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審決分類 審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1231070
審判番号 不服2009-3800  
総通号数 135 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-03-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-02-19 
確定日 2011-01-26 
事件の表示 特願2004-554048「インクジェットプリントヘッド、プリンタシステム、および泡形成液体の液滴を射出する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 6月10日国際公開、WO2004/048110、平成18年 3月 2日国内公表、特表2006-507147〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
本願は、2003年11月17日(パリ条約による優先権主張2002年11月23日、米国)を国際出願日とする出願であって、原審において平成20年4月4日に拒絶の理由が通知され、それに対して同年6月19日に手続補正がなされ、同年12月4日付けで拒絶査定がなされ、それに対して平成21年2月19日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、同日に手続補正がなされたものである。
その後、平成22年4月2日付けで審判請求人に前置報告書の内容を示し意見を求めるための審尋を行ったところ、同年6月9日に回答書が提出されたものである。

第2.平成21年2月19日の手続補正についての補正却下の決定

〔補正却下の決定の結論〕
平成21年2月19日の手続補正を却下する。

〔理由〕
1.本件補正の内容
平成21年2月19日の手続補正(以下「本件補正」という。)は、特許請求の範囲についての補正であって、そのうち特許請求の範囲の請求項1については、本件補正前(平成20年6月19日の手続補正後のもの)に、
「【請求項1】
泡形成液体が収容される複数のチャンバと、
前記複数のチャンバを画成する、厚さが5ミクロン未満である構造体と、
前記構造体に組み込まれた複数台のノズルであって、各ノズルが前記チャンバと一対一に対応する、当該複数台のノズルと、
各ノズルに対応し各チャンバ内に配置された少なくとも1台のヒーター素子と、
を備え、
各ヒーター素子が前記泡形成液体と熱接触するように設けられ、
各ヒーター素子が、前記泡形成液体内に気泡を形成し、これにより、当該ヒーター素子に対応する前記ノズルを通して前記泡形成液体の液滴を射出させるため、前記泡形成液体の少なくとも一部分を加熱するように構成され、
各チャンバ内の圧力は、約1気圧である
インクジェットプリントヘッド。」
とあったものを、
「【請求項1】
泡形成液体が収容される複数のチャンバと、
前記複数のチャンバを画成する、厚さが5ミクロン未満である構造体と、
前記構造体に組み込まれた複数台のノズルであって、各ノズルが前記チャンバと一対一に対応する、当該複数台のノズルと、
各ノズルに対応し各チャンバ内に配置された少なくとも1台のヒーター素子と、
を備え、
各ヒーター素子が前記泡形成液体と熱接触するように設けられ、
各ヒーター素子が、前記泡形成液体内に気泡を形成し、これにより、当該ヒーター素子に対応する前記ノズルを通して前記泡形成液体の液滴を射出させるため、前記泡形成液体の少なくとも一部分を加熱するように構成され、
前記気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である
インクジェットプリントヘッド。」(下線は審決において付した。以下同じ。)と補正するものである。

2.補正の適否についての検討
本件補正前後で請求項数はいずれも36であり、記載ぶりからして補正前の請求項1?36が補正後の請求項1?36にそれぞれ対応することは明らかである。
本件補正により、補正前の請求項1に記載の「各チャンバ内の圧力は、約1気圧である」が、「前記気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である」と補正された。
ここで、出願当初の明細書、特許請求の範囲又は図面には、
「前記気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である」
点は、記載も示唆もされていない。
この点に関し、請求人は平成21年2月19日の審判請求書の「(3)補正の内容」において、
「審判請求人は、審判請求と同時に提出した手続補正書により、請求項1、14および27の記載を補正しました。これらの補正は何れも、各チャンバ内の圧力が約1気圧になる時期(段階)を明らかにするものであり、具体的には、請求項1、14では「前記気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である」と補正し、請求項27では「前記気泡を発生させている途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力を、約1気圧にする」と補正しました。
上記のような請求項1、14および27への補正は、明細書の段落0101の記載および段落0107の記載を根拠とするものです。即ち、段落0101の第1?2行目の記載「既存のサーマルインクジェットシステム又はバブルジェットシステムは、泡発生フェーズの間に最大で100気圧までの圧力遷移が起こる。」に基づき、従来装置では泡発生の途中の期間における過渡的な圧力が最大で100気圧になる点が自明であります。また、段落0107の第1?3行目の記載「本発明におけるかなり薄いノズル板2が可能になる理由は、チャンバ7内に発生される圧力が、上記のように従来技術の装置における100気圧ではなく、約1気圧に過ぎないからである。」に基づき、従来装置ではチャンバ7内の圧力が100気圧になっていたところ、本発明ではチャンバ7内の圧力が約1気圧に過ぎない点が自明であります。
以上より、段落0101、0107の記載に基づき、従来は泡発生の途中の期間におけるチャンバ内の過渡的な圧力が最大で100気圧になっていたところ、本発明では、泡発生の途中の期間におけるチャンバ内の過渡的な圧力が約1気圧に過ぎない点が、当業者にとって自明である(当業者が導くことができる)と考えます。
よって、請求項1、14および27の補正は、新規事項追加には該当しないと考えます。
また、同補正は、補正前にすでに記載されていた「各チャンバ内の圧力は約1気圧である」という要件について、どの段階における圧力を指すのかを明確にするべく、上記の要件を限定的に減縮する補正であり、審判請求時の補正として適正な補正であると考えます。
また、補正後の請求項1?36の発明は、後述するように、独立して特許を受けることができるものであり、その点でも、審判請求時の補正として適正な補正であると考えます。 」
と、また、平成22年6月9日付け回答書の「2.前置報告書に対する意見」において
「前置報告書では、平成21年2月19日付け手続補正書による補正が特許法第17条の2第3項の規定に違反するとする根拠として、(a)「当初明細書には気泡形成における過渡的な気圧が約1気圧である点は記載されていない点」、および(b)「補正後の請求項1に係る発明では、気泡形成における最大圧力はいかなるものも取り得る点」が挙げられていると考えます。
審判請求人は、上記の根拠(a)、(b)について、以下反論します。
2-1.根拠(a)について
当初明細書の段落0101、0107およびこれらの前後の記載を読めば、当業者であれば、以下の事項を把握できると考えます。即ち、従来は泡発生フェーズの間に最大で100気圧までの圧力遷移が起こるため、十分な窒化物ノズル板の厚さ(例えば10ミクロン)が必要であったところ、本発明では窒化物ノズル板の厚さを従来よりも薄くできるようにした。その理由は、従来の100気圧のところを約1気圧に抑えたためである。
即ち、当業者であれば、泡発生フェーズの間の圧力を低く抑えることで、窒化物ノズル板の厚さを従来よりも薄くできるようにした、という事項を把握できると考えます。仮に、従来の100気圧と本発明の約1気圧とが異なるタイミングでの圧力であれば、当初明細書の段落0107で両者を対比すること自体に全く意味を持たないことは当業者も十分に理解するところであり、当初明細書の段落0107では従来の100気圧と本発明の約1気圧とが同じ時期(同じタイミング)の圧力であると解するのが極めて自然であると考えます。
したがって、当初明細書の段落0107の「チャンバ7内に発生される圧力が、上記のように従来技術の装置における100気圧ではなく、約1気圧に過ぎない」との記載から、泡発生フェーズの間のチャンバ7内に発生される圧力が約1気圧であると解され、これにより、気泡形成における過渡的な気圧が約1気圧である点は、当初明細書に記載されている、又は、当初明細書の記載に基づき当業者にとって自明な範囲にあると考えます。
よって、前置報告書における根拠(a)は、妥当性を欠くと考えます。
2-2.根拠(b)について
本審判の審判請求書にて、審判請求人が述べたように、平成21年2月19日付け手続補正書による補正は、補正前にすでに記載されていた「各チャンバ内の圧力は約1気圧である」という要件について、どの段階における圧力を指すのかを明確にするべく、上記の要件を限定的に減縮する補正であります。これは、拒絶査定で引用された引用文献1(特開平05-131636号公報)のメニスカスが吐出口に形成されている静止状態における圧力室内の圧力(約一気圧)との差異を明らかにするために行った補正です。
そのため、同補正後の請求項1の「気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力」における「過渡的な圧力」とは、気泡を形成している途中の期間中の圧力という意味で記載したものであり、変化する途中の「ある1点での圧力」を意味するものではありません。仮に、同補正後の請求項1の「過渡的な圧力」が、変化する途中の「ある1点での圧力」と解釈し、「気泡形成における最大圧力はいかなるものも取り得る」と解釈すると、補正後の請求項1に係る発明が技術的意味を持たないことは当業者も十分に理解するところであります。換言すれば、当業者ならば、補正後の請求項1の「気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である」という文の全体からみれば、「過渡的な圧力」が、変化する途中の「ある1点での圧力」とは解釈しないと考えます。
上記2-1で述べたように、当初明細書の記載より当業者には、泡発生フェーズの間のチャンバ7内に発生される圧力が約1気圧と解されることから、補正後の請求項1の「気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である」は、気泡を形成している途中の期間中は各チャンバ内の過渡的な圧力は約1気圧程度で推移すると解するのが極めて自然であり、「気泡形成における最大圧力はいかなるものも取り得る」と解するのは妥当性を欠くと考えます。
即ち、前置報告書における根拠(b)は、妥当性を欠くと考えます。」
と、それぞれ主張している。
上記主張について検討する。
本件出願の国際出願翻訳文提出書の段落【0100】?【0108】には、以下のとおり記載されている。
「【0100】
少なくとも本発明の実施形態において、本発明のこの特徴のさらなる効果は、既存の半導体製造プロセスとの互換性である。CVDによるノズル板2の堆積は、半導体製造のため普通に使用されるプロセスを使用して、ノズル板が通常のシリコンウェハー製造のスケールでプリントヘッドに組み込まれることを可能にする。
【0101】
既存のサーマルインクジェットシステム又はバブルジェットシステムは、泡発生フェーズの間に最大で100気圧までの圧力遷移が起こる。このような装置においてノズル板2がCVDによって塗布されたならば、このような圧力遷移に抵抗するためには、かなりの厚さのCVDノズル板が要求される。当業者にとって当然であるように、堆積したノズル板の厚さは以下に説明するようなある種の問題を生じる。
【0102】
例えば、ノズルチャンバ7内で100気圧の圧力に抵抗するために十分な窒化物の厚さは、例えば、10ミクロンである。厚いノズル板2を有する本発明によらないユニットセル1を示す図49を参照すると、このような厚さは、液滴射出に関係する問題を生じることが認められる。この場合、ノズル板2の厚さが原因となって、インク11がノズル板を通して射出されるときに、ノズル3によって加えられる流体抗力は、装置の効率に著しい損失を生じさせる。
【0103】
このような厚いノズル板2の場合に存在する別の問題は、実際のエッチングプロセスに関係する。これは、図示されるように、ノズル3が、例えば、標準的なプラズマエッチングを使用して、基板部のウェハー8に対して垂直にエッチングされることを仮定している。これは、典型的に10ミクロンを上回るレジスト69が塗布されることを必要とする。その厚さのレジスト69を露光するためには、レジストを露光するため使用されるステッパの焦点深度がかなり浅いので、所要の解像度のレベルを達成することが困難になる。当該深さのレジスト69はx線を使用して露光することが可能であるが、これはかなりコストのかかるプロセスである。
【0104】
10ミクロンの厚さの窒化物の層がシリコン基板ウェハー上に堆積したDVCである場合にこのような厚いノズル板2に関して存在するさらなる問題は、厚い堆積層内の固有の応力の他に、CVD層と基板との間には熱膨張の差があるので、リソグラフィックプロセスのさらなるステップが実行できなくなる程度までウェハーが曲げられることである。したがって、(本発明とは異なる)10ミクロン程度の厚さのノズル板2の層は、可能ではあるが、不利である。
【0105】
図50を参照すると、本発明の一実施形態によるMemjetサーマルインク射出装置において、CVD窒化物ノズル板層2は僅かに2ミクロンの厚さである。したがって、ノズル3の中の流体抗力は格別大きくないので、損失の主要な原因ではない。
【0106】
さらに、このようなノズル板2においてノズル3をエッチングするために必要なエッチング時間及びレジスト厚と、基板ウェハー8上の応力は極端な数値にはならない。
【0107】
本発明におけるかなり薄いノズル板2が可能になる理由は、チャンバ7内に発生される圧力が、上記のように従来技術の装置における100気圧ではなく、約1気圧に過ぎないからである。
【0108】
多数の要因が本システムにおいて液滴16を射出するために必要な圧力遷移の著しい低下に寄与する。それらの要因には、
1.チャンバ7の小さいサイズ
2.ノズル3及びチャンバ7の正確な製造
3.低い液滴速度における液滴射出の安定性
4.ノズル3の間の非常に低い流体クロストーク及び熱クロストーク
5.泡面積に対する最適ノズルサイズ
6.薄い(2ミクロンの)ノズル3の中の低い流体抗力
7.入口9を通るインク射出を原因とする低い圧力損失
8.自己冷却動作
が含まれる。」
上記記載においては、その段落【0107】に、
「チャンバ7内に発生される圧力が、上記のように従来技術の装置における100気圧ではなく、約1気圧に過ぎないからである。」
と確かに記載されているが、その「約1気圧」がいつの時点の圧力であるか、また、ある期間における圧力であるのかなどについては一切記載も示唆もされておらず、さらに、上記記載以外の明細書又は図面にも、
「前記気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である」
点については、記載も示唆もされておらず、また、明細書、特許請求の範囲又は図面の記載から、自明の事項であるとすることもできない。
そうすると、請求項1についての補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものではない。
したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第3項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.独立特許要件について
上記のように、本件補正は、適法になされていないことが明らかであるが、念のため、独立特許要件についても検討しておく。

(1)特許法第36条第4項第1号についての検討
補正後の請求項1には、
「前記気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である」
と記載されている。
ここで、本件出願の国際出願翻訳文提出書の段落【0017】,【0019】?【0028】において、気泡の形成に関して次のとおり記載されている。
「【0017】
プリントヘッドが使用されているとき、インク11は貯蔵庫(図示せず)から入口通路9を介してチャンバ7へ入るので、チャンバは図1に示されたレベルまで充填される。次に、ヒーター素子10が1マイクロ秒よりも多少短い時間に亘って加熱され、その加熱は熱パルスの形式である。ヒーター素子10はチャンバ7内のインク11と熱接触するので、素子が加熱されるとき、インク内に気泡12を発生させることがわかる。したがって、インク11は泡形成液体の構成要素である。図1は、熱パルス発生の約1ミリ秒後における、すなわち、ちょうど泡がヒーター素子10上に凝集されたときの泡12の形成を示す。熱はパルスの形で加えられるので、泡12を発生させるために必要な全エネルギーは短時間のうちに供給されるべきであることがわかる。
……(中略)……
【0019】
素子10が上記のように加熱されるとき、泡12は素子の全長に沿って作られ、この泡は、図1の断面図では、断面図に示された素子部分のそれぞれに1個ずつの4個の泡部分として示されている。
【0020】
泡12は、一旦発生させられると、チャンバ7内の圧力を増加させ、この圧力増加は次にノズル3を通してインク11の液滴16を射出させる。リム4は、液滴16が射出されたときに液滴を方向付けるので、液滴の方向の誤りの危険を最小限に抑える。
【0021】
入口通路9ごとに1台のノズル3と1台のチャンバ7しか存在しない理由は、チャンバ内で発生される圧力波が、素子10の加熱時及び泡12の形成時に、隣接するチャンバ及びそれらの対応するノズルに影響を与えないようにするためである。
【0022】
ヒーター素子10が固体材料に埋め込まれるのではなく吊されることの利点は後述される。
【0023】
図2及び3は、後の連続した2段階のプリントヘッドの動作時のユニットセル1を示す。泡12がさらに発生し、したがって、成長し、その結果として、インク11がノズル3を通って前進していることがわかる。図3に示されるように、成長したときの泡12の形状は、インク11の慣性力学と表面張力の組み合わせによって決まる。帳面張力は泡12の表面積を最小化する傾向があるので、ある程度の量の液体が気化されるときまで、泡は基本的に円板状である。
【0024】
チャンバ7内の圧力増加は、インク11をノズル3から押し出すだけでなく、一部のインクを入口通路9から押し戻す。しかし、入口通路9は長さが約200?300ミクロンであり、直径が約16ミクロンしかない。したがって、かなりの粘性抵抗がある。その結果、チャンバ7内の圧力増加の圧倒的な影響は、インクを射出された液滴としてノズル3を通して押し出すことであり、入口通路9を通して押し戻すことではない。
【0025】
次に図4を参照すると、さらに別の連続した動作段階におけるプリントヘッドが示され、液滴が離脱する前の「ネッキングフェーズ」中の射出されているインク液滴16が示されている。この段階では、泡12は既にその最大サイズに到達し、図5にさらに詳細に示されているように、崩壊点17へ向かって壊れ始めている。
【0026】
崩壊点17へ向かう泡12の崩壊は、崩壊点へ向かって、一部のインク11をノズル3内部から(液滴の側面18から)取り出し、一部を入口通路9から取り出す。このようにして取り出された大半のインク11はノズル3から取り出され、液滴が離脱する前に液滴16のベースに環状のネック19を形成する。
【0027】
液滴16は、離脱するためには、表面張力に打ち勝つためのある程度の運動量を必要とする。インク11が泡12の崩壊によってノズル3から取り出されるとき、ネック19の直径は減少するので、液滴を保持する総表面張力の量が減少し、その結果、液滴がノズルから射出されるときの液滴の運動量は液滴を離脱させることが十分に可能である。
【0028】
液滴16が離脱するとき、泡12が崩壊点17まで崩壊するので、矢印20によって示されるようなキャビテーション力が生じる。なお、崩壊点17の近傍には、キャビテーションが影響する可能性のある固体表面が存在しないことに注意する必要がある。」
さらに図1?図5を参酌して考慮するに、
「前記気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である」
とは、図1から図3にかけての期間において、各チャンバ内の圧力は、約1気圧であることを示していると解さざるを得ない。
しかしながら、各チャンバ内のインク11にも、約1気圧の大気圧が作用していることは自明であるから、各チャンバ内の過渡的な圧力が約1気圧であれば、そもそも気泡を形成することはできず、また、各チャンバ内の過渡的な圧力が約1気圧であれば、約1気圧の大気圧に逆らって液滴をノズルから射出することもできない。
してみると、
「前記気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である」
場合に、そもそもどのようにして本件補正後の発明が、液滴をノズルから射出することができるのかについては全く不明と言わざるを得ず、また、当業者が本件補正後の発明を実施可能な程度に明細書又は図面に記載されているということもできない。
すなわち、本件出願の明細書の発明の詳細な説明は、本件出願の発明を裏付けるものではないから、特許法第36条第4項第1項の規定に違背する。
したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

(2)特許法第29条第2項について
ア.引用刊行物
本願優先日前に頒布され、原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である特開平5-131636号公報(以下、「引用例」という。)には、次の記載がある。
(a)「【実施例】
次に、本発明の実施例について図面を参照して説明する。図1(A),(B)はそれぞれ本発明の液体噴射記録ヘッドの製造方法で製造される液体噴射記録ヘッドの一例の構成を示す模式上面図、図1(c)は図1(A)または図1(B)のA-A'線での断面図である。」(段落【0010】)
(b)「この液体噴射記録ヘッドは、基板1、金属層3、構造体膜4の3層構造となっている。構造体膜4にはインクを吐出するための吐出口6があけられ、一方、基板1にはインクを供給するためのインク供給口5があけられている。インク供給口5の直上に吐出口6が位置するようにはなっておらず、これらインク供給口5と吐出口6とは、インク流路7によって連通している。このインク流路7は、金属層3内にその欠落部として設けられ、インク流路7の底壁が基板1、側壁が金属層3、上壁が構造体膜4であるようになっている。さらに、基板1の上面であって吐出口6の直下にあたる位置に、エネルギー発生素子2が設けられている。このエネルギー発生素子2は、吐出口6から吐出するためのエネルギーをインクに与えるものであって、例えば電気熱変換体、圧電素子などからなる。ちなみにエネルギー発生素子2として電気熱変換体を使用した場合、この素子が近傍のインクを加熱することにより熱エネルギーがインクに与えられてインクが発泡し、発泡に伴ってインクが吐出することになる。一方、エネルギー発生素子2として圧電素子を使用した場合には、この素子の機械的振動によって吐出エネルギーがインクに与えられる。エネルギー発生素子2には、これら素子を動作させるための駆動信号が入力する電極(不図示)が接続されている。また、エネルギー発生素子2の耐久性を向上させるために、保護層などの各種の機能層が設けられるが、本発明においてもこのような機能層を設けることは一向に差し支えない。」(段落【0011】)
(c)「図1(A)に示したものは1本のインク流路7当たり1個の吐出口5(審決注:「吐出口6」の誤記と認める。)が設けられているものであり、図1(B)に示したものは、1本のインク流路7に複数の吐出口5(審決注:「吐出口6」の誤記と認める。)が設けられているものである。いずれの場合であっても、1つの吐出口5(審決注:「吐出口6」の誤記と認める。)に対応して1個のエネルギー発生素子2が設けられている。また、インク供給口5を基板1ではなく構造体膜4に設けることも十分に可能である。」(段落【0012】)
(d)「さらに、吐出口6およびこれに連通するインク流路7は、1個の液体噴射記録ヘッドにつき所望の個数設けることができ、例えば16個/mmといった高密度で128個もしくは256個さらにそれ以上の個数形成することができ、さらに被記録媒体の記録領域の全幅にわたるだけの数を形成してフルラインタイプとすることもできる。」(段落【0013】)
(e)「次に、このインクジェット記録ヘッドの動作について説明する。記録用の液体であるインクは、図示しない液体貯蔵室からインク供給口5を通ってインク流路7内に供給され、インク流路7の先端である吐出口6でメニスカスを形成することにより安定に保持される。ここでエネルギー発生素子2を図示しない駆動手段で駆動することにより、吐出エネルギーがインクに印加され、その吐出エネルギーの作用によってインクが吐出口6から吐出し、記録が行なわれる。」(段落【0014】)
(f)「次に、実際に液体噴射記録ヘッドを製造した例について説明する。
[実施例1]
構造体膜4が金属からなる液体噴射記録ヘッドを図2(A)?(F)に示した手順によって作成した。」(段落【0021】)
(g)「まず、エネルギー発生素子2を予め形成してあるシリコン製の基板1の表面に、スピナーを用いてポジ型フォトレジスト(ヘキスト社製AZ4903)を20μmの厚さに塗布した。そして、公知の工程によって露光、現像を行ない、基板1のインク流路7となるべき位置のみに前記フォトレジストからなる樹脂層8が残り、基板1上の他の部位にはこのフォトレジストが残らないようにして、インク流路7に対応するパターンである樹脂層8を形成した(図2(A))。この樹脂層8が形成された基板1をCVD装置に装着し、このCVD装置に六フッ化タングステンガスを導入して、基板1の樹脂層8(パターン)で被覆されていない部分にのみタングステンを堆積させ、金属層3を形成した(図2(B))。金属層3の厚さは、樹脂層8の厚さと同じになるようにした。CVDとしては、熱CVD、プラズマCVD、光CVDなど、いずれの方法を用いてもよい。」(段落【0022】)
(h)「続いて金属層3および樹脂層8の上に、基板1側から厚さ50nmのタングステン層および厚さ2μmのアルミニウム層からなる積層構造の構造体膜4をCVD法によって形成した(図2(C))。ここで、基板1側に設けられたタングステン層は、金属層3と構造体膜4との密着性をを向上させるためのものである。もちろん、構造体膜4をスパッタリングやその他の成膜方法を用いて形成してもよい。」(段落【0023】)
(i)「次に、構造体膜4の上面にスピナーを用いてポジ型のフォトレジスト9(東京応化製OFPR83)を1μmの膜厚で塗布し、露光、現像を行なうことによって、吐出口6となるべき位置のフォトレジスト9を取り除き、他の部位のフォトレジスト9が残存するようにしてパターニングを行ない、そののちエッチングを行なうことによって吐出口6を形成した(図2(D))。構造体膜4のエッチングは湿式で行ない、まず、リン酸、硝酸および酢酸の混酸溶液からなるエッチング液を用いて構造体膜4のうちのアルミニウム層をエッチングし、次いで、硝酸第2セリウムアンモニウムのアルカリ溶液からなるエッチング液を用いて構造体膜4のタングステン層をエッチングした。湿式のエッチングの代わりに、リアクティブイオンエッチングなどの乾式のエッチングを行なってもよい。吐出口6の形成に引続き、ダイヤモンドドリルを用いて基板1の裏面側からインク供給口5を開口した(図2(E))。最後に、エタノール中で超音波洗浄を10分間行なうことにより、樹脂層8を溶解除去してインク流路7を開通させた。このとき同時に構造体膜4の表面に残存しているフォトレジスト9も除去され、液体噴射記録ヘッドが完成したことになる(図2(F))。……(後略)……」(段落【0024】)

上記記載事項(a)?(i)及び図面の記載からみて、引用例には、以下の発明が記載されていると認められる。
「基板1、金属層3、構造体膜4の3層構造となっている液体噴射記録ヘッドであって、
構造体膜4にはインクを吐出するための吐出口6があけられ、一方、基板1にはインクを供給するためのインク供給口5があけられており、
インク供給口5の直上に吐出口6が位置するようにはなっておらず、これらインク供給口5と吐出口6とは、インク流路7によって連通していて、
このインク流路7は、金属層3内にその欠落部として設けられ、インク流路7の底壁が基板1、側壁が金属層3、上壁が構造体膜4であるようになっており、
基板1の上面であって吐出口6の直下にあたる位置に、エネルギー発生素子2が設けられていて、
このエネルギー発生素子2は、吐出口6から吐出するためのエネルギーをインクに与えるものであって、電気熱変換体からなり、
エネルギー発生素子2が近傍のインクを加熱することにより熱エネルギーがインクに与えられてインクが発泡し、発泡に伴ってインクが吐出することになるものであって、
1本のインク流路7当たり1個の吐出口6が設けられているものであり、
1つの吐出口6に対応して1個のエネルギー発生素子2が設けられていて、
吐出口6およびこれに連通するインク流路7は、所望の個数設けられており、
記録用の液体であるインクは、液体貯蔵室からインク供給口5を通ってインク流路7内に供給され、インク流路7の先端である吐出口6でメニスカスを形成することにより安定に保持され、ここでエネルギー発生素子2を駆動手段で駆動することにより、吐出エネルギーがインクに印加され、その吐出エネルギーの作用によってインクが吐出口6から吐出し、記録が行なわれる、
金属層3の上に、基板1側から厚さ50nmのタングステン層および厚さ2μmのアルミニウム層からなる積層構造の構造体膜4をCVD法によって形成した、
液体噴射記録ヘッド。」(以下「引用発明」という。)

イ.対比
本願補正発明と引用発明とを比較すると、引用発明の「液体噴射記録ヘッド」は、本願補正発明の「インクジェットプリントヘッド」に相当し、以下同様に、「インク」は「泡形成液体」に、「インク流路7」は「チャンバ」に、「構造体膜4」は「構造体」に、「吐出口6」は「ノズル」に、「『電気熱変換体』からなる「エネルギー発生素子2」」は「ヒーター素子」に、それぞれ相当する。
引用発明の「構造体膜4」は、「基板1側から厚さ50nmのタングステン層および厚さ2μmのアルミニウム層からなる積層構造」のものであるから、その厚さは5ミクロン未満であるということができる。
引用発明においては、「1本のインク流路7当たり1個の吐出口6が設けられているものであり、1つの吐出口6に対応して1個のエネルギー発生素子2が設けられて、吐出口6およびこれに連通するインク流路7は、所望の個数設けられており」、「各吐出口6がインク流路7と一対一に対応する」ものであって、「エネルギー発生素子2は、吐出口6から吐出するためのエネルギーをインクに与えるものであって、電気熱変換体」からなるものであるから、引用発明は、「各吐出口6に対応し各インク流路内7に配置された少なくとも1台の電気熱変換体」を有するものということができる。
以上から、本願補正発明と引用発明とは、
「泡形成液体が収容される複数のチャンバと、
前記複数のチャンバを画成する、厚さが5ミクロン未満である構造体と、
前記構造体に組み込まれた複数台のノズルであって、各ノズルが前記チャンバと一対一に対応する、当該複数台のノズルと、
各ノズルに対応し各チャンバ内に配置された少なくとも1台のヒーター素子と、
を備え、
各ヒーター素子が前記泡形成液体と熱接触するように設けられ、
各ヒーター素子が、前記泡形成液体内に気泡を形成し、これにより、当該ヒーター素子に対応する前記ノズルを通して前記泡形成液体の液滴を射出させるため、前記泡形成液体の少なくとも一部分を加熱するように構成され、
インクジェットプリントヘッド。」の点で一致し、以下の点で相違している。

[相違点]本願補正発明において、「前記気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である」のに対し、引用発明において、インク流路における圧力の値は不明である点。

ウ.判断
[相違点]について
上記「第2.3.(1)」から、本願補正発明は、「各チャンバ内の圧力は、約1気圧である」ということに関して、気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力が約1気圧であるということはできず、また、その場合には液滴の吐出もできないこととなってしまう。
してみると、本願発明のインクジェットプリントヘッドが機能するためには、静止状態において各チャンバ内の圧力は、約1気圧であると解さざるを得ないが、静止状態においては、引用発明に記載の液体噴射記録ヘッドのインク流路7内の圧力も、大気圧の作用により当然に約1気圧であると認められるから、このように解釈すれば、本願補正発明と引用発明の間には差異はないこととなってしまう。
そこで、本願補正発明において、そもそも「約」の示す値が不明であるが、
「前記気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力は、約1気圧である」
との記載を、「1気圧」を基準に幅を有するものと認定して検討を行うに、インクジェットプリントヘッドにおいて、チャンバ内の圧力が高くなると高い機械的応力などによりインクジェットプリントヘッドに悪影響があることは、例えば特表2002-527272号公報(特に、段落【0192】参照。)等に記載されているとおり、本願優先日前に広く一般に知られた技術課題であって、この圧力を「1気圧」に近づけて、高い機械的応力による悪影響を排除しようとすることは、当業者が必要に応じて適宜なし得る程度の事項にすぎず、上記相違点に係る本願補正発明の作用効果も、引用発明から当業者が予測できる範囲のものである。
すなわち、本願補正発明は、引用例に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3.本願発明について
1.本願発明
平成21年2月19日提出の手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明は、平成20年6月19日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるものであり、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりである。
「【請求項1】
泡形成液体が収容される複数のチャンバと、
前記複数のチャンバを画成する、厚さが5ミクロン未満である構造体と、
前記構造体に組み込まれた複数台のノズルであって、各ノズルが前記チャンバと一対一に対応する、当該複数台のノズルと、
各ノズルに対応し各チャンバ内に配置された少なくとも1台のヒーター素子と、
を備え、
各ヒーター素子が前記泡形成液体と熱接触するように設けられ、
各ヒーター素子が、前記泡形成液体内に気泡を形成し、これにより、当該ヒーター素子に対応する前記ノズルを通して前記泡形成液体の液滴を射出させるため、前記泡形成液体の少なくとも一部分を加熱するように構成され、
各チャンバ内の圧力は、約1気圧である
インクジェットプリントヘッド。」

2.引用刊行物
本願優先日前に頒布され、原査定の拒絶の理由に引用された引用例の記載内容は、上記「第2.3.(2)ア」に記載したとおりである。

3.対比
本願発明と引用発明とを比較すると、引用発明の「液体噴射記録ヘッド」は、本願発明の「インクジェットプリントヘッド」に相当し、以下同様に、「インク」は「泡形成液体」に、「インク流路7」は「チャンバ」に、「構造体膜4」は「構造体」に、「吐出口6」は「ノズル」に、「『電気熱変換体』からなる「エネルギー発生素子2」」は「ヒーター素子」に、それぞれ相当する。
引用発明の「構造体膜4」は、「基板1側から厚さ50nmのタングステン層および厚さ2μmのアルミニウム層からなる積層構造」のものであるから、その厚さは5ミクロン未満であるということができる。
引用発明においては、「1本のインク流路7当たり1個の吐出口6が設けられているものであり、1つの吐出口6に対応して1個のエネルギー発生素子2が設けられて、吐出口6およびこれに連通するインク流路7は、所望の個数設けられており」、「各吐出口6がインク流路7と一対一に対応する」ものであって、「エネルギー発生素子2は、吐出口6から吐出するためのエネルギーをインクに与えるものであって、電気熱変換体」からなるものであるから、引用発明は、「各吐出口6に対応し各インク流路内7に配置された少なくとも1台の電気熱変換体」を有するものということができる。
以上から、本願発明と引用発明とは、
「泡形成液体が収容される複数のチャンバと、
前記複数のチャンバを画成する、厚さが5ミクロン未満である構造体と、
前記構造体に組み込まれた複数台のノズルであって、各ノズルが前記チャンバと一対一に対応する、当該複数台のノズルと、
各ノズルに対応し各チャンバ内に配置された少なくとも1台のヒーター素子と、
を備え、
各ヒーター素子が前記泡形成液体と熱接触するように設けられ、
各ヒーター素子が、前記泡形成液体内に気泡を形成し、これにより、当該ヒーター素子に対応する前記ノズルを通して前記泡形成液体の液滴を射出させるため、前記泡形成液体の少なくとも一部分を加熱するように構成され、
インクジェットプリントヘッド。」の点で一致し、以下の点で相違している。

[相違点]本願発明において、「各チャンバ内の圧力は、約1気圧である」のに対し、引用発明において、インク流路における圧力の値は不明である点。

4.判断
[相違点]について
上記「第2.3.(1)」から、本願発明は、「各チャンバ内の圧力は、約1気圧である」ということに関して、気泡を形成している途中の期間における各チャンバ内の過渡的な圧力が約1気圧であるということはできず、また、その場合には液滴の吐出もできないこととなってしまう。
してみると、本願発明のインクジェットプリントヘッドが機能するためには、静止状態において各チャンバ内の圧力は、約1気圧であると解さざるを得ないが、静止状態においては、引用発明に記載の液体噴射記録ヘッドのインク流路7内の圧力も、大気圧の作用により当然に約1気圧であると認められるから、このように解釈すれば、本願発明と引用発明の間には差異はないこととなってしまう。
そこで、本願発明において、そもそも「約」の示す値が不明であるが、
「各チャンバ内の圧力は、約1気圧である」
との記載を、「1気圧」を基準に幅を有するものと認定して検討を行うに、インクジェットプリントヘッドにおいて、チャンバ内の圧力が高くなると高い機械的応力などによりインクジェットプリントヘッドに悪影響があることは、例えば特表2002-527272号公報(特に、段落【0192】参照。)等に記載されているとおり、本願優先日前に広く一般に知られた技術課題であって、この圧力を「1気圧」に近づけて、高い機械的応力による悪影響を排除しようとすることは、当業者が必要に応じて適宜なし得る程度の事項にすぎず、上記相違点に係る本願発明の作用効果も、引用発明から当業者が予測できる範囲のものである。
したがって、本願発明は、引用例に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

5.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-08-30 
結審通知日 2010-08-31 
審決日 2010-09-13 
出願番号 特願2004-554048(P2004-554048)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (B41J)
P 1 8・ 561- Z (B41J)
P 1 8・ 121- Z (B41J)
P 1 8・ 575- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山口 陽子  
特許庁審判長 長島 和子
特許庁審判官 桐畑 幸▲廣▼
鈴木 秀幹
発明の名称 インクジェットプリントヘッド、プリンタシステム、および泡形成液体の液滴を射出する方法  
代理人 山田 行一  

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