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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A01N
管理番号 1232194
審判番号 無効2010-800093  
総通号数 136 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-04-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2010-05-17 
確定日 2011-02-07 
事件の表示 上記当事者間の特許第4311773号発明「繊維害虫卵孵化抑制剤および防虫方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4311773号は、平成9年4月14日に出願され、平成21年5月22日に特許権の設定登録がなされたものであり、これに対して、平成22年5月17日に大日本除蟲菊株式会社(以下、「請求人」という。)により本件特許を無効にすることについての審判の請求がなされたところ、その審判における手続の経緯は、以下のとおりである。

平成22年 5月17日 審判請求書・甲第1?16号証提出(請求人)
平成22年 8月 6日 答弁書・乙第1?8号証提出(被請求人)
平成22年 9月 2日 通知書(審理事項通知書)
平成22年10月12日 口頭審理陳述要領書・乙第9?14号証提出(被請求人)
平成22年10月12日 請求書の手続補正書提出(請求人)
平成22年10月12日 弁駁書・参考資料1?10提出(請求人)
平成22年10月12日 口頭審理陳述要領書・参考資料11提出(請求人)
平成22年10月22日 上申書・試験成績報告書提出(被請求人)
平成22年10月22日 口頭審理陳述要領書(2)・参考資料12?15提出(請求人)
平成22年10月26日 口頭審理陳述要領書(3)提出(請求人)
平成22年10月26日 口頭審理
平成22年11月 9日 上申書・翻訳文提出(請求人)
平成22年11月16日 上申書(2)・参考資料1?3提出(被請求人)
平成22年11月30日 上申書(2)・参考資料16提出(請求人)

第2 本件発明
本件特許第4311773号の請求項1?2に係る発明は、本件特許明細書の特許請求の範囲に記載された以下のとおりのものである(以下、請求項の番号に応じて「本件発明1」などといい、これらをまとめて単に「本件発明」ということがある。)。

「【請求項1】
次の群(1)?(7)、
(1)プロピルナフタリン、ジフェニルおよびジフェニルメタンよりなる群から選ばれた炭素数15以下の多環式芳香族炭化水素;
(2)クロルベンゼンおよびクロルナフタリンよりなる群から選ばれた炭素数15以下の塩素化芳香族炭化水素;
(3)ヘプタノール、オクタノール、ノナノール、デカノール、ドデカノール、テトラヒドロリナロール、テトラヒドロミルセノール、リナロール、ゲラニオール、ネロール、シトロネロール、ジヒドロリナロール、メトキシブタノール、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、アミノエタノールおよびクロロブタノールよりなる群から選ばれた炭素数15以下の鎖式アルコール;
(4)ヘキサナール、シトロネラール、オクタノン、ウンデカノンおよびメチルヘプテノンよりなる群から選ばれた炭素数5ないし12の鎖式カルボニル化合物;
(5)マロン酸ジエチル、アジピン酸ジエチル、酢酸シトロネリル、酢酸ネリル、ヘキサン酸アリル、ヘプタン酸アリル、クロトン酸エチル、乳酸エチルおよびプロピレングリコールモノエチルエーテルアセテートよりなる群から選ばれた1個のエステル結合の他に、1個以上の不飽和結合および/または酸素原子を有する炭素数4ないし15の鎖式エステル;
(6)ジエチレングリコールジエチルエーテルおよびトリオキサンよりなる群から選ばれた分子内に3個以上の酸素原子を有する鎖式または環式エーテル;および
(7)N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルフォキシドおよびオクタクロロジプロピルエーテルよりなる群から選ばれた分子内に1個以上の酸素原子と、窒素原子、硫黄原子およびハロゲン原子から選ばれた原子の1個または2個以上を含む化合物;
から選ばれた化合物の1種または2種以上を有効成分として含有する繊維害虫卵孵化抑制剤。
【請求項2】
繊維製品に、繊維害虫の卵孵化抑制に必要な量の請求項1記載の繊維害虫卵孵化抑制剤を適用することを特徴とする防虫方法。」

第3 請求人の主張の要点
1 本件審判の請求の趣旨
請求人が主張する本件審判における請求の趣旨は、「特許第4311773号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。との審決を求める。」である。

2 請求人が主張する無効理由及び証拠方法の概要
請求人は、以下の無効理由1?2を主張し、証拠方法として甲第1号証?甲第16号証を提出するとともに、参考資料1?16及び翻訳文を提出した。

(1)無効理由1
本件請求項1?2に係る発明は、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第7?11号証及び甲第14号証に記載された発明、並びに、甲第2号証及び甲第3号証に記載された基本的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、よって、本件請求項1?2に係る発明についての特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであって、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(2)無効理由2
本件請求項1?2に係る発明は、甲第3号証及び甲第11?16号証に記載された発明、並びに、甲第2号証及び甲第3号証に記載された基本的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、よって、本件請求項1?2に係る発明についての特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであって、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(3)甲第1号証?甲第16号証
請求人が、審判請求書に添付して提出した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証: 特許第4311773号公報(本件特許公報)
甲第2号証: 雑誌「環動昆」第4巻第4号
(日本環境動物昆虫学会、1992年発行)
第207?215頁
甲第3号証: 特開昭62-26201号公報
甲第4号証の1:「Journal of Economic Entomology」
(実用昆虫学:65巻第6号、1972年12月発行)
第1588?1591頁
甲第4号証の2:「Journal of Economic Entomology」
(実用昆虫学:87巻第5号、1994年10月発行)
第1172?1179頁
甲第5号証: 特開平2-142703号公報
甲第6号証の1:雑誌「Naturwissenshaften 66」
(自然科学第66巻、1979年発行)第56?57頁
甲第6号証の2:特開平7-112907号公報
甲第7号証: 特開昭50-24436号公報
甲第8号証: 特公昭56-8801号公報
甲第9号証: 特開昭55-40537号公報
甲第10号証:特開昭58-39603号公報
甲第11号証:雑誌「Pestic. Sci.」
(Pesticide Science≪農薬化学≫:第47巻、1996年発行)
第213?223頁
甲第12号証:特開平5-97618号公報
甲第13号証:特開昭50-145520号公報
甲第14号証:日本香料協会編「香りの百科」
(株式会社朝倉書店、1989年6月25日初版発行)
第73?76、411?414、446?448、450?452頁
甲第15号証:大木道則外3名編「化学辞典」
(株式会社東京化学同人、1994年10月1日第1版発行)
第438、1056頁
甲第16号証:化学大辞典編集委員会編「化学大辞典3」
(共立出版株式会社、1989年8月15日縮刷版第32刷
発行)第818、824頁

(4)参考資料1?16
請求人が、提出した参考資料1?16及び翻訳文は、以下のとおりである。
参考資料1: 八杉龍一外3名編「生物学辞典」
(株式会社岩波書店、1996年3月21日第4版発行)
第892、1196頁
参考資料2: 小原嘉明編「昆虫生物学」
(株式会社朝倉書店、1995年10月30日初版発行)
第147?156頁
参考資料3: 特開平8-231321号公報
参考資料4: 特開平8-81324号公報
参考資料5: 特開平8-147号公報
参考資料6: パトリスのオンラインに基づく検索結果
参考資料7: 日本香料協会編「香りの百科」
(株式会社朝倉書店、1989年6月25日初版発行)
第429頁
参考資料8: 特開昭60-238376号公報
参考資料9: 大木道則外3名編「化学辞典」
(株式会社東京化学同人、1994年10月1日第1版発行)
第1164頁
参考資料10の1:ホームページによって収集したハダニに関する情報
(タキイ種苗株式会社作成のホームページ)
参考資料10の2:ホームページによって収集したハダニに関する情報
(NHK出版作成のホームページ)
参考資料11:綿を原材料とする製品に関する情報
(カクイ株式会社作成のホームページ)
参考資料12:雑誌「繊維製品消費科学」第19巻第1号
(日本化学繊維協会、1972年発行)第20?27頁
参考資料13:雑誌「繊維製品消費科学」第23巻第3号
(日本化学繊維協会、1982年発行)第8?12頁
参考資料14:雑誌「住友化学」
(住友化学工業株式会社、昭和58年11月25日発行)
第12?26頁及び奥付
参考資料15:「生糸検査研究報告」第42号
(農林水産省、平成元年8月発行)第51?55頁
参考資料16:大木道則外3名編「化学辞典」
(株式会社東京化学同人、1994年10月1日第1版発行)
第1180頁
翻訳文: 甲第4号証の1の第1590頁及び第1588頁の部分抄訳

(5)撤回
請求人は、平成22年10月26日の口頭審理において、平成22年10月12日付け手続補正書による補正に基づく請求の理由の補正、平成22年10月12日付け審判事件弁駁書の主張、並びに参考資料1及び2の提出を撤回するとともに、平成22年10月12日付け口頭審理陳述要領書の第4頁第6行?6頁末行の主張、第12頁末行?第13頁第3行及び第15頁第1?5行の主張、並びに平成22年10月22日付け口頭審理陳述要領書(2)の第8頁第5?11行及び第9頁第5?7行の主張を撤回した。

第4 被請求人の主張の要点
1 答弁の趣旨
被請求人が主張する答弁の趣旨は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。との審決を求める。」である。

2 乙第1号証?乙第15号証
被請求人が提出した証拠方法は、以下のとおりである。
乙第1号証: 中筋房夫ら著「害虫防除」
(株式会社朝倉書店、1997年2月10日初版発行)
第14?29頁
乙第2号証: 日本家屋害虫学会編「家屋害虫事典」
(株式会社井上書店、1995年2月25日第1版発行)
第22?23、38?44、52?53、69?74、178?181、188?189、194?201、215?242頁
乙第3号証: 三橋淳総編集「昆虫学大事典」
(株式会社朝倉書店、2003年2月15日初版発行)
第182頁
乙第4号証: 日外アソシエーツ株式会社編「昆虫2.8万名前大辞典」
(株式会社紀伊國屋書店、2009年2月25日第1刷発行)
第255頁
乙第5号証: 井上寛ら著「日本産蛾類大図鑑」第1巻解説編
(株式会社講談社、2000年2月28日第3刷発行)
第798頁
乙第6号証: 志田正二ら編「化学辞典(普及版)」
(森北出版株式会社、1993年10月30日第9刷発行)
第95頁
乙第7号証: 特開平7-33683号公報
乙第8号証: 特開平8-295685号公報
乙第9号証: 「生糸検査研究報告」第43号
(農林水産省、平成3年3月31日発行)第101?108頁
乙第10号証:「生糸検査研究報告」第44号
(農林水産省、平成5年3月31日発行)第67?75頁
乙第11号証:鈴木猛ら著「日本の衛生害虫」
(新思潮社、1985年8月25日改訂増補9版発行)
第125?133、178頁
乙第12号証:佐藤仁彦編集「生活害虫の事典」
(株式会社朝倉書店、2003年12月1日初版発行)
第1?10頁
乙第13号証:斎藤哲夫ら著「新応用昆虫学」
(株式会社朝倉書店、1996年10月25日三訂版発行)
第21頁
乙第14号証:中島基貴編著「香料と調香の基礎知識」
(産業図書株式会社、1995年6月21日初版発行)
第312?313頁
乙第15号証:平成22年10月22日付け上申書に添付の「試験成績報告書」
(財団法人日本環境衛生センター、平成22年10月20日作成)

第5 甲各号証並びに乙第9及び15号証に記載された事項
甲第1号証は本件特許の特許公報であるところ、甲第2号証?甲第16号証並びに乙第9及び15号証には、次の事項が記載されている。

(1)甲第2号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第2号証には、次の記載がある。

摘記2a:第207頁右欄第3?10行
「人間の活動・生活の場所に生息あるいは飛来などで侵入する昆虫のうち、かなり多くの昆虫が各種繊維・毛皮・羽毛などの原料及びそれらの製品を加害する能力を有している(表1)。このうちの多くは繊維を好むというより何でも一応食べてみるという習慣から加害行動をとるものであり(消極的加害)、積極的に加害する昆虫は10数種である。注意する必要のある害虫の加害場所と加害対象物を表2に示した。」

摘記2b:第209?210頁の表1
「表1 害虫の種類と生糸加害程度及び生糸切断面形状との関係
供試虫 加害程度 …
幼虫 成虫 …
ヒメカツオブシムシ 多 × …
ヒメマルカツオブシムシ 多 ×

ハラジロカツオブシムシ 中 少

イ ガ 多 × …
コイガ 多 × 」

摘記2c:第211頁表2
「表2 代表的繊維害虫の生息場所と加害対象物

ハラジロカツオブシムシ

イガ」

摘記2d:第213頁表5
「表5 繊維害虫防除薬剤
防除薬剤 備考
接触剤 …
くん蒸剤 倉庫用 メチルブロマイド(臭化メチル)
燐化水素(燐化アルミニウム) …
酸化エチレン
クロロピクリン(クロールピクリン)
家庭用 パラジクロールベンゼン 昇華性防虫剤
ナフタリン
樟脳
エムペントリン(ペーパースリン)
くん煙剤 …
蒸散剤 … エムペントリン(ペーパースリン)」

(2)甲第3号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第3号証には、次の記載がある。

摘記3a:第2頁右下欄下から6行?第3頁右上欄第7行
「実施例2
340mm×240mm×40μmの低密度ポリエチレン袋に約1lの空気とイガ卵10頭、幼虫10頭および各種防虫剤4gを入れた(ピレスロイド系、脱酸素剤は実施例1と同条件)。20℃恒温槽に袋を入れ1週間静置した結果を第3表に示す。
第 3 表
卵死滅数 幼虫死滅数
エチルアルコール 10 10
n-プロピルアルコール 10 10
i-プロピルアルコール 10 10
n-ブチルアルコール 10 8
n-アミルアルコール 10 6
n-ヘキシルアルコール 6 2
ナフタリン 2 0
樟脳 1 0
パラジクロールベンゼン 1 0
ピレスロイド系 1 0
脱酸素剤 1 0
〔発明の効果〕
本発明によれば有効成分がアルコールのため蒸発速度が速くかつ効力が強いため衣類の害虫の卵、幼虫、成虫を死滅させるが、その効果は長期間継続し、密閉度の十分でない容器でも効果は低下しない。アルコールであるから人体に対する安全性は高く、衣類やその付属品(金属、プラスチック等)に害を及ぼさず、容器のプラスチックも侵さない。また蒸発速度が速いため速効性であると共に衣類にアルコール臭が残留しない。」

(3)甲第4号証の1
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第4号証の1には、和訳にして、次の記載がある。

摘記4a:第1588頁左欄第1?15行
「害虫を防除するにあたり、従来の殺虫剤よりも特異性が高くかつ危害性の少ない化合物の研究に一段と関心が高まっている。なかでも注目されているのが、(1)昆虫幼若ホルモンに似て、昆虫の脱皮、変態、生殖、繁殖、及び/又は胚発達を阻害する化合物(ローレン1964…);(2)昆虫の行動反応に影響を与える化学感応刺激物、例えば、誘因剤や忌避剤等(デシル1947…)、である。」

摘記4b:第1588頁左欄第27?32行
「我々は各種テルペノイドを用いて上記の2つの観点に係る研究に取り組んだが、その理由は、これらのいくつかのテルペノイドは植物体内に精油として、また昆虫体内ではフェロモン(ウイルソン1965…)やホルモン(シュナイダーマンら1965…)として存在するからである。」

摘記4c:第1589頁左欄表1
「表1.-水面における産卵直後のAedes aegypti(訳註:ネッタイシマカ)の卵の孵化についてのある種のテルペノイド化合物の効果
-------------------------------
化合物 処方(mg/cm^(2)) … 卵孵化抑制(%)^(c,d)

カルバクロール .02 … 87.6± 6.6

シネオール 0.2 … 2.8± 0.7

シトラール .02 … 69.0±21.2

シトロネラール .02 … 82.5± 9.6

オイゲノール .02 … 92.4± 6.0

ファルネソール .02 … 60.3± 6.7

ゲラニオール .02 … 74.4±15.2
.04 … 76.9±12.0
.06 … 93.1± 6.9
.1 … 95.8± 4.2
β-イオノン .02 … 5.9± 1.4

メントール .02 … 45.1± 9.1 」

摘記4d:第1590頁左欄第4行?右欄第4行
「結果及び考察-卵への影響-
新たに産みつけられた卵に対して試験されたテルペノイド(表1)のうち、オイゲノールが最も高い孵化抑制作用(最小薬量で90%以上)を示した。効力的に次のランクに該当したのが、カルバクロール、シトラール、シトロネラール、及びゲラニオールであった。これらの卵孵化抑制作用は、試験された最小薬量で70?90%であった。ファルネソールとカンフェンは幾分効力が低く、50?60%の孵化抑制作用を示した。残りのテルペノイドについては、かなり低いレベルの孵化抑制作用であった。
蚊に対するテルペノイドのこの卵孵化抑制作用は、供試化合物の急性毒性、及び/又は生理学的錯乱作用に起因して胚発達が遮断されたことによるのであろう。種々の化合物を処理後、孵化できなかった卵につき顕微鏡を用いて観察したところ、これらの卵の胚発達は、化合物の処理後も続いていたが不完全であった。このような卵孵化抑制作用は、他種のある昆虫、例えば、Pyrrhocoris apterus L(訳註:コバネアカホシカメムシ)、Hyalophora cecropia (L.)(訳註:クスサン)やAntheraea pernyi Guerin(訳註:サクサン)の卵に対する昆虫幼若ホルモン並びにその類縁化合物の孵化抑制作用と類似するものである。」

(4)甲第4号証の2
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第4号証の2には、和訳にして、次の記載がある。

摘記4e:第1173頁図1?図3



図1.モノテルペノイドアルコール



図2.モノテルペノイドケトン



図3.モノテルペノイドアルデヒド」

摘記4f:摘記第1177頁表2
「表2.D.undecimpunctata howardi(訳註:ハムシの一種)及びM. domestica(訳註:イエバエ)に対するモノテルペノイドの殺幼虫及び殺卵活性
-------------------------------
モノテルペノイド 殺虫活性
殺幼虫 殺卵
D.undecimpunctata howardi M. domestica
土壌中のLC_(50)(μg/g)… 卵孵化の抑制% …
-------------------------------

1 カルバクロール 59 … 99jk …
4 ゲラニオール - … 99jk …
5 リナロール - … 87g-j …
6 メントール 89.8 … 47b-e …
9 ベルベノール 71.5 … 0a …
16 ベルベノン 46.5 … 65c-g …
18 シトラール 103 … 96h-k …
19 シトロネラール 214 … 33b 」

(5)甲第5号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第5号証には、次の記載がある。

摘記5a:請求項1
「シトロネラール、l-ペリラアルデヒド及びミルテナールから成る群から選ばれる少なくとも1種の天然精油を含むことを特徴とする有害生物防除剤。」

摘記5b:第2頁左下欄第19行?右下欄第18行
「このような本発明の有害生物防除剤は、各種の貯蔵病害病原菌の生育抑制、有害害虫の防除等に有効に使用することができる。…
また、有害害虫としては、ハダニ、アブラムシ等が挙げられ、その対象となる果物、野菜としては上記したものに加え、トマト、キュウリ等が挙げられるが、いずれもこれらに限定されるものではない。」

(6)甲第6号証の1
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第6号証の1には、和訳にして、次の記載がある。

摘記6a:第56頁中段第30行?第57頁中段第10行
「テルペノイドによるEarias vittella(訳註:クサオビリンガ)の胚発達抑制

数種のテルペノイドが意義深い幼生ホルモン活性を有しており〔1,2〕、後述のものが昆虫における胚発達をブロックするかもしれないので〔3〕、或る種のテルペノイド(カンフェン、カルバクロール、カルボン、シネオール、シトラール、シトロネラール、オイゲノール、ファルネソール、ゲラニオール、β-イオノン、プソイド-イオノン、dl-リモネン、メントール、メントン、β-フェランドレン、及びα-ピネン)について、クサオビリンガの胚発達におけるその効果を試験した。

表1.クサオビリンガにおける胚発達に対する或る種のテルペノイドの効果
----------------------------------
テルペノイド 濃度 卵の胚発達抑制[%]
[μg/cm^(2)] 24h … 72h …
カルバクロール 33.3 44.0±2.4 … 2.0±1.2 …
オイゲノール 33.3 100.0±0.0 … 44.0±2.4 …
ファルネソール 33.3 84.0±2.4 … 13.0±1.2 …
ゲラニオール 33.3 100.0±0.0 … 20.0±1.5 …
----------------------------------

試験されたテルペノイドの中で、カルバクロール、オイゲノール、ファルネソール、及びゲラニオールが、まちまちの程度でクサオビリンガの胚発達を抑制した(表1)。その一方で他のものは最高濃度で試験した場合においてさえ効果が無かった。オイゲノール及びゲラニオールは、72時齢と96時齢の卵よりも、24時齢と48時齢の卵において、より強力に更なる発達を抑制した。…オイゲノールとゲラニオールはクサオビリンガの胚発達抑制において最も効果的であることが示されたので、これらはその統合的な防虫において注目に値する可能性を有している。」

(7)甲第6号証の2
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第6号証の2には、次の記載がある。

摘記6b:請求項1
「テルペン系化合物を有効成分として含有する繊維害虫忌避剤。」

摘記6c:段落0009
「本発明者らは、繊維製品の繊維害虫の食害メカニズムに戻り、食害防止方法について検討を行った結果、繊維製品を食害するのは、繊維害虫の幼虫であるが、繊維害虫は成虫が繊維の保管場所に侵入して産卵し、それが孵化して幼虫となり、食害を与えるのであるから、繊維製品を繊維害虫の成虫が侵入しない状況下におけば、産卵、幼虫の発生が生じず、十分に食害防止効果が期待できるとの考えに達した。 そして、この考えに基づき、繊維害虫成虫が忌避し、しかも人体に悪影響を与えない化合物を検索していたところ、いくつかのテルペン系化合物がこのような性質を有することを見出し、本発明を完成した。」

摘記6d:段落0012
「これらのうち、ボルネオール、ネロリドール、α-ヨノンは、繊維害虫幼虫に対しては作用がないものであり、また、リナロール、ゲラニオールは、繊維害虫幼虫に対する作用が弱く、いずれも従来のタイプの防虫剤としては利用できないものであり、繊維害虫成虫に対する忌避作用と、繊維害虫幼虫に対する防虫作用はまったく別異なものと判断される。」

摘記6e:段落0023?0024
「試験は、実験区、対照区共5連で行ない、実験区での羊毛の食害量の平均を対照区での食害量の平均で除した値を食害率とし、実験区でのイガ幼虫の死亡率を致死率として求めた。その試験結果を表2に示す。…
表 2
┌────┬────────────┬──────┬──────┐
│ 参考例 │ 試 験 物 質 │食害率(%)│致死率(%)│
├────┼────────────┼──────┼──────┤
│ 1 │ リナロール │ 49.1 │ 4 │
│ 2 │ ゲラニオール │ 47.4 │ 2 │
│ 3 │ ボルネオール │ 92.3 │ 0 │
│ 4 │ ネロリドール │ 79.8 │ 0 │
│ 5 │ ペリラアルデヒド │ 0.0 │ 100 │
│ 6 │ α-ヨノン │ 72.6 │ 2 │
│ 7 │ 1,8-シネオール │ 0.0 │ 100 │
│ 8 │ リナロールオキサイド │ 0.0 │ 74 │
│ 9 │ シトラールジエチルアセ │ 22.1 │ 100 │
│ │ タール │ │ │
└────┴────────────┴──────┴──────┘


摘記6f:段落0025
「これら化合物を有効成分とする繊維害虫防止剤は、繊維害虫の成虫および幼虫に対し広く有効な防虫剤として使用することが可能である。」

(8)甲第7号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第7号証には、次の記載がある。

摘記7a:特許請求の範囲の欄
「無臭の昇華性物質であるトリイソプロピル-S-トリオキサンまたはトリターシヤリーブチル-S-トリオキサンを担体とし、これに羊毛害虫に対して防虫効果を示す香料物質であるリナロール、アネトール、メントール、シンナミツクアルデヒド、チモール、オイゲノール、およびこれらの誘導体の一種又はこれらの数種を含む調合香料または天然香料を含有することを特徴とする羊毛類の昇華性芳香防虫剤。」

摘記7b:第2頁右上欄第8行?右下欄第1表
「実施例1.
リナロール、…チモールの各単品香料を別々に0.2g精秤し、これらにトリイソプロピル-S-トリオキサンを3gずつ加え、よく混合した後直径3.0cm、厚さ0.47cmの円盤状錠剤に圧縮成型し試験薬剤とした。
つぎに羊毛害虫「イガ」は孵化後20℃±1℃、65%±5%RHで50日間飼育した平均体重4.5mg/1頭の幼虫20頭1組として用いた。…
防虫効果は20℃±1℃、65%±5%RHで20日間にわたつて飼育し、20日目の食害量、イガの体重増減度、イガの死亡頭数によつて判定した。
その結果を第1表に示す。
第1表
薬 剤 … イガ死亡頭数/20頭
リナロール製剤 … 20 」

(9)甲第8号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第8号証には、次の記載がある。

摘記8a:請求項2
「防虫剤がリナロール、リナロールオキサイド、メントール、シンナミツクアルデヒド、チモール、フエネチルアルコール、シネオール、シンナミツクアルコール、シトロネロール、ジエチルトルアミドおよびジブチルフタレートよりなる群から選ばれた1種又は2種以上の物質である特許請求の範囲第1項記載の昇華性防虫剤。」

摘記8b:第4欄第19?31行
「本発明に使用する防虫剤とは有害虫に対して忌避性および/または防虫性を有する物質を意味し、どの害虫に対して適用するかによつてその種類を選定する。たとえば、蚊類に対する忌避効果を目的とする場合には、フエネチルアルコール、シネオール、シンナミツクアルコールなどがあげられる。また、羊毛害虫として有名なイガ類に対する防虫効果を目的とする場合には、リナロール、リナロールオキサイド、l-メントール、チモールなどが選択される。そのほかにシンナミツクアルデヒド、シトロネロール、ジエチルトルアミド、ジブチルフタレートなどの防虫剤も適宜使用することができる。」

摘記8c:第6欄第20行?第3頁第1表
「実施例3
…錠剤の重量が1/2になつたときの防虫剤保留率を測定した。結果を第1表に示す。…
第1表 …
対象害虫 防虫剤 実施例3 …
イ ガ リ ナ ロ ー ル 0.85 …
蚊 … シトロネロール 0.92 」

(10)甲第9号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第9号証には、次の記載がある。

摘記9a:第2頁右下欄第11行?第3頁左上欄第9行
「本発明において防虫性香料とは、衣料品に対する害虫であるイガ、コイガ、ヒメマルカツオブシムシ等に対し防虫効果を有する芳香性物質を云い、該物質としては特に、防虫効果を示す最低蒸気濃度(以下Pminと略記する)30ppm以下、沸点200℃以上、および溶解度パラメータ(δ)9.0?10.0を有するものが最も望ましい。斯かる条件を満足する物質として分子内に1個の不飽和結合と環状エーテル又はエステル極性基を有する化合物が用いられ、その代表例としてジメチルマレエート、ジエチルフマレート、サフロール、イソサフロール、アリルカプロエート等が挙げられる。」

摘記9b:第6頁左上欄第11?13行
「上記濃度測定値は2日後31.2ppm、1箇月後16.8ppm、1年4ヵ月後7.0ppmであった。この間モスリン布の害虫による食害は生ぜず」

(11)甲第10号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第10号証には、次の記載がある。

摘記10a:請求項1
「全炭素数が10又は11で、かつ常圧下における沸点が200?230℃の範囲にある脂肪酸鎖状エステルの中から選ばれた少なくとも1種を有効成分として成る羊毛害虫用忌避剤。」

摘記10b:第3頁右上欄第1行?左下欄第1表
「実施例
容量500mlのびんの底に、沸点200?230℃、全炭素数10又は11の脂肪酸鎖状エステル類50mgを入れ、その5cm上方に30日令、平均体重30?35mg/1.0頭のイガ幼虫10頭と羊毛標準試験布(2cm×2cm、40?45mg)を入れたかごを固定した。次にびんを密閉し、30℃、湿度65%の恒温恒湿室内に7日間放置したのち、羊毛布を取り出して食害量を測定し、虫の死亡数を数えた。生存している虫はさらに自然状態で1日放置し、再び死亡数を数え死亡率を求めた。
結果をエステルの沸点とともに第1表に示す。…
第 1 表 …
種 類 … 沸点(℃) … 死亡率(%) …
エナント酸アリル … 210 … 100 」

(12)甲第11号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第11号証には、和訳にして、次の記載がある。

摘記11a:第216頁左欄第11行?第217頁表4
「3.2 成虫及び未成熟段階の試験昆虫に対する柑橘類果皮油の燻蒸剤作用
3.2.1 ヨツモンマメゾウムシ(Callosobruchus maculatus)における試験
(a)成虫:…(表3)…
(b)未成熟段階:…(表4及び5)…
3.2.3 ハラジロカツオブシムシ(Dermestes maculatus)における試験
(a)成虫:…(表7)…
表4 ヨツモンマメゾウムシの卵に対する柑橘類油の燻蒸毒性、24時間、μl/リットル
--------------------------------
処 理 LC_(50)(95% CL) LC_(95)(95% CL) …
レモン果皮油 8.13( 7.57-10.04) 11.46( 9.35-14.04) 」

摘記11b:第218頁左欄第1行?第219頁表9
「(b)未成熟段階:ハラジロカツオブシムシの卵、幼虫及び蛹が、柑橘類果皮油の蒸気に感受性であることが示された(表8及び9)。最終段階の幼虫及び蛹は、ライム果皮油の香気に対して、卵よりも著しく高い耐性があった(48時間50%致死濃度-信頼水準95%においてオーバーラップなし;表8及び9を参照)。ライム果皮油の燻蒸毒性のレベル(50%致死濃度)は、卵及び蛹の段階に対してのみ他の柑橘類油の場合と同様であった。ハラジロカツオブシムシの成虫は、卵(表7及び8)よりも、著しく高い感受性があった(24時間50%致死濃度に基づく、信頼水準において95%オーバーラップなし)。…
表7 ハラジロカツオブシムシの成虫^(a)に対する柑橘類油の燻蒸剤毒性 24時間、μl/リットル
--------------------------------
処 理 LC_(50)(95% CL) LC_(95)(95% CL) …
オレンジ果皮油 12.35(10.89-13.50) 22.06(19.43-27.54) …
--------------------------------
^(a) 成虫の体重平均値=20.4(±0.6)mg(n=40)

表8 ハラジロカツオブシムシの卵に対する柑橘類油の燻蒸剤毒性 μl/リットル
--------------------------------
処理(時間)^(a) LC_(50)(95% CL) LC_(95)(95% CL) …
オレンジ果皮油(24) 21.58(16.63-24.24) 44.78(34.44-101.7) …
オレンジ果皮油(48) 14.87(12.10-16.20) 23.30(19.90 43.70) …
--------------------------------
^(a) 死亡率評価前の燻蒸時間

表9 ハラジロカツオブシムシの幼虫及びサナギに対する柑橘類油の燻蒸剤毒性 48時間、μl/リットル
--------------------------------
処 理 LC_(50)(95% CL) LC_(95)(95% CL) …
終齢幼虫^(b) …
オレンジ果皮油 16.53(13.72-18.99) 42.52(32.34-80.28) …
サナギ^(c) …
オレンジ果皮油 19.56(15.72-22.38) 51.15(40.47-84.50) 」

(13)甲第12号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第12号証には、次の記載がある。

摘記12a:請求項1
「天然植物から得られる精油であるネズミサシ油、レモングラス油、ヒバ油、カッシャ油、ピメント油、イランイラン油、タイムホワイト油、又はヒノキ油の群から選択されるいずれか一つを有効成分とすることを特徴とする衣類害虫用防虫剤。」

摘記12b:段落0002
「イガ、コイガ、ヒメカツオブシムシなどの幼虫は、衣類の毛質、毛皮等を食害するため、衣類害虫の代表とされ、従来これらの衣類害虫に対する忌避乃至は駆除用の防虫剤が多々開発され利用されるに至っている。」

摘記12c:段落0017?0022
「(試験例)
(イ)ネズミサシ油、(ロ)レモングラス油、(ハ)ヒバ油、(ニ)カッシャ油、(ホ)ピメント油、(へ)イランイラン油、(ト)タイムホワイト油、及び(チ)ヒノキ油を夫々アセトン中に溶解した。…
次いで、これらを各別にろ紙に滴下含有して、これらを夫々風乾させた。上記した方法で、各精油を5g/平方メートル、0.5g/平方メートル及び0.05g/平方メートルの割合で含有する試料を夫々作成した。…
次いで、上記した各試料を各別にシャーレ(直径4cm)の底に敷き詰め、この試料面上に供試昆虫(20日令のコイガ、一単位10頭)を載せ、さらに供試布を載せて蓋をした。…
これを、27℃、湿度60%の環境条件下に一週間放置し、その後開蓋して供試昆虫の生死及び供試布の食害状況を観察した。また、コントロールについても上記同様にした。…
また、観察結果について、食害の程度は重量測定により、また殺虫効力は死虫数を確認し、これらの試料に基づいて、食害抑制率及び殺虫率を次式により求め次表1に示した。…
表1 … 死虫率(%)
精油名 含有量(g/m^(2)) … 5.0 0.5 0.05 …
レモングラス油 … 100 20 0 」

(14)甲第13号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第13号証には、次の記載がある。

摘記13a:特許請求の範囲の欄
「チヤビシンおよび/またはその立体異性体であるピペリンとの組合せにおいてユーカリ油を含有することを特徴とする有害生物防除用組成物。」

摘記13b:第2頁左上欄第9行?右上欄第8行
「チヤビシンおよび/またはピペリンはユーカリ油の有害生物防除作用を改善する量において使用されるべきである。一般に、これはユーカリ油の50重量%以下であろう。…
既知のとおり、南半球および北半球のユーカリプタス(Eucalyptus)の種々の種類からユーカリ油が得られ、そして得られる油は均一な分析を有しない。しかし本発明による組成物の性質はユーカリ油の特定な源に関係するものであり、そしてユーカリプタスグロプルス(Eucalyptus globulus)およびユーカリプタスジベス(Eucalyptus dives)から得られた油を使用することができると信じられている。」

摘記13c:第3頁右下欄第2?11行
「本発明による組成物は、通常の殺虫剤に対して耐性をもつものを含めて種々の種類のイエバエ(Musca domestica)、羊に卵を生みつけたハエの幼虫(Lucilla cuprina)、ゴキブリ(Blautilla germanica)、コロラドジヤガイモカブトムシの幼虫(Leptinotarsa decemiliaeata )、家畜のダニの幼虫(Boophilus microphus)、蚊の幼虫(Aedes aegypti)、および衣蛾の幼虫(Tineola Pittoralis)の防除においてとりわけ使用することができる。

摘記13d:第4頁右上欄第20行?左下欄第7行
「実施例3…ユーカリプタスシトリオドラ(Eucalyptus citriodora)」

(15)甲第14号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第14号証には、次の記載がある。

摘記14a:第75頁右欄第1行?第76頁左欄第3行
「オレンジオイルの収率は搾汁機の種類,原料の品種,産地,時期などで大きく異なる.…
オイルの主成分はテルペン炭化水素であるが,香気の主成分としては,アルデヒドなどの含酸素成分が重要であることはよく知られている.一般には,含酸素成分の比率はアルデヒド類59.6%,アルコール類31.9%,酸類4.8%,エステル類3.7%であるといわれている.特徴となる成分としては,テルペン類のValencene,アルデヒド類のNonanal,Decanal,Octanal,Acetaldehyde,Citral,α,β-Sinensal,アルコール類のDecanol,Hexanol,Octanol,Linalool,α-Terpineol,ケトン類のNootkatone,エステル類としてはAcetateが大部分で,このほかにFormate,Butyrate,Propionateがあげられる.」

摘記14b:第412頁右欄下から11行?第413頁左欄第31行
「ユーカリの香気成分については古くから研究され,報文も多い.代表的なE. globulusについては…オイルの香気の主成分はこの1,8-Cineoleで含量は70?75%にも達し,…
E. citriodoraのオイルの香気成分については,主成分はCitronellalで含量は65?85%であり,次いでCitronellolが15?20%,他にGeraniol,β-Pinene,Isopulegolなどが多くCineoleはわりあい少ない.これ以外の成分では…Linalool…などが報告されている.」

摘記14c:第448頁右欄第3?25行
「レモン果皮油の香気成分としては約130成分ほどが知られているが,量的には他の柑橘類と同様90%以上をテルペン系炭化水素(主にd-Limonene)が占めている.…
アルコール類ではα-Terpineol,Terpinen-4-ol,Nerol,アルデヒド類ではOctanal,Nonanal,Citronellal,エステル類ではNeryl acetate,Geranyl acetateなどがあげられる.」

摘記14d:第451頁右欄第2?11行
「レモングラスオイルは,(まる1),(まる2)ともに強いレモン様の香気がするが,これはCitralの存在による.
(まる1)の化学組成としては,30あまりの成分が見つけられているが主なものとしてはMethyl heptenone,Methyl heptenol,Citral,Nerol,Geraniol,Farnesolなどが確認されている.(まる2)の化学組成としては,Citral65?86%,Myrcene12?20%,Methyl heptenone0.2?0.3%などが知られている.」

(16)甲第15号証
本件特許出願前に第1版第1刷が頒布された甲第15号証には、次の記載がある。

摘記15a:第438頁右欄の「ゲラニオール」の項
「ゲラニオール…幾何異性体としてネロール^(*)がある.」

摘記15b:第1056頁左欄の「ネロール」の項
「ネロール…幾何異性体はゲラニオール^(*)である.」

(17)甲第16号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第16号証には、次の記載がある。

摘記16a:第818頁左欄?右欄の「さくさんゲラニル」の項
「さくさんゲラニル…酢酸ネリルの幾何異性体.」

摘記16b:第824頁左欄?右欄の「さくさんネリル」の項
「さくさんネリル…酢酸ゲラニルの幾何異性体.」

(18)乙第9号証
本件特許出願前に頒布された刊行物である乙第9号証には、次の記載がある。

摘記17a:第101頁第1行?第103頁第21行
「燐化アルミニウム燻蒸剤のカツオブシムシ類に対する殺虫効果

1.緒言
…燐化アルミニウム剤は、空気中の水分を吸収し分解し、殺虫成分である燐化水素を発生し殺虫効力を発揮するガス燻蒸剤で、殺虫力が強く、浸透性にもすぐれまた吸着も少ないといわれている…
2.材料と方法
2-1 供試薬剤
供試薬剤としては、ホストキシン(R)錠剤を用いた。1個の錠剤は約3gの重量で、空気中の湿気を吸収して約1gの燐化水素(分子式:PH_(3)…)を発生する…
3.結果と考察
3-1 燐化水素に対する各ステージの感受性
…ヒメカツオブシムシの各ステージに対し、100%の致死率を示した薬量(燐化水素g/m^(3))をみると、3日間燻蒸の場合(第3表)、段ボール箱内・ポリエチレン個装袋の中では成虫と蛹が0.031g、幼虫が0.125g、卵が0.5gであった。…このことは、感受性が最も高いのは成虫と蛹で、次に幼虫で、卵が最も低いことを示している。
以上の試験結果から、殺虫効果は生糸の包装形態、燻蒸期間により異なること、また、ステージの中で卵の抵抗性が最も強く、効力が低いことが示された。」

摘記17b:第105頁第3表
「第3表 燐化水素のヒメカツオブシムシ各ステージに対する殺虫効果(3日間燻蒸)
---------------------------------
投薬量 供試ステージ … 致死率(%)
… 燐化水素g/m^(3) … I II … 平均 …
0.031 … 卵 … 17 0 … 7 …
幼 虫 … 100 100 … 100 」

(19)乙第15号証
本件特許出願後に作成された試験成績報告書である乙第15号証には、次の記載がある。

摘記18a:報告書5枚目
「試験I…シトロネロール、マロン酸ジエチル、1,3,5-トリオキサンの平均孵化率は、それぞれ、81.1%、58.9%、65.2%となり、孵化阻止指数は11.0?35.3を示し、若干の影響があるものと思われた。…試験Iの結果から判断すると、今回の試験薬量よりも多くした場合には、各成分とも、孵化への影響が多くなるものと判断された。」

第6 当審の判断
1 無効理由1について
無効理由1の主引用例は、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第7号証、甲第8号証、甲第9号証、及び甲第10号証である(第1回口頭審理調書を参照。)。

(1)甲第6号証の1を主引用例とした場合の検討
ア 甲第6号証の1に記載された発明
摘記6aの「オイゲノール及びゲラニオールは、72時齢と96時齢の卵よりも、24時齢と48時齢の卵において、より強力に更なる発達を抑制した。…オイゲノールとゲラニオールはクサオビリンガの胚発達抑制において最も効果的であることが示されたので、これらはその統合的な防虫において注目に値する可能性を有している。」との記載、及び表1において、ゲラニオールの24時齢の卵に対する胚発達抑制が100.0%であることからみて、甲第6号証の1には、
『ゲラニオールによるクサオビリンガの卵に対する胚発達抑制。』についての発明(以下、「甲6の1発明」という。)が記載されているものと認められる。

イ 本件発明1と甲6の1発明との対比
甲6の1発明の「ゲラニオール」は、クサオビリンガの胚発達抑制に効果的な有効成分であって、本件発明1の「次の群…(3)…ゲラニオール…から選ばれた化合物の1種」に相当し、
甲6の1発明の「卵に対する胚発達抑制」は、その胚発達抑制によって卵の孵化が抑制されることから、卵孵化抑制作用を意味しているに等しく、また、その統合的な防虫において注目に値する可能性が示唆されていることから、防虫剤としての応用が記載されているに等しく、本件発明1の「卵孵化抑制剤」に相当し、
甲6の1発明の「クサオビリンガ」は、被請求人が提出した平成22年8月6日付け答弁書の第6頁下から13?9行の「イガ、コイガ等はチョウ目ヒロズコガ科に属し、屋内で繊維製品を食害する繊維害虫である(乙第2号証、43頁)。一方、クサオビリンガは、チョウ目に属するものではあるが、…ヤガ科に属しており、野外においてワタを食害する農業害虫である(乙第4号証、255頁、乙第5号証、798頁)。」との記載からみて、「農業害虫」として類別されることが知られているものの、当該「クサオビリンガ」が「繊維害虫」であることについては、請求人によって明確かつ十分に立証されているものではないから、両者は、
「ゲラニオールの1種を有効成分として含有する害虫卵孵化抑制剤。」である点において一致し、
(α)害虫の種類が、本件発明1においてはイガ、コイガ等の蛾類を含む「繊維害虫」であるのに対して、甲6の1発明においてはクサオビリンガという蛾類の「農業害虫」である点において相違する。

ウ 請求人の主張
請求人は、平成22年5月17日付け審判請求書の請求の理由の第9頁下から2行?第10頁第11行において、「(1)クサオビリンガは、イガ、コイガ等と同様に、蛾に類別される以上、甲第6号証の1の試験結果は、イガ、コイガ等の繊維害虫の卵孵化抑制の効力を有することを推定させるに十分である。(2)甲第4号証の1、2は、それぞれネッタイシマカ及びイエバエの卵孵化抑制について効力を発揮していることを記載している(…)。このような甲第4号証の1、2の記載事項を考慮するならば、ゲラニオールが広範な昆虫の卵孵化抑制作用を有することを推定させるに十分であり、前記のイガ、コイガ等の卵孵化抑制にゲラニオールを採用することは、当業者が容易に想到し得る事を明瞭に証明しているのである。」と主張している。
そして、請求人は、平成22年11月9日付け上申書の第1頁第2?26行において、「1(1)…甲第4号証の1は、aシトロネラール及びゲラニオールを含むテルペン化合物(テルペノイド)のネッタイシマカの卵に孵化抑制の程度が70?90%の範囲内にあること、及び、「種々の化合物」を処理した後において、前記孵化抑制が生じた卵の胚の発達が不完全であることが観察されること、b上記aのような観察に基づいている胚の発達が不完全であるという現象を伴う卵孵化抑制効果がカメムシ類の一種であるコバネアカホシカメムシ、蛾類の一種であるクスサン、サクサンの卵に対する卵孵化抑制効果と類似しており、必然的にこれらの蛾類に対する卵の孵化抑制効果を推定し得ること、を明らかにしている。…(4)かくして、前記a,bによってシトロネラール及びゲラニオールがネッタイシマカの卵の胚の発達不完全と類似するような状態にてカメムシ、蛾類を含む広範な昆虫の卵に対する孵化抑制効果、就中クスサン、サクサンを含む様々な蛾類に対しても、同じような卵孵化抑制効果を推定し得ることを明らかにしている。」と主張している。

また、請求人は、平成22年10月22日付け口頭審理陳述要領書(2)の第8頁第12?16行において、「2(一).仮に所定の卵孵化抑制剤を使用した場合において、イエバエの場合には所定の割合にて抑制が実現できるのに対し、繊維害虫の場合には抑制が全くあり得ないこと、即ち抑制率が0%であるようなケースが存在するのであれば、双方の卵孵化抑制作用には関連性が存在しないことを推認することが可能であろう。」と主張し、平成22年10月26日付け口頭審理陳述要領書(3)の第1頁第2行?第2頁第10行において、「以下のとおり、被請求人が提出した平成22年10月22日付の上申書に添付された試験成績報告書(以下「報告書」と略称する。)の記載に関し、根本的問題点を指摘する。…
2.試験I及び同IIにおいては、これらの卵孵化抑制剤が、イエバエの卵孵化抑制作用を発揮し得ることを明らかにしている。
このように、本件発明における各卵孵化抑制剤が、乙第2号証(註:本件特許出願後の平成22年10月20日に作成された乙第15号証の「試験成績報告書」を意味するものと推定される。)に示すように、昆虫内において相互に異なる類別に属するイガ、コイガ等の繊維害虫とイエバエの双方の卵孵化抑制作用を発揮し得ることは、一方の孵化抑制作用が他方の孵化抑制作用を推定し得ることの明瞭な証左である。
3.ここに請求人は、報告書記載試験結果を以って、前記推定につき、有利に援用する次第である。」と主張している。

さらに、請求人は、平成22年11月30日付け上申書(2)の第1頁下から9?5行において、「化学構造及び性状において全く相違しているナフタリンにおいても、所定の効力が発揮されていることを考慮するならば、前記効力については、農薬及び医薬における特異性が全く存在せず、当該特異性を前提とする被請求人の主張の予測不可能性が成立しないことを根拠としているのである。」と主張し、同上申書(2)の第12頁下から6?3行において、「(二).ましてや、上申書において指摘したように、ゲラニオール及びシトロネラールにおいては、クサオビリンガだけではなく、クスサン、サクサン等のガ類のような広範な蛾類の卵に対する孵化抑制作用を有している。」と主張している。

エ 当審の判断
(ア)同一化合物の異種昆虫に対する卵孵化抑制作用の予測性について
同一種類のテルペノイド(例えば、ゲラニオール、シトロネラール及びカルバクロール)の各種の昆虫に対する卵孵化抑制作用の大小ないし有無に一定の法則性ないし予測性があるか否かについて検討する。
甲第4号証の1には、ネッタイシマカに対する効果が、同1条件下で、カルバクロール87.6%>シトロネラール82.5%>ゲラニオール74.4%の順であり(摘記4c)、なおかつ、この効果が、コバネアカホシカメムシ、クスサン、及びサクサンの卵に対する卵孵化抑制作用と類似するものであることが示されている(摘記4d)。
甲第4号証の2には、イエバエに対する効果が、カルバクロール99%=ゲラニオール99%>シトロネラール33%の順であることが示されている(摘記4f)。
甲第6号証の1には、クサオビリンガに対する効果が、同1条件下で、ゲラニオール20.0%>カルバクロール2.0%の順であり、なおかつ、シトロネラールなどの多くのテルペノイドは、最高濃度で試験した場合においてさえ効果が無かったことが示されている(摘記6a)。
してみると、本件発明1の有効成分の一つである「シトロネラール」というテルペノイドの事例においては、ネッタイシマカ(ハエ目カ科)、コバネアカホシカメムシ(カメムシ目ホシカメムシ科)、クスサン(チョウ目ヤママユガ科)、及びサクサン(チョウ目ヤママユガ科)に対しては、所定の卵孵化抑制作用を示すのに対して、イエバエ(ハエ目イエバエ科)、クサオビリンガ(チョウ目ヤガ科)に対しては、所定の卵孵化抑制作用を示していないので、同一種類のテルペノイドの各種の昆虫に対する卵孵化抑制作用の大小ないし有無については、一定の法則性ないし予測性が成り立ち得るとはいえないと帰結せざるを得ない。

かくして、仮に乙第15号証において、本件発明1の有効成分の一つであるシトロネロール(アルコール系)などの有効成分が、イエバエに対しても所定の卵孵化抑制作用を示していたとしても、前記シトロネラール(アルデヒド系)の事例が存在する以上、化合物の異種昆虫に対する卵孵化抑制作用の法則性ないし予測性を一般化することはできないので、請求人の平成22年10月26日付け口頭審理陳述要領書(3)の「昆虫内において相互に異なる類別に属するイガ、コイガ等の繊維害虫とイエバエの双方の卵孵化抑制作用を発揮し得ることは、一方の孵化抑制作用が他方の孵化抑制作用を推定し得ることの明瞭な証左である。」との主張は採用できない。

また、請求人の平成22年10月22日付け口頭審理陳述要領書(2)の「所定の卵孵化抑制剤を使用した場合において、イエバエの場合には所定の割合にて抑制が実現できるのに対し、繊維害虫の場合には抑制が全くあり得ないこと、即ち抑制率が0%であるようなケースが存在するのであれば、双方の卵孵化抑制作用には関連性が存在しないことを推認することが可能であろう。」との主張について、シトロネラールなどのテルペノイドを使用した事例で、ネッタイシマカ(並びにコバネアカホシカメムシ、クスサン、及びサクサン)の場合には所定の割合にて抑制が実現できるのに対し、クサオビリンガの場合には最高濃度で試験した場合においてさえ効果が無かった(即ち抑制率が0%であった)ことが示されているので、異なる種類の昆虫の卵孵化抑制作用には関連性が存在しないことを推認することが可能である。
しかも、シトロネラールは、クスサン及びサクサンという蛾類に対して卵孵化抑制作用を有するのに、クサオビリンガという蛾類に対しては卵孵化抑制作用が無かったことが示されているので、請求人の平成22年11月30日付け上申書(2)の「前記効力については、農薬及び医薬における特異性が全く存在せず」との主張、及び同上申書(2)の「ゲラニオール及びシトロネラールにおいては、クサオビリンガだけではなく、クスサン、サクサン等のガ類のような広範な蛾類の卵に対する孵化抑制作用を有している。」との主張は、少なくとも「シトロネラール」において事実に反しており、採用できない。

(イ)ゲラニオールの異種昆虫に対する卵孵化抑制作用の予測性について
次に、ゲラニオールに限ってみても、上記カルバクロールとの比較において、ネッタイシマカにおいてはゲラニオール<カルバクロール、イエバエにおいてはゲラニオール=カルバクロール、クサオビリンガにおいてはゲラニオール>カルバクロールという大小関係になっており、その効果の大小関係に一定の法則性が成り立たっていない。
このため、甲第4号証の1、甲第4号証の2、及び甲第6号証の1の結果に基づいて、ゲラニオールのイガ等の繊維害虫に対する卵孵化抑制作用の効果が実用に供し得る程度の大きさになることを確実に予測することが、本願出願時の技術水準からみて、当業者にとって自明の域にあったと結論づけることはできない。
したがって、請求人の平成22年5月17日付け審判請求書の「ゲラニオールが広範な昆虫の卵孵化抑制作用を有することを推定させるに十分であり、前記のイガ、コイガ等の卵孵化抑制にゲラニオールを採用することは、当業者が容易に想到し得る事を明瞭に証明しているのである。」との主張は採用できない。

また、ネッタイシマカ(さらに示唆として、コバネアカホシカメムシ、クスサン、サクサン)、イエバエ、及びクサオビリンガの3種類(示唆を含め6種類)の昆虫において、ゲラニオールがまちまちの卵孵化抑制作用を示し得ることが知られていたとしても、これら3(又は6)種類というサンプル数は昆虫の種類の全体数に比して十分に多いものとはいえず、しかも、クサオビリンガ等の農業害虫やネッタイシマカないしイエバエ等の衛生害虫などと、タンスなどの屋内に産卵するイガやヒメマルカツオブシムシ等の繊維害虫とは、その産卵場所、卵殻構造、孵化日数などの卵孵化に関する条件に相当程度の近似関係が成り立っていない。
このため、甲第4号証の1、甲第4号証の2、及び甲第6号証の1に示されたゲラニオールの3(又は6)種類の昆虫の卵孵化抑制作用の結果を、繊維害虫を含む他の種類の昆虫にまで一般化できると認めるには、その立証の程度が不十分である。
したがって、請求人の平成22年11月9日付け上申書の「シトロネラール及びゲラニオールがネッタイシマカの卵の胚の発達不完全と類似するような状態にてカメムシ、蛾類を含む広範な昆虫の卵に対する孵化抑制効果、就中クスサン、サクサンを含む様々な蛾類に対しても、同じような卵孵化抑制効果を推定し得ることを明らかにしている。」との主張も採用できない。

同様に、甲第2号証、甲第3号証、甲第5号証、甲第6号証の2、甲第7号証、甲第8号証、甲第9号証、甲第10号証、甲第11号証、甲第12号証、甲第13号証、甲第14号証、甲第15号証、甲第16号証、並びに参考資料3?16(なお、甲第1号証は本件特許公報であり、参考資料1?2は撤回されている。)を参酌しても、ゲラニオールの繊維害虫に対する卵孵化抑制作用を明確かつ十分に裏付ける記載ないし根拠は見当たらない。

(ウ)まとめ
以上のとおりであるから、上記(α)の点に関して、適用対象となる害虫の種類を、甲6の1発明のクサオビリンガという蛾類の「農業害虫」から、本件発明1のイガ、コイガ等の蛾類を含む「繊維害虫」に変更することが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(2)甲第6号証の2を主引用例とした場合の検討
ア 甲第6号証の2に記載された発明
摘記6bの「テルペン系化合物を有効成分として含有する繊維害虫忌避剤。」との記載、摘記6cの「繊維製品を繊維害虫の成虫が侵入しない状況下におけば、産卵、幼虫の発生が生じず、十分に食害防止効果が期待できるとの考え…に基づき、繊維害虫成虫が忌避し、しかも人体に悪影響を与えない化合物…いくつかのテルペン系化合物がこのような性質を有する」との記載、摘記6dの「リナロール、ゲラニオールは、繊維害虫幼虫に対する作用が弱く、いずれも従来のタイプの防虫剤としては利用できないものであり、繊維害虫成虫に対する忌避作用と、繊維害虫幼虫に対する防虫作用はまったく別異なものと判断される。」との記載、摘記6fの「これら化合物を有効成分とする繊維害虫防止剤は、繊維害虫の成虫および幼虫に対し広く有効な防虫剤として使用することが可能である。」との記載、及び摘記6eの表2において、リナロール及びゲラニオールのイガ幼虫に対する致死率がそれぞれ4%及び2%であったことからみて、甲第6号証の2には、
『テルペン系化合物(例えば、リナロール、ゲラニオール)の1種を有効成分として含有する繊維害虫の成虫ないし幼虫(イガの幼虫)の忌避剤ないし防虫剤。』についての発明(以下、「甲6の2発明」という。)が記載されているものと認められる。

イ 本件発明1と甲6の2発明との対比
甲6の2発明の「テルペン系化合物(例えば、リナロール、ゲラニオール)」は、本件発明1の「次の群…(3)…リナロール、ゲラニオール…から選ばれた化合物の1種」と重複し、
甲6の2発明の「繊維害虫の成虫ないし幼虫(イガの幼虫)」は、本件発明1の「繊維害虫」に相当し、
甲6の2発明の「忌避剤ないし防虫剤」も、本件発明1の「卵孵化抑制剤」も、広義の「防虫剤」の範囲に含まれるから、両者は、
「リナロール、ゲラニオールから選ばれた化合物の1種を有効成分として含有する繊維害虫防虫剤。」である点において一致し、
(β)防虫剤の種類が、本件発明1においては「卵および/または孵化した直後の若齢幼虫を死滅させることにより、食害を与えるような幼虫に成長することを阻害する作用」を発揮する(本件特許明細書の段落0007を参照。)ための「卵孵化抑制剤」であるのに対して、甲6の2発明においては繊維害虫の成虫ないし幼虫を忌避ないし死滅させるための「忌避剤ないし防虫剤」である点において相違する。

ウ 請求人及び被請求人の主張
請求人は、平成22年5月17日付け審判請求書の請求の理由の第8頁第2?23行において、『2.本件特許明細書は、「卵孵化抑制作用」につき、「卵および/または孵化した直後の若齢幼虫を死滅させること」を定義しているが(段落【0007】)、当該定義に関し、以下のとおり考察する。(一)(1).…繊維害虫の幼虫を含む食害幼虫に対する防除効果を有する化合物は、必然的に若齢幼虫に対する防除効果をも発揮することは、当然示唆されるところである。(2).…甲第3号証は、…卵死滅数の割合の方が幼虫死滅数の割合よりも大きいという関係を証明しており、幼虫に対する防虫作用は、必然的に卵孵化に対する抑制作用を推定させることを裏付けている。更には、別表2記載のように、個別の防虫剤の防虫作用と、卵孵化抑制作用とが一般的に相関関係を有することを明瞭に証明している。』と主張し、その「表2」には、例えば、オイゲノールやリナロールなどの防虫剤が、イガ、コイガ等の繊維害虫に対する防虫作用を示すとともに、クサオビリンガ、ネッタイシマカ、イエバエなどの卵孵化抑制作用を示すことが表記されている。
これに対して、被請求人は、平成22年8月6日付け答弁書の第4頁第13?27行において、『しかし、本件特許明細書においては、若齢幼虫について、「孵化した直後」のものに限定して定義しているのであって、若齢幼虫全般を対象としているのではない。すなわち、受精卵は、卵割により核分裂を繰り返して多核性胚となり、その後細胞性胚の形成、外胚葉、中胚葉、内胚葉への分化を経て、各幼虫系組織・器官の形成が進み幼虫孵化となる(乙第3号証、182頁、右欄、4?14行)。本件特許発明の卵孵化抑制剤は、このような胚子発生の過程を阻害し、幼虫孵化に至らしめないものであるが、中には、各組織・器官の形成が正常に行われないながらも、一応孵化に至り、その直後に死亡する個体もあり得るため、このような孵化直後に死亡した若齢幼虫に限って卵孵化抑制作用の定義に含めているのである。そして、このような胚子発生の段階にある卵と、既に幼虫系組織・器官が形成され、外界において、気管系で呼吸し、また自ら食物を探し求め、食物を摂取、代謝して栄養成長を行う幼虫とは、生理・生化学的機構において著しく異なっているのであるから、繊維害虫の幼虫に対する防虫作用を有する化合物であれば、その卵の胚子発生を阻害し、孵化を抑制する作用をも有するなどといえないことは明らかである。」と答弁している。

また、請求人は、平成22年10月22日付け口頭審理陳述要領書(2)の第4頁下から12行?第6頁末行において、「被請求人は、燐化アルミニウム燻蒸剤及びクロルピクリンの場合には、繊維害虫の幼虫殺虫率よりも卵孵化抑制率の方が低いことを主張し、かつ乙第9号証及び同第10号証によって上記の点を立証しようとしている。…(2).被請求人が列挙している燐化アルミニウム及びクロルピクリンは、呼吸毒として採用する毒ガスであって、本件発明に係る卵孵化抑制剤のような家庭内において使用することはもとより不可能な状況にある。…(三).かくして、燐化アルミニウム及びクロルピクリンに基づく前記被請求人の主張及び立証は、極端に毒性の強い殺虫剤につき、例外的に妥当するも、本件発明に係る卵孵化抑制剤との関係では全く無価値という他はない。」と主張し、平成22年11月30日付け上申書(2)の第7頁第18?24行において、「燐化アルミニウム及びクロルピクリンは、燻蒸処理を必要としており、決して昇華性又は揮散性の化合物ではない。このような場合、幼虫に対する殺虫効率と卵孵化抑制率との対比は、あくまで昇華性又は揮散性における防虫剤化合物を基準として行わねばならない。何故ならば、昇華性又は揮散性は、胚及び幼虫の成長に対する障害機能を左右する化学構造と密接な関連性を有しているからである。」と主張している。

そして、同口頭審理陳述要領書(2)の第2頁下から8行?第3頁第4行において、「2(一).甲第3号証の第3表は、ヘキサノール及びナフタリンが共に、イガ等の繊維害虫の卵孵化抑制作用を有することを裏付けている。前記第3行から、デカノール(C_(10)H_(21)OH)が卵孵化抑制作用において、ナフタリンとオクタノール、更にはヘキサノールとの中間的な性状を示すことについては、既に弁駁書等において論じたとおりである。(二).リナロール(C_(7)H_(11)OHC_(3)H_(6))と、デカノール(C_(10)H_(21)OH)及びナフタリン(C_(10)H_(8))とを対比した場合、水酸基を有する鎖状結合の存否、及びベンゼン核の存否において、リナロールは、明らかにデカノールに近い化学構造式を有している。このような場合、リナロールが卵孵化抑制作用において、ナフタリンよりもデカノールに近い性状を示すか、又は少なくとも双方の中間の性状を示すことは、当然予測し得る事項である。」と主張している。
同様に、同口頭審理陳述要領書(2)に添付された別表、平成22年10月12日付け口頭審理陳述要領書、及び平成22年11月30日付け上申書(2)などの各種提出書類の随所において、ゲラニオールやシトロネロールなどの他の化合物についても、その化学構造式の類似性から、卵孵化抑制作用が容易に予測し得る旨の主張がなされている。

エ 当審の判断
(ア)幼虫に対する防虫作用と卵孵化抑制作用との相関関係について
本件発明1の「卵孵化抑制剤」は、胚子発生の過程を阻害し、正常な孵化に至らしめないようにした防虫剤であって、このような胚子発生の段階にある卵(食害を与える前の段階の幼虫を含む。)と、既に幼虫系組織・器官が形成され、外界において、気管系で呼吸し、また自ら食物を探し求め、食物を摂取、代謝して栄養成長を行う幼虫(即ち、繊維害虫として食害を与える段階の幼虫を意味する。)とは、生理・生化学的機構において著しく異なっているのであるから、繊維害虫の幼虫に対する防虫作用を有する化合物であれば、その卵の胚子発生を阻害し、正常な孵化を抑制する作用をも有するなどといえないことは明らかであり、請求人の平成22年5月17日付け審判請求書の「繊維害虫の幼虫を含む食害幼虫に対する防除効果を有する化合物は、必然的に若齢幼虫に対する防除効果をも発揮することは、当然示唆されるところである。」との主張は採用できない。

また、甲第4号証の2には、ベルベノールというテルペン系の防虫剤が、ハムシの一種の幼虫に対する防虫作用(LC_(50)=71.5μg)を示す一方で、イエバエの卵孵化抑制作用が0%であることが示されており(摘記4f)、甲第6号証の2には、1,8-シネオールというテルペノイドが、イガという蛾類の幼虫に対して致死率100%を示すことが記載され(摘記6e)、甲第6号証の1には、シネオールが、クサオビリンガという蛾類の卵の胚発達抑制において効果が無かったことが記載されている(摘記6a)。
したがって、請求人の平成22年5月17日付け審判請求書の「別表2記載のように、個別の防虫剤の防虫作用と、卵孵化抑制作用とが一般的に相関関係を有することを明瞭に証明している。」との主張は妥当ではない。

そして、乙第9号証には、ヒメカツオブシムシという繊維害虫に対する燐化アルミニウム(燐化水素)の防虫作用が、幼虫よりも、卵の方が低いことが示されているので、同審判請求書の「卵死滅数の割合の方が幼虫死滅数の割合よりも大きいという関係を証明しており、幼虫に対する防虫作用は、必然的に卵孵化に対する抑制作用を推定させることを裏付けている。」との主張も妥当ではない。
かくして、例外的な事例が少なくとも1つ存在する以上、「幼虫に対する防虫作用は、必然的に卵孵化に対する抑制作用を推定させる」とはいえないから、請求人の平成22年10月22日付け口頭審理陳述要領書(2)の「燐化アルミニウム及びクロルピクリンに基づく前記被請求人の主張及び立証は、極端に毒性の強い殺虫剤につき、例外的に妥当するも、本件発明に係る卵孵化抑制剤との関係では全く無価値という他はない。」との主張も妥当ではない。
また、請求人の平成22年11月30日付け上申書(2)の「燐化アルミニウム及びクロルピクリンは、燻蒸処理を必要としており、決して昇華性又は揮散性の化合物ではない。」との主張についても、甲第2号証の表5の「くん蒸剤」の項目には「燐化水素(燐化アルミニウム)」と共に「樟脳」などの家庭用昇華性防虫剤が列記されているところ(摘記2d)、樟脳などのテルペノイドを利用する昇華性防虫剤も、燐化水素(燐化アルミニウム)を有効成分とする乙第9号証の燻蒸剤(常温で気体の状態で作用させて殺虫・殺菌をする薬剤。)も、両者共に薬効成分を気体の状態で作用させて殺虫作用を発揮するものであるから、請求人の上記主張も採用できない。

(イ)化学構造式の類似性と卵孵化抑制作用の相関関係について
一般に、化合物の化学構造式から、当該化合物の農薬ないし医薬としての薬理活性を予測することが困難であることが知られているが、ここでは、テルペノイドの化学構造式の類似性から、卵孵化抑制作用を容易に予測し得るか否かを具体的に検討する。

甲第4号証の2には、ゲラニオール、シトラール、シトロネラール、ベルベノール、及びベルベノンの5種類のテルペノイドについて、その化学構造式(摘記4e)と、イエバエの卵に対する殺虫活性(摘記4f)が、次のとおりであることが記載されている。

A.ゲラニオール(卵孵化の抑制=99%)



B.シトラール(卵孵化の抑制=96%)



C.シトロネラール(卵孵化の抑制=33%)



D.ベルベノール(卵孵化の抑制=0%)



E.ベルベノン(卵孵化の抑制=65%)



ここで、上記A?Eの5種類のテルペノイドの卵孵化抑制作用の大小関係は、A>B>E>C>Dの順になっているところ、化学構造式が類似するA?Cの一群とD?Eの一群とを比較した場合の大小関係に規則性は認められず、置換基が共通するA及びDの一群(水酸基)とB、C及びEの一群(カルボニル基)とを比較した場合の大小関係にも規則性は認められない。
したがって、請求人の化学構造式の類似性から、卵孵化抑制作用が容易に予測し得る旨の主張については、これを採用できない。

そして、甲第3号証の第3表において、イガ卵10頭に対する卵死滅数が、水酸基を有し、芳香環を有さない化合物である「n-ヘキシルアルコール」で6頭、水酸基を有さず、芳香環を有する化合物である「ナフタリン」で2頭であることが示されている(摘記3a)ことを根拠に、前記「n-ヘキシルアルコール」と同様に、水酸基を有し、芳香環を有さない化合物である甲6の2発明の「リナロール、ゲラニオールから選ばれたテルペン系化合物」が、前記「ナフタリン」以上の卵孵化活性作用を示すと推定することができる旨の請求人の主張は、上記A?Eの5種類のテルペノイドについての検討からも明らかなように、化学構造式の類似性と昆虫の卵孵化抑制作用の大小関係に一定の規則性がないことから、科学的な根拠を欠いていると結論づけざるを得ない。

(ウ)ゲラニオール及びリナロールの防虫効果について
甲6の2発明の「リナロール、ゲラニオールから選ばれたテルペン系化合物の1種」は、甲第6号証の2において、イガ幼虫に対する致死率がリナロールで4%、ゲラニオールで2%であると記載され(摘記6e)、「リナロール、ゲラニオールは、繊維害虫幼虫に対する作用が弱く、いずれも従来のタイプの防虫剤としては利用できない」と記載されている(摘記6d)。
してみると、仮に薬効成分の効力が、幼虫よりも卵孵化抑制において若干は大きくなる傾向にあることが予測し得たとしても、繊維害虫幼虫に対する防虫作用が弱いと評価されているリナロール及びゲラニオールについて、これを有効成分とした卵孵化抑制剤が、実用に供し得る程度の卵孵化抑制作用を発揮し得るとまで推測することは、合理的な根拠を欠くものである。

また、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第5号証、甲第6号証の1、甲第7号証、甲第8号証、甲第9号証、甲第10号証、甲第11号証、甲第12号証、甲第13号証、甲第14号証、甲第15号証、甲第16号証、並びに参考資料3?16を参酌しても、ゲラニオール及びリナロールの繊維害虫に対する卵孵化抑制作用を明確かつ十分に裏付ける記載ないし根拠は見当たらない。

(エ)まとめ
以上のとおりであるから、上記(β)の点に関して、甲6の2発明の繊維害虫の成虫ないし幼虫を忌避ないし死滅させるための「忌避剤ないし防虫剤」を、本件発明1の「卵孵化抑制剤」に変更することが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(3)甲第7?10号証を主引用例とした場合の検討
ア 甲第7?10号証に記載された発明
(ア)甲7発明
摘記7aの「羊毛害虫に対して防虫効果を示す香料物質であるリナロール…およびこれらの誘導体の一種又はこれらの数種を含む調合香料または天然香料を含有することを特徴とする羊毛類の昇華性芳香防虫剤。」との記載、及び摘記7bの「実施例1」において、孵化後50日間飼育したイガ幼虫20頭に対するリナロール製剤の防虫効果が20頭であったことからみて、甲第7号証には、
『リナロールを防虫効果を示す物質として含有する羊毛害虫(孵化後50日間飼育したイガ幼虫)の昇華性芳香防虫剤。』についての発明(以下、「甲7発明」という。)が記載されているものと認められる。

(イ)甲8発明
摘記8aの「防虫剤がリナロール、…シトロネロール、…よりなる群から選ばれた1種又は2種以上の物質である…昇華性防虫剤。」との記載、及び摘記8bの「羊毛害虫として有名なイガ類に対する防虫効果を目的とする場合には、リナロール…などが選択される。そのほかに…シトロネロール…などの防虫剤も適宜使用することができる。」との記載からみて、甲第8号証には、
『防虫剤がリナロール、シトロネロールよりなる群から選ばれた1種又は2種以上の物質である羊毛害虫(イガ類)に対する昇華性防虫剤。』についての発明(以下、「甲8発明」という。)が記載されているものと認められる。

(ウ)甲9発明
摘記9aの「本発明において防虫性香料とは、衣料品に対する害虫であるイガ、コイガ、ヒメマルカツオブシムシ等に対し防虫効果を有する芳香性物質を云い、該物質としては…アリルカプロエート等が挙げられる。」との記載からみて、甲第9号証には、
『衣料品に対する害虫であるイガ、コイガ、ヒメマルカツオブシムシ等に対し防虫効果を有する芳香性物質としてアリルカプロエートを用いた防虫性香料。』についての発明(以下、「甲9発明」という。)が記載されているものと認められる。

(エ)甲10発明
摘記10aの「全炭素数が10又は11で、かつ常圧下における沸点が200?230℃の範囲にある脂肪酸鎖状エステルの中から選ばれた少なくとも1種を有効成分として成る羊毛害虫用忌避剤。」との記載、及び摘記10bの「実施例」において「30日令」の「イガ幼虫10頭」に対する「エナント酸アリル」の死亡率が100%であったことからみて、甲第10号証には、
『エナント酸アリルを有効成分として成る羊毛害虫(30日令のイガ幼虫)用忌避剤。』についての発明(以下、「甲10発明」という。)が記載されているものと認められる。

イ 本件発明1と甲7?10発明との対比
(ア)甲7発明との対比
甲7発明の「リナロール」は、本件発明1の「次の群…(3)…リナロール…から選ばれた化合物の1種」に相当し、
甲7発明の「防虫効果を示す物質」は、本件発明1の「有効成分」に相当し、
甲7発明の「羊毛害虫(孵化後50日間飼育したイガ幼虫)」は、本件発明1の「繊維害虫」に相当し、
甲7発明の「昇華性芳香防虫剤」も、本件発明1の「卵孵化抑制剤」も、広義の「防虫剤」の範囲に含まれるから、両者は、
「リナロールから選ばれた化合物の1種を有効成分として含有する繊維害虫防虫剤。」である点において一致し、
(β1)防虫剤の種類が、本件発明1においては「卵および/または孵化した直後の若齢幼虫を死滅させることにより、食害を与えるような幼虫に成長することを阻害する作用」を発揮するための「卵孵化抑制剤」であるのに対して、甲7発明においては羊毛害虫であるイガ幼虫(孵化後50日間飼育)を死亡させる「防虫剤」である点において相違する。

(イ)甲8発明との対比
甲8発明の「防虫剤がリナロール、シトロネロールよりなる群から選ばれた1種又は2種以上の物質」は、本件発明1の「次の群…(3)…リナロール、…シトロネロール、…から選ばれた化合物の1種又は2種以上を有効成分」に相当し、
甲8発明の「羊毛害虫(イガ類)」は、本件発明1の「繊維害虫」に相当し、
甲8発明の「昇華性防虫剤」も、本件発明1の「卵孵化抑制剤」も、広義の「防虫剤」の範囲に含まれるから、両者は、
「リナロール、シトロネロールから選ばれた化合物の1種又は2種以上を有効成分として含有する繊維害虫防虫剤。」である点において一致し、
(β2)防虫剤の種類が、本件発明1においては「卵および/または孵化した直後の若齢幼虫を死滅させることにより、食害を与えるような幼虫に成長することを阻害する作用」を発揮するための「卵孵化抑制剤」であるのに対して、甲8発明においてはイガ類の羊毛害虫を防虫するための「防虫剤」である点において相違する。

(ウ)甲9発明との対比
甲9発明の「防虫効果を有する芳香性物質としてアリルカプロエート」は、当該「アリルカプロエート」が「ヘキサン酸アリル」と同義であることから、本件発明1の「次の群…(5)…ヘキサン酸アリル…から選ばれた化合物の1種…を有効成分」に相当し、
甲9発明の「衣料品に対する害虫であるイガ、コイガ、ヒメマルカツオブシムシ等」は、本件発明1の「繊維害虫」に相当し、
甲9発明の「防虫性香料」も、本件発明1の「卵孵化抑制剤」も、広義の「防虫剤」の範囲に含まれるから、両者は、
「ヘキサン酸アリルを有効成分として含有する繊維害虫防虫剤。」である点において一致し、
(β3)防虫剤の種類が、本件発明1においては「卵および/または孵化した直後の若齢幼虫を死滅させることにより、食害を与えるような幼虫に成長することを阻害する作用」を発揮するための「卵孵化抑制剤」であるのに対して、甲9発明においてはイガ、コイガ、ヒメマルカツオブシムシ等を防虫するための「防虫剤」である点において相違する。

(エ)甲10発明との対比
甲10発明の「エナント酸アリル」は、当該「エナント酸アリル」が「ヘプタン酸アリル」と同義であることから、本件発明1の「次の群…(5)…ヘプタン酸アリル…から選ばれた化合物の1種…を有効成分」に相当し、
甲10発明の「羊毛害虫(30日令のイガ幼虫)」は、本件発明1の「繊維害虫」に相当し、
甲10発明の「忌避剤」も、本件発明1の「卵孵化抑制剤」も、広義の「防虫剤」の範囲に含まれるから、両者は、
「ヘプタン酸アリルを有効成分として含有する繊維害虫防虫剤。」である点において一致し、
(β4)防虫剤の種類が、本件発明1においては「卵および/または孵化した直後の若齢幼虫を死滅させることにより、食害を与えるような幼虫に成長することを阻害する作用」を発揮するための「卵孵化抑制剤」であるのに対して、甲10発明においては羊毛害虫(30日令のイガ幼虫)を死亡させるための「忌避剤」である点において相違する。

ウ 請求人の主張
請求人は、平成22年5月17日付け審判請求書の請求の理由などにおいて、上記第6 1(2)ウに示したと同様の主張をしている。

エ 当審の判断
(ア)甲7発明について
上記第6 1(2)エ(ア)における検討と同様に、「卵および/または孵化した直後の若齢幼虫」と、食害を与える発達段階にある孵化後50日間飼育した「イガ幼虫」では、その生理・生化学的機構において著しい相違があることから、イガ幼虫(孵化後50日間飼育)に対する防除効果から、本件発明1の「卵孵化抑制剤」としての作用効果が当然示唆されるとは認められない。
また、甲第4号証の2の「ベルベノール」のイエバエに対する卵孵化抑制作用が0%であるという結果、乙第9号証の「燐化アルミニウム」の防虫作用が幼虫よりも卵の方で低いという結果からみて、食害を与える発達段階にある幼虫に対する防虫作用が、必然的に卵孵化に対する抑制作用を推定させるとも認められない。
さらに、甲第4号証の2の各種テルペノイドの卵孵化抑制作用の大小関係からみて、化学構造式の類似性から、卵孵化抑制作用が容易に予測し得るとも認められない。
そして、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第5号証、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第8号証、甲第9号証、甲第10号証、甲第11号証、甲第12号証、甲第13号証、甲第14号証、甲第15号証、甲第16号証、並びに参考資料3?16を参酌しても、リナロールの繊維害虫に対する卵孵化抑制作用を明確かつ十分に裏付ける記載ないし根拠は見当たらない。
してみると、上記(β1)の点に関して、甲7発明の羊毛害虫であるイガ幼虫(孵化後50日間飼育)を死亡させるための「防虫剤」を、本件発明1の「卵孵化抑制剤」に変更することが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(イ)甲8発明について
甲8発明の「羊毛害虫(イガ類)」については、当該「イガ類」ないし「羊毛害虫」の発達段階が、成虫、蛹、幼虫、卵の何れを意味するのか、甲第8号証に具体的な記載がなく、甲8発明の「防虫剤」については、甲第8号証に忌避性に基づく防虫剤であることの記載はあるものの、死滅性に基づく防虫剤であることについての具体的な記載がなく、甲第8号証には、実施例3として、リナロール及びシトロネロールを所定の担体とともに錠剤化した場合の「防虫剤保留率」についてのデータが示されているものの(摘記8c)、これら「リナロール」及び「シトロネロール」がイガ等の繊維害虫に対して所定の「卵孵化抑制作用」を発揮し得ることについては、甲第8号証に明確かつ十分な記載がない。
また、上記第6 1(2)エ(ア)において示したように、害虫の発達段階が異なれば、その生理・生化学的機構も著しく相違するため、食害を及ぼす発達段階の害虫への忌避性などの防除効果から卵孵化抑制剤作用の効果が当然示唆されるとは認められず、防虫剤の種類によって害虫の発達段階に応じた効力の大小ないし有無がまちまちであることから、成虫ないし食害を与えるような幼虫に対する防虫作用が必然的に卵孵化抑制作用を推定させるとも認められず、化学構造式の類似性から卵孵化抑制作用を容易に予測し得るとも認められない。
そして、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第5号証、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第7号証、甲第9号証、甲第10号証、甲第11号証、甲第12号証、甲第13号証、甲第14号証、甲第15号証、甲第16号証、並びに参考資料3?16を参酌しても、リナロールないしシトロネロールの繊維害虫に対する卵孵化抑制作用を明確かつ十分に裏付ける記載ないし根拠は見当たらない。
してみると、上記(β2)の点に関して、甲8発明の羊毛害虫(イガ類)に対する「防虫剤」を、本件発明1の「卵孵化抑制剤」に変更することが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(ウ)甲9発明について
甲9発明の「衣料品に対する害虫であるイガ、コイガ、ヒメマルカツオブシムシ等」については、当該「イガ、コイガ、ヒメマルカツオブシムシ等」の発達段階が、成虫、蛹、幼虫、卵の何れを意味するのか、甲第9号証に具体的な記載がなく、甲9発明の「防虫性香料」については、害虫による食害が生じなかったことについての記載はあるものの(摘記9b)、害虫が死滅することについての具体的な記載はなく、本件発明1の有効成分である「ヘキサン酸アリル」と同義の「アリルカプロエート」が、イガ等の繊維害虫に対して所定の「卵孵化抑制作用」を発揮し得ることについては、甲第9号証に明確かつ十分な記載がない。
また、上記第6 1(2)エ(ア)において示したように、害虫の発達段階が異なれば、その生理・生化学的機構も著しく相違するため、食害を及ぼす発達段階の害虫への忌避性などの防除効果から卵孵化抑制剤作用の効果が当然示唆されるとは認められず、防虫剤の種類によって害虫の発達段階に応じた効力の大小ないし有無がまちまちであることから、成虫ないし食害を与えるような幼虫に対する防虫作用が必然的に卵孵化抑制作用を推定させるとも認められず、化学構造式の類似性から卵孵化抑制作用を容易に予測し得るとも認められない。
そして、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第5号証、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第7号証、甲第8号証、甲第10号証、甲第11号証、甲第12号証、甲第13号証、甲第14号証、甲第15号証、甲第16号証、並びに参考資料3?16を参酌しても、ヘキサン酸アリルの繊維害虫に対する卵孵化抑制作用を明確かつ十分に裏付ける記載ないし根拠は見当たらない。
してみると、上記(β3)の点に関して、甲9発明の衣料品に対する害虫であるイガ、コイガ、ヒメマルカツオブシムシ等に対する「防虫性香料」を、本件発明1の「卵孵化抑制剤」に変更することが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(エ)甲10発明について
本件発明1の有効成分である「ヘプタン酸アリル」と同義の「エナント酸アリル」が、イガ等の繊維害虫に対して所定の「卵孵化抑制作用」を発揮し得ることについては、甲第10号証に明確かつ十分な記載がない。
また、上記第6 1(2)エ(ア)において示したように、害虫の発達段階が異なれば、その生理・生化学的機構も著しく相違するため、食害を及ぼす発達段階の害虫への忌避性などの防除効果から卵孵化抑制剤作用の効果が当然示唆されるとは認められず、防虫剤の種類によって害虫の発達段階に応じた効力の大小ないし有無がまちまちであることから、成虫ないし食害を与えるような幼虫に対する防虫作用が必然的に卵孵化抑制作用を推定させるとも認められず、化学構造式の類似性から卵孵化抑制作用を容易に予測し得るとも認められない。
そして、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第5号証、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第7号証、甲第8号証、甲第9号証、甲第11号証、甲第12号証、甲第13号証、甲第14号証、甲第15号証、甲第16号証、並びに参考資料3?16を参酌しても、ヘプタン酸アリルの繊維害虫に対する卵孵化抑制作用を明確かつ十分に裏付ける記載ないし根拠は見当たらない。
してみると、上記(β4)の点に関して、甲10発明の羊毛害虫(30日令のイガ幼虫)を死亡させるための「忌避剤」を、本件発明1の「卵孵化抑制剤」に変更することが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(4)小括
以上総括するに、本件発明1は、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第7?11号証及び甲第14号証に記載された発明、並びに、甲第2号証及び甲第3号証に記載された基本的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件発明2についての検討
本件発明2は、本件発明1の発明特定事項をより下位の概念のものとするものであるから、本件発明1と同様に、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第7?11号証及び甲第14号証に記載された発明、並びに、甲第2号証及び甲第3号証に記載された基本的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2 無効理由2について
無効理由2の主引用例は、甲第11号証、甲第12号証、及び甲第13号証である(第1回口頭審理調書を参照。)。

(1)甲第11号証を主引用例とした場合の検討
ア 甲第11号証に記載された発明
摘記11bの表8の記載からみて、甲第11号証には、
『オレンジ果皮油を有効成分として含有するハラジロカツオブシムシの卵孵化抑制剤。』についての発明(以下、「甲11の1発明」という。)が記載されているものと認められる。
また、摘記11aの表4の記載からみて、甲第11号証には、
『レモン果皮油を有効成分として含有するヨツモンマメゾウムシの卵孵化抑制剤。』についての発明(以下、「甲11の2発明」という。)が記載されているものと認められる。

イ 本件発明1と甲11の1発明との対比
甲11の1発明の「ハラジロカツオブシムシ」は、摘記2cの「代表的繊維害虫…ハラジロカツオブシムシ」との記載からみて、本件発明1の「繊維害虫」に相当するから、両者は、
「特定物質を有効成分として含有する繊維害虫卵孵化抑制剤。」である点において一致し、
(γ)有効成分となる特定物質が、本件発明1においては「次の群(1)?(7)、
(1)プロピルナフタリン、ジフェニルおよびジフェニルメタンよりなる群から選ばれた炭素数15以下の多環式芳香族炭化水素;
(2)クロルベンゼンおよびクロルナフタリンよりなる群から選ばれた炭素数15以下の塩素化芳香族炭化水素;
(3)ヘプタノール、オクタノール、ノナノール、デカノール、ドデカノール、テトラヒドロリナロール、テトラヒドロミルセノール、リナロール、ゲラニオール、ネロール、シトロネロール、ジヒドロリナロール、メトキシブタノール、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、アミノエタノールおよびクロロブタノールよりなる群から選ばれた炭素数15以下の鎖式アルコール;
(4)ヘキサナール、シトロネラール、オクタノン、ウンデカノンおよびメチルヘプテノンよりなる群から選ばれた炭素数5ないし12の鎖式カルボニル化合物;
(5)マロン酸ジエチル、アジピン酸ジエチル、酢酸シトロネリル、酢酸ネリル、ヘキサン酸アリル、ヘプタン酸アリル、クロトン酸エチル、乳酸エチルおよびプロピレングリコールモノエチルエーテルアセテートよりなる群から選ばれた1個のエステル結合の他に、1個以上の不飽和結合および/または酸素原子を有する炭素数4ないし15の鎖式エステル;
(6)ジエチレングリコールジエチルエーテルおよびトリオキサンよりなる群から選ばれた分子内に3個以上の酸素原子を有する鎖式または環式エーテル;および
(7)N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルフォキシドおよびオクタクロロジプロピルエーテルよりなる群から選ばれた分子内に1個以上の酸素原子と、窒素原子、硫黄原子およびハロゲン原子から選ばれた原子の1個または2個以上を含む化合物;
から選ばれた化合物の1種または2種以上」であるのに対して、甲11の1発明においては「オレンジ果皮油」である点において相違する。

ウ 請求人及び被請求人の主張
請求人は、平成22年5月17日付け審判請求書の請求の理由の第15頁下から11行?第16頁第16行において、「(2).甲第14号証は、オレンジ果皮油には、含酸素成分のうち、31.9%のアルコール類が含まれており、当該アルコールにおいては、リナロール、オクタノール、デカノールが主成分に該当している(75頁右欄のa)。(二).…甲第14号証によれば、オレンジ果皮油には、前記アルコール以外に約59.6%のアルデヒド類が含まれているが、アルコール類が繊維害虫の卵孵化抑制作用を有することは、例えば甲第3号証によって既に明らかにされている以上、アルデヒド類の方がアルコール類よりも含有量が多いとしても、このことは、決してアルコール類の前記抑制作用を否定する根拠とはならないからである。…(2).甲第3号証の第3表によれば、n-ヘキシルアルコール、即ち6個の炭素数を有する鎖状アルコールが、イガ等の繊維害虫の卵孵化抑制作用を有していることに着目するならば、8個の炭素数であるオクタノール及び10個の炭素数であるデカノールにおいても、程度の差は別として、同じような抑制作用を有することは、明瞭に示唆されるところである。(三).かくして、甲第11号証は、前記3種類のアルコールの結合及びその個別の場合に、繊維害虫の卵孵化抑制作用を有することを明瞭に示唆している。」と主張している。
これに対して、被請求人は、平成22年8月6日付け答弁書の第11頁第18?22行において、「オレンジ油には、このように多数の成分が含まれるが、その中でもハラジロカツオブシムシの卵孵化抑制作用を示す活性成分が、主成分であるテルペン炭化水素やアルデヒド類ではなく、アルコール類であることや、さらにその中でもリナロール、オクタノール、デカノールの3成分の組合せであると推定できる根拠など全くない。」と主張している。

エ 当審の判断
オレンジ果皮油については、乙第14号証の第313頁の「(80)オレンジ」の項に、d-リモネンが約95%含まれることが記載され、甲第14号証においても、「オイルの主成分はテルペン炭化水素である」と記載されているところ(摘記14a)、その主成分は、d-リモネンなどの「テルペン炭化水素」であって、含酸素成分は微量成分でしかない。
そして、その含酸素成分の種類についても、アルデヒド類、アルコール類、ケトン類、エステル類等の多数の成分が含まれており、その中でもハラジロカツオブシムシの卵孵化抑制作用を示す活性成分が、主成分であるテルペン炭化水素やアルデヒド類ではなく、アルコール類であることや、さらにその中でもリナロール、オクタノール、デカノールの3成分の組合せであると推定できる合理的な根拠がない。
したがって、甲11の1発明の「オレンジ果皮油」に含まれる多数の成分のうち、「オクタノール」、「デカノール」及び「リナロール」の単独ないし組合せが、繊維害虫の卵孵化抑制作用の有効成分であると推定することが容易であるとは認められない。

また、上記第6 1(2)エ(イ)において検討したように、化学構造式の類似性から、卵孵化抑制作用の大小ないし有無を予測することは合理性を欠くから、請求人の平成22年5月17日付け審判請求書の「甲第3号証の第3表によれば、n-ヘキシルアルコール、即ち6個の炭素数を有する鎖状アルコールが、イガ等の繊維害虫の卵孵化抑制作用を有していることに着目するならば、8個の炭素数であるオクタノール及び10個の炭素数であるデカノールにおいても、程度の差は別として、同じような抑制作用を有することは、明瞭に示唆されるところである。」との主張は採用できない。

なお、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第5号証、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第7号証、甲第8号証、甲第9号証、甲第10号証、甲第12号証、甲第13号証、甲第14号証、甲第15号証、甲第16号証、並びに参考資料3?16を参酌しても、「オクタノール」、「デカノール」及び「リナロール」の繊維害虫に対する卵孵化抑制作用を明確かつ十分に裏付ける記載ないし根拠は見当たらない。

してみると、上記(γ)の点に関して、甲11の1発明の「オレンジ果皮油」を、本件発明1の「次の群…(3)…オクタノール、…デカノール、…リナロール、…から選ばれた化合物の1種または2種以上」にすることが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

オ 本件発明1と甲11の2発明との対比
甲11の2発明の「ヨツモンマメゾウムシ」については、乙第2号証の第228頁左欄下から12行?右欄第3行の「マメゾウムシ科…約20種が食用マメ類を食害することで知られ,…ヨツモンマメゾウムシ…が貯蔵マメ類の害虫としてよく知られる.」との記載からみて、「食品害虫」として類別されることが知られているものの、当該「ヨツモンマメゾウムシ」が「繊維害虫」であることについては、請求人によって立証されているものではないから、両者は、
「特定物質を有効成分として含有する害虫卵孵化抑制剤。」である点において一致し、
(α1)害虫の種類が、本件発明1においてはヒメマルカツオブシムシ等の甲虫類を含む「繊維害虫」であるのに対して、甲11の2発明においてはヨツモンマメゾウムシという甲虫類の「食品害虫」である点、
(γ1)有効成分となる特定物質が、本件発明1においては「次の群…(3)…ネロール…;(4)…シトロネラール…;(5)…酢酸ネリル…;から選ばれた化合物の1種または2種以上」であるのに対して、甲11の2発明においては「レモン果皮油」である点、
の2つの点において相違する。

カ 請求人の主張
請求人は、平成22年5月17日付け審判請求書の請求の理由の第16頁下から7行?第18頁第11行において、「甲第14号証によれば、レモン果皮油は主成分としてアルコール類であるネロール、アルデヒド類であるシトロネラール、エステル類である酢酸ネリル、酢酸ゲラニルを含んでいる(448頁右欄)。(二).ヨツモンマメゾウムシが前記1のハラジロカツオブシムシと同類の甲虫類であることを考慮するならば、前記ネロール、シトロネラール、酢酸ネリル、酢酸ゲラニルの結合がハラジロカツオブシムシ等の繊維害虫の卵孵化抑制作用を発揮し得ることは、当業者において十分推定し、かつ想到し得るところである。…甲第16号証に示すように、酢酸ネリルは、酢酸ゲラニルの幾何異性体である以上、生物化学的性状として同様の作用の可能性については、当業者において容易に想到し得るところである。…(三).かくみるならば、甲第11号証は、ネロール、シトロネラール、酢酸ネリル、酢酸ゲラニルの結合及び個別の場合に、繊維害虫の卵孵化抑制作用を有することを明瞭に示唆している。」と主張している。

キ 当審の判断
(ア)上記(α1)の点について
上記第6 1(1)エ(ア)において検討したように、同一種類の防虫成分であっても、各種の昆虫に対する卵孵化抑制作用の大小ないし有無に一定の法則性ないし予測性が成り立ち得ないことは明らかである。
してみると、上記(α1)の点に関して、適用対象となる害虫の種類を、甲11の2発明のヨツモンマメゾウムシという甲虫類の「食品害虫」から、本件発明1のヒメマルカツオブシムシ等の甲虫類を含む「繊維害虫」に変更することが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(イ)上記(γ1)の点について
上記第6 1(2)エ(イ)において検討したように、化学構造式の類似性から、卵孵化抑制作用の大小や有無を予測することは合理性を欠いており、酢酸ネリルと酢酸ゲラニルのような幾何異性体における化学構造式の類似性についても、例えば、乙第7号証の段落0002の「害虫の防除…幾何構造(シス体またはトランス体)…考慮されるべき重要な因子」との記載からみて、その害虫防除の作用の同等性ないし類似性に根拠がないものと解するのが相当である。
そして、レモン果皮油については、甲第14号証の「量的には他の柑橘類と同様90%以上をテルペン系炭化水素(主にd-Limonene)が占めている」との記載にあるように(摘記14c)、その主成分は、d-リモネンなどの「テルペン炭化水素」であって、含酸素成分は微量成分でしかなく、その中でも対象害虫の卵孵化抑制作用を示す活性成分が、ネロール、シトロネラール、酢酸ネリル、酢酸ゲラニルの結合及び個別の場合であると推定できる合理的な根拠がない。
したがって、甲11の2発明の「レモン果皮油」に含まれる多数の成分のうち、「ネロール」、「シトロネラール」及び「酢酸ネリル」の単独ないし組合せが、繊維害虫の卵孵化抑制作用の有効成分であると推定することが容易であるとは認められない。

なお、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第5号証、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第7号証、甲第8号証、甲第9号証、甲第10号証、甲第12号証、甲第13号証、甲第14号証、甲第15号証、甲第16号証、並びに参考資料3?16を参酌しても、「ネロール」、「シトロネラール」及び「酢酸ネリル」の繊維害虫に対する卵孵化抑制作用を明確かつ十分に裏付ける記載ないし根拠は見当たらない。

してみると、上記(γ1)の点に関して、甲11の2発明の「レモン果皮油」を、本件発明1の「次の群…(3)…ネロール…;(4)…シトロネラール…;(5)…酢酸ネリル…;から選ばれた化合物の1種または2種以上」にすることが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(2)甲第12号証を主引用例とした場合の検討
ア 甲第12号証に記載された発明
摘記12aの「天然植物から得られる…レモングラス油…を有効成分とすることを特徴とする衣類害虫用防虫剤。」との記載、摘記12bの「イガ、コイガ、ヒメカツオブシムシなどの幼虫は…衣類害虫の代表」との記載、及び摘記12cの「試験例」において、供試昆虫を「20日令のコイガ」の幼虫とした場合の「レモングラス油」の死虫率が100%になっていることから、甲第12号証には、
『レモングラス油を有効成分とする衣類害虫(20日令のコイガの幼虫)用防虫剤。』についての発明(以下、「甲12発明」という。)が記載されているものと認められる。

イ 本件発明1と甲12発明との対比
甲12発明の「衣類害虫(20日令のコイガの幼虫)」は、本件発明1の「繊維害虫」に相当し、
甲12発明の「衣類害虫用防虫剤」も、本件発明1の「卵孵化抑制剤」も、広義の「防虫剤」の範囲に含まれるから、両者は、
「特定物質を有効成分として含有する繊維害虫防虫剤。」である点において一致し、
(β5)防虫剤の種類が、本件発明1においては「卵および/または孵化した直後の若齢幼虫を死滅させることにより、食害を与えるような幼虫に成長することを阻害する作用」を発揮するための「卵孵化抑制剤」であるのに対して、甲11発明においては衣類害虫(20日令のコイガの幼虫)を死滅させる「防虫剤」である点、
(γ2)有効成分となる特定物質が、本件発明1においては「次の群…(3)…ゲラニオール、ネロール…から選ばれた化合物の1種または2種以上」であるのに対して、甲12発明においては「レモングラス油」である点、
の2つの点において相違する。

ウ 請求人の主張
請求人は、平成22年11月30日付け上申書(2)の第3頁下から20行?第4頁下から2行において、「2(一).甲第12号証のレモングラス油のうち、(まる1)ネロール、ゲラニオールを含む種類と、(まる2)シトラール、ミルセンを含む種類の峻別につき、…(まる1)が選択されるのは当然の推移である。…テルペン化合物の殺虫効力に対する特異性が存在しないことを考慮するならば、ゲラニオールの殺虫効力を異性体であるネロールに類推することは十分可能である。…(2).このように、ゲラニオールの繊維害虫の卵孵化抑制作用及びその幼虫に対する殺虫効力は、甲第12号証の出願が行われた平成3年10月4日当時、少なくとも公然かつ明白な状態にて示唆されていたのである。」と主張している。

エ 当審の判断
(ア)上記(β5)の点について
上記第6 1(2)エ(ア)における検討と同様に、「卵および/または孵化した直後の若齢幼虫」と、食害を与える発達段階にある20日令の「コイガ幼虫」では、その生理・生化学的機構において著しい相違があることから、20日令のコイガの幼虫に対する防除効果から、本件発明1の「卵孵化抑制剤」としての作用効果が当然示唆されるとは認められない。
また、甲第4号証の2の「ベルベノール」のイエバエに対する卵孵化抑制作用が0%であるという結果、乙第9号証の「燐化アルミニウム」の防虫作用が幼虫よりも卵の方で低いという結果からみて、食害を与える発達段階にある幼虫に対する防虫作用が、必然的に卵孵化に対する抑制作用を推定させるとも認められない。
さらに、甲第4号証の2の各種テルペノイドの卵孵化抑制作用の大小関係からみて、化学構造式の類似性から、卵孵化抑制作用が容易に予測し得るとも認められない。
してみると、上記(β5)の点に関して、甲12発明の衣類害虫(20日令のコイガの幼虫)を死滅させる「防虫剤」を、本件発明1の「卵孵化抑制剤」に変更することが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(イ)上記(γ2)の点について
上記第6 1(2)エ(イ)において検討したように、化学構造式の類似性から、卵孵化抑制作用の大小や有無を予測することは合理性を欠いており、ネロールとゲラニオールのような幾何異性体における化学構造式の類似性についても、例えば、乙第7号証の段落0002の「害虫の防除…幾何構造(シス体またはトランス体)…考慮されるべき重要な因子」との記載からみて、その害虫防除の作用の同等性ないし類似性に根拠がないものと解するのが相当である。
そして、レモングラス油については、甲第14号証の『(まる1)の化学組成としては,30あまりの成分が見つけられているが主なものとしてはメチルヘプテノン、メチルヘプテノール、シトラール、ネロール、ゲラニオール、ファルネソールなどが確認されている。(まる2)の化学組成としては,シトラール65?86%、ミルセン12?20%、メチルヘプテノン0.2?0.3%などが知られている。』という旨の記載(摘記14d)からみて、甲12発明の「レモングラス油」の化学組成の蓋然性については、必然的に上記(まる1)の化学組成にあると断言できるものではない。
また、仮に上記(まる1)の化学組成にあると推定し得たとしても、30あまりの成分の中でも対象害虫の卵孵化抑制作用を示す活性成分が、ネロール、ゲラニオールの結合及び個別の場合であると推定できる合理的な根拠がない。
したがって、甲12発明の「レモングラス油」に含まれる多数の成分のうち、「ネロール」及び「ゲラニオール」の単独ないし組合せが、繊維害虫の卵孵化抑制作用の有効成分であると推定することが容易であるとは認められない。

なお、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第5号証、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第7号証、甲第8号証、甲第9号証、甲第10号証、甲第11号証、甲第13号証、甲第14号証、甲第15号証、甲第16号証、並びに参考資料3?16を参酌しても、「ネロール」及び「ゲラニオール」の繊維害虫に対する卵孵化抑制作用を明確かつ十分に裏付ける記載ないし根拠は見当たらない。

してみると、上記(γ2)の点に関して、甲12発明の「レモングラス油」を、本件発明1の「次の群…(3)…ゲラニオール、ネロール…から選ばれた化合物の1種または2種以上」にすることが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(3)甲第13号証を主引用例とした場合の検討
ア 甲第13号証に記載された発明
摘記13aの「ユーカリ油を含有することを特徴とする有害生物防除用組成物。」との記載、摘記13bの「ユーカリ油の有害生物防除作用」との記載、摘記13cの「本発明による組成物は、…種々の種類のイエバエ…、ハエの幼虫…、ゴキブリ…、コロラドジャガイモカブトムシの幼虫…、家畜のダニ…、および衣蛾の幼虫…の防除においてとりわけ使用することができる。」との記載、及び摘記13dの「ユーカリプタスシトリオドラ」との記載からみて、
『ユーカリプタスシトリオドラのユーカリ油を含有する有害生物(種々の種類のイエバエ、ハエの幼虫、ゴキブリ、コロラドジャガイモカブトムシ、ダニの幼虫、蚊の幼虫、衣蛾の幼虫)防除用組成物。』についての発明(以下、「甲13発明」という。)が記載されているものと認められる。

イ 本件発明1と甲13発明との対比
甲13発明の「ユーカリプタスシトリオドラのユーカリ油」は、摘記13bの「ユーカリ油の有害生物防除作用」との記載からみて、甲13発明における有効成分であると認められ、
甲13発明の「有害生物(種々の種類のイエバエ、ハエの幼虫、ゴキブリ、コロラドジャガイモカブトムシ、ダニの幼虫、蚊の幼虫、衣蛾の幼虫)」は、摘記2cの「代表的繊維害虫…イガ」との記載からみて、本件発明1の「繊維害虫」の一部と重複するものであり、
甲13発明の「有害生物(種々の種類のイエバエ、ハエの幼虫、ゴキブリ、コロラドジャガイモカブトムシ、ダニの幼虫、蚊の幼虫、衣蛾の幼虫)防除用組成物」も、本件発明1の「卵孵化抑制剤」も、広義の「防虫剤」の範囲に含まれるから、両者は、
「特定物質を有効成分として含有する繊維害虫防虫剤。」である点において重複し、
(β6)防虫剤の種類が、本件発明1においては「卵および/または孵化した直後の若齢幼虫を死滅させることにより、食害を与えるような幼虫に成長することを阻害する作用」を発揮するための「卵孵化抑制剤」であるのに対して、甲13発明においては有害生物(種々の種類のイエバエ、ハエの幼虫、ゴキブリ、コロラドジャガイモカブトムシ、ダニの幼虫、蚊の幼虫、衣蛾の幼虫)を防除する「防虫剤」である点、
(γ3)有効成分となる特定物質が、本件発明1においては「次の群…(3)…リナロール、ゲラニオール、…シトロネロール…;(4)…シトロネラール…;から選ばれた化合物の1種または2種以上」であるのに対して、甲13発明においては「ユーカリプタスシトリオドラのユーカリ油」である点、
の2つの点において相違する。

ウ 請求人の主張
請求人は、平成22年5月17日付け審判請求書の請求の理由の第18頁下から15行?第19頁第14行において、「(一).甲第13号証は、各種タイプのユーカリ油のうち、ユーカリプタスシトリオドラ(…)が他のユーカリ油と同様に、イガの幼虫の防除剤として使用することが可能であることを明らかにしている…。甲第14号証は、ユーカリ油の内、「E. citriodora」タイプ、即ち前記甲第13号証のシトロネラールタイプのユーカリ油において、シトロネラール、シトロネロール及びゲラニオールが主成分であることを裏付けている…。…(三).かくして、甲第12号証(註:甲第13号証の誤記と思われる。)は、シトロネラール、シトロネロール、ゲラニオールの結合及び個別の場合に、繊維害虫の卵孵化抑制作用を有することを明瞭に示唆している。」と主張している。

エ 当審の判断
(ア)上記(β6)の点について
上記第6 1(2)エ(ア)における検討と同様に、「卵および/または孵化した直後の若齢幼虫」と、食害を与える発達段階にある「衣蛾の幼虫」では、その生理・生化学的機構において著しい相違があることから、食害を与えるような衣蛾の幼虫に対する防除効果から、本件発明1の「卵孵化抑制剤」としての作用効果が当然示唆されるとは認められない。
また、甲第4号証の2の「ベルベノール」のイエバエに対する卵孵化抑制作用が0%であるという結果、乙第9号証の「燐化アルミニウム」の防虫作用が幼虫よりも卵の方で低いという結果からみて、食害を与えるような幼虫に対する防虫作用が、必然的に卵孵化に対する抑制作用を推定させるとも認められない。
さらに、甲第4号証の2の各種テルペノイドの卵孵化抑制作用の大小関係からみて、化学構造式の類似性から、卵孵化抑制作用が容易に予測し得るとも認められない。
してみると、上記(β6)の点に関して、甲13発明の有害生物(種々の種類のイエバエ、ハエの幼虫、ゴキブリ、コロラドジャガイモカブトムシ、ダニの幼虫、蚊の幼虫、衣蛾の幼虫)を防除する「防虫剤」を、本件発明1の「卵孵化抑制剤」に変更することが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(イ)上記(γ3)の点について
次に、甲13発明の「ユーカリプタスシトリオドラのユーカリ油」は、甲第14号証に、当該ユーカリ油の香気成分が『主成分はシトロネラールで含量は65?85%であり、次いでシトロネロールが15?20%、他にゲラニオール、β-ピネン、イソプレゴールなどが多くシネオールはわりあい少ない。これ以外の成分ではリナロールなどが報告されている。』という旨の記載がなされている(摘記14b)ことから、「シトロネラール」、「シトロネロール」、「ゲラニオール」、及び「リナロール」の4種類の化合物について、本件発明1の化合物の選択肢と重複している蓋然性が高い。
しかしながら、甲第6号証の2には、イガの幼虫に対する致死率が、リナロールで4%、ゲラニオールで2%、1,8-シネオールで100%であることが記載されているところ(摘記6e)、甲13発明の「ユーカリプタスシトリオドラのユーカリ油」の有害生物防除作用ないし衣蛾の幼虫に対する防除作用は、あくまで「シネオール」を有効成分として含む結合として発揮し得ているものと解することができる。
そうしてみると、当該「シネオール」を含まない本件発明1の化合物の選択肢の単独ないし組合せを有害生物防除作用の有効成分としたものが、甲第13号証に実質的に記載されているとは認められない。

また、甲13発明の「ユーカリプタスシトリオドラのユーカリ油」の香気成分には、「シトロネラール」、「シトロネロール」、「ゲラニオール」及び「リナロール」の4種類の化合物以外にも多数の化合物が含まれているところ、これら多数の化合物のうち当該4種類の単独ないし組合せこそが、甲13発明の有害生物防除作用の有効成分であると推定することの合理的な根拠は、当該ユーカリ油の主成分となっていない「シトロネロール」、「ゲラニオール」及び「リナロール」の3種類については、合理的な根拠があるとはいえない。
そして、主成分とされる「シトロネラール」を含む前記4種類の化合物の単独ないし組合せによって、衣蛾の幼虫の殺虫作用ないし衣蛾の卵の孵化抑制作用を発揮し得ることが、甲第13号証に記載されているといえるか否かについて検討するに、甲第13号証には、実施例1?10の具体例が記載されているものの、これらの具体例については、イエバエ、ハエの幼虫、ゴキブリ、コロラドジャガイモカブトムシ、ダニの幼虫、蚊の幼虫、衣蛾の幼虫の何れの有害生物に適用したのか明記されておらず、その薬理活性に関するデータも示されておらず、その防除作用についても、単なる忌避性を意味するのか、死滅性までをも意味するのか明記されていない。
そうしてみると、甲第13号証には、「シトロネラール」、「シトロネロール」、「ゲラニオール」及び「リナロール」の4種類の化合物の単独ないし組合せによって、衣蛾の幼虫の殺虫作用、ましてや衣蛾の卵の孵化抑制作用が発揮され得ることまでもが記載されているとは認められない。

加えて、上記第6 1(2)エ(イ)において検討したように、化学構造式の類似性から、卵孵化抑制作用の大小や有無を予測することは合理性を欠いているところ、甲第13号証に記載された有害生物防除作用の有効成分については、これが本件発明1の特定の有効成分のみの結合及び個別の場合であると推定できる合理的な根拠がないので、甲13発明の「ユーカリプタスシトリオドラのユーカリ油」に含まれる多数の成分のうち、「シトロネラール」、「シトロネロール」、「ゲラニオール」及び「リナロール」の単独ないし組合せが、繊維害虫の卵孵化抑制作用の有効成分であると推定することが容易であるとは認められない。

なお、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証の1、甲第4号証の2、甲第5号証、甲第6号証の1、甲第6号証の2、甲第7号証、甲第8号証、甲第9号証、甲第10号証、甲第11号証、甲第12号証、甲第14号証、甲第15号証、甲第16号証、並びに参考資料3?16を参酌しても、「シトロネラール」、「シトロネロール」、「ゲラニオール」及び「リナロール」の繊維害虫に対する卵孵化抑制作用を明確かつ十分に裏付ける記載ないし根拠は見当たらない。

してみると、上記(γ3)の点に関して、甲13発明の「ユーカリプタスシトリオドラのユーカリ油」を、本件発明1の「次の群…(3)…リナロール、ゲラニオール、…シトロネロール…;(4)…シトロネラール…;から選ばれた化合物の1種または2種以上」にすることが、当業者にとって容易になし得るということはできない。

(4)小括
以上総括するに、本件発明2は、甲第3号証及び甲第11?16号証に記載された発明、並びに、甲第2号証及び甲第3号証に記載された基本的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件発明2についての検討
本件発明2は、本件発明1の発明特定事項をより下位の概念のものとするものであるから、本件発明1と同様に、甲第3号証及び甲第11?16号証に記載された発明、並びに、甲第2号証及び甲第3号証に記載された基本的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3 無効理由1及び2についてのまとめ
以上検討したように、本件発明1?2は、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。
したがって、本件発明1?2についての特許は、同法第29条の規定に違反してされたものとはいえないから、同法第123条第1項第2号に該当せず、無効理由1及び2は理由がない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する
 
審理終結日 2010-12-01 
結審通知日 2010-12-06 
審決日 2010-12-24 
出願番号 特願平9-110117
審決分類 P 1 113・ 121- Y (A01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 冨永 保  
特許庁審判長 原 健司
特許庁審判官 木村 敏康
松本 直子
登録日 2009-05-22 
登録番号 特許第4311773号(P4311773)
発明の名称 繊維害虫卵孵化抑制剤および防虫方法  
代理人 赤尾 直人  
代理人 特許業務法人 小野国際特許事務所  

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