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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  G01N
管理番号 1225220
審判番号 無効2008-800269  
総通号数 132 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-12-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-12-02 
確定日 2010-09-22 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3518463号「水系の水処理方法」の特許無効審判事件についてされた平成21年9月4日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において審決取消の判決(平成21年(行ケ)第10320号平成22年2月22日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
平成12年 2月14日 出願(優先権主張 平成11年4月22日)
平成16年 2月 6日 特許権の設定登録
平成20年12月 2日 無効審判請求:請求項1?6
甲第1?6号証提出
平成21年 2月20日 答弁書,乙第1号証提出
2月20日 訂正請求(1)
3月 5日 無効理由通知および職権審理結果通知, 甲第1?6号証,周知例1?5
4月 8日 意見書
4月 8日 訂正請求(2):請求項2の削除を含む訂正
5月21日 弁駁書(1)
8月21日 請求人口頭陳述要領書(1)
8月21日 被請求人口頭陳述要領書(1),
乙第2?7号証提出
8月21日 審理終結
9月 4日 審決:訂正を認める。請求項1ないし5を無効 とする。
10月14日 出訴:平成21年(行ケ)第10320号
12月28日 訂正審判請求:訂正2010-390001号
平成22年 2月22日 差戻決定
平成22年 4月 1日 訂正請求(3):特許法第134条の3第2項
乙第19?21号証提出
平成22年 5月14日 弁駁書(2)
平成22年 6月15日 審理事項通知書
平成22年 7月15日 被請求人口頭審理陳述要領書(2)
乙第8?15号証提出
平成22年 7月21日 請求人口頭審理陳述要領書(2)
甲第7?9号証
平成22年 7月29日 被請求人上申書,乙第16?18号証
平成22年 7月29日 審理終結

第2 訂正の適否
1 平成22年4月1日付け訂正請求(以下,「本件訂正請求」という。)の基礎となる明細書
上記平成21年4月8日付け訂正請求は,平成21年9月4日付け審決(一次審決)で認められた。その訂正のうち請求項2を削除する訂正を認めたことは,請求人が無効を主張する請求項のうちのひとつの削除であり,両当事者ともに争うことができる事項ではないため,一次審決の送達をもって確定した。
そして,上記平成21年2月20日付け訂正請求,及び平成21年4月8日付け訂正請求のうち請求項2の削除以外の訂正は,特許法134条の2第4項の規定により,取り下げたものとみなされた。
したがって,本件訂正請求の基礎となる明細書は,本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項2を削除したものであり,特許請求の範囲は以下のとおりである。
「【請求項1】鋭敏化処理を施した金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを利用する水処理方法であって,該金属材料からなるセンサの電位変化に応じて水処理を行うことを特徴とする水系の水処理方法。

【請求項3】水処理手段が水処理薬品を水系に添加する手段である請求項1又は2に記載の水処理方法。
【請求項4】水処理薬品がスライムコントロール剤を含む薬品である請求項3に記載の水処理方法。
【請求項5】水処理手段が微生物的障害を除去するための水処理機器である請求項1又は2に記載の水処理方法。
【請求項6】水処理機器が殺菌成分を発生させる機器である請求項5に記載の水処理方法。」

2 訂正事項
本件訂正請求は,本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項2を削除した明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正しようとするものであって,その訂正の内容は次のとおりである。
(1)訂正事項1
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1を
「【請求項1】金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを利用する冷却水系の水処理方法であって,
前記金属材料は,焼鈍によって微生物に対する感受性を高めるための鋭敏化処理が施された金属片であり,該金属片の表面に対する微生物付着を前記センサの電位上昇によって検知し,該電位上昇に応じて微生物的汚れ除去処理を行うことを特徴とする水系の水処理方法。」と訂正する。
(2)訂正事項2
同請求項3を
「【請求項2】前記微生物的汚れ除去処理が水処理薬品を水系に添加する処理である請求項1記載の水処理方法。」と訂正する。
(3)訂正事項3
同請求項4を
「【請求項3】前記センサは,二枚の前記金属片を接合する溶接部と,該金属片間に形成されたすきま構造とをあわせ持つ構造であり,水処理薬品がスライムコントロール剤を含む薬品である請求項2に記載の水処理方法。」と訂正する。
(4)訂正事項4
同請求項5を
「【請求項4】前記微生物的汚れ除去処理を行う手段が微生物的障害を除去するための水処理機器である請求項1記載の水処理方法。」と訂正する。
(5)訂正事項5
同請求項6を
「【請求項5】前記水処理機器が殺菌成分を発生させる機器である請求項4に記載の水処理方法。」と訂正する。
(6)訂正事項6
本件特許明細書段落【0001】を
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,冷却水系の水系媒体に接触した金属配管等の微生物的汚れを検知し,その結果をもとに適正な処理状況になるよう水処理を行う方法に関するものである。詳しくは,水に接する,鋭敏化処理が施されている金属製センサの電位上昇をモニタリングすることにより,金属配管等への微生物的汚れ付着による悪影響を迅速かつ精度良く予知し,その結果に応じ水処理を行うシステムに関するものである。」と訂正する。
(7)訂正事項7
同段落【0012】を
「【0012】
【課題を解決するための手段】本発明の水系の水処理方法は,金属材料で構成されるモニタリング用センサを利用する冷却水系の水処理方法であって,前記金属材料は,焼鈍によって微生物に対する感受性を高めるための鋭敏化処理が施された金属片であり,該金属片の表面に対する微生物付着を前記センサの電位上昇によって検知し,該電位上昇に応じて微生物的汚れ除去処理を行うことを特徴とするものである。」と訂正する。
(8)訂正事項8
同段落【0028】を
「【0028】閾値は,ある水系にセンサを浸漬した場合,つまり汚れの影響がない場合にセンサが示す電位により適宜選定することができる。一般的な冷却水系の場合,100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲に設定することが望ましい。」と訂正する。
(9)訂正事項9
同段落【0043】を
「【0043】なお,(1)?(2)のいずれのテストピースも,水系に汚れ成分を添加しない場合には,電位が安定に推移することを確認している。
〔実施例2〕実施例1ののテストピースを用い,実機冷却水系を模擬したパイロットプラントにおいて金属(ここではSUS304)の電位モニタリングを行い,それに基づいて水処理を実施した。」と訂正する。(なお,「(1)?(2)」は丸付き数字を示す。)

3 訂正の目的の適否,新規事項追加の有無,及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
(1)訂正事項1について
本件特許明細書の請求項1の「水系の水」について「冷却水系の水」であると限定し,「鋭敏化処理を施した金属材料」について,「焼鈍によって微生物に対する感受性を高めるための鋭敏化処理が施された金属片」であると限定し,「センサの電位変化に応じて水処理を行う」を,「該金属片の表面に対する微生物付着を前記センサの電位上昇によって検知し,該電位上昇に応じて微生物的汚れ除去処理を行う」と限定する訂正であり,特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正である。
そして,「冷却水系の水」を処理することについては,本件特許明細書段落【0001】に「本発明は,冷却水系や紙パルプ製造工程などの水系媒体に接触した金属配管等の微生物的汚れを検知し」,【0043】に「〔実施例2〕実施例1のテストピースを用い,実機冷却水系を模擬したパイロットプラントにおいて金属(ここではSUS304)の腐食モニタリングを行い,それに基づいて水処理を実施した。」,【0044】に「水系は図2に示す通りである。冷却ファン18及びピット19を有する冷却塔20内の水が送水ポンプ21及び送水配管22を介して熱交換器23へ送られ,戻り配管24を介して冷却塔20へ循環される。」と記載されている。
また,金属材料が「焼鈍によって微生物に対する感受性を高めるための鋭敏化処理が施された金属片」であることについては,本件特許明細書段落【0013】に「微生物的な汚れを検知するモニタリング用センサとしては,鋭敏化する金属材料を鋭敏化処理したものを用いる。鋭敏化処理の方法には特に制限はなく電気炉で焼鈍するなどして鋭敏化熱処理する方法などがある。」,【0025】に「本発明者の検討によれば,水系に浸漬した鋭敏化処理を施した金属材料からなるセンサの電位は,系内が微生物的な汚れ付着傾向にある場合に上昇する。この現象は,鋭敏化処理を施していない同種の金属片においても認められるが,反応の感度は鋭敏化処理を施した場合の方が明らかに優れている。」,【0040】に「(2)SUS304製のテストピースを650℃で24時間鋭敏化処理したテストピース (3) SUS304製大小2枚のテストピースをスポット溶接し,溶接部・すきま構造を持たせたものを650℃で24時間鋭敏化処理したテストピース」((2)(3)は丸付数字を示す。),【0042】に「この結果は,鋭敏化処理を施した金属材料,さらに溶接部・すきま構造を有する金属材料が微生物的汚れに対する感受性の高いことを示している。」と記載されている。
また,「該金属片の表面に対する微生物付着を前記センサの電位上昇によって検知し,該電位上昇に応じて微生物的汚れ除去処理を行う」ことについては,本件特許明細書段落【0025】に「本発明者の検討によれば,水系に浸漬した鋭敏化処理を施した金属材料からなるセンサの電位は,系内が微生物的な汚れ付着傾向にある場合に上昇する。この現象は,鋭敏化処理を施していない同種の金属片においても認められるが,反応の感度は鋭敏化処理を施した場合の方が明らかに優れている。特に,鋭敏化処理した金属材料が溶接部,すきま構造をあわせ持つ場合には,さらに微生物に対する感受性の高くなる結果を得ており,このセンサを用いることにより,より一層感度よく微生物的汚れ付着の悪影響を検知できるため適切な処理コントロールを行うことが可能となる。」,【0026】に「具体的には,センサをモニタリング水系の水と接触させる。スライムコントロール処理が適正に行われている場合には,センサの電位はほぼ一定の値を推移する。処理が不十分な状況になった場合には,センサが反応し電位上昇傾向が認められるようになる。このような信号が認められた場合には汚れを除去するよう自動的に制御を行う。」,【0048】に「図3はこの薬注処理において通常薬注ポンプ15を停止し,かつ実冷却水系より採取したスライムを含む汚れ成分を定期的に添加した際の,センサ11の検出電位の経時変化を示すグラフである。11日目で電位が設定閾値(上)=0.20Vを超えたので,自動的にポンプ17から有機系スライムコントロール剤の薬注を行った。」と記載されている。
したがって,上記訂正は願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内のものであって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
本件特許明細書の請求項3の「水処理手段」を「前記微生物的汚れ除去処理」として請求項1との整合性をとり,請求項3を請求項2に繰り上げる訂正であり,明りょうでない記載の釈明を目的とした訂正である。
そして,この訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内の訂正であって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(3)訂正事項3について
本件特許明細書の請求項4において「前記センサは,二枚の前記金属片を接合する溶接部と,該金属片間に形成されたすきま構造とをあわせ持つ構造であり」とセンサについての限定を付加する訂正,及び請求項4を請求項3に繰り上げ,引用する請求項の整合性をとる訂正であり,特許請求の範囲の減縮及び明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正である。
そして,「前記センサは,二枚の前記金属片を接合する溶接部と,該金属片間に形成されたすきま構造とをあわせ持つ構造」としてもよいことについては,本件特許明細書段落【0013】,【0015】,【0016】,【0025】,【0040】,【0042】に記載されていることから,上記訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内の訂正であって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(4)訂正事項4について
本件特許明細書の請求項5の「水処理手段」について「前記微生物的汚れ除去を行う手段」とし,請求項1との整合性をとる訂正,及び請求項5を請求項4に繰り上げる訂正であるから,明りょうでない記載の釈明を目的とした訂正である。
そして,この訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内の訂正であって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(5)訂正事項5について
本件特許明細書の請求項6の「水処理機器」について「前記水処理機器」として明りょうにし,請求項6を請求項5に繰り上げ,引用する請求項の整合性をとる訂正であり,明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正である。
そして,この訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内の訂正であって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(6)訂正事項6について
請求項1の訂正に伴い,対応する詳細な説明の記載を訂正するものであり,明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正である。
そして,この訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内の訂正であって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(7)訂正事項7について
請求項1の訂正に伴い,対応する詳細な説明の記載を訂正するものであり,明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正である。
そして,この訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内の訂正であって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(8)訂正事項8について
「浸潰」を「浸漬」とする訂正は,本件特許明細書段落【0041】に「浸漬直後」と記載されていることを考慮すると,誤記を訂正するものであり,誤記の訂正を目的としたものである。
そして,この訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内の訂正であって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(9)訂正事項9について
「腐食モニタリング」を「電位モニタリング」とすることは,「腐食モニタリング」との記載に続く実施例2の記載である本件特許明細書段落【0045】に「電位を計測する」こと,本件特許明細書段落【0048】に「検出電位の経時変化」をグラフにしたことが記載されていることからみて,「腐食」は,「電位」の誤記といえるから,誤記の訂正を目的としたものである。
そして,この訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内の訂正であって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

4 訂正請求に対する結論
以上のとおり,本件訂正は特許法第134条の2第1項ただし書,及び同条第5項において準用する特許法第126条第3項及び第4項の規定に適合するので訂正を認める。

第3 請求人の主張の概要,及び当審の無効理由と審理事項通知の概要
1 請求人の主張の概要
請求人は,本件特許明細書の請求項1ないし6に係る発明について特許を無効とする,審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求め,審判請求書と共に甲第1号証ないし甲第6号証を提出し,本件請求項1ないし6に係る特許発明は,甲第1号証に記載された発明と甲第2号証ないし甲第6号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであること,及び訂正後の請求項1ないし5に係る発明について,口頭審理陳述要領書(2)において,甲第7?9号証を提出し,甲第1号証に記載された発明と乙第19号証に記載された発明,及び甲第7?9号証に記載された周知技術から当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものであると主張している。
請求人の提出した証拠方法は以下のとおりである。

甲第1号証:特開平11-28474号公報
甲第2号証:欧州特許出願公開第0909945号明細書
甲第3号証:特願平9-282035号の優先権証明書
甲第4号証:JIS工業用語大辞典第3版,1991年11月20日,144頁
甲第5号証:特開平7-75787号公報
甲第6号証:特開平2-157088号公報
甲第7号証:特開平7-241556号公報
甲第8号証:特開平11-51849号公報
甲第9号証:特開平8-176996号公報

2 無効理由通知の概要
本件の請求項1ないし6に係る発明は,甲第1?6号証記載の発明及び以下の周知例1?5に記載の周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり無効とすべきものである。

周知例1:特公昭62-3210号公報
周知例2:特開平5-264497号公報
周知例3:特開平9-291343号公報(乙第18号証と同じ)
周知例4:特開平10-30196号公報
周知例5:WALSH,D.,et al., MICROBIOLOGICALLY INFLUENCED CORROSION OF STAINLESS STEEL WELDMENTS; ATTACHMENT AND FILM EVOLUTION, CORROSION-92 PAPER NO.165, 米国, THE NACE ANNUAL CONFERENCE AND CORROSION SHOW, 1992年, pp.165/1-20(乙第19号証と同じ)

3 審理事項通知の概要
訂正後の請求項1ないし5に係る発明は,甲第1,2,4,5号証記載の発明及び上記周知例5(乙第19号証)記載の発明,及び乙第2号証,上記周知例2?4に記載の周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 被請求人の主張の概要
これに対して,被請求人は,答弁書(乙第1号証提出),意見書,口頭陳述要領書(1)(乙第2?7号証提出),訂正請求書(乙第19?21号提出),口頭陳述要領書(2)(乙第8?15号証提出),上申書(乙第16?18号証提出)において,上記無効理由は理由がなく,訂正後の本件発明は進歩性を有するものであることを主張している。
被請求人の提出した証拠方法は以下のとおりである。

乙第1号証:防錆管理2000-9,25-31頁
乙第2号証:材料と環境,VOL.46,NO.8,1997年,社団法人腐食防食協会,P.475?480
乙第3号証:日本冷凍空調工業会ガイドライン 冷凍空調機器用水質ガイドライン JRA-GL-02-1994,平成6年1月1日,日本冷凍空調工業会,P.1?44
乙第4号証:ヨーロッパ特許条約 128条
乙第5号証:ヨーロッパ特許代理人 ベックマン博士 宣誓書
乙第6号証:昭和45年(ワ)11422号判決文
乙第7号証:材料と環境2000講演集,2000年6月,社団法人腐食防食協会,P.8?11
乙第8号証:乙第3号証と同じ
乙第9号証:杉卓美「スライムコントロール剤」紙パ技協誌,第53巻,第2号,1999年2月,p.37-44
乙第10号証:阿部博志・渡邉豊「再循環系配管SSCの溶接境界部停留挙動に及ぼす微視組織要因」,第55回材料と環境討論会(2008),P.27-30
乙第11号証:向井喜彦著「ステンレス鋼の溶接」,第2版第6刷,2008 年4月21日,日刊工業新聞社,P.70-73
乙第12号証:A.A.Stein,METALLURGICAL FACTORS AFFECTIG THE RESISTANCE OF 300 SERIES STAINLESS STEELS TO MICROBIOLOGICALLY INFLUENCED CIRROSION,CORROSION91,PAPER NUMBER 107,米国,The NACE Annual Conference and Corrosion Show,1991,pp.107/1-17
乙第13号証:乙第12号証の参考和訳
乙第14号証:Susan Watking Borenstein,MICROBIOLOGOCALLY INFLUENCED CORROSION FAILURES OF AUSTENITIC STAINLESS STEEL WELDS,CORROSION88,PAPER NUMBER 78,米国,Cervantes Convention Center,March 21-25,1988,pp78/1-12
乙第15号証:乙第14号証の参考和訳
乙第16号証:松島巌著「腐食防食の実務知識」,平成21年5月20日,株式会社オーム社,p.33
乙第17号証:ユーリック レヴィー「腐食反応とその制御」(第3版),2007年12月25日,産業図書,p.310-311
乙第18号証:特開平9-291343号公報(上記周知例3と同じ)
乙第19号証:WALSH,D.,et al., MICROBIOLOGICALLY INFLUENCED CORROSION OF STAINLESS STEEL WELDMENTS; ATTACHMENT AND FILM EVOLUTION, CORROSION-92 PAPER NO.165, 米国, THE NACE ANNUAL CONFERENCE AND CORROSION SHOW, 1992年, pp.165/1-20(上記周知例5と同じ)
乙第20号証:疹金孫等「ダム貯水池における微生物腐食の再現実験」,第164回腐食防食シンポジウム資料,平成20年12月11日,財団法人腐食防食協会,P.22-27
乙第21号証:JISハンドブック42熱処理,2003年1月31日,日本規格協会,P.15-25

第5 当審の判断
1 本件発明
上記「第2」で述べたように,本件の平成22年4月1日付け訂正請求が認められることとなるので,本件明細書の請求項1ないし5に係る発明(以下,それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明5」という。)は,以下のとおりのものと認める。

「【請求項1】
金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを利用する冷却水系の水処理方法であって,
前記金属材料は,焼鈍によって微生物に対する感受性を高めるための鋭敏化処理が施された金属片であり,該金属片の表面に対する微生物付着を前記センサの電位上昇によって検知し,該電位上昇に応じて微生物的汚れ除去処理を行うことを特徴とする水系の水処理方法。
【請求項2】
前記微生物的汚れ除去処理が水処理薬品を水系に添加する処理である請求項1記載の水処理方法。
【請求項3】
前記センサは,二枚の前記金属片を接合する溶接部と,該金属片間に形成されたすきま構造とをあわせ持つ構造であり,
水処理薬品がスライムコントロール剤を含む薬品である請求項2に記載の水処理方法。
【請求項4】
前記微生物的汚れ除去処理を行う手段が微生物的障害を除去するための水処理機器である請求項1記載の水処理方法。」
【請求項5】
前記水処理機器が殺菌成分を発生させる機器である請求項4に記載の水処理方法。」

2 証拠の記載事項(下線は当審で付加した。)
(1)甲第1号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(1a)「【請求項1】スライムを付着し易くするようにステンレスワイヤーを網状,コイル状とした,あるいはステンレス表面に多数の溝や凹凸を持つ板状,パイプ状,棒状を含む適当な形態をしたステンレスを一つの電極とし,これを銀電極と組合せて指示電極とし,一方白金電極と銀電極を組合せて参照電極とし,これら両電極を同じパイプ内に設置してなるスライムモニター装置に,紙パルプ製造工程における白水あるいはパルプスラリーを流通させてなる,該指示電極と該参照電極の電極間電位差から紙パルプ製造工程のスライム発生状況を評価する方法。
・・・
【請求項3】請求項1または2における指示電極と参照電極の電極間電位差と,スライムコントロール剤の注入装置を連結させることにより,該電極間電位差により該スライムコントロール剤注入量を制御することを特徴とする紙パルプ製造工程のスライムコントロール方法。」
(1b)「【0002】
【従来の技術】紙パルプ製造工程においては,多量の水と多種多様な有機薬品とを使用し,さらに適度な温度にあるために,微生物の繁殖にとっては極めて好ましい環境にある。これら微生物のあるものは粘着性物質を分泌し,これが系内の固形物と一緒になり塊状あるいは泥状の所謂スライムを形成する。スライムは,多くの場合,白水ピット,チェスト,ストックインレット,配管等の表面に発生,付着し,これがある時剥離して白水中やパルプスラリー中に混入し紙に取り込まれると紙切れを起こしたり,あるいは紙やパルプに斑点となって製品の品質を著しく低下させるなど数々の弊害をもたらしている。」
(1c)「【0005】
【本発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,紙パルプ製造工程において,白水あるいはパルプスラリー中のスライムの発生状況を連続的に評価し,即時に対応するスライムコントロール剤の注入量を変えてスライムコントロールする方法を提供することにある。」
(1d)「【0006】
【課題を解決する手段】本発明者らは,ステンレス表面にスライムが形成するとスライム中の微生物の増殖により有機酸を生じる結果,ステンレス表面が腐食を生じこの部分に微量の腐食電流が流れることに着目し,この微量電流かスライム発生状況を知ることができるという知見を得,この知見に基づいて本発明を完成するに至った。」
(1e)「【0011】本発明は,白水あるいはパルプスラリー等の工程水を連続的に金属表面に接触させたとき,その金属表面に微生物が付着し,付着した金属表面が嫌気性雰囲気となり,付着微生物中の嫌気性微生物が増殖し,有機酸を分泌する結果,該金属表面に腐食が進行し腐食電流が流れることを利用している。すなわち,その腐食電流の大小でスライム付着状況を判断しようとするものである。
【0012】本発明のスライムモニター装置は,紙パルプ製造工程から白水あるいはパルプスラリーを分岐して,指示電極と参照電極を取り付けたパイプに流し,該電極間電位差をもって該工程のスライムの発生状況を知ることができるようにしている。」
(1f)「【0013】
本発明における指示電極は,ステンレス電極と銀電極からなっている。ステンレス電極は,スライムを付着し易くするように,例えばステンレスワイヤーを網状,コイル状とした,あるいはステンレス表面に多数の溝や凹凸を持つ板状,パイプ状,棒状等の形態にしたものである。網状,コイル状または表面の溝や凹凸の大きさ,凹凸の程度は特に限定されるものではないが,例えば網状のものとしては,ステンレス金網を円筒状あるいは板状にしたもので,20メッシュ以上の目の細かさが好ましく,さらに好ましくは40?200メッシュ,より好ましくは60?150メッシュのものある。コイル状に巻いたものしては,直径0.1?1mmのステンレスワイヤーをステンレス,ガラスあるいはアクリルなど任意の棒,パイプあるいは円筒に密に巻いたものが挙げられる。板状,パイプ状,棒状の場合,その表面を粗に加工したものであり,特に棒状の場合には表面に約0.1?5.0mm,さらに好ましくは0.5?2.0mmピッチの細目のねじ切りを行い凹凸にしたものなどがある。このようにスライムを付着し易くするために表面を粗にするのはステンレス電極全体に及ぶ必要はなく,ステンレス電極の一部で十分である。」
(1g)「【0015】
本発明に使用するステンレスの材質は,SUS-201,SUS-302,SUS-304,SUS-316,SUS-317などがあり,価格,加工性,入手のしやすさから,SUS-304,SUS-316が好ましい。」
(1h)「【0029】本発明のスライムモニター装置における指示電極と参照電極の電極間電位差は,系中にスライムが発生し,ステンレス電極にスライムが付着すると電流が流れ,該電位差が大きくなることである。そこで,電位差が予め設定した値以上に大きくなったときスライムコントロール剤の注入を行い,また設定値以下となったときスライムコントロール剤の注入を止めることによるスライムコントロール剤の注入制御,あるいは該電位差の値と比例的にスライムコントロール剤注入量を制御することができる。スライムコントロール剤の注入量は用いるスライムコントロール剤の種類,工程の状況などを考慮し経験的に決定される。」
(1i)「【0030】スライムモニター装置に導入される白水あるいはパルプスラリーは,スライムトラブルとなる箇所の白水あるいはパルプスラリーであり,例えば,マシン白水,ワイヤーピット白水,ストックインレットスラリーなどがある。これらをバイパスを造ってモニタリング装置に導入し,指示電極と参照電極の電位差の経時変化をレコーダーに記録していく。スライムが付着していないときの電位差は,個々の抄紙機や白水,パルプスラリーによって異なるため,一概に決めることはできないが,スライムモニター装置を作動させた時の電位差:Vo=(指示電極電位)-(参照電極電位)を基準とすれば,白水,パルプスラリーを流すことによってステンレス電極にスライムの付着が起こり,微生物の増殖による腐食電流が発生するようになると,指示電極電位V1が徐々に増加し始める。V1が,Voよりも約50?100mV以上の大きさになり,この時はスライムトラブルの危険性が高いと判断され,スライムコントロール剤の増添あるいはより有効なスライムコントロール剤への切り替えが,必要になった時となる。ここで,スラムコントロール剤を増添あるいはより有効な薬剤に変えるとV1は,急速にVoに近い値まで低下し,スライムを抑制したことを示す。V1の低下が少ないときは,薬剤を添加しても増殖傾向にあるスライムの増殖を抑制できなかったか,あるいは殺菌できなかったことを示している。」
(1j)「【0031】
【実施例】以下に実施例によって本発明を詳細に説明するが,本発明はこれに制限されるものではない。
【0032】なお,実施例において使用したスライムモニター装置は図1におけるステンレス電極(2)は直径1.3cm,長さが18cmで,先端部分より5cmのところまで1mmのピッチ幅でネジを切った形態のSUS-304からなり,銀電極(4)と白金電極(6)はそれぞれ東亜電波工業(株)製「TYPE HA-101」,「TYPE HP-105」を使用した。ステンレス電極(2)の先端と銀電極(4)の先端との間隔および銀電極(4)の先端と白金電極(6)の先端との間隔は,それぞれ5mm,5mmとし,そして指示電極と参照電極との間の距離は7cmとして設置した。
【0033】[実施例1]生産量300トン/日の中質紙の製造ラインにおいて,ワイヤー下白水ピット,マシンテェストにスライムコントロール剤を添加してスラムイムコントロールを行っている中性抄紙機の白水循環ラインから白水を一部分岐し,上記したスライムモニター装置に線速度5cm/秒で流した。この時の電位差(mv)と菌数(個/ml)の推移を図2に,電位差(mv)と成紙斑点数・欠点数(個/日)の推移を図3に示した。
【0034】この結果,本発明のスライムモニター装置の電位差と,白水中の菌数,さらに製造された紙の成紙斑点数・欠点数に大きな相関関係が認められ,水系中のスライムの増殖状況の状況を十分に把握することができることが示された。」
(1k)「【0035】
【発明の効果】以上説明したように本発明により,紙パルプ製造工程における白水あるいはパルプスラリー中のスライムの発生状況を連続的に評価できるようになり,かつスライムモニター装置の指示とスライムコントロール剤の注入量制御装置を連結することにより該工程のスライムコントロールは極めて容易,確実となる。」
(1l)図2には,指示極と参照極との電位差(mV)及び菌数がともに,日数が経つにつれ高くなり,薬剤を増添すると急激に低くなることがグラフで示されている。

(2)甲第2号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。日本語訳で記載する。
(2a)「[0002]・・・本発明は,詳しくは,水と接触させられる,溶接部,割れ目または隙間,および伝熱部を有する金属製試験片に関し,および金属製の熱交換チューブのような金属部材の腐食を迅速かつ精密に予知し得る腐食モニタリング方法および装置に関する。」
(2b)「[0022]試験片の具体例は,複数(2を含む)の金属片を互いに重ね合わせ,スポット溶接により部分的に接合し,スポット溶接部以外の部分で金属片の間に隙間を有するものを含む。」
(2c)「[0081]ステンレス鋼(JIS規格のSUS304)よりなる金属片21,21’がスポット溶接部23においてスポット溶接されている。スポット溶接部23以外の金属片21,21’間にすきま部が生じている。」
(2d)「[0086]溶接条件は,被モニタリング水系の腐食性や被モニタリング金属の腐食感受性(残留応力,鋭敏化度など)の度合いに応じて変えることができる。それによって,金属片の間に隙間を有する溶接金属片の腐食感受性を変えることができ,その結果,より実機に近い条件でのモニタリングを実現できる。
[0087]さらに,腐食感受性は鋭敏化により調整され得る。」
(2e)「[0110]試験片の溶接部の残留応力や溶接部周辺の熱影響度(鋭敏化度)などに制限はないが,モニタリング対象配管等で予想される残留応力や熱影響度と同等またはやや高めの値になるような溶接条件での溶接や熱処理などにより調整して作製した試験片を用いることが望ましく,そうすることでモニタリング対象配管等における腐食発生の可能性を精度良く予知することが可能となる。また,残留応力,熱影響の度合いなどを変化させた複数の試験片を浸漬したモニタリングを行うことも可能である。」
(2f)「[0117]試験液中に本発明の試験片31と,比較のために従来技術のモニタリングで用いていたような金属表面構造が均一なテストピース(SUS304製)12を浸漬し,参照電極(Ag/AgCl/sat.KCl電極)33を基準として電位のモニタリングを行った。なお,本発明の試験片31の伝熱面温度は70℃になるようにした。
[0118]図9に示すとおり,本発明の試験片11の電位は,浸漬後わずかの時間で低下したのに対し,従来のテストピース32は試験期間中大きな電位変化は認められなかった。
[0119]浸漬試験終了後に試験片のすきま内,および溶接部周辺を観察した結果,激しいすきま腐食の発生と,応力腐食割れに伴う亀裂が観察された。一方,テストピース32には腐食は認められなかった。」
(2g)「[0123]本発明の試験片31と,従来技術のモニタリングで用いていたような金属表面構造が均一なテストピース(SUS304製)32の電位を,参照電極(Ag/AgCl/sat.KCl電極)33を基準として電位測定装置17により測定してモニタリングした。
[0124]なお,図10において38は冷却塔ピット,39は送水ポンプ,42はファン,43は充填材を示す。
[0125]試験後の本発明のモニタリング用試験片31には,汚れが付着しておりすきま部には激しいすきま腐食の発生が認められた。一方,従来技術のテストピース32にも汚れが付着していたものの量は少なく,付着物下に明らかな腐食は認められなかった。実施例2と同様に,本発明の試験片31の電位は低下したのに対し従来のテストピース32は大きな電位変化は認められなかった。」
(2h)「9.金属部材の腐食モニタリング用試験片であって,該金属と同材料の材質からなり,伝熱状態であり,溶接部,すきま部を有する腐食モニタリング試験片。」(claim9)

(3)甲第3号証
甲第3号証は,甲第2号証に係る欧州特許出願の優先権主張の基礎とされた特願平9-282035号についての優先権証明書であって,欧州特許条約第128条の規定によって,上記甲第2号証の公開日(1999年4月21日)以後,欧州特許庁において一般に閲覧可能な状態に置かれたものであり,優先権証明書に添付された特願平9-282035号明細書には次の事項が記載されている。
(3a)「【請求項1】金属部材の腐食モニタリング用試験片であって, 該金属と同材料の材質からなり,溶接部,すきま部および伝熱部を有することを特徴とする腐食モニタリング用試験片。」
(3b)「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は,水に接触した金属配管などの金属部材の腐食をモニタリングするための試験片とそれを用いたモニタリング方法及び装置に関する。詳しくは,本発明は,水に接触する溶接部,すきま部,伝熱面をあわせ持つ金属製試験片,及び該試験片の腐食電位変化をオンラインモニタリングすることにより,金属配管等の腐食をその場で迅速かつ精度良く予知することを可能にしたモニタリング方法及び装置に関するものである。」
(3c)「【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明の試験片は,金属部材の腐食モニタリング用試験片であって,該金属と同材料の材質からなり,溶接部,すきま部および伝熱部を有することを特徴とするものである。
【0010】
具体的には,複数枚例えば2枚の金属片を重ね合わせ,これらの金属片の一部同士をスポット溶接などにより溶接し,金属片の他の部分においては金属片相互間にすきまをあけるようにしたものが例示される。
【0011】
本発明のモニタリング方法及び装置は,このような溶接部,すきま部,伝熱面をあわせ持った試験片の電位変化をモニタリングすることで,実プラントで金属材料の腐食が問題となるような局部腐食を精度良くモニタリングするようにしたものである。
【0012】
本発明においては,試験片の伝熱部に面状発熱体が取り付けられていることが好ましい。このように面状発熱体によって試験片を加熱してモニタリングを行うことにより,実プラントの高温部における局部腐食を精度良くモニタリングすることが可能となる。
【0013】
【発明の実施の形態】
本発明の試験片に用いる金属材料に制限はないが,特にステンレス鋼,ニッケル,ニッケル合金,・・・などの耐食性金属材料の腐食モニタリングに有効である。」
(3d)「【0016】
被モニタリング水系の腐食性や被モニタリング金属の腐食感受性(残留応力,鋭敏化度など)の度合いに応じて溶接条件等を変えることにより,すきま付溶接金属片の腐食感受性を調整することも可能であり,より実機に近い条件においてモニタリングすることが可能である。
【0017】
また,鋭敏化熱処理等を行い,腐食感受性を調整することも可能である。」(3e)「【0040】
試験片の溶接部の残留応力や溶接部周辺の熱影響度(鋭敏化度)などに制限はないが,モニタリング対象配管等で予想される残留応力や熱影響度と同等またはやや高めの値になるような溶接条件での溶接や熱処理などにより調整して作製した試験片を用いることが望ましく,そうすることでモニタリング対象配管等における腐食発生の可能性を精度良く予知することが可能となる。また,残留応力,熱影響の度合いなどを変化させた複数の試験片を浸漬したモニタリングを行うことも可能である。」
(3f)「【0045】
ステンレス(SUS304)よりなる金属片1,1’がスポット溶接部3においてスポット溶接されている。スポット溶接部3以外の金属片1,1’間にすきま部が生じている。」
(3g)「【0051】
試験液中に本発明の試験片11と,比較のために従来技術のモニタリングで用いていたような金属表面構造が均一なテストピース(SUS304製)12を浸漬し,参照電極(Ag/AgCl/sat.KCl電極)13を基準として電位のモニタリングを行った。なお,本発明の試験片11の伝熱面温度は70℃になるようにした。
【0052】
図4に示す通り,本発明の試験片11の電位は,浸漬後わずかの時間で低下したのに対し,従来のテストピース12は試験期間中大きな電位変化は認められなかった。
【0053】
浸漬試験終了後に試験片11のすきま内,および溶接部周辺を観察した結果,激しいすきま腐食の発生と,応力腐食割れに伴う亀裂が観察された。一方,テストピース12には腐食は認められなかった。」
(3h)「【0057】
本発明の試験片11と,従来技術のモニタリングで用いていたような金属表面構造が均一なテストピース(SUS304製)12の電位を,参照電極(Ag/AgCl/sat.KCl電極)13を基準として電位測定装置17により測定してモニタリングした。
【0058】
なお,図5において18は冷却塔ピット,19は送水ポンプ,20はファン,23は充填材を示す。
【0059】
試験後の本発明のモニタリング用試験片11には,汚れが付着しておりすきま部には激しいすきま腐食の発生が認められた。一方,従来技術のテストピース12にも汚れが付着していたものの量は少なく,付着物下に明らかな腐食は認められなかった。実施例2と同様に,本発明の試験片11の電位は低下したのに対し従来のテストピース12は大きな電位変化は認められなかった。」

(4)甲第4号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,その「鋭敏化熱処理」の項には次のとおり記載されている。
(4a)「オーステナイト系ステンレス鋼の粒界腐食試験を行うために,500?800℃の温度範囲に加熱して,粒界腐食に敏感な組織状態にする熱処理。」

(5)甲第5号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(5a)「【請求項1】用水中のスライム障害をスライムコントロール剤を添加して防止する方法において,用水の溶存酸素の消費速度を測定し,その結果に基づいてスライムコントロール剤の添加を管理することを特徴とする用水中のスライム障害の処理方法。」
(5b)「【0001】
【産業上の利用分野】
この発明は,工業用水,とりわけ製紙工程水や各種工業用冷却水系におけるスライム障害防止のための当該用水系に対するスライムコントロール剤の添加,使用を適切,効果的に実施するスライム障害の処理方法に関する。 【0002】
【従来の技術】
近年,微生物汚染に起因して,各種用水のスライムによる障害が多発し,種々の弊害をもたらしている。ここでスライムとは,紙パルプ製造工程水・用水及び排水中に発生するもので主として微生物要因によって発生した粘性塊状泥状物質のことをいい,たとえば,化学工場などの冷却水系統の熱交換器や配管などにスライムが発生すると,冷却効率を低下させ,ときには配管を閉塞させたり,あるいは,紙・パルプ工場の白水工程中にスライムが発生すると,これが剥離して紙料に混入したとき,巻取り工程で紙を切断し,工程の運転を中断したり,又は紙に斑点ができて製品の品質に損傷を与えるといったトラブルが発生していた。」
(5c)「【0014】
この発明においてスライム障害を防止するために工業水系に添加するスライムコントロール剤としては,とくに限定されないが,殺菌剤または抗菌剤1種だけを用いてもよく,2種以上用いてもよい。また,速効的な効力を有する殺菌剤と持続性のある抗菌剤とを組合せてスライムコントロールとして用いてもよい。例えば,殺菌剤としては,従来,その性能が周知である2,2-ジブロモ-3-ニトリロプロピオンアミド,4,5-ジクロル-1,2-ジチオール-3-オン,ビス(トリブロモメチル)スルホン等が挙げられ,又抗菌剤としては,同じくメチレンビスチオシアネート,5-クロル-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン等が挙げられる。」
(5d)「【0018】
この発明において,スライムコントロール剤の添加の管理とは,スライムコントロール剤の種類,添加時期及び添加量を選択し適用実施することを意味する。
さらに詳しくは,一般に使用するスライム殺菌剤及び抗菌剤等添加薬剤の性能に基づき,かつ工程水の生菌の活動状況に対応して,その剤の使用の適否を判定し必要あれば剤種を変更すること,又は,適正な添加量を把握し,現状の添加量を維持するか,又は増減調整が必要な場合は,適当な時期を選択して添加する等,当業者であればスライムコントロール剤の効力が確認できれば容易に採用し得る対応処理をいう。
【0019】
本発明においては,工程水中の溶存酸素量を短時間測定することにより,直ちにスライムコントロール剤の効力を把握して工程現場におけるスライムコントロール剤添加の管理手段を迅速に実施することができるが,さらに好ましくは,上記,溶存酸素の消費速度の測定結果に対応して適正にスライムコントロール添加の管理が行われるように,薬剤添加装置の作動系に電気系路によって連動させておくことによって,より即時的な自動管理が実施できる。」

(6) 甲第6号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(6a)「本発明は工業用水供給源から連続的に供給される工業用水を貯水槽に一時的に蓄えて該貯水槽の工業用水を循環し使用する際にその循環系の保有水中の微生物および藻類等の繁殖によって生じるスライム障害を防止すべく該保有水中に塩素系殺菌剤を注入するために用いられる塩素系殺菌剤注入装置に関する。」(1頁右下欄下から4行?2頁左上欄3行)
(6b)「〔実施例〕
次に,添付図面の第2図ないし第4図を参照して,本発明による塩素系殺菌剤注入装置の一実施例について説明する。
第2図には冷却水を循環使用する冷却設備に本発明による塩素系殺菌剤注入装置を実施化した例が示されている。」(第4頁右上欄2行?7行)

(7) 甲第7号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(7a)「【0002】
【従来の技術】冷却水系,特に大気開放型の冷却水系では,大気中に浮遊する微生物が冷却水中に混入,繁殖し,循環使用している間に土砂などと混ざり合って配管などの金属表面に付着し,スライムが形成される。スライムが形成されると冷却水系の熱交換効率が低下するほか,腐食が促進される。このため従来は,スライムを付着させないように付着防止剤を添加する方法,微生物を殺滅させる殺菌剤を添加する方法,または付着した微生物を早期に剥離させる剥離処理剤を添加する方法など,種々のスライムコントロール剤を用いる方法により腐食を防止している。また内陸用小型空調用の冷却水系では,冷却水温度30℃前後で,冷却塔を用いることなく一過式で冷却して運転している。従って濃縮倍数は1?2倍であって,高濃縮倍率の冷却水系に比べて腐食性が低いため,腐食防止剤を添加することなく運転しているが,スラムが付着すると腐食が生じる。
【0003】しかし,従来は微生物に起因した腐食が発生する臨界条件が明らかになっていないため,スライムを付着させないこと,または付着したスライムを早期に剥離させることを腐食防止の指標としている。従って腐食防止に必要な適切な量で薬剤が使用されておらず,このため腐食防止効果が不十分であったり,必要以上の薬剤が使用されて無駄が生じるなどの問題点がある。」
(7b)「【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,上記問題点を解決するため,微生物に起因する腐食を,無駄を生じさせることなく,かつ安定して防止できる冷却水系の腐食防止方法を提案することである。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者は,水中の生菌数と腐食速度との関係に注目し,水中の生菌数を指標として,この値を所定値以下に抑制することにより腐食を防止できることを見出し,本発明を完成した。すなわち本発明は,冷却水系の腐食防止方法において,冷却水を生菌数制御して,冷却水中の生菌数を1×10^(6)/ml以下に維持することを特徴とする冷却水系の腐食防止方法である。」

(8) 甲第8号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(8a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】液体中の耐食性金属の腐食をモニタリングする方法において,
該耐食性金属の腐食電位の変化と,該水系の汚れの付着量とを測定し,この測定結果に基づいてモニタリングすることを特徴とする金属の腐食モニタリング方法。
【請求項2】耐食性金属がステンレス鋼,ニッケル,ニッケル合金,チタン,チタン合金,銅,銅合金,クロム,クロム合金,モリブデン,モリブデン合金,タングステン,又はタングステン合金である請求項1に記載の金属の腐食モニタリング方法。
【請求項3】汚れの付着量を,汚れが付着するチューブ内の差圧変化により測定することを特徴とする請求項1又は2に記載の金属の腐食モニタリング方法。
【請求項4】腐食電位を測定している耐食性金属への汚れ付着量を測定することを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の金属の腐食モニタリング方法。」
(8b)「【0002】
【従来の技術】冷却水系のような淡水環境下においては,ステンレス鋼などの耐食性金属は一般に不動態化しているが,これらの耐食性金属であっても,例えば,過剰な酸化剤の存在や金属表面への微生物汚れの付着等の環境変化によって,すきま腐食,孔食,応力腐食割れなどの局部腐食が発生する可能性がある(中原正大;材料と環境,41(1),56(1992))。環境変化によって耐食性金属の腐食が進行する場合,当該金属の腐食電位が変化することが知られており,従って,腐食をモニタリングする方法として,従来,金属と水とが接触している系において,金属の腐食電位を測定する方法(特開平5-98476号公報)が知られている。」
(8c)「【0006】
【課題を解決するための手段】本発明の金属の腐食モニタリング方法は,液体中の耐食性金属の腐食をモニタリングする方法において,該耐食性金属の腐食電位の変化と,該水系の汚れの付着量とを測定し,この測定結果に基づいてモニタリングすることを特徴とする。
【0007】このように腐食電位と,該水系の汚れ付着量とに基づいてモニタリングすることにより,腐食の予知とその要因の推定が速やかに行える。即ち,腐食電位が増大しないとき,腐食の進行はないと判定できる。腐食電位と汚れ付着量が共に増大するときは,腐食が進行し,その原因が汚れにあると判定できる。また,腐食電位は増大するが,汚れ付着量は増大していないときは,腐食が進行し,その原因は汚れ以外であると推定できる。」
(8d)「【0011】本発明の金属の腐食モニタリング方法では,モニタリングを実施する水系の水(以下,「試験水」と称す。)に接触した耐食性金属の腐食電位とその水系における汚れの付着量とを同時にモニタリングすることによって,腐食の進行状況を予知すると共に腐食の要因を推定する。汚れの付着は腐食進行の要因となる場合が多く,汚れの付着量をモニタリングすることによって,腐食の要因が推定でき,従って腐食の要因に応じて当該水系に有効な防食対策を判定できる。
【0012】腐食電位は,試験水と接触し,かつ周囲から電気的に絶縁された耐食性金属と,同水中に浸漬した参照電極(基準電極)との間の電位差を経時的に測定することによってモニタリングする。」
(8e)「【0024】通水試験開始3日後から,汚れの付着に伴う試験チューブ1の差圧上昇が観測され,これと対応するように,試験チューブ1の腐食電位もまた上昇傾向を示した。
【0025】そこで,腐食電位上昇の原因が汚れ成分の付着にあると推定し,汚れ剥離剤を用いて,汚れ除去処理を行ったところ,差圧,腐食電位ともに低下した。
【0026】この試験期間中の腐食電位の変化と差圧の変化をそれぞれ図2,3に示した。」

(9) 甲第9号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(9a)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,パルプ工場・製紙工場の工程水中に発生するスライム障害を防止する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】パルプ工場, 製紙工場においては,その工程において使用される用水中に微生物が繁殖とすると種々の障害を起こす原因となることはよく知られいる。例えば,抄紙機から排出される白水中では,菌の栄養源となるパルプを含み,また各種の薬品や填料が添加されている上に,適度な温度条件にあることから,菌の増殖にとって非常に都合の良い環境にある。白水中に微生物が繁殖すると,微生物やその代謝産物が凝集して粘着性物質,所謂スライムを生成し,これがある大きさに成長した時,工程水の流速等により剥離し紙料中に混入し,紙に汚点,斑点,目玉等製品の品質を損なうこととなり,更に,紙切れ,ワイヤーや毛布の目詰まり,腐食,悪臭等の障害を引き起こし,操業上にも重大な影響を及ぼすこととなる。このように工程水は製品の紙に直接接触し,また一部紙に取り込まれるため,そこで生じるスライムは一般の冷却水や用水におけるものより深刻な問題を与えることが多い。」

(10) 乙第1号証
本件特許に係る出願の優先日および出願日の後に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(10a)「3.付着細菌の単離・培養と腐食電位貴化の再現
付着細菌の影響を明らかにするため,自然海水中に浸漬したステンレス鋼表面に付着した細菌の単離を行うとともに,単離した細菌の純粋培養系におけるステンレス鋼の腐食電位の経時変化を測定した。その結果を図4に示す。・・・養開始後約200minから細菌は対数増殖期となり,腐食電位も貴化し始めた。しかし,300min程度で細菌増殖が静止期になると,逆に腐食電位は低下し始めた。これは基質が不足し増殖の律速になっていると考えられたので,培養開始後340minで基質を培養系に追加した。これにより再び細菌の増殖が活発化し対数増殖期になると,同時に腐食電位もそれに対応して貴化し始めた。すなわち,細菌の増殖が活発になると腐食電位が貴化するという相関関係が明らかに見られる。そこでさらに,細菌の増殖,特に呼吸作用に着目し,対数増殖期の段階で呼吸の阻害作用を有するアジ化ナトリウムを培養系に添加したところ,腐食電位の貴化は停止した。以上の結果から,腐食電位の貴化と細菌の増殖,特に呼吸作用とが密接に関係することが判明した。」(第26頁右欄下から7行?第27頁左欄15行)
(10b)「4.腐食電位貴化メカニズム」として,
「以上のことから,自然海水中におけるステンレス鋼の腐食電位の貴化は,表面付着細菌の代謝反応によって酸化力の強い過酸化水素水等の活性酸素種が,バイオフイルム中で生成しわずかに蓄積することによるものと考えられる。図9にステンレス鋼のMICは発生メカニズムを示す。
自然海水中にさらされたステンレス鋼の表面にまず有機物が吸着し,その後それらの有機物を基質として利用する好気性従属栄養性一般細菌が付着する。それらの細菌は代謝反応を行うと共に,バイオフイルムを形成する。その際,好気性細菌は酸化酵素を生成し,有機物を基質として酸化する一方で,酸素の還元反応を触媒的に加速する。この反応の中間体として,活性酸素種が時間と共にバイオフイルム内にある程度蓄積されてくる。しかし,活性酸素種は生物体にとって有害であるため,細菌は分解酵素であるカタラーゼやスーパーオキシドジムスターゼを生成し,活性酸素種を水と酸素に分解する。それと同時に,その一部は直接にステンレス鋼の表面で酸化剤として電気化学的に反応し,カソード反応を担う。そのため,ステンレス鋼の腐食電位が貴化する。結果的に,腐食電位画素のステンレス鋼の隙間腐食発生電位を超えると隙間腐食の発生に至るわけである。
このような活性酸素種の腐食への影響に関して,銅合金についても,同様に腐食電位が貴化することが知られている。」(第28頁右欄下から14行?29頁左欄11行)

(11) 乙第2号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(11a)「4.ステンレス鋼
表1の事例では,水抜きして乾燥しないまま置いた静止した水の中で起こった事故が多い。場所は圧倒的に溶接部,熱影響部が多い。・・・ステンレス鋼は水溶液中の溶存酸素と水により生じた薄い酸化皮膜である不動態により,その耐食性を維持するが,いったん腐食が進行すれば,再不動態化が可能な自由表面であっても微細物の菌巖に覆われて,完全に酸素のない状態では不動態化出来ず,あたかも鉄が溶解するような大きな腐食速度をしめうことになるであろう。細菌の大きさは数μm以下であり,金属の結晶粒に比して遙かに小さいので,金属表面の微妙な違いにより住み分け,代謝産物を出して微妙に異なる濃度差を生み出し,腐食を促進する結果になっているのであろう。
ステンレス鋼のように皮膜で耐食性を保つ金属では鉄鋼のような全面腐食でなく,すきま腐食,孔食,応力腐食といった局部腐食が起こることは良く知られている通りである。これらの局部腐食は不動態皮膜を痛める塩素イオン濃度の高い溶液で起こるとされてきた。しかし,微生物腐食は通常考えられない低い塩素イオン濃度で起こると言われている。また,この20年来,微生物が金属表面に付着すると金属の電位が上昇することも知られてきた。電位が上がると,局部腐食が起こりやすくなることも事実である。さらに,最近の研究で溶接の際にできた厚い酸化被膜(溶接焼け)を酸洗等で取り除くと微生物腐食が起こりにくくなることも知られてきた。したがって,ステンレス鋼の微生物腐食は厚い酸化皮膜のミクロなすきまで発生するすきま腐食と理解される。すなわち,厚い酸化膜とのすきまという格好なすきまがある上に,菌がコロニーを作った下では酸素は完全に無くなった上に有機酸によるpHの低下もあるということですきま腐食の発生段階が確実に促進されることになる。電位が上がりカソード反応が促進されると,進展段階も加速されることになる。
なぜ微生物が金属表面に付着すると金属の電位が上昇するのか。これには次の3つの説が有力になってきた。
4.1 過酸化水素による電位上昇
酸素のある状態で生息している好気性生物は栄養源を酸素で酸化してエネルギーを得ている。この酸素は還元を受けるわけであるが,還元過程で生じる中間物質である過酸化水素等のいわゆる活性酸素類が電位を上げるというのである。人間の例を出すまでもなく,活性酸素類は生物体にとって毒物である。ある種の微生物は少し強い活性酸素に対する耐性を持っていて,他の微生物を排除するために出すのだとの話もある。
実海水に浸漬したステンレス鋼は約1週間で異常に高い電位を示し,それが付着微生物によるのであるとされた。その原因について,たとえば,植物の藻類が出す酸素の影響や,消化,分解作用による有機酸の生成のためpHが下がる影響が考えられた。・・・
過酸化水素はどの生物でも出し得る普遍的な物質であり,実海水中では必ず高電位になることからも有力な説である。淡水中では,水によって異なり,非常にきれいな水であっても電位が上がる場合があることから,付着する微生物に依存すると考えられるであろう。
4.2 チオ硫酸イオンによる電位上昇
硫酸イオンを含有する水の中では,嫌気性条件下で硫酸塩還元菌により硫化水素が発生することは前に述べた。・・・硫化水素が酸化されると・・・好気性菌により,チオ硫酸イオン・・・にまで酸化される。・・・チオ硫酸イオン自体がステンレス鋼に対して腐食性があり,また,電位を高くする働きもあるという。
・・・
4.3 二酸化マンガンによる電位上昇
微生物の中には・・・マンガンイオンを利用できる菌が普通に生息する。・・・これらの菌はマンガンイオンを酸化して二酸化マンガンとして固定する。二酸化マンガンは強い酸化剤であり,表面に付着すれば当然電位を上昇させ,すきま腐食,ガルバニック腐食の原因となる。・・・」(第478頁左欄下から2行?479頁右欄11行)

(12) 乙第3号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(12a)「( 5)細菌数とスライム障害 冷却水中の細菌数とスライム障害発生の頻度には,図4.7に示す関係がある。一般に,冷却水中の細菌数が10^(3)個/mlを超えると,スライム障害の発生頻度は高くなってくる。」(34頁1?3行)
(12b)「10^(3)個/ml以下: スライム障害を生じにくい
10^(4)個/ml : スライム障害を生じやすい
10^(5)個/ml以上: 大抵の場合スライム障害がある」(34頁図4.7)

(13) 乙第7号証
本件特許に係る出願の優先日および出願日の後に頒布された刊行物である乙第7号証には,次の事項が記載されている。
(13a)「汚れが問題となっている冷却水系における電位測定結果を図2に示す。試料極の電位は徐々に上昇し,浸漬13日後には0.2Vvs.Ag/AgCl/sat.KClに達した。試料極表面には汚れの付着が認められた。」(第9頁31?33行)
(13b)「1)冷却水系において,微生物起因と思われるステンレス鋼の電位上昇を確認した。」(第10頁下から7行)

(14) 乙第9号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物である乙第9号証には,次の事項が記載されている。
(14a)「酸性抄紙から,中性抄紙に変化すると,白水中の菌数は100倍に,スライムの成長速度も4-5倍となる(表1)」(第39頁左欄下から4?2行)
(14b)「表1 抄紙条件の変化とスライムの発生」に中性抄紙の菌数が10^(7)?10^(8)個/mlであることが記載されている。(第39頁右欄表1)

(15) 乙第10号証
本件特許に係る出願の優先日および出願日の後に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(15a)「筆者らは,SUS316L製平板溶接試料を用いて,溶融境界近傍におけるpartiallt melted zoneの粒界に分布する島状δ-フェライトに着目し,SCC進展遅延メカニズムを提案している。」(第27頁9?10行)

(16) 乙第11号証
本件特許に係る出願の優先日および出願日の後に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(16a)「溶接時,溶接熱影響部(HAZ)は,図4・8の熱サイクルを受ける。これらの熱サイクル中鋭敏化温度域(900℃?660℃まで)に加熱されている時間の最も長い2の熱サイクルを受ける位置が最も鋭敏化が進む。なお,1の熱サイクルではAB官を昇温中に析出した炭化物は1100℃以上の昇温過程で再固溶してなくなる。
図4・9に溶接中の最高到達温度とHAZ各位置の組織状態を示した。図4・11にSUS304鋼を入熱量の大きいTIG溶接で溶接した継手の光学顕微鏡写真を示す。融合線近傍の祖流化と母材部に近いHAZのCr炭化物の析出(太い流界)とがよくうかがえる。図4・12にSUS304鋼をYAGレーザ溶接した継手の光学顕微鏡写真をしめすが,Cr炭化物の析出は極めて軽微である。」(第70頁1行?22行)
(16b)図4・9に,溶接金属とその外側の熱影響部,熱影響部が粗粒域を含む固溶化域及び炭化物析出域で構成されることが示されたオーステナイト系ステンレス鋼溶接部模式図が示されている。(第70頁)
(16c)図4・11に「3.炭化物析出域の境(3.9mm)」と記載されている。(第72頁)

(17) 乙第12号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。訳文は,乙12号証の日本語訳である乙第13号証による。
(17a)「要約
文献上,300シリーズステンレス鋼の微生物腐食(MIC)に対する感受性は十分に説明されている。MICは,304系と316系溶着物,溶接熱影響部および金属母材中に発生する。溶着物中では,オーステナイト相あるいはフェライト相のいずれかが,環境条件が酸化的か還元的かによってそれぞれ優先的に攻撃される。金属母材および金属母材の溶接熱影響部における攻撃は鋭敏化の存在によることが文献にまとめられているが,鋭敏化は試験によって最終的には確認されていない。複数のステンレス試料の鋭敏化を具体的に調べた1つの文献では,「鋭敏化とMICに相関性はないようだ」と報告している。
本論文は,304系,316系および316L系ステンレス鋼から製造された複数の試料を用いた,溶接状態,鍛造状態および炉加熱鋭敏化状態における試験結果を示す。金属母材中のMICの結果のみが示されている。その結果は,バクテリアが原因の腐食は鋭敏化とは関係がなかったことを示している。腐食感受性は,製造工程中に生じる微細構造と関係があることがわかった。300シリーズステンレス鋼のMICへの抵抗性は,材料を適切に加工することによって容易に向上させることができ,しかもLグレードのステンレスはMICを引き起こすと規定される必要はない。」(107/1頁ABSTRACT欄1行?21行)
(17b)「緒言
文献上,300シリーズステンレス鋼の微生物腐食(MAC)への感受性は十分に説明されている。MICは,304系および316系溶着物,溶接熱影響部および金属母材中に発生しうる。溶着物では,オーステナイト相あるいはフェライト相のいずれかが,環境条件が酸化的か還元的かによってそれぞれ優先的に攻撃を受ける。金属母材および金属母材の溶接熱影響部における攻撃は,通常鋭敏化が原因である。しかしながら今まで,MICプロセスにおける主要因としての鋭敏化を決定的に証明した試験報告はなく,そして,いくつかのステンレス鋼試験サンプルを評価したあるひとつの研究は,MICと鋭敏化に相関関係がないようだと報告していた。
本論は,304系,316系および316L系ステンレス鋼試料の,溶接状態,鍛造状態および炉加熱鋭敏化状態における腐食試験について説明する。孔食は,金属母材,熱影響部および溶着物中に発生した。本論文は,金属母材および熱影響部における孔食についてのみ論じる。その結果,母材と熱影響部中に発生したMICは鋭敏化とは関係なく,むしろ金属製造工程中に生じる微細構造の変形線の存在と関係していた。300シリーズステンレス鋼のMICへの抵抗性は,材料を適切に加工することによって向上させることができた。」(107/2頁1行?21行)
(17c)「鋭敏化の影響
304系および316系の周溶接されたおよびソケット溶接された試料は共に鋭敏化された範囲を有しているが,鋭敏化はこの合金のMICへの感受性のは役割を果たさなかったようだ。周溶接された試料の鋭敏化された範囲には,多くの小塊が存在していたにもかかわらず,孔食は発生しなかった。ソケット溶接試料の鋭敏化された範囲のいくつかに孔食攻撃が発生したが,流間攻撃の事実はなかった。・・・
鋭敏化は,溶接により生じた熱影響部に存在しうる。しかし,すべえの熱影響部が腐食抵抗を損なう程度まで鋭敏化されると考えるべきではない。例えば,室温の真水環境では,鋭敏化がステンレス鋼の腐食に影響を与えるとは報告されていない。
・・・種々発電所により発表された論文を再検討すると,鋭敏化されたはんいにも鋭敏化されていない範囲にもMICによる孔食が発生することが明らかになった。鋭敏化された範囲においてでさえ,1つを除いたすべての場合において,孔食は流間ではなかった,このことは鋭敏化された結晶粒界が腐食に対してより感受性があるわけではないことを示している。」(104/4頁13行?107/5頁5行)
(17d)「結論
・304系および316系ステンレス鋼の鋭敏化は,それらのMICへの感受性に影響しない。
・微細構造中に顕著な変形線を有する304系ステンレス鋼が最もMICに感受性が高い。変形線を除去または減少させるためのアニーリング温度は,MICに対するオーステナイトステンレス鋼の抵抗性を改善するかもしれない。一般に行われているアニーリング方法は,変形線を除去または減少しないかもしれず,ステンレス鋼のMICへの感受性を高める可能性がある。」(107/5頁1行?9行)

(18) 乙第14号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。訳文は,乙14号証の日本語訳である乙第15号証による。
(18a)「鋭敏化を調べると,11例のMIC孔食試料のうち4例が鋭敏化されていないことが明らかとなり,鋭敏化されていないことがMICからの保護を確実にするのではないことを示した。」(78/1頁下から6行?4行)
(18b)「微生物の代謝過程は化学反応によって支えられている。これらの過程は,環境や含まれる微生物に応じて(1)保護表面を破壊する,(2)局部的な酸環境を作り出す,(3)腐食性沈殿物を創出する,または(4)陽極反応や陰極反応を変更する,ことによって,材料の腐食反応に影響を及ぼしうる。」(78/2頁27行?32行)
(18c)「ステンレス鋼の腐食抵抗性は,酸化的環境で安定な不動態酸化皮膜のおかげである。表面金属の狭い開口が2つの表面間の接合部または固形粒子の真下にあり,これがすき間腐食とよばれる濃淡電池腐食の類のための条件を提供する。すき間の空いた範囲は酸素欠乏となり,不動態皮膜は不安定となるので金属は溶解しやすくなる。還元状態は嫌気性細菌の存在にとっいて好ましいので,すき間はMICの発生に理想的な場所となる。
理由は完全には分からないのだが,MICはオーステナイトステンレス鋼の溶接部または溶接部のすぐ近接した部分を通常攻撃する。溶接は,不動態皮膜中に局所的に弱い範囲を生じさせうる。もし不動態皮膜が破壊されれば,孔食が起こりやすい。」(78/2頁40行?78/3頁2行)
(18d)「顕微鏡検査
顕微鏡検査を6片の試料について行った,ASTM規格D932に鉄バクテリアぼ同定法が記載されている。鉄バクテリアはステンレス鋼に
特に溶接部にMIC攻撃を起こすことが良く知られている。理由は完全には分からないのだが,鉄バクテリアはほぼ必ずオーステナイトステンレス鋼の溶接部に,またはこれに近接してコロニーを作る。」(78/3頁下から12行?6行)
(18e)「鋭敏化
鋭敏化,すなわちステンレス鋼の粒界腐食に対する感受性,は通常加熱工程に関係しており,多くの場合溶接により生成する。通常,溶接法は最大パス間温度を350°Fまでに制限する。この温度は,鋭敏化を最小限にするための実用的な限界として選択されたが,炭素含量は,オーステナイトステンレス鋼の鋭敏化に対する感受性を決定する上で最も重要な因子である。Lグレードの材料に変更しなければ,鋭敏化を避けることができない場合もある。
ASTMA262A法「オーステナイトステンレス鋼の結晶粒界攻撃に対する感受性の標準検出法」によって,画金属組織学的材料の地金の鋭敏化の評価を行った。12片のうち8片にディッチ構造が認められ,鋭敏化の可能性が示された。表4はこの情報と,各試料の孔食に塩化物が検出されたかどうかをまとめたものである。12片の試料のうち4片の試料の金属母材が鋭敏化されていなかったことから,鋭敏化とMICには相関関係がなさそうである。」(78/6頁下から8行?78/7頁11行)
(18f)「結論
本研究の前に,MICはオーステナイトステンレス鋼の溶接部またはそれに近接したぶぶんを通常攻撃するということに,我々はすでに気づいていた。」(78/7頁12行?16行)
(18g)「鋭敏化されていないことがMICからの保護を確実にするのではない。11片のMIC孔食された試料のうち4片は鋭敏化されていなかった。」(78/7頁下から12行?11行)

(19) 乙第16号証
本件特許に係る出願の優先日および出願日の後に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(19a)「溶接による鋭敏化 ・・・SUS304鋼のような普通のステンレス鋼が500?900℃である時間以上加熱されると鋭敏化するため,その後腐食環境にさらされると粒界腐食を生じる。700?800℃の範囲では,鋭敏化に至る時間は数分以内と短いことを述べた。SUS304鋼を溶接するとその近傍が熱影響を受け^(*6),700?800℃に加熱される部分(一般に,溶接金属との境界線から母材側数mmの位置^(*)7)が鋭敏化する。この部分が腐食環境に接すると,粒界腐食が起こる。」(第33頁2行?8行)
(19b)「*6 この部分を溶接熱影響部と呼ぶ。英語の"heat affected zone"を省略したHAZ(ハズと読む)という用語をわが国でもよく使う。
*7 現場用語で言う,溶接部2番の位置。」(第33頁下から3行?1行)

(20) 乙第17号証
本件特許に係る出願の優先日および出願日の後に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(20a)「オーステナイト鋼の鋭敏加熱処理温度は400?850℃である。市販の鋼をこの温度範囲で熱処理した場合に生じる粒界腐食感受性の強さは,熱処理温度を時間に依存し,750度付近の中程度に高い温度で数分間加熱することは,もっと低い温度(あるいは高い温度)で数時間加熱することに匹敵する(図18.1)。鋭敏化温度域を通って徐冷すると感受性が生じるが,急冷すればこれを避けることができる。したがってオーステナイト系ステンレス鋼は,常に高温から急冷しなければならない。溶接するとその近傍の鋭敏化条件で加熱された部分が鋭敏化する。点溶接(spot welding)では金属は瞬間的な電流によって急速に加熱され続いて自然に急冷されるので,鋭敏化は起こらない。これに対しアーク溶接(arc welding:電弧溶接)では,鋭敏化を受けやすく,とくに厚い材料のように加熱時間が長くなるとそれにつれて影響は大きくなる。溶接によって鋭敏化温度になるのは,融点以上に加熱される溶接金属から数mmほど離れた部分である。」(第310頁下から5行?第311頁7行)

(21) 乙第18号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(21a)「【0004】また,試薬を用いて塩素イオン濃度等を調整して腐食環境を人工的に再現した溶液中における試験では十分な耐食性を有するステンレス鋼でも,実際の海水や淡水等の自然環境水中においては局部腐食が発生する場合がある。これも自然環境中に存在している微生物の影響によるものと考えられている。つまり,自然環境中においては,そこに存在している微生物の作用によりステンレス鋼の腐食電位が貴側に移行して,局部腐食発生電位を超えてしまうために局部腐食の発生に至ると考えられる。
【0005】このような微生物に起因するステンレス鋼の腐食は,母材(被溶接材)よりも溶接部において発生しやすいことが報告されている。さらに,溶融凝固した組織中のオーステナイト相の選択溶解が顕著に発生することが知られている。」
(21b)「【0008】また,“溶接部”とは“溶接金属および溶接熱影響部(HAZ)”を指す。HAZは,溶接時に溶融しない部分を指すこととする。“ボンド”とは,溶着金属と母材の境目付近の母材が溶融した部分をも含む部分をいう。通常,ボンドは母材の化学組成の影響が大きいために,HAZに含まれるものとして扱われるが,本明細書においては“ボンドのうち溶融した部分”をも“溶接金属”に含めることとする。」
(21c)「【0015】1) ステンレス鋼を微生物の存在する自然環境水中に浸漬すると,その表面には付着した微生物による膜,いわゆる生物皮膜が速やかに形成される。この生物皮膜が存在するとステンレス鋼の腐食電位の貴側への移行が生じ,その表面では,カソード反応(酸素還元反応)が著しく促進されていることが明らかになった(天谷ら:日本金属学会会報 ,35(1996),231)。これは微生物の代謝反応の中間生成物として過酸化水素等の活性酸素種が生成し,それら活性酸素種が酸化作用を促進するからである。」
(21d)「【0017】3) この機構に基づく微生物腐食は,実際の配管や構造物の場合,溶接部,とくに溶接金属に集中的に発生する。その理由として,溶接金属においては,その形状のために溶液の滞留部が生じやすく,したがって微生物が付着しやすいことが考えられる。すなわち,溶接金属において上記の活性酸素種による酸化作用が促進される。これに対しては,溶接ビード部を平滑に研磨するなどの処置が考えられるものの,管内面等では難しく,手間もかかるためにあまり実際的な方法であるとはいえない。
【0018】4) さらに,溶接金属では,(a) 溶接時に生成した酸化スケールが表面に存在すること,(b) 凝固ままの組織であるためにミクロ組織に対応した成分の不均一があること等により,微生物腐食の感受性が母材に比して高くなる。すなわち,微生物の作用によって酸化性環境となり腐食電位が貴化すると,溶接金属の不働態皮膜が母材の不働態皮膜に比べて安定度が低いので,塩素イオンの存在する環境下では溶接金属において,選択的に不働態皮膜の破壊が起こり,腐食が発生するのである。ミクロ組織的な視点からみて,溶接金属における微生物腐食がオーステナイト相の選択溶解となるのは,このような凝固組織中におけるδフェライト相とオーステナイト相との成分不均一に起因する。」
(21e)「【0036】HZAにCr炭化物を生成しやすく,その場合,耐食性を劣化する」

(22) 乙第19号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(22a)「要約
本研究は,数種の異なったステンレス鋼の微生物腐食(MIC)の受けやすさへの,溶接,合金組成,機械的表面処理および熱処理の影響について論じる。光学顕微鏡法と走査型電子顕微鏡法を用いて表面の構造と微細構造を記録した。定量的顕微鏡法を用いて微細構造成分の大きさ,形状,分布の特性評価を行った。試料をガス溶接,熱処理,表面調整した。その後,試料を再循環方式で水道水に暴露した。様々な間隔で試料を回収し検査した。試料を生物学的に固定しスパッタコーティングした後,生成したバイオフイルムを電子顕微鏡法により評価した。
微生物の付着,膜の発生および微生物共生系(微生物コンソーシアム)の成長を記録した。その腐食範囲と腐食形態を記録した。水道水環境中での腐食の発生には微生物が不可欠であることが明らかとなり,滅菌水道水に暴露された対照試料上に腐食は観察されなかった。さらに,溶接試料は非溶接試料より一層腐食を受けやすかった。最初の付着は無作為であり全試料上で起こったが,熱影響部(HAZ)範囲において微生物コロニーはより高頻度に発生し,より速やかに成長した。融合線および部分溶融域(PMZ)に最も多くコロニーが作られた。溶接したままの状態と比べて,240および600のグリット紙で研削した面では感受性が大きく下がったのに対し,ワイヤーブラシ掛けした面では感受性が高くなった。
数種の異なったバイオフィルム構造が観察された。1つめの成長では,深さによって構造の異なる膜が全体的に肥厚化した。2つめの成長では,小瘤が形成され腐食が局在化した。事前の熱機械的履歴,試料の化学的性質,試料の微細構造および微生物群がこの差をもたらした。」(165/2頁ABSTRACT欄1行?165/2頁25行)
(22b)「背景
いかなる種類の表面も,ほとんどの水媒介性の細菌にとって好ましい。表面,特に金属表面は,わずかな資源を濃縮する。タンパク質や多糖分子の表面濃度は,大量の溶液中で見られるものより数桁大きくなりうる。さらに,金属表面はきわめて不均一である。部位による相違(あらゆるスケール,サブミクロンから巨視的スケールまで)が明確なので,局所アノードおよびカソードが生じ,金属の一枚板上で腐食が進行する。表面状態,応力状態,微細構造,化学的性質,含有物の大きさと分布は,局所的電気化学とMIC感受性に影響を及ぼす。アーク溶接を「熱波動」として可視化することができ(図1),これは材料を通過する。この障害により表面組織は著しく変化し,局所的な応力場が生じる。より重要なことは,これによって溶融部と熱影響部(HAZ)における微細構造成分の大きさ,形状,量および分布が変化することである。まとめると,溶接により以下が変化する。
1.表面組織一溶接部の表面は巨視的範囲からサブミクロンの範囲までかなりざらつきがある。(図2および3)
2.偏析-溶接部中で溶融した金属は均質な合金には凝固しない。成分は液相および固相中に均一に溶融しない。樹枝状結晶核および樹枝状結晶内部は地金とは著しく異なった組成を有する可能性がある。(図4)
3.相境界-固化した溶接部中の偏析は相聞境界面を生じさせる可能性がある。固相転移もまた相境界をもたらす可能性がある。
4.結晶粒径効果-HAZ部分はアニーリング(annealing)温度まで昇温される。結晶粒は大きくなるかもしれないし,再結晶が起こるかもしれない。図5は溶接HAZ中で広がった結晶粒の成長を示す。
5.局所的な融解-HAZの範囲は,組成的液化または前工程による偏析効果により,一過性の融解がおこるかもしれない。図6は溶接融合線付近の析出物での液化を示す。
6.析出物と含有物一望ましくない相がHAZ中に生じる,または溶接部に加わるかもしれない。
7.表面酸化-ステンレス鋼溶接部の表面は多くの場合,冷却前に空気に曝される。表面は通常,非不動態化被覆により酸化する。
8.残留応力-過酷な熱サイクルは溶接範囲に応力を残す。これらの応力は降伏点に近い。」(165/3頁3行?165/4頁21行)
(22c)「実験方法
本研究で調査された要素は,淡水中でのMICに対するステンレス鋼の感受性に及ぼす,合金の種類,凝固構造,熱処理および表面処理の効果である。各合金種をブロックとして用いる乱塊実験を考案した。6種のオーステナイトステンレス鋼を本研究に選択した。それらの組成を表1に示す。
ガス溶接,シングルパス溶接,完全溶け込みGTA溶接を,直流正極性溶接を用いて各材料に対して行った。溶接を2種の異なったシールドガス,純アルゴンとアルゴンー5%N2,のもと行った。溶接金属申のデルタフェライトを抑制するためにシールドガスにN2を添加することは公知であり27,多くの合金ではシールドガスを変更することで,凝固を二重構造から完全なオーステナイト構造へ十分変換できる。材料シートを一辺3.75cmの正方形の金属片に切り取った。二重構造から完全なオーステナイト構造への凝固変換を,各試料について試験した。材料シートを一辺3.75cmの正方形の金属片に切り取った。試料を,固溶化熱処理28,感作(sensitized),240グリッド表面研削,600グリッド表面研削,無処理,ワイヤーブラシ掛けの,それぞれ6種の状態で試験した。
ガラス壁のタンクを水道水で満たし,7日間放置した。ポンプで1分あたり18Lの速度で水をタンク内に再循環させた。この水の中に試料をナイロンモノフィラメント糸でつり下げ,試験期間にわたって観察した。試験の間中タンクを覆ったが,密閉はしなかった。タンク内の水温,pH,酸素濃度を定期的に試験し,それぞれ23℃から25℃,7.5から7.7,7ppmに安定させた。暴露の最大期間は150日で,試料を種々の試験段階(4時間,1日,7日,14日,35日,150日)で取り出した。試料を検査のために取り出すと,3.7%ホルムアルデヒド溶液,次に変性エタノール,最後にフレオンに浸漬した。試料を次に,走査電子顕微鏡(SEM)での検査のためにスパッタ被覆した。
溶接部のフェライト含量を,マグネゲージ(Magnegage)を用いて測定した。この測定器は当初,磁性鋼上の非磁性コーティングの厚さを測定するために考案されたものであるが,主としてオーステナイトマトリックスのフェライト含量に比例した測定値を提供するように校正されている。
試料をまた標準光学金属組織法と走査型電子顕微鏡法により検査した。腐食度は定量的画像解析により算出された,腐食生成物で覆われた溶接部,熱影響部(HAZ),地金表面の割合として,測定した。試料の腐食は,範囲,位置,形態により区別された。数値データを,統計解析プログラムSASを用いて分析した。
分極抵抗を数種の試験試料について測定した。試料材料のディスク(1.5cm)を試料ホルダーに装着し(図7),電気化学セル中に設置した。この試験では基準カロメル電極を参照電極に用いた。分極抵抗法は,電流-電圧グラフのE_(corr)近くの傾きはほぼ一定であるという観察結果に基づいている。この傾きは分極抵抗とよばれ,セル中での化学活性の指標である。特徴的な分極抵抗プロットを図8に示す。分極抵抗技術に伴う1つの問題は,腐食が局在化しているかどうかわからないことである。しかし本研究では,試料を観察することでこれを決定することができた。分極抵抗はMICの分析手段として大変有利であり,試験中の平衡電位からの偏位は小さく,また試料表面は試験によって損傷されない。」(165/4頁22行?165/5頁下から1行)
(22d)「結果と考察
溶接とワイヤーブラシ掛けは,他のどの変数よりも大きく腐食速度に影響を与えた。すべての場合において,最初の微生物の付着は無作為であったが(図9),4から12時間以内にHAZ上の微生物共生系(図10)または溶接部上の微生物共生系(図11)はかなりの速さで増殖していた。3種の異なった滅菌系を試験した。第1の系では,流体をオートクレーブ中で滅菌し,暴露の前に密封した。第2の系では,2%ホルムアルデヒドを流体に加え,第3の系では,低温殺菌とろ過により滅菌環境とした。それぞれ水質が変化するので,3種の異なった方法を用いた。これらの変化による腐食への効果と殺菌工程自体の効果を区別することは困難である。
ステンレス鋼の不動態水和酸化物コーティングは,溶接熱によって影響を受ける。図12は,電気アークの通過によりHAZ中に生成した非不動態酸化物中の亀裂を示す。周囲表面上よりも亀裂により高密度の微生物が存在することに注目されたい。溶接部自体は,図2および3に示したようにかなりざらつきがある。図13は溶接部中の収縮細孔を示す。細孔を有する試料は腐食していたものの,微生物または微生物共生系の局在化は細孔には観測されなかった。ブラシ掛けした表面は微細な外観をほとんど示さなかったが,リップルマークだけはやはり明らかであった。ブラシ掛けした表面は激しく作用を受けていた(図14)。240または600グリッドに研削された試料は,他の試料中で明らかな微細な外観を何ら示さなかった(図15)。
最初の付着は無作為であったが,コロニー形成はざらついた部分でよく起こった。図16と17にはステンレス鋼表面上のコロニー成長の初期段階を示す。多様な微生物の形態が,研究された試料上に観察された。通常,最初に悍菌または球菌が表面にコロニーを作った。その後,他の形態一有柄細菌,らせん菌,糸状菌-がバイオフィルムの上部層に住みつき,成長中の小瘤の構造の一部になった。図18から20には特徴的な膜と小瘤の成長を示す。2つの異なった成長様式がこの研究で明らかであった。1つ目は厚い外皮と入れ子になった小瘤ができ(図21),2つ目は試料表面に小瘤を形成しない平らな層を作る。図22は後者の膜を示している。
統計解析により,用いた合金の種類により腐食範囲に有意な相違があることが明らかとなった。すなわち,ある合金では,腐食はHAZから溶接部上まで広がり,地金は影響を受けなかったが,ある合金種では,HAZの腐食にほとんど影響がなかった。研削表面を有する試料は,あったとしても最小限しか攻撃されなかった。ワイヤーブラシ掛けをした試料はすべての場合において攻撃されたわけではないが,溶接しワイヤーブラシ掛けをした試料だけは目に見えて腐食された。溶接しワイヤーブラシ掛けをして感作された試料は常に攻撃された。腐食したこれらの試料の研究から,最小量の残留フェライトを有する完全なオーステナイト溶接部が,腐食に対して最も感受性があることが示唆された。
表2の分極抵抗の結果から,無処理,研削,ワイヤーブラシ掛けをした表面間の相違と比べると,地金間の相違,および溶接部と地金間の相違は重要ではないことが示唆された。ブラシ掛けした試料は概して,より低い分極抵抗とより活発な腐食の可能性を示した。」(165/6頁1行?165/7頁6行)
(22e)「結論
1.細菌の存在により,研究された系における腐食速度は著しく速くなった。実際,滅菌系では測定可能な腐食は観察されなかった。
2.溶接によりMICへの抵抗性は減少した。実際,溶接されていないステンレス鋼試験試料には,腐食は観測されなかった。
3.最初の付着は無作為であるが,溶接HAZ部分では微生物が増殖し,溶接部自体での増殖はより小さかった。
4.コロニーは段階的に成長した。最初のコロニー形成種が付着し,膜を形成した。その後,微生物集団は多様化した。膜中で層が形成されることが明らかとなった。
5.微生物が外皮化し小瘤壁となり,初期の小瘤が形成された。
6.研磨した表面と研削した表面は,溶接したままの表面またはワイヤーブラシ掛けをした表面より腐食しにくかった。ワイヤーブラシ掛けをした試料では,常に分極抵抗値が他の同等の試料より低かった。
7.本研究では,主な合金化元素(Fe,Cr,Ni,Mo)の含有濃度を変えても,腐食攻撃の抵抗性に影響はなかった。
8.溶接部のフェライト含量を減少させると,腐食の程度は増大した。」(165/7頁7行?24行)
(22f)「図10。溶接HAZ部分に選択的に成長した微生物共生系(微生物コンソーシアム)。大きな集積部位の左領域は溶接部,右領域は金属母材。」(165/14頁Figure10.)

(23) 乙第20号証
本件特許に係る出願の優先日および出願日の後に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(23a)「鋼管の腐食電位の低下は腐食の発生によるもので,腐食が発生しなかった鋼管は腐食電位の低下がなく一定に保持していた。」(第26頁4行?5行)

(24) 乙第21号証
本件特許に係る出願の優先日および出願日の後に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(24a)「熱処理 金属製品に要求される所望の性質を付与する目的で,雰囲気,加熱,冷却,圧力,電磁気などの組合せによって行う処理。」(第15頁下から13行?11行)

(25) 周知例1
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(25a)「一般に,化学プラント或いは原子力機器などに用いられているオーステナイト系ステンレス鋼及びその溶接継手においては,その熱処理個所或いは溶接個所近傍にクロム炭化物が析出し,その部分が腐食環境にさらされる場合には,粒界腐食が引き起こされ,いわゆる応力腐食割れを生ずる。
第1図は,オーステナイト系ステンレス鋼を溶接した場合の断面状況を示すもので,10は母材,12は溶着金属,14はクロム炭化物が析出した鋭敏化領域である。このような溶接継手が腐食環境にさらされた場合には,第2図に示す如く,図中下部の腐食環境に接した鋭敏化領域14より応力腐食割れ16が発生し,図中上部の方へ結晶粒界に沿つて進行する。この割れの部分をミクロ的に観察すると,第3図に示す如く,結晶粒界では,オーステナイト地中に固溶していた炭素がグロム炭化物となつて該結晶粒界上に網状に連続的に析出する結果,図中Aに示す如く約70%以上のクロム量となるのに対し,結晶粒界両側の結晶粒界近傍では結晶粒界に多量のクロム炭化物が析出したため,図中Bに示す如く,不働態化に必要な水準以下にクロムが欠乏したクロム欠乏層を生じ,不働態皮膜ができず,選択的に腐食され,結晶粒界腐食を発生しやすくなる。前記のような炭化物の粒界析出は,溶接のように比較的短時間高温にされされる場合には,例えば815℃から408℃までの冷却時間が約1分間であつても認められる。
また,500?800℃の温度領域に長時間保時されたり,徐冷した場合にも認められる。」(第2欄12行?第3欄20行)

(26) 周知例2
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(26a)「【0021】このようにテストピースを試験槽内の供試水中に浸漬しておくと,テストピース上への菌の移行,増殖が自然に生じるため,微生物付着に起因する電位変化(局部腐食の前段階としての電位上昇)が再現できる。」

(27) 周知例4
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物であり,次の事項が記載されている。
(27a)「【0012】ステンレス鋼を微生物の存在する自然環境水中に浸漬すると,その表面には速やかに付着微生物による膜いわゆる生物皮膜が形成される。この生物皮膜が存在するとステンレス鋼の腐食電位は貴側へ移行する。ここで,腐食電位とは,ステンレス鋼を自然侵漬状態においた時に示す電位のことであり,自然電位ともいう。また,後記するステンレス鋼の孔食電位とは,ステンレス鋼に孔食が発生する電位をいう。また,生物皮膜が付着したステンレス鋼表面での電気化学的挙動を検討したところ,カソード反応(酸素還元反応)が著しく促進されていることが明らかになった。これは微生物の代謝反応の中間生成物として過酸化水素等の活性酸素種が生成し,その酸化性の影響のためである。
【0013】このような腐食電位の貴化にともない,塩素イオンが存在する環境中では,上記塩素イオン濃度と関連してステンレス鋼表面の不働態皮膜の一部が破壊されて孔食等の局部腐食が生じ易くなる。
【0014】このように,温度あるいは塩素イオン濃度から判断して,比較的マイルドと考えられる環境でも,微生物が存在することにより,腐食が発生する場合がある。このような微生物の影響による腐食は一般的に溶接部において発生しやすいことが知られている。」

3 対比・判断
(1)甲第1号証記載の発明
甲第1号証には,スライム発生状況を評価するのに用いる「該指示電極と該参照電極の電極間電位差」(上記(1a))について,「スライムモニター装置を作動させた時の電位差:Vo=(指示電極電位)-(参照電極電位)を基準とすれば,白水,パルプスラリーを流すことによってステンレス電極にスライムの付着が起こり,微生物の増殖による腐食電流が発生するようになると,指示電極電位V1が徐々に増加し始める。」(上記(1i))と記載され,また図2(上記(1l))のグラフには,日数が経つにつれて,電位差が(mV)が,初期の-140程度から徐々に増加し+30程度まで上昇し,菌数も増加すること,薬剤増添により,電位差が-120程度になり,菌数も減少することが示されており,参照電極の電位は概ね一定であるから,日数が経つにつれて指示電極の電位が徐々に増加していることを示しているといえる。そして,このグラフは,上記「指示電極電位V1が徐々に増加」という記載と整合するものであり,スライム発生状況を評価するのに用いる「該指示電極と該参照電極の電極間電位差」とは,実施例によると,指示電極の電位の上昇であるといえる。
ここで,甲第1号証の「微生物の増殖による腐食電流が発生する」(上記(1h)),さらに,「【0006】本発明者らは,ステンレス表面にスライムが形成するとスライム中の微生物の増殖により有機酸を生じる結果,ステンレス表面が腐食を生じこの部分に微量の腐食電流が流れることに着目し,この微量電流かスライム発生状況を知ることができるという知見を得,この知見に基づいて本発明を完成するに至った。」(上記(1d)),「【0011】本発明は,白水あるいはパルプスラリー等の工程水を連続的に金属表面に接触させたとき,その金属表面に微生物が付着し,付着した金属表面が嫌気性雰囲気となり,付着微生物中の嫌気性微生物が増殖し,有機酸を分泌する結果,該金属表面に腐食が進行し腐食電流が流れることを利用している。すなわち,その腐食電流の大小でスライム付着状況を判断しようとするものである。」(上記(1e)),及び「微生物の増殖による腐食電流が発生する」(上記(1i))との記載について検討する。
乙第2号証(上記(11a))に「この20年来,微生物が金属表面の付着すると金属の電位が上昇することも知られてきた。」と記載され,「なぜ微生物が金属表面に付着すると電位が上昇するのか。これには次の3つの説が有力になってきた。」として,「過酸化水素による電位上昇」,「チオ硫酸イオンによる電位上昇」,及び「二酸化マンガンによる電位上昇」を挙げて,微生物により生成された物質により電位が上昇することが記載されていることから,ステンレス鋼に微生物が付着すると電位が上昇するという現象は本願優先日前に周知であり,その原因には諸説あるが,微生物により生成された物質によることが理解できる。さらに,周知例2(上記(26a))に「微生物付着に起因する電位変化(局部腐食の前段階としての電位上昇)」と記載され,周知例4(上記(27a))には「生物被膜が存在するとステンレス鋼の腐食電位は貴側へ移行する」と記載され,「貴側へ移行する」とは電位の上昇を意味しているといえる。そうすると,甲第1号証の微生物の増殖により腐食電流が流れるという記載は,実施例で指示極の電位が上昇する現象の原因の解説としては,必ずしも正確でないと考えられる。
そして,微生物付着により電位が上昇する原因がどのようなものであるかに関わらず,甲第1号証の実施例では,微生物の菌数の増加,つまり微生物の付着と指示極の電位の増加が相関していることが測定結果として得られていることは事実であり,この事実は,上記のとおり周知の微生物が付着すると電位が上昇するという,乙第2号証等のの記載と整合するものである。
そうすると,甲第1号証に記載された「指示電極と該参照電極の電極間電位差」は,「指示電極の電位の増加」であるということができる。

したがって,甲第1号証の記載事項(上記(1a)(1f)(1i)(1j)(1l))からみて,
「スライムを付着し易くするようにステンレス表面に多数の溝や凹凸を持つ板状をしたステンレスを一つの電極とし,これを銀電極と組合せて指示電極とし,一方白金電極と銀電極を組合せて参照電極とし,これら両電極を同じパイプ内に設置してなるスライムモニター装置に,紙パルプ製造工程における白水あるいはパルプスラリーを流通させて,該指示電極の電位の増加から紙パルプ製造工程のスライム発生状況を評価し,電位の増加に応じてスライムコントロール剤を添加するスライムコントロール方法。」(以下,「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

(2) 本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを比較する。
(ア)甲1発明の「スライム」は,微生物が系内の固形物と一緒になり塊状や泥状となったものであり(上記(1b)),本件発明1の「微生物的汚れ」は,本件特許明細書段落【0002】に,スライム障害は,水中の微生物が原因となって起こる障害であり,これを防ぐために水系への殺菌剤の添加などのスライムコントロール処理や,付着したスライムを除去するために剥離剤添加処理が行われることが記載されていることからみて「スライム」と同義であるといえるから,甲1発明の「スライム」は,本件発明1の「微生物的汚れ」相当する。
(イ)甲1発明の「ステンレス」は,本件発明1の「金属片」に相当し,甲1発明の「スライムを付着し易くするようにステンレス表面に多数の溝や凹凸を持つ板状をしたステンレス」において,「スライムを付着し易くする」ことは,スライムに対する感受性を高めているといえるから,本件発明1の「焼鈍によって微生物に対する感受性を高めるための鋭敏化処理が施された金属片」とは,微生物の付着に対する感受性を高めた金属片である点で共通する。
(ウ)甲1発明の「ステンレス」は,本件発明1の「金属材料」に相当し甲1発明の「ステンレスを一つの電極とし,これを銀電極と組合せて指示電極とし,一方白金電極と銀電極を組合せて参照電極とし,これら両電極を同じパイプ内に設置してなるスライムモニター装置」は,本件発明1の「金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサ」に相当する。
(エ)甲1発明の「スライム発生状況」は,ステンレス表面のスライムの付着状況といえるから,本件発明1の「金属片の表面に対する微生物付着」に相当する。
(オ)甲1発明の「紙パルプ製造工程における白水あるいはパルプスラリー」と,本件発明1の「冷却水系の水」とは,水系の流体である点で共通する。
(カ)甲1発明の「電位の増加に応じてスライムコントロール剤を添加するスライムコントロール方法」は,本件発明1の「電位上昇に応じて微生物的汚れ除去処理を行うことを特徴とする水系の水処理方法」に相当する。

したがって,両者の間には,以下の一致点及び相違点がある。
(一致点)
金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを利用する水系の流体処理方法であって,
前記金属材料は,微生物付着に対する感受性を高めるた金属片であり,該金属片の表面に対する微生物付着を前記センサの電位上昇によって検知し,該電位上昇に応じて微生物的汚れ除去処理を行うこ水系の流体処理方法である点。

(相違点1)
水系の流体が,本件発明1では,「冷却水」であるのに対して,甲1発明では,「紙パルプ製造工程における白水あるいはパルプスラリー」である点

(相違点2)
微生物の付着に対する感受性を高めた金属片が,本件発明1では,焼鈍による鋭敏化処理が施された金属片であるのに対して,甲1発明では,表面に多数の溝や凹凸を持つステンレスである点。

イ 判断
そこで,上記各相違点について検討する。
(ア)相違点1について
甲第5号証には,微生物に起因するスライム障害が発生するためにスライムコントロール剤を添加する必要がある用水として,紙パルプ製造工程水や冷却水が記載され,甲第6号証には,冷却水の循環系の微生物等の繁殖によって生じるスライム障害を防止すべく塩素系殺菌剤を注入する装置が記載され,甲第7号証には,微生物が冷却水中に混入,繁殖し,循環使用している間に土砂などと混ざり合って配管などの金属表面に付着し,スライムが形成され腐食が促進されるため,殺菌剤を添加して冷却水系の腐食を防止することが記載されている。さらに,甲第8号証には,従来技術で「冷却水系のような淡水環境下においては,ステンレス鋼などの耐食性金属は一般に不動態化しているが,これらの耐食性金属であっても,例えば,過剰な酸化剤の存在や金属表面への微生物汚れの付着等の環境変化によって,すきま腐食,孔食,応力腐食割れなどの局部腐食が発生する可能性がある」とした上で,【0007】に「腐食電位と,該水系の汚れ付着量とに基づいてモニタリングすることにより,腐食の予知とその要因の推定が速やかに行える。即ち,腐食電位が増大しないとき,腐食の進行はないと判定できる。腐食電位と汚れ付着量が共に増大するときは,腐食が進行し,その原因が汚れにあると判定できる。」と記載され,従来技術に冷却水系と記載されていることから,冷却水系を念頭において,汚れの付着で電位が上昇し,薬剤の添加で,電位が低下することが,図2,3に示されており,冷却水系においても,微生物等の汚れの付着で甲1発明と同様の電位変化を示すことが記載されているといえる。また,甲第9号証には,パルプ工場・製紙工場の工程水中に発生するスライム障害を防止する方法が記載され,そこで生じるスライムは一般の冷却水や用水におけるものより深刻な問題を与えることが記載されている。
以上の甲第5?9号証の記載事項から,紙パルプ製造工程水系及び冷却水系においては微生物に起因する腐食を防止するためにスライムコントロール剤を添加すること,及び,冷却水は紙パルプ製造工程水と同様にスライムコントロールを必要とする水系であることは,本願優先日前に周知の事項であるといえる。
一方,乙第3号証(乙第8号証と同じ)には,冷却水中の細菌数が10^(3)個/m以下ではスライム障害を生じにくく,10^(5)個/ml以上ではスライム障害が発生することが記載され,乙第9号証には,中性抄紙では,菌数が10^(7)?10^(8)個/mlであることが記載されており,冷却水系では,紙パルプ製造水系に比べて管理すべき菌数が少なく,細菌の検出には高感度が求められるといえる。
しかしながら,甲1発明の「スライムを付着し易くするためにステンレス表面に多数の溝や凹凸を持つ板状をしたステンレス」は,スライムを付着し易くする構成,つまり感度を高める構成であることから,菌数が紙パルプ製造工程水より少なく高感度を求められているとしても,高い微生物付着感度を有する甲1発明において,スライムコントロールをする対象を紙パルプ製造工程における白水あるいはパルプスラリーに代えて冷却水系の水とすることは,当業者が容易になし得ることといえる。

(イ)相違点2について
a まず,甲1発明に対する乙第19号証記載の発明の適用容易性について検討する。
(a)乙第19号証に記載された技術思想の検討
乙第19号証は,ステンレス鋼の微生物腐食(MIC)の受けやすさへの熱処理の影響について論じており,要約の欄に「微生物の付着,膜の発生および微生物共生系の成長を記録した」として,「最初の付着は無作為であり全試料上で起こったが,熱影響部(HAZ)範囲において微生物コロニーはより高頻度に発生し,より速やかに成長した。融合線および部分溶融域(PMZ)に最も多くコロニーが作られた。」(上記(22a))と記載され,結果と考察の欄に「最初の微生物の付着は無作為であったが(図9),4から12時間以内にHAZ上の微生物共生系(図10)または溶接部上の微生物共生系(図11)はかなりの速さで増殖していた。」(上記(22d))と記載され,結論の欄には「最初の付着は無作為であるが,溶接HAZ部分では微生物が増殖し,溶接部自体での増殖はより小さかった。」(上記(22e))と記載されている。
そこで,溶接による熱影響部と微生物コロニーの形成の関係を明らかにするために,上記記載事項について検討する。
i)溶接による熱影響部(HAZ)について
乙第19号証には,熱影響部について,「アーク溶接を「熱波動」として可視化することができ(図1),これは材料を通過する。この障害により表面組織は著しく変化し,局所的な応力場が生じる。より重要なことは,これによって溶融部と熱影響部(HAZ)における微細構造成分の大きさ,形状,量および分布が変化することである。」(上記(22b)),「4.結晶粒径効果-HAZ部分はアニーリング(annealing)温度まで昇温される。結晶粒は大きくなるかもしれないし,再結晶が起こるかもしれない。図5は溶接HAZ中で広がった結晶粒の成長を示す。」(上記(22b))と記載され,溶接処理は焼鈍という熱処理とは異なるものの,溶接熱影響部は,アニーリング温度,つまり焼鈍温度まで上昇されることが記載されている。
以上のことから溶接部には,実質的に焼鈍状態になる部分が付随しているということができる。
ii)溶接熱影響部の組織状態について
しかしながら,乙第19号証の図1をみると,アーク溶接では溶接部からの距離に応じた位置により温度分布が生じ,熱影響部に相当する部分であっても,各位置により焼鈍状態となる温度を通過する時間も異なるといえ,熱影響部が一様に焼鈍状態になるとはいえないことが示唆されているといえる。そして,周知例1(上記(25a))に,溶接個所近傍にクロム炭化物が析出し粒界腐食が引き起こされること,及びオーステナイト系ステンレス鋼を溶接した場合の断面状況を示した第1図に,クロム炭化物が析出した鋭敏化領域(14)が溶着金属(12)には接しておらず母材(10)側にあることが記載され,さらに,公知文献ではないものの乙第11号証の図4・9の「オーステナイト系ステンレス鋼溶接部の模式図」において,熱影響部は母材金属側の炭化物析出域と,溶接金属側の融合線近傍の粗粒域を含む固溶化域とで構成されていることが記載されている。
そうすると,乙第19号証(上記(22a))の「熱影響部(HAZ)において微生物コロニーが高頻度に発生」するという記載に続く,「融合線および部分溶融域(PMZ)に最も多くコロニーが作られた」という記載における,「融合線」は,溶接金属と固溶化域の境界であり,「部分溶融域(PMZ)」は,熱影響部中の溶接金属に近い側である固溶化域であり,炭化物析出部である鋭敏化領域ではないことが理解できる。
iii)微生物コロニーの形成場所について
以上のことから,乙第19号証の「最初の付着は無作為であり全試料上で起こったが,熱影響部(HAZ)範囲において微生物コロニーはより高頻度に発生し,より速やかに成長した。融合線および部分溶融域(PMZ)に最も多くコロニーが作られた。」(上記(22a))との記載は,熱影響部においては微生物コロニーが高頻度に発生するものの,熱影響部中の部位により発生頻度にちがいがあり,母材金属側の鋭敏化域よりも溶接金属側の融合線および部分溶融域に最も多くのコロニーが発生すると解するのが相当である。
さらに,乙第19号証には,放置水道水中での,溶接したステンレス鋼への微生物の付着について実験した結果として,「最初の微生物の付着は無作為であったが(図9),4から12時間以内にHAZ上の微生物共生系(図10)または溶接部上の微生物共生系(図11)はかなりの速さで増殖していた。」(上記(22d))と記載され,図10には,顕微鏡写真が示され「溶接HAZ部分に選択的に成長した微生物共生系。大きな集積部位の左領域は溶接部,右側は金属母材」(上記(22f))と記載されているが,この写真からは,微生物の大きな集積部位とされる溶接HAZ部分がどこからどこまでであるか,融合線および部分溶融域(PMZ)がどの部分かは明確ではないといわざるをえないため,図10が,溶接熱影響部全域で微生物コロニーの大きな集積ができることを示しているかどうかは明らかでない。
以上のことから,乙第19号証の結論の欄の「最初の付着は無作為であるが,溶接HAZ部分では微生物が増殖し,溶接部自体での増殖はより小さかった。」(上記(22e))との記載についても,溶接HAZ部分に微生物が増殖することを示すものの,その中の鋭敏化域により多くの微生物の増殖が起こることが記載或いは示唆されているとはいえない。
また,乙第19号証には,コロニー形成について,溶接熱影響部だけでなく,図12の顕微鏡写真から,電気アークの通過によりHAZ中に生成した非不動態酸化物中の亀裂には周囲表面上よりも高密度の微生物が存在することが示されることが記載され(上記(22d)),コロニー形成はざらついた部分でよく起こったことも記載されているものの(上記(22d)),溶接熱影響部のうち鋭敏化域が目立って微生物の付着が多いということが示唆されているということはできない。

(b)その他の証拠の記載事項の検討
また,乙第12号証及び乙第14号証には,微生物腐食がステンレス鋼の鋭敏化と関係がなかった等の記載があるが,これらの文献には,鋭敏化領域への微生物の付着状態については記載がないし,甲第1?9号証,さらに本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物である乙第2,3,9,18号証,周知例1,2,4のいずれにも,金属材料の鋭敏化処理部分,或いは溶接処理による溶接熱影響部のうち炭化物析出部に特に微生物が付着することは記載も示唆もされていない。

(c)まとめ
上記のとおり,金属の鋭敏化により金属に対する微生物の付着が促進されるという技術思想が,乙第19号証に記載或いは示唆されていない以上,甲1発明において,微生物付着に対する感受性を高めた金属片として,スライムを付着し易くするようにステンレス表面に多数の溝や凹凸を持つ板状をしたステンレスに代えて,焼鈍によって鋭敏化処理された金属片を採用することが当業者が容易になし得たということはできない。

b 次に,甲1発明に対する甲第2号証記載の発明または甲第3号証記載の発明の適用容易性について検討する。
甲第2号証及び甲第3号証の記載事項(上記(2h)(2d),(3a)(3d))からみて,第2号証及び甲第3号証には,それぞれ,
「2枚の金属片を互いに重ね合わせ,溶接により部分的に接合し,溶接部以外の部分で金属片の間に隙間を有し,伝熱部を有する腐食モニタリング用の試験片であって,腐食感受性を鋭敏化処理により調整してもよい試験片」の発明(以下,「甲2または3発明」という。)が記載されていると認められる。
そして,甲2または3発明は,腐食感受性は鋭敏化により調整されることから,鋭敏化処理の目的は腐食感受性の調整であり,また,試験片の電位が浸漬後わずかの時間で低下したこと(上記(2f)(3g))が記載されていることから,検出する電位変化は電位の低下であるから,微生物付着による電位上昇を検知するものではなく,電位の低下で金属の腐食を検知しているといえる。
一方,甲1発明は,微生物の付着を促進するために表面を凹凸等にしたものであり,電位の上昇で微生物の付着を検出するものである。
そうすると,電位の低下で金属の腐食を検知するための試験片である甲2または3発明の試験片の腐食感受性を高めるためにする鋭敏化処理を,甲1発明の微生物付着を促進するための手段として採用することはできないというほかない。

(ウ)本件発明1の効果について
微生物汚れを精度良く検知でき初期段階の汚れを捉えることができる,及び必要なときにだけ薬剤処理がおこなえるという効果は,甲第1号証ないし甲第3号証の記載事項及び乙第19号証の記載事項,及び周知技術から予測し得るものとはいえない。

ウ まとめ
以上のとおり,本件発明1は,甲1発明及び乙第19号証に記載された発明,及び甲第4ないし9号証,乙第2,3,9,12,14,18号証周知例1,2,4に記載された周知技術に基づいて,或いは甲1発明及び甲2発明又は甲3発明,及び甲第4ないし9号証,乙第2,3,9,12,14,18号証,周知例1,2,4に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない

(3) 本件発明2ないし5について
本件発明2は,本件発明1の「微生物汚れ除去処理」が,「水処理薬品を添加する手段である」ことを限定するものである。
また,本件発明3は,本件発明1を引用した本件発明2の「センサ」について,「二枚の金属片を接合する溶接部と,該金属片間に形成されたすき間構造とをあわせもつ構造」であることを限定するものである。
また,本件発明4は,本件発明1の「微生物学的汚れ除去処理を行う」手段が,「微生物学的障害を除去するための水処理機器」であることを限定するものである。
また,本件発明5は,本件発明4の「水処理機器」が,「殺菌成分を発生させる機器」であることを限定するものである。
そうすると,上記「(2)本件発明1について」に記載したとおり,本件発明2ないし5から上記各限定を省いた本件発明1が,甲1発明及び乙第19号証及び周知技術に基づいて,或いは甲1発明及び甲2発明又は甲3発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできないから,本件発明2ないし5は同様の理由で,甲1発明及び乙第19号証及び周知技術に基づいて,或いは甲1発明及び甲2発明又は甲3発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

4 まとめ
したがって,本件発明1ないし5は,甲1発明及び乙第19号証に記載された発明,及び甲第4ないし9号証,乙第2,3,9,12,14,18号証周知例1,2,4に記載された周知技術に基づいて,或いは甲1発明及び甲2発明又は甲3発明,及び甲第4ないし9号証,乙第2,3,9,12,14,18号証,周知例1,2,4に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとすることはできない。

第6 むすび
以上のとおり,本件請求項1ないし5に係る発明についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものとはいえないから,特許法第123条第1項第2号に該当し無効とすべきものとすることはできない。
また,審判に関する費用については,特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
別掲

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(参考)平成21年9月4日付け審決(一次審決)
審決
無効2008-800269

大阪府大阪市東淀川区東淡路1丁目6番7号
請求人 株式会社 片山化学工業研究所

大阪府大阪市北区西天満5丁目1-3 南森町パークビル 野河特許事務所
代理人弁理士 野河 信太郎

東京都新宿区西新宿3丁目4番7号
被請求人 栗田工業 株式会社

東京都新宿区新宿2丁目5番10号 日伸ビル9階 重野国際特許事務所
代理人弁理士 重野 剛

東京都新宿区新宿二丁目5番10号 日伸ビル9階 重野国際特許事務所
代理人弁理士 有永 俊


上記当事者間の特許第3518463号発明「水系の水処理方法」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。

結 論
訂正を認める。
特許第3518463号の請求項1?5に係る発明についての特許を無効とする。
審判費用は,被請求人の負担とする。

理 由
第1 手続の経緯
1 出願手続経緯
本件の特許第3518463号に係る出願は,平成12年2月14日に特許出願されたものであり,本件出願の手続の経緯の概要は,以下のとおりである。

平成11年 4月22日 特願平11-115409号(先の出願)
平成12年 2月14日 本件特許出願(特願2000-35544号) (先の出願に基づく優先権主張)
平成16年 2月 6日 特許権の設定登録

2 審判手続経緯
これに対して,請求人より平成20年12月2日に本件無効審判の請求がなされたものであり,本件無効審判における手続の経緯の概要は,以下のとおりである。

平成20年12月 2日 無効審判請求(甲第1?6号証)
平成21年 2月20日 答弁書(乙第1号証)
2月20日 訂正請求
3月 5日 無効理由通知および職権審理結果通知
4月 8日 意見書
4月 8日 訂正請求
5月21日 弁駁書
8月21日 口頭陳述要領書(請求人)
8月21日 口頭陳述要領書(被請求人,乙第2?7号証) 8月21日 審理終結

第2 訂正請求について
平成21年4月8日付け訂正請求書により訂正の請求がされたことで,特許法第134条の2第4項の規定により,平成21年2月20日付けの訂正請求書でなされた訂正請求は,取り下げられたものとみなす。

1 本件訂正請求の内容
平成21年4月8日付け訂正請求書による訂正(以下,「本件訂正請求」という。)の内容は,本件特許の明細書を,訂正請求書に添付した全文訂正明細書のとおりに訂正しようとするものであり,本件訂正の内容は以下の(1)?(9)のとおりである。(下線部は訂正箇所である。)

(1)訂正事項1
訂正事項1は,本件特許の特許請求の範囲について,
「【請求項1】 鋭敏化処理を施した金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを利用する水処理方法であって、該金属材料からなるセンサの電位変化に応じて水処理を行うことを特徴とする水系の水処理方法。
【請求項2】 金属材料が溶接部とすきま構造とをあわせ持つ請求項1に記載の水処理方法。
【請求項3】 水処理手段が水処理薬品を水系に添加する手段である請求項1又は2に記載の水処理方法。
【請求項4】 水処理薬品がスライムコントロール剤を含む薬品である請求項3に記載の水処理方法。
【請求項5】 水処理手段が微生物的障害を除去するための水処理機器である請求項1又は2に記載の水処理方法。
【請求項6】 水処理機器が殺菌成分を発生させる機器である請求項5に記載の水処理方法。」を
「【請求項1】 鋭敏化処理を施した金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを利用する冷却水系の水処理方法であって、該金属材料が溶接部とすきま構造とをあわせ持っており、該金属材料からなるセンサを冷却水系に浸漬した後に該センサの電位が100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲から選ばれた閾値を超えると微生物的汚れ除去処理を行うことを特徴とする冷却水系の水処理方法。
【請求項2】 微生物的汚れ除去処理が水処理薬品を水系に添加する手段による処理である請求項1に記載の水処理方法。
【請求項3】 水処理薬品がスライムコントロール剤を含む薬品である請求項2に記載の水処理方法。
【請求項4】 微生物的汚れ除去処理が微生物的障害を除去するための水処理機器による処理である請求項1に記載の水処理方法。
【請求項5】 水処理機器が殺菌成分を発生させる機器である請求項4に記載の水処理方法。」
と訂正するものである。

(2)訂正事項2
訂正事項2は,本件特許明細書の段落【0001】について,
「 【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、冷却水系や紙パルプ製造工程などの水系媒体に接触した金属配管等の微生物的汚れを検知し、その結果をもとに適正な処理状況になるよう水処理を行う方法に関するものである。詳しくは、水に接する、鋭敏化処理が施されている金属製センサの腐食電位変化をモニタリングすることにより、金属配管等への微生物的汚れ付着による悪影響を迅速かつ精度良く予知し、その結果に応じ水処理を行うシステムに関するものである。」を
「 【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、冷却水系の水系媒体に接触した金属配管等の微生物的汚れを検知し、その結果をもとに適正な処理状況になるよう水処理を行う方法に関するものである。詳しくは、水に接する、鋭敏化処理が施されている金属製センサの電位上昇をモニタリングすることにより、金属配管等への微生物的汚れ付着による悪影響を迅速かつ精度良く予知し、その結果に応じ水処理を行うシステムに関するものである。」
と訂正するものである。

(3)訂正事項3
訂正事項3は,本件特許明細書の段落【0012】について,
「 【0012】
【課題を解決するための手段】
本発明の水系の水処理方法は、鋭敏化処理を施した金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを利用する水処理方法であって、該金属材料からなるセンサの電位変化に応じて水処理を行うことを特徴とするものである。」を
「 【0012】
【課題を解決するための手段】
本発明の冷却水系の水処理方法は、鋭敏化処理を施した金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを利用する冷却水系の水処理方法であって、該金属材料が溶接部とすきま構造とをあわせ持っており、該金属材料からなるセンサの電位が100?300mVvs.Ag/AgClsat.KClの範囲から選ばれた閾値を超えると微生物的汚れ除去処理を行うことを特徴とするものである。」
と訂正するものである。

(4)訂正事項4
訂正事項4は,本件特許明細書の段落【0015】について,
「 【0015】
センサとしてすきま付溶接金属片を用いる場合、このすきま付溶接試験片は、例えば、同一材質の金属片2枚を重ね合わせ溶接により接合することで溶接部とすきま部を持った構造にしたものとすることができる。溶接により接合する2枚の金属片は、同一材質であれば形状等に制限はない。」を
「 【0015】
センサとしてすきま付溶接金属片を用いる。このすきま付溶接試験片は、例えば、同一材質の金属片2枚を重ね合わせ溶接により接合することで溶接部とすきま部を持った構造にしたものとすることができる。溶接により接合する2枚の金属片は、同一材質であれば形状等に制限はない。」
と訂正するものである。

(5)訂正事項5
訂正事項5は,本件特許明細書の段落【0021】について,
「 【0021】
面状発熱体によりすきま付溶接金属片等のセンサ用金属材料の加熱を行う場合、水中に浸潰した際の伝熱面温度が微生物の生育可能な温度範囲にする必要がある。そのような温度範囲であれば特に制限はないが、伝熱面温度が10?50℃の範囲になることが望ましい。そのため面状発熱体に温度調整機構を取り付けることが望ましい。温度調整機構としては、液膨サーモスタット、バイメタルサーモスタット、熱電対温度センサ利用による制御機構などを用いることができる。さらに温度調整機構として、温度変化に対して電気抵抗が急変する性質、いわゆる正特性を持つ抵抗組成物(PTCヒーター)を面状発熱体に用いることで、発熱体自身が温度調整機能を有するため装置をより単純な構成で製作することができる。正特性抵抗組成物(PTCヒーター)を発熱体に用いる場合は、外部温度センサが不要であり、故障時の過熱などの問題もない。また、外部センサによる温度制御に比べ、必要な電気エネルギー量が少なくて済む場合が多く、省エネルギー化が可能である。」を
「 【0021】
面状発熱体によりすきま付溶接金属片よりなるセンサ用金属材料の加熱を行う場合、水中に浸潰した際の伝熱面温度が微生物の生育可能な温度範囲にする必要がある。そのような温度範囲であれば特に制限はないが、伝熱面温度が10?50℃の範囲になることが望ましい。そのため面状発熱体に温度調整機構を取り付けることが望ましい。温度調整機構としては、液膨サーモスタット、バイメタルサーモスタット、熱電対温度センサ利用による制御機構などを用いることができる。さらに温度調整機構として、温度変化に対して電気抵抗が急変する性質、いわゆる正特性を持つ抵抗組成物(PTCヒーター)を面状発熱体に用いることで、発熱体自身が温度調整機能を有するため装置をより単純な構成で製作することができる。正特性抵抗組成物(PTCヒーター)を発熱体に用いる場合は、外部温度センサが不要であり、故障時の過熱などの問題もない。また、外部センサによる温度制御に比べ、必要な電気エネルギー量が少なくて済む場合が多く、省エネルギー化が可能である。」
と訂正するものである。

(6)訂正事項6
訂正事項6は,本件特許明細書の段落【0028】について,
「 【0028】
閾値は、ある水系にセンサを浸潰した場合、つまり汚れの影響がない場合にセンサが示す電位により適宜選定することができる。一般的な冷却水系の場合、100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲に設定することが望ましい。」を
「 【0028】
閾値は、ある水系にセンサを浸漬した場合、つまり汚れの影響がない場合にセンサが示す電位により適宜選定することができる。一般的な冷却水系の場合、100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲に設定する。」
と訂正するものである。

(7)訂正事項7
訂正事項7は,本件特許明細書の段落【0039】について,
「 【0039】
【実施例】
〔実施例1〕
微生物的汚れ検知に利用するセンサの微生物的汚れ感受性評価結果を図1に示す。」を
「 【0039】
【実施例】
〔参考例1〕
微生物的汚れ検知に利用するセンサの微生物的汚れ感受性評価結果を図1に示す。」
と訂正するものである。

(8)訂正事項8
訂正事項8は,本件特許明細書の段落【0043】について,
「 【0043】
なお、1(当審注:原文は丸数字)?3(当審注:原文は丸数字)のいずれのテストピースも、水系に汚れ成分を添加しない場合には、電位が安定に推移することを確認している。
〔実施例2〕
実施例1の3(当審注:原文は丸数字)のテストピースを用い、実機冷却水系を模擬したパイロットプラントにおいて金属(ここではSUS304)の腐食モニタリングを行い、それに基づいて水処理を実施した。」を
「 【0043】
なお、1(当審注:原文は丸数字)?3(当審注:原文は丸数字)のいずれのテストピースも、水系に汚れ成分を添加しない場合には、電位が安定に推移することを確認している。
〔実施例1〕
参考例1の3(当審注:原文は丸数字)のテストピースを用い、実機冷却水系を模擬したパイロットプラントにおいて金属(ここではSUS304)の電位モニタリングを行い、それに基づいて水処理を実施した。」
と訂正するものである。

(9)訂正事項9
訂正事項9は,本件特許明細書の【図面の簡単な説明】について,
「【図面の簡単な説明】
【図1】
実施例1における各テストピースの微生物的汚れ感受性評価結果を示すグラフである。
【図2】
実施例2に係る方法が適用された冷却水系の概略的な系統図である。
【図3】
実施例2に係る方法が実施された場合の腐食電位の経時変化を示すグラフである。」を
「【図面の簡単な説明】
【図1】
参考例1における各テストピースの微生物的汚れ感受性評価結果を示すグラフである。
【図2】
実施例1に係る方法が適用された冷却水系の概略的な系統図である。
【図3】
実施例1に係る方法が実施された場合の腐食電位の経時変化を示すグラフである。」
と訂正するものである。

2 当審の本件訂正請求についての判断
(1)訂正事項1について
ア 請求項1の「水処理方法」を「冷却水系の水処理方法」とする訂正
請求項1の「水処理方法」を「冷却水系の水処理方法」とする訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして,本件特許明細書の【0001】段落の「本発明は、冷却水系や紙パルプ製造工程などの水系媒体に接触した金属配管等の微生物的汚れを検知し、その結果をもとに適正な処理状況になるよう水処理を行う方法に関するものである。」という記載,同【0043】段落の「実施例1の(3)(当審注:原文では丸囲み数字)のテストピースを用い、実機冷却水系を模擬したパイロットプラントにおいて金属(ここではSUS304)の腐食モニタリングを行い、それに基づいて水処理を実施した。」という記載,同【0044】段落の「水系は図2に示す通りである。冷却ファン18及びピット19を有する冷却塔20内の水が送水ポンプ21及び送水配管22を介して熱交換器23へ送られ、戻り配管24を介して冷却塔20へ循環される。この送水配管から採水用の配管25が分岐し、採取された水がテスト管26内に通水された後、冷却塔20または配管22,24へ戻される。」という記載からみて,「冷却水系の」水処理方法が記載されていることは明らかであり,上記訂正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した範囲内においてしたものであるといえる。

イ 請求項1の「該金属材料」についての訂正
「該金属材料」を「該金属材料が溶接部とすきま構造とをあわせ持っており、該金属材料」とする訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして,本件特許明細書の
「【請求項2】 金属材料が溶接部とすきま構造とをあわせ持つ請求項1に記載の水処理方法。」,
「【0015】
センサとしてすきま付溶接金属片を用いる場合、このすきま付溶接試験片は、例えば、同一材質の金属片2枚を重ね合わせ溶接により接合することで溶接部とすきま部を持った構造にしたものとすることができる。溶接により接合する2枚の金属片は、同一材質であれば形状等に制限はない。」および
「【0040】
試験は、現場より採取したスライムを含む汚れ成分を添加した冷却水に
(1)(当審注:原文では丸囲み数字) SUS304製のテストピース
(2)(当審注:原文では丸囲み数字) SUS304製のテストピースを650℃で24時間鋭敏化処理したテストピース
(3)(当審注:原文では丸囲み数字) SUS304製大小2枚のテストピースをスポット溶接し、溶接部・すきま構造を持たせたものを650℃で24時間鋭敏化処理したテストピースの3種を浸漬した際の電位変化を測定して行った。」
という記載からみて,「該金属材料が溶接部とすきま構造とをあわせ持っており」の点が記載されていることは明らかであり,上記訂正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した範囲内においてしたものであるといえる。

ウ 請求項1の「電位変化」についての訂正
「センサの電位変化に応じて」を「該金属材料からなるセンサを冷却水系に浸漬した後に該センサの電位が100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲から選ばれた閾値を超えると」とする訂正は,訂正前の請求項1に係る発明の特定事項である「センサの電位変化に応じて水処理を行う」について,センサの「電位変化に応じて」を「電位が100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲から選ばれた閾値を超えると」に限定するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的としたものであることは明らかである。
そして,本件特許明細書の
「 【0025】
本発明者の検討によれば、水系に浸潰した鋭敏化処理を施した金属材料からなるセンサの電位は、系内が微生物的な汚れ付着傾向にある場合に上昇する。この現象は、鋭敏化処理を施していない同種の金属片においても認められるが、反応の感度は鋭敏化処理を施した場合の方が明らかに優れている。特に、鋭敏化処理した金属材料が溶接部、すきま構造をあわせ持つ場合には、さらに微生物に対する感受性の高くなる結果を得ており、このセンサを用いることにより、より一層感度よく微生物的汚れ付着の悪影響を検知できるため適切な処理コントロールを行うことが可能となる。
【0026】
具体的には、センサをモニタリング水系の水と接触させる。スライムコントロール処理が適正に行われている場合には、センサの電位はほぼ一定の値を推移する。処理が不十分な状況になった場合には、センサが反応し電位上昇傾向が認められるようになる。このような信号が認められた場合には汚れを除去するよう自動的に制御を行う。例えば、センサの電位がある閾値を越えた場合に強化処理あるいは剥離処理を実施する信号を出し水系への薬注制御または微生物的障害を除去する機器を作動させる制御を行う。
【0027】
ここで用いる機器は、微生物的障害を除去できるものであれば特に制限はなく、膜による微生物除去、UVによる殺菌、オゾン、塩素、次亜塩素酸、過酸化水素、二酸化塩素、ラジカル種活性酸素など殺菌成分を発生させる機器などが例示される。
【0028】
閾値は、ある水系にセンサを浸潰した場合、つまり汚れの影響がない場合にセンサが示す電位により適宜選定することができる。一般的な冷却水系の場合、100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲に設定することが望ましい。
……
【0038】
センサ設置個数には制限はない。センサの精度を考慮し、複数個設置してもよい。この場合、本発明に用いられるような鋭敏化処理を施した金属材料よりなるセンサと鋭敏化処理を施していないセンサのように感受性の異なるセンサを複数個用いることにより、さらに処理状況に対応した強化処理を実施することができる。これには感受性が高いセンサについて電位上昇がみられた後、やや感受性が低いセンサの電位上昇が生じた時に、さらなる強化処理を施すことで実現できる。」
という記載からみて,ある水系にセンサを浸潰した場合には微生物的汚れの付着によってセンサの電位が上昇し,「センサの電位がある閾値を越えた場合」,すなわち,「一般的な冷却水系の場合、100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲に設定」される閾値を超えた場合に水処理を行う点が記載されていることは明らかであり,上記訂正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した範囲内においてしたものであるといえる。

エ 請求項1の「水処理」を「微生物的汚れ除去処理」とする訂正
「水処理」を「微生物的汚れ除去処理」とする訂正は,訂正前の請求項1に係る発明の特定事項である「該金属材料からなるセンサの電位変化に応じて水処理を行う」について,「水処理」を「微生物的汚れ除去処理」に限定するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的としたものであることは明らかである。そして,上記ウで前掲した本件特許明細書の記載からみて,センサの電位上昇に応じて「微生物的汚れ」を「除去」する点が記載されていることは明らかであり,上記訂正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した範囲内においてしたものであるといえる。

オ 請求項1の「水系の水処理」を「冷却水系の水処理」とする訂正
「水系の水処理」を「冷却水系の水処理」とする訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的としたものであることは明らかである。そして,上記アで前掲した本件特許明細書の記載からみて,「冷却水系の」水処理方法が記載されていることは明らかであり,上記訂正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した範囲内においてしたものであるといえる。
カ 請求項2の削除
この訂正は,請求項を削除するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内における訂正であり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

キ 請求項に付す番号を整序する訂正
この訂正は,上記カの請求項2の削除に伴い,訂正前の【請求項3】,【請求項4】,【請求項5】および【請求項6】を,それぞれ【請求項2】,【請求項3】,【請求項4】および【請求項5】に訂正するものであり,明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当し,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内における訂正であり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

ク 引用される請求項に付した番号についての訂正
この訂正は,上記カおよびキの訂正に伴い,訂正前の請求項3において引用される「請求項1又は2」を「請求項1」に,訂正前の請求項4において引用される「請求項3」を「請求項2」に,訂正前の請求項5において引用される「請求項1又は2」を「請求項1」に,訂正前の請求項6において引用される「請求項5」を「請求項4」に,それぞれ訂正するものであって,明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当し,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内における訂正であり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

ケ 「水処理手段が水処理薬品を水系に添加する手段である」を「微生物的汚れ除去処理が水処理薬品を水系に添加する手段による処理である」とする訂正
請求項3において,「水処理手段が水処理薬品を水系に添加する手段である」を「微生物的汚れ除去処理が水処理薬品を水系に添加する手段による処理である」とする訂正は,上記イの訂正に整合させつつ,明りょうでない記載の釈明を目的としたものであることは明らかである。

コ 「水処理手段が微生物的障害を除去するための水処理機器である」を「微生物的汚れ除去処理が微生物的障害を除去するための水処理機器による処理である」とする訂正
請求項5において,「水処理手段が微生物的障害を除去するための水処理機器である」を「微生物的汚れ除去処理が微生物的障害を除去するための水処理機器による処理である」とする訂正は,上記イの訂正に整合させつつ,明りょうでない記載の釈明を目的としたものであることは明らかである。

サ 小括
してみると,訂正事項1は,特許請求の範囲の減縮および明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当し,新規事項を追加するものではなく,実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は,訂正事項1にともない,段落【0001】の記載を訂正するものであって,明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は,訂正事項1にともない,段落【0012】の記載を訂正するものであって,明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。

(4)訂正事項4について
訂正事項4は,訂正事項1にともない,段落【0015】の記載を訂正するものであって,明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。

(5)訂正事項5について
訂正事項5は,訂正事項1にともない,段落【0021】の記載を訂正するものであって,明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
(6)訂正事項6について
訂正事項6のうち,段落【0028】の記載における「浸潰」を「浸漬」とする訂正は,誤記の訂正を目的とするものに該当し,同段落の記載における「一般的な冷却水系の場合、100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲に設定することが望ましい。」の「ことが望ましい」を削除する訂正は,訂正事項1にともなって,明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当する。

(7)訂正事項7について
訂正事項7は,段落【0039】?【0043】において,「実施例1」として記載されていた微生物的汚れ検知に利用するセンサの微生物的汚れ感受性評価に関する試験について「参考例1」と訂正するものであり,明りょうでない記載の釈明又は誤記の訂正を目的とするものである。

(8)訂正事項8について
訂正事項8は,段落【0043】の記載について,訂正事項5にともない「実施例2」を「実施例1」と訂正するとともに,「腐食モニタリング」を「電位モニタリング」と訂正するものであって,明りょうでない記載の釈明又は誤記の訂正を目的とするものである。

(9)訂正事項9について
訂正事項9は,訂正事項7および8にともない,【図面の簡単な説明】を訂正するものであって,明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。

(10)まとめ
以上のとおり,上記訂正事項1?9は,特許法134条の2第1項ただし書きに適合し,同条5項で読み替えて準用する同法126条3項および4項の規定に適合するから,当該訂正を認める。

第3 本件発明
以上のように,本件訂正請求が認められることから,本件特許発明1?5は,本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。(以下,「本件発明1?5」という。)

「【請求項1】 鋭敏化処理を施した金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを利用する冷却水系の水処理方法であって、該金属材料が溶接部とすきま構造とをあわせ持っており、該金属材料からなるセンサを冷却水系に浸漬した後に該センサの電位が100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲から選ばれた閾値を超えると微生物的汚れ除去処理を行うことを特徴とする冷却水系の水処理方法。
【請求項2】 微生物的汚れ除去処理が水処理薬品を水系に添加する手段による処理である請求項1に記載の水処理方法。
【請求項3】 水処理薬品がスライムコントロール剤を含む薬品である請求項2に記載の水処理方法。
【請求項4】 微生物的汚れ除去処理が微生物的障害を除去するための水処理機器による処理である請求項1に記載の水処理方法。
【請求項5】 水処理機器が殺菌成分を発生させる機器である請求項4に記載の水処理方法。」

第4 当事者の主張
1 請求人の主張
審判請求書,弁駁書および口頭陳述要領書によれば,請求人は,本件発明1?5は,本件特許出願前に頒布された刊行物,または閲覧可能な状態に置かれた文献の記載に基づいて,当業者が容易に発明できたものであり,特許法29条2項の規定によって特許を受けることができないものであって,本件発明1?5に付与された本件各特許は,同法123条1項2号の規定により,無効とすべきものであると主張し,甲第1?6号証を提出している。
甲第1号証:特開平11-28474号公報
甲第2号証:欧州特許出願公開第0909945号明細書
甲第3号証:特願平9-282035号の優先権証明書
甲第4号証:JIS工業用語大辞典第3版,144頁
甲第5号証:特開平7-75787号公報
甲第6号証:特開平2-157088号公報

2 被請求人の主張
これに対して,被請求人は,答弁書および口頭陳述要領書において,上記無効理由は理由がないと主張し,乙第1?7号証を提出している。

乙第1号証:防錆管理2000-9,25?31頁
乙第2号証:「材料と環境」VOL.46,NO.8,1997年 社団法人腐食防食 協会 P.475?480
乙第3号証:「日本冷凍空調工業会ガイドライン 冷凍空調機器用水質ガイ ドライン」平成6年,日本冷凍空調工業会,P.1?44
乙第4号証:ヨーロッパ特許条約 128条
乙第5号証:ヨーロッパ特許代理人 ベックマン博士 宣誓書
乙第6号証:昭和45年(ワ)11422号判決文
乙第7号証:材料と環境 2000講演集 2000年6月 社団法人腐食 防食協会,P.8?11

第5 各証拠およびその内容
1 甲第1号証について
本件特許に係る出願の優先日(平成11年4月22日)前に頒布された刊行物である甲第1号証には,次の事項が記載されている。

(甲1-イ)
「 【請求項1】 スライムを付着し易くするようにステンレスワイヤーを網状、コイル状とした、あるいはステンレス表面に多数の溝や凹凸を持つ板状、パイプ状、棒状を含む適当な形態をしたステンレスを一つの電極とし、これを銀電極と組合せて指示電極とし、一方白金電極と銀電極を組合せて参照電極とし、これら両電極を同じパイプ内に設置してなるスライムモニター装置に、紙パルプ製造工程における白水あるいはパルプスラリーを流通させてなる、該指示電極と該参照電極の電極間電位差から紙パルプ製造工程のスライム発生状況を評価する方法。
……
【請求項3】 請求項1または2における指示電極と参照電極の電極間電位差と、スライムコントロール剤の注入装置を連結させることにより、該電極間電位差により該スライムコントロール剤注入量を制御することを特徴とする紙パルプ製造工程のスライムコントロール方法。」

(甲1-ロ)
「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は紙パルプの製造工程における白水あるいはパルプスラリーにおけるスライムの発生状況を評価し、その結果からスライムコントロールを行う方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
紙パルプ製造工程においては、多量の水と多種多様な有機薬品とを使用し、さらに適度な温度にあるために、微生物の繁殖にとっては極めて好ましい環境にある。これら微生物のあるものは粘着性物質を分泌し、これが系内の固形物と一緒になり塊状あるいは泥状の所謂スライムを形成する。スライムは、多くの場合、白水ピット、チェスト、ストックインレット、配管等の表面に発生、付着し、これがある時剥離して白水中やパルプスラリー中に混入し紙に取り込まれると紙切れを起こしたり、あるいは紙やパルプに斑点となって製品の品質を著しく低下させるなど数々の弊害をもたらしている。
【0003】
スライムの発生を防止するためには、各種のスライムコントロール剤が使用されている。工程中のスライムの発生状況を評価する方法、あるいはスライムコントロール剤の効果を評価する方法は、工程水を採取しその中の菌数測定を行いその結果から推測するのが一般的である。しかし、菌数の測定は、培地を使用して、一定期間微生物を増殖させてから、その数を計測するもので、その測定には数日間要するのが普通である。そのため、即時に現場の状況を測定評価することはできず、迅速な対応がとれない欠点がある。さらに、菌数測定では、対象とする菌によって使用する培地が異なるため、培養後の菌相は、培養前とは異なる欠点がある。
【0004】
このほか、工程水中に適当なテストピースを吊り下げ、テストピース表面にスライムを付着させ、その量を測定し評価する方法、酸化還元電位を測定する方法等が提案されてきた。いずれも簡便な方法であるが、テストピースを吊り下げる方法は、一定期間のスライム付着状況を診るには、手軽で好都合な方法はあるが、連続的に工程をモニターするには多数のテストピースを浸潰しなければならず、実用的ではない。一方、酸化還元電位を測定する方法は、連続的にスライムの発生・付着状況を測定できるが、スライムの発生量の変化以上に紙パルプの製造工程で使用する薬品により大きく変動し、正確さに欠ける欠点がある。
【0005】
【本発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、紙パルプ製造工程において、白水あるいはパルプスラリー中のスライムの発生状況を連続的に評価し、即時に対応するスライムコントロール剤の注入量を変えてスライムコントロールする方法を提供することにある。
【0006】
【課題を解決する手段】
本発明者らは、ステンレス表面にスライムが形成するとスライム中の微生物の増殖により有機酸を生じる結果、ステンレス表面が腐食を生じこの部分に微量の腐食電流が流れることに着目し、この微量電流かスライム発生状況を知ることができるという知見を得、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。」

(甲1-ハ)
「【0011】
本発明は、白水あるいはパルプスラリー等の工程水を連続的に金属表面に接触させたとき、その金属表面に微生物が付着し、付着した金属表面が嫌気性雰囲気となり、付着微生物中の嫌気性微生物が増殖し、有機酸を分泌する結果、該金属表面に腐食が進行し腐食電流が流れることを利用している。すなわち、その腐食電流の大小でスライム付着状況を判断しようとするものである。
【0012】
本発明のスライムモニター装置は、紙パルプ製造工程から白水あるいはパルプスラリーを分岐して、指示電極と参照電極を取り付けたパイプに流し、該電極間電位差をもって該工程のスライムの発生状況を知ることができるようにしている。
【0013】
本発明における指示電極は、ステンレス電極と銀電極からなっている。ステンレス電極は、スライムを付着し易くするように、例えばステンレスワイヤーを網状、コイル状とした、あるいはステンレス表面に多数の溝や凹凸を持つ板状、パイプ状、棒状等の形態にしたものである。網状、コイル状または表面の溝や凹凸の大きさ、凹凸の程度は特に限定されるものではないが、例えば網状のものとしては、ステンレス金網を円筒状あるいは板状にしたもので、20メッシュ以上の目の細かさが好ましく、さらに好ましくは40?200メッシュ、より好ましくは60?150メッシュのものある。コイル状に巻いたものしては、直径0.1?1mmのステンレスワイヤーをステンレス、ガラスあるいはアクリルなど任意の棒、パイプあるいは円筒に密に巻いたものが挙げられる。板状、パイプ状、棒状の場合、その表面を粗に加工したものであり、特に棒状の場合には表面に約0.1?5.0mm、さらに好ましくは0.5?2.0mmピッチの細目のねじ切りを行い凹凸にしたものなどがある。このようにスライムを付着し易くするために表面を粗にするのはステンレス電極全体に及ぶ必要はなく、ステンレス電極の一部で十分である。
【0014】
本発明におけるステンレス電極の大きさは、パイプ内のステンレス電極によってパイプ内の流れに不均一性が生じなければ、特に限定されるのもではない。例えば棒状の場合は、直径3?10cmで長さが5?15cm程度であり、網状の場合、網の部分の大きさ5?15cm×5?15cmのものを丸めて円筒状にしたものが好ましい。
【0015】
本発明に使用するステンレスの材質は、SUS-201、SUS-302、SUS-304、SUS-316、SUS-317などがあり、価格、加工性、入手のしやすさから、SUS-304、SUS-316が好ましい。
【0016】本発明の指示電極における銀電極は、市販のものが使用でき、例えば東亜電波工業(株)製「TYPE HA-101」が挙げられる。
【0017】本発明における参照電極は、銀電極と白金電極との組み合わせである。銀電極、白金電極のそれぞれは市販のものが使用でき、銀電極は指示電極に用いたものと同じでよく、白金電極は例えば東亜電波工業(株)製「TYPE HP-105」が挙げられる。
【0018】参照電極に用いる電極は、銀・塩化銀電極、水素電極、甘コウ電極、硫酸第一水銀電極、酸化水銀電極なども使用可能であるが、取り扱いが簡単な点で、白金電極-銀電極の組合せが最も適している。」

(甲1-ニ)
「【0029】
本発明のスライムモニター装置における指示電極と参照電極の電極間電位差は、系中にスライムが発生し、ステンレス電極にスライムが付着すると電流が流れ、該電位差が大きくなることである。そこで、電位差が予め設定した値以上に大きくなったときスライムコントロール剤の注入を行い、また設定値以下となったときスライムコントロール剤の注入を止めることによるスライムコントロール剤の注入制御、あるいは該電位差の値と比例的にスライムコントロール剤注入量を制御することができる。スライムコントロール剤の注入量は用いるスライムコントロール剤の種類、工程の状況などを考慮し経験的に決定される。
【0030】
スライムモニター装置に導入される白水あるいはパルプスラリーは、スライムトラブルとなる箇所の白水あるいはパルプスラリーであり、例えば、マシン白水、ワイヤーピット白水、ストックインレットスラリーなどがある。これらをバイパスを造ってモニタリング装置に導入し、指示電極と参照電極の電位差の経時変化をレコーダーに記録していく。スライムが付着していないときの電位差は、個々の抄紙機や白水、パルプスラリーによって異なるため、一概に決めることはできないが、スライムモニター装置を作動させた時の電位差:Vo=(指示電極電位)-(参照電極電位)を基準とすれば、白水、パルプスラリーを流すことによってステンレス電極にスライムの付着が起こり、微生物の増殖による腐食電流が発生するようになると、指示電極電位V1が徐々に増加し始める。V1が、Voよりも約50?100mV以上の大きさになり、この時はスライムトラブルの危険性が高いと判断され、スライムコントロール剤の増添あるいはより有効なスライムコントロール剤への切り替えが、必要になった時となる。ここで、スラムコントロール剤を増添あるいはより有効な薬剤に変えるとV1は、急速にVoに近い値まで低下し、スライムを抑制したことを示す。V1の低下が少ないときは、薬剤を添加しても増殖傾向にあるスライムの増殖を抑制できなかったか、あるいは殺菌できなかったことを示している。
【0031】
【実施例】
以下に実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに制限されるものではない。
【0032】
なお、実施例において使用したスライムモニター装置は図1におけるステンレス電極(2)は直径1.3cm、長さが18cmで、先端部分より5cmのところまで1mmのピッチ幅でネジを切った形態のSUS-304からなり、銀電極(4)と白金電極(6)はそれぞれ東亜電波工業(株)製「TYPE HA-101」、「TYPE HP-105」を使用した。ステンレス電極(2)の先端と銀電極(4)の先端との間隔および銀電極(4)の先端と白金電極(6)の先端との間隔は、それぞれ5mm、5mmとし、そして指示電極と参照電極との間の距離は7cmとして設置した。」

(甲1-ホ)
「【0035】
【発明の効果】
以上説明したように本発明により、紙パルプ製造工程における白水あるいはパルプスラリー中のスライムの発生状況を連続的に評価できるようになり、かつスライムモニター装置の指示とスライムコントロール剤の注入量制御装置を連結することにより該工程のスライムコントロールは極めて容易、確実となる。」

上記記載事項(甲1-イ)?(甲1-ホ)および図面の記載を総合すると,甲第1号証には,以下の発明が記載されていると認められる。

「表面にスライムが付着し易くするような形状となしたステンレス電極を備えた指示電極と参照電極との電極間電位差に基づいてスライム発生状況を連続的に評価し,該電極間電位差の増加に応じてスライムコントロール剤の注入制御を行う,紙パルプ製造工程における白水あるいはパルプスラリー中のスライムコントロール方法。」(以下,「甲1発明」という。)

なお,口頭陳述要領書において被請求人は,「甲1の図2では、電位差(mV)が9?11日、13?14日、16?17日において急激に立ち上がっているが、ステンレス電極(3)側が参照電極に対して負となるので、技術的には正しくは、甲1の図2の電位は、9?11日、13?14日、16?17日において急激に立ち下がるように上下逆に図示されるべきである。」(5頁下から4?1行)旨主張している。
しかしながら,上記記載事項(甲1-ニ)によれば,「【0030】・・・・・スライムが付着していないときの電位差は、個々の抄紙機や白水、パルプスラリーによって異なるため、一概に決めることはできないが、スライムモニター装置を作動させた時の電位差:Vo=(指示電極電位)-(参照電極電位)を基準とすれば、白水、パルプスラリーを流すことによってステンレス電極にスライムの付着が起こり、微生物の増殖による腐食電流が発生するようになると、指示電極電位V1が徐々に増加し始める。V1が、Voよりも約50?100mV以上の大きさになり、この時はスライムトラブルの危険性が高いと判断され、スライムコントロール剤の増添あるいはより有効なスライムコントロール剤への切り替えが、必要になった時となる。ここで、スラムコントロール剤を増添あるいはより有効な薬剤に変えるとV1は、急速にVoに近い値まで低下し、スライムを抑制したことを示す。V1の低下が少ないときは、薬剤を添加しても増殖傾向にあるスライムの増殖を抑制できなかったか、あるいは殺菌できなかったことを示している。」(下線は当審にて付与する。)と明記され,図2にも該記載に対応するように電位が上昇あるいは下降することが示されているから,甲1においてもスライム付着によりステンレス電極の電位が上昇していると解するのが相当である。
したがって,前記被請求人の主張は採用できず,甲1発明を上記のとおり認定することができる。

2 甲第2号証について
本件特許に係る出願の優先日(平成11年4月22日)前に頒布された刊行物である甲第2号証には,次の事項が記載されている。

(甲2-イ)
「[0002] ... In detail, the present invention relates to a metallic test coupon having a welded portion, a crevice or gap, and a heat conductive portion which are brought in contact with water and to a corrosion monitoring method and apparatus which can actualize quick and precision prediction of corrosion of a metal member such as a metallic heat exchanger tube.」
(当審仮訳:[0002]…本発明は,詳しくは,水と接触させられる,溶接部,割れ目または隙間,および伝熱部を有する金属製試験片に関し,および金属製の熱交換チューブのような金属部材の腐食を迅速かつ精密に予知し得る腐食モニタリング方法および装置に関する。)

(甲2-ロ)
「[0022] An embodiment of the test coupon comprises a plurality of (including two) metal pieces which are put on each other, and are partially jointed by spot welding to have spaces therebetween at portions other than the spot-welded portion. 」
(当審仮訳:[0022]試験片の具体例は,複数(2を含む)の金属片を互いに重ね合わせ,スポット溶接により部分的に接合し,スポット溶接部以外の部分で金属片の間に隙間を有するものを含む。)

(甲2-ハ)
「[0081] Metal pieces 21, 21' made of stainless steel (SUS304 of Japanese Industrial Standard) are welded at spot welded portions 23 by spot welding. There are spaces between the metal pieces 21, 21' at portions other than the spot-welded portions 23. ...」
(当審仮訳:[0081]ステンレス鋼(JIS規格のSUS304)よりなる金属片21,21’がスポット溶接部23においてスポット溶接されている。スポット溶接部23以外の金属片21,21’間にすきま部が生じている。…)

(甲2-ニ)
「[0086] The welding condition can be changed corresponding to the corrosion rate of the system to be monitored and the corrosion sensitivity (residual stress, sensitivity, etc) of the metal to be monitored, so the corrosion sensitivity of welded metal pieces with crevice therebetween, thereby actualizing the monitoring in quite similar condition as that of the actual plant.
[0087] In addition, the corrosion sensitivity can be controlled by sensitization.」
(当審仮訳:[0086]溶接条件は,被モニタリング水系の腐食性や被モニタリング金属の腐食感受性(残留応力,鋭敏化度など)の度合いに応じて変えることができる。それによって,金属片の間に隙間を有する溶接金属片の腐食感受性を変えることができ,その結果,より実機に近い条件でのモニタリングを実現できる。
[0087]さらに,腐食感受性は鋭敏化により調整され得る。)

(甲2-ホ)
「[0110] There is no limitation on the residual stress of the welded portion and the thermal effect (sensitivity) around the welded portion of the test coupon. It is preferable that the test coupon is welded under conditions with the same or slightly higher residual stress and thermal effect as estimated conditions of the metallic materials to be monitored or controlled by heat treatment. This favors the precise prediction about possibility of corrosion of the metallic materials. A plurality of test coupons with various residual stress and thermal effects may be immersed in the solution for monitoring. 」
(当審仮訳:[0110]試験片の溶接部の残留応力や溶接部周辺の熱影響度(鋭敏化度)などに制限はないが,モニタリング対象配管等で予想される残留応力や熱影響度と同等またはやや高めの値になるような溶接条件での溶接や熱処理などにより調整して作製した試験片を用いることが望ましく,そうすることでモニタリング対象配管等における腐食発生の可能性を精度良く予知することが可能となる。また,残留応力,熱影響の度合いなどを変化させた複数の試験片を浸漬したモニタリングを行うことも可能である。)

(甲2-ヘ)
「[0117] The test coupon 31 of the present invention and a conventional test coupon (SUS304) with uniform metal surface as used in the monitoring of prior art for comparison purpose were immersed in the test water and the potentials were monitored on the basis of the reference electrode (Ag / AgCl/ sat. KC1 electrode) 33. The temperature of the heat conductive surface of the test coupon 31 of the present invention was set at a temperature of 70 ℃.
[0118] As shown in Fig. 9, the potential of the test coupon of the present invention fell in a short period after the immersion. On the contrary, significant variation in potential of the conventional test coupon 32 was not found during the test.
[0119] After the immersion test, the crevice and the portions surrounding the welded portions were observed and, as a result of this, severe crevice corrosion and stress corrosion cracking were found. On the other hand, there was no corrosion on the conventional test coupon 32.」
(当審仮訳:[0117]試験液中に本発明の試験片31と,比較のために従来技術のモニタリングで用いていたような金属表面構造が均一なテストピース(SUS304製)12を浸漬し,参照電極(Ag/AgCl/sat.KCl電極)33を基準として電位のモニタリングを行った。なお,本発明の試験片31の伝熱面温度は70℃になるようにした。
[0118]図9に示すとおり,本発明の試験片11の電位は,浸漬後わずかの時間で低下したのに対し,従来のテストピース32は試験期間中大きな電位変化は認められなかった。
[0119]浸漬試験終了後に試験片のすきま内,および溶接部周辺を観察した結果,激しいすきま腐食の発生と,応力腐食割れに伴う亀裂が観察された。一方,テストピース32には腐食は認められなかった。)

(甲2-ト)
「[0123] The potentials of the test coupon 31 of the present invention and the conventional test coupon (SUS304) 32 with uniform metal surface as used in the monitoring of prior art were monitored on the basis of the reference electrode (Ag / AgCl/ sat. KC1 electrode) 33 by a potentiometer 37.
[0124] In Fig. 10, the numeral 38 designates a cooling tower pit, 39 designates a conveying pump, 42 designates a fun, and 43 designates filler.
[0125] As for the test coupon 31 of the present invention, it was found that foulants were deposited and the crevice had severe crevice corrosion. On the other hand, as for the conventional test coupon 32, dirt was also deposited but in a small amount and severe crevice corrosion was not found. In the same manner as Example 2, the potential of the test coupon 31 of the present invention fell, while significant variation in potential of the conventional test coupon 32 was not found during the test. 」
(当審仮訳:[0123]本発明の試験片31と,従来技術のモニタリングで用いていたような金属表面構造が均一なテストピース(SUS304製)32の電位を,参照電極(Ag/AgCl/sat.KCl電極)33を基準として電位測定装置17により測定してモニタリングした。
[0124]なお,図10において38は冷却塔ピット,39は送水ポンプ,42はファン,43は充填材を示す。
[0125]試験後の本発明のモニタリング用試験片31には,汚れが付着しておりすきま部には激しいすきま腐食の発生が認められた。一方,従来技術のテストピース32にも汚れが付着していたものの量は少なく,付着物下に明らかな腐食は認められなかった。実施例2と同様に,本発明の試験片31の電位は低下したのに対し従来のテストピース32は大きな電位変化は認められなかった。)

上記記載事項(甲2-イ)?(甲2-ト)および図面の記載を総合すると,甲第2号証には,以下の発明が記載されていると認められる。

「溶接部,すきま部および伝熱部を有するステンレス鋼からなる,金属部材の腐食モニタリング用試験片。」(以下,「甲2発明」という。)

3 甲第3号証について
甲第3号証は,甲第2号証に係る欧州特許出願の優先権主張の基礎とされた特願平9-282035号についての優先権証明書であって,欧州特許条約第128条の規定によって,上記甲第2号証の公開日(1999年4月21日)以後,欧州特許庁において一般に閲覧可能な状態に置かれたものである。
そして,甲第3号証には,次の事項が記載されている。

(甲3-イ)
「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、水に接触した金属配管などの金属部材の腐食をモニタリングするための試験片とそれを用いたモニタリング方法及び装置に関する。詳しくは、本発明は、水に接触する溶接部、すきま部、伝熱面をあわせ持つ金属製試験片、及び該試験片の腐食電位変化をオンラインモニタリングすることにより、金属配管等の腐食をその場で迅速かつ精度良く予知することを可能にしたモニタリング方法及び装置に関するものである。」

(甲3-ロ)
「【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明の試験片は、金属部材の腐食モニタリング用試験片であって、該金属と同材料の材質からなり、溶接部、すきま部および伝熱部を有することを特徴とするものである。
【0010】
具体的には、複数枚例えば2枚の金属片を重ね合わせ、これらの金属片の一部同士をスポット溶接などにより溶接し、金属片の他の部分においては金属片相互間にすきまをあけるようにしたものが例示される。
【0011】
本発明のモニタリング方法及び装置は、このような溶接部、すきま部、伝熱面をあわせ持った試験片の電位変化をモニタリングすることで、実プラントで金属材料の腐食が問題となるような局部腐食を精度良くモニタリングするようにしたものである。
【0012】
本発明においては、試験片の伝熱部に面状発熱体が取り付けられていることが好ましい。このように面状発熱体によって試験片を加熱してモニタリングを行うことにより、実プラントの高温部における局部腐食を精度良くモニタリングすることが可能となる。
【0013】
【発明の実施の形態】
本発明の試験片に用いる金属材料に制限はないが、特にステンレス鋼、ニッケル、ニッケル合金、…などの耐食性金属材料の腐食モニタリングに有効である。」

(甲3-ハ)
「【0016】
被モニタリング水系の腐食性や被モニタリング金属の腐食感受性(残留応力、鋭敏化度など)の度合いに応じて溶接条件等を変えることにより、すきま付溶接金属片の腐食感受性を調整することも可能であり、より実機に近い条件においてモニタリングすることが可能である。
【0017】
また、鋭敏化熱処理等を行い、腐食感受性を調整することも可能である。」

(甲3-ニ)
「【0040】
試験片の溶接部の残留応力や溶接部周辺の熱影響度(鋭敏化度)などに制限はないが、モニタリング対象配管等で予想される残留応力や熱影響度と同等またはやや高めの値になるような溶接条件での溶接や熱処理などにより調整して作製した試験片を用いることが望ましく、そうすることでモニタリング対象配管等における腐食発生の可能性を精度良く予知することが可能となる。また、残留応力、熱影響の度合いなどを変化させた複数の試験片を浸漬したモニタリングを行うことも可能である。」

(甲3-ホ)
「【0045】
ステンレス(SUS304)よりなる金属片1,1’がスポット溶接部3においてスポット溶接されている。スポット溶接部3以外の金属片1,1’間にすきま部が生じている。…」

(甲3-ヘ)
「【0051】
試験液中に本発明の試験片11と、比較のために従来技術のモニタリングで用いていたような金属表面構造が均一なテストピース(SUS304製)12を浸漬し、参照電極(Ag/AgCl/sat.KCl電極)13を基準として電位のモニタリングを行った。なお、本発明の試験片11の伝熱面温度は70℃になるようにした。
【0052】
図4に示す通り、本発明の試験片11の電位は、浸漬後わずかの時間で低下したのに対し、従来のテストピース12は試験期間中大きな電位変化は認められなかった。
【0053】
浸漬試験終了後に試験片11のすきま内、および溶接部周辺を観察した結果、激しいすきま腐食の発生と、応力腐食割れに伴う亀裂が観察された。一方、テストピース12には腐食は認められなかった。」

(甲3-ト)
「【0057】
本発明の試験片11と、従来技術のモニタリングで用いていたような金属表面構造が均一なテストピース(SUS304製)12の電位を、参照電極(Ag/AgCl/sat.KCl電極)13を基準として電位測定装置17により測定してモニタリングした。
【0058】
なお、図5において18は冷却塔ピット、19は送水ポンプ、20はファン、23は充填材を示す。
【0059】
試験後の本発明のモニタリング用試験片11には、汚れが付着しておりすきま部には激しいすきま腐食の発生が認められた。一方、従来技術のテストピース12にも汚れが付着していたものの量は少なく、付着物下に明らかな腐食は認められなかった。実施例2と同様に、本発明の試験片11の電位は低下したのに対し従来のテストピース12は大きな電位変化は認められなかった。」

4 甲第4号証について
甲第4号証(「JIS 工業用語大辞典第3版」第144頁)は,本件特許に係る出願の優先日(平成11年4月22日)前に頒布された刊行物であって,その「鋭敏化熱処理」の項には次のとおり記載されている。

(甲4-イ)
「オーステナイト系ステンレス鋼の粒界腐食試験を行うために,500?800℃の温度範囲に加熱して,粒界腐食に敏感な組織状態にする熱処理。」
5 甲第5号証について
本件特許に係る出願の優先日(平成11年4月22日)前に頒布された刊行物である甲第5号証には,次の事項が記載されている。

(甲5-イ)
「【請求項1】 用水中のスライム障害をスライムコントロール剤を添加して防止する方法において、用水の溶存酸素の消費速度を測定し、その結果に基づいてスライムコントロール剤の添加を管理することを特徴とする用水中のスライム障害の処理方法。」

(甲5-ロ)
「【0001】
【産業上の利用分野】
この発明は、工業用水、とりわけ製紙工程水や各種工業用冷却水系におけるスライム障害防止のための当該用水系に対するスライムコントロール剤の添加、使用を適切、効果的に実施するスライム障害の処理方法に関する。 【0002】
【従来の技術】
近年、微生物汚染に起因して、各種用水のスライムによる障害が多発し、種々の弊害をもたらしている。ここでスライムとは、紙パルプ製造工程水・用水及び排水中に発生するもので主として微生物要因によって発生した粘性塊状泥状物質のことをいい、たとえば、化学工場などの冷却水系統の熱交換器や配管などにスライムが発生すると、冷却効率を低下させ、ときには配管を閉塞させたり、あるいは、紙・パルプ工場の白水工程中にスライムが発生すると、これが剥離して紙料に混入したとき、巻取り工程で紙を切断し、工程の運転を中断したり、又は紙に斑点ができて製品の品質に損傷を与えるといったトラブルが発生していた。」

(甲5-ハ)
「【0014】
この発明においてスライム障害を防止するために工業水系に添加するスライムコントロール剤としては、とくに限定されないが、殺菌剤または抗菌剤1種だけを用いてもよく、2種以上用いてもよい。また、速効的な効力を有する殺菌剤と持続性のある抗菌剤とを組合せてスライムコントロールとして用いてもよい。例えば、殺菌剤としては、従来、その性能が周知である2,2-ジブロモ-3-ニトリロプロピオンアミド、4,5-ジクロル-1,2-ジチオール-3-オン、ビス(トリブロモメチル)スルホン等が挙げられ、又抗菌剤としては、同じくメチレンビスチオシアネート、5-クロル-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン等が挙げられる。」

(甲5-ニ)
「【0018】
この発明において、スライムコントロール剤の添加の管理とは、スライムコントロール剤の種類、添加時期及び添加量を選択し適用実施することを意味する。
さらに詳しくは、一般に使用するスライム殺菌剤及び抗菌剤等添加薬剤の性能に基づき、かつ工程水の生菌の活動状況に対応して、その剤の使用の適否を判定し必要あれば剤種を変更すること、又は、適正な添加量を把握し、現状の添加量を維持するか、又は増減調整が必要な場合は、適当な時期を選択して添加する等、当業者であればスライムコントロール剤の効力が確認できれば容易に採用し得る対応処理をいう。
【0019】
本発明においては、工程水中の溶存酸素量を短時間測定することにより、直ちにスライムコントロール剤の効力を把握して工程現場におけるスライムコントロール剤添加の管理手段を迅速に実施することができるが、さらに好ましくは、上記、溶存酸素の消費速度の測定結果に対応して適正にスライムコントロール添加の管理が行われるように、薬剤添加装置の作動系に電気系路によって連動させておくことによって、より即時的な自動管理が実施できる。」

6 甲第6号証について
本件特許に係る出願の優先日(平成11年4月22日)前に頒布された刊行物である甲第6号証には,次の事項が記載されている。

(甲6-イ)
「本発明は工業用水供給源から連続的に供給される工業用水を貯水槽に一時的に蓄えて該貯水槽の工業用水を循環し使用する際にその循環系の保有水中の微生物および藻類等の繁殖によって生じるスライム障害を防止すべく該保有水中に塩素系殺菌剤を注入するために用いられる塩素系殺菌剤注入装置に関する。」(1頁右下欄下から4行?2頁左上欄3行)

7 乙第1号証について
本件特許に係る出願の優先日および出願日の後に頒布された刊行物である乙第1号証には,次の事項が記載されている。

(乙1-イ)
「3.付着細菌の単離・培養と腐食電位貴化の再現

付着細菌の影響を明らかにするため、自然海水中に浸漬したステンレス鋼表面に付着した細菌の単離を行うとともに、単離した細菌の純粋培養系におけるステンレス鋼の腐食電位の経時変化を測定した。その結果を図4に示す。…培養開始後約200minから細菌は対数増殖機となり、腐食電位も貴化し始めた。しかし、300min程度で細菌増殖が静止期になると、逆に腐食電位は低下し始めた。これは基質が不足し増殖の律速になっていると考えられたので、培養開始後340minで基質を培養系に追加した。これにより再び細菌の増殖が活発化し対数増殖期になると、同時に腐食電位もそれに対応して貴化し始めた。すなわち、細菌の増殖が活発になると腐食電位が貴化するという相関関係が明らかに見られる。そこでさらに、細菌の増殖、特に呼吸作用に着目し、対数増殖期の段階で呼吸の阻害作用を有するアジ化ナトリウムを培養系に添加したところ、腐食電位の貴化は停止した。以上の結果から、腐食電位の貴化と細菌の増殖、特に呼吸作用とが密接に関係することが判明した。」(26頁右欄下から7行?27頁左欄15行)

(乙1-ロ)
「4.腐食電位貴化メカニズム
……
以上のことから、自然海水中におけるステンレス鋼の腐食電位の貴化は、表面付着細菌の代謝反応によって酸化力の強い過酸化水素水等の活性酸素種が、バイオフイルム中で生成しわずかに蓄積することによるものと考えられる。図9にステンレス鋼のMICは発生メカニズムを示す。
自然海水中にさらされたステンレス鋼の表面にまず有機物が吸着し、その後それらの有機物を基質として利用する好気性従属栄養性一般細菌が付着する。それらの細菌は代謝反応を行うと共に、バイオフイルムを形成する。その際、好気性細菌は酸化酵素を生成し、有機物を基質として酸化する一方で、酸素の還元反応を触媒的に加速する。この反応の中間体として、活性酸素種が時間と共にバイオフイルム内にある程度蓄積されてくる。しかし、活性酸素種は生物体にとって有害であるため、細菌は分解酵素であるカタラーゼやスーパーオキシドジムスターゼを生成し、活性酸素種を水と酸素に分解する。それと同時に、その一部は直接にステンレス鋼の表面で酸化剤として電気化学的に反応し、カソード反応を担う。そのため、ステンレス鋼の腐食電位が貴化する。結果的に、腐食電位画素のステンレス鋼の隙間腐食発生電位を超えると隙間腐食の発生に至るわけである。
このような活性酸素種の腐食への影響に関して、銅合金についても、同様に腐食電位が貴化することが知られている。」(27頁左欄下から6行?29頁左欄11行)

8 乙第2号証について
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物である乙第2号証には,次の事項が記載されている。

(乙2-イ)
「 なぜ微生物が金属表面に付着すると金属の電位が上昇するのか。これには次の3つの説が有力になってきた。
4.1 過酸化水素による電位上昇
・・・・・
4.2 チオ硫酸イオンによる電位上昇
・・・・・
4.3 二酸化マンガンによる電位上昇
・・・・・」(478頁右欄36行?479頁右欄11行)

9 乙第3号証について
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物である乙第3号証には,次の事項が記載されている。

(乙3-イ)
「( 5)細菌数とスライム障害 冷却水中の細菌数とスライム障害発生の頻度には、図4.7に示す関係がある。一般に、冷却水中の細菌数が10^(3)個/mlを超えると、スライム障害の発生頻度は高くなってくる。」(34頁1?3行)

(乙3-ロ)
「10^(3)個/ml以下: スライム障害を生じにくい
10^(4)個/ml : スライム障害を生じやすい
10^(5)個/ml以上: 大抵の場合スライム障害がある」(34頁図4.7)

10 乙第4号証について
乙第4号証には,ヨーロッパ特許条約128条の条文として,次の事項が記載されている。

(乙4-イ)
「Article 128
Inspection of files
(1) The files relating to European patent applications, which have not yet been published, shall not be made available for inspection without the consent of the applicant.
(2) Any person who can prove that the applicant for a European patent has invoked the rights under the application against him may obtain inspection of the files prior to the publication of that application and without the consent of the applicant.
(3) Where a European divisional application or a new European patent application filed under Article 61, paragraph 1, is published, any person may obtain inspection of the files of the earlier application prior to the publication of that application and without the consent of the relevant applicant.
(4) Subsequent to the publication of the European patent application, the files relating to such application and the resulting European patent may be inspected on request, subject to the restrictions laid down in the Implementing Regulations.
(5) Even prior to the publication of the European patent application, the European Patent Office may communicate the following bibliographic data to third parties or publish them:
(a) the number of the European patent application;
(b) the date of filing of the European patent application and, where the priority of a previous application is claimed, the date, State and file number of the previous application;
(c) the name of the applicant;
(d) the title of the invention;
(e) the Contracting States designated.」

11 乙第5号証について
乙第5号証は,ヨーロッパ特許代理人であるベックマン博士の宣誓書であって,次の事項が記載されている。

(乙5-イ)
「3. As of April 1999, the inspection of the European Patent Office's files relating to published European patent application required the filing of a written request and the payment of an administrative fee (see the "Supplement to Official Journal No.1/1999"). The processing of such requests typically took at least several days before inspection of the file in question would have been made possible.」

(乙5-ロ)
「5. I conclude, therefore, that it would have been practically impossible for anyone without the consent of the applicant to inspect the European Patent Office's file relating to European patent application 98 308 391.6 pursuant to Article 128(4) EPC on April 21,1999 (i.e. the day the application was published) or April 22,1999.」

12 乙第6号証について
乙第6号証は,東京地裁昭和45年(ワ)11422号の判決文であって,次の事項が判示されている。

(乙6-イ)
「被告は『公然知られた』という意味は、文献の場合には一般公衆の閲覧可能性があれば足りるという。しかしながら、『公然知られた』という意味を、文献の場合について、被告の右主張のように解すると、意匠第三条第一項第二号の存在意義が全然なくなつてしまう。なぜならば、第二号でいう『日本国内又は外国において領布された刊行物に記載された意匠』は、常に一般公衆の閲覧可能性があるものであるから、第一号を右のように解する以上、第二号を第一号とは別に規定する意味はないからである。そうすると、第一号の『公然知られた』の意味は、単に公然と知られうべき状態になつただけでは足りず、公公然知られたことを要するものと解すべきである。もつとも、証拠上、公然と知られうべき状態になつたことが立証されれば、特に反証のないかぎり通常は公然知られたという事実を推認することができるであろうが、それはあくまでも立証上の問題であつて、公然知られたという意味の解釈問題ではない。」

13 乙第7号証について
本件特許に係る出願の優先日および出願日の後に頒布された刊行物である乙第7号証には,次の事項が記載されている。

(乙7-イ)
「 汚れが問題となっている冷却水系における電位測定結果を図2に示す。試料極の電位は徐々に上昇し、浸漬13日後には0.2Vvs.Ag/AgCl/sat.KClに達した。試料極表面には汚れの付着が認められた。・・・・・」(9頁31?33行)

(乙7-ロ)
「1)冷却水系において、微生物起因と思われるステンレス鋼の電位上昇を確認した。」(10頁下から7行)

第6 当審の判断
1 本件発明1について
(1)対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると,甲1発明の「スライム」は本件発明1の「微生物的汚れ」に相当する。
甲1発明の「表面にスライムが付着し易くするような形状となしたステンレス電極を備えた指示電極」は,特に,上記記載事項(甲1-ニ)における「スライムモニター装置を作動させた時の電位差:Vo=(指示電極電位)-(参照電極電位)を基準とすれば、白水、パルプスラリーを流すことによってステンレス電極にスライムの付着が起こり、微生物の増殖による腐食電流が発生するようになると、指示電極電位V1が徐々に増加し始める。」との記載などからみて,スライムの付着によって電位が「上昇」することが明らかであって,「参照電極との電極間電位差に基づいてスライム発生状況を連続的に評価」するものであるから,本件発明1の「金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサ」に相当するといえる。
そして,甲1発明の「該電極間電位差の増加に応じてスライムコントロール剤の注入制御を行う」についてみるに,甲1発明の指示電極の電位は,上述のとおり,スライムの付着によって「上昇」することが明らかであり,また,本件発明1の「微生物的汚れ除去処理」とは,請求項3の記載を含めた本件訂正明細書の記載からみて,スライムコントロール剤の添加を含むものであることは明らかであるから,甲1発明の「該電極間電位差の増加に応じてスライムコントロール剤の注入制御を行う」は,本件発明1の「該金属材料からなるセンサを冷却水系に浸漬した後に該センサの電位が100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲から選ばれた閾値を超えると微生物的汚れ除去処理を行う」と,「該金属材料からなるセンサを水系に浸漬した後の該センサの電位上昇に応じて微生物的汚れ除去処理を行う」点で共通するといえる。
また,甲1発明の「紙パルプ製造工程における白水あるいはパルプスラリー中のスライムコントロール方法」は,本件発明1の「冷却水系の水処理方法」と,「水系の水処理方法」の点で共通するといえる。

そうすると,両者は,
「金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを利用する水処理方法であって,該金属材料からなるセンサを水系に浸漬した後の該センサの電位上昇に応じて微生物的汚れ除去処理を行う水系の水処理方法。」 の点で一致し,以下の点で相違する。

相違点1
本件発明1と甲1発明はともに「水系の水処理方法」であるところ,本件発明1が特に「冷却水系」の水処理方法であるのに対して,甲1発明は「パルプスラリー」の水処理方法である点。

相違点2
金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサが,本件発明1では「鋭敏化処理を施した金属材料」を備え,かつ,「該金属材料が溶接部とすきま構造とをあわせ持って」いるものであるのに対し,甲1発明ではこのような構成を有していない点。

相違点3
金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを水系に浸漬した後,該センサの電位上昇に応じて微生物的汚れ除去処理を行うにあたり,本件発明1が「該センサの電位が100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲から選ばれた閾値を超えると」微生物的汚れ除去処理を行うものであるのに対して,甲1発明ではこのような構成を有していない点。

(2)相違点についての判断
ア 相違点1について
甲1発明は,紙パルプ製造工程のパルプスラリー中のスライム発生状況を,ステンレス鋼のスライム付着による電位上昇に基づいて評価することを目的とした発明であるが,冷却水系においても微生物的汚れ(スライム)の付着によってステンレス鋼が電位上昇する点は,当業者にとって従前周知の事項である(例えば,本件特許明細書【0004】参照。)といえ,甲1発明を「冷却水系」に適用することにより,相違点1における本件発明1の構成とすることは,当業者とって何ら困難性はなく,容易に想到し得る事項であるというべきである。

イ 相違点2について
まず,本件訂正明細書には,上記相違点に係る微生物的汚れ付着のモニタリング用センサに用いる金属材料の「鋭敏化処理」に関して,以下の事項が記載されている(下線部は,当審で付与したもの)。

「 【0013】
微生物的な汚れを検知するモニタリング用センサとしては、鋭敏化する金属材料を鋭敏化処理したものを用いる。鋭敏化処理の方法には特に制限はなく電気炉で焼鈍するなどして鋭敏化熱処理する方法などがある。なお、鋭敏化熱処理を施した金属材料として溶接部とすきま部とを持った構造のすきま付溶接試験片を用いることも可能であり、この場合にはより感度の高い微生物的汚れ付着検知が可能となる。
【0014】
本発明に係るセンサに用いる金属材料は鋭敏化するものであれば特に制限はなくステンレス鋼、ニッケル合金などが挙げられる。」
「 【0025】
本発明者の検討によれば、水系に浸潰した鋭敏化処理を施した金属材料からなるセンサの電位は、系内が微生物的な汚れ付着傾向にある場合に上昇する。この現象は、鋭敏化処理を施していない同種の金属片においても認められるが、反応の感度は鋭敏化処理を施した場合の方が明らかに優れている。特に、鋭敏化処理した金属材料が溶接部、すきま構造をあわせ持つ場合には、さらに微生物に対する感受性の高くなる結果を得ており、このセンサを用いることにより、より一層感度よく微生物的汚れ付着の悪影響を検知できるため適切な処理コントロールを行うことが可能となる。」
「 【0040】
試験は、現場より採取したスライムを含む汚れ成分を添加した冷却水に 1(当審注:原文は丸数字) SUS304製のテストピース
2(当審注:原文は丸数字) SUS304製のテストピースを650℃で24時間鋭敏化処理したテストピース
3(当審注:原文は丸数字) SUS304製大小2枚のテストピースをスポット溶接し、溶接部・すきま構造を持たせたものを650℃で24時間鋭敏化処理したテストピースの3種を浸漬した際の電位変化を測定して行った。
【0041】
図1より明らかなように、3(当審注:原文は丸数字)のテストピースは浸漬直後の電位から最も早く上昇傾向を示した。次いで、2(当審注:原文は丸数字)のテストピースが上昇傾向を示した。1(当審注:原文は丸数字)のテストピースは今回の試験期間において、浸漬直後の電位から殆ど変化がなかった。
【0042】
この結果は、鋭敏化処理を施した金属材料、さらに溶接部・すきま構造を有する金属材料が微生物的汚れに対する感受性の高いことを示している。」
ここで,上記記載事項(甲4-イ)によれば,「鋭敏化熱処理」とは,特にステンレス鋼の技術分野において,「オーステナイト系ステンレス鋼の粒界腐食試験を行うために,500?800℃の温度範囲に加熱して,粒界腐食に敏感な組織状態にする熱処理。」を意味するものであるとされるところ,例えば,甲第2号証に,溶接条件によってステンレス鋼からなる金属片の鋭敏化度を調整する旨記載されている(特に,上記記載事項(甲2-ニ)参照)ように,ステンレス鋼が溶接の熱影響によっても鋭敏化されることは,技術常識である(さらに必要があれば,特公昭62-3210号公報(1頁2欄12行?2頁3欄20行,1図)等参照)。
そうすると,甲2発明は,ともに,溶接部を有するステンレス鋼からなる試験片であるから,鋭敏化熱処理をさらに別途行うか否かにかかわらず,溶接の熱影響によって,「鋭敏化された金属材料」を備えた試験片であるということができる。そして,「鋭敏化された金属材料」は,本件発明1の「鋭敏化処理を施した金属材料」と,金属材料として客観的にみて相違するものではなく,また,上記本件訂正明細書の記載(特に下線部参照)に照らし,本件発明1から排除されるものでもない。
してみると,甲2発明の「溶接部,すきま部および伝熱部を有するステンレス鋼からなる,金属部材の腐食モニタリング用試験片」は,本件発明1の「鋭敏化処理を施した金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサ」と,「鋭敏化処理を施した金属材料を備えたモニタリング用センサ」である点で共通するといえる。

しかるに,甲1発明と甲2発明とは,前者は微生物に起因するスライムの付着,後者は金属の腐食というそれぞれ異なる現象の状況を評価(モニタ)するものであるという違いはあるものの,ともに,ステンレスからなる電極又は試験片(センサ)を水系環境において用いる点で共通し,しかも,水系環境で用いられるステンレス等の金属部材が,微生物付着に起因するいわゆる微生物腐食によって腐食するものであることは,従前周知の事項(例えば,特開平5-264497号公報(要約,【0021】),特開平9-291343号公報(【0003】?【0018】),特開平10-30196号公報(【0003】?【0005】)等参照)であることからして,水系環境における微生物付着のモニタリングと金属腐食のモニタリングとは,互いに極めて近接した技術分野に属するものということができる。このことは,訂正前の本願明細書段落【0001】において,「【発明の属する技術分野】本発明は、冷却水系や紙パルプ製造工程などの水系媒体に接触した金属配管等の微生物的汚れを検知し、その結果をもとに適正な処理状況になるよう水処理を行う方法に関するものである。詳しくは、水に接する、鋭敏化処理が施されている金属製センサの腐食電位変化をモニタリングすることにより、金属配管等への微生物的汚れ付着による悪影響を迅速かつ精度良く予知し、その結果に応じ水処理を行うシステムに関するものである。」(下線は,当審にて付与する。)と記載されていたことからも,明らかである。

そして,甲1発明においても,ステンレス電極を「表面にスライムが付着し易くするような形状」となすことを意図したものであるところ,上記記載事項(甲2-ト)の「[0125]試験後の本発明のモニタリング用試験片31には,汚れが付着しておりすきま部には激しいすきま腐食の発生が認められた。一方,従来技術のテストピース32にも汚れが付着していたものの量は少なく,付着物下に明らかな腐食は認められなかった。」(下線は,当審にて付与する。)との記載からみて,甲2発明のステンレスからなる試験片が,溶接部とすきま部を有することによって,水系環境において微生物の付着しやすい形状・構造を有するものであることは,当業者にしてみれば自明のことである。
例えば,前述の特開平9-291343号公報には,「【0017】…微生物腐食は、実際の配管や構造物の場合、溶接部、とくに溶接金属に集中的に発生する。その理由として、溶接金属においては、その形状のために溶液の滞留部が生じやすく、したがって微生物が付着しやすいことが考えられる。…」と記載されている。
また,本件特許に係る出願の優先日(平成11年4月22日)前に頒布された刊行物である,「WALSH, D., et al., Microbiologically influenced corrosion of stainless steel weldments; attachment and film evolution, CORROSION-92 Paper No. 165, 米国, The NACE Annual Conference and Corrosion Show, 1992年, pp.165/1-20」には,次の事項が記載されている。

「This work treats the effects of welding, alloy composition, mechanical surface treatment and heat treatment on the susceptibility of several different stainless steels to Microbiologically Influenced Corrosion (MIC)....
Microbial attachment, film development and the evolution of microbial consortia were documented.... Microbes were found to be crucial to the development of corrosion in the tap water environment; no corrosion was observed on control samples exposed to sterile tap water. Furthermore, welded samples were much more susceptible to corrosion than unwelded samples. Though initial attachment was random, and occurred on all samples, microbial colonies developed more frequently and evolved more rapidly in heat affected zone (HAZ) regions.」(165/1頁)
(当審仮訳:本研究では,いくつかの異なるステンレス鋼の微生物腐食に対する感受性について,溶接,合金組成,機械的表面処理および熱処理の影響を取り扱う。…
微生物の付着,被膜の発達,微生物コンソーシアの発展について記録した。…微生物が水道水環境下での腐食の発達には不可欠であることが分かった。すなわち,無菌水道水にさらされた比較サンプルには腐食は見られなかった。さらに,溶接したサンプルは,溶接していないサンプルに比べて腐食しやすかった。微生物の最初の付着は,不規則であって,全てのサンプルにおいて生じたが,微生物のコロニーは,熱影響部(HAZ)において,より頻繁に発達し,より急速に発展した。)

そうしてみると,甲2発明の金属部材の腐食モニタリング用試験片が水系環境において微生物の付着しやすい形状・構造を有するものであることは,当業者にしてみれば自明のことであるから,甲1発明において,微生物に起因するスライムの付着状況を評価(モニタ)するためのステンレス電極として,表面に微生物が付着し易くするようにな形状・構造を有する甲2発明の試験片を適用することにより,相違点2における本件発明1の構成とすることは,当業者とって何ら困難性はなく,容易に想到し得る事項であるというべきである。

ウ 相違点3について
甲1発明は,紙パルプ製造工程のパルプスラリー中のスライム発生状況を,ステンレス鋼のスライム付着による電位上昇に基づいて評価することを目的とした発明であるところ,甲1発明を「冷却水系」に適用するにあたり,上記記載事項(甲1-ハ)の「【0018】参照電極に用いる電極は、銀・塩化銀電極、水素電極、甘コウ電極、硫酸第一水銀電極、酸化水銀電極なども使用可能であるが、取り扱いが簡単な点で、白金電極-銀電極の組合せが最も適している。」(下線は,当審にて付与する。)との記載からみて,参照電極として「Ag/AgCl/sat.KCl」を選択するとともに,実験的に適当な閾値を求め,閾値を超えると微生物的汚れ除去処理を行うようにし,相違点3における本件発明1の構成とすることは,当業者とって何ら困難性はなく,容易に想到し得る事項であるというべきである。

そして,本件訂正明細書に記載された本件発明1による効果は,甲1発明および甲各号証の記載並びに従前周知の事項に基づいて,当業者が予測し得る範囲のものであり,格別顕著なものとはいえない。

なお,被請求人は,答弁書において,甲第2号証の試験片は,腐食が生じることによる試験片の電位低下をとらえるようにしたものであるのに対して,本件発明1では,センサに対し微生物が付着することによる電位上昇をとらえるようにしたものであって,それぞれ別異の現象を捉えたものであるから,本件発明1は甲第1号証?甲第4号証から当業者が容易になし得たものではない旨主張している。
しかしながら,上述のとおり,甲1発明において甲2発明の試験片を採用することに十分動機付けがあるというべきであること,また,金属試験片への微生物の付着によって金属試験片の電位が上昇することは従前周知の事項(例えば,前述の特開平5-264497号公報(【0021】),特開平9-291343号公報(【0004】),特開平10-30196号公報(【0004】)等参照)であるとともに,口頭陳述要領書(被請求人)の3頁参考図からみて,甲第2号証の試験片においても,微生物付着開始から電位が上昇した後,腐食進行に伴い電位が下降していると推認できることから,採用することができない。

2 本件発明2について
本件発明2は,本件発明1に対して,「微生物的汚れ除去処理が水処理薬品を水系に添加する手段による処理である」という構成を付加するものであるところ,甲1発明の「スライムコントロール剤」は,本件発明2の「水処理薬品」に相当するといえるから,上述の理由のとおり,甲1発明において甲2発明の試験片を採用することによって,本件発明2は当業者が容易に想到し得たものである。

3 本件発明3について
本件発明3は,本件発明2に対して,「水処理薬品がスライムコントロール剤を含む薬品である」という構成を付加するものであるところ,甲1発明の「スライムコントロール剤」は,本件発明3の「スライムコントロール剤を含む薬品」に相当するといえるから,上述の理由のとおり,甲1発明において甲2発明の試験片を採用することによって,本件発明3は当業者が容易に想到し得たものである。

4 本件発明4について
本件発明4は,本件発明1に対して,「微生物的汚れ除去処理が微生物的障害を除去するための水処理機器による処理である」という構成を付加するものであるところ,「微生物的障害を除去するための水処理機器」は,従前周知の事項である(例えば,上記記載事項(甲6-イ)等参照)から,甲1発明において甲2発明の試験片を採用するにあたり,当該周知技術を採用することによって,本件発明4は当業者が容易に想到し得たものである。
5 本件発明5について
本件発明5,本件発明4に対して,「水処理機器が殺菌成分を発生させる機器である」という構成を付加するものであるところ,「殺菌成分を発生させる」「微生物的障害を除去するための水処理機器」は,従前周知の事項である(例えば,上記記載事項(甲6-イ)等参照)から,甲1発明において甲2発明の試験片を採用するにあたり,当該周知技術を採用することによって,本件発明5は当業者が容易に想到し得たものである。

第7 むすび
以上のとおり,本件発明1?5は,甲各号証に記載された発明および従前周知の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1?5に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,同法第123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。
審判に関する費用については,特許法169条2項において準用する民事訴訟法61条の規定により,審判費用は被請求人の負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。

平成21年 9月 4日

審判長 特許庁審判官 岡田 孝博
特許庁審判官 後藤 時男
特許庁審判官 秋月 美紀子

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〔審決分類〕P1113.121-ZA (G01N)
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
水系の水処理方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料を備えた微生物的汚れ付着のモニタリング用センサを利用する冷却水系の水処理方法であって、
前記金属材料は、焼鈍によって微生物に対する感受性を高めるための鋭敏化処理が施された金属片であり、該金属片の表面に対する微生物付着を前記センサの電位上昇によって検知し、該電位上昇に応じて微生物的汚れ除去処理を行うことを特徴とする水系の水処理方法。
【請求項2】
前記微生物的汚れ除去処理が水処理薬品を水系に添加する処理である請求項1記載の水処理方法。
【請求項3】
前記センサは、二枚の前記金属片を接合する溶接部と、該金属片間に形成されたすきま構造とをあわせ持つ構成であり、
前記水処理薬品がスライムコントロール剤を含む薬品である請求項2に記載の水処理方法。
【請求項4】
前記微生物的汚れ除去処理を行う手段が微生物的障害を除去するための水処理機器である請求項1記載の水処理方法。
【請求項5】
前記水処理機器が殺菌成分を発生させる機器である請求項4に記載の水処理方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、冷却水系の水系媒体に接触した金属配管等の微生物的汚れを検知し、その結果をもとに適正な処理状況になるよう水処理を行う方法に関するものである。詳しくは、水に接する、鋭敏化処理が施されている金属製センサの電位上昇をモニタリングすることにより、金属配管等への微生物的汚れ付着による悪影響を迅速かつ精度良く予知し、その結果に応じ水処理を行うシステムに関するものである。
【0002】
【従来の技術】
水系の障害の一つにスライム障害が挙げられる。これは、水中の微生物が原因となって起こる障害であり、熱交換器における伝熱効率の低下、配管の通水不良などの障害を引き起こすほか、配管等の腐食の原因となる。このような障害を防ぐためにスライムコントロール処理が行われており、水系への殺菌剤の添加などが行われている。また、状況に応じ付着したスライムを除去するために剥離剤添加による剥離処理が行われる(鹿島建設、栗田工業共編:配管防食マニュアル(1987年日本工業出版))。
【0003】
一般に、水系の微生物的汚れ付着を検知する方法としては水系へ浸漬したゴム板への汚れ付着量を定期的に測定する方法や、汚れ付着によるチューブ内の差圧変化から付着傾向を知る方法(NACE Standard RPO189-89,”Standard Recommended Practice On-Line Monitoring of Cooling Waters”,NACE International,Houston,USA(1996))が知られている。
【0004】
自然海水において、微生物が付着するとステンレス鋼は異常に高い電位を示すようになることが知られている(R.Johnsen:Corrosion,41,296,1985)。冷却水系においても同様の現象が認められる(平野ら:第38回腐食防食討論会,1991)。従って、自然電位を測定してモニタリングを行う方法が特開平6-201637号,特許2794772号に記載されている。また、自然電位の測定結果に基づき、薬注制御を行う方法が特開平10-142219号及び特開2000-9674号に記載されている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
従来のスライムコントロール処理方法では、処理水系に応じて選択されたスライムコントロール剤を薬剤ごとに決められた濃度添加する、あるいは決められた範囲の検出濃度で管理する方法が用いられてきた。また、環境への配慮や薬剤取り扱い時の危険性回避、作業性改善などの要求から機器を利用したスライムコントロール処理も行われるようになってきている。これらの方法により良好な処理状況が維持されている場合は何ら問題ないが、補給水質の悪化などさまざまな外的要因により従来通りの薬剤処理濃度あるいは薬剤検出濃度レベルでは処理効果が不十分な状況になった場合には系内への微生物的汚れ付着が起こり、様々な障害を引き起こすことが懸念される。このような事態を防ぐ目的で汚れ付着状況をモニタリングする場合がある(上記文献)。
【0006】
これらのモニタリング方法により水系の汚れ状況を把握し、必要に応じスライムコントロール処理強化を行うことがある。常時汚れ付着傾向を把握し、汚れ付着の危険が認められた初期の段階で処理強化策を講じることが望まれるが、現状では適当な時期に実施したモニタリング結果をもとに手動で処理強化策を講じる手段をとっている。
【0007】
オンラインで得られたモニタリング結果をもとに自動で薬注処理をコントロールするシステムが望まれるが、ゴム板による方法は、オンラインモニタリングが不可能である。一方、差圧による方法はオンライン計測が可能であるが、チューブ内への汚れの付き方、すなわち汚れが均一に付着するかまだらに付着したかによって差圧変化として得られる結果が大きく異なる場合がある。また、差圧計など高価な部品が必要である点や差圧測定用のチューブにある程度の長さが必要なためモニタリング機器設置に広いスペースが必要などの各冷却水系に設置するのに障害となる点がある。さらに、差圧測定用チューブ内の流速が一定条件下での測定が必要なため定流量バルブなどにより流量を調整して通水しているが、バルブに異物が詰まるなどしてわずかに流量が変化することで差圧測定結果に大きな影響の出ることがしばしば見られるといった問題点がある。
【0008】
また、従来の自然電位をモニタリングする方法においては平板状テストピースを用いているが、この平板状テストピースは金属表面構造が均一であり、感受性が低いといった問題があった。
【0009】
このように、微生物的汚れ付着状況をモニタリングして薬注処理または機器処理をコントロールする方法は各水系に設置するにあたり多くの課題がある。
【0010】
スライムコントロール処理が不十分のため系内に汚れが多量に付着した場合には剥離処理を実施するが、モニタリングを常時実施していない場合は系内の汚れ付着状況を把握できない場合があり、本来剥離処理を実施すべきタイミングからかなり遅れて処理を実施することもあり得る。このような場合、剥離処理実施までの期間、水系は汚れ付着による悪影響を受け続ける結果となり好ましくない。
【0011】
水系によってはあらかじめ安全性を考慮して、タイマー制御により一定期間おきに強制的に剥離処理を実施する場合もある。この場合、汚れ付着による悪影響が起こる可能性は軽減されるが、汚れ付着がないにも関わらず剥離剤を添加する可能性もある。これは、薬剤とエネルギーの無駄使いであり、処理コスト低減、環境へ与える影響等の点からも必要な処理を必要なときに実施することが望まれる。
【0012】
【課題を解決するための手段】
本発明の水系の水処理方法は、金属材料で構成されるモニタリング用センサを利用する冷却水系の水処理方法であって、前記金属材料は、焼鈍によって微生物に対する感受性を高めるための鋭敏化処理が施された金属片であり、該金属片の表面に対する微生物付着を前記センサの電位上昇によって検知し、該電位上昇に応じて、冷却水系に対して微生物的汚れ除去処理を行うことを特徴とするものである。
【0013】
微生物的な汚れを検知するモニタリング用センサとしては、鋭敏化する金属材料を鋭敏化処理したものを用いる。鋭敏化処理の方法には特に制限はなく電気炉で焼鈍するなどして鋭敏化熱処理する方法などがある。なお、鋭敏化熱処理を施した金属材料として溶接部とすきま部とを持った構造のすきま付溶接試験片を用いることも可能であり、この場合にはより感度の高い微生物的汚れ付着検知が可能となる。
【0014】
発明に係るセンサに用いる金属材料は鋭敏化するものであれば特に制限はなくステンレス鋼、ニッケル合金などが挙げられる。
【0015】
センサとしてすきま付溶接金属片を用いる場合、このすきま付溶接試験片は、例えば、同一材質の金属片2枚を重ね合わせ溶接により接合することで溶接部とすきま部を持った構造にしたものとすることができる。溶接により接合する2枚の金属片は、同一材質であれば形状等に制限はない。
【0016】
溶接方法に関しての制限は特になく、スポット溶接などの方法を用いることができる。溶接の際に、散りを生じたような試験片は使用しないように除外する。2枚の金属片を接合する際の溶接箇所数には特に制限はないが1?3箇所程度が適当である。溶接部以外の金属表面積は、溶接部の面積に比べ広いことが望ましい。溶接後の溶接部周辺後処理(応力除去等)は行わずそのまま使用する。溶接により接合された2枚の金属片の間のすきまは、すきま開口部の開口幅がすきまの奥行き長さに比べ10分の1以下になるようにすることが望ましい。
【0017】
センサに用いる鋭敏化処理を施した金属材料(以下「センサ用金属材料」と称す場合がある。)には被覆導線が接続され、この導線を介して電位の測定を行う。この金属材料と被覆導線の接続方法には、特に制限はなく、圧着端子を取り付けた被覆導線をネジ止めにて接続する方法やハンダ付けにより接続する方法などがある。
【0018】
水系の水温が生物の生育可能な温度範囲であれば、センサに用いる鋭敏化処理を施した金属材料は、特に加温の必要はないが、水温が微生物の生育しにくい低温であっても系内に伝熱面など微生物の生育に適した環境がある場合には、その環境を模擬して面状発熱体を貼り付けて加温しても良い。
【0019】
この場合、面状発熱体は、金属材料が前述のすきま付溶接金属片であれば、溶接した2枚の金属片のうち面積の広い金属片外表面に貼り付けて使用するのが好ましい。2枚の金属片の面積が同じ場合にはどちらに貼り付けても良い。面状の発熱体を用いることで被加熱物、すなわちすきま付溶接金属片等のセンサ用金属材料を均一に加熱することができ、伝熱面を模擬した環境をも再現することが可能となる。
【0020】
ここで用いる面状発熱体には特に制限はないが、面状発熱体をセンサ用金属材料に貼り付けた際に、センサ用金属材料と面状発熱体との間に電気が導通しないようにする必要がある。このような対策としては、面状発熱体外面を絶縁性の樹脂等でコーティングするなどの方法がある。
【0021】
面状発熱体によりすきま付溶接金属片等のセンサ用金属材料の加熱を行う場合、水中に浸漬した際の伝熱面温度が微生物の生育可能な温度範囲にする必要がある。そのような温度範囲であれば特に制限はないが、伝熱面温度が10?50℃の範囲になることが望ましい。そのため面状発熱体に温度調整機構を取り付けることが望ましい。温度調整機構としては、液膨サーモスタット、バイメタルサーモスタット、熱電対温度センサ利用による制御機構などを用いることができる。さらに温度調整機構として、温度変化に対して電気抵抗が急変する性質、いわゆる正特性を持つ抵抗組成物(PTCヒーター)を面状発熱体に用いることで、発熱体自身が温度調整機能を有するため装置をより単純な構成で製作することができる。正特性抵抗組成物(PTCヒーター)を発熱体に用いる場合は、外部温度センサが不要であり、故障時の過熱などの問題もない。また、外部センサによる温度制御に比べ、必要な電気エネルギー量が少なくて済む場合が多く、省エネルギー化が可能である。
【0022】
面状発熱体の寸法、形状等に制限はないが、面状発熱体を貼り付けるセンサ用金属材料表面の寸法・形状とあわせるのが望ましい。
【0023】
センサ用金属材料と面状発熱体の貼り付け方法には特に制限はなく、接着剤、両面テープなどを利用する方法があるが、接着に使用する物質が面状発熱体が発する熱により影響を受けないものを用いる必要がある。
【0024】
センサに用いる鋭敏化処理を施した金属材料は、モニタリングに供する金属片表面以外の金属部分がモニタリング水と接しないようになっていれば形状等に特に制限はない。このような方法としては、例えば、すきま付溶接金属片表面の被モニタリング部を除く部分(電位測定用被覆導線と金属片の接続部等)を絶縁性の樹脂、例えばシリコーン樹脂等で被覆する方法などがある。
【0025】
本発明者の検討によれば、水系に浸漬した鋭敏化処理を施した金属材料からなるセンサの電位は、系内が微生物的な汚れ付着傾向にある場合に上昇する。この現象は、鋭敏化処理を施していない同種の金属片においても認められるが、反応の感度は鋭敏化処理を施した場合の方が明らかに優れている。特に、鋭敏化処理した金属材料が溶接部、すきま構造をあわせ持つ場合には、さらに微生物に対する感受性の高くなる結果を得ており、このセンサを用いることにより、より一層感度よく微生物的汚れ付着の悪影響を検知できるため適切な処理コントロールを行うことが可能となる。
【0026】
具体的には、センサをモニタリング水系の水と接触させる。スライムコントロール処理が適正に行われている場合には、センサの電位はほぼ一定の値を推移する。処理が不十分な状況になった場合には、センサが反応し電位上昇傾向が認められるようになる。このような信号が認められた場合には汚れを除去するよう自動的に制御を行う。例えば、センサの電位がある閾値を越えた場合に強化処理あるいは剥離処理を実施する信号を出し水系への薬注制御または微生物的障害を除去する機器を作動させる制御を行う。
【0027】
ここで用いる機器は、微生物的障害を除去できるものであれば特に制限はなく、膜による微生物除去、UVによる殺菌、オゾン、塩素、次亜塩素酸、過酸化水素、二酸化塩素、ラジカル種活性酸素など殺菌成分を発生させる機器などが例示される。
【0028】
閾値は、ある水系にセンサを浸漬した場合、つまり汚れの影響がない場合にセンサが示す電位により適宜選定することができる。一般的な冷却水系の場合、100?300mVvs.Ag/AgCl/sat.KClの範囲に設定することが望ましい。
【0029】
スライムコントロール処理の強化方法としては、通常使用している薬剤の添加量を増やす、あるいは通常使用している薬剤の他に他の薬剤を添加する等の方法が挙げられる。通常使用している薬剤の使用量を増やす方法に特に制限はないが、通常のスライムコントロール剤を連続注入している場合には定常的な薬注ポンプの薬注量を増やす制御を行う方法や、通常の薬注ポンプはそのままの薬注を続け、その他に処理強化時用の薬注ポンプをもう一台設置し処理強化薬注を行う方法が挙げられる。この際の処理強化処理の薬剤は連続注入でも間欠注入でも可能である。また、通常のスライムコントロール剤を間欠添加している場合には、添加頻度を上げるような制御を行う、あるいは一度の添加量を増やすような制御を行うことができる。
【0030】
通常使用しているスライムコントロール処理剤と異なる薬剤を添加する場合には、強化処理用の薬注ポンプを設置し、センサの信号に応じてポンプを制御し強化処理を行うことができる。この場合も、強化処理薬剤の添加方法は連続注入でも間欠注入でも可能である。また、これらの薬注処理と微生物的障害を除去する機器処理は単独の実施のみに限定されず、これらの処理を適宜併用する制御を行うことも可能である。
【0031】
これらの強化処理は、センサの電位信号が汚れの影響のないレベル(正常電位値)に回復するまで継続して行う。正常電位値は水系によって適宜設定することができる。
【0032】
剥離処理の方法としては、剥離処理用のポンプを設置し剥離剤を所定量バッチ添加する。剥離処理は、通常1回だけ行う。
【0033】
センサの電位が強化処理開始後あるいは剥離処理実施後一定の期間経過して正常電位値に回復しない場合は、異常発生の信号を発するようにする。
【0034】
異常発生信号が検出された場合には、センサの異常がないか確認するとともに、水系の汚れ状況を水質分析の結果や他のモニタリング方法などから総合的に判断し、間違いなく汚れの状況がひどい場合には、さらなる剥離処理を行うとともに抜本的な対策を行う必要がある。
【0035】
スライムコントロール処理として塩素などの酸化剤を用いている場合、センサの電位が酸化剤濃度により変化するため、汚れ付着傾向のモニタリングに支障をきたす場合がある。しかし、系内の酸化剤濃度を自動測定し、その結果に応じた薬注制御を行うようなシステムを用いて系内の酸化剤濃度を一定に保つような工夫をすることにより、スライムコントロール処理剤として塩素のような酸化剤を使用している水系においても使用可能である。強化処理として酸化剤を用いることは可能であるが、酸化剤濃度が高くなりすぎることにより、センサの電位が影響を受ける可能性があることや、系内の材質の腐食が懸念される場合もあるため可能であれば、非酸化剤系の薬剤を用いることが望ましい。また、機器による微生物的障害を除去する場合においても、酸化性成分を発生させるものについては、酸化剤濃度が高くならないようにコントロールすることが望ましい。
【0036】
センサの電位測定方法並びに薬注ポンプ及び微生物的障害を除去するための水処理機器を作動させる制御方法は上記のような信号検知による処理制御を行うことができる方法であれば特に制限はなく、コンピューターによる制御法などが挙げられる。センサの電位計測頻度にも特に制限はないが、1日あたり6回以上行うことが望ましい。
【0037】
センサは、定期的に交換することが望ましい。交換頻度には制限はないが1年に1度は交換した方が良い。また、異常信号が検出された際には交換することが望ましい。
【0038】
センサ設置個数には制限はない。センサの精度を考慮し、複数個設置してもよい。この場合、本発明に用いられるような鋭敏化処理を施した金属材料よりなるセンサと鋭敏化処理を施していないセンサのように感受性の異なるセンサを複数個用いることにより、さらに処理状況に対応した強化処理を実施することができる。これには感受性が高いセンサについて電位上昇がみられた後、やや感受性が低いセンサの電位上昇が生じた時に、さらなる強化処理を施すことで実現できる。
【0039】
【実施例】
〔実施例1〕微生物的汚れ検知に利用するセンサの微生物的汚れ感受性評価結果を図1に示す。
【0040】
試験は、現場より採取したスライムを含む汚れ成分を添加した冷却水に
▲1▼SUS304製のテストピース
▲2▼SUS304製のテストピースを650℃で24時間鋭敏化処理したテストピース
▲3▼SUS304製大小2枚のテストピースをスポット溶接し、溶接部・すきま構造を持たせたものを650℃で24時間鋭敏化処理したテストピース
の3種を浸漬した際の電位変化を測定して行った。
【0041】
図1より明らかなように、▲3▼のテストピースは浸漬直後の電位から最も早く上昇傾向を示した。次いで、▲2▼のテストピースが上昇傾向を示した。▲1▼のテストピースは今回の試験期間において、浸漬直後の電位から殆ど変化がなかった。
【0042】
この結果は、鋭敏化処理を施した金属材料、さらに溶接部・すきま構造を有する金属材料が微生物的汚れに対する感受性の高いことを示している。
【0043】
なお、▲1▼?▲3▼のいずれのテストピースも、水系に汚れ成分を添加しない場合には、電位が安定に推移することを確認している。
〔実施例2〕実施例1の▲3▼のテストピースを用い、実機冷却水系を模擬したパイロットプラントにおいて金属(ここではSUS304)の電位モニタリングを行い、それに基づいて水処理を実施した。
【0044】
水系は図2に示す通りである。冷却ファン18及びピット19を有する冷却塔20内の水が送水ポンプ21及び送水配管22を介して熱交換器23へ送られ、戻り配管24を介して冷却塔20へ循環される。この送水配管から採水用の配管25が分岐し、採取された水がテスト管26内に通水された後、冷却塔20または配管22,24へ戻される。
【0045】
このテスト管26にはセンサ11と共に参照電極(AgCl/sat.KCl電極)12が設けられており、該センサ11及び参照電極12の信号は計測制御機器13に入力されている。計測制御機器13では、参照電極12を基準としてセンサ11の電位を計測する。この計測制御機器13からの制御信号が薬注ポンプ17に与えられる。
【0046】
この薬注ポンプ15,17は、タンク16内のスライムコントロール剤をピット19に薬注するためのものである。
【0047】
センサ11が汚れ付着傾向を検知していないときには通常薬注用のポンプ15のみから薬注が行われる。センサ11が汚れ付着傾向を検知すると、ポンプ15及びポンプ17の双方から薬注が行われ、強力なスライム抑制処理が行われる。
【0048】
図3はこの薬注処理において通常薬注ポンプ15を停止し、かつ実冷却水系より採取したスライムを含む汚れ成分を定期的に添加した際の、センサ11の検出電位の経時変化を示すグラフである。11日目で電位が設定閾値(上)=0.20Vを超えたので、自動的にポンプ17から有機系スライムコントロール剤の薬注を行った。その結果、電位が設定閾値(下)=0.17Vまで低下してきたので、自動的にポンプ17による薬注を停止した。
【0049】
【発明の効果】
本発明のシステムは、微生物的汚れの影響をセンサにより精度良く検知し、薬注処理または機器処理を制御することにより適切なスライムコントロール処理を行い、水系の処理状況を良好に維持しようとするものである。
【0050】
本発明の方法では、汚れ付着傾向モニタリング結果を少スペース、安価な装置によりオンライン測定し、結果をもとにスライムコントロール強化処理を行うことができる。初期段階の汚れの影響を捉えられ処理を行うことにより系内の障害を未然に防ぐことができる。また、必要なときに、必要なだけ強化処理を行うため薬剤の無駄使いがなく、環境におよぼす影響も最小限に抑えることが可能となる。機器処理についても必要に応じて作動させるため、電力面やメンテナンス面でも経済的である。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例1における各テストピースの微生物的汚れ感受性評価結果を示すグラフである。
【図2】実施例2に係る方法が適用された冷却水系の概略的な系統図である。
【図3】実施例2に係る方法が実施された場合の腐食電位の経時変化を示すグラフである。
【符号の説明】
11 センサ
12 参照電極
13 計測制御機器
15 通常薬注ポンプ
16 通常処理スライムコントロール剤
17 強化処理用ポンプ
18 冷却塔
19 冷却塔ピット
20 冷却塔
21 送水ポンプ
22 送水配管
23 熱交換器
24 戻り配管
25 採水用の配管
26 テスト管
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審決日 2009-09-04 
出願番号 特願2000-35544(P2000-35544)
審決分類 P 1 113・ 121- YA (G01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 野村 伸雄  
特許庁審判長 秋月 美紀子
特許庁審判官 郡山 順
居島 一仁
登録日 2004-02-06 
登録番号 特許第3518463号(P3518463)
発明の名称 水系の水処理方法  
代理人 秋山 雅則  
代理人 渡邊 薫  
代理人 井上 美和子  
代理人 野河 信太郎  
代理人 金子 裕輔  
代理人 梅田 慎介  
代理人 渡邊 薫  
代理人 梅田 慎介  
代理人 井上 美和子  

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