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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1229641
審判番号 不服2008-13727  
総通号数 134 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-02-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-06-02 
確定日 2011-01-04 
事件の表示 特願2002-155359「インクジェット印刷品質を改善するための方法と装置」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 1月15日出願公開、特開2003- 11353〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1.手続の経緯
本願は、平成14年5月29日(パリ条約による優先権主張2001年5月29日、米国)の出願であって、平成19年10月23日付けで明細書に係る手続補正がなされ、平成20年2月28日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年6月2日付けで拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同日付けで明細書に係る手続補正がなされたものである。
さらに、審査官により作成された前置報告書について審尋がなされたところ、審判請求人から平成22年7月5日付けで回答書が提出されたものである。


第2.平成20年6月2日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成20年6月2日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.補正の内容
本件補正は、特許請求の範囲を補正する内容を含んでおり、本件補正により、特許請求の範囲の請求項1は、
「 膨潤性媒体(10)にインクを適用するプリンタの印刷品質を改善する方法であって、
膨潤性媒体によるインクの吸収を加速するのに役立つ処理流体を前記膨潤性媒体(10)に適用するステップと、
前記膨潤性媒体(10)にインクを適用するステップと、
を包含し、前記処理流体適用後1分以内に前記膨潤性媒体(10)にインクを適用する、方法。」
から
「 膨潤性インク受容層を備えた膨潤性媒体(10)にインクを適用するプリンタの印刷品質を改善する方法であって、
前記膨潤性媒体によるインクの吸収を加速するのに役立つ処理流体を前記膨潤性媒体(10)に適用するステップと、
前記膨潤性媒体(10)にインクを適用するステップと、
を包含し、前記処理流体適用後1分以内に前記膨潤性媒体(10)にインクを適用する、方法。」
に補正された。

上記補正は、補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「膨潤性媒体」に関して、「膨潤性インク受容層を備えた」点を限定するとともに、「膨潤性媒体によるインクの吸収を加速するのに役立つ処理流体」を「前記膨潤性媒体によるインクの吸収を加速するのに役立つ処理流体」と、誤記を訂正したものであるから、全体として、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2.独立特許要件について
(1)刊行物に記載された発明
(刊行物1について)
原査定の拒絶の理由に引用文献1として引用された特開昭63-299971号公報(以下「刊行物1」という。)には、次の記載がある(下線は当審にて付した。以下同じ。)。

(1-a)「2.特許請求の範囲
1.記録媒体上に1分子当り2個以上のカチオン性基を有する有機化合物を含有する無色又は淡色の液体を付着した後、その液体の付着部分に、アニオン染料を含有するインクを付着させて画像を形成せしめることを特徴とするインクジェット記録方法。
2.前記無色又は淡色の液体が浸透剤を含んでいる特許請求の範囲第1項記載の記録方法。
3.前記浸透剤がノニオン系界面活性剤、陰イオン系界面活性剤、陽イオン系界面活性剤及び弗素系界面活性剤からなる群より選ばれた少なくとも1種である特許請求の範囲第2項記載の記録方法。
4.前記無色又は淡色の液体が多価アルコールを含んでいる特許請求の範囲第1項記載の記録方法。」(第1頁左下欄第4?20行)

(1-b)「〔技術分野〕
本発明はインクジェット記録方法に関し、詳しくは、ノズルからのインクの噴射に先立って記録媒体上にそのインクを良好に定着させるための無色又は淡色の液体を付着させるようにしたインクジェット記録方法に関する。」(第1頁右下欄第9?14行)

(1-c)「 こうした欠陥を解消する手段として(1)記録紙に染料を定着するための材料をあらかじめ塗工しておく(特開昭56-86789号、特開昭55-144172号、特開昭56-84992号などの公報に記載)、(2)印字した画像に染料とレーキを形成する耐水化剤を付与する(特開昭55-150396号公報に記載)等が提案されている。しかし、前記(1)の方法では記録媒体として特定の記録紙を用いる必要がある。前記(2)の方法では耐水性の問題は解決されるものの、印字後の画像の乾燥性、画像の解像性、画像濃度などに対してはまったく又は僅かしか効果がないため、記録媒体として適用されるものは可成り制限されてしまう。
また、これまでのインクジェット記録方法で使用されているインクによって一般のオフィスで使用されている記録用紙(記録媒体)に印字すると乾燥時間が遅く、記録用紙供給系でのオフセットによる地汚れや、スミアが発生したり、特にカラー記録の場合には記録用紙(記録媒体)の単位面積当りに付与させるインク量が多い(多色の重ねになることによる)ため、インクが不要の部分に流れ出して画像がにじんでしまう欠点がある。
かかる乾燥性の問題を解決するための手段として(3)サイズ剤を添加しないか又はその添加量を少なくした紙を記録媒体として使用する(特開昭52-74340号公報に記載)、(4)表面に白色顔料又は水溶性高分子材料を主成分としたコート層を設けた紙を記録媒体として使用する(特開昭52-53012号、 特開昭56-89594号などの公報に記載)、(5)インク中に界面活性剤等インクの浸透性を高めるための化合物を添加してインクの表面表力を低下せしめる(特開昭55-65269号公報に記載)、(6)本来的に表面張力の低いアルコール、ケトン等の有機溶媒を主体とするインクを用いる、(7)揮発性の溶媒を主体としたインクを用いる(特開昭55-66976号公報に記載)、(8)インクを循環使用する、等が提案されている。しかし、前記(3)(4)の方法では、前記(1)と同様、特定の記録媒体を用いる必要がある。前記(5)(6)の方法では乾燥性は確かに高まるものの、インクの媒体(キャリア)とともにインク中の染料も記録画像中に相当浸み込んでしまうため、染料が記録用紙の奥深くまで浸透しやすく、画像濃度が低下したり、画像の鮮明性が低下しやすいなどの不都合がみられる。また、記録表面に対する濡れ性が向上するためフェザリングが発生したり、解像力が低下する(表面方向にインクが拡がりドツト径が大きくなる)などの不都合もみられる。前記(7)の方法では記録用紙へのインクの浸透が速まりそれと同時に記録用紙表面からの溶媒の蒸発も生じやすく速乾性は充足されるが、前記(6)と同様な不都合が認められるのに加えて、ノズル部での溶媒の蒸発による目詰りが生じやすい、前記(8)の方法ではインクの循環により溶媒が蒸発してインク組成が変化し印字操作が不能となったり、インク組成の変化を補償するための機構が複雑になるという欠陥をもち併せている。」(第2頁左上欄第11行?右下欄第12行)

(1-d)「 記録媒体は特に限定されるものではなく、従来から使用されているサイズ加工のないかあるいは弱サイズの紙、一般に上質紙として市販されているサイズ加工された紙、中質紙、和紙、木綿、アセテート、ナイロン等の繊維およびそれらの繊維でつくられた織物、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、エチルセルロース等の親水性の高分子化合物を表面に塗布したポリエステル、ポリカーボネート等のプラスチックフィルムが記録媒体の例として挙げられる。乾燥性の点から特に本発明方法で好ましいのは、サイズ加工された紙および織物に対して印字を行なう場合である。」(第7頁右下欄第18行?第8頁左上欄第11行)

(1-e)「 有機カチオン性化合物含有溶液を記録媒体に付着せしめ、続いてインクを付着させるまでの時間は印字品質(画像品質)に影響を与える重要な要因である。この時間は有機カチオン性化合物含有溶液およびインク滴の量、液滴の飛行速度、有機カチオン性化合物含有溶液の記録媒体中への浸透速度、インクの表面張力等の要因により適当な範囲が与えられる。最も好ましいのは有機カチオン性化合物含有溶液が記録媒体に浸透し、記録媒体表面に見かけ上有機カチオン性化合物含有溶液がなくなった直後からその数秒後の間にインク滴が付着されることである。インク滴を付着する時に有機カチオン性化合物含有溶液が記録媒体表面に残っていると、インクの飛散による画像周辺の汚れが発生したり、インクが有機カチオン性化合物含有溶液側に移行して画像にじみが生じたりし易い、逆に、有機カチオン性化合物含有溶液の付着から時間が経過し過ぎると、有機カチオン性化合物含有溶液中のカチオン性基とインク中の染料のアニオン性基と反応が遅くなったり、有機カチオン性化合物含有溶液中の浸透剤の効果が小さくなりインクの乾燥が遅くなったりしてしまう。
インクが付着する時の有機カチオン性化合物含有溶液の付着状態を制御するためには、プリンターにおける有機カチオン性化合物含有溶液を吐出せしめるヘッドとインクを吐出せしめるヘッドとの相対位置の調整、有機カチオン性化合物含有溶液への浸透剤の付加量の調整を行なえば良い。
有機カチオン性化合物含有溶液およびインクを記録媒体に付着せしめるには、種々提案されているインクジェット方式を用いることができる。これらの方式については例えば前田淳次氏の提案に係るテレビジョン学会誌37(7)540(1983)にも記載されている。代表的な方式は荷電量制御形の連続噴射方式;カイザ一式、グールド式、バブルジェット式、ステンメ式などのオンディマンド方式である。
なお本発明に類似したものとして特開昭54-43733号公報に記載された方法があるが、これは本質的にガラス上で2液硬化型の成分の組合わせにより反応させ固着させるというものである。加えて、ここでインクは油性であり、かつ、実施例に記載されているイソシアネートあるいはエポキシ基等は本質的に不安定であり、ノズル目詰まり等の点で一般プリンターには不適である。」(第9頁左上欄第3行?左下欄第12行)(審決注:「37」の下線は原文どおり。)

(1-f)「 これら有機カチオン性化合物含有溶液及びインクを用い、カイザー型オンディマンドインクジェットプリンター或いは荷電制御型インクジェットプリンターによって表-1に示したごとき印字を市販の上質紙に行なった。
表-1(省略)
注1)印字方式で、Oとあるのはオンディマンド方式、Cとあるのは荷電制御方式を表わしている。ここで、これらプリンターの概略は次のとおりである。
(1)カイザー型オンディマンドインクジェットプリンター
直径60μmのノズルおよびインク室、励振子を9個有するヘッドを5個準備し、それぞれ有機カチオン性化合物含有溶液、イエローインク、マゼンタインク、シアンインク、ブラックインクの噴射を行なうのに使用した。第1図はプリンターキャリッジ部の平面図、第2図はキャリジ部の側面図、第3図はヘッド(1個)の正面図である。キャリッジ1はシャトル2上を走査(第1図に示した矢印方向に走査)され、キャリッジ1上に設けられた有機カチオン性化合物含有溶液用カートリッジ3Pから有機カチオン性化合物含有溶液がそのヘッド部31Pに供給され、また、インク用カートリッジ3Y,3M,3C及び3Blよりインクがそれぞれのヘッド部31Y,31M,31C,31Blに供給され、画像信号に応じてヘッドに取り付けられた電歪素子(図示せず)に電圧が印加されて記録紙(記録媒体)4上に画像が形成される0図中、5はプラテンである。
有機カチオン性化合物含有溶液を噴射するためのヘッド31Pはキャリッジ1のインク用のヘッド31y,31m,31c及び31bの下部に取り付けられており、記録媒体4が上方に走査されるため、相対的に有機カチオン性化合物含有溶液がインクよりも先に記録媒体4に付着されるように設計されている。」(第11頁右下欄第16行?第12頁左下欄第14行)

(1-g)「〔効 果〕
本発明のインクジェット記録方法によれば下記のような効果がもたらされる。
(イ)インク中の染料と有機カチオン性化合物含有溶液中のカチオン性基とが結合し、有機カチオン性化合物を媒介として染料が結合し、水不溶の集合体を形成するため、画像の耐水性が著しく向上する。
(ロ)染料が集合体となるため、染料が紙の内部まで浸漬せずに紙の表面近傍にとどまるため、画像の鮮明性、濃度が向上する。また紙の表面方向にも溶媒が浸透するのみで染料が拡がらないためシャープネスがよく、解像度の高い画像が得られる。
(ハ)染料が集合体となるため上記のように紙の面方向への色材の浸透が迎えられるため、表面張力が低く乾燥し易いインクを用いても画像にじみを生じない、従って乾燥性を向上できる。
(ニ)有機カチオン性化合物含有溶液中の浸透剤により表面張力の高いインクを用いても乾燥性は高まる。
(ホ)染料と有機カチオン性化合物との集合体の耐光性は染料が集合体を形成しない場合に比較して向上する(但し、理由は明らかになっていない)。
(へ)耐水性を考慮せずにインクに使用する染料が選択できるため耐ノズル目詰り性、色調の改良が可能である。」(第13頁右下欄第2?20行)

上記摘記事項(1-e)の「有機カチオン性化合物含有溶液を記録媒体に付着せしめ、続いてインクを付着させるまでの時間は印字品質(画像品質)に影響を与える重要な要因である。・・・最も好ましいのは有機カチオン性化合物含有溶液が記録媒体に浸透し、記録媒体表面に見かけ上有機カチオン性化合物含有溶液がなくなった直後からその数秒後の間にインク滴が付着されることである。」と、上記摘記事項(1-f)の「有機カチオン性化合物含有溶液を噴射するためのヘッド31Pはキャリッジ1のインク用のヘッド31y,31m,31c及び31bの下部に取り付けられており、記録媒体4が上方に走査されるため、相対的に有機カチオン性化合物含有溶液がインクよりも先に記録媒体4に付着されるように設計されている。」とから、「有機カチオン性化合物含有溶液が記録媒体に浸透」するのにそれほど時間はかからないと考えられるから、「有機カチオン性化合物含有溶液を記録媒体に付着せしめ、続いてインクを付着させるまでの時間は、付着直後からその数秒後」といえる。

上記の事項をまとめると、刊行物1には、次の発明(以下「刊行物1発明」という。)が開示されていると認められる。

「市販の上質紙である記録媒体上に1分子当り2個以上のカチオン性基を有する有機化合物を含有する無色又は淡色の液体を付着した後、その直後ないしその数秒後、その液体の付着部分に、アニオン染料を含有するインクを付着させて画像を形成せしめる、インクジェット記録方法。」


(2)対比
本願補正発明と刊行物1発明とを対比する。

ア 刊行物1発明の「(アニオン染料を含有するインクを付着させて画像を形成せしめる)インクジェット記録方法」は、『インクを良好に定着させ』(上記摘記事項(1-b))、『画像の鮮明性、濃度が向上』(上記摘記事項(1-f))し、『解像度の高い画像が得られる』(上記摘記事項(1-f))ものであるから、本願補正発明の「(プリンタの印刷品質を改善する)方法」に相当する。

イ 刊行物1発明の「市販の上質紙である記録媒体」と、本願補正発明の「(膨潤性インク受容層を備えた)膨潤性媒体(10)」とは、「(インク受容層を備えた)記録媒体」で共通する。

ウ 刊行物1発明の「(1分子当り2個以上のカチオン性基を有する有機化合物を含有する無色又は淡色の)液体」及び「アニオン染料を含有するインク」は、それぞれ、本願補正発明の「(インクの吸収を加速するのに役立つ)処理流体」及び「インク」に相当する。

エ 刊行物1発明の「1分子当り2個以上のカチオン性基を有する有機化合物を含有する無色又は淡色の液体を付着した」構成、及び、「その液体の付着部分に、アニオン染料を含有するインクを付着させて画像を形成せしめる」構成は、それぞれ、本願補正発明の「『処理流体を』『適用するステップ』」、及び、「インクを適用するステップ」に相当する。

オ 刊行物1発明の「1分子当り2個以上のカチオン性基を有する有機化合物を含有する無色又は淡色の液体を付着した後、その直後ないしその数秒後、その液体の付着部分に、アニオン染料を含有するインクを付着させて画像を形成せしめる」の「その直後ないしその数秒後」は、本願補正発明の「前記処理流体適用後1分以内に前記膨潤性媒体(10)にインクを適用する」構成の「前記処理流体適用後1分以内に」に相当する。

カ 上記ア?オから、本願補正発明と刊行物1発明とは、
「インク受容層を備えた記録媒体にインクを適用するプリンタの印刷品質を改善する方法であって、
前記記録媒体によるインクの吸収を加速するのに役立つ処理流体を前記記録媒体に適用するステップと、
前記記録媒体にインクを適用するステップと、
を包含し、前記処理流体適用後1分以内に前記記録媒体にインクを適用する、方法。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点]:「(インク受容層を備えた)記録媒体」に関して
本願補正発明は、「記録媒体」が「膨潤性インク受容層を備えた膨潤性媒体」であるのに対し、
刊行物1発明には、「記録媒体」が「市販の上質紙」であって、「膨潤性」との特定がない点。


(3)判断
上記相違点について検討する。
(3-1)相違点について
ア 刊行物1には、「記録媒体」に関して、「記録媒体は特に限定されるものではなく、従来から使用されているサイズ加工のないかあるいは弱サイズの紙、一般に上質紙として市販されているサイズ加工された紙、中質紙、和紙、木綿、アセテート、ナイロン等の繊維およびそれらの繊維でつくられた織物、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、エチルセルロース等の親水性の高分子化合物を表面に塗布したポリエステル、ポリカーボネート等のプラスチックフィルムが記録媒体の例として挙げられる。」と記載されている(上記摘記事項(1-d)参照。)。
ここで、「ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、エチルセルロース等の親水性の高分子化合物を表面に塗布したポリエステル、ポリカーボネート等のプラスチックフィルム」とは、すなわち、「膨潤性インク受容層を備えた膨潤性媒体」である。

イ 刊行物1の上記記載に加えて、バインダーの膨潤作用によってインクを吸収・保持するインクジェット記録用紙は従来周知である(例.特開平9-267544号公報(段落【0006】)、特開平9-323475号公報(段落【0009】)、特開平10-119423号公報(段落【0014】)参照。)。

ウ したがって、刊行物1発明において、「市販の上質紙」である「記録媒体」に代えて、「膨潤性インク受容層を備えた膨潤性媒体」を採用することは、当業者が刊行物1の上記アの記載及び上記イの周知技術に基づいて容易になし得たことである。

(3-2)本願補正発明が奏する効果について
上記相違点によって、本願補正発明が奏する効果は、刊行物1に記載された事項及び周知技術から予測し得る程度のものであって、格別のものではない。

(3-3)請求人の主張について
刊行物1に関して、請求人は、平成19年10月23日付けの意見書において『当引用文献には、膨潤性媒体を記録媒体として使用することは好ましくない旨記載されており(第2頁右上欄?左下欄の方法(4)に関する記載)、実施例では上質紙を用いて検討がなされています。よって、極性溶媒と、湿潤剤又は界面活性剤とから構成される処理流体が膨潤性媒体へのインク浸透性を高め得ることは、当引用文献の記載内容からは不明です。』、及び、平成22年7月5日付けの回答書において『当引用文献の無色液体は、本願の「処理流体」の構成を満たしています。しかしながら、当引用文献の第2頁右上欄?左下欄には、記録媒体として膨潤性媒体を使用することは好ましくない旨の記載がなされていることは平成19年10月23日付け意見書にて申し述べた通りです。よって、引用文献3、4に記載のように、膨潤性媒体を用いることが周知であったとしても、引用文献1記載の発明において膨潤性媒体を用いる動機付けはありません(むしろ、阻害要因さえ把握されることは上記の通りです)。』と主張している。

上記主張につき検討する。

ア まず、刊行物1の第2頁右上欄?左下欄には、「(4)表面に白色顔料又は水溶性高分子材料を主成分としたコート層を設けた紙を記録媒体として使用する(特開昭52-53012号、 特開昭56-89594号などの公報に記載)」、「前記(3)(4)の方法では、前記(1)と同様、特定の記録媒体を用いる必要がある。」と記載されているが、「水溶性高分子材料のみからなるコート層」であれば、空隙を有していない「膨潤性インク受容層」といえるものの、「白色顔料又は水溶性高分子材料を主成分としたコート層を設けた紙」は、「膨潤性インク受容層を備えた膨潤性媒体」を必ずしも意味するものではない。

イ また、仮に「(4)」のものが「膨潤性媒体」であったとしても、上記(3-1)で検討したとおり、刊行物1には、「記録媒体は特に限定されるものではなく・・(中略)・・ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、エチルセルロース等の親水性の高分子化合物を表面に塗布したポリエステル、ポリカーボネート等のプラスチックフィルム」(2.(1)(1-d)参照。)と記載されているから、「膨潤性インク受容層を備えた膨潤性媒体」を採用することは、当業者が容易になし得たことである。

ウ 以上のとおり、請求人の上記主張は採用できない。

(4)まとめ
以上のように、本願補正発明は、当業者が刊行物1に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

3.補正却下の決定についてのむすび
したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。


第3.本願発明について
1.本願発明
平成20年6月2日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?10に係る発明は、平成19年10月23日付けの手続補正によって補正された特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定されるものであり、特に、請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりである。
「 膨潤性媒体(10)にインクを適用するプリンタの印刷品質を改善する方法であって、
膨潤性媒体によるインクの吸収を加速するのに役立つ処理流体を前記膨潤性媒体(10)に適用するステップと、
前記膨潤性媒体(10)にインクを適用するステップと、
を包含し、前記処理流体適用後1分以内に前記膨潤性媒体(10)にインクを適用する、方法。」

2.引用刊行物
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された引用された刊行物1及びその記載事項は、前記第2.2.(1-a)?(1-g)で示したとおりである。

3.対比・判断
本願発明は、上記第2.2.で検討した本願補正発明から、「膨潤性媒体」に関して、「膨潤性インク受容層を備えた」点を削除したものである。

そうすると、本願発明の特定事項を全て含み、さらに他の特定事項を付加したものに相当する本願補正発明が、上記第2.2.に記載したとおり、刊行物1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、当業者が刊行物1に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものである。

4.むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、当業者が刊行物1に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、その他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-07-28 
結審通知日 2010-08-03 
審決日 2010-08-16 
出願番号 特願2002-155359(P2002-155359)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (B41J)
P 1 8・ 121- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 桐畑 幸▲廣▼  
特許庁審判長 赤木 啓二
特許庁審判官 野村 伸雄
菅野 芳男
発明の名称 インクジェット印刷品質を改善するための方法と装置  
代理人 溝部 孝彦  
代理人 古谷 聡  

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