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審判番号(事件番号) データベース 権利
判定2009600006 審決 特許

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審決分類 審判 判定 同一 属さない(申立て不成立) A23L
管理番号 1239767
判定請求番号 判定2011-600009  
総通号数 140 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許判定公報 
発行日 2011-08-26 
種別 判定 
判定請求日 2011-03-17 
確定日 2011-07-14 
事件の表示 上記当事者間の特許第4636616号の判定請求事件について、次のとおり判定する。 
結論 イ号図面及びイ号物件説明書に示す「餅」は、特許第4636616号発明の技術的範囲に属しない。 
理由 第1 請求の趣旨
本件判定請求人である越後製菓株式会社は,判定請求書に添付のイ号図面及びイ号物件説明書に示す「餅」(以下「イ号物件」という)が,特許第4636616号(以下,「本件特許」という。)発明の技術的範囲に属するとの判定を求めるものである。

第2 本件特許発明
1 本件特許発明は,願書に添付した明細書及び図面(以下,「特許明細書」という。)の記載からみて,特許請求の範囲の請求項1及び2に記載されたとおりのものであり,分説すると以下のとおりである。

「A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅であって,
B この焼き網に載置する際に,最も面積の大きい対向する広大面の一方を載置底面他方を上面とする高さ寸法が幅寸法及び奥行き寸法より短い薄平板状の偏平方形体の切餅の,
C 前記上下の広大面間の立直側面に,この上下の広大面間の立直側面に沿う周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,
D この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う周方向に直線状であって,四辺の前記立直側面のうちの対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成した切り込み部又は溝部として,
E 焼き上げるに際し,前記立直側面の周方向に形成した前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。」(以下,「本件特許発明1」といい,分説を順に「構成要件A」?「構成要件E」という。)

「F 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅であって,
G この焼き網に載置する際に,最も面積の大きい対向する広大面の一方を載置底面他方を上面とする高さ寸法が幅寸法及び奥行き寸法より短い薄平板状の偏平方形体の切餅の,
H 前記上下の広大面間の立直側面に,この上下の広大面間の立直側面に沿う周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,
I この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う周方向で且つ前記広大面と平行な直線状であって,四辺の前記立直側面のうちの対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々長さいっぱいに形成した切り込み部又は溝部であり,刃板に対して前記小片餅体を前記長辺部長さ方向に相対移動することで形成した切り込み部又は溝部として,
J 焼き上げるに際し,前記立直側面の周方向に形成した前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。」(以下,「本件特許発明2」といい,分説を順に「構成要件F」?「構成要件J」という。)

2 本件特許明細書及び図面の記載事項
本件特許発明の技術背景,課題,作用効果,実施形態及び実施例として,本件特許明細書には,図面とともに次のような記載がある。
(1)技術背景として
「【0002】
餅を焼いて食べる場合,加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち,焼き網に付着してしまうことが多い。
【0003】
そのためこの膨化による噴き出しを恐れるために十分に餅を焼き上げることができなかったり,付きっきりで頻繁に餅をひっくり返しながら焼かなければならなかった。古来のように火鉢で餅を手元に見ながら焼く場合と異なりオーブントースターや電子レンジなどで焼くことが多い今日では,このように頻繁にひっくり返すことは現実なかなかできず,結局この突然の噴き出しによって焼き網を汚してしまっていた。
【0004】
このような膨化現象は焼き網を汚すだけでなく,焼いた餅を引き上げずらく,また食べにくい。更にこの膨化のため餅全体を均一に焼くことができないなど様々な問題を有する。」

(2)課題として
「【0007】
一方,米菓では餅表面に数条の切り込み(スジ溝)を入れ,膨化による噴き出しを制御しているが,同じ考えの下切餅や丸餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れると,この切り込みのため膨化部位が特定されると共に,切り込みが長さを有するため噴き出し力も弱くなり焼き網へ落ちて付着する程の突発噴き出しを抑制することはできるけれども,焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり,実に忌避すべき状態となってしまい,生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。
【0008】
本発明は,このような現状から餅を焼いた時の膨化による噴き出しはやむを得ないものとされていた固定観念を打破し,切り込みを切餅の立直側面に設けることで,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず,しかも切り込みを少なくとも立直側面に沿う周方向に直線状にして対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成することによって,焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく,逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり,また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅を提供することを目的としている。」

(3)作用効果として
「【0012】
本発明は上述のように構成したから,切り込みを立直側面に設けることで焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず,しかも切り込みを少なくとも立直側面に沿う周方向に直線状にして対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成することによって,焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく,逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり,また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅となる。
【0013】
しかも本発明は,この切り込みを単なる餅の平坦上面に直線状に数本形成したり,X状や+状に交差形成したり,あるいは格子状に多数形成したりするのとは異なり,周方向に形成,即ち,立直側面に周方向に沿って形成するため,焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に,焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわず,しかも少なくとも立直側面に沿う周方向に直線状にして対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成することによって,確実に焼き上がった餅は自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となり,それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができこととなる画期的な餅となる。
【0014】
また,切り込みを立直側面に周方向に沿って形成することで,切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が弱い位置に切り込みが位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く,また,しかも切り込みを立直側面に沿う周方向に直線状にして対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成することによって,膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり,この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならず,逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となり,それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができるという画期的な作用・効果を生じる。
【0015】
特に本発明においては,方形(直方形)の切餅の場合であって,立直側面たる側周表面に切り込みをこの立直側面に周方向に沿って形成することで,たとえ立直側面の四面全てに連続して角環状に切り込みを形成しなくても,少なくとも対向側面である長辺部の立直側面の双方に所定長さ以上連続して周方向に沿って直線状に切り込みを形成することで,この切り込みに対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,しかも立直した側面に切り込みが位置するから切り込みは完全に側面に位置し,オーブン天火の火力が弱いことなどもあり,忌避すべき形状とはならず,また前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態,あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」

(4)実施形態として
「【0017】
小片餅体1の対向二側面である長辺部の立直側面2Aの双方に夫々周方向に沿って直線状で長さを有する切り込み部3又や溝部(以下,単に切り込み3という)が予め形成されているため,小片餅体1(切餅)を焼く場合には単に焼き網に小片餅体1を載せて加熱するだけで,膨化による噴き出しが生じない。
【0018】
即ち,従来は加熱途中で突然どこからか内部の膨化した餅が噴き出し(膨れ出し),焼き網に付着してしまうが,切り込み3を設けていることで,先ずこれまで制御不能だったこの噴き出し位置を特定することができ,しかもこの切り込み3を周方向に長さを有するものとすることで,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため,焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすることを確実に抑制できることとなる。
【0019】
しかも本発明は,この切り込み3を単に餅の平坦上面(平坦頂面)に直線状に数本形成したり,X状や+状に交差形成したり,あるいは格子状に多数形成したりするのとは異なり,周方向に形成,即ち,立直側面2Aに周方向に沿って形成するため,焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に,焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわない。しかも少なくとも立直側面2Aに沿う周方向に直線状にして対向二側面である長辺部の立直側面2Aの双方に夫々形成することによって,焼き上がった餅が単にこの切り込み3によって美感を損なわないだけでなく,逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となり,それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができることとなる。
【0020】
即ち,立直側面2Aに切り込み3を周方向に沿って形成することで,この切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が弱い位置に切り込み3が位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く,また,しかも切り込みを立直側面2Aに沿う周方向に直線状にして対向二側面である長辺部の立直側面2Aの双方に夫々形成することによって,膨化によってこの切り込み3の上側が下側に対して持ち上がり,この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならず逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり,それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができるという画期的な作用・効果を生じる。
【0021】
即ち,この持ち上がりにより,図2に示すように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態,あるいは焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状に自動的に膨化変形し,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。またほぼ均一に焼き上げることが可能となる。
【0022】
本発明の方形(直方形)の切餅の場合であって,立直側面2Aに切り込み3をこの立直側面2Aに周方向に沿って形成することで,たとえ立直側面2Aの四面全てに連続して角環状に切り込み3をめぐらし形成しなくても,少なくとも対向側面である長辺部の立直側面2Aの双方に所定長さ以上連続して周方向に沿って直線状の切り込み3を形成することで,膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく,この切り込み3に対して上側が持ち上がり,前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態,あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」

(5)実施例として
「【0026】
切餅における小片餅体1は,長方体状で輪郭形状は四角形である。
【0027】
本実施例では,この直方形状の小片餅体1の上側表面部2の立直側面2Aである側周表面2Aに,この立直側面2Aに沿う方向を周方向としてこの周方向に連続させてほぼ角環状とした切り込み部3を設けている。
【0028】
即ち,外側四面の立直側面2Aに切り込み3を連続してこれに沿ってめぐらすことで四角環状の切り込み3を形成している。
【0029】
この四面の立直側面2Aに切り込み3を形成することで丸餅における実施例より更に前記作用・効果は顕著に発揮される。
【0030】
即ち,立直側面2Aたる側周表面2Aに切り込み3をこの立直側面2Aに沿って形成することで,図2に示すように,この切り込み3に対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)となり,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」

(6)本件特許発明2に関して
「【0031】
従って,例えば図3に示すように対向二側面である長辺部の立直側面2Aの双方に刃板5によって切り込み3を形成することで,(前後の短辺部の立直側面2Aに切り込み3を殆ど形成せず環状に切り込み3を形成しないが)四面全てに連続させて形成して四角環状とする場合に比して十分ではないが持ち上がり現象は生じ,前記作用・効果は十分に発揮される。
【0032】
即ち,刃板5に対して小片餅体1を長辺部長さ方向に相対移動するだけで小片餅体1の両側の長辺部の立直側面2Aに周方向に十分な長さを有する切り込み3を簡単に形成でき,前記作用・効果が十分に発揮されると共に,量産性に一層秀れる。」

(7)図面として
【図1】


【図2】


【図3】


第3 イ号物件の特定
判定請求書に添付された,イ号物件説明書及びイ号図面(第1図 イ号物件斜視面)によれば,イ号物件は次の構成aないしdを有するものとして特定される。

「a 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体(1)である切餅であって,
b 小片餅体(1)は,焼き網に載置する際において最も面積の大きい上下の広大面(2)及び(3)の一方を載置底面とし他方を上面とする,高さ寸法が幅寸法及び奥行き寸法より短い薄平板状の偏平方形体の切餅であり,
c この小片餅体(1)の上下の広大面(2),(3)間の立直側面(8),(8’)には,小片餅体(1)の周方向に長さを有する各2本の切り込み部(9)及び(9’)が設けられ,さらに,小片餅体(1)の広大面(2),(3)には,十字状の切り込み部(7),(7’),(5),(5’)が設けられ,
d 小片餅体(1)の周方向に長さを有する各2本の切り込み部(9)及び(9’)は,四辺の立直側面(8),(8’),(10),(10’)のうち対向二側面である長辺部(4)の立直側面(8),(8’)の双方に夫々長さいっぱいに形成した切り込み部(9)及び(9’)であり,立直側面(8),(8’)に沿う直線状である餅。」
(以下,順に,「構成a」?「構成d」という。)

第4 当事者の主張
1 請求人の主張の概要
(1)イ号物件の十字の切り込み部について,本願特許発明は,上下の広大面の切り込み部について何ら記載しておらず,この切り込み部がある餅,ない餅の何れについても,文言上技術的範囲に含むものである。
(2)本件特許発明の作用効果について,加熱時に膨化により内部の餅が外部へ突然膨れ出る現象(突発噴き出し)が問題であるが,上面に切り込みを設けただけでは傷跡のような焼き上がり(パックリ開口状態)となり忌避すべき焼き上がりとなるので,立直側面に切り込み部を設けることにより,立直側面からの水蒸気噴き出しを特定し(第1のメカニズム),切り込みの上部が下部に対して持ち上がることにより,突発噴き出しが抑制される(第2のメカニズム)ものである。
イ号物件の作用効果は,立直側面の切り込み部によって,本願発明の作用効果をそのまま奏する。十字の切り込み部は,その跡が残るものの水蒸気の逃がしに寄与せず,忌避すべき状態(パックリ開口状態)となることはない。
すなわち,イ号物件は本件特許発明の技術思想をそのまま利用するものであるから,本件特許発明の技術的範囲に含まれる。
(3)原出願(特願2002-318601号)の出願当初の請求項1では「餅の載置底面ではなく上側表面部に,周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けた」点を発明特定事項とし,切り込み部等が「上側表面部(周側表面及び平坦上面))」に周方向に設けられることで,上記第2のメカニズムによる効果が得られる。出願当初の請求項2では「上側表面部の側周表面に切り込み部等を設けた」ことにより上記第1のメカニズムによる効果が得られる構成が特定されている。このことから,原出願は,第2のメカニズムを生じる構成を最小限の発明特定事項としている。
原出願の開示は上面に周方向の長さを有する切り込みが形成された餅を含んでいたが,上側表面部の周方向に長さを有する切り込みを有さず,載置底面及び平坦上面に数条の切り込みや交差させた切り込みを設けただけの餅については,請求範囲から排除していた。
(4)本件出願の経緯によれば,「その技術的範囲には切餅の上面に切り込みを設けた構成が含まれる」ことを積極的に述べ,特許を受けるに至ったことからも,本件特許発明の技術的範囲には,立直側面の切り込みの他に上面の切り込みが設けられた切餅が含まれることは明らかである。

2 被請求人の主張の概要
イ号物件は,本件発明の構成要件C2及びC2’(構成要件E及びJに相当する。)を充足しない。
(1)上記構成要件の「焼板状部」は,焼き上げられた広大面が,「木材を薄く平らくひきわったもの」を焼いた状態を意味すると解される。ところが,広大面に切り込み部が設けられた構成では,切り込み部において膨化変形が生じ切り込み部は盛り上がった状態となる。本件特許明細書には,広大面に設けられた切り込み部で膨化変形が生じると,焼き上がった切り込み部が傷跡のようになり,忌避すべき状態となることが記載されいる。したがって,広大面に切り込み部が設けられた構成は,焼き上がった際に,「焼板状部」に該当しないこととなる。そして,「焼板状部」の意義をこのように解することは,本件特許発明が「焼き餅を均一に焼く」ことができる作用効果を有するものであることと合致する。
(2)上記構成は,本件特許発明の作用効果を特定事項として記載したものと考えられる。本件特許発明は,「焼く餅を均一に焼く」ことを目的としており,この作用効果を有するものであるところ,「最中やサンドイッチ」では,載置底面と平坦上面がほぼ平行の関係にあり,均一に焼き上げるられることが可能であるが,「焼きはまぐり」では片持ちで上がった側が強く焼け均一に焼き上げられることができないから,焼き上がり形状を「最中やサンドイッチ」となることを構成要件としたものである。
イ号物件の焼き上がりの状態の写真をみると,片持ち状態で,上がった側が強く焼け,平坦上面の十字の切れ込み部により膨化変形が生じている。
したがって,イ号物件にの焼き上がりは,本件特許発明の上記構成要件に該当しないし,「焼き餅を均一に焼く」作用効果は達成されない。

第5 対比・判断
1 本件特許発明1につて
(1)構成要件Aの充足性について
構成aは,構成要件Aを充足することは,その構成からみて明らかである。

(2)構成要件Bの充足性について
構成bは,構成要件Bを充足することは,その構成からみて明らかである。

(3)構成Cの充足性について
ア 文言上,構成cは,構成要件Cの全てを充足しているが,構成cには,さらに「小片餅体(1)の広大面(2),(3)には,十字状の切り込み部(7),(7’),(5),(5’)が設けられ」との構成が付加されている。

イ そこで,本件特許発明について,上記構成を付加することによって,本件特許発明1の作用効果が阻害されるか検討する。
本件特許明細書には,発明の課題として,従来,餅の加熱時に膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て問題であるが(上記第2 2(1)段落【0002】?【0004】),米菓で行われている表面に切り込み(スジ溝)を入れ膨化を制御することを切餅に適用すると,切り込み部が人肌での傷跡のような焼き上がりになり,忌避すべき状態となり,切餅への実用化がためらわれることが記載され(上記第2 2(2)段落【0007】),膨化による噴き出しを制御できるとともに,焼き餅の美感を損なわず,食べ易く均一に焼ける餅を提供することを目的とすることが記載されている(同段落【0008】)。
そして,発明の作用効果として,切り込みを平坦上面に直線状に数本形成したり,X状や+状に交差形成したり,格子状に多数形成したりするのとは異なり,立直側面に周方向に沿って形成するため,切り込み部位が,平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,切り込みは完全に側面に位置し,オーブン天火の火力が弱いことなどもあり,忌避すべき形状とはならず,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態,あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり,非常に食べ易いことが記載されている(上記第2 2(3)段落【0012】?【0015】)。
このような本件特許明細書の記載事項からみて,広大面の十字状の切り込みは,切り込み部が人肌での傷跡のような焼き上がりになり,忌避すべき状態となり,切餅への実用化がためらわれるものであり,このような切り込みは,本件特許発明1の焼き上がりが傷跡のような忌避すべき形状とはならないという作用効果を阻害することから,本件特許発明1は,実質的に,構成cが有する上記付加された構成を排除しているとするのが相当である。

ウ 次に,原出願の出願当初の発明及び本件出願の経緯を参酌する。
(ア)原出願の出願当初明細書(甲号証の添付はない)には,切り込み部を設ける部分を,角形の切り餅及び丸形の丸餅の両方を含む餅の場合「上側表面部」(請求項1,3)及び「上側表面部の側周表面」(請求項2)とし,丸餅の場合,「上側表面部の周辺傾斜面である側周表面」(請求項4,5),角餅の切餅の場合,上側表面部の立直側面である側周表面」(請求項6,7)としている。さらに,出願当初明細書には,丸餅の場合として,「【0043】また,これまで説明した実施例は上側表面部2の側周表面2Aに形成する場合であるが,図6に示すように平坦頂面に切り込み3を形成しても良い。【0044】この場合は,できるだけ大きな環状となるように中央部を中心として平坦頂面の周辺に沿って切り込み3を周方向に形成し,ほぼ環状に形成することが望ましい。【0045】この場合,最中状というより切り込み3で囲まれた部分が(蓋のように)上方に持ち上がった形状に焼き上がり,この場合も前記実施例よりは十分でないが同様の作用・効果を生じる。」と記載され,図6は丸餅の図であり,その上側表面部のうち平坦頂面に,その周辺に沿って切り込み3を周方向に形成しても良いことが記載ている。しかしながら,角形の切餅については,平坦頂面に切り込み部を設けることは具体的に記載されていないし,上記丸餅の平坦頂面の切り込み部は周方向の形状であり,X状や+状に交差形成されたものでない。
(イ)そして,本件出願の経緯において,平成18年3月29日付けの分割出願についての上申書(甲第3号証の6)で,「本発明は,上下面にあろうが,側面にあろうが切り込みを形成することで噴出しを抑制することを第一の目的としていますが,上下面に切り込みがあろうがなかろうが,切餅の薄肉部である側面に切り込みがあることで,切餅が最中やサンドウィッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって,噴きこぼれを抑制されるだけでなく,見た目よく,均一に焼き上がり,食べ易い切り餅が簡単にできることに画期的な創作ポイントがあるのです(もちろん上下面には切り込みがない方が望ましいが,上下面にあってもこの側面にあることで前記作用・効果が発揮され,これまでにない画期的な切餅となるもので,引用例にはこの切餅の薄肉部である側面に切り込みを設ける発想が一切開示されていない以上,本発明とは同一発明ではありません。)。」(第3頁10?18行)と記載し,その後も審査における平成18年9月1日付け意見書(甲第5号証の1,第2頁末行?第3頁8行),平成19年7月5日付け審判請求理由補充書(甲第8号証の1,第9頁6?15行)で同じことを記載している。
(ウ)しかしながら,審査における意見書では「引例も本願も切餅ですが,引例はその天火を受ける平坦上面あるいは載置底面に切り込みを設けたもので,一方本発明は立直側面にこれに沿って周方向に切り込みを設けたもので,全く異なる構成です。」(甲第5号証の1,第2頁4?6行)と上面及び底面の切り込みの有無による引用例との差異を主張している。
(エ)審判請求理由補充書では「更に一線を画するべく,先の補正書により切餅の広大面間の立直側面に切り込みを形成した点を特定したことに加えて,更に此度の前記補正書により焼き網に載置したときオーブン天火の火力を直かに受ける上面(広大面)や載置底面(広大面)でなく,これに比べてオーブン天火の火力が弱い側面に切り込みを設けた点を明確にクレームに補正致しました。」(甲第8号証の1第5頁下から8?4行),「引例も本願も切餅ですが,引例はその天火を受ける平坦上面あるいは載置底面に切り込みを設けたもので,一方本発明は立直側面にこれに沿って周方向に切り込みを設けたもので,全く異なる構成です。」(同第8頁10?12行)として,切り込みが広大面ではないことで,引用例との差異を主張し,一方では,「本発明は,広大面に切り込みがあるか無いかはともかく,本発明の構成は,広大面間の立直側面に切り込みを設けた点が本発明の創作ポイントであるとして先の補正書でこの点をクレームに明確に特定致しました。」(同第6頁20?22行)として,広大面の切り込みの有無については明示を避けている。
(オ)審判における意見書では,「この切り込みを単なる餅の平坦上面に直線状に数本形成したり,X状や+状に交差形成したり,あるいは格子状に多数形成したりするのとは異なり,周方向に形成,即ち,立直側面に周方向に沿って形成するため,焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に,焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわず」(甲第14号証の1第2頁20?23行),「立直した側面に切り込みが位置し,オーブン天火の火力が弱いことなどもあり,忌避すべき形状とはならず」(同第2頁33?34行)と記載し,本件発明が画期的なものであることを主張している。さらに,「天火を直に受けない立直側面に切り込みがあるため,この切り込みにより見た目が悪くなることもありません。即ち,この側面切り込みは,焼き上がり美感も損なわない最適な位置の切り込みなのです。もちろん,上面にも更に切り込みを設ければそれだけ見た目は悪くなるかも知れませんが,本発明のこの側面切り込み自体は上面切り込みに比べて見た目も悪くならない位置の切り込みであって,上面にも切り込みがあってもこの上面切り込みによって本発明の側面切り込みの本来の価値がなくなるわけではありません。本発明のこの側面切り込みは見た目を悪くせずに確実に噴きこぼれを防止できる切り込み位置なのです。」(同第3頁6?13行)と記載し,立直側面の切り込みは見た目が悪くならないが,上面切り込みは見た目が悪くなるかもしれないとしている。
(カ)以上の本件出願経緯からみて,本件特許は「その技術的範囲には切餅の上面に切り込みを設けた構成が含まれる」ことを積極的に述べ,特許を受けるに至ったとすることはできない。

エ 以上のことから,本件特許発明が餅の広大面に十字状の切り込み部が設けられた構成を包含するとすることはできないから,「小片餅体(1)の広大面(2),(3)には,十字状の切り込み部(7),(7’),(5),(5’)が設けられ」という構成を有する構成cは,構成要件Cを充足しない。

(3) 構成要件Dの充足性について
構成要件Dの「対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成した切り込み部又は溝部」は,本件特許明細書及び図面の記載からみて,長さいっぱいに形成されたものを含むことは明らかであるから,構成dの「対向二側面である長辺部(4)の立直側面(8),(8’)の双方に夫々長さいっぱいに形成した切り込み部(9)及び(9’)」は,構成要件Dに包含される。
そうすると,構成dは,構成要件Dを充足する。

(4)構成要件Eの充足性について
ア 構成要件Eは,本件発明1の切餅を焼き上げた際の状態を記載したものであるので,イ号物件の焼き上がり写真(イ号物件説明書の図2)から,イ号物件の焼き上がり状態を特定すると,焼き上がったイ号物件は,立直側面の切り込み部の上側が下側に対して持ち上がり,内部の餅がサンドされている状態に膨化変形し外部への噴き出しが抑制されているといえる焼き上がり状態が示され,切り込み部の上側が下側に対して持ち上がった様子は,全体が均等ではなく,4つの角の内一箇所あるいは二箇所がより大きく持ち上がっており,大きく持ち上がった部分の焼き色が濃くなっている。そして,焼き上がった上面には,切り込み部が若干開き十字状の溝が形成され,この十字状の溝部の焼き色はまわりより薄くなっている。
イ 一方,構成要件Eの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」について検討すると,上下の皮がぴったりと接合せずに中身が見える状態の最中やサンドイッチは,最中の皮あるいはサンドイッチのパンが,下側に対して上側が全体的に均等に持ち上がった状態とは限らず,上下の間隔が大きい部分と小さい部分が形成されることは良く知られていることであるところ,判定請求書に添付された,甲第1号証(検証結果報告書)の上下面に十文字,側周表面に2本の切り込み部を有することを特徴とする「サトウの切り餅 パリッとスリット」の検証結果の写真,甲第2号証(検証結果報告書(2))の別紙2の側周表面にのみ切り込みのある切り餅の検証結果の写真,及び別紙4の「パリッとスリット」の検証結果の写真を見ると,上下面の切り込み部の有無に係わらず,上側の下側に対する持ち上がりがほぼ並行するとは限らないことが見て取れることから,構成要件Eの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」は,上側の下側に対する持ち上がりは並行である必要はないといる。
構成要件Eの「上下の焼板状部」については,切餅の上下の広大面が焼き上げられた部分を示すものであり,その形状は,甲第2号証(検証結果報告書(2))の別紙2の写真には,反り返ったり湾曲したりするものが示されており,平面である必要はないといえるが,上記「1(3)」に記載したとおり,構成要件Cは,イ号物件の構成cの餅の広大面に十字状の切り込み部が設けられているという構成を有さないから,構成要件Eの「上下の焼板状部」は,十字状の溝が形成されないものとなるといえる。
そして,本件特許明細書に,本件特許発明の作用効果の一つとして記載された,「均一に焼き上げる」(【0008】等),「ほぼ均一に焼き上げる」(【0021】)ことは,従来の問題点である「このような膨化現象は焼き網を汚すだけでなく,焼いた餅を引き上げずらく,また食べにくい。更にこの膨化のため餅全体を均一に焼くことができないなど様々な問題を有する。」(【0004】)ことを解決するものであるから,膨化により内部の餅が膨れ出て,全体的に不均一な状態に焼き上がらないことを意味しており,平坦上面の焼き色が均一に形成されることを意味していると解する必要はないといえる。
ウ そうすると,上記アに記載した,イ号物件の焼き上がり状態は,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」であり,「焼き上げるに際し,前記立直側面の周方向に形成した前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した」状態といえるものの,焼板状部に切り込み部が若干開いた十字状の溝が形成される点で,十字状の溝が形成されない構成要件Eとは異なるものである。
したがって,イ号物件の焼き上がり写真に示されたイ号物件の焼き上がり状態は,構成要件Eを充足しない。

2 本件特許発明2について
(1)構成要件Fの充足性について
構成aは,構成要件Fを充足することは,その構成からみて明らかである。

(2)構成要件Gの充足性について
構成bは,構成要件Gを充足することは,その構成からみて明らかである。

(3)構成要件Hの充足性について
上記「第5 1(3)」と同様の理由で,構成cは,構成要件Hを充足しない。

(4)構成要件Iの充足性について
構成要件Iの「刃板に対して前記小片餅体を前記長辺部長さ方向に相対移動することで形成した切り込み部又は溝部」について,本件特許明細書には,この方法により十分な長さを有する切り込みを簡単に形成でき,生産性に一層秀れることが記載されている(上記第2 2(6)【0031】【0032】)。そして,切り込みをこのように形成することで,切餅の切り込みの状態が他の方法で形成した場合と異なることは記載がなく,また,技術常識からみても切り餅自体が異なるものとなるとはいえない。さらに,物品に切り込みを入れる方法として,回転する刃板に対して物品を相対移動させることは,常套手段である。
そうすると,構成dは,切り込み部の形成方法について特定していないが,切餅の切り込みが,構成要件Iの方法で形成したものと異なるものとはならず,かつ,構成dは,切り込みの形成手段として,常套手段といえる刃板に対して小片餅体を長辺部長さ方向に相対移動するものを包含するといえるから,構成dは,構成要件Iを充足する。

(5)構成要件Jの充足性について
上記「第5 1(4)」と同様の理由で,イ号物件の焼き上がり状態は,構成要件Jを充足しない。

第6 まとめ
以上のとおり,イ号物件は,本件発明1の構成要件Cを充足せず,イ号物件の焼き上がり状態は,本件発明1の構成要件Eを充足しないから,本件発明の技術的範囲に属しないものである。また,イ号物件は,本件発明2の構成要件Hを充足せず,イ号物件の焼き上がり状態は,本件発明2の構成要件Jを充足しないから,本件発明の技術的範囲に属しないものである。
よって,結論のとおり判定する。
 
別掲
 
判定日 2011-07-06 
出願番号 特願2006-90684(P2006-90684)
審決分類 P 1 2・ 1- ZB (A23L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 村上 騎見高  
特許庁審判長 秋月 美紀子
特許庁審判官 郡山 順
▲高▼岡 裕美
登録日 2010-12-03 
登録番号 特許第4636616号(P4636616)
発明の名称 餅  
代理人 坂手 英博  
代理人 牛木 護  
代理人 高橋 知之  
代理人 中島 淳  
代理人 清武 史郎  

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