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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16C
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16C
管理番号 1226059
審判番号 不服2009-17860  
総通号数 132 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-12-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-09-24 
確定日 2010-10-27 
事件の表示 特願2002-342145「動圧軸受装置、その製造方法及びそれを用いたモータ」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 6月24日出願公開、特開2004-176778〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成14年11月26日の出願であって、平成21年6月25日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成21年9月24日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、同日付けで手続補正がなされたものである。

2.平成21年9月24日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成21年9月24日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
(1)本件補正後の本願発明
本件補正により、特許請求の範囲は、
「【請求項1】
ハウジングと、該ハウジングの内周に固定された軸受スリーブと、軸部およびフランジ部を有する軸部材と、前記ハウジングの一端部に固定されたスラスト部材と、前記軸受スリーブと軸部との間に設けられ、ラジアル軸受隙間に生じる潤滑油の動圧作用で前記軸部をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、前記軸受スリーブ及びスラスト部材とフランジ部との間に設けられ、スラスト軸受隙間に生じる潤滑油の動圧作用で前記フランジ部をスラスト方向に非接触支持するスラスト軸受部とを備えた動圧軸受装置において、
前記スラスト部材は、前記ハウジングの一端部に設けられた圧入部の内周に所定の締代をもって圧入され、
前記ハウジングは、その外周に、所定の軸方向寸法を有し、保持部材の内周に密着固定される固定面を有し、
前記固定面は、前記スラスト部材の圧入に伴って外径側に変形する変形領域を有し、該変形領域は、前記ハウジングの圧入部の他端側に隣接すると共に、前記スラスト部材を圧入する前の状態で、前記ハウジングの一端側に向かって漸次縮径するテーパ形状とすることで、前記圧入時の変形量に相当する量だけ前記固定面の他の領域に対して内径側に後退しており、かつ、
前記固定面は、前記スラスト部材を圧入した状態で、前記変形領域を含む軸方向全領域にわたって軸方向に実質的にストレートな形状を有することを特徴とする動圧軸受装置。
【請求項2】
ハウジングと、該ハウジングの内周に固定された軸受スリーブと、軸部およびフランジ部を有する軸部材と、前記ハウジングの一端部に固定されたスラスト部材と、前記軸受スリーブと軸部との間に設けられ、ラジアル軸受隙間に生じる潤滑油の動圧作用で前記軸部をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、前記軸受スリーブ及びスラスト部材とフランジ部との間に設けられ、スラスト軸受隙間に生じる潤滑油の動圧作用で前記フランジ部をスラスト方向に非接触支持するスラスト軸受部とを備えた動圧軸受装置を製造する方法において、
前記ハウジングの一端部に前記スラスト部材を所定の締代で圧入する圧入部を形成すると共に、前記ハウジングの外周に、所定の軸方向寸法を有し、保持部材の内周に密着固定される固定面を形成し、かつ、
前記スラスト部材の圧入に伴って外径側に変形する該固定面の変形領域を、前記ハウジングの圧入部の他端側に隣接させて設けると共に、前記変形領域を、前記ハウジングの一端側に向かって漸次縮径するテーパ形状に形成することで前記圧入時の変形量に相当する量だけ前記固定面の他の領域に対して内径側に後退させ、
前記スラスト部材を前記ハウジングの圧入部の内周に圧入して固定し、前記固定面を前記変形領域を含む軸方向全領域にわたって軸方向に実質的にストレートな形状にしたことを特徴とする動圧軸受装置の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の動圧軸受装置を備えたモータ。」に補正された。
上記補正は、請求項1についてみると、実質的に、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「前記ハウジングの一端側に向かって漸次縮径するテーパ形状を有し、」という事項を「前記ハウジングの一端側に向かって漸次縮径するテーパ形状とすることで、前記圧入時の変形量に相当する量だけ前記固定面の他の領域に対して内径側に後退しており、」という事項に減縮するものであって、これは、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。なお、請求項1については、上記の減縮補正のほかに、補正前の「所定量変形」が補正後の「変形」と補正されている。この補正に関しては、審判請求の理由における「今回の補正は、ハウジングの固定面又は固定面の一部に設けた変形領域の圧入前後の形状を特定するものであることから、特許請求の範囲の減縮を目的とし、」との主張も参酌して、請求項1の記載事項を実質的に補正するものではないと判断した(ただ、「所定量」が削除されている点を形式的に捉えると、目的外補正にあたることはいうまでもない)。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。
(2)引用例
(2-1)引用例1
特開平11-103554号公報(以下、「引用例1」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(あ)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、動圧軸受を用いたモータに係わり、特に磁気ディスク装置,光ディスク装置等に用いられ、精度が高く,耐衝撃性に優れたスピンドルモータの軸受構造に関する。」
(い)「【0010】
【発明の実施の形態】本発明の実施例を図1を参照しながら説明する。図1は動圧軸受を用いた磁気ディスク装置のスピンドルモータ部分を示す。1はハブで、フランジ部7にディスクが載置され、図示していないクランプ装置とねじ部17に螺合するねじにより固定される。2はシャフトで、軸受装置4の軸受メタル12に回転自在に支持されている。シャフト2の上部は、前記ハブ1との嵌合部19で接着,溶接等により一体化され、下端部は球面形状でスラスト受け10に支持されている。また、シャフト2の下端部付近にはスラスト方向規制用のストッパプレート3が一体化されている。
【0011】軸受ハウジング11には、上部にシール部材9,2個の軸受メタル12の間に、軸方向に着磁されたシールマグネット8、下部には前記スラスト受け10が気密的に嵌装されている。室13には潤滑剤として磁性流体が注入され、この軸受装置4は軸受ハウジング11の外周がベース14に接着固定されている。
【0012】15は珪素鋼板製ステータコアで、コイル16が巻回され、ベース14に接着固定されている。ステータコア15の外周は、ロータマグネット5の内径に所定の空隙で対向している。6はアルミ,銅等の比較的柔らかい金属製のリングで、これを潰してハブ1にロータマグネット5が固定されている。
【0013】次に軸受装置4の詳細を図2,図3,図4,図5で説明する。図2はシャフト2とストッパプレート3とを一体化した状態を示す。図4はその詳細断面図である。シャフト2の外周に溝2aが形成され、ストッパプレート3を嵌めた後、その端面の一部を潰すことにより、凹み3aが形成され、材料の逃げ場である溝2aに塑性変形して流動する。潰す際にはストッパプレート3の上面,外周面を治具で精度良く受け、塑性流動が溝2a付近で確実に起こるようにする。
【0014】例えばシャフト2の材質がステンレス軸受鋼SUS420J2,熱処理硬度HRC54,軸径3mm,溝の深さ0.07mm 、ストッパプレート3の材質がSUS304,硬度HRC20,厚さ0.8mm,嵌合の隙間が0.01mmの場合、凹み深さは約0.1mm,凹み幅が約0.2mmとすると、200kgf程度の潰し荷重で、塑性流動により強固に一体化できた。
【0015】ストッパプレート3と対向する軸受メタル12の一方の端部とのスラスト方向隙間δを高精度で設定するには、シャフト2の軸方向とストッパプレート3の上面との直角精度が重要であるが、潰し治具の受け部分を精度良く製作しておけば、これにならって一体化される。ここでスラスト方向隙間δは10μm前後の値である。シャフト2の外径精度は例えば、公差幅1μm,真円度誤差0.1μm 程度を必要とするが、ストッパプレート3とシャフト2とを切削一体物とする製法は、量産レベルでは不可能に近い。本発明のようにシャフト2とストッパプレート3とを別々に製作すれば、夫々の加工精度を高めることは容易である。
【0016】次にスラスト受け10の嵌装方法について説明する。図2を反転した状態の図5において、まずシャフト2とストッパプレート3とを一体化したもの(図3の状態)を、軸受メタル12の端面まで当接するまで挿入する。次いでシャフト2の下端部(図5)を治具で受けた後、所定のスラスト方向隙間δの2倍分だけシャフト2を持ち上げる。この操作は、例えば軸方向のストロークを変位測定器で測定し、油圧で治具を持ち上げる等、容易に構成できる。
【0017】次いでスラスト受け10を軸受ハウジング11に圧入するには、スラスト受け10を上方から載せ、その上面に治具を当てて押し込む。押し込んで行くとピボット軸受部18に当たり、この時点からδ分だけさらに押し込んで停止させると、残りのδがスラスト方向隙間として自動的に設定される。ここで初期の設定を2δとしたが、任意の値に設定しても良い。」
以上の記載事項及び図面からみて、引用例1には、次の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「軸受ハウジング11と、軸受ハウジング11の内周に気密的に嵌装された軸受メタル12と、シャフト2およびストッパプレート3を有する軸部材と、軸受ハウジング11の一端部に圧入されたスラスト受け10と、軸受メタル12とシャフト2との間に設けられるラジアル軸受部と、軸受メタル12及びスラスト受け10とストッパプレート3との間に設けられるスラスト軸受部とを備えた軸受装置において、
スラスト受け10は、軸受ハウジング11の一端部に圧入され、
軸受ハウジング11の外周は、ベース14に接着固定されている軸受装置。」
(2-2)引用例2
特開2002-61641号公報(以下、「引用例2」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(か)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、動圧型軸受装置に関する。この軸受装置は、特に情報機器、例えばHDD、FDD等の磁気ディスク装置、CD-ROM、DVD-ROM等の光ディスク装置、MD、MO等の光磁気ディスク装置などのスピンドルモータ、あるいはレーザビームプリンタ(LBP)のポリゴンスキャナモータなどのスピンドル支持用として好適である。」
(き)「【0013】軸受部材8は、例えば多孔質材、特に燒結金属で形成され、その内部の気孔に潤滑油又は潤滑グリースが含浸されて含油軸受とされる。軸受部材8の内周面8aの、ラジアル軸受面となる領域には動圧溝が形成される。軸部材2が回転すると、ラジアル軸受隙間S5に動圧作用が発生し、軸部材2の軸部2aがラジアル軸受隙間S5内に形成される潤滑油の油膜によってラジアル方向に回転自在に非接触支持される。これにより、軸部材2をラジアル方向に回転自在に非接触支持するラジアル軸受部11が構成される。尚、動圧溝は、軸部材2の軸部2aの外周面に形成しても良い。
【0014】スラスト板2bの上端面2b1又は軸受部材8の下端面8b、および、スラスト板2bの下端面2b2又はハウジング7の内面7c1の、スラスト軸受面となる領域には、それぞれ動圧溝が形成される。軸部材2が回転すると、スラスト軸受隙間S3およびS4に動圧作用が発生し、軸部材2のスラスト板2bがスラスト軸受隙間S3、S4内に形成される潤滑油の油膜によってスラスト方向に回転自在に非接触支持される。これにより、軸部材2をスラスト方向に回転自在に非接触支持するスラスト軸受部12が構成される。
【0015】ラジアル軸受面およびスラスト軸受面の動圧溝形状は任意に選択することができ、公知のへリングボーン型、スパイラル型、ステップ型、多円弧型等の何れかを選択し、あるいはこれらを適宜組合わせて使用することができる。」
(2-3)引用例3
特開2001-280534号公報(以下、「引用例3」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(さ)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、例えば車両のオートマチックトランスミッション等の制御に使用される流体の流路を切替える電磁弁に関し、特に、その弁収容部材の構造に関する。」
(し)「【0006】
【発明が解決しようとする課題】ところで、弁収容部材内に弁座を設けるにあたり、別体で用意した高硬度の弁座部材を弁収容部材内に圧入固定する構造が主流となっている。これは、弁収容部材自体に一体で弁座を設けると、弁収容部材自体の加工費用が高くなることに加え、弁機能の耐久性向上のため弁座面の高硬度化を実現するために、より高硬度の材質を採用せざるを得なくなり、さらに加工費用が高くなることからである。
【0007】しかし、上述したOリングレスタイプの面シール構造を採用した電磁弁においては、シール面である弁収容部材の外周面(外径)に高い寸法精度が要求されるところ、別体の弁座部材を弁収容部材内に圧入固定する構造を採用すると、圧入による弾性変形により弁収容部材の外径が膨張するので、圧入後の膨張を考慮して、圧入代(弁収容部材の内径及び弁座部材の外径)及び弁収容部材の外径を設計しなければならない。その結果、これら各寸法の公差をより一層狭く設定する必要が生じ、各寸法を実現するため、必要に応じて切削工程、研磨工程等の余分な仕上げ工程が必要となり、コスト上昇に繋がってしまうという問題があった。」
(す)「【0020】図2は、本発明のポイントとなっている、弁収容部材21部分の軸方向断面の拡大図である。弁収容部材21は、図2に示すごとく概ね段付き円筒形状を有しており、2箇所の円筒形状部(外周面21bと内表面21fとで形成された部分、及び外周面21bと内表面21hとで形成された部分)を有している。かかる2箇所の円筒形状部の肉厚部には、夫々リング状溝27a及び27b(欠損部)が設けられており、これらリング状溝27a,27bが溝深さ方向(軸方向)に存在している軸方向範囲内において、弁収容部材21の内表面21f及び21hに、それぞれ第1弁座部材29の外周面29b及び第2弁座部材31の外周面31aが圧入されている。このように、円筒形状部の肉厚部にリング状溝27a,27bを設けたので、第1弁座部材29及び第2弁座部材31が圧入され弁収容部材の円筒形状部の内表面21f及び21hが弾性変形しても、その弾性変形が円筒形状部の外周面21bに直接伝達されず、円筒形状部の外周面21bが膨張しにくくなる。従って、圧入による膨張を考慮する必要がなくなる分、シール機能を併せ持つ円筒形状部の外周面21bの寸法、及び、圧入代に関連する円筒形状部の内表面21f,21hの寸法及び第1・第2弁座部材29,31の外径寸法29b,31aの各公差を広げることが可能となる。よって、各寸法を実現するため従来必要となる場合があった切削工程、研磨工程等の余分な仕上げ工程が不要となり、安価で作製容易な電磁弁を提供することができる。」
(2-4)引用例4
特開平6-20209号公報(以下、「引用例4」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(た)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は磁気ヘッド、耐摩耗性マスク材及びシールドケースに関するものである。」
(ち)「【0022】本実施例によれば、図1及び図2に示すように、シールドケース4の上面に形成した開口部22、23に対し、耐摩耗性マスク47、48(実際にはマスク材47A、48A)をシールドケース4の内側から圧入し、この圧入後の研摩によって耐摩耗性マスク47、48に仕上げている。」
(つ)「【0025】図1及び図2には一方のマスク47について図示した(他方のマスク48でも同様)が、上記圧入に際し、開口部22の壁部に傾斜面47a、47bを両側で接触させつつ一挙に押し込むと、マスク材47Aの下端エッジ部47c、47dが開口部22の壁部下端4a、4bを幾分外方へ変形させて食い付くことになる。傾斜面47a、47bの角度は、圧入時の圧力とケース4の変形度合を考慮して設定することができる。」
(3)対比
本願補正発明と引用例1発明とを比較すると、後者の「軸受ハウジング11」は前者の「ハウジング」に相当し、以下同様に、「気密的に嵌装された」は「固定された」に、「軸受メタル12」は「軸受スリーブ」に、「シャフト2」は「軸部」に、「ストッパプレート3」は「フランジ部」に、「圧入された」は「固定された」に、「スラスト軸受10」は「スラスト部材」に、「ベース14」は「保持部材」にそれぞれ相当する。また、その機能ないし引用例1の各図面に示されているような技術常識に鑑みれば、同様に、「スラスト受け10は、軸受ハウジング11の一端部に圧入され、」は「前記スラスト部材は、前記ハウジングの一端部に設けられた圧入部の内周に所定の締代をもって圧入され、」に、「軸受ハウジング11の外周は、ベース14に接着固定されている」は「前記ハウジングは、その外周に、所定の軸方向寸法を有し、保持部材の内周に密着固定される固定面を有し、」に相当する。
したがって、本願補正発明の用語に倣って整理すると、両者は、
「ハウジングと、該ハウジングの内周に固定された軸受スリーブと、軸部およびフランジ部を有する軸部材と、前記ハウジングの一端部に固定されたスラスト部材と、前記軸受スリーブと軸部との間に設けられるラジアル軸受部と、前記軸受スリーブ及びスラスト部材とフランジ部との間に設けられるスラスト軸受部とを備えた軸受装置において、
前記スラスト部材は、前記ハウジングの一端部に設けられた圧入部の内周に所定の締代をもって圧入され、
前記ハウジングは、その外周に、所定の軸方向寸法を有し、保持部材の内周に密着固定される固定面を有する軸受装置。」である点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]
本願補正発明の「ラジアル軸受部」及び「スラスト軸受部」はそれぞれ「ラジアル軸受隙間に生じる潤滑油の動圧作用で前記軸部をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部」及び「スラスト軸受隙間に生じる潤滑油の動圧作用で前記フランジ部をスラスト方向に非接触支持するスラスト軸受部」であるのに対して、引用例1発明の「ラジアル軸受部」及び「スラスト軸受部」はそのような事項を備えていない点。
[相違点2]
本願補正発明は、「前記固定面は、前記スラスト部材の圧入に伴って外径側に変形する変形領域を有し、該変形領域は、前記ハウジングの圧入部の他端側に隣接すると共に、前記スラスト部材を圧入する前の状態で、前記ハウジングの一端側に向かって漸次縮径するテーパ形状とすることで、前記圧入時の変形量に相当する量だけ前記固定面の他の領域に対して内径側に後退しており、かつ、前記固定面は、前記スラスト部材を圧入した状態で、前記変形領域を含む軸方向全領域にわたって軸方向に実質的にストレートな形状を有する」という事項を備えているのに対して、引用例1発明は、そのような「変形領域」を備えているかどうか、不明確であるとともに、そのほかの「テーパ形状」、「実質的にストレートな形状」等の事項を備えていない点。
(4)判断
(4-1)[相違点1]について
上記に摘記したように、引用例2には、軸受装置の「ラジアル軸受部」及び「スラスト軸受部」を動圧軸受としたものが示されている。技術分野の共通性ないし関連性からみて、引用例1発明に引用例2の上記事項を適用することは、当業者が容易に想到し得たものと認められる。
(4-2)[相違点2]について
引用例1発明の「スラスト受け10は、軸受ハウジング11の一端部に圧入され、」という事項が本願補正発明の「前記スラスト部材は、前記ハウジングの一端部に設けられた圧入部の内周に所定の締代をもって圧入され、」という事項に相当し、同様に、「軸受ハウジング11の外周は、ベース14に接着固定されている」という事項が「前記ハウジングは、その外周に、所定の軸方向寸法を有し、保持部材の内周に密着固定される固定面を有し、」という事項に相当することは上記のとおりである。引用例1には、その「固定面」がスラスト受け10部材の圧入に伴って外径側に変形する変形領域を有していることは明記されていないが、引用例1発明がそのような「変形領域」を有していること、及び、そのような「変形領域」が軸受ハウジング11の圧入部に隣接することは、技術的にみて必然的ないし当業者にとって自明である。
また、上記に摘記したように、引用例3には、電磁弁に関してではあるが、別体の弁座部材を弁収容部材内に圧入固定する場合、圧入による弾性変形により弁収容部材の外径が膨張すること、そこで、圧入後の膨張を考慮して、圧入代(弁収容部材の内径及び弁座部材の外径)及び弁収容部材の外径を設計しなければならないことが示されている(特に上記(し)参照)。引用例4にも、磁気ヘッドに関してではあるが、同様に、シールドケースの開口部に耐摩耗性マスクを圧入すると、ケースが変形することが示されている(特に上記(つ)参照)。このように弁座部材等の内側部材を弁収容部材等の外側部材に圧入する場合、弁収容部材等の外側部材が圧入部位において拡径変形ないし膨張すること、その影響は圧入部位の近傍にも及ぶとともに、その影響の程度は圧入部位から離間するほど小さくなることは技術合理的ないし当業者にとって自明である。そして、引用例3には、そのような圧入後の拡径変形ないし膨張を考慮して、弁収容部材等の外側部材の外径を設計すべきことが記載されているのであるから、上記のように圧入による拡径変形ないし膨張の程度が圧入部位から離間するほど小さくなることを合わせ考えると、引用例3には、圧入前の弁収容部材等の外側部材の外径寸法を、圧入による拡径変形ないし膨張に見合うように縮径し、その縮径の程度を圧入部位から離間するほど漸次小さくなるようにすべきことが実質的に示唆されているといえるとともに、また、そのようにすべきことは、引用例3、4の上記記載に基づいて当業者がたやすく推知し得る技術的知見にすぎないと認められる。その際、縮径形状とする範囲は、圧入の締代の程度、圧入後の所要寸法精度等に応じて適宜設定すべき事項にすぎない。引用例1発明の「変形領域」に、引用例3、4に示されている上記事項、ないしそれらから推知し得る上記事項を適用することは、当業者が容易に想到し得たものと認められる。このようにしたものは、実質的にみて、相違点2に係る本願補正発明の上記事項を具備するということができる。
そして、本願補正発明の作用効果は、引用例1?4に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が予測し得た程度のものである。
したがって、本願補正発明は、引用例1?4に記載された発明、及び周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

なお、請求人は審判請求の理由において、
「ここで、審査官は、上記拒絶査定謄本において、『引用文献3記載の発明において、部材に形成された開口部に対して他部材を圧入嵌合すれば、他部材が直接的に圧入される部分の外径が拡径するように変形するとともに、その圧入部に隣接する近傍部分にも拡径するような変形が生じること、及び、その近傍部分における変形の影響が、他部材が直接的に圧入される部分から離れるにしたがって小さくなることは、当業者にとって明らかである』と指摘している。
しかし、ある部材の開口部に対して他の部材を圧入嵌合した際、当該圧入部に(圧入方向に沿った向きに)隣接する部分がどのように変形するかは、圧入される部材の形状やその圧入条件等によって異なるのが通常である。本願発明のような変形態様は、ハウジングの一端部に、フランジ部との間にスラスト軸受部を構成するスラスト部材を圧入する場合に特有の態様であり、例えば引用文献3の図2に示す弁収容部材21に弁座部材29を圧入した場合に、本願発明に係るハウジングと同様の変形が生じるとは限らない。
また、上記審査官の指摘が適当であるならば、引用文献3に記載の発明において、弁収容部材21のうち、弁座部材29,31が直接的に圧入される部分の外周面21fに隣接する近傍部分についても、その拡径変形を防止するための何らかの対策が講じられていて然るべきである。しかし、引用文献3には、その旨の記載又は示唆は一切開示されていない。このことは、同文献の段落0020の以下の記載『(弁収容部材21の)2箇所の円筒形状部の肉厚部には、夫々リング状溝27a及び27b(欠損部)が設けられており、これらリング状溝27a,27bが溝深さ方向に存在している軸方向範囲内において、弁収容部材21の内表面21f及び21hに、それぞれ第1弁座部材29の外周面29b及び第2弁座部材31の外周面31aが圧入されている。』からも明らかである。」(ここでの「引用文献3」は本審決の「引用例3」である。)と主張している。
しかし、「引用文献3の図2に示す弁収容部材21に弁座部材29を圧入した場合に、本願発明に係るハウジングと同様の変形が生じるとは限らない」ことは、圧入によって「どのように変形するかは、圧入される部材の形状やその圧入条件等によって異なるのが通常である」以上、当然のことであるとともに、圧入される部材の形状やその圧入条件等によっては圧入部位の近傍に圧入の影響が及び得ることも、当然のことであり当業者に明らかなことである。そして、引用例1発明が圧入による「変形領域」を有していること、及び、引用例1発明の「変形領域」に引用例3、4に示されている上記事項ないしそれらから推知し得る上記事項を適用することは当業者が容易に想到し得たものと認められることは上記のとおりである。
同じく、平成22年3月4日付け回答書において、「そもそも一般論として、他部材の圧入時における被圧入部材の変形態様を上述の如く断定的に論じることには無理があります。被圧入部材や圧入部材個々の形状や圧入形態等が特定されないことには、圧入時の所定部位の変形態様が確定しないことは明白だからです。」と主張している。その趣旨が必ずしも明らかではないが、前置報告書ないし本審決では、任意のいかなる形状であっても圧入部位の近傍に所定の変形が生じると断定しているのではなく、引用例1発明は上記のような「変形領域」を有しており、そのような「変形領域」では圧入の影響の程度は圧入部位から離間するほど小さくなると認定・判断しているにすぎない。
同じく、該回答書において補正案が提示されているが、「段部」は引用例1にも示されており、上記判断に影響を及ぼすものではない。

(5)むすび
本願補正発明について以上のとおりであるから、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定違反するものであり、本件補正における他の補正事項を検討するまでもなく、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明
平成21年9月24日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?3に係る発明(以下、「本願発明1」?「本願発明3」という。)は、平成21年4月24日付け手続補正により補正された明細書、及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
ハウジングと、該ハウジングの内周に固定された軸受スリーブと、軸部およびフランジ部を有する軸部材と、前記ハウジングの一端部に固定されたスラスト部材と、前記軸受スリーブと軸部との間に設けられ、ラジアル軸受隙間に生じる潤滑油の動圧作用で前記軸部をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、前記軸受スリーブ及びスラスト部材とフランジ部との間に設けられ、スラスト軸受隙間に生じる潤滑油の動圧作用で前記フランジ部をスラスト方向に非接触支持するスラスト軸受部とを備えた動圧軸受装置において、
前記スラスト部材は、前記ハウジングの一端部に設けられた圧入部の内周に所定の締代をもって圧入され、
前記ハウジングは、その外周に、所定の軸方向寸法を有し、保持部材の内周に密着固定される固定面を有し、
前記固定面は、前記スラスト部材の圧入に伴って外径側に所定量変形する変形領域を有し、該変形領域は、前記ハウジングの圧入部の他端側に隣接すると共に、前記スラスト部材を圧入する前の状態で、前記ハウジングの一端側に向かって漸次縮径するテーパ形状を有し、かつ、
前記固定面は、前記スラスト部材を圧入した状態で、前記変形領域を含む軸方向全領域にわたって軸方向に実質的にストレートな形状を有することを特徴とする動圧軸受装置。
【請求項2】
ハウジングと、該ハウジングの内周に固定された軸受スリーブと、軸部およびフランジ部を有する軸部材と、前記ハウジングの一端部に固定されたスラスト部材と、前記軸受スリーブと軸部との間に設けられ、ラジアル軸受隙間に生じる潤滑油の動圧作用で前記軸部をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、前記軸受スリーブ及びスラスト部材とフランジ部との間に設けられ、スラスト軸受隙間に生じる潤滑油の動圧作用で前記フランジ部をスラスト方向に非接触支持するスラスト軸受部とを備えた動圧軸受装置を製造する方法において、
前記ハウジングの一端部に前記スラスト部材を所定の締代で圧入する圧入部を形成すると共に、前記ハウジングの外周に、所定の軸方向寸法を有し、保持部材の内周に密着固定される固定面を形成し、かつ、
前記スラスト部材の圧入に伴って外径側に所定量変形する該固定面の変形領域を、前記ハウジングの圧入部の他端側に隣接させて設けると共に、前記変形領域を、前記ハウジングの一端側に向かって漸次縮径するテーパ形状に形成することで前記圧入時の変形量に相当する量だけ前記固定面の他の領域に対して内径側に後退させ、
前記スラスト部材を前記ハウジングの圧入部の内周に圧入して固定することを特徴とする動圧軸受装置の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の動圧軸受装置を備えたモータ。」

3-1.本願発明1について
(1)本願発明1
本願発明1は上記のとおりである。
(2)引用例
引用例1?4、その記載事項は上記2.に記載したとおりである。
(3)対比・判断
本願発明1は実質的に、上記2.で検討した本願補正発明の「前記ハウジングの一端側に向かって漸次縮径するテーパ形状とすることで、前記圧入時の変形量に相当する量だけ前記固定面の他の領域に対して内径側に後退しており、」という事項を「前記ハウジングの一端側に向かって漸次縮径するテーパ形状を有し、」という事項に拡張したものに相当する。
そうすると、本願発明1の構成要件をすべて含み、さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が、上記2.に記載したとおり、引用例1?4に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明1も、実質的に同様の理由により、引用例1?4に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4)むすび
したがって、本願発明1は引用例1?4に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4.結語
以上のとおり、本願発明1が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである以上、本願発明2、3について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-08-23 
結審通知日 2010-08-24 
審決日 2010-09-13 
出願番号 特願2002-342145(P2002-342145)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16C)
P 1 8・ 575- Z (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 西尾 元宏西堀 宏之  
特許庁審判長 山岸 利治
特許庁審判官 川本 真裕
大山 健
発明の名称 動圧軸受装置、その製造方法及びそれを用いたモータ  
代理人 熊野 剛  
代理人 田中 秀佳  
代理人 城村 邦彦  
代理人 熊野 剛  
代理人 城村 邦彦  
代理人 田中 秀佳  

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