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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H05B
管理番号 1236030
審判番号 不服2008-5141  
総通号数 138 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-06-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-03-03 
確定日 2011-04-27 
事件の表示 平成11年特許願第 97047号「有機デバイスのための可撓性基体、有機デバイスおよびその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成11年11月30日出願公開、特開平11-329715〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成11年4月2日(パリ条約による優先権主張1998年4月2日、英国)の出願であって、平成15年12月26日付けで手続補正がなされ、平成18年7月26日付けで拒絶理由の通知がなされ、平成19年1月31日付けで意見書の提出がなされ、同年2月21日付けで拒絶理由の通知がなされ、同年7月24日付けで意見書の提出及び手続補正がなされ、同年11月22日付けで拒絶査定がなされた。
本件は、当該拒絶査定に対して平成20年3月3日に請求された拒絶査定不服審判であって、同年4月1日付けで手続補正がなされたものである。
その後、当審において、平成22年4月20日付けで前記平成20年4月1日付け手続補正についての補正の却下の決定を行うとともに、同日付けで拒絶理由を通知し、これに対して、同年10月26日付けで意見書の提出及び手続補正がなされている。


第2 平成22年4月20日付け拒絶理由の概要
当審で通知した、平成22年4月20日付け拒絶理由の概要は以下のとおりである。
「1 特許法第36条第6項第2号
・・・(省略)・・・
2 特許法第29条第2項
本願発明1?16は、引用例1に記載された発明、引用例2、5に記載された技術的事項及び周知の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。」


第3 本願発明
本願の請求項1?15に係る発明は、平成22年10月26日付け手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1?15に記載された事項により特定されるとおりのものである。
なお、当該平成22年10月26日付け手続補正による補正は、明細書の特許請求の範囲についてするものであって、その補正内容は、本願の願書に最初に添付された明細書または図面に記載した事項の範囲内のものであるから、適法な補正である。

そして、本願の請求項6に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「【請求項6】
可撓性有機デバイスであって、
厚さ200μm以下のガラス層(4)と、厚さ1mm以下のプラスチック層(2)とからなり、透明または実質的に透明な可撓性で、かつ撓曲または捻れた形状に成形可能な複合構造体からなる可撓性基板と、
前記複合構造体に重畳する透明または実質的に透明な第1の電極層(6)と、
前記第1の電極層に重畳するエレクトロルミネッセンス有機材料の少なくとも1つの層(8、10)と、
前記有機材料の層(8、10)に重畳する第2の電極層(12)と、
からなり、
前記可撓性基板が、前記各層の外方保護材となることを特徴とする有機デバイス。」


第4 引用例
1 引用例1
当審における拒絶の理由2に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である実公昭63-14393号公報(以下、「引用例1」という。)には、以下の事項が図面とともに記載されている。(後述の「2 引用発明の認定」にて特に参照した箇所に下線を付した。)
(1a)「(1) 透明電極と背面電極との間に発光層及び絶縁層を介在せしめると共に防湿フイルムにより被覆して成るEL素子において、上記透明電極と防湿フイルムとの間に200μm以下の厚みのガラス板を介置せしめたことを特徴とするEL素子。
(2) 前記ガラス板は前記透明電極へ熱可塑性の樹脂フイルム又は樹脂層を介して熱圧着せしめられていることを特徴とする実用新案登録請求の範囲(1)に記載のEL素子。」(実用新案登録請求の範囲)

(1b)「〔考案が解決しようとする問題点〕
しかしながら、かかる従来のEL素子は防湿が十分に図られ得ず、このため長時間駆動すると素子の発光面が黒化し発光特性に劣化を来たし高寿命の素子を製作するのが困難であつた。これはEL素子を被覆する防湿フイルムとして有機フイルムを用いることに起因するもので、これによつては外部からの水分の透過を防ぎきれないためである。一方、該有機フイルムはそのフレキシビリテイにより実使用での信頼性の確保には不可欠であり、ガラス基板等を用いた場合にはかかるフレキシビリテイが確保され得ないという不都合があつた。本考案はかかる実情に鑑み、防湿効果に優れ、且つフレキシビリテイの確保され得るEL素子を提供するものである。」(第1ページ右欄第5?19行)

(1c)「〔問題点を解決するための手段及び作用〕
本考案のEL素子は、透明電極フイルム上に200μm以下の厚さを有するガラス板が付着され、全体が防湿フイルムにより被覆されている。従つて有機質の防湿フイルムを用いた場合、まずこれにより外部の水分の透過が防止され、更に、表面側にはガラス板また裏面側にはAl基板が存するので仮りに防湿フイルムを水分が透過してもガラス板及びAl基板により素子内部への浸透は阻止される。又、ガラス板の厚さは極薄であるから素子のフレキシビリテイが損われることはない。」(第1ページ右欄第20行?第2ページ左欄第3行)

(1d)「〔実施例〕
第1図及び第2図は本考案のEL素子の一の実施例を示す図である。図において、1はAl板等でなる背面電極、2はBaTiO_(3)等の高誘電体物質をシアノエチル化等により誘電率を高めた熱可塑性バインダーに分散せしめ溶媒によりペースト状にしたものがスクリーン印刷法によつて背面電極1上に印刷された後乾燥されて成る絶縁層、3はZnS等の蛍光体を熱可塑性バインダーに分散せしめペースト状にしたものが塗布されて成る発光層、5はI.T.0.4等が蒸着されたポリエステル等で成る透明電極フイルム、6は透明電極フイルム5の一端部が銀ペースト中に浸漬せしめられ形成された導電層、7は熱可塑性の樹脂が印刷等により塗布されて成る樹脂層又は樹脂フイルム8が熱圧着されている厚みが200μm以下のガラス板、9と素子全体被覆する有機フイルム等で成る防湿フイルム、10,10′は背面電極1又は導電層6に接続された板状を呈するリード端子である。」(第2ページ左欄第4?22行)

(1e)「本考案によるEL素子は上記のように構成されているから、外部の湿気等は、防湿フイルム9により内部への進入が防止され、更に該防湿フイルム9を透過した場合には透明電極フイルム6の表面全体に設けられたガラス板または背面電極1によつて素子内部への浸透は阻止される。又、ガラス板7はかかる防湿作用を有すると共にその厚さは200μm以下と極めて薄いので機械的に柔軟性を有し、素子のフレキシビリテイが損なわれることはないので従来のものと同様該フレキシビリテイに基づき実使用における信頼性は十分に確保され得る。更に、ガラス板7は外部からの衝撃等に対し防湿フイルム9により防護されるから該衝撃による破損等を回避し得、仮りに破損しても防湿フイルム9によつてその破片が飛散することはなく使用上安全である。」(第2ページ左欄第23行?右欄第10行)

2 引用発明の認定
上記記載事項(1a)?(1e)より、引用例1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。
「透明電極フィルム5とAl板等でなる背面電極1との間に、ZnS等の蛍光体を熱可塑性バインダーに分散せしめペースト状にしたものが塗布されて成る発光層3を介在せしめると共に防湿フイルム9により被覆して成るEL素子において、透明電極フイルム5上に、熱可塑性の樹脂が印刷等により塗布されて成る樹脂層又は樹脂フイルム8が熱圧着されている厚みが200μm以下の防湿作用を有するガラス板7が付着されて、外部の湿気等は、防湿フイルム9により内部への進入が防止され、更に該防湿フイルム9を透過した場合には透明電極フイルム6の表面全体に設けられたガラス板または背面電極1によつて素子内部への浸透は阻止される、防湿効果に優れ、且つフレキシビリテイの確保されたEL素子。」


3 引用例2
当審における拒絶の理由2に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である特開平10-77467号公報(以下、「引用例2」という。)には、以下の事項が図面とともに記載されている。
(2a)「【0002】
【従来の技術】無機蛍光体を発光材料として用いた無機EL素子(以下、無機EL素子ということがある。)は、例えばバックライトとしての面状光源やフラットパネルディスプレイ等の表示装置に用いられているが、発光させるのに高電圧の交流が必要であった。近年、Tangらは有機蛍光色素を発光層とし、これと電子写真の感光体等に用いられている有機電荷輸送化合物とを積層した二層構造を有する有機EL素子を作製した(特開昭59-194393号公報)。有機EL素子は、無機EL素子に比べ、低電圧駆動、高輝度に加えて多数の色の発光が容易に得られるという特徴があることから素子構造や有機蛍光色素、有機電荷輸送化合物について多くの試みが報告されている〔ジャパニーズ・ジャーナル・オブ・アプライド・フィジックス(Jpn.J.Appl.Phys.)第27巻、L269頁(1988年)〕、〔ジャーナル・オブ・アプライド・フィジックス(J.Appl.Phys.)第65巻、3610頁(1989年)〕。
【0003】・・・(中略)・・・また、可撓性のある有機EL素子も報告されている。例えば、特開平6-124785号公報には、基板である高分子フィルム上に透明導電性膜からなる電極を形成し、この電極を陽極とし、対向する陰極との間に有機化合物からなる発光層を含む単一または複数層を設けることにより得られた可撓性の有機EL素子が開示されている。この従来公知の有機EL素子は、高分子フィルム基板のITO上の突起の個数を減少させることで、高い発光効率を達成した。また、〔ネイチャー(nature)第357巻、477頁(1992年)〕では、ポリアニリンを透明導電膜として成膜したポリエステルフィルムの上に、発光高分子であるポリ(2-メトキシ、5-(2’-エチル-ヘキシオキシ)-1、4-フェニレンビニレン)(以下MEH-PPVと記すことがある。)溶液をスピナーで塗布後、カルシウム陰極を真空下で蒸着し、可撓性有機EL素子を報告している。
【0004】しかしながら、これまで報告された多くの有機エレクトロルミネッセンス素子では、その製造に際して基板としてガラスを用いているため、割れやすく耐衝撃性に劣るという欠点を持っていた。
【0005】・・・(略)・・・
【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、可撓性のある高分子フィルムを基板として用い、高分子蛍光体を用いて高輝度、高発光効率、低駆動電圧の特徴を損なわずに、大面積の有機エレクトロルミネッセンス素子を低コストで工業的に量産できる製造方法を提供することにある。」

(2b)「【0023】次に、本発明の有機EL素子の製造方法において、用いる部材について説明する。本発明において、基板としての高分子フィルムに用いられる高分子材料は、フィルム成型可能であれば特に限定されないが、透明性が高く、耐溶媒性、耐熱性の比較的高い高分子材料が好ましい。・・・(中略)・・・これらの高分子材料から得られるフィルムは、可撓性を高めるため、機械的強度を保つ範囲で、膜厚を可能な限り薄くすることが好ましい。高分子フィルムの膜厚は、好ましくは1μm?1mm、さらに好ましくは2μm?1000μm、特に好ましくは10μm?200μmである。該高分子フィルムにはガスバリアー性の有機または無機材料膜が積層されていてもよい。」

(2c)「【0055】
【発明の効果】本発明の有機エレクトロルミネッセンス素子の製造方法は、発光層の形成を連続塗工で行なっているため、大面積の塗工が短時間で可能であり、工業的に低コストのプロセスである。また、本発明により得られる有機エレクトロルミネッセンス素子は、基板が可撓性のある高分子フィルムであるため耐衝撃性が高く、発光させながら有機EL素子を曲げたり、捩れさせても、そのEL特性、すなわち高輝度、高発光効率、長寿命、低駆動電圧である特性は低下しない。したがって、該有機EL素子は、バックライトとしての曲面状や面状光源,フラットパネルディスプレイ等の装置として好ましく使用できる。」


4 刊行物3
当審における拒絶の理由2に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である特開平8-236271号公報(以下、「引用例3」という。)には、以下の事項が図面とともに記載されている。
(3a)「【0002】
【従来の技術】従来、薄膜型の電界発光(EL)素子としては、無機材料の〓-〓族化合物半導体であるZnS、CaS、SrS等に、発光中心であるMnや希土類元素(Eu、Ce、Tb、Sm等)をドープしたものが一般的であるが、上記の無機材料から作製したEL素子は、
1)交流駆動が必要(50?1000Hz)、
2)駆動電圧が高い(?200V)、
3)フルカラー化が困難(特に青色が問題)、
4)周辺駆動回路のコストが高い、
という問題点を有している。
【0003】しかし、近年、上記問題点の改良のため、有機薄膜を用いたEL素子の開発が行われるようになった。特に、発光効率を高めるため、電極からのキャリアー注入の効率向上を目的として電極の種類の最適化を行い、芳香族ジアミンから成る有機正孔輸送層と8-ヒドロキシキノリンのアルミニウム錯体から成る有機発光層とを設けた有機電界発光素子の開発(Appl.Phys.Lett.,51巻,913頁,1987年)により、従来のアントラセン等の単結晶を用いたEL素子と比較して発光効率の大幅な改善がなされ、実用特性に近づいている。
【0004】上記の様な低分子材料を用いた電界発光素子の他にも、有機発光層の材料として、ポリ(p-フェニレンビニレン)(Nature,347巻,539頁,1990年他)、ポリ[2-メトキシ-5-(2-エチルヘキシルオキシ)-1,4-フェニレンビニレン](Appl.Phys.Lett.,58巻,1982頁他)、ポリ(3-アルキルチオフェン)(Jpn.J.Appl.Phys,30巻,L1938頁他)等の高分子材料を用いた電界発光素子の開発や、ポリビニルカルバゾール等の高分子に低分子の発光材料と電子移動材料を混合した素子(応用物理,61巻,1044頁,1992年)の開発も行われている。
【0005】以上に示した様な有機電界発光素子においては、通常、陽極としてはインジウム錫酸化物(ITO)のような透明電極が用いられ、陰極としては電子注入を効率よく行うために、マグネシウム合金、アルミニウム・リチウム合金、カルシウム等の仕事関数の低い金属電極が用いられている。これらの陰極材料は大気中の水分や酸素により容易に酸化し、その結果、陰極が有機層から剥離し一般にダークスポット(素子の発光面において発光しない部分をさす)と呼ばれる欠陥が発生する。この有機電界発光素子内のダークスポットの数や大きさは、長期間の素子の保存または駆動の際に増加し、そのために素子の不安定性をもたらし寿命を短いものとしている。従って、有機電界発光素子の安定性を向上させ信頼性を高めるためには、素子を大気中の水分や酸素から保護するための封止が必要不可欠である。」

(3b)「【0012】基板1は有機電界発光素子の支持体となるものであり、石英やガラスの板、金属板や金属箔、プラスチックフィルムやシートなどが用いられる。特にガラス板や、ポリエステル、ポリメタクリレート、ポリカーボネート、ポリスルホンなどの透明な合成樹脂の板が好ましい。合成樹脂基板を使用する場合にはガスバリア性に留意する必要がある。基板のガスバリヤ性が小さすぎると、基板を通過した外気により有機電界発光素子が劣化することがあるので好ましくない。このため、合成樹脂基板の上に緻密なシリコン酸化膜等を設けてガスバリア性を確保する方法も好ましい方法の一つである。」


5 刊行物4
当審における拒絶の理由2に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である特開平8-279394号公報(以下、「引用例4」という。)には、以下の事項が図面とともに記載されている。
(4a)「【0002】
【従来の技術】エレクトロルミネッセンス素子(以下EL素子という)は、自己発光のため視認性が高く、また完全固体のため耐衝撃性に優れるという特徴を有しており、現在、無機、有機化合物を発光層に用いた様々なEL素子が提案され、実用化が試みられている。・・・(後略)・・・」

(4b)「【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかし、図7に示す構成の場合、有機モノマーまたはポリマーの重合および/または架橋物の平面化層上に有機EL素子の透明電極を配置しただけでは、平面化層の有機物に微量に吸着または含まれている水蒸気,酸素またはモノマー等のガスによって、有機EL素子の発光寿命を著しく低下させ、不均一な発光とならざるを得ないという問題があった。また、ゾルゲルガラス技法による平面化層の作製には通常400℃以上の高温処理が必要で、このため、有機物の蛍光体を劣化させることになる。そこで、蛍光体を劣化させない熱処理(最大250℃程度)で、ゾルゲルガラス平面化層を作製すると、水又は有機物が残存しているため、先と同じ理由で、有機EL素子の発光寿命を著しく低下させるという問題があった。また、前記の別構成の場合、硬質要素について明確な説明が必ずしも十分になされなかった。」

(4c)「【0009】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するため、本発明によれば、透明支持基板と、その透明支持基板上に平面的に分離配置した蛍光体層と、その蛍光体層の上面または上方に配設した有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子とを有し、その蛍光体層のそれぞれが有機EL素子からの発光を吸収して異なった可視光の蛍光を発光し得るように蛍光体層と有機EL素子の透明電極又は電極とを対応して配設した多色発光装置において、前記蛍光体層と有機EL素子との間に、厚さが0.01?200μmの透明な絶縁性無機酸化物層を配設してなることを特徴とする多色発光装置が提供される。
【0010】また、その好ましい態様として、前記蛍光体層と透明な絶縁性無機酸化物層との間に、透明な蛍光体保護層および/または透明な接着層を配設してなることを特徴とする多色発光装置が提供される。
【0011】また、前記透明な絶縁性無機酸化物が、透明な絶縁性のガラス板であることを特徴とする多色発光装置が提供される。」

(4d)「【0045】4.透明かつ電気絶縁性無機酸化物層
本発明に用いられる透明かつ電気絶縁性無機酸化物層は、例えば、蒸着またはスパッタリング、ディピング等で蛍光体層上または後述する蛍光体保護層もしくは透明な接着層上に積層することによって形成することができる。・・・(中略)・・・また、透明かつ電気絶縁性無機酸化物層として、ガラス板、または、上記の酸化シリコン、酸化アルミニウム、および酸化チタン等からなる群から選ばれる一種以上の化合物を、透明な絶縁性のガラス板の上面または下面の少なくとも一方に製膜したガラス板の場合は、蛍光体層上または保護層上に張り合わせるだけの低温(150℃以下)操作が可能であり、蛍光体層上または保護層を全く劣化させないのでより好ましい。また、ガラス板は、特に水蒸気、酸素またはモノマー等の劣化ガスを遮断する効果が大きい。・・・(中略)・・・透明かつ電気絶縁性無機酸化物層の膜厚は、有機EL素子の発光を妨げないものであれば特に制限はないが、本発明では、0.01μm以上200μm以下が好ましい。ガラス板、または、上記の酸化シリコン、酸化アルミニウム、および酸化チタン等からなる群から選ばれる一種以上の化合物を、透明な絶縁性のガラス板の上面または下面の少なくとも一方に製膜したガラス板は、板ガラスの精度、強度上、1μm以上200μm以下が好ましい。なお、ここで、透明かつ電気絶縁性無機酸化物層の膜厚が、0.01μm未満であると、無機酸化物粒子の単層膜に近づき、蛍光体層または保護層の有機物から発生する水蒸気、酸素またはモノマー等の劣化ガスを遮断することが困難となり、膜厚が200μmを超えると、蛍光体層の精細度にもよるが、有機EL素子の発光が蛍光体層とのギャップから漏れだし、多色発光の視野角を狭めて、多色発光装置の実用性を低下させることがある。さらに、ガラス板を含めた無機酸化物が好ましいのは、具体的に有機EL素子の透明電極として、通常よく使われるITO(インジウム錫酸化物)等の無機の導電性透明材料を用いることができるためであり、また相互の親和性がよく密着性がよいこと等のためである。ここで、有機EL素子の発光寿命を低下させるものとして水蒸気、酸素またはモノマー等の有機物のガスが問題となるが、本発明に用いられる透明かつ電気絶縁性無機酸化物層は、その物性として、水蒸気、酸素またはモノマー等の有機物のガスを発生させる要因を保有していないこと、および外部からの侵入を遮断し得ることが要求される。具体的には、特に無機酸化物層中に含まれている水が熱分析(示差熱分析DTA、示差操作熱量測定DSC)により、0.1重量%以下であり、水蒸気または酸素の無機酸化物層に対するガス透過係数が、JIS K7126の気体透過度試験方法により、それぞれ10^(-13)cc・cm/cm^(2)・s・cmHg以下であれば、黒点の発生などによる有機LE素子の発光寿命の低下を抑制することができる。」


第5 対比
1 対比
本願発明と引用発明とを対比する。
(1)引用発明の「フレキシビリテイの確保されたEL素子」と、本願発明の「可撓性有機デバイス」とは、「可撓性デバイス」である点で一致する。

(2)引用発明の「厚みが200μm以下の防湿作用を有するガラス板7」は、本願発明の「厚さ200μm以下のガラス層」に相当し、引用発明の「熱可塑性の樹脂が印刷等により塗布されて成る樹脂層又は樹脂フィルム8」は、本願発明の「厚さ1mm以下のプラスチック層」と、「プラスチック層」である点で一致する。
また、引用発明は、引用例1に、「本考案はかかる実情に鑑み、防湿効果に優れ、且つフレキシビリテイの確保され得るEL素子を提供するものである。」(記載事項(1b))、「素子のフレキシビリテイが損われることはない」(記載事項(1c)、(1e))と記載されているとおり、EL素子自体がフレキシビリティを有するものであることは明らかである。
そして、EL素子自体がフレキシビリティを有しているのであるから、当該EL素子を構成する、樹脂層又は樹脂フイルム8が熱圧着されているガラス板7も、「可撓性で、かつ撓曲または捻れた形状に成形可能」であることは明らかである。
よって、引用発明の「熱可塑性の樹脂が印刷等により塗布されて成る樹脂層又は樹脂フィルム8が熱圧着されている厚みが200μm以下の防湿作用を有するガラス板7」と、本願発明の「厚さ200μm以下のガラス層(4)と、厚さ1mm以下のプラスチック層(2)とからなり、透明または実質的に透明な可撓性で、かつ撓曲または捻れた形状に成形可能な複合構造体からなる可撓性基板」とは、「厚さ200μm以下のガラス層と、プラスチック層とからなり、可撓性で、かつ撓曲または捻れた形状に成形可能な複合構造体からなる可撓性部材」である点で一致する。

(3)引用発明の「透明電極フィルム5」及び「Al板等でなる背面電極1」は、それぞれ本願発明の「透明または実質的に透明な第1の電極層」及び「第2の電極層」に相当し、引用発明では、「透明電極フィルム5上に」「ガラス板7が付着され」ているのであるから、透明電極フィルム5はガラス板7に重畳されているといえる。
また、引用発明の「ZnS等の蛍光体を熱可塑性バインダーに分散せしめペースト状にしたものが塗布されて成る発光層3」と、本願発明の「エレクトロルミネッセンス有機材料の少なくとも1つの層」とは、「エレクトロルミネッセンス材料の少なくとも1つの層」である点で一致する。
よって、引用発明の「透明電極フィルム5とAl板等でなる背面電極1との間に、ZnS等の蛍光体を熱可塑性バインダーに分散せしめペースト状にしたものが塗布されて成る発光層3を介在せしめると共に防湿フイルム9により被覆して成るEL素子」と、本願発明の「前記複合構造体に重畳する透明または実質的に透明な第1の電極層(6)と、前記第1の電極層に重畳するエレクトロルミネッセンス有機材料の少なくとも1つの層(8、10)と、前記有機材料の層(8、10)に重畳する第2の電極層(12)」と、からなる「有機デバイス」とは、「複合構造体に重畳する透明または実質的に透明な第1の電極層と、前記第1の電極層に重畳するエレクトロルミネッセンス材料の少なくとも1つの層と、前記エレクトロルミネッセンス材料の層に重畳する第2の電極層と、からなるデバイス」である点で一致する。

(4)引用発明のEL素子は、ガラス板7が「防湿作用を有」し、「外部の湿気等は、防湿フイルム9により内部への進入が防止され、更に該防湿フイルム9を透過した場合には透明電極フイルム6の表面全体に設けられたガラス板または背面電極1によつて素子内部への浸透は阻止され」るものであるから、前記ガラス板7が外部の湿気等の浸透から発光層3等を保護していることは明らかである。
よって、引用発明の「外部の湿気等は、防湿フイルム9により内部への進入が防止され、更に該防湿フイルム9を透過した場合には透明電極フイルム6の表面全体に設けられたガラス板または背面電極1によつて素子内部への浸透は阻止される」点と、本願発明の「前記可撓性基板が、前記各層の外方保護材となる」点とは、「可撓性部材が、前記各層の外方保護材となる」点で一致する。

2 一致点・相違点
以上のことから、本願発明と引用発明とは、
「可撓性デバイスであって、
厚さ200μm以下のガラス層と、プラスチック層とからなり、可撓性で、かつ撓曲または捻れた形状に成形可能な複合構造体からなる可撓性部材と、
前記複合構造体に重畳する透明または実質的に透明な第1の電極層と、前記第1の電極層に重畳するエレクトロルミネッセンス材料の少なくとも1つの層と、前記エレクトロルミネッセンス材料の層に重畳する第2の電極層と、からなり、
前記可撓性部材が、前記各層の外方保護材となるデバイス。」
の発明である点で一致し、次の点で相違する。

[相違点1]
プラスチック層が、本願発明では「厚さ1mm以下」であるのに対し、引用発明の樹脂層又は樹脂フイルム8は、厚さが不明である点。
[相違点2]
ガラス層とプラスチック層とからなる複合構造体が、本願発明では「透明または実質的に透明」な「基板」であるのに対し、引用発明は、このような発明特定事項を有するかどうか不明である点。
[相違点3]
本願発明が、エレクトロルミネッセンス材料として「有機材料」を用いた「有機デバイス」であるのに対し、引用発明は、発光層3に「ZnS等の蛍光体を熱可塑性バインダーに分散せしめペースト状にしたもの」を用いた無機のデバイスである点。


第6 当審の判断
1 上記相違点について検討する。
(1)相違点1について
上記「第5」「1」「(2)」に記したように、引用発明のEL素子は、EL素子自体がフレキシビリティを有しており、当該EL素子を構成する樹脂層又は樹脂フイルム8がフレキシビリティ、すなわち可撓性を有していることも明らかである。
よって、引用発明の樹脂層又は樹脂フイルム8(本願発明の「プラスチック層」に相当する。)の厚さの上限値を具体的にどの数値にするかは、可撓性が得られるように当業者が適宜定め得る設計的事項にすぎない。
なお、記載事項(2b)に、「これらの高分子材料から得られるフィルムは、可撓性を高めるため、機械的強度を保つ範囲で、膜厚を可能な限り薄くすることが好ましい。高分子フィルムの膜厚は、好ましくは1μm?1mm、・・・(略)・・・」と記載されているように、可撓性を有する樹脂フィルムとして、本願発明の「厚さ1mm以下」という上限値は、何ら格別な数値ではない。

ここで、審判請求人は、平成22年10月26日付け意見書において、
「本願発明においては、プラスチック層の厚みを1mm以下に設定しています。この厚みは、ガラス層の厚みが200μm以下であることと相俟って、複合構造体に可撓性を発現させるに十分に小さいものです。
ここで、当業者に周知の通り、無機EL素子では、発光層をはじめとする各要素は実質的に高剛性です。・・・(中略)・・・
従いまして、引用文献1記載の発明において、たとえ樹脂フィルム8の厚みを小さく設定したとしても、十分な可撓性が発現するとは限りません。よしんば、樹脂フィルム8の厚みを小さく設定したとしても、無機EL素子の各要素が実質的に高剛性である限り、ガラス板7及び樹脂フィルム8が可撓性であったとしてもなお、無機EL素子全体としては高剛性であるため、十分な可撓性が発現すると認識することは困難です。」
と主張する。

しかしながら、引用発明は、発光層3に「ZnS等の蛍光体を熱可塑性バインダーに分散せしめペースト状にしたものが塗布されて成る」ものを用いたEL素子であるから、いわゆる「分散型」の「無機EL素子」と呼ばれる発光デバイスであることは、当業者に自明な事項であり、当該分散型の無機EL素子が、可撓性を有する発光デバイスとなり得ることも、当業者に自明な事項にすぎない。(猪口敏夫,ディスプレイ技術シリーズ エレクトロルミネセントディスプレイ,産業図書,平成3年7月25日,初版,第9?15,38?41ページ、、特開平1-209693号公報の「従来技術とその問題点」欄、特開平7-65957号公報を参照。)
したがって、上記審判請求人の主張は、採用できない。

よって、当業者の技術常識に照らせば、引用発明に上記相違点1に係る本願発明の発明特定事項を付加することは、当業者が容易になし得たことである。


(2)相違点2について
有機・無機のEL素子の技術分野において、透明電極層側の表面を光出射面とすることは、例を挙げるまでもなく周知慣用の技術的事項であるところ、引用発明のEL素子は、樹脂層又は樹脂フイルム8と当該樹脂層又は樹脂フイルム8が熱圧着されているガラス板7とからなる複合構造物が、透明電極フイルム5の上に付着されたものであるから、引用発明における透明電極フイルム5側の表面を光出射面とし、透明電極フイルム5上の、前記樹脂層又は樹脂フイルム8とガラス板7とからなる複合構造物を「透明または実質的に透明」とすることは、当業者が容易になし得たことである。

また、引用発明では、どの部材を「基板」とするか特定していないが、「EL素子」という積層体のデバイスにおいて、積層体のどの部分を基板と称するかは、単なる呼称の違いであって当業者が適宜定め得る事項にすぎない。

審判請求人は、上記平成22年10月26日付け意見書において、
「引用文献1の第1頁第3欄第5行?第22行の記載によれば、この無機EL素子は、・・・(中略)・・・。すなわち、ガラス板7は最上層となります(第1図もご参照願います)。
このことから、引用文献1記載の発明において、樹脂フィルム8/ガラス板7の複合構造体の上に、電極や有機発光層が形成・積層されていないことは明らかです。従いまして、この樹脂フィルム8/ガラス板7の複合構造体は、電極や有機発光層を形成・積層するための基板として用いられてはおりません。」
と主張する。
しかしながら、本願の明細書を参照しても、どのような部材を「基板」とするかについては何ら定義されておらず、完成したデバイスにおいて、その積層体のどの部分を基板と称するかは単なる呼称の違いにすぎないことは、上述のとおりである。
また、本願発明は製造方法の発明ではなく「デバイス」の発明であるから、完成したデバイスのどちらの面を上とするかも、単なる呼称の違いにすぎない。
本願の明細書の段落【0057】には、「図5は、「反転した」順序で作製されたデバイス構造体を示す。すなわち、金属封入層14が、後続する層の付着のための基礎を形成する。図5において、同様の参照符号は、図1および図3におけるものと同様の層を示す。」と記載され、完成したデバイスとして、図5には図3とは上下が逆、すなわち、ガラス層4とプラスチック層2とからなる複合構造体が最上層に位置するデバイスが見て取れることからも、上記主張は、「デバイス」の発明である本願発明に対する主張とは認められない。
よって、上記審判請求人の主張は採用できない。

したがって、引用発明に周知慣用の技術的事項を適用し、上記相違点2に係る本願発明の発明特定事項を付加することは、当業者が容易になし得たことである。


(3)相違点3について
引用発明が「無機EL素子」と呼ばれる発光デバイスであることは、前述「(1) 相違点1について」のとおりである。そして、引用発明は「防湿効果に優れ」るEL素子であって、引用例1には、当該無機EL素子が、外部からの湿気等の浸入を阻止する必要があるデバイスであることも記載されている。(記載事項(1b)?(1c)、(1e)を参照)

一方、引用例2には、蛍光体に有機材料を用いた可撓性有機EL素子であって、基板にガスバリアー性の無機材料膜が積層された可撓性の高分子フィルムを用いる可撓性有機EL素子が記載されている。
ここで、有機EL素子が有機EL材料への水分や酸素の浸入を遮断する必要があるデバイスであること、及び有機EL素子と無機EL素子とは、ともにデバイスへの水分等の浸入を遮断する必要があるという共通する課題を有する、きわめて近接した技術分野に属するものである、という周知の事項に照らせば、引用発明に引用例2に記載された技術的事項を適用することは当業者が容易になし得たことであり、EL素子を構成する蛍光体(本願発明の「エレクトロルミネッセンス材料」に相当する)として、引用発明の(無機)EL素子を構成する「ZnS等の蛍光体を熱可塑性バインダーに分散せしめペースト状にしたもの」に代えて、引用例2に記載の有機EL素子を構成する「エレクトロルミネッセンス有機材料」を用いれば、引用発明と同様に優れた防湿効果を有する「有機デバイス」が得られることは明らかである。
よって、上記周知の事項に照らせば、引用発明に引用例2に記載された技術的事項を適用して、上記相違点3に係る本願発明の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たことである。


(4)本願発明の奏する作用効果
本願発明が奏する作用効果も、上記したように、引用発明、引用例2に記載された技術的事項及び周知の事項から、当業者が予測できる範囲内のものであって、格別のものとはいえない。


第7 まとめ
以上のとおり、本願発明は、引用発明、引用例2に記載された技術事項及び周知の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、本願は、その余の請求項について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-11-25 
結審通知日 2010-11-30 
審決日 2010-12-13 
出願番号 特願平11-97047
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 里村 利光福島 浩司福田 聡  
特許庁審判長 村田 尚英
特許庁審判官 神 悦彦
今関 雅子
発明の名称 有機デバイスのための可撓性基体、有機デバイスおよびその製造方法  
代理人 大内 秀治  
代理人 宮寺 利幸  
代理人 千葉 剛宏  
代理人 田久保 泰夫  
代理人 鹿島 直樹  

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