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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01M
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 H01M
管理番号 1234688
審判番号 不服2008-32463  
総通号数 137 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-05-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-12-24 
確定日 2011-03-30 
事件の表示 特願2003-176971「リチウム二次電池およびリチウム二次電池の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 4月 8日出願公開、特開2004-111358〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成15年6月20日(優先日 2002年9月17日)の出願であって、平成20年5月7日付けで手続補正がされ、同年9月18日付けで拒絶査定がされ、この査定を不服として、同年12月24日に審判請求がされるとともに、同日付けで手続補正がされたところ、平成21年1月23日付けで請求却下の一次審決がされ、当該審決の取消訴訟が同年6月10日に提起され(平成21年(行ケ)10148)、平成21年11月19日に審決取消の判決言渡があったものである。
そこで、当審において、平成22年5月20日付けで前置報告書に基づく審尋をしたところ、同年8月25日付けで回答書が提出されたものである。
第2 平成20年12月24日付けの手続補正についての補正却下の決定
【補正却下の決定の結論】
平成20年12月24日付けの手続補正を却下する。

【理由】
I.補正の内容
平成20年12月24日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、特許請求の範囲の請求項1及び18の記載を、以下の(A)から(B)とする補正事項を含む。

(A)「【請求項1】 正極活物質として可逆的にリチウムイオンを挿入・脱離できる物質を含む正極と,
負極活物質としてリチウム金属,リチウム含有合金又は可逆的にリチウムイオンを挿入・脱離できる物質からなる群より選択される物質を含む負極と,
リチウム塩と,カーボネート系有機溶媒及び芳香族炭化水素溶媒を含む有機溶媒と,下記の化学式(1)のイソキサゾール化合物と,ヘキサフルオロベンゼンとを含む電解質とからなることを特徴とする,リチウム二次電池。
【化1】



「【請求項18】 正極活物質として可逆的にリチウムイオンを挿入・脱離できる物質を含む正極を供給する工程と,
負極活物質としてリチウム金属,リチウム含有合金又は可逆的にリチウムイオンを 挿入・脱離できる物質,或いは前記リチウム金属,リチウム含有合金又はリチウムイオンの混合物を含む負極を供給する工程と,
前記正極及び負極を含む電極組立体を組立てる工程と,
前記電極組立体を電池ケースに入れる工程と,
リチウム塩とカーボネート系有機溶媒と下記化学式(1)のイソキサゾール化合物と,芳香族炭化水素溶媒と,ヘキサフルオロベンゼンとを任意の順序で供給し,混合して電解質を調合する工程と,
前記電極組立体を電池ケースに入れた後に電解質注入口を通じて前記電解質を電池ケースに注入する工程と,
を含むことを特徴とする,リチウム二次電池の製造方法。
【化3】


(B)「【請求項1】 正極活物質として可逆的にリチウムイオンを挿入・脱離できる物質を含む正極と,
負極活物質としてリチウム金属,リチウム含有合金又は可逆的にリチウムイオンを挿入・脱離できる物質からなる群より選択される物質を含む負極と,
リチウム塩と,カーボネート系有機溶媒及びヘキサフルオロベンゼンのみからなる有機溶媒と,下記の化学式(1)のイソキサゾール化合物のみからなる電解質とからなることを特徴とする,リチウム二次電池。
【化1】


「【請求項18】 正極活物質として可逆的にリチウムイオンを挿入・脱離できる物質を含む正極を供給する工程と,
負極活物質としてリチウム金属,リチウム含有合金又は可逆的にリチウムイオンを 挿入・脱離できる物質,或いは前記リチウム金属,リチウム含有合金又はリチウムイオンの混合物を含む負極を供給する工程と,
前記正極及び負極を含む電極組立体を組立てる工程と,
前記電極組立体を電池ケースに入れる工程と,
リチウム塩とカーボネート系有機溶媒とヘキサフルオロベンゼンと下記化学式(1)のイソキサゾール化合物とを任意の順序で供給し,混合して電解質を調合する工程と,
前記電極組立体を電池ケースに入れた後に電解質注入口を通じて前記電解質を電池ケースに注入する工程と,
を含むことを特徴とする,リチウム二次電池の製造方法。
【化3】



(下線部は補正箇所を示す。)

II.当審の判断
1.請求項1についての補正事項に対して
ア 上記の補正事項は、「リチウム塩と,カーボネート系有機溶媒及び芳香族炭化水素溶媒を含む有機溶媒と,下記の化学式(1)のイソキサゾール化合物と,ヘキサフルオロベンゼンとを含む電解質」を、「リチウム塩と,カーボネート系有機溶媒及びヘキサフルオロベンゼンのみからなる有機溶媒と,下記の化学式(1)のイソキサゾール化合物のみからなる電解質」と変更することにより、発明を特定するために必要な事項(以下、「発明特定事項」という。)である「芳香族炭化水素溶媒」を削除する事項を含むから、形式的には、特許請求の範囲の減縮に当たらない。
しかし、補正前の「芳香族炭化水素溶媒」が、補正後の「ヘキサフルオロベンゼン」を含む概念であるといえるものであれば、上記の補正事項は、実質的に発明特定事項を限定したものといえる。

イ そこで、本願発明における「芳香族炭化水素溶媒」について、発明の詳細な説明の記載を参酌すると、以下の記載がされている(関連箇所に下線を付す。)。

ア) 「【0033】 また,本実施形態の電解質は,カーボネート系溶媒の外に芳香族炭化水素系有機溶媒をさらに含むことも可能である。芳香族炭化水素系有機溶媒としては,下記化学式(15)の芳香族炭化水素系化合物を用いることができる。
【0034】 【化7】

(前記式でRは,ハロゲンまたは炭素数1から10のアルキル基であり,nは,1から5,好ましくは1から3の整数である。)
【0035】 芳香族炭化水素系有機溶媒の具体的な例としては,ベンゼン,フルオロベンゼン,トルエン,フルオロトルエン,トリフルオロトルエン,キシレンなどがある。芳香族炭化水素系有機溶媒を含む電解質でカーボネート系溶媒/芳香族炭化水素系溶媒の体積比が1:1から30:1であるのが好ましい。この体積比で混合すると電解質の性能が向上する。」

イ) 「【0042】 本発明の好適な他の実施形態によれば,正極活物質としてリチウムイオンの可逆的な挿入・脱離が可能な物質を含む正極を製造する工程と,負極活物質としてリチウム金属,リチウム含有合金又は可逆的にリチウムイオンを挿入・脱離できる物質或いはそれらの混合物を含む負極を製造する工程と,正極と負極で電極組立体を作る工程と,リチウム塩とカーボネート系有機溶媒と下記化学式1のイソキサゾール化合物と,必要に応じて芳香族炭化水素溶媒とを任意の順序で供給し,混合して電解質を調合する工程と,及び前記電極組立体を電池ケースに入れた後に電解質注入口を通じて前記電解質を電池ケースに注入する工程と,を含むリチウム二次電池の製造方法を提供する。」

ウ) 「【0047】(実施例2) 電解質組成物をエチレンカーボネート/エチルメチルカーボネート/フルオロベンゼン/プロピレンカーボネートが3/5/1/1で混合された非水性有機溶媒に1MのLiPF_(6)を添加し,電解質に対して0.5質量%のイソキサゾールを添加して製造したことを除いては,実施例1と同様な方法で角形電池を製造した。」

エ) 「【0051】(実施例6) 電解質組成物をエチレンカーボネート/エチルメチルカーボネート/フルオロベンゼン/プロピレンカーボネートが3/5/1/1で混合された非水性有機溶媒に1MのLiPF_(6)を添加し,電解質に対して0.5質量%のイソキサゾールとヘキサフルオロベンゼンを添加して製造したことを除いては,実施例1と同様な方法で角形電池を製造した。ヘキサフルオロベンゼンの添加量はイソキサゾールとヘキサフルオロベンゼンの体積比が1/1になるようにした。」

ウ 上記の「イ ア)」によると、「芳香族炭化水素溶媒」は、【化7】におけるRがハロゲンである場合、nの最大値は5であるから、nが6である「ヘキサフルオロベンゼン」は含まれない。
また、その他の記載をみても、本願発明における「芳香族炭化水素溶媒」として、nが6である「ヘキサフルオロベンセン」を含むことが自明であるとは認められないから、発明の詳細な説明の記載から把握される「芳香族炭化水素溶媒」が「ヘキサフルオロベンゼン」を含む概念であるとは認められない。

エ よって、上記の補正事項は、発明特定事項を限定したものではないから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当しない。
また、上記の補正事項が、請求項の削除、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明を目的としたものに該当しないことも明らかである。

2.請求項18についての補正事項に対して
上記の補正事項は、補正前の発明特定事項である「芳香族炭化水素溶媒」についての事項を削除する事項を含むから、形式的には、特許請求の範囲の減縮に当たらないし、補正後の「ヘキサフルオロベンゼン」が、本願発明における「芳香族炭化水素溶媒」に含まれる概念でないことも、上記に検討のとおりから、実質的にも、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当しない。
また、上記の補正事項が、請求項の削除、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明を目的としたものに該当しないことも明らかである。

III.むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項の規定に違反するから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
I.本願発明
本願の平成20年12月24日付けの手続補正は、上記のとおり、却下されることとなる。
したがって、本願の請求項1?30に係る発明は、平成20年5月7日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?30に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、請求項1に係る発明は上記「第2 I.(A)」に【請求項1】として示すとおりのものである(以下、本願の請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。

II.原査定の理由の概要
原審における拒絶査定(以下、「原査定」という。)の理由は、概略、以下のものである。

「本願発明は、その優先権主張日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その優先権主張日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


刊行物1:特開2001-143764号公報
刊行物2:略
刊行物6:国際公開第01/003229号 」

III.刊行物の記載事項
1.刊行物1
[1A]「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、正極と負極と非水電解質とを備えるリチウム二次電池に関するものであり、より詳細には負極の活物質として黒鉛を用いたリチウム二次電池に関するものである。」

[1B]「【0012】本発明のリチウム二次電池において、非水電解質等の他の電池部材は、特に限定されるものではなく、例えば従来公知の材料を用いることができる。正極活物質としては、二酸化マンガン、リチウム含有マンガン酸化物、リチウム含有コバルト酸化物、リチウム含有バナジウム酸化物、リチウム含有ニッケル酸化物、リチウム含有鉄酸化物、リチウム含有クロム酸化物、リチウム含有チタン鉄酸化物等を使用することができる。
【0013】非水電解質の溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート等の環状炭酸エステルと、ジメチルカーボネート、メチルエチルカーボネート、ジエチルカーボネート等の鎖状炭酸エステルとの混合溶媒、及び環状炭酸エステルと1,2-ジメトキシエタン、1,2-ジエトキシエタン等のエーテルとの混合溶媒が例示される。これらの中でも、環状炭酸エステルと鎖状炭酸エステルとの体積比が1:4?4:1の混合溶媒が特に好ましく用いられる。
【0014】非水電解質の溶質としては、LiPF_(6)、LiBF_(4)、LiCF_(3)SO_(3)、LiN(CF_(3)SO_(2))_(2)、LiN(C_(2)F_(5)SO_(2))_(2)、LiN(CF_(3)SO_(2))(C_(4)F_(9)SO_(2))、LiC(CF_(3)SO_(2))_(3)、LiC(C_(2)F_(5)SO_(2))_(3)及びこれらの混合物が例示される。…」

[1C]「【0016】
【発明の実施の形態】以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲において適宜変更して実施することが可能なものである。
【0017】(実施例1)
〔正極の作製〕正極活物質としてのLiCoO_(2)粉末85重量部と、導電剤としての炭素粉末10重量部と、結着剤としてのポリフッ化ビニリデン粉末5重量部のNMP(N-メチル-2-ピロリドン)溶液とを混合してスラリーを調製し、このスラリーを集電体としての厚さ20μmのアルミニウム箔の片面にドクターブレード法により塗布して活物質層(厚み72.5μm)を形成した後、150℃で乾燥して直径10mmの正極を作製した。
【0018】〔負極の作製〕天然黒鉛粉末95重量部と、ポリフッ化ビニリデン粉末5重量部のNMP溶液とを混合してスラリーを調製し、このスラリーを集電体としての厚さ20μmの銅箔の片面にドクターブレード法により塗布して炭素層(厚み47.5μm)を形成した後、150℃で乾燥して直径10mmの負極を作製した。
【0019】〔電解液の調製〕エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとの体積比1:1の混合溶媒に、LiPF_(6)を1mol/dm^(3)溶かして、電解液を調製した。
【0020】〔リチウム二次電池の作製〕上記各正極、負極及び非水電解液を使用して扁平型のリチウム二次電池A1(本発明電池)を作製した。電池A1の正極の容量に対する負極の容量比(以下、「負極/正極容量比」という)は0.75であった。…
【0021】…
【0022】(実施例2及び3)集電体上に形成する正極活物質及び負極活物質の厚みを、表1に示す厚みとすることにより負極/正極容量比を、0.9及び1.0とする以外は、上記実施例1と同様にして電池A2及びA3を作製した。…」

[1D]「【0026】〔充電保存試験〕各電池を、25℃にて、1mA/cm^(2)で4.2Vまで充電した後、1mA/cm^(2)で2.75Vまで放電し、保存前の放電容量Q1を求めた。その後、25℃にて、1mA/cm^(2)で4.2Vまで充電した後、60℃にて20日間保存した。その後、電池を室温に戻し、1mA/cm^(2)で2.75Vまで放電し保存後における放電容量Q2を求めた。また、下式で定義される容量残存率(%)を求めた。後出の容量残存率も全て下式で定義される容量残存率である。各電池の保存前及び保存後の放電容量並びに容量残存率(%)を表2に示す。容量残存率(%)=(保存後の放電容量Q2/保存前の放電容量Q1)×100」

[1E]「【0042】(実施例42?48)
〔リチウム二次電池の作製〕エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとの体積比1:1の混合溶媒に、LiPF_(6)とLiN(C_(2)F_(5)SO_(2))_(2)をモル比1:1で、1mol/dm^(3)溶かして、電解液を調製した。さらに、複素環化合物としてビニレンカーボネートをこの電解液に対して1.5mol/dm^(3)となるように添加して電解液を調製した。また、ビニレンカーボネートに代えて、1,3-プロパンスルトン、スルホラン、ブタジエンスルホン、イソキサゾール、N-メチルモルホリン、N-メチル-2-ピロリドンを用いて電解液を調製した。
【0043】上記非水電解液を使用する以外は、実施例2(電池A2)と同様にして電池A42?A48を作製した。得られた各電池について、上記実施例と同様にして、保存前及び保存後の放電容量を求め、容量残存率を算出した。結果を表6に示す。なお、表6には電池A24の結果も併せて示している。
【0044】
【表6】

【0045】表6に示す結果から明らかなように、本発明電池A42?A48は容量残存率が88.6%?93.5%と大きく、充電保存特性が良いことがわかる。中でも、環構造に不飽和結合を有する複素環化合物を用いた電池A42、A45、及びA46は、容量残存率が91.1%?93.5%と極めて大きく、充電保存特性が良いことがわかる。これは、環状化合物と電極との反応により、電極表面に安定な被膜が形成され、特に不飽和結合が被膜形成を促進しているものと推測される。…」

2.刊行物6(刊行物6の翻訳文として、特表2003-504812号公報の記載を用いた。)
[6A]「【0001】
<技術分野>
本発明は、一般的に、リチウム二次電池用の非水電解質組成物、さらに詳しくは、電池を、低温特性、電池寿命および高温放電能について著しく改善することを可能とする非水電解質組成物に関する。」(第1頁第5?8行)

[6B]「【0006】
本発明によれば、フルオロベンゼン成分(FB)と炭酸エステル成分(CE)とからなる有機溶媒系に溶解されたリチウム塩を含む、リチウム二次電池のための非水電解質組成物が提供される。上記溶媒の成分は、50FB:50CEから5FB:95CEまでの容積百分率比の範囲において存在する。前記フルオロベンゼン成分は、次の一般式1
【化4】

により表される一あるいはそれ以上の化合物であり、ここで、Fはフッ素元素を表わし、nは1?6の整数である。前記炭酸エステル成分は、次の一般式2および式3により表わされる一あるいはそれ以上の化合物であり、
【化5】

において、R_(1)およびR_(2)は、同一であっても異なってもよく、それぞれ1?4の炭素原子を含むアルキル基を表し、
【化6】


において、R_(3)、R_(4)、R_(5)およびR_(6)は、同一であっても異なってもよく、それぞれ、水素原子あるいは1?4の炭素原子を含むアルキル基を表わす。」(第2頁第28行?第3頁第21行)

[6C]「【0007】
<本発明を遂行するための最良の形態>
本発明は、リチウム電池用の非水電解質に有用なフルオロベンゼンと炭酸エステルとの混合物に関する。
【0008】
一般式1によって表わされるフルオロベンゼン化合物の例には、フルオロベンゼン、ジフルオロベンゼン、トリフルオロベンゼン、テトラフルオロベンゼン、ペンタフルオロベンゼンおよびヘキサフルオロベンゼンが含まれる。これらの化合物は単独でまたは組み合わせて用いてもよい。このフルオロベンゼン溶媒成分は、リチウムイオンを適切に配位し、低温での高い導電性をもたらす。さらに、フルオロベンゼン溶媒は、線形掃引ボルタンメトリー(LSV)において、4.5Vあるいはそれ以上であり、充電の際の正極における電解質分解反応に抵抗性を示す。したがって、フルオロベンゼン溶媒は、低温特性だけでなく、電池の寿命性能をも改善する。
【0009】
本発明においては、電解質のために有機溶媒を構成する炭酸エステルは、一般式3の環状カーボネート、一般式2の鎖状カーボネート、またはその混合物である。一般式3の環状カーボネートとしては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネートおよびブチレンカーボネートが例示される。一般式2の鎖状カーボネートとしては、その例には、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、ジプロピルカーボネート、メチルプロピルカーボネート、エチルメチルカーボネート、エチルプロピルカーボネート等が含まれる。以上に例示したカーボネート化合物類は、単独あるいは組み合わせで用いてよい。」(第4頁第1?21行)

[6D]「【0014】
実施例1においては、エチレンカーボネート(EC)、ジメチルカーボネート(DMC)およびフルオロベンゼン(FB)を容積比1:1:1で混合し、一方LiPF_(6)を溶質として溶解した。このようにして得られた電解質を、18650円筒形電池を調製するのに用いた。その後、電池の寿命性能を評価するために、最初の充電/放電サイクル後の放電/充電容量比(%)、-20℃における放電/公称容量比(%)、および150サイクル後の放電/公称容量比(%)についての試験をおこなった。その結果を下記表1に示した。本電池においては、負極の活性材料としてカーボンブラックを、バインダーとしてポリフッ化ビニリデン(PVDF)を、正極の活性材料としてLiCoO_(2)を、集電体としてアセチレンブラックを用いた。」(第5頁第22行?第6頁第1行)

[6E]「【0018】
<実施例6ないし10>
これらの実施例においては、一般式1ないし3から選ばれた化合物の混合物を、実施例に応じて一般式1の溶媒成分を変えて、電解質の溶媒として用いた。
【0019】
実施例6では、3:3:1:1のエチレンカーボネート(EC):ジメチルカーボネート(DMC):ジエチルカーボネート(DEC):フルオロベンゼン(FB)の混合物を溶媒として用いて電池を調製した。電池の寿命性能を評価するために、高温(60℃)にて保管後の放電/充電容量比(%)、-20℃での放電/公称容量比(%)、および300サイクル後の放電/公称容量比(%)についての試験をおこなった。下記表2に結果を示した。
【0020】
実施例7ないし10では、下記表2の説明にしたがって溶媒成分を用いた以外は、実施例6と同じ手順を繰り返した。このように調製した電池について、上記特性を測定し、その結果を表2に示した。
【0021】…
【0022】
【表2】



(第7頁第4行?第9頁第3行)

[6F]「【0026】
<物理的特性の分析方法>

*高温保管試験(60℃で保管した後の放電容量%):電池を0.5Cにて4.1Vまで充電し、60℃にて30日放置し、0.2Cにて2.75Vまで放電して、次いで電池容量(放電容量/公称容量)の低下を測定した。 」(第11頁第6?20行)

IV.当審の判断
1.刊行物1に記載された発明
ア 刊行物1には、[1A]に記載の「正極と負極と非水電解質とを備えるリチウム二次電池」であって、「負極の活物質として黒鉛を用いた」ものに関して、[1B]には、正極活物質、非水電解質溶媒、非水電解質の溶質として使用し得る公知の材料が列記されており、[1C]には、そのリチウム二次電池の具体例として、正極活物質がLiCoO_(2)であり、負極に含まれる活物質が天然黒鉛であり、非水電解質が、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとの混合溶媒とLiPF_(6)の溶質からなる電解液であり、負極/正極容量比が0.9の電池A2について記載され、[1E]には、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとの混合溶媒に、LiPF_(6)とLiN(C_(2)F_(5)SO_(2))_(2)を溶かし、さらに、イソキサゾールを用いて調製した電解液を使用する以外は、電池A2と同様にして作成された電池A46について記載されている。

イ 以上によると、刊行物1には、電池A46に関して、以下の発明が記載されているといえる。

『正極活物質がLiCoO_(2)である正極と、
負極活物質が黒鉛である負極と、
LiPF_(6)とLiN(C_(2)F_(5)SO_(2))_(2)と、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとの混合溶媒と、イソキサゾールとを含む非水電解質とからなるリチウム二次電池』(以下、「引用発明」という。)


2.対比
本願発明(前者)と引用発明(後者)とを対比すると、後者の『正極活物質がLiCoO_(2)である正極』、『負極活物質が黒鉛である負極』、『LiPF_(6)とLiN(C_(2)F_(5)SO_(2))_(2)』、『エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとの混合溶媒』、『イソキサゾール』は、それぞれ前者の「正極活物質として可逆的にリチウムイオンを挿入・脱離できる物質を含む正極」、「負極活物質として…可逆的にリチウムイオンを 挿入・脱離できる物質からなる群より選択される物質を含む負極」、「リチウム塩」、「カーボネート系有機溶媒」、「下記の化学式(1)のイソキサゾール化合物」に相当するから、両者は、以下の点で一致し、以下の点で相違する。

<一致点>
正極活物質として可逆的にリチウムイオンを挿入・脱離できる物質を含む正極と,
負極活物質として可逆的にリチウムイオンを 挿入・脱離できる物質からなる群より選択される物質を含む負極と,
リチウム塩と,カーボネート系有機溶媒を含む有機溶媒と,下記の化学式(1)のイソキサゾール化合物とを含む電解質とからなるリチウム二次電池
【化1】


<相違点>
前者は、電解質が、芳香族炭化水素溶媒とヘキサフルオロベンゼンとを含むのに対して、後者は、芳香族炭化水素溶媒とヘキサフルオロベンゼンとを含まない点

3.相違点についての検討
ア 刊行物1の[1E]の記載によると、引用発明は、イソキサゾールの使用により、[1D]に記載の充電保存試験における充電状態で60℃にて20日間保存した後の放電容量の保存前放電容量に対する容量残存率が極めて大きく、充電保存特性が良い効果をもたらすものであり、当該効果の機序は、環状化合物と電極との反応により、電極表面に安定な被膜が形成され、特に不飽和結合が被膜形成を促進しているものと推測されている。

イ これに対して、刊行物6には、[6A]によると、技術分野が引用発明と同じ「リチウム二次電池用の非水電解質組成物」に関する記載がされており、[6B]には、「フルオロベンゼン成分(FB)と炭酸エステル成分(CE)とからなる有機溶媒系に溶解されたリチウム塩を含む、リチウム二次電池のための非水電解質組成物」であって、フルオロベンゼン成分が一般式1において、Fの数nが1?6の整数であると記載されており、[6C]には、「一般式1によって表わされるフルオロベンゼン化合物の例には、フルオロベンゼン、ジフルオロベンゼン、トリフルオロベンゼン、テトラフルオロベンゼン、ペンタフルオロベンゼンおよびヘキサフルオロベンゼンが含まれる。これらの化合物は単独でまたは組み合わせて用いてもよい。」と記載され、「有機溶媒を構成する炭酸エステルは、…一般式3の環状カーボネートとしては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネートおよびブチレンカーボネートが例示される。一般式2の鎖状カーボネートとしては、その例には、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、ジプロピルカーボネート、メチルプロピルカーボネート、エチルメチルカーボネート、エチルプロピルカーボネート等が含まれる。以上に例示したカーボネート化合物類は、単独あるいは組み合わせで用いてよい」と記載されている。
そして、[6D]には、この非水電解質組成物の具体例である実施例1の組成物を用いる電池として、「正極の活性材料としてLiCoO_(2)を、集電体としてアセチレンブラックを用いた」と記載され、[6E]には、「実施例6では、3:3:1:1のエチレンカーボネート(EC):ジメチルカーボネート(DMC):ジエチルカーボネート(DEC):フルオロベンゼン(FB)の混合物を溶媒として用いて電池を調製した。電池の寿命性能を評価するために、高温(60℃)にて保管後の放電/充電容量比(%)、-20℃での放電/公称容量比(%)、および300サイクル後の放電/公称容量比(%)についての試験をおこなった。」と、また、「実施例7ないし10では、下記表2の説明にしたがって溶媒成分を用いた以外は、実施例6と同じ手順を繰り返した。このように調製した電池について、上記特性を測定し、その結果を表2に示した。」と記載されており、表2には、フルオロベンゼン成分がフルオロベンゼン、1,2-ジフルオロベンゼン、1,3-ジフルオロベンゼン、1,4-ジフルオロベンゼン、1,2,4-トリフルオロベンゼンを溶媒に添加した実施例番号6?10のものは、フルオロベンゼン成分を添加しない実施例番号C.2、C.3のものより、[6F]に記載の高温保管試験(充電状態で60℃にて30日放置した後の放電容量の公称容量に対する低下を測定)における保管後の放電性が0.8?1.7%向上していることが記載されている。

ウ 以上によると、刊行物6には、引用発明と正極、負極が共通するリチウム二次電池用の非水電解質組成物について、リチウム塩とカーボネート系有機溶媒を含む電解質に、F数が1?6であってよいフルオロベンゼン化合物を単独で又は組み合わせて用いることができ、フルオロベンゼン化合物の使用により、高温保存特性に効果があることが開示されているといえる。

エ そうすると、引用発明は、上記「ア」に示すとおり、電解質にイソキサゾールを使用することにより高温保存性という効果を奏する発明であるところ、刊行物6にも、高温保存性に効果に効果を奏するフルオロベンゼン成分を電解質に使用することが記載されているし、引用発明と刊行物6に記載の電池は、電極やその他の電解質材料が共通するから、引用発明において、高温保存性の効果をより高めようとして、電解質に、イソキサゾールに加えてさらにフルオロベンセン成分を使用することは、当業者が容易に想到し得ることである。

オ ところで、刊行物6には、ヘキサフルオロベンゼンを含むフルオロベンセン成分同士の併用については、[6C]に示唆されているものの、具体的な実施例は、単独のフルオロベンセン成分を使用したものしか記載されていない。
したがって、本願発明において、イソキサゾールに加えて、さらに「芳香族炭化水素溶媒(ヘキサフルオロベンゼン以外のフルオロベンセン成分)とヘキサフルオロベンゼンとを含む」とした点が、単独のフルオロベンセン成分を含む場合と比較して格別の作用効果を奏するのか否かについて、以下、検討する。

カ すると、本願の発明の詳細な説明には、イソキサゾールに加えて、さらに「芳香族炭化水素溶媒とヘキサフルオロベンゼンとを含む」電解質について、具体例として【0051】の実施例6の記載があるが、実施例6についての特性評価に関する記載はまったく存在せず、実施例6の電解質が格別の作用効果を奏することを窺わせる記載も存在しない。
そうすると、本願発明において、「芳香族炭化水素溶媒とヘキサフルオロベンゼンとを含む」としたことによる格別の作用効果は認められないから、本願発明が、フルオロベンセン成分として、ヘキサフルオロベンゼンと他のフルオロベンセン成分(芳香族炭化水素溶媒)とを併用することを選択した点に、想到困難性を認めることもできない。

4.まとめ
したがって、本願発明は特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

5.補足 - 回答書に提示の補正案に対して
回答書に提示の補正案は、平成20年5月7日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載の必須の発明特定事項である「ヘキサフルオロベンゼン」を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当しないし、請求項の削除、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明を目的とするものにも該当しない。
また、仮に、当該補正案を受け入れたとしても、「カーボネート系有機溶媒は、少なくともプロピレンカーボネートを含む」との限定事項は、刊行物1の[1B]【0013】の記載、及び刊行物6の[6C]【0009】の記載に基いて当業者が容易に採用し得る事項と認められるから、当該補正案によっても、上記の結論に影響を与えない。

V.むすび
以上のとおりであるから、原査定は妥当である。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-09-30 
結審通知日 2010-10-05 
審決日 2009-01-23 
出願番号 特願2003-176971(P2003-176971)
審決分類 P 1 8・ 572- Z (H01M)
P 1 8・ 121- Z (H01M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 近野 光知青木 千歌子  
特許庁審判長 吉水 純子
特許庁審判官 植前 充司
大橋 賢一
発明の名称 リチウム二次電池およびリチウム二次電池の製造方法  
代理人 亀谷 美明  
代理人 亀谷 美明  

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