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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16J
管理番号 1227937
審判番号 不服2009-7080  
総通号数 133 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-01-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-04-02 
確定日 2010-12-02 
事件の表示 特願2004-328961「水系環境下での耐摩耗性に優れた摺動部材」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 6月 1日出願公開、特開2006-138404〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
1.手続の経緯・本願発明

本願は、平成16年11月12日の出願であって、本願の請求項1及び2に係る発明は、平成20年8月12日付けの手続補正書によって補正された明細書、特許請求の範囲、及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項によって特定されるとおりのものと認められるところ、本願の請求項1に係る発明は、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
水系環境下で作動させる摺動部材の組み合わせであって、該摺動部材の摺動部における少なくとも一方の摺動面に、硬度7?15GPaで厚さ0.1?5μmの非晶質炭素膜が形成されており、この非晶質炭素膜は水素を25?40at%含む水素化非晶質炭素膜であることを特徴とする水系環境下での耐摩耗性に優れた摺動部材。」(以下「本願発明」という。)

2.引用刊行物とその記載事項

原査定の拒絶の理由に引用された本願出願前に日本国内において頒布された刊行物は、次のとおりである。なお、刊行物1及び刊行物2は、それぞれ、原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1及び文献4に相当する。

刊行物1:特開平10-184692号公報
刊行物2:特開2003-26414号公報

(1)刊行物1(特開平10-184692号公報)の記載事項

刊行物1には、「水潤滑軸受又は水潤滑シール」に関し、図面とともに次の事項が記載されている。

(ア) 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、耐摩耗性、低い摩擦係数が要求される水潤滑軸受又は水潤滑シールに関し、特にポンプ、水車等の流体機械に好適な水潤滑軸受又は水潤滑シールに関するものである。」

(イ) 「【0005】本発明は上述の点に鑑みてなされたもので、摩擦係数を低減化し、しかも耐摩耗性を向上させた水を潤滑液とする水潤滑軸受又は水潤滑シールを提供することを目的とする。」

(ウ) 「【0006】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するため本願請求項1に記載の発明は、回転側に直接または間接的に固定された回転側部材と、固定側に直接又は間接的に固定され、該回転側部材に対向摺接する固定側部材とを具備し、水を潤滑液とする水潤滑軸受又は水潤滑シールであって、回転側部材及び固定側部材の基材を金属材料とし、その一方の部材の摺動面に窒化チタン(TiN)膜を形成し、他方の部材が非脆性材料又は該他方の部材の摺動面に硬質膜を形成したことを特徴とする。
【0007】請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の水潤滑軸受又は水潤滑シールにおいて、前記非脆性材料が金属材料で、しかも硬質膜がセラミック膜であることを特徴とする。
……
【0012】請求項7に記載の発明は、請求項2に記載の水潤滑軸受又は水潤滑シールにおいて、セラミック膜が炭化物系セラミック膜であることを特徴とする。
【0013】請求項8に記載の発明は、請求項7に記載の水潤滑軸受又は水潤滑シールにおいて、前記炭化物系セラミック膜がダイヤモンドライクカーボン膜、……であることを特徴とする。」

(エ) 段落【0021】の表【1】には、実施の形態4の固定側部材について、摺動面がDLC、膜厚(μm)が1、ビッカース硬さ(HV)が2500以上である旨が記載されている。

(オ) 「【0023】表1において、実施の形態1乃至7はいずれもその回転側部材の基体にステンレス鋼(SUS316L)を用いその摺動面に膜厚3μmのTiN膜を形成している。そして固定側部材の基体に実施の形態3乃至7ではステンレス鋼(SUS316L又はSUS630)を用い、……実施の形態4では摺動面に膜厚1μmのDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を形成し、……ている。」

上記記載事項(ア)?(オ)及び図面の記載を総合すると、刊行物1には、
「水を潤滑液とする水潤滑軸受であって、該水潤滑軸受の固定側部材の摺動面に、ビッカース硬さ(HV)が2500以上で膜厚1μmのDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を形成するとともに、回転側部材の摺動面に、窒化チタン膜を形成して、摩擦係数を低減化し、しかも耐摩耗性を向上させた水を潤滑液とする水潤滑軸受。」
の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

(2)刊行物2(特開2003-26414号公報)の記載事項

刊行物2には、「非晶質炭素被膜と非晶質炭素被膜の製造方法および非晶質炭素被膜の被覆部材」に関し、図面とともに次の事項が記載されている。

(カ) 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、耐摩耗性、摺動特性および表面保護機能向上のため、機械部品、金型、切削工具、摺動部品などの表面に被覆される非晶質炭素被膜およびその被覆部材および被覆方法に関するものである。
【0002】[言葉の定義] 非晶質炭素被膜は、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、カーボン硬質膜、a-C、a-C:H、i-Cとも称されている硬質の被膜である。非晶質炭素であるから熱平衡で作製されたのではない。炭素原料蒸気をプラズマ化し基材、基板上で急冷し非平衡にして非晶質にしている。これには二種類あって厳密に区別する必要がある。
【0003】<B.含水素炭素膜> 一つは水素を含む炭素膜である。非晶質水素化炭素膜ということができる。これは上記の記号では厳密にはa-C:Hと表現されるべきである。しかし実際には水素を含む非晶質炭素被膜を、DLC、カーボン硬質膜、a-C:H、i-Cなどといっている。
【0004】それは歴史的に水素を含む非晶質炭素被膜の方が早く実用化され現在までにかなりの実績をもっているからである。だから通常非晶質炭素被膜というと水素を含む非晶質炭素被膜を指す。非晶質炭素被膜は平滑で摩擦係数が低いと言われるが、それは水素を含む非晶質炭素被膜の固有の性質である。厳密には非晶質炭素被膜全てがそうだということでない。混同してはならない。」

(キ) 「【0010】普通に非晶質炭素被膜というと炭化水素を原料としてプラズマCVD法で作られた水素を含む非晶質炭素被膜である。いちいち「水素を含む非晶質炭素被膜」というのはわずらわしい。以後「含水素炭素膜(或いはこれにBを付けて含水素炭素膜Bとする)」と呼ぶことにする。」

(ク) 「【0062】
【課題を解決するための手段】[1.BAS構造(図1)]本発明の第1の非晶質炭素被膜は、図1に示すように基材Sの上に0.5nm?200nmの薄い無水素炭素膜Aを形成し、その上に水素含有量が5at.%?25at.%であり厚みが無水素炭素膜Aの2倍?1000倍の厚みを持つ含水素炭素膜Bを設けたものである。……」

(ケ) 「【0066】……含水素炭素膜Bの水素含有量を5?25at.%とすれば低摩擦係数であって平滑面が得られることが分かった。25at.%以上になると、被膜硬度が柔らかくなり、耐摩耗性が実用に耐えられないレベルとなる。」

(コ) 「【0092】水素濃度を高めることによって含水素炭素膜Bの表面粗さが減少し平滑性が増す。ために摺動時の相手攻撃性が減少する。また潤滑下での摩擦係数が低減できる。この点についてさらに付言しよう。
【0093】非晶質炭素被膜(含水素炭素膜B)の被膜硬度は水素濃度によって広い範囲で変化する。一般にヌープ硬度で1000?10000程度である。このような被膜硬さは、一般的に機械部品に使用されている材料よりも硬い場合が多い。従って摺動時には、被膜自身が摩耗されるよりも、相手材が摩耗する場合が多い。この場合、もし非晶質炭素被膜(含水素炭素膜B)の表面が粗いと相手材に食い込み易く相手材に摩耗を強いる。これは好ましくないことである。
【0094】一方潤滑雰囲気において、オイル、水などの液体を潤滑剤として利用する場合、境界潤滑下では、油膜を突き破って相手材との固体接触が起こる。もしも被膜の表面粗さが大きいと油膜を突き破って固体接触する面積が大きくなり、結果的に潤滑剤がうまく働かず、摩擦係数が高くなる。
【0095】従来の含水素炭素膜Bは水素濃度が低く((3)(審決注:原文では、丸囲み数字の3である。)の場合は0.17at.%?0.34at.%)粗面化しており非平滑、高摩擦係数という難点があったので相手材を摩損させるし潤滑下での摩擦係数がなお高かった。本発明は水素含有率を高め平滑性を高め摩擦係数を下げてその欠点を克服する。水素含有率を5at.%以上25at.%以下とするとどうして摩擦係数が低減するのかという理由は明らかでないが、空気中水分や潤滑油との親和性が上がり潤滑性が向上するのではないかと考えられる。」

上記記載事項(カ)?(コ)及び図面の記載を総合すると、刊行物2には、
「摺動部品などの表面に被覆される非晶質炭素被膜として水素含有量を5at.%?25at.%含む含水素炭素膜B。」
が記載されているものと認められる。

3.発明の対比

本願発明と引用発明とを対比すると、引用発明の「水を潤滑液とする」は、本願発明の「水系環境下で作動させる」に相当する。
引用発明の「水潤滑軸受」は、本願発明の「摺動部材」、「摺動部材の組み合わせ」の一種といえるものである。
引用発明の「該水潤滑軸受の固定側部材の摺動面」は、本願発明の「該摺動部材の摺動部における少なくとも一方の摺動面」に相当する。
引用発明の「膜厚1μm」は、本願発明の「厚さ0.1?5μm」の範囲内の数値である。
引用発明の「DLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜」は、本願発明の「非晶質炭素膜」に相当し、また同様に、「摩擦係数を低減化し、しかも耐摩耗性を向上させた」は、「耐摩耗性に優れた」に相当する。

よって、本願発明と引用発明とは、
[一致点]
「水系環境下で作動させる摺動部材の組み合わせであって、該摺動部材の摺動部における少なくとも一方の摺動面に、厚さ1μmの非晶質炭素膜が形成されている、水系環境下での耐摩耗性に優れた摺動部材。」
である点で一致し、次の点で相違する。

[相違点1]
本願発明では、非晶質炭素膜の硬度が「硬度7?15GPa」であるのに対して、引用発明では、非晶質炭素膜の硬度が「ビッカース硬さ(HV)が2500以上」であるとともに、上記一方の摺動面に対応する他方の摺動面は回転側部材の摺動面に窒化チタン膜を形成したものである点。(なお、本願明細書の段落【0006】及び【0017】には、HV1000=10GPaと記載されているので、引用発明のビッカース硬さ(HV)2500以上を換算すると、25GPa以上となる。)

[相違点2]
本願発明では、「この非晶質炭素膜は水素を25?40at%含む水素化非晶質炭素膜である」のに対して、引用発明では、そのような水素化非晶質炭素膜であるか否か明らかではない点。

4.当審の判断

(1)相違点1について

非晶質炭素膜の硬度に関し、本願明細書には、次の事項が記載されている。

(a) 「即ち本発明では、硬度が7GPa以上のDLC膜を形成する。硬度が小さいと、DLC膜本来の十分な耐摩耗性が発揮されないまま早期に摩耗し、基材同士が接触して焼き付きが生じるからである。」(段落【0016】)
(b) 「一方、DLC膜の硬度が高すぎると、DLC膜そのものは摩耗し難くなるが、相手材である他方の摺動部材の摺動面が摩耗しやすくなる(以下、この様な特性を「相手材攻撃性」ということがある)。従来よりDLC膜をコーティング膜として使用した例は数多くあるが、該皮膜の硬度は、HV3000?4000(HV1000=10GPaであるので、30?40GPa)と高く、摺動部材の片面のみにこの様な高硬度の皮膜を形成した場合には摺動相手材の摩耗が著しくなるので、長期にわたり良好に摺動部材を稼働させることができない。本発明では、被覆するDLC膜の硬度を25GPa以下とした。」(段落【0017】)
(なお、平成20年8月12日付けの手続補正により、被覆するDLC膜の硬度の上限値は「15GPa」と補正されたから、上記記載事項(b)の「25GPa以下」は「15GPa以下」と読み替えるべきと考える。)

上記記載事項(a)によれば、本願発明では、DLC膜自体の耐摩耗性を考慮して、硬度の下限値を「7GPa」とし、また、上記記載事項(b)によれば、相手材である他方の摺動部材の摺動面の摩耗を考慮して、硬度の上限値を「15GPa」としたものと認められる。

また、本願明細書の段落【0039】?【0044】には、耐摩耗性を評価するためのボールオンディスク摺動試験についての記載があり、段落【0040】には、当該試験における相手材は、3/8インチ径、未コーティングのSUS630(熱処理H900、硬度HV400)のボールである旨が記載され、また、段落【0041】の【表1】には、次の試験結果が記載されている。

・実験No.6 ディスク側の硬度:21
摩擦係数:0.15
ディスク比摩耗量:35.73
ボール比摩耗量:75.4

・実験No.10 ディスク側の硬度:13.5
摩擦係数:0.13
ディスク比摩耗量:35.7
ボール比摩耗量:73.5

上記実験No.6のディスク側の硬度は、本願発明の硬度の上限値15GPaより大きい21GPaであるのに対して、上記実験No.10のディスク側の硬度は、本願発明の硬度7?15GPaの範囲内の13.5GPaである。
上記実験No.6と実験No.10との結果を比較すると、実験No.6の摩擦係数0.15は実験No.10の摩擦係数0.13より大きいものの、ディスク比摩耗量及びボール比摩耗量はともに近似した数値である。
そうすると、上記ボールを相手材とした上記ボールオンディスク摺動試験の実験No.3?5,9,10,14,15に基づいて、本願発明では、非晶質炭素膜の硬度を「硬度7?15GPa」と数値限定したものと認められるが、本願発明の硬度の上限値15GPaの内と外で、相手材であるボールの比摩耗量に顕著な差異があるとはいえない。

さらに、本願明細書の段落【0045】?【0051】には、耐高面圧性(高面圧下における耐焼き付き性)を評価するためのリングオンディスク焼き付き荷重評価試験についての記載があり、段落【0047】の【表2】には、次の試験結果が記載されている。

・実験No.5 リング側の硬度:15
ディスク側の硬度:-(被膜なし)
焼き付き発生面圧:27
摩擦係数:0.09
ディスク摩耗体積:焼き付き測定不可

・実験No.6 リング側の硬度:-(被膜なし)
ディスク側の硬度:15
焼き付き発生面圧:20
摩擦係数:0.08
ディスク摩耗体積:焼き付き測定不可

・実験No.10 リング側の硬度:21
ディスク側の硬度:21
焼き付き発生面圧:>35
摩擦係数:0.04
ディスク摩耗体積:7.29×10^(6)

上記実験No.5のリング側の硬度及び上記実験No.6のディスク側の硬度は、ともに本願発明の硬度の上限値と同じ15GPaであるのに対して、上記実験No.10のリング側の硬度及びディスク側の硬度は、ともに本願発明の上限値15GPaより大きい21GPaである。
上記実験No.5及び実験No.6と実験No.10との結果を比較すると、実験No.10は実験No.5及び実験No.6よりも、焼き付き発生面圧が高く、摩擦係数も小さく、しかも、ディスク摩耗体積の測定値も7.29×10^(6)となっている。
そうすると、摺動部材の摩擦係数と摩耗量の低減を図るとともに、優れた耐高面圧性を確保するためには、一方の摺動部材の摺動面の硬度を限定するだけでなく、相手材である他方の摺動部材の摺動面の材質や硬度を考慮する必要があることが理解される。

そして、引用発明の水潤滑軸受の固定側部材を一方の部材とすると、相手材である回転側部材の摺動面には、窒化チタン(TiN)膜が形成されており、引用発明では、上記窒化チタン(TiN)膜に適合するように、固定側部材の摺動面に、ビッカース硬さ(HV)が2500以上で膜厚1μmのDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を形成して、摩擦係数を低減化し、しかも耐摩耗性を向上させたものと認められる。
ところで、摺動部材の摺動部における少なくとも一方の摺動面にDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を形成するとともに、相手材である他方の摺動部材の摺動面にもDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を形成することは、本願出願前に当業者にとって周知の技術にすぎない(例えば、特開平9-96367号公報(以下「周知例1」という。)の段落【0030】、特開2004-293689号公報(以下「周知例2」という。)の段落【0019】を参照)。そうすると、上記周知の技術を考慮すれば、引用発明の相手材である回転側部材の摺動面に形成した窒化チタン(TiN)膜に代えて、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜など適宜選択した材料からなる膜を形成することは摺動面の相対速度や負荷条件などを考慮して当業者が適宜決定できる設計事項であるし、当該選択した相手側部材に対応して、引用発明の固定側部材の摺動面に形成するDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜の硬度を、相手材の摺動面の材質や硬度に適合させるように、実験的に最適化又は好適化して、硬度7?15GPaとすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(2)相違点2について

上記のとおり刊行物2には、「摺動部品などの表面に被覆される非晶質炭素被膜として水素含有量を5at.%?25at.%含む含水素炭素膜B。」が記載されているものと認められる。
また、原査定の拒絶査定において周知の技術を示す文献として例示された上記周知例1には、摺動面に被着した「ダイヤモンド状硬質炭素膜に含まれる水素含有量を35atomic%以下としたこと」が記載されている(段落【0010】を参照)。
上記刊行物2及び上記周知例1の記載によれば、非晶質炭素膜を水素を含む水素化非晶質炭素膜とすることは、本願出願前に当業者にとって周知の技術であるといえる。
さらに、水素化非晶質炭素膜の水素含有量についてみると、上記刊行物2記載の「5at.%?25at.%」の上限値25at.%は、本願発明の「25?40at%」の下限値25at%と同じであるし、また同様に、上記周知例1記載の「35atomic%以下」と本願発明の「25?40at%」とは、「25?35at%」の範囲で重複する。
ところで、水素化非晶質炭素膜の水素量の上限値40at%の技術的意義について、本願明細書の段落【0022】には、
「しかし、水素を過剰に含んだ水素化非晶質炭素膜を形成すると、耐摩耗性がかえって低下するので、DLC膜全体に占める水素量は40at%以下となるようにする。」
と記載されている。
しかしながら、耐摩耗性を評価するためのボールオンディスク摺動試験の試験結果を示す段落【0041】の【表1】には、水素量の上限値40at%近傍の数値としては、実験No.10の「35」と実験No.11の「43」とが記載されているだけで、上限値「40」の実験例は記載されておらず、しかも、上記実験No.11の硬度「6」は、本願発明の硬度7?15GPaの範囲外の数値であることに照らせば、水素化非晶質炭素膜の水素量の上限値40at%は、単に好ましい特性を有する範囲を数値によって特定したものであって、臨界的意義があるといえるものではない。
これに対して、水素含有量の上限値の技術的意義に関し、上記刊行物2の記載事項(ケ)には、「25at.%以上になると、被膜硬度が柔らかくなり、耐摩耗性が実用に耐えられないレベルとなる。」と記載され、また同様に、上記周知例1の段落【0023】には、「水素含有量が35atomic%より多くなると、柔らかい有機質の膜となり、このような膜では短期間で摩滅してしまうからである。」と記載されているが、これらの記載は、摺動部材が使用される用途に応じて必要とされる耐摩耗性を考慮して、水素含有量の上限値を適宜限定したものと考えられるから、本願発明のように、用途が「水系環境下で作動させる」としか特定されていない摺動部材において、水素化非晶質炭素膜の水素量の上限値を40at%とすることを妨げるものではない。
そうすると、上記周知の技術を考慮すれば、引用発明のDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜が水素を含む水素化非晶質炭素膜であるものとすることは、当業者が容易に想到し得ることであるし、その際に、上記水素化非晶質炭素膜の水素量を25?40at%と数値限定することも、当業者が容易に想到し得たことである。

(3)作用効果について

本願発明が奏する作用効果は、いずれも刊行物1に記載された発明及び上記各周知の技術から当業者が予測できる程度のものである。

(4)審判請求人の主張について

審判請求人は、審判請求書の請求の理由を補正した平成21年6月30日付けの手続補正書(方式)において、
「引用文献1(審決注:刊行物1に相当する。)には、本願発明で規定するような範囲に硬度を規定する動機付けとなるべき記載は存在しないのであり、このような記載内容からでは、本願発明で規定する硬度範囲を設定できるものではない。むしろ、これらは高めの硬度を推奨する発明であり、本願発明の如き低めの硬度範囲を設定することについて阻害的示唆ですらある。」
旨を主張している。
しかしながら、上記(1)で説示したとおり、引用発明の固定側部材の摺動面に形成するDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜の硬度を、相手材の摺動面の材質や硬度に適合させるように、実験的に最適化又は好適化することは、当業者が適宜なし得ることであるから、引用発明のビッカース硬さ(HV)が2500以上であることが、本願発明のような低めの硬度7?15GPaに限定することを妨げる理由にはならない。

また、審判請求人は、上記手続補正書(方式)において、
「DLC膜中の水素含有量については、できるだけ水素含有量を低減するという思想しか開示されていない引用文献4、6(審決注:それぞれ、刊行物2、周知例1に相当する。)からでは、『DLC膜自体および相手材の摩耗量を飛躍的に抑制する』という観点から、本願発明で規定する適切な水素含有量範囲(25?40at%)を設定できるものではない。」
旨を主張している。
しかしながら、上記刊行物2の記載事項(コ)には、「本発明は水素含有率を高め平滑性を高め摩擦係数を下げてその欠点を克服する。」と記載されており、また、上記(2)で説示したとおり、上記周知例1記載の「35atomic%以下」と本願発明の「25?40at%」とは、「25?35at%」の範囲で重複するから、上記「できるだけ水素含有量を低減するという思想しか開示されていない引用文献4、6」という請求人の主張には根拠がない。また、上記(2)で説示したとおり、水素含有量の上限値の技術的意義に関する上記刊行物2の記載事項(ケ)及び上記周知例1の段落【0023】の記載は、本願発明のように、水素化非晶質炭素膜の水素量の上限値を40at%とすることを妨げるものではない。

よって、審判請求人の主張は採用できない。

5.むすび

したがって、本願発明(請求項1に係る発明)は、刊行物1、2に記載された発明及び上記各周知の技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、請求項2に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。


 
審理終結日 2010-10-01 
結審通知日 2010-10-05 
審決日 2010-10-19 
出願番号 特願2004-328961(P2004-328961)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 林 道広  
特許庁審判長 川上 溢喜
特許庁審判官 藤村 聖子
常盤 務
発明の名称 水系環境下での耐摩耗性に優れた摺動部材  
代理人 菅河 忠志  
代理人 菅河 忠志  
代理人 伊藤 浩彰  
代理人 植木 久一  
代理人 伊藤 浩彰  
代理人 植木 久一  
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