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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12Q
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12Q
管理番号 1228657
審判番号 不服2007-5735  
総通号数 134 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-02-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-02-22 
確定日 2010-12-16 
事件の表示 特願2000- 87500「多型遺伝子の型を決定する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成13年10月 2日出願公開、特開2001-269198〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は,平成12年3月27日の出願であって,平成19年1月15日付で拒絶査定がなされ,これに対し,平成19年2月22日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものであって,本願の請求項1?4に係る発明(以下,「本願発明1?4」という。)は,平成22年4月12日付の手続補正書おける特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。

「【請求項1】 ポリヌクレオチド中に含まれる多型部位の塩基配列が多型配列PS_(1)?PS_(n)(nは2以上の整数)の何れであるかを決定する方法であって,
(1)前記ポリヌクレオチドを含む検体と,
前記多型配列PS_(1)?PS_(n)に対して各々特異的に結合する,
蛍光標識物質または発光標識物質で標識された,
検体のポリヌクレオチドと各核酸プローブとの各結合物が,分子運動の違いにより互いに識別して検出されるように互いに異なる長さに設計された
核酸プローブPR_(1)?PR_(n)とを準備する工程と,
(2)前記ポリヌクレオチドを含む検体と前記核酸プローブPR_(1)?PR_(n)とを混合し,前記核酸プローブPR_(1)?PR_(n)を前記ポリヌクレオチドに結合させる工程と,
(3)微小空間内に存在する前記核酸プローブPR_(1)?PR_(n)を,遊離の状態にあるものと複合体の状態にあるものの両方について,共焦点顕微鏡によって検出する工程と,
(4)前記核酸プローブPR_(1)?PR_(n)と前記ポリヌクレオチドとの複合体の分子運動を検出することによって,結合反応の前後における自己相関関数の変化を解析し,前記核酸プローブPR_(1)?PR_(n)のうちの何れが前記ポリヌクレオチドに結合したかを決定することにより,結合した核酸プローブの種類に基づいて,前記多型部位の塩基配列が多型配列PS_(1)?PS_(n)の何れであるかを決定する工程と
を具備する方法。
【請求項2】 前記互いに長さの異なる核酸プローブPR_(1)?PR_(n)が,一種類の標識物質で標識された核酸プローブである請求項1に記載の方法。
【請求項3】 前記検出結果の解析が,蛍光相関分光法によって行われることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】 前記ポリヌクレオチドが,ヒト組織適合性抗原の遺伝子であることを特徴とする請求項1?3のいずれか一項に記載の方法。」

2.当審の拒絶理由
当審における平成22年2月8日付の拒絶理由通知における拒絶理由の一つは,本願明細書中には,本願発明について当業者がその実施をすることができる程度に明確且つ十分に記載されていない(特許法第36条第4項違反),及び,本願発明は発明の詳細な説明に記載したものではない(特許法第36条第6項第1号違反),というものである。

これに対し請求人は,意見書を提出すると共に上記手続補正をし,そして,当審では,平成22年5月21日付で書面により請求人に対して審尋をし,さらに,同年8月10日に電話により請求人に対して審尋した。

3.当審の判断
本願が,明細書の発明の詳細な説明の記載要領を規定した特許法第36条第4項実施可能要件を満たしているというためには,当業者において,本願発明1?4の方法に関し,出願当初の明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,その実施ができないという合理的な疑いがなく,当該方法を実施すれば実際に塩基配列の多型決定を行えるということが把握される必要がある。
以下に,本願発明1?4のうちの本願発明1が,出願当初の明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識から,当業者が実施可能なものとして把握できるか否かについて検討する。

(1)本願明細書の記載
本願の発明の詳細な説明には,以下(a)?(g)の記載がある(下線は合議体による。)。
(a)「【0007】
【課題を解決するための手段】前記課題を解決するために,本発明は,ポリヌクレオチド中に含まれる多型部位の塩基配列が多型配列PS_(1)?PS_(n)(nは2以上の整数)の何れであるかを決定する方法であって,前記ポリヌクレオチドを含む検体を準備する工程と,検出可能な標識がラベルされた核酸プローブPR_(1)?PR_(n)であって,前記多型配列PS_(1)?PS_(n)と特異的に結合し得る核酸プローブPR_(1)?PR_(n)と前記検体とを混合することにより,前記核酸プローブPR_(1)?PR_(n)を前記ポリヌクレオチドに結合せしめる工程と,微小空間内に存在する前記核酸プローブPR_(1)?PR_(n)を検出する工程と,検出結果を解析して,PR_(1)?PR_(n)のうちの何れが前記ポリヌクレオチドに結合したかを決定することにより,前記多型部位の塩基配列が多型配列PS_(1)?PS_(n)の何れであるかを決定する工程とを具備する方法を提供する。」
(b)「【0019】核酸プローブPR_(1)?PR_(n)には,検出可能な標識物質,好ましくは蛍光物質又は発光物質が標識されているので,核酸プローブが結合した多型遺伝子は,以下で詳述する検出操作で検出することが可能となる。
【0020】各核酸プローブに標識すべき標識物質は,全て同種であってもよい。しかし,何れの核酸プローブが標的多型遺伝子に結合したかを識別できるように,少なくとも2種類の標識物質を用いることが好ましい。1種類の標識物質のみを使用する場合には,例えば,各核酸プローブの長さを変えることによって,何れの核酸プローブが標的多型遺伝子に結合したか識別することができる。」
(c)「【0029】検出結果の「解析」は,蛍光相関分析法によって行うのが好ましい。ここで,「蛍光相関分析法(以下FCS)」とは,平均数個,ある場合には1個の蛍光物質が発する蛍光の強度を一定時間測定した後,ブラウン運動に由来する蛍光のゆらぎの自己相関関数をとり,該関数の分析によって,蛍光物質に関する種々のデータを取得する方法をいう。FCS自体は公知であり,その詳細は,特願平32017に記載されている。」
(d)「【0030】本発明の方法では,核酸プローブのうち何れが標的対立遺伝子に結合したかを明らかにするために,以下のようにFCSを行う。
【0031】(1)図2a)に示されている微小領域にレーザー光を照射する。
【0032】(2)該微小領域中に存在する蛍光物質から発せられる蛍光の蛍光強度を経時的に測定し,図2b)及び図2c)に示されているようなデータを取得する。
【0033】(3)異なる2時点の蛍光強度I(t)とI(t+τ)の積の期待値を計算し,自己相関関数G(τ)=を得る。
【0034】(4)下式1:・・・
【0035】・・・を用いて,(3)で得た自己相関関数を解析する。
【0036】(5)各核酸プローブについて,添加前と添加後の自己相関関数を比較する。
【0037】FCSによるデータ解析には,Evotec BioSystems社から発売されているコンピュータープログラム「FCS」を使用できる。
【0038】このような分析の概念は,図2b)及び図2c)によって,より明確となろう。すなわち,蛍光強度の関数I(t)は,核酸プローブが標的対立遺伝子に結合していない場合には,分子のサイズが小さいのでブラウン運動の速度が大きく,I(t)の周波数が大きい。これに対して,核酸プローブが標的対立遺伝子に結合すると,図2b)のように,周波数の大きいデータが得られる。それ故,上述のごとく,蛍光強度を基にして得られた自己相関関数を解析すれば,プローブが結合したか否かが明らかとなるわけである。」
(e)「【0039】FCSによって,何れの核酸プローブが結合したのかを決定するためには,例えば,各核酸プローブを励起波長及び/又は蛍光波長の異なる蛍光標識で区別すればよい。
【0040】また,各核酸プローブのサイズが異なれば,ブラウン運動の変化及び自己相関関数も異なるので,サイズの異なる核酸プローブを用いることによって何れの核酸プローブが結合したかを決定することもできる。もちろん,サイズと蛍光標識の両者を組み合わせることによって,標的対立遺伝子に結合した核酸プローブの種類を決定してもよい。」
(f)「【0043】以下,本発明の実施例として,HLAの型を決定する方法について説明する。
[実施例1](図3参照)
本実施例では,HLAクラスII領域DRB1のアロ抗原性を示す多型配列の型を決定する。・・・
【0044】DRB1*15の141?180番目の塩基配列と相補的な塩基配列を有するプローブ1と,DRB1*16の141?180番目の塩基配列と相補的な塩基配列を有するプローブ2を調製し,プローブ1はフルオレセインイソチオシアネート(FITC),プローブ2はローダミンで標識する。・・・
【0045】コンセンサス領域に特異的に結合し得るプライマー対を用いたPCR反応により,60?200番目の塩基配列を増幅し,10-8程度の濃度になるように溶液を加えて,DNA検体を調製する。
【0046】・・・
【0047】ハイブリダイゼーション反応の前後における,蛍光発光の自己相関関数の変化を測定する。
【0048】例えば,検体DNAの型がDRB1*15のホモである場合には,プローブ1のみが結合するので,FITCから発せられる黄緑色の蛍光の自己相関関数のみが変化する。他方,検体DNAの型がDRB1*16のホモである場合には,プローブ2のみが結合するので,ローダミンから発せられる黄緑色の蛍光の自己相関関数のみが変化する。また,検体DNAの型がDRB1*15とDRB1*16のヘテロである場合には,プローブ1とプローブ2が共に結合するので,FITCから発せられる蛍光とローダミンから発せられる蛍光の自己相関関数が共に変化する。もし,検体DNAの型がDRB1*15とDRB1*16の何れでもなければ,自己相関関数は全く変化しない。
【0049】このように,プローブ1とプローブ2は異なる標識物質でラベルされているので,同一の容器中に添加しても,何れのプローブが検体DNAと結合したかを決定できる。近年,HLAには多くの多型部位が存在するので,多種類のプローブを同時に同じ容器に添加して分析できることは,本発明の方法の大きな利点である。」
(g)「【0050】本実施例では,異なる標識物質でラベルされたプローブを用いる方法を記載したが,長さが異なるプローブを用いてもよい。この場合,各プローブの長さは,FCSによってゆらぎの差異を判別できるように選択しなければならない。例えば,DRB1*15とDRB1*16を判別する上記事例においては,プローブ1とプローブ3(配列番号3;プローブ1より20塩基長い)を使用することができる。」

上記(a)によれば,本願明細書の発明の詳細な説明は,検体のポリヌクレオチド中に含まれる多型部位の塩基配列である多型配列PS_(1)?PS_(n)と特異的に結合し得る,検出可能な標識がラベルされた核酸プローブPR_(1)?PR_(n)と前記検体とを混合して,核酸プローブをポリヌクレオチドに結合せしめる工程を含む,ポリヌクレオチド中に含まれる多型部位の塩基配列が多型配列PS_(1)?PS_(n)の何れであるかを決定する方法について,記載するものである。そして,上記(b),(c),(e)によれば,上記核酸プローブPR1?PR_(n)のうち何れの核酸プローブが結合したのかを決定するためには,各核酸プローブを励起波長及び/又は蛍光波長の異なる蛍光標識で区別する手法,1種類の標識物質のみを使用し,各核酸プローブの長さを変えることで,各核酸プローブのサイズの違いに基づく分子のブラウン運動に由来する,蛍光のゆらぎの自己相関関数を解析する手法,あるいはサイズと蛍光標識の両者を組み合わせて用いる手法があることが記載されている。さらに,上記記載(f),(g)のとおり,各核酸プローブを励起波長及び/又は蛍光波長の異なる蛍光標識で区別する手法を用いる特定の多型の判別につき,その詳細な実験手法が実施例として記載されており,また,長さが異なる核酸プローブを用いる手法については,各プローブの長さは,蛍光相関分析法(FCS)によってゆらぎの差異を判別できるように選択しなければならないこと,及び,上記実施例に記載の特定の多型を判別する際には,プローブ1と該プローブ1より20塩基長いプローブ3を使用することができるとまでは記載されているものの,それら手法のいずれにしても実際に多型を決定できたことを示す具体的な試験結果は記載されていないのであるから,本願明細書における上記実施例の記載は,本願発明1の方法に係る具体的な裏付けに相当するものではない。

(2)特許法第36条第4項(実施可能要件)及び特許法第36条第6項第1号(サポート要件)についての検討
本願明細書に具体的に記載された上記プローブ1とプローブ3を比べれば,プローブ3はプローブ1より20塩基長く,比率にして鎖長は約1.5倍異なる。そして,FCSの原理に関する本願明細書における上記(d)の記載,及び,出願時の技術水準・技術常識にかんがみるに,1種類の蛍光物質で標識された鎖長の異なる上記プローブ1及びプローブ3につき,それらの遊離の状態について,すなわち検体に含まれるポリヌクレオチドと結合した蛍光標識核酸プローブは含まない系について,蛍光標識核酸プローブより発せられる蛍光の強度を測定する場合であれば,測定がなされる系ごとの,混在する上記プローブ1とプローブ3の含有比率の相違につき,これを,上記鎖長の違いにより生ずる溶液中での分子運動(ブラウン運動)の差異(ゆらぎの差異)として,いずれのプローブが多く含まれるかといったことをFCSでもって判別できる蓋然性は高いと認められる。
しかしながら,上記1.に記載したとおり,本願発明1の方法において,微小空間内,すなわち測定がなされる系に存在する蛍光標識核酸プローブの共焦点顕微鏡による検出は,「遊離の状態にあるものと複合体の状態にあるものの両方について」行われるのであり,そして,結合反応の前後における自己相関関数の変化を解析にしても,蛍光標識核酸プローブとポリヌクレオチドとの「複合体の分子運動を検出すること」によって行われるのであって,例えば,蛍光標識核酸プローブと検体に含まれるポリヌクレオチドとを結合させ,それにより生じる蛍光標識された複合体のみを測定がなされる系より取り除いた上で,蛍光物質により標識された分子としては遊離状態にある各核酸プローブのみを含むものについて検出を行うといったようなものとして,本願発明1の方法が本願の請求項1に記載されているとは認められないし,明細書の発明の詳細な説明にも,上記(f)のとおり,本願発明の方法の大きな利点として,多種類のプローブを同時に同じ容器に添加して分析できるとは記載されているが,鎖長が異なる蛍光標識核酸プローブを用いる際に上記複合体を測定がなされる系から取り除いた上でFCSを行うことについては,何ら記載されていない。

ここで,上記(1)(f)のとおり, HLAクラスII領域DRB1のアロ抗原性を示す多型配列の型の決定において,60?200番目の塩基配列,すなわち141塩基のポリヌクレオチドを増幅することで検出のためのDNA検体の調製がなされているおり,さらに,本願発明1を記載する請求項1を引用する請求項4には,上記1.のとおり,検出対象のポリヌクレオチドはヒト組織適合性抗原の遺伝子であることが記載されているが,例えば本願の図3によれば該遺伝子は数百塩基程度のものであると認められ,してみると本願発明1の方法は,そうした非常に鎖長の長い,すなわちサイズの大きなポリヌクレオチドまでも検出対象とするものであると言える。
そのようなサイズの大きなポリヌクレオチドと,上記プローブ1及びプローブ3のいずれか一方が特異的に結合することにより生ずる蛍光標識複合体を,遊離状態の上記プローブ1及びプローブ3と共に含む系についてFCSを行う場合,上記複合体形成のために遊離状態の上記プローブ1及びプローブ3のいずれか一方が消費される結果,結合前の系に比べ,結合後の系に含まれる遊離状態の蛍光標識核酸プローブの総数は減少し,かつ,遊離状態の上記プローブ1及びプローブ3の含有比率も変化することにはなるが,蛍光を発する分子の総数は実質的に変化せず,そして,測定がなされる系には,存在する蛍光を発する分子としては,遊離状態の上記プローブ1及びプローブ3のみならず,それらプローブに比べより大きなサイズの上記蛍光標識複合体も存在することになる。
そして,上記のとおり,蛍光を発する分子として鎖長の異なる2つの核酸プローブのみを遊離の状態で含む系についてFCSによるプローブ含有比率の判別を行える蓋然性は高いからといって,それとは異なる系である,多種類のプローブを同時に同じ容器に添加することにより形成される,鎖長の異なる蛍光標識核酸プローブ及び蛍光標識複合体が併存する系について測定される,蛍光強度に基づいたFCSにより多型決定が行えることについてまでも,それを実施できる蓋然性が同様に高いことを当業者が認識できるとは,具体的なその裏付けを欠く本願明細書の記載からは,出願時の技術水準・技術常識をも考慮しても,直ちには認められない。

さらに,上記1.に記載したとおり,本願発明1の方法において,使用される核酸プローブの種類(n)は2以上であるとされているが,n=2であっても本願明細書の記載及び出願時の技術水準・技術常識からは実施できる蓋然性が認められないことは上記のとおりであるから,核酸プローブの種類がさらに増す場合には,当然にその困難性が増すと言うことができ,当業者は本願発明1を実施することができないと言うべきである。

また,上記のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明1の方法により多型の決定が実際に行えたことを示す具体的な裏付けは何らなされていないのであるから,本願発明1は発明の詳細な説明に記載したものではない。

(3)請求人の主張
請求人は,当審による上記拒絶理由通知に対する平成22年4月12日付の意見書,及び,同年5月21日付の審尋に対する同年7月26日付の回答書において,本願出願日前に公知であった刊行物「金城政孝,蛋白質核酸酵素,Vol.44,No.9,1999,p.1431-1438」(以下,「文献A」という。),及び,上記回答書において参考文献として示す「Bioimaging , 5, 129-133 (1997)」(以下,「文献B」という。)に関し,これらの文献には,ランダムに蛍光標識された500塩基対DNAをDNA分解酵素により3’末端から切断していくと,溶液全体の系の中には鎖長の短くなった蛍光ポリマー(DNA)と,切り出され徐々に数が増加してくる単量体の蛍光色素が混在すること,そして,その反応過程をFCSにより時間を追って測定した結果が示されており,それによれば,蛍光ポリマー(DNA)全体の2割に当たる約100塩基相当の核酸について約16.7塩基の違いが自己相関関数として現れたことを把握でき,このことから,本願発明1とこれら文献に記載されたものとは,結合反応と分解反応という違いこそあれ,反応前後において遊離の状態の蛍光分子と複合体の状態の蛍光分子の比率が徐々に変化するという状況において,これら文献に開示された技術的事項は,本願と同様の併存状態でFCSによる測定ができることを示しているのであるから,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,このような本願出願時の技術常識を考慮すれば,当業者が実施できる程度に十分に記載されている,と主張する。
文献A及びBには,反応前には分子サイズの大きな蛍光ポリマー(DNA)のみが蛍光標識分子として測定される系に存在していたのに対し,反応が進むにつれ,蛍光ポリマー(DNA)の分子サイズは小さくなり,そして,前記蛍光ポリマー(DNA)に比べれば分子サイズが非常に小さい単量体の蛍光色素の数は増加するため,サイズが小さくなった蛍光標識DNAと単量体蛍光色素が併存する系であって,かつ,蛍光を発する分子の総数が反応の進行と共に増加する系につき,経時的なFCSによる測定を行った場合に,当該反応の進行,すなわち蛍光ポリマー(DNA)のサイズ(鎖長)の減少を自己相関関数の変化として把握できることが示されていると解される。
一方,本願発明1の方法では,測定がなされる系において,結合前の遊離状態の蛍光標識核酸プローブは,結合後にはポリヌクレオチドとの蛍光標識複合体として併存しているのであり,したがって,文献A及びB記載のものとは異なり,測定がなされる系に存在する蛍光を発する分子の総数は実質的に経時変化しないのであって,しかも,本願発明1の方法により多型決定が行えるには,多種類の蛍光標識核酸プローブのうちのいずれかがポリヌクレオチドに特異的に結合することで複合体が形成されたこと,すなわち結合後には分子サイズの大きな蛍光標識された分子が系に出現したことが単に把握されることでは足りず,上記多種類の蛍光標識核酸プローブのうちのいずれが結合したのかということまでもが特定できなければならないのである。
してみると,文献A及びBに上記のような技術的事項が開示されているからといって,そのことをもって直ちに,本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から,本願発明1を当業者が実施できたものとは認められない。

さらに,請求人は,当審における平成22年8月10日の電話による審尋に対して,同年9月28日にファクシミリにより回答書を提出し,実際に行った実験の結果を示して,当該結果に基づき本願発明1が実施可能であることを再度,主張する。
ここで,上記回答書において示された実験結果は,本願発明1の方法を本願明細書の発明の詳細な説明の記載に従って行ったものではなく,1種類の蛍光物質で標識された鎖長の異なる2つのプローブ(20塩基及び28塩基)を用いて,測定がなされる系におけるその含有割合を変化させた場合(100:0,75:25,50:50,25:75,及び,0:100)に,そのFCSによる測定に基づく自己相関関数の変化を解析することで,上記2つのプローブの何れが多く存在しているかを決定できることを示すものである。
しかしながら,本願発明1の方法は,蛍光標識複合体のみを測定がなされる系より取り除いた後に,蛍光物質により標識された分子としては遊離の状態の核酸プローブのみを含むものについて検出を行うといったようなものではないのであり,回答書において示された上記実験が実施できるからといって,そのことをもって直ちに,鎖長の異なる蛍光標識核酸プローブ及び蛍光標識複合体が併存する系について測定される,蛍光強度に基づいたFCSにより多型決定が行えることについてまで,当業者がそれを実施できる蓋然性があったとまでは認められないことは,上記(2)において記載したのと同様である。
なお,平成22年9月28日のファクシミリによる上記回答書において,請求人が,本願発明1の方法につき,本願明細書の発明の詳細な説明の記載に従った実験の結果を直接示すことなく,それとは別の方法による実験結果しか示していないという事実は,むしろ,当業者において,本願発明1の方法を実施することができないという合理的な疑いを想起させるものと言える。

よって,請求人の上記主張はいずれも採用できない。

4.むすび
以上のとおり,本願は,明細書の発明の詳細な説明が,請求項1に係る本願発明1について,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないものであるから,その余の本願の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-10-18 
結審通知日 2010-10-19 
審決日 2010-11-01 
出願番号 特願2000-87500(P2000-87500)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C12Q)
P 1 8・ 536- WZ (C12Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 西 剛志  
特許庁審判長 平田 和男
特許庁審判官 森井 隆信
鵜飼 健
発明の名称 多型遺伝子の型を決定する方法  
代理人 蔵田 昌俊  
代理人 村松 貞男  
代理人 中村 誠  
代理人 峰 隆司  
代理人 河野 哲  
代理人 橋本 良郎  
代理人 福原 淑弘  

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