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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16D
管理番号 1236359
審判番号 不服2010-4096  
総通号数 138 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-06-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-02-25 
確定日 2011-05-06 
事件の表示 特願2007-215478号「湿式摩擦材及びその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成20年5月15日出願公開、特開2008-111546号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成19年8月22日(優先権主張 平成18年10月3日)の出願であって、平成21年11月24日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成22年2月25日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

そして、本願の請求項1、2に係る発明は、平成20年12月25日付け、及び平成23年1月28日付けの手続補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1、2に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものである。なお、平成22年2月25日付けの手続補正は、当審において平成22年12月7日付けで決定をもって却下された。
「【請求項1】
摩擦面の外周部に密着を要する湿式摩擦材であり、ロックアップクラッチのピストンの外周側に設けられる平板リング状の芯金の片面に摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材または複数個のセグメントピースを接着固定した湿式摩擦材であって、
前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの極表層部に存在する樹脂・繊維に対して加熱し、かつ、外周側にテーパーが付けられた金型で押圧し、前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの半径方向の長さをX、最大厚さをYとするとき、前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの半径方向の厚さを半径方向の途中から外周方向に向かって前記摩擦面に対応するように薄くなるように直線的に変化させ、テーパー幅xを半径方向長さXの28%?50%とし、テーパー高さyを前記最大厚さYの5%以下とし、前記半径方向長さXのテーパー幅x以外の厚さを最大厚さYで一定に形成したことを特徴とする湿式摩擦材。」

2.当審における平成22年12月7日付け拒絶理由に引用された引用例及びその記載事項
(1)引用例1:特開2004-11710号公報(以下、「引用例1」という。)

引用例1には、「ロックアップクラッチ及びその製造方法」に関して、図面とともに次の事項が記載されている。

(あ)「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、ロックアップクラッチ及びその製造方法、特に、摩擦面を有するフロントカバーから機械的にトルクを出力側部材に伝達するためのトルクコンバータのロックアップクラッチ及びその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
トルクコンバータのロックアップクラッチは、フロントカバーとタービンとを機械的に連結して出力側にトルクを伝達するクラッチ装置であり、車両燃費を向上させることを目的としている。ロックアップクラッチは、例えば、フロントカバーに連結可能なピストンと、ピストンとタービン側とを連結するダンパー機構とから構成されている。ピストンのフロントカバーに対向する側には、ペーパー製の湿式摩擦フェーシングが固定されている。フロントカバーの湿式摩擦フェーシングに対向する面には、摩擦面が形成されている。」
(い)「【0005】
また、通常のクラッチ連結時において、大きい油圧差によってピストンをフロントカバー側に押圧する場合、ピストンの半径方向外周側の部分がタービン側に僅かに撓みながらフロントカバーの摩擦面に押し付けられる。このことを考慮して、フロントカバーの摩擦面は、半径方向外周側に向かってわずかにタービン側に傾斜した形状にしている。一方、小さい油圧差によってロックアップクラッチのピストンをフロントカバーに押し付ける場合、湿式摩擦フェーシングは、主に、半径方向外周側の部分がフロントカバーの摩擦面に押し付けられ、半径方向外周側の偏当たりが生じやすく、湿式摩擦フェーシングの半径方向外周側の面圧が高くなる。これにより、湿式摩擦フェーシングにおいて、負勾配のμ-vの特性が顕著に現れて、ジャダーが発生しやすくなる。」
(う)「【0034】
また、圧縮工程は、接着工程と同時に行われるため、製造工数が増加することがない。
[第2実施形態]
図6は、本実施形態のロックアップクラッチ106を示す図である。本実施形態のロックアップクラッチ106は、第1実施形態のロックアップクラッチ6の湿式摩擦フェーシング36が半径方向外周側から内周側に向かって全面にわたって傾斜したテーパ面からなる摩擦係合面36aを有しているのに対して、湿式摩擦フェーシング136が半径方向内周側の部分のみが傾斜した折曲面からなる摩擦係合面136aを有している点が異なる。このロックアップクラッチ106においても、半径方向外周側の部分が他の部分よりも密度が小さくなっているため、第1実施形態と同様の効果が得られる。
【0035】
また、ピストン131の固定面131cへの湿式摩擦フェーシング136の固定方法についても、湿式摩擦フェーシング136の摩擦係合面136aの形状に対応する折曲面からなる圧縮面151aを有する圧縮用冶具151を用いている点が第1実施形態における製造方法と異なるだけであり、第1実施形態と同様な効果が得られる。」
(え)「【0040】
(1)ロックアップクラッチの構造
ロックアップクラッチ506のピストン531は、円板状の部材であり、フロントカバー本体511の摩擦面511aの軸方向に近接して配置されている。ピストン531の外周側には、フロントカバー本体511の摩擦面511aに対向する位置に環状の湿式摩擦フェーシング536が設けられている。図10に示すように、湿式摩擦フェーシング536は、ペーパー材からなる摩擦材であり、ピストン531の環状の固定面531cに接着されている。ピストン531の固定面531cは、ピストン531の板厚を変化させることによって外周側に設けられたテーパ面からなる固定テーパ面531dを有している。湿式摩擦フェーシング536は、半径方向外周側の部分に固定テーパ面531dの傾斜に対応する摩擦テーパ面536bと、その半径方向内周側の部分の平坦な面536cとからなる摩擦係合面536aが形成されている。すなわち、摩擦テーパ面536bは、フロントカバー本体511の摩擦面511aの傾斜に対して、ほぼ平行な傾斜を有している。湿式摩擦フェーシング536は、半径方向の各部においてほぼ均一の密度を有している。」
(お)「【0043】
(3)ロックアップクラッチの製造方法
次に、ロックアップクラッチ506の製造方法、特に、ピストン531への湿式摩擦フェーシング536の固定方法について説明する。ここで、図11及び図12は、ピストン531の固定面531aに湿式摩擦フェーシング536を固定する工程を示す図である。
【0044】
ピストン531への湿式摩擦フェーシング536の固定方法は、準備工程と、接着工程と、圧縮工程とからなる。
準備工程は、摩擦面511aに対向する固定面531cを有するピストン531と、環状の湿式摩擦フェーシング536とを準備する。接着工程は、湿式摩擦フェーシング536を固定面531cに接着して固定する。圧縮工程は、固定面531cの面形状に対応する面形状の圧縮面551aを有する圧縮用冶具551によって、湿式摩擦フェーシング536を板厚方向に圧縮する。尚、本実施形態では、圧縮工程は、接着工程と同時に行われる。
【0045】
具体的には、図11に示すように、ピストン531を圧縮用冶具552の上に設置し、そして、接着剤を塗布した固定面531c上に湿式摩擦フェーシング536を設置する(矢印A参照)。ここで、ピストン531の固定面531cの半径方向外周側の部分には、摩擦面511aの傾斜にほぼ平行な固定テーパ面531dが形成されている。そして、圧縮面551aを有する圧縮用冶具551によって、湿式摩擦フェーシング536を板厚方向に圧縮しながらピストン531の固定面531cに接着する(矢印B参照)。このとき、ピストン531の固定面531cと圧縮用冶具551の圧縮面551aとによって、圧縮後の湿式摩擦フェーシング536は、圧縮前の板厚t’から板厚t’1まで半径方向の各部においてほぼ均一の板厚t’1となるように圧縮される。これにより、圧縮後の湿式摩擦フェーシング536は、半径方向の各部において、ほぼ均一の密度分布を有するようになる。」
(か)「【0046】
(4)ロックアップクラッチの特徴
次に、本実施形態のロックアップクラッチ506及びその製造方法の特徴について説明する。
▲1▼湿式摩擦フェーシングの半径方向外周側の部分のμ-v特性の向上
本実施形態のロックアップクラッチ506では、湿式摩擦フェーシング536の半径方向外周側の部分に摩擦面511aの傾斜に対応する摩擦テーパ面536bを有する摩擦係合面536aが形成されているため、小さい油圧差でピストン531を摩擦面511aに押し付ける際に、半径方向外周側の偏当たりが生じにくくなり、面圧の増加を抑えることができる。これにより、湿式摩擦フェーシング536のμ-v特性の低下を防ぐことができる。また、湿式摩擦フェーシング536は、その半径方向の各部においてほぼ均一の密度分布を有しているため、大きい油圧差でピストン531を摩擦面511aに押し付ける際の摩擦性能を良好に保つことができる。これにより、大きい油圧差でピストン531を摩擦面511aに押し付ける際の摩擦性能を良好に保ちながら、スリップ制御時のジャダーの発生を抑えることができる。」
(き)「【0049】
例えば、前記実施形態におけるピストン、湿式摩擦フェーシング及び圧縮用冶具の圧縮面の面形状は、上記に限定されない。」
(く)「【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の第1実施形態としてのロックアップクラッチを備えたトルクコンバータの縦断面概略図。
【図2】ロックアップクラッチの平面図。
・・・略・・・
【図10】第6実施形態のロックアップクラッチの湿式摩擦フェーシング付近を示す図であって、図3に相当する図。
【図11】第6実施形態のロックアップクラッチの製造方法を説明する図であって、図4に相当する図。
【図12】第6実施形態のロックアップクラッチの製造方法を説明する図であって、図5に相当する図。
【符号の説明】
1、501 トルクコンバータ
2、502 フロントカバー
6、106、206、306、406、506 ロックアップクラッチ
11a、511a 摩擦面
31、131、231、331、431、531 ピストン
31c、131c、231c、331c、431c、531c 固定面
531d 固定テーパ面
34 ドリブンプレート(出力側部材)
36、136、236、336、436、536 湿式摩擦フェーシング
536b 摩擦テーパ面
51、151、251、351、451、551 圧縮用冶具
51a、151a、251a、351a、451a、551a 圧縮面」
(け)図1,2,10からみて、湿式摩擦フェーシング36,536はロックアップクラッチのピストン31,531の外周側に設けられるリング状の部材であることが看取される。
(こ)上記記載事項(特に、(お))及び図11,12からみて、湿式摩擦フェーシング536は外周側にテーパーが付けられた圧縮用治具551で押圧し製造されていることが看取される。
(さ)上記記載事項(特に、(え)?(か))及び図1,10?12からみて、湿式摩擦フェーシング536は半径方向の途中から外周方向に向かってフロントカバーの摩擦面511aとほぼ平行な傾斜を有し直線的に変化させた半径方向外周側に摩擦テーパ面536bを有し、半径方向において該摩擦テーパ面536b以外の部分の厚さが最大厚さで一定とされていることが看取される。

以上の記載及び図面(特に、図1,2,6,10?12)を総合すると、引用例1には、次の発明が記載されているものと認める(以下、「引用例1発明」という。)。
「フロントカバーの摩擦面511aの外周部に押し付けられる湿式摩擦材であり、ロックアップクラッチのピストン531の外周側にリング状の湿式摩擦フェーシング536を接着固定した湿式摩擦材であって、
前記リング状の湿式摩擦フェーシング536は外周側にテーパーが付けられた圧縮用治具551で押圧し、前記リング状の湿式摩擦フェーシング536は半径方向の途中から外周方向に向かって前記フロントカバーの摩擦面511aとほぼ平行な傾斜を有し直線的に変化させた半径方向外周側に摩擦テーパ面536bを有し、半径方向において前記摩擦テーパ面536b以外の部分の厚さを最大厚さで一定としてなる湿式摩擦材。」

3.対比・判断
本願発明と引用例1発明とを対比すると、引用例1発明における「フロントカバーの摩擦面511a」は、技術常識を勘案しつつその機能ないし構造に鑑みれば、本願発明の「摩擦面」に相当し、以下同様に、「押し付けられる」は「密着を要する」に、「リング状の湿式摩擦フェーシング536」は「摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材」または「リング状摩擦材基材」に、「圧縮用治具551」は「金型」に、「前記フロントカバーの摩擦面511aとほぼ平行な傾斜を有し」は「前記摩擦面に対応するように」に、「摩擦テーパ面536b」は「テーパー」に、「半径方向において前記摩擦テーパ面536b以外の部分の厚さを最大厚さで一定としてなる」は「前記半径方向長さXのテーパー幅x以外の厚さを最大厚さYで一定に形成した」に、それぞれ相当する。
そして、引用例1発明の「ロックアップクラッチのピストン531の外周側にリング状の湿式摩擦フェーシング536を接着固定した」構成と、本願発明の「ロックアップクラッチのピストンの外周側に設けられる平板リング状の芯金の片面に摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材または複数個のセグメントピースを接着固定した」構成とは、芯金が設けられているか否かは下記に相違点として挙げるとし、リング状摩擦材基材と複数個のセグメントピースとが択一的構成要素であることに鑑みれば、「ロックアップクラッチのピストンの外周側に摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材または複数個のセグメントピースを接着固定した」点では共通している。
また、引用例1発明の「前記リング状の湿式摩擦フェーシング536は外周側にテーパーが付けられた圧縮用治具551で押圧」することと、本願発明の「前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの極表層部に存在する樹脂・繊維に対して加熱し、かつ、外周側にテーパーが付けられた金型で押圧」することとは、加熱するか否かは下記に相違点で挙げるとして、リング状摩擦材基材と複数個のセグメントピースとが択一的構成要素であることに鑑みれば、実質的に、「前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースを外周側にテーパーが付けられた金型で押圧」する点では共通している。
さらに、引用例1発明の「前記リング状の湿式摩擦フェーシング536は半径方向の途中から外周方向に向かって前記フロントカバーの摩擦面511aとほぼ平行な傾斜を有し直線的に変化させた半径方向外周側に摩擦テーパ面536bを有し」ている構成と、本願発明の「前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの半径方向の長さをX、最大厚さをYとするとき、前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの半径方向の厚さを半径方向の途中から外周方向に向かって前記摩擦面に対応するように薄くなるように直線的に変化させ、テーパー幅xを半径方向長さXの28%?50%とし、テーパー高さyを前記最大厚さYの5%以下」とした構成とは、形状及び数値限定に関しては下記に相違点で挙げるとして、リング状摩擦材基材と複数個のセグメントピースとが択一的構成要素であること及び引用例1の図10?12に図示されている技術事項に鑑みれば、実質的に、「前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの半径方向の長さをX、最大厚さをYとするとき、前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースを半径方向の途中から外周方向に向かって前記摩擦面に対応するように直線的に変化させ、テーパー幅xを半径方向長さXの所定量とし、テーパー高さyを前記最大厚さYの所定量」とした点では共通している。

してみれば、本願発明と引用例1発明とは、本願発明の表記にならえば、次の点で一致する。
「摩擦面の外周部に密着を要する湿式摩擦材であり、ロックアップクラッチのピストンの外周側に摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材または複数個のセグメントピースを接着固定した湿式摩擦材であって、
前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースを外周側にテーパーが付けられた金型で押圧し、前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの半径方向の長さをX、最大厚さをYとするとき、前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースを半径方向の途中から外周方向に向かって前記摩擦面に対応するように直線的に変化させ、テーパー幅xを半径方向長さXの所定量とし、テーパー高さyを前記最大厚さYの所定量とし、前記半径方向長さXのテーパー幅x以外の厚さを最大厚さYで一定に形成した湿式摩擦材。」

一方、本願発明と引用例1発明とは、次の点で相違する。
[相違点1]
前記湿式摩擦材に関して、本願発明は「ロックアップクラッチのピストンの外周側に設けられる平板リング状の芯金の片面に摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材または複数個のセグメントピースを接着固定」しているのに対し、引用例1発明は、ロックアップクラッチのピストン531の外周側にリング状の湿式摩擦フェーシング536を接着固定しているものではあるが、ピストン531とリング状の湿式摩擦フェーシング536との間に平板リング状の芯金が設けられていない点。
[相違点2]
前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースが、本願発明は「極表層部に存在する樹脂・繊維に対して加熱し、かつ、外周側にテーパーが付けられた金型で押圧」されているものであるのに対し、引用例1発明は、外周側にテーパーが付けられた圧縮用治具551で押圧されているものであるものの、加熱されているかどうか明らかでない点。
[相違点3]
本願発明は、「前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの半径方向の長さをX、最大厚さをYとするとき、前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの半径方向の厚さを半径方向の途中から外周方向に向かって前記摩擦面に対応するように薄くなるように直線的に変化させ、テーパー幅xを半径方向長さXの28%?50%とし、テーパー高さyを前記最大厚さYの5%以下」としているのに対し、引用例1発明は、リング状の湿式摩擦フェーシング536は半径方向の途中から外周方向に向かってフロントカバーの摩擦面511aとほぼ平行な傾斜を有し直線的に変化させた半径方向外周側に摩擦テーパ面536bを有するものではあるが、摩擦テーパ面536bによってリング状の湿式摩擦フェーシング536の半径方向の厚さが薄くなるようにされていないとともに、摩擦テーパ面536bが具体的にどのような数値範囲において設計されているのか明らかでない点。

そこで、上記相違点1ないし3について検討をする。
[相違点1]について
動力伝達装置の技術分野において、平板リング状の芯金の側面にリング状摩擦材基材を接着して湿式摩擦材を構成することは従来周知の技術(例えば、特開2004-278609号公報の図1?5及び段落【0015】に「本発明においては、図3に示すように、リング状(円環状)の鋼板製コアプレート11の両面に、同じくリング状のペーパーライニングを接着するなどの手法で摩擦材層12を設けたフリクションプレート10において、図4に示すように、フリクションプレート10の両面を、内周側端部13から外周側端部14に向かって、連続的に厚さが薄くなるよう傾斜面15に加工する。」、特開2002-89656号公報の図10及び段落【0010】に「相対回転するドラム913及びハブ911の間の円筒状空間内に、ハブ911に支持され湿式摩擦材907を芯金(コアプレート)に貼りつけたフリクションプレート(駆動側プレート)912と、ドラム913に支持されたセパレータプレート(受動側プレート)914とは交互に配置されている。さらに、フリクションプレート912及びセパレータプレート914を押圧するためのクラッチピストン915が設けられている。」、特開平7-253122号公報の図1及び段落【0015】に「摩擦板10は、芯金12に摩擦材14が固着されてなる。」と記載されている。)であるから、引用例1発明に従来周知の技術を適用して、引用例1発明において、ロックアップクラッチのピストン531とリング状の湿式摩擦フェーシング536との間に平板リング状の芯金を設けることは、当業者が容易になし得たものである。

[相違点2]について
湿式摩擦材の極表層部に存在する樹脂・繊維に対して加熱しカーボン化することは従来周知の技術(例えば、特開昭58-189232号公報の請求項1には、「ガラス繊維、アスベスト、紙等の摩擦材基材を主成分とし、有機系結合剤で圧縮成形して得られる摩擦材において、該摩擦材の表面部をレーザー光線で照射し、表面より少なくとも0.005mmの表面に含まれる有機系結合剤を焼却もしくは部分的に熱分解して少なくとも一部炭素化せしめたことを特徴とする表面処理摩擦材。」、特開2003-130106号公報の段落【0013】には、「湿式摩擦材の極表層部に存在する樹脂、繊維にレーザ光を照射することによってカーボン化するものでは、レーザ光は光強度が安定しており、光強度の微調整も自在に行えるので、湿式摩擦材の極表層部に存在する樹脂、繊維を任意の厚さだけ均一にカーボン化することが可能である。・・・また、焼板、加熱ローラについても、接触時間及び接触圧力によって湿式摩擦材の極表層部に存在する樹脂、繊維を任意の厚さだけ均一にカーボン化することが可能である。」と記載されている。)であり、引用例1発明において、リング状の湿式摩擦フェーシング536を製造する際に、上記従来周知の技術を勘案して、湿式摩擦フェーシングの極表層部に存在する樹脂・繊維に対して加熱し、かつ、外周側にテーパーが付けられた圧縮用治具551で押圧するよう構成することは、当業者が容易になし得たものである。

[相違点3]について
本願発明において、「前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの半径方向の長さをX、最大厚さをYとするとき、前記リング状摩擦材基材または前記複数個のセグメントピースの半径方向の厚さを半径方向の途中から外周方向に向かって前記摩擦面に対応するように薄くなるように直線的に変化させ、テーパー幅xを半径方向長さXの28%?50%とし、テーパー高さyを前記最大厚さYの5%以下」とされている構成に関連して、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面(以下、「当初明細書」という。)には、「【0063】・・・設計基準として、係合時のメカニズム及びリング状摩擦材基材3の密度分布を考慮し、形状のねらい寸法を設定する。図6に示されるように、リング状摩擦材基材3の半径方向の長さをX、最大厚さをYとすると、テーパー幅xを半径方向長さXの28%?50%、テーパー高さyを最大厚さYの5%以下となるように、製造金型4,5の上型4を設計する。」、「【0064】この理由は、テーパー高さyが最大厚さYの5%を超えると、リング状摩擦材基材3が圧縮され過ぎて密度が高くなり過ぎるためであり、テーパー幅xはこのテーパー高さyに対して、リング状湿式摩擦材1が係合する相手材の角度に合うように設定されるので、半径方向長さXの28%?50%となるものである。」、「【0068】本実施の形態においては、テーパー幅x=5mm、テーパー高さy=0.04mmの場合について説明したが、湿式摩擦材1の係合する相手材の突出角度によってこの値は適切に設定されることは言うまでもない。・・・」及び「【0072】なお、本発明の実施の形態で挙げている数値は、臨界値を示すものではなく、実施に好適な好適値を示すものであるから、上記数値を若干変更してもその実施を否定するものではない。」と記載されている。これら記載から、本願発明における「テーパー幅」及び「テーパー高さ」についての数値限定は臨界的意義を有するものではなく、リング状摩擦材基材3が圧縮され過ぎて密度が高くなり過ぎることを防止する、及びリング状湿式摩擦材1が係合する相手材の角度に合うように設定されることを技術的意義としているものと解することができる。
それに対して、引用例1発明において、湿式摩擦フェーシング536は外周方向に向かってフロントカバーの摩擦面511aとほぼ平行な傾斜を有するものであることから、本願発明と同様に係合する相手材の角度に合うように設定されているものといえる。また、引用例1には、圧縮後の湿式摩擦フェーシング536は、半径方向の各部において、ほぼ均一の密度分布を有する(上記記載事項(お)の段落【0045】参照。)と記載されているから、リング状摩擦材基材3が圧縮され過ぎて密度が高くなり過ぎることを防止するとの技術的課題も内在しているものといえるから、結局、引用例1発明において、湿式摩擦フェーシング536の摩擦テーパ面536bは、本願発明と実質的に同様の数値範囲において設計されることが記載又は示唆されているということができる。
さらに、本願発明は、テーパーによって湿式摩擦材の半径方向の厚さが半径方向の途中から薄くなるようにされているのに対し、引用例1発明は、湿式摩擦フェーシング536が摩擦テーパ面536bによって薄くなるようにされてはいないものであるが、引用例1発明も本願発明と同様に係合する相手材の角度に合うように湿式摩擦フェーシング536は外周方向に向かってテーパー(摩擦テーパ面)が設定されていることは上述したとおりであり、またロックアップクラッチのフロントカバーの摩擦面511aの角度がごく小さい値であることは技術常識(本願明細書に記載された実施例でも、0.3度とされている。)であること、及びピストンの形状を平面状とすること(特に、上記記載事項(き)の「例えば、前記実施形態におけるピストン、湿式摩擦フェーシング及び圧縮用冶具の圧縮面の面形状は、上記に限定されない。」との記載、図3?6においてピストン31,131は平面状となっていること、及び、上記記載事項(う)及び図6には、ピストン131を平面状として折曲面(テーパー)からなる圧縮面151aを有する圧縮用治具151を用いて湿式摩擦フェージング136を型押してテーパーを付けることが示されている。)は当業者の通常の創作能力の範囲内において設計できるものであることに鑑みれば、引用例1発明において、ピストン531を平面状とし、圧縮後の湿式摩擦フェーシング536が圧縮され過ぎて密度が高くなり過ぎない範囲内で、湿式摩擦フェーシング536が摩擦テーパ面536bによってその半径方向の厚さが半径方向の途中から外周方向に向かって薄くなるように設計することは、当業者が容易になし得たものである。

また、本願発明が奏する効果についてみても、引用例1発明及び従来周知の技術が奏する効果以上の格別顕著な効果を奏するものとは認められない。
したがって、本願発明は、引用例1に記載された発明及び従来周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

なお、審判請求人は、当審における平成22年12月7日付けの拒絶理由に対する平成23年1月28日付けの意見書における【意見の内容】欄において、「即ち、引用例1の段落番号【0040】には、『固定テーパ面531dの傾斜に対応する摩擦テーパ面536bは、フロントカバー本体511の摩擦面511aの傾斜に対して、ほぼ平行な傾斜を有している』と記載されているだけであり、『前記リング状の湿式摩擦フェーシング536は外周方向に向かって前記フロントカバーの摩擦面511aとほぼ平行な傾斜を有し』と記載の事実はありません。即ち、固定テーパ面531dの傾斜によって前記リング状の湿式摩擦フェーシング536は外周方向に向かって前記フロントカバーの摩擦面511aとほぼ平行な傾斜を有する摩擦テーパ面536bを有するのであって、前記リング状の湿式摩擦フェーシング536自体が外周方向に向かって前記フロントカバーの摩擦面511aとほぼ平行な傾斜を有するわけでは有りません。」旨の主張をしている。
しかしながら、引用例1の段落【0040】の記載事項及び図10からみて、湿式摩擦フェーシング536が、外周方向に向かってフロントカバーの摩擦面511aとほぼ平行な傾斜となっている摩擦テーパ面536bを有していることは明らかであり、上記審判請求人の主張は首肯できるものではない。
さらに、審判請求人は、「つまり、引用例1では湿式摩擦フェーシング536を外周方向に向かって厚みを薄くするのではなく、外周方向に向かって厚みを厚くすること、またはピストンの固定面531cに固定テーパー面531dを設けることで摩擦テーパー面536bを形成することが発明の骨子です。ここで特許庁審判官合議体が判断されたようにピストン531を平面状とし、湿式摩擦フェーシング536が摩擦テーパ面536bによって薄くなるように設計することは、当業者が容易になし得たものであるならば、引用例1において図11に記載されたような圧縮治具を用いて直接圧縮すれば済むところ、引用例1では請求項2にてピストンの固定面531cに固定テーパー面531dを形成することを発明の構成要件とし、わざわざ工程を増やしています。これらのことから、スリップ制御時のジャダーの発生を抑制するために湿式摩擦フェーシング536の外周を圧縮して薄くしテーパーを設けることは当業者が容易になし得たものとはいえません。」旨の主張もしている。
しかしながら、この点については、実質的に上記「相違点3について」おいて検討したとおりであり、特に、引用例1の上記記載事項(き)の「例えば、前記実施形態におけるピストン、湿式摩擦フェーシング及び圧縮用冶具の圧縮面の面形状は、上記に限定されない。」との記載、図3?6においてピストン31,131は平面状となっていること、及び、上記記載事項(う)及び図6には、ピストン131を平面状として折曲面(テーパー)からなる圧縮面151aを有する圧縮用治具151を用いて湿式摩擦フェージング136を型押してテーパーを付けることが示されていることなどを勘案すれば、ピストンの形状を平面状とすることは当業者の通常の創作能力の範囲内においてなし得たものであることから、ピストン531を平面状とし、圧縮後の湿式摩擦フェーシング536が圧縮され過ぎて密度が高くなり過ぎない範囲内で、湿式摩擦フェーシング536が摩擦テーパ面536bによって薄くなるようにすることは当業者が容易になし得たものであり、上記審判請求人の主張は採用できない。

4.むすび
結局、本願の請求項1に係る発明(本願発明)は、引用例1に記載された発明及び従来周知の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

したがって、本願の請求項2に係る発明について検討をするまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-03-07 
結審通知日 2011-03-08 
審決日 2011-03-23 
出願番号 特願2007-215478(P2007-215478)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (F16D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 増岡 亘  
特許庁審判長 川上 溢喜
特許庁審判官 常盤 務
大山 健
発明の名称 湿式摩擦材及びその製造方法  
代理人 特許業務法人 Vesta国際特許事務所  

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