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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C09D
管理番号 1227470
審判番号 不服2007-26931  
総通号数 133 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-01-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-10-02 
確定日 2010-11-25 
事件の表示 平成 9年特許願第284136号「インクジェット記録用インク」拒絶査定不服審判事件〔平成11年 4月27日出願公開、特開平11-116863〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成9年10月16日の出願であって、平成14年6月17日に手続補正がなされ、平成16年12月15日付けで拒絶理由が通知され、平成17年2月18日に意見書及び手続補正書が提出され、平成19年6月1日付けで再度拒絶理由が通知され、同年7月30日に意見書が提出され、同年8月24日付けで拒絶査定がされ、同年10月2日に拒絶査定に対する審判が請求され、同年12月26日に審判請求書の手続補正書及び物件提出書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1?10に係る発明は、平成14年6月17日付け及び平成17年2月18日付けの手続補正により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「少なくとも(A)水溶性色材と、(B)(モノ、ジ)プロピレングリコールモノブチルエーテル、(ジ、トリ)エチレングリコールモノ(ペンチル、ヘキシル)エーテル、プロピレングリコール(モノ、ジ)エチレングリコールモノ(ブチル、ペンチル、ヘキシル)エーテルおよびエチレングリコール(モノ、ジ)プロピレングリコールモノ(ブチル、ペンチル、ヘキシル)エーテルから選ばれた1種以上である第一のグリコールエーテルと、(C)ジエチレングリコールモノブチルエーテルおよび/またはトリエチレングリコールモノブチルエーテルである第二のグリコールエーテルと、(D)α-フェニルエチルアルコール、β-フェニルエチルアルコール、ベンジルアルコール、3-フェニル-1-プロパノール、N-(2-ヒドロキシエチル)-N-アニリン、N-(2-ヒドロキシエチル)-N-メチルアニリン、ネオペンチルアルコールおよびペンチルアルコールから選ばれた1種以上と、(E)分子中にアセチレン基を有する界面活性剤と、(F)水とを含有するインクジェット記録用インク。」

第3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶理由は、「平成16年12月15日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって、拒絶をすべきもの」というものであって、その「備考」欄には、「引用例1」、「引用例2」、「引用例7」の摘記内容が記載され、次いで、「本願請求項1?10に係る発明と引用例1に記載された発明とを比較すると、専ら(E)アセチレン基を有する界面活性剤の有無にのみ相違点が認められるところ、・・・という構成及び作用効果については、引用例2及び7にも記載されるように周知の技術事項にすぎないので、本願請求項1?10に係る発明は、引用例1に記載された発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。」と記載されている。
そうすると、原査定の拒絶の理由は、
「本願請求項1に係る発明(本願発明)は、引用例1に記載された発明及び引用例2、7にも記載される周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである」
という理由を含むものであるといえる。
そこで、以下、この理由について、検討する。

第4 刊行物及び刊行物の記載事項
原査定で引用された、本願出願前に頒布された刊行物1?3は次のとおりであり、以下の事項が記載されている。
刊行物1:特開平3-14881号公報
(原査定の「引用例1」に同じ。)
刊行物2:特開平7-228808号公報
(原査定の「引用例2」に同じ。)
刊行物3:特開平9-111165号公報
(原査定の「引用例7」に同じ。)

1 刊行物1:特開平3-14881号公報
(1a)「水溶性染料と水溶性有機溶媒および水とを必須成分とする記録液において、下記の〔 I 〕,〔II〕,〔III〕及び〔IV〕
〔 I 〕ジエチレングリコール-n-ヘキシルエーテル
〔II〕α-フェニルエチルアルコール
〔III〕N-(2-ヒドロキシエチル)-N-メチルアニリン
〔IV〕3-フェニル-1-プロパノール
の化合物を、1種又は2種以上を0.1?5重量%含有させてなることを特徴とする水性インクジェット記録用インク。」(特許請求の範囲)
(1b)「本発明はインクジェット記録に関する。さらに詳しくは速乾性、印字品位に勝れた水性インクジェット記録用インクに係る。
・・・・
インクジェット記録方法における記録紙としては専用紙および電子写真用紙、ボンド紙、連続伝票用紙等の普通紙が用いられるが、普通紙を用いた場合は、速乾性(記録された直後、印字を指等でこすっても画像のずれが生じない)や印字品位(印字ににじみがなく、裏移りがない)等についての問題点があった。」(1頁左欄下から2行?右欄13行)
(1c)「(ハ)本発明が解決しようとする課題
しかしながら、これらの記録液は、・・・、泡立ちのため、・・・等の欠点を有している。
本発明の目的は、普通紙にインクジェット記録を行なうに際し、叙述の速乾性及び印字品位に勝れたインク特性を有するジェットインク記録用インクを提供することにある。」(2頁左上欄4?13行)
(1d)「(ホ)効果
本発明に係るインクジェット記録用インクは、記録後の速乾性及び印字品位に勝れているため、普通紙に記録した直後でも印字部を指でこすっても画像のずれが生じず、かつ、にじみ及び裏移りがなくシャープな画像を得ることが出来る。
又、上記の効果のほかに記録特性(信号応答性、液適形成の安定性、吐出安定性、長時間の連続記録性)、保存安定性等いずれも良好である。」(3頁右上欄3?11行)
(1e)「実施例l
C.I. Direct Black 154 3 重量部
ジエチレングリコール-n-ヘキシルエーテル 0.2重量部
α-フェニルエチルアルコール 0.6重量部
N-(2-ヒドロキシエチル)-N-メチルアニリン 0.6重量部
ポリエチレングリコール200 6 重量部
ジエチレングリコールモノブチルエーテル 4 重量部
イオン交換水 85.6重量部
4ークロルー3ーエチルフェノール 0.02重量部
上記の各成分を容器の中で充分混合撹拌し、0.2μのメンブランフィルターでろ過し、インクを調製した。」(3頁右上欄16行?左下欄10行)
(1f)「得られたインクを用いて、インクジェットプリンター(シャープ株式会社製; IO-720型)でインクジェット記録を行ない、下記(a)および(b)の方法に従って、速乾性及び印字品位を評価した。
(a)速乾性;電子写真用紙(富士ゼロックス株式会社製)、ボンド紙および連続伝票用紙(日本通信紙株式会社製)に印字後、2秒以内に印字部を指でこすり画像のずれの有無を判定した。いずれもずれがなく勝れた定着性を示した。
(b)印字品位;上記の記録紙上において印字されたドット周辺のフェザーリング(髭状のにじみ)の有無および輪郭のシャープさを目視により評価した。いずれもフェザーリングがなく、また輪郭もシャープであった。」(3頁左下欄11行?右下欄4行)

2 刊行物2:特開平7-228808号公報
(2a)「少なくとも水溶性染料と5?20重量%の多価アルコールの低級アルキルエーテル、0.1?3重量アセチレングリコール及/またはアセチレングリコール誘導体を含むインクであって、0.001?1.0重量%のベンゾトリアゾールを含むことを特徴とするインクジェット記録用インク。」(特許請求の範囲の【請求項1】)
(2b)「本発明はカラー印字においても高印字品質を満足し、吐出安定性を改良したインクジェット記録用インクに関し、さらにインクジェット記録方法に関する。」(段落【0001】)
(2c)「更にインクにアセチレングリコール及び/またはアセチレングリコール誘導体を添加することによって、紙によって印字品質に差のない高品位なカラー記録を実現できる。アセチレングリコールは、一般的には次式に示す構造式で表される物質でn+mが0のものであり、誘導体とは、n+mが30以下のエチレンオキサイド付加化合物をいう。
【化1】

」(段落【0007】?【0008】)
(2d)「上記構造を有するアセチレングリコールで商品化されている物としてはサーフィノール440、サーフィノール465、サーフィノール82、サーフィノールTG(製造元:Air Product and Chemicals、Inc.、販売元:日信化学工業株式会社)がある。添加量は0.1重量%より少ないとにじみ混色の改良が出来無い紙が有り、3重量%より多いと溶解性が悪く、また粘度が高くなり、インクジェット記録に不適になる。好ましい添加量は0.5?2重量%である。」(段落【0009】)
(2e)「A.混色印字評価
任意のインクを用いたベタ印字に続けてそのすぐ下に接するように他のインクを用いたベタ印字をした際の隣接した境界部を目視により観察する。
評価結果は、次のように分類した。
・印字品質に紙による差はほとんど無く、混色にじみ、ひげが観察されない ・・・◎
・印字品質に紙による差が多少見られるが、混色にじみ、ひげは気にならない ・・・○
・印字品質に紙による差があり、紙によっては、混色にじみ、ひげが観察される ・・・△
・印字品質に紙による差が有り、どの紙においても混色にじみ、ひげが観察される・・・×」(段落【0037】)
(2f)「【表4】

」(段落【0050】)

3 刊行物3:特開平9-111165号公報
(審決注:摘記箇所についての特許請求の範囲及び段落番号は、刊行物3の出願時の明細書に係る特許請求の範囲及び段落番号であって、同公報に併せて記載されている、平成8年9月27日の手続補正書により全文補正された明細書に係るものではない。)
(3a)「水溶性染料、水、下記化合物群A、化合物群Bの中から選ばれた少なくとも1種の化合物、及び下記化合物群Cから選ばれた少なくとも1種の化合物を含有し、表面張力30dyne/cm以上及び粘度5センチポイズ以下であるインク組成物。
化合物群A:
A-1:エチレングリコールモノn-ブチルエーテル
A-2:エチレングリコールモノフェニルエーテル
A-3:エチレングリコールモノイソブチルエーテル
A-4:ジエチレングリコールモノn-ブチルエーテル
A-5:ジエチレングリコールモノヘキシルエーテル
A-6:ジエチレングリコールモノイソブチルエーテル
A-7:トリエチレングリコールn-ブチルエーテル
A-8:ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル
A-9:ベンジルアルコールのエチレンオキシド付加物
化合物群B:
B-1:アセチレングリコールのエチレンオキシド付加物型界面活性剤
B-2:エチレンオキシド-プロピレンオキシド-エチレンオキシド型(ブルロニック型)界面活性剤
B-3:高級アルコールのエチレンオキシド付加物
化合物群C:
C-1:下記一般式で表わされる化合物

、k=3?50である。(式中のkは3?50であり、mは3?25であり、nは3?25であり、m+mは6?50である。)
C-2:下記一般式で表わされる化合物

(式中のk=20?50であり、mは10?25であり、nは10?25であり、n+m=20?50であり、pは2?5である。)」(特許請求の範囲の【請求項1】)
(3b)「本発明は、高精細なカラー画像と信頼性を両立させるインク組成物(以下単にインクという)及びそれを搭載して記録するインクジェツト記録方法に関する。」(段落【0001】)
(3c)「本発明によれば、カラーインクジェット記録装置内で、インクの泡立ち或いはインク内に空気が取り込まれる等の障害が生じにくく、従ってノズルへインクを安定して供給することが可能で、更にインクの記録紙への浸透性と滲みのバランスが調節され、吐出特性が安定で、小さい液滴形成においても安定な液体粒子を形成することができ、目詰まりしにくく、高画質記録を可能にする新規なインク、及び高精細なカラー画像を形成し得るとともに、信頼性にも優れたカラーインクジェット記録方法を提供することができる。」(段落【0010】)
(3d)「2.化合物群B
1(丸数字)B-1:アセチレングリコールのエチレンオキシド付加物
ここで用いられる物質は、アセチレングリコールにエチレンオキシドを平均で3.5?20モル付加結合させた化合物である。市販されている化合物としては、具体的には、サーフィノール440(3.5モル付加)、サーフィノール465(10モル付加)(以上は日信化学製)、アセチノールEH(10モル付加)(川研ファイン(株)製)等が挙げられる。又、5モル、15モル、20モル付加物等も高い浸透性を付与することができる。
2(丸数字)B-2:エチレンオキシド-プロピレンオキシド-エチレンオキシド型(ブルロニック型)界面活性剤
これらはノニオン性界面活性剤として知られている。これらの中でHLBが4?8の範囲の疎水性が強い物質が本発明に好適に用いられる。
3(丸数字)B-3:高級アルコールのエチレンオキシド付加物
これらはノニオン性界面活性剤として知られている。これらの中でHLBが4?8の範囲の疎水性が強い物質が本発明に好適に用いられる。
以上のB-1、B-2、B-3の各化合物のいずれかを選択して本発明のインク中で0.3?3.0重量%、好ましくは0.5?1.0重量%の範囲で使用することによって普通紙に対するインク速い浸透性を得ることができる。」(段落【0014】?【0015】)
(3e)「3(丸数字)印刷適性-乾燥性
テキストと、モノカラーパッチを配したテストパターンを前記した普通紙に記録し、乾燥時間を試験した。
(評価基準)
A:プリンタから排出されてきた時には乾燥している。
B:排出されてから数秒で乾燥。
C:排出されてから数十秒で乾燥。
4(丸数字)印字品質-境界滲み
「3(丸数字)印刷適性-乾燥性」で得られた印字物のカラーパッチ間の境界部と文字を観察し、滲みの状態を調べた。
(評価基準)
A:目視では色間に境界滲みがない。
B:イエロー色と黒色との間で若干境界滲みが発生している。
C:文字の線が太り気味で、且つ境界滲みが目立つ。
但し、比較例のインクの滲み試験の場合、黒色以外のカラーインクは、実施例1の各カラーインクを用いた。」(段落【0058】?【0059】)
(3f)「表2:実施例1?5および比較例1?3の評価結果

」(段落【0060】)

第5 当審の判断
1 刊行物1に記載された発明
刊行物1には、「速乾性、印字品位に勝れた水性インクジェット記録用インク」について記載され(摘記(1b))、該インクは、「水溶性染料と水溶性有機溶媒および水とを必須成分とする記録液において、下記の〔 I 〕,〔II〕,〔III〕及び〔IV〕
〔 I 〕ジエチレングリコール-n-ヘキシルエーテル
〔II〕α-フェニルエチルアルコール
〔III〕N-(2-ヒドロキシエチル)-N-メチルアニリン
〔IV〕3-フェニル-1-プロパノール
の化合物を、1種又は2種以上を0.1?5重量%含有させてなることを特徴とする水性インクジェット記録用インク。」(摘記(1a))であり、その具体例として、実施例1は、
「 C.I. Direct Black 154 3 重量部
ジエチレングリコール-n-ヘキシルエーテル 0.2重量部
α-フェニルエチルアルコール 0.6重量部
N-(2-ヒドロキシエチル)-N-メチルアニリン 0.6重量部
ポリエチレングリコール200 6 重量部
ジエチレングリコールモノブチルエーテル 4 重量部
イオン交換水 85.6重量部
4ークロルー3ーエチルフェノール 0.02重量部
上記の各成分を容器の中で充分混合撹拌し、0.2μのメンブランフィルターでろ過し、インクを調製した。」(摘記(1e))ものであるから、刊行物1には、実施例1の組成のインクジェット記録用インク、すなわち、
「C.I. Direct Black 154、ジエチレングリコール-n-ヘキシルエーテル、α-フェニルエチルアルコール、N-(2-ヒドロキシエチル)-N-メチルアニリン、ポリエチレングリコール200、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、イオン交換水及び4ークロルー3ーエチルフェノールからなる水性インクジェット記録用インク」
の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

2 対比
本願発明と引用発明とを対比すると、引用発明における「C.I. Direct Black 154」は、摘記(1a)を参照すると水溶性染料であるから、本願発明の「(A)水溶性色材」に相当し、引用発明における「ジエチレングリコール-n-ヘキシルエーテル」は、「ジエチレングリコールモノ及び/またはジ-n-ヘキシルエーテル」を意味するものと解されるから、本願発明の「(B)ジエチレングリコールモノヘキシルエーテル」に相当し、引用発明における「α-フェニルエチルアルコール」と「N-(2-ヒドロキシエチル)-N-メチルアニリン」は、本願発明の「(D)」成分である「α-フェニルエチルアルコール」と「N-(2-ヒドロキシエチル)-N-メチルアニリン」に相当し、引用発明における「ジエチレングリコールモノブチルエーテル」は、本願発明の「(C)ジエチレングリコールモノブチルエーテル」に相当し、引用発明における「イオン交換水」は、本願発明の「(F)水」に相当する。
そうすると本願発明と引用発明とは、
「(A)水溶性染料である水溶性色材と、(B)ジエチレングリコールモノヘキシルエーテルと、(C)ジエチレングリコールモノブチルエーテルと、(D)α-フェニルエチルアルコール及びN-(2-ヒドロキシエチル)-N-メチルアニリンと、(F)水とを含有するインクジェット記録用インク」
の点で一致し、次の点で相違する。

(i)本願発明が、さらに(E)成分として、「分子中にアセチレン基を有する界面活性剤」を含有しているのに対し、引用発明においては含有していない点

3 判断
(1)相違点(i)について
「分子中にアセチレン基を有する界面活性剤」について検討する。
刊行物2には、引用発明と同様に、「水溶性染料、多価アルコールの低級アルキルエーテル」等を含み(摘記(2a))、「高印字品質を満足」する「インクジェット記録用インク」について記載されるところ(摘記(2b))、これは、「アセチレングリコール及/またはアセチレングリコール誘導体」を含むインクであり(摘記(2a))、これらの「アセチレングリコール及び/またはアセチレングリコール誘導体を添加することによって、紙によって印字品質に差のない高品位なカラー記録を実現できる」ものである(摘記(2c))。
そして、刊行物2には、「アセチレングリコール及/またはアセチレングリコール誘導体」としては、「Air Product and Chemicals、Inc.」で製造している「サーフィノール440、サーフィノール465、サーフィノール82、サーフィノールTG」が適することが記載され、これらにより「にじみ混色」が改良されることが示されている(摘記(2d))。
また、刊行物3にも、引用発明と同様に、「水溶性染料」、「ジエチレングリコールモノヘキシルエーテル」や「ジエチレングリコールモノイソブチルエーテル」等の多価アルコールの低級アルキルエーテル等を含み(摘記(3a))、インクジェット記録に用いる「高精細なカラー画像と信頼性を両立させるインク組成物」について記載されるところ(摘記(3b))、「水溶性染料」とともに用いる必須化合物群の中に、「B-1」で示される「アセチレングリコールのエチレンオキシド付加物型界面活性剤」があり(摘記(3a))、このものは具体的には、「サーフィノール440(3.5モル付加)、サーフィノール465(10モル付加)」等であり、「高い浸透性を付与することができ」、インク中で使用することにより「普通紙に対するインク速い浸透性を得ることができる」ものであって(摘記(3d))、「インクの記録紙への浸透性と滲みのバランスが調節され」(摘記(3c))とされているように、浸透性が高まれば滲みは減少するのである。
そうすると、サーフィノール440、サーフィノール465等のアセチレングリコール系の界面活性剤が、水溶性染料を用いたインクジェット記録用インクに高い浸透性を付与し、記録紙への滲みを防止し、高印字品質に寄与することは、当業者に周知といえる。
そして、用紙の種類を問わず高印字品質のものを得ようとするのは、インクジェット記録用インクにおいて周知の課題のひとつであるから、水溶性染料を用いたインクジェット記録用インクに、さらに印字品位や速乾性を高め、どのような紙に用いても高印字品質のものを得るために、「サーフィノール440、サーフィノール465」等の「アセチレングリコール系の界面活性剤」をさらに加えることは当業者がなし得るところといえる。
したがって、引用発明において、さらに(E)成分として、「分子中にアセチレン基を有する界面活性剤」を含有するのは、当業者にとって容易である。

(2)本願発明の効果について
本願発明の効果は、本願明細書の段落【0056】に記載されるように、「本発明は従来不十分であった普通紙、特に再生紙に対してほとんど滲まない印字が可能なインクジェット記録用インクを提供し、連続印字可能でありインク泡立ち性が少ないためカートリッジにフォームを用いてもドットぬけすることが少ないインクジェット記録装置を提供するという効果を有する。」ものであるといえるので、これを検討する。
ア 「普通紙、特に再生紙に対してほとんど滲まない印字が可能」という効果について
引用発明においても「普通紙を用いた場合は、速乾性(記録された直後、印字を指等でこすっても画像のずれが生じない)や印字品位(印字ににじみがなく、裏移りがない)等についての問題点があった。」(摘記(1b))という課題が提示され、「本発明の目的は、普通紙にインクジェット記録を行うに際し、叙述の速乾性及び印字品位に勝れたインク特性を有するジェットインク記録用インクを提供することにある。」(摘記(1c))というものであるから、印字品位に勝れるという効果は、引用発明においても奏していたといえ、さらに、「アセチレングリコール系の界面活性剤」が、「水溶性染料を用いたインクジェット記録用インクに高い浸透性を付与し、記録紙への滲みを防止し、高印字品質に寄与する」ものであることは、上記(1)に示したように当業者に周知といえるから、「アセチレングリコール系の界面活性剤」を含有させることで、「普通紙、特に再生紙に対してほとんど滲まない印字が可能」となることは、当業者が予測し得る程度のものといえる。

イ 「インク泡立ち性が少ない」という効果について
この効果は、本願明細書の段落【0048】?【0052】に具体的に記載されているところ、同段落【0048】?【0050】の記載に関しては、これは、「インクがノズルの前面で吐出しない程度に微動させる」ようにした装置を用いる場合のことであり、また、同段落【0051】?【0052】の記載に関しては、これは、「色材が顔料である場合」についてであって、いずれも、引用発明から容易であるとする対象、すなわち、「水溶性染料である水溶性色材を含有するインクジェット記録用インク」とは異なる発明についての場合であるため、引用発明から本願発明が容易であるか否かを判断するために採用するべき効果であるとはいえない。
しかも、刊行物1には、従来技術の課題として泡立ちが挙げられており、引用発明は、それを解決したのであって(摘記(1c))、引用発明も泡立ちが改良されたという効果を奏するものといえるから、泡立ちが少ないという効果は、当業者が予測し得るものといえる。

ウ したがって、本願発明の効果は、当業者の予測の範囲のものである。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物1に記載された発明及び同刊行物2、3に記載されている周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6 請求人の主張
1 主張の内容
請求人は、平成19年12月26日に提出された審判請求書の手続補正書において、
「(3)本願発明が特許されるべき理由 1.審査官の処分の違法性について」において、
(A)2回目の拒絶理由通知は、最後の拒絶理由通知であった。そうすると、審査基準に照らせば、1回目の拒絶理由通知に対して出願人が行った補正および反論により、1回目の拒絶理由はすべて解消され、当該補正によって実施可能要件違反の拒絶理由のみを新たに通知することが必要になったと解するのが相当である。
すなわち、2回目の拒絶理由通知が最後の拒絶理由通知としてなされた時点で、1回目の拒絶理由がすべて解消されたものとしてその後の審査がなされると了解した出願人および審査官当事者間での意思の合致に著しく反するものであり、違法な瑕疵を有するものである、
(B)審査過程で既に通知された拒絶理由と同一の拒絶理由で出願を拒絶査定すること自体は審査官の裁量権の範囲内であり、何ら違法性な瑕疵はないと解されるところ、「同一の拒絶理由」とは、あくまで当該拒絶理由を構成する根拠となる事実および証拠が同一であるものを意味するものと解すべきである。そうすると、本願が適法に拒絶査定される場合とは、1回目の(拒絶理由のうち)進歩性違反の拒絶理由と、原査定の進歩性違反の拒絶理由が「同一」である場合に限られると解される。これを本願に照らしてみると、原査定の進歩性違反の拒絶理由は、拒絶査定謄本の備考欄において言及されているとおり、引用例1の実施例1、引用例2の比較例1および引用例7の実施例4に基づくものである。これに対して、1回目の進歩性違反の拒絶理由は、当該拒絶理由通知書には何ら具体的な言及はなされていない。そうすると、両者は同一とは到底いえないものである。
すなわち、1回目の進歩性違反の拒絶理由と、原査定の進歩性違反の拒絶理由が同一ではないにも拘わらず、最初の拒絶理由を通知することを看過し、本願を直ちに拒絶査定した点で違法な瑕疵を有するものである、
と主張する。
また、
「2.本願発明と引用発明との対比 (2-3)本願発明の進歩性について」において、
(C)引用例1および2、または同1および7をいかに検討しても、本願発明に想到する動機づけは見出せず、
(D)本手続補正書と同日付で物件提出書を提出し、本願発明の効果をより明確にすべく、以下に示すとおり比較実験を行ってこれを立証した、
と主張する。
そこで、(A)?(D)の主張について検討する。

2 検討
(1)(A)の主張について
特許法第50条には、審査官は、拒絶をすべき旨の査定をするときは、特許出願人に対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない、との規定はあるが、特許法には、最後の拒絶理由通知は、最初の拒絶理由が全て解消したときのみ通知するとの規定はない。
また、同最後の拒絶理由通知中に、最初の拒絶理由通知はすべて解消した、ということが記載されているわけではなく、しかも、最初の拒絶理由に対して意見書を提出する機会もあったのであるから、最初の拒絶理由通知に記載した理由のよって拒絶をすべきものとした拒絶査定は違法ではない。
したがって、この主張は採用できない。

(2)(B)の主張について
特許法第29条第2項についての拒絶理由は、1回目の拒絶理由通知書に示したとおり、平成14年6月17日付けで手続補正された特許請求の範囲の請求項1?15に係る発明について、「引用文献1-7には、(1)水溶性色材、(2)所定のグリコールエーテル、所定のアルコール及び所定の界面活性剤等の低水溶性有機物質に該当すると認められる物質、(3)所定の有機溶剤、(4)所定のアルカリ剤、(5)水、を含有するインクジェット記録用インクが記載されている」から、「請求項1?15に係る発明は引用文献1?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許受けることができない」というものである。
これに対して請求人は、平成17年2月18日付けの手続補正により、「少なくとも(A)水溶性色材と、(B)第一のグリコールエーテルと、(C)第二のグリコールエーテルと、(D)・・・アルコールから選ばれた1種以上と、(E)界面活性剤と、(F)水とを含有するインクジェット記録用インク。」を請求項1に係る発明(本願発明)としたところ、この本願発明に対し、引用文献1に記載された発明及び周知事項から容易として拒絶査定がなされたのである。

これを検討するに、本願発明における(A)と(F)の成分は上記手続補正によっても実質的に補正されておらず、本願発明における(B)?(E)成分については、上記拒絶理由通知において、「(2)所定のグリコールエーテル、所定のアルコール及び所定の界面活性剤等の低水溶性有機物質に該当すると認められる物質」として、あるいは「(3)所定の有機溶剤」として、刊行物1等に記載されているとして既に通知してある事項である。
上記手続補正により、本願発明は、上記拒絶理由通知の対象とした請求項1に係る発明よりも減縮されものであるために、拒絶査定においては、刊行物1についてもより具体的な箇所を摘記したのであるが、拒絶査定におけるこの新たな摘記箇所も、刊行物1の「実施例1」に関する箇所であって、刊行物1に接した当業者なら必ず熟読する箇所といえるから、拒絶査定において該箇所を具体的に取り上げたことは不適切ではない。
そして拒絶査定は、この刊行物1に記載された発明と、既に通知してある刊行物2及び3等に示されるところの周知事項から、本願発明を容易である、と判断しているのであるから、「1回目の進歩性違反の拒絶理由と、原査定の進歩性違反の拒絶理由が同一ではない」とはいえない。
したがって、この主張は採用できない。

(3)(C)の主張について
「第5 3(1)」に示したように、引用発明も、刊行物2や3に記載された発明もいずれもインクジェット記録用インクに関するものであり(摘記(1a)?(1f)、(2a)、(2b)、(3a)、(3b)等)、これらの発明は印字品質を高めようというものであるから、共通の課題を有しており、また、印字品質をさらに高めようというのは当業者が当然に目指すところといえるから、共通の動機付けもあるといえる。
したがって、この主張は採用できない。

(4)(D)の主張について
請求人は、平成19年12月26日に物件提出書を提出し、同日付け審判請求書の手続補正書において、(E)成分である分子中にアセチレン基を含有する界面活性剤を用いた場合と用いない場合の比較実験を行い
、印字品質(にじみ)の評価を行ったところ、分子中にアセチレン基を含有する界面活性剤を用いなかったインクで印字したものは、用いたインクで印字したものに比べて、ヒゲ状のにじみが多く観察され、印字品質が劣るものであり、したがって、本願発明は格別有利な効果を奏する旨主張する。
しかしながら、上記「第5 3(1)」に示したように、分子中にアセチレン基を含有する界面活性剤が、「水溶性染料を用いたインクジェット記録用インクに高い浸透性を付与し、記録紙への滲みを防止し、高印字品質に寄与する」ものであることは当業者に周知であるから、請求人の主張する効果は、当業者が予測し得る程度のものに過ぎない。そして、本願発明の効果については、上記「第5 3(2)」に示したとおりである。
したがって、この主張は採用できない。

(5)まとめ
以上のとおりであって、請求人の主張は、いずれも採用できない。

第7 むすび
以上のとおり、本願発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その余の請求項について検討するまでもなく、この出願は、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-09-24 
結審通知日 2010-09-28 
審決日 2010-10-13 
出願番号 特願平9-284136
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C09D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 菅原 洋平木村 敏康原 健司  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 井上 千弥子
齊藤 真由美
発明の名称 インクジェット記録用インク  
代理人 須澤 修  
代理人 宮坂 一彦  
代理人 上柳 雅誉  

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