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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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無効2009800029 | 審決 | 特許 |
無効2008800146 | 審決 | 特許 |
無効2007800196 | 審決 | 特許 |
無効2009800076 | 審決 | 特許 |
無効2009800087 | 審決 | 特許 |
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審決分類 |
審判 全部無効 2項進歩性 A61K |
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管理番号 | 1238714 |
審判番号 | 無効2009-800243 |
総通号数 | 140 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2011-08-26 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2009-12-03 |
確定日 | 2011-06-23 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第4314433号発明「Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬からなる緑内障治療剤」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
1.手続の経緯・本件発明 本件特許第4314433号の請求項1,2に係る発明は,平成15年11月17日(優先権主張:平成14年11月18日)に出願され,平成21年5月29日に特許権の設定登録がなされたものであって,特許請求の範囲に記載された事項により特定されるとおりの次のものである。 「【請求項1】 Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬との組み合わせからなる緑内障治療剤であって, 該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドであり, 該β遮断薬がチモロールである, 緑内障治療剤。 【請求項2】 Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬との組み合わせからなり,お互いにその作用を補完および/または増強することを特徴とする緑内障治療剤であって, 該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドであり, 該β遮断薬がチモロールである, 緑内障治療剤。」 (以下,単に上記請求項1に係る発明を「本件特許発明1」といい,上記請求項2に係る発明を「本件特許発明2」ともいう。) 2.請求人の主張 これに対して,請求人は,「特許第4314433号の請求項1及び同2に係る特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め,その理由として以下の無効理由1?4の理由を主張し,証拠方法としては下記の書証を提出している。 <無効理由1> 本件特許発明1は,甲第1号証及び甲第2号証に各記載された発明並びに周知技術に基づき当業者が容易に発明できたものであるから,特許法第29条第2項により特許を受けることができないものであって,同発明に係る特許は特許法第123条第1項第2号の規定に基づき無効とされるべきである。 <無効理由2> 本件特許発明2は,甲第1号証及び甲第2号証に各記載された発明並びに周知技術に基づき当業者が容易に発明できたものであるから,特許法第29条第2項により特許を受けることができないものであって,同発明に係る特許は特許法第123条第1項第2号の規定に基づき無効とされるべきである。 <無効理由3> 本件特許発明1は,甲第1号証,甲第2号証,甲第5?10号証に各記載された発明に基づき当業者が容易に発明できたものであるから,特許法第29条第2項により特許を受けることができないものであって,同発明に係る特許は特許法第123条第1項第2号の規定に基づき無効とされるべきである。 <無効理由4> 本件特許発明2は,甲第1号証,甲第2号証,甲第5?10号証に各記載された発明に基づき当業者が容易に発明できたものであるから,特許法第29条第2項により特許を受けることができないものであって,同発明に係る特許は特許法第123条第1項第2号の規定に基づき無効とされるべきである。 (証拠方法) 甲第1号証:特表平7-508030号公報 甲第2号証:国際公開第00/09162号(パンフレット) 甲第3号証:特表2001-509780号公報 甲第4号証:Nature, 1997年, Vol.389, pp.990-994 甲第5号証:月刊眼科診療プラクティス 42.点眼薬の使い方, 1999年, pp.52-53 甲第6号証:月刊薬事, 1996年, Vol.38, No.9, pp.2311-2331 甲第7号証:Drugs, 2000年, Vol.59, No.3, pp.411-434 甲第8号証:Expert Opin Emerging Drugs, 2002年, Vol.7, No.1, pp.141-163 甲第9号証:Invest Ophthalmol Vis Sci, 2001年, Vol.42, No.1, pp.137-144 甲第10号証:Invest Ophthalmol Vis Sci, 2001年, Vol.42, No.5, pp.1029-1037 甲第11号証:特開2004-182723号公報 甲第12号証:「Rho kinase inhibitor HA-1077 prevents Rho-mediated myosin phosphatase inhibition in smooth muscle cells」 Am. J. Physiol Cell Physiol. 278: 2000 甲第13号証:旭化成プレスリリース, 2002年8月20日付 甲第14号証:CALBIOCHEM GENERAL CATALOG 2002-2003 甲第15号証:WAKO Bio Window 38号 2002年3月 甲第16号証:特願2000-564663の平成16年8月27日(起案日)付け拒絶理由通知書 甲第17号証:「緑内障と眼圧」眼科37号 甲第18号証:特開2003-292442号公報 2-1 請求人が主張する無効理由の概略 2-1-1 無効理由1に関し 甲第1号証には,カルシウムアンタゴニストと眼圧を下降させる化合物との組合せを含む緑内障治療薬であって,該カルシウムアンタゴニストが「HA 1077」であり,該組合せに係る眼圧を下降させる化合物がチモロール(β遮断薬)である,緑内障治療剤が開示されている。そして,甲第3号証及び甲第4号証に記載されているとおり,「HA 1077」がRhoキナーゼ阻害剤であることは,周知の事項であるから,甲第1号証には,「眼圧低下の効能を奏するRhoキナーゼ阻害剤と,β遮断薬であるチモロールとの組合せに係る緑内障治療剤。」(以下,「甲第1号証記載の発明」という。)が開示されており,本件特許発明1と甲第1号証記載の発明とを対比すると,両者は,「Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断剤との組合せからなる緑内障治療剤であって,該β遮断剤がチモロールである,緑内障治療剤。」である点において共通しているが,本件特許発明1は,Rhoキナーゼ阻害剤が,(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドであるのに対して,甲第1号証記載の発明においてはHA 1077である点において相違する。 しかしながら,甲第2号証には,Rhoキナーゼ阻害活性を有する化合物を含有してなる緑内障予防・治療剤が開示されており,該化合物として,緑内障予防・治療剤としての好適例として顕著でかつ持続性の眼圧降下作用と共に,(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドが開示されている。 してみると,甲第1号証記載の発明において,緑内障治療剤においてβ遮断剤であるチモロールと組合せて用いられる,Rhoキナーゼ阻害剤であるHA 1077を,甲第2号証に開示のRhoキナーゼ阻害剤である(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドに置換することにより,本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到できたものである。 そして,本件明細書中において,Rhoキナーゼ阻害剤単剤とチモロールとの併用とを比較して示された本件特許発明1に係る眼圧降下の持続作用効果も,甲第2号証で既に開示されている事項から予測可能なものにすぎない。また,本件の当初明細書の請求項3に記載されていた複数のRhoキナーゼ阻害剤に比して本件特許発明1のRhoキナーゼ阻害剤が顕著な作用効果を奏するものであったことも一切証明されていない。 2-1-2 無効理由2に関し 甲第1号証には,カルシウムアンタゴニストHA 1077による視野欠損の予防又は低減作用によるチモロールによる眼圧下降作用を組み合わせて緑内障治療効果を向上させること,すなわち,組合せによってHA 1077とチモロールとが互いにその作用を補完及び/又は増強させることが示唆されており,また,甲第3号証にはHA 1077に相当する化合物IIは,眼が正常血圧及び高血圧のサルのIOPを効果的に低減させることが開示されているから,本件特許発明2において発明特定事項に加えられた「お互いにその作用を補完および/または増強する」との事項は,甲第1号証に既に開示されており,また,同様の効能を有する薬理作用の異なる医薬品を併用する場合,その作用が互いに補完又は増強されることは当業者に自明であるから,よって,本件特許発明2は,本件特許発明1と同様,進歩性を有しない。 2-1-3 無効理由3に関し 甲第2号証には,Rhoキナーゼ阻害活性を有する化合物を含有してなる緑内障予防・治療剤が開示されており,該化合物が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤が開示されている。したがって,同号証には,「Rhoキナーゼ阻害剤からなる緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤。」(以下,「甲第2号証記載の発明」という。)が開示されており,本件特許発明1と甲第2号証記載の発明とを対比すると,両者は,「Rhoキナーゼ阻害剤からなる緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤。」である点で一致するが,本件特許発明1が,β遮断剤であるチモロールとRhoキナーゼ阻害剤である(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドとの組合せからなるのに対し,甲第2号証記載の発明はRhoキナーゼ阻害剤である(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドからなる単剤である点において相違する。 ここで,緑内障治療においては,1種類の点眼薬のみで目標眼圧以下にコントロールするのではなく多剤の併用を要する例が多いこと,及び,眼圧下降薬を併用した場合の相互作用は各薬剤の薬理作用から理論的に類推可能であることは,当業者に周知であった。 また,緑内障治療の併用療法を考慮した場合,房水産生,経シュレム管房水流出の総和として眼圧下降の薬理効果を得ることができ,その際,経シュレム管流出路(線維柱帯→シュレム管→上強膜静脈)は房水流出の主流出路であり,この主流出路の構築を理解するうえで,線維柱帯とシュレム管の接点である傍シュレム管結合近辺に最大の流出抵抗があることが重要であることも,周知であった。 さらに,交感神経β遮断薬であるチモロールは房水産生抑制に効果があることが,一方,経シュレム管からの房水流出促進の効果を有するピロカルピンは,瞳孔括約筋と毛様体筋の収縮によりシュレム管を開き,房水流出を促進させて眼圧を下げること,毛様体筋を収縮させることにより線維柱帯とシュレム管の房水流出抵抗を減少させることが周知されていた。 そして,β遮断薬の一つであるチモロールとピロカルピンの併用療法も周知の事項であった。 したがって,互いに眼圧下降機序の異なる治療法を組み合わせて併用療法の効果を得るとの知見,具体的には,ピロカルピンとチモロールとの併用療法について開示された甲第5?7号証の開示に接した当業者であれば,房水産生を抑制するβ遮断薬(チモロール)と,経シュレム管流出を促進するピロカルピンを併用して総和(相加)効果が得られることは,優先日当時当業者には周知自明の事項であった。 他方,Rhoキナーゼ阻害剤であるY-27632((R)-(+)-トランス-N-(4-ピリジル)-4-(1-アミノエチル)シクロヘキサンカルボキサミド)は,摘出ブタ眼球とウサギにおいて房水流出能を増大させること,培養ヒト線維柱帯とシュレム管細胞では細胞形態の変化を誘発し,線維柱帯,特に,傍細管組織の細胞外空隙を広げることが知られていた。 甲第9号証には,Rhoキナーゼ阻害剤がTM(線維柱帯)細胞やCM(毛様体筋)に作用し,主流出経路である経シュレム管流出路からの房水流出を促進することを明確に示唆する記載がなされている。 また,甲第10号証には,ピロカルピンとRhoキナーゼ阻害剤(Y-27632)とが互いに主流出経路から房水流出を促進する薬剤であることを開示するものであり,これらが当該房水流出促進の機能作用において置換可能であることを,当業者に示唆する記載がなされている。 よって,甲第5?7号証に開示されたピロカルピン(線維柱帯又は毛様体に作用して主たる流出経路である経シュレム管からの房水流出促進作用を有する)とチモロール(房水産生抑制)との併用療法において,Rhoキナーゼ阻害剤(線維柱帯に作用し,シュレム管細胞形態の変化を誘発し,経シュレム管房水流出促進作用を有する)をもって,甲第5?7号証の併用療法においてチモロールと組み合わされているピロカルピンと置換することは,技術分野の同一性,機能作用の共通性,及び,甲第9号証,甲第10号証において記載された示唆に動機付けられて,当業者が容易に想到できたことである。 そして,その際,Rhoキナーゼ阻害剤として(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドを選択することは甲第2号証記載の発明の特定事項そのものである。 さらに,本件明細書中において,Rhoキナーゼ阻害剤単剤とチモロールとの併用とを比較して示された本件特許発明1に係る眼圧降下の持続作用効果も,当業者であれば甲第2号証で既に開示されている事項から予測可能な相対的なものにすぎず,質的に顕著な効果とは到底いえないばかりか,本件の当初明細書の請求項3に記載されていた複数のRhoキナーゼ阻害剤に比して本件特許発明1のRhoキナーゼ阻害剤が顕著な作用効果を奏するものであったことも一切証明されていない。 2-1-4 無効理由4に関し 無効理由2に関する主張において言及したとおり,本件特許発明2には本件特許発明1と比較して進歩性を裏付ける何らの技術的事項も加えられておらず,本件特許発明2は本件特許発明1と同様,甲第1号証,甲第2号証及び甲第5?10号証に開示された発明に基づき当業者が容易に想到できたものである。 3.被請求人の主張 被請求人は,「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め,上記請求人の主張する無効理由1?4は,いずれも理由がない旨主張し,下記の書証を提出している。 (証拠方法) 乙第1号証:「エリル注S」の添付文書(2001年1月改訂(第3版)) 乙第2号証:「薬理と治療」, 20 (suppl.6), 1531-1535 (1992) 乙第3号証:Y-27632,(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミド),及び,HA 1077の化学構造式 なお,上記乙第3号証については,被請求人による平成22年6月29日付の上申書において,作成者は参天製薬株式会社の秦野正和であり,作成日は平成2010年2月22日付であることの説明が別途なされている。 乙第4号証:「目で見る緑内障」, pp.5-11 (1999) 乙第5号証:「緑内障カンファレンス」, pp.169-174 (1998) 乙第6号証:「Drug Therapy プラクティカルシリーズ 緑内障の薬物療法」, pp.59-63 (1990) 乙第7号証:廣川 薬科学大辞典 第3版,薬科学大辞典編集委員会編,(平成13年9月10日発行), p.920, p.924 乙第8号証:「日眼会誌」, 94, pp.663-672 (1990) 4.当審の判断 4-1 無効理由1について 4-1-1 甲第1号証の記載事項 本件優先権主張の日前に頒布されたことが明らかな甲第1号証には,以下の事項が記載されている。 甲第1号証(特表平7-508030号公報) (1a)請求項2 「カルシウムアンタゴニストと眼圧を下降させる化合物との組合せを含む緑内障治療用の眼局所用組成物であって,該カルシウムアンタゴニストの最終組成物濃度が約0.0001wt%と約10.0wt%との間であり,該眼圧を下降させる化合物の最終組成物濃度が約0.00001wt%と約10.0wt%との間である,眼局所用組成物。」 (1b)請求項10 「請求項2,3,4,または5に記載の組成物であって,前記カルシウムアンタゴニストが以下からなる群より選択される,組成物:・・・,HA 1077,・・・,およびそれらの薬学的に受容可能な塩。」 (1c)請求項12 「請求項2,3,4,または5に記載の組成物であって,前記眼圧を下降させる化合物が,縮瞳薬,交感神経作用薬,β-ブロッカー,および炭酸脱水酵素インヒビターからなる群より選択される,組成物。」 (1d)請求項13 「請求項12に記載の組成物であって,前記眼圧を下降させる化合物が,・・・,チモロール,・・・からなる群より選択される,組成物。」 (1e)第3頁右上欄第5?8行 「本発明は一般的に眼科学の分野に関する。特に,本発明は眼圧(IOP)を下降させる化合物と視野の欠損を予防または低減するカルシウムチャンネルアンタゴニストとの組合せを用いる緑内障の治療に関する。」 (1f)第4頁右下欄第1行?第5頁右上欄第16行 「好ましいカルシウムアンタゴニストは,(適切であれば)以下のアンタゴニストの鏡像異性体およびラセミ体である;・・・,HA 1077,・・・,およびそれらの薬学的に許容可能な塩。・・・ 本発明において有用なIOP下降化合物は,全ての現在知られているIOP下降化合物を包含し,縮瞳薬(例えば,ピロカルピン,・・・);・・・;β-ブロッカー(例えば,・・・,およびチモロール);・・・である。」 4-1-2 判断 甲第1号証には,上記(1a)?(1d)及び(1f)の摘記事項から,「HA 1077等のカルシウムアンタゴニストとβ遮断薬であるチモロール等の眼圧を下降させる化合物との組合せを含む緑内障治療用の眼局所用組成物」(以下,「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。 本件特許発明1と引用発明1を対比すると,両者は,「β遮断薬と他の薬剤との組み合せからなる緑内障治療剤であって,該β遮断薬がチモロールである,緑内障治療剤。」である点で一致するが,本件特許発明1では,上記他の薬剤がRhoキナーゼ阻害剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤は(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドであるのに対して,引用発明1では,上記他の薬剤がHA 1077等のカルシウムアンタゴニストである点で相違する。 上記相違点について検討する。 甲第1号証における全ての記載事項を検討してみても,緑内障治療剤において,β遮断薬であるチモロールと併用する化合物として記載されているのは,上記(1e)のとおり「カルシウムアンタゴニスト」のみであり,上記併用において,Rhoキナーゼに対する阻害活性を有する任意の化合物を採用することは記載も示唆もされていない。また,甲第2号証には,「(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミド」がRhoキナーゼ阻害剤であって,該化合物を緑内障の予防・治療剤として使用することについては記載されているものの,カルシウムアンタゴニストであることについては記載されていない。 してみると,引用発明1の緑内障治療剤におけるHA 1077等のカルシウムアンタゴニストを,甲第2号証に記載されたRhoキナーゼ阻害剤である化合物「(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミド」に置換することは,甲第1号証及び同2号証の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。 ここで,請求人による平成22年6月11日付の上申書第3頁下から7行?第4頁第3行において請求人が説明するように,甲第12号証の第C52頁左欄要約には,HA 1077はRhoキナーゼ阻害剤であることが記載されており,また,甲第14号証の第313頁HA 1077の項目には,HA 1077の化合物はファスジルとも称されることが記載されており,そして,甲第13号証の「1.エリルの概要」の項目には,塩酸ファスジル水和物はRhoキナーゼ阻害活性を有することが記載されている。これらの事項にかんがみれば,請求人が上記上申書において説明するとおり,上記HA 1077は,カルシウムアンタゴニストであるのみならず,Rhoキナーゼ阻害活性を有する化合物でもあるという技術的事項は,本願優先権主張の日前に既に当業者には周知であったと認められる。 しかしながら,上記のとおり,甲第1号証は眼圧を下降させる化合物とカルシウムアンタゴニストとの組合せを用いる緑内障の治療に関するものであり,してみると,甲第1号証において開示された技術的事項とは,緑内障治療用の眼局所用組成物において,カルシウムアンタゴニストと,β遮断薬等の眼圧を下降させる化合物とを併用する,というものにとどまるのである。そして,甲第1号証では,上記HA 1077は,Rhoキナーゼ阻害剤としてではなく,あくまでカルシウムアンタゴニストの具体的な化合物の一つとして,緑内障治療剤において採用されることが意図されているにすぎないことはその記載から明らかであるから,HA 1077にはカルシウムアンタゴニストとしての作用に加えてRhoキナーゼ阻害活性もあることが,たとえ本願優先権主張の日前に既に当業者には周知であったとしても,引用発明1に係るHA 1077を他のカルシウムアンタゴニストである化合物に置換することならば格別,カルシウムアンタゴニストであることは知られていない,甲第2号証に記載された(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドに置換することが当業者にとって,甲第1号証及び同2号証の記載,並びに,周知事項に基づいて容易に想到し得たものとすることができない。 4-1-3 小括 よって,その余の点を検討するまでもなく,甲第1号証,甲第2号証,及び,周知技術に基づいて,本件特許発明1の進歩性を否定することはできない。 4-2 無効理由2について 本件特許発明2は,本件特許発明1に対してさらに,「お互いにその作用を補完および/または増強する」との発明特定事項を付け加えたものであって,その他の発明特定事項は本件特許発明1をそのまま全て引き継いでいるものである。 したがって,上記「4-1 無効理由1について」で記載したのと同様の理由により,本件特許発明2についても,甲第1号証,甲第2号証,及び,周知技術に基づいて,その進歩性を否定することはできない。 4-3 無効理由3について 4-3-1 甲第2号証の記載事項 本件優先権主張の日前に頒布されたことが明らかな甲第2号証には,以下の事項が記載されている。 甲第2号証(国際公開第00/09162号パンフレット) (2a)第1頁第4?6行 「本発明は,緑内障の予防・治療剤に関する。より詳しくは,本発明はRhoキナーゼ阻害活性を有する化合物を有効成分として含有してなる緑内障の予防・治療剤に関する。」 (2b)第2頁下から5行?第5頁末行 「本発明は上記の問題点を解決しようとするものであり,その目的は,緑内障予防・治療効果に優れた新規緑内障予防・治療剤を提供することにある。本発明者らは鋭意研究を重ねた結果,Rhoキナーゼ阻害活性を有する化合物が,眼圧降下作用,視神経乳頭血流改善作用および房水流出促進作用を有することを見出し,種々の緑内障の予防または治療に有用であることを見出して本発明を完成するに至った。 すなわち,本発明は以下のとおりである。 (1)Rhoキナーゼ阻害活性を有する化合物を含有してなる緑内障予防・治療剤。 (2)Rhoキナーゼ阻害活性を有する化合物が下記一般式(I) O Rb || | Ra-C-N-Rc (I) ・・・ により表されるアミド化合物,その異性体および/またはその製薬上許容されうる酸付加塩である上記(1)記載の緑内障予防・治療剤。」 (2c)第21頁第1行?第32頁17行 「一般式(I)で示される化合物(一般式(I’)で示される化合物を含む)としては,具体的には次の化合物を挙げることができる。 (1)4-(2-ピリジルカルバモイル)ピペリジン ・・・ (165)(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミド」 (2d)第40頁第1?5行 「実施例7 点眼剤7 実施例1に準じて,Rhoキナーゼ阻害作用を有する化合物である(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミド 2HCl・1H2O(以下,化合物Dとする)を0.03%の濃度で含有する点眼剤を調製した。」 (2e)第44頁第13?18行 「各試験薬剤を0.1%の濃度で含有する点眼剤の正常眼圧に対する作用を図4(実施例2,5)に,0.03%濃度で含有する点眼剤の正常眼圧に対する作用を図5(実施例3,4)および図6(実施例6,7)に示した。いずれも優位な眼圧降下作用が認められた。特に化合物A(実施例2,3)では,点眼後早期に眼圧下降作用が認められ,また,化合物D(実施例7)では,顕著で且つ持続性の眼圧下降作用がみられた。」 (2f)請求項19 「19.緑内障予防・治療剤の製造の為のRhoキナーゼ阻害活性を有する化合物の使用。」 (2g)請求項22 「22.Rhoキナーゼ阻害活性を有する化合物が,・・・,(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドおよび/またはそれらの製薬上許容されうる酸付加塩である請求の範囲19記載の使用。」 4-3-2 判断 4-3-2-1 対比・検討 甲第2号証には,上記(2a)?(2g)の摘記事項から,「Rhoキナーゼ阻害剤からなる緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤。」(以下,「引用発明2」という。)が記載されている。 したがって,本件特許発明1と引用発明2とを対比すると,両者は,「Rhoキナーゼ阻害剤を含む緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤。」である点で一致するが,本件特許発明1が,β遮断剤であるチモロールとRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドとの組合せからなるのに対し,引用発明2はRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドからなる単剤である点において相違する。 そこで,この単剤である引用発明2の緑内障治療剤において,さらにβ遮断剤であるチモロールを組合せることにより,本件特許発明1に係る緑内障治療剤を当業者が容易に発明することができたか否かについて以下検討する。 甲第5号証の第52頁左欄第2?9行,及び,甲第7号証の第425頁左欄第21?末行によれば,緑内障治療においては,多剤を併用する例が多いこと,及び,眼圧降下薬を併用した場合の相互作用は各薬剤の薬理作用から理論的にある程度類推することが可能であるため,併用に際しては異なる作用機序を有する薬剤を組み合わせることが望ましいことは,いずれも本件優先権主張の日前に既に当業者には周知の事項であったと認められる。 そして,甲第8号証の第151頁左欄第26?37行,甲第9号証の第142頁左欄第1?9行,及び,甲第10号証の第1029頁左欄第26?33行によれば,選択的Rhoキナーゼ阻害剤の一つであるY-27632によりもたらされる眼圧低下は,経シュレム管流出路からの房水流出の促進作用によるものであることもまた,本件優先権主張の日前に既に知られていた。 よって,これらの事項にかんがみれば,引用発明2について,Rhoキナーゼ阻害活性を有する(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドにさらに,Rhoキナーゼの阻害に基づく経シュレム管流出路からの房水流出の促進作用とは異なる,他の薬理活性(作用機序)を有する別の眼圧降下薬を併用しようとすることは,当業者が容易に想到し得たものと認められる。 しかしながら,甲第5号証の第52頁図1や甲第7号証の第413頁表1に示されるように,緑内障の治療に用いられる眼圧降下薬には,β遮断薬だけでなく,交感神経刺激薬,副交感神経刺激薬,プロスタグランディン関連薬,交感神経α1遮断薬,交感神経α2遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬といった他の様々な薬理作用(作用機序)を有するものが存在し,β遮断薬だけでも,チモロールのような非選択性のβ遮断薬に加え,β1選択性のものやαβ遮断薬があること,また,このうち,甲第7号証の第413頁表1に示されるように,線維柱帯経路を増大させる作用,すなわち,シュレム管流出路からの房水流出の促進作用とは異なる,房水産生の抑制作用を有する薬剤には,α2アドレナリン作動薬や炭酸脱水酵素阻害薬も含まれ,β遮断薬に限られないことは,当業者の技術常識である。 そして,甲第5号証の第52頁左欄第9?12行,及び,第53頁中欄下から8行?同頁右欄第2行に記載されているように,緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は,実際には理論どおりではないため,それぞれの症例についてtry and error,すなわち様々な薬剤併用の症例への実際の適用による試行錯誤を経た上で判定する以外に方法はなく,複数種の眼圧下降薬のその併用パターンは多岐にわたる複雑なものである。 そして,さらに,請求人が示す甲第1?18号証の全証拠を詳細に検討してみても,本件優先権主張の日前において,緑内障治療に係る眼圧下降薬の併用療法に関し,シュレム管流出路からの房水流出の促進作用を有する薬剤に対して併用する薬剤として,房水産生の抑制作用を有するチモロールのような非選択性のβ遮断薬が特に適したものであるという技術的事項は,何ら見出せない。 したがって,他の薬理活性を有する別の眼圧下降薬を併用することが,本願優先権主張の日前に既に周知であり,そのため,引用発明2におけるRhoキナーゼ阻害活性を有する(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドについて,Rhoキナーゼの阻害に基づく経シュレム管流出路からの房水流出の促進作用とは異なる,他の薬理活性(作用機序)を有する別の眼圧降下薬をさらに併用しようとすることまでは,当業者が着想できたとしても,組み合わせる別の眼圧降下薬として,チモロールを採用することが,甲第2号証における記載に接した当業者にとって容易に想到し得たものとは言えない。 4-3-2-2 請求人の主張に対する検討 請求人が上記2-1-3で主張するように,甲第5?7号証の記載から,房水産生を抑制するβ遮断剤であるチモロールと,経シュレム管流出を促進するピロカルピンとの併用療法により,総和(相加)効果が得られることが,本件優先権主張の日当時,当業者には周知の事項であったといえる。 しかしながら,ピロカルピンのような副交感神経刺激薬は,甲第6号証の第2322頁第15?26行に記載されているように,毛様体筋の収縮により,シュレム管を開き,房水流出を促進させて眼圧を下げるものであるが,乙第6号証の第61頁第2?5行に記載されているとおり,上記毛様体筋の収縮時に筋束間の間隙を狭めるので,全体として流出量を増加させはするものの,房水の後方流出路(ぶどう膜-強膜流出路)の流出量を減じる効果を引き起こすものである。 一方,甲第2号証の第2頁下から3?2行に記載されているとおり,Rhoキナーゼ阻害剤は,線維柱帯細胞における細胞骨格の変化を介して線維柱帯からの房水流出を促進するものと考えられているが,同時に,同号証の第42頁末行?第43頁第7行に記載されているように,Rhoキナーゼ阻害剤はピロカルピンとは異なり,毛様体筋を弛緩させる作用を有し,このため,ぶどう膜強膜を介した房水流出(ぶどう膜-強膜流出路)を促進する可能性が示唆されている。 してみると,ピロカルピンとRhoキナーゼ阻害剤とは,共に全体としては経シュレム管流出路からの房水流出を促進して眼圧の低下をもたらす作用を有するものではあるものの,毛様体筋やぶどう膜-強膜流出路に係るその作用機序は全く異なるものであって,薬理作用(作用機序)の点において両者は完全に一致するものではないのであり,しかも,上記のとおり,緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は,実際には理論どおりではないため,それぞれの症例について,様々な薬剤併用の実際の適用による試行錯誤を経た上で判定する以外に方法はなく,複数種の眼圧下降薬のその併用パターンは多岐にわたる複雑なものであるという技術的事項も考慮すれば,本件優先権主張の日前において,β遮断薬であるチモロールを用いる緑内障の併用療法に関し,副交感神経刺激薬であるピロカルピンと引用発明2に係るRhoキナーゼ阻害剤とが,互いに置換可能である等価な薬物として当業者が認識できたとは,到底認められないと言わざるをえない。 4-3-3 小括 よって,その余の点については検討するまでもなく,甲第1号証,甲第2号証,並びに,甲第5?10号証に各記載された発明に基づいて,本件特許発明1の進歩性を否定することはできない。 4-4 無効理由4について 本件特許発明2は,本件特許発明1に対してさらに,「お互いにその作用を補完および/または増強する」との発明特定事項を付け加えたものであって,その他の発明特定事項は本件特許発明1をそのまま全て引き継いでいるものである。 したがって,上記「4-3 無効理由3について」で記載したのと同様の理由により,本件特許発明2についても,甲第1号証,甲第2号証,及び,周知技術に基づいて,その進歩性を否定することはできない。 5.むすび 以上のとおり,請求人の主張及び証拠方法によっては,本件特許の請求項1及び2に係る発明の特許を無効とすることができない。また,他に本件特許発明1及び2を無効にすべき理由を発見しない。 審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2010-08-18 |
結審通知日 | 2010-08-20 |
審決日 | 2010-08-31 |
出願番号 | 特願2003-386138(P2003-386138) |
審決分類 |
P
1
113・
121-
Y
(A61K)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 荒木 英則 |
特許庁審判長 |
内田 淳子 |
特許庁審判官 |
森井 隆信 星野 紹英 |
登録日 | 2009-05-29 |
登録番号 | 特許第4314433号(P4314433) |
発明の名称 | Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬からなる緑内障治療剤 |
代理人 | 岩坪 哲 |
代理人 | 速見 禎祥 |
代理人 | 仲村 義平 |
代理人 | 森田 俊雄 |
代理人 | 中村 考志 |
代理人 | 深見 久郎 |