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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C04B
管理番号 1228663
審判番号 不服2007-11099  
総通号数 134 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-02-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-04-18 
確定日 2010-12-16 
事件の表示 平成10年特許願第356227号「セメント組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 5月23日出願公開,特開2000-143311〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は,平成10年12月15日の特許出願(特許法第41条に基づく優先権主張平成10年8月24日)であって,平成17年9月29日付けで拒絶理由通知書が起案され,同年11月18日付けで意見書及び明細書の記載に係る手続補正書が提出され,平成18年5月10日付けで拒絶理由通知書が起案され,同年7月3日付けで意見書及び明細書の記載に係る手続補正書が提出され,平成19年3月15日付けで平成18年7月3日付けの手続補正が却下されるとともに,同日付けで拒絶査定が起案され,これに対し,平成19年4月18日付けで拒絶査定不服審判が請求され,同年5月9日付けで明細書の記載に係る手続補正書が提出されたものである。その後,平成21年10月2日付けで特許法第164条第3項に基づく前置報告を引用した審尋が起案され,同年11月18日付けで回答書が提出され,平成22年6月30日付けで平成19年5月9日付けの手続補正が却下されるとともに,同日付けで当審による拒絶理由通知書が起案され,同年8月26日付けで意見書及び明細書の記載に係る手続補正書が提出された。

2.本願発明
本願請求項1,2に係る発明は,平成22年8月26日付けの手続補正書の特許請求の範囲の請求項1,2に記載されたとおりのものであり,その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,次の事項により特定されるものである。

「高ビーライト系の低熱ポルトランドセメント,カルシウムサルホアルミネート系の膨張材,骨材,及びポリカルボン酸系の減水剤を含有してなり,低熱ポルトランドセメントの単位量が250?600kg/m^(3)であり,膨張材の単位量が50?100kg/m^(3)であり,低熱ポルトランドセメントと膨張材からなる結合材100重量部に対して,減水剤が固形分換算で0.01?4重量部であり,その硬化体の促進養生直後の膨張量が拘束膨張試験方法で1020×10^(-6)を越えることを特徴とするセメント組成物。」

3.当審の拒絶理由
平成22年6月30日付けの当審の拒絶理由通知書に記載された拒絶の理由は,本願請求項1?5に記載された発明は,刊行物1,2及び当該技術分野における周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。

4.本願出願前に頒布された刊行物の記載事項
(1)刊行物1:特開平7-232944号公報
(ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 CaO原料,Al_(2)O_(3)原料,及びCaSO_(4)原料を配合し,熱処理してなり,CaO/Al_(2)O_(3)モル比が6.5?18で,CaSO_(4)/Al_(2)O_(3)モル比が1.5?4である膨張物質を含有してなるセメント混和材。
・・・・・・
【請求項3】 請求項1又は請求項2記載のセメント混和材に,潜在水硬性物質,増粘剤,及び減水剤を配合してなるセメント混和材。
・・・・・・
【請求項5】 セメントと,請求項1?4の1項記載のセメント混和材とを含有してなるセメント組成物。
【請求項6】 請求項5記載のセメント組成物を配合してなるセメント混練物を,型枠内に打設充填し,養生してなるケミカルプレストレストコンクリ-ト。」(特許請求の範囲)
(イ)「膨張物質と,後述の潜在水硬性物質,増粘剤,及び減水剤とを含有するセメント混和材の場合の膨張物質の使用量は,使用する目的により異なるが,通常,後述のセメントと,膨張物質と,後述の潜在水硬性物質とからなる結合材100重量部中,3?12重量部が好ましく,5?7重量部がより好ましい。3重量部未満では膨張性が十分ではなく,12重量部を越えると異常膨張を起こすおそれがある。」(段落【0027】)
(ウ)「潜在水硬性物質の使用量は,セメントと潜在水硬性物質の合計100重量部に対して,10?70重量部が好ましい。」(段落【0039】)
(エ)「本発明で使用する減水剤は,特に限定されるものではないが,高性能減水剤,高性能AE減水剤,及び流動化剤の使用が好ましく,大別して,ナフタリン系,メラミン系,ポリカルボン酸系,及びアミノスルホン酸系等に分類される。・・・これらの減水剤の使用量は,メ-カ-の指定の範囲で十分ではあるが,ナフタリン系やメラミン系の場合は,セメント,膨張物質,及び潜在水硬性物質からなる結合材100重量部,又は,セメント,膨張物質,非晶質カルシウムアルミネ-ト,及び潜在水硬性物質からなる結合材100重量部に対して,1?4重量部が,また,ポリカルボン酸系やアミノスルホン酸系の場合は,1?2重量部が好ましいが,特に限定されるものではない。」(段落【0041】)
(オ)「ケミカルプレストレスを導入する場合で膨張物質を含有してなるセメント混和材の場合のセメント混和材の使用量は,使用する目的により異なるが,通常,セメントとセメント混和材の合計100重量部中,3?15重量部が好ましく,5?12重量部がより好ましい。3重量部未満ではプレストレス導入量が十分でなく,15重量部を越えて使用しても使用効果の増加が期待できない。」(段落【0049】)
(カ)「本発明では,セメント混和材の他に,凝結調整剤,砂,砂利等の骨材,・・・等のうちの一種又は二種以上を,本発明の目的を実質的に阻害しない範囲で併用することが可能である。」(段落【0057】)
(キ)「使用する水の量は,通常のモルタル又はコンクリートで使用される量が使用でき,特に限定されるものではない。」(段落【0060】)
(ク)「本発明のセメント混和材を用いたセメント硬化体の養生方法は特に限定されるものではなく,一般に行われる,常温・常圧養生,蒸気養生,高温高圧,及び加圧養生等のいずれの方法も使用可能である。」(段落【0061】)
(ケ)「【実施例】以下,実施例により本発明を詳細に説明する。
・・・・・・
<試験方法>
膨張率 :JIS A 6202(B法)に準じた。」(段落【0065】?【0068】)
(コ)「実施例8
・・・セメントとしてセメントαを用い,セメントと潜在水硬性物質の合計100重量部中,潜在水硬性物質を30重量部,セメント,膨張物質,及び潜在水硬性物質からなる結合材100重量部中,調整した各種の膨張物質7重量部を配合して,コンクリ-ト中の結合材の単位量を460kg/m^(3)とし,その他の単位量を,水158.1kg/m^(3),細骨材889kg/m^(3),粗骨材741kg/m^(3),増粘剤20g/m^(3),減水剤6.9kg/m^(3),及びAE剤23g/m^(3)としたコンクリ-トを調整した。この練り上がりのコンクリートを用いて,流動性の指標となるスランプフロー値とVF値を測定した。結果を表8に示す。さらに,このコンクリートを10×10×40cmの型枠に打設し,20時間後に脱型し,24時間後に材令1日の膨張率を測定後,水中養生し,材令3日と7日の膨張率を測定した。結果を表8に併記する。
<使用材料>
・・・・・・
減水剤 :デンカグレ-ス社製商品名「ダ-レックスス-パ-100PHX」,主成分ポリカルボン酸系
・・・・・・
細骨材 :新潟県姫川産,比重2.63,FM2.74
粗骨材 :新潟県姫川産,比重2.67,FM6.94
・・・・・・
【表8】

実施例9
セメント,膨張物質,及び潜在水硬性物質からなる結合材100重量部中の膨張物質cの量を表9に示すように変えたこと以外は実施例8と同様に行った。結果を表9に併記する。
【表9】

実施例10
膨張物質cを用い,表10に示すように,セメントと潜在水硬性物質の合計100重量部中の潜在水硬性物質の種類と量を変えたこと以外は実施例8と同様に行った。結果を表10に併記する。
<使用材料>
潜在水硬性物質B:高炉スラグ,ブレ-ン値4,200cm^(2)/g
【表10】

実施例11
・・・・・・セメントとしてセメントαを,また,A-CAとしてA-CAイを用い,セメントと潜在水硬性物質の合計100重量部中の潜在水硬性物質を30重量部とし,セメント,膨張物質,A-CA,及び潜在水硬性物質からなる結合材100重量部中の膨張物質を7重量部,A-CAを5重量部として配合したこと以外は実施例8と同様に行った。結果を表11に併記する。
・・・・・・
【表11】

実施例12
セメント,膨張物質,A-CA,及び潜在水硬性物質からなる結合材100重量部中の膨張物質cの量を表12に示すように変えたこと以外は実施例11と同様に行った。結果を表12に併記する。
【表12】

実施例13
膨張物質cを用い,表13に示すように,セメントと潜在水硬性物質の合計100重量部中の潜在水硬性物質の種類と量を変えたこと以外は実施例11と同様に行った。結果を表13に併記する。
【表13】

実施例14
セメント,膨張物質c,A-CA,及び潜在水硬性物質からなる結合材100重量部中のA-CAの種類と量を表14に示すように変えたこと以外は実施例11と同様に行った。結果を表14に併記する。
・・・・・・
【表14】

」(段落【0085】?【0103】)

(2)刊行物2:近松竜一,竹田宣典,三浦律彦,十河茂幸,”高強度・高流動コンクリートの低収縮化に関する基礎的研究”,コンクリート工学年次論文報告集 第19巻 第1号,社団法人日本コンクリート工学協会,1997年6月9日,第169?174頁
(サ)「3.4 各種膨張特性
各種セメントに膨張材を併用した場合の自己膨張ひずみの経時変化を図-10に示す。
普通ポルトランドセメントや高炉セメントB種に膨張材を併用した場合,若材齢時には自己膨張ひずみが生じるものの,前述の膨張材を用いない場合の結果と同様に材齢の経過とともに収縮側へ移行する結果となった。
一方,低熱ポルトランドセメントを用いた場合は,ビーライト量が多いものほど自己膨張ひずみ量が増大し,これらの膨張ひずみが長期にわたって保持される傾向が認められた。」(第173頁第9?20行)
(シ)「図-10 自己膨張ひずみの経時変化」において,「低熱(LP-1)」,「低熱(LP-2)」,「LP-3」,「LP-4」の「自己膨張ひずみ(×10^(-6))」が材齢1?2日くらいまで増大していき,その後あまり変化がなくなっていること(詳細な挙動はそれぞれで異なる。),その時の「自己膨張ひずみ(×10^(-6))」が「普通(NP)」,「中庸熱(MP)」又は「高炉B種(BB)」と比較して大きいことが視認される。また,材齢1日における「自己膨張ひずみ(×10^(-6))」について,普通(NP)の自己膨張ひずみが100強程度であるのに対して,低熱(LP-1)の自己膨張ひずみは300弱程度であることが視認される。
(ス)「単位結合材料を一定とし,各種セメントを単独または膨張材と併用したコンクリートの一軸拘束膨張ひずみを単位膨張材量との関係で整理し,図-11に示す。
同一膨張材量で比較した場合,低熱ポルトランドセメントを用いた場合の一軸拘束膨張ひずみは,普通ポルトランドセメントを用いた場合よりも大きく,無拘束条件下における自己膨張特性と同様の結果が得られた。」(第173頁第21?29行)

5.対比・判断
刊行物1には,記載事項(ア)に,「【請求項1】CaO原料,Al_(2)O_(3)原料,及びCaSO_(4)原料を配合し,熱処理してなり,・・・である膨張物質を含有してなるセメント混和材。・・・【請求項3】 請求項1又は請求項2記載のセメント混和材に,潜在水硬性物質,増粘剤,及び減水剤を配合してなるセメント混和材。・・・【請求項5】 セメントと,請求項1?4の1項記載のセメント混和材とを含有してなるセメント組成物。」と記載されており,そして,記載事項(カ)に,「本発明では,セメント混和材の他に・・・砂,砂利等の骨材,・・・を,本発明の目的を実質的に阻害しない範囲で併用することが可能である。」と記載されている。
また,記載事項(イ)には,「膨張物質の使用量は,使用する目的により異なるが,通常,後述のセメントと,膨張物質と,後述の潜在水硬性物質とからなる結合材100重量部中,3?12重量部が好ましく」と記載されている。
そして,記載事項(エ)には,「減水剤の使用量は,・・・セメント,膨張物質,及び潜在水硬性物質からなる結合材100重量部・・・に対して,・・・ポリカルボン酸系やアミノスルホン酸系の場合は,1?2重量部が好ましい」と記載されている。
さらに,記載事項(ア)には,「請求項5記載のセメント組成物を配合してなるセメント混練物を,型枠内に打設充填し,養生してなるケミカルプレストレストコンクリ-ト」と記載されており,前記セメント組成物は,ケミカルプレストレストコンクリ-トの製造に用いられるものといえる。
これらの記載事項を本願発明の記載ぶりに則して整理すると,刊行物1には,
「セメント,膨張物質,骨材及び減水剤を含有してなり,CaO原料,Al_(2)O_(3)原料,及びCaSO_(4)原料を配合し,熱処理してなる膨張物質の使用量が,セメントと,膨張物質と,潜在水硬性物質とからなる結合材100重量部中3?12重量部であり,セメントと,膨張物質と,潜在水硬性物質とからなる結合材100重量部に対して減水剤が1?2重量部である,ケミカルプレストレストコンクリ-トの製造に用いられるセメント組成物」
の発明(以下「刊行物1発明」という。)が記載されているといえる。
そこで,本願発明と刊行物1発明とを対比すると,後者の「CaO原料,Al_(2)O_(3)原料,及びCaSO_(4)原料を配合し,熱処理してなる膨張物質」が前者の「カルシウムサルホアルミネート系の膨張材」に相当することは,当業者にとって明らかである。そして,後者の「セメント」と前者の「高ビーライト系の低熱ポルトランドセメント」とは,いずれもセメントである点では共通する。したがって,両者は,
「セメント,カルシウムサルホアルミネート系の膨張材,骨材及び減水剤を含有してなるセメント組成物。」
である点で一致し,以下の点で相違している。

相違点A:本願発明では,セメントが「高ビーライト系の低熱ポルトランドセメント」と特定されるのに対して,刊行物1発明では,セメントの種類が特定されない点

相違点B:本願発明では,減水剤が「ポリカルボン酸系の減水剤」と特定されるのに対して,刊行物1発明では,減水剤の種類が特定されない点

相違点C:本願発明では,セメントの含有量について,「低熱ポルトランドセメントの単位量が250?600kg/m^(3)」と特定されるのに対して,刊行物1発明では,セメントの単位量について特定がない点

相違点D:本願発明では,膨張材の含有量について,「膨張材の単位量が50?100kg/m^(3)」と特定されるのに対して,刊行物1発明では,「膨張物質の使用量が,セメントと,膨張物質と,潜在水硬性物質とからなる結合材100重量部中3?12重量部」であるものの,単位量による特定がない点

相違点E:本願発明では,減水剤の含有量について,「低熱ポルトランドセメントと膨張材からなる結合材100重量部に対して,減水剤が固形分換算で0.01?4重量部」と特定されるのに対して,刊行物1発明では,「セメントと,膨張物質と,潜在水硬性物質とからなる結合材100重量部に対して減水剤が1?2重量部」である点

相違点F:本願発明では,「硬化体の促進養生直後の膨張量が,拘束膨張試験方法で1020×10^(-6)を越える」のに対し,刊行物1発明では,硬化体の膨張量の下限についてかかる特定がされていない点

そこで,上記相違点A?Fについて,以下,検討する。

相違点Aについて:
刊行物2の記載事項(サ)の「低熱ポルトランドセメントを用いた場合は,ビーライト量が多いものほど自己膨張ひずみ量が増大し,これらの膨張ひずみが長期にわたって保持される傾向が認められた。」との記載,及び,視認事項(シ)から,刊行物2には,セメントに膨張材を併用する際に,ビーライト量が多い低熱ポルトランドセメントを使用すると,普通ポルトランドセメント,中庸熱ポルトランドセメント又は高炉セメントB種を使用した場合よりも自己膨張ひずみが増大し,その膨張ひずみが長期にわたって保持される傾向があるという技術的知見が開示されているといえる。更に,刊行物2の記載事項(ス)に「低熱ポルトランドセメントを用いた場合の一軸拘束膨張ひずみは,普通ポルトランドセメントを用いた場合よりも大きく,無拘束条件下における自己膨張特性と同様の結果が得られた。」と記載されていることから,低熱ポルトランドセメントを用いた場合の方が普通ポルトランドセメントを用いた場合よりも膨張ひずみが大きいことは,一軸拘束膨張ひずみについても無拘束条件下と同様であることも開示されているといえる。
また,上記ビーライト量の多い低熱ポルトランドセメントは,本願発明の高ビーライト系の低熱ポルトランドセメントに相当するものといえる。
そうすると,セメントと膨張材を含有し,ケミカルプレストレスコンクリートの製造に用いられる刊行物1発明において,十分な膨張が与えられ,それが長期にわたって保持される方が望ましいことは明らかであるから,上記刊行物2に開示された技術的知見に基づいて,刊行物1発明のセメントとして高ビーライト系の低熱ポルトランドセメントを用いることは当業者が容易に想到し得ることである。

相違点Bについて:
刊行物1には,記載事項(エ)に,「本発明で使用する減水剤は,・・・高性能減水剤,高性能AE減水剤,及び流動化剤の使用が好ましく,大別して,ナフタリン系,メラミン系,ポリカルボン酸系,及びアミノスルホン酸系等に分類される。」と記載されており,記載事項(コ)に,「減水剤 :・・・主成分ポリカルボン酸系」と記載されているように,ポリカルボン酸系減水剤を用いた具体的実施例も記載されているから,刊行物1発明において,減水剤をポリカルボン酸系減水剤に特定することは当業者が困難なくなし得ることである。
また,請求人は,平成22年8月26日付け意見書において,「本願発明の実施例の実験例1,2において,本願発明の低熱ポルトランドセメントと減水剤A(ポリカルボン酸系減水剤)を組み合わせた実験No.1-4?1-7では,普通ポルトランドセメントや早強ポルトランドセメントと減水剤B(ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物系減水剤)を使用した比較例の実験No.1-1,1-2と比べ,初期の膨張量が極めて大きく,2年後という長期にわたり膨張量が安定していることを示しています。」(第3頁第34?39行)と主張しており,確かに実験例2においても減水剤Bを使用した実験No.2-1(比較例)よりも,減水剤Aを使用した2-2(実施例)の方が膨張量等の特性がより好ましいものであったことが示されているが,いずれの実験例においても,比較例は減水剤だけでなくセメントも低熱ポルトランドセメント(γ)から普通ポルトランドセメント(α)又は早強ポルトランドセメント(β)に変更されたものであって,これら実験例1,2の記載から,減水剤をポリカルボン酸系減水剤に特定することによる顕著な効果を直ちに認めることはできない。

相違点Cについて:
刊行物1には,セメントの単位量の範囲について明確な記載は見あたらないが,例えば記載事項(コ)の実施例8では,「セメントと潜在水硬性物質の合計100重量部中,潜在水硬性物質を30重量部,セメント,膨張物質,及び潜在水硬性物質からなる結合材100重量部中,調整した各種の膨張物質7重量部を配合して,コンクリ-ト中の結合材の単位量を460kg/m^(3)とし」たことが記載されており,結合材460kg/m^(3)中のセメントの単位量を計算すると,460kg/m^(3)×{(100-7)重量部/100重量部}×{(100-30)重量部/100重量部}=299.5kg/m^(3)であって,本願発明の単位量250?600kg/m^(3)の範囲内である。
また,本願明細書を参照しても,セメントの単位量が250kg/m^(3)又は600kg/m^(3)の前後において特性が大きく変化することを示すデータ等は見あたらず,前記単位量の数値範囲に格別の臨界的意義は認められない。
そうすると,単位量(kg/m^(3))が骨材や水等の他の材料の配合量や各材料の比重によって相対的に増減するものであることを考慮して,必要十分なセメントの単位量の範囲として250?600kg/m^(3)と特定することは,当業者が格別の困難なくなし得ることである。

相違点Dについて:
上述のとおり,単位量(kg/m^(3))は,骨材や水等の他の材料の配合量や各材料の比重によって相対的に増減するものであり,刊行物1発明の結合材量に対する膨張物質の使用量の範囲からそれに相当する単位量の範囲を単純に計算することはできないが,例えば,記載事項(コ)の実施例8では,コンクリート中の結合材の単位量を460kg/m^(3)としており,一例として,この場合の,刊行物1発明における膨張物質の使用量(含有量)の範囲である結合材100重量部中の3?12重量部に相当する単位量(kg/m^(3))の範囲を計算すると,460kg/m^(3)×{(3?12)重量部/100重量部}=13.8?55.2kg/m^(3)と計算でき,本願発明1の膨張材の単位量の範囲50?100kg/m^(3)と重複する。したがって,刊行物1発明で特定される膨張物質(膨張材)の含有量は,本願発明1で特定される膨張材の含有量と重複するものであり,大きく異なるものではないとみることができる。
また,本願明細書の【表1】をみると,膨張材の単位量が増加するに従って膨張量が増大することは記載されているといえるが,膨張材の単位量が50kg/m^(3)又は100kg/m^(3)の前後においてその膨張挙動が大きく変化しているとは認められず,50?100kg/m^(3)という数値範囲に格別の臨界的意義は認められない。
そうすると,必要十分な膨張量を得るための膨張材含有量を調整し,その単位量の範囲を50?100kg/m^(3)と特定することは,当業者が格別の困難なくなし得ることである。

相違点Eについて:
刊行物1には,減水剤の含有量について,記載事項(エ)に,「減水剤の使用量は,・・・セメント,膨張物質,及び潜在水硬性物質からなる結合材100重量部・・・に対して,・・・ポリカルボン酸系やアミノスルホン酸系の場合は,1?2重量部が好ましい」と記載されている。そして,技術常識から,上記使用量は固形分としての重量部であるとみるのが自然である。
上記の減水剤の使用量は,潜在水硬性物質も含む結合材100重量部に対する量であるが,「結合材」と表現されるとおり,技術的にみれば,本願発明で,低熱ポルトランドセメントと膨張材からなる結合材と表現される結合材と同様に,骨材等のその他の成分に対して,水和反応を起こす結合材と認識できる成分100重量部に対する量を記載したものとみるのが自然であり,かつ,その範囲は本願発明の0.01?4重量部に包含されるものであるから,相違点Eは実質的なものではない。
仮にそうでないとしても,上記減水剤の使用量の範囲を,以下の<換算>に記すとおり,セメント及び膨張性物質の合計100重量部に対する減水剤の使用量の範囲に換算してみると,1.10?6.23重量部となり,刊行物1には,減水剤の含有量の範囲として,本願発明における減水剤の含有量の範囲0.01?4重量部と重複する範囲が記載されているといえる。そして,本願明細書の記載を参照しても,減水剤の含有量の数値範囲に格別の臨界的意義があるものとは認められないから,刊行物1発明において,相違点Aについて検討したとおり,セメントとして低熱ポルトランドセメントを用いた場合に,減水剤の含有量を,低熱ポルトランドセメントと膨張材からなる結合材100重量部に対して,減水剤が固形分換算で0.01?4重量部と特定することは,当業者が格別の困難なくなし得ることである。
<換算>
記載事項(ウ)には,「潜在水硬性物質の使用量は,セメントと潜在水硬性物質の合計100重量部に対して,10?70重量部が好ましい。」と記載されており,また,刊行物1発明では,「膨張物質の使用量が,セメントと,膨張物質と,潜在水硬性物質とからなる結合材100重量部中3?12重量部」であることから,まず,結合材100重量部におけるセメント+膨張物質の量について計算してみると,
・膨張物質:3重量部,潜在水硬性物質:10重量部の場合
100重量部×{(100-3)重量部/100重量部}
×{(100-10)重量部/100重量部}+3重量部
=90.3重量部
・膨張物質:12重量部,潜在水硬性物質:10重量部の場合
100重量部×{(100-12)重量部/100重量部}
×{(100-10)重量部/100重量部}+21重量部
=91.2重量部
・膨張物質:3重量部,潜在水硬性物質:70重量部の場合
100重量部×{(100-3)重量部/100重量部}
×{(100-70)重量部/100重量部}+3重量部
=32.1重量部
・膨張物質:12重量部,潜在水硬性物質:70重量部の場合
100重量部×{(100-12)重量部/100重量部}
×{(100-70)重量部/100重量部}+12重量部
=38.4重量部
となり,セメント+膨張物質の量が最も多くなる場合は91.2重量部,最も少なくなる場合は32.1重量部である。
そして,セメント,膨張物質,及び潜在水硬性物質からなる結合材100重量部に対する減水剤1?2重量部を,セメント及び膨張物質の合計100重量部に対する値として最大限とり得る範囲に換算すると,下限が1重量部×100重量部/91.2重量部=1.10重量部,上限が2重量部×100重量部/32.1重量部=6.23重量部となる。

相違点Fについて:
本願発明における「膨張量」とは,本願明細書の段落【0007】に,「本発明の拘束膨張試験方法とは,JIS A 6202コンクリート用膨張材付属書2膨張コンクリートの拘束膨張及び収縮試験方法によるものである。」と記載され,膨張量の数値も無単位の相対値で記載されていることからみて,JIS A 6202の付属書2に規定される「膨張率」のことと認められる。
刊行物1の記載事項(コ)には,実施例8?14の結果を記載した【表8】?【表14】において,セメント,膨張物質,骨材及び減水剤を含有するモルタル又はコンクリートの材齢1日,3日,7日の膨張率が,最も大きいものでは1055×10^(-6)(「No.11-7」の「1日」での値)であったことが記載されている。そして,これらの膨張率は,記載事項(ケ)をみれば,本願明細書の段落【0017】に記載された膨張量の測定方法と同じ,JIS A 6202(B法)に準じて測定されたものであり,JIS A 6202(B法)によれば,脱型時期は24時間後を標準とし,第1回目の測長は脱型後直ちに行うこととされているから,刊行物1に記載された上記材齢1日の膨張率は,養生直後の膨張率であるとみることができる。
また,刊行物1の記載事項(ク)には,「本発明のセメント混和材を用いたセメント硬化体の養生方法は・・・蒸気養生,高温高圧,及び加圧養生等のいずれの方法も使用可能」と記載されており,刊行物1発明のセメント組成物から蒸気養生等のいわゆる促進養生により硬化体を作成することも開示されている。
そうすると,ケミカルプレストレストコンクリートの製造に用いられる刊行物1発明について,その硬化体の促進養生直後の膨張量(膨張率)が,拘束膨張試験方法である程度以上大きなものと特定することは,当業者が容易に想到し得ることである。
そして,相違点Aについて検討したとおり,高ビーライト系の低熱ポルトランドセメントを用いれば,刊行物1の上記実施例で用いられている普通ポルトランドセメントに比べて大きな膨張が得られるのであり,更に,刊行物1の記載事項(コ)には膨張率(10^(-6))が500?900程度のものが多数記載されているところ,刊行物2の視認事項(シ)から,ビーライト量が多い低熱ポルトランドセメントを用いた場合は普通ポルトランドセメントと比較して2倍を超える自己膨張ひずみを示す場合があることが見てとれることから,前記膨張量を1020×10^(-6)を越えると特定することも,当業者が格別の困難なくなし得ることである。

また,本願発明の効果について,請求人は,審判請求書において,本願発明は,「初期養生時に大きな膨張量が得られ,長期間安定した膨張量が得られる高膨張で高強度のセメント組成物に関する」もの(本願明細書段落【0001】参照)である旨,そして,本願発明のセメント組成物を使用したコンクリート硬化体は,「材齢初期に大きな膨張量が得られ,膨張量が長期にわたり安定し,膨張による強度低下やひび割れが無く,高ケミカルプレストレスと高強度を安定的に維持することが可能となる」などの効果を奏するもの(本願明細書段落【0024】参照)である旨主張している。
しかしながら,相違点Aの検討において述べたとおり,刊行物2には,低熱ポルトランドセメントを使用すると,普通ポルトランドセメント等を使用した場合よりも自己膨張ひずみが増大し,その膨張ひずみが長期にわたって保持される傾向があるという技術的知見が開示されているのであるから,上記請求人が主張する本願発明の効果は,刊行物1,2の記載に基づいて当業者が予測し得る範囲のものと認められる。

6.むすび
以上のとおりであるから,本願請求項1に係る発明は,刊行物1,2に記載された発明及び当該技術分野における周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,その余の請求項に係る発明について論及するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-10-12 
結審通知日 2010-10-19 
審決日 2010-11-02 
出願番号 特願平10-356227
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C04B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 永田 史泰  
特許庁審判長 松本 貢
特許庁審判官 中澤 登
深草 祐一
発明の名称 セメント組成物  

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