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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16G
管理番号 1235718
審判番号 不服2010-3895  
総通号数 138 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-06-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-02-23 
確定日 2011-04-21 
事件の表示 特願2000- 49761「伝動用結合Vベルト」拒絶査定不服審判事件〔平成13年 9月 7日出願公開、特開2001-241513〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
1.手続の経緯

本願は、平成12年2月25日の出願であって、平成21年11月17日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成22年2月23日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

2.本願発明

本願の請求項1ないし5に係る発明は、平成21年9月16日付け手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定される次のとおりのものであると認める。(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明5」という。)

「【請求項1】 心線が埋設された接着ゴム層と、該接着ゴム層の上側に設けられた上ゴム層と、該上ゴム層の上面に接着された伸縮性布からなる背面布層と、上記接着ゴム層の下側に設けられ、ベルト幅方向に延びる短繊維が埋設された底ゴム層とを備えてなり、ベルト底面にベルト長さ方向に延びる溝部が形成されていて、該溝部により断面V字状の複数のVベルト部がベルト幅方向に並設され、
プーリに巻き付いたときに上記心線の中心がプーリの外周位置と同じか又は該プーリ外周位置よりも半径方向外側に位置している伝動用結合Vベルトであって、
上記溝部の底部からベルト背面までの距離xがx=0.6?3.7mmに設定されていることを特徴とする伝動用結合Vベルト。
【請求項2】 請求項1の伝動用結合Vベルトにおいて、
溝部の底部が上ゴム層に位置していることを特徴とする伝動用結合Vベルト。
【請求項3】 心線が埋設された接着ゴム層と、該接着ゴム層の上側に設けられた上ゴム層と、該上ゴム層の上面に接着された伸縮性布からなる背面布層と、上記接着ゴム層の下側に設けられ、ベルト幅方向に延びる短繊維が埋設された底ゴム層とを備えてなり、ベルト底面にベルト長さ方向に延びる溝部が形成されていて、該溝部により断面V字状の複数のVベルト部がベルト幅方向に並設され、
プーリに巻き付いたときに上記心線の中心がプーリの外周位置と同じか又は該プーリ外周位置よりも半径方向外側に位置している伝動用結合Vベルトであって、
上記心線の中心からベルト背面までの距離TcがTc=1.3?3.5mmに設定されていることを特徴とする伝動用結合Vベルト。
【請求項4】 請求項3の伝動用結合Vベルトにおいて、
溝部の底部が上ゴム層に位置していることを特徴とする伝動用結合Vベルト。
【請求項5】 心線が埋設された接着ゴム層と、該接着ゴム層の上側に設けられた上ゴム層と、該上ゴム層の上面に接着された伸縮性布からなる背面布層と、上記接着ゴム層の下側に設けられ、ベルト幅方向に延びる短繊維が埋設された底ゴム層とを備えてなり、ベルト底面にベルト長さ方向に延びる溝部が形成されていて、該溝部により断面V字状の複数のVベルト部がベルト幅方向に並設され、
プーリに巻き付いたときに上記心線の中心がプーリの外周位置と同じか又は該プーリ外周位置よりも半径方向外側に位置している伝動用結合Vベルトであって、
ベルトの巻き掛け対象である複数種類のプーリのうちの最小径のプーリにベルトが巻き付いたときの上記背面布層に生じるベルト長さ方向の伸長歪みが4.0?10.8%に設定されていることを特徴とする伝動用結合Vベルト。」

そこで、本願の独立請求項に係る発明のうち、本願発明1及び本願発明3について、以下に検討する。

3.引用刊行物とその記載事項

原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物1(特開平11-44347号公報)には、「動力伝動用ベルト」に関して、図面とともに次の記載がある。

(ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 短繊維をベルト幅方向に配向するように混入したゴムを圧縮ゴム層と伸張ゴム層に配し、そして心線を接着ゴム層に埋設し、圧縮ゴム層から伸張ゴム層に至ってプーリ凸部に嵌合するV状溝部を一定間隔で設け、かつV状溝部の頂部を心線の位置を越えて伸張ゴム層にまで到達させた動力伝動用ベルトであり、該伸張ゴム層の表面の設けた背面帆布がポリメタフェニレンイソフタルアミド繊維とポリエチレンテレフタレート繊維との混撚糸を用いて製織した1プライで、その接合部が熱融着による突き合わせジョイントであることを特徴とする動力伝動用ベルト。」

(イ)「【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかし、広角度帆布では縦方向の伸びが大きく良好であるにしても、横方向は逆に角度が小さくなるために、伸縮性が乏しくなって、ベルトとプーリとの嵌合状態が悪い場合は、タイバンドとベルト背面が剥離することがあった。一方、横スダレをタイバンドに使用したベルトにおいても、横方向の伸縮性が良好であっても、小プーリ径で使用した場合には、スダレのコード間に介在するゴムが極度に伸縮され、ゴムに亀裂が入りやすくなる問題があった。このため、最近では通常のラップドベルトに代わりローエッジタイプのバンディッドベルトが使用されつつある。
【0004】このローエッジタイプのバンディッドベルトは、最近では大型バスやトラックのディーゼルエンジンに装着され、長寿命化として走行距離10万km以上の耐久性が要求されている。このベルトの大きな故障原因は、ベルト厚みが厚く屈曲性が悪いために、ベルトピッチラインより上の部分のベルト長手方向への負荷が大きく、ベルトで最も力の弱いタイバンドの接合部に応力が集中するからである。即ち、タイバンドの一つである背面帆布の端部を重ね合わせた接合部が、屈曲と発熱によって早期に剥離し、背面帆布と伸張ゴム層がベルト本体から早期に飛散し、ベルトの寿命に至る問題が多発した。
【0005】本発明はこのような問題点を改善するものであり、特に伸張ゴム層の表面に設けた背面帆布の接合部を改善してベルト寿命を向上させた動力伝動用ベルトを提供することを目的とする。」

(ウ)「【0008】
【発明の実施の形態】図1は本発明に係る動力伝動用ベルトの断面斜視図である。本発明の動力伝動用ベルト1では、短繊維12をベルト幅方向に配向するように混入したゴムを圧縮ゴム層2と伸張ゴム層3に配し、ポリエステル、ナイロン、アラミド繊維などを素材とするコードからなる心線4を接着ゴム層5に埋設し、そして圧縮ゴム層2から伸張ゴム層3に至ってプーリ凸部に嵌合するV状溝部6をベルト幅方向にて一定間隔で切り込んだ形状になっている。即ち、上記V状溝部6の頂部7が心線4のピッチラインよりも伸張ゴム層3側へ位置し、高負荷伝動を可能にしている。
【0009】上記圧縮ゴム層2の底面には、ベルト長手方向に所定ピッチにてそれぞれコグ部8を有したコグタイプで、ベルトの屈曲性を保持している。コグ部8のピッチおよび深さは任意に設定できる。
【0010】図2に示す本発明の動力伝動用ベルト1では、短繊維12をベルト幅方向に配向するように混入したゴムを圧縮ゴム層2と伸張ゴム層3に配し、心線4を接着ゴム層5に埋設し、そして圧縮ゴム層2から伸張ゴム層3に至ってプーリ凸部に嵌合するV状溝部6を一定間隔で切り込んだ形状になり、特に圧縮ゴム層2の底面にコグ部を有しないマルチタイプである。
【0011】そして、伸張ゴム層3には、表面に沿って背面帆布9を積層して耐屈曲疲労性を高め、剪断力や引き裂き力に耐えることができる。また、伸張ゴム層3の表面に積層している背面帆布9は、本発明の要部であり原則として1プライであり、経糸と緯糸との交差角を91?120°とし、構成糸をベルト長手方向に対して傾斜させた広角度帆布である。そしてその接合部11は強度を確保し、また剥離を阻止するため熱融着による突き合わせジョイントになっている。」

(エ)上記記載事項(イ)段落【0003】に記載された「広角度帆布では縦方向の伸びが大きく良好であるにしても、横方向は逆に角度が小さくなるために、伸縮性が乏しくなって」の技術的意味からみて、上記「背面帆布9」は、伸縮性を有するものと解される。

(オ)図1から、伸張ゴム層3は接着ゴム層5の上側に設けられていることが看取される。

そうすると、上記記載事項(ア)?(オ)及び図面(特に、図1)の記載からみて、上記刊行物1には次の発明(以下、「刊行物1発明」という。)が記載されているものと認められる。

「心線4を埋設した接着ゴム層5と、接着ゴム層5の上側に設けられた伸張ゴム層3、伸張ゴム層3の表面に設けた伸縮性を有する背面帆布9、短繊維12をベルト幅方向に配向するように混入した圧縮ゴム層2とを備え、圧縮ゴム層2から伸張ゴム層3に至るV状溝部6がベルト幅方向に一定間隔で切り込んだ形状に形成された、動力伝動用ベルト。」

4.本願発明1について

(1)本願発明1と刊行物1発明の一致点
本願発明1と刊行物1発明とを対比すると、刊行物1発明における「心線4」は、その機能からみて、本願発明1の「心線」に相当し、以下同様に、「接着ゴム層5」は「接着ゴム層」に、「伸張ゴム層3」は「上ゴム層」、「背面帆布9」は「背面布層」に、「圧縮ゴム層2」は「底ゴム層」に、「V状溝部6」は「溝部」に、「動力伝動用ベルト」は「伝動用結合Vベルト」に相当する。
そうすると、刊行物1発明の「心線4を埋設した接着ゴム層5」は、実質的に、本願発明1の「心線が埋設された接着ゴム層」に相当し、以下同様に、「接着ゴム層5の上側に設けられた伸張ゴム層3」は「該接着ゴム層の上側に設けられた上ゴム層」に相当する。
刊行物1発明の「伸張ゴム層3の表面に設けた伸縮性を有する背面帆布9」と本願発明1の「該上ゴム層の上面に接着された伸縮性布からなる背面布層」とは、接着されているか否かは別にして、少なくとも、「該上ゴム層の上面に設けられた伸縮性布からなる背面布層」である点では共通するものである。
刊行物1発明の「短繊維12をベルト幅方向に配向するように混入した圧縮ゴム層2」は、当該圧縮ゴム層2が接着ゴム層5の下側に設けられていることは明らかであるから、実質的に、本願発明1の「上記接着ゴム層の下側に設けられ、ベルト幅方向に延びる短繊維が埋設された底ゴム層」に相当する。
刊行物1発明の「圧縮ゴム層2から伸張ゴム層3に至るV状溝部6がベルト幅方向に一定間隔で切り込んだ形状に形成された」は、実質的に、本願発明1の「ベルト底面にベルト長さ方向に延びる溝部が形成されていて、該溝部により断面V字状の複数のVベルト部がベルト幅方向に並設され」に相当する。

したがって、両者は、本願発明1の表記にならえば、
「心線が埋設された接着ゴム層と、該接着ゴム層の上側に設けられた上ゴム層と、該上ゴム層の上面に設けられた伸縮性布からなる背面布層と、上記接着ゴム層の下側に設けられ、ベルト幅方向に延びる短繊維が埋設された底ゴム層とを備えてなり、ベルト底面にベルト長さ方向に延びる溝部が形成されていて、該溝部により断面V字状の複数のVベルト部がベルト幅方向に並設された、伝動用結合Vベルト。」
である点において一致している。

(2)本願発明1と刊行物1発明の相違点
一方、両者の相違点は、以下のとおりである。

[相違点1]
上記背面布層は、本願発明1が上ゴム層の上面に「接着された」ものであるのに対し、刊行物1発明はどのように設けられているか明らかではない点。

[相違点2]
本願発明1は、「プーリに巻き付いたときに上記心線の中心がプーリの外周位置と同じか又は該プーリ外周位置よりも半径方向外側に位置している」のに対し、刊行物1発明は、プーリに巻き付いたときの心線がどのようになっているか明らかではない点。

[相違点3]
本願発明1は、「上記溝部の底部からベルト背面までの距離xがx=0.6?3.7mmに設定されている」のに対し、刊行物1発明は、上記溝部の底部からベルト背面までの距離が明らかではない点。

(3)当審の判断

[相違点1について]
伝動用結合Vベルトにおいて、上ゴム層の上面に接着によって背面布層を設けることは、周知事項(例えば、特開平10-38033号公報の段落【0019】には、「この帆布3が接着されたVリブドベルト1を・・・」と記載されている。)であるから、刊行物1発明の背面布層を上ゴム層の上面に接着して設けることにより上記相違点1に係る本願発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

[相違点2について]
伝動用結合Vベルトは該VベルトのVベルト部と溝部の形状に適合するプーリに巻き掛けて動力の伝達を行うものであるが、上記プーリの外周位置と上記Vベルトの心線の半径方向の位置関係をどのようにするかは、上記Vベルトとそれに対応したプーリを相互に選択または設計する際に、当該プーリとVベルト部の接触面積、両者の摩擦係数、心線への負荷などを考慮して当業者が適宜決定できる設計事項であるところ、Vベルトがプーリに巻き付いたときに心線の中心がプーリ外周位置よりも半径方向外側に位置するように巻き掛けることは周知事項(例えば、特開平6-129493号公報の図2、特開平10-184822号公報の図1、及び特表平4-503557号公報のFIG.2,FIG.3を参照。)であるから、刊行物1発明の伝動用結合Vベルトをプーリに巻き付いたときに上記心線の中心がプーリの外周位置と同じか又は該プーリ外周位置よりも半径方向外側に位置しているようにすることにより上記相違点2に係る本願発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

[相違点3について]
刊行物1発明の伝動用結合Vベルトは、Vベルト全体のサイズやVベルトを構成する各要素の相対的な大小関係が明らかではなく、溝頂部7からベルト背面までの距離も明らかではない。しかしながら、伝動用結合Vベルトにおいて、用途や負荷条件に応じてさまざまなサイズ又は寸法のものを用いることは技術常識であるから、上記各要素の具体的寸法を用途や負荷条件に応じて特定することは基本ともいえる設計事項である。そうすると、刊行物1発明の伝動用結合Vベルトもその用途や負荷条件に応じて設計されたものが、上記溝頂部7からベルト背面までの距離が0.6?3.7mmとなるものを含んでいるということができるから、上記距離が0.6?3.7mmとすることは刊行物1発明の上記距離を必要に応じて設計変更することにより、当業者が容易に想到し得たものといえる。
この点についてさらに検討すると、上記相違点3に係る上記距離xは、プーリの直径やVベルトを構成する各要素と関連した相対的な大きさとして特定されたものではなく、他の要素と関連付けのない数値として特定されたものである。そうだとすると、例えば、原審の拒絶査定で例示された特開平2-57745号公報の第1図及び第2図に記載された伝動用結合Vベルトは、ベルトの全高HがH=3.6mm、長手方向リブ6の丈HoがHo=1.6mmであるから(第5ページ左上欄第1?17行)、長手方向凹所7の底部からベルト背面までの距離(上記相違点3の「距離x」に相当する。)をxとすると、x=3.6-1.6=2mmとなることからみても、Vベルトの他の要素の寸法との関係を別にして上記距離xのみの寸法に限れば、上記相違点3のx=0.6?3.7mmの範囲は特異な数値ではなく、一般的な伝動用結合Vベルトにおいても採用されている寸法であることがわかる。
さらに、上記相違点3に係る本願発明1の技術的意義について検討すると、伝動用結合Vベルトにおいて寿命を向上させることは普遍的な課題であるから、上記Vベルトを設計するにあたって上記距離xを含む各要素の最適な寸法の値を寿命の観点から特定することは当業者の通常の創作活動にすぎない。そうすると、上記距離xにおけるx=0.6?3.7mmの範囲に臨界的意義がない限り、上記相違点3に係る本願発明1の構成は、刊行物1発明の各要素に設計上の配慮をして当業者が容易に想到し得たものとなる。
そこで、本願発明1の上記x=0.6?3.7mmの範囲に臨界的な意義があるか否かについて検討すると、本願の明細書の段落【0008】、【0025】?【0027】、【0032】(本願の願書に最初に添付された明細書の段落【0010】、【0027】?【0029】、【0034】)及び図5からみて、FM型のベルトでは上記xが0.6?2.7mm近傍までは寿命比率が90%以上あるが、上記xの上限値である3.7mm近傍では寿命比率がすでに大幅に落ち込んでおり、B型及びBC型のベルトでは上記xが約1.2?3.7mmの範囲では寿命比率が90%以上あるが上記xの下限値である0.6mm近傍では寿命比率がすでに大幅に落ち込んでいる。また、図5に記載された特性を全体としてみると、概ね上記x=0.6?3.7mmの範囲において寿命比率が高いということもできるが、その両側は当該範囲から外れるに従って寿命比率も低下するという一般的な特性である。これらのことから、上記xの下限値である0.6mmや上限値の3.7mmは、その範囲を境に寿命比率の特性が急変したり、その値を境に顕著な差があるというものではなく、A型、B型、BC型、FM型のベルトにおいて適切な寿命比率が得られる共通の範囲を上記距離xによって特定したものといわざるを得ない。
したがって、刊行物1発明のVベルトの各要素に設計上の配慮をして上記相違点3に係る本願発明1の構成とすることは当業者が容易に想到し得たものである。

(4)本願発明1の効果について
本願発明1が奏する効果は、刊行物1に記載された発明または上記周知事項から当業者が予測できるものである。

(5)まとめ
本願発明1は、刊行物1発明に上記周知事項を適用して当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.本願発明3について

(1)本願発明3と刊行物1発明の一致点
本願発明3と刊行物1発明とを対比すると、上記4.(1)に挙げた一致点で一致している。

(2)本願発明3と刊行物1発明の相違点
一方、両者の相違点は、上記4.(2)に挙げた相違点1、2で相違し、さらに次の点で相違している。

[相違点4]
本願発明3は、「上記心線の中心からベルト背面までの距離TcがTc=1.3?3.5mmに設定されている」のに対し、刊行物1発明は、上記心線の中心からベルト背面までの距離Tcが明らかではない点。

(3)当審の判断
上記相違点1、2については、上記4.(3)において検討したので、以下に上記相違点4について検討する。

[相違点4について]
刊行物1発明の伝動用結合Vベルトは、Vベルト全体のサイズやVベルトを構成する各要素の相対的な大小関係が明らかではなく、心線4の中心からベルト背面までの距離も明らかではない。しかしながら、伝動用結合Vベルトにおいて、用途や負荷条件に応じてさまざまなサイズ又は寸法のものを用いることは技術常識であるから、上記各要素の具体的寸法を用途や負荷条件に応じて特定することは基本ともいえる設計事項である。そうすると、刊行物1発明の伝動用結合Vベルトもその用途や負荷条件に応じて設計されたものが、心線4の中心からベルト背面までの距離Tcが1.3?3.5mmとなるものを含んでいるということができるから、上記距離Tcが1.3?3.5mmとすることは刊行物1発明の上記距離Tcを必要に応じて設計変更することにより、当業者が容易に想到し得たものといえる。
この点についてさらに検討すると、上記相違点4に係る上記距離Tcは、プーリの直径やVベルトを構成する各要素と関連した相対的な大きさとして特定されたものではなく、他の要素と関連付けのない数値として特定されたものである。そうすると、例えば、原審の拒絶査定で例示された特開平2-57745号公報の第1図及び第2図に記載された伝動用結合Vベルトは、ベルトの全高HがH=3.6mm、横断方向凹所9の深さhがh=0.53mm、該hとコード5の軸線と長手方向リブのヘッドとの距離Hcとの比率がh/Hc=0.15?0.6であるから(第5ページ左上欄第1?17行)、Hc=0.88?3.53と算出され、心線の中心からベルト背面までの距離に相当するコード5の中心からベルト背面までの距離(上記距離Tcに相当する。)は、H-Hc=3.6-(0.88?3.53)=0.07?2.72となり、上記距離Tc=1.3?3.5mmと重複する範囲を有するものである。すなわち、Vベルトの他の要素の寸法との関係を別にして上記距離Tcのみの寸法に限れば、上記相違点4の距離Tc=1.3?3.5mmの範囲は特異な数値ではなく、一般的な伝動用結合Vベルトにおいても採用されている寸法であることがわかる。
さらに、上記相違点4に係る本願発明3の技術的意義について検討すると、伝動用結合Vベルトにおいて寿命を向上させることは普遍的な課題であるから、上記Vベルトを設計するにあたって上記距離Tcを含む各要素の最適な寸法の値を寿命の観点から特定することは当業者の通常の創作活動にすぎない。そうすると、上記距離TcにおけるTc=1.3?3.5mmの範囲に臨界的意義がない限り、上記相違点4に係る本願発明3の構成は、刊行物1発明の各要素に設計上の配慮をして当業者が容易に想到し得たものとなる。
そこで、本願発明3の上記Tc=1.3?3.5mmの範囲に臨界的な意義があるか否かについて検討すると、本願の明細書の段落【0011】、【0025】?【0027】(本願の願書に最初に添付された明細書の段落【0013】、【0027】?【0029】)及び図4(伸長歪率は上記距離Tcと相関を有するものとして捉えられる。)からみて、伸長歪率が4%に相当する上記距離Tc=1.3mm(最少プーリ径65の場合)では、FM型の寿命比率は高いものの、A型、B型及びBC型では寿命比率がかなり低下しており、伸長歪率が10.8%に相当する上記距離Tc=3.51mm(最少プーリ径65の場合)では、A型、B型及びBC型の寿命比率は比較的高いものの、FM型では寿命比率がかなり低下している。また、図4に記載された特性を全体としてみると、概ね上記Tc=1.3?3.5mmの範囲において寿命比率が高いということもできるが、その両側は当該範囲から外れるに従って寿命比率も低下するという一般的な特性である。これらのことから、上記距離Tcの下限値である1.3mmや上限値の3.5mmは、その範囲を境に寿命比率の特性が急変したり、その値を境に顕著な差があるというものではなく、A型、B型、BC型、FM型のベルトおいて適切な寿命比率が得られる共通の範囲を上記距離Tcによって特定したものといわざるを得ない。
したがって、刊行物1発明のVベルトの各要素に設計上の配慮をして上記相違点4に係る本願発明3の構成とすることは当業者が容易に想到し得たものである。

6.審判請求人の主張について

審判請求人は、平成22年2月23日付け審判請求書において、
「本願請求項1の発明の根拠となる図5において、0.6mmを数値範囲の下限の臨界点としている場合について考察すると、この0.6mm以下でその近傍の例えば0.5mmにおけるベルト寿命比率の値についての記載がないとしても、0.6mmを境にそれよりも小さくなれば寿命比率が下がっていることから、何らかの臨界点があるのは間違いのないところである。そして、仮に0.5mmで寿命比率が下がり始めていたとしても(逆に0.7mmで寿命比率が下がり始めることはあり得ない)、本願発明では、その0.5mmをそれよりも狭い0.6mmで権利範囲を請求している。また、同図において、3.7mmを数値範囲の上限の臨界点としている場合について考察すると、この3.7mm以上でその近傍の例えば3.8mmにおける寿命比率の値についての記載がないとしても、3.7mmを境にそれよりも大きくなれば寿命比率が下がっていることから、この場合も何らかの臨界点があるのは明白である。」(審判請求書の【本願発明が特許されるべき理由】((本願発明と引用文献との対比)(5)の項参照)などと述べて、本願は特許されるべき旨主張している。
審判請求人の上記主張について検討するに、本願発明1の距離x及び本願発明3の距離Tcは、プーリの直径やVベルトを構成する各要素の寸法とは無関係に数値のみを特定したものであり、その数値によって特定される範囲において普遍的な効果が得られるか疑問の余地もあるところではあるが、いずれにしても、上記距離x又は上記距離Tcに臨界的な意義があるというためには、その上限及び下限の数値を境にして、特性に急激な変化があることが不可欠であるところ、本願の図4及び図5に示された寿命比率は、一定の範囲において最適な値を示すことは理解できるとしても、その範囲の下限値と上限値の範囲を外れるに従って寿命比率が低下するという一般的な特性であるから上記上限値と上記下限値に臨界的意義は認められない。
よって、審判請求人の主張は採用できない。

7.むすび

以上のとおり、本願発明1及び3、すなわち、本願の請求項1及び3に係る発明は、刊行物1に記載された発明及び上記周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願の請求項1及び3に係る発明が特許を受けることができないものである以上、本願の請求項2、4及び5に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。


 
審理終結日 2011-02-15 
結審通知日 2011-02-22 
審決日 2011-03-07 
出願番号 特願2000-49761(P2000-49761)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16G)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐々木 芳枝  
特許庁審判長 川上 溢喜
特許庁審判官 山岸 利治
大山 健
発明の名称 伝動用結合Vベルト  
代理人 今江 克実  
代理人 前田 弘  
代理人 嶋田 高久  
代理人 竹内 宏  
代理人 原田 智雄  
代理人 井関 勝守  
代理人 竹内 祐二  
代理人 二宮 克也  
代理人 杉浦 靖也  
代理人 関 啓  

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