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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  C08G
管理番号 1229434
審判番号 無効2008-800015  
総通号数 134 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-02-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-01-29 
確定日 2011-01-05 
事件の表示 上記当事者間の特許第3995346号「薄板収納搬送容器用ポリカーボネート樹脂」の特許無効審判事件についてされた平成20年11月25日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において審決取消の判決(平成20年(行ケ)第10490号平成21年9月17日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
1.本件特許第3995346号に係る特許出願は、平成10年8月26日に出願され、平成19年8月10日にその特許権の設定の登録がされたものである。
2.請求人は、平成20年1月29日に特許無効審判を請求した。
3.被請求人は、同年4月16日に答弁書を提出した。なお、訂正の請求はされていない。
4.同年10月2日に第1回口頭審理が行われ、請求人及び被請求人は同日付けでそれぞれ提出した口頭審理陳述要領書のとおりに陳述した。
5.同年11月5日付けで請求人及び被請求人に審理の終結が通知され、同月25日付けで、
「本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。」
との審決がされた。
6.請求人から、同年12月26日に東京高等裁判所に当該審決に対する訴えが提起された(平成20年(行ケ)第10490号)。
7.当該訴えは知的財産高等裁判所において審理され、平成21年8月18日に口頭弁論が終結され、同年9月17日に、
「1 特許庁が無効2008-800015号事件について平成20年11月25日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決が言い渡された。その理由は概略次のとおりである。(なお、本項においては、本件特許の請求項1及び2に係る発明をそれぞれ本件発明1及び2と、また特開平10-211686号公報(甲第2号証)に記載された発明を引用発明1という。)
(1)本件発明1及び引用発明1のいずれも、被収納物である半導体ウェーハ等の薄板の汚染を低減することができるポリカーボネート樹脂から成形された収納容器を提供することを目的とするものであるところ、その解決手段として、ポリカーボネート樹脂中に残存する塩素原子含有量を低く抑えることで、成型後の収納容器に収納される半導体ウェーハ等への揮発成分からの汚染を防止しようとするものであって、その解決課題及び解決手段は同様のものであるということができる。
しかるところ、相違点bに係る本件発明1における「塩素原子含有量が10ppm」との構成については、塩素原子含有量がポリカーボネート樹脂中に少なければ少ないほどよいとの引用発明1と同様の技術思想を、専ら塩素系有機溶媒の残留量に着目して、かつ、臨界的意義が認められない最小値0を含む具体的な数値範囲でもって、単に規定したにすぎないものと解される。
したがって、当業者において、相違点bの本件発明1に係る「塩素原子含有量が10ppm以下」との構成を想到することは、引用発明1から容易であるということができる。
(2)本件発明2は、本件発明1を引用して更に限定するものであるところ、本件審決は、本件発明1に係る主引例を引用例1又は2とする複数の相違点のうち、相違点b又はロという1つの相違点に係る構成が引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでないと判断したことから、本件発明1が各引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということができないとし、そのことを理由として、本件発明2もまた、各引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということができないとしたものである。
そうであるから、本件発明1と引用発明1との相違点bについての本件審決の判断を是認できず、本件発明1について更に審判における審理を要する本件においては、本件発明2についても更に審判における審理を要するということができる。
8.当該判決が確定したことにより先の審決は取り消されたので、本件は当審におけるさらなる審理に付されたものである。

第2.本件特許発明
本件特許第3995346号の請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」及び「本件特許発明2」という。)は、本件特許明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】粘度平均分子量が14000?30000の芳香族ポリカーボネート樹脂であって、該ポリカーボネート樹脂中の塩素原子含有量が10ppm以下であり、炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下であり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下であり、且つナトリウムの含有量が0.2ppm未満である芳香族ポリカーボネート樹脂から成形されたことを特徴とする薄板収納搬送容器。
【請求項2】薄板収納搬送容器が、半導体ウエーハ用収納搬送容器である請求項1記載の薄板収納搬送容器。」

第3.請求人の主張
請求人は、「特許第3995346号発明の特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求めるところ、特許を無効とする理由としては、審判請求書、請求人提出の口頭審理陳述要領書、及び、第1回口頭審理調書から判断して、次の2点にあるものと認められる。

◎無効理由1
本件特許発明1?2は、その出願前に日本国内において頒布された甲第2号証刊行物に記載された発明と、同甲第1、3?5号証刊行物に記載された発明とに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものについて特許されたものであり、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当する。
◎無効理由2
本件特許発明1?2は、その出願前に日本国内において頒布された甲第1号証刊行物に記載された発明と、同甲第3?5号証刊行物に記載された発明と、同甲第2号証刊行物に記載された発明とに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものについて特許されたものであり、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当する。

<証拠方法>
甲第1号証:特開平2-276037号公報
甲第2号証:特開平10-211686号公報
甲第3号証:特開平5-148355号公報
甲第4号証:特開平6-100683号公報
甲第5号証:特開平3-100501号公報
甲第6号証:本間精一編「ポリカーボネート樹脂ハンドブック」1992年8月28日,日刊工業新聞社,81頁(口頭審理陳述要領書に添付して提出されたもの)

なお、甲第1?6号証の成立に争いはない。

第4.被請求人の主張
被請求人は、「本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求めるとともに、乙第1?2号証を提出して、請求人が主張する、特許を無効とする理由に対して反論している。

<証拠方法>
乙第1号証:特開昭63-97627号公報
乙第2号証:本間精一編「ポリカーボネート樹脂ハンドブック」1992年8月28日,日刊工業新聞社,46?53頁

なお、乙第1?2号証の成立に争いはない。

第5.甲第1?6号証刊行物に記載の事項
◎甲第1号証刊行物:特開平2-276037号公報
1a.「(1)IA族及びVIII族に属する金属のうち、一種類の金属の含有量が1ppm以下であるポリカーボネート樹脂からなることを特徴とした光学式ディスク基板。
(2)ポリカーボネート樹脂の粘度平均分子量が、10000?22000であることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の光学式ディスク基板。
(3)塩素系溶媒残留量が10ppm以下であることを特徴とした特許請求の範囲第1項記載の光学式ディスク基板。」(特許請求の範囲第1項?第3項)
1b.「[産業上の利用分野]
本発明は、長期間にわたって高い信頼性を維持できる光学式ディスク基板及び該基板を用いた光学式情報記録媒体に関する。」(1頁右下欄2?5行)
1c.「[従来の技術と解決すべき課題]
オーディオディスク,レーザーディスク,光ディスクメモリあるいは光磁気ディスク等のレーザ光を利用して情報の再生,追記,書換えを行なう光学式情報記録媒体の基板には、成形性,強度,光線透過率及び耐湿性等の点で優れているポリカーボネート樹脂が多く用いられている。
しかしながら、このように優れた性質を有するポリカーボネート樹脂も、高温,高湿下において加水分解しやすく、分子量の低下,衝撃強度の低下等をきたしやすいという欠点がある。
一方、光学式ディスク基板及び該基板を用いた光学式情報記録媒体に要求される特性の一つとして、長期間(十年以上)にわたって高い信頼性を維持できるようにすることがある。ところが、上述したようにポリカーボネート樹脂は高温,高湿下において加水分解による劣化が早く、この要求を満たすことが困難であった。
……
本発明は、上記事情にかんがみてなされたものであり、ポリカーボネート樹脂の劣化をきわめて有効に抑制し、長期間にわたって高い信頼性を維持できる光学式ディスク基板及び該基板を用いた光学式情報記録媒体の提供を目的とする。
[課題の解決手段]
本発明者等は、上記目的を達成するために鋭意研究を重ねてきた結果、ポリカーボネート樹脂の加水分解の原因が、樹脂中に含まれる残留微量金属、特に特定の金属と、残留微量溶媒、特に塩素系溶媒との相互作用によるものであることを知見し、本発明をするに至った。」(1頁右下欄6行?2頁右上欄7行)
1d.「本発明の光学式ディスク基板において使用されるポリカーボネート樹脂としては、例えば、粘度平均分子量が10000?22000、好ましくは12000?20000のものであれば特に制限はなく、二価フェノール類とホスゲンまたは、ジフェニルカーボネートのような炭酸エステルとの反応により製造されるものがある。
……。粘度平均分子量10000?22000の制御はポリカーボネートの製造時に、p-t-ブチルフェノールのような末端停止剤の添加により行なうことができる。
……
なお、粘度平均分子量[M_(v)]は、20℃の塩化メチレン溶液中のポリカーボネート樹脂の比粘度η_(sp)を測定し、式
η_(sp)/C=[η](1+0.28η_(sp))
[ここで、Cはポリカーボネート樹脂濃度(g/l)である]
および
[η]=1.23×10^(-5)M_(v)^(0.83)
によって算出することができる。」(2頁左下欄4行?3頁左上欄6行)
1e.「射出成形に用いる原料ポリカーボネート樹脂は、従来公知の方法により製造した後、溶液状態において酸洗,アルカリ洗,水洗を繰返したり、濾過処理をしたり、あるいは粒状の原料を、例えば加熱条件下でアセトンなどの貧溶媒で洗浄したりして低分子量成分,未反応成分,金属成分等の不純物や異物を除去することが好ましい。いずれにしても、射出成形前の原料は、異物,不純物,溶媒などの含有量を極力低くしておくことが必要である。」(3頁左上欄7?16行)
1f.「また、射出成形時における樹脂温度は300?400℃とし、金型温度は通常50?140℃、好ましくは80?130℃とする。さらに、この射出成形時における金属成分の混入が少なくなるような材質の選定等を行なうことが好ましい。」(3頁左下欄16?20行)
1g.「このようにして製造した光学式ディスク基板中に残留するIA属及びVIII属の金属は、一種類の金属の含有量を1ppm以下とする必要がある。
本発明者達の実験によると、IA属及びVIII属に属する金属、特にFe,Na等の金属残留量が1ppmを超えると、ポリカーボネート樹脂の劣化が早まることが判明した、また、好ましくは塩素系溶媒の残留量を10ppm以下、さらに好ましくは6ppm以下とする必要がある。
すなわち、本発明者達の実験によると、Fe,Na等の金属が1ppmを越えて残留しているときに、例えばCH_(3)Cl,CH_(2)Cl_(2),CHCl_(3),CCl_(4),ジクロルエタン等の塩素系溶媒が10ppmを越えて残留していると、上記金属と塩素系溶媒が相互に作用し、ポリカーボネート樹脂の劣化をますます早めることが判明した。
基板をなすポリカーボネート樹脂中におけるIA属及びVIII属に属する金属残留量を1ppm以下とするためには、ポリカーボネート樹脂の製造工程でこれらの金属が混入しないようにする必要があり、例えば各装置,配管等にこれら金属を用いないようにすることが好ましい。
また、金属残留量1ppm以下とするには、重合後の塩化メチレン溶液のアルカリ洗,酸洗,高純度の水による水洗を十分に行なう必要がある。さらに、塩素系溶媒の残留量を10ppm以下にするには、粒状ポリマーにした後の貧溶媒(アセトン)による洗浄を十分行なって塩化メチレン等を除去し、さらに十分乾燥を行なう必要がある。
なお、金属成分としては、上記IA属及びVIII属に属する金属の他にAl,Si,Ca,Mg等の金属も残留量を1ppm以下とすることが好ましい。」(3頁右下欄5行?4頁左上欄18行)
1h.「実施例A
本発明実施例A1,A2,A3の光学式ディスク基板と比較例A1,A2の光学式ディスク基板を比較する。
○ ポリカーボネート原料
(1)試料:各種の製造条件、処理条件の異なるペレット。
(2)粘度平均分子量 M_(v)=約14,000?15,000
(3)残留金属 Na,Fe
測定法:原子吸光法
(4)残留溶媒
塩素系溶媒としてCH_(2)Cl_(2)
測定法:ガスクトマトグラフ法
○ 射出成形
上記原料のうち、残留金属,残留溶媒量の異なる原料を成形(成形温度:360℃,金型温度:120℃)し、光ディスク基板を得た。
○ 加速劣化テスト
(1)恒温恒湿槽 条件:80℃ 90%RH
(2)評価:定期的にサンプルを取り出し、外観を検査及び分子量を測定(第1表参照)

」(4頁右上欄16行?右下欄)

◎甲第2号証刊行物:特開平10-211686号公報
2a.「【請求項1】 吸水率が0.05重量%以下になるまで乾燥したポリカーボネート樹脂をガラス管に入れ、1mmHg以下の圧力で封入した後、これを280℃で30分間加熱し、ついで23℃まで冷却後、3日間常温(23℃)放置する間に封入したガラス管の気相部に揮発してくるClイオン量が30ppb以下であるポリカーボネート樹脂を基材とする精密部材用収納容器。
……
【請求項4】 ホスゲンを出発原料として製造したカーボネート結合を有する樹脂を所望の形状に成形した精密部材用収納容器において、該カーボネート結合を有する樹脂の製造に用いられる原料ホスゲン中の未反応塩素濃度が1000ppb以下のものである原料ホスゲンを用いて製造されたカーボネート結合を有する樹脂を基材として用いたことを特徴とする精密部材用収納容器。
【請求項5】 基材のポリカーボネート樹脂が、ジフェノールと塩素濃度が1,000ppb以下のホスゲンとを反応させて得られたものである、請求項1?3のいずれかに記載の精密部材用収納容器。」(特許請求の範囲の請求項1、4及び5)
2b.「【発明の属する技術分野】本発明は、ポリカーボネート樹脂を基材とした精密部材用収納容器に関するもので、特に、被収納物が極微量の汚染をも敬遠する電気部材、電子機器部材等の精密部材(生ウェハー、ディスクリートウェハー、回路加工途中のウェハー、バータントウェハー、ダイシングウェハーなどの半導体用各種ウェハーや、ICチップ等の半導体材料など、フォトマスクなどの各種マスク類、リードフレーム、アルミディスクなどのディスク基板、液晶パネル、プラズマディスプレイ等の各種表示素子など)等の精密部材用収納(運搬、保管並びに各工程中の搬送を含む)容器に関するものである。」(段落0001)
2c.「【従来の技術】ポリカーボネート樹脂製収納容器は、透明もしくは半透明で被収納物が透視可能であり耐衝撃性等に優れている点から従来より広く使用されてきた。ところが近年対象とされる被収納物の種類が広がり、汚染を極度に嫌う電気部材、電子機器部材等の精密部材の分野にも使用されるようになってきた。しかし、ウェハー、IC等の半導体材料等の精密部材に見られるように、その高性能化に伴い、被収納物を組み込み、もしくは加工したものに誤作動が生じることもあることが判明した。
この誤作動の原因を追及したところ、ポリカーボネート樹脂製の収納容器から精密部材収納中に揮発してくるCl(塩素)であることが判明した。ポリカーボネート樹脂として、成形時の金型腐食を防止するためにCl量を低減させるべく特開昭62-297320号公報や特開昭62-297321号公報には、ホスゲン中の不純物としてホスゲンより高沸点の四塩化炭素が含有していることが記載されており、成形時において加熱した場合に塩酸を発生させるため、ホスゲン中の四塩化炭素含有量を一定量以下とすることが報告されている。
この場合、成形中加熱されている間に分解し発生する塩酸に関して議論しているものであり、成形後、収納中、特には常温に放置している間に徐々に揮発する現象に関して何等教えるところではない。本発明者らは、ポリカーボネート樹脂の成形品の常温における揮発性Clに関して鋭意検討した結果、この揮発性Clとポリカーボネート樹脂製造に原料として用いられたホスゲン中に不純物として含有される塩素との間に相関関係があることが判った。
すなわち、ホスゲン中に残存する不純物塩素はポリカーボネート樹脂製造工程における初期のジフェノールのアルカリ金属塩水溶液とホスゲンとの反応段階でジフェノール類の特定箇所を何らかの形で塩素化し、最終工程まで変化しないまま残存したもので、成形後、放置する間に徐々に揮発してくるような形態のものであることが判明した(検出はClイオンとして認められる)。
但し、前記したような四塩化炭素がポリカーボネート樹脂中に残留している場合や、二相界面法によるポリカーボネート樹脂製造工程途中で生成するクロロホーメート基が残留している場合は、これらから溶融成形時にHClの発生が認められ、このための生成と区別が付きにくい場合がある。即ち、反応性の非常に高いCl基の場合、溶融成形の際の熱で直ぐにHClに変化するが、上記のCl化された部位の場合では溶融成形で外れるよりもむしろ、成形後、常温下で光分解等により徐々に生成してゆくものであることが判った。
従って、四塩化炭素がポリカーボネート樹脂中に残留している場合や二相界面法によるポリカーボネート樹脂製造工程途中で生成するクロロホーメート基が残留している場合には、溶融成形後、成形品を一旦純水で洗浄することで除去される。一方、上記の残存Cl_(2)により塩素化された部位の場合、溶融成形時にポリカーボネート樹脂に熱がかかることにより一時的にClが発生するものもあるが、一旦純水により洗浄してもなお完全に除去されず、成形後放置しておくと徐々に発生してくることが判った(検出はClイオンとして認められる)。この様なClを「揮発性Cl」と云う。即ちポリカーボネート樹脂成型品を放置する際、一定の飽和吸水状態に移行しようと水分を吸水する時、あるいはその反対で一定の飽和吸水状態からドライ(DRY)な環境下に置かれ水分を吐き出す時にClイオンが成形品から揮発される(この様なClを揮発性Clと云う)。
被収納物に対する汚染性のうち、とりわけ塩素不純物は、腐食の要因とされており、汚染の重要な要因となっている。通常これらの収納容器は使用前に十分な洗浄が行なわれ容器表面の塩素不純物については除去可能であるが、いったん被収納物を収納した後、輸送、保管中などの環境下で放置されている間に容器を構成している樹脂から徐々に揮発してくる塩素については何ら有効な手段がなかった。」(段落0002?0008)
2d.「【発明が解決しようとする課題】本発明は、収納された精密部材を組み込み、もしくは加工したものに誤作動することのない精密部材用収納容器の提供を目的とする。」(段落0009)
2e.「【作用】精密部材用収納容器(以下、単に容器という。)の素材樹脂として揮発性塩素の少ないポリカーボネート樹脂を基材として用いることにより、容器内に収納された精密部材への塩素不純物による汚染を低減することができる。」(段落0011)
2f.「【発明の実施の形態】本発明の容器は、揮発性塩素イオン量が30ppb(パート パー ビリオン)以下、好ましくは20ppb以下、より好ましくは10ppb以下のポリカーボネート樹脂を基材とし、これを射出成形、押出成形、インフレーション成形、中空成形、差圧成形、真空成型、圧空成形等の成形方法で容器に成形したものである。……
ポリカーボネート樹脂の製造:容器の基材の揮発性Clの少ないポリカーボネート樹脂の製造は、ホスゲンとして塩素濃度が1,000ppb、好ましくは500ppb、特に好ましくは100ppb以下のものを用いる他は従来のカーボネート結合を有する樹脂の製造方法と同等の方法で実施でき、特に制限はなく、ホスゲンを原料とする各種の製造方法を採用することができる。この場合、上記「ホスゲンを原料とする」とは、ホスゲンを上記樹脂の直接の原料とする場合だけでなく、ホスゲンを原料として上記樹脂の中間体を製造し、それを用いて上記樹脂を製造する等の場合をも含むものである。
上記従来のカーボネート結合を有する樹脂の製造方法としては、
1)ホスゲンとジフェノールとを界面重縮合条件下もしくは溶液重合条件下で反応させる方法、
2)ホスゲンとフェノールとを反応させてジフェニルカーボネートを製造し、これとジフェノールとを溶融縮合条件下で反応させる方法
等を挙げることができる。……」(段落0012?0014)
2g.「(d)重縮合反応
……。重縮合完結後は、残存するクロロホーメート基が0.01μeq/g以下になるまで、NaOHのようなアルカリで洗浄処理する。その後は、電解質が無くなるまで、有機相を洗浄し、最終的には有機相から適宜不活性有機溶媒を除去、ポリカーボネート樹脂を分離する。」(段落0033?0034)
2h.「ポリカーボネート樹脂
このようにして得られるポリカーボネート樹脂の平均分子量(Mv)は、通常10,000?100,000程度である。なお、平均分子量(Mv)とは、オリゴマーまたはポリカーボネートの濃度(C)が0.6g/dl塩化メチレン溶液を用いて、温度20℃で測定した比粘度(ηsp)から、下記の式(1)及び(2)を用いて算出した値である。
ηsp/C=[η](1+0.28ηsp) 式(1)
[η]=1.23×10^(-5)Mv^(0.83) 式(2)
また、このようにして得られるポリカーボネート樹脂は、加熱発生Cl量(ポリマー当たりのCl発生量(ppb))を30ppb以下、好ましくは20ppb以下、特に好ましくは1?20ppb程度にまで低下することができる。従って、容器への成形加工時においても変色し難い等の利点がある。……」(段落0035?0037)
2i.「実施例1?5
ビスフェノールA(BPA)15.09kg/時、水酸化ナトリウム(NaOH)5.49kg/時及び水93.5kg/時を、ハイドロサルファイト0.017kg/時の存在下に、35℃で溶解した後、25℃まで冷却した水相並びに5℃に冷却した塩化メチレン61.9kg/時の有機相を、各々内径6mm、外径8mmのテフロン製配管に供給し、これに接続する内径6mm、長さ34mのテフロン製パイプリアクターにおいて、ここに別途導入される0℃に冷却した表-1に示すCl量の液化ホスゲン7.2kg/時と接触させた。
上記原料(ビスフェノールA・水酸化ナトリウム溶液)はホスゲンとパイプリアクター内を、1.7m/秒の線速にて20秒間流通する間に、ホスゲン化、オリゴマー化反応を行った。この時、反応温度は、断熱系で塔頂温度60℃に達した。反応温度は、調整しいずれも次のオリゴマー化槽に入る前に35℃迄外部冷却を行った。オリゴマー化に際し、触媒トリエチルアミン0.005kg/時及び分子量調節剤のp-t-ブチルフェノール0.39kg/時は、各々、オリゴマー化槽に導入した。
このようにしてパイプリアクターより得られるオリゴマー化された乳濁液を、さらに内容積50リットルの攪拌機付き反応槽に導き、N_(2)雰囲気下30℃で撹拌し、オリゴマー化することで、水相中に存在する未反応のビスフェノールAのナトリウム塩(BPA-Na)を完全に消費させた後、水相と油相を静置分離し、オリゴマーの塩化メチレン溶液を得た。
上記オリゴマーの塩化メチレン溶液のうち、23kgを、内容積70リットルのファウドラー翼付き反応槽に仕込み、これに希釈用塩化メチレン10kgを追加し、さらに25重量%NaOH水溶液2.2kg、水6kg及びトリエチルアミン2.2gを加え、窒素ガス(N_(2))雰囲気下30℃で撹拌し、60分間重縮合反応を行って、ポリカーボネート樹脂を得た。この反応液に、塩化メチレン30kg及び水7kgを加え、20分間撹拌した後、撹拌を停止し、水相と有機相を分離した。分離した有機相に、0.1N塩酸20kgを加え15分間撹拌し、トリエチルアミン及び少量残存するアルカリ成分を抽出した後、撹拌を停止し、水相と有機相を分離した。更に、分離した有機相に、純水20kgを加え、15分間撹拌した後、撹拌を停止し、水相と有機相を分離した。この操作を抽出排水中の塩素イオンが検出されなくなるまで(3回)繰り返した。
得られた精製ポリカーボネート樹脂溶液を、40℃温水中にフィードすることで粉化し、乾燥後粒状粉末(フレーク)を得た。……
各実施例で得られた、オリゴマーについて平均分子量を、フレークについて平均分子量及び分子量分布を、成形品について、色調をそれぞれ測定した。その結果を表-1に示す。なお、表-1中のポリカーボネート樹脂の物性評価は、次のようにして行った。
(1)分子量分布(Mw/Mn):……
(2)色調(YI):
……
(3)揮発性Cl測定:フレークを、30mm二軸押出機(池貝鉄鋼製)、樹脂温度290℃にて混練後、ペレット化した。このとき操作上Cl混入が懸念される点(人の手や汗及び冷却に使用するH2O)に関し、十分の注意を払い処理した。得られたペレット10gを乾燥して吸水率を0.05重量%以下とし、これをイオンクロマト水で洗浄済みの内径10mmのガラス管に仕込み、真空(1mmHg以下)下、溶封した(封管の長さは20cmで一定とした)。このガラス管全体を280℃のオイルバス中に30分間立てた状態で保持後、冷却、外部に付着したオイル等を綺麗に洗浄した後、同ガラス管をそのままの状態で3日間室温保持した。ポリマーの浸析部の直上を切断(焼き玉)し上部ガラス内部を純水1mlで洗浄、捕集、イオンクロマト分析、ポリマー1g当たりの揮発性Cl量として求めた。
(4)収納容器:ペレットをシリンダー温度290℃、金型温度80℃、成形サイクル40秒で射出成形し、図1に示すような、25枚の直径が6インチのウェハーを5mm間隔をおいて配列担持可能な溝2bを並列するようにリブ2aを26個突設して、V溝状のウェハー収納溝を形成したケース状のウェハーキャリア2、ウェハーを収納する容器本体3、および該本体3に開閉自在に設けられる蓋体4とからなる直径6インチの半導体ウェハー用収納容器の3点を得た。一方、シリンダー温度220℃、金型温度50℃、成形サイクル40秒の条件下で、その製造工程、原料、添加剤中に塩素成分を検出しえなかった熱可塑性ポリエステルエラストマーを用い蓋体4の内面に嵌装されるウェハー押え5と、シール用のパッキン6を射出成形した。
上記条件で構成された収納容器10個をクリーンルーム内に移し、イオンクロマトグラフィーで測定されるClイオン量が検出下限1ppb以下である純水を用い、その洗浄水のClイオン量が同様に検出下限1ppb以下に達するまで、各部品を洗浄後、同クリーンルーム内で室温にて十分乾燥した。その後、キャリア2に、酸、純水で十分洗浄し、後述する測定法で測定したClイオン量がそれぞれ検出下限1ppb以下の清浄な直径6インチ、厚さ400μmの半導体用シリコンウェハー1枚をキャリア2の中央位置の2',2'のV溝に接触するよう挿入した。
次に、ウェハーを収納したキャリア2を図1に示す構成で組み立て後、さらに個々の収納容器をアルミラミネート袋に入れて開封部をヒートシールにより密閉し、この状態でクリーンルーム内に常温で120時間放置した。なお、これらのウェハーを挿入する操作はクリーンルーム内に設置したブース内の窒素ガス雰囲気下において行った。
120時間放置後、アルミラミネート袋、容器を開封、ウェハーを取り出し、純水20ml表面を洗浄、表面に付着しているClイオンを捕集した。こうして得られた液をイオンクロマトグラフィーで分析し、同水中に含有されるClイオン量を測定した。得られた数値の10個の平均値をポリカーボネート樹脂当りに換算し、表-1に記載した。……。また、容器に30日間保管されたウエハーを加工して得たICチップは誤作動を何ら生じなかった。
【表1】

」(段落0043?0056)

◎甲第3号証刊行物:特開平5-148355号公報
3a.「【請求項1】エステル交換触媒の存在下で、2価ヒドロキシ化合物と炭酸ジエステルをエステル交換法により溶融重縮合させて得られるポリカーボネート中に含まれる鉄濃度が5ppm以下であることを特徴とするポリカーボネート。
【請求項2】エステル交換触媒の存在下で、2価ヒドロキシ化合物と炭酸ジエステルをエステル交換法により溶融重縮合させて得られるポリカーボネート中に含まれる鉄濃度が5ppm以下であり、かつクロム、ニッケル濃度が共に1ppm以下であることを特徴とするポリカーボネート。
【請求項3】ポリカーボネートの全末端のうち、水酸基末端が20mol%以下であることを特徴とする請求項1,2記載のポリカーボネート。
【請求項4】ポリカーボネート中のナトリウム濃度が1ppm以下であり、かつ塩素濃度が10ppm以下であることを特徴とする請求項1,2,3記載のポリカーボネート。」(特許請求の範囲の請求項1?4)
3b.「【産業上の利用分野】本発明は、エステル交換触媒の存在下で2価ヒドロキシ化合物と炭酸ジエステルとを重縮合させて得られる鉄、クロム、ニッケル、ナトリウム、塩素含量が少なく水酸基末端濃度が低くかつ着色のない高分子量ポリカーボネートに関するものである。」(段落0001)
3c.「【従来技術及び発明が解決しようとする課題】本発明の高分子量ポリカーボネートは、幅広い用途、特に射出成形用または窓ガラスの代わりのガラスシートとしての用途を有する汎用エンジニアリングサーモプラスチックスである。
エステル交換反応においては、2価のフェノールと炭酸ジエステルにエステル交換触媒を加えて、加熱減圧下、フェノールを留出させながらプレポリマーを合成し、最終的に高真空下、290℃以上に加熱してフェノールを留出させ高分子量のポリカーボネートを得ている(米国特許4345062号明細書)が、高分子量のポリカーボネートは他のエンジニアリングプラスチックスと異なって、溶融粘度が極めて大きいので、反応条件として290℃以上の高温を必要とし、また、沸点の高いフェノールを留去させるために高真空(1?10^(-2)Torr)を必要とするため、設備の面からも工業化は難しく、さらに生成するポリカーボネートの色相や物性に好ましくない影響を及ぼすことが知られている。
例えば、特開昭63-210126にはポリカーボネートの高処理温度(280?350℃)において樹脂の変色と分子量の低下をもたらす不純物をいずれも含有していないことが重要であり、鉄はこの点に関し特に望ましくない影響を及ぼしうる不純物の一つであると記載されている。しかしながら、エステル交換法で製造されたポリカーボネート中の鉄含量を規定したものはなかった。
また、ポリマー デグラデーション アンド スタビリティー 31, (1991) 163-180には、ポリカーボネート鎖の末端ビスフェノール骨格が熱分解した結果、低分子フェノールが生成することが記載されており、末端OH基濃度が高くなると樹脂の着色が見られ、さらに、高分子量化が達成しにくいことを示唆している。」(段落0002?0005)
3d.「【課題を解決するための手段】本発明者らは、カーボネート結合を生成する化合物として2価ヒドロキシ化合物と炭酸ジエステルとをエステル交換触媒の存在下、重縮合させることによって、得られるポリカーボネート中の鉄、クロム、ニッケル、ナトリウム、塩素濃度及びポリカーボネートの全末端のうちの水酸基末端濃度を測定した。この際、本発明者らは、エステル交換法で得られるポリカーボネート中の特に、鉄、クロム、ニッケル濃度と樹脂の着色とに相関関係があることを見出だした。すなわち、これら金属濃度が低いほど着色のないポリカーボネートが得られる事実を見出すに至った。
特に、鉄、クロム、ニッケル等の金属成分の含有量を少なくするためには、重合装置としてこれらの金属成分の含量、特に鉄含量の少ない材質のものを用いれば良いということを見出だした。」(段落0006?0007)
3e.「【実施例1】2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン22.8g(0.1モル)、ジフェニルカーボネート21.9g(0.1025モル)と4-ジメチルアミノピリジン0.024g(2×10^(-4)モル)をハステロイ製のセパラブルフラスコに入れ窒素下、180℃で溶融させよく攪拌し、徐々に減圧しながら昇温させ、最終的に0.1Torr,270℃にし、生成するフェノールを留去せて、無色透明なポリカーボネートを得た。色相値はA_(380)-A_(580)=0.09であった。色相の評価は、……、この値が大きいほど着色していることを示す。得られたポリカーボネートの粘度平均分子量(Mv)を測定するとMv=29,000であった。……
ポリカーボネート中の鉄濃度は0.5ppmであった。また、クロム、ニッケル濃度は、共に0.1ppm以下であった。……尚、この際、鉄、クロム、ニッケルの検出限界はいずれも0.1ppmである。
水酸基末端濃度は、8モル%であった。……
ポリカーボネート中のナトリウム濃度は0.1ppmであり、塩素濃度は、1ppmであった。ナトリウム濃度の測定は、……。検出限界は0.05ppmである。ポリカーボネート中の塩素濃度の測定は、……。検出限界は0.5ppmである。
【実施例2】実施例1と全く同様な条件下で4-ジメチルアミノピリジンの代わりに酢酸カリウム0.098mg(1×10^(-6)モル)を加え、実施例1と同様の方法で重縮合反応を行い無色透明なポリカーボネートを得た。色相値はA_(380)-A_(580)=0.08であった。粘度平均分子量は28,000でありガラス転移温度は149℃であった。鉄、クロム、ニッケル濃度は、それぞれ0.7ppm、0.1ppm以下、0.1ppm以下であった。水酸基末端濃度は、10モル%であった。ナトリウム、塩素濃度は、それぞれ0.2ppm、0.8ppmであった。
【実施例3】実施例1と全く同様な条件下で、エステル交換触媒として、4-ジメチルアミノピリジン0.0024g(2×10^(-5)モル)と酢酸カリウム0.20mg(2×10^(-6)モル)を加え、実施例1と同様の方法で重縮合反応を行い無色透明なポリカーボネートを得た。色相値はA_(380)-A_(580)=0.09であった。粘度平均分子量は28,500であり、ガラス転移温度は150℃であった。鉄、クロム、ニッケル濃度は、それぞれ0.5ppm、0.1ppm以下、0.1ppm以下であった。水酸基末端濃度は、18モル%であった。ナトリウム、塩素濃度は、それぞれ0.3ppm、0.5ppmであった。
【実施例4】2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン11.4g(0.05モル)、2,2-ビス(4-ヒドロキシ-3-tertブチルフェニル)プロパン17.0g(0.05モル)、ジフェニルカーボネート22.5g(0.105モル)とイミダゾール0.068g(1×10^(-3)モル)を窒素下、溶融後攪拌しながら実施例1と同様な方法で重縮合反応を行い無色透明なポリカーボネートを得た。色相値はA_(380)-A_(580)=0.09であった。粘度平均分子量は25,500であり、ガラス転移温度は125℃であった。鉄、クロム、ニッケル濃度は、それぞれ1.0ppm、0.1ppm以下、0.1ppm以下であった。水酸基末端濃度は、13モル%であった。ナトリウム、塩素濃度は、それぞれ0.3ppm、0.9ppmであった。」(段落0023?0029)

◎甲第4号証刊行物:特開平6-100683号公報
4a.「【請求項1】 不純物としての塩化メチレンの含有量が20ppm以下であることを特徴とするディスク基板用ポリカーボネート。
【請求項2】 不純物として塩化メチレンの含有量が20ppm以下であって、かつ未反応ビスフェノール類の含有量が20ppm以下である請求項1記載のディスク基板用ポリカーボネート。」(特許請求の範囲の請求項1?2)
4b.「【産業上の利用分野】本発明はディスク基板用ポリカーボネートに関し、詳しくは不純物としての塩化メチレンの含有量が極めて少なく、ディスク基板の素材として有用な高純度のポリカーボネートに関する。」(段落0001)
4c.「【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】一般に、ポリカーボネートは光ディスクや磁気ディスク等のディスク基板の素材として利用されている。しかし、このポリカーボネートは、ディスク基板として成形使用するにあたって、○1記録膜中に存在する鉄,ガリウム,テルビウム等の金属が徐々に腐食を受ける、あるいは○2この基板と記録膜との密着性が不充分である等様々な問題があった。そこで本発明者らは、ポリカーボネートをディスク基板として使用するにあたっての上記の如き問題を解消すべく種々の検討を重ねたところ、従来のポリカーボネート、特にホスゲン法によって得られるポリカーボネートには、用いた溶媒としての塩化メチレンが不純物として含有されており、このような不純物が上述した様々な問題を引き起こす大きな原因になっていることが判明した。
【課題を解決するための手段】本発明者らは、このような知見に基いてさらに研究を続けたところ、これら不純物を含有するポリカーボネートをアセトン等の有機溶剤で処理すると、不純物である塩化メチレン含量が極めて少なく高純度のポリカーボネートとなり、これが上述した問題、特に記録膜の腐食性の問題を解消し、ディスク基板として非常にすぐれた性能を発揮することを見出した。」(段落0002?0003)(なお、「○1」及び「○2」と記載している箇所は、甲第4号証刊行物においては数字を○で囲んでいる丸数字である。)
4d.「本発明のポリカーボネートは、従来のポリカーボネートに比べて不純物(特に塩化メチレン)の含有量が少なく、純度の高いものである。一般に、従来のポリカーボネートには様々な不純物が含有されているが、特に溶媒として用いた塩化メチレンあるいは未反応ビスフェノール類(ビスフェノールAなど)や低分子量成分(ポリカーボネートオリゴマーなど)が多く、またこれらの不純物、特に塩化メチレンはポリカーボネートをディスク基板に用いたときに、前述した如き種々の問題を引き起こす。
本発明のポリカーボネートは、上述した不純物である塩化メチレンの含有量は20ppm以下、好ましくは15ppm以下である。また、更に好適なポリカーボネートは、塩化メチレンの含有量が20ppm以下(好ましくは15ppm以下)であって、かつ未反応ビスフェノール類の含有量が20ppm以下、好ましくは10ppm以下である。ここで、塩化メチレンが20ppmを越えると、記録膜が腐食を受けやすくなる。また、未反応ビスフェノール類が20ppmを越えると、ディスク基板と記録膜との接着性が不充分になることがある。」(段落0004?0005)
4e.「本発明のポリカーボネートは、様々な手法によって得ることが可能であるが、通常は各種方法で得られた不純物を含有する粉末状ポリカーボネートをアセトン等の有機溶媒で抽出処理することによって得られる。この不純物を含有する粉末状ポリカーボネートを製造する方法としては、特に制限はないが、通常はホスゲン法、特にビスフェノールA等のビスフェノール類とホスゲンを原料とし、塩化メチレンを溶媒とする界面重縮合法、とりわけ連続界面重縮合法をあげることができる。そのほか、エステル交換法やホスゲン法のうちのピリジンを溶媒とする所謂ピリジン重合法をあげることもできる。上記の粉末状ポリカーボネートとは、厳密な意味での粉末状のものに限定するわけではなく、フレーク状等のものをも包含する。つまり、ホスゲン法やエステル交換法で得られた粉末状,粒状,フレーク状等のポリカーボネートであって、ペレット化する前のものすべてを包含する。たとえば、上述の連続界面重縮合により得られる粉末状ポリカーボネートは、通常はフレーク状であって、不純物としてポリカーボネートのオリゴマー等の低分子量成分を4?8重量%,ビスフェノールA等の未反応ビスフェノール類を70?150ppmおよび溶媒として用いた塩化メチレンを50?150ppm程度含有している。
本発明のポリカーボネートは、このような不純物を含有する粉末状ポリカーボネートを、ヘキサン,メタノールやアセトン,メチルエチルケトンなどのケトン類、トルエン,キシレンなどのポリカーボネートに対しては弱い沈澱効果があるとされている有機溶媒にて抽出処理することによって得られる。抽出処理にあたっては、上記有機溶媒を粉末状ポリカーボネートの0.5?20倍量の範囲で使用し、温度を40℃以上、用いる有機溶媒の沸点以下の範囲に設定することが好ましい。なお、この抽出処理は、通常は常圧下で行うが、加圧下で行うことも可能である。」(段落0006?0007)
4f.「【実施例】次に、本発明を実施例および比較例によりさらに詳しく説明する。
実施例1
低分子量成分4重量%,未反応ビスフェノールA100ppmおよび塩化メチレン100ppmを含有するフレーク状のポリカーボネート100kgに、ヘキサン225kgを加えて40℃で1時間撹拌して接触処理(抽出処理)を行った。その後、ヘキサンを除去し、120℃,30?1mmHgの減圧下で20時間乾燥した。得られたフレーク状のポリカーボネート中の不純物含量は第1表の通りであった。次に、このフレーク状のポリカーボネートにリン系酸化防止剤4ppm(リン換算)および脂肪族エステル200ppmを添加した後に、押出機でペレット化し、射出成形機で直径13cmのディスク基板を成形した。……
実施例2
実施例1において、抽出処理をヘキサンの代わりにメタノールを用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行った。結果を第1表に示す。
実施例3
実施例1において、ポリカーボネートとして低分子量成分4重量%,未反応ビスフェノールA10ppmおよび塩化メチレン10ppmを含有するフレーク状ポリカーボネートを用いたこと及びヘキサンによる抽出処理を行わなかったこと以外は、実施例1と同様の操作を行った。結果を第1表に示す。
……
【表1】

」(段落0008?0014)

◎甲第5号証刊行物:特開平3-100501号公報
5a.「(1)末端水酸基の含有量が、重合の繰り返し単位当り0.3モル%以下であるポリカーボネート樹脂からなることを特徴とした光学用成形品。
(2)残留ナトリウム量が1ppm以下であることを特徴とする請求項1記載の光学用成形品。」(特許請求の範囲の請求項1及び2)
5b.「[産業上の利用分野]
本発明は、長期間にわたって高い信頼性を維持できる光学用成形品、及び該成形品のうち光学式ディスク基板を用いた光学式情報記録媒体に関する。」(1頁左下欄17行?右下欄2行)
5c.「[従来の技術と解決すべき課題]
オーディオディスク,レーザーディスク,光ディスクメモリ,光磁気ディスクあるいは光カード等のレーザ光を利用して情報の再生,追記,書換えを行なう光学式情報記録媒体の基板、並びに、レンズ,プリズムあるいは光ファイバ等の光学部材として利用される光学用成形品には、成形性,強度,光線透過率及び耐湿性等の点で優れているポリカーボネート樹脂が多く用いられている。
しかしながら、このように優れた性質を有するポリカーボネート樹脂も、高温,高湿下において白点を発生するという欠点がある。
一方、光学用成形品のうち光学式ディスク基板あるいは光カード等の光学式情報記録媒体に要求される特性の一つとして、長期間(十年以上)にわたって高い信頼性を維持できるようにすることが必要である。ところが、上述したようにポリカーボネート樹脂は高温,高湿下において、成形品に白点を発生させるためビットエラー率(BER)の増加をもたらし、光学式情報記録媒体の寿命を縮める大きな原因となっていた。
このため、従来よりポリカーボネート樹脂の精製処理法が種々研究されており、次のようなディスク基板用のポリカーボネート樹脂あるいはその製造方法が提案されている。
例えば、○1特開平1-146926号においては、重合鎖の繰り返し単位数nが1?3の低分子量体を0.2重量%以下、未反応ビスフェノールを10ppm以下としたポリカーボネート樹脂成形材料が、また、○2特開昭64-56729号においては、低分子量成分4?8重量%、未反応ビスフェノール類70?150ppm、及び塩化メチレン50?150ppmを含有する粉末状ポリカーボネートを40℃以上でケトン類を用いて抽出処理する方法が、さらに、○3特開昭63-316313号においては、低分子量成分3重量%以下、未反応ビスフェノール類20ppm以下、及び塩化メチレン20ppm以下としたポリカーボネート樹脂がそれぞれ提案されている。
しかしながら、……
さらに、上述した従来のものにおいては、ポリカーボネート樹脂成形品の高温,高湿下における白点発生が何に起因するものかも明らかではなかった。
本発明は、上記事情にかんがみてなされたものであり、白点の発生を最小限に抑制し、ひいては信頼性の高い光学用成形品及び光学式情報記録媒体の提供を目的とする。
[課題の解決手段]
本発明者等は、上記目的を達成するために鋭意研究を重ねてきた結果、ポリカーボネート樹脂を用いた成形品に発生する白点の原因が、樹脂中に含まれる末端水酸基の量、もしくは末端水酸基の量と残留微量金属、特にナトリウムとの相互作用によるものであることを見い出した。
そして、ポリカーボネート樹脂中における末端水酸基の量と残留微量ナトリウムの量を、それぞれある基準値以下にすると、成形品に発生する白点を最小限に抑制できることを知見し、本発明に至った。」(1頁右下欄3行?2頁左下欄12行、6頁左下欄末行?右下欄4行の(1)、(2)の補正事項)(なお、「○1」、「○2」及び「○3」と記載している箇所は、甲第5号証刊行物においては数字を○で囲んでいる丸数字である。)
5d.「本発明の光学用成形品において使用されるポリカーボネート樹脂としては、例えば、粘度平均分子量が10000?40000、成形品が光学式ディスク基板である場合には12000?20000のものであれば特に制限はなく、二価フェノール類とホスゲンまたは、ジフェニルカーボネートのような炭酸エステルとの反応により製造されるものがある。」(2頁右下欄9?16行)
5e.「射出成形に用いる原料ポリカーボネート樹脂は、従来公知の方法により製造した後、溶液状態において酸洗,アルカリ洗,水洗を繰返したり、酸,アルカリの濃度を変更したり、濾過処理をしたり、あるいは粒状の原料を、例えば加熱条件下でアセトンなどの貧溶媒で洗浄したりして低分子量成分,未反応成分,金属成分などの不純物や異物を除去することが好ましい。
いずれにしても、射出成形前の原料は、これらの処理の組合せによって異物,不純物,溶媒などの含有量を極力低くしておくとともに、重縮合条件をも含めて、末端水酸基の量を低く制御することが必要である。」(3頁右上欄15行?左下欄7行)
5f.「射出成形時における樹脂温度は300?400℃とし、金型温度は通常50?140℃、好ましくは80?130℃とする。さらに、この射出成形時における金属成分の混入が少なくなるような材質の選定等を行なうことが好ましい。」(3頁左下欄15?20行)
5g.「このようにして製造した光学式ディスク基板中の末端水酸基の量は、重合鎖の繰り返し単位当り0.3モル%以下に、また残留微量金属(ナトリウム)の量は1ppm以下とする必要がある。
本発明者達の実験によると、末端水酸基及びナトリウムの量がそれぞれ上記の量を越えると、光学式ディスク基板に発生する白点が急激に増加することが判明した。」(3頁右下欄6?13行)
5h.「末端水酸基の量を、重合鎖の繰り返し単位当り0.3モル%以下に、また残留微量金属(ナトリウム)の量を1ppm以下とするには、重縮合,重縮合後の塩化メチレン溶液のアルカリ洗,酸洗,高純度の水による水洗及び/または粒状ポリマーにした後の貧溶媒(アセトン)による洗浄等の有効な除去方法を組み合わせることによって行う。
なお、より好ましい方法としては、重縮合、溶液状態での十分な洗浄によって得られた溶液により、例えば特開平1-74231号記載の方法により温水中で粒状体を得、この粒状体を塩化メチレンとアセトンなどからなる混合溶液で洗浄する方法を採用できる。この方法によれば分子量が低くても、1mm程度の粒状体が得られ、取扱いや、溶融成形が容易にできる。」(4頁左上欄4行?19行)
5i.「[実施例]
本発明実施例1?4の光学式ディスク基板と比較例1?3の光学式ディスク基板を比較する。
○ ポリカーボネート樹脂基板
(1)使用原料
a.重縮合条件
b.酸洗,アルカリ洗,水洗条件を種々変更
c.粒状化条件の変更
d.粒状体の抽出条件
ポリカーボネートの良溶媒である塩化メチレンと、貧溶媒であるアセ
トンとの混合溶液で粒状ポリカーボネートを抽出処理する。
(粒状ポリカーボネート:溶液=1:3)
塩化メチレン:アセトン 温度 時間 回数
実施例1 2:8 50℃ 1H 2
実施例2 2:8 50℃ 1H 1
実施例3,4 1:9 50℃ 1H 1
比較例1 0:10 50℃ 1H 1
比較例2,3 市販品
(2)粘度平均分子量M_(v)=約14,000?15,000
測定法: Schnellの粘度式
[η]=1.23×10^(-5)M_(v)^(0.83)
ここでηは、固有粘度
(3)末端水酸基
測定法: ^(1)H-NMR
末端水酸基数
末端水酸基量(モル%)=???????????×100%
重合鎖の繰返し単位数n

末端水酸基量は0.3モル%以下、好ましくは0.2モル%以下とする。
(4)残留ナトリウム量
測定法:原子吸光法
残留ナトリウム量は1ppm以下、好ましくは0.5ppm以下とする。
○ 射出成形
上記原料のうち、末端水酸基量、残留ナトリウム量の異なる原料を成形(成型温度:340℃,金型温度120℃)し、光ディスク基板を得た。
基板サイズ:130mmφ,厚み1.2mm
○ 加速劣化テスト
(1)高温高湿条件:70℃ 90%RH
80℃ 90%RH
(2)定期的にサンプルを取り出し、目視により50μm以上の白点の数を測定した。これを10枚の光学式ディスク基板について行ない、その平均値を求めた(第1表参照)。

この結果、本発明実施例のポリカーボネート樹脂基板の場合には、従来のものに比べて白点の発生が大幅に減少していることが判明した。」(4頁右上欄15行?5頁右上欄3行、6頁右下欄5?10行の(3)?(5)の補正事項、7頁の表1)

◎甲第6号証刊行物:本間精一編「ポリカーボネート樹脂ハンドブック」1992年8月28日,日刊工業新聞社,81頁
6a.「4.3.3 耐温水性グレード(耐蒸気性グレード)
ポリカーボネートは炭酸エステル結合を有しているため、温水中で長時間使用すると,加水分解を起こし劣化する.ポリカーボネートの加水分解性を本質的に改良することは困難であるが,温水中で使用したときの白濁やクラック(スタークラック)の発生するまでの時間をできるだけ長時間側にシフトするような改良は可能である.白濁やクラック(スタークラック)に関しては添加剤(熱安定剤など)や樹脂中に含まれる異物(ごみ,無機塩類)が悪影響を与える.耐温水グレードとしては,添加剤の選定や異物をできるだけ減らした材料が使用されている.」(81頁1?9行)

第6.乙第1?2号証刊行物に記載の事項
◎乙第1号証刊行物:特開昭63-97627号公報
(イ)「ポリカーボネート樹脂よりなる基体上に光学的に信号が読み取られる情報記録層を設けてなる光学式情報記録媒体において、
上記基板は残留塩素量が1.0ppm以下とされたことを特徴とする光学式情報記録媒体。」(特許請求の範囲)
(ロ)「〔発明が解決しようとする問題点〕
ところで、上述の金属系記録材料により情報記録層が形成されてなる光学式情報記録媒体においては、その実用化にあたって耐蝕性の改善が大きな課題となる。
実際、ポリカーボネート樹脂成形体を基板とする光学式情報記録媒体(例えばコンパクトディスクや光磁気ディスク)を高温高湿下で保存すると、記録膜や反射膜等に腐食が発生する。この腐食の発生は、再生不良等をもたらし、信頼性を保証しなければならない光学式情報記録媒体において大きな問題となる。
そこで、本発明は、かかる従来の実情に鑑みて提案されたものであって、ポリカーボネート樹脂成形体を基板とする光学式情報記録媒体における腐食の発生を抑制することを目的とし、再生不良の発生が少なく信頼性の高い光学式情報記録媒体を提供することを目的とする。
〔問題点を解決するための手段〕
本発明者等は、ポリカーボネート樹脂を基板材料とする光学式情報記録媒体における腐食発生のメカニズムを究明すべく長期に亘り鋭意検討を重ねた結果、基板に残存する残留塩素が深く関わっているとの知見を得るに至った。」(2頁左上欄14行?右上欄18行)

◎乙第2号証刊行物:本間精一編「ポリカーボネート樹脂ハンドブック」1992年8月28日,日刊工業新聞社,46?53頁
「3.3.3 エステル交換法
……
エステル交換反応は,理論的には1molのビスフェノールAと1molのジフェニルカーボネートとの等モル反応である.このとき2molのフェノールが副生してくるので,高分子量ポリカーボネートをえるにはこのフェノールを反応系から除去してやる必要がある.エステル交換反応中は150?300℃のもと真空下で行い,反応の終わり頃にはさらに真空度を上げてやる必要がある.」(48頁下から7?3行)

第7.判断
1.無効理由1について
(1)本件特許発明1について
(A)甲第2号証刊行物に記載された発明
甲第2号証刊行物において、精密部材用収納容器を成形するために使用される「ポリカーボネート樹脂」は、ホスゲンとジフェノール(例えば、ビスフェノールA)とを反応させる方法で製造されたものである〔摘示2a、2f、2i〕から、「芳香族ポリカーボネート樹脂」であると言える。そして、ポリカーボネート樹脂の平均分子量(Mv)についての記載〔摘示2h〕、及び、Clイオン量についての記載〔摘示2a、2f、2h〕を踏まえると、甲第2号証刊行物には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。
「平均分子量(Mv)が10,000?100,000の芳香族ポリカーボネート樹脂であって、吸水率が0.05重量%以下になるまで乾燥した芳香族ポリカーボネート樹脂をガラス管に入れ、1mmHg以下の圧力で封入した後、これを280℃で30分間加熱し、ついで23℃まで冷却後、3日間常温(23℃)放置する間に封入したガラス管の気相部に揮発してくるClイオン量が30ppb以下である芳香族ポリカーボネート樹脂を基材とする精密部材用収納容器」

(B)対比
次に、本件特許発明1と引用発明1とを対比する。
本件特許発明1における「薄板収納搬送容器」とは、本件特許明細書の段落0001や段落0026にその説明があるとおり、コンパクトディスク、ハードディスクやMOに代表される磁気ディスクあるいは集積回路チップへと加工されるウエーハなどの薄板を収納あるいは運搬するための容器である。一方、引用発明1における「精密部材用収納容器」とは、摘示2bのとおり、「被収納物が極微量の汚染をも敬遠する電気部材、電子機器部材等の精密部材(生ウェハー、ディスクリートウェハー、回路加工途中のウェハー、バータントウエハー、ダイシングウエハーなどの半導体用各種ウェハーや、ICチップ等の半導体材料など、フォトマスクなどの各種マスク類、リードフレーム、アルミディスクなどのディスク基板、液晶パネル、プラズマディスプレイ等の各種表示素子など)等の精密部材用収納容器であり、また、ここで言う「収納」とは、同じく摘示2bにおける「収納(運搬、保管並びに各工程中の搬送を含む)容器」との記載からみて、運搬・保管・搬送を含むものである。よって、引用発明1における「精密部材用収納容器」は、本件特許発明1における「薄板収納搬送容器」に相当する。
ところで、「芳香族ポリカーボネート樹脂」の「分子量」に関して、本件特許発明1では「粘度平均分子量」で特定しているが、この「粘度平均分子量」とは、本件特許明細書の段落0020で次のように定義されている。
「本発明でいう粘度平均分子量Mは塩化メチレン100mlに芳香族ポリカーボネート樹脂0.7gを20℃で溶解した溶液から求めた比粘度(η_(sp))を次式に挿入して求める。
η_(sp)/c=[η]+0.45×[η]^(2)c(但し[η]は極限粘度)
[η]=1.23×10^(-4)M^(0.83)
c=0.7」
一方、引用発明1における「平均分子量(Mv)」とは、摘示2hに示されているように、「平均分子量(Mv)とは、オリゴマーまたはポリカーボネートの濃度(C)が0.6g/dl塩化メチレン溶液を用いて、温度20℃で測定した比粘度(ηsp)から、下記の式(1)及び(2)を用いて算出した値である。
ηsp/C=[η](1+0.28ηsp) 式(1)
[η]=1.23×10^(-5)Mv^(0.83) 式(2)」
と定義されるものであり、これら二つの定義は異なっており、よって、本件特許発明1における「粘度平均分子量」と引用発明1における「平均分子量(Mv)」とはその数値を直接比較することはできない。
これを踏まえた上で、本件特許発明1と引用発明1とを対比すると、両者は、次の一致点、相違点を有する。

○一致点
「芳香族ポリカーボネート樹脂から成形された薄板収納搬送容器」の点。

○相違点a
芳香族ポリカーボネート樹脂の分子量について、本件特許発明1では「粘度平均分子量が14000?30000」と規定しているのに対して、引用発明1では「平均分子量(Mv)が10,000?100,000」と規定している点。
○相違点b
芳香族ポリカーボネート樹脂中の塩素に関した含有量について、本件特許発明1では「塩素原子含有量が10ppm以下」と特定しているのに対して、引用発明1では「吸水率が0.05重量%以下になるまで乾燥した芳香族ポリカーボネート樹脂をガラス管に入れ、1mmHg以下の圧力で封入した後、これを280℃で30分間加熱し、ついで23℃まで冷却後、3日間常温(23℃)放置する間に封入したガラス管の気相部に揮発してくるClイオン量が30ppb以下」と規定している点。
○相違点c
芳香族ポリカーボネート樹脂中の塩素以外の不純物の含有量に関して、本件特許発明1では「炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下であり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下であり、且つナトリウムの含有量が0.2ppm未満」と特定しているのに対して、引用発明1では、これらの含有量についての規定がない点。

(C)相違点の検討
そこで、上記相違点について検討する。

○相違点cについて
本件特許明細書には次の記載がある。
「【発明の属する技術分野】
本発明は、磁気ディスクあるいは集積回路チップへと加工されるウエーハなどを収納あるいは運搬するために使用される薄板収納搬送容器用のポリカーボネート樹脂に関するものである。さらに詳しくは、半導体ウエーハや磁気ディスクの表面汚れとして支障を及ばさない程度まで金属原子および揮発性ガスの発生を抑制した薄板収納搬送容器用のポリカーボネート樹脂に関するものである。」(段落0001)
「最近の半導体ウエーハの大口径化と共に容器からのウエーハ表面への汚染に対する要求がより厳しくなり、同時により高強度の材料が求められるようになった。そして、ウエーハだけでなく磁気ディスク収納搬送容器に関しても同様の要求がある。この要求に適した成形材料としてポリカーボネート樹脂あるいはこれを主成分とする樹脂組成物を用いる試みがなされるようになった。
これら薄板収納搬送容器用材料の理想は、揮発あるいは漏出の可能性のある不純物成分が材料中に全く存在しないことである。しかしながら、現実には、揮発あるいは漏出の可能性のあるすべての不純物成分を材料からなくすことは技術的に不可能である。重要なのは、シリコンウエーハ等の薄板に影響を与える不純物の種類や量およびその組み合わせを実害のない程度に抑制することが肝要である。さらに、例えば加熱時における揮発分測定の際に検出されるもの中で注意すべき成分は何か、そして、それに関し目的材料として揮発量はどのくらい減らせばよいかを知ることである。
しかしながら、“ポリカーボネート樹脂あるいはこれを材料とした成形品から漏出する有機物や無機不純物の種類”と“ウエーハ表面の汚染度”との関係については、明確な知見がなく、成形材料について最適の選択をすることは現在極めて困難な状態にある。」(段落0005?0007)
「【発明が解決しようとする課題】
本発明は、表面汚染に敏感とされる半導体ウエーハや磁気ディスク等の薄板の表面汚染を低減できるポリカーボネート樹脂から成形された薄板収納搬送容器を提供することを目的とする。
本発明者は鋭意検討の結果、ポリカーボネート樹脂において、粘度平均分子量、特定成分の含有量を規制し、さらに特定の加熱試験における特定成分の揮発量を規制することによって上記目的を達成できることを見出し、本発明に到達した。」(段落0008)
「本発明で使用される芳香族ポリカーボネート樹脂は、二価フェノールとカーボネート前駆体とを溶液法または溶融法で反応させて得られるものである。」(段落0010)
「本発明のポリカーボネート樹脂の分子量は、粘度平均分子量(M)で14,000?30,000が好ましく、14,500?25,000がより好ましく、15,000?23,000がさらに好ましい。かかる粘度平均分子量を有する芳香族ポリカーボネート樹脂は、一定の機械的強度を有し成形時の流動性も良好であり好ましい。分子量が14,000未満の場合は、成形品に強度がでないため実用的な材料が得られず、分子量が30,000を超える場合は、成形流動性が劣るという問題が生じる。さらにこの場合、シリコンウエーハ等の薄板汚染の原因となるフェノール化合物や塩素系有機溶媒が、押出加工中に樹脂中から揮発しにくくなる問題が生じ、それを解消しようと押出温度を上げると、塩素系有機溶媒は低減されるが、樹脂の分解が進みフェノール化合物量が増える結果となる。」(段落0019)
「本発明におけるポリカーボネート樹脂中の塩素原子含有量は、ポリカーボネート樹脂に対して10ppm以下であり、特に好ましいのは8ppm以下である。塩素原子は、製造中に使用した前記の塩素系有機溶媒がポリカーボネート樹脂中に残留したものがほとんどであり、これに加えて、ポリマー鎖に残った微量の未反応のクロロホーメート基に由来するものである。残存する塩素系有機溶媒が多くなると樹脂から漏出してウエーハなどの薄板汚染につながり、ポリマー鎖に残った未反応のクロロホーメート基はそれ自体ポリマーより漏出することはないが、その量が多くなると成形加工においてポリマーの分解を微妙に促進して低分子量分つまり揮発成分をふやし結果的に薄板汚染につながる。」(段落0021)
「本発明において、炭素数が6?18であるフェノール化合物とは、ポリカーボネート樹脂の製造の際に用いられる末端封鎖用の1価フェノール化合物、原料の2価フェノールおよび添加剤を構成するフェノール化合物である。
それらは、未反応フェノール化合物が残留したものあるいはポリカーボネート樹脂や添加剤の分解によるものである。炭素数が18を超えるフェノール化合物は揮発性が低くなるため、炭素数が18を超えるフェノール化合物の含有量だけがふえても本発明の達成に関する影響は小さい。
……
本発明において炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量はポリカーボネート樹脂に対して100ppm以下であり、好ましくは70ppm以下である。含有量が100ppmを超えると、揮発するフェノール化合物の量も多くなり、ウエーハ等の薄板を汚染することになる。」(段落0022?0025)
「本発明のポリカーボネート樹脂において、樹脂中のカリウム、ナトリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計は、ポリカーボネート樹脂に対して0.7ppm以下であることが好ましい。0.7ppmを超えるとかかる金属により成形加工において樹脂の分解が促進され易くなり、結果として薄板表面を汚染する揮発分を生じやすくなる。
本発明のポリカーボネート樹脂において、これを150℃で1時間加熱した場合、揮発する塩素系有機溶媒量の合計量は、測定に使用したポリカーボネート樹脂に対して0.05ppm以下であり、且つ揮発する炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計量が、測定に使用したポリカーボネート樹脂に対して0.2ppm以下であることが好ましい。揮発する塩素系有機溶媒量の合計量が0.05ppmを超えるか、あるいは揮発する炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計量が0.2ppmを超えるポリカーボネート樹脂を使用すると、ウエーハ等の薄板を汚染することとなる。」(段落0027?0028)
「本発明のポリカーボネート樹脂が発明の目的とするウエーハ等の薄板収納搬送容器用に適合した材料であるか確認するために、薄板表面のわずかの汚染状況を測定する必要がある。その測定方法として、容器に長時間放置した際に、ウエーハ表面と水との接触角が放置前と放置後でどのくらい変わったっかを判定する方法がある。ミクロのレベルでわずかに表面が汚染されただけもこの接触角は大きく変化することから、簡便な評価法として用いることができる。」(段落0031)
「本発明において、ポリカーボネート樹脂中に残存する塩素系有機溶媒や炭素数6?18のフェノール化合物を少なくする方法としては、例えば、ポリカーボネート樹脂の乾燥を強化する方法、表面積を大きくしたポリカーボネート樹脂を乾燥する方法、そして、貧溶媒でポリカーボネート樹脂粉粒体の洗浄を行なう方法などが挙げられる。」(段落0032)
「貧溶媒でポリカーボネート樹脂、殊に樹脂パウダーの洗浄を行なう方法を採用することにより、ポリカーボネート樹脂中のフェノール化合物が貧溶媒へ抽出される。さらに、この方法はかかる貧溶媒がポリカーボネート樹脂中の塩素系有機溶媒と置換され塩素系有機溶媒を少なくする効果もある。貧溶媒としては、アセトン、メタノール、ヘプタン等が挙げられ、なかでもアセトンが好ましく用いられる。
また、金属原子を少なくする方法としては、良溶媒に溶かしたポリカーボネート樹脂溶液を純水と混合、分液を繰り返し洗浄する方法やフィルターでろ過する方法等が用いられる。」(段落0035?0036)
「[製造例1]
温度計、撹拌機及び還流冷却器付き反応器にイオン交換水2194部、48%水酸化ナトリウム水溶液402部を仕込み、これに2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン575部(2.52モル)およびハイドロサルファイト1.2部を溶解した後、塩化メチレン1810部を加え、撹拌下15?25℃でホスゲン283部を40分要して吹込んだ。ホスゲン吹き込み終了後、48%水酸化ナトリウム水溶液72部およびp-tert-ブチルフェノール19.6部を加え、撹拌を始め、乳化後トリエチルアミン0.6部を加え、さらに28?33℃で1時間撹拌して反応を終了した。反応終了後生成物を塩化メチレンで希釈して水洗した後塩酸酸性にして水洗し、水相の導電率がイオン交換水と殆ど同じになったところで、ポリカーボネート樹脂の塩化メチレン溶液を分液した。この塩化メチレン溶液にトリス(ノニルフェニル)ホスファイトをポリカーボネート樹脂に対して25ppmとなる量添加した。
得られたポリカーボネート樹脂の塩化メチレン溶液を60℃の温水(ニーダー内部空間容量の10%程度を占める量)が仕込まれたニーダーに攪拌下に投入し、スチームを吹き込みながら塩化メチレンを蒸発除去させてポリカーボネート樹脂の造粒を行なった。1時間かけてかかる塩化メチレン溶液を投入し、投入終了後もそのまま攪拌を10分間継続して行い、ポリカーボネート粉粒体の水スラリーを得た。得られた水スラリーは、ポリカーボネート粉粒体の量が水スラリーの量に対して25重量%であり、塩化メチレン量が水スラリーの量に対して25重量%であった。かかる水スラリーを粉砕機に通してスラリー中のポリカーボネート粉粒体を粉砕し、さらに遠心脱水を行ないポリカーボネート粉体を得た。このポリカーボネート粉体を乾燥機に入れて120℃で7時間乾燥し、次いで280℃で溶融押出を行ない、粘度平均分子量18,500のポリカーボネート樹脂ペレットを得た。このペレット中に残存するp-tert-ブチルフェノールの量は30ppmであり、ビスフェノールAの量は19ppmであり、塩素原子含有量は7ppmであり、金属としてのFeの量が0.11ppmであった。」(段落0053?0054)
「[実施例1]
製造例1で得られたペレットを使用して、半導体ウエーハ用収納搬送容器を成形した。この半導体ウエーハ用収納搬送容器に所定枚数の半導体ウエーハを挿入し、密閉容器内で1週間常温保持した後、半導体ウエーハをとりだし表面5カ所で、水とウエーハ表面との接触角を測定した。測定した接触角の平均、および挿入前ブランクの接触角の平均を表1に示した。また、製造例1で得られたペレットを150℃、1時間処理した時の揮発量を表1に示した。」(段落0057)
「【表1】

」(段落0061の表1の実施例1の部分)
「【発明の効果】
本発明のポリカーボネート樹脂は、表面汚染に敏感とされる半導体ウエーハや磁気ディスク等の薄板の表面汚染を低減できる薄板収納搬送容器の材料として好適に使用され、その奏する工業的効果は格別のものがある。」(段落0064)

以上の本件特許明細書の記載によると、本件発明1は、表面汚染に敏感とされる半導体ウエーハや磁気ディスク等の薄板の表面汚染を低減できるポリカーボネート樹脂から成形された薄板収納搬送容器を提供するものということができるところ(段落0001及び0008)、薄板収納搬送容器用材料の理想は、揮発あるいは漏出の可能性のある不純物成分が材料中に全く存在しないことであるが、現実には、揮発あるいは漏出の可能性のあるすべての不純物成分を材料からなくすことは技術的に不可能であるとして、シリコーンウエーハ等の薄板に影響を与える不純物の種類や量およびその組み合わせを実害がない程度に抑制することとし(段落0005?0007)、具体的にはポリカーボネート樹脂中の塩素原子含有量を10ppm以下、好ましくは8ppm以下とし(段落0021)、炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下、好ましくは70ppm以下とし(段落0025)、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計を0.7ppm以下、且つナトリウムの含有量を0.2ppm未満とするものである(段落0027及び請求項1)。
そして、実際に、塩素原子含有量が7ppm、ビスフェノールA(芳香族ポリカーボネート樹脂原料としての二価フェノール:炭素原子数が15のフェノール化合物)の量が19ppm、p-tert-ブチルフェノール(末端停止剤としての単官能フェノール:炭素原子数が10のフェノール化合物)の量が30ppm、鉄原子含有量が0.11ppmであり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン及びニッケルがそれぞれ検出限界以下である粘度平均分子量が18.5×10^(3)の芳香族ポリカーボネート樹脂ペレットを使用して成形された半導体ウエーハ用収納搬送容器に、半導体ウエーハを挿入し、密閉容器内で1週間常温保持した後、その半導体ウエーハについて水とウエーハ表面との接触角を測定している(実施例1及び表1)。
すなわち、半導体ウエーハ等の薄板の収納搬送容器を成形する材料である芳香族ポリカーボネート樹脂中に塩素系有機溶媒や炭素数が6?18であるフェノール化合物等の不純物が残存していると、これらの不純物が揮発あるいは漏出して被収納物であるウエーハ等の薄板の表面を汚染することになるため、本件特許発明1では、これらの不純物の含有量が所定値以下の芳香族ポリカーボネート樹脂を製造し、このような芳香族ポリカーボネート樹脂を用いて成形して、被収納物である半導体ウエーハ等の薄板の表面の汚染を低減し得る薄板収納搬送容器を得たものである。
なお、ポリカーボネート樹脂に残存する塩素原子のうち塩素系有機溶媒に由来するもの、及び炭素数が6?18であるフェノール化合物は直接薄板の表面汚染につながるものであり(段落0021及び0025)、また、残存する塩素原子のうちポリマー鎖に残った未反応のクロロホーメート基に由来するものやナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子は成形加工の際にポリカーボネート樹脂を分解して揮発成分を生じさせ、結果的に薄板の表面汚染につながるものである(段落0021及び0027)。

ところで、甲第2号証刊行物には、摘示2c?2eに記載されているように、本件特許発明1と同じく容器に収納されるウエーハ等の薄板の汚染を低減し得る芳香族ポリカーボネート樹脂製の薄板収納搬送容器に係るものであるが、その薄板汚染の原因物質としては塩素が記載されているのみであり、相違点cに係る、炭素数が6?18であるフェノール化合物や、ポリカーボネート樹脂の分解を促進し、間接的に汚染物質を生じさせるナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子については記載も示唆もない。なお、摘示2gには、「重縮合完結後は、残存するクロロホーメート基が0.01μeq/g以下になるまで、NaOHのようなアルカリで洗浄処理する。その後は、電解質が無くなるまで、有機相を洗浄し、最終的には有機相から適宜不活性有機溶媒を除去、ポリカーボネート樹脂を分離する。」との記載があるが、この電解質が具体的に何を意味しているか不明である上、薄板の表面汚染を低減させることとの関係も明らかではない。そして、摘示2iにおける実施例の記載において、「分離した有機相に、純水20kgを加え、15分間撹拌した後、撹拌を停止し、水相と有機相を分離した。この操作を抽出排水中の塩素イオンが検出されなくなるまで(3回)繰り返した。」と記載されているところ、この操作について、上記「電解質が無くなるまで,有機相を洗浄する」との関係は定かではないが、同一の操作を意図しているものとしても、「電解質が無くなるまで」は「塩素イオンが検出されなくなるまで」を意味するものにとどまり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の低減を図ることまでその意味に含めるものであるということはできない。
したがって、上記相違点cについての検討に当たり、薄板収納搬送容器に収納される半導体ウエーハ等の薄板の表面汚染を低減するために、その基材樹脂である芳香族ポリカーボネート樹脂中の「炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下」とし、「ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下であり、且つナトリウムの含有量が0.2ppm未満」とすることが容易に想到し得るものであるか否かについて検討する。

(a)甲第1号証刊行物
甲第1号証刊行物は「IA族及びVIII族に属する金属のうち、一種類の金属の含有量が1ppm以下であり、塩素系溶媒残留量が10ppm以下であり、ポリカーボネート樹脂の粘度平均分子量が10000?22000であることを特徴とする長期間にわたって高い信頼性を維持できる光学式ディスク基板」に関する発明が記載されている〔摘示1a、1b〕。そして、同刊行物には、そのような発明をした背景として、ポリカーボネート樹脂が、「高温,高湿下において加水分解しやすく、分子量の低下,衝撃強度の低下等をきたしやすいという欠点」を有しており、それ故、そのようなポリカーボネート樹脂を用いた光学式ディスク基板及び該基板を用いた光学式情報記録媒体では、「長期間(十年以上)にわたって高い信頼性を維持できるようにする」ことが困難であったが、「ポリカーボネート樹脂の加水分解の原因が、樹脂中に含まれる残留微量金属、特に特定の金属と、残留微量溶媒、特に塩素系溶媒との相互作用によるものである」ことを知見したことを挙げ、上記した構成とすることにより、「ポリカーボネート樹脂の劣化をきわめて有効に抑制し、長期間にわたって高い信頼性を維持できる光学式ディスク」を提供できるとの記載がある〔摘示1c〕。
しかし、甲第1号証刊行物には、ポリカーボネート樹脂をウエーハ等の薄板収納搬送容器の成形材料として使用することに関しては一切記載されていない。
また、甲第1号証刊行物には「IA族及びVIII族に属する金属のうち、一種類の金属の含有量が1ppm以下」とすることが記載されている〔摘示1a〕が、具体的に記載されているのはFeとNaのみであり〔摘示1g〕、本件特許発明1で特定されているカリウム及びニッケルについてはそれぞれIA族及びVIII族に属する金属に該当するものではあるが、同刊行物には具体的には示されていない。また、同刊行物にはIA族及びVIII族に属する金属以外の金属について、「Al、Si、Ca、Mg等の金属も残留量を1ppm以下とすることが好ましい」〔摘示1g〕と記載されているが、本件特許発明1で特定されている亜鉛及びチタンについては全く記載がない。そして、同刊行物で示されているいずれの金属についても残留量1ppm以下との数値が示されているのみであって〔摘示1a、1g〕、それらの合計含有量についての規定はない。(なお、摘示1hには、Naについては0.2ppmと0.3ppm、Feについては0.1ppmと0.2ppmをそれぞれ含有する3つの実施例の記載があるが、これは、ナトリウム及び鉄原子の個々の含有量を示すもので,この含有量からナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の含有量の合計を特定することはできないだけでなく、いずれの実施例においてもナトリウムの含有量は0.2ppm以上であり、本件特許発明1で特定する0.2ppm未満ではない。)
さらに、甲第1号証刊行物には、ポリカーボネート樹脂中の「炭素数が6?18であるフェノール化合物」の含有量については何ら記載がない。
なお、摘示1eには、射出成形に用いる原料ポリカーボネート樹脂について、低分子量成分、未反応成分、金属成分等の不純物や異物を除去することが記載されており、「炭素数が6?18であるフェノール化合物」は未反応成分に該当するものといえるが、この記載は一般的な樹脂の精製について触れるものであって、その精製の程度(残存量)について何らかの規定を設けようとするものではない。
そして、上記「IA族及びVIII族に属する金属のうち、一種類の金属の含有量が1ppm以下」との構成を採用する目的は、光学式ディスク基板の材料としてのポリカーボネート樹脂の劣化(特に、加水分解)の抑制であり〔摘示1c〕、そのことは薄板収納搬送容器に収納されたウエーハ等の薄板の表面汚染の低減とは何らの関係もないことから、ポリカーボネート樹脂に含まれる「IA族及びVIII族に属する金属のうち、一種類の金属の含有量が1ppm以下」とすることによって薄板収納搬送容器に収納されたウエーハ等の薄板表面の汚染を低減できることを何ら示唆するものではない。すなわち、光学式ディスク基板の材料であるポリカーボネート樹脂の劣化の抑制のためにポリカーボネート樹脂中の「IA族及びVIII族に属する金属のうち、一種類の金属の含有量が1ppm以下」とする技術を、収納されたウエーハ等の薄板の表面汚染を低減する薄板収納搬送容器の基材としてのポリカーボネート樹脂に採用する動機づけは存在しない。
そうすると、甲第1号証刊行物の記載からは、薄板収納搬送容器の基材としてのポリカーボネート樹脂中に残存する炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下としたり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の含有量の合計を0.7ppm以下とすることについて、当業者が容易に想到できるものとはいえない。

(b)甲第3号証刊行物
甲第3号証刊行物は「エステル交換触媒の存在下で、2価ヒドロキシ化合物と炭酸ジエステルをエステル交換法により溶融重縮合させて得られるポリカーボネート中に含まれる鉄濃度が5ppm以下であり、かつクロム、ニッケル濃度が共に1ppm以下であり、またナトリウム濃度が1ppm以下であり、かつ塩素濃度が10ppm以下であり、さらにポリカーボネートの全末端のうち水酸基末端が20mol%以下であることを特徴とする着色のないポリカーボネート」に関するものであり〔摘示3a、3b、3d〕、「幅広い用途、特に射出成形用または窓ガラスの代わりのガラスシートとしての用途を有する」ポリカーボネートである〔摘示3c〕。そして、従来技術として、エステル交換反応によるポリカーボネートの製造においては、「反応条件として290℃以上の高温を必要とし、また、沸点の高いフェノールを留去させるために高真空(1?10^(-2)Torr)を必要とするため、設備の面からも工業化は難しく、さらに、生成するポリカーボネートの色相や物性に好ましくない影響を及ぼす」こと、「ポリカーボネートの高温処理(280?350℃)において樹脂の変色と分子量の低下をもたらす不純物をいずれも含有していないことが重要であり、鉄はこの点に関し特に望ましくない影響を及ぼしうる不純物の一つである」こと、及び「ポリカーボネート鎖の末端ビスフェノール骨格が熱分解した結果、低分子フェノールが生成」し、「末端OH基濃度が高くなると樹脂の着色が見られ、さらに、高分子量化が達成しにくい」ことが知られているところ〔摘示3c〕、「エステル交換法で得られるポリカーボネート中の特に、鉄、クロム、ニッケル濃度と樹脂の着色とに相関関係がある」ことを見出し、「これら金属濃度が低いほど着色のないポリカーボネートが得られる」ことを見出したというものである〔摘示3d〕。
すなわち、甲第3号証刊行物には、エステル交換法で得られるポリカーボネート樹脂に含まれる鉄濃度を5ppm以下、クロム及びニッケル濃度を共に1ppm以下とすることにより、当該ポリカーボネート樹脂の着色を防止できることが記載されているにとどまり、ポリカーボネート樹脂に含まれる鉄、クロム及びニッケルの各濃度を低減すること、さらにはナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の含有量の合計を低減することが、当該樹脂を用いて成形した薄板収納搬送容器に収納したウエーハ等の薄板の表面汚染を低減することに関連するものであることについては何ら記載も示唆もないものである。
また、甲第3号証刊行物においては、ナトリウム濃度について1ppm以下と規定し〔摘示3a〕、実施例においてもナトリウム濃度を測定し0.1ppm、0.2ppm、0.3ppmのものを得ているが〔摘示3e〕、必ずしも本件特許発明1で特定する0.2ppm未満を満足するものではないことに加え、同刊行物の全記載を見ても、ナトリウム濃度を規定する技術的意義は記載されておらず、甲第3号証刊行物におけるナトリウム濃度に関する記載から、薄板収納搬送容器に収納したウエーハ等の薄板の表面汚染を低減することを想起することに結びつくことはない。
すなわち、エステル交換法で製造されたポリカーボネート樹脂の着色を防止するためにポリカーボネート樹脂に含まれる「鉄濃度を5ppm以下、クロム、ニッケル濃度を共に1ppm以下」とする技術を、さらにはその目的が不明の「ナトリウム濃度を1ppm以下」とする技術を、被収納物であるウエーハ等の薄板の表面汚染を低減する薄板収納搬送容器の基材としてのポリカーボネート樹脂に採用する動機づけは存在しない。
なお、甲第3号証刊行物には、上記したとおり「ポリカーボネートの全末端のうち、水酸基末端が20mol%以下であること」について規定はあるが〔摘示3a〕、同刊行物の全記載を見ても、このような規定をする技術的意味は必ずしも明確ではなく、おそらく課題として指摘されている「末端OH基濃度が高くなると樹脂の着色が見られ、さらに高分子量化が達成しにくい」〔摘示3c〕ことを解決しようとするものと解されるところ、このことからは、やはり薄板収納搬送容器に収納したウエーハ等の薄板の表面汚染を低減することとの関係は何ら見出せないだけでなく、そもそも本願発明1で特定する「炭素数が6?18であるフェノール化合物」との関係も見出せないことから、甲第3号証刊行物にポリカーボネートにおける水酸基末端の含有量についての規定があることが、本願発明1におけるポリカーボネート樹脂中の「炭素数6?18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下」に特定することの示唆にはなり得ない。
また、摘示3cには、エステル交換反応によるポリカーボネートの製造の際に、高真空下でフェノールを留去することが記載されているが、これは、エステル交換反応が平衡反応であり、副生するフェノールを反応系から除去しないとエステル交換反応が進まないことから、高分子量のポリカーボネートを製造する際の通常の操作にすぎない(乙第2号証刊行物参照)。この目的からすると、フェノールの除去は高いレベルを必要とするものではなく、したがって、この記載から「炭素数6?18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下」にするという残存量の程度を導くことにはつながらない。
そうすると、甲第3号証刊行物の記載からは、薄板収納搬送容器の基材としてのポリカーボネート樹脂中に残存する炭素数が6?18であるのフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下としたり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の含有量の合計を0.7ppm以下とし、且つナトリウムの含有量を0.2ppm未満とすることについて、当業者が容易に想到できるものとはいえない。

(c)甲第4号証刊行物
甲第4号証刊行物は、「不純物としての塩化メチレンの含有量が20ppm以下であって、かつ未反応ビスフェノール類の含有量が20ppm以下であるディスク基板用ポリカーボネート」に関するものである〔摘示4a、4b〕。ここで、未反応ビスフェノール類の含有量を20ppm以下とする目的は、ポリカーボネートを光ディスクや磁気ディスク等のディスク基板として成形使用するにあたり、(1)記録膜中に存在する鉄,ガリウム,テルビウム等の金属が徐々に腐食を受ける、あるいは(2)この基板と記録膜との密着性が不充分である等様々な問題があったところ〔摘示4c〕、従来のポリカーボネートには様々な不純物が含有されているが、特に溶媒として用いた塩化メチレンあるいは未反応ビスフェノール類(ビスフェノールAなど)や低分子量成分(ポリカーボネートオリゴマーなど)が多く、またこれらの不純物、特に塩化メチレンはポリカーボネートをディスク基板に用いたときに、前述した如き種々の問題を引き起こし、ここで、塩化メチレンが20ppmを越えると、記録膜が腐食を受けやすくなり、未反応ビスフェノール類が20ppmを越えると、ディスク基板と記録膜との接着性が不充分になることがあるからという課題〔摘示4d〕を解決しようというものである。
しかし、上記した未反応ビスフェノールの含有量を低減する目的は、本件発明1が「炭素数が6?18であるフェノール化合物」の含有量を低減する目的である薄板収納運搬容器に収納したウエーハ等の薄板の表面の汚染を低減することとは何の関係もないことであり、したがって、甲第4号証刊行物に、ポリカーボネート中の不純物としての未反応ビスフェノール類の含有量を20ppm以下とする技術についての記載があるとしても、当該技術を被収納物であるウエーハ等の薄板の表面汚染を低減し得る薄板収納搬送容器の基材としてのポリカーボネート樹脂に採用する動機づけは存在しない。すなわち、甲第4号証刊行物の記載は本件発明1の中の「炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下」とすることを何ら示唆するものではない。
その上、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子を特定量以下とすることについては、甲第4号証刊行物には何ら記載も示唆もないものである。
そうすると、甲第4号証刊行物の記載からは、薄板収納搬送容器の基材としてのポリカーボネート樹脂中に残存する炭素数が6?18であるのフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下としたり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の含有量の合計を0.7ppm以下とし、且つナトリウムの含有量を0.2ppm未満とすることについて、当業者が容易に想到できるものとはいえない。

(d)甲第5号証刊行物
甲第5号証刊行物は、「末端水酸基の含有量が、重合の繰り返し単位当り0.3モル%以下であり、残留ナトリウム量が1ppm以下であるポリカーボネート樹脂からなることを特徴とする長期間にわたって高い信頼性を維持できる光学用成形品及び該成形品のうち光学式ディスク基板を用いた光学式情報記録媒体」に係るものであり〔摘示5a、5b〕、そして、同刊行物には、ポリカーボネート樹脂が、「高温,高湿下において白点を発生するという欠点」を有しており、それ故、そのようなポリカーボネート樹脂を用いた光学用成形品のうち光学式ディスク基板あるいは光学式情報記録媒体では、「長期間(十年以上)にわたって高い信頼性を維持できるようにすることが必要」であるにもかかわらず、白点の発生が「ビットエラー率(BER)の増加をもたらし、光学式情報記録媒体の寿命を縮める大きな原因」となっていたが、「ポリカーボネート樹脂を用いた成形品に発生する白点の原因が、樹脂中に含まれる末端水酸基の量、もしくは末端水酸基の量と残留微量金属、特にナトリウムとの相互作用によるものである」ことを見出し、「ポリカーボネート樹脂中における末端水酸基の量と残留微量ナトリウムの量を、それぞれある基準値以下にすると、成形品に発生する白点を最小限に抑制できる」との記載がある〔摘示5c〕。
しかし、甲第5号証刊行物には、ポリカーボネート樹脂をウエーハ等の薄板収納搬送容器の成形材料として使用することに関しては一切記載されていない。
また、同刊行物には、ポリカーボネート樹脂中の「残留ナトリウム量が1ppm以下」(なお、摘示5iの表1によれば、4つの実施例では残留ナトリウム量はいずれも0.1ppm未満である。)であることが記載されているが、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の含有量の合計については記載されていない。
さらに、同刊行物には、ポリカーボネート樹脂の「末端水酸基の含有量が、重合の繰り返し単位当り0.3モル%以下」とすることについて規定されているが、このことは、そもそも「末端水酸基の含有量」は、本願発明1で特定する「炭素数が6?18であるフェノール化合物」の含有量とは何の関係もないことであるから、当該規定があることが、本願発明1におけるポリカーボネート樹脂中の「炭素数6?18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下」に特定することの示唆にはなり得ない。
なお、摘示5eには、射出成形に用いる原料ポリカーボネート樹脂について、低分子量成分、未反応成分、金属成分等の不純物や異物を除去することが記載されており、「炭素数が6?18であるフェノール化合物」は未反応成分に該当するものといえるが、この記載は一般的な樹脂の精製について触れるものであって、その精製の程度(残存量)について何らかの規定を設けようとするものではない。
また、摘示5iには、表1の欄外下に「ビスフェノールAは測定限界以下(全サンプル)」との記載があるが、このことと薄板搬送容器に収納されたウエーハ等の薄板の表面汚染を低減することとの関連性については、同刊行物には記載も示唆もない。
そして、ポリカーボネート樹脂の「末端水酸基の含有量が、重合の繰り返し単位当り0.3モル%以下」とすることも、「残留ナトリウム量が1ppm以下」とすることも、いずれも成形品に発生する白点を最小限に抑制するための手段であり、この手段を「被収納物であるウエーハ等の薄板の表面汚染を低減し得る薄板収納搬送容器の基材としてのポリカーボネート樹脂」に採用する動機づけは存在しない。
結局、甲第5号証刊行物の記載からは、薄板収納搬送容器の基材としてのポリカーボネート樹脂中に残存する炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下としたり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の含有量の合計を0.7ppm以下とすることについて、当業者が容易に想到できるものとはいえない。

(e)小括
以上、甲号証各刊行物の記載から相違点cについて検討したが、甲第1、3?5号証刊行物はいずれも薄板収納搬送用容器に関するものではなく、当該容器に係る問題点やその解決手段について何ら記載もなく、また示唆するものでもないので、甲第2号証刊行物に記載された発明と甲第1、3?5号証刊行物に記載された発明とを組み合わせる動機づけが存在しない

(D)まとめ
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲第2号証刊行物に記載された発明と、甲第1、3?5号証に記載された発明とに基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。

(2)本件特許発明2について
本件特許発明2は、本件特許発明1を引用してさらに限定するものであるから、本件特許発明1が、甲第1?5号証刊行物に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない以上、本件特許発明2もまた、甲第1?5号証刊行物に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2.無効理由2について
(1)本件特許発明1について
(A)甲第1号証刊行物に記載された発明
甲第1号証刊行物において、「光学式ディスク基板」に使用されている「ポリカーボネート樹脂」とは、摘示1dのとおり、「二価フェノール類とホスゲンまたは、ジフェニルカーボネートのような炭酸エステルとの反応により製造されるもの」であるから、「芳香族ポリカーボネート樹脂」に該当する。
そして、甲第1号証刊行物においては「ポリカーボネート樹脂」は「IA族及びVIII族に属する金属のうち、一種類の金属の含有量が1ppm以下である」と規定しているところ〔摘示1a〕、同刊行物には、「IA族」に属する全ての金属、「VIII族」に属する全ての金属についての開示があるわけではなく、具体的な開示がなされているのは、「IA族」に属する金属の中のNa、「VIII族」に属する金属の中のFeのみであり〔摘示1g、1h〕、より具体的には、Na、Feの含有量として、
・Na:0.3ppm Fe:0.2ppm の例(実施例A1)
・Na:0.2ppm Fe:0.1ppm の例(実施例A2?A3)
が開示されているのみである〔摘示事項1h〕。ここで、実施例A1?A3で使用されたポリカーボネート樹脂の、その他の性状は、次のとおりである〔摘示事項1h〕。
粘度平均分子量 CH_(2)Cl_(2)(ppm)
実施例A1 14,200 3
実施例A2 14,300 2
実施例A3 14,400 10
以上の点を踏まえると、甲第1号証刊行物には、
「粘度平均分子量が14,200、14,300又は14,400である、三種類の芳香族ポリカーボネート樹脂であって、
塩素系溶媒としてのCH_(2)Cl_(2)含有量が、上記三種類の順に3ppm、2ppm又は10ppmであり、
Naの含有量が、同じく順に0.3ppm、0.2ppm又は0.2ppmであり、
Feの含有量が、同じく順に0.2ppm、0.1ppm又は0.1ppmである
三種類の芳香族ポリカーボネート樹脂の何れかを用いて作成された光学式ディスク基板」
の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

(B)対比
次に、本件特許発明1と引用発明2とを対比する。
「芳香族ポリカーボネート樹脂」の「分子量」に関して、本件特許発明1は「粘度平均分子量」で特定しているが、この「粘度平均分子量」とは、本件特許明細書の段落0020で次のように定義されている。
「本発明でいう粘度平均分子量Mは塩化メチレン100mlに芳香族ポリカーボネート樹脂0.7gを20℃で溶解した溶液から求めた比粘度(η_(sp))を次式に挿入して求める。
η_(sp)/c=[η]+0.45×[η]^(2)c(但し[η]は極限粘度)
[η]=1.23×10^(-4)M^(0.83)
c=0.7」
一方、引用発明2における「粘度平均分子量[M_(v)]」とは、摘示1dに示されているように、「粘度平均分子量[M_(v)]は、20℃の塩化メチレン溶液中のポリカーボネート樹脂の比粘度η_(sp)を測定し,式
η_(sp)/C=[η](1+0.28η_(sp))
[ここで、Cはポリカーボネート樹脂濃度(g/l)である]
および
[η]=1.23×10^(-5)M_(v)^(0.83)
によって算出することができる。」と定義されるものであり、これら二つの定義は異なっており、よって、本件発明1における「粘度平均分子量」と引用発明2における「粘度平均分子量[M_(v)]」とはその数値を直接比較することはできない。
これを踏まえた上で、本件特許発明1と引用発明2とを対比すると、両者は、次の一致点、相違点を有する。

○一致点
「芳香族ポリカーボネート樹脂から成形された成形品」の点。

○相違点イ
芳香族ポリカーボネート樹脂の分子量について、本件特許発明1では「粘度平均分子量が14000?30000」と規定しているのに対して、引用発明2では「粘度平均分子量が14,200、14,300又は14,400」である点。
○相違点ロ
芳香族ポリカーボネート樹脂中の塩素に関した含有量について、本件特許発明1では「塩素原子含有量が10ppm以下」と特定しているのに対して、引用発明2では「塩素系溶媒としてのCH_(2)Cl_(2)含有量が3ppm、2ppm又は10ppm」である点。
○相違点ハ
芳香族ポリカーボネート樹脂中の塩素以外の不純物の含有量に関して、本件特許発明1では「炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下であり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下であり、且つナトリウムの含有量が0.2ppm未満」と特定しているのに対して、引用発明2では、「ナトリウムの含有量が0.3ppm又は0.2ppm」であるが、「炭素数が6?18であるフェノール化合物の含有量」及び「ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル、鉄原子の含有量の合計」については規定がない点。
○相違点ニ
芳香族ポリカーボネート樹脂を成形して得た成形品の用途について、本件特許発明1では「薄板収納搬送容器」と特定しているのに対して、引用発明2では「光学式ディスク基板」である点。

(C)相違点の検討
そこで、上記相違点について検討する。

○相違点ハについて
上記「第7.1.(1)(C)相違点の検討」において示したとおり、本件特許明細書の記載によれば、半導体ウエーハ等の薄板の収納搬送容器を成形する材料である芳香族ポリカーボネート樹脂に残存する塩素原子のうち塩素系有機溶媒に由来するもの、及び炭素数が6?18であるフェノール化合物は直接薄板の表面汚染につながるものであり、また、残存する塩素原子のうちポリマー鎖に残った未反応のクロロホーメート基に由来するものやナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子は成形加工の際にポリカーボネート樹脂を分解して揮発成分を生じさせ、結果的に薄板の表面汚染につながるものであることから、本件特許発明1では、これらの不純物の含有量が所定値以下の芳香族ポリカーボネート樹脂を製造し、このような芳香族ポリカーボネート樹脂を用いて成形して、被収納物である半導体ウエーハ等の薄板の表面の汚染を低減し得る薄板収納搬送容器を得たものである。
すなわち、本件特許発明1において、相違点ハに係る「炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下であり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下であり、且つナトリウムの含有量が0.2ppm未満である」との構成は、薄板収納搬送容器に収納された半導体ウエーハ等の薄板の表面汚染を抑制するために欠くべからざるものであることが明らかである。

ところで、引用発明2は、「第7.1.(1)(C)(a)甲第1号証刊行物」で述べたように、「IA族及びVIII族に属する金属のうち、一種類の金属の含有量が1ppm以下であり、塩素系溶媒残留量が10ppm以下であり、ポリカーボネート樹脂の粘度平均分子量が10000?22000であることを特徴とする長期間にわたって高い信頼性を維持できる光学式ディスク基板」に関するものであり〔摘示1a、1b〕、そして、甲第1号証刊行物には、ポリカーボネート樹脂が、「高温,高湿下において加水分解しやすく、分子量の低下,衝撃強度の低下等をきたしやすいという欠点」を有しており、それ故、そのようなポリカーボネート樹脂を用いた光学式ディスク基板及び該基板を用いた光学式情報記録媒体では、「長期間(十年以上)にわたって高い信頼性を維持できるようにする」ことが困難であったが、「ポリカーボネート樹脂の加水分解の原因が、樹脂中に含まれる残留微量金属、特に特定の金属と、残留微量溶媒、特に塩素系溶媒との相互作用によるものである」ことを知見し、その解決のために上記構成を採用し、それにより「ポリカーボネート樹脂の劣化をきわめて有効に抑制し、長期間にわたって高い信頼性を維持できる光学式ディスク」を提供するものであるとの記載がある〔摘示1c〕。
しかし、上記相違点ニに関することではあるが、甲第1号証刊行物には、ポリカーボネート樹脂をウエーハ等の薄板収納搬送用容器の成形材料として使用することに関しては一切記載されていない。
上記したような甲第1号証刊行物の記載に鑑みれば、同刊行物には、ポリカーボネート樹脂中の「IA族及びVIII族に属する金属のうち、一種類の金属の含有量が1ppm以下」、具体的には「ナトリウムの含有量が0.3ppm又は0.2ppm」とすることは記載されているとしても、この「IA族及びVIII族に属する金属のうち、一種類の金属の含有量が1ppm以下」との構成を採用する目的は、上記したとおり光学式ディスク基板の材料としてのポリカーボネート樹脂の劣化(特に、加水分解)の抑制であり、そのことは薄板収納搬送容器に収納されたウエーハ等の薄板の表面汚染の低減とは何らの関係もないことから、ポリカーボネート樹脂に含まれる「IA族及びVIII族に属する金属のうち、一種類の金属の含有量が1ppm以下」とすることによって薄板収納搬送容器に収納されたウエーハ等の薄板表面の汚染を低減できることを何ら示唆するものではない。
また、同刊行物には「炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下」とすることや「ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の含有量の合計を0.7ppm以下」とすることについては全く触れるところがない。

そして、相違点ハに関して、引用発明2と甲第2?5号証刊行物にそれぞれ記載された発明とを組み合わせることが可能か否かについて検討するに当たっても、引用発明2は光学式ディスク基板に係るものであり、これは芳香族ポリカーボネート樹脂の用途として薄板収納搬送容器とは何ら関係のないものであるから、本件特許発明1の相違点ハに係る事項である、芳香族ポリカーボネート樹脂中の「炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下であり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下であり、且つナトリウムの含有量が0.2ppm未満である」との点は、薄板収納搬送容器に収納される半導体ウエーハ等の薄板の表面汚染を低減するために採用されるものであることと関連させて検討する必要がある。以下、この観点から検討する。

(a)甲第4号証刊行物
甲第4号証刊行物には、「第7.1.(1)(C)(c)甲第4号証刊行物」で述べたように、「不純物としての塩化メチレンの含有量が20ppm以下であって、かつ未反応ビスフェノール類の含有量が20ppm以下であるディスク基板用ポリカーボネート」に関するものであり〔摘示4a、4b〕、そして、同刊行物には、従来のポリカーボネートには、溶媒として用いた塩化メチレンあるいは未反応ビスフェノールや低分子量成分などの不純物が多く含有されており、塩化メチレンが20ppmを越えると光ディスク等の記録膜が腐食を受けやすくなり、未反応ビスフェノール類が20ppmを越えるとディスク基板と記録膜との接着性が不充分になることがあるという課題〔摘示4d〕を上記構成を採用することにより解決しようとするものである旨の記載がある。
しかし、同刊行物には、ポリカーボネート樹脂を用いてウエーハ等の薄板収納搬送用容器を成形することに関しては何ら記載されていない。
そして、上記したような甲第4号証刊行物の記載に鑑みれば、同刊行物には、ポリカーボネート樹脂中の「不純物としての未反応ビスフェノール類の含有量が20ppm以下」とすることは記載されており、かつポリカーボネート樹脂の用途としては引用発明2と同じ光学式ディスク基板であるから、引用発明2に対し、ポリカーボネート樹脂における「不純物としての未反応ビスフェノール類の含有量が20ppm以下」にするとの構成を適用する動機づけは存在するということもできる。しかし、この「不純物としての未反応ビスフェノール類の含有量が20ppm以下」にするとの構成を採用する目的は、上記したとおり光学式ディスク基板と記録膜との接着性が不十分になる点の解決のためであって、そのことは薄板収納搬送容器に収納されたウエーハ等の薄板の表面汚染の低減とは何らの関連性も認められないことから、薄板収納搬送容器に収納されたウエーハ等の薄板表面の汚染を低減するためにポリカーボネート樹脂に含まれる「不純物としての未反応ビスフェノール類の含有量が20ppm以下」とすることを何ら示唆するものではない。また、光学式ディスク基板の基材としてのポリカーボネート樹脂を特別の機能を有する薄板収納搬送容器の基材用樹脂に転用できる点についても示唆する記載はない。
そうすると、引用発明2に対し、甲第4号証刊行物の記載事項を考慮しても、薄板収納搬送容器の基材としてのポリカーボネート樹脂中に残存する炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下としたり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の含有量の合計を0.7ppm以下とすることについて、当業者が容易に想到できるものとはいえない。

(b)甲第5号証刊行物
甲第5号証刊行物には、「第7.1.(1)(C)(d)甲第5号証刊行物」で述べたように、「末端水酸基の含有量が、重合の繰り返し単位当り0.3モル%以下であり、残留ナトリウム量が1ppm以下であるポリカーボネート樹脂からなることを特徴とする長期間にわたって高い信頼性を維持できる光学用成形品及び該成形品のうち光学式ディスク基板を用いた光学式情報記録媒体」に関するものであって〔摘示5a、5b〕、そして、同刊行物には、ポリカーボネート樹脂が、高温,高湿下において白点を発生し、この白点の発生が光学式情報記録媒体のビットエラー率(BER)の増加をもたらすという欠点を有しており、それ故、そのようなポリカーボネート樹脂を用いた光学式ディスク基板及び該基板を用いた光学式情報記録媒体では、「長期間(十年以上)にわたって高い信頼性を維持できるようにする」ことが困難であったが、白点の発生の原因がポリカーボネート樹脂中に含まれる末端水酸基の量、もしくは末端水酸基の量と残留微量金属、特にナトリウムとの相互作用によるものであることを知見し、その解決のために上記構成を採用し、それにより「ポリカーボネート樹脂成形品に発生する白点を最小限に抑制でき、長期間にわたって高い信頼性を維持できる光学式ディスク基板を提供するものである旨の記載がある〔摘示5b、5c〕。
しかし、同刊行物には、ポリカーボネート樹脂を用いてウエーハ等の薄板収納搬送用容器を成形することに関しては何ら記載されていない。
そして、上記したような甲第5号証刊行物の記載に鑑みれば、同刊行物には、ポリカーボネート樹脂中の「末端水酸基の含有量が、重合の繰り返し単位当り0.3モル%以下であり、残留ナトリウム量が1ppm以下」とすることは記載されており、かつポリカーボネート樹脂の用途としては引用発明2と同じ光学式ディスク基板であるから、引用発明2に対し、ポリカーボネート樹脂における「末端水酸基の含有量が、重合の繰り返し単位当り0.3モル%以下であり、残留ナトリウム量が1ppm以下」にするとの構成を適用する動機づけは存在するということもできる。しかし、この「末端水酸基の含有量が、重合の繰り返し単位当り0.3モル%以下であり、残留ナトリウム量が1ppm以下」にするとの構成を採用する目的は、上記したとおりポリカーボネート樹脂成形品に発生する白点の抑制のためであって、そのことは薄板収納搬送容器に収納されたウエーハ等の薄板の表面汚染の低減とは何らの関連性も認められないことから、薄板収納搬送容器に収納されたウエーハ等の薄板表面の汚染を低減するためにポリカーボネート樹脂における「末端水酸基の含有量が、重合の繰り返し単位当たり0.3モル%以下であり、残留ナトリウム量が1ppm以下」とすることを何ら示唆するものではない。なお、「末端水酸基の含有量が、重合の繰り返し単位当り0.3モル%以下」であるとの構成は、樹脂の末端水酸基の量を規定するものであって、そのことは未反応モノマー等に係る「炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下」とすることとは直接関連することではない。また、光学式ディスク基板の基材としてのポリカーボネート樹脂を特別の機能を有する薄板収納搬送容器の基材用樹脂に転用できる点についても示唆する記載はない。
そうすると、引用発明2に対し、甲第5号証刊行物の記載事項を考慮しても、薄板収納搬送容器の基材としてのポリカーボネート樹脂中に残存する炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下としたり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の含有量の合計を0.7ppm以下とすることについて、当業者が容易に想到できるものとはいえない。

(c)甲第3号証刊行物
甲第3号証刊行物は、「第7.1.(1)(C)(b)甲第3号証刊行物」で述べたように、エステル交換法により製造したポリカーボネート中に含まれる「鉄濃度が5ppm以下であり、かつクロム、ニッケル濃度が共に1ppm以下であり、またナトリウム濃度が1ppm以下であり、かつ塩素濃度が10ppm以下であり、さらにポリカーボネートの全末端のうち水酸基末端が20mol%以下」とすることにより、ポリカーボネートの着色を防止する技術に関するものであり〔摘示3a、3b、3d〕、そのポリカーボネートの用途として「幅広い用途、特に射出成形用または窓ガラスの代わりのガラスシートとしての用途」が記載されている〔摘示3c〕。
しかし、同刊行物には、ポリカーボネート樹脂を用いて具体的にウエーハ等の薄板収納搬送用容器を成形することに関しては何ら記載されていない。
そして、上記したような甲第3号証刊行物の記載に鑑みれば、同刊行物には、ポリカーボネート樹脂中の「鉄濃度が5ppm以下であり、かつクロム、ニッケル濃度が共に1ppm以下であり、またナトリウム濃度が1ppm以下であり、さらにポリカーボネートの全末端のうち水酸基末端が20mol%以下」とすることは記載されており、光学式ディスク基板の基材として使用されるポリカーボネート樹脂も光学的な用途に関連するものであることに鑑みれば、着色のないものが求められているといえることから、引用発明2に対し、ポリカーボネート樹脂中の「鉄濃度が5ppm以下であり、かつクロム、ニッケル濃度が共に1ppm以下であり、またナトリウム濃度が1ppm以下であり、さらにポリカーボネートの全末端のうち水酸基末端が20mol%以下」にするとの構成を採用するための動機づけは存在するということもできる。しかし、この「鉄濃度が5ppm以下であり、かつクロム、ニッケル濃度が共に1ppm以下であり、またナトリウム濃度が1ppm以下であり、さらにポリカーボネートの全末端のうち水酸基末端が20mol%以下」にするとの構成を採用する目的は、上記したとおり着色のないポリカーボネート樹脂を得る点にあり、そのことは薄板収納搬送容器に収納されたウエーハ等の薄板の表面汚染の低減とは直接的には関連性が認められないことから、薄板収納搬送容器に収納されたウエーハ等の薄板表面の汚染を低減するためにポリカーボネート樹脂における「鉄濃度が5ppm以下であり、かつクロム、ニッケル濃度が共に1ppm以下であり、またナトリウム濃度が1ppm以下であり、さらにポリカーボネートの全末端のうち水酸基末端が20mol%以下」とすることを何ら示唆するものではない。なお、「ポリカーボネートの全末端のうち水酸基末端が20mol%以下」であるとの構成は、樹脂の水酸基末端の量を規定するものであって、そのことは未反応モノマー等に係る「炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下」とすることとは直接関連することではない。また、光学式ディスク基板の基材としてのポリカーボネート樹脂を特別の機能を有する薄板収納搬送容器の基材用樹脂に転用できる点についても示唆する記載はない。
そうすると、引用発明2に対し、甲第3号証刊行物の記載事項を考慮しても、薄板収納搬送容器の基材としてのポリカーボネート樹脂中に残存する炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下としたり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケル及び鉄原子の含有量の合計を0.7ppm以下とすることについて、当業者が容易に想到できるものとはいえない。

(d)甲第2号証刊行物
ところで、甲第2号証刊行物には、上記したとおり、本件特許発明1と同じく、容器に収納されたウエーハ等の薄板の汚染を低減させる芳香族ポリカーボネート樹脂製の薄板収納搬送容器が記載されている。
しかし、同刊行物には、被収納物であるウエーハ等の薄板の汚染を低減するために,薄板収納搬送容器の基材樹脂であるポリカーボネート樹脂に含まれる揮発性塩素を減少させることのみが記載されており、相違点ハに係る「炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下であり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下であり、且つナトリウムの含有量が0.2ppm未満である」とする点は何ら記載も示唆もない。
したがって、本件特許発明1における相違点ハに係る技術的事項については甲第2号証刊行物を考慮しても、当業者が容易に想到できるものとはいえない。
その上、引用発明2は「光学式ディスク基板」に係るものであり、光学式ディスク基板において必要とされる芳香族ポリカーボネート樹脂中の不純物の含有量については特定されているところであるが、このような光学式ディスク基板という用途に適するポリカーボネート樹脂が、甲第2号証刊行物に記載された発明に係る「薄板収納搬送容器」が解決しようとする課題である「薄板収納搬送容器に収納された表面汚染に敏感とされる半導体ウエーハや磁気ディスク等の薄板の表面汚染」を解決するものであるということを、たとえ甲第3?5号証刊行物の記載や本件特許の出願前の周知技術を参酌したとしても当業者が認識することはできない。
そうすると、引用発明2係る「光学式ディスク基板」の発明に対し、甲第2号証刊行物に記載された技術的事項を組み合わせるための動機づけが存在しないものであり、光学式ディスク基板を構成する芳香族ポリカーボネート樹脂をもって「薄板収納搬送容器」の基材樹脂として使用することを当業者が容易に想到し得るものではない。

(e)小括
以上、甲号証各刊行物の記載から相違点ハについて検討したが、甲第1号証刊行物に記載された発明と、甲第3?5号証刊行物に記載された発明とをどのように組み合わせようとも、薄板収納搬送容器に収納される半導体ウエーハ等の薄板の表面汚染を低減するために、芳香族ポリカーボネート樹脂中の「炭素数が6?18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下であり、ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下であり、且つナトリウムの含有量が0.2ppm未満である」との構成を当業者が想起し得るとすることはできず、さらに引用発明2に対して甲第2号証刊行物に記載された発明を組み合わせるための動機づけも存在しないことから、これらの刊行物に記載された発明を組み合わせることにより、本件特許発明1に到達することには無理があると言わざるを得ない。

(D)まとめ
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲第1号証刊行物に記載された発明と、甲第3?5号証刊行物に記載された発明及び甲第2号証刊行物に記載された発明とに基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件特許発明2について
本件特許発明2は、本件特許発明1を引用してさらに限定するものであるから、本件特許発明1が、甲第1?5号証刊行物に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない以上、本件特許発明2もまた、甲第1?5号証刊行物に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

3.審判請求人の主張について
(1)請求人は平成20年10月2日付け口頭審理陳述要領書において、「審査基準においては、動機づけになり得るものとして、(1)技術分野の関連性のほかに、(2)課題の共通性、(3)作用、機能の共通性、(4)引用発明の内容中の示唆、が示されているところ、甲第1?5号証に記載の発明は、上記「(2)課題の共通性」を有するから、甲第1?5号証に記載の発明を組み合わせることの動機づけは充分に存在する。」と主張し、「甲第1、第3?5号証記載の発明と甲第2号証記載の発明とが共通の課題を有していること、および、これら甲各号証記載の発明と本件特許発明とが共通の課題を有していること」について詳述している。(同書面の5.(5-1)動機づけについて参照)
この主張によると、「本件特許発明の課題は、あくまで、材料中に含まれる不純物量をできるだけ低くすることにほかならない」とし、「甲第1号証および甲第3?5号証では、いずれも、材料中に含まれる不純物成分を低くしようとする必要性が教示されているといえる」と認定した上で、「甲第2号証においても「精密部材用収納容器の素材樹脂として揮発性塩素の少ないポリカーボネート樹脂を基材として用いる」ことが記載され(段落0011)、材料中に含まれる不純物成分を低くしようとする必要性が教示されている」から、「甲第1号証、甲第3?5号証に記載された発明と甲第2号証とは、材料中に含まれる不純物成分を低くしようとする点でそれぞれ課題が共通し、これらを組み合わせることの動機づけがあるといえる。たとえ、技術分野が異なるからといって、これらを組み合わせることに阻害事由があるということはできない。」と結論している。
しかし、甲第2号証刊行物において、ウエーハ等の精密部材(薄板)を収納搬送するための容器から収納中に揮発してくる薄板表面汚染成分として特定しているのは塩素のみである。それ以外の成分については何ら記載されておらず、したがって、塩素以外の不純物の含有量を低減させることについては記載も示唆もないことは上記したとおりである。そして、甲第1、3?5号証刊行物には薄板収納搬送容器に収納された薄板の表面汚染が当該容器を構成するポリカーボネート樹脂に含まれる特定の不純物に起因することについては何ら記載されておらず、これらの刊行物の記載をみても、薄板収納搬送容器に収納された薄板の表面汚染を低減するために、「炭素数が6?18であるフェノール化合物」や「ナトリウム、カリウム、亜鉛、アルミニウム、チタン、ニッケルおよび鉄原子」の含有量をそれぞれ所定値以下に低減させようとする動機づけは存しない。
請求人は、この点につき「材料中に含まれる不純物を低くしようとする必要性が教示されている」と認定しているが、甲第2号証刊行物には、材料中に含まれる塩素を低減させることが記載されているとしても、不純物全体を低減させることについてまでの記載はない。そして、甲第1、3、5号証刊行物に金属原子含有量を一定量以下に低減させること、甲第4号証刊行物には未反応ビスフェノール含有量を一定量以下に低減させることが示されているとしても、甲第1、4、5号証刊行物は光学式ディスク基板におけるポリカーボネート樹脂中の不純物による問題を解決しようとするものであり、甲第3号証刊行物ではポリカーボネートの着色という問題を解決しようとするものであって、これらは、薄板収納搬送容器における課題とは直接関係しないことから、「課題の共通性」は認められず、したがって、上記請求人の主張は採用できない。
なお、請求人は、甲第5号証刊行物は光学式ディスク基板に限定されるものではないと主張しているが、ポリカーボネート樹脂成形品における白点の発生を光学式情報記録媒体のビットエラー率(BER)の増加と結びつけて評価するのみであり、また、甲第6号証刊行物を参酌してもこの白点が半導体ウエーハ等の薄板の表面汚染にどのように関係するものかは明らかではないから、結局光学式ディスク基板における課題しか示されていないものである。

(2)請求人は同じく口頭審理陳述要領書において、「本件発明の目的(技術分野)は、「揮発あるいは漏出の可能性のある不純物成分が材料中に全く存在しないポリカーボネート樹脂」を提供することにある。……すなわち、本件発明の目的(技術分野)である「揮発あるいは漏出の可能性のある不純物成分が材料中に全く存在しないPC樹脂」とは、「金属やフェノール化合物などの不純物の含有量が少ないPC樹脂」であることになる。甲第1?5号証は、いずれも、ポリカーボネート樹脂を用いた製品に係る技術分野に属するものであるとともに、不純物の低減が望まれる点で共通の課題を有するものであるから、同一の技術分野に属し、また本件発明の技術分野とも一致するというべきである。」と主張した上で、「甲第3号証には、「幅広い用途、特に射出成形用または窓ガラスの代わりにガラスシートとしての用途」(段落0002)と記載されており、ポリカーボネート樹脂が射出成形品や押出成形品(シート)などの「幅広い用途」に用いられることを想定している。従って、甲第3号証を甲第2号証などと組み合わせることを阻害すべき理由はない。」、「甲第5号証には「光学用成形品…に関する(1頁左下欄第1行目?右下欄2行目)」と記載されており、光学用成形品の例が1ページ右下欄4?12行目に非限定的に記載されているが、光学式ディスク基板には限定されていない。従って、甲第5号証を甲第2号証などと組み合わせることを阻害すべき理由はない。」と述べている。
しかし、本件特許発明1及び2はいずれも「ポリカーボネート樹脂」の発明ではなく、「薄板収納搬送容器」の発明であるから、本件特許発明1及び2の目的(技術分野)は、「揮発あるいは漏出の可能性のある不純物成分が材料中に全く存在しないポリカーボネート樹脂」を提供することではなく、「半導体ウエーハや磁気ディスクの表面汚れとして支障を及ぼさない程度まで金属原子および揮発性ガスの発生を抑制したポリカーボネート樹脂製の薄板収納搬送容器」を提供することである。したがって、薄板収納搬送容器として、被収納物である薄板の表面汚染を防止するために、どのような不純物をどの程度まで低減させるかを検討することが必要となるが、先に検討したとおり、甲第1、3?5号証刊行物にはこのことについて、何ら記載も示唆もしていない。請求人が特に触れている甲第3号証刊行物には、ポリカーボネートの着色を防止するための技術が開示されており、そのために、ポリカーボネート樹脂中の鉄、クロム、ニッケル等の金属成分の含有量を低減させることについて記載されているとしても、この記載から薄板収納搬送容器に収納された薄板の表面汚染を低減するために必要な技術について導き出すことはできず、また、同じく甲第5号証刊行物には、ポリカーボネート樹脂を用いた成形品に発生する白点を抑制するための技術が開示されており、そのために末端水酸基量と残留微量金属、特にナトリウムの含有量を低減することについて記載されているとしても、そのことからはやはり薄板収納搬送容器に収納された薄板の表面汚染を低減するために必要な技術について想起することはできないものである。
そうすると、請求人が主張する甲第1?5号証は同一の技術分野に属するとした点は首肯できず、甲第2号証刊行物に記載された発明と甲第1、3?5号証刊行物に記載された発明とを組み合わせることは、その技術分野が異なることから、その動機づけがないということになる。
したがって、上記請求人の主張は採用できない。

第8.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件請求項1及び2に係る発明についての特許はいずれも特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえないから、同法第123条第1項第2号に該当せず、本件特許を無効とすることができない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-11-05 
結審通知日 2010-04-05 
審決日 2008-11-25 
出願番号 特願平10-240245
審決分類 P 1 113・ 121- Y (C08G)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 渡辺 仁  
特許庁審判長 松浦 新司
特許庁審判官 小林 均
中田 とし子
登録日 2007-08-10 
登録番号 特許第3995346号(P3995346)
発明の名称 薄板収納搬送容器用ポリカーボネート樹脂  
代理人 白石 泰三  
代理人 大島 正孝  
代理人 前 直美  

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