• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  C12N
審判 一部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12N
審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12N
管理番号 1245051
審判番号 無効2008-800293  
総通号数 144 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-12-22 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-12-26 
確定日 2011-10-25 
事件の表示 上記当事者間の特許第3897805号発明「核酸の増幅法およびこれを利用した変異核酸の検出法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
1. 本件特許第3897805号に係る発明(以下,「本件発明」という。)についての特許出願は,平成16年12月24日に出願され,平成19年1月5日にその発明についての特許権の設定登録がされたものである。

2. これに対して,請求人は,平成20年12月26日に,請求項1ないし13,及び請求項16ないし27に係る発明の特許について,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであること,請求項3ないし13,及び請求項16ないし27に係る発明の特許について,特許法第36条第6項第1号及び特許法第36条第4項の規定により特許を受けることができないものであることを主張して特許無効審判を請求し,証拠方法として,甲第1ないし第10号証を提出した。

3. 被請求人は,平成21年3月23日付け答弁書を提出した。

4. 請求人が平成21年8月7日付け口頭審理陳述要領書,平成21年8月7日付け口頭審理陳述要領書(2)(以下,それぞれ,「請求人口頭審理陳述要領書」,「請求人口頭審理陳述要領書(2)」という。)を提出し,被請求人が平成21年8月7日付け口頭審理陳述要領書(以下,「被請求人口頭審理陳述要領書」という。)を提出し,口頭審理が行われた。

5. 被請求人は,平成21年8月11日付け実験成績証明書(以下,「被請求人実験成績証明書」という。)を提出した。

6. 請求人は,平成21年9月18日付け上申書(以下,「請求人上申書」という。を提出するとともに,証拠方法として甲第11ないし第15号証を提出し,被請求人は,同日付けで,上申書(以下,「被請求人上申書」という。)を提出した。

7. 被請求人は,平成21年10月16日付けで,第2上申書(以下,「被請求人第2上申書」という。)を提出した。

8. 請求人は,平成21年10月29日付けで,上申書(2)(以下,「請求人第2上申書」という。)を提出するとともに,証拠方法として甲第15号証(差替え)及び第16号証を提出した。

9. 被請求人は,平成21年11月2日付けで,第3上申書(以下,「被請求人第3上申書」という。)を提出した。

10.平成21年10月30日付け審理終結通知が,平成21年11月11日に発送された。

11.請求人は,平成21年11月13日付けで,審理再開申立書を提出するとともに,平成21年11月13日付け上申書(3)(以下,「請求人第3上申書」という。)を提出した。


第2.請求人の主張の概要
請求人は,「特許第3897805号の特許請求の範囲の請求項1ないし13,及び請求項16ないし27に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求めており,その主張は,以下の(1)ないし(2)にあるものと認められる。

(1)本件請求項1ないし13,及び請求項16ないし27に記載された発明は,甲第1号証に記載された発明に,甲第2号証ないし甲第10号証に記載された発明を適用することにより当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は第123条第1項第2号に該当し,無効にすべきものである。(以下,「無効理由1」という。)

(2)本件請求項3ないし13,及び請求項16ないし27に記載された発明が,明細書のサポート要件に適合するということはできず,発明の詳細な説明の記載は,当業者が発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものでないから,特許法第36条第6項第1号及び特許法第36条第4項の規定を満たすとはいえないから,本件の請求項3ないし13,及び請求項16ないし27に係る特許は,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。(以下,「無効理由2」という。)

また,請求人が提出した甲第1ないし第16号証は次のとおりである。

甲第1号証:特許第3313358号公報(2002年8月12日)
甲第2号証:特開2000-37194号公報
甲第3号証:国際公開第96/01327号
甲第4号証:国際公開第02/24902号
甲第5号証:EMBL/GenBank/DDBJデータベースにある
Accession No. Z72478のHepatitis B virusのDNA配列(1996年5月15日公表)
甲第6号証:国際公開第01/34838号
甲第7号証:Loop-mediated isothermal amplification of DNA
(Tsugunori Notomi etc. Nucleic Acids Research 2000, vol.28, No. 12, e63)
甲第8号証:Nucleic Acids Research Vol. 17, No.7, 2503-2516(1989)
甲第9号証:PCR最前線(蛋白質・核酸・酵素 Vol. 41, No.5, p428)
甲第10号証:特開2002-345499号公報
甲第11号証:無効2008-800293号口頭審理技術説明資料
甲第12号証:特表平11-509406号公報
甲第13号証:国際公開第01/77317号
甲第14号証:Mitani 他, Rapid SNP diagnostics using asymmetric isothermal amplification and a new mismatch-suppression technology, Nature Methods(2007), Vol.4, No.3, p.1-6 及びSupplementary Fig.1
甲15号証:実験成績証明書(平成21年9月11日栄研化学株式会社作成)
甲16号証:陳述書(平成21年10月27日付け栄研化学株式会社生物化学研究所第2部第1チーム米川俊広作成)


第3.本件発明
本件発明のうち本件請求項1ないし13,及び請求項16ないし27に係る発明は,特許明細書又は図面の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項1ないし13,及び請求項16ないし27に記載された事項を発明特定事項とする,以下のとおりのものである。(以下,「本件発明1」,「本件発明2」等という。)

「【請求項1】
標的核酸配列を増幅しうる少なくとも二種のプライマーを含んでなるプライマーセットであって,
前記プライマーセットに含まれる第一のプライマーが,標的核酸配列の3’末端部分の配列(A)にハイブリダイズする配列(Ac’)を3’末端部分に含んでなり,かつ前記標的核酸配列において前記配列(A)よりも5’側に存在する配列(B)の相補配列(Bc)にハイブリダイズする配列(B’)を前記配列(Ac’)の5’側に含んでなるものであり,
前記プライマーセットに含まれる第二のプライマーが,前記標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)を3’末端部分に含んでなり,かつ相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)を前記配列(Cc’)の5’側に含んでなるものである,プライマーセット。
【請求項2】
さらに,第三のプライマーを含み,前記第三のプライマーは,前記標的核酸配列またはその相補配列にハイブリダイズし,かつ標的核酸配列またはその相補配列へのハイブリダイゼーションについて他のプライマーと競合しないプライマーであり,前記第三のプライマーは,前記第一のプライマーまたは第二のプライマーの増幅産物が部分的に一本鎖の状態になった時に,その一本鎖部分に存在する標的核酸配列にアニーリングすることができ,これにより前記増幅産物中の標的核酸配列に新たな相補鎖合成起点が提供されるプライマーである,請求項1記載のプライマーセット。
【請求項3】
前記第一のプライマーにおいて,前記配列(Ac’)と前記配列(B’)との間に介在配列が存在しない場合には,前記配列(Ac’)の塩基数をXとし,標的核酸配列中における前記配列(A)と前記配列(B)に挟まれた領域の塩基数をYとしたときに,(X-Y)/Xが-1.00?1.00の範囲にあり,プライマー中において前記配列(Ac’)と前記配列(B’)との間に介在配列が存在する場合には,XおよびYを前記の通りとし,該介在配列の塩基数をY’としたときに,{X-(Y-Y’)}/Xが-1.00?1.00の範囲にある,請求項1または2に記載のプライマーセット。
【請求項4】
前記第二のプライマーにおいて,前記折返し配列(D-Dc’)が2?1000ヌクレオチド長である,請求項1から3のいずれか一項に記載のプライマーセット。
【請求項5】
前記プライマーセットに含まれる少なくとも1種のプライマーが,固相担体または固相担体と結合可能な部位を有するものである,請求項1から4のいずれか一項に記載のプライマーセット。
【請求項6】
固相担体が,水不溶性有機高分子担体,水不溶性無機高分子担体,合成高分子担体,相転移性担体,金属コロイドおよび磁性粒子からなる群から選択されるものである,請求項5に記載のプライマーセット。
【請求項7】
固相担体と結合可能な部位が,ビオチン,アビジン,ストレプトアビジン,抗原,抗体,リガンド,レセプター,核酸およびタンパク質からなる群から選択されるものである,請求項5または6に記載のプライマーセット。
【請求項8】
鋳型核酸中の標的核酸配列を増幅する方法であって,
(a)標的核酸配列を含む鋳型核酸を用意する工程,
(b)請求項1?7のいずれか一項に記載のプライマーセットを用意する工程,および
(c)前記鋳型核酸の存在下において,前記プライマーセットによる核酸増幅反応を行う工程
を含んでなる,方法。
【請求項9】
核酸増幅反応が等温で行われる,請求項8に記載の方法。
【請求項10】
鎖置換能を有するポリメラーゼが使用される,請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
核酸増幅反応が融解温度調整剤の存在下で行われる,請求項8から10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
核酸増幅反応が酵素安定化剤の存在下で行われる,請求項8から11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
核酸試料中の核酸配列における変異の有無を判定する方法であって,
(a)核酸試料を用意する工程,
(b)請求項1?7のいずれか一項に記載のプライマーセットであって,前記変異を有するか,または該変異を有さない核酸配列を標的核酸配列とし,該変異に係るヌクレオチド残基が配列(A),配列(B)または配列(C)に含まれるように設計されたプライマーセットを用意する工程,および
(c)前記核酸試料の存在下において,前記プライマーセットによる核酸増幅反応を行う工程
を含んでなる,方法。

【請求項16】
核酸増幅反応が等温で行われる,請求項13から15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
鎖置換能を有するポリメラーゼが使用される,請求項13から16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
核酸増幅反応が融解温度調整剤の存在下で行われる,請求項13から17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
核酸増幅反応が酵素安定化剤の存在下で行われる,請求項13から18のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
核酸試料中の核酸配列における配列の欠失または挿入の有無を判定する方法であって,(a)核酸試料を用意する工程,
(b)請求項1?7のいずれか一項に記載のプライマーセットであって,欠失または挿入に係る配列を含むか,または該配列を含まない核酸配列を標的核酸配列とし,欠失または挿入に係る部位が,配列(A),配列(B)もしくは配列(C)に含まれるか,または配列(A)と配列(B)との間もしくは配列(A)と配列(C)との間に配置されるように設計されたプライマーセットを用意する工程,および
(c)前記核酸試料の存在下において,前記プライマーセットによる核酸増幅反応を行う工程
を含んでなる,方法。
【請求項21】
工程(b)において,欠失または挿入に係る部位が前記配列(A)と前記配列(B)との間に配置されるように設計されたプライマーセットが用意される,請求項20に記載の方法。
【請求項22】
欠失または挿入に係る配列が,ゲノム上の遺伝子に含まれるイントロン配列である,請求項20または21に記載の方法。
【請求項23】
標的核酸配列がmRNAである,請求項20から22のいずれか一項に記載の方法。
【請求項24】
核酸増幅反応が等温で行われる,請求項20から23のいずれか一項に記載の方法。
【請求項25】
鎖置換能を有するポリメラーゼが使用される,請求項20から24のいずれか一項に記載の方法。
【請求項26】
核酸増幅反応が融解温度調整剤の存在下で行われる,請求項20から25のいずれか一項に記載の方法。
【請求項27】
核酸増幅反応が酵素安定化剤の存在下で行われる,請求項20から26のいずれか一項に記載の方法。


第4.請求人が主張する無効理由1について
1.請求人の口頭審理における陳述
請求人は,口頭審理において,「特許法第29条第2項に基づく無効理由は,本件特許発明1と甲第1号証とを対比した上で,その相違点が容易に想到しうるというものである。」と陳述した。


2.請求人が提出した甲第1号証(特許第3313358号公報)の記載事項

甲第1号証には,以下の記載事項が記載されている。

ア.「本発明は,核酸の増幅方法として有用な,特定の塩基配列で構成される核酸を合成する方法に関する。」(甲第1号証3欄23?24行)

イ.「単一の酵素を用い,しかも等温反応条件の下でも核酸の合成と増幅を達成することができる方法の提供が,本発明の課題である。」(甲第1号証7欄9?12行)

ウ.「ここで,本発明のオリゴヌクレオチドの構造を決定する特定の塩基配列を持つ核酸とは,本発明のオリゴヌクレオチドをプライマーとして利用するときに,その鋳型となる核酸を意味する。」(甲第1号証13欄6?9行)

エ.「特定の塩基配列を持つ核酸は,少なくともその一部の塩基配列が明らかとなっている,あるいは推測が可能な状態にある核酸を意味する。塩基配列を明らかにすべき部分とは,前記領域X2cおよびその5'側に位置する領域X1cである。」(甲第1号証13欄12?16行)

オ.「したがってより望ましくは,領域X2cおよびその5'側に位置する領域X1cとの距離が,0?100塩基,さらに望ましくは10?70塩基となるように設計する。なおこの数値はX1cとX2を含まない長さを示している。」(甲第1号証13欄30?34行)

カ.「上記特定の塩基配列を持つ核酸に対して本発明によるオリゴヌクレオチドを構成する領域X2およびX1cは,通常は重複することなく連続して配置される。」(甲第1号証13欄46?48行)

キ.「配列依存的な核酸合成反応を触媒する公知のポリメラーゼが認識するプライマーの鎖長が,最低5塩基前後であることから,アニールする部分の鎖長はそれ以上である必要がある。加えて,塩基配列としての特異性を期待するためには,確率的に10 塩基以上の長さを利用するのが望ましい。一方,あまりにも長い塩基配列は化学合成によって調製することが困難となることから,前記のような鎖長が望ましい範囲として例示される。なお,ここで例示した鎖長はあくまでも相補鎖とアニールする部分の鎖長である。」(甲第1号証14欄35?45行)

ク.「この他本発明によるオリゴヌクレオチドは,それ自身を固相に結合させておくこともできる。あるいは,オリゴヌクレオチドの任意の部分にビオチンのような結合性のリガンドで標識しておき,これを固相化アビジンのような結合パートナーによって間接的に固相化することもできる。固相化オリゴヌクレオチドを合成開始点とする場合には,核酸の合成反応生成物が固相に捕捉されることから,分離が容易となる。分離された生成物に対して,核酸特異的な指示薬や,あるいは更に標識プローブをハイブリダイズさせることによって,検出を行うこともできる。あるいは,任意の制限酵素で消化することによって,目的とする核酸の断片を回収することもできる。」(甲第1号証15欄8?20行)

ケ.「 本発明による核酸の合成方法において有用な上記オリゴヌクレオチドを利用し,鎖置換活性を持ったDNA ポリメラーゼと組み合わせて合成を行う反応について,基本的な原理を図5-6を参考にしながら以下に説明する。上記オリゴヌクレオチド(図5におけるFA)は,まずX2(F2に相当)が鋳型となる核酸にアニールし相補鎖合成の起点となる。図5においてはFAを起点として合成された相補鎖がアウタープライマー(F3)からの相補鎖合成(後述)によって置換され,1本鎖(図5-A)となっている。得られた相補鎖に対して更に相補鎖合成を行うと,このとき図5-Aの相補鎖として合成される核酸の3'末端部分は,本発明によるオリゴヌクレオチドに相補的な塩基配列を持つ。つまり,本発明のオリゴヌクレオチドは,その5'末端部分に領域X1c(F1cに相当)と同じ配列を持つことから,このとき合成される核酸の3' 末端部分はその相補配列X1 (F1)を持つことになる。図5は,R1を起点として合成された相補鎖がアウタープライマーR3を起点とする相補鎖合成によって置換される様子を示している。置換によって3' 末端部分が塩基対結合が可能な状態となると,3'末端のX1 (F1)は,同一鎖上のX1c(F1c)にアニールし,自己を鋳型とした伸長反応が進む (図5-B)。そしてその3' 側に位置するX2c(F2c)を塩基対結合を伴わないループとして残す。このループには本発明によるオリゴヌクレオチドのX2(F2)がアニールし,これを合成起点とする相補鎖合成が行われる (図5-B)。このとき,先に合成された自身を鋳型とする相補鎖合成反応の生成物が,鎖置換反応によって置換され塩基対結合が可能な状態となる。
本発明によるオリゴヌクレオチドを1種類,そしてこのオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖を鋳型として核酸合成を行うことが可能な任意のリバースプライマーを用いた基本的な構成によって,図6に示すような複数の核酸合成生成物を得ることができる。図6からわかるとおり,(D)が本発明において合成の目的となっている1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸である。他方の生成物(E)は,加熱変性などの処理によって1本鎖とすれば再び(D)を生成するための鋳型となる。また2本鎖状態にある核酸である生成物(D)は,もしも加熱変性などによって1本鎖にされた場合,もとの2本鎖とはならずに高い確率で同一鎖内部でのアニールが起きる。なぜならば,同じ融解温度(Tm)を持つ相補配列ならば,分子間(intermolecular)反応よりも分子内(intramolecular)反応のほうがはるかに優先的に進むためである。同一鎖上でアニールした生成物(D)に由来する1本鎖は,それぞれが同一鎖内でアニールして(B)の状態に戻るので,更にそれぞれが1分子づつの(D)と(E)を与える。これらの工程を繰り返すことによって,1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸を次々に合成していくことが可能である。1サイクルで生成される鋳型と生成物が指数的に増えていくので,たいへん効率的な反応となる。
ところで図5-(A)の状態を実現するためには,はじめに合成された相補鎖を少なくともリバースプライマーがアニールする部分において塩基対結合が可能な状態にしなければならない。このステップは任意の方法によって達成することができる。すなわち,最初の鋳型に対して本発明のオリゴヌクレオチドがアニールする領域F2cよりも更に鋳型上で3' 側の領域F3cにアニールするアウタープライマー(F3)を別に用意する。このアウタープライマーを合成起点として鎖置換型の相補鎖合成を触媒するポリメラーゼによって相補鎖合成を行えば,本発明の前記F2cを合成開始点として合成された相補鎖は置換され,やがてR1がアニールすべき領域R1cを塩基対結合が可能な状態とする(図5)。鎖置換反応を利用することによって,ここまでの反応を等温条件下で進行させることができる。
アウタープライマーを利用する場合には,F2cからの合成よりも後にアウタープライマー(F3)からの合成が開始される必要がある。最も単純な方法はインナープライマーの温度をアウタープライマーの濃度よりも高くすることである。具体的には,通常2?50倍,望ましくは4?10倍の濃度差でプライマーを用いることにより,期待どおりの反応を行わせることができる。またアウタープライマーの融解温度(Tm)をインナープライマーのX1(F1やR1に相当)領域のTmより低くなるように設定することによって合成のタイミングをコントロールすることもできる。すなわち,(アウタープライマーF3:F3c) ≦ (F2c/F2) ≦ (F1c/F1),あるいは(アウタープライマー/鋳型における3'側の領域)≦(X2c:X2)≦(X1c:X1)である。なおここで(F2c/F2)≦(F1c/F1)としたのは,F2がループ部分にアニールするよりも先にF1c/F1間のアニールを行わせるためである。F1c/F1間のアニールは分子内の反応なので優先的に進む可能性が高い。しかしより望ましい反応条件を与えるためにTmを考慮することには意義がある。同様の条件は,リバースプライマーの設計においても考慮すべきであることは言うまでもない。このような関係とすることにより,確率的に理想的な反応条件を達成することができる。融解温度(Tm)は,他の条件が一定であればアニールする相補鎖の長さと塩基対結合を構成する塩基の組み合わせによって理論的に算出することができる。したがって当業者は,本明細書の開示に基づいて望ましい条件を容易に導くことができる。
更にアウタープライマーのアニールのタイミングを調整するために,コンティギュアス スタッキング(contiguous stacking)と呼ばれる現象を応用することもできる。コンティギュアス スタッキングとは,単独ではアニールすることができないオリゴヌクレオチドが2本鎖部分に隣接することによってアニールが可能となる現象である(Chiara Borghesi-Nicoletti et.al. Bio Techniques 12, 474-477(1992)。つまり,アウタープライマーをF2c(X2c)に隣接させ,単独ではアニールできないように設計しておくのである。こうすれば,F2c(X2c)がアニールしたときに初めてアウタープライマーのアニールが可能となるので,必然的にF2c(X2c)のアニールが優先されることになる。この原理に基づいて,一連の反応にプライマーとして必要なオリゴヌクレオチドの塩基配列を設定した例が実施例に記載されている。なお,この工程は加温による変性や,DNAヘリカーゼによって達成することもできる。」(甲第1号証16欄12行?18欄12行)

コ.「以上のような反応系は前記リバースプライマーとして特定の構造を持つものを利用することによって,本発明に固有の様々なバリエーションをもたらす。もっとも効果的なバリエーションについて以下に述べる。すなわち,本発明のもっとも有利な態様においては,前記リバースプライマーとして,〔5〕に述べたような構成からなるオリゴヌクレオチドを用いるのである。〔5〕のオリゴヌクレオチドとは,すなわちF2をプライマーとして合成される相補鎖における任意の領域R2cをX2cとし,R1cをX1cとするオリゴヌクレオチドである。このようなリバースプライマーの利用により,ループの形成とこのループ部分からの相補鎖合成と置換という一連の反応が,センス鎖とアンチセンス鎖(フォーワード側とリバース側)の両方で起きるようになる。その結果,本発明による1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸の合成方法の合成効率が飛躍的に向上すると共に,一連の反応を等温で実施可能とするものである。」(甲第1号証19欄12?29行)

サ.「より具体的には,変異や多型が予想される塩基が,相補鎖合成の起点となるオリゴヌクレオチドの3'末端付近(相補鎖が起点となる場合には5'末端付近)に相当するように設計するのである。相補鎖の合成起点となる3'末端や,その付近にミスマッチが存在すると核酸の相補鎖合成反応は著しく阻害される。本発明においては,反応初期の生成物における末端構造が繰り返し反応を行わなければ高度な増幅反応に結びつかない。したがって,たとえ誤った合成が行われたとしても,増幅反応を構成する相補鎖合成がいずれかの段階で常に妨げられるのでミスマッチを含んだままでは高度な増幅は起きない。結果的にミスマッチが増幅反応を効果的に抑制し,最終的には正確な結果をもたらすことになる。つまり本発明に基づく核酸の増幅反応は,より完成度の高い塩基配列のチェック機構を備えていると言うことができる。これらの特徴は,たとえば単純に2つの領域で増幅反応を行っているPCR 法などでは期待しにくい利点である。」(甲第1号証19欄45行?20欄12行)

シ.「更に融解温度(Tm)の調整剤には,ジメチルスルホキシド(DMSO)やホルムアミドが一般に利用される。融解温度(Tm)の調整剤を利用することによって,前記オリゴヌクレオチドのアニールを限られた温度条件の下で調整することができる。更にベタイン(N,N,N,-trimethylglycine)やテトラアルキルアンモニウム塩は,そのisostabilize 作用によって鎖置換効率の向上にも有効である。」(甲第1号証23欄7?14行)

ス.「さて,3'末端に同一鎖上の一部F1cにアニールすることができる領域F1を備え,この領域F1が同一鎖上のF1cにアニールすることによって,塩基対結合が可能な領域F2cを含むループを形成することができる1本鎖核酸は,本発明の重要な構成要素である。このような1本鎖核酸は,次のような原理に基づいて供給することもできる。すなわち,予め次のような構造を持ったプライマーに基づいて相補鎖合成を進めるのである。
5'- [プライマー内に位置する領域X1cにアニールする領域X1]-[塩基対結合が可能な状態にあるループ形成配列]-[領域X1c]-[鋳型に相補的な配列を持つ領域]-3'
鋳型に相補的な配列を持つ領域には,F1に相補的な塩基配列(プライマーFA)およびR1cに相補的な塩基配列(プライマーRA)の2種類を用意する。なお,このとき合成すべき核酸を構成する塩基配列は,領域F1から領域R1cにいたる塩基配列と,この塩基配列に相補的な塩基配列を持つ領域R1から領域F1cにいたる塩基配列とを含むものである。一方,プライマー内部でアニールすることができるX1cとX1は,任意の配列とすることができる。ただしプライマーFAとRAの間では,領域X1c/X1の配列を異なるものとするのが望ましい。
まず鋳型核酸の領域F1から前記プライマーFAによる相補鎖合成を行う。次いで合成された相補鎖の領域R1cを塩基対結合が可能な状態とし,ここに一方のプライマーをアニールさせて相補鎖合成の起点とする。このとき合成される相補鎖の3'末端は,最初に合成された鎖の5'末端部分を構成するプライマーFAに相補的な塩基配列を持つので,3'末端には領域 X1 を持ち,これが同一鎖上の領域 X1cにアニールするとともにループを形成する。こうして,前記本発明による特徴的な3'末端構造が提供され,以降の反応は最も望ましい態様として示した先の反応系そのものとなる。なおこのときループ部分にアニールするオリゴヌクレオチドは,3'末端にループ内に存在する領域X2cに相補的な領域X2を持ち,5'側には領域 X1を持つものとする。先の反応系ではプライマーFAとRAを使って鋳型核酸に相補的な鎖を合成することによって核酸の 3'末端にループ構造をもたらした。この方法は,短いプライマーで効果的に本発明に特徴的な末端構造を提供する。一方,本態様においては,プライマーとしてはじめからループを構成する塩基配列全体を提供しており,より長いプライマーの合成が必要となる。」(甲第1号証24欄42行?25欄35行)

セ.「リバースプライマーに制限酵素認識領域を含む塩基配列を利用すれば,本発明による異なった態様を構成することができる。図6に基づき,リバースプライマーが制限酵素認識配列を含む場合について具体的に説明する。図6-(D)が完成したところで,リバースプライマー内の制限酵素認識部位に対応する制限酵素によりニックが生じる。このニックを合成起点として鎖置換型の相補鎖合成反応が開始する。リバースプライマーは(D)を構成する2本鎖核酸の両端に位置しているので,相補鎖合成反応も両端から開始することになる。基本的には先行技術として記載したSDA 法の原理に基づくが,鋳型となる塩基配列が本発明によって相補的な塩基配列を交互に連結した構造となっているので,本発明に特有の核酸合成系が構成されるのである。なお,ニックを入れるリバースプライマーの相補鎖となる部分には制限酵素による2本鎖の切断が生じないようにヌクレアーゼ耐性となるようにdNTP 誘導体が取りこまれるように設計しなければならない。
リバースプライマーにRNA ポリメラーゼのプロモーターを挿入しておくこともできる。この場合もSDA 法を応用した先の態様と同様に,図6-(D)の両端からこのプロモーターを認識するRNA ポリメラーゼにより転写が行われる。」(甲第1号証25欄36?26欄8行)

ソ.「実施例2 反応産物の制限酵素消化確認
実施例1で得られた本発明による1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸の構造を明らかにすることを目的として,制限酵素による消化を行った。制限酵素を使った消化によって理論どおりの断片を生じる一方,実施例1で観察された高サイズのスメアなパターンや泳動されないバンドが消滅すれば,これらがいずれも本発明によって合成された1本鎖上に相補的な塩基配列を交互に連結した核酸であることが推定できる。
実施例1の反応液を8本分(200μL)プールし,フェノール処理後,エタノール沈でんを行って精製した。この沈でんを回収して200μL のTE 緩衝液で再溶解し,その10μL を制限酵素BamHI,PvuII,およびHindIII でそれぞれ37℃2時間消化した。消化物を2%アガロースゲル(0.5% TBE)を使って,1時間,80mV で電気泳動した。分子サイズマーカーとして,SUPER LADDER-LOW(100bp ladder)(GensuraLaboratories,Inc.製) を使用した。泳動後のゲルを SYBR Green I (MolecularProbes,Inc.)で染色して核酸を確認した。結果は図9に示すとおりである。各レーンは次のサンプルに対応している。
1. XIV size marker
2. 精製物のBamHI 消化物
3. 精製物のPvuII 消化物
4. 精製物のHindIII 消化物
ここで比較的鎖長の短い増幅生成物を構成している塩基配列は,配列番号:13,配列番号:14,配列番号:15,および配列番号:16等と推定される。これらの塩基配列から,推測される各制限酵素消化断片のサイズは表1のとおりである。表中のL は,ループ(1本鎖)を含む断片なので泳動位置が未確定であることを示す。
未消化でのバンドのほとんどが消化後には推定されるサイズのバンドへ変化したことから,目的の反応産物が増幅されていることが確認された。また非特異的産物はほとんどないことも示された。」(甲第1号証34欄6行?33欄50行)

タ.「本発明による新規なオリゴヌクレオチドとそれを用いた核酸の合成方法により,複雑な温度制御の不要な1本鎖上に交互に相補的な塩基配列が連結した核酸の合成方法が提供される。本発明に基づくオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成される相補鎖は,常にその3'末端が自身を鋳型とする新たな相補鎖合成の合成起点となる。このとき,新たなプライマーのアニールをもたらすループの形成を伴い,この部分からの相補鎖合成によって先に合成された自身を鋳型とする相補鎖合成反応の生成物は再び置換され塩基対結合が可能な状態となる。このようにして得ることができる自身を鋳型として合成された核酸は,たとえばSDA のような公知の核酸合成方法との組み合わせによって,それらの核酸合成効率の向上に貢献する。」(甲第1号証43欄34?44行)

チ.「SDA 等の公知の核酸合成反応に適用するとしても,本発明との組み合わせによって新たな酵素が必要となるようなことはなく,単に本発明に基づくオリゴヌクレオチドを組み合わせるだけで各種反応系への適応が可能である。」(甲第1号証45欄4行?46欄1行)

ツ.図1?2には,標的核酸配列の3’末端部分の配列(F2c)にハイブリダイズする配列(F2)を3’末端部分に含んでなり,かつ前記標的核酸配列において前記配列(F2c)よりも5’側に存在する配列(F1c)の相補配列(F1)にハイブリダイズする配列(F1c)を前記配列(F2)の5’側に含んでなるプライマーFAが記載されている。(甲第1号証34欄?35欄)

テ.図5には,標的核酸配列の3’末端部分の配列(F2c)にハイブリダイズする配列(F2)を3’末端部分に含んでなり,かつ前記標的核酸配列において前記配列(F2c)よりも5’側に存在する配列(F1c)の相補配列(F1)にハイブリダイズする配列(F1c)を前記配列(F2)の5’側に含んでなるプライマーFAが記載されている。(甲第1号証36欄)


3.甲第1号証に「基本的な原理(図5-6)」として記載されたFAプライマーについて
甲第1号証の基本的な原理を説明する図5において基本的な原理に用いられるFAプライマーは,「5'末端部分に領域F1cと同じ配列」をもち3'末端部分に「鋳型となる核酸にアニールし相補鎖合成の起点となる」「F2」配列をもつものであって(甲第1号証例1記載事項(ケ)),図5(A)の記載を参酌するとFAプライマーの5'末端部分の領域F1cは標的核酸配列においてF2cよりも5’側に存在する配列F1cの相補配列であるF1にハイブリダイズするものである。


4.甲第1号証に「もっとも有利な態様(図1-3)」として記載されたFAプライマーについて
甲第1号証の図1-3においてもっとも有利な態様(甲第1号証記載事項(ケ))に用いられるFAプライマーも,「図1の(4)にいたるまでは先に説明した本発明の基本的な態様(図5)と同様の反応工程となっている。」と記載されたとおりであり,FAプライマーは「5'末端がF1cであり,3'末端部分に「鋳型となる核酸にアニールし相補鎖合成の起点となる」「F2」配列をもつものであって(甲第1号証 記載事項(ケ)),図2(5)の記載を参酌するとFAプライマーの5'末端部分の領域F1cは標的核酸配列においてF2cよりも5’側に存在する配列F1cの相補配列であるF1にハイブリダイズするものである。


5.本件発明1と甲第1号証に記載された発明との対比について
(1)甲第1号証に本発明の重要な構成要素である塩基対結合が可能な領域F2cを含むループを形成することができる一本鎖核酸を供給することができる原理に用いるものとして記載されたプライマーについて

甲第1号証の24欄?25欄に記載された,「5'- [プライマー内に位置する領域X1cにアニールする領域X1]-[塩基対結合が可能な状態にあるループ形成配列]-[領域X1c]-[鋳型に相補的な配列を持つ領域]-3'」なる構造をもったプライマーは,相互にハイブリダイズする2つの核酸配列である[プライマー内に位置する領域X1cにアニールする領域X1]と[領域X1c]とを同一鎖上に含むものである(甲第1号証記載事項(ス))。
ここで,甲第1号証に記載された[プライマー内に位置する領域X1cにアニールする領域X1]-[塩基対結合が可能な状態にあるループ形成配列]-[領域X1c]なる構造をもったプライマーが,本件請求項1の発明特定事項である,「標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)を3’末端部分に含んでなり,かつ相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)を前記配列(Cc’)の5’側に含んでなる」ものである「第二のプライマー」に該当するものであるか否かを検討する。
「折返し配列(D-Dc’)」とは,相互にハイブリダイズする2つの核酸配列である「D」と「Dc’」とが折返すために「-」(ハイフン)で「D」と「Dc’」の両者の構造が結ばれているように表記されていると認められるところ,通常化学構造を表現するに際してハイフンは直接結合していることを示すものであり,少なくとも,「D」と「Dc’」との間に他の塩基が存在することを明示的に示すものではない。
また,当該部分は折返すためのものであるから,その機能からみて,折返すために必要となる以上の塩基を意味することはないし,まして折返すために必要となる以上の何らかの機能を生じさせる配列特異性を有する介在配列を意味するものではない。
また,発明の詳細な説明及び図面の記載を参照しても,「D」と「Dc’」との間に折り返すために必要とする以上の介在配列を挿入することに関する記載はない。
そして,そのように解すれば,本件明細書の図2や例1,4,7において例示されたものと整合し,他の配列にアニールしない塩基を一定以上包含する配列について「ヘアピン型」とか「ループ構造」として「折り返し配列」とは区別して発明の詳細な説明が記載されていることや,介在配列の挿入が想定される配列(Ac’)と配列(B’)の間や,配列(Cc’)と折返し配列(D-Dc’)との間に「-」(ハイフン)を用いた記載がなされていないこととも整合する。
したがって,甲第1号証に記載された[プライマー内に位置する領域X1cにアニールする領域X1]-[塩基対結合が可能な状態にあるループ形成配列]-[領域X1c]なる部分は相互にハイブリダイズする2つの核酸配列の間に[塩基対結合が可能な状態にあるループ形成配列]が介在しているものであって,当該[塩基対結合が可能な状態にあるループ形成配列]は単にループが形成されるだけではなく,核酸の増幅起点とするために塩基対結合が可能な状態にあることを目的として特別に設計されている配列からなるものであるから,本件請求項1の発明特定事項である「D」と「Dc’」とが折返すために,「D」と「Dc’」の両者の構造が結ばれているように表記される「折返し配列」の構成の一部をなす「-」(ハイフン)に該当するとはいえず,相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)とは,折返すために必要となる以上の何らかの機能を生じさせる配列特異性を有する介在配列を含むようなものは該当しない。
したがって,甲第1号証の24欄?25欄に記載された,「5'- [プライマー内に位置する領域X1cにアニールする領域X1]-[塩基対結合が可能な状態にあるループ形成配列]-[領域X1c]-[鋳型に相補的な配列を持つ領域]-3'」なる構造をもったプライマーは,本件請求項1の発明特定事項である,「相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)」に該当するとはいえない。


(2)本件発明1と甲第1号証に記載された発明との対比について
甲第1号証に記載された「鋳型となる核酸」,「プライマーおよびリバースプライマー」,「補鎖合成のプライマーとして,あるいは置換用のアウタープライマーとして必要な各種のオリゴヌクレオチド,相補鎖合成の基質となるdNTP,鎖置換型の相補鎖合成を行うDNA ポリメラーゼ,酵素反応に好適な条件を与える緩衝液,更に必要に応じて合成反応生成物の検出のために必要な試薬類で構成されるキット」,「プライマー」,「F2c」,「F2」,「鋳型となる核酸」の「F1c」,「F1」,「プライマー」の「F1c」,「配列F1cを前記配列F2の5’側に含んでなる」,「リバースプライマー」,「鋳型となる核酸の3’末端部分の配列(R1,R2又はR3)にハイブリダイズする配列(R1c,R2c又はR3c)」は,それぞれ,本件発明1における「標的核酸配列」,「少なくとも二種のプライマー」,「プライマーセット」,「第一のプライマー」,「標的核酸配列の3’末端部分の配列(A)」「配列(A)にハイブリダイズする配列(Ac’)」「配列(A)よりも5’側に存在する配列(B)」,「配列(B)の相補配列(Bc)」,「相補配列(Bc)にハイブリダイズする配列(B’)」「配列(B’)を前記配列(Ac’)の5’側に含んでなる」,「第二のプライマー」,「標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)」に相当する。

そこで,本件発明1と甲第1号証に記載された事項を対比すると,両者は,
「標的核酸配列を増幅しうる少なくとも二種のプライマーを含んでなるプライマーセットであって,
前記プライマーセットに含まれる第一のプライマーが,標的核酸配列の3’末端部分の配列(A)にハイブリダイズする配列(Ac’)を3’末端部分に含んでなり,かつ前記標的核酸配列において前記配列(A)よりも5’側に存在する配列(B)の相補配列(Bc)にハイブリダイズする配列(B’)を前記配列(Ac’)の5’側に含んでなるものであり,
前記プライマーセットに含まれる第二のプライマーが,前記標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)を3’末端部分に含んでなるものである,プライマーセット。」である点で一致する。

そして,甲第1号証には,標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)を3’末端部分に含んでなり,かつ相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)を前記配列(Cc’)の5’側に含んでなるものである,本件発明1の「第二のプライマー」に相当する「リバースプライマー」については記載も示唆もない点で相違する。


6.本件発明と甲第1号証に記載された発明との相違点に係る進歩性の判断
5.で記載したとおり,甲第1号証に記載されたプライマーは,「相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)」を含むものではなく,甲第1号証記載のプライマーは,[塩基対結合が可能な状態にあるループ形成配列]を利用して塩基対結合させて,甲第1号証に記載された発明の重要な構成要素である塩基対結合が可能な領域F2cを含むループを形成することができる一本鎖核酸を供給するのであるから,そのために必要となる構造を削除することについての記載や示唆があるということはできない。
よって,当該[塩基対結合が可能な状態にあるループ形成配列]に代えて折返すために必要となる配列である「相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)」とすることは,甲第1号証に記載されているとはいえず示唆があるともいえないから,本件発明1が,甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
また,本件発明2ないし13,及び16ないし27についても本件発明1と同様に,当該プライマーを発明特定事項とするものであるから,本件発明2ないし13,及び16ないし27が,甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。


7.請求人が提出した甲第3号証(国際公開第96/01327号)の記載事項
甲第3号証には,以下の記載事項が記載されている。
ト.「【請求項2】a)少なくとも1つの逆方向反復配列が,5'で横にある標的配列を含むマトリックスとのオリゴヌクレオチドプライマのハイブリダイゼーション,
b)逆方向反復配列が,3'及び5'で横にある,標的配列の相補的配列を含む伸張生成物を得るために,DNAポリメラーゼによる前記オリゴヌクレオチドプライマの伸張;
c)ヘアピン状に折り曲げられた伸張生成物の末端3'の逆方向反復配列からなるプライマーの,前記伸張生成物をマトリックスとして使用する,DNAポリメラーゼによる伸張;
d)ステップc)に由来する伸張生成物をマトリックスとして,かつヘアピン状に折り曲げられた前記伸張生成物の末端3'をプライマーとして使用する,ステップc)の反復を含み,これらのステップ全体は,反応媒質の温度を,プライマーのハイブリダイゼーション及び標的配列の複製を可能にする一定の値に維持して行われることを特徴とする請求項1に記載の核酸標的配列の増幅方法。」(甲第3号証第20頁【特許請求の範囲】)

ナ.「DNAポリメラーゼによる核酸標的配列の増幅方法であって,標的配列と特異的にハイブリダイズできる部分(3'),及び少なくとも1つの逆方向反復配列を含む部分(5')からなる少なくとも1つのオリゴヌクレオチドプライマーの伸張を利用することを特徴とする方法を対象とする。」(甲第3号証第4頁28?35行)

ニ.「プライマーは一般的に対で使用され,複製が一方から他方に及んで行われるように方向付けられる(図1,図5b及び5f)。」(甲第3号証第5頁9?12行)

ヌ.「逆方向反復配列(同様にパリンドローム配列とも名付けられる)により,ヘアピン形状の二本鎖構造を形成するための自己対合が可能になる。
利用される2つのプライマーの逆方向反復配列は,同一又は互いに異なっても良い;好ましくは,これらのプライマー間のハイブリダイゼーションを回避するために,異なる。」
(甲第3号証第5頁29?32行)

ネ.「逆方向反復配列の長さは,数十から数百までの塩基配列からなることができる。」(甲第3号証第6頁1?3行)

ノ.「プライマーは,各DNA鎖にハイブリダイズされる(図5b)。使用されるDNAポリメラーゼは,標的DNA/プライマー複合体上に固定され,かつ新規なDNA鎖の伸長を開始する(図5c)。適当な時間の後(標的配列全体を含むために新合成鎖の十分な伸長を可能にするように,例えば数分),新合成鎖からマトリックスを分離するように溶液を加熱する(図5e)。」(甲第3号証第6頁30行?第7頁2行)

ハ.「このようにして,プライマー対の員の一方(P1)に属する逆方向反復配列が5'で横にある標的配列の鎖の一方を含むDNA鎖を得る。プライマー対の他方の員(P2)は,新規に合成された鎖にハイブリダイズされ,かつDNAポリメラーゼは,この鎖を再び複製し得る(図5f)。鎖の最後に到達すると,DNAポリメラーゼは,切り離される。
この増幅ステップの結果生じる生成物は,標的配列を含むDNA分子からなり,前記DNA分子は,少なくともこの標的配列の長さにわたって二本鎖であり,鎖の一方の末端5'は,プライマーP1に属する1つ以上の逆方向反復配列からなり(末端3'は,標的配列の末端か,この標的配列を含んだDNA断片中で標的配列に隣接した配列からなる),かつ他方の鎖の末端5'は,プライマーP2に属する1つ以上の逆方向反復配列からなり,かつその末端3'は,プライマーP1に属する1つ以上の逆方向反復配列からなる(図5h及び5i)。
このDNA分子は,次の増幅ステップのマトリックス及びプライマーとして同時に役立つ。この時から,かつPCRの場合に起こることに反して,増幅は,自然発生的に,かつ一定の温度で行われる。
実際,熱撹拌の効果により,DNAの二本鎖を終えるパリンドローム配列は,2つの形状の間の動的平衡に入る:すなわち,通常の二本鎖⇔二本ヘアピンである(図5h及び5i)。
DNAポリメラーゼは,二本ピンに折り曲げられた鎖の一方の末端3'に固定され,かつ折り曲げられた末端をプライマーとして使用して,鎖の一方を複製し始め得る(図5j)。DNAポリメラーゼは,そうしながら,相補的鎖を移動させ,かつ2つの鎖は,温度上昇を行うことが必要であることなく,このようにして分離される(図5j)。このステップから,鎖の一方は,新規なプライマーP2とハイブリダイズして,新規な複製サイクルを開始し得る(図5f)。他方は,各サイクルでその長さを理論上二倍にして,サイズの増大を受ける(図5k,5l,5m)。」(甲第3号証第7頁3行?第8頁12行)


8.甲第3号証に記載されたP1及P2プライマーについて
上記ト?ハの各記載によれば,「P1及びP2プライマー」は,「標的配列と特異的にハイブリダイズすることができる部分(3’)及び少なくとも1つの逆方向反復配列を含む部分(5’)から構成された」「オリゴヌクレオチドプライマー」(甲第3号証記載事項(ナ))であり,当該逆方向反復配列は,「パリンドローム配列とも名付けられる」ものであって,「ヘアピン形状の二本鎖構造を形成するための自己対合が可能になる」ものであって(甲第3号証3記載事項(ヌ)),逆方向反復配列の間には「5’から3’にヘアピン状の構造の折れ曲がりを可能にする配列GCTA」が含まれているものである。
「P1及P2プライマー」の「標的配列と特異的にハイブリダイズすることができる部分(3’)」は,本件発明1における「第二プライマー」の3’末端部分の「標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)」に相当し,「P1及P2プライマー」の少なくとも1つの逆方向反復配列を含む部分(5’)は本件発明1における「第二プライマー」の配列(Cc’)の5’側に含まれる「相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)」に相当する。
したがって,甲第3号証に記載された「P1及びP2プライマー」は,「標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)を3’末端部分に含んでなり,かつ相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)を前記配列(Cc’)の5’側に含んでなるもの」であるから,本件発明1における「第二プライマー」に相当する。


9.甲第3号証記載の「P1プライマー」等を,甲第1号証記載のプライマーに適用することの容易想到性について
甲第1号証には,次のように記載されている。
「 3'-OH の供給という課題に対しては,3'末端に同一鎖上の塩基配列に相補的な配列を持たせ,末端でヘアピンループを形成させる方法が公知である(Gene71,29-40,1988)。このようなヘアピンループからは,自身を鋳型とした相補鎖合成が行われ,相補的な塩基配列で構成された1本鎖の核酸を生成する。たとえばPCT/FR95/00891 では,相補的な塩基配列を連結した末端部分で同一鎖上にアニールする構造を実現している。しかしこの方法では,末端が相補鎖との塩基対結合(base pairing)を解消して改めて同一鎖上で塩基対結合を構成するステップが必須である。このステップは塩基対結合を伴う相補的な塩基配列同士の末端における微妙な平衡状態に依存して進むとされている。すなわち,相補鎖との塩基対結合と,同一鎖上での塩基対結合との間で維持される平衡状態を利用し,同一鎖上の塩基配列とアニールしたもののみが相補鎖合成の起点となる。したがって,高度な反応効率を達成するためには,厳密な反応条件の設定が求められるものと考えられる。更にこの先行技術においては,プライマー自身がループ構造を作っている。そのためプライマーダイマーがいったん生成すると,標的塩基配列の有無にかかわらず自動的に増幅反応が開始され非特異的な合成産物を形成してしまう。これは重大な問題点といえる。更に,プライマーダイマーの生成とそれに伴う非特異的な合成反応によるプライマーの消費が,目的とする反応の増幅効率の低下につながる。
その他に,DNA ポリメラーゼに対して鋳型とならない領域を利用して同一鎖にアニールする3'末端構造を実現した報告(EP713922)がある。この報告も末端部分における動的平衡を利用している点,あるいはプライマーダイマー形成にともなう非特異的な合成反応の可能性においては先の PCT/FR95/00891 と同様の問題点を持つ。更に,DNA ポリメラーゼの鋳型とならない特殊な領域をプライマーとして用意しなければならない。」(甲第1号証6欄9?41行)
さらに甲第1号証には,次のようにも記載されている。
「 本発明の課題は,新規な原理に基づく核酸の合成方法を提供することである。より具体的には,低コストで効率的に配列に依存した核酸の合成を実現することができる方法を提供することである。すなわち,単一の酵素を用い,しかも等温反応条件の下でも核酸の合成と増幅を達成することができる方法の提供が,本発明の課題である。更に本発明は,公知の核酸合成反応原理では達成することが困難な高い特異性を実現することができる核酸の合成方法,並びにこの合成方法を応用した核酸の増幅方法の提供を課題とする。
本発明者らは,まず鎖置換型の相補鎖合成を触媒するポリメラーゼの利用が,複雑な温度制御に依存しない核酸合成に有用であることに着目した。このようなDNA ポリメラーゼは,SDA やRCA でも利用された酵素である。しかし,たとえこのような酵素を用いたとしても,公知のプライマーに基づく手法では,たとえばSDAのように合成起点となる3'-OHを供給するために常に他の酵素反応が要求される。
そこで本発明者らは,公知のアプローチとはまったく異なる角度から3'-OH の供給について検討した。その結果,特殊な構造を持ったオリゴヌクレオチドを利用することによって,付加的な酵素反応に頼らずとも3'-OH の供給が可能となることを見出し本発明を完成した。すなわち本発明は,以下の核酸の合成方法,更にはこの核酸合成方法を応用した核酸の増幅方法,ならびにこれらの方法を可能とする新規なオリゴヌクレオチドに関する。
・・(中略)・・・
〔3〕 少なくとも以下の2つの領域X2およびX1cとで構成され,X2の5' 側にX1cが連結されたオリゴヌクレオチド。
X2:特定の塩基配列を持つ核酸の任意の領域X2cに相補的な塩基配列を持つ領域
X1c:特定の塩基配列を持つ核酸における領域X2cの5'側に位置する領域X1cと実質的に同じ塩基配列を持つ領域」(甲第1号証7欄6?28行)

すなわち,甲第1号証に係るは「特殊な構造を持ったオリゴヌクレオチドを利用することによって,付加的な酵素反応に頼らずとも3'-OH の供給が可能となることを見出し本発明を完成」したものである。

甲第1号証においては,3'-OH の供給という課題に対して,PCT/FR95/00891 すなわち甲第3号証を検討したところ,「末端が相補鎖との塩基対結合(base pairing)を解消して改めて同一鎖上で塩基対結合を構成するステップが必須である」こと,「高度な反応効率を達成するためには,厳密な反応条件の設定が求められる」こと,「プライマー自身がループ構造を作っている。そのためプライマーダイマーがいったん生成すると,標的塩基配列の有無にかかわらず自動的に増幅反応が開始され非特異的な合成産物を形成してしまう」こと,「プライマーダイマーの生成とそれに伴う非特異的な合成反応によるプライマーの消費が,目的とする反応の増幅効率の低下につながる」ことの様々な問題点を挙げ,とりわけ甲第3号証で用いられるプライマー自身がループ構造を作っていることについては,プライマーダイマー形成にともなう非特異的な合成反応の可能性を指摘して,これは重大な問題点といえると結論づけている。
したがって,甲第1号証には,甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に接した当業者といえども,それら発明同士を組み合わせることが想定され得ない程度に甲第3号証に記載されたプライマーにかかる欠点を列挙した記載が存在するため,甲第3号証に記載されたプライマーを,甲第1号証に記載された発明に直ちに適用できるとはいえない。


10.小括
このように,甲第1号証には甲第3号証に記載されたプライマーについて重大な問題点があるものとの記載が存在するために,甲第3号証に記載されたプライマーを甲第1号証に記載された発明に適用することは容易になしえたこととはいえない。
また,甲第2及び甲第4ないし第10号証には,本件発明1の発明特定事項である,「標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)を3’末端部分に含んでなり,かつ相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)を前記配列(Cc’)の5’側に含んでなる」プライマーについては記載も示唆もないから,本件発明1が,甲第1ないし第10号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

また,本件発明2ないし13,及び16ないし27についても本件発明1と同様に,「標的核酸配列を増幅しうる少なくとも二種のプライマーを含んでなるプライマーセットであって,前記プライマーセットに含まれる第一のプライマーが,標的核酸配列の3’末端部分の配列(A)にハイブリダイズする配列(Ac’)を3’末端部分に含んでなり,かつ前記標的核酸配列において前記配列(A)よりも5’側に存在する配列(B)の相補配列(Bc)にハイブリダイズする配列(B’)を前記配列(Ac’)の5’側に含んでなるものであり,前記プライマーセットに含まれる第二のプライマーが,前記標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)を3’末端部分に含んでなり,かつ相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)を前記配列(Cc’)の5’側に含んでなるものである,プライマーセット。」を発明特定事項とするものであるから,本件発明2ないし13,及び16ないし27が,甲第1ないし第10号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。


11.請求人の無効理由1に関わる主張
請求人は,無効理由1について,概略以下のように主張している。

(1)審判請求書における無効理由1に関わる主張の概要
ア. 本件発明1について,甲第1号証,甲第2号証及び甲第3号証には,請求項1の全ての構成が開示されていることが明らかである。また,本件発明1が異なる種類の非対称的プライマーセットであるとしても,それら構成は甲第2号証及び甲第3号証に,それぞれそのまま開示されているものである。したがって,当業者は,甲第2号証及び甲第3号証に記載されているプライマーセットから,極めて容易にその組み合わせである本件発明1の非対称的プライマーセットを想到することができるのである。よって,本件発明1は,甲第1号証に甲第2号証及び甲第3号証を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたものであり,進歩性を欠如することは明白である(審判請求書第47頁)。

(2)請求人口頭審理陳述要領書における無効理由1に関わる主張の概要
イ. 甲第1号証には,「リバースプライマー」として,甲第1号証の「プライマー」と対称な構造のプライマーを使用すると,センス鎖とアンチセンス鎖(フォーワード側とリバース側)の両方でループの形成とこのループ部分からの相補鎖合成と置換という一連の反応が起きるため好ましいことが開示されている。甲第1号証においては,本件発明1の「第1のプライマー」に相当する「領域F2及び領域F1cを備えたプライマー」も,本件発明1の「第2のプライマー」に相当する「領域X1,領域X1c及び鋳型に相補的な配列を備えたプライマー」も,実施態様が異なるだけであり,何れもループ部分からの相補鎖合成と置換という一連の反応が生じるものである。よって,甲第1号証において,「領域F2及び領域F1cを備えたプライマー」に対し,任意のリバースプライマーとして,対称な構造のプライマーではなく,ループ部分からの相補鎖合成と置換が可能な「領域X1,領域X1c及び鋳型に相補的な配列を備えたプライマー」を採用することは,当業者にとって容易に想到し得る事項に過ぎない(請求人口頭審理陳述要領書第21頁)。

ウ. 甲第3号証には,標的配列と特異的にハイブリダイズできる部分(3'),及び少なくとも1つの逆方向反復配列を含む部分(5')からなるプライマーを使用することが開示されており,甲第3号証のプライマーは,甲第1号証の「第2のプライマー」に相当する。そして,甲第3号証の「プライマー」は,標的配列と特異的にハイブリダイズできる部分(3')を有している点において,甲第1号証の「リバースプライマー」として利用する動機付けが存在するのである(請求人口頭審理陳述要領書第21?22頁)。

エ. 甲第3号証の「少なくとも1つの逆方向反復配列を含む部分(5')」は,その後,相補的な合成鎖を合成することによって,3'末端に逆方向反復配列のヘアピン構造を設けることができ,このヘアピン構造から自己を鋳型とした相補鎖を伸長させてDNA分子のサイズを増大させることができる機能を持つものである。かかる機能は,甲第1号証の「プライマー」の機能の一部と共通するものである(請求人口頭審理陳述要領書第22頁)。

オ. 甲第1号証には,「リバースプライマー」として,甲第1号証の「プライマー」と対称な構造のプライマーを使用すると,センス鎖とアンチセンス鎖(フォーワード側とリバース側)の両方でループの形成とこのループ部分からの相補鎖合成と置換という一連の反応が起きるため好ましいこと,及び「リバースプライマー」として,SDA法やNASBA法のプライマーを使用できることが開示されている。この点,甲第3号証の「プライマー」は,相補鎖合成を生じるものであるから,かかる観点からみても,甲第1号証の「リバースプライマー」として甲第3号証の「プライマー」を採用する動機付けが存在することは明らかである(請求人口頭審理陳述要領書第22頁)。

カ. 甲第2号証にも,第1の初期プライマーとは異なる非対称な構造の標準的なプライマーを第2の初期プライマーとして使用することについて開示されており,一対のプライマーを非対称な構造として,相違点1に係る構成とすることは当業者にとって格別困難性の無いものであったのである(請求人口頭審理陳述要領書第21?22頁)。

キ. 被請求人らは,答弁書において,甲第1号証には甲第3号証について否定する記載が開示されているとして,甲第1号証に甲第3号証を適用することはできないと主張する。しかしながら,甲第1号証における甲第3号証に対する記載は,甲第1号証とは異なる甲第3号証による核酸増幅効果を認めた上で,その欠点を指摘したものに過ぎず,甲第1号証の「リバースプライマー」として甲第3号証のプライマーを適用することができないと示唆するものではない。
そもそも甲第1号証には,予めプライマー内でループを構成する「プライマー内に位置する領域X1cにアニールする領域X1」及び「領域X1c」を備えた「プライマー」が開示されており,この点において,甲第3号証のプライマーと共通する構成のものを実施態様として記載しているのであるから,被請求人らの阻害要因Aが失当であることは明らかである(請求人口頭審理陳述要領書第31頁)。

ク. 甲第1号証には,「このようにして得ることができる自身を鋳型として合成された核酸は,たとえばSDAのような公知の核酸合成方法との組み合わせによって,それらの核酸合成効率の向上に貢献する。」(甲第1号証43欄40行?44行)及び「SDA等の公知の核酸合成反応に適用するとしても,本発明との組み合わせによって新たな酵素が必要となるようなことはなく,単に本発明に基づくオリゴヌクレオチドを組み合わせるだけで各種反応系への適応が可能である。」(同45欄4行?46欄1行)と記載されており,公知の核酸合成反応に適用することが可能であることが明記されており,公知の甲第3号証の核酸合成反応に適用できることの示唆がある(請求人口頭審理陳述要領書第31-32頁)。

ケ. 甲第1号証の背景技術の欄には,上記引用において明記されているSDA法についても問題点が記載されているが(同5欄1行?16行),甲第1号証のプライマーをSDA法に適用することは否定していないのである。よって,甲第1号証には甲第3号証について否定する記載が開示されていることを理由とする被請求人らの阻害要因は理由がないのである(請求人口頭審理陳述要領書第32頁)。

コ. 甲第1号証に記載された「プライマー自身がループ構造を作っている。そのためプライマーダイマーがいったん生成すると,標的塩基配列の有無にかかわらず自動的に増幅反応が開始され非特異的な合成産物を形成してしまう。」という問題点は,「相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc')」を含む「第2のプライマー」を使用した本件発明1においても同様に発生するのである。よって,プライマーダイマーが生成されるという問題点は,本件発明でも解決されていないのであるから,甲第1号証に甲第3号証を適用する阻害要因とはなり得ないのである(請求人口頭審理陳述要領書第32頁)。

サ. 甲第1号証においては,「リバースプライマー」として,甲第1号証の「プライマー」から合成された第1の相補鎖(図5の(A))を鋳型として核酸合成を行うことが可能なものであれば任意のプライマーを使用できるのであるから,甲第3号証のプライマーを適用することに何らの困難性も存在しない(請求人口頭審理陳述要領書第33頁)。

シ. 甲第1号証には,「リバースプライマー」として,甲第1号証の「プライマー」と対称な構造のプライマーを使用すると,センス鎖とアンチセンス鎖(フォーワード側とリバース側)の両方でループの形成とこのループ部分からの相補鎖合成と置換という一連の反応が起きるため好ましいことが開示されているが,他方では,「リバースプライマー」として,SDA法やNASBA法のプライマーを使用できることも開示されている。つまり,甲第1号証には,少なくとも一方の末端にループ部分からの相補鎖合成と置換を行うことができれば足りるが,両端に設けた方が好ましいことが開示されているのである(請求人口頭審理陳述要領書第33-34頁)。

ス. 甲第1号証の「プライマー」によって形成される領域F1-領域F2c-領域F1cという構成も,甲第3号証のプライマーによって形成される逆方向反復配列も,いずれも3'末端に設けられることによって,自己を鋳型とした相補鎖を伸長させるという機能において共通なのである。よって,甲第1号証の「リバースプライマー」として,相補鎖合成を生じる甲第3号証の「プライマー」を採用する動機付けが存在するのである。(請求人口頭審理陳述要領書第34頁)。

(3)請求人上申書における無効理由1に関わる主張の概要
セ. 甲第1号証には「リバースプライマー」として,甲第1号証の第1プライマーから合成された第1の相補鎖(図5の(A))を鋳型として核酸合成を行うことが可能な任意のリバースプライマーを使用できること及び甲第1号証の第1プライマーとは異なる構造のプライマー(非対称なプライマー)を使用できることが開示されている。
甲第1号証の第1プライマーと第2プライマーとは,第1プライマーがその3’末端から伸長した伸長配列に領域F1cがアニールしてループ構造を形成している点で異なる。しかし,何れのプライマーも合成される標的核酸の3’末端にループ構造を形成させ,ループ構造の3’末端から自己を鋳型とした自己伸長反応(下記I反応)及びループ構造内に領域F2cを設け,別のプライマーのアニール及び伸長反応(下記II反応)を可能とし,核酸を増幅させる点において同一の機能を有するものである。
よって,甲第1号証において,任意のリバースプライマーとして,対称な構造のプライマーではなく,甲第1号証の第2プライマーを採用して,甲第1号証の第1プライマーと甲第1号証の第2プライマーとをプライマーセットとすることは,当業者にとって容易に想到しうることに過ぎないのである(請求人上申書第5-6頁)。

ソ. 甲第3号証の「プライマー」は,標的配列と特異的にハイブリダイズできる部分(3’)」を有していることから,甲第1号証の「リバースプライマー」として利用することが可能である(請求人上申書第6頁)。

タ. 甲第3号証の「少なくとも1つの逆方向反復配列を含む部分(5')」は,その後,相補的な合成鎖を合成することによって,3'末端に逆方向反復配列のヘアピン構造を設けることができ,このヘアピン構造から自己を鋳型とした相補鎖を伸長させてDNA分子のサイズを増大させることができる機能を持つ。かかる機能は,甲第1号証の第1プライマー又は第2プライマーによって合成された標的核酸の3’末端にループ構造を形成させ,ループ構造の3’末端から自己を鋳型とした自己伸長反応(上記I反応)させる機能と共通する。
甲第1号証において,任意のリバースプライマーとして,甲第3号証に開示された標的配列と特異的にハイブリダイズできる部分(3’),及び少なくとも1つの逆方向反復配列を含む部分(5’)からなるプライマーを使用することは,当業者にとって容易に想到しうる事項に過ぎないのである(請求人上申書第6-7頁)。

チ. 甲第2号証にも,第1の初期プライマーとは異なる非対称な構造の標準的なプライマーを第2の初期プライマーとして使用することについて開示されており(甲第2号証【0129】?【0131】及び図2),一対のプライマーを非対称な構造として,相違点1に係る構成とすることは当業者にとって格別困難性の無いものであったのである(請求人上申書第7頁)。

ツ. 被請求人らは,甲第1号証には甲第3号証について否定する記載が開示されているとして,甲第1号証に甲第3号証を適用することはできないと主張する。しかしながら,上記のとおり,甲第1号証において,甲第1号証の第1プライマーを使用するのは,少なくとも合成された標的核酸の3’末端にループ構造を形成させるためである。任意のリバースプライマーとして甲第3号証のプライマーを使用しても,プライマーセットの他方として,甲第1号証の第1プライマーを使用するので,上記目的は達せられる。よって,甲第3号証のプライマーをリバースプライマーとして使用することは,甲第1号証の技術的思想を阻害するものではない(請求人上申書第12頁)。

テ. 甲第1号証における甲第3号証に対する記載は,甲第1号証とは異なる甲第3号証による核酸増幅効果を認めた上で,その欠点を指摘したものに過ぎず,甲第1号証の「リバースプライマー」として甲第3号証のプライマーを適用することができないと示唆するものではない(請求人上申書第12頁)。

ト. 甲第1号証には「リバースプライマー」として,甲第1号証の第1プライマーから合成された第1の相補鎖(図5の(A))を鋳型として核酸合成を行うことが可能な任意のリバースプライマーを使用できること及び甲第1号証の第1プライマーとは異なる構造のプライマー(非対称なプライマー)を使用できることが開示されている。
甲第1号証の第2プライマーと甲第3号証のプライマーとは,合成された標的核酸の3’末端にループ構造を形成させ,ループ構造の3’末端から自己を鋳型とした自己伸長反応(下記I反応)させる機能を有する点で共通し,甲第1号証において,甲第3号証のプライマーを使用することを阻害する理由は存在しない(請求人上申書第12頁)。

ナ. 甲第1号証の背景技術の欄には,上記引用において明記されているSDA法についても問題点が記載されているが(同5欄1行?16行),甲第1号証のプライマーをSDA法に適用することは否定していないのである。よって,甲第1号証には甲第3号証について否定する記載が開示されていることを理由として,甲第1号証に甲第3号証を適用することができないとの被請求人らの主張は,明らかに根拠を欠くものである(請求人上申書第12頁)。


12.請求人の無効理由1に関わる主張についての判断
(1)請求人の無効理由1に関わる主張アについて
請求人は,「甲第1号証に甲第2号証及び甲第3号証を適用した,単なる寄せ集めに過ぎないというべきである」と主張する。
しかしながら,第5 9.ないし10.に記載したとおり,甲第1号証には,甲第1号証及び甲第1号証に記載された発明に接した当業者といえども,それら発明同士を組み合わせることが想定され得ない程度に甲第3号証に記載されたプライマーにかかる欠点を列挙した記載が存在するため,当業者といえども甲第3号証に記載されたプライマーを,甲第1号証に記載された発明に直ちに適用できるとはいえない。
よって,本件発明は,甲第1号証に甲第2号証及び甲第3号証を適用した,単なる寄せ集めに過ぎないということはできない。
したがって,請求人の無効理由1に関わる主張アは採用することができない。

(2)請求人の無効理由1に関わる主張イ,セについて
請求人は,「本件発明1の「第2のプライマー」に相当する「領域X1,領域X1c及び鋳型に相補的な配列を備えたプライマー」も,実施態様が異なるだけであり,何れもループ部分からの相補鎖合成と置換という一連の反応が生じるものである。」と主張する。
しかしながら,第5 5.に記載したとおり,甲第1号証の24欄?25欄に記載された,「5'- [プライマー内に位置する領域X1cにアニールする領域X1]-[塩基対結合が可能な状態にあるループ形成配列]-[領域X1c]-[鋳型に相補的な配列を持つ領域]-3'」なる構造をもったプライマーは,本件請求項1の発明特定事項である,「相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)」に該当するとはいえない。
したがって,請求人の無効理由1に関わる主張イ,セは採用することができない。

(3)請求人の無効理由1に関わる主張ウ,ス,ソについて
請求人がこれら主張で甲第3号証記載の「プライマー」を甲第1号証記載の「プライマー」と組合わせる動機付けが存在すると主張する根拠は,甲第3号証の「プライマー」は標的配列と特異的にハイブリダイズできる部分(3')を有しているというものである。
しかしながら,「プライマー」とはもともと標的配列と特異的にハイブリダイズできる部分(3')を有しているオリゴヌクレオチドであるから,そのような点は当該オリゴヌクレオチドを「プライマー」の中で特徴付けるものではなく,同じく標的配列と特異的にハイブリダイズできる部分(3')を有する多数のプライマーの中から,甲第3号証に記載された構造を有するプライマーを選択するという動機付けがあったということはできない。
また,甲第1号証には,3'-OH の供給という課題に対して,PCT/FR95/00891 すなわち甲第3号証を検討したところ,「末端が相補鎖との塩基対結合(base pairing)を解消して改めて同一鎖上で塩基対結合を構成するステップが必須である」こと,「高度な反応効率を達成するためには,厳密な反応条件の設定が求められる」こと,「プライマー自身がループ構造を作っている。そのためプライマーダイマーがいったん生成すると,標的塩基配列の有無にかかわらず自動的に増幅反応が開始され非特異的な合成産物を形成してしまう」こと,「プライマーダイマーの生成とそれに伴う非特異的な合成反応によるプライマーの消費が,目的とする反応の増幅効率の低下につながる」ことの様々な問題点を挙げ,とりわけ甲第3号証で用いられるプライマー自身がループ構造を作っていることについては,プライマーダイマー形成にともなう非特異的な合成反応の可能性を指摘して,これは重大な問題点といえると結論づけており,その上で「特殊な構造を持ったオリゴヌクレオチドを利用することによって,付加的な酵素反応に頼らずとも3'-OH の供給が可能となることを見出し本発明を完成」したことが記載されている。
このように甲第1号証の記載は,甲第3号証記載の「プライマー」を採用すること否定し,他の特殊な構造を持ったオリゴヌクレオチドをもって技術課題を解決すべきことを述べたものであって,具体的に甲第3号証記載のプライマーを採用すべきことに言及する記載は一切無いのであるから,甲第1号証の記載に接した当業者が甲第1号証に係る発明において甲第1号証のプライマーを採用することを妨げるものである。
したがって,請求人の無効理由1に関わる主張ウ,ソは採用することができない。

(4)請求人の無効理由1に関わる主張エ,タ,トについて
請求人がこれら主張で甲第3号証記載の「プライマー」を甲第1号証記載の「プライマー」と組合わせる動機付けが存在すると主張する根拠は,甲第3号証の「プライマー」は相補的な合成鎖を合成することによって,3'末端に逆方向反復配列のヘアピン構造を設けることができ,このヘアピン構造から自己を鋳型とした相補鎖を伸長させてDNA分子のサイズを増大させることができる機能を持つ点で機能が共通するというものである。
しかしながら,甲第1号証には「さて,こうして置換された1本鎖核酸の3'側には,同一鎖上のF1cに相補的な配列F1が存在する。F1は,同一分子内に並ぶF1cに速やかにアニールし,相補鎖合成が始まる。3'末端(F1)が同一鎖上のF1cにアニールするときに,F2cを含むループが形成されている。このループ部分は塩基対結合が可能な状態で維持されていることは,図2-(7)からも明らかである。F2cに相補的な塩基配列を持つ本発明のオリゴヌクレオチドFAは,このループ部分にアニールして相補鎖合成の起点となる(7)。ループ部分からの相補鎖合成は,先に開始したF1からの相補鎖合成の反応生成物を置換しながら進む。その結果,自身を鋳型として合成された相補鎖は,再び3'末端において塩基対結合が可能な状態となる。この3'末端は,同一鎖上のR1cにアニールしうる領域R1を3'末端に備えており,やはり同一分子内の速やかな反応により両者は優先的にアニールする。こうして,先に説明したFAを鋳型として合成された3'末端からの反応と同様の反応が,この領域でも進行する。結果として,本発明による1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸は次々と相補鎖合成と置換とを継続し,その3' 末端R1を起点とする伸長を続けることになる。3'末端R1の同一鎖へのアニールによって形成されるループには常にR2cが含まれることから,以降の反応で3'末端のループ部分にアニールするのは常にR2を備えたオリゴヌクレオチド(すなわちRA)となる。」(甲第1号証第20欄24?49行),そして「なお図3-(10)に示す核酸から開始する核酸の合成反応は,ここまで述べてきたものとは逆に常に3' 末端F1を合成起点とする伸長となる。すなわち本発明においては,1つの核酸の伸長に伴って,これとは別に伸長を開始する新たな核酸を供給しつづける反応が進行する。更に鎖が伸長するのに従い,末端のみならず,同一鎖上に複数のループ形成配列がもたらされる。これらのループ形成配列は,鎖置換合成反応により塩基対形成可能な状態となると,オリゴヌクレオチドがアニールし,新たな核酸の生成反応の基点となる。末端のみならず鎖の途中からの合成反応も組み合わされることにより,さらに効率のよい増幅反応が達成されるのである。以上のようにリバースプライマーとして本発明に基づくオリゴヌクレオチドRAを組み合わせることによって,伸長とそれに伴う新たな核酸の生成が起きる。更に本発明においては,この新たに生成した核酸自身が伸長し,それに付随する更に新たな核酸の生成をもたらす。一連の反応は,理論的には永久に継続し,きわめて効率的な核酸の増幅を達成することができる。しかも本発明の反応は,等温条件のもとで行うことができる。」(甲第1号証第21欄18?37行)(下線部は合議体が付与)と記載されている。
これは,甲第1号証に記載された発明はヘアピン構造から自己を鋳型とした相補鎖を伸長させてDNA分子のサイズを増大させるにあたって,リバースプライマーには3'末端が同一鎖上の領域にアニールするときに,塩基対結合が可能な状態で維持されているループ部分を形成可能なR2領域が含まれることが前提となるところ,甲第3号証に記載されたプライマーには塩基対結合が可能な状態で維持されているループ部分を形成可能な領域は存在しない。したがって,甲第1号証に記載された発明において,自己を鋳型とした相補鎖を伸長させてDNA分子のサイズを増大させようとして甲第3号証のプライマーを採用することは,甲第1号証に記載された技術的前提条件を破綻させるものであって,当業者にとって採用しようという動機付けがあったということはできない。
また,そもそも甲第1号証には,甲第1号証の教示に接した当業者が甲第1号証に係る発明において甲第3号証のプライマーを採用することを妨げる記載があることは(3)で述べたとおりである。

(5)請求人の無効理由1に関わる主張オ,ク,シについて
請求人は,甲第1号証には「リバースプライマー」として,SDA法やNASBA法のプライマーを使用できることも開示されており,甲第1号証の「リバースプライマー」として甲第3号証の「プライマー」を採用する動機付けが存在すると主張する。
しかしながら,甲第1号証に具体的に記載されていることは,「合成の目的となっている1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸」(16欄46-48行)である図6(D)が完成したところでニックを合成起点として相補鎖合成反応が開始すること,プロモーターを挿入しておくことで図6(D)の両端からこのプロモーターを認識するRNAポリメラーゼにより転写を行うことのみである。これらはいずれも合成の目的となっている核酸が完成したところで,完成した核酸の転写,複製を行うことを目的とするものでしかなく,請求人が主張するようにNASBA法が記載されているわけではない。そして,甲第3号証のプライマーを用いてもSDAやRNAポリメラーゼのプロモーターが挿入されたプライマーのように,完成した核酸の転写,複製等を起こすことができるかは,甲第1号証に記載された技術的前提からでは明らかではない。
したがって,甲第1号証に図6(D)が完成したところでニックを合成起点として相補鎖合成反応が開始すること,プロモーターを挿入しておくことで図6(D)の両端からこのプロモーターを認識するRNAポリメラーゼにより転写を行うことが記載されているとしても,そのことにより甲第3号証のプライマーを採用しようという動機付けがあったということはできない。

(6)請求人の無効理由1に関わる主張カ,チについて
請求人は,甲第2号証にも,第1の初期プライマーとは異なる非対称な構造の標準的なプライマーを第2の初期プライマーとして使用することについて開示されており,一対のプライマーを非対称な構造として,相違点1に係る構成とすることは当業者にとって格別困難性の無いものであったと主張する。
しかしながら,甲第2号証にそのような記載があるとしても,甲第2号証と甲第1号証は技術的前提を異にするものであるから,甲第1号証に記載された発明においても第1の初期プライマーとは異なる非対称な構造の標準的なプライマーを第2の初期プライマーとして使用することが容易であるとはいえない。したがって,甲第2号証に請求人が指摘する記載があるとしても,そのことをもって甲第1号証に記載された発明において甲第3号証記載のプライマーを採用する動機付けがあったとすることはできない。

(7)請求人の無効理由1に関わる主張キ,テについて
請求人は,甲第1号証における甲第3号証に対する記載は,甲第1号証とは異なる甲第3号証による核酸増幅効果を認めた上で,その欠点を指摘したものに過ぎず,甲第1号証の「リバースプライマー」として甲第3号証のプライマーを適用することができないと示唆するものではないと主張する。
しかしながら,9.及び10.において既に述べたとおり,甲第1号証の記載は,甲第3号証記載の「プライマー」を採用すること否定し,他の特殊な構造を持ったオリゴヌクレオチドをもって技術課題を解決すべきことを述べたものであって,具体的に甲第3号証記載のプライマーを採用すべきことに言及する記載は一切無いのであるから,甲第1号証の教示に接した当業者が甲第1号証に係る発明において甲第3号証記載のプライマーを採用することを妨げるものであることに変わりはない。
したがって,請求人の無効理由1に関わる主張キ,テは採用することができない。

(8)請求人の無効理由1に関わる主張ケ,ナについて
請求人は,甲第1号証の背景技術の欄には,上記引用において明記されているSDA法についても問題点が記載されているが(同5欄1行?16行),甲第1号証のプライマーをSDA法に適用することは否定していないから,甲第1号証には甲第3号証について否定する記載が開示されていることをもって阻害要因とはならないと主張する。
しかしながら,SDA法に関する甲第1号証の記載は,必要な酵素の増加やdNTP誘導体などの利用の必要性からコストアップとなることや応用の制限が挙げられるのみであり,「重大な問題点である。」とする甲第3号証に関する甲第1号証の記載とは事情を異にするものである。
そして,そもそも甲第1号証にSDA法についての問題点が記載されているとしても,甲第3号証には直接SDAプライマーを採用することが記載されている一方で,甲第1号証には甲第3号証記載のプライマーを採用することについて具体的な記載や示唆は何らないのであるから,SDAプライマーが採用されることと甲第3号証記載のプライマーの採用に妨げがあることとは全く別事である。
したがって,請求人の無効理由1に関わる主張ケ,ナは採用することができない。

(9)請求人の無効理由1に関わる主張コについて
請求人は,甲第1号証に記載されたプライマーダイマーが生成されるという問題点は,本件発明でも解決されていないのであるから,甲第1号証に甲第3号証を適用する阻害要因とはなり得ないと主張する。
しかしながら,甲第1号証に記載された事項には甲第1号証における発明に甲第3号証記載の発明を組合わせる上で妨げになる記載があることには変わりなく,本件発明において,仮にその問題点が解決されていないとしても,そのことで組合わせるための阻害要因がもともとなかったことにはならない。
したがって,請求人の無効理由1に関わる主張コは採用することができない。

(10)請求人の無効理由1に関わる主張サ,セ,タ,ツ,トについて
請求人は,甲第1号証に「本発明によるオリゴヌクレオチドを1種類,そしてこのオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖を鋳型として核酸合成を行うことが可能な任意のリバースプライマーを用いた基本的な構成によって,図6に示すような複数の核酸合成生成物を得ることができる。」と記載されていることから,甲第3号証の「プライマー」を甲第1号証の「プライマー」と組合わせることができると主張する。
しかしながら,甲第1号証には,甲第1号証の教示に接した当業者が甲第3号証のプライマーを採用することを妨げる記載があることは(3)で述べたとおりであって,「任意のリバースプライマーを用い」ることができるとの記載は,甲第3号証のプライマーを採用することを妨げなくする程度に具体的に甲第3号証記載のプライマーについて言及したものではない。
したがって,「任意で甲第3号証記載のプライマーを採用しようという動機付けがあったとはいえない。

(11)請求人の無効理由1に関わる主張ツについて
請求人は,任意のリバースプライマーとして甲第3号証のプライマーを使用しても,プライマーセットの他方として,甲第1号証の第1プライマーを使用するので,目的は達せられるから,甲第3号証のプライマーをリバースプライマーとして使用することは,甲第1号証の技術的思想を阻害するものではないと主張する。
しかしながら,甲第1号証には,甲第1号証の教示に接した当業者が甲第3号証のプライマーを採用することを妨げるような「重大な問題点である。」との記載がある以上,仮に発明の目的が達成できたとしても,当業者にとって組合わせるべき示唆もないそのようなプライマーをあえて採用する理由はないことには変わりはない。
そして,甲第1号証における「任意のリバースプライマーを用い」ることができるとの記載は,甲第3号証記載のプライマーを採用することを妨げなくする程度に具体的に甲第3号証記載のプライマーについて言及したものではない。
したがって,仮に使用すれば甲第1号証記載の発明の目的が達せられるとしても,当業者にとって甲第3号証記載のプライマーを採用しようという動機付けがあったとはいえない。

以上のとおりであるから,請求人のこれらの主張ア?ナはいずれも採用することができない。


13.むすび(無効理由1について)
以上のとおりであるから,本件発明1ないし13,及び16ないし27が,甲第1ないし第10号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は第123条第1項第2号に該当し,無効にすべきものである,とすることはできない。


第5.請求人が主張する無効理由2について
1.請求人が主張する無効理由2の概要
請求人は,無効理由2について,概略以下のように主張していると解される。

(1) 本件発明3のいわゆるパラメータ発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するために,発明の詳細な説明に,特許出願時の技術常識を参酌し,パラメータ(技術的な変数)を用いた一定の数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要する(知財高裁平成17年11月11日判決・平成17年(行ケ)第10042号事件(判例時報1911号48頁)) 。

(2)しかしながら,本件発明3に記載されている発明特定事項,「-1.00≦(X-Y)/X≦1.00」(以下「式1」と称する。)は,本件発明の課題を解決するための不可欠な手段であり,極めて重要な特定事項(構成要件)であるにも拘わらず,効率的に標的核酸を増幅できる,本件発明のプライマーの作用効果を示す実施例は2つ(【0129】の実施例1及び【0156】の実施例7)しかない。本件発明の特許出願時において,具体例(実施例1のX=20及びY=15,もしくは,実施例7のX=20及びY=17)のみの開示で,式1で画定される範囲が当業者にとって当該課題を解決するために直接裏付ける記載であると認識されることは決してない。
したがって,本件明細書の記載のみからでは,「本件出願時の技術常識を参酌して,当該数式範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に具体例を開示して記している」とは到底認められず,本件明細書の特許請求の範囲の本件請求項3の記載が,明細書のサポート要件に適合するということはできない。よって,本件発明3ないし13,及び,本件発明16ないし27は,明細書のサポート要件に適合するということはできず,特許法第36条第6項第1号の規定により特許を受けることができないものである。
同じ理由から,試行錯誤をもってしか,本件発明3ないし13,及び,本件発明16ないし27において塩基数Xと塩基数Yとを選択し,効率的に標的核酸を増幅できるプライマーを製造し,使用することができないから,当業者が本件発明を容易に実施できず,特許法第36条第4項の規定を充たさない。

(3)本件発明20において,「欠失または挿入に係る部位が欠失または挿入に係る部位が配列(A)と配列(B)との間もしくは配列(A)と配列(C)との間に配置されるように設計されたプライマーセットを用意する工程」,及び,本件発明21において,「欠失または挿入に係る部位が前記配列(A)と前記配列(B)との間に配置されるように設計されたプライマーセット」を発明特定事項として記載している。しかしながら,欠失または挿入に係る配列が配列(A)と配列(B)との間,もしくは,欠失または挿入に係る配列が配列(A)と配列(C)との間にある実施例を開示していない。よって,欠失または挿入に係る部位が本件発明の配列(A)と配列(B)との間,もしくは,配列(A)と配列(C)との間にある場合に,その欠失または挿入の有無を判断するために,当業者に試行錯誤を要求することになる。
したがって,当業者が本件特許明細書の開示から本件請求項20及び21並びにそれら請求項を引用する本件請求項22ないし27に係る発明(請求人は本件請求項20及び21について述べるのみで,この理由が他のどの請求項についてのものであるのか明確に主張していないが,主張の内容からこのように認定した。)を容易に実施できず,特許法第36条第4項の規定を満たさない。

(4)よって,本件の請求項3ないし13,及び,16ないし27に係る特許は,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。


2.無効理由2についての判断
(1)について
請求人が無効理由2について挙げた知財高裁平成17年11月11日判決・平成17年(行ケ)第10042号事件(判例時報1911号48頁)) は,「特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。・・・・そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもの」(下線部は合議体が付与)と判示している。

そこで,この観点に立ち,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を検討する。
本件明細書には以下の事項が記載されている。

「【発明が解決しようとする課題】
発明の概要
本発明者らは,鎖置換反応を利用した核酸の増幅法において,標的核酸が増幅された場合にのみステム-ループ形成可能なプライマーを特定の条件を満たすように設計し,このプライマーと5’末端部分に折返し配列を有するプライマーとを組み合わせて用いることにより,特異的かつ効率的に標的核酸を増幅できることを見出した。本発明はこのような知見に基づくものである。
従って,本発明は,標的核酸を特異的かつ効率的に増幅しうるプライマーセット,およびこれを用いた核酸増幅法を提供することを目的とする。

【課題を解決するための手段】
そして,本発明によるプライマーセットは,標的核酸配列を増幅しうる少なくとも二種のプライマーを含んでなるプライマーセットであって,前記プライマーセットに含まれる第一のプライマーが,標的核酸配列の3’末端部分の配列(A)にハイブリダイズする配列(Ac’)を3’末端部分に含んでなり,かつ前記標的核酸配列において前記配列(A)よりも5’側に存在する配列(B)の相補配列(Bc)にハイブリダイズする配列(B’)を前記配列(Ac’)の5’側に含んでなるものであり,前記プライマーセットに含まれる第二のプライマーが,前記標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)を3’末端部分に含んでなり,かつ相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)を前記配列(Cc’)の5’側に含んでなるものであるプライマーセットである。
さらに,本発明による核酸増幅法は,鋳型核酸中の標的核酸配列を増幅する方法であって,(a)標的核酸配列を含む鋳型核酸を用意する工程,(b)本発明によるプライマーセットを用意する工程,および(c)前記鋳型核酸の存在下において,前記プライマーセットによる核酸増幅反応を行う工程,を含んでなるものである。」
(本件明細書段落【0020】?【0023】)

上記認定の本件明細書の記載によれば,本件明細書の記載が,特許請求の範囲の記載との関係で,明細書のサポート要件に適合するか否かについてみると,本件明細書の発明の詳細な説明には,従来の核酸増幅法が有する課題を解決し,標的核酸を特異的かつ効率的に増幅するための手段として,鎖置換反応を利用した核酸の増幅法において,標的核酸が増幅された場合にのみステム-ループ形成可能なプライマーを特定の条件を満たすように設計し,このプライマーと5’末端部分に折返し配列を有するプライマーとを組み合わせて用いること,すなわち,本件請求項1に記載されたとおりの構成を採用したことが記載されている。
そして,請求人がサポート要件に違反すると主張する本件請求項3に係る発明及び当該請求項を引用する各請求項に係る発明は,本件請求項1に係る発明の,第一のプライマーの標的核酸配列の3’末端部分の配列(A)にハイブリダイズする配列(Ac’)の塩基数と標的核酸配列中における前記配列(A)と前記配列(B)に挟まれた領域の塩基数から「-1.00≦(X-Y)/X≦1.00」等の式により導かれる数値をより詳細に規定したものにすぎない。
そして,本件請求項3に係る発明及び当該請求項を引用する各請求項に係る発明におけるそれら2つの塩基数を含む数値から導かれる数値と,上記で認定した本件発明の解決すべき課題に対応した解決手段とに特段の関係を見出すことはできない。そして,本件請求項3に係る発明は当該請求項が引用する請求項1に記載された事項を含む事項により特定されるものであり,当該事項により上記の課題は達成されると認められる。
請求人は本件請求項3に係る記載が2つのパラメーターを含むことを理由に,当該判決を引用して「パラメータ(技術的な変数)を用いた一定の数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要する」と主張するが,請求項1に係る発明が,本件発明の課題を解決するものであるにもかかわらず,その範囲に包含される請求項3に係る発明が本件発明の課題を解決することができないとする具体的な理由は示されておらず,当該パラメータの有無にかかわらず,本件発明の課題は解決されていると認められるから,本件明細書の特許請求の範囲の本件請求項3ないし13,及び,本件発明16ないし27の記載が,明細書のサポート要件に適合しないということはできず,試行錯誤をもってしか,本件発明3ないし13,及び,本件発明16ないし27において塩基数Xと塩基数Yとを選択し,効率的に標的核酸を増幅できるプライマーを製造し,使用することができないとの特段の根拠も見いだせないから,当業者が本件発明を容易に実施できず,特許法第36条第4項第1号の規定を充たさないということもできない。

(2)について
(1)で述べたとおり,本件明細書の特許請求の範囲の本件請求項3ないし13,及び,本件発明16ないし27の記載が,明細書のサポート要件に適合しないということはできず,試行錯誤をもってしか,本件発明3ないし13,及び,本件発明16ないし27において塩基数Xと塩基数Yとを選択し,効率的に標的核酸を増幅できるプライマーを製造し,使用することができないとの特段の根拠も見いだせないから,当業者が本件発明を容易に実施できず,特許法第36条第4項第1号の規定を充たさないということもできないが,念のため,請求人の主張(2)について,数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載されておらず,当業者にとって容易に実施し得ないかについて検討する。

式(X-Y)/Xは,本件特許明細書の記載によると,「合成された相補鎖の5’末端におけるステム-ループ構造形成により,鋳型核酸上の前記配列(A)の部分を一本鎖とする」(公報第12頁20?22行)ことに関連するパラメーターである。
そして,式X+Yは,本件特許明細書の記載によると,「配列(B’)と前記配列(Bc)との間の距離」(公報第12頁30行)を意味するパラメーターである。
本件特許明細書に記載された実施例1には,「リバースプライマーR1は,その3’末端側にある配列(20mer:下線部)が鋳型にアニーリングし,伸長反応の後,5’末端側にある配列(10mer:下線部以外)が,そのプライマーによる伸長鎖上の,該プライマーの3’末端残基の16塩基下流から始まる領域にハイブリダイズするように設計されている。」と記載されており,リバースプライマーR1のXはその3’末端側にある配列が鋳型にアニーリングする領域の塩基数である20であり,Yはの3’末端側にある配列が鋳型にアニーリングする領域と,5’末端側にある配列が,そのプライマーによる伸長鎖上の,該プライマーの3’末端残基の下流にハイブリダイズする領域との間の塩基数である16-1=15であり,(X-Y)/Xが0.75となるプライマーR1を用いたプライマーペア(F1及びR1)により増幅が確認されたことが記載されている(本件特許公報32頁30行?33頁19行)。
また,本件特許明細書に記載された実施例7には,「リバースプライマーALDH2Rは,その3’末端側にある配列(20mer:下線部)が鋳型にアニーリングし,伸長反応の後,5’末端側にある配列(11mer)が,そのプライマーによる伸長鎖上の,該プライマーの3’末端残基の18塩基下流から始まる領域にハイブリダイズするように設計されている。」と記載されており,同様に,リバースプライマーR1のXは20であり,Yは18-1=17であり,(X-Y)/Xが0.85となるプライマーALDH2Rを用いたプライマーペア(ALDH2F及びALDH2R)により増幅が確認されたことが記載されている(本件特許公報37頁44行?38頁40行)。

このように,0.75≦(X-Y)/X≦0.85については,当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例が開示されていると認められる。

また,-1.0≦(X-Y)/X<0.75,及び,0.85<(X-Y)/X≦1.0の範囲には具体例は開示されていないものの,当該パラメーターは,ステム-ループ構造形成により,鋳型核酸上の前記配列(A)の部分を一本鎖とすることに関連するパラメーターであって,当該パラメーターを0.75≦(X-Y)/X≦0.85の範囲から-1.0≦(X-Y)/X≦1.0の範囲に変更することは,形成されるステムループ構造がより鋳型核酸上の前記配列(A)側から(B)側に移動するか,(B)側から(A)側に移動するか,だけであるといえる。
その場合,核酸の増幅が困難となるような特段の事情を見出すことはできない。
したがって,その数式-1.0≦(X-Y)/X≦1.0が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなければ当業者に理解できないものであったとまではいうことはできず,当業者にとって容易に実施し得ないともいえない。
よって,本件請求項3ないし13,及び,16ないし27の記載が,明細書のサポート要件に適合せず,特許法第36条第6項第1号の規定を満たさないとも,当業者が本件特許明細書の開示から本件請求項3ないし13,及び,16ないし27に係る発明を容易に実施できず,特許法第36条第4項第1号の規定を満たさないともいうことはできない。

また,式(X-(Y-Y’))/Xのように,介在配列がある場合であっても,(X-Y)/Xと同様に,「合成された相補鎖の5’末端におけるステム-ループ構造形成により,鋳型核酸上の前記配列(A)の部分を一本鎖とする」(公報第12頁20?22行)ことに関連するパラメーターであることには変わりはない。
そして,式X+Y+Y’のように,介在配列がある場合であっても,X+Yと同様に,「配列(B’)と前記配列(Bc)との間の距離」(公報第12頁30行)を意味するパラメーターであることも明らかである。
そして,当該介在配列がY’塩基存在しても,技術常識からみて,その効果を奏しうるか否かを予見することができないとまではいえない。
したがって,その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載されていないとまではいうことはできず,当業者にとって容易に実施し得ないともいえない。
よって,この理由によっては,本件請求項3ないし13,及び,16ないし27の記載が,明細書のサポート要件に適合せず,特許法第36条第6項第1号の規定を満たさないとも,当業者が本件特許明細書の開示から本件請求項3ないし13,及び,16ないし27に係る発明を容易に実施できず,特許法第36条第4項第1号の規定を満たさないともいうことはできない。

(3)について
本件特許明細書の【0099】?【0103】段落(公報27頁7行?28頁35行)には,「欠失または挿入に係る部位が前記配列(A)と前記配列(B)との間に配置されるように設計されたプライマーセット」や「欠失または挿入に係る部位が前記配列(A)と前記配列(C)との間に配置されるように設計されたプライマーセット」について記載されている。
当該記載によると,「核酸試料中に,欠失/挿入により標的核酸配列とは異なる核酸配列が含まれている場合には,第一のプライマーに含まれる配列(B’)と伸長鎖上の配列(Bc)とが適切な距離を維持していないため,核酸増幅反応における上記ステム-ループ構造の形成が困難となる。」「核酸試料中に,欠失/挿入により標的核酸配列とは異なる核酸配列が含まれている場合には,増幅産物が得られないか,または得られる増幅産物の量が著しく減少する。例えば,配列(A)と配列(C)との間における長い配列の挿入により標的核酸配列とは異なる核酸配列が核酸試料中に含まれている場合には,核酸増幅の速度(効率)が著しく低減されるため,増幅産物が得られないか,または得られる増幅産物の量が著しく減少する。また,配列(A)と配列(C)との間における配列の欠失により標的核酸配列とは異なる核酸配列が核酸試料中に含まれており,かつこの欠失により配列(B)の一部または全部が失われている場合には,第一のプライマーに含まれる配列(B’)が伸長鎖上にハイブリダイズできないため,ステム-ループ構造の形成が不可能となるか,または困難となるため,図1に示される作用機序が妨げられ,増幅産物が得られないか,または得られる増幅産物の量が著しく減少する。さらに,配列(A)と配列(C)との間における配列の欠失により標的核酸配列とは異なる核酸配列が核酸試料中に含まれており,かつこの欠失による配列(B)の部分的欠失が生じない場合にも,核酸増幅の速度(効率)が低減されるため,増幅産物が得られないか,または得られる増幅産物の量が著しく減少する。」と欠失/挿入判定が可能となる条件について教示されているから,これらの教示に従って,欠失/挿入判定が可能となるように配列(A),配列(B)及び配列(C)の選択をすることになるのであるから,特許出願時において,具体例の開示がないからといって,当業者にとって容易に実施し得ないともいえない。
よって,この理由によっては,当業者が本件特許明細書の開示から本件請求項20ないし27に係る発明を容易に実施できず,特許法第36条第4項第1号の規定を満たさないということはできない。


3.むすび(無効理由2について)
以上のことから,本件請求項3ないし13,及び,16ないし27の記載が,明細書のサポート要件に適合せず,特許法第36条第6項第1号の規定を満たさないとも,当業者が本件特許明細書の開示から本件請求項3ないし13,及び,16ないし27に係る発明を容易に実施できず,特許法第36条第4項第1号の規定を満たさないともいうことはできない。したがって,本件特許は第123条第1項第4号に該当し,無効にすべきものである,とはいえない。


第6.むすび
以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,本件発明の特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。


第7.審理再開申立等について
請求人は,「請求人第2上申書」において,「なお,被請求人らの平成21年10月16日付第2上申書記載の主張に対する実質的な反論については,請求人において準備中であり,追って上申書をもって提出する予定である。」(請求人第2上申書第3頁第6?8行)と主張した。
また、請求人は,審理終結通知の発送日(平成21年11月11日)後の平成21年11月13日付けで審理再開申立書を提出し,被請求人らの平成21年10月16日付け第2上申書記載の主張に対する実質的な反論(請求人第2上申書第3頁第6?8行),及び被請求人らの平成21年11月2日付け第3上申書記載の主張に対する実質的な反論(請求人審理再開申立書第2頁第11?15行)の機会を求めた。

ここで,請求人が意見提出を求める対象である「被請求人第2上申書」でなされた主張の内容は次のとおりである。
(1)答弁書の参考図2および甲第14号証のSupplementary Fig.1について(被請求人第2上申書第3頁第1行?第10頁15行)
(2)請求人の実験成績証明書(甲第15号証)について(被請求人第2上申書第10頁第16行?第18頁1行)
(3)本発明の効果について(被請求人第2上申書第18頁第2行?第19頁27行)
(4)本発明のFPと引用発明1の第2プライマーとの相違(被請求人第2上申書第19頁第28行?第21頁25行)
(5)甲第1号証(引用発明1)および甲第3号証(引用発明3)(被請求人第2上申書第21頁第26行?第22頁21行)
(6)熱変性以外の手段での相補鎖の解離手段(被請求人第2上申書第22頁第22行?第27頁4行)
(7)甲第1号証(引用発明1)および甲第3号証(引用発明3)を組合わせた等温増幅反応(被請求人第2上申書第27頁第5行?第27頁23行)
(8)請求人の阻害要因に対する主張について(被請求人第2上申書第27頁第24行?第30頁21行)

また,請求人が意見提出を求める対象である「被請求人第3上申書」でなされた主張の内容は次のとおりである。
(9)本発明の効果について(被請求人第3上申書第3頁第1行?第10頁27行)

これらのうち,(1)ないし(3)及び(9)については本件発明の効果の顕著性に係る被請求人の主張であり,(6)については甲第2号証,甲第3号証,甲第12号証についての動的平衡反応の相違に関する主張であり,(7)については甲第3号証が2回の熱変性が行われる発明であることに係る主張であり,(8)のうち阻害要因B以降について述べた点(被請求人第2上申書第28頁第8行?第30頁21行)は,甲第3号証記載の発明が2回の熱変性工程を採用するものであること,甲第3号証記載の発明がプライマーを一対で使用するものであること,甲第3号証記載のプライマーが増幅速度の向上を伴わないものであること,及び,異なる種類のプライマーを同一反応条件下で反応させることに困難性があることに係る主張であると認められる。
しかしながら,上記第4に記載のとおり,審決はこれらの点について論じるまでもなく,本件発明1ないし13,及び16ないし27が,甲第1ないし第10号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は第123条第1項第2号に該当し,無効にすべきものである,とすることはできないとの結論を導いているところである。

また、被請求人が「被請求人第2上申書」でした主張(4)及び(5)については口頭審理の技術説明における陳述及び被請求人上申書第6頁22行?第9頁18行において,また主張(8)のうち阻害要因Aについて述べた点(被請求人第2上申書第27頁第24行?第28頁7行)については,答弁書第13頁9行?第14頁5行において,すでに同旨の主張をしているから,何ら新たな主張を構成するものではない。
そして請求人はすでに,平成21年8月7日に「請求人口頭審理陳述要領書」,同日に,口頭審理における陳述,平成21年9月18日に請求人上申書,平成21年10月29日に請求人第2上申書を提出しているから,これら被請求人の主張については,すでに十分に意見を述べることができたものである。

したがって,請求人が審理再開申立書をもって請求する反論の機会についてはその必要性を認めることができず,その他に審理を再開すべき事情も見出し得ない。
また,請求人が審理終結通知後に提出した平成21年11月13日付け請求人第3上申書の内容を参酌しても,請求人の主張する無効理由及び提出した証拠方法に対する当審の判断を変更すべきものとは認められないので,請求人の審理再開の申立は採用することができない。
 
審理終結日 2009-10-30 
結審通知日 2009-11-11 
審決日 2009-11-25 
出願番号 特願2005-516642(P2005-516642)
審決分類 P 1 123・ 536- Y (C12N)
P 1 123・ 537- Y (C12N)
P 1 123・ 121- Y (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 新留 豊  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 平田 和男
上條 肇
登録日 2007-01-05 
登録番号 特許第3897805号(P3897805)
発明の名称 核酸の増幅法およびこれを利用した変異核酸の検出法  
代理人 辻丸 光一郎  
代理人 伊佐治 創  
代理人 永島 孝明  
代理人 吉田 玲子  
代理人 桂田 健志  
代理人 安國 忠彦  
代理人 山上 和則  
代理人 白洲 一新  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 中山 ゆみ  
代理人 小和田 敦子  
代理人 磯田 志郎  
代理人 滝澤 敏雄  
代理人 渡辺 光  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ