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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C10M
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C10M
管理番号 1238014
審判番号 不服2008-10449  
総通号数 139 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-04-24 
確定日 2011-06-08 
事件の表示 平成10年特許願第89337号「さび止め油組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成11年9月28日出願公開、特開平11-263992〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成10年3月18日の出願であって、平成19年3月7日付けの拒絶理由通知に対して、指定期間内の平成19年4月17日付けで意見書の提出とともに手続補正がなされたが、平成20年3月13日付けで拒絶査定がなされ、その後、平成20年4月24日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、平成20年5月23日付けで手続補正がなされ、平成22年9月6日付けの審尋に対して、指定期間内の平成22年10月26日に回答書の提出がなされたものである。

2.平成20年5月23日付け手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成20年5月23日付け手続補正を却下する。

[理由]
(1)補正の内容
平成20年5月23日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)は、補正前の請求項1に記載された「(B-1)脂肪酸、二塩基酸、二塩基酸の部分エステル、樹脂酸、ラノリン脂肪酸、アミノ酸誘導体および酸化ワックスの中から選ばれる少なくとも1種の有機酸」という発明特定事項を、補正後の請求項1において「(B-1)脂肪酸、二塩基酸、二塩基酸の部分エステル、樹脂酸、ラノリン脂肪酸および酸化ワックスの中から選ばれる少なくとも1種の有機酸」に改める補正を含むものである。
そして、これにより補正前の「有機酸」の選択肢から「アミノ酸誘導体」が削除されたので、当該補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮(第三十6条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とするものに該当する。
そこで、補正後の請求項1に記載されている事項により特定される発明(以下、「補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か(同法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか否か)について検討する。

(2)引用文献及びその記載事項
刊行物1:特開昭56-141395号公報(原査定の「引用文献3」に同じ。)
刊行物2:特開平1-311194号公報(原査定の「引用文献5」に同じ。)
刊行物3:特開平9-279368号公報
刊行物4:特開平7-97589号公報
刊行物5:実願平4-34767号(実開平5-94255号)のCD-ROM(原査定の「引用文献6」に同じ。)

上記刊行物1には、次の記載がある。
摘記1a:特許請求の範囲の欄
「(A)ナフテン酸とポリアミンとの反応生成物0.003?3.0重量%、および(B)芳香族アミンおよびアルキルフエノールより成る群より選ばれる少なくとも1種の酸化防止剤0.01?3.0重量%を含有する動粘度10?10,000cst(40℃)、粘度指数80以上を有する精製鉱油からなることを特徴とする産業機械用すべり軸受潤滑油。」

摘記1b:第1頁右下欄第13行?第2頁右上欄第15行
「従来、このような産業機械のすべり軸受潤滑油としては、溶剤精製した鉱油に酸化防止剤、さび止め剤、あわ消し剤などを添加した、いわゆるR&Oタイプの潤滑油が使用されており、酸化防止剤としては、アルキルフエノール類、例えば2,6-ジ-t-ブチル-p-クレゾール(DBPC)や芳香族アミン類、例えばフエニル-α-ナフチルアミンなどが、またさび止め剤としては、アルケニルこはく酸あるいはアルケニルこはく酸とアルキレンオキサイドとの部分エステルが用いられている。しかしながら、これらR&Oタイプの潤滑油を使用している産業機械においては、外部から混入するゴミや異物、微量の酸化生成物、あるいはさび止め剤からの金属塩などの不溶分が、弁、潤滑油タンクあるいは配管などに粘着物として析出し、またこれが軸受を損傷させるというトラブルがある。…
本発明の目的は、産業機械の使用中に発生する粘着物、夾雑物を処理する機能を有し、さらに泡、さびの発生を防ぐすべり軸受潤滑油を提供することにある。
上記本発明の目的は、
(A)ナフテン酸とポリアミンとの反応生成物0.003?3.0重量%、および
(B)芳香族アミンおよびアルキルフエノールより成る群より選ばれる少なくとも1種の酸化防止剤0.01?3.0重量%
を含有する動粘度10?10,000cst(40℃)、粘度指数90以上を有する精製鉱油からなることを特徴とする産業機械用すべり軸受潤滑油により達成される。」

摘記1c:第4頁右下欄第11行?第5頁左上欄第1行
「本発明によるすべり軸受潤滑油は、産業機械の使用中に発生する粘着物、夾雑物を処理する機能においてすぐれており、圧延機のロールネツク、コンプレツサー、タービン、ポンプ、ギアボツクスなどのすべり軸受部分の潤滑に適したものであり、特にタービンのすべり軸受潤滑油として好ましい性能を有するものである。」

摘記1d:第5頁右上欄第1行?左下欄第5行
「合成例(i)
ナフテン酸(酸価200mgKOH/g)400gとトリエチレンテトラミン146gとを200℃において6時間反応させ、反応混合物からろ過により少量のスラツジを除去し生成物を得た。…
日本石油(株)製FBKタービン油56
動粘度(40℃) 55.3cst
粘度指数 102
いおう分 0.01重量%
クロマト分別芳香族含有量 8.9重量%」

摘記1e:第6頁の表




上記刊行物2には、次の記載がある。
摘記2a:請求項1
「(A)40℃における動粘度が1.0?500cSt,アニリン点が90℃以上であり、かつ流動点が-20℃以下である鉱油に、(B)防錆添加剤を配合することを特徴とする防錆油組成物。」

摘記2b:第2頁右上欄第1?3行
「動粘度が1.0cSt未満のものでは、防錆能が劣り、一方500sStを超えるものでは、粘性が大きすぎて取り扱いが困難となる。」

摘記2c:第2頁右下欄第4行?第3頁左上欄第12行
「本発明の防錆油組成物は、上記性状の鉱油を(A)成分として、これに(B)成分である防錆添加剤を配合することによって構成される。ここで配合できる防錆添加剤としては、…アミン塩(カルボン酸とアミンとの反応生成物)等のカルボン酸塩、多価アルコールのカルボン酸部分エステル(ソルビタンの高級脂肪酸エステル,ペンタエリスリトールの高級脂肪酸エステルなど),…アミン化合物あるいはそれらの誘導体を広くあげることができる。
本発明の防錆油組成物において、上記防錆添加剤の配合割合は特に制限はないが、一般には組成物全体の0.1?50重量%、好ましくは1?30重量%(特にペトロラタムタイプの場合)、さらに好ましくは2?20重量%(特にオイルタイプの場合)である。
本発明の防錆油組成物は、…ZnDTP(ジチオリン酸亜鉛)などの…極圧剤等を適量配合することも有効である。」

摘記2d:第3頁第1表?第4頁第2表
「第1表(鉱油系基油の性状)…
基油の種類 \ 性状 40℃の動粘度(cSt) …
深脱ロウ基油(1)*3 50 …




摘記2e:第4頁左下欄第10?14行
「〔発明の効果〕
叙上の如く、本発明の防錆油組成物は、夏期,冬期を問わず良好な防錆性ならびにゴムシール性を有し、各種の防錆油…として有効に利用される。」

上記刊行物3には、次の記載がある。
摘記3a:段落0027
「さび止め剤組成物の塗布、除去等の作業性の点から、通常、40℃での動粘度の上限値は、500mm^(2)/s、…特に好ましくは80mm^(2)/sである。…さび止め剤組成物の膜厚の維持および引火性を特に問題とする場合には、40℃での動粘度の下限値は、好ましくは0.7mm^(2)/s…である。」

摘記3b:段落0038
「本発明の(C)成分として使用できるさび止め添加剤としては、…脂肪酸、ナフテン酸、樹脂酸、ラノリン脂肪酸、アルケニルコハク酸、アミノ酸誘導体、酸化ワックス等のカルボン酸の…アミン塩(モノアミン塩、牛脂アミン塩、ポリアミン塩、アルカノールアミン塩等)に代表されるカルボン酸塩類;…グリセリン、ペンタエリスリトール、ソルビトール、しょ糖等の多価アルコールとラウリン酸、オレイン酸等のカルボン酸とのエステル(部分エステルを含む)に代表されるエステル類;…などが例示される。」

摘記3c:段落0059
「アミンとしては、…モノメチルアミン、…トリプロピルアミンなど、炭素数1?3のアルキル基を有するアルキルアミン;モノメタノールアミン、…トリプロパノールアミンなど、炭素数1?3のアルカノール基を有するアルカノールアミン;などが挙げられる。」

摘記3d:段落0084
「(C)成分…F:ソルビタンモノオレエート」

上記刊行物4には、次の記載がある。
摘記4a:段落0059?0060及び0062?0065
「酸化防止剤としては、…アミン系酸化防止剤、…フェノール系酸化防止剤、…を使用するとよい。…酸化防止剤の使用割合は、冷凍機油に対して0.001?5重量%…を使用するとよい。…
腐食防止剤としては…ソルビタンオレート、ペンタエリスリット・オレート…等があり、その使用割合は冷凍機油に対して0.01?1.0重量%…使用するとよい。…
金属不活性化剤としては、…チアジアゾール誘導体、…を使用してもよく、その使用割合は、基油に対して0.01重量%?10重量%…を使用するとよい。…
防錆剤…の使用割合は0.01重量%?10重量%…を使用するとよい。
…本発明の冷凍機油組成物の粘度範囲は、40℃において…好ましくは20?480mm^(2)/sである。
冷凍機油、例えば冷蔵庫用としては40℃における粘度が10mm^(2)/s?40mm^(2)/sであり、…カーエアコンにおける冷凍機用冷凍機油としては…レシプロタイプのコンプレッサーにおいては40mm^(2)/s?120mm^(2)/s…の粘度範囲のものが好適に使用される。」

上記刊行物5には、次の記載がある。
摘記5a:請求項4
「前記防錆剤が、ステアリン酸,オレイン酸等の高級脂肪酸のアミン塩であることを特徴とする請求項1記載の冷媒圧縮機用潤滑油。」

(3)刊行物1に記載された発明
摘記1aの「(A)ナフテン酸とポリアミンとの反応生成物0.003?3.0重量%、および(B)芳香族アミンおよびアルキルフエノールより成る群より選ばれる少なくとも1種の酸化防止剤0.01?3.0重量%を含有する動粘度10?10,000cst(40℃)、粘度指数80以上を有する精製鉱油からなることを特徴とする産業機械用すべり軸受潤滑油。」との記載、摘記1bの「さび止め剤からの金属塩などの不溶分が、弁、潤滑油タンクあるいは配管などに粘着物として析出し、またこれが軸受を損傷させるというトラブルがある。…本発明の目的は、産業機械の使用中に発生する粘着物、夾雑物を処理する機能を有し、さらに泡、さびの発生を防ぐすべり軸受潤滑油を提供することにある。」との記載、摘記1cの「本発明によるすべり軸受潤滑油は、…コンプレツサーのすべり軸受部分の潤滑に適したもの」との記載、摘記1dの「合成例(i) ナフテン酸(酸価200mgKOH/g)400gとトリエチレンテトラミン146gとを200℃において6時間反応させ、反応混合物からろ過により少量のスラツジを除去し生成物を得た。…日本石油(株)製FBKタービン油56 動粘度(40℃)55.3cst」との記載、摘記1eの実施例4において、(A)成分として「合成例(i)の化合物」を2.5重量%と、(B)成分として「4,4’-チオビス(2,6-ジ-t-ブチルフエノール)」を0.9重量%と、精製鉱油(FBKタービン油56)を残部の割合で使用したものが記載されていること、及び当該「実施例4」の残部が96.6重量%と計算されることからみて、刊行物1には、
『(A)ナフテン酸とポリアミン(トリエチレンテトラミン)との反応生成物2.5重量%、(B)酸化防止剤〔4,4’-チオビス(2,6-ジ-t-ブチルフエノール)〕0.9重量%、動粘度55.3cst(40℃)を有する精製鉱油96.6重量%からなるさびの発生を防ぐコンプレッサーのすべり軸受部分の潤滑に適した潤滑油。』についての発明(以下、「刊1発明」という。)が記載されている。

(4)対比
補正発明と刊1発明とを対比すると、
刊1発明の「動粘度55.3cst(40℃)を有する精製鉱油96.6重量%」は、当該「精製鉱油」が「鉱油」であることから、補正発明の「組成物全量基準で(A)鉱油および/または合成油の中から選ばれる少なくとも1種の基油を50?99質量%」に相当し、
刊1発明の「(A)ナフテン酸とポリアミン(トリエチレンテトラミン)との反応生成物2.5重量%」は、補正後の本願明細書の段落0010の「(B-1)でいう有機酸としては、…ナフテン酸、…等が挙げられる」との記載、及び同段落0014の「上記ポリアミンとしては、…トリエチレンテトラミン…等のアルキレンポリアミン」との記載からみて、補正発明の「少なくとも1種の有機酸と、…少なくとも1種のアミンとのアミン塩…から選ばれる少なくとも1種のさび止め添加剤を2?20重量%」に相当し、
刊1発明の「(B)酸化防止剤〔4,4’-チオビス(2,6-ジ-t-ブチルフエノール)〕0.9重量%」は、補正後の本願明細書の段落0018の「(C)…上記フェノール系酸化防止剤としては、…4,4’-ビス(2,6-ジ-tert-ブチルフェノール)、…等が挙げられる。」との記載からみて、補正発明の「(C)フェノール系酸化防止剤及びアミン系酸化防止剤の中から選ばれる少なくとも1種の酸化防止剤を組成物全量基準で0.01?5質量%」に相当し、かつ、補正発明の「(C)…酸化防止剤…および/または(D)…腐食防止剤」のうち、(C)成分のみを含む場合に相当し、
刊1発明の「さびの発生を防ぐコンプレッサーのすべり軸受部分の潤滑に適した潤滑油」は、摘記4aの「カーエアコンにおける冷凍機用冷凍機油としては…レシプロタイプのコンプレッサー」との記載からみて、当該「コンプレッサー」が冷凍サイクルシステムの産業機械を意味していることは自明であり、一般に樹脂製部品などの非金属製部品に錆が発生しないのは常識であることからみて、当該「さびの発生を防ぐ」という防錆の対象が当該「コンプレッサー」に組み込まれている「金属製部品」であることも自明あって、なおかつ、当該「潤滑油」が(A)成分と(B)成分と精製精油の三成分のみからなる「組成物」の形態にあることから、補正発明の「冷凍サイクルシステムに組み込まれる金属製部品用であるさび止め油組成物」に相当する。
してみると、補正発明と刊1発明は、
『組成物全量基準で(A)鉱油から選ばれる少なくとも1種の基油を96.6質量%と、(B)(B-1)少なくとも1種の有機酸と、少なくとも1種のアミンとのアミン塩から選ばれる少なくとも1種のさび止め添加剤を2.5重量%と、(C)フェノール系酸化防止剤から選ばれる少なくとも1種の酸化防止剤を組成物全量基準で0.9質量%とを含有し、冷凍サイクルシステムに組み込まれる金属製部品用であるさび止め油組成物。』である点において一致し、
(α)組成物の40℃での動粘度が、補正発明においては「1.5?50mm^(2)/s」であるのに対して、刊1発明においては組成物としての動粘度が不明である点、
(β)組成物の金属元素の総含有量が、補正発明においては「0.1%未満」であるのに対して、刊1発明においては金属元素の総含有量が不明である点、
(γ)さび止め添加剤が、補正発明においては「(B)(B-1)脂肪酸、二塩基酸、二塩基酸の部分エステル、樹脂酸、ラノリン脂肪酸および酸化ワックスの中から選ばれる少なくとも1種の有機酸と、アルキルアミン、モノビニルアミン、ジビニルアミン、トリビニルアミン、アルケニルアミン、芳香族置換アルキルアミンおよびアルカノールアミンの中から選ばれる少なくとも1種のアミンとのアミン塩および(B-2)ジオール、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、トリメチロールブタン、ペンタエリスリトール、ソルビタンおよびソルビトールの中から選ばれる少なくとも1種の多価アルコールの部分エステルの中から選ばれる少なくとも1種」であるのに対して、刊1発明においては「ナフテン酸とポリアミン(トリエチレンテトラミン)との反応生成物」である点、
の3つの点において相違している。

(5)判断
上記(α)?(γ)の相違点について検討する。

上記(α)の相違点について、動粘度の単位系の換算が1cSt=1mm^(2)/sとなることは技術常識にすぎないところ、摘記1aの「動粘度10?10,000cst(40℃)…を有する精製鉱油」との記載にあるように、刊行物1に記載された発明は、その主要部分を占める基油として動粘度10?50cSt(40℃)の精製鉱油を用いる場合をも包含するものであって、その組成物全体の動粘度としては、補正発明の「40℃での動粘度が1.5?50mm^(2)/s」という数値範囲と実質的に重複するものと解するのが自然であるから、この点について実質的な差異はない。
また、摘記3aの「さび止め剤組成物の塗布、除去等の作業性の点から、通常、40℃での動粘度の上限値は…特に好ましくは80mm^(2)/sである。…40℃での動粘度の下限値は、好ましくは0.7mm^(2)/s…である。」との記載、及び摘記4aの「冷凍機油、例えば冷蔵庫用としては40℃における粘度が10mm^(2)/s?40mm^(2)/sであり、…カーエアコンにおける冷凍機用冷凍機油としては…レシプロタイプのコンプレッサーにおいては40mm^(2)/s?120mm^(2)/s…の粘度範囲のものが好適に使用される。」との記載からみて、さび止め油組成物の動粘度の数値範囲の最適化は当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲内のことにすぎず、補正発明の「40℃での動粘度が1.5?50mm^(2)/s」という数値範囲を設定することに、格別の創意工夫を要したとは認められない。

上記(β)の相違点について、刊1発明は、特定のナフテン酸とポリアミンとの反応生成物と、特定の酸化防止剤と、特定の精製鉱油の三成分のみからなるさびの発生を防ぐ潤滑油に関するものであるところ、これら三成分には組成物の金属元素の総含有量が0.1%以上になるような成分が存在しないので、刊1発明は、補正発明の「0.1%未満」という数値範囲を満たすものと解するのが自然であり、この点について実質的な差異はない。
また、摘記1bの「さび止め剤からの金属塩などの不溶分が、弁、潤滑油タンクあるいは配管などに粘着物として析出し、またこれが軸受を損傷させるというトラブルがある。」との記載からみて、金属塩などの不溶分を生じる「さび止め剤」が「配管」などの構成部品に対して「トラブル」を生じることは、当業者にとって周知ないし公知の技術事項にすぎないものと認められるところ、当該「トラブル」の原因物質である金属元素の総含有量を削減することは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲内のことにすぎず、補正発明の「0.1%未満」という数値範囲を設定することに、格別の創意工夫を要したとは認められない。

上記(γ)の相違点について、摘記2cの「防錆添加剤としては、…アミン塩(カルボン酸とアミンとの反応生成物)等のカルボン酸塩、多価アルコールのカルボン酸部分エステル(ソルビタンの高級脂肪酸エステル,ペンタエリスリトールの高級脂肪酸エステルなど)」との記載、摘記2dの「ソルビタンモノオレート」との記載、摘記3bの「(C)成分として使用できるさび止め添加剤としては、…脂肪酸、ナフテン酸、樹脂酸、ラノリン脂肪酸、アルケニルコハク酸、アミノ酸誘導体、酸化ワックス等のカルボン酸の…アミン塩(モノアミン塩、牛脂アミン塩、ポリアミン塩、アルカノールアミン塩等)に代表されるカルボン酸塩類;…ペンタエリスリトール、ソルビトール、…等の多価アルコールと…オレイン酸等のカルボン酸とのエステル(部分エステルを含む)に代表されるエステル類;…などが例示される。」との記載、摘記3cの「アミンとしては、…アルキルアミン;…アルカノールアミン;などが挙げられる。」との記載、摘記3dの「ソルビタンモノオレエート」との記載、摘記4aの「腐蝕防止剤としては…ソルビタンオレート、ペンタエリスリット・オレート…等」との記載、及び摘記5aの「前記防錆剤が、ステアリン酸,オレイン酸等の高級脂肪酸のアミン塩である…冷媒圧縮機用潤滑油。」との記載からみて、補正発明の「(B)(B-1)脂肪酸、…樹脂酸、ラノリン脂肪酸および酸化ワックスの中から選ばれる少なくとも1種の有機酸と、アルキルアミン、…およびアルカノールアミンの中から選ばれる少なくとも1種のアミンとのアミン塩および(B-2)…ペンタエリスリトール、ソルビタンおよびソルビトールの中から選ばれる少なくとも1種の多価アルコールの部分エステルの中から選ばれる少なくとも1種のさび止め添加剤」は、さび止め油組成物に用いられるさび止め剤として周知ないし公知のものであると認められ、なおかつ、摘記3bの「脂肪酸、ナフテン酸、樹脂酸、ラノリン脂肪酸、…酸化ワックス等のカルボン酸」との記載からみて、刊1発明の「ナフテン酸」と補正発明の「脂肪酸、…樹脂酸、ラノリン脂肪酸および酸化ワックスの中から選ばれる少なくとも1種の有機酸」とは、さび止め添加剤を構成する有機酸として均等なものであることも知られていたものと認められる。
そして、摘記1bの「さび止め剤からの金属塩などの不溶分が…配管などに粘着物として析出し…トラブルがある。」との記載からみて、これら周知ないし公知のさび止め剤のうち金属塩などの不溶分を生じないアミン塩等を選択して採用することは、刊行物1に記載された発明において必然的なことであり、刊1発明の「ナフテン酸とポリアミン(トリエチレンテトラミン)との反応生成物」に代えて、当該周知ないし公知のさび止め剤を採用することに、格別の創意工夫を要したとは認められない。

次に、補正発明に格別予想外の効果があるか否かについて検討する。
補正後の本願明細書の段落0010の「(B-1)でいう有機酸としては、…カルボン酸としては、脂肪酸、…ナフテン酸、樹脂酸、ラノリン脂肪酸、…酸化ワックス等があがられるが、この中でも脂肪酸…が好ましい。」との記載、及び同段落0013の「(B-1)成分は…アミンとしては、モノアミン、ポリアミン、アルカノールアミン等が挙げられる。」との記載によっては、刊1発明のナフテン酸とポリアミンからなるアミン塩に比して、補正発明の(B-1)樹脂酸、ラノリン脂肪酸および酸化ワックスの中から選ばれる有機酸と、モノビニルアミン、ジビニルアミン、トリビニルアミン、アルケニルアミン、芳香族置換アルキルアミンおよびアルカノールアミンから選ばれるアミンとのアミン塩の方が好ましいという選択的な効果を看取することはできない。
また、刊行物2及び3の実施例で使用されている「ソルビタンモノオレート」等の周知慣用のさび止め剤に比して、補正発明の一群のさび止め添加剤の各々が、優れた選択的な効果を奏し得ることを裏付ける比較実験データも示されておらず、補正後の本願明細書の段落0029の表2の比較実験データを参酌しても、「さび止め性能(日数)」の項目がまちまちであるため客観的な比較を厳密になし得ないが、例えば、比較例1の結果は、その評価が全てAであり、その日数を3日間から18日間に延長したとしても、その実施例9のものよりも優れた効果を期待し得るものである。
そして、摘記1bの「さび止め剤からの金属塩などの不溶分が、弁、潤滑油タンクあるいは配管などに粘着物として析出し、またこれが軸受を損傷させるというトラブルがある。…本発明の目的は、産業機械の使用中に発生する粘着物、夾雑物を処理する機能を有し、さらに泡、さびの発生を防ぐすべり軸受潤滑油を提供することにある。」との記載からみて、補正後の本願明細書の段落0030の「表1、2からも明らかなとおり、本発明に係る実施例1?9のさび止め油組成物は、さび止め性に優れるだけでなく…キャピラリ閉塞などの問題を引き起こさないことが分かる。」という効果が、当業者にとって格別予想外のものであるとは認められない。

したがって、補正発明は、刊行物1?5に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

(6)まとめ
以上総括するに、上記請求項1についての補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、その余のことを検討するまでもなく、本件補正は、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について
(1)本願発明
平成20年5月23日付け手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?3に係る発明は、平成19年4月17日付けの手続補正により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定されるとおりのものである。

(2)原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、『この出願については、平成19年3月7日付け拒絶理由通知書に記載した理由2によって、拒絶をすべきものです。』というものであって、原査定の備考欄には、『少なくとも本願請求項1,2に係る発明は、依然として、先の拒絶理由通知で引用した引用文献5ないし7に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。』との指摘がなされている。
そして、平成19年3月7日付けの拒絶理由通知書には、理由2として、『この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。』という理由が示され、当該「下記の刊行物」として、上記2.(2)に示したとおりの刊行物2(特開平1-311194号公報)が「引用文献5」として提示されている。

(3)刊行物2及びその記載事項
原査定の拒絶の理由に「引用文献5」として引用された本願出願日前に頒布された刊行物である刊行物2及びその記載事項は、上記2.(2)に示したとおりである。

(4)刊行物2に記載された発明
摘記2aの「(A)40℃における動粘度が1.0?500cSt…である鉱油に、(B)防錆添加剤を配合する…防錆油組成物。」との記載、摘記2cの「配合できる防錆添加剤としては、…アミン塩(カルボン酸とアミンとの反応生成物)等のカルボン酸塩、多価アルコールのカルボン酸部分エステル(ソルビタンの高級脂肪酸エステル,ペンタエリスリトールの高級脂肪酸エステルなど),…アミン化合物あるいはそれらの誘導体を広くあげることができる。…防錆添加剤の配合割合は…組成物全体の0.1?50重量%、…好ましくは2?20重量%(特にオイルタイプの場合)…ZnDTP(ジチオリン酸亜鉛)」との記載、及び摘記2dの「実施例3」が、A成分として40℃の動粘度50cStの「深脱ロウ基油(1)」を93重量%、B成分として「Baスルホネート」を3重量部と「ソルビタンモノオレート」を3重量%、極圧剤等としてZnDTP(ジチオリン酸亜鉛)を1重量%を配合してなる防錆油組成物であることからみて、刊行物2には、
『(A)40℃における動粘度が1.0?500cStである鉱油に、(B)アミン塩(カルボン酸とアミンとの反応生成物)等のカルボン酸塩、多価アルコールのカルボン酸部分エステル(具体的には、実施例3において「ソルビタンモノオレート」を使用。)などの防錆添加剤を組成物全体の2?20重量%の配合割合で配合する防錆油組成物。』についての発明(以下、「刊2発明」という。)が記載されている。

(5)対比
本願請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)と刊2発明とを対比すると、
刊2発明の「(A)40℃における動粘度が1.0?500cStである鉱油」は、組成物全体の2?20重量%の配合割合で配合される防錆添加剤の残部、すなわち、80?98重量%の配合割合で配合されるものと解され、摘記2dの「実施例3」においても、基油として93重量%の配合割合で配合されているものであるから、本願発明の「組成物全量基準で(A)鉱油および/または合成油の中から選ばれる少なくとも1種の基油を50?99質量%含有する」に相当し、
刊2発明の「(B)アミン塩(カルボン酸とアミンとの反応生成物)等のカルボン酸塩、多価アルコールのカルボン酸部分エステル(具体的には、実施例3において「ソルビタンモノオレート」を使用。)などの防錆添加剤を組成物全体の2?20重量%の配合割合で配合する」は、当該「カルボン酸」が「有機酸」の一種であることは明らかであり、本願明細書の段落0026の「B2:ソルビタンモノオレート」との記載からみて、当該「ソルビタンモノオレート」が「ソルビタン」とオレイン酸とのエステルであることも明らかであるから、本願発明の「組成物全量基準で…(B)(B-1)…少なくとも1種の有機酸と、…少なくとも1種のアミンとのアミン塩および(B-2)…ソルビタン…から選ばれる少なくとも1種の多価アルコールの部分エステルの中から選ばれる少なくとも1種のさび止め添加剤を2?20重量%含有してなる」に相当し、
刊2発明の「防錆油組成物」は、本願発明の「さび止め油組成物」に相当する。
してみると、本願発明と刊2発明は、『組成物全量基準で(A)鉱油および/または合成油の中から選ばれる少なくとも1種の基油を50?99質量%含有すると共に、(B)(B-1)少なくとも1種の有機酸と、少なくとも1種のアミンとのアミン塩および(B-2ソルビタンから選ばれる少なくとも1種の多価アルコールの部分エステルの中から選ばれる少なくとも1種のさび止め添加剤を2?20重量%含有してなるさび止め油組成物。」である点において一致し、
(α’)組成物の40℃での動粘度が、補正発明においては「1.5?50mm^(2)/s」であるのに対して、刊2発明においては組成物としての動粘度が不明である点、
(β’)組成物の金属元素の総含有量が、補正発明においては「0.1%未満」であるのに対して、刊2発明においては金属元素の総含有量が不明である点、
の2つの点において相違している。

(6)判断
上記(α’)及び(β’)の相違点について検討する。

上記(α’)の相違点について、動粘度の単位系の換算が1cSt=1mm^(2)/sとなることは技術常識にすぎないところ、刊2発明は「(A)40℃における動粘度が1.0?500cStである鉱油」を基油として用いるものであって、摘記2cの「実施例3」においても40℃の動粘度が50cStの深脱ロウ基油を用いていることからみて、その組成物全体の動粘度としては、本願発明の「40℃での動粘度が1.5?50mm^(2)/s」という数値範囲と実質的に重複するものと認められるから、この点について実質的な差異はない。
また、摘記2bの「動粘度が1.0cSt未満のものでは、防錆能が劣り、一方500cStを超えるものでは、粘性が大きすぎて取り扱いが困難となる。」との記載など(さらに必要ならば、摘記3a及び摘記4aなどを参照されたい。)からみて、さび止め油組成物の動粘度の数値範囲の最適化は当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲内のことにすぎない。

上記(β’)の相違点について、刊2発明は、『(A)鉱油に、(B)多価アルコールのカルボン酸部分エステルの防錆添加剤のみを配合する防錆油組成物。』の場合をも包含するものであって、この場合には、平成19年3月7日付けの拒絶理由通知書の『防錆添加剤として…カルボン酸部分エステルを用いた場合には、上記組成物は金属元素を含む成分を含有するものでないから、その金属元素の総含有量は本願所定の範囲を満たすものと認められる。』との指摘のとおりであるから、この点について実質的な差異はない。
また、刊行物2には、例えば「実施例3」のように、金属塩としてBaスルホネート3重量部とジチオリン酸亜鉛1重量%をさらに配合してなる防錆油組成物も具体例として記載されてはいるが(摘記2d)、刊行物2に記載された発明は、その請求項1に記載されるように金属塩の添加剤を必須とするものではなく(摘記2a)、例えば、原査定の拒絶の理由で「引用文献3」として提示された刊行物1の「さび止め剤からの金属塩などの不溶分が、弁、潤滑油タンクあるいは配管などに粘着物として析出し、またこれが軸受を損傷させるというトラブルがある。」との記載(摘記1b)にあるように、金属塩などの不溶分を生じる「さび止め剤」が「配管」などの構成部品に対して「トラブル」を生じることは、当業者にとって周知ないし公知の技術事項にすぎないので、当該「トラブル」の原因物質である金属元素の総含有量を一定以下に制限するように設定してみることは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲内のことにすぎない。

次に、本願発明に、格別予想外の効果があるか否かについて検討する。
ここで、審判請求人は、平成20年6月20日付けで手続補正された審判請求書の請求の理由において、『引用文献5は、鉄道レールポイント切替用防錆油として使用されるものであります。これに対し、本願発明のさび止め油組成物は、今回の補正で請求項1に規定したように冷凍サイクルシステムに組み込まれる金属製部品に適用されるものであることを明確にいたしました。…したがいまして、引用文献5に対する拒絶査定の理由は解消したものと考えます。』と主張し、平成19年4月17日付けの意見書において、『本願発明のさび止め油組成物は、冷凍サイクルシステムに組み込まれる金属製部品に適用された場合に、一部洗浄除去されずに冷凍システム内に残留したとしても悪影響を及ぼさないさび止め油組成物であり、本願発明と引用文献5ではその目的および効果が全く異なるものであります。』と主張しているが、本願発明は、本願請求項3に係る発明のように「冷凍サイクルシステムに組み込まれる金属製部品用」のものに限られるものではないから、当該主張は妥当ではない。
そして、刊2発明の「ソルビタンモノオレート」等の周知慣用のさび止め剤に比して、本願発明の一群のさび止め添加剤の各々が、格別予想外の顕著な効果を奏することについては、本願明細書の発明の詳細な説明に明確かつ十分な裏付けがなされていないので、本願発明に格別予想外の選択的な効果があるとは認められず、例えば、摘記1bの記載からみて、産業機械(コンプレッサー)の使用中に発生するさび止め剤からの金属塩などの不溶分が粘着物として弁や配管などに析出することを防止し、さびの発生を防ぐことができることは、当業者にとって周知ないし公知の技術事項にすぎないので、本願明細書の段落0030の「表1、2からも明らかなとおり、本発明に係る実施例1?9のさび止め油組成物は、さび止め性に優れるだけでなく…キャピラリ閉塞などの問題を引き起こさないことが分かる。」という効果が、当業者にとって格別予想外のものであるとは認められない。

したがって、本願発明は、刊行物2(原査定の引用文献5)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

4.むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないから、その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-03-23 
結審通知日 2011-03-29 
審決日 2011-04-11 
出願番号 特願平10-89337
審決分類 P 1 8・ 575- Z (C10M)
P 1 8・ 121- Z (C10M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 坂井 哲也  
特許庁審判長 中田 とし子
特許庁審判官 松本 直子
木村 敏康
発明の名称 さび止め油組成物  
代理人 森田 順之  

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