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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D |
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管理番号 | 1240384 |
審判番号 | 不服2007-23396 |
総通号数 | 141 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2011-09-30 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2007-08-27 |
確定日 | 2011-07-20 |
事件の表示 | 特願2001-240104「インクジェットプリンタ用インク及び印刷方法」拒絶査定不服審判事件〔平成14年6月21日出願公開、特開2002-173623〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 この出願は、平成13年8月8日(優先権主張 平成12年9月11日 米国(US))の出願であって、平成15年1月7日に手続補正書が提出され、その後、平成17年9月27日付けで拒絶理由が通知され、これに対して、平成18年3月31日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成19年5月22日付けで拒絶査定がされ、これに対し、同年8月27日に審判請求がされた後、当審において平成22年6月29日付けで拒絶理由が通知され、平成23年1月6日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。 第2 本願発明 この出願の請求項1?8に係る発明は、平成23年1月6日付けの手続補正により補正された明細書(以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。 「印刷媒体上にインクセットを印刷する方法であって: (a) 少なくとも1つのアニオン性の水溶性カラー染料と少なくとも1つの界面活性剤とを含む第1のインクを提供すること; (b) 少なくとも1つのカチオン性ブラック顔料を含む第2のインクを提供すること; (c) 前記印刷媒体を横切る第1のパスで前記第1のインクを印刷すること; (d) 前記第1のインクを全体的にカバーし且つオーバーラップして、前記第1のインク上に前記第2のインクを印刷すること を含んで成り、前記第2のインク対前記第1のインクの印刷容積比が5:1?9:1であり、 これにより、前記少なくとも1つのカチオン性ブラック顔料が前記少なくとも1つのアニオン性カラー染料と反応して、反対の電荷の存在により前記印刷媒体上に不溶性錯体が生成され、それによって前記第2のインクの印刷速度、印刷品質、ブリード及び耐水性を改善することを特徴とする方法。」 本願発明は、その補正前の請求項1に同請求項9における、「前記第2のインク対前記第1のインクの印刷容積比が5:1?9:1」である、との発明特定事項を付加したものであって、その補正前の請求項9のうちの同請求項1を引用する発明に相当するものと認められる。 第3 当審において通知した拒絶の理由 当審において通知した拒絶の理由は、「本願の請求項1?9に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条2項の規定により特許を受けることができない。」という理由を含むものである。 そして、第2のとおり、本願発明は、上記拒絶の理由の「請求項9に係る発明」のうち請求項1を引用する発明に相当するから、上記理由は、本願発明は、「その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条2項の規定により特許を受けることができない。」という理由を含むものである。 そして、「下記の刊行物」とは、「特開2000-37890号公報」(以下、同様に「刊行物1」という。)であり、この出願の優先日(平成12年9月11日)前の同年2月に発行されたものである。 第4 当審の判断 1 刊行物1の記載事項 上記刊行物1には、以下の事項が記載されている。 1a 「【請求項2】 黒系インクと、該黒系インクより明度の高い一つまたは複数の有色インクと、該有色インクの濃度よりも低濃度でかつ該有色インクと同系色で前記黒系インクと極性の異なる低濃度有色インクとを用い、前記黒系インクと前記低濃度有色インクとを少なくとも一部で反応させて黒系インクの画像を形成することを特徴とするインクプリント方法。 【請求項3】 前記黒系インク、前記有色インクおよび前記低濃度有色インクはそれぞれインク吐出部から吐出されて画像が形成されるものであり、前記低濃度有色インクと前記黒系インクを重ねて吐出することにより前記黒系画像を形成することを特徴とする請求項2に記載のインクプリント方法。 … 【請求項9】 前記低濃度有色インクは前記黒系インクより後から吐出されることにより、当該黒系インクに重ねられることを特徴とする請求項3ないし8のいずれかに記載のインクプリント方法。 … 【請求項37】 該黒系インクよりも明度の高い有色インクの濃度よりも低濃度でかつ該有色インクと同系色であり、前記黒系インクと反対の極性を有することにより当該黒系インクを不溶化する機能を有した低濃度インクとを有したことを特徴とするインクセット。」(特許請求の範囲) 1b 「【0002】 【従来の技術】インクジェットプリンタ等の普及に伴ない、これら装置における一傾向として、より高品位のプリントを行うことが求められつつある。このプリント品位を決定づける主要な要因の一つとしてプリント媒体上でインクドットもしくはこのインクドットの集合として実現される光学濃度(以下、単に「OD」ともいう)があることは良く知られたことである。例えば、黒文字等のキャラクタをプリントする場合、一般に、ブラックインクによりプリント媒体上に形成されるドットのODが高い程プリントされた文字はプリント媒体の地の色に対してより高いコントラストを呈しプリント品位は向上する。また、他の色の場合、例えばシアン,マゼンタ,イエローによるドットの場合にも、これらのODが高い程、その画像はより鮮明なものとなる。 【0003】インクによりプリント媒体上に形成されるドットのODを左右する要因の一つは、プリント媒体中に浸透せずその表面に残るインク色材の量である。」 1c 「【0012】以上のように、ODの増大を目的として、複数のインクを重ねて吐出する場合やインクとともにこのインクを不溶化する有色の処理液(プリント用インクを兼ねた処理液)を重ねて吐出する場合にずれを生ずると、そのずれが相互の色相の違いによって目立ち、結果としてプリント品位を低下させることになる。」 1d 「【0015】本発明は、以上の観点に基づいてなされたものであり、その目的とするところは、上述した種々の要因によりインクドットの重なりにずれが生じたとしてもこのずれを許容しつつ濃度増大を初めとした所定のプリント品位向上を達成可能なインクプリント方法およびインクジェットプリント装置を提供することにある。」 1e 「【0019】以上の構成によれば、黒系インクの画像を形成する際に、黒系インクにこの黒系インクとは極性の異なる低濃度の有色インクが重ねて付与されるとき、仮りにこの重なりが所定の範囲からずれた場合でも、有色インクの濃度が低いことから視覚的にこのずれが認識されないようにすることができ、これとともに、黒系インクの不溶化による濃度増大と併せて色調変化を認識できない程度の範囲で黒画像の濃度増大を図ることができる。」 1f 「【0021】本発明の一実施形態では、ブラック(以下、「Bk」ともいう)のインクで文字等のプリントを行うときは、このブラックインクが付与される画素の全てもしくは一部に色濃度の薄いシアン(以下、「淡C」ともいう)のインクを重ねて付与する。そして、Bkインクをアニオン系とした場合、淡Cインクは極性の異なるカチオン系とし、これによりBkインクと淡Cインクがプリント媒体上で混合したときに色材の不溶化もしくは凝集を生じさせるものである。」 1g 「【0034】次に、本発明の実施形態に関し、上述したBkインクとこれに重ねて付与する極性の異なる淡インクの組合せを用いたインクジェットプリンタについて説明する。 【0035】図4(a)?(d)はそれぞれこのようなインクジェットプリンタにおけるプリントヘッドの配列を模式的に示す図である。これらの図はフルラインタイプのプリントヘッドを紙送り方向に対して側方から示すものであるが、各図に示すプリントヘッドの組合せは、このようなフルラインタイプに限られることはなく、キャリッジにおいてそれぞれの図に示されるように配列されるシリアルタイプのプリントヘッドの組合せでもよいことは勿論である。 【0036】図4(a)に示す配列は、紙送り方向において上流側から順にBkインク、淡Cインク、Cインク、マゼンタ(以下、単に「M」とも記す)インクおよびイエロー(以下、単に「Y」とも記す)インクをそれぞれ吐出するものである。この構成において、ブラックの文字等をプリントするときには、上述したように、BkヘッドからのBkインクの吐出に淡Cヘッドからの淡Cインクの吐出が重ねて行われる。この場合、淡Cインクの染料または顔料の色材の濃度は0.3?1.5%の範囲内のものとすることができ、これにより、この淡CインクとBkインクそれぞれの吐出位置にずれが生じた場合でも、これによるインクドット相互のずれを目立たなくすることができる。なお、この淡Cインクの色材濃度は、このプリンタにおいて用いられるCインクの色材濃度の1/2.5?1/6に相当するものである。 【0037】また、淡Cインクは、Bkインクや他のY,M,Cのインクがアニオン性を有するものに対し、異なる極性のカチオン性を有するものであり、これにより、Bkインクと淡Cインクを重ねたときにそれぞれの色材の不溶化または凝集を生じ、Bkインクドットの濃度向上やその他のフェザリング低減、耐水性向上等の所定の効果を得ることができる。 … 【0039】図4(b)は、ブラックのモノクロームプリントを行うプリンタのヘッド配列を示し、Bkインクおよび淡Cインクそれぞれのプリントヘッドが組合せて用いられる。この場合も、Bkインクはアニオン性を有し、これに重ねて付与される淡Cインクは異なる極性のカチオン性を有するものである。」 1h 「【0044】さらに、Bkインクに重ねる淡インクはカチオン性とすることには限定されない。例えばこの淡インクをアニオン性とし、その他のインクのうち少なくともBkインクについてカチオン性とするものでも、以上説明してきた本発明の所定の効果を得ることができる。」 1i 「【0045】さらに加えて、成就したようなアニオン性インクとカチオン性インクの吐出の順序に関して、上記本発明の効果を得る上で吐出順序はカチオン性インクが後でもよい。しかし、図4(a)?図4(d)で説明したように、カチオン性インクである淡Cインクを、不溶化すべきBkインクより後から吐出してこれに重ねて付与することはより好ましいことである。すなわち、記録媒体表面における色材に対してカチオン性染料が被覆されるため、プリントされた文字、画像などをラインマーカ等で擦ったときの耐擦過性が向上するからである。」 1j 「【0075】両図から明らかなように、アセチレノールの含有割合が多いほど、経過時間に対するインクの浸透量が多く、浸透性が高いといえる。図10(a)、10(b)に示すグラフには、ウエットタイムtwはアセチレノールの含有量が多いほど短くなり、また、twに達しない時間においてもアセチレノールの含有割合が多いほど浸透性が高いという傾向が表れている。」 1k 「【0081】ここで、界面活性剤をある液体に含有させる場合の条件として、その液体における界面活性剤の臨界ミセル濃度(CMC)があることが知られている。この臨界ミセル濃度とは、界面活性剤の溶液の濃度が上昇して行き急激に数十分子が会合してミセルを形成するようになるときの濃度である。上述したインクに浸透性調製のため含有されるアセチレノールは界面活性剤の一種であり、このアセチレノールにおいても同様に液体に応じて臨界ミセル濃度が存在する。」 1l 「【0084】本実施例で使用する淡Cインクおよびその他のインクの組成は次の通りであり、それぞれの色材に溶媒を加えることによって生成されるものである。なお、各成分の割合は重量部で示したものである。 【0085】 [淡シアン(C′)インク] カチオン染料(塩基性染料)BB100 1部 グリセリン 7部 ジエチレングリコール 5部 アセチレノール EH 1部 (川研ファインケミカル製) ポリアリルアミン 4部 酢酸 4部 塩化ベンザルコニウム 0.5部 トリエチレングリココールモノブチルエーテル 3部 水 残部 [イエロー(Y)インク] … [マゼンタ(M)インク] … [シアン(C)インク] … [ブラック(Bk)インク] 顔料分散液 25部 フードブラック2 2部 グリセリン 6部 トリエチレングリコール 5部 アセチレノール EH 0.1部 (川研ファインケミカル製) 水 残部 上記ブラックインクはその組成からも明らかなように分散剤無し顔料と染料が混合したものを色材として用いるものであり、その顔料分散液は次のものである。 【0086】[顔料分散液]…顔料に水をたして顔料濃度10重量%の顔料水溶液を作製した。以上の方法により、下記式で表したように、表面に、フェニル基を介して親水性基が結合したアニオン性に帯電した自己分散型カーボンブラックが分散した顔料分散液3を得た。」 1m 「【0099】なお、以上説明し淡シアンインクの色材である染料をベーシックブルー(BB)100としたが、これの代わりにベーシックブルー(BB)47を用いてもよい。この場合、BB47の含有率は、0.2?1重量%程度が好ましい。 【0100】このようなBB100やBB47のようなカチオン性染料を色材として含みかつ他のカチオン物質を必要に応じて含んだインクは、上述のように、アニオン性のブラックインクを不溶化させてブラックインクによるプリント品位を向上させるものである。すなわち、このようなカチオン性染料を色材として用いたインクによるプリント画像等のODはそれほど高くないため、特にブラックインクと反応させて用いる淡インクとして好ましいものであり、また、インクの浸透性を高くすることでブラックインクと併用して用いたときの定着性を向上させるものである。」 1n 「【0101】以上説明したフルラインタイプのプリント装置は、プリントヘッドがプリント動作において固定された状態で用いられ、記録紙の搬送に要する時間がほぼプリントに要する時間であるため、特に高速プリントに適したものである。従って、このような高速プリント機器に本発明を適用することによって、さらにその高速プリント機能を向上でき、しかも高品位のプリントを可能とするものである。」 1o 「【0118】 【発明の効果】以上説明したように、本発明によれば、黒系インクの画像を形成する際に、黒系インクにこの黒系インクとは極性の異なる低濃度の有色インクが重ねて付与されるとき、仮りにこの重なりが所定の範囲からずれた場合でも、有色インクの濃度が低いことからこのずれが目立ち視覚的にこのずれが認識されないようにすることができる。これとともに、Cの色材がBk画素に加わることによって黒画像の濃度増大を図ることができる。」 1p 「【0121】なお、以上のような効果を得る上で、Bkインクと低濃度有色インクとの付与順序は、これまで述べてきたように、低濃度有色インクが先に付与される形態でも良いことは勿論である。」 2 刊行物1に記載された発明 刊行物1は、「黒系インクと、該黒系インクより明度の高い一つまたは複数の有色インクと、該有色インクの濃度よりも低濃度でかつ該有色インクと同系色で前記黒系インクと極性の異なる低濃度有色インクとを用い、前記黒系インクと前記低濃度有色インクとを少なくとも一部で反応させて黒系インクの画像を形成することを特徴とするインクプリント方法」(摘示1a【請求項2】)等の印刷方法に関し記載するものであって、具体的な方法の一つとして、 「図4(a)に示す配列は、紙送り方向において上流側から順にBkインク、淡Cインク、Cインク、マゼンタ(以下、単に「M」とも記す)インクおよびイエロー(以下、単に「Y」とも記す)インクをそれぞれ吐出するものである。この構成において、ブラックの文字等をプリントするときには、上述したように、BkヘッドからのBkインクの吐出に淡Cヘッドからの淡Cインクの吐出が重ねて行われる」(摘示1g【0036】)、「図4(b)は、ブラックのモノクロームプリントを行うプリンタのヘッド配列を示し、Bkインクおよび淡Cインクそれぞれのプリントヘッドが組合せて用いられる。」(摘示1g【0039】)プリント方法が記載され、「本発明の一実施形態では、ブラック(以下、「Bk」ともいう)のインクで文字等のプリントを行うときは、このブラックインクが付与される画素の全てもしくは一部に色濃度の薄いシアン(以下、「淡C」ともいう)のインクを重ねて付与する」(摘示1f)ことが記載されている。 そうすると、刊行物1には、「プリント媒体上にブラックインク、色濃度の薄いシアンインク、又はさらに、シアンインク、マゼンタインクおよびイエローインクをそれぞれ吐出する方法」であって、「紙送り方向において上流側から順にブラックインク、色濃度の薄いシアンインクをそれぞれ吐出」し、「ブラックインクが付与される画素の全てに色濃度の薄いシアンのインクを重ねて付与する」プリント方法が記載されているといえる。 そして、摘示1gの「Bkインクとこれに重ねて付与する極性の異なる淡インクの組合せ」(摘示1g【0034】)について、「Bkインクをアニオン系とした場合、淡Cインクは極性の異なるカチオン系とし、これによりBkインクと淡Cインクがプリント媒体上で混合したときに色材の不溶化もしくは凝集を生じさせるものである。」(摘示1f)ことが記載されており、これらインクの具体的な組成として、実施例では「淡Cインク」は、 カチオン染料(塩基性染料)BB100 1部 グリセリン 7部 ジエチレングリコール 5部 アセチレノール EH(川研ファインケミカル製) 1部 ポリアリルアミン 4部 酢酸 4部 塩化ベンザルコニウム 0.5部 トリエチレングリココールモノブチルエーテル 3部 水 残部」(摘示1l) が用いられている。 その「カチオン染料(塩基性染料)BB100」は、「淡シアンインクの色材である染料をベーシックブルー(BB)100」(摘示1m)と水溶性のブルーのものと認められ、「アセチレノール EH(川研ファインケミカル製)」は、「界面活性剤の一種」(摘示1k)であるから、「淡Cインク」は、ブルー染料と界面活性剤と水を成分として含むものと認められる。 また、ブラックインクは、 「[ブラック(Bk)インク] 顔料分散液 25部 フードブラック2 2部 グリセリン 6部 トリエチレングリコール 5部 アセチレノール EH 0.1部 (川研ファインケミカル製) 水 残部」(摘示1l) が用いられている。 その「顔料分散液」は、「[顔料分散液]…表面に、フェニル基を介して親水性基が結合したアニオン性に帯電した自己分散型カーボンブラックが分散した顔料分散液」(摘示1l)であるから、「ブラックインク」は、カーボンブラックを含むものと認められる。 そして、上記「Bkインクと淡Cインクがプリント媒体上で混合したときに色材の不溶化もしくは凝集を生じさせる」(摘示1f)において、「淡Cインクは、Bkインク…に対し、異なる極性…を有するもの」(摘示1g)であり、そのインクの極性は、具体例によれば、「ブラックインク」に「表面に、フェニル基を介して親水性基が結合したアニオン性に帯電した自己分散型カーボンブラック」(摘示1l)が、「色濃度の薄いシアンインク」には「カチオン染料(塩基性染料)BB100」(摘示1l)が用いられていることから、インク中の色材の極性によりもたらされると認められる。 そうすると、上記「Bkインクと淡Cインクがプリント媒体上で混合したときに色材の不溶化もしくは凝集を生じさせる」とは、両インクが混合することにより、それらのインク中のカーボンラックと、それと異なる極性を有するブルー染料の両色材とが反応して、プリント媒体上に、「色材の不溶化もしくは凝集」により不溶化物を生成させることであると認められる。 以上のことから、刊行物1には、 「プリント媒体上にブラックインク、色濃度の薄いシアンインク、又はさらにシアンインク、マゼンタインクおよびイエローインクをそれぞれ吐出してプリントする方法であって: 水溶性ブルー染料と界面活性剤と水を成分として含む色濃度の薄いシアンインクを提供すること; カーボンブラックを含むインクを提供すること; 紙送り方向において上流側から順にブラックインク、色濃度の薄いシアンインクをそれぞれ吐出するとともに、このブラックインクが付与される画素の全てに色濃度の薄いシアンのインクを重ねて付与すること を含んで成り、 これによりブラックインクと色濃度の薄いシアンインクがプリント媒体上で両インクが混合することにより、カーボンラックと、それと異なる極性を有するブルー染料の両色材とが反応して、プリント媒体上に、色材の不溶化もしくは凝集により不溶化物を生成させるプリント方法。」 の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 5 本願発明と引用発明との対比 引用発明における「プリント媒体」及び「ブラックインク、色濃度の薄いシアンインク、シアンインク、マゼンタインクおよびイエローインクをそれぞれ吐出してプリントする方法」は、本願発明における「印刷媒体」及び「インクセットを印刷する方法」に相当する。 そして、引用発明の「水溶性ブルー染料とアセチレノールと水を成分として含む色濃度の薄いシアンインク」は、ブルー染料はカラー染料といえるから、本願発明における「1つの水溶性カラー染料と1つの界面活性剤とを含む第1のインク」に相当し、引用発明の「カーボンブラックを含むインク」のカーボンブラックはブラック顔料といえるから、本願発明における「ブラック顔料を含む第2のインク」に相当する。 さらに、引用発明における「紙送り方向において上流側から順にブラックインク、色濃度の薄いシアンインクをそれぞれ吐出するとともに、このブラックインクが付与される画素の全てに色濃度の薄いシアンのインクを重ねて付与すること」は、まず最初に紙(印刷媒体)を横切る第1のパスで、一方のインクを印刷した上に、他方のインクを、先に印刷したインクを全体的にカバーし且つオーバーラップして、印刷することといえ、この点で、本願発明の「(c) 前記印刷媒体を横切る第1のパスで前記第1のインクを印刷すること; (d) 前記第1のインクを全体的にカバーし且つオーバーラップして、前記第1のインク上に前記第2のインクを印刷すること」と軌を一にする。 そして、引用発明における「これによりブラックインクと色濃度の薄いシアンインクがプリント媒体上で両インクが混合することにより、カーボンラックと、それと異なる極性を有するブルー染料の両色材とが反応して、プリント媒体上に、色材の不溶化もしくは凝集により不溶化物を生成させるプリント方法」は、1つのブラック顔料がそれと異なる極性を有する1つのカラー染料と反応して、反対の電荷の存在により前記印刷媒体上に色材の不溶化物が生成される方法であるから、この点で、本願発明の「これによりブラック顔料が前記少なくとも1つのアニオン性カラー染料と反応して、反対の電荷の存在により前記印刷媒体上に不溶性錯体が生成され…る方法」と軌を一にする。 以上のことから、本願発明と引用発明とは、 「印刷媒体上にインクセットを印刷する方法であって: (a) 1つの水溶性カラー染料と1つの界面活性剤とを含む第1のインクを提供すること; (b) 1つのブラック顔料を含む第2のインクを提供すること; (c) 前記印刷媒体を横切る第1のパスで前記の一方のインクを印刷すること; (d) 前記のうち一方のインクを全体的にカバーし且つオーバーラップして、先に印刷した一方のインク上に前記のうちの他方のインクを印刷すること を含んで成り、 これにより、前記1つのブラック顔料がそれと異なる極性を有する前記1つのカラー染料と反応して、反対の電荷の存在により前記印刷媒体上に不溶化物が生成される方法」 である点において一致するが、両者は以下の点において相違すると認められる。 (i) 両色材の極性について、本願発明においては、染料が「アニオン性」で、ブラック顔料「カチオン性」であるのに対して、引用発明においては、両色材は異なる極性を有するものである点 (ii) 印刷の順序について、本願発明においては、水溶性カラー染料を含むインク(「第1のインク」)を印刷し、ブラック顔料を含むインク(「第2のインク」)を印刷するのに対して、引用発明においては、その順序が逆である点 (iii) インクの印刷容積比が、本願発明においては、ブラック顔料を含むインク(「第2のインク」):水溶性カラー染料を含むインク(「第1のインク」)が5:1?9:1であるのに対して、引用発明においては、不明である点 (iv) 本願発明においては、印刷媒体上に「不溶性錯体」が生成され、それによって「前記第2のインクの印刷速度、印刷品質、ブリード及び耐水性を改善する」と規定するのに対し、引用発明においては、プリント媒体上に「色材の不溶化もしくは凝集」を生じさせるものの、そのような作用効果を規定するものではない点 (以下、これらの相違点を、それぞれ「相違点(i)」…「相違点(iv)」という。) 6 相違点についての判断 (1) 相違点(i)について 刊行物1には、両色材の極性について、「さらに、Bkインクに重ねる淡インクはカチオン性とすることには限定されない。例えばこの淡インクをアニオン性とし、その他のインクのうち少なくともBkインクについてカチオン性とするものでも、以上説明してきた本発明の所定の効果を得ることができる。」(摘示1h。審決注:「Bkインク」は「ブラックインク」を、「淡インク」は、「色濃度の薄いシアンインク」を、それぞれ意味する。)と記載されている。 したがって、引用発明における両色材のうち、「水溶性カラー染料」を「アニオン性」とし、「カーボンブラック」を「カチオン性」とすることは、当業者が容易になし得ることである。 (2) 相違点(ii)について 刊行物1には、アニオン性インクとカチオン性インクの吐出の順序に関して、「さらに加えて、成就(審決注:「上述」の誤記と認める。)したようなアニオン性インクとカチオン性インクの吐出の順序に関して、上記本発明の効果を得る上で吐出順序はカチオン性インクが後でもよい」(摘示1i)こと及び「なお、以上のような効果を得る上で、Bkインクと低濃度有色インクとの付与順序は、これまで述べてきたように、低濃度有色インクが先に付与される形態でも良いことは勿論である」(摘示1p)ことが記載されている。 そうすると、引用発明の「ブラックインク」を印刷してから「色濃度の薄いシアンインク」を印刷するという順序に代えて、「色濃度の薄いシアンインク」を印刷してから「ブラックインク」を印刷すること、は当業者が容易になし得ることである。 (3) 相違点(iii)について 刊行物1には、両インクの印刷容積比について明らかにされるものではなく、また、これらの容積比は各インクのカーボンブラック、染料をはじめ、界面活性剤、その他の成分の種類、濃度、浸透性などにより好適範囲は変化するものと認められるが、例えば、刊行物1に「インクによりプリント媒体上に形成されるドットのOD(審決注:光学濃度)を左右する要因の一つは、プリント媒体中に浸透せずその表面に残るインク色材の量である」(摘示1b)と記載され、その「プリント媒体中に浸透せずその表面に残るインク色材」とは、ブラックインク又は染料及びそれらが反応して生成した不溶化物であるから、プリント媒体上に形成されるドットのODを所望の濃度範囲とする「表面に残るインク色材の量」等の好適なものとするために、カーボンブラック、染料をはじめ、界面活性剤、その他の成分の種類、濃度、浸透性などを考慮して、両インクの容量比を実験等により、好適範囲、例えば「5:1?9:1である」の範囲とすることは、当業者が必要に応じ適宜なし得る設計事項に過ぎないといえる。 そして、本願明細書等を検討しても、本願発明が、特にこの数値範囲としたことにより格別顕著な効果を奏する、と認めるに足るものはない。 (4) 相違点(iv)について 刊行物1には、「淡Cインクは、Bkインクや他のY,M,Cのインクがアニオン性を有するものに対し、異なる極性のカチオン性を有するものであり、これにより、Bkインクと淡Cインクを重ねたときにそれぞれの色材の不溶化または凝集を生じ、Bkインクドットの濃度向上やその他のフェザリング低減、耐水性向上等の所定の効果を得ることができる。」(摘示1g)こと、及び「以上説明したフルラインタイプのプリント装置は、プリントヘッドがプリント動作において固定された状態で用いられ、記録紙の搬送に要する時間がほぼプリントに要する時間であるため、特に高速プリントに適したものである。従って、このような高速プリント機器に本発明を適用することによって、さらにその高速プリント機能を向上でき、しかも高品位のプリントを可能とするものである。」(摘示1n)ことが記載されている。 以上のことから、刊行物1には、アニオン性インキとカチオン性インキを重ねたときにそれぞれの色材の不溶化または凝集を生ぜしめることにより、Bkインクの耐水性向上の効果を得られると記載され、また、「高速プリント機能を向上でき、しかも高品位のプリントを可能とする」と記載されるのであるから、引用発明も、重ねるインク(第2のインク)の印刷速度及び印刷品質を改善し得るものであるといえる。そして、色材の不溶化または凝集が生じることにより「Bkインクドットの濃度向上やその他のフェザリング低減」等の効果が得られるとされるのであるから、引用発明においても、色材の拡散やにじみが防止され、ブリード(にじみ)等を改善し得るものであるといえる。 したがって、引用発明は「それによってBkインク、すなわち、第2のインクの印刷速度、印刷品質、ブリード及び耐水性を改善する」ものであって、この点は両者の実質的な相違点ではないか、適宜なし得ることである。 なお、本願発明の「不溶性錯体」について、本願明細書に生成する不溶化物が「錯体」であることは裏付けられておらず、また、「染料の選択により大きい幅をもたせること」(【0016】)も意図しており特殊な染料を使用するものとも認められないことから、その「不溶性錯体」とは「色材の不溶化物」の意味と解され、引用発明の「色材の不溶化または凝集を生」ぜしめたときの色材の不溶化物と同等のものであると認められ、この点も両者の実質的な相違点ではないか、適宜なし得ることである。 (5) 本願発明の効果について 本願発明の効果について、本願明細書に、 「【0048】 【発明の効果】第1の、下刷りされたアニオン染料ベースインクと、その上に印刷された、第2の、カチオンブラック顔料ベースインクとの組合せは、インクジェット印刷において有用性を見出すことが期待される。 【0049】以上、第1の、下刷りアニオン染料ベースインクを印刷し、その上に、第2の、カチオンブラック顔料ベースインクを印刷する方法を開示した。この方法によって、印刷速度、印刷品質、ブリード抑制及び耐水性の改善が実現される。明らかな性質の種々の変更並びに修正を実施してよく、且つそのような変更並びに修正は全て本発明の範囲内に帰属すると考えられることは、熟練した当業者には明らかになるであろう。」 と記載されるとおり、「印刷速度、印刷品質、ブリード抑制及び耐水性の改善が実現される」ことであると認められる。 しかし、上記「(4)相違点(iv)について」においてで述べたように、「印刷速度、印刷品質、ブリード抑制及び耐水性の改善が実現される」ことは、刊行物1に記載されているか、又は刊行物1の記載から予想できることであるから、本願発明が格別顕著な効果を奏するものということはできない。 (6) 小括 したがって、本願発明は、刊行物1に記載された発明(引用発明)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。 7 むすび 以上のとおりであるから、その余を検討するまでもなく、本願は、拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2011-02-21 |
結審通知日 | 2011-02-22 |
審決日 | 2011-03-07 |
出願番号 | 特願2001-240104(P2001-240104) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WZ
(C09D)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 菅原 洋平、木村 敏康 |
特許庁審判長 |
柳 和子 |
特許庁審判官 |
細井 龍史 橋本 栄和 |
発明の名称 | インクジェットプリンタ用インク及び印刷方法 |
代理人 | 古谷 聡 |
代理人 | 溝部 孝彦 |