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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1229588
審判番号 不服2006-4633  
総通号数 134 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-02-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-03-13 
確定日 2011-01-04 
事件の表示 特願2003-412071「ラパマイシン結合体及び抗体」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 6月17日出願公開、特開2004-168782〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯・本願発明

本願は,1994年(平成6年)4月22日(パリ条約に基づく優先権主張1993年4月23日,米国;1994年4月14日,米国)に出願された特願平6-524408号の一部を平成15年12月10日に新たな特許出願としたものであって,平成17年12月8日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,平成18年3月13日に拒絶査定に対する審判請求がなされたものであり,その後,平成21年9月24日付けで拒絶理由通知がなされ,平成22年3月29日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものである。
そして,本願に係る発明は,平成22年3月29日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて,その請求項1?4に記載された事項により特定されるものである。
そのうち,請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,以下のとおりのものである。

「【請求項1】
式(IV)
【化1】

〔式中,R_(1)は-OCH_(2)(CH_(2))_(q)R_(4)-であり,R_(4)はカルボニル,-NH-,-S-,-CH_(2)-および-O-から成る群より選択され,qは0乃至6であり,zは1から120であり,担体は免疫原性担体材料である。〕で示されるラパマイシン結合体またはその塩。」

第2.当審の判断(その1)

1.引用刊行物の記載
(1)引用例1
本願優先日前に頒布された刊行物であるProc.Natl.Acad.Sci.USA, 1991, Vol.88, p.6229-6233(以下,「引用例1」という。)には,以下の事項が記載されている。

(ア)「ラパマイシンと506BDは,FK506と同様に,FK506結合タンパク質(FKBP)に対する高親和性リガンドに結合し,肥満細胞およびTセルラインにおいて,FK506の活性を阻害するがCsAの活性は阻害しない。」(第6229頁左欄下から3行?同頁右欄第2行)

(イ)「図2 (略) 『結合ドメイン』との標識は,FKBPへの結合に最も重要な残基を表す。○で囲われた残基は二つの薬剤のエフェクタードメインを構築する。」(第6231頁 図2)

(ウ)「本誌は,免疫抑制試薬であるFK506,CsAおよびラパマイシンの,マウス肥満セルラインからのIgE受容体媒介性エキソサイトーシスにおける効果を報告する。」(第6231頁右欄第11?13行)

(2)引用例2
本願優先日前に頒布された刊行物である特開平1-92659号公報(以下,「引用例2」という。)には,以下の事項が記載されている。

(エ)「(1)FR-900506物質中に存在する抗原決定基を認識する抗体。
(略)
(4)モノクローナル抗体である第(1)項記載の抗体。
(略)
(9)FR-900506物質中に存在する抗原決定基を認識する抗体を固定化し,該固定化抗体にFR-900506物質と競合的に反応させ,固定化抗体に結合した酵素で標識されたFR-900506物質を検出することを特徴とするFR-900506物質の高感度酵素免疫測定法。
(略)
(11)抗体がモノクローナル抗体である第(9)項記載の高感度酵素免疫測定法。」(特許請求の範囲)

(オ)「FR-900506物質は微量で非常に強力な免疫抑制活性を有するため,例えば臓器移植等の移植の際発現する拒絶反応を有効且つ持続的に抑制するには,該化合物の生体投与後の薬物の血中濃度を容易に,かつ高感度にモニタリングする技術が必要であり,その為には,微量濃度を正確に測定する技術の確立が,きわめて重要と考えられる。」(第2頁右下欄第1?7行)

(カ)「免疫原となる物質(例えばFR-900506物質)は通常免疫性を高めるため,例えば牛血清アルブミン(以下BSAと表記),ゼラチン,ヘモシアニン等の担体と結合させて使用する。免疫原となる物質がFR-900506物質である場合,BSAとの結合体(BSA-FR-900506物質結合体)は,例えばFR-900506物質をこはく酸等のジカルボン酸のハーフエステルに変換し,次いでジシクロヘキシルカルボジイミド等の縮合剤の存在下N-ヒドロキシサクシンイミド等を作用させて,該ハーフエステルの活性エステルに導き,さらにBSAと反応させることにより得られる。」(第3頁右下欄第11行?第4頁左上欄2行)

(キ)「実施例1 抗FR-900506物質ポリクローナル抗体の調製
1)こはく酸-FR-900506物質ハーフエステルの活性エステルの合成
こはく酸-FR-900506物質ハーフエステルの活性エステル(化学構造式)
(略)
2)BSA-FR-900506物質結合体の調製
上記で得られたこはく酸-FR-900506物質ハーフエステルの活性エステル(37mg)をジオキ酸(4ml)に溶解した溶液を加え,4℃で3日間撹拌し,反応混合物を0.05Mりん酸緩衝液(pH7.3)に対して24時間透析することによりBSA-FR-900506物質結合体を調製する。
実施例2 抗FR-900506物質モノクローナル抗体の調製
1)抗体FR900506物質モノクローナル抗体産生ハイブリドーマの調製
実施例1の2)で得られたBSA-FR-900506物質結合体(BSA量として50μg)のPBS溶液(略)を等量のフロインドの完全アジュバントに乳化し,BALB/cマウス(雌)に腹腔内注射する。その後同量のBSA-FR-900506物質結合体のPBS溶液を等量のフロインドの不完全アジュバントで乳化したものを,2週間隔で2回腹腔内注射し,2次,3次の免疫を行う。さらにその後,4次免疫として,10倍量のBSA-FR-900506物質結合体(BSA量として500μg)のPBS溶液(略)をフロインドの不完全アジュバントに乳化し,皮下注射した後,最終免疫としてBSA-FR-9004506物質結合体(略)のPBS溶液(略)を尾静脈より静注し,3日後に脾臓を取り出す。 (略)
2)モノクローナル抗体の単離・精製
(略)各IgGのサブクラスはオクタロニーの二重免疫拡散法により決定した(表1)。
表1
モノクローナル抗体 サブクラス 腹水(ml) 取得抗体量(mg)
FR-900506-1-40-56 IgG1 11 125.5
FR-900506-1-53-19 IgG2b 6 18.7
FR-900506-1-60-46 IgG1 40 175.0」(第6頁左上欄第1行?第8頁右下欄 表1)

(3)引用例3
本願優先日前に頒布された刊行物である特開平4-230389号公報(以下,「引用例3」という。)には,以下の事項が記載されている。

(ク)「【請求項1】 式:
【化1】(省略)
[式中,Rは-NR1R2または-OR3;R1は水素,炭素数1?6のアルキルまたは炭素数7?10のアラルキル;R2は水素,炭素数1?6のアルキル,炭素数3?10のシクロアルキル,炭素数7?10のアラルキル,-COR4,-CO2R4,-SO2R4,-CONR5R6,-CSNR5R6,-COCONR5R6またはAr;R3は水素,炭素数1?6のアルキルまたは-CH2Ar;R4は炭素数1?6のアルキル,炭素数7?10のアラルキルまたはAr;R5およびR6は各々独立して,水素,炭素数1?6のアルキル,炭素数3?10のシクロアルキル,アリル,炭素数7?10のアラルキルまたはAr;Arは式:
【化2】(省略)
(式中,R7,R8およびR9は各々独立して,水素,炭素数1?6のアルキル,炭素数1?6のアルコキシ,ヒドロキシ,シアノ,ハロゲン,ニトロ,炭素数2?7のカルボアルコキシ,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,アミノまたはカルボン酸;XはOHまたは窒素;YはNH,酸素または硫黄を意味する)で示される基を意味する]
で示される化合物またはその医薬上許容される塩。
・・・
【請求項6】 Rが-OR3,およびR3が炭素数1?6のアルキルである化合物またはその医薬上許容される塩である請求項1記載の化合物。」(特許請求の範囲)

(ケ)「【0010】
ラパマイシンは15,27および33位にカルボニル基を有している。X-線結晶解析に基づいて,33位の官能基が最も反応性に富む中心であると予測されるが,意外にも,27位で優先的にヒドラゾンおよびオキシム形成が生じた。」(【0010】段落)

(コ)「【0018】
以下の表はこれら3種の標準試験操作における本発明の代表的化合物の結果を要約する。
表 1
LAF PLN 皮膚移植片
化合物 (比率)1 IC50(nM) (比率)1 (日数+SD)
実施例1 0.50 17.3 + 10.50±0.6
実施例2 0.45 19.2 + 7.83±1.3
実施例3 0.55 15.9 + +
実施例4 0.24 37.2 1.07 +
実施例5 0.25 -1.40 10.0±1.6
実施例6 0.87 1.39 9.3±1.4
実施例7 0.007 + 9.5±1.4
ラパマイシン 1 8.5?8.8 1 12.0±1.7

1 :比率の計算は前記した。
+:評価せず。
【0019】
これら標準薬理試験方法の結果は,本発明の化合物が,in vitro および in vivo の両方にて免疫抑制活性であることを示す。LAFおよびPLN試験方法における正比率はT細胞増殖の抑制を示す。免疫抑制剤を使用することなく,移植したピンチ状態の皮膚移植片は6?7日以内に典型的な拒絶反応を示すので,本発明の化合物で処理した場合の皮膚移植片の生存期間の増加は,それらがさらに免疫抑制剤として有用であることを示す。実施例5に開示された化合物はPLN試験方法にてT細胞増殖をもたらすと思われるが,皮膚移植片試験方法にて観察された生存期間の増加と組み合わせると,この試験方法における負比率は免疫応答の抑制に関連するTサプレッサー細胞の増殖を意味すると考えられる(アイ・ロイット(I.Roitt)ら,イムノロジー(Immunology),シー・ヴィー・モセビー(C.V.Moseby Co.)1989,p12.8?12.11参照)。」(【0018】?【0019】段落)

(4)引用例4
本願優先日前に頒布された刊行物であるJ.Am.Chem.Soc., 1991, Vol.113, p.7433-7434(以下,「引用例4」という。)には,以下の事項が記載されている。
(サ)「ラパマイシン-ヒトイムノフィリンFKBP-12複合体の原子構造」(7433頁左欄19-20行 表題)

(シ)「本稿で,我々は,X線結晶構造解析手法により,1.7Åの解像度で決定した,ヒトFKBP?12及びラパマイシンの複合体の三次元構造を報告する。この構造は,シグナル伝達経路におけるラパマイシン又はヒトFKBP-12のいずれかの構造摂動の効果を解明するための枠組みを提供する」(7433頁左欄下から2行?右欄4行)

(ス)「ラパマイシンはタンパク質に深く埋め込まれたピペコリン環によって,βシート及びαへリックスの間の空洞に結合する(図1a)。タンパク質-リガンド相互作用は,炭素17位から炭素22位の露出しているトリエンを含む残りと共にピラノース環から炭素28位の水酸基までの原子が関与する。
炭素1位のエステル,ピペコリン環,炭素8位及び炭素9位のカルボニル,及びピラノース環は,FKBP-12及びFK506複合体における同じ官能基群と重ね合わせることができる立体配座を取る。この領域とFKBP-12間の3つの水素結合(Ile56位のNHから炭素1位のカルボニル,Tyr82位の水酸基から炭素8位のカルボニル,及び,Asp37位のカルボン酸基から炭素10位の水酸基)及び,Tyr26位,Phe36位,及びPhe99位からのε-水素とC-H・・・O相互作用に関与する結合ポケットはFK506との複合体にも見出される同一のものでもあり,このようにこの2つの免疫抑制リガンドにおける共通の構造要素の結合の役割が確認される。
2つの追加の水素結合はFKBP-12と結合するラパマイシンと関係する。1つ目は,Ile56位のNHから炭素1位のカルボニル水素結合と並ぶ,Glu54位主鎖カルボニルから炭素28位の水酸基であり,水素結合は,FKBP-12と天然基質のジペプチド部分の相互作用を擬態しているのであろう。ピラノース-ピペコリン領域もまたジペプチドを擬態しており,FK506のように,ラパマイシンが拡張されたペプチド擬態の実例となりうることが指摘されている。この水素結合はFKBP-12/FK506複合体に見出されたGlu54位主鎖カルボニルから炭素24位の水酸基の水素結合と類似している。2つ目の水素結合は,Gln53位主鎖カルボニルから炭素40位の水酸基である。ラパマイシン複合体においては,シクロヘキシル基(炭素35位から炭素42位)はこの水素結合を介してタンパク質に結合するが,FK506複合体はそのようなシクロヘキシルタンパク質相互作用を有していない。FK506の炭素27位-炭素28位二重結合はシクロヘキサンの幾何学配置を制限しているが,ラパマイシンにおいては,Gln53位カルボニルから炭素40位の水酸基への水素結合を形成できるように,炭素35位及び炭素36位の周囲を回ることができる。」(7434頁左欄12-44行)

2.対比
本願発明と引用例1に記載された発明を対比すると,両者は,ラパマイシンに関する発明である点で一致しているが,本願発明は,ラパマイシンと免疫原性担体材料との結合体であって,式中,R_(1)は-OCH_(2)(CH_(2))_(q)R_(4)-であり,R_(4)はカルボニル,-NH-,-S-,-CH_(2)-および-O-から成る群より選択され,qは0乃至6であり,zは1から120であるものであるのに対し,引用例1記載の発明は,ラパマイシン自体であり,その27位の官能基に,R_(1)は-OCH_(2)(CH_(2))_(q)R_(4)-であり,R_(4)はカルボニル,-NH-,-S-,-CH_(2)-および-O-から成る群より選択され,qは0乃至6である結合基を導入することや,該結合基を介して,zが1から120で,ラパマイシンを免疫原性担体材料を結合させた免疫原を作製することが記載されていない点で相違している。

3.相違点についての判断
上記相違点について検討する。
引用例1ないし引用例4に記載された発明は,免疫抑制作用を有する化合物(以下,「免疫抑制剤」という。)に関するものであり,共通の技術分野に属するものである。そして,引用例2に記載のFR-900506は,その構造式からみて,引用例1に記載のFK506に相当するものである(以下,FR-900506は「FK506」という。)。
そこで検討すると,免疫抑制剤を過剰投与すると,深刻な副作用をもたらすため,投与後における免疫抑制剤の血中濃度を正確にモニタリングする必要があることは当業者に周知であり,血中濃度をモニタリングするために,免疫抑制剤に対し結合特異性を有するモノクローナル抗体を作製する必要があることや,モノクローナル抗体を作製するために,それ自体ハプテンである免疫抑制剤に免疫原性担体材料を結合させたものを免疫原とする必要があることも当業者に周知であった。(必要であれば,引用例2,特開昭63-258491号公報(以下,「引用例5」という。),特開平4-316599号公報(以下,「引用例6」という。),特表平4-502328号公報(以下,「引用例7」という。),Transplant. Proc., 1987, Vol.19, No.5, Suppl.6, p.23-29(以下,「引用例8」という。), Transplant. Proc., 1990, Vol.22, No.1, Suppl.1, p.50-51(以下,「引用例9」という。)を参照のこと。)
さらに,免疫抑制剤のうち,シクロスポリンAとFK506については既にモノクローナル抗体が開発されており,当該抗体を用いてその血中濃度も測定されているから(引用例2,5?9参照),免疫抑制剤に対して結合特異性を有するモノクローナル抗体を得ることが全く困難な状況とはいえず,引用例1に示されるように,本願優先日当時,FK506と同様に臨床応用が期待されていた免疫抑制剤であるラパマイシンについても,その血中濃度が測定可能となるように,モノクローナル抗体を取得したいという課題は,当業者であれば誰でも抱く課題であった。
そして,引用例1には,FK506とラパマイシンは,マクロライド系化合物として構造上の類似性を有しており,FKBPに結合する領域を共有するものであることが記載されており,また,引用例2には,FK506にN-ヒドロキシサクシンイミド等のような結合基を導入し,これに免疫原性担体材料(BSA)を結合させ,マウスに免疫することにより,FK506に対して結合特異性を有するモノクローナル抗体を作製したことが記載されている。
してみると,引用例2の記載に触れた当業者であれば,FK506と構造上類似している部分がかなり多いラパマイシンに対して,引用例2に記載されたFK506に対するモノクローナル抗体を製造する方法を適用すれば,ラパマイシンに結合するモノクローナル抗体が得られるであろうと合理的に期待することができたと認められる。
したがって,引用例1に記載された発明において,引用例2記載の方法を適用し,ラパマイシンに対し結合基を導入し,これに免疫原性担体材料を結合させて,免疫原を調製することは,当業者が容易になし得たことである。
その際,ラパマイシンのどの位置に免疫原性担体材料を結合させるかが問題となるが,一般に,免疫原性担体材料が結合する位置とそれがラパマイシンの構造に与える影響を正確に予測することは困難であり,当業者であれば,ラパマイシンの化学構造式や立体構造に関する情報を手がかりとして,最も適切と思われる位置を選択し,そこに免疫原性担体材料を結合させて,モノクローナル抗体を作製してみようとするはずである。
例えば,血中濃度をモニタリングするためには,生物学的に活性なラパマイシンの構造を認識できるモノクローナル抗体が必要であり,そのためには,FKBP結合領域及びエフェクター結合領域の構造が維持されたラパマイシンを免疫原とする必要があるから,立体傷害をもたらす可能性が高い免疫原性担体材料を,FKBP結合領域及びエフェクター結合領域に結合させようとはせずに,これらの領域を結びつける接合領域に結合させてみようと思うのが当業者の自然な発想である。
そして,引用例1に記載された化学構造によれば,FKBP結合領域は,12?25位及び37?44位であり,エフェクター結合領域は,1?5位及び28?36位であり,また,引用例4に記載された立体構造に関する情報によれば,FKBP結合領域は,31,37?44位であり,リガンド結合領域は,1?13位及び31?36位であり,FK506と重なり合う領域は,9?13位,15?23位である。
結局のところ,接合領域と考えられる領域は,引用例1では6?11位,26?27位であり,引用例4では24?30位であり,当該領域の中に含まれる反応性に富んだ官能基は27位のカルボニル基しかなく,免疫原性担体材料を結合させる官能基として,当業者がまず注目するのがこの官能基である。
次に,引用例3には,ラパマイシンに存在する官能基の中でもとりわけ27位のカルボニル基が反応性に富んでいること,また,LAF試験におけるIC_(50)(インビトロ)の結果,PLN試験及び皮膚移植片試験(インビボ)の結果から,27位にオキシム形成を生じさせた誘導体は,天然のラパマイシンと同様に免疫抑制活性を有しつつも,その活性が天然のラパマイシンよりも低くなることが記載されているから,ラパマシンの免疫抑制活性に基づく抗体産生阻害が緩和されることを期待して,オキシムが形成された27位のカルボキシル基に免疫原性担体材料を結合させようとすることは当業者が容易に想到し得たことである。
以上のとおり,ラパマイシンに対して結合特異性を有するモノクローナル抗体を作製しようとする際,免疫原性担体材料を結合させる官能基として27位のカルボニル基を選択することに格別の困難性は認められない。

そして,引用例3には,27位のカルボニル基をオキシム化した誘導体が記載されており,27位のNに結合する置換基として「Rが-OR_(3),及びR_(3)が炭素数1?6のアルキル化合物」が挙げられており,当該置換基は,本願発明においてR_(4)が-CH_(2)-,qが0乃至4である場合に相当し,これを結合基として採用することは当業者が容易に想到し得ることである。また,結合基の選択は当業者にとって設計事項であるから,その他の置換基についても同様である。

また,本願明細書には,27位をオキシム化した誘導体は記載されているが,それに結合基を導入したことや,当該結合基に免疫原性担体材料を結合させて免疫原を作製したことは記載されておらず,また,当該免疫原を用いて,ラパマイシンを認識するモノクローナル抗体を製造したことは記載されていないから,当該抗体が,27位のカルボニル基以外の官能基を利用して作製された抗体と比較して,どのような優れた効果を奏するものであるのかは不明である。したがって,27位のカルボニル基に免疫原性担体材料を結合させたことにより,予想外に格別の効果が奏されたとも認められない。

よって,本願発明は,本願優先日前に頒布された刊行物である引用例1?4に記載された事項及び優先日前の周知技術に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。

第3.当審の判断(その2)

1.引用刊行物の記載
(1)引用例1?4
引用例1?4に記載された事項は,上記 第2 1.(1)乃至(4)に記載したとおりである。

2.対比
本願発明と引用例3に記載された発明とを対比すると,両者は,ラパマイシンの27位のカルボニル基がオキシム化された誘導体であって,27位の官能基に,R_(1)は-OCH_(2)(CH_(2))_(q)R_(4)-であり,R_(4)が-CH_(2)-であり,qは0乃至4である置換基を導入することに関する発明である点で一致しているが,本願発明は,ラパマイシンと免疫原性担体材料との結合体であって,式中,R_(1)は-OCH_(2)(CH_(2))_(q)R_(4)-であり,R_(4)はカルボニル,-NH-,-S-,-CH_(2)-および-O-から成る群より選択され,qは0乃至6であり,zは1から120であるものであるのに対し,引用例3記載の発明は,ラパマイシン誘導体自体であり,前記のごとき結合基を導入し,zが1から120で,ラパマイシンを免疫原性担体材料に結合させた免疫原を作製することが記載されていない点で相違している。

3.相違点についての判断
上記相違点について検討する。
本願優先日前において,免疫抑制剤を投与された患者の免疫抑制剤の血中濃度をモニタリングする必要があること,そのために,免疫抑制剤に対して結合特異性を有する抗体を作製する必要があること,そして,免疫抑制剤はハプテンであるため,免疫原性担体材料を結合させたものを免疫原とする必要があることも周知であった。(必要であれば,引用例2,引用例5?9を参照のこと。)そして,ラパマイシンが免疫抑制活性を有するマクロライド化合物であることも周知であった(引用例1,3?4参照のこと)。
したがって,血中濃度をモニタリングするために,ラパマイシンに対して結合特異性を有するモノクローナル抗体を得るという課題は当業者に周知又は自明のものである。
また,引用例3には,ラパマイシンに存在する官能基の中でもとりわけ27位のカルボニル基が反応性に富んでいること,また,LAF試験のIC_(50)又はPLN試験や皮膚移植片試験の結果から,27位にオキシム形成を生じさせた誘導体は,天然のラパマイシンと比較して免疫抑制活性が低減されていたことが記載されているから,これらの記載に触れた当業者であれば,免疫原性担体材料を結合させるための官能基として,27位のカルボニル基を選択することに格別の困難性は認められない。
したがって,引用例3に記載される免疫抑制活性を有し,免疫抑制剤としての使用を意図された化合物であるラパマイシン27オキシム誘導体について,その血中濃度をモニタリングするために,ラパマイシン27オキシム誘導体に対するモノクローナル抗体を製造しようとすることは当業者が容易に想到し得たことであり,その際,反応性に富んだ27位のオキシムに結合基を導入し,これに免疫原性担体材料を結合させて,当該結合体を免疫原にしようとすることも当業者が容易に想到し得たことである。

そして,引用例3に記載された「Rが-OR_(3),及びR_(3)が炭素数1?6のアルキル化合物」である置換基を,結合基として採用することは当業者が容易に想到し得ることである。また,結合基の選択は当業者にとって設計事項であるから,その他の置換基についても同様である。

また,本願明細書には,27位をオキシム化した誘導体を作製したことしか記載されておらず,27位に免疫原性担体材料を結合させた免疫原を作製したことや,当該免疫原を用いて,ラパマイシンに対するモノクローナル抗体を製造したことは何ら記載されていないから,免疫抑制剤であるラパマイシン誘導体に対する抗体を作製するのにどれほどの困難性があったか不明であるし,また,27位のカルボニル基に免疫原性担体材料を結合させたことにより,予想外に格別の効果が奏されたかも不明である。

よって,本願発明は,本願優先日前に頒布された刊行物である引用例3に記載された事項及び優先日前の周知技術に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4.平成22年3月29日付け意見書における請求人の主張について

1.請求人の主張
(1)ラパマイシンに対する抗体を作製する動機について
「天然のラパマイシン分子構造の1/3の部分はFK506と類似しているが,残り2/3の部分については,FK506とは全く異なった構造であることが記載されています。・・・ラパマイシンとFK506はその構造が大きく相違するものであり,FK506に比較してラパマイシンは抗体を産生し難いと考えられます。
更に,・・・FK506の存在下ではIL-2の産生は阻害されるが,ラパマイシンの存在下ではIL-2の産生は維持されること,即ち,T細胞活性化経路においてFK506はより早い時点で関与していることが示されています(段落34)。また,単核細胞が抗原を提示する付加的(accessory)食細胞機能にFK506が影響しないことも記載されています(段落36及び37)。
このように,FK506とラパマイシンの構造および機能が大きく異なることを考慮すれば,ラパマイシンまたはその複合体を用いてモノクローナル抗体を作製することに当業者が容易に想到し得るものではないと思料します。」と主張している。

(2)27位のカルボニル基がオキシム化され,そこに結合したリンカーによって免疫原性担体材料と結合させることについて
審判官が,FKBP-12タンパク質やエフェクター又はリガンドとの結合に関与しない官能基であって,反応性に富み,T細胞増殖抑制の程度を低減させ抗体を産生しやすくする27位を選択することが容易であると認定していることに対して,
「27位はエフェクター領域の直近に位置していることに留意する必要があります。当業者であれば,リンカー-担体をエフェクター領域の直近に結合させた場合には,立体障害のために当該領域の認識が遮断されるであろうと予想したはずであります。同様に,27位にリンカー-担体を結合させることによってエフェクター領域において構造変化が生じると予想したはずであります。したがって,当業者は27位にリンカー-担体を結合させることを躊躇したはずであります。」と主張している。

また,審判官が,27位をオキシム化した誘導体が天然のラパマイシンによりもT細胞増殖抑制活性が低いことから,27位を選択することが容易であると認定していることに対しては,
「引用例3はリンカー-担体を27位に結合させることの影響については何ら具体的に記載するものではありません。引用例3および4はいずれも,抗体の産生について記載するものではなく,リンカー-担体の結合についても何ら記載するものではありません。ラパマイシンの27位がエフェクター領域の直近に位置することを考慮すれば,本願発明は当業者が容易に想到し得るものではないと思料します。
拒絶理由において示された理由によって,27位以外の位置においてリンカー-担体を結合させることに不都合があると当業者が認識したとしても,同様に27位の位置においてリンカー-担体を結合させることにも一定の不都合が伴うものと当業者が予想する十分な理由があったものと思料します。このような条件下において,あえて当業者が27位を選択したであろうと予想することは,実際に27位に担体を結合させた結合体によって抗体産生が誘導できたことを教示する本願明細書の開示内容を考慮した上での,所謂後知恵に基づくものであると云わざるを得ません。」と主張している。

2.請求人の主張に対する判断
(1)ラパマイシンに対する抗体を作製する動機について
ラパマイシンの構造は,FKBP結合領域と,エフェクター/リガンド結合領域とに大きく分けられるものであり,その各々が独立した機能及び構造を保持していることは明らかであり,引用例2において,FK506の血中濃度を検出できる抗体が得られたということは,FKBP結合領域を認識する抗体が得られることを当業者に期待させるものであり,同じFKBP結合領域を有するラパマイシンについても,抗体が得られることを合理的に予測させるものである。
また,ラパマイシンの機能は,IL-2によって誘導されるシグナル伝達を阻害し,T細胞の増殖・分化を抑制するものであるが,それより前に起こるIL-2分泌自体を阻害するものではない。そして,IL-2は,T細胞の増殖・分化のみならず,B細胞の増殖やナチュナルキラー細胞の活性増強など,抗体産生能を高めるために機能し得るものであるから(日経バイオテク編,日経バイオテクノロジー最新用語事典91,日経BP社,1991年,60?61頁),ラパマイシンによってIL-2分泌自体が阻害されないことは,抗体産生能を高めるIL-2の機能が維持されることになり,生体内でどれだけ抗体産生が抑制されるのかは予測がつかないことである。
さらに,請求人が提出した参考資料2によれば,「ラパマイシン結合体自体は免疫抑制性ではないかもしれない(免疫原性担体材料が結合するとラパマイシン分子に大きな構造及びコンフォメーショナルな変化が生じ,生物学的活性が失われるかもしれない。)」(29段落)と記載され,「この発明では,免疫原性担体材料がエステル結合でラパマイシン分子に結合しているから,接種後,結合体は,血液,肝臓,他の器官及び組織に分散された非特異性のエステラーゼによってフリーな薬まで分解される。」(29段落),「結合体からのフリーなラパマイシンの放出は,T細胞反応だけではなく,B細胞の結合体に対する抗体産生能を阻害する。」(段落30)と記載されており,結合体自体に免疫抑制活性はなく,フリーなラパマイシンに分解されてはじめて免疫抑制活性が生じることが窺える。
ここで,体内でフリーなラパマイシンがどれほど生じるのかは不明であるが,本願明細書によると,免疫原として投与される1回あたりの結合体の量はせいぜい100μgであり,ラパマイシン及びBSAの分子量がそれぞれ914及び69,000であることを考慮すると,実質的に投与されるラパマイシンの量は1.3μgにすぎず,濃度に換算して1.4nM程度である。引用例3に示されているとおり,LAF試験におけるラパマイシンのIC_(50)(阻害作用の有効度)が8.5?8.8nMであることを考慮すると,それよりも1/6程度に少ない量のラパマイシンで,インビボにおける抗体産生能がどれだけ抑制されるのかは不明であり,むしろ有意には抑制されないと考えるのが自然である。
この点,請求人が掲げた証拠はいずれも,ラパマイシンと免疫原性担体材料との結合体を投与した実験や,その動物レベルでの実験を示すものではなく,フリーなラパマシンを用いた細胞レベル実験等にすぎないものであり,実際,ラパマイシンに対する抗体を誘導するのにどれほどの困難性が伴うのかは何ら明らかにされていない。
また,本願明細書を参酌しても,ラパマイシン結合体が抗体産生を抑制したとする記載はなく,ラパマイシンに対する抗体を作製するにあたり,特段工夫した様子も窺えないから,ラパマイシン結合体を免疫した場合,格別の困難性なく,抗体を産生することができたと考えられるものである。
他方,引用例1に示されているように,ラパマイシンはFK506と同様に有望な免疫抑制剤であり,その血中濃度を測定するために,モノクローナル抗体を得たいという課題は当業者に周知又は自明であり,引用例3には,ラパマイシン-27-オキシム誘導体は,天然のラパマイシンと比較して,インビボでのT細胞増殖抑制活性が低減されることが記載されているから,これを免疫原とすれば,天然のラパマイシンと比較して,ラパマイシンに対する抗体が得られやすくなることは当業者に自明なことである。
したがって,ラパマイシンの27位における結合体を免疫すれば,抗体産生能を著しく抑制することなく,ラパマイシンに対する抗体が得られることは当業者が合理的に期待し得たことであるといえるから,本願優先日前に,ラパマシンに対する抗体を作製する動機付けがなかったということはできない。

(2)27位のカルボニル基がオキシム化され,そこに結合したリンカーによって免疫原性担体材料と結合させることについて
平成16年11月8日付け意見書によると,請求人は「リンカーの位置が時々分子場の隣接する部位に対する抗体を誘導することができることも,知られていました。しかしながら,27位へのカップリングが,エフェクター領域あるいはFKBP結合領域の抗体による認識を立体構造的にブロックするか否かは知られていませんでした。また,27位へのカップリングが,エフェクター領域での構造変化を生じさせるかどうかも知られていませんでした。」と主張している。
してみると,エフェクター領域に近接していても,当該領域を認識する抗体を誘導できる場合があり,エフェクター結合領域に近接しているために立体傷害が生じ,当該領域の認識が遮断されることや,当該領域に構造変化が生じることは知られていないから,当業者が困難性なく予測できることではない。このような状況の下,当業者が27位に免疫原性担体材料を結合させることに躊躇したということはできない。

次に,平成18年4月18日付け手続補正書において請求人が主張されているとおり,ラパマイシン-O-カルボキシメチル-27-オキシム(リンカー-担体を結合させたものではないもの)がLAFアッセイや皮膚移植拒絶反応において,ラパマイシンに比べて低い免疫抑制活性を示したことは,ラパマイシンに対する抗体を作製する動機付けを当業者に与えるものであり,リンカー-担体を結合させたものではなくても,これに基づいて,結合させたものが奏する効果を当業者は予見できるものである。

さらに,請求人は,当業者が27位を選択したであろうと予想することは,後知恵であると主張しているが,引用例1及び4,又は引用例3という本願優先日前の証拠を示し,免疫原性担体材料を結合させる官能基として,当業者が27位のカルボニル基を選択する個別具体的な理由を説明しており,この論理付けが後知恵に当たらないことは明らかである。

以上のとおりであるから,請求人の主張はいずれも採用することができない。

なお,そもそも本願明細書において,27位のラパマイシン誘導体は,担体に結合し得るものとして製造されているだけであり(実施例21),実際に,担体と結合したものを免疫原として用いて,モノクローナル抗体を作製したことは記載されていない。このような開示しかなされていない状況で,ラパマイシンに対するモノクローナル抗体を作製することが困難であることを請求人が主張することは,本願発明の実施可能要件を否定しているに等しいことである。

第5.むすび
したがって,本願の請求項1に係る発明は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから,他の請求項に係る発明については検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-08-02 
結審通知日 2010-08-03 
審決日 2010-08-16 
出願番号 特願2003-412071(P2003-412071)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田中 晴絵新留 豊  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 引地 進
鈴木 恵理子
発明の名称 ラパマイシン結合体及び抗体  
代理人 渡邉 千尋  
代理人 坪倉 道明  
代理人 小野 誠  
代理人 大崎 勝真  
代理人 金山 賢教  
代理人 川口 義雄  

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