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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G05B
管理番号 1235326
審判番号 不服2009-17416  
総通号数 138 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-06-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-09-16 
確定日 2011-04-07 
事件の表示 特願2003-173934「プラントの制御装置」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 1月13日出願公開、特開2005- 11036〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯および本願発明
本願は、平成15年6月18日の出願であって、平成19年12月25日付けで拒絶の理由が通知され、平成20年3月31日付けで手続補正がされ、平成21年6月11日付けで拒絶査定された後、平成21年9月16日付けで審判請求されると共に、同日付けで手続補正がされ、当審より平成22年11月12日付けで拒絶の理由が通知され、平成23年1月17日付けで手続補正がされたものである。
そして、本願請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、上記の平成23年1月17日付けでされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された以下のとおりであると認める。

「プラントの出力値と目標出力値とが一致するように、該プラントに対する制御入力値を決定するプラントの制御装置において、
指定された収束速度の設定パラメータを用いたフィルタリング演算を前記目標出力値に施すことにより、前記目標出力値の時系列変化に対して応答遅れを伴なって前記目標出力値に収束すると共に、前記目標出力値の時系列変化に対する前記プラントの出力値の追従挙動を指定するフィルタリング目標値を算出するフィルタリング手段と、
前記プラントの出力値と前記制御入力値とに基づいて、前記プラントが有する無駄時間が経過した後の前記プラントの出力値を予測した出力予測値を算出する出力予測手段と、
前記フィルタリング目標値と前記出力予測値との偏差の収束挙動を可変的に指定可能な、前記プラントのモデル式に基づく応答指定型制御を用いて、該偏差を用いて定義されて該偏差の収束挙動を規定する切換関数を0とした切換直線に、該偏差の状態量を載せるための入力である到達則入力を算出すると共に、前記フィルタリング目標値と前記出力予測値とに基づいて、前記応答指定型制御において前記偏差の状態量を前記切換直線上に拘束するための入力である等価制御入力を算出し、該到達則入力及び該等価制御入力に基づいて、前記プラントに対する制御入力値を決定する制御入力決定手段と
を備えたことを特徴とするプラントの制御装置。」


2.各刊行物の記載事項及び各刊行物記載の発明

(1)刊行物1の記載事項及び刊行物1記載の発明
当審で通知した平成22年11月12日付け拒絶理由通知書で引用した、本願出願前に頒布された刊行物である特開2002-318605号公報(以下、「刊行物1」という。)には、以下の技術的事項が記載されている。
ア.【0019】段落
「【0019】適応スライディングモードコントローラ21は、検出したスロットル弁開度THが目標開度THRと一致するように、適応スライディングモード制御によりデューティ比DUTを算出し、該算出したデューティ比DUTを出力する。適応スライディングモードコントローラ21を用いることにより、スロットル弁開度THの目標開度THRへの追従応答特性を、所定のパラメータ(VPOLE)を用いて適宜変更することが可能となり、その結果スロットル弁3を開弁位置から全閉位置に移動させる際の衝撃(スロットル全閉ストッパへの衝突)の回避、及びアクセル操作に対するエンジンレスポンスの可変化が可能となる。・・・・・」

イ.【0023】段落
「【0023】次に適応スライディングモードコントローラ21の動作原理を説明する。先ず下記式(3)により、目標値DTHR(k)を目標開度THR(k)とデフォルト開度THDEFとの偏差量として定義する。
DTHR(k)=THR(k)-THDEF (3)
ここで、スロットル弁開度偏差量DTHと、目標値DTHRとの偏差e(k)を下記式(4)で定義すると、適応スライディングモードコントローラの切換関数値σ(k)は、下記式(5)にように設定される。
e(k)=DTH(k)-DTHR(k) (4)
σ(k)=e(k)+VPOLE×e(k-1) (5)
=(DTH(k)-DTHR(k))
+VPOLE×(DTH(k-1)-DTHR(k-1))
ここで、VPOLEは、-1より大きく1より小さい値に設定される切換関数設定パラメータである。」

ウ.【0025】段落
「【0025】また式(5)の切換関数設定パラメータVPOLEの値を変更することにより、図4に示すように、偏差e(k)の減衰特性、すなわちスロットル弁開度偏差量DTHの目標値DTHRへの追従特性を変更することができる。具体的には、VPOLE=-1とすると、全く追従しない特性となり、切換関数設定パラメータVPOLEの絶対値を小さくするほど、追従速度を速めることができる。」

エ.【0028】?【0029】段落
「【0028】上述したようにスライディングモード制御では、偏差e(k)と前回偏差e(k-1)の組み合わせ(以下「偏差状態量」という)を切換直線上に拘束することにより、偏差e(k)を指定した収束速度で、かつ外乱やモデル化誤差に対してロバストに、0に収束させる。したがって、スライディングモード制御では、如何にして偏差状態量を切換直線に載せ、そこに拘束するかが重要となる。
【0029】そのような観点から、制御対象への入力(コントローラの出力)DUT(k)(Usl(k)とも表記する)は、下記式(6)に示すように、等価制御入力Ueq(k)、到達則入力Urch(k)及び適応則入力Uadp(k)の和として構成される。
DUT(k)=Usl(k)
=Ueq(k)+Urch(k)+Uadp(k) (6)

オ.【0030】段落
「【0030】等価制御入力Ueq(k)は、偏差状態量を切換直線上に拘束するための入力であり、到達則入力Urch(k)は、偏差状態量を切換直線上へ載せるための入力であり、適応則入力Uadp(k)は、モデル化誤差や外乱の影響を抑制し、偏差状態量を切換直線へ載せるための入力である。・・・・・」

カ.【0032】段落
「・・・・・むだ時間d経過後のスロットル弁開度偏差量DTH(k+d)として、状態予測器23により算出される予測偏差量PREDTH(k)を用い、・・・・・ることとする。・・・・・」

キ.【0045】?【0049】段落
「【0045】次に状態予測器23による予測偏差量PREDTHの算出方法を説明する。・・・・・
【0046】・・・・・予測ベクトルXHAT(k+d)は、下記式(34)で与えられる。
【数7】・・・・・




【0047】予測ベクトルXHAT(k+d)の第1行の要素であるDTHHAT(k+d)が、予測偏差量PREDTH(k)であり、下記式(35)で与えられる。
PREDTH(k)=DTHHAT(k+d)
=α1×DTH(k)
+α2×DTH(k-1)
+β1×DUT(k-1)
+β2×DUT(k-2)
+…+βd×DUT(k-d)
+γ1+γ2+…+γd (35)

ここで、α1はマトリクスA’^(d)の1行1列要素、α2はマトリクスA’^(d)の1行2列要素、βiはマトリクスA’^(d-i)B’の1行1列要素、γiはマトリクスA’^(d-i)B’の1行2列要素である。
【0048】式(35)により算出される予測偏差量PREDTH(k)を、前記式(9)に適用し、さらに目標値DTHR(k+d+1),DTHR(k+d),及びDTHR(k+d-1)をそれぞれDTHR(k),DTHR(k-1),及びDTHR(k-2)に置き換えることにより、下記式(9a)が得られる。式(9a)により、等価制御入力Ueq(k)を算出する。
【数8】
DUT(k)=(1/b1){(1-a1-VPOLE)PREDTH(k)
+(VPOLE-a2)PREDTH(k-1)
-c1+DTHR(k)
+(VPOLE-1)DTHR(k-1)
-VPOLE×DTHR(k-2)}
=Ueq(k) (9a)

【0049】また、式(35)により算出される予測偏差量PREDTH(k)を用いて、下記式(36)により予測切替関数値σpre(k)を定義し、到達則入力Urch(k)及び適応則入力Uadp(k)を、それぞれ下記式(10a)及び(11a)により算出する。
σpre(k)=(PREDTH(k)-DTHR(k-1))
+VPOLE(PREDTH(k-1)
-DTHR(k-2)) (36)
【数9】
Urch(k)=(-F/b1)σpre(k) (10a)





(なお、式(9a)及び式(10a)の表記にあたり、分数を「(分子/分母)」で表した。)

ク.【0058】?【0061】段落
「【0058】次に上述した適応スライディングモードコントローラ21、モデルパラメータ同定器22及び状態予測器23の機能を実現するための、ECU7のCPUにおける演算処理を説明する。
【0059】図9は、スロットル弁開度制御の全体フローチャートであり、この処理は所定時間(例えば2msec)毎にECU7のCPUで実行される。ステップS11では、図10に示す状態変数設定処理を実行する。すなわち、式(41)及び(42)の演算を実行し、スロットル弁開度偏差量DTH(k)及び目標値DTHR(k)を算出する(図10,ステップS21及びS22)。なお、今回値であることを示す(k)は、省略して示す場合がある。
【0060】・・・・・
【0061】続くステップS13では、図21に示す状態予測器の演算を実行し、予測偏差量PREDTH(k)を算出する。次いでステップS12で算出した修正モデルパラメータベクトルθL(k)を用いて、図22に示す制御入力Usl(k)の演算処理を実行する(ステップS14)。すなわち、等価制御入力Ueq、到達則入力Urch(k)及び適応則入力Uadp(k)を算出し、それらの入力の総和として、制御入力Usl(k)(=デューティ比DUT(k))を算出する。」

ケ.【0012】段落
「・・・・・スロットル弁3は、駆動手段としてのモータ6によりギヤ(図示せず)を介して駆動できるように構成されている。モータ6による駆動力がスロットル弁3に加えられない状態では、スロットル弁3の開度THは、リターンスプリング4の付勢力と、弾性部材5の付勢力とが釣り合うデフォルト開度THDEF(例えば5度)に保持される。」

コ.【0024】段落
「【0024】縦軸を偏差e(k)とし、横軸を前回偏差e(k-1)として定義される位相平面上では、σ(k)=0を満たす偏差e(k)と、前回偏差e(k-1)との組み合わせは、直線となるので、この直線は一般に切換直線と呼ばれる。スライディングモード制御は、この切換直線上の偏差e(k)の振る舞いに着目した制御であり、切換関数値σ(k)が0となるように、すなわち偏差e(k)と前回偏差e(k-1)の組み合わせが位相平面上の切換直線上に載るように制御を行い、外乱やモデル化誤差(実際のプラントの特性と、モデル化した制御対象モデルの特性との差)に対してロバストな制御を実現し、スロットル弁開度偏差量DTHを目標値DTHRに追従させるものである。」

以上の記載事項を、本願発明の記載に沿って整理すると、刊行物1には以下の発明(以下、「刊行物1記載の発明」という。)が記載されていると認める。

「スロットル弁開度THが目標開度THRと一致するように、スロットル弁のデューティ比DUTを決定するスロットル弁の制御装置において、
目標値DTHR(k)を目標開度THR(k)とデフォルト開度THDEFとの偏差量として(3)式、すなわち
DTHR(k)=THR(k)-THDEF
として定義し、
スロットル弁開度偏差量DTHと、目標値DTHRとの偏差e(k)を式(4)、すなわち
e(k)=DTH(k)-DTHR(k)
として定義し、
DTHとDUTとに基づいて、(35)式、すなわち、
PREDTH(k)=α1×DTH(k)
+α2×DTH(k-1)
+β1×DUT(k-1)
+β2×DUT(k-2)
+…+βd×DUT(k-d)
+γ1+γ2+…+γd
(ここで、α1は(34)式のマトリクスA’^(d)の1行1列要素、α2は(34)式のマトリクスA’^(d)の1行2列要素、βiは(34)式のマトリクスA’^(d-i)B’の1行1列要素、γiは(34)式のマトリクスA’^(d-i)B’の1行2列要素であり、(34)式は、




である。)

により予測偏差量PREDTHを算出する状態予側器23と、
(36)式、すなわち
σpre(k)=(PREDTH(k)-DTHR(k-1))
+VPOLE(PREDTH(k-1)
-DTHR(k-2))
で定義する予測切替関数値σpreに基づく制御を用いて、(10a)式、すなわち
Urch(k)=(-F/b1)σpre(k)
により到達則入力Urchを算出し、(11a)式、すなわち





により適応則入力Uadpを算出すると共に、DTHRとPREDTHとに基づいて、(9a)式、すなわち
Ueq(k)=(1/b1){(1-a1-VPOLE)PREDTH(k)
+(VPOLE-a2)PREDTH(k-1)
-c1+DTHR(k)
+(VPOLE-1)DTHR(k-1)
-VPOLE×DTHR(k-2)}
により等価制御入力Ueqを算出し、該到達則入力Urchと該等価制御入力Ueqと適応則入力Uadpとに基づいて、(6)式、すなわち
DUT(k)=Ueq(k)+Urch(k)+Uadp(k)
によりスロットル弁のデューティ比DUTを決定する手段と
を備えたスロットル弁の制御装置。」

(2)刊行物2の記載事項及び刊行物2記載の発明
当審で通知した上記拒絶理由通知書で引用した、本願出願前に頒布された刊行物である特開2001-92501号公報(以下、「刊行物2」という。)には、以下の技術的事項が記載されている。
ア.【0002】?【0003】段落
「【0002】
【従来の技術】図6に、サーボ系の制御システムにおいて、制御量(プロセス変数)の目標値の変化に応じて設定値を設定する方法の各種の例を示す。
【0003】図6(a)は、ステップ状のパターンを用いて設定値を設定した例である。この様なパターンを使用した場合、制御量に大きなオーバーシュートが発生したり、設定値の急激な変化に対して制御量が十分に追従できなくなるという問題がある。」

イ.【0005】?【0006】段落
「【0005】図6(c)は、一次フィルタを用いて設定値を設定する例である。この様なパターンを使用した場合、全体的には応答が速く、同時に、オーバーシュートが発生しにくい。しかし、最終設定値付近での収束は遅くなる。
【0006】図7に、いわゆる目標値フィルタを組み入れたサーボ制御系のブロック線図の一例を示す。ここで、Tは時定数、sはラプラス演算子を表わす。この例では、PID制御が使用され、「目標値フィルタ付きPID制御」とも呼ばれている。この様な制御方法は、高速で且つオーバーシュートも少なく、制御量を目標値に正確に追従させることができる。」

ウ.図7には、「目標値フィルタ」として、「目標値」に対して「1/(1+T・s)」の演算を行うことの図示がある。
(なお、当該「目標値フィルタ」の表記にあたり、分数を「分子/(分母)」で表した。)

以上の記載事項を、本願発明の記載に沿って整理すると、刊行物2には以下の発明(以下、「刊行物2記載の発明」という。)が記載されていると認める。

「Tを時定数、sをラプラス演算子とし、1/(1+T・s)で示す演算を制御系の目標値に施す目標値フィルタ。」


3.対比
本願発明と、刊行物1記載の発明とを対比すると、刊行物1記載の発明の「スロットル弁」は、制御の対象となる装置であるから、本願発明の「プラント」に相当する。

また、刊行物1記載の発明の「目標開度THR」が、制御しようとする「スロットル弁」の開度の目標であることは明らかであるところ、「目標値DTHR」が「目標開度THR」と「デフォルト開度THDEF」との偏差量として(3)式、すなわち「DTHR(k)=THR(k)-THDEF」として定義されている。当該(3)式の「デフォルト開度THDEF」は、上記2.(1)ケ.欄に示すように、制御を行っていない状態で「リターンスプリング4の付勢力と、弾性部材5の付勢力とが釣り合う」開度であって、定数ということができ、当該「目標値DTHR」をプラントの出力の目標値とすることで、「スロットル弁開度TH」が「目標開度THR」と一致することになるから、「目標値DTHR」が、本願発明の「目標出力値」に相当する。

また、刊行物1記載の発明の「スロットル弁開度偏差量DTH」は、(4)式、すなわち「e(k)=DTH(k)-DTHR(k)」で定義されており、上記2.(1)ア.及びウ.欄に示すように、「DTH」は「DTHR」に追従するべき値であるから、「スロットル弁開度偏差量DTH」は、本願発明の「プラントの出力値」に相当する。

また、刊行物1記載の発明の「スロットル弁のデューティ比DUT」は、「スロットル弁」の開度を変更するための入力値であるといえるから、本願発明の「プラントに対する制御入力値」に相当する。

また、刊行物1記載の発明の「予測偏差量PREDTH」は、上記2.(1)キ.欄の(35)式に示すように、「DTH」や「DUT」すなわち、「プラントの出力値」や「プラントに対する制御入力値」に基づいて演算されている。さらに、当該「PREDTH」は、上記2.(1)カ.欄に示すように、「むだ時間d経過後のスロットル弁開度偏差量DTH(k+d)」として「状態予測器23」により算出されており、当該「DTH(k+d)」は、本願発明の「無駄時間が経過した後のプラントの出力値」といえるから、「PREDTH」は、本願発明の「プラントが有する無駄時間が経過した後のプラントの出力値を予測した出力予測値」に相当する。そして、「状態予測器23」は、「DTH」と「DUT」とに基づいて「予測偏差量PREDTH」を算出しているから、「プラントの出力値と制御入力値とに基づいて、前記プラントが有する無駄時間が経過した後の前記プラントの出力値を予測した出力予測値を算出する出力予測手段」に相当する。

また、刊行物1記載の発明の「予測切替関数値σpre」は、上記2.(1)キ.欄の(36)式に示すように、「PREDTH(k)-DTHR(k-1)」や「PREDTH(k-1)-DTHR(k-2)」により演算されており、当該「PREDTH(k)-DTHR(k-1)」や「PREDTH(k-1)-DTHR(k-2)」は、「目標出力値」と「出力予測値」との偏差を意味しているといえるし、当該「DTHR」は、「目標出力値に関連する値」であるという点で、本願発明の「フィルタリング目標値」と共通する。そして、「PREDTH」のような予測値を算出するためには、「スロットル弁」、すなわちプラントのモデル式が必要であることは、自明である。さらに、刊行物1記載の発明における「予測切替関数」という用語は、上記2.(1)ウ.欄に示すように、偏差の減衰特性、すなわち収束挙動を、「切換関数設定パラメータVPOLE」の値を変更することにより、可変的に指定することができる関数として開示されている。そうすると、刊行物1記載の発明の「予測切替関数値σpreに基づく制御」は、「目標出力値に関連する値と出力予測値との偏差の収束挙動を可変的に指定可能な、プラントのモデル式に基づく応答指定型制御」という点で、本願発明の「フィルタリング目標値と出力予測値との偏差の収束挙動を可変的に指定可能な、プラントのモデル式に基づく応答指定型制御」と共通する。

また、刊行物1記載の発明の「到達則入力Urch」は、上記2.(1)キ.欄の(10a)式に示すように、「予測切替関数値σpre」によって演算されており、上記2.(1)キ.欄の(36)式に示すように、「σpre」は、「PREDTH」と「DTHR」との偏差によって演算されているから、「到達則入力Urch」は、「目標出力値」と「出力予測値」との偏差によって定義されているといえる。そして、上記2.(1)オ.欄には、「到達則入力Urch(k)は、偏差状態量を切換直線上へ載せるための入力であり」と記載されている。刊行物1記載の発明の制御装置は、上記2.(1)ア.欄に示すように、「スライディングモード制御」を前提とする制御であるところ、いわゆるスライディングモード制御における「切換直線」とは、切換関数を0とした直線を意味することは、上記2.(1)コ.欄の「σ(k)=0を満たす偏差e(k)と、前回偏差e(k-1)との組み合わせは、直線となるので、この直線は一般に切換直線と呼ばれる」という記載にも示されているから、上記2.(1)オ.欄の「切換直線」も、切換関数を0とした直線であるということができ、当該切換関数が「予測切替関数値σpre」であることは、明らかである。そうすると、刊行物1記載の発明の「到達則入力Urchを算出」することは、「目標出力値に関連する値と出力予測値との偏差を用いて定義されて該偏差の収束挙動を規定する切換関数を0とした切換直線に、該偏差の状態量を載せるための入力である到達則入力を算出」するという点で、本願発明の「該偏差を用いて定義されて該偏差の収束挙動を規定する切換関数を0とした切換直線に、該偏差の状態量を載せるための入力である到達則入力を算出」することと共通する。

また、刊行物1記載の発明の「等価制御入力Ueq」は、上記2.(1)キ.欄の(9a)式に示すように、「DTHR」や「PREDTH」に基づいて算出されているから、「目標出力値」と「出力予測値」とに基づいて算出されているといえる。そして、上記2.(1)オ.欄には「適応則入力Uadp(k)は、モデル化誤差や外乱の影響を抑制し、偏差状態量を切換直線へ載せるための入力である」と記載されているうえに、刊行物1記載の発明の制御は、「予測切替関数値σpreに基づく制御」すなわち、「応答指定型制御」であるから、刊行物1記載の発明の「等価制御入力Ueqを算出」することは、「目標出力値に関連する値と出力予測値とに基づいて、応答指定型制御において偏差の状態量を切換直線上に切換直線上に拘束するための入力である等価制御入力を算出」するという点で、本願発明の「前記フィルタリング目標値と前記出力予測値とに基づいて、前記応答指定型制御において前記偏差の状態量を前記切換直線上に拘束するための入力である等価制御入力を算出」することと共通する。

最後に、刊行物1記載の発明の「該到達則入力Urchと該等価制御入力Ueqに基づいて、(6)式、すなわちDUT(k)=Ueq(k)+Urch(k)+Uadp(k) によりスロットル弁のデューティ比DUTを決定する手段」は、「到達則入力」及び「等価制御入力」に基づいて、「スロットル弁」の「デューティ比DUT」を決定しているから、本願発明の「該到達則入力及び該等価制御入力に基づいて、前記プラントに対する制御入力値を決定する制御入力決定手段」に相当する。

以上から、本願発明と刊行物1記載の発明とは、以下の点で一致し、以下の2点で相違する。

<一致点>
「プラントの出力値と目標出力値とが一致するように、該プラントに対する制御入力値を決定するプラントの制御装置において、
前記プラントの出力値と前記制御入力値とに基づいて、前記プラントが有する無駄時間が経過した後の前記プラントの出力値を予測した出力予測値を算出する出力予測手段と、
前記目標出力値に関連する値と前記出力予測値との偏差の収束挙動を可変的に指定可能な、前記プラントのモデル式に基づく応答指定型制御を用いて、該偏差を用いて定義されて該偏差の収束挙動を規定する切換関数を0とした切換直線に、該偏差の状態量を載せるための入力である到達則入力を算出すると共に、前記目標出力値に関連する値と前記出力予測値とに基づいて、前記応答指定型制御において前記偏差の状態量を前記切換直線上に拘束するための入力である等価制御入力を算出し、該到達則入力及び該等価制御入力に基づいて、前記プラントに対する制御入力値を決定する制御入力決定手段と
を備えたプラントの制御装置。」である点。

<相違点1>
本願発明の制御装置は、「指定された収束速度の設定パラメータを用いたフィルタリング演算を前記目標出力値に施すことにより、前記目標出力値の時系列変化に対して応答遅れを伴なって前記目標出力値に収束すると共に、前記目標出力値の時系列変化に対する前記プラントの出力値の追従挙動を指定するフィルタリング目標値を算出するフィルタリング手段」を備えているのに対して、刊行物1記載の発明の制御装置は、そのようなフィルタリング手段を備えていない点。

<相違点2>
本願発明の制御装置の応答指定型制御は、偏差として「フィルタリング目標値と出力予測値との偏差」を採用し、等価制御入力の算出は、「フィルタリング目標値と出力予測値とに基づいて」算出されているのに対して、刊行物1記載の発明の制御装置の応答指定型制御は、偏差として「目標出力値と出力予測値との偏差」を採用し、等価制御入力の算出は、「目標出力値と出力予測値とに基づいて」算出されている点。


4.相違点についての検討及び判断
<相違点1>について検討すると、上記2.(2)欄に示すように、刊行物2には、「Tを時定数、sをラプラス演算子とし、1/(1+T・s)で示す演算を制御系の目標値に施す目標値フィルタ」が示されているところ、当該「1/(1+T・s)」で示す演算は、いわゆる一次遅れ要素として知られており、「目標値フィルタ」への入力に対して応答遅れを伴って入力値に収束することや、「T」を変更することにより、「目標値フィルタ」としての収束速度を指定や設定できることは明らかであるから、刊行物2記載の発明の「Tを時定数、sをラプラス演算子とし、1/(1+T・s)で示す演算を制御系の目標値に施す目標値フィルタ」は、本願発明の「指定された収束速度の設定パラメータを用いたフィルタリング演算を前記目標出力値に施すことにより、前記目標出力値の時系列変化に対して応答遅れを伴なって前記目標出力値に収束すると共に、前記目標出力値の時系列変化に対する前記プラントの出力値の追従挙動を指定するフィルタリング目標値を算出するフィルタリング手段」に相当するといえる。
そして、上記2.(2)ア.欄には、「サーボ系の制御システム」に「ステップ状のパターンを用いて設定値を設定」すれば、「制御量に大きなオーバーシュートが発生」する等の技術的課題が示されており、その技術的課題に対して、刊行物2記載の発明の「目標値フィルタ」を適用して、目標値に対してフィルタリング演算を施せば、上記2.(2)イ.欄に示すように、「オーバーシュートも少なく」なることが示されている。
さらに、上記2.(2)イ.欄には、「この例では、PID制御が使用され、「目標値フィルタ付きPID制御」とも呼ばれている。」との記載があり、当該記載は「目標値フィルタ」を適用する「サーボ系の制御システム」の一例として、PID制御が例示されていることを意味すると共に、他の例が存在し得ること、すなわち、「目標値フィルタ」を他の制御理論による「サーボ系の制御システム」に適用する例が存在し得ることを示唆しているといえるし、少なくとも当該記載は、PID制御以外の制御理論による「サーボ系の制御システム」に「目標値フィルタ」を適用することを否定することを意味しているわけではない。
そして、刊行物1記載の発明の制御装置も、「サーボ系の制御システム」の一つということができ、上記刊行物2に示されているような技術的課題を内在しているといえるから、刊行物1記載の発明の制御装置に刊行物2記載の発明の「目標値フィルタ」を適用し、刊行物1記載の発明の「目標出力値」にフィルタリング演算を行うことは、当業者にとって格別に困難な事項とはいえない。

次に<相違点2>について検討すると、上記<相違点1>について検討したように、刊行物1記載の発明の制御装置に刊行物2記載の発明の「目標値フィルタ」を適用し、刊行物1記載の発明の「目標出力値」にフィルタリング演算を行うとすれば、刊行物1記載の発明において、「目標出力値」を利用した演算は、いずれもフィルタリング演算後の出力値、すなわち、「フィルタリング目標値」を利用して演算されるべきである。
そうすると、「目標出力値と出力予測値との偏差」については、「フィルタリング目標値と出力予測値との偏差」になるし、「目標出力値と出力予測値とに基づいて」行われた等価制御入力の算出は、「フィルタリング目標値と出力予測値とに基づいて」算出されることになるから、刊行物1記載の発明の制御装置の応答指定型制御において、偏差として「フィルタリング目標値と出力予測値との偏差」を採用し、等価制御入力の算出を、「フィルタリング目標値と出力予測値とに基づいて」算出するように構成することは、当業者にとって容易である。

以上から、本願発明は、刊行物1及び2記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものである。


5.意見書における請求人の主張の検討
(1)平成23年1月17日付けの意見書の2.(iii)?(iv)欄において請求人は、刊行物2は、PID制御を対象としており、応答指定型制御の記載がないから、刊行物1記載の発明と組み合わせる誘因がない旨を主張している。
しかし、上記<相違点1>を検討した際に指摘したように、刊行物2記載の発明は、「サーボ系の制御システム」を対象とした発明であって、PID制御は、その一例にすぎず、他の制御理論に基づく「サーボ系の制御システム」を対象とすることを排除する記載もないから、請求人の主張は採用できない。

(2)また、請求人は、上記意見書の2.(v)欄において、刊行物2には、「あくまでも『目標出力値にフィルタリングを施して、このフィルタリングされた目標出力値とプラントの出力との偏差を算出する』もの」(上記意見書の第7ページ第2?4行)が示されているだけであるから、刊行物1記載の発明に刊行物2記載の発明を適用したとしても、偏差として「フィルタリング目標値と出力予測値との偏差」を採用することになるだけであって、等価制御入力の算出は、「フィルタリング目標値と出力予測値とに基づいて」算出されることにはならず、等価制御入力の算出は、依然として、「目標出力値と出力予測値とに基づいて」算出されることになる旨を主張している。
しかし、上記2.(2)ア.欄に示すように、刊行物2では、「サーボ系の制御システムにおいて、制御量(プロセス変数)の目標値の変化に応じて設定値を設定する方法」を前提としており、ステップ状の目標値に対して、ステップ状の設定値を設定することの技術的課題が示されているのであるから、「サーボ系の制御システム」において「ステップ状の目標値」や「ステップ状の設定値」を用いて算出されている演算については、どのような演算であっても、その結果としての出力には、刊行物2で示されているような技術的課題が含まれていると考えざるを得ない。
そして、刊行物1記載の発明では、「目標出力値と出力予測値との偏差」の算出と、等価制御入力の算出とにおいて「目標出力値」を利用しているから、当該「目標出力値」が「ステップ状の目標値」や「ステップ状の設定値」であれば、いずれの演算によっても、その結果としての出力には、技術的課題が含まれていると認識でき、その技術的課題を解消するために刊行物2記載の発明の「目標値フィルタ」を適用するにあたり、「目標出力値と出力予測値との偏差」の算出と、等価制御入力の算出とのそれぞれについて、「目標出力値」に代えて、いずれもフィルタリング演算後の出力値、すなわち、「フィルタリング目標値」を利用して算出されるべきことは当然である。
したがって、出願人の上記意見書の2.(v)欄の主張は採用できない。

(3)さらに請求人は、上記意見書の2.(vi)?(vii)欄において、本願発明が2自由度特性を有しているのに対して、刊行物2のPID制御は2自由度特性を有していないことに基づく差異を主張しているが、当該主張は、刊行物1記載の発明に刊行物2記載の発明の「目標値フィルタ」を適用することを阻害する理由にはならないから、当該主張も採用できない。

(4)以上から、意見書における請求人の主張は、いずれも採用できない。


6.むすび
以上のとおり、本願発明は、上記刊行物1及び2記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本願は、他の請求項について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-02-07 
結審通知日 2011-02-08 
審決日 2011-02-21 
出願番号 特願2003-173934(P2003-173934)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (G05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 八木 誠星名 真幸  
特許庁審判長 野村 亨
特許庁審判官 遠藤 秀明
刈間 宏信
発明の名称 プラントの制御装置  
代理人 特許業務法人創成国際特許事務所  

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