• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16C
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16C
管理番号 1240858
審判番号 不服2010-22801  
総通号数 141 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-09-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-10-08 
確定日 2011-07-28 
事件の表示 特願2005-257852「動圧軸受装置」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 3月22日出願公開、特開2007- 71274〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 【1】手続の経緯

本願は、平成17年9月6日の出願であって、平成22年7月6日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成22年10月8日に拒絶査定不服審判の請求と明細書を補正する手続補正がなされ、その後、当審において平成23年2月2日付けで審尋がなされ、平成23年4月1日に当該審尋に対する回答書が提出されたものである。

【2】平成22年10月8日付けの手続補正についての補正却下の決定

〔補正却下の決定の結論〕

平成22年10月8日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]

1.本件補正後の本願発明

本件補正により、特許請求の範囲は、

「【請求項1】
スリーブ部を備えた軸受部材と、前記スリーブ部の内周に挿入した軸部および該軸部の外径側に突出させて設けられたフランジ部を備える軸部材と、前記スリーブ部の内周面と前記軸部の外周面との間のラジアル軸受隙間に生じる潤滑流体の動圧作用で前記軸部材をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、前記スリーブ部の端面と前記フランジ部の端面との間のスラスト軸受隙間に生じる潤滑流体の動圧作用で前記軸部材をスラスト方向に非接触支持するスラスト軸受部とを備える動圧軸受装置において、
前記フランジ部が前記スリーブ部の両端側に配置され、
前記スリーブ部の両端側に配置された前記フランジ部の外周に、それぞれ大気に開放されたシール空間が形成され、
前記潤滑流体の油面は前記シール空間内に維持され、
前記フランジ部は前記軸部の外周面に接着固定され、該接着固定部に接着剤充填部が形成されていると共に、該接着固定部の前記接着剤充填部を除く領域において、前記フランジ部の内周面が前記軸部の外周面に圧入され、
前記接着剤充填部は、前記軸部の外周面および前記フランジ部の内周面のうち、少なくとも一方に設けられた螺旋溝で形成され、かつ、該螺旋溝は前記接着固定部の軸方向全域に亘って形成され、前記接着固定部の軸方向断面において、前記接着剤充填部と前記圧入された部分とが交互に配置されることを特徴とする動圧軸受装置。
【請求項2】
前記シール空間は、該動圧軸受装置の内部方向に漸次縮径したテーパ形状を有することを特徴とする請求項1に記載の動圧軸受装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の動圧軸受装置と、ステータコイルと、ロータマグネットとを有するモータ。」と、補正された。(なお、下線は、請求人が付した本件補正による補正箇所を示す。)

上記補正は、請求項1についてみると、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項について、本願の願書に最初に添付した特許請求の範囲の請求項2、明細書の第0029段落 及び図4cに基づき、接着剤充填部について「前記接着剤充填部は、前記軸部の外周面および前記フランジ部の内周面のうち、少なくとも一方に設けられた螺旋溝で形成され、かつ、該螺旋溝は前記接着固定部の軸方向全域に亘って形成され、前記接着固定部の軸方向断面において、前記接着剤充填部と前記圧入された部分とが交互に配置される」と限定するものであって、これは、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2.引用刊行物記載の発明

原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物は、次のとおりである。

引用例1:特開2002-339956号公報
引用例2:特開平3-168413号公報
引用例3:特開2002-155913号公報
引用例4:特開2004-286121号公報

(1)引用例1(特開2002-339956号公報)には、次の事項が図面とともに記載されている。
ア)「【請求項1】 固定部と、この固定部に動圧軸受部を介して回転自在に支持された回転部とを有する動圧軸受装置において、
前記回転部は、回転中心に配置される回転軸部材と、この回転軸部材の外周面に嵌合固定される第一および第二環状部材とを含み構成され、
前記固定部は、前記第一環状部材と前記第二環状部材との間に配置される中間部材を含み構成され、
前記動圧軸受部は、前記第一環状部材と前記中間部材との各対向面およびこれらの対向面間に形成された第一の隙間に充填された動圧発生用の作動油並びに前記第二環状部材と前記中間部材との各対向面およびこれらの対向面間に形成された第二の隙間に充填された動圧発生用の作動油を備えてなるスラスト軸受部と、前記回転部の外周面と前記中間部材の内周面との各対向面およびこれらの対向面間に形成された第三の隙間に充填された動圧発生用の作動油を備えてなるジャーナル軸受部とを有し、
前記第一および第二環状部材は、前記回転軸部材との嵌合面に塗布された接着剤のみにより前記回転軸部材に固定されていることを特徴とする動圧軸受装置。」

イ)「【0057】[第一実施形態]図1は、本発明の第一実施形態の動圧軸受装置20をHDD回転駆動部10に組み込んだ例を示す断面図であり、図2には、動圧軸受装置20の拡大断面図が示されている。また、図3には、動圧軸受装置20の要部の拡大断面図が示され、図4および図5には、動圧軸受装置20の製造方法の説明図が示されている。
【0058】図1において、HDD回転駆動部10の中心部には、動圧軸受装置20が配置されている。この動圧軸受装置20の回転中心に配置された回転軸部材31の上部には、図示されない記憶用ディスクを搭載するハブ11が嵌合固定され、回転軸部材31とともに回転するようになっている。また、ハブ11の内周面には、モータ駆動用磁石部材12が嵌合固着され、このモータ駆動用磁石部材12の内側には、ステータ支持部材14に固定されたモータステータ部13が設けられている。モータ駆動用磁石部材12は、モータステータ部13に与えられた交番電流により発生する交番磁界により回転駆動され、これによりハブ11とともに記憶用ディスクが回転するようになっている。
【0059】省略
【0060】図2において、動圧軸受装置20は、回転部30と固定部40とを備えている。また、回転部30と固定部40との間には、動圧軸受部50が形成され、回転部30は、この動圧軸受部50を介して固定部40により回転自在に支持されている。
【0061】回転部30は、円柱状の回転軸部材31と、この回転軸部材31の外周面に嵌合固定された円環状の第一環状部材32および第二環状部材33とを備えて構成されている。これらの第一環状部材32および第二環状部材33は、回転軸部材31の外周面31Aとの嵌合面である内周面32A,33Aのみに接着剤が塗布され、上下の各端面には、接着剤は塗布されていない。
【0062】固定部40は、回転軸部材31の下端側に配置される受け皿状の下部支持部材41と、この下部支持部材41の上部に嵌合固着されて第一環状部材32と第二環状部材33との間に配置された円環状の中間部材42と、この中間部材42の外周側に配置された円環状の磁石部材43と、この磁石部材43の上側に配置されて中間部材42の外周面に嵌合固着された略フランジ状の上部ヨーク44とを備えて構成されている。なお、下部支持部材41の底板は、何の荷重もかからず、液体を封入できればよいので、例えば0.05mm程度の厚さがあればよく、高さ方向には殆どスペースをとらない。
【0063】動圧軸受部50は、回転部30に作用するスラスト方向の荷重を受けるスラスト軸受部51と、回転部30に作用するラジアル方向の荷重を受けるジャーナル軸受部52とにより構成されている。また、スラスト軸受部51は、上側スラスト軸受部51Aと、下側スラスト軸受部51Bとの二層により形成されている。
【0064】上側スラスト軸受部51Aは、第一環状部材32の下端面32Bと、この下端面32Bに対向する中間部材42の上端面42Aと、これらの対向面32B,42A間に形成された第一の隙間54に充填された動圧発生用の作動油53とにより構成されている。
【0065】下側スラスト軸受部51Bは、第二環状部材33の上端面33Bと、この上端面33Bに対向する中間部材42の下端面42Bと、これらの対向面33B,42B間に形成された第二の隙間55に充填された動圧発生用の作動油53とにより構成されている。
【0066】ジャーナル軸受部52は、回転軸部材31の外周面31Aと、この外周面31Aに対向する中間部材42の内周面42Cと、これらの対向面31A,42C間に形成された第三の隙間56に充填された動圧発生用の作動油53とにより構成されている。」

ウ)「【0068】また、第一の隙間54、第二の隙間55、第三の隙間56、および回転軸部材31および第二環状部材33の下端面と下部支持部材41の底面との間に形成された隙間57は、全て連通されている。
【0069】図3において、作動油53と外部空間60との境界面53Aの近傍に配置される構成部材である第一環状部材32および上部ヨーク44の表面のうち、少なくとも図中一点鎖線で示された部分には、作動油53の滲み出し防止用の撥油剤が塗布されている。なお、撥油剤は、図中一点鎖線で示された部分以外の部分に塗布されていてもよい。例えば、後述するように、第一環状部材32および上部ヨーク44の機械加工を行う際に、撥油剤を切削剤の代わりに用いる場合には、これらの部材32,44の全体が撥油剤で覆われることになるが、膜厚が微少であるため問題にはならない。また、第一環状部材32の表面のうち、図中一点鎖線で示された部分は、テーパ面32Cとなっている。」

これらの記載事項及び図面からみて、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。
「中間部材42を備えた固定部40と、前記中間部材42の内周に挿入した回転軸部材31および該回転軸部材31の外径側に突出させて設けられた第一環状部材32及び第二環状部材33を備える回転部30と、前記中間部材42の内周面42Cと前記回転軸部材31の外周面31Aとの間の第三の隙間56に生じる作動油53の動圧作用で前記回転軸部材31をラジアル方向に非接触支持するジャーナル軸受部52と、前記中間部材42の上端面42Aと前記第一環状部材32の下端面32Bとの間の第一の隙間54及び前記中間部材42の下端面42Bと第二環状部材33の上端面33Bとの間の第二の隙間55に生じる作動油53の動圧作用で前記回転部30をスラスト方向に非接触支持するスラスト軸受部51A、51Bとを備える動圧軸受装置において、
前記第一環状部材32及び第二環状部材33が前記中間部材42の両端側に配置され、
前記中間部材42の上側に配置された第一環状部材32の外周に、大気に開放されたシール空間が形成され、
前記作動油53の油面は前記シール空間内に維持され、
前記第一環状部材32及び第二環状部材33は前記回転軸部材31の外周面に接着固定される動圧軸受装置20。」

(2)引用例2(特開平3-168413号公報)には、次の事項が図面とともに記載されている。
カ)「1.シャフトを玉軸受を介して支持するハウジングを備え、前記玉軸受の軌道輪をこれに軸方向の与圧をかけた状態で前記ハウジング若しくは前記シャフトに接着するようにした軸受装置において、前記ハウジング若しくは前記シャフトにおける前記軌道輪との当接部位に、その軌道輪の端面側で外部に臨むように開放した形状の接着剤注入用溝部を設けたことを特徴とする軸受装置。」 (第1頁左下欄第4?11行)

キ)「シャフト30において第2の玉軸受32の内輪32aが当接する部位に螺旋状の接着剤注入用溝部43が刻設されており、その刻設範囲は、溝部43が第2の玉軸受32の図示下端面から外部を臨むように開放し且つ図示上端面との間に所定寸法の未刻設部Qが存するように設定されている。従って、この第2の実施例においても、溝部43に接着剤を滴下することにより、接着剤を内輪32aとの当接部位に円滑に且つ均一に浸潤させることができるから、内輪32aを、予圧がかけられた状態で、しかも第2の玉軸受32の機能を損なうことなくシャフト30に確実に接着することができる。」(第3頁右下欄第19行?第4頁左上欄第11行)

(3)引用例3(特開2002-155913号公報)には、次の事項が図面とともに記載されている。
サ)「【請求項1】 先端円筒状周面を接着面とする物体と、嵌合して一体構造となる被接着円筒状物体との嵌合接合体において、
前記円筒状接着面に、接着剤用螺旋形状溝を1周回以上に亘って設けることを特徴とする嵌合接合体。
【請求項2】 前記1周回に亘る溝の幅のピッチ幅と大略等しい空隙を物体基部側に残して、接着剤用螺旋形状溝を前記接着面に設けることを特徴とする請求項1記載の嵌合接合体。」

シ)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は先端円筒状周面を接着面とする物体と、被接着円筒状物体との嵌合接合体に関する。」

(4)引用例4(特開2004-286121号公報)には、次の事項が図面とともに記載されている。
タ)「【請求項1】
それ自体の外周に、接着剤を介してギア等の部品を嵌合し接着固定するシャフトであって、上記接着部分に接着剤の溜まり部となる溝が螺旋状に形成されていることを特徴とするシャフト。」

チ)「【0011】
図1は、本発明のシャフトの一実施の形態を示している。このシャフトSは、外周に、接着剤を介してギア等の部品Gを嵌合し接着固定するシャフトSであり、その接着部分には、溝1が螺旋状に形成されている。そして、その螺旋状の溝1が接着剤の溜まり部となっている。なお、部品Gの嵌合部の内周面は、平滑であり、螺旋状の溝1に噛合する螺旋状凸部は形成されていない。
【0012】
より詳しく説明すると、上記溝1の形成は、旋盤を用い、シャフトSを回転させながら、切削加工することにより行われる。このため、シャフトSには、多大な荷重がかからず、シャフトSが変形することがない。したがって、上記螺旋状の溝1の形成により、シャフトSの振れ精度は悪化しない。また、上記溝1は、1本の連続した溝1であるため、上記切削加工は、1工程でできる。さらに、上記切削加工では、ばりが発生するものの、そのばりは1本につながっているため、金属粉が発生しない。
【0013】
そして、上記溝1に接着剤を溜める際には、その溝1が連続しているため、その溝1のうちの1箇所から流動性の接着剤を供給すると、その溝1全体に広がるようになる。したがって、接着剤の供給を短時間かつ容易に行うことができるようになる。」

3.対比

そこで、本願補正発明と引用発明とを対比すると、その機能又は構成からみて、後者の「中間部材42」は前者の「スリーブ部」に相当し、以下同様に、「固定部40」は「軸受部材」に、「回転軸部材31」は「軸部」に、「第一環状部材32」及び「第二環状部材33」は「フランジ部」に、「回転部30」は「軸部材」に、「中間部材42の内周面42C」は「スリーブ部の内周面」に、「回転軸部材31の外周面31A」は「軸部の外周面」に、「第三の隙間56」は「ラジアル軸受隙間」に、「作動油53」は「潤滑流体」に、「ジャーナル軸受部52」は「ラジアル軸受部」に、「前記中間部材42の上端面42Aと前記第一環状部材32の下端面32Bとの間の第一の隙間54」及び「前期中間部材42の下端面42Bと第二環状部材33の上端面33Bとの間の第二の隙間55」は「前記スリーブ部の端面と前記フランジ部の端面との間のスラスト軸受隙間」に、「スラスト軸受部51A、51B」は「スラスト軸受部」に、「動圧軸受装置20」は「動圧軸受装置」にそれぞれ相当する。
また、大気に開放されたシール空間が形成される箇所について、後者の「前記中間部材42の上側に配置された第一環状部材32の外周に、大気に開放されたシール空間が形成され」と前者の「前記スリーブ部の両端側に配置された前記フランジ部の外周に、それぞれ大気に開放されたシール空間が形成され」は、フランジ部の外周の少なくとも一方に、大気に開放されたシール空間が形成されている限りにおいて一致するから、本願補正発明の用語を用いて表現すると、両者は、
「スリーブ部を備えた軸受部材と、前記スリーブ部の内周に挿入した軸部および該軸部の外径側に突出させて設けられたフランジ部を備える軸部材と、前記スリーブ部の内周面と前記軸部の外周面との間のラジアル軸受隙間に生じる潤滑流体の動圧作用で前記軸部材をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、前記スリーブ部の端面と前記フランジ部の端面との間のスラスト軸受隙間に生じる潤滑流体の動圧作用で前記軸部材をスラスト方向に非接触支持するスラスト軸受部とを備える動圧軸受装置において、
前記フランジ部が前記スリーブ部の両端側に配置され、
前記スリーブ部の両端側に配置された前記フランジ部の外周の少なくとも一方に、大気に開放されたシール空間が形成され、
前記潤滑流体の油面は前記シール空間内に維持され、
前記フランジ部は前記軸部の外周面に接着固定される動圧軸受装置。」である点で一致し、次の点で相違する。

・相違点1
本願補正発明の「大気に開放されたシール空間」は、「スリーブ部の両端側に配置された前記フランジ部の外周に、それぞれ」形成されているのに対して、引用発明の「大気に開放されたシール空間」は、「中間部材42の上側に配置された第一環状部材32の外周に、」形成されたものである点。

・相違点2
本願補正発明の「フランジ部は前記軸部の外周面に接着固定され、該接着固定部に接着剤充填部が形成されていると共に、該接着固定部の前記接着剤充填部を除く領域において、前記フランジ部の内周面が前記軸部の外周面に圧入され、前記接着剤充填部は、前記軸部の外周面および前記フランジ部の内周面のうち、少なくとも一方に設けられた螺旋溝で形成され、かつ、該螺旋溝は前記接着固定部の軸方向全域に亘って形成され、前記接着固定部の軸方向断面において、前記接着剤充填部と前記圧入された部分とが交互に配置される」のに対して、引用発明の「前記第一環状部材32及び第二環状部材33は前記回転軸部材31の外周面に接着固定される」ことしか明らかでない点。

4.当審の判断

(1)上記相違点1の検討
フランジ部がスリーブ部の両端側に配置された動圧軸受において、スリーブ部の両端側に配置されたフランジ部の外周に、それぞれ大気に開放されたシール空間が形成されたものは、例えば、特開2002-70849号公報の図1?図3及び図12、特開平8-200354号公報の図7、8及び10に記載されているように周知の構造である。
そして、引用発明に、上記周知の構造を適用して、引用発明の「大気に開放されたシール空間」として、「中間部材42の上側に配置された第一環状部材32の外周に、」形成されたもの加え、他方の第二環状部材33の外周にも大気に開放されたシール空間を形成することは、当業者が容易に想到し得たものである。

(2)上記相違点2の検討
円柱或いは円筒体と、円筒体との接着技術において、その接着面に螺旋溝を設けることは、上記引用例2?4に記載されているように、周知の技術である。
また、円柱或いは円筒体と、円筒体との接続技術として、圧入と接着とを組み合わせて用いることも、周知の技術であり、軸部とフランジ部との接合面に接着剤充填部を形成すると共に、接着及び圧入する技術も、特開2003-56555号公報の第0042段落に記載されているように周知の技術である。
そして、引用発明の接着面に、上記接着剤充填部となる螺旋溝を設ける周知の技術を適用し、併せて、上記接着と圧入とを組み合わせて用いる周知の技術を適用することは、当業者が容易に想到し得たものである。
なお、接着面の螺旋溝をどの程度の範囲に設けるかは、当業者が適宜設計し得たものであり、上記引用例2?4のそれぞれの請求項1では、螺旋溝を設ける範囲について特に限定していないから、接着面の全長にわたって螺旋溝を設けることを含むものである。また、審判請求書において、当該事項について補正の根拠として挙げている、本願の出願当初の明細書の第0029段落でも、「この実施形態では、第1フランジ部9の内周面9dおよび第2フランジ部10の内周面10dの一部又は全部領域には、図2の拡大図(図中、右側の拡大図)に示すように、接着剤充填部としての螺旋溝12が形成されている。」と記載されており、螺旋溝を設ける範囲は、一部でも全部領域のいずれでも良いものとして記載されているものである。
また、審判請求人は、審判請求書の3.において、特開2003-56555号公報の第0042段落の記載について、「特開2003-56555号公報は、スラストプレート16の圧入時に生じた微小な金属粉を接着剤18によって捕捉して封止することを目的として、スラストプレート16の貫通孔内周面のうち、圧入面16eに対してスラストプレート16の圧入方向前方側となるスラスト面16c側の領域に接着剤18の充填部となる溝部17を形成することを開示しており、上記相違点ハに係る本願発明の構成、及び当該構成により奏される本願発明の効果、特に本願発明の上記の効果(a)、(c)を開示も示唆もしていない。」及び「特開2003-56555号公報に記載の技術では、スラストプレート16とシャフト3との接着固定部が、スラスト面16c側の接着剤充填部と、スラスト面16cと反対側の圧入部分とに分離された状態になる」と、主張しているが、同公報の第0047段落には、「スラストプレート16は圧入と接着によってシャフト3に圧入されているため、両者の固着強度は圧入のみの場合に比べて向上している。また、接着剤の使用量は接着剤のみによる固着に比べて大幅に少ない。」と記載されており、このことから明らかなように、固着強度の向上も目的の一つであるから、圧入と接着を組み合わせる際の接着剤充填部の構成は、「スラストプレート16の貫通孔内周面のうち、圧入面16eに対してスラストプレート16の圧入方向前方側となるスラスト面16c側の領域に接着剤18の充填部となる溝部17を形成すること」に限定されるものでもない。

(3)本願補正発明の作用効果の検討
本願補正発明の作用効果は、引用例1及び引用例2に記載された発明、並びに周知事項に基づいて、当業者が予測し得た程度のものである。

5.むすび
以上のとおり、本願補正発明は、引用例1及び引用例2に記載された発明、並びに周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。
したがって、本件補正は、他の補正事項について検討するまでもなく、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

【3】本願発明について

1.本願発明の内容

本件補正は上記のとおり却下されたので、本件出願の請求項1ないし4に係る発明(以下、「本願発明1」?「本願発明4」という。)は、平成22年6月24日付けの手続補正書により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定されるものと認められ、そのうち、本願発明1は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
スリーブ部を備えた軸受部材と、前記スリーブ部の内周に挿入した軸部および該軸部の外径側に突出させて設けられたフランジ部を備える軸部材と、前記スリーブ部の内周面と前記軸部の外周面との間のラジアル軸受隙間に生じる潤滑流体の動圧作用で前記軸部材をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、前記スリーブ部の端面と前記フランジ部の端面との間のスラスト軸受隙間に生じる潤滑流体の動圧作用で前記軸部材をスラスト方向に非接触支持するスラスト軸受部とを備える動圧軸受装置において、
前記フランジ部が前記スリーブ部の両端側に配置され、
前記スリーブ部の両端側に配置された前記フランジ部の外周に、それぞれ大気に開放されたシール空間が形成され、
前記潤滑流体の油面は前記シール空間内に維持され、
前記フランジ部は前記軸部の外周面に接着固定され、該接着固定部に接着剤充填部が形成されていると共に、該接着固定部の前記接着剤充填部を除く領域において、前記フランジ部の内周面が前記軸部の外周面に圧入されていることを特徴とする動圧軸受装置。」

2.引用刊行物記載の発明

原査定の拒絶の理由に引用された引用例1ないし4とその記載事項は、上記「【2】平成22年10月8日付けの手続補正についての補正却下の決定」に記載したとおりである。

3.対比・判断

本願発明1は、実質的に、上記「【2】平成22年10月8日付けの手続補正についての補正却下の決定」で検討した本願補正発明の接着剤充填部について「前記接着剤充填部は、前記軸部の外周面および前記フランジ部の内周面のうち、少なくとも一方に設けられた螺旋溝で形成され、かつ、該螺旋溝は前記接着固定部の軸方向全域に亘って形成され、前記接着固定部の軸方向断面において、前記接着剤充填部と前記圧入された部分とが交互に配置される」との限定をなくして拡張したものに相当する。

そうすると、本願発明1の特定事項をすべて含み、さらに限定したものに相当する本願補正発明が、上記「【2】平成22年10月8日付けの手続補正についての補正却下の決定」に記載したとおり、引用例1及び引用例2に記載された発明、並びに周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明1も、同様の理由により、引用例1及び引用例2に記載された発明、並びに周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.むすび

以上のとおり、本願発明1、すなわち、本件出願の請求項1に係る発明は、引用例1及び引用例2に記載された発明、並びに周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

そして、本願発明1が特許を受けることができないものである以上、本願発明2ないし4について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-05-30 
結審通知日 2011-05-31 
審決日 2011-06-16 
出願番号 特願2005-257852(P2005-257852)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16C)
P 1 8・ 575- Z (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 関口 勇  
特許庁審判長 川本 真裕
特許庁審判官 山岸 利治
倉田 和博
発明の名称 動圧軸受装置  
代理人 熊野 剛  
代理人 城村 邦彦  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ