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審決分類 審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 特許、登録しない。 C08G
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C08G
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C08G
管理番号 1236980
審判番号 不服2008-3892  
総通号数 139 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-02-19 
確定日 2011-05-11 
事件の表示 特願2002-284080「重合性組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成16年4月15日出願公開、特開2004-115730〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成14年9月27日の特許出願であって、平成18年11月8日付けで拒絶理由が通知され、同年12月18日に意見書とともに手続補正書が提出され、平成19年7月5日付けで最後の拒絶理由が通知され、同年8月9日に意見書とともに手続補正書が提出されたが、平成20年1月23日付けで拒絶査定がなされ、同年2月19日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに手続補正書が提出され、同年4月18日付けで前置報告がなされ、当審で平成22年6月14日付けで審尋がなされ、同年8月12日に回答書が提出されたものである。



第2 平成20年2月19日付けの手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
平成20年2月19日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.手続補正の内容
平成20年2月19日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、特許請求の範囲について、補正前の
「【請求項1】
(1)(イ)β-エピチオプロピルチオ基またはβ-エピチオプロピルセレノ基を有する鎖状化合物、分岐化合物、脂肪族環状化合物、芳香族化合物もしくはヘテロ環化合物と(ロ)香料または(2)(イ)と(ロ)および(ハ)硫黄からなる重合性組成物において、該重合性組生物中の硫黄原子の含有率が20重量%以上64重量%以下である重合性組成物。
【請求項2】
香料が、下記(a)、(b)、(c)および(d)からなる群から選ばれる1種以上の化合物である請求項1記載の重合性組成物。
(a)(CH_(3))_(2)C<または(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、またはアルコール。
(b)γ位炭素が環状骨格を構成している、アルデヒド、ケトン、エステルもしくはアルコール、又はγ位炭素が環状骨格を構成しているアルコールのエステル化物。
(c)炭素数が4?20である環状ケトン骨格または環状エステル骨格を有する化合物。
(d)植物抽出物。
【請求項3】
香料の含有量が、全組成物中0.001?1.0重量%であることを特徴とする請求項1記載の重合性組成物。
【請求項4】
前記(イ)β-エピチオプロピルチオ基またはβ-エピチオプロピルセレノ基を有する鎖状化合物、分岐化合物、脂肪族環状化合物、芳香族化合物もしくはヘテロ環化合物が、ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド、ビス(β-エピチオプロピル)ジスルフィドおよびビス(β-エピチオプロピル)セレニドからなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする請求項1記載の重合性組成物。
【請求項5】
請求項1?4のいずれか1項に記載の重合性組成物を重合硬化して光学材料を得る方法。
【請求項6】
請求項5に記載の方法で得られる光学材料。」
を、
「【請求項1】
(1)(イ)ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド、ビス(β-エピチオプロピル)ジスルフィド、およびビス(β-エピチオプロピル)セレニドからなる群より選ばれた1種以上の化合物と(ロ)(a)(CH_(3))_(2)C<もしくは(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、アルコール、(b)γ位炭素が環状骨格を構成しているアルデヒド、ケトン、エステル、アルコール、又はγ位炭素が環状骨格を構成しているアルコールのエステル化物、(c)炭素数が4?20である環状ケトン骨格または環状エステル骨格を有する化合物からなる群より選ばれた1種以上の香料または(2)(イ)と(ロ)および(ハ)硫黄からなる重合性組成物において、該重合性組成物中の硫黄原子の含有率が20重量%以上64重量%以下であり、かつ香料の含有量が全組成物中0.001?1.0重量%である重合性組成物。
【請求項2】
(1)(イ)ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド、ビス(β-エピチオプロピル)ジスルフィド、およびビス(β-エピチオプロピル)セレニドからなる群より選ばれた1種以上の化合物と(ロ)(CH_(3))_(2)C<もしくは(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、アルコールからなる群より選ばれた1種以上の香料または(2)(イ)と(ロ)および(ハ)硫黄からなる重合性組成物において、該重合性組成物中の硫黄原子の含有率が20重量%以上64重量%以下であり、かつ香料の含有量が全組成物中0.001?1.0重量%である重合性組成物。
【請求項3】
(ロ)がβ-ダマスコン、シクロペンタデカノリド、γ-ウンデカラクトン、ベンズアルデヒド、α-イソメチルヨノン、α-メチルヨノン、酢酸ベンジル、酢酸ステアリル、ゲラニオール、リナロール、p-tert-ブチル-α-メチルヒドロシンナミックアルデヒド、アニスアルデヒド、ジヒドロジャスモン酸メチル、β-フェニルエチルジメチルカルビノール、シンナミックアルコール、ジャスミン油、γ-フェニルプロピルアルコール、桂皮酸ベンジル、酢酸ジメチルベンジルカルビニル、酢酸p-tert-ブチルシクロヘキシル、イソカンフィルシクロヘキサノール、酢酸リナリル、酢酸ボルニル、シトロネロール、酢酸シトロネリル、ラベンダー油、およびシクロペンタダカノリドから選択される1種以上である請求項1記載の重合性組成物。
【請求項4】
請求項1記載の重合性組成物を重合硬化して光学材料を得る方法。
【請求項5】
請求項4の方法で得られる光学材料。」
とする補正を含むものである。

2.補正の目的について
上記した特許請求の範囲についての補正は、下記補正事項1ないし3の補正を含むものである。

<補正事項1>補正前の請求項1及び4を削除し、補正前の請求項3を補正後の請求項1とした上で、(i)「(イ)β-エピチオプロピルチオ基またはβ-エピチオプロピルセレノ基を有する鎖状化合物、分岐化合物、脂肪族環状化合物、芳香族化合物もしくはヘテロ環化合物」について、「(イ)ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド、ビス(β-エピチオプロピル)ジスルフィド、およびビス(β-エピチオプロピル)セレニドからなる群より選ばれた1種以上の化合物」と限定し、(ii)「(ロ)香料」について、「(ロ)(a)(CH_(3))_(2)C<もしくは(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、アルコール、(b)γ位炭素が環状骨格を構成しているアルデヒド、ケトン、エステル、アルコール、又はγ位炭素が環状骨格を構成しているアルコールのエステル化物、(c)炭素数が4?20である環状ケトン骨格または環状エステル骨格を有する化合物からなる群より選ばれた1種以上の香料」と限定。

<補正事項2>補正後の請求項2として「(1)(イ)ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド、ビス(β-エピチオプロピル)ジスルフィド、およびビス(β-エピチオプロピル)セレニドからなる群より選ばれた1種以上の化合物と(ロ)(CH_(3))_(2)C<もしくは(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、アルコールからなる群より選ばれた1種以上の香料または(2)(イ)と(ロ)および(ハ)硫黄からなる重合性組成物において、該重合性組成物中の硫黄原子の含有率が20重量%以上64重量%以下であり、かつ香料の含有量が全組成物中0.001?1.0重量%である重合性組成物。」を追加。

<補正事項3>補正後の請求項3として「(ロ)がβ-ダマスコン、シクロペンタデカノリド、γ-ウンデカラクトン、ベンズアルデヒド、α-イソメチルヨノン、α-メチルヨノン、酢酸ベンジル、酢酸ステアリル、ゲラニオール、リナロール、p-tert-ブチル-α-メチルヒドロシンナミックアルデヒド、アニスアルデヒド、ジヒドロジャスモン酸メチル、β-フェニルエチルジメチルカルビノール、シンナミックアルコール、ジャスミン油、γ-フェニルプロピルアルコール、桂皮酸ベンジル、酢酸ジメチルベンジルカルビニル、酢酸p-tert-ブチルシクロヘキシル、イソカンフィルシクロヘキサノール、酢酸リナリル、酢酸ボルニル、シトロネロール、酢酸シトロネリル、ラベンダー油、およびシクロペンタダカノリドから選択される1種以上である請求項1記載の重合性組成物。」を追加。

そこで、上記補正事項1について検討すると、これは、補正前の請求項1を削除し、補正前の請求項1を引用する補正前の請求項3を補正後の請求項1として新たに独立請求項の記載に書き改めた上で、さらに、補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項(以下、「発明特定事項」という。)である「(イ)β-エピチオプロピルチオ基またはβ-エピチオプロピルセレノ基を有する鎖状化合物、分岐化合物、脂肪族環状化合物、芳香族化合物もしくはヘテロ環化合物」を「(イ)ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド、ビス(β-エピチオプロピル)ジスルフィド、およびビス(β-エピチオプロピル)セレニドからなる群より選ばれた1種以上の化合物」に限定し、かつ、補正前の請求項1に記載した発明特定事項である「(ロ)香料」を「(ロ)(a)(CH_(3))_(2)C<もしくは(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、アルコール、(b)γ位炭素が環状骨格を構成しているアルデヒド、ケトン、エステル、アルコール、又はγ位炭素が環状骨格を構成しているアルコールのエステル化物、(c)炭素数が4?20である環状ケトン骨格または環状エステル骨格を有する化合物からなる群より選ばれた1種以上の香料」に限定するものであり、発明特定事項の1つ以上を概念的により下位の発明特定事項とする補正、すなわち発明特定事項を限定する補正に相当し、また、本件補正の前後で発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題に変更はないことから、補正事項1は、請求項の削除及びいわゆる限定的減縮を目的とするものと認められる。
しかしながら、上記補正事項2について検討すると、これは、補正前の請求項1を引用する補正前の請求項2を補正後の請求項2として新たに独立請求項の記載に書き改めた上で、さらに、補正前の請求項1に記載した発明特定事項である「(イ)β-エピチオプロピルチオ基またはβ-エピチオプロピルセレノ基を有する鎖状化合物、分岐化合物、脂肪族環状化合物、芳香族化合物もしくはヘテロ環化合物」を「(イ)ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド、ビス(β-エピチオプロピル)ジスルフィド、およびビス(β-エピチオプロピル)セレニドからなる群より選ばれた1種以上の化合物」に限定し、かつ、補正前の請求項2に記載した発明特定事項である「香料が、下記(a)、(b)、(c)および(d)からなる群から選ばれる1種以上の化合物である
(a)(CH_(3))_(2)C<または(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、またはアルコール。
(b)γ位炭素が環状骨格を構成している、アルデヒド、ケトン、エステルもしくはアルコール、又はγ位炭素が環状骨格を構成しているアルコールのエステル化物。
(c)炭素数が4?20である環状ケトン骨格または環状エステル骨格を有する化合物。
(d)植物抽出物。」を「(ロ)(CH_(3))_(2)C<もしくは(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、アルコールからなる群より選ばれた1種以上の香料」に限定し、さらに「香料の含有量が全組成物中0.001?1.0重量%である」との発明特定事項を追加するものであるが、当該「香料の含有量が全組成物中0.001?1.0重量%である」との発明特定事項は、補正前の請求項1または2における発明特定事項ではないし、そもそも香料の含有量については補正前の請求項1または2における発明特定事項でもない。そして、発明特定事項として香料の含有量を規定する補正前の請求項3は、上記のとおり、その発明特定事項がすべて補正事項1によって補正後の請求項1に組み込まれているのであるから、補正前後の請求項の対応関係をみた場合、補正事項2は、補正前に存在しなかった請求項を新たに設けることになるものであって、このような補正が、請求項の削除、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、または明りょうでない記載の釈明のいずれの事項を目的とするものに該当しないことは明らかである。
また、上記補正事項3について検討すると、補正後の請求項3は補正後の請求項1を引用するものであって、補正後の請求項1は「香料の含有量が全組成物中0.001?1.0重量%である」との発明特定事項を有するものである。ここで、当該「香料の含有量が全組成物中0.001?1.0重量%である」との発明特定事項は、上で述べたとおり、補正前の請求項1または2における発明特定事項ではないし、そもそも香料の含有量については補正前の請求項1または2における発明特定事項でもない。したがって、これが、補正前の請求項1の発明特定事項である「(ロ)香料」または補正前の請求項2の発明特定事項である「香料が、下記(a)、(b)、(c)および(d)からなる群から選ばれる1種以上の化合物である
(a)(CH_(3))_(2)C<または(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、またはアルコール。
(b)γ位炭素が環状骨格を構成している、アルデヒド、ケトン、エステルもしくはアルコール、又はγ位炭素が環状骨格を構成しているアルコールのエステル化物。
(c)炭素数が4?20である環状ケトン骨格または環状エステル骨格を有する化合物。
(d)植物抽出物。」を「(ロ)がβ-ダマスコン、シクロペンタデカノリド、γ-ウンデカラクトン、ベンズアルデヒド、α-イソメチルヨノン、α-メチルヨノン、酢酸ベンジル、酢酸ステアリル、ゲラニオール、リナロール、p-tert-ブチル-α-メチルヒドロシンナミックアルデヒド、アニスアルデヒド、ジヒドロジャスモン酸メチル、β-フェニルエチルジメチルカルビノール、シンナミックアルコール、ジャスミン油、γ-フェニルプロピルアルコール、桂皮酸ベンジル、酢酸ジメチルベンジルカルビニル、酢酸p-tert-ブチルシクロヘキシル、イソカンフィルシクロヘキサノール、酢酸リナリル、酢酸ボルニル、シトロネロール、酢酸シトロネリル、ラベンダー油、およびシクロペンタダカノリドから選択される1種以上である」に限定するものであるとしても、補正後の請求項3は、補正前の請求項1または2に対応する請求項であるとはいえない。そして、発明特定事項として香料の含有量を規定する補正前の請求項3は、上で述べたとおり、その発明特定事項がすべて補正事項1によって補正後の請求項1に組み込まれているのであるから、補正前後の請求項の対応関係をみた場合、補正事項3は、補正前に存在しなかった請求項を新たに設けることになるものであって、このような補正が、請求項の削除、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、または明りょうでない記載の釈明のいずれの事項を目的とするものに該当しないことは明らかである。
なお、この点に関して、請求人は、平成22年8月12日に提出された回答書において、「旧請求項3が削除されていないと考えると、対応する請求項は存在することになるものと思料します。・・・即ち、請求項3の発明特定事項は、旧請求項3の(イ)及び(ロ)をそれぞれ限定的に減縮したものとなっています。・・・よって、請求項3に係る補正は、旧請求項3に対応するものであり、請求項数を増加させた補正とは言えず、審判請求時の補正は、目的外補正には該当しないものと思料します。」と主張しているが、上記のとおり、発明特定事項として香料の含有量を規定する補正前の請求項3は、補正事項1によって補正後の請求項1に対応していると解するのが自然であって、請求人の主張のとおりに考えると、逆に、補正前の請求項1では香料の含有量に係る発明特定事項が記載されていなかったのであるから、補正後の請求項1において香料の含有量を「香料の含有量が全組成物中0.001?1.0重量%である」と限定する補正は、発明特定事項の1つ以上を概念的により下位の発明特定事項とする補正、すなわち発明特定事項を限定する補正に該当するということはできないことになる。よって、かかる主張は採用することができない。
したがって、補正事項2及び3は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例とされる同法による改正前の特許法(以下、単に「特許法」という。)第17条の2第4項各号に掲げるいずれの事項をも目的とするものではない。

3.独立特許要件について
仮に、請求項2に係る本件補正が、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる事項を目的とするものであるとした場合に、請求項2に係る本件補正が、同条第5項において準用する同法第126条第5項の規定を満たすものか否かについて以下検討する。

(1)本件補正後の請求項2に係る発明
本件補正後の請求項2に係る発明(以下、「補正発明」という。)は、平成20年2月19日に提出された手続補正書により補正された明細書(以下、「補正明細書」という。)の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項2に記載された事項により特定されるとおりの、次のとおりのものである。
「【請求項2】
(1)(イ)ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド、ビス(β-エピチオプロピル)ジスルフィド、およびビス(β-エピチオプロピル)セレニドからなる群より選ばれた1種以上の化合物と(ロ)(CH_(3))_(2)C<もしくは(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、アルコールからなる群より選ばれた1種以上の香料または(2)(イ)と(ロ)および(ハ)硫黄からなる重合性組成物において、該重合性組成物中の硫黄原子の含有率が20重量%以上64重量%以下であり、かつ香料の含有量が全組成物中0.001?1.0重量%である重合性組成物。」

(2)引用刊行物
刊行物A:特開2002-122701号公報(平成18年11月8日付け拒絶理由通知書における刊行物1)
刊行物B:特開平11-20036号公報(平成18年11月8日付け拒絶理由通知書における刊行物4)

(3)引用刊行物の記載事項
本願出願前に頒布されたことが明らかな刊行物A及びBには、以下のことが記載されている。
[刊行物A]
摘示A-ア 「【請求項1】(a)下記(1)式で表される構造を1分子中に1個以上有する化合物と、(b)イソシアネート基および/またはイソチオシアネート基を1分子

(式中、R^(1)は炭素数0?10の炭化水素、R^(2)、R^(3)、R^(4)はそれぞれ炭素数1?10の炭化水素基または水素を示す。YはO、S、SeまたはTeを表し、m=1?5、n=0?5である。)中に1個以上有する化合物と、(c)メルカプト基を1分子中に1個以上有する化合物と、(d)硫黄原子および/またはセレン原子を有する無機化合物とからなる光学材料用組成物。」(特許請求の範囲請求項1)

摘示A-イ 「【産業上の利用分野】本発明は、プラスチックレンズ、プリズム、光ファイバー、情報記録基板、フィルター等の光学材料、中でも、眼鏡用プラスチックレンズの原料として好適に使用される。」(段落【0001】)

摘示A-ウ 「実施例1
(a)化合物としてビス(β-エピチオプロピル)スルフィド59重量部、(b)化合物としてm-キシリレンジイソシアネート15重量部、(c)化合物としてビス(2-メルカプトエチル)スルフィド20重量部、(d)化合物として硫黄6重量部の合計100重量部に触媒としてテトラブロモホスホニウムブロミド0.1重量部、紫外線吸収剤として2-(2-ヒドロキシ-5-tert-オクチルフェニル)ベンゾトリアゾール0.1重量部、抗酸化剤として2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール0.1重量部を混合し、室温で攪拌し均一液とした。ついで組成物をレンズ用モールドに注入し、オーブン中で10℃から120℃まで22時間かけて昇温して重合硬化させ、レンズを製造した。得られたレンズは高い衝撃性を有し、良好な色調、染色性、耐熱性および耐酸化性を示し、また優れた光学特性、物理特性を有するのみならずさらに表面状態は良好であり、脈離、面変形も見られなかった。得られたレンズの諸特性を表1に示した。」(段落【0036】)

摘示A-エ 「【表1】

」(段落【0046】の【表1】)

[刊行物B]
摘示B-ア 「【請求項1】 二官能以上のポリイソシアナート化合物および二官能以上のポリチオール化合物からなるモノマー混合物を重合させて得られる屈折率が1.55以上の高屈折率含硫樹脂製レンズにおいて、該レンズがモノマー混合物に、香料組成物として、β-ダマスコン、α-イソメチルイオノン、アセチルセドレン、2-tert-ブチルシクロヘキシルアセテート、4-tert-ブチルシクロヘキシルアセテート、ジメチルベンジルカルビニルアセテート、イソカンフィルシクロヘキサノール、ジメチルオクタノール、テトラヒドロミルセノール、テトラヒドロリナロール、p-tert-ブチル-α-メチルヒドロシンナミックアルデヒド、β-フェニルエチルアルコールからなる群より選ばれる一種または二種以上を40重量%以上の範囲で含有する組成物を、0.005?0.5重量%の範囲で含有してなることを特徴とする含硫ウレタン樹脂製レンズ。」(特許請求の範囲請求項1)

摘示B-イ 「【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、上記のような問題のない、含硫ウレタン樹脂製レンズについて、その切削、研磨等の加工時の硫黄原子含有物質特有の異臭、悪臭を減少または消失させる、特定の香料組成物を特定量含有してなる高屈折率の含硫ウレタン樹脂製レンズ、およびそのレンズの製造方法を提供することにある。」(段落【0008】)

摘示B-ウ 「【課題を解決するための手段】 本発明者らは、上記の課題を解決するため鋭意検討を進めた結果、ある種の特定化合物を用いることにより、レンズ加工時に発生する硫黄原子含有物質特有の異臭、悪臭を減少または消失させ得ることを見出して、本発明を完成するに到った。」(段落【0009】)

摘示B-エ 「[実施例1]m-キシリレンジイソシアナート46.5重量部、ペンタエリスリトールテトラキス(チオグリコレート)53.5重量部、ジブチルチンジラウレート0.1%、表1に示す調合香料A0.05%をよく混合し、十分に脱泡した後、この混合物を、離型処理を施したモールド中に注入した。15時間かけて120℃まで昇温したのち120℃で5時間加熱し重合を行った。重合終了後、徐々に冷却し、重合体をモールドより取り出した。得られたレンズは、無色透明で、鼻に近づけても何ら臭気は感じられなかった。
【表1】
(調合香料A)

これを、眼鏡レンズ加工用のエッジャーで切削、研磨したところ、本来有していた硫黄原子含有物質特有の悪臭は殆ど消え失せ、作業者が不快臭を感じることはなかった。
[実施例2]実施例1において、調合香料A0.05%の代わりに、表2に示す調合香料B0.05%を用いて、実施例1と同様にして、レンズを得た。得られたレンズを実施例1と同様に切削研磨したところ、本来有していた硫黄原子含有物質特有の悪臭は、殆ど消え失せ、作業者が不快臭を感じることはなかった。
【表2】
(調合香料B)

[実施例3]m-キシリレンジイソシアナート35.0重量部、1,2-ビス(2-メルカプトエチルチオ)3-メルカプトプロパン32.3重量部、ジブチルチンジクロライド0.01%、調合香料A0.05%、酸性燐酸エステル系内部離型剤ZELECUN(デュポン社製)0.1%をよく混合し、十分に脱泡した後、この混合物をモールド中に注入した。15時間かけて120℃まで昇温したのち120℃で5時間加熱し重合を行った。重合終了後、徐々に冷却し、重合体をモールドより取り出した。得られたレンズは、無色透明で、鼻に近づけても何ら臭気は感じられなかった。
これを、眼鏡レンズ加工用のエッジャーで切削、研磨したところ、本来僅かに有していた硫黄原子含有物質特有の悪臭は全く消え失せていた。」(段落【0024】?【0029】)

摘示B-オ 「【発明の効果】本発明の含硫ウレタン樹脂製レンズは、該樹脂製レンズの切削、研磨等の加工時に、硫黄原子含有物質特有の悪臭、異臭を殆んどないしは全く発生しない。したがって、作業者が不快感を覚えることなく硫黄原子含有レンズの加工を行うことが可能となり、しかも、眼鏡レンズなどの通常装着時には、全く臭気がないので、硫黄原子を含有しない低屈折レンズと全く同様に扱うことができる等の優れた効果を奏する。」(段落【0032】)

(4)刊行物Aに記載された発明
刊行物Aには、摘示A-ア及びウないしエから、「(a)ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド59重量部、(b)m-キシリレンジイソシアネート15重量部、(c)ビス(2-メルカプトエチル)スルフィド20重量部、(d)硫黄6重量部の合計100重量部に触媒としてテトラブロモホスホニウムブロミド0.1重量部、紫外線吸収剤として2-(2-ヒドロキシ-5-tert-オクチルフェニル)ベンゾトリアゾール0.1重量部、抗酸化剤として2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール0.1重量部を混合してなる組成物」が記載されており、当該組成物をレンズ用モールドに注入し、重合硬化させることも記載されている。
ここで、触媒として用いられている「テトラブロモホスホニウムブロミド」は明らかな誤記であると認められ、正しくは摘示A-エにおいて「TBPB:テトラ-n-ブチルホスホニウムブロマイド」と記載されているとおりであると認められる。
そして、これらの各成分中の硫黄原子の含有率を計算すると、(a)ビス(β-エピチオプロピル)スルフィドが約53.9重量%、(c)ビス(2-メルカプトエチル)スルフィドが約62.3重量%、(d)硫黄が100重量%であるから、これらの値から当該組成物中の硫黄原子の含有率は、(53.9×0.59+62.3×0.2+100×0.06)×100/103≒48.8重量%と計算される。
そうすると、刊行物Aには、「(a)ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド59重量部、(b)m-キシリレンジイソシアネート15重量部、(c)ビス(2-メルカプトエチル)スルフィド20重量部、(d)硫黄6重量部の合計100重量部に触媒としてテトラ-n-ブチルホスホニウムブロマイド0.1重量部、紫外線吸収剤として2-(2-ヒドロキシ-5-tert-オクチルフェニル)ベンゾトリアゾール0.1重量部、抗酸化剤として2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール0.1重量部を混合してなる、組成物中の硫黄原子の含有量が48.8重量%である重合硬化させる組成物」の発明(以下、「刊行物発明」という。)が記載されているといえる。

(5)対比
補正発明と刊行物発明とを対比する。
刊行物発明における「重合硬化させる組成物」は、補正発明における「重合性組成物」に相当する。
そして、刊行物発明における組成物中の硫黄原子の含有量は、48.8重量%であって、これは、補正発明における「20重量%以上64重量%以下」の範囲と重複するものである。
そうすると、両者は、「(イ)ビス(β-エピチオプロピル)スルフィドおよび(ハ)硫黄を含む重合性組成物において、該重合性組成物中の硫黄原子の含有率が20重量%以上64重量%以下である重合性組成物。」である点で一致し、以下の相違点で相違する。

<相違点1>
重合性組成物が、補正発明では、組成物中に、「(b)m-キシリレンジイソシアネート」、「(c)ビス(2-メルカプトエチル)スルフィド」、「触媒としてテトラ-n-ブチルホスホニウムブロマイド」、「紫外線吸収剤として2-(2-ヒドロキシ-5-tert-オクチルフェニル)ベンゾトリアゾール」及び「抗酸化剤として2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール」を含むことが特定されていないのに対し、刊行物発明では、その旨特定されている点

<相違点2>
補正発明では、「(ロ)(CH_(3))_(2)C<もしくは(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、アルコールからなる群より選ばれた1種以上の香料を含み、かつ香料の含有量が全組成物中0.001?1.0重量%である」のに対し、刊行物発明では、その点に関し特定されていない点

(6)相違点に対する判断
○相違点1について
刊行物発明は、組成物中に、「(b)m-キシリレンジイソシアネート」、「(c)ビス(2-メルカプトエチル)スルフィド」、「触媒としてテトラ-n-ブチルホスホニウムブロマイド」、「紫外線吸収剤として2-(2-ヒドロキシ-5-tert-オクチルフェニル)ベンゾトリアゾール」及び「抗酸化剤として2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール」を含有するものであるが、これらの成分は何れも補正明細書において含有してもよいと記載されている成分に相当し(「(b)m-キシリレンジイソシアネート」については、段落【0050】、「(c)ビス(2-メルカプトエチル)スルフィド」については、段落【0051】、「触媒としてのテトラ-n-ブチルホスホニウムブロマイド」については、段落【0036】?【0041】並びに「紫外線吸収剤」及び「抗酸化剤」については、段落【0068】)、また補正明細書の実施例15には、テトラブチルホスホニウムブロマイドを含有する具体例が記載されている。そうすると、補正発明の重合性組成物は、上記した補正明細書の記載からみて、これらの添加剤を含み得るものと解されるから、この点は実質的な相違点ではない。

○相違点2について
一般に、レンズ用樹脂あるいは樹脂組成物の技術分野においては、屈折率を高めるために硫黄原子を樹脂中に導入することが試みられ、その結果、レンズの切削、研磨時に硫黄原子含有物質の異臭、悪臭が発生し、作業者等に強い不快感を与えるという課題が存在していたことは、本願出願時において周知の技術事項であると認められる(例えば、特開平5-273401号公報の段落【0003】、特開平5-297201号公報の段落【0003】、特開平6-331801号公報の段落【0004】?【0005】及び特開平11-20036号公報の段落【0004】?【0007】を参照のこと)。
そうすると、刊行物Aにおける光学材料が、中でも眼鏡用プラスチックレンズの用途に好適に使用することができる(摘示A-イ)ものである以上、刊行物発明においても硫黄原子を含有しており、かつレンズの切削、研磨を行うものであることからみて、この発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)であれば、刊行物A中に例え明記されていないとしても、当然に上記した周知の課題を有するものであることがみてとれるということができる。
そして、刊行物Bには、摘示B-アないしオからみて、ウレタン樹脂製ではあるものの、刊行物発明と同様に硫黄原子を含有してなる樹脂製レンズにおいて、モノマー混合物に、香料組成物として、「β-ダマスコン、α-イソメチルイオノン、アセチルセドレン、2-tert-ブチルシクロヘキシルアセテート、4-tert-ブチルシクロヘキシルアセテート、ジメチルベンジルカルビニルアセテート、イソカンフィルシクロヘキサノール、ジメチルオクタノール、テトラヒドロミルセノール、テトラヒドロリナロール、p-tert-ブチル-α-メチルヒドロシンナミックアルデヒド、β-フェニルエチルアルコールからなる群より選ばれる一種または二種以上を40重量%以上の範囲で含有する組成物」を、0.005?0.5重量%の範囲で含有すると、その切削、研磨等の加工時の硫黄原子含有物質特有の異臭、悪臭を減少または消失させることができることが記載されている。
そうであれば、刊行物発明において、斯かる周知の課題を解決することを目的として、香料組成物として、「β-ダマスコン、α-イソメチルイオノン、アセチルセドレン、2-tert-ブチルシクロヘキシルアセテート、4-tert-ブチルシクロヘキシルアセテート、ジメチルベンジルカルビニルアセテート、イソカンフィルシクロヘキサノール、ジメチルオクタノール、テトラヒドロミルセノール、テトラヒドロリナロール、p-tert-ブチル-α-メチルヒドロシンナミックアルデヒドからなる群より選ばれる一種または二種以上を40重量%以上の範囲で含有する組成物」を含有させることは、刊行物Bに記載された事項から、当業者が容易になし得ることであるということができる。
ここで、「β-ダマスコン、α-イソメチルイオノン及びアセチルセドレン」が補正発明における「(CH_(3))_(2)C<で表される骨格を有するケトン」に相当し、「2-tert-ブチルシクロヘキシルアセテート、4-tert-ブチルシクロヘキシルアセテート及びジメチルベンジルカルビニルアセテート」が補正発明における「(CH_(3))_(2)C<で表される骨格を有するエステル」に相当し、「イソカンフィルシクロヘキサノール、ジメチルオクタノール、テトラヒドロミルセノール及びテトラヒドロリナロール」が補正発明における「(CH_(3))_(2)C<で表される骨格を有するアルコール」に相当し、「p-tert-ブチル-α-メチルヒドロシンナミックアルデヒド」が補正発明における「(CH_(3))_(2)C<で表される骨格を有するアルデヒド」に相当することは明らかである。
そして、それ(ら)の配合量について、臭気の低減あるいは消臭効果を確認しつつ、刊行物Bに記載された0.005?0.5重量%の範囲内で最適量に調節することも当業者であれば適宜なし得ることにすぎないということができる。
また、補正発明における、レンズの切削、研磨、穴あけ加工時の臭気を消臭するという効果については、刊行物Bにおける、摘示B-イないしオの記載から当業者であれば予測できるものであると認められるから、補正発明によりもたらされる効果が格別顕著であるとすることもできない。

(7)まとめ
したがって、補正発明は刊行物A及びBに記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、補正発明は特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

4.むすび
以上のとおりであるから、補正事項2及び3を含む本件補正は、特許法第17条の2第4項の規定に違反しており、あるいはそうでないとしても、特許法第17条の2第5項で準用する同法126条第5項の規定に違反しており、同法159条第1項で読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。



第3 原査定の妥当性についての判断

1.本願発明
上記のとおり、本件補正は却下されたので、本願の請求項1?6に係る発明は、平成19年8月9日付け手続補正により補正された明細書(以下、「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定されるとおりのものであり、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
(1)(イ)β-エピチオプロピルチオ基またはβ-エピチオプロピルセレノ基を有する鎖状化合物、分岐化合物、脂肪族環状化合物、芳香族化合物もしくはヘテロ環化合物と(ロ)香料または(2)(イ)と(ロ)および(ハ)硫黄からなる重合性組成物において、該重合性組生物中の硫黄原子の含有率が20重量%以上64重量%以下である重合性組成物。」

2.原査定の拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由である平成18年11月8日付け拒絶理由通知書に記載した理由の概要は、本願の請求項1-6に係る発明は、刊行物1及び刊行物4に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものを含むものである。

3.刊行物1及び4の記載事項及び刊行物1に記載された発明
刊行物1及び4は、上記第2 3.(2)の刊行物A及びBと同じであるから、刊行物1及び4の記載事項及び刊行物1に記載された発明は、上記第2 3.(3)及び(4)に記載したとおりである。
以下、刊行物1に記載された発明を刊行物発明ともいう。

4.対比
本願発明と刊行物発明とを対比する。
本願発明は、上記第2 2.で教示したことからみて、補正発明における、成分(ロ)を「(CH_(3))_(2)C<もしくは(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有する、炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、アルコールからなる群より選ばれた1種以上の香料」から「香料」に拡張し、成分(イ)を「ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド、ビス(β-エピチオプロピル)ジスルフィド、およびビス(β-エピチオプロピル)セレニドからなる群より選ばれた1種以上の化合物」から、「β-エピチオプロピルチオ基またはβ-エピチオプロピルセレノ基を有する鎖状化合物、分岐化合物、脂肪族環状化合物、芳香族化合物もしくはヘテロ環化合物」に拡張し、「香料の含有量が全組成物中0.001?1.0重量%である」との規定を削除した発明に相当する。
そうすると、本願発明は、補正発明を包含するものである。
したがって、補正発明が、上記第2 3.に記載したとおり、刊行物発明及び刊行物Bに記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである以上、本願発明も、同様の理由により、刊行物発明及び刊行物Bに記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。



第4 請求人の主張の検討

1.請求人は、平成18年12月18日に提出した意見書及び平成19年8月9日に提出した意見書において、「1)引用文献1は、特許請求の範囲、段落【0004】、【0005】、【0006】にエピスルフィド化合物に硫黄を添加した光学材料用組成物に関する記載があるが、臭気を防止するための香料を添加することに関する方法および想到できる示唆はありません。
従って、引用文献1から本願発明の効果を想到できないのは明らかであります。
・・・
4)引用文献4は、特許請求の範囲、段落【0001】に含硫ウレタン樹脂製レンズに特定の香料を添加する方法が開示されている。引用文献4の含硫黄ウレタン樹脂は段落【0015】に記載されているようにポリイソシアナートとポリチオールとを反応させた樹脂等であり、本願の(1)(イ)β-エピチオプロピルチオ基またはβ-エピチオプロピルセレノ基を有する鎖状化合物、分岐化合物、脂肪族環状化合物、芳香族化合物もしくはヘテロ環化合物と(ロ)香料または(2)(イ)と(ロ)および(ハ)硫黄からなる重合性組成物において、該重合性組生物中の硫黄原子の含有率が20重量%以上80重量%以下である重合性組成物に関する開示および想到できる示唆もありません。
従って、引用文献4から本願発明を想到できないのは明らかであります。
5)引用文献1、2、3および4の組み合わせについて
本願発明の(1)(イ)β-エピチオプロピルチオ基またはβ-エピチオプロピルセレノ基を有する鎖状化合物、分岐化合物、脂肪族環状化合物、芳香族化合物もしくはヘテロ環化合物と(ロ)香料または(2)(イ)と(ロ)および(ハ)硫黄からなる重合性組成物において、該重合性組生物中の硫黄原子の含有率が20重量%以上80重量%以下である重合性組成物に関して引用文献1及び引用文献2から切削加工時の臭気を防止するために香料を添加することに関す開示および想到できる示唆はありません。
引用文献3及び引用文献4には含硫ウレタン樹脂製レンズに香料を添加する方法が開示されているが、(1)(イ)β-エピチオプロピルチオ基またはβ-エピチオプロピルセレノ基を有する鎖状化合物、分岐化合物、脂肪族環状化合物、芳香族化合物もしくはヘテロ環化合物と(ロ)香料または(2)(イ)と(ロ)および(ハ)硫黄からなる重合性組成物において、該重合性組生物中の硫黄原子の含有率が20重量%以上80重量%以下である重合性組成物に関する記載または示唆は何ら示されておりません。
従って、引用文献1、2、3及び引用文献4の組み合わせによっても本願発明を想到することができないのは明らかであります。」と主張している。
また、請求人は、審判請求書において、「刊行物1は、特許請求の範囲、段落0004、0005、0006にエピスルフィド化合物に硫黄を添加した光学材料用組成物に関する記載があるが、臭気を防止するための香料を添加することに関する方法および想到できる示唆はありません。
従って、刊行物1から本願発明の効果を想到できないのは明らかであります。
・・・
さらに、刊行物3,4で開示されている含硫黄プラスチックレンズはポリイソシアナートとポリチオールからなるチオウレタン樹脂、不飽和結合を有する含硫黄アルコールとポリイソシアナートからなる樹脂に関するものであり、本願のエピスルフィド系樹脂に関する記載は一切無く、刊行物3,4から本願発明の効果を想到できないのは明らかであります。」と主張している。

しかしながら、上記第2 3.(6)で述べたとおり、そもそもレンズ用樹脂あるいは樹脂組成物の技術分野においては、屈折率を高めるために硫黄原子を樹脂中に導入することが試みられ、その結果、レンズの切削、研磨時に硫黄原子含有物質の異臭、悪臭が発生し、作業者等に強い不快感を与えるということは、本願出願時において周知の技術課題であると認められ、その異臭、悪臭の原因は樹脂あるいは樹脂組成物中の硫黄原子の存在に由来するのであって、樹脂中の具体的な構造に基づくものであるとは認められない。
そうすると、刊行物発明に係る重合硬化させる組成物においても、硫黄原子を含有していることから、当該組成物を硬化させて得られたレンズを切削、研磨するに際して、当然に上記した周知の課題を有するものであることは、例え刊行物1中に明記されていないとしても、当業者であれば当然にみてとれる程度のことにすぎないといわざるを得ない。
そして、斯かる課題を解決するに際して、具体的な樹脂の構造は相違するものの、同様に硫黄原子を含有するレンズ用に好適な樹脂に係る発明である刊行物4に記載された発明を刊行物発明に適用できないとする特段の理由ないし根拠も見あたらない。
したがって、上記請求人の主張は採用することができない。

2.請求人は、審判請求書において、「また、刊行物3,4には本願のエピスルフィド対する香料の溶解性は何ら示唆されておらず、これらからエピスルフィドの臭気を防止するために適した香料を見出すことは出来ません。従って、刊行物1,2と刊行物3,4を組み合わせたとしても、本願発明の効果を想到できないのは明らかであります。」と主張している。
また、請求人は、平成22年8月12日に提出した回答書において、「(2)しかし、本願発明者らは、「ビス(β-エピチオプロピル)スルフィド、ビス(β-エピチオプロピル)ジスルフィド、およびビス(β-エピチオプロピル)セレニドからなる群より選ばれた1種以上の化合物」(以下、単に「エピスルフィド基含有化合物」と呼びます)に対する香料の溶解性が不十分の場合、均一にモノマーが混合できず、効果的に臭気が低減できないばかりでなく、出来上がったレンズに白濁や表面荒れが生じ、物性にもばらつきが生じることから(段落[0007])、「1分子中に1個以上のエピスルフィド基を有する化合物を含む重合性組成物を重合硬化して得られる硬化物に対し、効果的に臭気を低減させる香料成分の開発、さらには効果的に作用する香料成分の化学構造を明らかにすること」を課題としています(段落[0005])。
そして、この課題を解決するために、本願発明者らは、本願発明に用いる香料が、香気を有するだけでなく、硫黄および/または1分子中に1個以上のエピスルフィド基を有する化合物に対し良好に溶解するものでなければならないと考えたのです(段落[0007])。
そして、本願発明者らは、「エピスルフィド基含有化合物」に対し良好に溶解する化学構造について鋭意研究を重ねた結果、香料として、
(a)炭化水素、アルデヒド、ケトン、エステル、アルコールの中でも特に、(CH_(3))_(2)C<もしくは(CH_(3))_(2)C=で表される骨格を有するもの、
(b)アルデヒド、ケトン、エステル、およびアルコールの中でも特に、γ位炭素が環状骨格を構成しているもの、又はアルコールのエステル化物の中でも特にγ位炭素が環状骨格を構成しているもの
(c)炭素数が4?20である環状ケトン骨格または環状エステル骨格を有する化合物
からなる群より選ばれた1種以上が、「エピスルフィド基含有化合物」に対して良好な溶解性を示すことを見出したのです。
このように、本願発明は、「エピスルフィド基含有化合物」に対し、良好な溶解性を示す香料を見出すことによってなされたものです。
これに対し、刊行物3,4には、審査官が指摘するように、本願発明で用いる香料と同一の物質が記載されています(例えば刊行物4の請求項2)。
しかし、刊行物3,4には、「エピスルフィド基含有化合物」に対する香料の溶解性について何らの記載も示唆もされておりません。
従って、刊行物3,4には、硫黄含有化合物に香料を添加することが記載されているものの、当業者が、刊行物3,4に記載された香料を、刊行物1,2に記載のエピスルフィド化合物に添加しようとする動機づけが記載されているとは言えないと思料します。
(3)また、審査官は、刊行物1,2のエピスルフィド化合物も、刊行物3,4に記載の硫黄原子含有化合物も同じ硫黄含有化合物と捉え、それゆえ、刊行物1,2のエピスルフィド化合物に刊行物3,4に記載の香料を適用することは当業者が容易に想到し得たと考えているものと思料します。
しかし、上述したように、本願発明は、「エピスルフィド基含有化合物」に対して「良好な溶解性」を示す香料の開発を見出すことによってなされたものであり、この「良好な溶解性」は、「硫黄含有化合物」という漠然とした概念に対して一概に言えるものではありません。即ち、溶解性は、添加する化合物の化学構造に依存するものであり、本願発明で用いる硫黄含有化合物と刊行物3,4に記載の硫黄含有化合物の具体的な化学構造が全く異なる場合には、それらの硫黄含有化合物に対する香料の溶解性も一般的には異なり、当業者もそのように考えるものと思料します。従って、溶解性に関しては、本願発明で用いる硫黄含有化合物と刊行物3,4に記載の硫黄含有化合物の具体的な化学構造が全く異なる場合には、刊行物1,2のエピスルフィド化合物も、刊行物3,4に記載の硫黄原子含有化合物も同じ硫黄含有化合物と捉えることは適切ではないものと思料します。
そこで、本願発明で用いる硫黄含有化合物と刊行物3,4に記載の硫黄含有化合物の具体的な化学構造について検討します。
まず本願発明に用いられる「エピスルフィド基含有化合物」は、下記の構造を有しています(本願請求項1)。
【化1】

これに対し、刊行物3、4に記載されている硫黄含有化合物は例えば下記の構造を有しています。
【化2】

このように、本願発明で用いる「エピスルフィド基含有化合物」は、3員環のエピスルフィド基を有するのに対し、刊行物3,4に記載の硫黄含有化合物はこのような3員環のエピスルフィド基を有しておらず、両者は、全く異なる構造を有するものです。従って、仮に、刊行物3,4に、硫黄含有化合物に対する香料の溶解性について言及がなされていたとしても、その香料の溶解性というのは、あくまでも刊行物3,4に記載の硫黄含有化合物に対するものであって、「エピスルフィド基含有化合物」に対するものではありません。従って、「エピスルフィド基含有化合物」に対して良好な溶解性を示す香料を用いることによって効果的に臭気を低減するという本願発明の課題を解決するために、刊行物3,4に記載の香料を、直ちに、刊行物1,2に記載のエピスルフィド化合物に適用することは当業者であっても容易に想到し得たものではないと思料します。
ましてや、実際には、刊行物3,4には、硫黄含有化合物に対する香料の溶解性について何ら言及がなされていないのですから、なおさら、刊行物3,4に記載の香料を、直ちに、刊行物1,2に記載のエピスルフィド化合物に適用することは当業者であっても容易に想到し得たとは言えないものと思料します。」と主張している。

しかしながら、刊行物4に記載された香料を刊行物1の樹脂に適用することについては、上記第2 3.(6)及び上記第4 1.で述べたとおりであるし、配合しようとする樹脂に対して添加剤の溶解性を考慮することはレンズの技術分野に限らず当業者であれば当然に考慮する程度のことにすぎない。
また、本願明細書には香料の溶解性を測定した具体的な記載はないから、「エピスルフィド基含有化合物」に対して「上記(a)、(b)及び(c)という構造を有する香料」が顕著な溶解性を示すことが確認されているとはいえないし、そもそも、「エピスルフィド基含有化合物」が香料との相溶性に特に難があったと解する根拠も見あたらない。
また、請求人は、本願発明は「エピスルフィド基含有化合物」に対して良好な溶解性を示す香料を見いだしたことによって優れた臭気低減効果を実現したものである旨主張するが、本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識からみて、本願発明の臭気低減効果は、香料の溶解性のみに応じて決まるものではなく、たとえば香料の添加量によっても所望のとおり適宜調整し得るものと解されるから、例え本願明細書に記載の実施例で示された臭気低減効果が優れたものであるとしても、それが香料の溶解性に起因して実現されたものであると直ちに認めることはできない。
また、本願発明の組成物は、刊行物4に記載された組成物よりも、臭気低減の度合いが顕著であると解する理由もない。
そうすると、本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識を考慮しても、「エピスルフィド基含有化合物」と「上記(a)、(b)及び(c)という構造を有する香料」との組み合わせに溶解性の点で選択的な意味を認めることはできず、本願発明の効果は刊行物4の記載から当然に予測し得る範囲内のものであると解するのが相当である。
よって、上記請求人の主張は採用できない。

3.請求人は、平成22年8月12日に提出した回答書において、「(4)さらに、刊行物3,4に記載の硫黄含有化合物は、下記構造を有するジイソシアナートとともに用いられます(例えば刊行物3の段落[0017]、刊行物4の[0024])。
【化3】

しかし、上記のジイソシアナートは窒素原子を含有しており、この窒素原子は、硫黄とは別の臭気の原因となり得るものです。
このため、当業者であれば、硫黄の臭気を抑えるだけでなく、窒素の臭気をも抑えようとするはずです。そうすると、そのために用いられる香料としては、硫黄による臭気と、窒素による臭気を消すのに適したものが選ばれるものと思料します。従って、刊行物3,4で用いられた香料を、直ちに、硫黄原子を含有し窒素原子は含有しない「エピスルフィド基含有化合物」の臭気を消すために用いることは当業者であっても容易に想到し得たものではないと思料します。」と主張している。

しかしながら、刊行物4には窒素原子に由来する臭気について記載されていないことから請求人の主張に根拠は見あたらないし、仮に請求人の主張のとおり、刊行物4の香料が硫黄による臭気と、窒素による臭気の両方を消すのに適したものが選ばれているとしても、少なくとも硫黄による臭気については効果が認められているのであるから、斯かる香料を硫黄による臭気を消すために用いることを何ら阻害するものではない。
したがって、上記請求人の主張は採用することができない。



第5 むすび

以上のとおり、本願発明、すなわち、平成19年8月9日付け手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、刊行物1及び4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について更に検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-03-17 
結審通知日 2011-03-18 
審決日 2011-03-30 
出願番号 特願2002-284080(P2002-284080)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C08G)
P 1 8・ 57- Z (C08G)
P 1 8・ 575- Z (C08G)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐々木 秀次  
特許庁審判長 小林 均
特許庁審判官 小野寺 務
内田 靖恵
発明の名称 重合性組成物  
代理人 森村 靖男  
代理人 永井 隆  
代理人 青木 博昭  

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