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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C09D
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C09D
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 C09D
審判 査定不服 発明同一 特許、登録しない。 C09D
管理番号 1226229
審判番号 不服2007-22689  
総通号数 132 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-12-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-08-16 
確定日 2010-11-04 
事件の表示 特願2001-126125「インクジェット記録用インクセットおよび記録方法」拒絶査定不服審判事件〔平成14年11月 8日出願公開、特開2002-322393〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成13年4月24日の出願であって、平成17年6月30日付けで拒絶の理由が通知され、同年8月2日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成19年7月11日付けで拒絶査定がされ、同年8月16日に拒絶査定に対する審判請求がされるとともに、同年9月13日付けで手続補正書及び審判請求書の手続補正書が提出され、平成22年4月12日付けで審尋がされ、同年5月17日に回答書が提出されたものである。

第2 平成19年9月13日付け手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成19年9月13日付け手続補正を却下する。

[理由]
1 補正の内容
平成19年9月13日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)は、補正前の特許請求の範囲の請求項1である、
「pH感応性の自己分散型顔料が分散された第1のインクと、第1のインクに分散された顔料が析出するpHに調整された、第1のインクと異なる色の水溶性染料を含む第2のインクとからなり、第1のインクおよび第2のインクが、それぞれ物性調整剤として表面張力調整剤を含有し、かつ第1のインクおよび第2のインクの25℃における表面張力が、25×10^(-3)?50×10^(-3)N/mであることを特徴とするインクジェット記録用インクセット。」
を、
「pH感応性の自己分散型顔料が分散された第1のインクと、第1のインクに分散された顔料が析出するpHに調整された、第1のインクと異なる色の水溶性染料を含む第2のインクとからなり、
前記第1のインクおよび第2のインクが、それぞれ物性調整剤として表面張力調整剤を含有し、かつ前記第1のインクおよび第2のインクの25℃における表面張力が、25×10^(-3)?50×10^(-3)N/mであり、
前記第2のインクが、1?5重量%の第1のインクと異なる色の水溶性染料、3?10重量%の有機溶剤、0.1?1重量%のpH調整剤、0.1?2重量%の表面張力調整剤としての界面活性剤および残部として70重量%以上の水を含むことを特徴とするインクジェット記録用インクセット。」
とする補正を含むものである。

2 補正の適否
上記補正により、第2のインクについて、「1?5重量%の第1のインクと異なる色の水溶性染料、3?10重量%の有機溶剤、0.1?1重量%のpH調整剤、0.1?2重量%の表面張力調整剤としての界面活性剤および残部として70重量%以上の水を含む」とされた。
しかし、補正前において、「第2のインク」は、「第1のインクに分散された顔料が析出するpHに調整され」ていること、「第1のインクと異なる色の水溶性染料を含む」こと、「物性調整剤として表面張力調整剤を含有」すること、「表面張力」が特定範囲であること、を発明を特定するために必要な事項としていたのであって、染料や表面張力調整剤の重量割合、pH調整剤を入れることや重量割合を、その発明を特定するために必要な事項としていたのではない。
さらに、「有機溶剤」については、補正前において、何ら発明を特定するために必要な事項とはしていない。
そうしてみると、補正前には請求項1に何ら記載されていなかった「有機溶剤」を請求項1に加え、「染料」、「pH調整剤」及び「表面張力調整剤」の配合割合の特定のものを請求項1に加えることは、「請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するもの」であるとはいえない。
したがって、上記補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項第2号に掲げる、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものではなく、かつ、同条同項第1、3、4号に掲げる、「請求項の削除」、「誤記の訂正」及び「明りょうでない記載の釈明」のいずれを目的とするものでもない。

3 むすび
以上のとおりであって、上記補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第4項の規定に違反するので、その余のことを検討するまでもなく、本件補正は、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

4 独立特許要件の検討
本件補正は、「3」に示したとおり却下すべきものであるが、ここで念のために、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」といい、本件補正後の明細書を「本願補正明細書」という。)についての独立特許要件、すなわち、特許出願の際独立して特許を受けることができるかについて、検討しておく。
(1)本願補正発明
本願補正発明は、「1」に記載したとおり、
「pH感応性の自己分散型顔料が分散された第1のインクと、第1のインクに分散された顔料が析出するpHに調整された、第1のインクと異なる色の水溶性染料を含む第2のインクとからなり、
前記第1のインクおよび第2のインクが、それぞれ物性調整剤として表面張力調整剤を含有し、かつ前記第1のインクおよび第2のインクの25℃における表面張力が、25×10^(-3)?50×10^(-3)N/mであり、
前記第2のインクが、1?5重量%の第1のインクと異なる色の水溶性染料、3?10重量%の有機溶剤、0.1?1重量%のpH調整剤、0.1?2重量%の表面張力調整剤としての界面活性剤および残部として70重量%以上の水を含むことを特徴とするインクジェット記録用インクセット。」
である。

(2)特許法第29条の2について
ア 先願明細書の記載事項及び周知事項
(ア)本願の出願の日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた特願2000-295588号(以下、「先願」という。)の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下、「先願明細書」という。)には、以下の記載がされている。
(1-1)「基板上で良好な乾燥時間を有するインクジェット印刷用インクであって、該インクは、着色剤と、少なくとも1つのpH感応性ポリマーと、乾燥時間を改善するためのグリコールエーテル溶剤の有効量とを含有し、前記ポリマーが、下記の基本構造:


(式中、R_(1)は独立して、H又はC_(1)-C_(18)の置換又は非置換、分枝又は非分枝のアルキル、芳香族、又は環状鎖から選択され、任意に、ハロゲン、エステル、エーテル、アミン又はアミド官能性を含み;R2は、約5から約7.5のpKaを有するカルボン酸基、第一級アミン、第二級アミン、第三級アミン、又はそれらの混合物を含有する部分から成る群から選択され;且つR_(3)は、C_(1)-C_(18)の置換又は非置換、分枝又は非分枝のアルキル、芳香族、又は環状鎖であり、任意に、エステル、エーテル、アミン又はアミド官能性を含む)を有するモノマーを含む、インクジェット印刷用インク。」(特許請求の範囲の【請求項1】)
(1-2)「【発明の属する技術分野】本発明は、インクジェット印刷に使用されるインクジェットインクに関する。より詳細には、本発明は、自己分散型顔料、特定のポリマー、及びグリコールエーテル溶剤を包含する染料又は顔料を利用して、基板に適用される時のインクの乾燥時間及びブラック-カラーのブリードを著しく低減するインクシステムに関する。」(段落【0001】)
(1-3)「ある種の特定のポリマーは、あるpH条件下、且つ、ある種のイオン及びグリコールエーテルの存在下で沈殿し、以前は広く用いられていなかった、広範な種類の着色剤、とりわけ自己分散性顔料の利用を可能にすることが見出された。これらの特定のポリマーの使用はまた、これらのポリマーが着色剤の分散性又は水可溶性に寄与しないという理由から融通性のある調合を可能にし、その結果、新しい種類のポリマーが、それらの分散能力とは無関係に、ブリード抑制に利用できる。自己分散性顔料の利用により、本発明のポリマーは、pH及び/又はイオン感応性であり、しかも分散能力をほとんど持たないように設計することができる。」(段落【0015】)
(1-4)「ブリード性能の強化に加えて、本発明のポリマーはまた、印刷媒体中へのブラックインクビヒクルの浸透をも促進し、より速い乾燥時間をもたらす。乾燥時間は、ポリマーを沈殿させるpHで緩衝されているか、又はポリマーと非相溶性であるイオンを含んでいるようなカラーインクが、顔料ブラックインクの下及び/又は上に直に印刷される時に、さらに強化される。ポリマーの沈殿は、より大きな集塊化粒子への顔料の凝集(flocculation)を惹起し、ビヒクルがより速い速度で紙中へ抜き取られるのを許容する。」(段落【0016】)
(1-5)「ポリマー
本発明のポリマーは、ランダムコポリマー又はブロックコポリマーであってよい。良好な乾燥時間への寄与に加えて、ポリマーは、pHの変化につれ、又はある種のイオンの存在によって、あるいはその両方により沈殿するよう選択される。一般に、高いpHから低いpHへの変化によって沈殿するポリマーは、酸性基と疎水基を含むモノマーから成り;低いpHから高いpHへの変化により沈殿するポリマーは、アミン官能性と疎水性部分とを含むモノマーを含む。」(段落【0020】)
(1-6)「本発明に有用なカルボン酸を含むタイプXのモノマーの例には、これらに限定されるものではないが、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、2-トリフルオロメチルアクリル酸及び2-ブロモアクリル酸が包含される。典型的には、酸性のR_(2)モノマーを含むポリマーは、Na、K、Li、トリエタノールアミン、2-アミノ-2-メチル-1-プロパノール、等の酸性塩としてインク中に存在することになる。・・・
本発明に有用なタイプYの疎水性モノマーには、これらに限定されるものではないが、アクリル酸及びメタクリル酸のメチル及びエチルエステル、・・・、酢酸ビニル、ネオデカン酸ビニル、シクロヘキシルビニルエーテル、2-エチルヘキシルビニルエーテル及びスチレン、等が包含される。本発明のポリマーは、少なくとも2つのX-タイプ又はY-タイプのモノマーを含んでもよい。」(段落【0023】?【0024】)
(1-7)「本発明のポリマーの平均分子量は、約1,000?約20,000、好ましくは、約1,000?約12,000、より好ましくは約3,000?約10,000の範囲にある。前記モノマーは、水中で可溶化されると安定であり、しかもpHの変化により、又は適切なイオンとの接触により、顔料を効果的に沈殿且つ凝集させるポリマーを十分生成できる量で供給される。」(段落【0025】)
(1-8)「カルボン酸基(carboxylate groups)などの酸性基をもつポリマーは、pH感応性である。これらのカルボキシル化、又は別法で酸性化されたポリマーは、それらのpH依存の溶解性に基づいて溶液又は沈殿物の何れかの状態になる。pHが低下され、且つカルボン酸基がプロトン化された状態になると、そのポリマーの溶解性は低減する。ある点において、ポリマーは不安定になり始め、溶液から事実上離脱する。ここで使用される典型的なポリマーは、少なくとも1つ、好ましくは又、多数のカルボキシル基を有するものを包含し、これらは一般的に当分野で知られているアクリル系のモノマーとポリマーからなる。ポリマーの沈殿を助け、且つ、水性ベースのインク中の顔料の凝集を誘発するために、疎水性部分も又必要である。ポリマーが正味のアニオン電荷を有する場合、顔料も又、正味のアニオン又は非イオン電荷を有さなくてはならない。」(段落【0031】)
(1-9)「理論に囚われることなく、本発明は本質的に境界効果であるものを包含すると考えられる。当該2つのインクの思い切ったpH条件、あるいは、インクの1つにおける非両立的イオンの存在は、2つのインクの境界で所望の効果(ブリード抑制)を生じさせる。さらに、インクが相互に、上刷り及び/又は下刷りされる時に、ブリード抑制の改善並びに乾燥時間の改善も観察される。」(段落【0032】)
(1-10)「最後に言及すべきは、pHが例えば4である、第2のインクを使用することで、紙媒体のpHにより惹起されるいずれのpH変化と比べても、pH感応性ポリマーの溶解度におけるより大きな効果が得られる、ということである。インク中の紙誘発のpH変化は、pH4で緩衝される流体との接触に較べて小さい。従って、紙自体のpHがブリード抑制の改善に寄与すると考えられてはいるが、本発明においては、第1のインク中において、又は特定のポリマーと非相容性であるイオンの存在において、ポリマーの不溶化を引き起こすのに十分低いpHを有する第2のインクが、所望の効果、即ち、ブリード及びハローの軽減を達成するのに使用される。」(段落【0033】)
(1-11)「所与の特定例は、第1のインクより低いpHを有するインクを使用するものであるが、当初のインクより高いpHを有するインクを使用することも又可能である。」(段落【0034】)
(1-12)「本発明の実施に際し、水性カラー染料を用いてよい。水溶性染料の例には、スルホネート染料及びカルボキシレート染料、特に、インクジェット印刷に通常用いられるものが包含される。」(段落【0041】)
(1-13)「本発明のインク中に使用される好ましい着色剤の種類の1つは、自己分散性顔料である。ここでの使用に適するこのような顔料は、インクジェット印刷に使用される周知の、化学的に修飾された水-分散性である全ての顔料を含む。これらの化学的修飾によって、全ての有機顔料を包含する顔料前駆体に水-分散性が与えられる。」(段落【0042】)
(1-14)「自己分散性又は水溶性のために、ここに記載の顔料は、少なくとも1つの芳香基又はC1-C12アルキル基、及び、少なくとも1つのイオン基又はイオン化(ionizable)基を含む、1つ又はより多くの有機基の付加によって修飾される。イオン化基は、水性媒体中でそのイオン基を形成する基である。イオン基は、アニオン性でもカチオン性であってもよい。芳香基は、さらに置換されるか又は置換されなくてもよい。その例としてはフェニル基又はナフチル基があり、イオン基としては、スルホン酸、スルフィン酸、ホスホン酸、カルボン酸、アンモニウム、第四級アンモニウム、又はホスホニウム基である。」(段落【0043】)
(1-15)「次の顔料は発明の実施に有用であるが、・・・Cabotから市販のCab-O-Jet(登録商標)200及びCab-O-Jet(登録商標)300は、表面修飾されており、そのまま使用され得る。」(段落【0048】)
(1-16)「本発明の実施に有用なインクの代表的な調合は、着色剤(約0.001?約10重量%)、1つ又はより多くのグリコールエーテル溶媒(約0.01?約20重量%、好ましくは、約0.01?約7重量%、より好ましくは、約0.01?約4重量%)、任意に、1つ又はより多くの水溶性界面活性剤/両親媒性物質(0?約5重量%、好ましくは、約0.1?約2重量%)、及び水(残余)からなる。勿論、該インクは、インク組成物の約0.1?約10重量%の、好ましくは、0.1?約3重量%の量で存在するポリマー(群)を含む。
インクを調合する際、・・・、1,5-ペンタンジオール、2-ピロリドン、」(段落【0050】?【0051】)
(1-17)「水溶性界面活性剤をインクビヒクルの調合に使用することができる。・・・本発明の実施において好ましく使用される両親媒性物/界面活性剤の具体例には、イソ-ヘキサデシルエチレンオキシド 20、SURFYNOL CT-111、TERGITOL 15-S-7、及びN,N-ジメチル-N-ドデシルアミンオキシド、・・・などの、アミンオキシドが包含される。両親媒性物類/界面活性剤の濃度は、0?5重量%、好ましくは、0.1?2重量%、の範囲にあってよい。」(段落【0052】)
(1-18)「実施例1
一連のブラックインクが設計された実験において、調製される。各々のインクの共通成分は、3%の特許品のアニオン自己分散性顔料、9%の2-ピロリドン、4%のLiponics EG-1(オキシアルキル化グリセリン)及び0.2%のProxel-GXL殺生物剤である。設計実験は、グリコールエーテルとして0.50%、1.25%及び2.00%のプロピレングリコールt-ブチルエーテル(PtB)、及びポリマー添加物として0.35%、0.525%及び0.70%のBalance 47(登録商標)を用いる3レベルの設計によるものである。Balance 47(登録商標)は、オクチルアクリルアミド、メタクリル酸ブチルアミノエチル、及びその他のアクリレートモノマー(そのうち少なくとも1つは酸性モノマーである)のコポリマーであり、ポリマーの140mgKOH/gの酸価を有し、National Starchから市販されている。ポリマーは、そのg当たり0.14gのKOHで中和される。各調合物の残余は水であり、pHは希釈KOHで8.5に調整される。インクは、Hewlett-Packard Professional Series(登録商標) 2000C型インクジェットプリンタ用に設計されたインクジェットペンに充填される。
この実施例では、ブラックインクは100%濃度(density)で印刷され、次の組成のインクの25%カラー濃度で下刷りされる:7.5%の2-ピロリドン、8%の1,5-ペンタンジオール、5%のコハク酸、1.75%のTergitol 15-S-7、4%のKOH、Na-Direct Yellow 132染料(1:10,000の希釈時でAbs = 0.12)及び残余は水である。この結果、pH4で緩衝されるインクとなる。」(段落【0056】?【0057】)

(イ)周知事項を示す文献として、以下を挙げる。また、その内容は、以下のとおりである。
甘利武司監修「インクジェットプリンター技術と材料」第204頁、株式会社シーエムシー、1998年7月31日 第1刷
「3.2 表面張力
純粋な水は通常のプリンター動作温度では約70mN/mの表面張力を示す。実際のインク組成物では色剤や水溶性有機溶剤その他,様々な界面活性物質を含む結果,20?60mN/mの表面張力を示す。」

イ 先願明細書に記載された発明
先願明細書には、「着色剤と、・・・pH感応性ポリマーと、・・・グリコールエーテル溶剤とを含有し、・・・インクジェット印刷用インク」が記載されるところ(摘記(1-1))、これは、「基板に適用される時のインクの乾燥時間及びブラック-カラーのブリードを著しく低減するインクシステム」に用いられるものであり(摘記(1-2))、「ある種の特定のポリマーは、あるpH条件下、且つ、ある種のイオン及びグリコールエーテルの存在下で沈殿し」(摘記(1-3))、「ポリマーの沈殿は、より大きな集塊化粒子への顔料の凝集(flocculation)を惹起し」(摘記(1-4))と記載され、さらに、ポリマーについて、「pHの変化につれ、又はある種のイオンの存在によって、あるいはその両方により沈殿するよう選択される。一般に、高いpHから低いpHへの変化によって沈殿するポリマーは、酸性基と疎水基を含むモノマーから成り」(摘記(1-5))と記載され、「pHの変化により、又は適切なイオンとの接触により、顔料を効果的に沈殿且つ凝集させるポリマーを十分生成できる量で供給される」(摘記(1-7))と記載されているから、該インクは、pHの変化で顔料を効果的に沈殿且つ凝集させることにより、ブリードを著しく低減するものであることがわかる。
また、より具体的には、「当該2つのインクの思い切ったpH条件、・・・は、2つのインクの境界で所望の効果(ブリード抑制)を生じさせる。」(摘記(1-9))、「pHが例えば4である、第2のインクを使用することで、・・・pH感応性ポリマーの溶解度におけるより大きな効果が得られる」、「ポリマーの不溶化を引き起こすのに十分低いpHを有する第2のインクが、所望の効果、即ち、ブリード及びハローの軽減を達成するのに使用される」(摘記(1-10))と、記載され、さらには、実施例1では「一連のブラックインクが設計された実験において、・・・pHは希釈KOHで8.5に調整される。・・・
この実施例では、ブラックインクは100%濃度(density)で印刷され、次の組成のインクの25%カラー濃度で下刷りされる:・・・pH4で緩衝されるインクとなる」(摘記(1-18))と記載されていることからすると、該インクは、第1のインクであるブラックインクと、第2のインクであるカラーインクを使用するものであり、第1のインクは、高いpHに調整され、第1のインクが、これより低いpHに調整された第2のインクと接触することによってpH変化を受け、pH感応性ポリマーにより顔料を効果的に沈殿且つ凝集させていることがわかる。
そうしてみると、先願明細書には、
「着色剤とpH感応性ポリマーとグリコールエーテル溶剤とを含むブラックインクである第1のインクと、第1のインクよりも低いpHを有するカラーインクである第2のインクからなるインクジェット印刷用インクセットであって、第1のインクと第2のインクが接触することでpH変化を受け、pH感応性ポリマーにより顔料が沈殿・凝集し、ブラック-カラーのブリードが著しく低減される、インクジェット記録用インクセット」
の発明(以下、「先願発明」という。)が記載されているといえる。

ウ 対比
本願補正発明と先願発明とを対比する。
本願補正明細書の段落【0015】には「異なる色のインクが被記録材上で接触した際に生じるpH変化により、pH感応性の自己分散型顔料が沈殿・凝集し、インクの混色・滲みが低減された画像が得られる」と記載されているから、本願補正発明も、「異なる色のインク、すなわち、第1のインクと第2のインクが、被記録材上で接触した際に生じるpH変化により、顔料が沈殿・凝集し、インクの混色・滲みが低減される」ものであり、本願補正明細書の段落【0030】には、「本発明の好ましい態様の1つとして、第1のインクがブラックインクであり、第2のインクがイエロー、シアンおよびマゼンタの3色のインクであるインクジェット記録用インクセットが挙げられる。」と記載されているから、本願補正発明においても第1のインクとしてブラックインク、第2のインクとしてカラーインクを用いるものである。
一方、先願発明において、第1のインク中の着色剤は「自己分散型顔料」、「自己分散性顔料」であり(摘記(1-2)、(1-13))、第2のインクには「水溶性染料」を用いることができ(摘記(1-12))、第1のインクと第2のインクとは当然に異なる色のものである。
そして、本願補正発明の第1のインクには「pH感応性の自己分散型顔料」が配合され、先願発明の第1のインクには「pH感応性ポリマー」が配合されているが、両者ともに、第1のインクにpH感応性成分を含んでいるから、両者は、
「自己分散型顔料が分散された、pH感応性成分を含む、ブラックインクである第1のインクと、特定のpHに調整された、第1のインクと異なる色の水溶性染料を含む、カラーインクである第2のインクとからなり、
第1のインクと第2のインクが接触した際に生じるpH変化により、顔料が沈殿・凝集し、インクの混色・滲みが低減されるものである、インクジェット記録用インクセット。」
である点で一致し、
a 第1のインクの成分として、先願発明においては、「pH感応性ポリマーとグリコールエーテル溶剤」を含むのに対し、本願補正発明においては、これらを含むとはしていない点
b pH感応性成分が、本願補正発明においては、自己分散型顔料であるのに対し、先願発明においては、ポリマーである点
c 顔料の析出について、先願発明においては、「pH感応性ポリマーにより顔料が沈殿・凝集し」とされているのに対し、本願補正発明においては、「顔料が析出する」とされている点
d 第1のインクおよび第2のインクが、本願補正発明においては、「それぞれ物性調整剤として表面張力調整剤を含有し、かつ前記第1のインクおよび第2のインクの25℃における表面張力が、25×10^(-3)?50×10^(-3)N/m」であるのに対し、先願発明においてはこのような規定はされていない点
e 第2のインクが、本願補正発明においては、「1?5重量%の第1のインクと異なる色の水溶性染料、3?10重量%の有機溶剤、0.1?1重量%のpH調整剤、0.1?2重量%の表面張力調整剤としての界面活性剤および残部として70重量%以上の水を含む」ものであるのに対し、先願発明においては、このような規定はされていない点
で、一応、相違する。

エ 判断
(ア)相違点aについて
「pH感応性ポリマー」について
先願明細書には、先願発明における「pH感応性ポリマー」について、「高いpHから低いpHへの変化によって沈殿するポリマーは、酸性基と疎水基を含むモノマーから成り」とされ(摘記(1-5))、「カルボン酸を含むタイプXのモノマー」には「アクリル酸、メタクリル酸」等が包含され、「タイプYの疎水性モノマー」には「アクリル酸及びメタクリル酸のメチル及びエチルエステル」、「スチレン」等が包含され(摘記(1-6))、「ここで使用される典型的なポリマーは、少なくとも1つ、好ましくは又、多数のカルボキシル基を有するものを包含し、これらは一般的に当分野で知られているアクリル系のモノマーとポリマーからなる」ものであること(摘記(1-8))が説明されている。
一方、本願補正明細書の段落【0021】には、「第1のインクは、上記の顔料、水溶性有機溶剤、結着剤、pH調整剤、物性調整剤、水などからなる。」と記載され、段落【0023】には、「第1のインクに使用される結着剤としては、水溶性の樹脂であれば特に限定されない。例えば、・・・スチレン-アクリル酸共重合物塩、・・・具体的には、ジョンソン社製のスチレン-アクリル酸-αメチルスチレン共重合体(商品名:ジョンクリル67)が好適に用いられる。」と記載され、具体例においては「ジョンクリル67」が用いられている(段落【0042】)ところ、この「ジョンクリル67」はその構造からして、先願発明における「カルボン酸基と疎水基を含むpH感応性ポリマー」に包含される。
そうしてみると、本願補正発明において、結着剤として「ジョンクリル67」のようなアクリル系ポリマーを用いた場合は、先願発明における「pH感応性ポリマー」を用いたものと区別ができない。
「グリコールエーテル溶剤」について
本願補正明細書の段落【0022】には「第1のインクに使用される水溶性有機溶剤としては、・・・エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテルなどのアルキレングリコールエーテル類;・・・などが挙げられる。」と記載され、また本願補正発明の具体例においても、エチレングリコールモノメチルエーテル等のグリコールエーテル溶剤が用いられているから(段落【0042】)、本願補正発明の第1のインクにおいても、グリコールエーテル溶剤を使用する場合が包含されているものと解され、この点は実質的な相違点ではない。
以上のとおりであるから、相違点aは、実質的に相違していない。

(イ)相違点bについて
先願発明における「自己分散型顔料」は、(1-14)に摘記したように、「カルボン酸」である「イオン基」を含むものを包含し、例えば、「Cabotから市販の・・・Cab-O-Jet(登録商標)300」が「そのまま使用され得る」(摘記(1-15))のであるところ、本願補正発明における「自己分散型顔料」として、本願補正明細書の段落【0007】に「カルボキシル基を有するpH感応性分散剤」と記載され、【0018】に「顔料表面に少なくとも1つのカルボキシル基が存在」と記載されており、さらに具体的に、「Cabot社から上市されているカーボンブラック(商品名:Cab-0-jet・300)」が挙げられている。そうすると、両者の「自己分散型顔料」は、いずれも、カルボン酸等のイオン基を有し、カーボンブラック(商品名:Cab-0-jet・300)が適するのであるから、同じものを包含するといえ、すなわち、先願発明における「自己分散型顔料」も「pH感応性」のものを包含するといえる。
そうすると、先願発明においても、pH感応性の自己分散型顔料を含むといえるから、相違点bは、実質的に相違しない。
なお、本願補正発明においても、先願発明と同じポリマーが使用されていることは上記(ア)に示したとおりであるから、本願補正発明においても、「pH感応性ポリマー」を用いているといえる。
そうすると、本願補正発明も、先願発明も、「pH感応性のポリマー」と「pH感応性自己分散型顔料」をともに用いる態様を包含するから、これからみても、相違点bは、実質的に相違しない。

(ウ)相違点cについて
両者ともに顔料が析出する点に相違はないから、「pH感応性ポリマーにより」析出するものであるのかそうでないのかを実質的な相違点とすることはできず、しかも、また、両者ともに、ポリマーとして「ジョンクリル67」、自己分散型顔料として「Cabot社から上市されているカーボンブラック(商品名:Cab-0-jet・300)」を含む場合があることは、上記(ア)、(イ)にそれぞれ示したとおりであるから、両者ともに顔料の析出について同じ態様の場合を包含するといえる。
したがって、相違点cは、実質的に相違しない。

(エ)相違点dについて
インクジェット記録においては、表面張力を適切な範囲に調整することは普通に行われていることであり、インクジェット記録用のインクの表面張力が20?60mN/m位であることも普通の範囲といえるから(必要なら上記周知文献を参照)、先願発明における第1及び第2のインクの表面張力もこの範囲内に含まれるものと解される。
したがって、相違点dは、実質的に相違しない。

(オ)相違点eについて
先願明細書の、(1-18)として摘記した、「ブラックインクは100%濃度(density)で印刷され、次の組成のインクの25%カラー濃度で下刷りされる:7.5%の2-ピロリドン、8%の1,5-ペンタンジオール、5%のコハク酸、1.75%のTergitol 15-S-7、4%のKOH、Na-Direct Yellow 132染料(1:10,000の希釈時でAbs = 0.12)及び残余は水である。この結果、pH4で緩衝されるインクとなる。」のうち、「次の組成のインク」として記載されたカラーインクは「第2のインク」といえるところ、「Na-Direct Yellow 132染料」は、摘記(1-12)に「本発明の実施に際し、水性カラー染料を用いてよい。水溶性染料の例には、」と記載され、また、本願補正明細書の段落【0028】にも記載されるように水溶性染料といえ、「2-ピロリドン、1,5-ペンタンジオール」は(1-16)に摘記したように、有機溶剤であり、「Tergitol 15-S-7」は(1-17)に摘記したように、界面活性剤であって、先願明細書に記載された上記カラーインクは、酸やアルカリを用いて「pH4で緩衝されるインク」としたものであるといえ、本願補正発明においても、明細書の段落【0032】に、「第2のインクは、・・・pHを4?6に調整する必要がある」と記載されるのであるから、両者ともに「pHを4に調整している」という点において、そうなるように「pH調整剤」を用いている点で差異がない。
この先願明細書の摘記(1-18)には、第2のインクの量は明記されておらず、また、有機溶剤量は、本願補正発明で特定する10重量部を超えているが、先願発明において、「第2のインク」としては、摘記(1-11)に示したように、「第1のインクよりも低いpHを有する水溶性染料」であれば足り、その量割合は、染料であれば十分着色する量であり、有機溶剤であれば溶媒に染料を溶解する量であれば足りるといえる。
そうしてみると、第2のインクの組成は、そのような数値が先願明細書に明記はされていないものの、先願発明における、染料と有機溶剤の技術的意味からすれば、上記の範囲を含む範囲のものが記載されているに等しいといえる。
したがって、相違点eは、実質的に相違しない。

オ まとめ
以上のとおりであって、相違点a?eはいずれも実質的に相違しないから、本願補正発明は先願発明と同一であり、しかも先願の発明をした者が本件特許出願に係る発明の発明者と同一の者ではなく、本件特許出願の時に本件の出願人と先願の出願人とが同一の者でもないので、本願補正発明は、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものである。

(3)特許法第36条第4項について
ア 本願補正発明は、「4(1)」に記載のとおりであって、「第1のインク」については、自己分散型顔料、表面張力調整剤を発明特定事項としている。
また、「第2のインク」については、水溶性染料、有機溶剤、pH調整剤、界面活性剤、水を一定範囲で含むことを発明特定事項とするものである。

イ 本願補正明細書の発明の詳細な説明の記載
(ア)第1のインクについて
本願補正明細書の段落【0021】には、「第1のインクは、上記の顔料、水溶性有機溶剤、結着剤、pH調整剤、物性調整剤、水などからなる。」と記載され、同段落【0025】には、「第1のインクに使用される物性調整剤としては、表面張力調整剤が挙げられる。表面張力調整剤としては、ノニオン系界面活性剤が使用され、具体的には、・・・などのノニオン界面活性剤が好適に用いられる。」と記載されているから、第1のインクには、界面活性剤が必須であるといえるところ、【表1】において、唯一実施例として示されている「第1のインク」である「黒インク」には、界面活性剤が配合されていない。
(イ)第2のインクについて
本願補正明細書の段落【0034】には、「第2のインクにおける各成分の含有量は次のとおりである。水溶性染料の含有量は、0.5?7重量%が好ましく、1?5重量%がより好ましい。有機溶剤の含有量は、画像の滲みが発生しない量にすることが必要であり、1?15重量%が好ましく、3?10重量%がより好ましい。pH調整剤の含有量は、0.01?3重量%が好ましく、0.1?1重量%がより好ましい。表面張力調整剤としての界面活性剤の含有量は、0.01?5重量%が好ましく、0.1?2重量%がより好ましい。以上の各成分の残部を水とすればよいが、水の含有量は、60重量%以上が好ましく、70重量%以上がより好ましい。」と記載されているものの、【表1】において、第2のインクの実施例とされている「実施例イエロー1」には、pH調整剤が配合されておらず、有機溶剤の含有量は請求項1に規定された10重量%を超えている。また、同様に第2のインクの実施例とされる「実施例マゼンタ1」も「実施例シアン1」も、有機溶剤の含有量は請求項1に規定された10重量%を超えている。
(ウ)【表2】について
本願補正発明の効果は、具体的には、本願補正明細書の段落【0050】の【表2】に示されているといえるところ、効果があるインクセットである「実施例(黒インク、イエロー1、マゼンタ1、シアン1)」は、上記(ア)、(イ)に示したように、用いられているインクはいずれも本願補正発明のものではない。
(エ)本願補正発明の奏する効果について
(ウ)に示したように、本願補正発明の効果は直接的には、本願補正明細書中にデータをともなって記載されていない。また、【表2】の「実施例」とされた例と「比較例」とされた例との関係から、本願補正発明の効果が自ずと導けるものであるともいえない。さらに、これらのデータや発明の詳細な説明の記載を総合すれば、本願補正発明の効果は自明であるともいえない。
そうしてみると、本願補正明細書には、本願補正発明の奏する効果がどのように優れているのか記載されているとはいえないから、発明の詳細な説明には、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
したがって、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

(4)独立特許要件についてのまとめ
以上のとおり、本願補正発明は、特許法第29条の2の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができるものではなく、また、その特許出願が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないから特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。
したがって、本願補正発明は独立特許要件を有しない。

第3 本願発明
平成19年9月13日付けの手続補正は「第2 3」のとおり却下すべきものであるので、本願の請求項1?8に係る発明は、平成17年8月2日付けの手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりである。

「pH感応性の自己分散型顔料が分散された第1のインクと、第1のインクに分散された顔料が析出するpHに調整された、第1のインクと異なる色の水溶性染料を含む第2のインクとからなり、第1のインクおよび第2のインクが、それぞれ物性調整剤として表面張力調整剤を含有し、かつ第1のインクおよび第2のインクの25℃における表面張力が、25×10^(-3)?50×10^(-3)N/mであることを特徴とするインクジェット記録用インクセット。」

第4 原査定の拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由の概要は、本願の請求項1?8に係る発明は、その出願の日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた特願2000-295588号(前記「先願」と同じ。)の願書に最初に添付された明細書又は図面(前記「先願明細書」と同じ。)に記載された発明と同一であり、しかも先願の発明をした者が本件特許出願に係る発明の発明者と同一の者ではなく、本件特許出願の時に本件の出願人と先願の出願人とが同一の者でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができない、というものである。

第5 当審の判断
1 先願明細書の記載事項及び周知事項
(1)先願明細書に記載された事項は、「第2 4(2)ア(ア)」に記載したとおりである。

(2)周知事項を示す文献及びその記載内容は、「第2 4(2)ア(イ)」に記載したとおりである。

2 先願明細書に記載された発明
「第2 4(2)イ」に記載したとおりである。

3 対比
本願発明と先願発明とを対比する。
本願明細書の段落【0015】には「異なる色のインクが被記録材上で接触した際に生じるpH変化により、pH感応性の自己分散型顔料が沈殿・凝集し、インクの混色・滲みが低減された画像が得られる」と記載されているから、本願発明も、「異なる色のインク、すなわち、第1のインクと第2のインクが、被記録材上で接触した際に生じるpH変化により、顔料が沈殿・凝集し、インクの混色・滲みが低減される」ものであり、本願明細書の段落【0030】には、「本発明の好ましい態様の1つとして、第1のインクがブラックインクであり、第2のインクがイエロー、シアンおよびマゼンタの3色のインクであるインクジェット記録用インクセットが挙げられる。」と記載されているから、本願発明においても第1のインクとしてブラックインク、第2のインクとしてカラーインクを用いるものである。
一方、先願発明において、第1のインク中の着色剤は「自己分散型顔料」であり(摘記(1-2))、第2のインクには「水溶性染料」を用いることができ(摘記(1-12))、第1のインクと第2のインクとは当然に異なる色のものである。
そして、本願発明の第1のインクには「pH感応性の自己分散型顔料」が配合され、先願発明の第1のインクには「pH感応性ポリマー」が配合されているが、両者ともに、第1のインクにpH感応性成分を含んでいるから、両者は、
「自己分散型顔料が分散された、pH感応性成分を含む、ブラックインクである第1のインクと、特定のpHに調整された、第1のインクと異なる色の水溶性染料を含む、カラーインクである第2のインクとからなり、
第1のインクと第2のインクが接触した際に生じるpH変化により、顔料が沈殿・凝集し、インクの混色・滲みが低減されるものである、インクジェット記録用インクセット。」
である点で一致し、
a’ 第1のインクの成分として、先願発明においては、「pH感応性ポリマーとグリコールエーテル溶剤」を含むのに対し、本願発明においては、これらを含むとはしていない点
b’ pH感応性成分が、本願発明においては、自己分散型顔料であるのに対し、先願発明においては、ポリマーである点
c’ 顔料の析出について、先願発明においては、「pH感応性ポリマーにより顔料が沈殿・凝集し」とされているのに対し、本願発明においては、「顔料が析出する」とされている点
d’ 第1のインクおよび第2のインクが、本願発明においては、「それぞれ物性調整剤として表面張力調整剤を含有し、かつ前記第1のインクおよび第2のインクの25℃における表面張力が、25×10^(-3)?50×10^(-3)N/m」であるのに対し、先願発明においてはこのような規定はされていない点
で、一応、相違する。

4 判断
相違点a’、b’、c’、d’は、「第2 4(2)ウ」における相違点相違点a、b、c、dと同じであるから、「第2 4(2)エ(ア)」?「第2 4(2)エ(エ)」に示したのと同じである。

5 まとめ
以上のとおり、相違点a’?d’は、いずれも実質的に相違していないから、本願発明は、先願発明と同一であり、しかも先願の発明をした者が本件特許出願に係る発明の発明者と同一の者ではなく、本件特許出願の時に本件の出願人と先願の出願人とが同一の者でもないので、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。

第6 請求人の主張
1 請求人は、平成22年5月17日付け回答書において、平成19年9月13日付けの手続補正は、特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものであるとし、該手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に係る発明(これを「本願補正発明」といい、補正後の明細書を「本願補正明細書」というのは前記のとおりである。)と、先願発明との差異に関し、次の主張をしている。
ア 先願発明は、必須成分としてpH感応性ポリマーを含み、ポリマーを固定化することにより、色材の混色・飛び散り(ブリード)を防ぐというものであるのに対し、本願補正発明は、pH感応性の自己分散型顔料を含み、顔料を固定化することにより、色材の混色・飛び散り(ブリード)を防ぐというものであり、先願発明の必須成分であるpH感応性ポリマーを含まない。((c-1)、(c-2)の主張)
イ 先願明細書には「第2のインクが、1?5重量%の第1のインクと異なる色の水溶性染料、3?10重量%の有機溶剤、0.1?1重量%のpH調整剤、0.1?2重量%の表面張力調整剤としての界面活性剤および残部として70重量%以上の水を含むこと」は記載されていない。((c-3)の主張)
ウ 本願補正発明は、先願発明とは異なる構成を有することにより、普通紙上で滲み、ブリード・混色がなく、1200dpi相当以上の高解像度の画像記録が可能で、かつノズル先端でのインク乾燥による目詰まりが発生せず、常に吐出応答性、吐出安定性が良好なインクジェット記録用インクセットを提供することができる。((c-4)の主張)
エ 本願補正発明は、第1のインクと第2のインクの特性を規定するものであり、例えば、第3のインクや第4のインクの特性規定するものではなく、明細書に記載の「実施例黒インク」は第3あるいは第4のインクに相当し、本願補正発明の規定に限定されるものではない。((c-6)の主張)

2 上記手続補正が却下すべきものであることは、「第2 3」に示したとおりであるが、それとは別個に、上記ア?エの主張を検討する。
(1)アの主張について
本願補正発明において、結着剤として「ジョンクリル67」のようなアクリル系ポリマーを用いた場合は、先願発明における「pH感応性ポリマー」を用いたものと区別ができないことは、「第2 4(2)エ(ア)」に示したとおりであるから、「本願補正発明は、・・・先願発明の必須成分であるpH感応性ポリマーを含まない」という請求人の主張は当を得ていない。
そして、両者は区別できないから、ブリードを防ぐメカニズムについての説明がどうであれ、同一の態様を含むものと解される。
したがって、請求人のアの主張は採用できない。

(2)イの主張について
先願明細書に請求人主張の事項が記載されているに等しいことは、「第2 4(2)エ(オ)」に示したとおりであるから、請求人のこの主張は採用できない。

(3)ウの主張について
当該主張は、本願補正明細書の段落【0042】の【表1】の組成のインクを、段落【0050】の【表2】のインクセットとして、「ブリード評価、環境変化下での吐出テスト、長期保存テスト」の個別の結果から、「総合評価」を導き、判断しているものといえるところ、該【表1】において、「実施例黒インク」には表面張力調整剤が配合されておらず、「実施例イエロー1」、「実施例マゼンタ1」、「実施例シアン1」は、いずれも、有機溶剤量が「3?10重量%」を超えるものである。
そうすると、【表2】における性能評価は、本願補正発明とはまるで異なる組成のものについて測定した結果であって、本願補正発明の効果についてのものではない。
したがって、請求人の主張は、本願補正発明についての主張とはいえない。

(4)エの主張について
本願補正発明においては、「第3のインク」も「第4のインク」も発明を特定する事項ではないため、請求人のエの主張は意味が不明である。
したがって、この主張も採用できない。

(5)まとめ
請求人の主張は、「第5 5」に示した当審の判断を左右しない。

第7 むすび
以上のとおり、本願発明は特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないから、その余の発明について検討するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-08-24 
結審通知日 2010-08-31 
審決日 2010-09-16 
出願番号 特願2001-126125(P2001-126125)
審決分類 P 1 8・ 572- Z (C09D)
P 1 8・ 536- Z (C09D)
P 1 8・ 161- Z (C09D)
P 1 8・ 575- Z (C09D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 菅原 洋平  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 松本 直子
齊藤 真由美
発明の名称 インクジェット記録用インクセットおよび記録方法  
代理人 野河 信太郎  

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