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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A01M
管理番号 1227440
審判番号 不服2009-4105  
総通号数 133 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-01-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-02-25 
確定日 2010-11-26 
事件の表示 特願2003-335644「加熱蒸散装置」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 4月14日出願公開、特開2005- 95107〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成15年9月26日の出願であって、その請求項1に係る発明は、平成20年11月7日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものと認める。
「殺虫成分として、一般式(I)


(式中、X及びYは同一又は相異なって水素原子、メチル基、ハロゲン原子又はトリフルオロメチル基を表し、Zは水素原子、メチル基又はメトキシメチル基を表す)で表されるフッ素置換ベンジルアルコールエステル化合物から選ばれた1種又は2種を含む薬液が収容された薬液容器、該薬液を吸液する吸液芯、及び該吸液芯を加熱して薬液を蒸散させる発熱体を備え、前記発熱体を構成する中空筒状の放熱筒体内壁の高さを8?12mm、かつ表面部の温度を120?150℃とし、しかもこの放熱筒体内壁に対向して位置する前記吸液芯の受熱部先端上方の中空筒状部分の体積が300mm^(3)?800mm^(3)になるようにし、薬液が、殺虫成分を0.2?2.0重量%、100?180℃の加熱温度で蒸散する界面活性剤を10?80重量%、及び水を18?88重量%含有する水性薬液、もしくは、殺虫成分を0.2?2.0重量%、及び沸点温度(95重量%留出温度)範囲が240?300℃の灯油を97重量%以上含有する油性薬液であり、しかも吸液芯の受熱部と、発熱体の放熱筒体内壁との間隙が、1.2?1.7mmであることを特徴とする加熱蒸散装置。」(以下、「本願発明」という。)

2.引用刊行物
原査定の拒絶の理由に引用された刊行物
刊行物1:特開2002-58414号公報
刊行物2:特開平11-103750号公報
刊行物3:特開2001-39807号公報

(1)本願出願前に頒布された刊行物である上記刊行物1(特開2002-58414号公報)には、次の事項が記載されている。
(1a)「【請求項1】 器体内に薬液容器が収納され、前記薬液容器から上方に突出した吸液芯を前記器体内に備えられた発熱体により加熱して前記吸液芯に吸い上げられた薬液を蒸散させる加熱蒸散装置において、
前記発熱体の温度を複数の範囲に変更する加熱温度制御手段と、前記発熱体及び前記薬液容器の少なくとも一方の前記器体内における上下方向位置を調節して前記吸液芯の被加熱面積を変更可能な被加熱面積変更手段とを備えたことを特徴とする加熱蒸散装置。」
(1b)「【0003】
【発明が解決しようとする課題】加熱蒸散装置には、多種多様な使い方(例えば20通り以上の使い方)ができる汎用性の高いものが求められている。例えば、適用する空間の広さや、対象とする害虫によって、気中濃度、蒸散量、揮散量等を変更できるものが求められている。また、殺虫までしなくても侵入を防止できればよい、長持ちすればよい、長持ちしなくても即座に効けばよい等、どの程度の効果が得られればよいかも、使用者の好みに合わせて設定できれば便利である。しかし、従来の加熱蒸散装置では、蒸散量や揮散量の調節範囲が不十分で、使用可能な薬液の種類も限られており、使用者のニーズに対応しきれていなかった。
【0004】本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、使用状況に応じて効き目を十分に広い範囲にわたって調節可能な加熱蒸散装置を提供することにある。」
(1c)「【0007】本発明において発熱体としては、例えば正特性サーミスタ(PTCサーミスタ)やニクロム線を発熱素子として用いたものを採用できる。・・・また、発熱体を吸液芯を囲むような環状とするとともにその内径を調節可能としたものを用いてもよい。そして、加熱温度制御手段によって、特に限定されないが、発熱体の表面温度が約40?200℃、かつ吸液芯の表面温度が30?185℃となるように設定することができる。」(1d)「【0009】本発明において薬液としては、殺虫剤、殺菌剤、殺ダニ剤、或は忌避剤、医薬品、芳香剤、消臭剤、化粧品等の薬剤(薬液)が使用される。例えば、従来より害虫駆除に用いられている以下の各種薬剤が挙げられる。
・・・
*d-トランス-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル-3-(2,2-ジクロロビニル)-2,2-ジメチル-1-シクロプロパンカルボキシレート(一般名ベンフルトリン)・・・」
(1e)「【0010】なお、殺虫成分の種類によって異なるが、殺虫液中の薬剤濃度は0.3?20%とすることができる。」
(1f)「【0011】
【発明の実施の形態】・・・図1は本発明の第1実施形態である加熱蒸散装置10の概略断面図である。加熱蒸散装置10は、器体上部12と器体下部13とを組み合せてなる器体11を有している。器体下部13の底壁部には、薬液容器21を挿入可能な挿入穴13aが設けられている。挿入穴13aの周縁には、器体上部12内へと突出する内側壁13bが立設され、内側壁13bの上端には天板13cが設けられている。天板13の中央部には開口が設けられており、その開口を囲むように天板13cの下面中央部には円筒部13dが垂下されている。・・・円筒部13dの内周面にはねじが切られている。天板13cの上面には、発熱体15を支持する支持片13gが設けられている。
・・・
【0012】段付き円筒状の薬液容器21内には、殺虫成分等を含む薬液が収容されている。薬液容器21の小径筒部21aの外周面にはねじが切られている。小径筒部21aの上端からは、薬液容器21内の薬液を吸い上げ可能な吸液芯22が突出している。・・・発熱体15の中心には貫通孔15aが設けられている。
【0013】本実施形態における被加熱面積変更手段は、下部器体13の円筒部13dと、薬液容器21の小径筒部21aとを有しているといえる。円筒部13dの内周面及び小径筒部21aの外周面に切られたねじは、少ない回転で薬液容器21を大きく上下移動させることができるように、ピッチを大きくされている。薬液容器21の小径筒部21aを、下部器体13の円筒部13d内に螺着した際には、小径筒部21aから突出した吸液芯22が発熱体15の貫通孔15aに挿入される。図1は薬液容器21が最下端位置にある状態を示している。ここでは、吸液芯22の先端が発熱体15の上面より下がった位置にある。このとき、吸液芯22の被加熱面積は小さくなる。発熱体15によって吸液芯22を加熱すると、吸液芯22から薬液の有効成分が蒸散される。
【0014】器体上部12の上壁部には、吸液芯22の真上に、吸液芯22から蒸散される気体を外部に放出するための蒸散孔20が設けられている。・・・」
(1g)「【0017】本実施形態の操作方法を説明する。以下の作業を行うことで所望する蒸散量を得ることができる。
・加熱温度制御手段により、発熱体15の温度設定をする(高・低の他、初期・中期・後期や、所定時間経過後に温度変更等)。
・薬液容器21の位置を設定する。
・スイッチ17をオンする。
これらの作業を行う順番は特に限定されない。薬液容器21は、図1に示す最下端位置から図2に示す最上端位置までの間で設定できる。図2に示す最上端位置では、薬液容器21の小径筒部21aの上端面に当接部13eが当接し、薬液容器21の肩部21cに補助当接部13fが当接する。このとき、吸液芯22の先端が発熱体15の上面より突出し、吸液芯22の被加熱面積は大きくなる。・・・
【0018】以上のような構成の加熱蒸散装置10によれば、加熱温度制御手段と被加熱面積変更手段との双方によって、蒸散量、揮散量、濃度等の調節を行うことができる。例えば、発熱体15の温度を150℃と120℃との2段階に設定可能で、薬液容器21の位置(吸液芯22の発熱体15に対する位置)を上・中・下の3段階に設定可能である場合を考える。・・・したがって、使用状況に応じて蒸散量、揮散量、濃度等を十分に広い範囲にわたって調節でき、使用者の多様なニーズに適切に対応することができる。」

上記記載事項及び図面の記載によれば、刊行物1には次の発明が記載されていると認められる。
「薬液が収容された薬液容器21、該薬液を吸液する吸液芯22、及び該吸液芯22を加熱して薬液を蒸散させる発熱体15を備え、前記発熱体15は環状で、かつ表面部の温度を120℃?150℃に調節する加熱温度制御手段を有し、この発熱体15に対向する前記吸液芯の受熱部先端位置を調節する被加熱面積手段を有し、薬液は、殺虫成分を0.3?20%含むものである加熱蒸散装置。」(以下、「刊行物1記載の発明」という。)

(2)同じく刊行物2(特開平11-103750号公報)には、次の事項が記載されている。
(2a)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、多孔体吸液芯及びこれを用いた薬剤加熱蒸散方法に関するものである。」
(2b)「【0008】本発明で用いられるピレスロイド化合物としては、20℃における蒸気圧が4.0×10^(-6)mmHg以上であるシクロプロパンカルボン酸エステル系化合物、例えば、アレスリン、・・・トランスフルスリン等があげられるが、これらに限定されるものではない。・・・」
(2c)「【0012】請求項6の発明は、請求項5の構成において、(イ)有効成分としてのピレスロイド化合物を 0.3?5.0重量%、(ロ)100?180℃の加熱温度で蒸散する界面活性剤の1種または2種以上を10.0?80.0重量%、および(ハ)水を含有してなる水性薬液を用いたものである。」
(2d)「【0025】薬液容器2は、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリ塩化ビニール等の耐薬品性合成樹脂からなり、薬液4を充填し、その口部に適当な保持部材を介して多孔体吸液芯3を密栓状に保持したのち、器体1に取り付けられる。薬液容器2を器体1に取り付ける方法としては、例えば、薬液容器2の上に設けた保持体に螺合ないし嵌合させる方法や・・・等があり、この際、薬液容器2を台座上に載置して保持しても良い。
【0026】リング状発熱体ユニット5は、多孔体吸液芯3の上端部の周囲を間隙6を存して囲繞するように器体1の頂面中央に備えられる。通電時、多孔体吸液芯3の発熱体ユニット5の放熱リングに対面する部分は70?140℃の温度に加熱され、この輻射熱により多孔体吸液芯3に含まれる薬液は器体上部の天面開口部7から空中に蒸散される。・・・」
(2e)「【0034】実施例1
原料粒径が5?10μmのムライト粒子を用いて、平均孔径1?2μmの多孔体吸液芯(外径7.0mm、長さ75.5mm)を作製した。・・・」
(2f)段落【0037】の【表1】には、本発明6として、トランスフルスリン0.3重量%、界面活性剤8重量%、香料0.3重量%、残部を水とした水性薬液を用いたことが記載されている。

(3)同じく刊行物3(特開2001-39807号公報)には、次の事項が記載されている。
(3a)「【請求項1】殺虫液中に吸液芯の一部を浸漬して該芯に殺虫液を吸液させ、吸液芯の殺虫液中に浸漬されていない部分を加熱することにより吸液された殺虫液を蒸散させる加熱蒸散殺虫方法に用いられる殺虫液において、2,3,5,6-テトラフルオロ-4-メチルベンジル 3-(2-クロロ-2-フルオロビニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレートを有効成分として含有することを特徴とする加熱蒸散用殺虫液。」
(3b)「【0006】本発明殺虫液は通常、炭素数10?20の無臭又は低臭性の飽和炭化水素溶剤に本化合物を溶解させることにより製造される。かかる飽和炭化水素溶剤としては、例えば、デカン、ウンデカン、・・・イソパラフィン、ナフテン及びこれらの混合物等が挙げられ、その具体例としては、例えば、ノルパー12(エクソン化学株式会社製)、ノルパー13(エクソン化学株式会社製)、ノルパー15(エクソン化学株式会社製)、アイソパーM(エクソン化学株式会社製)、アイソパーV(エクソン化学株式会社製)、アイソパーL(エクソン化学株式会社製)、アイソパーH(エクソン化学株式会社製)、アイソパーG(エクソン化学株式会社製)・・・等が挙げられる。本発明殺虫液中の本化合物含有量は、通常0.1?5重量%程度である。」
(3c)「【0012】製剤例1
2,3,5,6-テトラフルオロ-4-メチルベンジル (1R)-トランス-3-(2-クロロ-2-フルオロビニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレート(以下、本化合物1と記す)0.8重量部をノルパー15とアイソパーV(いずれもエクソン化学株式会社製)を8:2(重量比)に混合した混合溶剤に溶解して全体を100重量部として、本発明殺虫液1を得た。」

3.対比
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)と刊行物1記載の発明を対比する。
刊行物1記載の発明の発熱体15の形状の「環状」は、本願発明の「中空筒状」に相当し、当該発熱体15はその内壁から放熱することは明らかであるから、「放熱筒体内壁」を有しているといえる。
また、刊行物1記載の発明において「発熱体15に対向する前記吸液芯の受熱部先端位置を調節」することと、本願請求項1に係る発明において「放熱筒体内壁に対向して位置する前記吸液芯の受熱部先端上方の中空筒状部分の体積が300mm^(3)?800mm^(3)になるよう」にすることとは、「放熱筒体内壁に対向して位置する前記吸液芯の受熱部先端位置を調節」する点で共通する。

したがって、両者は、次の点で一致する。
「薬液が収容された薬液容器、該薬液を吸液する吸液芯、及び該吸液芯を加熱して薬液を蒸散させる発熱体を備え、前記発熱体を構成する中空筒状の放熱筒体内壁を有し、かつ表面部の温度を120?150℃とし、しかもこの放熱筒体内壁に対向して位置する前記吸液芯の受熱部の先端位置を調整した加熱蒸散装置。」

また、両者は次の点で相違する。
[相違点1]
薬液の殺虫成分が、本願発明では、一般式(I)で示されるフッ素置換ベンジルアルコールエステル化合物から選ばれた1種又は2種であるのに対し、刊行物1記載の発明は、このような殺虫成分に限定されていない点。
[相違点2]
本願発明は、放熱筒体内壁の高さを8?12mm、吸液芯の受熱部と発熱体の放熱筒体内壁との間隙が1.2?1.7mmであり、
放熱筒体内壁に対向して位置する前記吸液芯の受熱部の先端位置の調節が、受熱部先端上方の中空筒状部分の体積が300mm^(3)?800mm^(3)になるようにするものであるのに対し、
刊行物1記載の発明は、放熱筒体内壁の高さ、吸液芯の受熱部と発熱体の放熱筒体内壁との間隙が不明であり、
放熱筒体内壁に対向して位置する前記吸液芯の受熱部の先端位置の調節が、受熱部の被受熱面積を調整するものである点。
[相違点3]
薬液が、本願発明では、
殺虫成分を0.2?2.0重量%、100?180℃の加熱温度で蒸散する界面活性剤を10?80重量%、及び水を18?88重量%含有する水性薬液、もしくは、殺虫成分を0.2?2.0重量%、及び沸点温度(95重量%留出温度)範囲が240?300℃の灯油を97重量%以上含有する油性薬液であるのに対し、
刊行物1記載の発明では、殺虫成分を0.3?20%含むものの、具体的な組成は限定されていない点。

4.判断
上記各相違点について検討する。
(1)相違点1についての検討
刊行物1には、薬液の殺虫成分の例として、本願発明の一般式(I)で示されるフッ素置換ベンジルアルコールエステル化合物に該当する「d-トランス-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル-3-(2,2-ジクロロビニル)-2,2-ジメチル-1-シクロプロパンカルボキシレート(一般名ベンフルトリン)」が記載されており、また、刊行物2,3には、本願発明の一般式(I)で示される該当する化合物(刊行物2のトランスフルスリン、刊行物3の請求項1記載の化合物)を加熱蒸散装置で蒸散させることが記載されており、刊行物1記載の発明において、薬液の殺虫成分として、一般式(I)で示される化合物を1種又は2種用いることは当業者が容易になしうることである。

(2)相違点2についての検討
1)まず、放熱筒体内壁の高さと吸液芯の受熱部と発熱体の放熱筒体内壁との間隙について検討する。
加熱蒸散装置において、放熱筒体内壁の高さを10mm及び内径を10mm程度、吸液芯の受熱部と発熱体の放熱筒体内壁との間隙を1.5mm程度とすることは従来普通に行われていることであり、例えば、特開平10-113113号公報には、放熱筒体内壁の高さを10mm、内径を10mm、吸液芯の直径を7mmとすることが記載され、吸液芯の受熱部と発熱体の放熱筒体内壁との間隙を1.5mmとすることが示されている。
また、刊行物1記載の発明において、発熱体は吸液芯の表面温度を高めるためのものであり(記載事項(1d)参照)、吸液芯の受熱部と放熱筒体内壁との間隙が小さいと吸液芯の表面温度が高くなりやすいが、吸液芯の挿入時に、発熱体と接触するおそれがあり、逆に、この間隙が大きいと吸液芯が十分加熱されず蒸散が適切に行われないことは容易に予想でき、吸液芯の受熱部と発熱体の放熱筒体内壁との間隙を適当な範囲に微調整することは適宜なしうることである。
すなわち、放熱筒体内壁の高さを8?12mm、吸液芯の受熱部と発熱体の放熱筒体内壁との間隙を1.2?1.7mmとした点は、従来から普通に採用されていた発熱体に基いて、当業者が適宜設計しうることである。

2)次に、受熱部先端上方の中空筒状部分の体積を300mm^(3)?800mm^(3)になるようにした点について検討する。
本願明細書の記載によれば、受熱部先端上方の中空筒状部分の体積を300mm^(3)?800mm^(3)になるようにしたのは、実施例1に示される実験に基づくものと認められる。
そこで、実施例1をみると、直径7mmの丸棒状の吸液芯を用い、次に示す【表1】に記載された条件で実験を行ったこと、その結果、次に示す【表2】に記載の蒸散性能、殺虫効力が得られたことが記載されている。
【表1】



【表2】


上記の実験結果を詳細に検討する。
ア.本発明5と6は、いずれも化合物Eを用い、放熱筒体表面温度が134℃、受熱部先端上方の中空筒状部分の体積(以下、表1と同様「中空筒状体積」という。)が310mm^(3)であるが、本発明5と6の蒸散性能、殺虫効力には差異があり、本発明6の方が直後の蒸散性能、殺虫効力が大きく、700時間後の蒸散性能、殺虫効力が低下している。
そうすると、中空筒状体積は、蒸散性能、殺虫効力に直接影響を与えるものとはいえない。
そして、本発明5と6の実験条件を比較すると、本発明6は、本発明5より受熱高さが大きく、放熱筒体の内径を大きくして芯と内壁との間隔を大きくしており、中空筒状体積よりも、受熱高さや芯と内壁との間隔が蒸散性能、殺虫効力に影響していると考えられる。
イ.本発明5と比較例1の実験条件及び実験結果を比較すると、両者は吸液芯の受熱部の高さ及び中空筒状体積が異なっており、中空筒状体積が小さい比較例1は、直後の蒸散性能、殺虫効力が大きく、700時間後の蒸散性能、殺虫効力が小さいことが示されている。
この比較例1は、放熱筒体内に挿入される吸液芯の高さを高くした結果、中空筒状体積が小さくなっているものであって、上記ア.の本発明5と6の比較検討結果と合わせて考察すると、受熱部の高さが、蒸散量に影響しており、受熱部の高さが大きいと、初期の蒸散量が過大となって蒸散性能、殺虫効力が持続しないと考えられる。
ウ.本発明6と比較例1の実験条件及び実験結果を比較すると、両者は放熱筒体の内径が異なり、その結果、芯と内壁との間隔、中空筒状体積が異なっており、放熱筒体の内径が大きく、したがって芯と内壁との間隔が広く中空筒状体積が大きい本発明6は、直後の蒸散性能、殺虫効力が小さいが、700時間後も蒸散性能、殺虫効力の減少が少ないことが示されている。
この2つの実験の比較検討結果と、上記イ.の本発明5と比較例1の比較検討結果とを合わせて考察すると、放熱筒体の内径の大きさに伴う芯と内壁との間隔が、蒸散量に影響しており、受熱部の高さが大きい場合であっても、芯と内壁との間隔が大きいと、初期の蒸散量が少なくなり、蒸散性能、殺虫効力が持続すると考えられる。
エ.比較例3と4の実験条件及び実験結果を比較すると、両者は、中空筒状体積が同じで、放熱筒体表面の温度のみが相違しており、表面の温度の高い比較例3は、直後の蒸散性能、殺虫効力が大きく、700時間後の蒸散性能、殺虫効力が低下している。
オ.これらの実験の検討結果を総合すると、蒸散性能、殺虫効力に影響を与えているのは、受熱部の高さ、放熱筒体表面の温度、放熱筒体の内径それに伴う芯と内壁との間隔であって、中空筒状体積は、蒸散性能、殺虫効力に直接影響を与えているとはいえない。

請求人は、審判請求の理由(平成21年5月14日付け手続補正書により補正)において、3種類の化合物をH、C、Eを用いた追加実験の結果を示し「何れの化合物を用いた加熱蒸散装置においても、中空筒状部分における体積300mm^(3)?800mm^(3)という数値範囲において、蒸散性能及び殺虫効力において臨界的意義を有することは明確である。」旨主張しているので、この実験についても検討する。
化合物H、C、Eについて、それぞれ、同じ化合物については、ほぼ同じ内径、高さの放熱筒体を用い、放熱筒体の表面温度を一定にして、受熱部高さを変え、中空筒状体積を変えた実験(実験1)の1?5、2)の7?12、3)の13?17)では、受熱部高さが高く、中空筒状体積が小さい程、直後の蒸散性能、殺虫効力が大きいことが示されている。
また、受熱部高さを一定にし、放熱筒体の内径を変え、芯と内壁の間隙及び、中空筒状体積を変えた実験(実験4)の19?23)では、芯と内壁の間隙が大きく、中空筒状体積が大きい程、蒸散性能、殺虫効力が低いことが示されている。
(なお、実験1)の6、実験2)及び実験3)の芯と内壁の間隙の数値は、各々の放熱筒の内径と吸液芯の太さとに対応しておらず、数値に誤りがあると思われる。)
しかし、これらの結果は、直径7mmの吸液芯を使用し、それぞれの化合物について特定の温度条件を採用し、蒸散性能、殺虫効力が有効に持続するような、受熱部高さ、芯と内壁の間隙を設定した場合に、中空筒状体積が300mm^(3)?800mm^(3)であったことを示すにすぎず、中空筒状体積が300mm^(3)?800mm^(3)であれば、蒸散性能、殺虫効力が有効に持続することを示すものとはいえない。

そうすると、受熱部先端上方の中空筒状部分の体積を300mm^(3)?800mm^(3)になるようにした点は、吸液芯の直径を7mmとし、放熱筒体内壁の高さ及び吸液芯の受熱部と発熱体の放熱筒体内壁との間隙を従来から普通に採用されている程度の高さ8?12mm、間隙1.2?1.7mmとしたものにおいて、当該間隙及び化合物に応じて、蒸散性能、殺虫効力が有効に持続するような、温度条件、受熱部高さを設定した場合の中空筒状体積を表示したにすぎず、数値範囲に臨界的意義は認められない。

そして、刊行物1記載の発明には、薬液の成分に応じて、温度を調節するとともに、吸液芯の高さ(受熱高さ)を変えて、被受熱面積を変え、蒸散量を設定することが示されており、刊行物1記載の発明において、一般式(I)で示される殺虫成分を含む薬液を採用する際に、その蒸散性能、殺虫効力が有効に持続するように、適切な温度条件、受熱部高さを設定することは当業者が容易になしうることであって、本願発明において、このような適切な状態を、受熱部先端上方の中空筒状部分の体積で表現した点は、当業者が適宜なし得る程度のことといわざるをえない。

(3)相違点3についての検討
刊行物2には、吸液芯を加熱する加熱蒸散装置に使用する薬液として、本願発明の一般式(I)で示される化合物に該当するトランスフルスリン0.3重量%、界面活性剤8重量%、香料0.3重量%、残部を水とした水性薬液が記載されている。
また、刊行物3には、吸液芯を加熱する加熱蒸散装置に使用する薬液として、本願発明の一般式(I)で示される化合物に該当する、「2,3,5,6-テトラフルオロ-4-メチルベンジル 3-(2-クロロ-2-フルオロビニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレート」0.8重量部をノルパー15とアイソパーVの混合溶剤(いずれも、95重量%留出温度は240?300℃の間)に溶解した油性薬液が記載されており、刊行物1記載の発明において、薬液として、相違点3に係る水性薬液又は油性薬液を採用することは、刊行物2、3に記載された発明に基いて当業者が容易になしうることである。

(4)効果の検討、及びまとめ
上記(2)で検討したとおり、本願発明において、受熱部先端上方の中空筒状部分の体積を調整したことによる効果は、化合物に応じて、蒸散性能、殺虫効力が有効に持続するような、温度条件、受熱部高さを設定した場合の中空筒状体積を表示したにすぎず、このような調整により蒸散量を調整できることは刊行物1記載の発明から予測できることである。
また、中空筒状部分の体積が大きいとは、受熱部の高さが低いか、受熱部と放熱筒体内壁との間隙が大きいことを表しており、このような場合に、吸液芯が放熱筒体に接触して折れる虞が少ないことは容易に予測できることであり、本願発明の効果は、全体として刊行物1ないし3記載の発明から予測できる程度のことである。
したがって、本願発明は、刊行物1ないし3記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

5.むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本願は、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-08-04 
結審通知日 2010-08-18 
審決日 2010-10-08 
出願番号 特願2003-335644(P2003-335644)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A01M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 伊藤 昌哉  
特許庁審判長 山口 由木
特許庁審判官 草野 顕子
宮崎 恭
発明の名称 加熱蒸散装置  
代理人 田上 明夫  
代理人 ▲高▼ 昌宏  
代理人 萼 経夫  
代理人 宮崎 嘉夫  
代理人 森 則雄  
代理人 小野塚 薫  
代理人 加藤 勉  
代理人 山田 清治  

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