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審決分類 審判 訂正 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 訂正しない C09J
審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正しない C09J
審判 訂正 特36条4項詳細な説明の記載不備 訂正しない C09J
管理番号 1230865
審判番号 訂正2010-390073  
総通号数 135 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-03-25 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2010-07-09 
確定日 2011-01-17 
事件の表示 特許第4165065号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 本件訂正審判請求の要旨及び審理経緯

1.訂正審判請求の基礎
本件訂正審判請求の審理にあたっての基礎となる明細書につき検討すると、本件審判請求に係る特許第4165065号(平成13年12月27日特許出願、平成20年8月8日設定登録、以下「本件特許」という。)については、平成21年5月20日付けで無効審判が請求され(無効2009-800104号)、当該無効審判の審理の過程において訂正請求がされた。
そして、当該無効審判請求事件(以下「別件」という。)につきされた審決において、当該訂正が適法になされたと判示されたものの、当該審決に係る審決取消訴訟が知的財産高等裁判所に係属しており、審決は未確定であるから、当該別件手続中における訂正についても未確定である。
したがって、本件訂正審判請求の審理において、基礎となる明細書は、本件特許に係る願書に添付した明細書(以下「本件特許明細書」という。)である。

2.本件訂正審判請求の要旨
本件訂正審判請求の要旨は、本件特許明細書を特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正ないしは明りょうでない記載の釈明を目的として審判請求書に添付した訂正明細書のとおり、すなわち、下記訂正事項1ないし38のとおり訂正することを求めるものである。

(1)訂正事項1
【請求項1】を削除する。
(2)訂正事項2
【請求項2】を削除する。
(3)訂正事項3
訂正前の【請求項1】、【請求項2】及び【0005】等の記載に基づき、【請求項3】を、以下の独立形式に改める。
「アルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)と、シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーと、で構成されるシランカップリング剤(SCO)を含む接着剤であって(但し、Rは同一でも異なっていても良く、炭素数1?18の直鎖、または分岐鎖を有するアルキル基、シクロアルキル基、フェニル基、ベンジル基である。)、前記シランカップリング剤(SCO)が、シロキサン(Si-O-Si)結合を含み、かつ、前記シランカップリング剤(SCO)をGPC(ゲル透過クロマトグラフィー)測定した際に、シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と、シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が、GPCの面積比で、(A-1):(A-2)=100:1?100を満たすことを特徴とする接着剤。」
(4)訂正事項4
上記独立形式の【請求項3】において、「GPC(ゲル透過クロマトグラフィー)測定した際に」の直前に、「、カラム:TSKgelG3000H_(XL)+TSKgelG4000H_(XL)で」を挿入する。
(5)訂正事項5
上記独立形式の【請求項3】において、「(A-1):(A-2)=100:1?100」を、「(A-1):(A-2)=100:1.6?29.4」に訂正する。
(6)訂正事項6
上記独立形式の【請求項3】の項番を繰り上げて、【請求項1】とする。
(7)訂正事項7
【請求項4】を削除する。
(8)訂正事項8
【請求項5】を【請求項2】とし、「請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の接着剤」とあるのを、「請求項1に記載の接着剤」と訂正する。
(9)訂正事項9
【請求項6】を【請求項3】とし、「請求項1ないし請求項5のいずれか一項に記載の接着剤」とあるのを、「請求項1ないし請求項2のいずれか一項に記載の接着剤」と訂正し、「ラジカル重合性化合物(D)」とあるのを「シランカップリング剤(SCO)以外のラジカル重合性化合物(D)」と訂正する。
(10)訂正事項10
【請求項7】を【請求項4】とし、「請求項1ないし請求項5のいずれか一項に記載の接着剤」とあるのを、「請求項1ないし請求項2のいずれか一項に記載の接着剤」と訂正する。
(11)訂正事項11
【請求項8】を【請求項5】とし、「請求項1ないし7のいずれか一項に記載の接着剤」とあるのを、「請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の接着剤」と訂正する。
(12)訂正事項12
【請求項9】を削除する。
(13)訂正事項13
【請求項10】を削除する。
(14)訂正事項14
【請求項11】を削除する。
(15)訂正事項15
【請求項12】を【請求項6】とし、「請求項1ないし請求項8のいずれか一項に記載の接着剤である回路接続構造体の製造方法」とあるのを、「請求項1ないし請求項5のいずれか一項に記載の接着剤である回路接続構造体の製造方法」と訂正する。
(16)訂正事項16
【請求項13】を削除する。
(17)訂正事項17
【0004】中、「請求項1に記載の発明は・・・請求項2に記載の発明は・・・また、請求項3に記載の発明は・・・長期の保存安定性を与える接着剤を提供するものである。」とあるを、「請求項1に記載の発明は、特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの構成を有することを特徴とする接着剤に関し、高接着力でロットばらつきが発生せず、高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供するものであるとともに、当該接着剤の保管時や、使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与える接着剤を提供するものである。」と訂正する。
(18)訂正事項18
【0004】中、「請求項4に記載の発明は・・・高接着力で信頼性が高い接着剤を提供するものである。」を削除する。
(19)訂正事項19
【0004】中、「請求項5に記載の発明は・・・長期信頼性に特に優れる接着剤を提供するものである。」とあるを、「請求項2に記載の発明は、上記シランカップリング剤(SCO)が、メタクリロイル基またはアクリロイル基とアルコキシシラン構造を有するシランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーを含む接着剤に関し、請求項1に記載の発明に加えて、硬化密度が高く、接着後の接続体の長期信頼性に特に優れる接着剤を提供するものである。」と訂正する。
(20)訂正事項20
【0004】中、「請求項6に記載の発明は・・・を含む接着剤に関し」とあるを、「請求項3に記載の発明は、さらに、フィルム形成材(C)、シランカップリング剤(SCO)以外のラジカル重合性化合物(D)、ラジカル発生剤(E)を含む接着剤に関し」と訂正する。
(21)訂正事項21
【0004】中、「請求項7に記載の発明は・・・特に短時間での接着性に優れる接着剤を提供するものである。」とあるを、「請求項4に記載の発明は、さらに、フィルム形成材(C)、エポキシ樹脂(G)、潜在性硬化剤(H)を含む接着剤に関し、請求項1?2のいずれかに記載の発明に加えて、特に短時間での接着性に優れる接着剤を提供するものである。」と訂正する。
(22)訂正事項22
【0004】中、「請求項8に記載の発明は・・・格段に低い接着剤を提供するものである。」とあるを、「請求項5に記載の発明は、さらに、導電性粒子(F)を含む接着剤に関し、回路を接続した際の接続抵抗が格段に低い接着剤を提供するものである。」と訂正する。
(23)訂正事項23
【0004】中、「請求項9に記載の発明は・・・を混合する接着剤の製造方法に関し、」とあるを削除する。
(24)訂正事項24
【0004】中、「請求項10に記載の発明は・・・抑制された接着剤の製造方法を提供するものである。」とあるを削除する。
(25)訂正事項25
【0004】中、「請求項11に記載の発明は・・・接続抵抗が格段に低い接着剤の製造方法を提供するものである。」とあるを削除する。
(26)訂正事項26
【0004】中、「請求項12に記載の発明は・・・短時間で接続できる回路接続構造体の製造方法を提供するものである。」とあるを、「請求項6に記載の発明は、接着剤を相対向する回路電極を有する基板間に介在させ、相対向する回路電極を有する基板を加圧して加圧方向の電極間を電気的に接続した接続構造体であって、接着剤が請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の接着剤である回路接続体の製造方法に関し、上記の接着剤または、接着剤の製造方法で得られた接着剤を使用した回路接続体であり、上記の接着剤の高接着力、接着後の接着強度の低下が抑制され、接着後の接続体の接続信頼性が高く長期接続信頼性に優れ、また、短時間で接続できる回路接続構造体の製造方法を提供するものである。」と訂正する。
(27)訂正事項27
【0004】中、「請求項13に記載の発明は・・・同様の接続構造体を提供するものである。」とあるを削除する。
(28)訂正事項28
【0030】中、「カップリング剤100重量部に対して水は20重量部となる。」とあるを、「カップリング剤100重量部に対して水は12重量部となる。」と訂正する。
(29)訂正事項29
【0049】中、「請求項1に記載の発明は・・・請求項2、3に記載の発明は・・・を与える接着剤を提供することができる。」とあるを、「請求項1に記載の発明は、高接着力でロットばらつきが発生せず、高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができると共に、当該接着剤の保管時や、使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与える接着剤を提供することができる。」と訂正する。
(30)訂正事項30
【0049】中、「請求項4に記載の発明は・・・信頼性が高い接着剤を提供することができる。」を削除する。
(31)訂正事項31
【0049】中、「請求項5に記載の発明は・・・長期信頼性に特に優れる接着剤を提供することができる。」とあるを、「請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明に加えて、硬化密度が高く、接着後の接続体の長期信頼性に特に優れる接着剤を提供することができる。」と訂正する。
(32)訂正事項32
【0049】中、「請求項6,7に記載の発明は・・・接着剤を提供することができる。」とあるを、「請求項3,4に記載の発明は、請求項1?2記載の発明に加えて、特に短時間での接着性に優れる接着剤を提供することができる。」と訂正する。
(33)訂正事項33
【0049】中、「請求項8に記載の発明は・・・格段に低い接着剤を提供することができる。」とあるを、「請求項5に記載の発明は、請求項1?4記載の発明に加えて、回路を接続した際の接続抵抗が格段に低い接着剤を提供することができる。」と訂正する。
(34)訂正事項34
【0049】中、「請求項9,10に記載の発明は・・・抑制された接着剤を提供することができる。」とあるを削除する。
(35)訂正事項35
【0049】中、「請求項11に記載の発明は・・・格段に低い接着剤の製造方法を提供することができる。」とあるを削除する。
(36)訂正事項36
【0049】中、「請求項12に記載の発明は・・・短時間で接続できる回路接続構造体の製造方法を提供することができる。」とあるを、「請求項6に記載の発明は、請求項1?5記載の発明に加えて、上記の接着剤の高接着力、接着後の接着強度の低下が抑制され、接着後の接続体の接続信頼性が高く長期接続信頼性に優れ、また、短時間で接続できる回路接続構造体の製造方法を提供することができる。」と訂正する。
(37)訂正事項37
【0049】中、「請求項13に記載の発明は・・・提供することができる。」とあるを削除する。
(38)訂正事項38
【発明の名称】を、「接着剤、及びそれを用いた回路接続体の製造方法」と訂正する。

3.本件審判の審理の経緯
本件審判の審判請求以降の経緯については、以下のとおりである。
平成22年 7月 9日 本件審判請求
平成22年 7月29日付け 手続中止通知
平成22年 9月10日 上申書(審理再開申立)
平成22年 9月30日付け 審理再開通知
同日付け 訂正拒絶理由通知
平成22年11月 4日 意見書

4.訂正拒絶理由通知の概要
上記訂正拒絶理由通知の理由の概要は、下記「第2 当審の判断」に記載したとおりのものである。

第2 当審の判断

I.訂正の目的の適否
まず、上記第1の2.の(1)ないし(38)で示した訂正事項1ないし38の各訂正事項に係る訂正が、特許法第126条第1項ただし書各号に掲げる事項を目的とするものか否かにつき検討する。

1.訂正事項1ないし訂正事項16について
上記訂正事項1ないし訂正事項16に係る訂正は、いずれも本件特許明細書の特許請求の範囲に係るものである。
(1)訂正事項1、2及び7は、訂正前の請求項1、2及び4をそれぞれ削除するものであり、訂正事項3ないし6は、訂正前の請求項1及び2の削除にともない、訂正前の請求項1及び2を選択的に引用して記載された訂正前の請求項3を形式上独立形式に書き改めた上で、「シランカップリング剤(A)」の化学構造、GPC測定時のカラム構成及び「(A-1):(A-2)」の割合の範囲について、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載(段落【0005】及び【0028】ないし【0031】)に基づき限定を加えたものであるので、訂正事項1ないし7に係る訂正は、特許請求の範囲の減縮又は明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当することが明らかである。
(2)訂正事項8ないし11は、いずれも、訂正前の請求項1、2及び4を削除する訂正にともない、請求項番号及び引用する請求項番号を単に整合させるものであり、また、訂正事項9は、さらに「ラジカル重合性化合物(D)」に「シランカップリング剤(SCO)」が含まれないことを単に明確にしたのみであるので、いずれも明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当することが明らかである。
(3)訂正事項12ないし14及び16は、いずれも訂正前の請求項9ないし11及び13をそれぞれ削除するものであるから、いずれにしても特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当することが明らかである。
(4)訂正事項15は、訂正前の請求項12につき、訂正前の請求項1、2、4及び9ないし11を削除する訂正にともない、請求項番号を整合させたものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当することが明らかである。
(5)してみると、上記訂正事項1ないし16に係る訂正は、いずれも特許請求の範囲の減縮又は明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、特許法第126条第1項ただし書第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものである。

2.訂正事項17ないし37について
(1)訂正事項17ないし27及び29ないし37は、いずれも、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載につき、特許請求の範囲に係る訂正により生じた記載の不整合を単に整合させるものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものということができる。
(2)訂正事項28は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載における水の使用量比に係る誤記を単に正そうとするものであるから、誤記の訂正を目的とするものということができる。
(3)してみると、上記訂正事項17ないし37に係る訂正は、特許法第126条第1項ただし書第2号又は第3号に掲げる事項を目的とするものである。

3.訂正事項38について
訂正事項38は、上記訂正事項1ないし16に係る訂正により生じた発明の名称の不整合を単に整合させるものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものということができ、特許法第126条第1項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものである。

4.小括
以上のとおりであるから、上記訂正事項1ないし38の各訂正事項に係る訂正は、いずれも特許法第126条第1項ただし書第1号ないし第3号に掲げるいずれかの事項を目的とするものである。

II.新規事項の追加の有無
次に、上記訂正事項1ないし訂正事項38の各訂正事項に係る訂正が、本件特許明細書(又は本件特許に係る出願の願書に最初に添付した明細書)に記載した事項の範囲内においてしたものか、すなわち特許法第126条第3項の規定を満たすものかにつき検討する。

1.訂正事項1ないし27及び29ないし38について
上記訂正事項1ないし27及び29ないし38に係る訂正は、訂正前の本件特許に係る特許請求の範囲及び本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載した事項に基づくことが明らかである。
したがって、上記訂正事項1ないし27及び29ないし38に係る訂正は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものということができる。

2.訂正事項28について
上記訂正事項28に係る訂正については、本件特許に係る出願の願書に最初に添付した明細書の段落【0030】の記載からみて、訂正前の「カップリング剤100重量部に対して水は20重量部となる。」が、技術的に誤っていることが明らかであり、技術的常識からみて「・・水は12重量部となる。」とするのが相当である。
したがって、上記訂正事項28に係る訂正は、本件特許に係る出願の願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。

3.小括
以上のとおりであるから、上記訂正事項1ないし38の各訂正事項に係る訂正は、いずれも本件特許明細書に記載した事項又は本件特許に係る出願の願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第126条第3項の規定を満たすものである。

III.特許請求の範囲の実質的拡張又は変更の有無
さらに、上記訂正事項1ないし38の各訂正事項に係る訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものか否か、すなわち特許法第126条第4項の規定を満たすものかにつき検討する。
上記I.の1.ないし3.でそれぞれ説示したとおり、訂正事項1ないし16に係る訂正は、特許請求の範囲を実質的に減縮するもの又は明りょうでない記載の釈明に相当するものであって、また、訂正事項17ないし38に係る訂正は、明りょうでない記載の釈明又は誤記の訂正に相当するものであるといえるところ、訂正事項1ないし38において、他に特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更させる事項が存するものでもない。
したがって、上記訂正事項1ないし38の各訂正事項に係る訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでなく、特許法第126条第4項の規定を満たすものである。

IV.独立特許要件について
さらに、上記I.の1.及び2.で説示したとおり、上記訂正事項1ないし16及び28は、特許請求の範囲の減縮又は誤記の訂正を目的とするものであるから、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か、すなわち特許法第126条第5項に規定された要件を満たすものか否かにつき、以下検討する。

1.訂正後の本件特許に係る発明
本件審判請求による訂正後の本件特許に係る発明は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定されるとおりのものであり、特に請求項1に係る発明は、以下の事項により特定されるものである。
「アルコキシシラン結合(Si‐O‐R)を有するシランカップリング剤(A)と、シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーと、で構成されるシランカップリング剤(SCO)を含む接着剤であって(但し、Rは同一でも異なっていても良く、炭素数1?18の直鎖、または分岐鎖を有するアルキル基、シクロアルキル基、フェニル基、ベンジル基である。)、前記シランカップリング剤(SCO)が、シロキサン(Si‐O‐Si)結合を含み、かつ、前記シランカップリング剤(SCO)を、カラム:TSKgelG3000H_(XL)+TSKgelG4000H_(XL)でGPC(ゲル透過クロマトグラフィー)測定した際に、シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と、シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が、GPCの面積比で、
(A-1):(A-2)=100:1.6?29.4
を満たすことを特徴とする接着剤。」
(以下、「本件訂正発明」という。)

2.検討

(1)特許法第36条第4項第1号(いわゆる実施可能要件)について

ア.訂正後の本件特許明細書(以下「本件訂正明細書」という。)の発明の詳細な説明の記載事項
本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、シランカップリング剤(SCO)又は他の物(フィルム形成材)のGPC測定に関連する事項として、以下の事項のみが記載されている。

(ア)「【課題を解決するための手段】
請求項1に記載の発明は、特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの構成を有することを特徴とする接着剤に関し、高接着力でロットばらつきが発生せず、高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供するものであるとともに、当該接着剤の保管時や、使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与える接着剤を提供するものである。・・(後略)」。(【0004】)

(イ)「【発明の実施の形態】
・・(中略)・・
本発明のシランカップリング剤(SCO)中の縮合物の量はGPC測定で確認できる。あらかじめ原液のシランカップリング剤(A)を測定し、続いて上記シランカップリング剤(SCO)を測定すると、シランカップリング剤(A)に帰属されるピークの短時間側にオリゴマーのピークが観察される。
上記シランカップリング剤(SCO)における、シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と、シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が、GPCの面積比で、
(A-1):(A-2)=100:1?100であることが好ましく、
(A-1):(A-2)=100:1.1?80であることがより好ましく、
(A-1):(A-2)=100:1.2?60であることがさらに好ましく、
(A-1):(A-2)=100:1.3?40であることが最も好ましい。
(A-1):(A-2)=100:1未満である場合は、実質的な上記オリゴマーの効果が発現しない傾向があり、一方(A-1):(A-2)=100:100を超える場合には、接着剤の接着強度の低下や、接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。」(【0005】)

(ウ)「【実施例】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこの実施例に制限されるものではない。
(調製例1)
シランカップリング剤(A)とシランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-1)の作製
蒸留水1gとメチルエチルケトン99gを計りとり、混合して均一溶液(B-1)を作製した。(B-1)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して、室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-1)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は0.33重量部となる。シランカップリング剤(SCO-1)のGPC測定の結果、シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と、シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は、GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:1.6であった。
(調製例2)
シランカップリング剤(A)とシランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-2)の作製
蒸留水5gとメチルエチルケトン95gを計りとり、混合して均一溶液(B-2)を作製した。(B-2)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して、室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-2)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は1.66重量部となる。シランカップリング剤(SCO-2)のGPC測定の結果、シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と、シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は、GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:29.4であった。
(比較調製例1)
シランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)の作製
蒸留水9gとアセトン16gを計りとり、混合して均一溶液(B-2’)を作製した。(B-2’)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して、50℃で1日加熱してシランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は12重量部となる。シランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)のGPC測定の結果、シランカップリング剤(A)の単分子のピークは検出されず、シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子や、それ以上縮合したオリゴマーのピークが検出された。
(合成実験例1) フィルム形成材(C)の合成
フェノキシ樹脂(Ph-1)の合成
4,4-(9-フルオレニリデン)-ジフェノール45g、3,3’,5,5’-テトラメチルビフェノールジグリシジルエーテル50gをN-メチルピロリジオン1000mlに溶解し、これに炭酸カリウム21gを加え、110℃で攪拌した。3時間攪拌後、多量のメタノールに滴下し、生成した沈殿物をろ取してフェノキシ樹脂(Ph-1)を75g得た。分子量を東ソー株式会社製GPC8020、カラム(東ソー株式会社製TSKgelG3000H_(XL)とTSKgelG4000H_(XL))、流速1.0ml/minで測定した結果、ポリスチレン換算でMn=12,500、Mw=30,300、Mw/Mn=2.42であった。」(【0028】?【0031】)

イ.検討
上記ア.の(ア)?(ウ)の記載事項を検討すると、本件訂正明細書には、「シランカップリング剤(SCO)」のGPC測定に係る測定条件につき具体的に記載されていない。
また、フィルム形成材である「フェノキシ樹脂(Ph-1)」なる広範な分子量分布を有する高分子材料に係るGPC測定の測定条件につき、測定装置の種別、使用カラム及び流速なる測定条件の一部が記載されているものの、展開溶媒の種別などの他の測定条件については具体的に記載されていない。
しかるに、上記別件において審判請求人が提示した「実験成績証明書」に見られるとおり、単一のシランカップリング剤のオリゴマー組成物につきGPC測定する場合であっても、展開溶媒の種別なる一つの測定条件の変化により有意にモノマー:ダイマーのピーク面積比が変化するものといえる。
してみると、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき、本件訂正発明を当業者が実施しようとする場合において、「シランカップリング剤(SCO)」のGPC測定によるモノマー:ダイマーのピーク面積比につき、単一の「シランカップリング剤(SCO)」であっても、測定条件の差異により有意な差異を有する複数の値をとるものであるから、当該モノマー:ダイマーのピーク面積比により「シランカップリング剤(SCO)」を選択することが困難であるといえる。
(例えば、上記実験成績証明書においてサンプルとされた「X-40-9266B」なる製品名のγ-グリシドキシプロピルトリメトキシシランのオリゴマー(混合物)は、モノマー:ダイマーのピーク面積比として、100:52.8(展開溶媒:トルエン)と100:137.2(展開溶媒:THF)という極めて大きな差異を有する2つの値をとるものであるから、本件訂正前の特許発明における「シランカップリング剤(SCO)」に該当するのか否か当業者であっても判断することができず不明である。)
したがって、本件訂正明細書の発明の詳細な説明は、本件訂正発明を当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものということができない。

ウ.審判請求人の主張について

(ア)本件審判請求書における主張について
a.審判請求人は、本件審判請求書において、カラムの取扱説明書に係る参考資料1及び参考資料3(特開平5-98012号公報)を提示した上で、
「上記取扱説明書には、出荷時の状態からカラムの溶媒交換を行うことには、試料と充填剤との相互作用や、溶媒と装置の安定性等、種々慎重な配慮が必要となり、可能な限り出荷時の溶媒(すなわち、THF)を用いるとの注意がなされている。」(請求書第21頁第5行?第8行)とし、
「THF(テトラヒドロフラン)が、シランカップリング剤を溶解し、シランカップリング剤のGPC溶媒として使用されることは、例えば・・(参考資料3:【0052】)に記載されるとおり、本件特許の出願前から当業者において周知の事項でもあることから、シランカップリング剤の分析を行う本件発明において、出荷時のTHFに代えて、ことさら他の溶媒に変更する必要も必然性もない。」(同書同頁第12行?第17行)と主張している。

b.しかるに、上記参考資料1を参酌すると、「もし、試料の溶媒への溶解性および安定性などの理由により他の溶媒を使用される場合には、・・」(参考資料1第6頁第10行)とされているとおり、カラムを使用する当業者が、(出荷時のものとは別の)他の溶媒を展開溶媒として使用することを想定していることが明らかであり、また、上記参考資料1を参酌すると、「表1 H_(XL)・・シリーズ(THFカラム)の溶媒交換可能な有機溶媒」として、上記「実験成績証明書」に係る実験で使用された「トルエン」が例示されている(同頁最下段)から、上記参考資料1の記載が、THFのみを展開溶媒として使用すべきことを意味するものとはいえず、他のトルエンなどの有機溶媒を展開溶媒として当業者が使用することを妨げるものともいえない。
さらに、上記参考資料3に記載されたGPC測定は、平均分子量4000?40000なる高分子量の「ポリオルガノシロキサン樹脂」に係るものであって、モノマーあるいはダイマーなどの低分子量の「シランカップリング剤」に係るものではなく、THFが、シランカップリング剤のGPC溶媒として使用されることは、本件特許の出願前から当業者において周知の事項であったことを証するものではないから、「THF」がシランカップリング剤のGPC溶媒として使用されることが当業界の周知技術であったということはできない。
してみると、GPC測定において、適正な測定結果を得るべく、測定者が十分な配慮をしつつ、必要及び所望に応じて適宜測定条件を設定し測定を行うべきことは、当業者の技術常識であるから、当業者がGPC測定を十分な配慮を行いつつ測定するにあたって、展開溶媒を所望に応じてTHF以外の溶媒に変更することを妨げる要因が存するものとはいえない。

c.なお、GPC測定は、分子量分析などを行う際の当業界周知の一般的な方法であることからみて、カラムを含めたGPC測定装置は、シランカップリング剤以外のものを含む多種多岐にわたる複数種の試料を、十分な配慮をしつつカラム交換などをしないで複数回の測定に供するものと解するのが自然である。
してみると、本件訂正発明におけるシランカップリング剤の測定に先立って必要(THFに不溶で交換可能溶媒に溶解する試料の測定などが挙げられる。)に応じてトルエン等の交換可能溶媒に展開溶媒を変更した「TSKgelG3000H_(XL)+TSKgelG4000H_(XL)」カラムが装着されたGPC測定装置を有する他の当業者が、カラム交換などをしない当該GPC測定装置によりトルエン等の交換可能溶媒を展開溶媒として、シランカップリング剤の測定を行う蓋然性が極めて高いものということができる。
そして、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、GPC測定における展開溶媒につき何ら記載されていないのであるから、カラム出荷時のTHF以外を展開溶媒とする当該シランカップリング剤のGPC測定が十分な配慮を欠くものということはできない。

d.したがって、審判請求人の本件審判請求書における上記主張は、論拠を欠くものであり、採用する余地がない。

(イ)平成22年11月4日付け意見書における主張について
a.審判請求人は、上記意見書において、参考資料2(特開2006-330301号公報)、参考資料3(特許第3894410号公報)、参考資料4(特許第3894412号公報)、参考資料5(特許第3115364号公報)及び参考資料6(特許第2701941号公報)を提示した上で、
「GPCのピーク面積は、通常、各成分のピークとベースラインとの間の面積に比例し、測定条件に固有の値とはいえないことから、GPC面積比で特定する発明において、機器の標準の仕様に基づく測定条件で測定が行なわれる場合に、通常、溶媒や濃度等の測定条件を、明細書の発明の詳細な説明に逐一記載しなければならないとされているものではなく、なおかつ、特許請求の範囲に明示して特定すべきものともされていないのが実情です。」(意見書第3頁第3行?第9行)と主張し、さらに、
「GPCの測定条件に係るこのような記載要件の技術水準を示す具体例は、上記参考資料2のみならず、参考資料3(特許第3894410号)、参考資料4(特許第3894412号)、参考資料5(特許第3115364号)及び参考資料6(特許第2701941号)など枚挙にいとまがないものであり、しかも、これら参考資料3?6は、本件訂正発明と同じくGPC面積比を発明特定事項として具備し、特許された発明についてのものでもあります。
また、仮に、一般的に個々の測定条件によりGPC値が変動するのであれば、測定機器や測定条件の詳細は、発明の明確性の点からも特許請求の範囲に記載すべき必須事項となるといえますが、これらGPC測定機器や測定条件の詳細は、通常、特許請求の範囲に記載すべき必須の発明特定事項とされていないことも、上記参考資料2?6から明らかと存じ上げます。」(同書第3頁第17行?第4頁第1行)と主張している。

b.しかるに、上記参考資料2ないし6に係る記載を検討すると、いずれもGPC測定により試料の広範な分子量分布を測定した上で、平均重合度(参考資料2)又は広範な分子量範囲のピーク面積(参考資料3?6)を算出して発明特定事項としているものといえる。
それに対して、本件訂正発明におけるGPC面積比は、試料組成物であるシランカップリング剤(SCO)に含まれる「モノマー」及び「ダイマー」なる単一分子量の化合物成分の組成比に係るものであり、その測定において特段の精度を要求されることが、当業者に自明であるといえる。
してみると、上記参考資料2ないし6に記載されている広範な分子量分布につきGPC測定する通常の場合に詳細な測定条件・機器条件などについて明細書に具体的に記載されていないことが、本件訂正発明における特段の精度を要求されるGPC測定の詳細な測定条件・機器条件を明細書に具体的に記載する必要がないとすべき理由となるものではない。

c.そして、上記イ.で指摘した、別件で提出された「実験成績証明書」(意見書に添付された参考資料14)に記載されているとおり、他の測定条件が同一であっても、溶離溶媒のみを変更しただけで、単一試料に関するGPCのピーク面積比の測定値が有意に変化し、本件特許に係るGPCのピーク面積比に関する規定への適否を左右するのであるから、本件訂正発明におけるGPC測定について、測定条件・測定機器などの詳細情報を測定値が有意に変化しない程度に、明細書の発明の詳細な説明に開示する必要性が存するものと解するのが自然である。

d.したがって、審判請求人の上記意見書における主張についても、論拠を欠くものであり、採用する余地がない。

エ.小括
結局、本件訂正明細書の発明の詳細な説明は、本件訂正発明を当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものということができないから、特許法第36条第4項第1号に規定された要件を満たしていない。

(2)特許法第36条第6項

ア.はじめに
特許法第36条第6項には、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定され、同条同項第1号には、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定されている。
そして、特許請求の範囲の記載が、上記「第1号」に係る規定(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁特別部判決平成17年(行ケ)第10042号参照。)から、以下当該観点に基づいて検討する。

イ.本件訂正明細書の発明の詳細な説明について

(ア)本件訂正明細書の記載事項
本件訂正明細書には、以下の事項が記載されている。

(ア-1)「【発明の属する技術分野】
本発明は、接着剤、それを用いた回路接続構造体及びその製造方法に関する。」
(【0001】)

(ア-2)「【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、従来の接着剤および回路接続用接着剤である異方導電性接着剤は、各種基板に対する接着力が不十分であり、十分な接続信頼性が得られない。特に、接続時の基板へのダメージや位置ずれの低減化、及び生産効率を向上させるために、接続温度の低温化、接続時間の短縮化の要求に対しては十分な信頼性が得られていない。
また。従来の接着剤および回路接続用接着剤である異方導電性接着剤は各種基板に対する接着力のロットばらつきが発生し、高い歩留まりで良品を量産することが極めて困難な場合があった。
本発明は、高接着力で信頼性が高い接着剤を提供し、さらにロットばらつきが発生せず、高い歩留まりで良品を量産可能とする接着剤を提供し、さらには回路接続用接着剤及びそれを用いた回路接続構造体を提供する。
さらに本発明は、当該接着剤の保管時や、使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与えると共に、接着後においては長期間の接着強度の保持が可能となる接着剤、接着剤の製造方法、接続構造体を提供する。」
(【0003】)

(ア-3)「【発明の効果】
請求項1に記載の発明は、高接着力でロットばらつきが発生せず、高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができると共に、当該接着剤の保管時や、使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与える接着剤を提供することができる。
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明に加えて、硬化密度が高く、接着後の接続体の長期信頼性に特に優れる接着剤を提供することができる。
請求項3,4に記載の発明は、請求項1?2記載の発明に加えて、特に短時間での接着性に優れる接着剤を提供することができる。
請求項5に記載の発明は、請求項1?4記載の発明に加えて、回路を接続した際の接続抵抗が格段に低い接着剤を提供することができる。
請求項6に記載の発明は、請求項1?5記載の発明に加えて、上記の接着剤の高接着力、接着後の接着強度の低下が抑制され、接着後の接続体の接続信頼性が高く長期接続信頼性に優れ、また、短時間で接続できる回路接続構造体の製造方法を提供することができる。」
(【0049】)

(イ)本件訂正発明の解決すべき課題について
上記(ア)の(ア-1)ないし(ア-3)の記載を検討すると、上記(ア-2)の「従来の接着剤および回路接続用接着剤である異方導電性接着剤は各種基板に対する接着力のロットばらつきが発生し」なる記載における「接着力のロットばらつき」は、いかなる「ロット」に係る「接着力のばらつき」に係るものか(例えば、製造時期ごとのロット、単一の組成物から製造される(フィルム状)接着剤ごとのロット、基板の種別ごとの(接着物)ロットなどの種々の「ロット」がある。)不明であるが、本件訂正明細書の実施例あるいは比較例の記載(単一の接着剤組成物から10枚のフィルム状接着剤を製造し試験していること)からみて、「単一の組成物から製造される複数のフィルム状接着剤ごとのロット」を意味するものと解される。
してみると、上記(ア)の(ア-1)ないし(ア-3)の記載からみて、本件訂正発明は、「高接着力でフィルム状接着剤ごとのロットばらつきが発生せず、高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供するものであると共に、当該接着剤の保管時や、使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与える接着剤を提供」することを解決課題とするものといえる。

ウ.判断

(ア)本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載について
上記イ.で示した本件訂正発明の解決課題について、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載を検討すると、本件訂正発明に係る「「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合」に係る事項、すなわち、「シランカップリング剤(SCO)をGPC(ゲル透過クロマトグラフィー)測定した際に、シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と、シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が、GPCの面積比で、(A-1):(A-2)=100:1.6?29.4を満たすこと」と上記本件訂正発明の解決課題に係る効果との対応関係を当業者が認識・検討するにあたり、関連する記載は、
「シランカップリング剤(SCO)における、シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と、シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が、GPCの面積比で、
(A-1):(A-2)=100:1?100であることが好ましく、
(A-1):(A-2)=100:1.1?80であることがより好ましく、
(A-1):(A-2)=100:1.2?60であることがさらに好ましく、
(A-1):(A-2)=100:1.3?40であることが最も好ましい。
(A-1):(A-2)=100:1未満である場合は、実質的な上記オリゴマーの効果が発現しない傾向があり、一方(A-1):(A-2)=100:100を超える場合には、接着剤の接着強度の低下や、接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。」(【0005】)
なる記載及び実施例あるいは比較例に係る記載(【0028】?【0048】)であるものといえる。

(イ)検討
上記(ア)で示した記載を含めた本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、訂正後の各請求項につき以下検討する。
(当審注:上記(1)で説示したとおり、本件訂正明細書における「GPC(ピーク)面積比」はその測定条件などにより測定値が変化するものであり、単一の測定サンプルに対して一義的に「GPC面積比」が対応するものではないが、この検討においては、適正な「GPC面積比」が単一のサンプル測定により一義的に得られるものとして、検討を行う。)

(イ-1)本件訂正後の請求項1について
本件訂正明細書には、「「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合」に係る事項に関連する「接着剤の保存安定性」(【0005】)又は「接着剤の保管時や、使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与える」(【0003】)なる記載はあるものの、当該「接着剤の保存安定性」なる物性につき、いかなる技術事項の良否をもって、当該物性の良否を判断するのかについて記載されておらず、上記「シランカップリング剤の劣化」についても、いかなる現象であるのか記載されていない。
してみると、本件訂正発明に係る「「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合」に係る事項を具備することにより、本件訂正発明に係る上記「接着剤の保管時や、使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与える接着剤」の提供なる解決課題を解決できると当業者が認識することができるものとはいえない。
また、本件訂正明細書に記載された本件訂正発明に係る実施例は、「シランカップリング剤」と「オリゴマー」とのGPC面積比が、100:1.6又は100:29.4の場合のみであって、比較例は、いずれかの成分が含まれていないもの(すなわち、「シランカップリング剤」と「オリゴマー」とのGPC面積比が、100:0又は0:100の場合)のみであるとともに、上記実施例及び比較例のいずれの場合においても、「接着剤の保存安定性」に係る技術事項は記載されていない。
してみると、極めて限定されたGPC面積比の上限値又は下限値の場合に係る極めて限定された上記2つの実施例に係る事項、本件訂正発明に係る「(A-1):(A-2)=100:1.6?29.4」なる範囲とはかけ離れた場合に係る比較例に係る事項及び各事項の対比に基づいて当業者が認識しようとしても、本件訂正発明に係る「「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合」に係る「(A-1):(A-2)=100:1.6?29.4」なる範囲のものがすべて、本件訂正発明に係る上記「接着剤の保管時や、使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与える接着剤」の提供なる解決課題を解決できると認識することができるものとはいえない。
さらに、本件訂正発明に係る「「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合」につき「(A-1):(A-2)=100:1.6?29.4」なる範囲のものとすること、すなわち、モノマー及びダイマーを併せて特定の含有量比で含む「シランカップリング剤(SCO)」を使用して接着剤を構成することは、そもそも本件特許に係る出願時の当業界において新規な技術事項であろうから、当該「「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合」につき「(A-1):(A-2)=100:1.6?29.4」なる範囲のものとすることにより、本件訂正発明に係る上記「接着剤の保管時や、使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与える接着剤」の提供なる解決課題を解決できると当業者が認識することができるような、当業界の技術常識が存するものともいえない。
したがって、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、「「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合」につき「(A-1):(A-2)=100:1.6?29.4」の範囲とすることを発明特定事項とする訂正後の請求項1に係る技術事項を具備するものがすべて上記本件訂正発明が解決しようとする課題を解決できると当業者が認識することができるように記載されているものとはいえず、出願時の当業界の技術常識に照らして当業者が検討しても、本件訂正発明が上記解決すべき課題を解決することができると認識することができるものということができない。
よって、本件訂正発明が、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載した発明であるということができない。

(イ-2)本件訂正後の請求項2ないし6について
本件訂正後の請求項2ないし6は、いずれも請求項1を引用して記載されるものであり、「「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合」に係る事項がさらに特定されているものでもないから、請求項1に係る上記(イ-1)で説示した理由と同一の理由により、訂正後の請求項2ないし6に記載されている事項で特定される各発明が、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載した発明であるということができない。

エ.小括
結局、本件訂正後の請求項1ないし6の記載は、同各項に記載されている事項で特定される発明が発明の詳細な説明に記載した発明であるということができないから、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するものではなく、同法同条同項に規定された要件を満たしていない。

(3)独立特許要件に係るまとめ
以上のとおり、本件訂正明細書の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定された要件を満たしていないものであり、また、本件訂正後の請求項1ないし6の記載は、同法同条第6項に規定された要件を満たしていないものであるから、いずれにしても本件訂正後の本件特許に係る出願は、同法第49条第4号に該当し、特許出願の際拒絶されるべきものである。
よって、本件訂正後の請求項1ないし6に記載されている事項で特定される発明は、いずれも特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

第3 まとめ
以上のとおり、本件訂正は、特許法第126条第5項に規定された要件を満たしていないから、不適法なものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-11-19 
結審通知日 2010-11-24 
審決日 2010-12-07 
出願番号 特願2001-397178(P2001-397178)
審決分類 P 1 41・ 537- Z (C09J)
P 1 41・ 536- Z (C09J)
P 1 41・ 856- Z (C09J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中西 聡  
特許庁審判長 原 健司
特許庁審判官 松本 直子
橋本 栄和
登録日 2008-08-08 
登録番号 特許第4165065号(P4165065)
発明の名称 接着剤、接着剤の製造方法及びそれを用いた回路接続構造体の製造方法  
代理人 城戸 博兒  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 池田 正人  
代理人 清水 義憲  

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