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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部無効 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  C22C
審判 全部無効 2項進歩性  C22C
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部無効 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C22C
審判 全部無効 産業上利用性  C22C
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
管理番号 1241630
審判番号 無効2010-800138  
総通号数 142 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-10-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2010-08-06 
確定日 2011-07-11 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4216488号発明「方向性電磁鋼板及びその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4216488号は、平成13年5月9日に出願(優先日 平成12年5月12日)され(特願2001-139092号)、その請求項1?4に係る発明についての特許権の設定登録は、平成20年11月14日にされ、その後、JFEスチール株式会社から本件無効審判が請求されたものである。
以下、請求以後の経緯を整理して示す。

平成22年 8月 6日付け 審判請求書の提出
平成22年11月22日付け 審判事件答弁書及び訂正請求書の提出
平成23年 2月18日付け 弁駁書の提出(請求人より)
平成23年 3月 8日付け 審理事項通知
平成23年 4月 8日付け 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人より)
平成23年 4月15日付け 口頭審理陳述要領書の提出(請求人より)
平成23年 4月22日 口頭審理

第2 請求人の主張

1)請求人は、審判請求書によれば、本件特許である、特許第4216488号の請求項1?4に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として、審判請求書に添付して、以下の甲第1号証乃至甲第13号証及び以下の参考資料を提出し、その後、弁駁書に添付して、以下の甲第14号証乃至甲第15号証を提出し、さらに、口頭審理陳述要領書に添付して、以下の甲第16号証乃至甲第21号証を提出している。
以下の甲第1号証乃至甲第21号証、及び、参考資料は、平成23年4月22日実施の口頭審理において、成立は確認されている。

甲第1号証;特公昭62-27126号公報
甲第2号証;特公昭53-28375号公報
甲第3号証;特開平10-121259号公報
甲第4号証;和田敏哉ほか3名,「電磁鋼板の磁区制御技術について」,製 鉄研究 第310号 1982年,第14872?14883 頁(第323?334頁)
甲第5号証;市川正,「方向性珪素鋼板の磁区構造とその制御」,鉄と鋼 第69年 第8号 1983年,第895?902頁
甲第6号証;井内徹ほか5名,「レーザー照射による方向性電磁鋼板の鉄損 改善方法(第1報)」,鉄と鋼 第67年 第12号 198 1,S1203,第93頁
甲第7号証;T. Wada,“Domain Refinement Technology for Electrical
sheets”,NIPPON STEEL TECHNICAL REPORT
第21号 1983年,第263?274頁
甲第8号証;M. Nakamura,“CHARACTERISTICS OF LASER IRRADIATED
GRAIN ORIENTED SILICON STEEL”,IEEE TRANSACTIONS
ON MAGNETICS,MAG-18 第6号 1982年,
第1508?1510号
甲第9号証;T. Iuchi,“Laser processing for reducing core loss of
grain oriented silicon steel”,J. Appl. Phys. 第53巻
第3号 1982年,第2410?2412頁
甲第10号証;「省エネルギー化機器用鉄心材料の現状と問題点」,
電気学会技術報告(II部)第276号(昭和63年6月),
第32-33頁
甲第11号証;特開昭55-18566号公報
甲第12号証;特開平11-302859号公報
甲第13号証;特公平6-17511号公報
甲第14号証;藤倉昌裕ほか5名,「方向性電磁鋼板の磁区構造と低磁歪化 」,日本応用磁気学会誌 第22巻 No.4-1 1988年, 第166?171頁
甲第15号証;G. C. Rauch,“Effect of beam dwell time on surface
changes during laser scribing”,J. Appl. Phys. 第57
巻 第1号 1985年4月,第4209?4211頁
甲第16号証;特開平5-43943号公報
甲第17号証;特許第3011609号明細書
甲第18号証;S. D. Washko,“The effect of forsterite coatings on
magnetic properties and domain structure of grain
oriented 3% Si-Fe”,J. Appl. Phys. 第53巻
第11号 1982年11月,
第8296?8298頁
甲第19号証;田口悟,「高透磁率方向性けい素鋼板の磁区および鉄損の及 ぼす表面性状の影響」,日本金属学会誌 第48巻 第1号 1984年,第97?103頁
甲第20号証;特開平9-49027号公報
甲第21号証;本間基文,「磁性材料読本」,工業調査会 1998年,
第146?147頁
参考資料;被請求人が本件について審査段階で提出した平成18年4月21 日付け意見書

2)そして、審判請求書における無効理由の主張及び口頭審理陳述要領書における無効理由6の主張の一部を取下げるとの主張(18頁15行?21行を参照。)によれば、請求人は、以下の無効理由1?6のみを主張しているものと認める。

無効理由1;請求項1?4に係る発明の本件特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、上記本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

無効理由2;請求項3、4に係る発明の本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、上記本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

無効理由3;請求項2?4に係る発明の本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、上記本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

無効理由4;本件特許の請求項1?4に係る発明は、特許法第29条第1項柱書に規定する産業上利用することができる発明ではないから、該請求項1?4に係る発明の本件特許は、特許法第29条第1項柱書の規定に違反してされたものである。
したがって、上記本件特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

無効理由5;本件特許の請求項1?3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、該請求項1?3に係る発明の本件特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
したがって、上記本件特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

無効理由6;本件特許の請求項1?2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に甲第2号証?甲第12号証に記載された発明を組み合わせることにより、当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものである。
また、本件特許の請求項3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に甲第2号証?甲第11号証に記載された発明を組み合わせることにより、当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものである。
また、本件特許の請求項4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に甲第2号証?甲第10号証に記載された発明を組み合わせることにより、当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものである。
したがって、該請求項1?4に係る発明の本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるので、上記本件特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

3)また、請求人は、弁駁書及び口頭審理陳述要領書において、平成22年11月22日付け訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)後の請求項1?4に係る発明の本件特許についても、上記無効理由1?6により無効にすべきであると主張しているものと認める。
ただし、請求人は、口頭審理陳述要領書(17頁下から6行?18頁2行)において、本件訂正が認められた場合には、訂正後の請求項3に係る発明の本件特許については、無効理由2及び無効理由5を主張しないと述べているので、本件訂正が認められた場合には、上記無効理由1?6において、訂正後の請求項3に係る発明についての無効理由2及び無効理由5の主張は行わないものと認める。

なお、上記無効理由1?6は、平成23年4月22日に実施された口頭審理において当事者において確認された事項である。

第3 被請求人の主張
被請求人は、平成22年11月22日付け答弁書によれば、訂正を認める、本件特許無効審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、上記答弁書によれば、本件訂正は認められるものであり、無効理由1?6に理由はないと主張し、証拠方法として、答弁書に添付して、以下の乙第1号証乃至第3号証を提出し、さらに、口頭審理陳述要領書に添付して、以下の乙第4号証乃至乙第7号証を提出している。
以下の乙第1号証乃至乙第7号証は、平成23年4月22日実施の口頭審理において、成立は確認されている。

乙第1号証;本件特許に係る出願の審査の過程において被請求人が提出した 平成19年11月2日付けの意見書
乙第2号証;特許第4188328号公報
乙第3号証;特許第3925063号公報
乙第4号証;特開昭56-123325号公報
乙第5号証;木原諄二他編,「金属の百科事典」,丸善 1999年9月3 0日,第228、545、769頁
乙第6号証;特許第3369724号公報
乙第7号証;特開昭62-253728号公報

第4 本件訂正の適否の判断

1.本件訂正の内容
本件訂正の内容は、訂正請求書及び添付した全文訂正明細書の記載からみて、以下の訂正事項1?7よりなるものと認める。なお、下線は訂正箇所を示す。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の記載につき、
二箇所において、「張力皮膜が存在せず、レーザーが照射されていない」とあるのを、
「張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない」と訂正し、
また、二箇所において、「皮膜形成後レーザーを照射する」とあるのを、
「皮膜形成後パルスレーザーを照射する」と訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3の記載につき、
「張力を1MPa以上、8MPa以下とし」とあるのを、
「張力を1MPa以上、8MPa未満とし」と訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3の記載につき、
「レーザー照射し」とあるのを、
「パルスレーザー照射し」と訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4の記載につき、
「レーザー照射し」とあるのを、
「パルスレーザー照射し」と訂正する。

(5)訂正事項5
明細書の段落【0007】の記載につき、
二箇所において、「張力皮膜が存在せず、レーザーが照射されていない」とあるのを、
「張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない」と訂正し、
また、二箇所において、「皮膜形成後レーザーを照射する」とあるのを、
「皮膜形成後パルスレーザーを照射する」と訂正する。

(6)訂正事項6
明細書の段落【0009】の記載につき、
「レーザー照射し」とあるのを、
「パルスレーザー照射し」と訂正する。

(7)訂正事項7
明細書の段落【0010】の記載につき、
「レーザー照射し」とあるのを、
「パルスレーザー照射し」と訂正する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の追加の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否

訂正事項1、3及び4は、本件特許明細書の特許請求の範囲において、訂正前は、「レーザー」とあったのを、訂正後は、「パルスレーザー」とし、レーザーの照射形態を特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、本件特許明細書の段落【0028】には、実施例において、「パルスエネルギーを変化させ、鋼板にレーザー照射した。」とあり、パルスレーザーを用いることが記載されていたのであるから、訂正事項1、3及び4は、本件特許の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でなされたものであり、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

訂正事項2は、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項3において、鋼板への張力の上限を、訂正前は、「8MPa以下」とあったのを、訂正後は、「8MPa未満」とし、張力の範囲を狭い範囲に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、本件特許明細書の段落【0009】には、「鋼板への張力を1MPa以上、8MPa未満とし、」との記載があるから、訂正事項2は、本件特許の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でなされたものであり、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

訂正事項5?7は、上記訂正事項1、3及び4において、「パルスレーザー」と減縮したことに伴い、明細書の記載を整合させるためのものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当する。
そして、これら訂正は、訂正事項1、3及び4と同様の理由により、本件特許の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でなされたものであり、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

3.訂正の適否についての結論

以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書の規定に適合し、また、同条第5項の規定において準用する特許法第126条第3項及び第4項の規定に適合するので、これを認める。

第5 本件特許発明

本件訂正は、これを容認することができるから、本件特許に係る明細書は、平成22年11月22日付けの訂正請求書に添付した明細書(以下、「本件訂正明細書」という。)であり、本件特許の請求項1?4に係る発明は、本件訂正明細書の請求項1?4に記載された次のとおりのものである。

「【請求項1】
方向性電磁鋼板を50Hzの周波数で圧延方向に励磁し、圧延方向の磁歪振動のゼロ-ピーク値(0-p値)を測定した際、飽和磁束密度まで励磁したときの0-p値ε_(0)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値ε_(0C)と、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(0L)が、
ε_(0C) < 2.0×10^(-6)
ε_(0L) < 0.8×10^(-6)
であり、飽和磁束密度における0-p値から励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値を差し引いた値ε_(17)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値ε_(17C)と、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(17L)が、
ε_(17C) < 1.0×10^(-6)
ε_(17L) < 0.3×10^(-6)
であり、更に、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)が
-0.5×10^(-6) ≦ λ_(17) ≦ 0.5×10^(-6)
ある方向性電磁鋼板。
【請求項2】
ε_(0C)とε_(0L)が、
1.0×10^(-6) ≦ ε_(0C) < 3.0×10^(-6)
0.5×10^(-6) ≦ ε_(0L) < 1.0×10^(-6)
であり、ε_(17C)とε_(17L)が、
0.5×10^(-6) ≦ ε_(17C) < 1.5×10^(-6)
ε_(17L) < 0.3×10^(-6)
である請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
Siを1.0?4.0質量%含有する方向性電磁鋼板の製造方法において、仕上げ焼鈍後に形成される一次皮膜とその後に付与する二次皮膜による合計の鋼板への張力を1MPa以上、8MPa未満とし、鋼板の単位面積当たりの入熱量を1?2mJ/mm^(2)となるようにパルスレーザー照射し、請求項1記載の磁歪特性を得ることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
Siを1.0?4.0質量%含有する方向性電磁鋼板の製造方法において、仕上げ焼鈍後に形成される一次皮膜とその後に付与する二次皮膜による合計の鋼板への張力を14MPa以上とし、鋼板の単位面積当たりの入熱量を1.5?3mJ/mm^(2)となるようにパルスレーザー照射し、請求項1記載の磁歪特性を得ることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。」
(以下、本件特許の請求項1?4に係る発明をそれぞれ、「本件特許発明1」?「本件特許発明4」といい、また、「本件特許発明1」?「本件特許発明4」をまとめて、「本件特許発明」という。)

第6 当審の判断

以下においては、まず、本件特許発明の概要について整理し、その後、無効理由1?6について検討を行うこととする。

1.本件特許発明の概要

ア)本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。

【0003】
これまでの低騒音化への方策は、磁歪を小さくすることであった。磁歪は、二次再結晶粒の{110}<001>の方位集積度をあげることにより低減できることが知られているが、これは低鉄損化を狙う場合と同じ一般的な方法である。積極的に磁歪を低減した材料の提案の一つに、特開平8-269562号公報がある。そこでは、焼鈍時の内部残留歪みを故意に残留させることにより磁歪の低減が図られている。しかし、この方法では歪みが残留するためヒステリシス損失が増加し、鉄損の増加を招いてしまう。

【0004】
以上のように、トランスの低騒音化のための鉄心用素材としては、これまで明確な磁歪特性の提示はなく、また、磁歪振動を低減する材料に対してもその提案はほとんどないのが実情である。

【0005】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は、トランスの低鉄損と低騒音を両立するために最も適した方向性電磁鋼板、即ち、低鉄損、低騒音の方向性電磁鋼板、及び、その製造方法を提供することにある。

【0006】
【課題を解決するための手段】
発明者らは、方向性電磁鋼板の磁歪とトランス騒音の関係を詳細に調査し、また、磁歪に寄与する種々の材料要因を研究した結果、磁歪を決める因子として、前記の{110}<001>方位集積度のほか、絶縁皮膜の張力、レーザー照射による微少歪みの付与が非常に重要であることを見い出し、これらの因子を適切に制御することによって、低騒音のための磁歪特性を持ち、かつ、低鉄損である鋼板を開発することができた。

【0007】
本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)方向性電磁鋼板を50Hzの周波数で圧延方向に励磁し、圧延方向の磁歪振動のゼロ-ピーク値(0-p値:消磁状態を基準とした、ある励磁磁束密度の時の伸縮値で、伸びた場合を正、縮んだ場合を負とする)を測定した際、飽和磁束密度まで励磁したときの0-p値ε_(0)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値ε_(0C)と、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(0L)が、
ε_(0C) < 2.0 × 10^(-6)
ε_(0L) < 0.8 × 10^(-6)
であり、飽和磁束密度における0-p値から励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値を差し引いた値ε_(17)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値ε_(17C)と、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(17L)が、
ε_(17C) < 1.0 × 10^(-6)
ε_(17L) < 0.3 × 10^(-6)
であり、更に、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)が
-0.5 × 10^(-6) ≦ λ_(17) ≦ 0.5 × 10^(-6)
である方向性電磁鋼板。

【0013】
フォルステライトや張力絶縁皮膜が形成されていない、また、レーザー照射のされていない方向性電磁鋼板の磁歪0-p値は、図1の1-(A) に示すように、励磁磁束密度と共に単調に増加する。これは消磁状態において、前述したランセット磁区が方位集積度に依存して存在し、励磁と共にその体積を減少させるためである。

【0014】
鋼板に張力絶縁皮膜を施すと、磁歪は1-(B)に示すように、一旦減少するものの、約1.7T以上の高磁束密度においては、増加に転じる。これは以下の理由による。
磁気弾性効果により、鋼板への張力付与によって、板厚方向に磁化している部分のエネルギーが高まるため、消磁状態のランセット磁区の体積は、張力のない場合に比べて減少する。これに磁場印加すると180°磁壁の移動が起こるが、これは表面の静磁エネルギーを増加させるので、静磁エネルギーを減ずるようランセット磁区は増加する。従って、この磁場領域では、鋼板は収縮する。更に磁場が強くなり、180°磁壁移動が終了すると、ランセット磁区が消滅しながら磁化が進行する。このとき鋼板は伸長する。

【0015】
以上の1-(A) と1-(B)の曲線では、磁化飽和状態が圧延方向以外の磁化成分の消滅した同じ状態であるから、この状態を伸縮の基準とすると磁区構造の変化を考えやすい。
図2に、飽和磁化の時の磁歪0-p値を0として、磁歪0-p値の磁束密度依存性を示す。張力被膜のない鋼板の場合は、2-(A)に示すように、磁歪0-p値は磁束密度の低下と共に単調に減少する。一方、張力被膜を施した鋼板では、2-(B)に示すように、一旦減少するものの、極小をとった後増加する。2-(B)の消磁状態では、2-(A)に対して図に示すε_(0C)だけ鋼板は伸長していることになる。

【0016】
また、極小については、まず、極小をとる磁束密度は、鋼板の[110]<001>方位への配向度に依存するが、発明者らの調査の結果、通常の方向性電磁鋼板では1.7T程度であることが分かった。従って、先に定義したε_(17)において、2-(B)の極小値では、2-(A)に対してε_(17C)だけ伸長していることになる。これらのε_(0C)及びε_(17C) は、絶縁被膜の張力を変化させることにより自在に制御できる。

【0017】
また、発明者らは、張力皮膜形成後、更にレーザー照射をすることにより、磁歪特性を自在に制御できることを見い出した。この効果を以下に示す。
図1の皮膜形成後の磁歪0-p値である1-(B)に対して、レーザーを照射すると、磁歪0-p値は1-(C)に示すように、単調に増加するように変化する。これは、レーザー照射が鋼板中に歪みを導入するため還流磁区が形成され、励磁と共にこの還流磁区が消滅するためと考えられる。

【0018】
飽和磁化状態を基準とした場合を図2に示す。皮膜形成後レーザー照射した場合の曲線2-(C)は磁束密度低下と共に減少し、消磁状態では、2-(B)に比べて、図中に示すε_(0L)だけ鋼板は収縮していることになる。また、1.7Tにおいて定義したε_(17)においては、ε_(17L)だけ収縮している。これらのε_(0L)及びε_(17L)は、レーザー照射エネルギーを変化させることによって、自在に制御できる。

【0019】
更に、発明者らは、トランスなどの騒音を低減するために方向性電磁鋼板の磁歪特性がどうあるべきかを鋭意検討した結果、磁歪振幅を小さくすることは重要であるが、特に、
励磁磁束密度が、1.7Tにおける磁歪0-p値λ_(17)を所定の大きさに制御することが、機器の騒音を低減する上で必須となることを知見した。
即ち、
-0.5 × 10^(-6) ≦ λ_(17) ≦ 0.5 × 10^(-6)
と制御することが必須条件となる。
λ_(17)が小さすぎる場合は、磁歪振動波形の高周波成分が増加すること、また、λ_(17)が大きすぎる場合には、磁歪の振幅が大きくなることが、トランスの騒音の増大に寄与していると考えられる。

【0020】
騒音のない材料を得るためには、皮膜張力とレーザー照射エネルギーを適切に制御し、先のε_(0C) 、ε_(0L)、ε_(17C) 、及び、ε_(17L)が、
ε_(0C) < 2.0 × 10^(-6)
ε_(0L) < 0.8 × 10^(-6)
ε_(17C) < 1.0 × 10^(-6)
ε_(17L) < 0.3 × 10^(-6)
の範囲であり、更に、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)が
-0.5 × 10^(-6) ≦ λ_(17) ≦ 0.5 × 10^(-6)
を満たすことが必要であることを見い出した。

【0021】
皮膜張力を小さくすると、ε_(0C)やε_(17C)は小さくなるが、小さくしすぎると運搬時やトランスを組立作業時などに鋼板に応力が入ったときの磁歪の劣化が大きくなり、また、鉄損も劣化するので、どちらも、0.1×10^(-6)より大きくするのが好ましい。また、それらの値は方位集積度に依存して上限があるので、それぞれ、2.0 × 10^(-6)、1.0 × 10^(-6)より小さく規定した。

【0022】
レーザー照射エネルギーを強くするに従いε_(0L)やε_(17L)は大きくなる。レーザー照射エネルギーが大きすぎると、磁歪振動の振幅が大きくなり、かえってトランスに組んだ時の騒音が大きくなるので、ε_(0L)は0.8 × 10^(-6)より小さく、ε_(17L)は0.3 × 10^(-6)より小さく規定した。

イ)本件訂正明細書の【0003】?【0006】の記載によれば、本件特許発明は、方向性電磁鋼板、及び、その製造方法に関し、従来の低騒音化への方策は、一般的に低鉄損化と同様、磁歪を小さくすることであり、二次再結晶粒の{110}<001>の方位集積度をあげることにより低減できることが知られていたが、更なる磁歪の低減に向けた提案である焼鈍時の内部残留歪み等による磁歪の低減は、かえって、鉄損の増加を招き、また、トランスの低騒音化のための鉄心用素材としては、これまで明確な磁歪特性の提示はなく、また、磁歪振動を低減する材料に対してもその提案はほとんどないのが実情であったことに鑑み、トランスの低鉄損と低騒音を両立させた、低鉄損、低騒音の方向性電磁鋼板、及び、その製造方法の提供を発明が解決しようとする課題とするものであって、方向性電磁鋼板の磁歪とトランス騒音の関係の調査、及び、磁歪に寄与する種々の材料要因の研究により、磁歪を決める因子として、前記の{110}<001>方位集積度のほか、絶縁皮膜の張力、レーザー照射による微少歪みの付与が非常に重要であることを見い出し、これらの因子を適切に制御することによって、低騒音のための磁歪特性を持ち、かつ、低鉄損である鋼板を開発することにより、前記課題を解決したものである。

ウ)ここで、本件訂正明細書の【0007】、【0013】、【0014】、【0015】、【0016】、【0021】の記載によれば、本件特許発明における第1の知見は、方向性電磁鋼板を50Hzの周波数で圧延方向に励磁した際の圧延方向の磁歪振動のゼロ-ピーク値(0-p値:消磁状態を基準とした、ある励磁磁束密度の時の伸縮値で、伸びた場合を正、縮んだ場合を負とする)は、フォルステライトや張力絶縁皮膜が形成されておらず、レーザー照射のされていない方向性電磁鋼板では、励磁磁束密度と共に単調に増加し(図1の1-(A))、 鋼板に張力絶縁皮膜を施すと、励磁磁束密度と共一旦減少するものの、約1.7T以上の高磁束密度において増加に転じる(図1の1-(B))ことであり、また、1-(A)と1-(B)の曲線を、圧延方向以外の磁化成分が消滅した同じ状態である飽和磁化状態を伸縮の基準とし、飽和磁化の時の磁歪0-p値を0 として整理した図2の2-(A)と2-(B)の曲線において、飽和磁束密度まで励磁したときの0-p値ε_(0)の、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値ε_(0C)、及び、飽和磁束密度における0-p値から励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値を差し引いた値ε_(17)の、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値ε_(17C)は、皮膜張力を小さくすると、小さくできることから、絶縁被膜の張力を変化させることにより自在に制御できることである。

エ)また、本件訂正明細書の【0007】、【0017】、【0018】、【0022】の記載によれば、本件特許発明における第2の知見は、皮膜形成後レーザーを照射すると、皮膜形成後の磁歪0-p値(図1の1-(B))に対して、磁歪0-p値は単調に増加するように変化すること(1-(C))であり、また、前記ε_(0)において、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(0L)、及び、前記ε_(17)において、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(17L)は、レーザー照射エネルギーを強くするに従い大きくなることから、レーザー照射エネルギーを変化させることにより、自在に制御できることである。

オ)そして、本件訂正明細書の【0019】、【0020】、【0021】、【0022】の記載によれば、本件特許発明における第3の知見は、低鉄損及び低騒音の電磁鋼板を得るためには、先のε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、及びε_(17L)について、
ε_(0C) < 2.0×10^(-6)
ε_(0L) < 0.8×10^(-6)
ε_(17C) < 1.0×10^(-6)
ε_(17L) < 0.3×10^(-6)
を満足し、さらに、1.7Tにおける磁歪0-p値λ_(17)について、
-0.5×10^(-6) ≦ λ_(17) ≦ 0.5×10^(-6) を満たすことが必要であり、そのためには、前記第1の知見及び第2の知見に基づき、皮膜張力とレーザー照射エネルギーを適切に制御することにより、得られるというものである。

2.無効理由1について

2-1.無効理由1の具体的理由及び判断について
前記「第2」において記載した、本件訂正明細書についての無効理由1の具体的理由は、審判請求書において主張する以下の理由A、さらに、理由Aに関連して弁駁書において主張する以下の理由Bである。

(1)理由Aについて

(1-1)理由Aの内容
本件特許発明は、絶縁皮膜の張力とレーザー照射による微少歪みの付与を適切に制御することにより、低騒音のための磁歪特性を持ち、かつ、低鉄損である方向性電磁鋼板を得るという課題を解決するものである。
これに対して、発明の詳細な説明には、
(A-1)絶縁張力とレーザー照射による微少歪みの両因子を適切に制御するための教示は一切記載されておらず、また、
(A-2)方向性電磁鋼板の組成については、Siを1.0?4.0質量%含有すること以外、なんら説明がなく、実施例においては、Siの含有量すら不明であって、「定法により仕上げ焼鈍までを行った厚さ0.23mmの方向性電磁鋼板」としか記載されていないから、技術常識を加味しても、鋼組成と絶縁張力及びレーザー照射の関係を含め、当業者が実施例を追試することすらできない。
したがって、本件特許発明に係る磁歪特性を持ち、低鉄損である方向性電磁鋼板を製造するためには、当業者は、絶縁張力とレーザー照射による微少歪みの付与を適切に制御する方向に関して何ら具体的な教示がない中で、電磁鋼板の組成、絶縁張力、レーザー照射の入熱量や照射操作条件等を種々組み合わせて製造実験を行ない、磁歪特性を測定するという試行錯誤を繰り返すことが必要となり、当業者が本件特許発明1?4を実施するために、過度の負担が必要となるものである。
よって、発明の詳細な説明が、本件特許発明1?4を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとすることはできない。

(1-2)判断

(A-1)に対して
本件訂正明細書の【0023】の「皮膜張力は、仕上げ焼鈍後に形成されるフォルステライト皮膜の量や、その上に施す絶縁皮膜の量や成分を調整することによって制御できる。」との記載や、【0032】の「本発明の方向性電磁鋼板は、皮膜張力とレーザーの照射エネルギーを、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) とλ_(17)が所定の範囲になるように調整して得られるものであり、トランスの低鉄損と低騒音を同時に達成することができる。」との記載によれば、本件特許発明におけるε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) とλ_(17)は、皮膜張力とレーザーの照射エネルギーを調整することにより制御されるものであり、皮膜張力は、仕上げ焼鈍後に形成されるフォルステライト皮膜の量や、その上に施す絶縁皮膜の量や成分を調整することによって制御できるものである。
そして、本件訂正明細書の【0021】の「皮膜張力を小さくすると、ε_(0C)やε_(17C)は小さくなるが、小さくしすぎると運搬時やトランスを組立作業時などに鋼板に応力が入ったときの磁歪の劣化が大きくなり、また、鉄損も劣化するので、どちらも、0.1×10^(-6)より大きくするのが好ましい。また、それらの値は方位集積度に依存して上限があるので、それぞれ、2.0×10^(-6)、1.0×10^(-6)より小さく規定した。」との記載や、【0022】の「レーザー照射エネルギーを強くするに従いε_(0L)やε_(17L)は大きくなる。レーザー照射エネルギーが大きすぎると、磁歪振動の振幅が大きくなり、かえってトランスに組んだ時の騒音が大きくなるので、ε_(0L)は0.8×10^(-6)より小さく、ε_(17L)は0.3×10^(-6)より小さく規定した。」との記載によれば、本件訂正明細書には、皮膜張力をその大きさを一定の方向性をもって調整することによって、所定範囲のε_(0C)やε_(17C)を得ること、及び、レーザー照射エネルギーの大きさを一定の方向性をもって調整することによって、所定範囲のε_(0L)やε_(17L)を得ることが記載されているものといえ、具体的に、本件訂正明細書の【0028】の【実施例】及び、【0030】の【表1】、【0031】の【表2】には、皮膜張力及びレーザーエネルギーを調整することによって、所定の特性値を有するε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) とλ_(17)が得られることが記載され、また、かかる所定の特性値を有するトランスは、低騒音、低鉄損であることも記載されている。
したがって、発明の詳細な説明には、低騒音のための磁歪特性を有し、低鉄損とするために、絶縁皮膜の張力とレーザー照射による微少歪みの付与を適切に制御するための教示があるというべきである。

(A-2)に対して
本件特許発明は、従来技術である「【0002】・・・近年、・・・トランスの鉄心に使われる方向性電磁鋼板」と「【0004】・・・これまで明確な磁歪特性の提示」はないこと、を前提として、「【0006】【課題を解決するための手段】」として、「発明者らは、・・・磁歪を決める因子として、(成分組成や製造方法ではなく、)前記の{110}<001>方位集積度のほか、絶縁皮膜の張力、レーザー照射による微少歪みの付与が非常に重要であることを見い出し、これらの因子を適切に制御すること」に着目し、「【0028】・・・(実施例1)定法により仕上げ焼鈍までを行った厚さ0.23mmの方向性電磁鋼板について」研究したのであるから、本件特許発明は、本願出願時公知のトランスの鉄心に使われる方向性電磁鋼板の成分組成や定法の製造方法を前提としていると解される。

ここで、方向性電磁鋼板が、方向性珪素鋼板とも呼ばれるものであって、珪素を3?4%含有し、鋼板の圧延方向に{110}<001>方位を選択的に配列された鋼板であることは、本願出願時当業者が熟知する事項である。(例えば、乙第5号証の「電磁鋼板」の項目には、電磁鋼板は、「約4%までのSiを含有する磁性鋼板をいう」こと、及び、「ケイ素鋼板には無方向性鋼板と方向性鋼板とがある」ことが記載され、また、「電磁鋼板」の項目で参照されている「方向性ケイ素鋼板」の項目には、方向性ケイ素鋼板は、「結晶の容易磁化方向[100]を圧延方向に配向させ,磁気特性を向上させたSi鋼板をいう.通常,Si3?4%を含有する.JISに普通材と高配向材の規定がある.」こと、及び、「高配向材は・・・容易磁化方向[100]の集積度は・・・平均3°となっている。」ことが記載され、さらに、「電磁鋼板、江見俊彦、「金属」(アグネ技術センター)第65巻 第2号 1995」には、「方向性珪素鋼板 3%Si鋼中に正常1次再結晶を抑止する析出物を形成し,1次再結晶後の高温加熱によりこの析出物が固溶し2次再結晶を起こすさいに,鋼板の圧延方向に{110}<001>方位を選択的に高度に集積させたものが方向性珪素鋼板である.」(172頁右欄1行?6行)ことが記載されている。)

また、電磁鋼板の一連の製造プロセスである、熱間圧延、熱延板焼鈍、中間焼鈍、冷間圧延等が、「常法」として本願出願時、当業者に知られていたことも明らかである。(特許第3369724号公報(【0027】)、特許第2694941号公報(第2頁第3欄第29行?第39行)、特許第4258853号公報、特公平2-40724号公報等を参照。)

したがって、発明の詳細な説明に記載の実施例を当業者が追試しようとすれば、方向性電磁鋼板としての公知の組成を有し、定法として公知の製造プロセスにより作成した方向性電磁鋼板を用いて、【0028】に記載の実施例に記載されるように、絶縁張力皮膜の塗布量を制御して皮膜張力を請求項3又は請求項4に記載される範囲に調整するとともに、レーザー照射のパルスエネルギーを請求項3又は請求項4に記載される範囲に変化させることによって、請求項1又は請求項2に記載される範囲のε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) とλ_(17)を満たす本件特許発明を、過度の試行錯誤を要することなく実施できると認められる。

(2)理由Bについて

(2-1)理由Bの内容

本件特許発明は、本件特許明細書の【0006】等の記載によれば、{110}<001>方位集積度、絶縁皮膜の張力、レーザー照射による微少歪みの付与を、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) とλ_(17)が、すべて同時に特許請求の範囲に規定された特定の範囲の値となるように適切に制御することにより、低騒音のための磁歪特性を持ち、かつ、低鉄損である方向性電磁鋼板を得ることができたというものであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明が実施可能要件を満たすためには、当業者が、本件特許明細書の記載に基づいて、{110}<001>方位集積度、絶縁皮膜の張力、レーザー照射による微少歪みの付与を適切に制御し、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) とλ_(17)が、すべて同時に特許請求の範囲に規定された特定の範囲の値となるようにすることができるように、発明の詳細な説明は、明確かつ十分に記載したものでなければならない。(弁駁書7頁23行?8頁12行)

(B-1)しかしながら、本件訂正明細書には、本件特許発明を実施するために必要な{110}<001>方位集積度の値は何ら記載されておらず、また、{110}<001>方位集積度を任意の値に適宜設定した場合にも、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) とλ_(17)のすべてを同時に本件特許発明に規定する特定の範囲の値とすることができるとの技術常識がないことは明らかであるから、磁歪を決める第1の因子である{110}<001>方位集積度について、何ら説明がなく、実施例においても、使用した電磁鋼板の{110}<001>方位集積度が記載されていない本件明細書の発明の詳細な説明が、当業者が、本件明細書の記載に基づいて、{110}<001>方位集積度、絶縁皮膜の張力、レーザー照射による微少歪みの付与を適切に制御し、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) とλ_(17)が、すべて同時に特許請求の範囲に規定された特定の範囲の値となるようにすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとすることはできない。
(弁駁書7頁23行?8頁12行、13頁19行?22行、15頁5行?24行)

(B-2)また、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) とλ_(17)というパラメータ値について、λ_(17)は、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値であり、本件特許発明に係る方向性電磁鋼板を測定することにより得られる物性値を示すパラメータであり、電磁鋼板の分野において、公知の技術的概念であるものの、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) は、本件訂正明細書で初めて提起されたパラメータ値であり、しかも、いずれも本件特許発明に係る方向性電磁鋼板を測定することにより直接得られる物性値ではなく、実際は測定できない物性値から算出される値である。
すなわち、具体的には、ε_(0C)は、飽和磁束密度まで励磁したときの0-p値ε_(0)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値であるところ、張力皮膜が存在していない電磁鋼板は、本発明の電磁鋼板の製造工程には存在しないから、ε_(0C)を算出するために、基準となる値を求める必要があるが、張力皮膜が存在していない電磁鋼板を得るためには、ア)フォルステライト皮膜を形成しない手法で仕上げ焼鈍を行うか、イ)本発明に係る定法により仕上げ焼鈍までを行った方向性電磁鋼板から、フォルステライト皮膜を除去することが必要となるが、ア)、イ)のいずれの方法も、電磁鋼板の技術分野においては通常用いられている技術ではないし、かかる技術を用いるとしても、ア)によれば、仕上げ焼鈍の条件の違いは{110}<001>方位集積度に影響を与え、イ)によれば、フォルステライト皮膜の除去、例えば、酸やアルカリによる除去により、鋼板の厚みが減少したり、エッチングピットが生じて表面形態が変わり、いずれの方法を用いても磁歪特性が変化するから、「張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値」を測定することはできず、ε_(0C)は、実際は測定できない物性値から算出される値である。
そして、その他のパラメータである、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) についても、いずれも、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として求められるものであるから、ε_(0C)と同様の理由により、実際は測定できない物性値から算出される値である。(弁駁書8頁13行?11頁16行)
また、これらのε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) というパラメータ値は、いずれも、通常使われることのない物性値である、飽和磁束密度における0-p値を含むものであるから、当業者にとって、何ら知見のない概念であり、{110}<001>方位集積度、絶縁皮膜の張力、レーザー照射による微少歪みの付与との関係は当業者に理解することができず、張力皮膜が形成されたことによる変化や、被膜形成後パルスレーザーを照射することによる変化を測定する具体的方法が不明であり、また、レーザーを照射する場合のε_(0L)、ε_(17L)の値が、入熱量や、レーザー照射時間や、レーザーの波長、照射領域の広さに依存して変化するかの有無についても不明である。(弁駁書11頁17行?12頁3行)

(B-3)本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、「皮膜張力を小さくすると、ε_(0C)やε_(17C)は小さくなる」、「レーザー照射エネルギーを強くするに従いε_(0L)、ε_(17L)は大きくなる」との記載があるが、皮膜張力を小さくすることにより、皮膜形成されている鋼板に関する値である、λ_(17)の値、ε_(0L)、ε_(17L)の値も、当然変化するがどのように変化するかは不明である。また、ε_(0C)とε_(17C)はともに小さくなり、それぞれ独立して所望の値とすることはできない。
レーザー照射エネルギーを強くする場合についても同様であり、λ_(17)の値は当然に変化し、ε_(0L)、ε_(17L)は、ともに大きくなる。
すなわち、本件訂正明細書の上記記載のみでは、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)、λ_(17)というパラメータ値を自在に調整し、特許請求の範囲に記載された特定の範囲に含まれる所望の値とすることはできない。
そうすると、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、{110}<001>方位集積度、張力皮膜形成条件、レーザー照射条件としてどのような条件を選択すると、それぞれのパラメータ値がどのように変化するかといった処理条件とそれぞれのパラメータ値との関係は十分に記載されておらず、これらのパラメータ値が、すべて同時に特許請求の範囲に規定された特定の範囲の値となるようにすることができるためには、それぞれの処理条件をどのように組み合わせて選択すればよいのかについて、具体的な説明はない。
したがって、本件訂正明細書の発明の詳細な説明が実施可能要件を満たすものとはいえない。(弁駁書16頁4行?23行)

(2-2)判断

(B-1)に対して
前記「(1)理由Aについて」の「(1-2)判断」の「(A-2)に対して」において述べたとおり、方向性電磁鋼板は、「鋼板の圧延方向に{110}<001>方位を選択的に高度に集積されたもの」であって、すでに、二次再結晶粒が一定レベル以上の{110}<001>方位の集積度を有することは明らかであるから、本件特許発明に係る方向性電磁鋼板の上記の方位集積度は、自ずと一定の範囲内のものである。
そして、本件特許発明は、励磁磁束密度1.7Tにおける磁歪0-p値λ_(17)を所定の大きさ、すなわち、-0.5×10^(-6)≦λ_(17)≦0.5×10^(-6)と制御することを必須条件とするものであるところ、絶縁皮膜形成及びレーザー照射によって、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L) を調整し、上記の範囲のλ_(17)が得られるような材料は、例えば、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の【0003】において例示された特開平8-269562号公報の【0015】に記載され、図3にて図示される、周波数50Hz、磁束密度1.7Tにて、圧延方向に圧縮応力をかけないときの0-p値が、約-0.2×10^(-6)である0.27mm厚の方向性珪素鋼板(Hi-B)や、甲第13号証の表1に試料No.1として記載された、皮膜形成後、レーザー照射前において、励磁磁束密度1.7Tにおける磁歪0-p値λ_(17)が-0.7×10^(-6)である方向性電磁鋼板のように普通に得られるのであり、しかも、これらの材料は、従来技術のレベルにおいて、{110}<001>の方位集積度に優れた公知の材料であるにすぎない。
したがって、本件特許発明は、発明の詳細な説明の記載に基づいて、公知の材料から上記の方位集積度の優れたものを選択し、発明の詳細な説明に記載の皮膜張力やレーザ照射エネルギーの調整により実施をすることができるから、{110}<001>方位集積度を規定しなければ本件特許発明が実施できないとすることはできない。

(B-2)に対して
前記(B-1)においてすでに述べた通り、λ_(17)は、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値であり、本件特許発明に係る方向性電磁鋼板を測定することにより得られる物性値を示すパラメータである。
そして、ε_(0C)は、飽和磁束密度まで励磁したときの0-p値ε_(0)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した差分の絶対値であるから、飽和磁束密度における張力皮膜が形成された電磁鋼板の0-p値から、飽和磁束密度における張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の電磁鋼板の0-p値を差し引いて、その差分の絶対値をとったものであり、また、ε_(17C)は、飽和磁束密度における0-p値から励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値を差し引いた差分値ε_(17)について、張力皮膜が形成された電磁鋼板のε_(17)から、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態のε_(17)を差し引いた差分の絶対値をとったものをいうから、いずれも、張力皮膜が形成された電磁鋼板と張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の電磁鋼板について、励磁磁束密度が1.7T及び飽和磁束密度での0-p値を測定することにより、単に得られるにすぎない物性値であり、そして、それぞれのパラメータを規定する技術的意義は、低騒音、低鉄損の電磁鋼板を得るためには、ε_(0C)に関しては、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の電磁鋼板に対して、張力皮膜が形成された際の飽和磁束密度における磁歪の差分は、2.0×10^(-6)未満に留めなければならないことを意味し、また、ε_(17C)に関しては、励磁磁束密度が飽和磁束密度から1.7Tまで変化した際の前記2.0×10^(-6)未満であった、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の電磁鋼板に対する、張力皮膜が形成された際の磁歪の差分の変化量が、0.8×10^(-6)未満でなければならないことを意味するものである。
すなわち、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の電磁鋼板に対する張力皮膜を形成した際の飽和磁束密度における磁歪の変化量を一定値以下に規定した上で、励磁磁束密度が1.7Tにおける前記磁歪の変化量の変動値をさらに一定値以下と規定することにより、励磁磁束密度が1.7Tから飽和磁束密度までの領域、すなわち、高磁束密度領域における、前記磁歪の変化量が大きく変動しないよう規定したことに技術的意義を有するものといえる。

ここで、本件特許発明は、張力皮膜に関し、仕上げ焼鈍後に形成されるフォルステライト皮膜に、絶縁皮膜を形成し、張力皮膜とするものであるところ、仕上げ焼鈍後に形成されるフォルステライト皮膜は、常法では、仕上げ焼鈍前にマグネシア(MgO)を主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍により、フォルステライト(2MgO・SiO2)を主成分とするグラス皮膜を形成することにより得られるものであるから(甲第1号証の第2頁第4欄第31行?第35行、及び、特開平11-80909号の【0011】を参照。)、請求人が指摘するとおり、確かに、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の電磁鋼板は、本件特許発明に係る張力皮膜を有する電磁鋼板と同様の製造工程により得られるものではないし、また、その製造方法について、本件訂正明細書には、その記載は見当たらない。
しかしながら、このように皮膜を有する電磁鋼板を、熱履歴を一致させ、しかも、皮膜の有無のみが異なる、同一のプロセスでは得られない電磁鋼板と対比する場合に、例えば、乙第7号証(第6頁左下欄10行?右下欄5行)や、甲16号証(【0010】)に記載されているように、特にフォルステライト皮膜が形成されているような場合には、皮膜を形成した鋼板を製造した後、フッ酸を含む溶液を用い皮膜を除去し測定を行うことにより、比較すべき鋼板の測定値が得られることは、技術常識であって、普通に行われていることであるから、本件特許発明においても、このような手法が普通に用いられるものといえる。
そうすると、ε_(0C)値、ε_(17C)値は、実際は測定できない物性値から算出される値であるとまではいえない。

さらに、ε_(0L)及びε_(17L)について検討すると、ε_(0L)及びε_(17L)は、特許請求の範囲の請求項1の記載によれば、それぞれは、「飽和磁束密度まで励磁したときの0-p値ε_(0)において、・・・皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値」及び「飽和磁束密度における0-p値から励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値を差し引いた値ε_(17)において、・・・皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値」と定義され、ε_(0L)については、成膜形成後レーザーを照射したときのε_(0)から張力皮膜が形成されたときのε_(0)を差し引いた値の絶対値をいい、また、ε_(17L)については同様に成膜形成後レーザーを照射したときのε_(17)から張力皮膜が形成されたときのε_(17)を差し引いた値の絶対値をいうものであり、これらのいずれの値も、本件特許発明の製造工程において得られる電磁鋼板を測定することにより得られる物性値ということがいえる。そして、かかる点は、本件訂正明細書の発明に詳細な説明の【0017】、【0018】の記載や図1や図2の記載からも明らかである。

また、請求人は、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)は、通常使用しない、飽和磁束密度における0-p値を1変数として含むから、当業者にとって何ら知見のない概念であると指摘するが、甲第2号証においては、飽和磁束密度に近い1.9Tにおいて磁歪値が測定されており、また、技術文献である、「茂木尚ら,“交流磁気ひずみヒステリシスに対する被膜張力の影響”、第23回日本応用磁気学会学術講演概要集(1999.10.5),333頁」には、けい素鋼板について、交流磁気ひずみをレーザドップラー振動計を用いて測定したことが記載され、図2には、ほぼ飽和磁束密度である2Tにおいて、被膜付き及び被膜なしのけい素鋼板について測定された磁歪のデータが図示されており、何ら知見のない概念とまではいえないし、{110}<001>方位集積度、絶縁皮膜の張力、レーザー照射による微少歪みの付与との関係は当業者に理解することができ、張力皮膜が形成されたことによる変化や、被膜形成後パルスレーザーを照射することによる変化を測定する具体的方法が不明であるとすることもできない。
また、レーザーを照射する場合のε_(0L)、ε_(17L)の値が、入熱量に依存して増減することは、すでに、本件訂正明細書の【0022】の記載や表1の実施例の記載から明らかであり、レーザー照射時間や、レーザーの波長、照射領域の広さに依存して変化するかの有無は、当業者が、実験等により容易に確認できる程度の事項である。

(B-3)に対して
本件特許発明において、「皮膜張力を小さくすると、ε_(0C)やε_(17C)は小さくなる」(【0021】)との知見や、「レーザー照射エネルギーを強くするに従いε_(0L)やε_(17L)は大きくなる。」(【0022】)との知見が明らかとなったのであるから、例えば、(B-1)において目的とするλ_(17)が得られるように選択された材料について、前記知見に基づき、張力皮膜形成条件やレーザー照射条件を変更することにより、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)を所定値となるよう調整し、所望のλ_(17)を得ることは、過度な試行錯誤を行うことなく当業者が実施できるものであるといえるし、本件訂正明細書には、実施例として、表1には、具体的な皮膜形成条件とレーザー照射条件に対する、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)及びλ_(17)の具体的な数値が示され、さらに、表2には、各実施例のトランス騒音値及び鉄損値が示されているのであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明が、本件特許発明を当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないとまではいえない。

2-2.小括
以上のとおりであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明が、本件特許発明を当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないとすることはできない。

3.無効理由2について

3-1.無効理由2の具体的理由について

前記「第2」において記載した、本件訂正明細書の特許請求の範囲の記載についての無効理由2の具体的理由及び検討は、以下のとおりである。

(1)無効理由2-1
訂正前の本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項3の記載に関する無効理由2-1は、前記請求項3に係る発明は、「仕上げ焼鈍後に形成される一次皮膜とその後に付与する二次皮膜による合計の鋼板への張力を1MPa以上、8MPa以下」とすることを発明特定事項とするものであるが、訂正前の本件特許明細書の発明の詳細な説明には、「フォルステライト皮膜と絶縁皮膜の合計の鋼板への張力を1MPa以上、8MPa未満とする」(【0025】、【0026】)との記載はあるものの、「フォルステライト皮膜と絶縁皮膜の合計の鋼板への張力を1MPa以上、8MPa以下」との記載は見当たらないから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、無効とすべきものである、というものであった。
しかしながら、前記「第4 本件訂正の適否の判断」において、特許請求の範囲の請求項3の記載につき、「張力を1MPa以上、8MPa以下とし」とあるのを、「張力を1MPa以上、8MPa未満とし」とする訂正事項4が認められたことにより、本件特許発明3に係る無効理由2は解消したため、理由はないものとなった。
なお、請求人が、本件訂正が認められた場合は、訂正後の請求項3に係る発明の本件特許について、無効理由2の主張を行わないとした点は、前記「第2 請求人の主張」の「3)」において記載したとおりである。

(2)無効理由2-2
本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項4の記載に関する無効理由2-2は、本件特許発明4は、「請求項1記載の磁性特性」を得ることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法であるが、本件明細書の発明の詳細な説明には、「請求項2記載の磁歪特性」を得る方向性電磁鋼板の製造方法に関連する説明は記載されているものの、上記「請求項1記載の磁性特性」を得ることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法については記載されているとすることはできないから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、無効とすべきものである、というものである。

しかしながら、本件訂正明細書の【0030】【表1】のAの発明例は、【0028】の(実施例1)の記載と合わせ見ると、一次皮膜とその後付与する二次皮膜による合計の鋼板への張力を14MPa、鋼板の単位面積当たりの入熱量を2mJ/mm^(2)という条件で製造されるものであるから、請求項4に記載された製造条件を満たすものであり、しかも、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)、λ_(17)の各磁歪特性値のいずれもが、請求項4において引用する請求項1に記載された条件を満たすものであるから、発明例は、本件特許発明4の実施例ということができる。
そうすると、本件特許発明4が、発明の詳細な説明に記載されたものではないとすることはできないから、本件特許発明4に係る無効理由2は理由がないものである。

4.無効理由3について

4-1.無効理由3の具体的理由について

前記「第2」において記載した、本件訂正明細書の特許請求の範囲の記載についての無効理由3の具体的理由及び検討は、以下のとおりである。

(1)無効理由3-1
本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項2の記載に関する無効理由3-1は、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項2は、請求項1を引用し、さらに、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)及びε_(17L)の値の数値範囲について限定するものであるが、請求項2に記載のε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)及びε_(17L)の値の数値範囲の上限値は、請求項1に記載のそれぞれの上限値よりも大きいため、特許請求の範囲の記載は技術的な矛盾を有している、よって、本件特許発明2は明確でない、というものである。

しかしながら、請求項2が、請求項1を引用するものである場合に、請求項2は、請求項1に記載された範囲を超えることはできないのであるから、請求項2における、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)及びε_(17L)の値の範囲は、請求項1に規定された範囲内において、請求項2と共通する範囲に限定されたもの、すなわち、請求項2におけるε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)及びε_(17L)の上限値は、請求項1の上限値と解するのが相当である。
そうすると、本件特許発明2は明確でないとまではいえないのであるから、本件特許発明2に係る無効理由3は理由がないものである。

(2)無効理由3-2
本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項3及び4の記載に関する無効理由3-2は、
「・・・請求項1記載の磁歪特性を得ること」を発明を特定するための事項とするものであるが、「請求項1記載の磁歪特性」とは、請求項1に記載された種々の磁歪振動に関する特性のいずれの特性(全ての特性を含めて)を意味するのか不明確であるから、本件特許発明3及び4は明確でない、というものである。

しかしながら、請求項3及び4の「請求項1記載の磁歪特性」とは、請求項1に具体的に記載された、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)、及びλ_(17)であることは明白であるから、明確でないとはいえない。
よって、本件特許発明3、4に係る無効理由3は理由がないものである。
5.無効理由4について

5-1.無効理由4の具体的理由について

本件特許発明1?4に係る無効理由4の具体的内容は、
「発明が完成しているためには、明細書において、当業者がその発明を実施することができる程度に明確かつ十分に発明が開示されていなければならない。
しかるに本件訂正明細書には、特許法第36条第4項違反を理由とする前記無効理由1において主張・立証したとおり、本件訂正明細書は、当業者が本件特許発明1?4の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
そうすると、本件訂正明細書に本件特許発明1?4が、完成した発明として開示されていたとは認められない。
したがって、本件特許発明1?4は、特許法第29条第1項柱書にいう発明に該当しないので、特許を受けることはできない。」
というものである。

しかしながら、前記「2.無効理由1について」にて、述べたとおり、本件訂正明細書の発明の詳細な説明が、本件特許発明を当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないとすることはできないのであるから、本件訂正明細書には、本件特許発明1?4が、完成した発明として開示されていたと認められる。
よって、本件特許発明1?4が、特許法第29条第1項柱書にいう発明に該当せず、特許を受けることができないとする、無効理由4は理由がないものである。

6.無効理由5及び無効理由6について

6-1.証拠の記載事項
本件特許に係る出願の優先日(平成12年5月12日)前に頒布された刊行物である、甲第1号証乃至甲第12号証には、次の事項が記載されている。

(1)甲第1号証の記載事項
(1a)「電磁鋼板の表面に張力皮膜を形成し、その上からレーザービームを連続線状照射処理することを特徴とする電磁鋼板の処理方法。」(特許請求の範囲)

(1b)「上記のようにグラス皮膜と700℃以上の焼付皮膜の張力効果による鉄損向上に比べ更にすぐれた鉄損向上を行なう方法を提供することが、この発明の目的である。」(第2頁第3欄第6行?第9行)

(1c)「レーザービーム照射処理による鉄損の向上効果は、鋼板表面にレーザー痕が生じる程度に行なうことが最良の結果をもたらすことができる。このレーザー痕は絶縁性および耐電圧性の観点からないことが望ましいが、本発明者らの検討によれば、レーザービーム照射処理として、連続線状のレーザービームを照射することにより、絶縁性、耐電圧性を実用上使用に供し得ない程大きく低下させることなく、鉄損を向上させ得るものである。」(第2頁第3欄第15行?第24行)

(1d)「本発明方法における一つの実施工程は、マグネシヤを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した電磁鋼板を1100?1200℃で仕上高温焼鈍し、フオルステライト(2MgO・SiO_(2))を主成分とするグラス皮膜を形成させる。このコイルを700?900℃の温度で巻ぐせを除くためにフラツトニングを行ない、同時に張力皮膜を塗布焼付し、鋼板に張力を与えその後、レーザービームを連続線状照射処理する。
本発明でのフラツトニングと同時に実施する張力皮膜処理は700℃以上の焼付けに耐え、冷却時に鋼板に張力を与える例えば前記の特公昭53-28375号公報記載のコロイダルシリカ、リン酸アルミニウム、クロム酸系処理液、特開昭52-25296号公報記載のコロイダルシリカ、リン酸塩、クロム酸塩系処理液、米国特許第580449号明細書記載のマグネシウムイオン、リン酸、シリカ、クロムイオンを含む処理液等の処理液を用いるものであるが、鋼板への張力を与えられる処理液であれば、何ら上記処理液に限定されるものでない。」(第2頁第4欄第31行?第3頁第5欄第7行)

(1e)「実施例 1
Si3.0%,C0.003%,Mn0.075%,Al0.03%を含有する一方向性電磁鋼板(0.30mm板厚)を次の工程により製造した。ホツトコイルを1回の冷延-焼鈍後、マグネシヤを塗布乾燥し、コイルに巻取り、1150℃で2次再結晶のための仕上げ高温焼鈍を行ない、その後余剰のマグネシヤを除去し、グラス皮膜を有する電磁鋼板を得た。このコイルを2分割し、1コイルは850℃×70secでフラツトニングと同時に処理液Aを塗布し焼付けた。塗布量は4.5g/m^(2)であつた(本発明材)。他方のコイルは850℃×70secでフラツトニングのみを行ない比較材とした。この様にして得られた一方向性電磁鋼板から試料を採取して本発明材については次のB処理を行ない、比較材についてはC,D処理を行なつて諸特性の試験を行なつた。
本発明材
A処理:フラツトニングと同時に張力皮膜を焼付けたもの。
(1)張力皮膜処理液(A)
20%コロイダルシリカ 120cc
50%リン酸アルミニウム 60cc
無水クロム酸 6g
B処理:A処理後に連続線状レーザービーム照射処理
(1)レーザー照射条件
(I) パワー :2.0W
(II) 照射痕巾 :0.2mm
(III)痕跡列L方向間隔 :5mm
(IV) 照射スピード :200mm/秒
比較材
C処理:フラツトニングのまま
D処理:C処理後にレーザービーム照射処理
レーザー照射条件はB処理に同じ。

第 1 表

例 フラットニング 処理名 レーザ 磁気特性 皮膜特性
工程 ー照射 鉄損 磁束 抵抗 密着性 占積率 有無 密度
(W17/50)(B10)
(w/kg)(T)(Ω-cm^(2)/枚)(mmφ)(%)
本発 フラットニング Aのまま 無 1.05 1.94 460 70 98.0
明材 +張力皮膜 B 有 0.93 1.94 190 70 98.0

第1表からも明らかな如く、フラツトニングと同時に張力皮膜を焼付けたもの(A)は、フラツトニングのみ(C)の場合に比べて鉄損の良好なものが得られ、更にこれらの両材料(A)(C)にレーザービーム照射(B)(D)すると本発明の張力皮膜を有する電磁鋼板の方(B)がより大きな鉄損の向上が得られ、しかも張力皮膜は完全には破壊されずに実用上十分に使用に供しうる張力効果ならびに絶縁性を保有し得るものである。」(第3頁第5欄第12行?第6欄第40行)

(2)甲第2号証の記載事項
(2a)「特許請求の範囲
1 方向性珪素鋼板の高温仕上焼鈍中に焼鈍分離剤との反応によつてガラス状被膜を該鋼板表面に形成し、さらにこのガラス状被膜の上にコロイド状シリカ4?16重量%、リン酸アルミニウム3?24重量%(重リン酸アルミニウムとして計算)、無水クロム酸およびクロム酸塩の1種または2種以上を0.2?4.5重量%を添加したコーチング液を塗布し約350℃以上の温度で焼付け、この塗布焼付け後または塗布焼付けの工程で約800?900℃の温度で熱処理して張力付加表面被膜とし、鉄損および磁気ひずみ特性を改善せしめることを特徴とする方向性珪素鋼板を製造する方法。」(特許請求の範囲)

(2b)「実施例 1
方向性珪素鋼板厚み0.30mmの高温仕上焼鈍後の同一コイルから互に隣接して試料を採取し、表面の焼鈍分離剤を水洗と軽い酸洗で除きガラス状被膜を残したのち、コイルセツトの除去と歪取焼鈍を行なつて試料を調製した。このガラス状被膜を鋼板表面にもつ試料に試験例と同様にリン酸マグネシウムのリン酸塩コーチング液および本発明のコロイド状シリカ20%水分散液100cc-リン酸アルミニウム50%水溶液60cc-無水クロラ酸6gr-硼酸2grの組成のコーチング液を塗布し、空気中で830℃ 10秒間連続炉中で焼付けた。
・・・
この場合にも、試験例と同様の方法で表面被膜の鋼板に及ぼす張力を測定した。この場合は、試験例の裸の鋼板へのコーチングの塗布焼付けと異なつて、ガラス状被膜の上へコーチングしたので、片面の表面被膜の除去には硫酸と弗素の混酸によつた。測定結果はガラス状被膜と本発明のコーチング液による表面被膜の複合被膜に対しては0.5?0.8kg/mm^(2)、ガラス状被膜とリン酸マグネシウム液による表面被膜の複合被膜に対しては0.3?0.5kg/mm^(2)であつた。」(第6頁第11欄第35行?第8頁第16欄第8行)

(3)甲第3号証の記載事項
(3a)「【請求項1】 M^(2+)_(1-X)M^(1+)_(X1)M^(3+)_(X2)(OH)_(2+X-ny)A^(n-)_(y)・mH_(2)Oの一般式で表される固溶型複合金属水酸化物組成であることを特徴とする皮膜特性の優れる方向性電磁鋼板用絶縁皮膜剤。
但し、M^(1+);Li,K,Naの中から選ばれる1価金属
M^(2+);Be,Mg,Ca,Ba,Sr,Sn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn等の中から選ばれる2価金属
M^(3+);Al,Fe,Cr,Co,Sb,Bi,In,B,Ga,Tiの中から選ばれる3価金属
A^(n-);OH^(-),F^(-),Cl^(-),Br^(-),CO_(3)^(2-),SO_(4)^(2-),SiO_(3)^(2-),HPO_(4)^(2-),CrO_(4)^(2-),(CH_(3)COO)^(-),Fe(CN)_(6)^(3-),BO_(3)^(3-)等のn価のアニオン
X=x1+x2, 0<X<1.0,0<y<2.0,
m;層間水の分子数」(【特許請求の範囲】)

(3b)「【0019】【実施例】
〈実施例1〉高磁束密度方向性電磁鋼板素材スラブを公知の方法で熱延、熱延板焼鈍、酸洗、冷延により処理し最終板厚0.225mm冷延板とした。このコイルを、N_(2)25%+H_(2)75%、露点65℃雰囲気中で840℃×120秒間の脱炭焼鈍を行った。次いで、MgO100重量部、TiO_(2) 5重量部、硼酸ソーダ0.3重量部からなる組成の焼鈍分離剤を塗布・乾燥後1200℃×20Hrの最終仕上げ焼鈍を行い、二次再結晶、純化とグラス皮膜形成を行い出発材とした。
【0020】このコイルを水洗により、表面の余剰MgOを除去し、2%H_(2)SO_(4)、液温80℃で10秒間の軽酸洗の後、表1に組成の複合水酸化物、アニオン物質の主成分ゾルに対し、硼酸を配合した水溶液を焼き付け後の重量で3g/m^(2)なる用に塗布し、連続炉中で乾燥後、850℃×30秒間処理を行った。この試験における皮膜特性と磁気特性を表2に示す。
【0021】【表1】
複合水酸化物成分(重量部) HBO_(2)添加量
処理剤 M^(3+) M^(2+) M^(1+) A^(n-)y(複合水酸化物
100g当たり)
本発明1 Al 0.7 Zn 0.2 Li 0.1 CO_(3)^(2-) 0.10 30g
本発明2 Al 0.7 Ca 0.2 Li 0.1 CO_(3)^(2-) 0.10 30
本発明3 Al 0.7 Fe 0.2 Na 0.1 CO_(3)^(2-) 0.10 30
本発明4 Al 0.7 Ba 0.2 K 0.1 CO_(3)^(2-) 0.10 30
・・・
比較例2 50%燐酸Al 50ml+CrO_(3) 6g+20%コロイダルシリカ100ml(特開昭61-41778)

【0022】【表2】
焼き付け処理後の ・・・ 密着性 絶縁皮膜張力・・・
処理剤 皮膜形成状況 ・・・(10mmφ曲げ) (kg/mm^(2)) ・・・
本発明1 均一で非常に光沢の ・・・ ◎ 2.0 ・・・
あるガラス状皮膜形成
本発明2 〃 ・・・ ◎ 1.7 ・・・
本発明3 〃 ・・・ ◎ 1.6 ・・・
本発明4 〃 ・・・ ◎ 1.6 ・・・
・・・
比較例2 均一で非常に光沢の ・・・ △ 0.5 ・・・
あるガラス状皮膜形成

【0023】この結果、本発明によるものは、何れも高張力で光沢のある透明なガラス皮膜を形成し、皮膜表面はなめらかで、密着性も良好であった。一方、比較例の複合水酸化物ゾルに1価金属水酸化物を含有しない2価、3価金属の複合水酸化物によるものは、本発明剤に皮膜に比し、ややガラス化が不十分で、光沢がやや鈍く、密着性と皮膜張力もやや劣る傾向が見られた。
又、リン酸塩-コロイダルシリカによる比較材では、密着性、皮膜張力、磁性の面で、本発明より大幅に悪い結果となった。」(第4頁第6欄44行?第5頁第7欄第42行)

(3c)「【0024】〈実施例2〉重量%でC;0.050%、Si;3.35%、Mn;0.11%、Al;0.033%、S;0.007%、N;0.0075%、含有し、残部が鉄と不可避の不純物からなるスラブを1250℃で加熱した後、公知の方法で熱延、熱延板焼鈍、酸洗、冷延を行い、最終板厚0.22mmとした。次いで、840℃×120秒、雰囲気ガスとしてN_(2)25%+H_(2)75%、露点60℃で脱炭焼鈍後N_(2)25%+H_(2)75%NH_(3)中で鋼中N量が210ppmになるように窒化処理を行った。この鋼板にMgO100重量部+BiCl_(3) 3%からなる焼鈍分離剤を塗布し、1200℃×20Hrの最終焼鈍を行い、グラス皮膜を有しない高磁束密度方向性電磁鋼板素材を製造した。
【0025】この鋼板をH_(2)SO_(4)2%、液温80℃×15秒の軽酸洗を行った後、表3に示すように1価、2価、3価金属による複合酸化物に硼酸を配合した処理剤を塗布焼き付け後の重量で5.0g/m^(2)になる様に塗布し、850℃×30秒の焼き付け処理を行った。次いで、サンプルを取り出し、圧延方向と直角方向に5mm間隔でレーザー照射し磁区細分化処理後磁気特性と皮膜特性を評価した。結果を表4に示す。
【0026】【表3】
複合水酸化物成分(重量部) HBO_(2)添加量
処理剤 M^(3+) M^(2+) M^(1+) A^(n-)y(複合水酸化物
100g当たり)
本発明1 Al 0.6 Sn 0.15 Li 0.15 BO_(3)^(-3) 0.50 45g
本発明2 Al 0.6 Sr 0.15 Li 0.15 BO_(3)^(-3) 0.50 45
本発明3 Al 0.6 Ni 0.15 Li 0.15 HPO_(4)^(-2) 0.20 45
本発明4 Fe 0.6 Mg 0.15 Li 0.15 HPO_(4)^(-2) 0.20 45
本発明5 Co 0.6 Mg 0.15 Li 0.15 SiO_(3)^(-2) 0.20 45
・・・
比較例2 50%燐酸Al 50ml+CrO_(3) 6g+20%コロイダルシリカ100ml(特開昭61-41778)

【0027】【表4】
焼き付け処理後の ・・・ 密着性 絶縁皮膜張力・・・
処理剤 皮膜形成状況 ・・・ (10mmφ曲げ) (kg/mm^(2))・・・

本発明1 非常に均一で光沢が ・・・ ◎ 2.2 ・・・
ある透明皮膜を形成
本発明2 〃 ・・・ ◎ 2.5 ・・・
本発明3 非常に均一で光沢 ・・・ ◎ 2.4 ・・・
あり、やや乳白色
本発明4 非常に均一で光沢 ・・・ ◎ 2.0 ・・・
あり、やや黒っぽい
本発明5 非常に均一で光沢が ・・・ ◎ 2.0 ・・・ ある透明皮膜を形成
・・・
比較例2 均一で非常に光沢の ・・・ × 1.2 ・・・ あるガラス状皮膜形成

【0028】この試験の結果、本発明の1価金属の水酸化物を複合水酸化物中に含有したものは、何れも皮膜の光沢、透明度、表面粗度等の表面性状が優れ、且つ、密着性、皮膜張力が極めて優れ、磁気特性も良好であった。一方、比較例の2価、3価の金属のみによる複合水酸化物では、実施例と同様に皮膜特性の面で本発明に比しかなり劣り、磁気特性もやや劣る傾向が見られた。
又、リン酸塩-コロイダルシリカによる皮膜例では、密着性、皮膜張力、磁気特性の面で本発明に比し劣る結果であった。」(第5頁第7欄43行?第6頁第10欄第31行)

(4)甲第4号証の記載事項
(4a)「第16図は,鋼板面へのレーザー照射の代表的な配列を模式的に示したものである。第17図は,照射の諸元をUe=E/D・lの関係でまとめたとき,Ueとレーザー照射による鉄損減少代ΔW W/kgの間の実験結果をまとめたものである。ここで,
E=パルス当たりの照射エネルギー(J)
D=C方向の照射スポット間隔(cm)
l=L方向のスポット列間隔(cm)
Ueは,鋼板単位面積当りのレーザー照射エネルギーを表わしている。図から明らかなように,Ueの広い範囲にわたって,鉄損値は大幅に低減することがわかった。」(332頁左欄11行?21行)

(4b)第17図には、鋼板単位面積当りの照射エネルギーUeと鉄損減少代ΔW17/50の関係において、鉄損減少代ΔW17/50を大きくする最適の鋼板単位面積当りの照射エネルギーUeが、0.2?0.3J/cm2であることが図示されている。

(5)甲第5号証の記載事項
(5a)「レーザー走査条件はたとえば次のごとくである.YAGレーザーを使用し,Fig.8においてパルス当たりすなわちスポット当たりのエネルギーE=3.75×10^(-3)J,スポットの直径 d=0.15mm,スポットの中心間々隔 D=0.3mm,レーザー走査線の間隔l=5mmである.」(899頁右欄23行?28行)

(5b)「つぎにレーザー走査による鉄損減少を調査した結果を説明しよう.(110)[001]集合組織の集積度(これの尺度として磁束密度B_(10),すなわち磁化力1000A/mにおける磁束密度が一般に使われている)の違う高磁束密度方向性珪素鋼板(板厚は0.3mm)から幅6cm×30cmの試片を切り取り,これを歪み除去焼鈍した後にレーザー走査前後において単板鉄損測定器によつて鉄損W_(17/50)を測定した.レーザー走査条件はたとえばYAGレーザーを使用しFig.8においてスポット当たりのエネルギーE≒3.75×10^(-3)J,d≒0.15mm,D=0.3mm,l=5mmである.試片は張力絶縁皮膜のついた最終成品であり,今日得られる最高級品についてレーザー走査がどの程度効果があるか興味のあるところである.またこれらの効果の程度を比較するために,張力絶縁皮膜をつける前の試片を別途用意してその鉄損とB_(10)をレーザー走査前後において測定した.これらの結果をFig.10に示す.張力絶縁皮膜のついた試片の場合,鉄損は○印で示すレーザー走査前の値から●印で示すレーザー走査後の値へ著しく減少し,注目すべきことにレーザー走査前の鉄損W_(17/50)対磁束密度B_(10)の相関がばらつきが大きく無相関に見えるが,レーザー走査後は右下がりの直線上にほぼ収れんする.これは磁区構造を考慮すれば容易に理解できるが,磁区構造を無視しては説明することができない.張力絶縁皮膜の無い試片の場合,鉄損は×印で示すレーザー走査前の値から図中破線で示すレーザー走査後の値までやはり著しく減少した.」(900頁右欄13行?901頁左欄8行)

(6)甲第6号証の記載事項

(6a)「2.実 験 方 法
仕上焼鈍後の高磁束密度方向性電磁鋼板をSST用(60×300×0.30mm)に剪断し,歪取り焼鈍したものを供試材に用いた。Qスイッチ発振ルビーおよびYAGの2種類のレーザーを用い,図1に示すような点配列で,試料面にレーザー照射した。ここで,Eはパルス当りのレーザー照射エネルギー(mJ),Dは照射痕間隔(mm),lは照射点列の間隔(mm)である。u=E/D・lを種々に変化させて,レーザー照射前後の,圧延方向の鉄損と磁束密度を測定した。
3.実験結果および考察
図2は照射前後の鉄損値の差(向上代)ΔW(W/kg)とuの間の関係を示す。u=2?3mJ/mm^(2)で,ΔWは最大となることがわかった。」(93頁6行?18行)

(7)甲第7号証の記載事項
(7a)「図16は、鋼板に対するレーザービーム照射の典型的な配列を概略的に示す。
図17は、Ueとレーザービーム照射による鉄損減少ΔW/kgとの関係に関する実験結果をまとめたものであり、ここで照射データはUe=E/D・lとして設定され、
E=照射エネルギー/パルス(J)
D=横方向における照射スポット間隔(cm)
l=長手方向における照射スポット間隔(cm)
である。
Ueは、鋼板の単位面積当たりのレーザー照射エネルギーを表す。図17から明らかなように、鉄損はUeの広範囲にわたり顕著に減少している。」(272頁右欄6行?16行)

(7b)図17には、鋼板の単位面積あたりの照射エネルギーUe(J/cm^(2))と鉄損減少ΔW_(17/50)(W/kg)の関係において、鉄損減少ΔW_(17/50)を大きくする照射の最適条件が鋼板単位面積当りの照射エネルギーUeが、0.2?0.3J/cm^(2)であることが図示されている。

(8)甲第8号証の記載事項
(8a)「図5および図6は、各々、三相三脚コア型モデル変圧器および三相シェル型モデル変圧器の鉄損に対するレーザー照射の効果を示す。
三相三脚コア型モデル変圧器の場合、レーザー照射された鋼板を用いることにより、鉄損は約6?8%改善された。三相シェル型モデル変圧器の場合、鉄損は約10?14%改善された。」(1509頁右欄1?7行)

(8b)図5および図6には、三相三脚コア型モデル変圧器および三相シェル型モデル変圧器において、鉄損が改善される際に、レーザー照射エネルギーが、0.25J/cm^(2)であることが記載されている。

(9)甲第9号証の記載事項
(9a)「図3より、レーザー照射の最適条件がu値0.2と0.3の間に存在することが明らかである。
本実験の分析から、上記ΔW_(17/50)とuの関係は、以下のように表される。
ΔW=c_(1)u/(1+c_(2)u)-c_(3)u
上式において、c_(1),c_(2)およびc_(3)は定数。」(2411頁左欄21?30行)

(9b)「図3には、鋼板の単位面積あたりの照射エネルギーUe(J/cm^(2))と鉄損減少ΔW_(17/50)(W/kg)の関係において、鉄損減少ΔW_(17/50)を大きくする照射の最適条件が鋼板単位面積当りの照射エネルギーUeが、0.2?0.3J/cm^(2)であることが図示されている。

(10)甲第10号証の記載事項
(10a)「3.20図は,レーザ照射の代表的配列を模式的に示したものである。3.21図は,照射の諸元をUe=E/D・lでまとめたときUeと鉄損減少との関係を示したものである。ここで,
E=パルスあたりの照射エネルギー(J)
D=C方向の照射スポット間隔
l=L方向の照射スポット間隔
であり,Ueは,鋼板単位面積あたりの照射エネルギーを表わしている。」(33頁左欄3行?11行)

(10b)3.21図には,鋼板単位面積あたりの照射エネルギーと鉄損減少量との関係において、ΔW_(17/50)の関係において、鉄損減少量ΔW_(17/50)を大きくする鋼板単位面積あたりの投入エネルギーの最適照射条件が2.0?3.0mJ/mm^(2)であることが図示されている。

(11)甲第11号証の記載事項
(11a)「2.特許請求の範囲
(1) 仕上げ焼鈍済の方向性電磁鋼板表面に圧延方向にほぼ直角にレーザービームをその幅をd(mm)、エネルギー密度をP(J/cm^(2))、照射間隔をl(mm)としたとき、
0.005<d/lP^(2)<1.0 …………(1)
を満足するように照射することにより、鋼板に、局部的に高転位密度領域を形成させることを特徴とする方向性電磁鋼板の鉄損特性改善方法
(2)レーザービームを照射される鋼板が表面に絶縁皮膜が施されていることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の方向性電磁鋼板の鉄損特性改善方法」(特許請求の範囲)

(11b)「本発明は表面にレーザー光を照射することによつて局部的に高転位密度領域を形成させることにより方向性電磁鋼板の鉄損特性を改善する方法に関するものである。」(第1頁左下欄第18行?右下欄1行)

(11c)「実施例2
パルスレーザー P=2.0J/cm^(2)
エネルギー密度
照射間隔 l=5mm (d/l)・P^(2)=0.2
照射幅 d=0.25mm
で板厚0.30mmの鋼板に照射したところ、ΔWは0.10(W/kg)であった。このとき(d/l)・P^(2)=0.2である。ただし照射前の磁束密度B_(8)は1.954(T)で照射後1.952(T)同様に鉄損値W_(17/50)は照射前1.06(W/kg)から照射後0.96(W/kg)に減少した。すなわち、ΔW=0.10(W/kg)である。この値は、電磁鋼板のグレードを1ランク以上向上させるに充分な値である。」((第4頁左上欄第12行?右上欄3行)

(12)甲第12号証の記載事項
(12a)「【0003】一方、発明者らの検討によれば、2.0kgf/mm^(2)までの被膜張力付与は、鉄損低減に有効であることがわかっている。ところが、現状の「フォルステライト被膜+コロイド状シリカを含む燐酸塩の被膜」では、被膜張力の合計は、1.0kgf/mm^(2)程度である。そこで、更なる鉄損低減のため、従来の燐酸塩系の被膜に対し単位付着量当たりの張力付与効果の大きい、硼酸とベーマイトを含む組成からなる液を塗布、焼き付けることによる新しい酸化物被膜の形成方法が特開平6-65754 号公報等において提案されており、本被膜をフォルステライト被膜を有する方向性電磁鋼板上に形成することで、鋼板への張力付与効果の合計は、約1.3kgf/mm^(2)程度まで増加する。
【0004】しかしながら、被膜張力2.0kgf/mm^(2)までは、張力付与効果の向上に伴ない鉄損は低減するが、更に低鉄損の一方向性電磁鋼板の製造のためには、フォルステライト被膜上に形成する絶縁皮膜の更なる張力付与効果の向上が必要である。」(第2頁第1欄第36行?第2欄第2行)

6-2.甲第1号証に記載された発明

ア)甲第1号証の(1a)、(1d)及び(1e)の記載によれば、甲第1号証には、「Si3.0質量%を含有する一方向性電磁鋼板に仕上げ高温焼鈍を行ない、フォルステライトを主成分とするグラス皮膜を形成し、その後、コロイダルシリカ、リン酸アルミニウム、無水クロム酸からなる張力皮膜処理液を塗布、焼付けし、張力皮膜を形成し、その上からレーザービームをパワー2.0W、照射痕幅0.2mm、痕跡列L方向間隔5mm、照射スピード200mm/秒のレーザー照射条件にて、連続線状レーザービーム照射処理を行う、一方向性電磁鋼板の製造方法。」が記載されているといえる。

イ)ここで、甲第1号証の(1d)に記載によれば、前記「一方向性電磁鋼板の製造方法」において用いられる張力皮膜処理液は、特公昭53-28375号公報に記載された張力皮膜処理液であり、甲第2号証の(2a)及び(2d)の記載によれば、その実施例1において、ガラス状皮膜と前記コロイダルシリカ、リン酸アルミニウム、無水クロム酸を主成分とする張力皮膜処理液により得られる張力皮膜とからなる複合皮膜の張力の測定値は、0.5?0.8kg/mm^(2)、すなわち、4.9?7.8MPaであるから、前記「一方向性電磁鋼板の製造方法」において得られる、グラス皮膜とその後得られる表面皮膜の張力の合計値は、4.9?7.8MPaであるといえる。

ウ)また、前記「一方向性電磁鋼板の製造方法」において、前記レーザー照射条件に基づく、単位面積当たりの入熱量は、単位時間当たりの熱量であるパワー(W=J/秒)を単位時間当たりに入熱した面積((痕跡列L方向間隔mm)×(照射スピードmm/秒))で除したものであるから、(2.0J/秒)/(5mm×200mm/秒)=2mJ/mm^(2)となる。

エ)そこで、前記ア)?ウ)の記載事項及び認定事項を整理すると、甲第1号証には、一方向性電磁鋼板、及び、一方向性電磁鋼板の製造方法の発明として、次の二つの発明が記載されているものと認める。

「Si3.0質量%を含有する一方向性電磁鋼板に仕上げ高温焼鈍を行ない、仕上げ高温焼鈍後に形成されるグラス皮膜とその後に付与する張力皮膜による合計の皮膜への張力を4.9?7.8MPaとし、その上からレーザービームを2mJ/mm^(2)の入熱量で連続線状照射処理を行うことにより得られた一方向性電磁鋼板。」(以下、「甲第1号証発明1」という。)

「Si3.0質量%を含有する一方向性電磁鋼板に仕上げ高温焼鈍を行ない、仕上げ高温焼鈍後に形成されるグラス皮膜とその後に付与する張力皮膜による合計の皮膜への張力を4.9?7.8MPaとし、その上からレーザービームを2mJ/mm^(2)の入熱量で連続線状照射処理を行う、一方向性電磁鋼板の製造方法。」(以下、「甲第1号証発明2」という。)

6-3.本件特許発明と甲第1号証発明との対比・判断

6-3-1.本件特許発明1と甲第1号証発明1との対比・判断
甲第1号証発明1の「一方向性電磁鋼板」は、本件特許発明1の「方向性電磁鋼板」に相当する。
そうすると、本件特許発明1と甲第1号証発明1とは、
「張力皮膜が形成され、皮膜形成後レーザーを照射する、方向性電磁鋼板。」である点において一致し、次の点において相違する。

相違点1;本件特許発明1は、50Hzの周波数で圧延方向に励磁し、圧延方向の磁歪振動のゼロ-ピーク値(0-p値)を測定した際、飽和磁束密度まで励磁したときの0-p値ε_(0)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成したことによって変化した絶対値ε_(0C)と、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(0L)が、ε_(0C)<2.0×10^(-6) ε_(0L)<0.8×10^(-6)であり、飽和磁束密度における0-p値から励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値を差し引いた値ε_(17)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成したことによって変化した絶対値ε_(17C)と、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(17L)が、ε_(17C)<1.0×10^(-6) ε_(17L)<0.3×10^(-6)であり、更に、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)が
- 0.5 × 10^(-6) ≦ λ_(17) ≦ 0.5 × 10^(-6)である方向性電磁鋼板であるのに対し、甲第1号証発明1は、Si3.0質量%を含有する一方向性電磁鋼板に仕上げ高温焼鈍を行ない、仕上げ高温焼鈍後に形成されるグラス皮膜とその後に付与する張力皮膜による合計の皮膜への張力を4.9?7.8MPaとし、その上からレーザービームを2mJ/mm^(2)の入熱量で連続線状照射処理を行うことにより製造される方向性電磁鋼板であるものの、本件特許発明1において規定される特性値を有するものであるか不明である点。

6-3-2.相違点についての判断

ア)本件特許発明1と甲第1号証発明1の技術思想の相違について
前記相違点1を検討するにあたり、まず、その前提となる本件特許発明1と甲第1号証発明1の技術思想の相違について検討する。
前記「1.本件特許発明の概要」や、前記「2.無効理由1について」の「理由A」及び「理由B」に対する「判断」において述べたとおり、本件特許発明は、要するに、従来から、トランスの低騒音化のための鉄心用素材としては、明確な磁歪特性の提示はなく、また、磁歪振動を低減する材料に対してもその提案はほとんどないという実情に鑑み、トランスの低鉄損と低騒音を両立するために最も適した方向性電磁鋼板、及び、その製造方法を提供することを発明が解決しようとする課題とするものであり、かかる課題について、方向性電磁鋼板の磁歪とトランス騒音の関係を詳細に調査し、また、磁歪に寄与する種々の材料要因を研究した結果、磁歪を決める因子として、方位集積度のほか、絶縁皮膜の張力、レーザー照射による微少歪みの付与が非常に重要であることを見い出し、方位集積度を考慮した材料選択を行うとともに、絶縁皮膜の張力及びパルスレーザー照射による入熱量を適切な範囲において制御し、磁歪0-p値の測定値から得られる、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)、及び、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)を特定の数値範囲に調整することにより、トランスの低騒音化と低鉄損を同時に実現する電磁鋼板を得、これにより前記課題を解決したものである。
これに対し、甲第1号証発明1は、(1b)及び(1e)の記載によれば、グラス皮膜と700℃以上の焼付皮膜の張力効果による鉄損の向上に比べ更なる鉄損の向上を解決すべき課題とし、張力皮膜を有する電磁鋼板の表面にレーザービームの連続線状照射を行うことにより解決したものであるが、明細書には、騒音の低減化に関する記載は見当たらない。
そうすると、本件特許発明1と甲第1号証発明1とは、いずれも、張力皮膜の有する電磁鋼板において、レーザービーム照射を行うことにより、鉄損の低減を課題とすることにおいて共通するものの、本件特許発明1における、絶縁皮膜の張力とレーザー照射による入熱量の制御は、鉄損の低減に加え、さらに、騒音の低減化をも含めて課題とするため、磁歪に関連した複数のパラメータも含めて調整し、これを解決するものであるのに対し、甲第1号証発明1における張力皮膜とレーザービーム照射の調整は、単に、鉄損の低減という課題の解決にとどまるものであるから、本件特許発明1と甲第1号証発明1とは、その技術思想において相違するものである。

イ)相違点についての検討
本件特許発明1に係る方向性電磁鋼板は、特定の物理量により規定された発明であるが、これらの物理量で規定された本件特許発明1は、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の【0007】、【0009】、【0019】?【0026】の記載によれば、Siを1.0?4.0質量%含有する方向性電磁鋼板について、低鉄損及び低磁歪の観点から、仕上げ焼鈍後に形成される一次皮膜とその後の付与する二次皮膜による合計の皮膜の張力値の範囲を1MPa以上、8MPa未満、パルスレーザー照射の入熱量の範囲を1?2mJ/mm^(2)と規定し、次に、これらの皮膜張力値、パルスレーザー照射の入熱量を適切に制御し、磁歪振動の0-p値によって定まる、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)の値、及び、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)を特定の数値範囲に調整することにより、製造されるものであるといえる。
そこで、前記製造方法によって得られた本件特許発明1と甲第1号証発明1とを対比すると、甲第1号証発明1における、「仕上げ高温焼鈍」、「グラス皮膜」及び「張力皮膜」は、それぞれ、本件特許発明1の製造方法における、「仕上げ焼鈍」、「一次皮膜」及び「二次皮膜」に相当するものであり、Si含有量において一致し、また、一次皮膜とその後に付与する二次皮膜による合計の鋼板への張力値、及び、鋼板の単位面積当たりの入熱量において重複する範囲を有するものといえるが、前記ア)にも記載したとおり、本件特許発明1は、絶縁皮膜の張力及びレーザー照射による入熱量を適切な範囲において制御することにより、磁歪0-p値の測定値から得られる、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)、及び、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)を特定の数値範囲に調整した電磁鋼板であり、かかる調整により、低鉄損に加え、低騒音という課題を同時に解決したものであるのに対し、甲第1号証発明1は、低騒音を課題とするものではなく、しかも、絶縁皮膜の張力及びレーザー照射による入熱量を制御し、磁歪0-p値の測定値から得られる、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)、及び、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)が特定の数値範囲に調整されたものでもないから、すでに、かかる点において、相違点1は、実質的なものである。
さらに、用いるレーザーが、本件特許発明1では、パルスレーザーであるのに対し、甲第1号証発明1においては、連続レーザーである点も実質的な相違点である。(要すれば、特許第3361709号公報(特開平10-204533号公報を参照。)
よって、本件特許発明1は、甲第1号証発明1であるとすることはできない。

また、甲第4号証?甲第11号証には、電磁鋼板の表面に張力皮膜を形成し、その上からレーザー照射処理する電磁鋼板の低鉄損化処理において、鋼板の単位面積当たりの入熱量として、1?3mJ/mm^(2)程度の入熱量を採用することが記載され、甲第3号証には、絶縁被膜剤を用いた方向性電磁鋼板の製造方法において、電磁鋼板の表面被膜剤で処理した張力皮膜の張力が、15.7?19.6MPaである電磁鋼板が記載され、甲第12号証には、一方向性電磁鋼板において、被膜張力の合計が9.8MPaである電磁鋼板が記載されてはいるものの、甲第1号証発明1の認定に用いた甲第2号証を含め、甲第2号証?甲第12号証には、前記した、絶縁皮膜の張力及びレーザー照射による入熱量を適切な範囲において制御することにより、磁歪0-p値の測定値から得られる、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)、及び、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)を特定の数値範囲となるよう調整し、低鉄損に加え、低騒音のための磁歪特性を有する電磁鋼板を得ることについては、何ら記載されていないから、甲第1号証発明1に甲第2号証?甲第12号証に記載された前記技術的事項を組み合わせることにより、本件特許発明1を発明することは、当業者が容易になし得るものとすることはできない。

6-3-3.本件特許発明2と甲第1号証発明1との対比・判断
本件特許発明2は、本件特許発明1を引用する発明であって、絶縁皮膜の張力及びレーザー照射による入熱量を適切な範囲において制御することにより、磁歪0-p値の測定値から得られる、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)、及び、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)を特定の数値範囲となるよう調整し、低鉄損に加え、低騒音のための磁歪特性を有する電磁鋼板を得ることを発明特定事項とするものであるから、前記「6-3-2.」において検討したと同様の理由により、本件特許発明2は、甲第1号証発明1であるとすることはできないし、また、甲第1号証発明1に甲第2号証?甲第12号証に記載された前記技術的事項を組み合わせることにより、当業者が容易になし得るものとすることもできない。

6-3-4.本件特許発明3、4と甲第1号証発明2との対比・判断
本件特許発明3、4は、本件特許発明1を引用する発明であって、絶縁皮膜の張力及びレーザー照射による入熱量を適切な範囲において制御することにより、磁歪0-p値の測定値から得られる、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)、及び、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)を特定の数値範囲となるよう調整し、低鉄損に加え、低騒音のための磁歪特性を有する電磁鋼板を得ることを発明特定事項とするものであるのに対し、甲第1号証発明1の製造方法である、甲第1号証発明2は、甲第1号証発明1と同じく、かかる発明特定事項を有するものではないから、前記「6-3-2.」において検討したと同様の理由により、本件特許発明3は、甲第1号証発明2であるとすることはできないし、甲第1号証発明2に甲第2号証?甲第11号証に記載された前記技術的事項を組み合わせることにより、当業者が容易になし得るものとすることはできず、また、本件特許発明4は、甲第1号証発明2に甲第2号証?甲第10号証に記載された前記技術的事項を組み合わせることにより、当業者が容易になしえるものとすることはできない。

6-4.小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1?3は、甲第1号証に記載された発明であるとすることはできない。
また、本件特許発明1、2は、甲第1号証に記載された発明に甲第2号証?甲第12号証に記載された発明を組み合わせることにより、当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
また、本件特許発明3は、甲第1号証に記載された発明に甲第2号証?甲第11号証に記載された発明を組み合わせることにより、本件特許発明4は、甲第1号証に記載された発明に甲第2号証?甲第10号証に記載された発明を組み合わせることにより、当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及証拠方法によっては、本件特許1?4についての特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
方向性電磁鋼板及びその製造方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向性電磁鋼板を50Hzの周波数で圧延方向に励磁し、圧延方向の磁歪振動のゼロ-ピーク値(0-p値)を測定した際、飽和磁束密度まで励磁したときの0-p値ε_(0)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値ε_(0C)と、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(0L)が、
ε_(0C)<2.0×10^(-6)
ε_(0L)<0.8×10^(-6)
であり、飽和磁束密度における0-p値から励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値を差し引いた値ε_(17)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値ε_(17C)と、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(17L)が、
ε_(17C)<1.0×10^(-6)
ε_(17L)<0.3×10^(-6)
であり、更に、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)が
-0.5×10^(-6)≦λ_(17)≦0.5×10^(-6)
である方向性電磁鋼板。
【請求項2】
ε_(0C)とε_(0L)が、
1.0×10^(-6)≦ε_(0C)<3.0×10^(-6)
0.5×10^(-6)≦ε_(OL)<1.0×10^(-6)
であり、ε_(17C)とε_(17L)が、
0.5×10^(-6)≦ε_(17C)<1.5×10^(-6)
ε_(17L)<0.3×10^(-6)
である請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
Siを1.0?4.0質量%含有する方向性電磁鋼板の製造方法において、仕上げ焼鈍後に形成される一次皮膜とその後に付与する二次皮膜による合計の鋼板への張力を1MPa以上、8MPa未満とし、鋼板の単位面積当たりの入熱量を1?2mJ/mm^(2)となるようにパルスレーザー照射し、請求項1記載の磁歪特性を得ることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
Siを1.0?4.0質量%含有する方向性電磁鋼板の製造方法において、仕上げ焼鈍後に形成される一次皮膜とその後に付与する二次皮膜による合計の鋼板への張力を14MPa以上とし、鋼板の単位面積当たりの入熱量を1.5?3mJ/mm^(2)となるようにパルスレーザー照射し、請求項1記載の磁歪特性を得ることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、トランスなどの鉄心に用いられる方向性電磁鋼板に関するものであり、更に詳しく述べると、鉄心の低鉄損化のみならず低騒音化にも寄与する、低鉄損、低騒音の方向性電磁鋼板とその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、トランスなどの電磁応用機器にも騒音や振動の低減が要請されるようになり、トランスの鉄心に使われる方向性電磁鋼板には、低鉄損と共に、低騒音や低振動に適した材料であることが求められる様になってきた。トランスの騒音や振動に対する素材における原因の一つとして、方向性電磁鋼板の磁歪があるといわれている。ここでいう磁歪とは、方向性電磁鋼板を交流で励磁したときに、鋼板の圧延方向に見られる振動のことで、その大きさは、10^(-6)オーダーの非常に小さなものである。しかし、これまで、どのような磁歪特性がトランスの低騒音化に有効なのか明確ではなかった。
【0003】
これまでの低騒音化への方策は、磁歪を小さくすることであった。磁歪は、二次再結晶粒の{110}<001>の方位集積度をあげることにより低減できることが知られているが、これは低鉄損化を狙う場合と同じ一般的な方法である。積極的に磁歪を低減した材料の提案の一つに、特開平8-269562号公報がある。そこでは、焼鈍時の内部残留歪みを故意に残留させることにより磁歪の低減が図られている。しかし、この方法では歪みが残留するためヒステリシス損失が増加し、鉄損の増加を招いてしまう。
【0004】
以上のように、トランスの低騒音化のための鉄心用素材としては、これまで明確な磁歪特性の提示はなく、また、磁歪振動を低減する材料に対してもその提案はほとんどないのが実情である。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は、トランスの低鉄損と低騒音を両立するために最も適した方向性電磁鋼板、即ち、低鉄損、低騒音の方向性電磁鋼板、及び、その製造方法を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】
発明者らは、方向性電磁鋼板の磁歪とトランス騒音の関係を詳細に調査し、また、磁歪に寄与する種々の材料要因を研究した結果、磁歪を決める因子として、前記の{110}<001>方位集積度のほか、絶縁皮膜の張力、レーザー照射による微少歪みの付与が非常に重要であることを見い出し、これらの因子を適切に制御することによって、低騒音のための磁歪特性を持ち、かつ、低鉄損である鋼板を開発することができた。
【0007】
本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)方向性電磁鋼板を50Hzの周波数で圧延方向に励磁し、圧延方向の磁歪振動のゼロ-ピーク値(0-p値:消磁状態を基準とした、ある励磁磁束密度の時の伸縮値で、伸びた場合を正、縮んだ場合を負とする)を測定した際、飽和磁束密度まで励磁したときの0-p値ε_(0)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値ε_(0C)と、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(0L)が、
ε_(0C)<2.0×10^(-6)
ε_(0L)<0.8×10^(-6)
であり、飽和磁束密度における0-p値から励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値を差し引いた値ε_(17)において、張力皮膜が存在せず、パルスレーザーが照射されていない状態の値を基準として、張力皮膜が形成されたことによって変化した絶対値ε_(17C)と、皮膜形成後パルスレーザーを照射することによって変化した絶対値ε_(17L)が、
ε_(17C)<1.0×10^(-6)
ε_(17L)<0.3×10^(-6)
であり、更に、励磁磁束密度1.7Tにおける0-p値λ_(17)が
-0.5×10^(-6)≦λ_(17)≦0.5×10^(-6)
である方向性電磁鋼板。
【0008】
(2)ε_(0C)とε_(0L)が、
1.0×10^(-6)≦ε_(0C)<3.0×10^(-6)
0.5×10^(-6)≦ε_(OL)<1.0×10^(-6)
であり、ε_(17C)とε_(17L)が、
0.5×10^(-6)≦ε_(17C)<1.5×10^(-6)
ε_(17L)<0.3×10^(-6)
である上記(1)に記載の方向性電磁鋼板。
【0009】
(3)Siを1.0?4.0質量%含有する方向性電磁鋼板の製造方法において、仕上げ焼鈍後に形成される一次皮膜とその後に付与する二次皮膜による合計の鋼板への張力を1MPa以上、8MPa未満とし、鋼板の単位面積当たりの入熱量を1?2mJ/mm^(2)となるようにパルスレーザー照射し、(1)に記載の磁歪特性を得ることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【0010】
(4)Siを1.0?4.0質量%含有する方向性電磁鋼板の製造方法において、仕上げ焼鈍後に形成される一次皮膜とその後に付与する二次皮膜による合計の鋼板への張力を14MPa以上とし、鋼板の単位面積当たりの入熱量を1.5?3mJ/mm^(2)となるようにパルスレーザー照射し、(1)に記載の磁歪特性を得ることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【0011】
【発明の実施の形態】
以下に本発明を詳細に説明する。
方向性電磁鋼板には[100]、[010]及び[001]の三つの磁化容易方向が存在するが、このうち磁場方向と異なる方向に磁化していた領域が、磁場印加と共に磁場方向に向いたり、逆に、磁場方向を向いていた領域が、他の磁化容易方向を向いたりした場合に、磁場印加方向に観測される伸縮、即ち、磁歪が生じる。
【0012】
[110]<001>方位に完全に揃った理想的な方向性電磁鋼板では、その磁区構造は圧延方向だけに磁化した領域からなる構造、即ち、180°磁区のみで形成される。このため、磁化過程において磁歪は生じない。
しかし、実際には、方位のずれによる静磁エネルギーを低減するため、ランセット磁区とよばれる還流磁区の一種が鋼板中に存在する。また、歪みが導入された領域や、鋼板端部でも還流磁区が存在する。還流磁区内には板厚方向に磁化した領域を持っており、この領域が減少すれば、磁歪は正(伸張)の変化を、増加すれば負(収縮)の変化を示す。
【0013】
フォルステライトや張力絶縁皮膜が形成されていない、また、レーザー照射のされていない方向性電磁鋼板の磁歪0-p値は、図1の1-(A)に示すように、励磁磁束密度と共に単調に増加する。これは消磁状態において、前述したランセット磁区が方位集積度に依存して存在し、励磁と共にその体積を減少させるためである。
【0014】
鋼板に張力絶縁皮膜を施すと、磁歪は1-(B)に示すように、一旦減少するものの、約1.7T以上の高磁束密度においては、増加に転じる。これは以下の理由による。
磁気弾性効果により、鋼板への張力付与によって、板厚方向に磁化している部分のエネルギーが高まるため、消磁状態のランセット磁区の体積は、張力のない場合に比べて減少する。これに磁場印加すると180°磁壁の移動が起こるが、これは表面の静磁エネルギーを増加させるので、静磁エネルギーを減ずるようランセット磁区は増加する。従って、この磁場領域では、鋼板は収縮する。更に磁場が強くなり、180°磁壁移動が終了すると、ランセット磁区が消滅しながら磁化が進行する。このとき鋼板は伸長する。
【0015】
以上の1-(A)と1-(B)の曲線では、磁化飽和状態が圧延方向以外の磁化成分の消滅した同じ状態であるから、この状態を伸縮の基準とすると磁区構造の変化を考えやすい。
図2に、飽和磁化の時の磁歪0-p値を0として、磁歪0-p値の磁束密度依存性を示す。
張力被膜のない鋼板の場合は、2-(A)に示すように、磁歪0-p値は磁束密度の低下と共に単調に減少する。一方、張力被膜を施した鋼板では、2-(B)に示すように、一旦減少するものの、極小をとった後増加する。2-(B)の消磁状態では、2-(A)に対して図に示すε_(0C)だけ鋼板は伸長していることになる。
【0016】
また、極小については、まず、極小をとる磁束密度は、鋼板の[110]<001>方位への配向度に依存するが、発明者らの調査の結果、通常の方向性電磁鋼板では1.7T程度であることが分かった。従って、先に定義したε_(17)において、2-(B)の極小値では、2-(A)に対してε_(17C)だけ伸長していることになる。これらのε_(0C)及びε_(17C)は、絶縁被膜の張力を変化させることにより自在に制御できる。
【0017】
また、発明者らは、張力皮膜形成後、更にレーザー照射をすることにより、磁歪特性を自在に制御できることを見い出した。この効果を以下に示す。
図1の皮膜形成後の磁歪0-p値である1-(B)に対して、レーザーを照射すると、磁歪0-p値は1-(C)に示すように、単調に増加するように変化する。これは、レーザー照射が鋼板中に歪みを導入するため還流磁区が形成され、励磁と共にこの還流磁区が消滅するためと考えられる。
【0018】
飽和磁化状態を基準とした場合を図2に示す。皮膜形成後レーザー照射した場合の曲線2-(C)は磁束密度低下と共に減少し、消磁状態では、2-(B)に比べて、図中に示すε_(0L)だけ鋼板は収縮していることになる。また、1.7Tにおいて定義したε_(17)においては、ε_(17L)だけ収縮している。これらのε_(0L)及びε_(17L)は、レーザー照射エネルギーを変化させることによって、自在に制御できる。
【0019】
更に、発明者らは、トランスなどの騒音を低減するために方向性電磁鋼板の磁歪特性がどうあるべきかを鋭意検討した結果、磁歪振幅を小さくすることは重要であるが、特に、励磁磁束密度が、1.7Tにおける磁歪0-p値λ_(17)を所定の大きさに制御することが、機器の騒音を低減する上で必須となることを知見した。
即ち、
-0.5×10^(-6)≦λ_(17)≦0.5×10^(-6)
と制御することが必須条件となる。
λ_(17)が小さすぎる場合は、磁歪振動波形の高周波成分が増加すること、また、λ_(17)が大きすぎる場合には、磁歪の振幅が大きくなることが、トランスの騒音の増大に寄与していると考えられる。
【0020】
騒音のない材料を得るためには、皮膜張力とレーザー照射エネルギーを適切に制御し、先のε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、及び、ε_(17L)が、
ε_(0C)<2.0×10^(-6)
ε_(0L)<0.8×10^(-6)
ε_(17C)<1.0×10^(-6)
ε_(17L)<0.3×10^(-6)
の範囲であり、更に、励磁磁束密度1.7Tの0-p値λ_(17)が
-0.5×10^(-6)≦λ_(17)≦0.5×10^(-6)
を満たすことが必要であることを見い出した。
【0021】
皮膜張力を小さくすると、ε_(0C)やε_(17C)は小さくなるが、小さくしすぎると運搬時やトランスを組立作業時などに鋼板に応力が入ったときの磁歪の劣化が大きくなり、また、鉄損も劣化するので、どちらも、0.1×10^(-6)より大きくするのが好ましい。また、それらの値は方位集積度に依存して上限があるので、それぞれ、2.0×10^(-6)、1.0×10^(-6)より小さく規定した。
【0022】
レーザー照射エネルギーを強くするに従いε_(0L)やε_(17L)は大きくなる。レーザー照射エネルギーが大きすぎると、磁歪振動の振幅が大きくなり、かえってトランスに組んだ時の騒音が大きくなるので、ε_(0L)は0.8×10^(-6)より小さく、ε_(17L)は0.3×10^(-6)より小さく規定した。
【0023】
皮膜張力は、仕上げ焼鈍後に形成されるフォルステライト皮膜の量や、その上に施す絶縁皮膜の量や成分を調整することによって制御できる。また、レーザー照射は、CO_(2)レーザーやYAGレーザーを用いて照射できる。鉄損低減の観点からは、レーザーによる歪み導入領域は、鋼板の圧延方向に直角に帯状に伸びており、圧延方向には、その歪み帯が周期的に導入されているのが望ましい。
【0024】
また、機器の設計磁束密度によって、要求される磁歪特性が変ることも分かった。まず、トランスの設計磁束密度が比較的低い場合は、鋼板の磁歪振動の波形をよりなめらかにし、振動の高調波成分を減少させることが、トランスの騒音を低減させる上において重要であり、皮膜張力は比較的弱い方が有効であることが分かった。しかしながら、この手法は、鉄損の劣化をもたらしてしまう。そこでレーザーを適切に照射し、磁区制御を施すことによって、低磁歪と低鉄損を実現することができた。
【0025】
上記の電磁鋼板は、フォルステライト皮膜と絶縁皮膜の合計の張力を1MPa以上、8MPa未満とし、鋼板の単位面積当たりの入熱量を1?2mJ/mm^(2)となるようにレーザー照射することにより、製造することができる。
【0026】
絶縁皮膜の張力が小さいと、運搬時やトランスを組立作業時などに鋼板に応力が入ったときの磁歪の劣化が大きくなり、鉄損も劣化するので、1MPa以上とした。また、上記張力が強すぎると、磁歪振動の波形に高調波成分が多く含まれる様になるので、8MPa未満とした。
また、設計磁束密度が高いときは、鋼板への張力をなるべく強くし、その皮膜張力に応じてレーザー照射強度を適切に制御することが重要である。これにより、磁歪λ_(17)を先に示した所定の大きさに制御することができ、更に、低磁束密度から高磁束密度まで磁歪振幅を小さく抑えることができる。
【0027】
具体的には、ε_(0C)とε_(0L)は、
1.0×10^(-6)≦ε_(0C)<3.0×10^(-6)
0.5×10^(-6)≦ε_(OL)<1.0×10^(-6)
に、ε_(17C)とε_(17L)は、
0.5×10^(-6)≦ε_(17C)<1.5×10^(-6)
ε_(17L)<0.3×10^(-6)
とし、更に、
-0.5×10^(-6)≦λ_(17)≦0.5×10^(-6)
であるように制御する。
具体的には、一次、二次皮膜による合計の鋼板への張力を14MPa以上とし、鋼板の単位面積当たりの入熱量を1.5?3mJ/mm^(2)となるようにレーザー照射することにより製造することができる。
【0028】
【実施例】
(実施例1)
定法により仕上げ焼鈍までを行った厚さ0.23mmの方向性電磁鋼板について、フォルステライト皮膜の厚さと絶縁張力皮膜塗布量を制御し、被膜張力を変化させた。更に、圧延方向の照射ピッチを5mm、圧延直角方向の照射ピッチを0.03mmとして、パルスエネルギーを変化させ、鋼板にレーザー照射した。レーザーにはYAGレーザーを用いた。照射エネルギーは鋼板の面積あたりの導入エネルギーで表す。磁歪の測定には、レーザードップラー方式の磁歪測定装置を用い、各条件10枚を試験に供した。試料作製条件と10枚の平均の磁歪測定結果を表1に示す。
【0029】
更に、それぞれの条件の鋼板で、750mm×750mmの3相3脚積み鉄心を作製し、騒音の測定を行った。鋼板の幅は150mm、積み枚数は180枚とした。被膜張力0の場合は、張力の発生しない絶縁被膜を塗布した。結果を表2に示す。本発明の鋼板を用いることによって、トランスの低騒音化が実現された。同表には鉄心の鉄損も示すが、本発明においては良好な鉄損が得られている。
【0030】

【0031】

【0032】
【発明の効果】
本発明の方向性電磁鋼板は、皮膜張力とレーザーの照射エネルギーを、ε_(0C)、ε_(0L)、ε_(17C)、ε_(17L)とλ_(17)が所定の範囲になるように調整して得られるものであり、トランスの低鉄損と低騒音を同時に達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】消磁状態を基準とした、磁歪振動0-p値の磁束密度による変化を示す図である。
【図2】飽和磁束密度状態を基準とした、磁歪振動0-p値の磁束密度による変化を示す図である。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審決日 2011-05-30 
出願番号 特願2001-139092(P2001-139092)
審決分類 P 1 113・ 14- YA (C22C)
P 1 113・ 537- YA (C22C)
P 1 113・ 851- YA (C22C)
P 1 113・ 121- YA (C22C)
P 1 113・ 113- YA (C22C)
P 1 113・ 853- YA (C22C)
P 1 113・ 536- YA (C22C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐藤 陽一  
特許庁審判長 山田 靖
特許庁審判官 小柳 健悟
山本 一正
登録日 2008-11-14 
登録番号 特許第4216488号(P4216488)
発明の名称 方向性電磁鋼板及びその製造方法  
代理人 永坂 友康  
代理人 川原 敬祐  
代理人 塚中 哲雄  
代理人 古賀 哲次  
代理人 石田 敬  
代理人 古賀 哲次  
代理人 石田 敬  
代理人 中村 朝幸  
代理人 青木 篤  
代理人 杉村 憲司  
代理人 中村 朝幸  
代理人 永坂 友康  
代理人 高梨 玲子  
代理人 青木 篤  
代理人 亀松 宏  
代理人 亀松 宏  

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