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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 4項1号請求項の削除 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 4項4号特許請求の範囲における明りょうでない記載の釈明 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 4項3号特許請求の範囲における誤記の訂正 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1242827
審判番号 不服2008-21568  
総通号数 142 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-10-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-08-22 
確定日 2011-09-09 
事件の表示 特願2002-168074「多環芳香族化合物測定用の形質転換酵母、それを用いた多環芳香族化合物の測定方法、および多環芳香族化合物測定用キット」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 1月15日出願公開、特開2004- 8132〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成14年6月10日の出願であって、平成20年4月14日付で特許請求の範囲及び発明の詳細な説明について手続補正がなされ、同年7月17日付で拒絶査定がされ、これに対し、同年8月22日に拒絶査定不服審判の請求がされるとともに、同年9月22日付で特許請求の範囲について手続補正がなされたものである。


第2 平成20年9月22日付の手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]

平成20年9月22日付の手続補正を却下する。

[理由]
1.補正後の本願明細書の特許請求の範囲
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1は、平成20年4月14日付で補正された

「Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子を形質転換した多環芳香族化合物測定用の形質転換酵母であって、
前記Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子はいずれもマウス由来のものであり、且つレポータープラスミドを細胞内に有しており、
該レポータープラスミドは、Ahレセプター、Arntおよび多環芳香族化合物から形成される複合体が結合可能な塩基配列と、プロモーターと、レポーター遺伝子とを含み、
当該Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子は、前記レポーター遺伝子が発現可能な配置をもって染色体内に導入されていることを特徴とする多環芳香族化合物測定用の形質転換酵母。」

から

「Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子を形質転換した多環芳香族化合物測定用の形質転換酵母であって、
前記Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子はいずれもマウス由来のものであり、且つレポータープラスミドを細胞内に有しており、
該レポータープラスミドは、Ahレセプター、Arntおよび多環芳香族化合物から形成される複合体が結合可能な塩基配列と、プロモーターと、レポーター遺伝子とを含み、
当該Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子は、当該形質転換酵母内で前記レポーター遺伝子が発現可能な配置をもって染色体内に導入されることを特徴とする多環芳香族化合物測定用の形質転換酵母。」

に補正された。

2.補正の目的要件
補正後の請求項1は、レポーター遺伝子の発現が「当該形質転換酵母内で」あるという発明の特定事項を付加するものであるが、補正前の請求項1には、レポーター遺伝子の発現の場所に関する特定事項は含まれていないから、上記特定事項の付加は、請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものではない。

また、レポーター遺伝子が「当該形質転換酵母内で」発現するという事項について、補正前の「レポーター遺伝子が発現可能な配置をもって染色体内に導入されている」という特定は、「染色体」は酵母内に存在するものであるから、当然にレポーター遺伝子は「形質転換酵母内で発現可能な配置をもって染色体内に導入されている」ことを意味するものである。
さらに、発明の詳細な説明の段落【0010】には、「また、請求項3に記載の形質転換酵母の発明は、請求項1または請求項2において、レポータープラスミドを細胞内に有しており、該レポータープラスミドは、AhレセプターもしくはAhレセプターとして機能する蛋白質、ArntもしくはArntとして機能する蛋白質、および多環芳香族化合物から形成される複合体が結合可能な塩基配列と、レポーター遺伝子とを含むプラスミドであることを特徴とする。この形質転換酵母は、AhレセプターもしくはAhレセプターとして機能する蛋白質、ArntもしくはArntとして機能する蛋白質および多環芳香族化合物からなる複合体(以下、単に「複合体」と記すことがある)が結合可能な塩基配列(以下、「複合体認識配列」と記すことがある)とレポーター遺伝子とを含むプラスミドを細胞内に有することにより、形質転換酵母内でレポーター遺伝子の発現までを行うことが可能になる。したがって、多環芳香族化合物の測定に際し、処理操作の簡素化と測定時間の短縮を図ることができる。」と記載されている。
すると、補正前及び補正後の請求項1に記載された「レポーター遺伝子」は、当然に形質転換細胞内で発現するという特性を有するものである。
よって、補正前の請求項1に、レポーター遺伝子の発現が「当該形質転換酵母内で」あるという発明の特定事項が付加されても、補正後の請求項1に記載された形質転換酵母は、補正前のものと、形質転換酵母自体は何ら変わるものではないから、補正後の請求項1は、補正前の請求項1を減縮したものではない。

したがって、本件補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものではなく、また、請求項の削除、誤記の訂正、明瞭でない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由を示す事項についてするものに限る。)のいずれかを目的とするものでもないので、同法第17条の2第4項の規定に違反するものである。

3.また、仮に、本件補正が特許請求の範囲の限定的減縮に該当するとした場合であっても、本件補正は請求項1に記載された発明の内容を実質的に限定する補正ではなく、補正後の請求項1に係る発明は、補正前の請求項1に係る発明と実質的に同一である。
そして、補正前の請求項1に係る発明は、以下の「第6」にて述べるとおり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。そうすると、本願の補正後の請求項1に係る発明は、同様の理由により、特許出願の際、独立特許要件(特許法第29条第2項)を満たしていない。

4.小括
以上のとおりであるから、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項の規定に違反するか、又は、同法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。


第3 本願発明
平成20年9月22日付の手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、平成20年4月14日付手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された以下のとおりのものである。

「Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子を形質転換した多環芳香族化合物測定用の形質転換酵母であって、
前記Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子はいずれもマウス由来のものであり、且つレポータープラスミドを細胞内に有しており、
該レポータープラスミドは、Ahレセプター、Arntおよび多環芳香族化合物から形成される複合体が結合可能な塩基配列と、プロモーターと、レポーター遺伝子とを含み、
当該Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子は、前記レポーター遺伝子が発現可能な配置をもって染色体内に導入されていることを特徴とする多環芳香族化合物測定用の形質転換酵母。」


第4 引用例
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用例2として引用された、 本願出願日前の1999年に頒布された刊行物である「Toxicology and Applied Pharmacology, 1999, Vol.160, p.297-303」(以下、「引用例2」という。)には、以下の事項が記載されている。

(ア)「リガンドに対するヒトのアリル炭化水素(Ah)レセプターの反応を再現する最適なシグナル伝達経路を、Saccharomyces cerevisiaeに確立した。リガンド処置は、ヒトAhレセプター及びAh核輸送体(Arnt)蛋白質を発現するように遺伝子組換えされた酵母において、レポータープラスミドからのβ-ガラクトシダーゼ活性を50倍増加させた。典型的なAhレセプターのリガンドである2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ(p)ダイオキシンは、0.3nM以上の濃度において、Ahレセプターを活性化し、lacZレポーター活性を誘導した。・・・酵母は、Ahレセプター経路に対する自然な相当物を有していないが、適切な条件下におけるヒトのAhレセプター及びArntの発現は、Ahレセプター活性化及び情報伝達を研究するために機能的なモデルシステムを提供する。」(要約)

(イ)「以下の報告は、このモデルシステムを改良した、遺伝子に関する改変および実験的な修正について述べる。これらの改良は、酵母中で芳香族及びハロ芳香族リガンドによるAhレセプター活性化の定量的評価を可能にする。」(第297頁右欄下2行?第298頁左欄第3行)

(ウ)図1は、「染色体IIIに導入された、AHRCを標的としたlacZレポーター及びAhレセプター/Arnt発現構築物の構造」を記載したものであって、図1Aには、「AHRCによる活性化のために設計されたlacZレポータープラスミドの最適な構造」として、「XRE5」、「CYC PROM」及び「lacZ」から構成されるプラスミドが記載されており、その説明文には、「5つの塗りつぶされた長方形は、合成XRE5配列であるAh応答エレメントを表す。酵母チトクロームC遺伝子由来の最小限の基本的なプロモーター(CYC PROM)は、lacZ遺伝子発現を指示する機能を有する。」と記載されている。

(エ)「このアイデアをテストし、かつ潜在的にレポータープラスミド機能を改善するために、5つのAHRC応答エレメントを含む合成エンハンサー配列が設計され、pTXRE5-Zを作成するためにlacZ発現ベクターに挿入された。pTXRE5-Zレポータープラスミドは、酵母中で発現されたAhレセプター及びArntに依存して、1500から7000ユニットの範囲の最大活性で、リガンドに誘導されたAHRCによく応答した(図1A、表1)。」(第298頁右欄第15行?第23行)

(オ)「ここで研究したヒトのAhレセプターアレルは、TCDD感受性であるC57系よりもTCDD抵抗性であるDBAマウス系由来のレセプターにより類似しており、「低応答性」クラスであることに注目することは重要である(・・・)。Ahレセプターのリガンド結合領域における多型は、マウス系統間に観察されたTCDDレセプター親和性および毒性の相違の主な原因である。BP、NF及びHCBのような他のリガンドは、この特定のヒトレセプターアレルへの減少した親和性を同様に示すことが予測される。「低応答性」レセプターを活性化するための、リガンドの所定の濃度での不能あるいは減少した能力は、生体内における生物学的反応の減少又は欠如となることがある。もし高い親和性タイプのレセプターが酵母中で発現されていれば、より低い有効濃度のリガンドが完全にレセプターを活性化するので、酵母培地中で達したリガンド濃度による十分な活性化が期待される。」(第302頁左欄9行?第24行)

(カ)「アリル炭化水素(Ah又はダイオキシン)レセプターは、アリル炭化水素レセプター複合体(AHRC)と呼ばれる異種ダイマー性の転写調節因子の、リガンドにより活性化される成分である(・・・)。アリル炭化水素レセプター核トランスロケーター(Arnt)はAHRC転写調節因子の別の成分である。」(第297頁左欄第1行?第6行)

(キ)「2、3、7、8-テトラクロロジベンゾ(p)ダイオキシン(TCDD)のような有力なリガンドは、脊椎動物における免疫の機能障害、内分泌腺の混乱、生殖毒性、発育障害および癌に結びつく有毒シグナル経路の第一歩として、Ahレセプターを活性化する(・・・)。」(第297頁左欄第11行?末行)


第5 対比
上記記載事項(カ)によると、引用例2に記載の「AHRC」とは、AhレセプターとArntの複合体のことである。また、上記記載事項(キ)によると、引用例2に記載の「リガンド」は、TCDDのような多環芳香族化合物のことである。

そうすると、上記記載事項(ア)?(キ)の記載からみて、引用例2には、
「Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子を形質転換した形質転換酵母であって、
前記Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子はいずれもヒト由来のものであり、且つレポータープラスミドを細胞内に有しており、
該レポータープラスミドは、多環芳香族化合物により誘導されたAhレセプター及びArnt複合体が結合可能な塩基配列と、プロモーターと、レポーター遺伝子とを含み、当該Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子は、前記レポーター遺伝子が発現可能な配置をもって染色体内に導入されている形質転換酵母。」
が記載されていると認められる。

本願発明1と引用例2に記載された発明を対比する。
引用例2の「リガンドにより誘導されたAhレセプター及びArnt複合体が結合可能な塩基配列」は、本願発明1の「Ahレセプター、Arntおよび多環芳香族化合物から形成される複合体が結合可能な塩基配列」に相当する。
そうすると、両者は、「Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子を形質転換した形質転換酵母であって、且つレポータープラスミドを細胞内に有しており、
該レポータープラスミドは、Ahレセプター、Arntおよび多環芳香族化合物から形成される複合体が結合可能な塩基配列と、プロモーターと、レポーター遺伝子とを含み、 当該Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子は、前記レポーター遺伝子が発現可能な配置をもって染色体内に導入されている形質転換酵母。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1:Ahレセプター遺伝子およびArnt遺伝子が、本願発明1では、マウス由来のものであるのに対し、引用例2では、ヒト由来のものである点

相違点2:本願発明1では、形質転換酵母が多環芳香族化合物測定用と特定されているのに対し、引用例2では、特にそのような用途で用いることが記載されていない点で相違する。


第6 当審の判断
1.上記相違点について検討する。
(1)相違点1について
上記記載事項(オ)によると、引用例2に記載の形質転換酵母に導入されたヒト由来のAhレセプターは、リガンドであるTCDDに対して「低応答性」であることが記載されており、「低応答性」レセプターでは、生体内における生物学的反応が十分ではないことがあるため、形質転換酵母において、TCDDに対してより親和性の高いAhレセプターを用いることが示唆されている。このような記載に接した当業者であれば、引用例2に記載された形質転換酵母において、TCDD「低応答性」であるヒト由来のAhレセプター遺伝子に代えて、TCDDに対してより親和性の高いAhレセプターを用いることは、当然のことである。
そして、上記記載事項(オ)には、Ahレセプターについて、マウスの系統間には、リガンド結合領域の多型によって、TCDDに対する親和性の相違や、毒性の相違があることが記載されており、C57マウス系統は、TCDD感受性であることが記載されている。してみれば、TCDDによる毒性感受性であるC57マウス系等由来のAhレセプターは、TCDD高親和性であるといえる。
また、C57マウス系統由来のAhレセプター遺伝子及びArnt遺伝子の塩基配列は、本願出願日前において、周知の事項であった(要すれば、例えば、Ahレセプター遺伝子については、米国特許5378822号公報、Biochem.Biophys.Res.Commun.,1992, Vol.184, No.1, p.246-253参照、Arnt遺伝子については、Mol.Cell.Biol.,1994, Vol.14, No.9, p.6075-6086、J.Biol.Chem.,1994, Vol.269, No.45, p.28098-28105参照。)。
そうすると、引用例2に記載された形質転換酵母において、Ahレセプターとして、TCDD高親和性であって、その塩基配列が周知であるC57マウス系統由来のものを採用し、さらに、Ahレセプターと複合体を形成するArntも同様に、その塩基配列が周知であるC57マウス系統由来のものとすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

(2)相違点2について
上記記載事項(イ)によると、引用例2の形質転換酵母は、リガンドである多環芳香族化合物によるAhレセプター活性化の定量的評価のために使用することができること、すなわち、多環芳香族化合物に対して、Ahレセプターが定量的に活性化されることが記載されている。このような記載を考慮すれば、引用例2に記載の形質転換酵母を、多環芳香族化合物を測定する用途に用いることは、当業者が容易に想到し得ることである。

2.本願発明の効果について
本願の請求項1には、Ahレセプター遺伝子及びArnt遺伝子について、単に「マウス由来」と記載するのみであって、その具体的な塩基配列が特定されていない。また、請求項1には、「Ahレセプター、Arntおよび多環芳香族化合物から形成される複合体が結合可能な塩基配列」及び「プロモータ」の塩基配列もまた、具体的に特定されていない。

ところで、本願発明1の形質転換酵母において、レポーター遺伝子の発現量は、Ahレセプターと多環芳香族化合物との親和性や、Ahレセプター、Arnt、多環芳香族化合物の複合体がエンハンサー領域に結合することによるエンハンス効果やプロモーターの活性に影響を受けるものと認められる。すなわち、Ahレセプター及びArntの構造、エンハンサー領域の塩基配列、並びに、プロモーターの種類は、レポーター遺伝子の発現量に影響を与えるものであるといえる。
そして、上記記載事項(オ)には、C57マウス系統はTCDD感受性であり、DBAマウス系統は、TCDD抵抗性であると記載されるように、Ahレセプターは、由来となるマウスの系統によりTCDDに対する親和性が異なるものが存在する。

ここで、本願明細書の実施例1において用いたAhレセプター遺伝子は、TCDD感受性であるC57BLマウス肺細胞由来であるが(本願明細書段落【0043】参照)、これとは異なる系統、例えば、TCDD抵抗性DBAマウス系統由来のものを用いた場合は、実施例1に記載された形質転換酵母と同様のレポーター遺伝子の発現を示すものとは到底認められない。
また、本願明細書の実施例1において、用いたエンハンサー及びプロモーターは、配列番号9からなるマウス由来のXRE配列及びGal 1,10プロモーターであるが、これと異なるエンハンサー及びプロモーターを用いた場合もまた、実施例1において示された効果と同程度の効果が得られると推認することはできない。
してみると、本願発明1の奏する効果には、引用例2で既に達成された程度のものや、その程度が不明なものが多数包含されているといえる。
したがって、本願発明1の構成全体にわたって、当業者が予測できない顕著な効果が奏せられているとはいえない。

3.請求人の主張
(1)請求人は、審判請求書の請求の理由及び回答書において下記のとおり主張する。
Ahレセプター遺伝子及びArnt遺伝子について、「マウス由来」のものは、「ヒト由来」のものよりも、リガンド応答性が高く、それに基づく検出感度の向上が得られ、それに加えて、「マウス由来」のものを用いると、バックグラウンドを低くすることができる。
このことによって、本願発明の形質転換酵母は、レポータ遺伝子による検出時の発色強度が顕著に上昇することとなり、信頼性の高い測定結果を得ることができる。
引用例2においては、マウス由来のAhレセプターは、ヒト由来のものよりもTCDDに対して高親和性であることが記載されているのみであって、両者のバックグラウンドが異なることについては記載も示唆もない。

(2)主張について
上記「2.」で述べたように、形質転換酵母におけるレポーター遺伝子の発現量は、Ahレセプターと多環芳香族化合物との親和性や、Ahレセプター、Arnt、多環芳香族化合物の複合体がエンハンサー領域に結合することによるエンハンス効果やプロモーターの活性に影響を受けるものと認められる。
請求人の主張する効果は、本願の実施例1に記載された特定のAhレセプター遺伝子や特定のエンハンサー及びプロモーターを用いた場合に奏される効果であるにもかかわらず、本願の請求項1には、Ahレセプター、エンハンサー及びプロモーターについて、具体的に特定されていないのであるから、請求人の主張は請求項の記載に基づかないものであって採用することができない。

(3)念のため、仮に、本願発明1において、「Ahレセプター遺伝子」および「Arnt遺伝子」がそれぞれ、実施例1において用いた「配列番号3」及び「配列番号4」に示される塩基配列からなるものであり、かつ、「Arntおよび多環芳香族化合物から形成される複合体が結合可能な塩基配列」が「配列番号9」に示される塩基配列であるとした場合に、本願発明1により奏される効果について検討する。
(3-1)リガンド応答性が高く、発色強度が上昇する点について
上記「1.(1)」で述べたように、引用例2の上記記載事項(オ)には、形質転換酵母において、TCDDに対してより高親和性のAhレセプターを用いることが示唆されている以上、TCDDに対して高親和性であるC57マウス系統由来Ahレセプターを採用することは、当業者が容易に想到し得ることである。そして、多環芳香族化合物との親和性が高いAhレセプターを採用したことにより、レポーターであるβ-ガラクトシダーゼの発現量が増加し、ひいては、発色強度が上昇することは、当業者であれば、引用例2の記載から予測し得る程度のことである。

(3-2)バックグラウンドが低い点について
本願明細書の図2には、実施例1(Ahレセプター遺伝子及びArnt遺伝子がC57BL肺細胞由来)及び比較例1(当該遺伝子がヒト由来)の形質転換酵母における多環芳香族化合物を含まないブランク試料を用いた場合の吸光度がそれぞれ約0.08、約0.3であることが示されているが、このように吸光度の差があることにより、実際に多環芳香族化合物の測定を行ったときに、検出の信頼性がどの程度上がるものなのか具体的な検証がなされておらず、本願発明1により奏される格別な効果を確認できない。

また、審判請求書の手続補正書において、請求人は、マウス由来のAhレセプター遺伝子及びArnt遺伝子が導入された本願発明1に係る形質転換酵母及びヒト由来のそれの、β-ナフトラボンの各濃度におけるβ-ガラクトシダーゼ活性を示すグラフとして、参考図を提出している。
ところで、本願明細書にも、本願発明1に係る形質転換酵母のβ-ナフトラボンの各濃度におけるβ-ガラクトシダーゼ活性を示すグラフが、図1に示されている。
本願明細書の図1と上記参考図を比較すると、両者のβ-ナフトラボン濃度に対するβ-ガラクトシダーゼ活性値は一致していないことから、上記参考図に示されたデータは信頼性に欠けるものであるが、一応、上記参考図のデータについて検討しておく。

上記参考図において、β-ナフトフラボン濃度が「0」から「1.E+0.3」までは、本願発明1の形質転換酵母及びヒト由来の当該遺伝子が導入された形質転換酵母の両者とも、β-ガラクトシダーゼ活性値はほぼ重なっており、β-ナフトフラボン濃度が「1.E+0.3」以上は、両者とも当該活性値は急上昇するが、本願発明1の方が、ヒト由来の当該遺伝子を導入した形質転換酵母よりも大きな活性値を示していることが読み取れる。
つまり、本願発明1の形質転換酵母もヒト由来のものを用いた形質転換酵母もβ-ナフトフラボンの検出限界濃度に差異はなく(なお、この点については、請求人自身が回答書において認めている。)、また、β-ナフトフラボン濃度が「1.E+0.3」以上での測定の場合、両者の発色強度にある若干の差はあるかもしれないが、ヒト由来の当該遺伝子が導入された形質転換酵母では検出できない程低い値であるわけでもない。
そうすると、本願発明1により奏される効果は、ヒト由来の当該遺伝子を導入した形質転換酵母と比して、進歩性を認めるに足る程に格別顕著なものであるとはいえない。
よって、請求人の主張は採用することができない。

4.小括
したがって、本願発明1は、引用例2に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。


第7 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

したがって、その余の請求項について言及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2011-07-07 
結審通知日 2011-07-13 
審決日 2011-07-26 
出願番号 特願2002-168074(P2002-168074)
審決分類 P 1 8・ 572- Z (C12N)
P 1 8・ 573- Z (C12N)
P 1 8・ 575- Z (C12N)
P 1 8・ 574- Z (C12N)
P 1 8・ 571- Z (C12N)
P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 長谷川 茜鳥居 敬司  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 六笠 紀子
冨永 みどり
発明の名称 多環芳香族化合物測定用の形質転換酵母、それを用いた多環芳香族化合物の測定方法、および多環芳香族化合物測定用キット  
代理人 石井 博樹  
代理人 石井 博樹  

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