• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12Q
管理番号 1226139
審判番号 不服2006-33  
総通号数 132 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-12-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-01-04 
確定日 2010-10-27 
事件の表示 平成 9年特許願第519906号「化学的増幅及び光学センサーを用いる生物分子の検出」拒絶査定不服審判事件〔平成 9年 5月29日国際公開、WO97/19188、平成12年 1月25日国内公表、特表2000-500656〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1. 手続の経緯・本願発明
本願は,平成8年11月21日(パリ条約による優先権主張,1995年11月22日 米国)を国際出願日とする出願であって,その請求項1に係る発明は,平成22年3月29日付手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。

「【請求項1】 生物適合性ポリマーマトリックスと,光学システムによる呼びかけ信号に基づきポリヒドロキシル化被検体シグナルを形成する増幅構成物と,を含む移植可能増幅システムであって,前記増幅構成物が,アリールホウ素酸成分を含み,下記の式(I):
【化1】



(式中,
D^(1)は,蛍光染料であり;
R^(1),R^(3)及びR^(4)は,それぞれ独立に,それらが結合している基の電子特性を変えることが出来る置換基であるか,又はポリマーマトリックスへの共有結合を形成することが出来る官能基であり;
R^(2)のそれぞれは,水素及びC1-C4アルキルから成る群から独立に選択され;
L^(1)及びL^(2)のそれぞれは,炭素,酸素,窒素,硫黄及びリンから成る群から選択される0?4の連続する原子を有する連結基であり;
Zは,窒素,硫黄,酸素及びリンから成る群から選択されるヘテロ原子であり;
xは,0?4の整数であり;そして
前記増幅構成物は,R^(1)又はR^(3)への共有結合により前記生物適合性ポリマーマトリックスに結合されている)
により表される,ことを特徴とする移植可能増幅システム。」(以下,「本願発明」という。)

2. 引用例
(ア)引用例1
平成21年9月25日付の当審の拒絶理由通知で引用例1として引用された,本願優先日前の1995年6月21日に頒布された刊行物である,英国特許第2284809号明細書(以下,「引用例1」という。)には,以下のとおり記載されている(下線は,合議体による。)。

(ア-1)「したがって,血液や尿中のグルコースを測定することにより,糖尿病や副腎疾患のような疾病の診断のために有用な情報を得ることができる。
糖類の検出手段としては,酵素を用いるグルコースセンサーがよく知られている。この手法は,酵素(グルコースオキシダーゼ)を用いてグルコースを分解し,その際生じる過酸化水素を適当な手段(たとえば,電極を用いる)で測定することを含む。この方法は確立された技術ではあるが,用いる酵素は生体由来であるので,不可逆的に経時変質し,再使用することはできない。グルコースは分解されてしてしまうので,サンプルを他の測定に供するようなことはできない。加えて,そのような従来の糖センサーは,in vitroサンプル,すなわち,生体外に取り出されたサンプル中の糖検出のみに用いられる。もし,生体内でそのまま,糖類を検出できれば,疾病の治療や薬剤の開発などに非常に有用な情報が得られるであろう。しかしながら,現行の糖類センサーは,そのような期待を抱かせるものにはほど遠い。」(第1頁下から7行?第2頁第15行)

(ア-2)「本発明は,新規な発蛍光性化合物に関し,本発明の発蛍光性化合物は,多くの用途が考えられるが,特に,糖類の検出に好適である。
すなわち,本発明の化合物は,発蛍光性原子団又は官能基と,少なくとも1つのフェニルボロン酸部位と,少なくとも1つのアミン性窒素とを有し,該アミン性窒素が前記フェニルボロン酸部位の近傍に配置されて該フェニルボロン酸と分子内結合するような分子構造を有することを特徴としており,糖類と結合したときに蛍光を発することができるものである。
このような本発明の技術思想に従う発蛍光性化合物に属する代表的化合物は,次の一般式(1)で表すことができる。



上記の式(1)において,Fはフルオロフォア(発蛍光性の原子団又は官能基)を示す。発蛍光性の原子団又は官能基としては,π電子系を含む多くの原子団ないしは官能基が適用可能である。好ましい発蛍光性の原子団又は官能基としては,ナフチル基,アンスリル基,ピレニル基,又はフェナンスリル基を挙げることができ,これらは,それぞれ,次の構造式(2),(3),(4),(5)で表される。



上述したような発蛍光性の原子団又は官能基は,発蛍光性に影響を与えない限り,適当な置換基を有していてもよく,そのような置換体(誘導体)も本発明に含まれる。・・・発蛍光性原子団として好ましい例は,良好な蛍光を与えるアンスリル基である。
上記の式(1)において窒素原子(N)に結合しているRは,脂肪族又は芳香族の官能基であり,一般には,炭素数が1?4のアルキル基(メチル基,エチル基,プロピル基,ブチル基)又はフェニル基である。
・・・
フェニルボロン酸基を構成しているフェニル基は,蛍光特性に悪影響を与えない限り,適当な置換基で置換されていてもよい。そのような置換基としては,メチル基,エチル基,プロピル基,ブチル基,フェニル基,メトキシ基,エトキシ基,ブトキシ基,フェノキシ基などが挙げられる。」(第2頁第17行?第5頁第6行)

(ア-3)「上述の式(1)で示されるような本発明の化合物は,発蛍光性原子団を有していながら蛍光を発しない。これは,この化合物においては,窒素原子の非共有電子対の影響で発蛍光性原子団由来の蛍光が消光される-窒素原子の電子が発蛍光性原子団の基底状態準位に移動して,本来の蛍光が起こらなくなる-ためと解される。これに対して,糖分子が存在すると,本発明の化合物は非常に強力な蛍光を発する。」(第5頁第7?16行)

(ア-4)「本発明の式(1)に従う好ましい化合物の具体例は,F(発蛍光性原子団)がアンスリル基,Rがメチル基,nおよびmのそれぞれが1であるような下記の式(6)で表される化合物である。



この化合物の特徴は,D-グルコースやD-フルクトースのような単糖類が存在すると,蛍光強度がきわめて増大することにある。したがって,この化合物は,一般的な又は特定の単糖類における単糖類の検出に使用するために適している。」(第5頁下から3行?第6頁第8行)

(ア-5)「以上の説明から明らかなように,本発明に従えば,安定な合成化合物を用いて糖の検出を行うので,従来の酵素法のように酵素の不安定性に起因する問題は解消される。」(第11頁第11?15行)

(ア-6)「前記化合物を使用する本発明は,光学的手法により,糖類を分解することなく測定するものである。したがって,当該技術には,体内の特定部位における糖を,その組織を破壊することなく(in situ)測定するようなものを開発する期待が十分にある。例えば,ファイバーの先端に本発明化合物を被覆したオプティカルファイバーを用いれば,体内の糖に関する情報を連続的にモニターして臨床学的に有用なデータを取得することもできるであろう。」(第11頁第21行?第12頁第2行)

(イ)引用例2
当審の拒絶の理由で引用例2として引用された,本願優先日前の1993年に頒布された刊行物である,特表平5-502728号公報(以下,「引用例2」という。)には,以下のとおり記載されている(下線は,合議体による。)。

(イ-1)「体液試料中のグルコースを定量する方法であって:
a)体液試料を蛍光的に標識したグルコース-結合レクチンおよび蛍光的に標識した相補的糖複合体と接触させ,
該レクチンおよび該糖複合体は体液中に見い出される生理的濃度のグルコースの存在中で,該体液中のグルコースが該糖複合体と置換し,可逆的に該レクチンと結合できるように互いに可逆的に結合し;
b)蛍光的標識レクチンと蛍光的標識糖複合体の間に起こる非-放射性蛍光共鳴エネルギー転移の程度を測定し;
c)工程(b)でなされた測定と,非-放射性エネルギー転移の程度とカリブレーション工程で決定された体液中のグルコース濃度との関係とを比較する,
工程から成る方法。」(第1頁 請求項1)

(イ-2)「発明の背景
グルコース濃度の測定法は,例えばグルコース恒常性が維持されない患者(例えば糖尿病または低血糖症)のグルコースレベルを毎日監督するためのような臨床的設置,ならびに生物医学的研究に応用を有する。
グルコース濃度決定法の最近の方法は種々の発色反応を含み,解糖カスケードにおけるいかなる数の生成物の性質の分光光度的変化をも測定し,または電気分解自記法的グルコースセンサーを使用してグルコースの酸化を測定する。例えば米国特許第4,401,122ではグルコースのin vivo測定法を開示し,これは酵素(例えばグルコースオキシダーゼ)を皮膚の中または下において酵素反応生成物(例えば酸素)を電気分解自記法または酵素電極を使用して直接皮膚を通して検出する。検出された酵素反応生成物の量は基質量の計量法である。
従来のアッセイは信頼できると証明されているが信頼している試薬はグルコースの存在で消耗される。それゆえにこれらのアッセイは使い捨て棒(sticks)または交換可能なカートリッジが必要とされ,これは実際の使用者にとって高価であり,不便である。」(第3頁左上欄第3?16行)

(イ-3)「最後に光学ファイバーのin vivo使用は臨床的に現実的ではない,なぜなら測定するために皮膚に差し通さなければならないからである。それゆえに侵襲性の技術が要求され,患者を重症な感染を引き起こす重大な危険にさらす。これは特に感染に対して抵抗力が減少した糖尿病患者にとっては重大である。
理想的なグルコースセンサーは広範なグルコース濃度(たとえば0.5から5.00mg/ml)を検出できるべきである。それは信頼でき再使用できならびに使い易いべきである。加えてin vivoセンサーは非侵襲性であるべきである。このようなセンサーは糖尿病患者の治療の向上に明らかに価値あるものとなろう。これはまた他の多くの研究および臨床的応用も有するであろう。」(第3頁右上欄第4?12行)

(イ-4)「in vivoまたはin vitroで本発明の方法を使用して多くの用具が血液または他の試料中のグルコース濃度を検出するために構築および使用できる(例えば尿又は細胞外液)。より広い観点から本発明のin vivoの態様ではグルコースの測定は反応物質(例えば蛍光的-標識リガンドおよび第二発蛍光団で標識された糖複合体)を体液中に存在するグルコースと連絡させて(例えば接触)配置することによるグルコース測定法に関する。例えば反応物質を皮膚の中,上または下に置くことができ,そしてグルコースの皮膚測定を行う。またはふたつの反応物質は器具または静脈に導入され,そこでグルコースと反応物質の連絡が可能である。反応物質が配置された場所である,皮膚中,上または下での態様では,皮膚を照射することにより(例えば供与体の励起波長で)グルコースが検出される。エネルギー転移の測定は,蛍光光度計により検出され,つぎにグルコース濃度の関数として二つの発光最大波長における蛍光強度または最大発光での供与体消光の割合により検出される。」(第3頁左下欄第18?末行)

(イ-5)「本発明のin vivoの態様では反応物(即ち蛍光的に標識されたリガンドおよび第二発蛍光団で標識された糖複合体)をグルコースと連絡させて配置し(例えば接触)皮膚でのグルコースの測定に関する。反応物は皮膚の中,上または下に置くことができる。別の方法として反応物を器官および血管(例えば静脈または動脈)に置くことができ,そこでそれらはグルコースと連絡して,次に本方法により測定できる。皮膚の中,上または下に位置する態様では,グルコースは皮膚を供与体励起波長で照らし,二つの蛍光物質について波長を監督すことにより検出される。・・・
グルコースと連絡して反応物を置く種々の態様は本発明のin vivo態様の原理に従って採用できる。反応物は反応物を所望する場所に保持する任意の型の支持および包囲物質中で体内に導入され,グルコースが測定できる(即ち本発明で測定できるその濃度)ように接触または連絡させることができる。例えば,反応物質は微透析管,または内径約1mmおよび壁厚50-100μmで末端密閉された球にカプセル化できる。カプセル化されたグルコースセンサーは体内の任意の皮内に取り付けられる。もうひとつの態様としては。反応物はシリコーンまたはフルオロカーボン油と混合して皮下に注入できる。反応物はまた皮膚上に刻み込まれたり(tattooed)または経皮内経路に含有されうる。」(第5頁左下欄第9?末行)

(ウ)引用例3
当審の拒絶の理由で引用例3として引用された,本願優先日前の1982年に頒布された刊行物である,米国特許第4344438号明細書(以下,「引用例3」という。)には,以下のとおり記載されている(下線は,合議体による。)。

(ウ-1)「透析(分子篩い)膜4を介して血液と接触するチャンバー2を有するグルコースセンサー15を図1に示す。チャンバー内には固定化されたコンカナバリンA(Con-A)と透析されない競合リガンドが存在する。膜4を透過する能力のない,蛍光標識されたデキストランのような物質又は他の発色性物質が,競合リガンドとして使用できる。」(第4欄第49?56行)

(ウ-2)「フリーな蛍光標識デキストランは,光が照射された際に蛍光を発する。チャンバー内のCon-Aは,例えば,ゲルに固定されたCon-Aの市販品である,Con-Aセファロースを用いることによって,固定されている。」(第4欄第64?67行)

(ウ-3)「他の態様として,これらの構成要素は,光源36として発光ダイオード(LED),及び,光検出装置41としてフォトダイオードを用いることにより小型化することができ,そして組立てられた装置全体は,体内に移植することができる。」(第6欄第5?8行)

3. 本願発明と引用例1に記載された発明との対比
引用例1に記載された,式(6)で表されるものに代表される,発蛍光性原子団又は官能基と,少なくとも1つのフェニルボロン酸部位と,少なくとも1つのアミン性窒素とを有し,該アミン性窒素が前記フェニルボロン酸部位の近傍に配置されて該フェニルボロン酸と分子内結合するような分子構造を有しており,発蛍光性原子団を有していながら蛍光を発しないがグルコース等の糖分子が存在すると非常に強力な蛍光を発する,式(1)の化合物は,前記フェニルボロン酸部位を構成しているフェニル基上に存在する置換基(本願発明における式(I)中のR3に相当),又は,前記発蛍光性原子団又は官能基と前記フェニルボロン酸部位とを連結する前記アミン性窒素原子に結合した脂肪族又は芳香族の官能基(本願発明における式(I)中のR1に相当)によって,生物適合性ポリマーマトリックスに共有結合により結合されてはいないことを除けば,本願発明における,光学システムによる呼びかけ信号に基づきポリヒドロキシル化被検体シグナルを形成する増幅構成物に含まれる,アリールホウ素酸成分を構成する式(I)により表される化合物に同じである。

そこで,本願発明と引用例1に記載された事項とを対比すると,両者は,本願発明に係る式(I)に従い,
「光学システムによる呼びかけ信号に基づきポリヒドロキシル化被検体シグナルを形成する増幅構成物,を含む増幅システムであって,前記増幅構成物が,アリールホウ素酸成分を含み,下記の式(I):
【化1】



(式中,
D^(1)は,蛍光染料であり;
R^(1),R^(3)及びR^(4)は,それぞれ独立に,それらが結合している基の電子特性を変えることが出来る置換基又は官能基であり;
R^(2)のそれぞれは,水素であり;
L^(1)及びL^(2)のそれぞれは,メチレン(CH_(2)),エチレン(C_(2)H_(4)),プロペン(C_(3)H_(6))又はブテン(C_(4)H_(8))であり;
Zは,窒素であり;
xは,0又は1である)
により表される,ことを特徴とする増幅システム。」
で一致するが,以下の3点で相違する。

相違点1:本願発明の増幅システムは,移植可能なもの,すなわち,「移植可能増幅システム」であるのに対して,引用例1に記載された発明にはそのような特定がない点。
相違点2:本願発明の増幅システムは,さらに「マトリックス」を含み,そして該マトリックスは「生物適合性ポリマーマトリックス」であるのに対して,引用例1に記載された発明にはそのような特定がない点。
相違点3:本願発明の増幅システムに含まれる増幅構成物を構成する前記式(I)で表される化合物は,前記増幅システムに含まれる前記生物適合性ポリマーマトリックスに対し,化合物中の官能基R^(1)又はR^(3)により共有結合によって結合されているものであるのに対して,引用例1に記載された発明における化合物については,それが体内に挿入されるオプティカルファイバーにおけるファイバーの先端に被覆されることは記載されているが,前記生物適合性ポリマーマトリックスとの共有結合に係る特定がない点。

4. 相違点1?3についての判断
(4-1)相違点1について
引用例1は,上記(ア-1)のとおり,糖類の検出手段として,酵素グルコースオキシダーゼを用いるグルコースセンサーは従来よく知られていたが,不可逆的に経時変質し,再使用することはできないという問題点,及び,生体内でそのまま糖類を検出する手段の提供という課題の解決にかんがみ,上記(ア-2)?(ア-5)のとおり,グルコース等の糖類検出に使用する,式(6)で表されるものに代表される,発蛍光性原子団又は官能基と,少なくとも1つのフェニルボロン酸部位と,少なくとも1つのアミン性窒素とを有し,該アミン性窒素が前記フェニルボロン酸部位の近傍に配置されて該フェニルボロン酸と分子内結合するような分子構造を有しており,発蛍光性原子団を有していながら蛍光を発しないがグルコース等の糖分子が存在すると非常に強力な蛍光を発する,式(1)の化合物を,提供するものである。
そして,引用例1では,上記(ア-6)のとおり,該化合物を用いた糖類の光学的検出手法を用いて,体内の特定部位における糖を,その組織を破壊することなく測定するような装置やシステムを開発できることについても言及しており,それが移植可能なものであることに係る明記はなされていないものの,体内での検出に係る具体化の例として,体内の糖に関する情報を連続的にモニターして臨床学的に有用なデータを取得することができる,ファイバーの先端が該化合物で被覆されたオプティカルファイバーが記載されている。
ここで,酵素グルコースオキシダーゼを用いる従来よく知られていた上記グルコースセンサーにしても,それが移植(体内埋め込み)可能なものとして,本願優先日前に既に存在し,使用されていたことは,本願優先日前に既に当業者には広く知られていた(例えば,文献「特開平5-238960号公報」の第2?3頁段落番号0003?0004,及び,文献「特開昭62-87135号公報」の第5頁右上欄下から3行?同頁左下欄第15行。)。
また,上記(イ-2)のとおり,発明の背景において酵素グルコースオキシダーゼを用いる上記従来型のグルコースセンサーの欠点について触れ,蛍光的標識レクチンと蛍光的標識糖複合体の間に起こる非-放射性蛍光共鳴エネルギー転移の程度を光学的に検出することにより体液試料中のグルコースを定量する方法の発明を記載する引用例2にも,上記(イ-3)のとおり,該方法を実施するためのin vivoセンサーとしては,光学ファイバー(オプティカルファイバー)のような測定時に侵襲性であるものの採用は避けられるべきであり,皮下等へ埋め込むような測定時に非侵襲性であるべきと記載されている。
さらに,上記(ウ-3)のとおり,引用例2と同様に,蛍光的標識レクチンと蛍光的標識糖複合体の間に起こる非-放射性蛍光共鳴エネルギー転移の程度を光学的に検出することにより体液試料中のグルコースを定量する方法の発明を記載する引用例3にも,該方法を実施するためのものとして,装置又はシステムを移植可能なものとすることが記載されている。
してみると,引用例1に記載されたアリールホウ素酸成分を用いる上記増幅システムにより体内のグルコースを検出する場合にも,該増幅システムとして,オプティカルファイバーのような引用例1記載の,測定時に侵襲性であるものではなく,酵素グルコースオキシダーゼを用いる従来型のグルコースセンサーでも既に採用されていた皮下等への埋込み型のような,測定時に非侵襲性である移植可能なものとすることに,格別の困難性はない。

(4-2)相違点2について
引用例1記載の上記アリールホウ素酸成分のような,グルコースに対する反応物を用いて移植可能な増幅システムを作成する際,該増幅システム中に上記反応物を担持させるための何らかの基体や基材,すなわちマトリックスの使用は当業者の設計事項であり,そして,体内に移植するための装置やシステムにつき,そこで使用される物質として生物適合性を有するものが望まれるのは,当該分野の技術常識である。例えば,上記(イ-5)のとおり,引用例2に記載されている,反応物(蛍光的に標識されたリガンドおよび第二発蛍光団で標識された糖複合体)を体内導入する際に用いられているシリコーンも,生物適合性を有するポリマーである。また,上記(ウ-2)のとおり,引用例3に記載されている,移植可能なチャンバー内に存在するCon-Aが固定されたセファロースも,生物適合性を有するポリマーである。
してみると,当業者ならば,引用例1に記載された上記増幅システムが移植可能なものである場合に,生物適合性を有することが知られていたポリマー等を,グルコースに対する反応物である上記アリールホウ素酸成分を担持させるためのマトリックスとして採用することに,格別の困難性はない。

(4-3)相違点3について
上記(ア-1)のとおり,引用例1には,酵素グルコースオキシダーゼを用いる従来型のグルコースセンサーに関し,その再使用に係る問題があったことが記載されているのであるから,引用例1記載のグルコースと反応する上記アリールホウ素酸成分を用いる体内グルコースを検出するための移植可能な増幅システムについても,これが再使用可能なものであるためには,グルコースと反応する反応物である上記アリールホウ素酸成分が,体内埋設中に該移植可能増幅システムより周辺組織へ漏れ出して失われるようなことがあってはならず,そのためには,該アリールホウ素酸成分について何らかの保持・固定化手段を講じなければならないことは,当業者に明らかである。
ここで,上記(ウ-2)のとおり,蛍光的標識レクチンと蛍光的標識糖複合体の間に起こる非-放射性蛍光共鳴エネルギー転移の程度を光学的に検出することにより体液試料中のグルコースを定量する方法の発明を記載する引用例3においては,該方法を実施するための移植可能な増幅シルテムに含まれるグルコースと反応するCon-Aとして,生物適合性を有するポリマーであるセファロースに共有結合により結合したものとして知られる市販品,Con-Aセファロースを用いることが記載されている。
してみると,引用例1記載のグルコースと反応する上記アリールホウ素酸成分を採用して体内グルコースを検出するための移植可能な増幅システムを創製する際,該増幅システム中に含まれるグルコースと反応する反応物である上記アリールホウ素酸成分の体内埋設中におけるその周辺組織への漏れ出しの回避を,引用例2の上記Con-Aと同様,該成分を,同じく該増幅システムに含まれる上記生物適合性ポリマーマトリックスに対して,共有結合により強固に結合させることによって達成しようとすることは,当業者が容易に想到し得たものにすぎない。
そして,該共有結合を実際に行うとなれば,引用例1記載の式(1)の化合物の蛍光特性に与える悪影響が最小限となるようにするという自明な配慮のもと,式(1)の化合物中に存在する部位でも特に,フェニルボロン酸部位を構成しているフェニル基上に存在する置換基(本願発明における式(I)中のR^(3)に相当)や,発蛍光性原子団又は官能基と前記フェニルボロン酸部位とを連結する前記アミン性窒素原子に結合した脂肪族又は芳香族の官能基(本願発明における式(I)中のR^(1)に相当)といった,置換基又は官能基部位を利用すればよいと考えるのは,その化学構造を把握した当業者にはきわめて自然なことである。引用例1には,上記(ア-2)のとおり,式(1)の化合物中のフェニルボロン酸基を構成しているフェニル基が有することができる適当な置換基は,蛍光特性に悪影響を与えない限りのものであることも記載されている。
さらに,グルコースと反応するアリールホウ素酸化合物を,その反応性を減ずることなく,セファロースや合成高分子等の生物適合性を有することが知られたポリマーと,上記置換基又は官能基部位を介して共有結合させる具体的な方法についても,当業者は本願優先日前によく知られていたカップリング反応を使用できたのである(例えば,文献「特開平7-20055号公報」の第6?7頁段落番号0031?0033。)。

そして,本願発明が奏するその効果にしても,引用例1?3に記載された発明及び本願優先日前の周知技術に基づき,当業者が予測できないような格別のものとは認められない。

5. 請求人の主張について
請求人は,平成21年9月25日付の当審の拒絶理由通知に対する,平成22年3月29日付意見書において,引用例1はいかなる移植可能な生物適合性ポリマーマトリックスの使用も記載又は示唆しておらず,したがって,アリールボロン酸分析物認識成分が置換基R^(1)又はR^(3)での共有結合により該生物適合性ポリマーマトリックスに結合されるよう企画されたシステムを教示も示唆もしておらず,一方,引用例2又は3は,コンカナバリンAにより固体支持体に結合されるシステムを教示しているのみであって,ポリマーマトリックスに結合されるアリールボロン酸-蛍光色素化合物を教示も示唆もしていないのであるから,本願発明に係る移植可能な生物適合性ポリマーマトリックスに結合されたアリールボロン酸化合物を含んで成るシステムをいかにして生成するかについて,いずれも教示も示唆もしていない引用例1?3における開示からは,当業者は本願発明を想到することができない,と主張する。

しかしながら,上記3.に記載した本願発明と引用例1記載のものとの相違点1?3につき,引用例1?3及び本願優先日前の周知技術に基づいて,それらを本願発明に係るシステムにおけるものとすることに,当業者であれば格別困難を要しないことは,上記4.において記載したとおりである。

また,請求人は,上記意見書において,引用例1記載のものにはない,本願発明に係るシステムの構成により,本願発明は下記のような顕著な効果を奏するものである,とも主張する。
(1)引用例1の開示に比べて,本願発明の移植可能増幅システムは,(イ)比較的容易に,そして(ロ)患者の不快感を最小にしながら,患者の身体内の広範囲の位置のいずれにも,特に移植される位置からでる光ファイバーの存在が問題となうような位置(例えば,突出するケーブルが邪魔になる位置)に配置することが可能。
引用例2及び3に開示される種類のセンサーシステムに対する本願発明の一つの利点は,レクチン,例えばコンカナバリンA,すなわちヒト免疫システムを変えることが知られている有能なT細胞マイトゲンである(そして,従って,不良な生物適合性プロフィールを有する)化合物を必要としないこと。
(2)R^(1)又はR^(3)への共有結合により提供される利点の一つは,そのような結合が,本願発明の蛍光色素分子に対する化学的修飾,すなわち蛍光色素の性質を変えることが出来る修飾(すなわち,それらの蛍光をもたらす蛍光化合物の電子結合形状を変えることによる)を回避する機能的蛍光化合物をもたらすこと。

しかしながら,上記(1)における(イ)及び(ロ)はいずれも,光ファイバー等の測定時に侵襲性のシステムに代えて,引用例2又は3記載の移植可能な生体内埋込み型のシステムを採用すれば当然に奏されるものであって,当業者において自明の効果にすぎない。
また,引用例2又は3記載のコンカナバリンAが,末梢血Tリンパ球等の幼若化を引き起こすT細胞マイトジェンであることは周知の事項であるから(例えば,1990年発行の「生化学辞典 第2版」第520頁の「コンカナバリンA」の項),グルコース等の糖類と反応する物質として,引用例1記載のアリールボロン酸化合物を採用することによって,該コンカナバリンAが使用されなければ,該コンカナバリンAに係る上記不利な点が回避されることになるのは当然であって,したがってこれも,当業者には自明の効果にすぎない。
さらに,上記(2)については,本願明細書の発明の詳細な説明には,実施例3に記載される,式(I)で表されるアリールホウ素酸成分を生物適合性ポリマーマトリックスに共有結合されたものを皮下等に移植して体内グルコース濃度を検出する場合に,光学系の機能及び化学系の機能が,上記共有結合をR^(1)又はR^(3)を介せば害されないという効果が得られることについての,実施例によるその裏付けは何らないのであるから,上記効果の主張は本願明細書の記載に基づかないものであって,採用できない。

以上のとおりであるから,請求人の上記主張はいずれも採用することができない。

6. むすび
以上のとおり,本願発明は,引用例1?3に記載された発明及び本願優先日前の周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,他の請求項に係る発明については検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-05-26 
結審通知日 2010-06-01 
審決日 2010-06-14 
出願番号 特願平9-519906
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C12Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐久 敬引地 進  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 齊藤 真由美
森井 隆信
発明の名称 化学的増幅及び光学センサーを用いる生物分子の検出  
代理人 中村 和広  
代理人 福本 積  
代理人 石田 敬  
代理人 西山 雅也  
代理人 青木 篤  
代理人 古賀 哲次  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ