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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01L
審判 査定不服 特174条1項 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01L
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01L
管理番号 1244268
審判番号 不服2010-3590  
総通号数 143 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-11-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-02-19 
確定日 2011-09-30 
事件の表示 特願2005- 72341「強誘電体膜」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 9月28日出願公開、特開2006-261159〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願は、平成17年3月15日の出願であって、平成21年2月26日付けで拒絶理由が通知され、同年5月7日付けで意見書及び手続補正書が提出され、同年7月28日付けで最後の拒絶理由が通知され、同年9月24日付けで意見書及び手続補正書が提出されたが、同年11月16日付けで同年9月24日付け手続補正書でした手続補正が却下されるとともに拒絶査定がなされ、平成22年2月19日付けで拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに明細書及び特許請求の範囲を補正する手続補正書が提出され、その後、当審において平成23年1月7日付けで審尋がなされ、同年3月11日付けで回答書が提出されたものである。

第2 平成22年2月19日付けの手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成22年2月19日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正の内容
本件補正は、本件出願の特許請求の範囲の請求項1についての補正を含むものであり、当該請求項1に係る補正は、本件補正により補正される前の(すなわち、平成21年5月7日付けで提出された手続補正書により補正された)下記「1-1」に示す特許請求の範囲の請求項1の記載を下記「1-2」に示す特許請求の範囲の請求項1の記載に補正するものである(以下、この補正を「本件補正事項」という。)。

1-1 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1
「【請求項1】
膜材料として、一般式、Sr_(2)(Ta_(1-x)Nb_(x))_(2)O_(7)(0≦x≦1)で示される強誘電体材料が用いられ、前記強誘電体膜層は、希ガス成分を含有し、前記希ガス成分は、Kr、Xeの内の少なくとも一種を含み、10日以上のデータ保持時間を有することを特徴とする強誘電体膜。」

1-2 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1
「【請求項1】
一般式、Sr_(2)(Ta_(1-x)Nb_(x))_(2)O_(7)(0≦x≦1)で示される強誘電体材料を用いた強誘電体膜であって、膜厚が1nm以上100nm以下であるとともに、希ガス成分を含有し、前記希ガス成分は、Kr、Xeの内の少なくとも一種を含み、10日以上のデータ保持時間を有することを特徴とする強誘電体膜。」
(なお、下線は、補正箇所を示すためのものである。)

2 本件補正の適否
2-1 新規事項に関して
本件補正事項は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明における「強誘電体膜」について、「膜厚が1nm以上100nm以下である」という記載(以下、「本件付加記載」という。)を付加するものである。

そこで、検討するに、本件付加記載は、請求項1末尾の「10日以上のデータ保持時間を有することを特徴とする強誘電体膜。」という記載を修飾するものであるから、本件補正事項により、請求項1に係る発明は、「膜厚が1nm以上100nm以下」であって「10日以上のデータ保持時間を有することを特徴とする強誘電体膜。」を含むことになる。即ち、膜厚が1nmで10日以上のデータ保持時間を有する強誘電体膜も請求項1に係る発明に含まれることになる。

他方、「膜厚が1nm以上100nm以下」であって「10日以上のデータ保持時間を有する強誘電体膜。」は、本件出願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲、及び図面(以下、「当初明細書等」という。)には、明示的に記載されていないし、当初明細書等の記載から自明な事項であるともいえない。
即ち、当初明細書等には、強誘電体の膜厚及びデータ保持時間に関して、以下のとおり記載されている。
・「【0056】
本発明の強誘電体膜は、膜材料としてSr_(2)(Ta_(1-x)Nb_(x))O_(7)(0≦x≦1)(STN)が用いられ、10日以上のデータ保持特性を有し、強誘電体膜厚が100nm以下である構成である。」(【0056】)
・「【0057】
本発明者らの検証によれば、例えば、スパッタリング処理を行う処理室のターゲット周辺の内側表面をターゲットと同じ材質で形成し、当該処理室内でスパッタリング処理により下地の表面に強誘電体膜を形成し(膜形成手段による膜形成工程)、その後強誘電体膜を加熱し(加熱手段による加熱工程)、ラジカル酸化することによって(酸素導入手段による酸素導入工程)、強誘電体膜厚が100nm以下であってもメモリー保持時間が10日以上の強誘電体膜が製造出来ることが分かった。」(【0057】)
・「【0082】
強誘電体種、例えばSr_(2)(Ta_(1-x)Nb_(x))O_(7)(0≦x≦1)(STN)の堆積が所定時間継続され、例えば下部絶縁膜上に1nm以上例えば10nmの下層強誘電体膜(F1)が形成されると高周波電圧の印加が停止され、スパッタリング装置におけるスパッタリング処理が終了する。下層強誘電体膜(F1)が形成されると、ウエハWは、スパッタリング装置101から搬出されプラズマ処理装置103に搬送される。」(【0082】)
・「【0084】
所定時間、下層強誘電体膜(F1)57に酸素ラジカルによって酸素が導入されると、アンテナ部材47からのマイクロ波の放射が停止され、ウエハ(W)はプラズマ処理装置103から搬出される。搬出されたウエハ(W)は再度スパッタリング装置101に搬送され、図8に示す様に下層強誘電体膜(F1)57上に1nm以上例えば10nmの強誘電体層(F2)57が形成され、プラズマ処理により酸素ラジカル58が強誘電体膜中に導入される。こうして下地基板上に強誘電体膜(F1+F2)が形成される。この工程を繰り返すことにより図9のように多層の強誘電体膜(F1+F2+・・+Fn)が形成される。」(【0084】)
・「【0090】
上記強誘電体膜Fのスパッタリング処理における処理条件は、印加電圧の周波数:13.56MHz、処理室圧力:4-27Pa(30mTorr-200mTorr)、酸素分圧:6%、であり、強誘電体膜F(100nm)は下地が絶縁膜上(10nm)に形成された。」(【0090】)
・「【0091】
図11はMFISダイオードのC-V特性を示すものであり強誘電体に由来するメモリーウインドウは約0.6V-2Vであった。酸素ラジカル処理が無い場合には強誘電体に由来するヒステリシスが観察されなかった。MFISダイオードに±5V印加して0Vで保持した時のデータ保持特性を図12(a),(b)に示した。これより、10日以上のデータ保持特性を有していることが分かる。この時の強誘電体Fの厚さは100nm程度であった。このように強誘電体層Fへラジカル状酸素を十分導入することにより強誘電体膜中の酸素欠損の発生を防止することが出来、たとえ強誘電体層が100nm以下の薄膜であってもデータ保持時間の向上が図られている。」(【0091】)
・「【0097】
本発明によれば、100nm以下の薄い膜厚の強誘電体層であっても長期のデータ保持特性を有し、省電力で且つ分極状態が安定した強誘電体メモリを製造することができる。」(【0097】)

上記記載によれば、上限の「100nm」については、【0056】、【0057】、【0090】、【0091】、及び【0097】に記載があり、下限の「1nm」については、【0082】及び【0084】に「1nm以上例えば10nm」という記載がある。
しかし、【0082】及び【0084】の記載によると、下部絶縁膜上に「1nm以上例えば10nm」の下層強誘電体膜を形成した後、その上に「1nm以上例えば10nm」の強誘電体層を繰り返し形成することにより、多層の強誘電体膜が形成される。また、10日以上のデータ保持特性を有するとされているものは、「100nm以下」(【0056】、【0057】、及び【0097】)及び「100nm程度」(【0091】)のように、いずれも「100nm以下」の強誘電体膜である。
そうすると、当初明細書等には、1nm以上たとえば10nmずつ積層して、最終的に膜厚が100nmとなった強誘電体膜において、10日以上のデータ保持特性を有しているものが記載されている。それに対し、最終的に膜厚が100nmに達する前の途中段階である「1nm以上」の強誘電体膜については、データ保持特性の評価を行っておらず、ましてや、10日以上のデータ保持時間を有するものは記載されているとはいえない。
したがって、本件補正事項は、「1nm以上」の膜厚の強誘電体膜について「10日以上のデータ保持時間を有する」という当初明細書等に記載のない効果を追加するものであるから、新たな技術的事項の導入に該当することは明らかである。
よって、本件補正事項を含む本件補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではない。

2-2 独立特許要件に関して
仮に、本件補正が、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであり、また、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるとした場合、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「本件補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかどうかについて、さらに検討する。

(1)引用文献
(1-1)引用文献の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された、本件出願の出願前に日本国内で頒布された刊行物である特開2001-160555号公報(以下、「引用文献」という。)には、図面とともに次の事項が記載されている(なお、下線は当審で付したものである。)。

a.「【0015】
【実施例1】まずは、プラズマを用いた低温の酸化膜形成について述べる。図1は、本発明の酸化方法を実現するための、ラジアルラインスロットアンテナを用いた装置の一例を示す断面図である(特許願9-133422参照)。本実施例においては、酸化膜形成時のためにKrをプラズマ励起ガスとして使用していることに新規な特徴がある。真空容器(処理室)101内を真空にし、シャワープレート102からKrガス、O_(2)ガスを導入し、処理室内の圧力を1Torr程度に設定する。シリコンウェハ等の円形状の基板103を、加熱機構を持つ試料台104に置き、試料の温度が400度になるように設定する。この温度設定は200-550度の範囲内で以下に述べる結果はほとんど同様のものとなる。同軸導波管105から、ラジアルラインスロットアンテナ106、誘電体板107を通して、処理室内に、2.45GHzのマイクロ波を供給し、処理室内に高密度のプラズマを生成する。また、供給するマイクロ波の周波数は、900MHz以上10GHz以下の範囲にあれば以下に述べる結果はほとんど同様のものとなる。シャワープレート102と基板103の間隔は、本実施例では6cmにしてある。この間隔は狭いほうがより高速な成膜が可能となる。本実施例では、ラジアルラインスロットアンテナを用いたプラズマ装置を用いて成膜した例を示したが、他の方法を用いてマイクロ波を処理室内に導入してもよい。
【0016】KrガスとO_(2)ガスが混合された高密度励起プラズマ中では、中間励起状態にあるKr^(*)とO_(2)分子が衝突し、原子状酸素O^(*)が効率よく発生する。この原子状酸素により、基板表面は酸化される。従来の、シリコン表面の酸化は、H_(2)O分子、O_(2)分子により行われ、処理温度は、800℃以上と極めて高いものであったが、本発明の原子状酸素による酸化は、550℃以下と十分に低い温度で可能とある。Kr^(*)とO_(2)の衝突機会を大きくするには、処理室圧力は高い方が望ましいが、あまり高くすると、発生したO^(*)同志が衝突し、O_(2)分子に戻ってしまう。当然、最適ガス圧力が存在する。図2に、処理室内の圧力比を、Kr97%酸素3%に保って、処理室のガス圧を変えたときの、シリコン基板温度400度、10分間の酸化処理により成長する酸化膜厚を示す。処理室のガス圧が1Torrの時に最も酸化膜は厚くなり、この圧力ないしはその近傍の酸化条件が最適である。この最適圧力は基板シリコンの面方位が100面でも111面でも変わらない。」(【0015】及び【0016】)

b.「【0019】図4は、上記の手順で形成されるシリコン酸化膜中のKr密度の深さ方向分布を、全反射蛍光X線分光装置を用いて調べたものである。100面、111面とも同様の結果である。Kr中の酸素の分圧3%、処理室内の圧力1Torr、基板温度400度で行った。Kr密度は、酸化膜厚が薄い領域になるほど減少し、シリコン酸化膜表面では2×10^(11)cm^(-2)程度の密度でKrが存在する。すなわち、このシリコン膜は、膜厚が4nm以上の膜中のKr濃度は一定で、シリコン/シリコン酸化膜の界面に向かって、Kr濃度は減少している膜である。」(【0019】)

c.「【0042】
【実施例5】次に、強誘電体メモリ素子を作成した実施例を説明する。図11は本発明の強誘電体メモリ素子の概略断面図である。1101はシリコン基板内に形成されたPウェル、1102、1102‘はN型トランジスタのソースドレイン、1103は、実施例2の手順に沿って400℃でAr/NH_(3)プラズマにより形成された厚さ5nmのゲートシリコン窒化膜、1104はN型トランジスタのポリシリコンゲート、1105は実施例2の手順に沿ってAr/NH_(3)プラズマにより400℃で形成された厚さ5nmのシリコン窒化膜、1106は厚さ150nmのSrTaNbO強誘電体膜、1107はPt電極である。1106の強誘電膜はSr:Ta:Nbが1:0.7:0.3になるようにスパッタ成膜したあと、実施例1の手順に沿って、400℃でKr/O_(2)プラズマ酸化してSr_(2)(Ta_(0.7)Nb_(0.3))_(2)O_(7)の組成となるように形成した。また、ソース・ドレイン領域を形成するためのイオン注入はゲート酸化膜を通さずに行い、400℃で電気的活性化して形成した。ゲート長は0.35μmである。
【0043】
SrTaNbO膜は誘電率が約40程度であり、従来から、ゲート絶縁膜としてシリコン酸化膜を用いても、強誘電体メモリ素子の書き込み電圧を比較的下げられるといった利点が知られていた。本実施例では、本発明ではじめて可能となるAr/NH_(3)プラズマによるシリコン窒化膜1103をゲート絶縁膜に使用しており、シリコンゲート酸化膜を使用したときに比べ、ゲート絶縁膜の誘電率が約2倍となっているために、メモリ書き込み電圧をさらに約1.9分の1に低減することが可能になった。また、従来は、ポリシリコンとSrTaNbO膜の間にIrOのような拡散防止層を使う例が主であったが、Irが下地の半導体素子の電気的特性にに悪影響を及ぼすという問題が生じていた。本実施例では、本発明で初めて可能となるAr/NH_(3)プラズマによるシリコン窒化膜1105を主に111配向しているポリシリコンゲート1104上に低温で形成することができた。このシリコン窒化膜は緻密で高品質であり、下地の半導体素子に悪影響を及ぼすことはもちろんなく、かつ高い拡散防止性能を持っている。さらにまた、従来は、SrTaNbO膜はゾルゲル法+高温(900℃以上)アニールにより形成されることが多く、膜内組成の不均一性、高温化の拡散による素子特性の劣化といった問題が起こり、膜の耐リーク特性も不十分であった。本実施例では、本発明で初めて可能となるKr/O_(2)プラズマによる低温の酸化により、Sr:Ta:Nbの組成比が正確に1:0.7:0.3になるようにスパッタされた膜を酸化することで、均一性の優れた、元素の拡散の起こらない、リーク電流特性も優れたSr_(2)(Ta_(0.7)Nb_(0.3))_(2)O_(7)を形成することができた。
【0044】この強誘電体メモリ素子を2次元に複数配置して作成した強誘電体メモリ素子は、従来に比べ約1/2弱の低電圧書き込み動作性、約2倍の高速駆動特性、約100倍の長時間保持特性、多数回書き換え特性を示した。
【0045】また、本実施例の強誘電体メモリ素子はすべて400℃程度で形成可能であり、金属層をシリコン基板の中に有するSOIトランジスタ、金属配線が形成された後に作成される絶縁膜状のポリシリコントランジスタを使用して形成することも可能である。」(【0042】ないし【0045】)

(1-2)引用文献記載の発明
記載事項cによると、「厚さ150nmのSrTaNbO強誘電体膜」であって、「Sr_(2)(Ta_(0.7)Nb_(0.3))_(2)O_(7)の組成となるように形成した」ものが記載されている(【0042】)。よって、引用文献には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認める。

「一般式、Sr_(2)(Ta_(0.7)Nb_(0.3))_(2)O_(7)で示される強誘電体材料を用いた強誘電体膜であって、膜厚が150nmである強誘電体膜。」

(2)対比
本件補正発明と引用発明1を対比する。

引用発明1の「Sr_(2)(Ta_(0.7)Nb_(0.3))_(2)O_(7)」は、「Sr_(2)(Ta_(1-x)Nb_(x))_(2)O_(7)(0≦x≦1)」のx=0.3の場合に該当するから、本件補正発明の「Sr_(2)(Ta_(1-x)Nb_(x))_(2)O_(7)(0≦x≦1)」に包含されるものである。
したがって、両者は、
「一般式、Sr_(2)(Ta_(1-x)Nb_(x))_(2)O_(7)(0≦x≦1)で示される強誘電体材料を用いた強誘電体膜。」
である点で一致し、以下の3点で相違する。

<相違点1>
本件補正発明では、強誘電体膜の膜厚は1nm以上100nm以下であるのに対し、引用発明1では、強誘電体膜の膜厚は150nmである点。

<相違点2>
本件補正発明では、強誘電体膜は、希ガス成分を含有し、前記希ガス成分は、Kr、Xeの内の少なくとも一種を含むものであるのに対し、引用発明1では、強誘電体膜が希ガス成分を含有するか明らかでなく、希ガス成分は、Kr、Xeの内の少なくとも一種を含むものであるかも明らかでない点。

<相違点3>
本件補正発明では、強誘電膜は10日以上のデータ保持時間を有するのに対し、引用発明1では、強誘電膜はそのようなものであるか明らかでない点。

(3)判断
そこで、上記相違点1ないし3について、検討する。

(3-1)相違点1について
半導体素子の小型化や薄膜化は、半導体の分野において周知の技術的課題である。
また、引用発明1における「膜厚が150nm」は、引用文献に記載された実施例の膜厚が150nmであることに基づくところ、その数値は必ずしも下限値を明示したものではない。
さらに、本件出願の明細書には、強誘電体膜の膜厚が「1nm」の前後や「100nm」の前後で、効果に顕著な差があることを示す記載はないことから、本件補正発明における「膜厚が1nm以上100nm以下」に臨界的意義があるともいえない。
したがって、引用発明1において、必要とするメモリ特性の程度に応じて、強誘電体膜の膜厚を薄くして、相違点1に係る本件補正発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。

(3-2)相違点2について
引用文献の記載事項a及びbには、実施例1に関して、また、同記載事項cには、実施例4に関して、以下の記載がある。
・「本実施例においては、酸化膜形成時のためにKrをプラズマ励起ガスとして使用していることに新規な特徴がある。真空容器(処理室)101内を真空にし、シャワープレート102からKrガス、O_(2)ガスを導入し、処理室内の圧力を1Torr程度に設定する。」 (記載事項a)
・「KrガスとO_(2)ガスが混合された高密度励起プラズマ中では、中間励起状態にあるKr^(*)とO_(2)分子が衝突し、原子状酸素O^(*)が効率よく発生する。この原子状酸素により、基板表面は酸化される。」(記載事項a)
・「図4は、上記の手順で形成されるシリコン酸化膜中のKr密度の深さ方向分布を、全反射蛍光X線分光装置を用いて調べたものである。・・・(中略)・・・Kr密度は、酸化膜厚が薄い領域になるほど減少し、シリコン酸化膜表面では2×10^(11)cm^(-2)程度の密度でKrが存在する。」(記載事項b)
・「実施例1の手順に沿って、400℃でKr/O_(2)プラズマ酸化してSr_(2)(Ta_(0.7)Nb_(0.3))_(2)O_(7)の組成となるように形成した。」(記載事項c)
記載事項cの上記記載のとおり、引用発明1の強誘電体膜は、「実施例1の手順に沿って、400℃でKr/O_(2)プラズマ酸化して」形成されたものである。そして、記載事項a及びbの上記記載によると、実施例1の手順は、酸化膜形成時にKr/O_(2)プラズマ酸化を行うものであって、その結果、膜中にKrが分布し存在することを示している。
そうすると、引用発明1における強誘電体膜も、膜中に希ガス成分であるKrを含有することは明らかである。
また、審判請求人は、本件補正発明における強誘電体膜が希ガス成分を含有し、前記希ガス成分が、Kr、Xeの内の少なくとも一種を含むものである点につき、「希ガス成分であるKr,Xeは、プラズマ処理における酸素ラジカルを生成するプロセスガスとしての酸素ガスと混合されて用いられたものが、強誘電体膜内に残留したものであます。」(審判請求書「(3)本願発明が特許されるべき理由:(IV)本願発明と各引用文献1に記載された発明との対比:(i)」)と述べている。引用発明1も、同様に、Krが、プラズマ処理における酸素ラジカルを生成するプロセスガスとしての酸素ガスと混合されて用いられて、強誘電体膜を形成しているのであるから、引用発明1における強誘電体膜は、希ガス成分であるKrを含有するものといえる。
したがって、相違点2は実質的な相違点ではない。

(3-3)相違点3について
引用文献の記載事項cの「この強誘電体メモリ素子を2次元に複数配置して作成した強誘電体メモリ素子は、従来に比べ約1/2弱の低電圧書き込み動作性、約2倍の高速駆動特性、約100倍の長時間保持特性、多数回書き換え特性を示した。」という記載からみて、引用発明は、従来に比べ長時間のデータ保持特性を達成することをその技術的課題とするものである。
また、長時間のデータ保持特性を示すことの目標値として「10日以上」は、原査定の拒絶の理由で引用された、本件出願の出願前に日本国内で頒布された刊行物である特開2002-329843号公報(以下、「周知文献」という。)の記載事項(以下、「周知文献の記載事項」という。)のように周知のものである。
即ち、周知文献の記載事項によると、強誘電体トランジスタ型メモリ素子における記憶保持特性として、10日以上の記憶保持時間で評価を行っている(実施例1、図4)。さらに、このような評価をSr_(2)(NbTa)_(2)O_(7)膜のメモリ素子についても行っている(実施例2)。

<周知文献の記載事項>
・「【0020】(実施例1)図2に示すような、本実施例に係る強誘電体トランジスタ(サンプルA)と、比較例として図3に示すような強誘電体トランジスタ(サンプルB)を試作した。・・・(中略)・・・
【0024】次に、記憶保持特性を評価する。サンプルA、およびBについて、上部電極26とシリコン単結晶基板14間に電圧を印加し、強誘電体の分極を発生させて情報を書き込む。その後、ソース部を接地し、ドレイン部に1Vの電圧を印加し、書込み電圧を印加してから、ある時間保持した後のドレインに流れる電流値を観察した。その結果を図4に示す。この結果から明らかなように、サンプルAの方がサンプルBに比べて、記憶保持時間が長くなっていることが判る。これは、強誘電体膜24がプロセスダメージを受けているかいないかによって起こった差違であると考えることができる。」(【0020】ないし【0024】)
・「【0025】(実施例2)図5に示すような、強誘電体トランジスタを試作した。・・・(中略)・・・
【0026】・・・(中略)・・・次に、下部電極23として、Ti、Pt積層膜をスパッタリング法にて成膜し、強誘電体薄膜28としてSr_(2)(NbTa)_(2)O_(7)膜を金属有機物を塗布、焼成する方法にて成膜した。焼成温度は約450℃で、減圧酸素雰囲気中で赤外線加熱する方法で焼成した。上部電極25として、Pt膜をスパッタリング法にて成膜した。これを、上部電極25、強誘電体膜28、下部電極23の順でドライエッチングし、キャパシタ構造を作製した。・・・(中略)・・・
【0027】次に、記憶保持特性を評価し、実施例1におけるサンプルAと同様の結果を得た。」(【0025】ないし【0027】)
・【図4】

(当審注:「10^(6)sec」は日に換算すると約11.6日、即ち10日以上である。)

したがって、引用発明1における強誘電体膜において、長時間のデータ保持特性を達成するために、10日以上のデータ保持時間を有するものとして、相違点3に係る本件補正発明の発明特定事項とすることは、周知文献の記載事項を考慮して、当業者であれば容易に想到し得たことである。

(3-4)効果について
そして、本件補正発明を全体としてみても、本件補正発明の効果は、引用発明1及び周知文献の記載事項からみて格別なものとはいえない。

(3-5)むすび
よって、本件補正発明は、引用発明1及び周知文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。

2-3 むすび
上記「2-1」のとおり、本件補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではないので、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第3項の規定に違反するものである。
仮に、本件補正が、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであり、また、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるとしても、上記「2-2」のとおり、本件補正発明は、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないので、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものである。
したがって、本件補正は、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
以上のとおり、本件補正は却下されたため、本件出願の特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明は、平成21年5月7日付け手続補正書により補正された当初明細書等の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、上記「第2[理由]1 1-1」のとおりである。

2 引用文献
2-1 引用文献の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された、本件出願の出願前に日本国内で頒布された刊行物である特開2001-160555号公報(以下、上記「第2[理由]2 2-2(1)(1-1)」と同様に「引用文献」という。)には、上記「第2[理由]2 2-2(1)(1-1)」のとおりの事項が記載されている。

2-2 引用文献記載の発明
上記「2-1」の記載事項及び図面の記載からみて、引用文献には、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認める。

「膜材料として、一般式、Sr_(2)(Ta_(0.7)Nb_(0.3))_(2)O_(7)で示される強誘電体材料が用いられた強誘電体膜。」

3 周知文献
原査定の拒絶の理由で引用された、本件出願の出願前に日本国内で頒布された刊行物である特開2002-329843号公報には、上記「第2[理由]2 2-2(3)(3-3)」のとおりの記載事項(以下、上記「第2[理由]2 2-2(3)(3-3)」と同様に「周知文献の記載事項」という。)が記載されている。

4 対比
本願発明と引用発明2を対比する。

引用発明2の「Sr_(2)(Ta_(0.7)Nb_(0.3))_(2)O_(7)」は、「Sr_(2)(Ta_(1-x)Nb_(x))_(2)O_(7)(0≦x≦1)」のx=0.3の場合に該当するから、本願発明の「Sr_(2)(Ta_(1-x)Nb_(x))_(2)O_(7)(0≦x≦1)」に包含されるものである。
したがって、両者は、
「膜材料として、一般式、Sr_(2)(Ta_(1-x)Nb_(x))_(2)O_(7)(0≦x≦1)で示される強誘電体材料が用いられた強誘電体膜。」
である点で一致し、以下の2点で相違する。

<相違点1>
本願発明では、強誘電体膜(審決注:本願発明における「前記強誘電体膜層」は、請求項1の文脈からみて、「強誘電体膜」であることは明らかである。)は、希ガス成分を含有し、前記希ガス成分は、Kr、Xeの内の少なくとも一種を含むものであるのに対し、引用発明2では、強誘電体膜が希ガス成分を含有するか明らかでなく、希ガス成分は、Kr、Xeの内の少なくとも一種を含むものであるかも明らかでない点。

<相違点2>
本願発明では、強誘電体膜は10日以上のデータ保持時間を有するのに対し、引用発明2では、強誘電体膜はそのようなものであるか明らかでない点。

5 判断
そこで、上記相違点1及び2について、検討する。

5-1 相違点1について
相違点1については、上記「第2[理由]2 2-2(3)(3-2)」と同様であり、相違点1は実質的な相違点ではない。

5-2 相違点2について
相違点2については、上記「第2[理由]2 2-2(3)(3-3)」と同様であり、引用発明2における強誘電体膜において、相違点2に係る本願発明の発明特定事項とすることは、周知文献の記載事項を考慮して、当業者であれば容易に容易に想到し得たことである。

5-3 効果について
そして、本願発明を全体としてみても、本願発明の効果は、引用発明2及び周知文献の記載事項からみて格別なものとはいえない。

6 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明2及び周知文献の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。したがって、本件出願は、請求項2に係る発明について検討するまでもなく、拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-08-01 
結審通知日 2011-08-03 
審決日 2011-08-18 
出願番号 特願2005-72341(P2005-72341)
審決分類 P 1 8・ 575- WZ (H01L)
P 1 8・ 121- WZ (H01L)
P 1 8・ 55- WZ (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 大塚 徹  
特許庁審判長 北村 明弘
特許庁審判官 加藤 友也
川村 健一
発明の名称 強誘電体膜  
代理人 福田 修一  
代理人 池田 憲保  

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