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審決分類 審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1242515
審判番号 不服2009-970  
総通号数 142 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-10-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-01-09 
確定日 2011-08-26 
事件の表示 特願2004-171939「網膜の色素沈着された上皮由来の神経栄養性因子」拒絶査定不服審判事件〔平成16年9月24日出願公開、特開2004-262947〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は,1993年6月4日(パリ条約による優先権主張外国庁受理1992年6月4日 米国)を国際出願日とする出願である特願平6-500883号の一部を,平成16年6月9日に新たな出願としたものであって,その請求項1?16に係る発明は,平成23年1月25日付け手続補正書の特許請求の範囲に記載されたとおりのものであり,そのうち請求項1の記載は次のとおりである。
「【請求項1】
網膜色素沈着上皮由来神経栄養因子を含む網膜の腫瘍を処置するための薬学的組成物であって,該網膜色素沈着上皮由来神経栄養因子は,配列番号1の1位のメチオニンから418位のプロリンまでからなるか,または1もしくは数個のアミノ酸の置換,付加もしくは欠失を有し,かつ細胞の神経単位分化を誘導する活性を有する,その改変体からなるものである,薬学的組成物。」

2.当審の拒絶理由
当審において平成22年10月25日付けで通知した拒絶の理由の概要は以下の通りである。
「…
2)本件出願は,明細書又は図面の記載が下記の点で不備のため,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

・理由…2/請求項1…

本願発明は,網膜色素沈着上皮由来神経栄養因子(PEDNF)という特定のタンパク質を有効成分とする,網膜の腫瘍の処置という特定の医薬用途に関する発明であって,…非常に予測性の低い分野についての発明である。
これに対して,本願発明の詳細な説明では,PEDNFの網膜の腫瘍に対する治療効果に関する直接的な記載としては,その例27において,…有用性について裏付けの伴わない単なる定性的な記載,或いは,単なる推測又は期待とも解釈され得るような記載のみで…,当業者が認識するに十分な記載であるとすることができない。
さらに,例19において,PEDNFが網膜芽腫細胞の分化を促進するデータが得られているとしても,…このようなデータをもって生体内における網膜腫瘍に対する治療効果を裏付けるものとして,当業者が評価するに十分なものとすることもできないし,また,このようなデータをもって当該治療効果が裏付けられるものとする技術常識が本願優先権主張日当時存在していたものとすることもできない。…
よって,本願請求項1…に係る発明について,…当業者が本願発明の実施をできる程度に目的,構成及び効果が記載されているものとすることができない。」

3.判断
3-1.特許法第36条第4項(実施可能要件)について
一般に,医薬の治療効果というものは,生体内の複雑な各種の相互作用の結果もたらされるものであって,それら相互作用に関して未だ十分な解明がなされておらず,極めて予測性が低く,有効成分の物質名,化学構造だけからその有用性を予測することは困難であるから,明細書に単に定性的な記載がなされている場合であっても,それだけでは当業者が当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないものである。したがって,医薬用途発明に係る出願にあっては,明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があるから,そのような記載がなされていない発明の詳細な説明の記載では,当業者が当該医薬としての有用性を有しているものと認識するに十分な記載であるとすることもできないから,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしているとされるべきものではない。
そして,明細書における薬理データと同視すべき程度の記載とは,当業者が医薬用途があるとする化学物質がどのような薬効を有しているかを理解し,どのように使用すれば目的とする薬効が得られるかを理解することのできるような記載であり,当業者がこのように明細書の記載を理解するために利用することのできるものは,出願時(優先権主張日当時)の当業者が有する技術常識である。
このような観点を踏まえて,本願明細書の記載を検討する。

3-2.検討
本願発明は,網膜色素沈着上皮由来神経栄養因子(以下,「PEDNF」という。)という特定のタンパク質を有効成分とする,網膜の腫瘍の処置という特定の医薬用途に関する発明であって,上記したように非常に予測性の低い分野についての発明である。
これに対して,本願発明の詳細な説明では,PEDNFの網膜の腫瘍に対する治療効果に関する直接的な記載としては,その例27において,「網膜腫瘍の治療」と題して,「PEDNFでの治療は,網膜芽細胞といった網膜腫瘍,神経芽細胞といったその他の神経単位腫瘍又は非神経単位由来の腫瘍用として有効である。この治療は,細胞分裂の停止又はその速度の低下及びそれに付随する腫瘍成長速度の低下という結果をもたらし,ひいては腫瘍の退行という結果にもなる。」と記載されているのみであり,このような有用性について裏付けの伴わない単なる定性的な記載,或いは,単なる推測又は期待とも解釈され得るような記載のみでは,本願発明に係る有効成分であるPEDNFが網膜の腫瘍に対する治療効果を有するものであると,当業者が認識するに十分な記載であるとすることができない。したがって,本願発明の詳細な説明には,本願発明に係る医薬用途に関して,薬理試験結果のデータが記載されているものとすることができない。
そこで,次に,発明の詳細な説明において,薬理データと同視すべき程度の記載がなされているといえるかについて検討する。
これに関し,本願発明の詳細な説明の例19において,PEDNFが網膜芽腫細胞の分化を促進するデータが示されているものではあるが,ここで示されている試験管実験系が網膜芽腫に対する治療効果を評価するモデル試験系であるとする技術常識があるといえない上,生体内では各種器官・細胞において各種の物質間で相互に作用を及ぼして,それぞれの機能・作用を打ち消し合ったり,或いはそれぞれの機能・作用を増強したりして,それらの帰結としてある現象が生じる,或いは生じないという結果をもたらすものであり,そのような生体内の各種器官・細胞における各種物質間の相互作用は未だ十分に解明されていない状況であるから,例19に示された試験管実験系におけるPEDNF処置による網膜芽腫細胞の分化を促進するデータ(すなわち網膜芽腫細胞の増殖を阻害するデータ)が示されているのみでは,PEDNFが生体内での網膜芽腫細胞の増殖を阻害する可能性があるものとは言い得ても,実際にPEDNFを生体内に投与した場合にも,網膜芽腫細胞の増殖が阻害されるという効果がもたらされるということが,当業者に理解され得るものということはできないので,例19で示されたデータをもって薬理データと同視すべき記載であるとすることもできない。
そして,本願発明の詳細な説明には,PEDNFが網膜腫瘍の処置に有効であることを示す他の記載も見あたらない。
よって,本願発明の詳細な説明の記載が,当業者が本願発明の実施をできる程度に目的,構成及び効果が記載されているものとすることができない。

なお,請求人は,平成23年1月25日付け意見書において,甲第1及び8?9号証を示しつつ,本願明細書の例19の試験系が,生体内における網膜腫瘍に対する治療効果を可能性を峻別するためのモデルシステムとして慣用されていたと主張するが,それら文献の記載を検討しても,例19による試験管実験系が,さらなる生体内実験系での試験を行うことなく,生体内での抗腫瘍効果があるものと評価し得る程度の試験系であることを示す記載はなされておらず,やはり生体内の抗腫瘍効果の可能性の有無を判断するに止まるものとせざるを得ない上,さらに,請求人が提示した文献のうち,甲第8及び9号証の二つの文献の執筆者各3人のうちの2人は共通していて,さらにその2人のうちの1人が残りの文献の甲第1号証の執筆者の1人となっていることから,これら3つの文献をもって,該文献に記載されている試験系が当業者に広く認識されていた慣用の試験系であるとすることもできないものである。
また,さらに付言するならば,仮に,例19の試験系が,生体内における網膜腫瘍に対する治療効果を判断するためのモデルシステムとして,この分野で慣用されていたものであって,このような試験系の結果をもって当業者が網膜腫瘍に対する治療効果があるものと評価し得るというのであれば,該例19の試験系及びそこで示されている試験結果は,原審で引用された引用文献2と基本的に同じものである(本願発明の発明者2名は引用文献2の執筆者に含まれている)から,たとえ該引用文献2には「網膜腫瘍の治療」の観点からの記載が明示的にはなされていないとしても,当業者が該引用文献2の試験系及びその結果に関する記載に触れた場合には,その試験結果から「網膜腫瘍の治療」に対して有効であることが当業者には容易に理解できるものということになるから,本願発明は当業者が容易に想到し得たといえることとなる。

4.むすび
以上のとおりであるから,本出願は,その明細書の記載が不備であるから特許法第36条第4項に規定する要件を満たすものとすることができない。
よって,結論のとおり審決する。

以上
 
審理終結日 2011-03-31 
結審通知日 2011-04-01 
審決日 2011-04-18 
出願番号 特願2004-171939(P2004-171939)
審決分類 P 1 8・ 531- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐久 敬  
特許庁審判長 星野 紹英
特許庁審判官 穴吹 智子
伊藤 幸司
発明の名称 網膜の色素沈着された上皮由来の神経栄養性因子  
代理人 安村 高明  
代理人 山本 秀策  
代理人 森下 夏樹  

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