた記録ヘッドと、
インクを貯留したインクタンクと、
前記インクタンクから前記記録ヘッドにインクを供給するためのインク流路と、
前記インクノズルからインクを吸引する少なくともノズル閉鎖部材とインクポンプとを有するインク吸引ユニットと、を有するインクジェット記録装置において、
前記インク吸引ユニットは、前記インクタンクの側から前記インク流路を介して前記記録ヘッドにインクが初期充填され、
前記初期充填から前記インク流路中に滞留する気泡が、所定のサイズまで成長する時間である予め定めた第1の経過時間後に、インクを吸引する初期充填後ヘッド回復処理を行い、さらに、前記初期充填後ヘッド回復処理から前記第1の経過時間よりも長い第2の経過時間毎に通常のヘッド回復処理を行うことを特徴とするインクジェット記録装置。
」とあったものを、

「【請求項1】 インク液滴を吐出するインクノズルを備えた記録ヘッドと、
インクを貯留したインクタンクと、
前記インクタンクから前記記録ヘッドにインクを供給するためのインク流路と、
前記インクノズルからインクを吸引する少なくともノズル閉鎖部材とインクポンプとを有するインク吸引ユニットと、を有するインクジェット記録装置において、
前記インク吸引ユニットは、前記インクタンクの側から前記インク流路を介して前記記録ヘッドにインクが初期充填され、
前記初期充填から前記インク流路中に滞留する気泡が、所定のサイズまで成長する時間である予め定めた第1の経過時間後に、成長した気泡を前記インクと共に吸引する初期充填後ヘッド回復処理を行い、さらに、前記初期充填後ヘッド回復処理から前記第1の経過時間よりも長い第2の経過時間毎に通常のヘッド回復処理を行うことを特徴とするインクジェット記録装置。」に補正するものである。(下線は当審で付した。以下同じ。)

(2)上記(1)の本件補正後の請求項1に係る補正は、本件補正前の請求項1の「初期充填後ヘッド回復処理」について、「成長した気泡を前記インクと共に」吸引するとして、吸引する対象に限定を付加したものである。

2 補正の目的
本件補正後の請求項1に係る補正は、上記1(2)のとおり、本件補正前の請求項1の発明特定事項を限定するものである。
したがって、本件補正後の請求項1に係る補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

したがって、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

3 刊行物に記載された発明
(1)本願の優先日前に頒布された刊行物であって、原査定の拒絶の理由に引用された特開平8-90791号公報(以下「引用文献1」という。)には、以下の記載が図示とともにある。
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】 インクを吐出するためのインクジェット記録ヘッドと、該ヘッドへ供給されるインクを貯留するためのインク容器とを着脱自在に搭載可能なインクジェット記録装置において、前記インクジェット記録ヘッドのインク吐出状態を回復するための回復手段と、
前記インク容器の交換または前記インク容器へのインクの再充填を検知するための検知手段と、
前記回復手段による回復動作の実行回数Nをカウントするためのカウント手段と、
前記インクジェット記録ヘッドが前回のインク吐出を終了した時間t0から新たにインク吐出を実施する時間tまでの時間を計測するための計測手段と、
前記検知手段による検知結果、前記カウント手段によるカウント結果、および前記計測手段による計測結果に基づいて前記回復手段を制御するための制御手段とが設けられたことを特徴とするインクジェット記録装置。
【請求項2】 前記回復手段による回復動作は前記制御手段によって自動的に実行されるもので、前記回復動作が実施される間隔は、前記インク容器の交換または前記インク容器へのインクの再充填直後がもっとも短いことを特徴とする請求項1記載のインクジェット記録装置。」
イ 「【0025】
【発明が解決しようとする課題】しかし、上記従来の記録装置において、インクジェット記録ヘッド内およびインク容器からインクジェット記録ヘッドにインクを供給するためのインク供給管の内部に気泡が混入する場合がある。特にインクジェットカートリッジの物流時や、インクジェット記録ヘッドとインク容器が着脱自在であるようなインクジェットカートリッジにおいては、インク容器交換時にインクジェット記録ヘッド内や、インク供給管内に気泡が混入し易く、ヘッド内に気泡が存在する場合、気泡を核としてヘッド外部より大気を取り込み、気泡が成長し、比較的短い放置期間でヘッド内に大気が充満し吐出不能になる等、印字に悪影響を及ぼすことが問題となっている。このため自動吸引の回数や吸引量を増やすことにより、前記気泡を取り除くことは可能であるが余り増やし過ぎるとランニングコストが高くなり、また排インク量も増加してしまう。」
ウ 「【0039】〈実施例1〉図1(A)は本発明にもとづくインクジェット記録装置の一例の概略的構成を説明するための斜視図であり、図1(B)は該装置の等価ブロック図である。図1(A),(B)において、参照符号1はインク容器であり、キャリッジ2の上に着脱自在であるが、押え部材4によりキャリッジ2上に固定されている。またキャリッジ2の内側にはインク容器1の有無を検知するための電気接点を有するセンサ2aが具えられている。キャリッジ2の前方にはインクを吐出し被記録媒体5に印字を行うためのインクジェット記録ヘッド3がインク容器1と着脱自在に具えられている。キャリッジ2はシャフト6に沿ってその長手方向に往復動可能となっている。記録ヘッドに設けられたインクを吐出するために利用されるエネルギーを発生する吐出エネルギー発生素子としての電気熱変換体には、ケーブル7を介して供給される記録データに応じた吐出信号が印加される。参照符号8はキャリッジ2をシャフト6に沿って往復移動させるためのキャリッジモータ、9はモータ8の駆動力をキャリッジ2に伝えるためのベルトである。参照符号10はブレードであり吐出口面に付着したゴミ、異物や、ヘッド回復動作後吐出口面に付着したインク等を拭き取る役目をする。11は吐出口を覆うためのキャップであり、チューブポンプ12とともに回復系12aを構成する。インクジェット記録ヘッドの回復時はキャップ11が吐出口を覆っているときにチューブポンプ12が動作することにより吐出口から吸引を行う。空吐出もこのキャップ11に向け吐出する。また長期にわたりインクジェット記録ヘット3に印字信号が印加されない場合、キャップ11によりインクジェット記録ヘッド3に具えられた吐出口は保護されている。これにより、吐出口および吐出口近辺に付着したインク乾燥による吐出口固着等が未然に防止される。
【0040】図2は、本実施例のインクジェット記録ヘッドと、インク容器との結合部を示す断面図である。インク容器13の内部にはインクを含浸させた多孔質体14が挿入されており、インクジェット記録ヘッド3に具えられたフィルタ15と多孔質体14は圧接されている。参照符号16はインク流路であり、回復ポンプ12によってインク容器13内から引き出されたインクが通り、ヒータボード17に設けられた電気熱変換体の発熱部17aにより吐出エネルギーを与えられたインクが、吐出口18より吐出され、被記録媒体上に記録を行う。この時インク容器を交換した場合、インク流路16内に気泡19が残留する場合が多く、またインク流路が形成されれるインクジェット記録ヘッドのモールド壁からのインク蒸発により、インク流路内にはさらに気泡が溜まりやすくなる。従って、インク容器交換直後においてはインクジェット記録ヘッドのインク吐出は、不安定となりやすくなってしまう。
【0041】図3は、本実施例に適用される処置手順を示すフローチャートである。この処理は、インクジェット記録ヘッドに印字信号が入力された場合に起動されるものであるが、電源ON時に自動的に、またはユーザーが本処理の実行命令を入力した場合に起動されるように設定してもよい。
【0042】まず、本処理が起動(S-1)されると、インク容器交換後の回復動作実行回数(回復回数)Nを図1(B)に示されたカウンター41から読み込む(S-2)。この読み込み命令は、インク容器が交換される度にリセットされる。また、図3のフローチャートには図示していないが、インク容器交換が行われる度に第1回目(N=1)の回復動作が自動的に行われる。もちろん、この回復動作は自動でなくユーザーにより入力される方式を採用することもできる。
【0043】つぎに、現在の時刻tを図1(B)に示されたタイマー42から読み込む(S-3)。その後、現在の時刻tから前回最終のインク吐出が終了した時点に読み込んだ時刻t_(0) を引く(S-4)。そして、ステップS-4で得られた値(t-t_(0) )と表1のt_(1)の値とを比較する。
【0044】
【表1】
【0045】表1は、ステップS-2で読み込まれた回復回数Nと、該回数Nに対応したt_(1) の値を示すもので、例えばN=2の場合はt_(1) =24となり、このt_(1) の値をステップS-4関係式
t_(1) <t-t_(0) …(1)
に代入する。
【0046】S-4で得られた値が式(1)を満足する場合、自動的に回復動作を実行する(S-5)。そして、実行後、通常のインク吐出動作を行う(S-6)。
【0047】S-5で得られた値が(1)を満足しない場合(すなわち、t_(1) ≧t-t_(0) )、回復動作を行わないで通常のインク吐出動作を行う(S-6)。
【0048】インク吐出動作が終了すると、この終了時の時刻t_(0 )を読み込んで処理が終了する(S-7およびS-8)。」
エ 図2より、「インク流路16」が「インクジェット記録ヘッド3」に設けられていることが看取できる。

(2)上記(1)アないしエから、引用文献1には次の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されていると認める。

「インクを吐出するためのインクジェット記録ヘッドと、インクジェット記録ヘッドに具えられた吐出口と、該ヘッドへ供給されるインクを貯留するためのインク容器とを着脱自在に搭載可能であり、
前記インクジェット記録ヘッドのインク吐出状態を回復するための回復手段と、吐出口を覆うためのキャップと、
回復ポンプによってインク容器内から引き出されたインクが通るインク流路と、
を有するインクジェット記録装置において、
インクジェット記録ヘッドの回復時はキャップが吐出口を覆っているときにチューブポンプが動作することにより吐出口から吸引を行い、
インク容器を交換した場合、インク流路内に気泡が残留する場合が多く、またインク流路が形成されれるインクジェット記録ヘッドのモールド壁からのインク蒸発により、インク流路内にはさらに気泡が溜まりやすくなり、インク容器交換直後においてはインクジェット記録ヘッドのインク吐出は、不安定となりやすくなってしまうために、インク容器交換が行われる度に第1回目(N=1)の回復動作が自動的に行われ、
現在の時刻tから前回最終のインク吐出が終了した時点に読み込んだ時刻t_(0) を引き、値(t-t_(0 ))とt_(1)の値とを比較し、t_(1)は回復回数Nに対応した値であり、N=1の場合はt_(1)=12(時間)となり、N=2の場合はt_(1 )=24(時間)となり、N=3の場合はt_(1)=48(時間)となり、N=4の場合は、t_(1)=72となり、関係式t_(1 )<t-t_(0)を満足する場合、自動的に回復動作を実行するインクジェット記録装置」

(3)本願の優先日前の頒布された刊行物であって、原査定の拒絶の理由に引用された特開平6-238914号公報(以下「引用文献2」という。)には、以下の記載が図示とともにある。
ア 「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、インクを吐出する記録ヘッド内の気泡を除去するために記録ヘッド内のインクを吸引する、インクジェット記録装置の吸引動作の制御方法およびインクジェット記録装置に関する。」
イ 「【0010】本発明のインクジェット記録装置は、インクを吐出することにより記録を行なう記録ヘッドと、前記記録ヘッド内に発生する気泡を除去するために前記記録ヘッド内のインクを吸引する吸引手段とを有するインクジェット記録装置において、前記記録ヘッドからの吐出ドット数をカウントするドットカウント手段と、前記記録ヘッドの放置時間をカウントするタイムカウント手段と、前記記録ヘッドの温度を検知する温度検知手段と、前記ドットカウント手段によりカウントされた吐出ドット数と、前記タイムカウント手段によりカウントされた放置時間と、前記温度検知手段により検知された温度とに基づいて、前記吸引手段に吸引動作命令を送る吸引動作制御手段とを有することを特徴とする。」
ウ 「【0015】また、図9に、放置時間tと気泡体積との関係のグラフを示す。ここで、放置時間tは、記録ヘッドが記録する、しないに無関係で記録装置を初めて動作させてからの時間経過を意味する。気泡体積は、放置時間が増加するに従い増加する傾向にある。また、この増加率は温度によって変化する。すなわち記録ヘッドの温度がAのときは、t_(1) の時間だけ放置したときに気泡体積の増加による吐出不良が発生するが、記録ヘッドの温度がB(B>A)のとき、t_(1) より短い放置時間t_(2) で気泡体積の増大による吐出不良が発生している。」
エ 「【0025】次に、本実施例のインクジェット記録装置の吸引動作制御手順について図3を参照しつつ説明する。
【0026】まず、インクジェット記録装置に初めて電源が入れられたら(S301)、タイムカウント手段24による放置時間tのカウントを開始し(S302)、その後はインクジェット記録装置の電源が切られてもカウントされ続ける。また、予め図8および図9のグラフから、吐出不良が発生するときの記録ドット数およびインクジェット記録装置の放置時間を種々の記録ヘッド温度毎に求めておき、種々の平均記録ヘッド温度Sに対する、吸引動作が必要な吸引ドットカウンタ値N_(VAC) (S)および吸引放置時間カウンタ値t_(VAC) (S)を、図4に示すようなテーブルとして予め設定しておく。
【0027】電源投入後、放置時間tと吸引放置時間カウンタ値t_(VAC) (S)との比較を行なう(S303)。ここで、t>t_(VAC )(S)となった場合には、吸引動作制御手段23から吸引動作命令を記録制御手段22と吸引手段12に送る。
【0028】放置時間tと吸引放置時間カウンタ値t_(VAC) (S)との比較でt≦t_(VAC) (S)となった場合には、記録ドットカウンタ値Nを初期化し(S304)、記録開始(S305)と同時にドットカウント手段25により記録ドットカウンタ値Nのカウントをスタートする(S306)。それと同時に記録ヘッドに取り付けられた温度センサ21により、1行の記録を行なった(S307)ときの記録ヘッド温度Tを測定し(S308)、記録開始からのトータル温度TTを計算する(S309)。最初の1行目の記録の場合にはその記録ヘッド温度Tがそのままトータル温度TTとなる。そして、トータル温度TTを記録行数Gで割ることにより、平均温度Sを計算する(S310)。平均記録ヘッド温度Sが計算されたら、この値を参考にして、記録ドットカウンタ値Nと吸引ドットカウンタ値N_(VAC)(S)との比較を行なう(S311)。ここで、N>N_(VAC) (S)となった場合には、吸引動作制御手段23から吸引動作命令を記録制御手段22と吸引手段12に送る記録ドットカウンタ値Nと吸引ドットカウンタ値N_(VAC) (S)との比較でN≦N_(VAC) (S)となった場合には、続いて放置時間tと吸引放置時間カウンタ値t_(VAC) (S)との比較を行なう(S312)。ここで、t>t_(VAC )(S)となった場合には、吸引動作制御手段23から吸引動作命令を記録制御手段22と吸引手段12に送る。それ以外の場合には、記録終了かどうかの判断を行ない(S313)、次に記録するデータが存在する場合は記録制御手段22は記録を終了させる。まだデータが存在する場合には、上述したS303からの処理をデータが存在しなくなるまで繰り返す。
【0029】一方、吸引動作命令が送られたら、記録制御手段22では記録を中断し、記録ヘッドをキャップ部材13に対向する位置に移動させて吸引動作に備えるとともに、吸引手段12はキャップ部材13を駆動して記録ヘッドの吐出口面をキャッピングし、吸引動作を行なう(S314)。吸引動作終了後、記録ドットカウンタ値N、放置時間t、トータル温度TT、記録行数G、および平均記録ヘッド温度Sの値をリセットし(S315)、記録終了の判断を行なう(S313)。続いて次に記録するデータが存在する場合には記録制御手段22により記録を開始し、それ以外の場合には記録を終了する。」
オ 「【0040】(第3実施例)一般的にインクジェット記録装置における記録ヘッドは、その使用時間が増加するに従って劣化する。そこで本実施例では、図5に示した第2実施例の処理において、吸引パラメータVを初期化する処理(S705、S716)の後に、それぞれ吸引動作回数Dのカウント処理を設け、吸引パラメータVの計算(S703、S707、S712)の際には、図7に示すようなテーブルにより決定された、吸引動作回数Dに応じたドットカウント係数aおよび放置時間係数を用いるものである。この場合、図7に示したようにドットカウント係数aおよび放置時間係数bは、それぞれ吸引動作回数Dが増加するに従って増加するように設定されているので、吸引動作回数Dの増加とともに吸引パラメータVの値も増加する。そのため、吸引動作回数Dが増加するに従って吸引動作パラメータV>設定値V_(VAC) の関係が成立しやすくなり、図5に示した吸引動作B(S704)および吸引動作C(S715)を行なうまでの時間の間隔が短くなる。
【0041】また、吸引動作回数Dのカウントは、インクジェット記録装置に初めて電源が入れられてからカウントされ、インクジェット記録装置が同じ記録ヘッドを使用している限り初期化されない。同じ記録ヘッドを使用しているか否かはインクジェット記録装置の電源投入時に記録制御手段22(図1参照)により検知され、もし異なる記録ヘッドが使用されている場合には吸引動作制御手段23(図1参照)に信号が送られて吸引動作回数Dは初期化される。
【0042】以上説明したように、記録ヘッドの使用時間の増加に従って吸引動作までの時間間隔が短くなるように制御することで、常に同様な気泡除去能力が発揮できるので、記録ヘッドを正常な状態に保つことができるばかりでなく、記録ヘッドをより長い間正常に作動させることができる。
【0043】以上説明した第2実施例および第3実施例では、吸引動作の時期はインクジェット記録装置に一任されているかたちとなっているが、ユーザーが記録ヘッドの使用方法を選択できるモードを設定してもよい。もし、ユーザーが記録ヘッドの長寿命よりも高スループットを要求する場合には、ドットカウント係数aおよび放置時間係数bを小さくすることによって、正常に記録できる範囲内で吸引動作時期を遅らせることができ、逆に記録ヘッドの寿命を長くしたい場合には、ドットカウント係数aを大きくして吸引動作時期を早めたり、吸引動作の際に、記録ヘッド温度Tがある値以下になるまで待つ停止処理を加える等して、記録ヘッドの消耗を和らげ記録ヘッドの寿命を長くする。このモードは、記録ヘッドの長寿命化あるいは高スループットをユーザーが任意に選択でき、また何もしなければ、予め設定された系数値によって自動吸引制御が行なわれる」

(4)上記(3)アないしオから、引用文献2には次の発明(以下「引用発明2」という。)が記載されていると認める。

「インクを吐出する記録ヘッド内の気泡を除去するために記録ヘッド内のインクを吸引するインクジェット記録装置において、記録ヘッド内に発生する気泡体積は、放置時間が増加するに従い増加する傾向にあり、
放置時間tは、記録ヘッドが記録する、しないに無関係で記録装置を初めて動作させてからの時間経過を意味し、
インクジェット記録装置に初めて電源が入れられたら、タイムカウント手段24による放置時間tのカウントを開始し、その後はインクジェット記録装置の電源が切られてもカウントされ続け、
種々の平均記録ヘッド温度Sに対する、吸引動作が必要な吸引ドットカウンタ値N_(VAC) (S)および吸引放置時間カウンタ値t_(VAC) (S)を、テーブルとして予め設定しておき、
放置時間tと吸引放置時間カウンタ値t_(VAC) (S)との比較を行ない、t>t_(VAC) (S)となった場合には、吸引動作制御手段23から吸引動作命令を記録制御手段22と吸引手段12に送り、
吸引動作命令が送られたら、記録制御手段22では記録を中断し、記録ヘッドをキャップ部材13に対向する位置に移動させて吸引動作に備えるとともに、吸引手段12はキャップ部材13を駆動して記録ヘッドの吐出口面をキャッピングし、吸引動作を行ない、
吸引動作終了後、記録ドットカウンタ値N、放置時間t、トータル温度TT、記録行数G、および平均記録ヘッド温度Sの値をリセットし、記録終了の判断を行なうインクジェット記録装置。」

4 対比
本願補正発明と引用発明1とを対比する。
(1)引用発明1の「インクを吐出するためのインクジェット記録ヘッド」、「該ヘッドへ供給されるインクを貯留するためのインク容器」、「吐出口を覆うためのキャップ」、「チューブポンプ」、「前記インクジェット記録ヘッドのインク吐出状態を回復するための回復手段」及び「インクジェット記録装置」は、本願補正発明の「インク液滴を吐出するインクノズルを備えた記録ヘッド」、「インクを貯留したインクタンク」、「ノズル閉鎖部材」、「インクポンプ」、「インク吸引ユニット」及び「インクジェット記録装置」に相当する。

(2)引用発明1の「回復ポンプによってインク容器内から引き出されたインクが通るインク流路」は、本願補正発明の「前記インクタンクから前記記録ヘッドにインクを供給するためのインク流路」と、「インクタンク(インク容器)からインクを供給するためのインク流路」という点で一致する。

(3)引用発明1の「インク容器の交換」は、「インク流路内に気泡が残留する場合が多く、またインク流路が形成されれるインクジェット記録ヘッドのモールド壁からのインク蒸発により、インク流路内にはさらに気泡が溜まりやすくなり、インク容器交換直後においてはインクジェット記録ヘッドのインク吐出は、不安定となりやすくなってしまう」とあることから、本願補正発明の「初期充填」に相当する。

(4)引用発明1の「第1回目(N=1)の回復動作」は、「初期充填(インク容器の交換)」が行われる度に行われる「回復動作」であり、引用発明1の「初期充填(インク容器の交換)が行われる度」なる時は、「初期充填(インク容器の交換)から、所定の経過時間後であると認められる。
してみれば、引用発明1の「『インク容器交換が行われる度に』、『自動的に行われ』る『第1回目(N=1)の回復動作』」と、本願補正発明の「前記初期充填から前記インク流路中に滞留する気泡が、所定のサイズまで成長する時間である予め定めた第1の経過時間後に、成長した気泡を前記インクと共に吸引する初期充填後ヘッド回復処理」とは、「前記初期充填から所定の経過時間後に、吸引する初期充填後ヘッド回復処理」で一致する。

(5)本願補正発明の「『現在の時刻tから前回最終のインク吐出が終了した時点に読み込んだ時刻t_(0 )を引き、値(t-t_(0) )とt_(1)の値とを比較し、t_(1)は回復回数Nに対応した値であり、N=1の場合はt_(1)=12(時間)となり、N=2の場合はt_(1) =24(時間)となり、N=3の場合はt_(1)=48(時間)となり、N=4の場合は、t_(1)=72(時間)となり、関係式t_(1) <t-t_(0)を満足する場合、自動的に』実行される『回復動作』」と、本願補正発明の「『前記初期充填後ヘッド回復処理から前記第1の経過時間よりも長い第2の経過時間毎に』行う『通常のヘッド回復処理』」とは、「『所定の時期から前記所定の経過時間よりも長い経過時間毎に』行う『通常のヘッド回復処理』」で一致する。

(6)上記(1)ないし(5)からみて、本願補正発明と引用発明1とは、

「インク液滴を吐出するインクノズルを備えた記録ヘッドと、
インクを貯留したインクタンクと、
前記インクタンクからインクを供給するためのインク流路と、
前記インク流路は、前記記録ヘッドに設けられ
前記インクノズルからインクを吸引する少なくともノズル閉鎖部材とインクポンプとを有するインク吸引ユニットと、を有するインクジェット記録装置において、
前記インク吸引ユニットは、前記インクタンクの側から前記インク流路を介して前記記録ヘッドにインクが初期充填され、
前記初期充填から所定の経過時間後に、吸引する初期充填後ヘッド回復処理を行い、さらに、所定の時期から前記所定の経過時間よりも長い経過時間毎に通常のヘッド回復処理を行うインクジェット記録装置。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
「インク流路」について、本願補正発明は、「インクタンクから前記記録ヘッドにインクを供給するための」と特定されているのに対し、引用発明1は、「インク流路」が記録ヘッド自体に設けられており、そのようになっていない点。

<相違点2>
「所定の経過時間」について、本願補正発明は、「前記初期充填から前記インク流路中に滞留する気泡が、所定のサイズまで成長する時間である予め定めた」時間であると特定されているのに対し、引用発明1は、そのような時間であるか否か定かでない点。

<相違点3>
「初期充填後ヘッド回復処理」について、本願補正発明は、「成長した気泡を前記インクと共に」吸引するに対し、引用発明1は、そのようになっているか否か定かでない点。

<相違点4>
「所定の経過時間よりも長い経過時間」について、本願補正発明は、「前記初期充填後ヘッド回復処理から・・・第2の経過時間毎」と特定されているのに対し、引用発明1は、「最終のインク吐出が終了した時点」から、「4種類の経過時間(N=1の場合はt_(1)=12(時間)となり、N=2の場合はt_(1) =24(時間)となり、N=3の場合はt_(1)=48(時間)となり、N=4の場合は、t_(1)=72(時間))経過毎であり、初期充填後ヘッド回復処理からの、1つの特定の時間ではない点。

5 判断
上記相違点について検討する。
(1)相違点1について
「インク流路」として、「インクタンクから記録ヘッドにインクを供給するためのインク流路」は、周知であり(例:特開平5-201027号公報(特に図1、インク供給流路5等参照。)及び特開平9-327929号公報(特に図4、チューブ7等参照。)(以下「周知技術」という。)、引用発明1に、上記のような周知技術を採用することは、当業者であれば、容易に想到し得るものである。

(2)相違点2について
引用発明1の「初期充填後ヘッド回復処理」は、「初期充填」から「所定の経過時間」後に行われる回復処理であることから、「初期充填」から所定の時間が経過した後に「回復処理」をしているものである。
ここで、引用文献2(上記3(3)ウ参照。)にもあるように、時間の経過とともに、「気泡体積が増加」することから、引用発明1の「インク流路中に滞留する気泡」についても、「所定の経過時間」の長短により、その気泡のサイズの大小が異なるとはいえ、それぞれの「所定の経過時間」に応じた、なんらかの所定のサイズまで成長しているものと認められる。
また、引用発明1の「所定の経過時間」は、どの程度の時間であるか必ずしも明確ではないが、引用発明1の「初期充填後ヘッド回復処理」は、「初期充填(インク容器の交換)が行われる度」に行われるのであり、通常であれば、初期充填後、速やかに行われることが当然であり、初期充填の度にその経過時間を変更する特段の理由もないことから、「所定の経過時間」を速やかなる時間として予め定めるか否かは、当業者が適宜設定し得る設計事項にすぎない。

(3)相違点3について
引用発明1の「初期充填後ヘッド回復処理(第1回目(N=1)の回復動作)」は、「インク容器を交換した場合、インク流路内に気泡が残留する場合が多く、またインク流路が形成されれるインクジェット記録ヘッドのモールド壁からのインク蒸発により、インク流路内にはさらに気泡が溜まりやすくなり、インク容器交換直後においてはインクジェット記録ヘッドのインク吐出は、不安定となりやすくなってしまうために、インク容器交換が行われる度に・・・自動的に行われ」るものであるから、回復の際に気泡とインクが共に吸引されるのは明らかである。
また、上記(2)で検討したように引用発明1の「初期充填後ヘッド回復処理」の際に、気泡が何らかの所定のサイズまで成長していることから、引用発明1の「初期充填後ヘッド回復処理」において、「何らかの所定のサイズまで成長した気泡をインクと共に吸引している」ものである。
してみれば、上記相違点3に係る構成は、実質的な相違点ではない。

(4)相違点4について
上記(2)より、引用発明2は、「記録ヘッドが記録する、しないに無関係」な時間として「記録装置を初めて動作させてからの時間経過」または、「『吸引動作終了後』、『放置時間t』の『値をリセット』させてからの時間経過」によって、吸引動作を行うインクジェット記録装置である。
これは、記録装置を初めて動作させて最初の回復動作以外の吸引動作のときは、少なくとも「吸引動作」から(特定の)経過時間毎に吸引動作が行われることを意味する。
ここで、記録装置を初めて動作させて最初の吸引動作以外の吸引動作は通常の回復(吸引)動作である。
してみれば、気泡除去処理のタイミングは、種々考えられるところ、その算定基準タイミングとして、引用発明1の「最終のインク吐出が終了した時点」に代えて、引用発明2の「吸引動作の時」を採用して、「記録ヘッドが記録する、しないに無関係」な時間である「初期充填後ヘッド回復処理からの経過時間毎」に「ヘッド回復処理」を行うように成すことは、当業者が容易に想到し得るものである。

(5)効果について
本願補正発明の奏する効果は、引用発明1の奏する効果、引用発明2の奏する効果及び周知技術の奏する効果から当業者が予測できた程度のものである。

(6)まとめ
以上の検討によれば、本願補正発明は、当業者が引用文献1に記載された発明、引用文献2に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

6 小括
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明は、本件出願の出願当初の特許請求の範囲の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、上記「第2〔理由〕1(1)」で本件補正前の請求項1として記載したものである。

2 刊行物
原査定の拒絶の理由に引用された刊行物及びその記載事項は、前記「第2〔理由〕3」に記載したとおりである。

3 対比・判断
本願補正発明は、前記「第2〔理由〕1(2)」で検討したとおり、本願発明の発明特定事項を限定したものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに限定を付加したものに相当する本願補正発明が、前記「第2〔理由〕5」に記載したとおり、当業者が引用文献1に記載された発明、引用文献2に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、当業者が引用文献1に記載された発明、引用文献2に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることのできたものである

4 むすび
以上のとおり、本願発明は、当業者が引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-07-07 
結審通知日 2010-07-13 
審決日 2010-07-26 
出願番号 特願平11-200873
審決分類 P 1 8・ 575- Z (B41J)
P 1 8・ 121- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 桐畑 幸▲廣▼貝沼 憲司  
特許庁審判長 赤木 啓二
特許庁審判官 湯本 照基
星野 浩一
発明の名称 インクジェット記録装置及びその初期充填方法  
代理人 内藤 照雄  

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