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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1245232
審判番号 不服2008-18593  
総通号数 144 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-12-22 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-07-22 
確定日 2011-10-05 
事件の表示 平成10年特許願第542915号「遺伝子導入ジカンバ-分解生物体を製造及び使用するための方法及び材料」拒絶査定不服審判事件〔平成10年10月15日国際公開、WO98/45424、平成13年10月23日国内公表、特表2001-519663〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明

本願は、1998年4月3日(パリ条約による優先権主張1997年4月4日、米国)を国際出願日とするものであって、本願発明は、平成20年8月20日付手続補正書により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、そのうちの請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は以下のとおりである。

「【請求項1】ジカンバ-分解オキシゲナーゼの遺伝暗号を指定するDNA配列を含む単離DNA分子において、
前記ジカンバ-分解オキシゲナーゼは、
(a)配列番号4のアミノ酸配列を有するジカンバ-分解オキシゲナーゼと、
(b)鉄-硫黄クラスターを有し、かつジカンバの酸化を触媒して、3,6-ジクロロサリチル酸(DCSA)を生成する配列番号4のフラグメントと、
(c)配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも65%が相同であり、鉄-硫黄クラスターを有し、かつジカンバの酸化を触媒して、3,6-ジクロロサリチル酸(DCSA)を生成するアミノ酸配列を有するジカンバ-分解オキシゲナーゼと、からなる群より選択される単離DNA分子。」

2.引用例

これに対して、原査定の拒絶の理由に刊行物1として引用された本願優先日前の1996年に頒布された刊行物であるXiao-Zhuo Wang, "Characterization of Cellular and Enzymatic Degradation of Dicamba by Pseudomonas maltophilia, Strain DI-6" Ph.D. thesis, University of Nebraska-Lincoln(以下、「引用例1」という。)には、以下の記載がある。

(i)「好気性微生物による芳香族化合物の分解は、多くの場合、ノンヘム鉄含有モノオキシゲナーゼあるいはジオキシゲナーゼによるヒドロキシル化あるいはジヒドロキシル化で始まる。両者は、たいてい複数成分の酵素の系である。これらの系は、フラビンや鉄-硫黄酸化還元クラスターを介して還元型核酸(NADHあるいはNADPH)から最後のオキシゲナーゼへと電子を伝達する電子伝達系を形成する2個か3個の可溶性タンパク質からなる。」(第10頁下から7行?第10頁下から1行)
(ii)「O-メチル基あるいは環状メチル基を含む多くの芳香族化合物は、好気性微生物により最初にメチル基あるいはO-メチル基に水酸基が導入されることで代謝される(Dagley,1988)。その場合、脱メチル化は、しばしば、芳香族化合物の初期分解において重要な最初の段階である。」(第15頁第4?8行)
(iii)「多くのデメチラーゼが単離され、様々な程度に解析されている。4-メトキシ安息香酸-O-デメチラーゼは複合酵素系であって、鉄を有するものや酸不安定で硫黄を有するモノオキシゲナーゼからなる(Bernhardt et al,1975)。該デメチラーゼはNADH依存性のレダクターゼとモノオキシゲナーゼからなる。」(第15頁第17?21行)
(iv)「ジカンバは広く使用され、効果的な除草剤である。ジカンバはほとんどの重要な広葉雑草を制御するが、ダイズ、セイヨウアブラナ、多くの野菜など広葉作物においても非選択的である。後者の性質を克服するために、ジカンバ耐性の双子葉植物を作成する可能性が注目された。」(第30頁第12?16行)
(v)「我々の研究室で選択したジカンバ耐性植物を製造する方法は、簡単に言うと、除草剤を分解する機能を付与するために土壌微生物から取得した遺伝子を植物に導入することである。選択された微生物であるPseudomonas maltophilia(シュードモナス・マルトフィリア)DI-6株は、ジカンバをCO_(2)、Cl及び水に分解する活性を示す。分解の第一段階の産物である3,6-ジクロロサリチル酸(DCSA)(Figure1)は除草活性をもたない(Krueger,1984)。遺伝子操作のための最初の戦略はDI-6株でジカンバ分解の第一段階を触媒するO-デメチラーゼをコードする遺伝子をクローニングすることである。」(第30頁下から2行?第31頁第7行)
(vi)「Pseudomonas maltophilia DI-6株から分子遺伝学的にジカンバデメチラーゼをクローニングすることに失敗したので(Appendix)、酵素の精製という異なるアプローチを行った。その方法は、均一になるまで精製し、N末端アミノ酸配列情報を取得し、N末端アミノ酸情報をもとに縮重オリゴヌクレオチドプローブを設計し、DI-6株のゲノムライブラリーからジカンバデメチラーゼ遺伝子をスクリーニングするために合成オリゴヌクレオチドを使用するというものである。」(第33頁第4?11行)
(vii)「2.2.3.3.酵素の精製:
特に記載がなければ、全ての手順は4℃で行った。常に撹拌しながら、固体硫酸アンモニウム(酵素グレード)を90ml体積の細胞溶解物にゆっくりと添加し、40%(w/v)飽和とした。15分の撹拌後、混合物を遠心分離にかけ(15,400xgで15分間、Beckman JA-21ロータ中で)沈澱を廃棄した。さらに、上清を常に撹拌しながら、追加の固体硫酸アンモニウムを添加し70%(w/v)飽和とした。15分の撹拌の後、混合物を前記条件下で遠心分離にかけた。上清を廃棄し、沈澱を最小体積の緩衝液A(pH8.0の20mMトリス、2.5mMのMgCl_(2)、0.5mMのEDTA、5%(v/v)のグリセロール、1mMのDTT)中に再懸濁させた。再懸濁した細胞溶解物を、FPLC装置(Pharmacia)に接続されたフェニル-セファロースカラム(2.5by10cm)上に負荷した。カラムは10%(w/v)硫酸アンモニウムを含む緩衝液Aを用いて予め平衡させた。流速は1ml/分とした。カラム溶離中にA_(280)でタンパク質濃度を連続的にモニタした。基線A_(280)示数が得られるまで、カラムを120mlの10%(w/v)硫酸アンモニウムを含む緩衝液Aで洗浄した。結合タンパク質は緩衝液A中の減少勾配の(NH_(4))_(2)SO_(4)[総体積210mlの緩衝液A中10%から0%(w/v)までの(NH_(4))_(2)SO_(4)]を用いて溶離した。2mlずつ画分を収集した。各画分の混合物のジカンバデメチラーゼ活性は、暗室で手持ちのUVランプ(312nm)を用いて蛍光の高いものを同定することにより検出した。この手順により、ジカンバデメチラーゼを3つのプールに分離することができた(成分I、II、IIIとする)。各成分はジカンバデメチラーゼ活性に対し必須のものである。単一成分を分析する場合、他の2つの成分は過剰に供給した。単一型の活性を含む画分をプールした(成分Iは画分90-102、成分IIは非結合画分、成分IIIは画分23-48)。」(第41頁第1行?第42頁第8行)
(viii)「2.2.3.3.1 ジカンバデメチラーゼのオキシゲナーゼ成分の精製:
成分Iの活性フラクション(フェニルセファロースカラムから0Mの(NH_(4))_(2)SO_(4)で溶出したフラクション90-102)をプールし、35mlにした。このプールサンプルをCentriprep-10装置(Amicon)により10mlまで濃縮した。成分Iフラクションを、緩衝液Aで平衡化され80mlの緩衝液Aで洗浄されたファーストフローQ-セファロースFPLCカラム(2.5by6cm)に適用した。カラムに結合したタンパク質を緩衝液A中0から0.6Mの線形勾配KCl、100mlを用いて流速1ml/分で溶離した。画分を1.5分間隔で収集した。成分I活性を示す画分(画分29-37)をプールし、緩衝液Aに対し透析し、緩衝液Aを用いてMono Q HR5/5FPLCアニオン交換カラムに適用した。増加勾配濃度(0から0.5M)のKCl 50mlを用いて1ml/分でタンパク質を溶離した。成分I活性を示す画分(画分19から25まで)を、Centricon-10装置(Amicon)で遠心分離により0.4mlまで濃縮した。濃縮サンプルはその後、スーパーロース12FPLCカラム(Pharmacia)(1.6by50cm)上で、流速0.2ml/分、100mMのKClを含む緩衝液Aを用い、クロマトグラフィーにのせた。成分I活性を示す画分をプールし、遠心分離により濃縮し、電気泳動できるようにした。
部分的に精製した成分Iを脱塩し、Centricon-10装置において1%(w/v)グリシンで平衡化した。サンプルをその後6%(w/v)IEF(pH4-6)ゲル(以下の2.2.3.7.3欄参照)にのせた。電気泳動の後、ゲルを25mMの冷リン酸緩衝液(pH7.0)で数分間洗浄し、ゲルレーンの各薄片を小片(6mm×4mm)に切断した。タンパク質を切断ゲル画分から、ピペット先端を用いてすりつぶすことにより、溶離した。各セグメントからのタンパク質を過剰の成分IIと成分IIIと混合し、ジカンバデメチラーゼ活性の分析を行った。成分I活性を示したゲルセグメント(これもまた赤茶色であった)を12.5%(w/v)のSDS-PAGE(以下の2.2.3.7.1欄参照)上に負荷し、サンプル純度を確認した。」(第42頁第9行?第43頁第19行)
(ix)「純化した細胞溶解物のジカンバデメチラーゼ活性を、測定に用いる溶解物の分量に対してプロットしたところ、非直線的な反応を示した(Figure2.2)。このような細胞溶解物濃度と酵素活性とが非直線的な関係を示すのはベンゼンジオキシゲナーゼ(AxcellとGeary,1975)、トルエンジオキシゲナーゼ(Yeh他,1977)、ナフタレンジオキシゲナーゼ(Ensley他,1982)、メタンモノオキシゲナーゼ(ColbyとDalton,1978)、アルケンモノオキシゲナーゼ(Hartmans他,1991)など複合成分からなる酵素の典型である。よって、上記の結果はジカンバデメチラーゼが複合成分からなる酵素であることを示唆している。そして、この結論はDI-6株から種々のカラムにより分離されたタンパク質が単独では殆ど、あるいは全くデメチラーゼ活性を有さないのに対し、2つあるいはそれ以上の画分を混合すると活性をもつようになるとの知見により、強固なものとなった(データ未発表)。フェニルセファロースクロマトグラフィでジカンバデメチラーゼは3つのタンパク質成分に分離された(I、II及びIII)(Figure2.3)。これらの成分は単独ではジカンバデメチラーゼ活性を示さなかった。3成分を混合した時にのみ容易にデメチラーゼ活性が検出できた(Table2.1)。」(第57頁第3?21行)
(x)「IEFゲル電気泳動後にオキシゲナーゼ活性を示したタンパク質のバンドは切り取られ、分子量を決定するため、及び、純度を見るためにSDS-PAGEにかけられた。クマシーブルー染色の写真が図2.4に示されている。変性タンパク質の分子量は約40,000ダルトンであった。」(第80頁第8?12行)
(xi)「IEF-及びSDS-PAGEで精製したオキシゲナーゼ成分のN末端から28個のアミノ酸の配列をエドマン分解で決定した。2つの異なる配列決定反応からの結果は同じであった。図2.10はオキシゲナーゼ成分のN末端配列を示す。種々のデータバンクにおいて配列を比較したところ、他のモノあるいはジオキシゲナーゼと殆どあるいは全くホモロジーを示さなかった。」(第86頁第18?21行、第93頁第1?3行)
「図2.10.精製されたジカンバデメチラーゼのオキシゲナーゼ成分のN末端アミノ酸配列
10 20
NH2: TFVRNAXYVAALPEELSEKPLGRTILDD 」
(第91?92頁)
(xii)「ジカンバデメチラーゼの成分Iは赤茶色で紫外可視スペクトルは他のオキシゲナーゼのスペクトルと似ていた(Fig.2.8)。」(第116頁第6?7行)
「ジカンバデメチラーゼのオキシゲナーゼ成分のEPR分析の結果、該オキシゲナーゼは他のオキシゲナーゼでも典型的なRieske型[2Fe-2S]クラスター中心をもつことが示された(Locher他,1991)。」(第116頁下から第1行?第117頁第2行)
(xiii)「ジカンバデメチラーゼのオキシゲナーゼ成分の28個のN末端アミノ酸の比較は他のオキシゲナーゼのN末アミノ酸配列とホモロジーを示さなかった。しかし、この学位論文に示された仕事の続きの実験において、ジカンバデメチラーゼのオキシゲナーゼ成分のN末端アミノ酸配列をもとに縮重オリゴヌクレオチドが設計され、バニリン酸デメチラーゼの成分であるオキシゲナーゼと高い相同性を有するアミノ酸配列の遺伝子をクローニングするのに用いられた(Herman,Wang及びWeeks、未発表データ)。」(第117頁第3?11行)

同じく、原査定の拒絶の理由に刊行物2として引用された本願優先日前の1994年に頒布された刊行物であるJournal of Cellular Biochemistry, Supplement, No.18 Part A, p.91,X1-127 (以下、「引用例2」という。)には、以下の記載がある。

(xiv)「多くの農作物や野菜が種々の除草剤に対して耐性を有するように遺伝子改変されている。そのような植物を作成する一つの方法は、微生物のシステム由来の特定の除草剤を分解する能力を有する酵素をコードした遺伝子を目的の作物に組み込む方法である。我々は広く使用され安価で環境にやさしい除草剤であるジカンバに対して耐性である植物を製造するためにそのような方法が可能であるか探索している。ジカンバをCO_(2)と水に分解するPseudomonas maltophilia(シュードモナス・マルトフィリア)DI-6株から微生物の系が導かれた。」(第1?11行)
(xv)「ジカンバを3,6-DCSAに変換する機能をもつジカンバデメチラーゼ遺伝子を同定しクローニングする最初のアプローチとして、土壌の炭素源としてのジカンバ存在下で成長する活性を失っているが3,6-DCSAにおいては成長する機能を維持しているDI-6の変異体を製造した。」(第17?22行)

3.対比・判断
本願発明1は、その選択肢として、「ジカンバ分解オキシゲナーゼ」が「(a)配列番号4のアミノ酸配列を有するジカンバ-分解オキシゲナーゼ」である場合を包含するものであり、以下、この選択肢(以下、「本願発明1’」という。)と引用例1に記載された事項を比較する。

(1)引用例の記載
引用例1において、ジカンバ分解活性を有するPseudomonas maltophilia(シュードモナス・マルトフィリア)DI-6株において、ジカンバ分解の第一段階の反応である3,6-ジクロロサリチル酸(DCSA)の生成を触媒するデメチラーゼをコードする遺伝子をクローニングするにあたり、上記菌株の細胞溶解物から、フェニル-セファロースカラムを用いて成分I、II、IIIを分離したこと、もっとも強力にカラムに結合した成分Iから精製された、SDS-PAGE上で40,000ダルトンの分子量を有するタンパク質が、オキシゲナーゼに典型的な[2Fe-2S]クラスター中心を有したこと、デメチラーゼの一成分を形成するオキシゲナーゼのN末端から28個のアミノ酸配列を決定したことが記載されている(v、vii、viii、x、xi、xii)。ここで、DI-6株は、本願明細書において本願発明1’のDNA分子のクローニングに用いたものと同一の株であり、引用例1に記載された該オキシゲナーゼの分子量及び生理学的な性質は本願発明1’に係るジカンバ分解オキシゲナーゼと一致しており、N末端アミノ酸配列についても、引用例1に記載された28アミノ酸のうち7番目の未解読のアミノ酸残基以外は本願発明1’に係るオキシゲナーゼと一致している。

(2)対比
上記(1)に記載のように、その由来、生理学的性質、N末端アミノ酸配列に相違がないから、引用例1に記載のオキシゲナーゼと本願発明1’のオキシゲナーゼは同一のタンパク質であると推認され、両者は、「鉄-硫黄クラスターを有し、かつジカンバの酸化を触媒して、3,6-ジクロロサリチル酸(DCSA)を生成する」ジカンバ-分解オキシゲナーゼに関する発明である点で一致し、
本願発明1’はジカンバ-分解オキシゲナーゼが配列番号4のアミノ酸配列で特定され、該ジカンバ-分解オキシゲナーゼの遺伝暗号を指定するDNA配列を含む単離DNA分子であるのに対し、引用例1にはジカンバ-分解オキシゲナーゼについてN末端から1?6、8?28番目のアミノ酸配列以外のアミノ酸配列が記載されていない点、及び、上記の遺伝暗号を指定するDNA配列を含む単離DNA分子が記載されていない点で相違する。

(3)当審の判断
上記相違点について、本願発明1’においては、単離DNA分子は配列番号4のアミノ酸配列をもとに特定されており、該アミノ酸配列は、ジカンバO-デメチラーゼの成分IのN末端のアミノ酸配列から得られた情報により縮重オリゴヌクレオチドプローブを設計し、該プローブを用いて成分I遺伝子を検出しクローン化した、該クローンのヌクレオチド配列から導かれたものである(明細書第45頁下から第1行?第46頁第8行)ので、ジカンバ分解オキシゲナーゼの遺伝暗号を指定する遺伝子をクローニングすることが容易であったかどうかについて検討する。

引用例1及び2には、ジカンバを分解する酵素をコードする遺伝子をクローニングするという課題が開示されている(v、xv)。また、引用例1には芳香族化合物の微生物による分解はオキシゲナーゼによる水酸基の導入で始まること(i)、O-メチル基への水酸基の導入において脱メチル化が最初の重要な段階であること(ii)、脱メチル化に寄与するデメチラーゼはオキシゲナーゼなどの酵素を含む複合体であること(iii)、ジカンバ分解活性を有するPseudomonas maltophilia(シュードモナス・マルトフィリア)DI-6株におけるジカンバ分解の第一段階の反応である3,6-ジクロロサリチル酸(DCSA)の生成を触媒するO-デメチラーゼが複合体であり(ix)、その一成分である成分Iとして精製されたオキシゲナーゼのN末端アミノ酸配列28個(7番目は未解読)の配列をもとに縮重オリゴヌクレオチドを設計しクローニングを行ったことが開示されている(vi、xi、xiii)。
本願優先日前、一般にタンパク質が分離され、そのN末端近傍のアミノ酸配列が明らかになっていれば、そのアミノ酸配列をもとにプローブあるいはプライマーを作成しタンパク質をコードする核酸をクローニングできることは、当該技術分野に属する当業者にとって自明であったといえ、その手法も周知技術であった。
したがって、引用例1及び2に記載された、ジカンバを分解する酵素をコードする遺伝子をクローニングするという課題を解決するために、引用例1にも記載されたように、引用例1の図2.10に記載されたアミノ酸配列のうち解読された部分の配列情報をもとに縮重プローブを作成しオキシゲナーゼをコードする遺伝子をクローニングすることは当業者が容易に想到し得たものと認められる。
また、クローニングに用いた縮重オリゴヌクレオチドの配列は具体的に記載されておらず、取得した遺伝子の配列も開示されていないものの、引用例1において「ジカンバデメチラーゼのオキシゲナーゼ成分のN末端アミノ酸配列をもとに縮重オリゴヌクレオチドが設計され、バニリン酸デメチラーゼの成分であるオキシゲナーゼと高い相同性を有するアミノ酸配列の遺伝子をクローニングするのに用いられた」との記載があることから(xiii)、引用例1においてもN末端アミノ酸配列をもとに縮重オリゴヌクレオチドを作成してクローニングする手法で全長遺伝子をクローニングに成功したことが伺え、その取得にあたり格別の困難性は認められない。

そして、本願明細書において、取得されたオキシゲナーゼの遺伝子を宿主細胞に組み込んでタンパク質を発現させ活性を確かめたわけでもなく、その効果が引用例1に記載されたオキシゲナーゼと異質のものであったとも、当業者が予想できない顕著なものであったとも認められない。

4.請求人の主張について

請求人は平成21年6月26日付の審判請求書の手続補正書において、DNA分子の取得困難性について以下(a)?(g)の通り主張している。

(a)引用例1のN末端の28個のアミノ酸配列は、オキシゲナーゼの全長タンパク質の10%に満たず、完全長のコード配列を得るのに実際使用可能かつ必要なプローブセットを示しているとはいえない。
(b)引用例1においてオキシゲナーゼ成分の配列は未発表であって、プライマー設計・クローニング方法の詳細な詳細もなければ、具体的に同定された遺伝子が如何なるものかも何ら記載されておらず、本願発明のように配列番号4に相同性の高いアミノ酸配列をコードするDNA配列が同定されたことを裏付ける記載は引用例1にはない。また、引用例1ではバニリン酸デメチラーゼのオキシゲナーゼ成分と高い相同性を有するアミノ酸配列をコードした遺伝子をクローニングしたと記載されているが(117頁6-10行)、後日、本願でクローンのヌクレオチド配列から導き出したアミノ酸配列と、最も相同性の高い既知のシュードモナスATCC株19151由来のバニリン酸デメチラーゼとの相同性が、33.8%にすぎないことが判明したのであって(実施例2の最後の文)、当業者にはこれら2つのアミノ酸配列の相同性が高くないことは明らかであり、このことからも引用文献1でクローニングされたとされているアミノ酸配列は、本願発明の単離DNA分子と対応していないと考えられる。
(c)発明者らは、シュードモナス・マルトフィリアDI-6株のゲノムDNAからクローニングされたDNAのライブラリから、推定されるクローニングオキシゲナーゼ遺伝子を最終的には単離することができたが、最初、正しい遺伝子を得たかどうか分からず、オキシゲナーゼ活性を調べる前に、まず効果的な発現方法、および大腸菌内への酵素の挿入方法を開発する必要があった。よって、高度に精製されたレダクターゼを有するオキシゲナーゼと、フェレドキシンとを組み合わせるための効果的なインビトロ系を開発する必要があり、これには長時間を要したとともに更なる創意工夫が必要だった。
(d)明細書の実施例3において、同じO-デメチラーゼの推定フェレドキシン成分のN末端アミノ酸配列も得られており、この情報および縮重オリゴヌクレオチドを用いて遺伝子がクローニングしたものの、現在、本願に記載のクローニングされたフェレドキシンが、ジカンバの分解を触媒するO-デメチラーゼと関係がある正しいフェレドキシンではなかったことから、N末端アミノ酸配列を得ることが、当業者が容易かつ予測どおりに、特定の工程に必要な正しい遺伝子を得ることができることを意味していないことの証明となる。
(e)プライマーの設計後、本願では発明者らは「コロニーハイブリダイゼーション」を用いてシュードモナス・マルトフィリアDI-6のジカンバO-デメチラーゼのオキシゲナーゼのDNA配列決定を行ったが、「コロニーハイブリダイゼーション」による遺伝子単離用縮重オリゴヌクレオチドを用いた多くは失敗しているというのが技術常識であり、コロニーハイブリダイゼーションによる遺伝子単離用縮重オリゴヌクレオチドを用いた実験が失敗する理由は多数ある。
(f)コスミドベクター及びプラスミドを用いてゲノムライブラリを用いてコロニーを調製し、64重の縮重プローブセットでこれをスクリーニングしたところ、プラスミドライブラリのみプローブに強くハイブリダイズするウェルが2つあったが、これら2つのクローンは偽陽性であった。この後、シュードモナス属の細菌におけるコドンの使用頻度を考慮して、つまりシュードモナスゲノムは比較的高いGC含量(約60%)を有することを利用して、オリゴヌクレオチドプローブの縮重を低減させ、バリンのコドンの第3番目をG又はCにして32個の異なるDNA配列から構成された17オリゴヌクレオチドを用いたところクローニングに成功したのであって、プローブ設計時には発明者の非常な技術的創意工夫が必要であり、成功の合理的な見込みが低いにもかかわらず正しいDI6オキシゲナーゼ遺伝子に最終的にたどり着けたのは、そのような発明者の工夫に基づく繰り返しの試行錯誤の結果であって、誰も成し得なかった業であり、発明者自身が驚くほどの予期しなかった成果である。
(g)引用文献2は、ジカンバ分解の最初の工程が3,6-ジクロロサリチル酸であることを確認した英抄にすぎず、デメチラーゼの回収の試みによるジカンバを分解するシュードモナス・マルトフィリアDI-6の変異株のキャラクタリゼーションの提案を極めて概略的に記載しているにすぎない。引用文献2にはいかなる遺伝子もタンパク質も生成、単離、クローニング、および配列決定されていない。さらに、引用文献2ではどの遺伝子がジカンバ分解プロセスに関与するかは不明であり、発明者に実際に使用された遺伝子の単離方法等も記載されていないから、上記詳細について何ら不明の引用文献2を引用文献1と組み合わせても、本願の進歩性に影響を及ぼすものではない。

以下、請求人の主張について検討する。

(a)及び(b)の主張について
引用例1には、クローニングに用いたプローブの具体的配列や実験の条件は記載されていないが、本願優先日前にN末端のアミノ酸配列の情報のみをもとにプローブを作成し、全長DNAのクローニングに成功した例は文献を挙げるまでもなく多数知られている。また、本願発明1’のDNA分子がその構造上の特徴のために特にクローニングが困難であったなど特段の事情があったものとも認められない。
また、引用例1において、オキシゲナーゼ成分の全配列は未発表ではあるものの、「ジカンバデメチラーゼのオキシゲナーゼ成分のN末端アミノ酸配列をもとに縮重オリゴヌクレオチドが設計され、バニリン酸デメチラーゼの成分であるオキシゲナーゼと高い相同性を有するアミノ酸の遺伝子をクローニングするのに用いられた」との記載から、バニリン酸デメチラーゼの成分であるオキシゲナーゼと高い相同性を有する配列を得られたことが示唆されており、引用例1において得られたN末端配列においては他のモノあるいはジオキシゲナーゼと殆どあるいは全くホモロジーを示さなかったとの記載とあわせて考えると、N末端のみならず、それより長い配列を取得できていたものと推測できる。そして、請求人は33.8%の相同性は高いとはいえないから、引用例1において取得された遺伝子は本願発明1’の単離DNA分子と対応していないと主張しているが、本願明細書には、取得された「クローンのヌクレオチド配列から導かれるアミノ酸配列を、データベース中のタンパク質配列のアミノ酸配列と比較すると、他のオキシゲナーゼに対する強い相同性が見られた(実施例2参照)」(明細書第46頁第6?8行)と記載され、強い相同性を有するものとしてバニリン酸デメチラーゼとの相同性33.8%が記載されていることから(実施例2)、本願明細書においても33.8%は高い相同性であると認識しているので、上記主張は採用できない。さらに、現在に至るまで、引用例1に記載されたN末端アミノ酸配列を有する酵素は本酵素以外クローニングされていないことからみても、引用例1において取得された遺伝子が本願発明1’の単離DNA分子と対応していることが裏付けられる。

(c)及び(e)の主張について
本願明細書の記載をみても、このDNAを発現しその活性を確認したことは記載されておらず、本願発明1’のDNAをクローニングする際には効果的な発現方法および大腸菌への酵素の挿入方法を開発することが必要であるとは認められない。
また、タンパク質の発現方法や大腸菌内への遺伝子の挿入方法を検討する際にある程度の試行錯誤を行うことは当業者が通常行う範囲のことである。さらに、コロニーハイブリダイゼーションにおける困難性の主張については、その具体的根拠を示していない。
そして、本願明細書においても、上記手法を実施するにあたり、具体的にどのような特段の工夫を行ったかは記載されていないし、本願発明1’のDNA分子を取得し発現させる際に、該配列に起因する特有の困難性があったとも見受けられない。

(d)の主張について
正しい配列でなかったのはオキシゲナーゼでなくフェレドキシンであるから、本願発明1’とは関連がない。また、(a)及び(b)の主張に対する欄で述べたように、N末端アミノ酸配列をもとにプローブを作成し目的の遺伝子を取得できた例は文献を挙げるまでもなく多数存在する。

(f)の主張について
コスミドベクターもプラスミドベクターもゲノムライブラリーの作成にはよく用いられるベクターである。また、目的の遺伝子をスクリーニングする際に用いられる合成オリゴヌクレオチドのプローブの作成において、アミノ酸配列から推定されるすべての塩基配列の組み合わせに対応した縮重オリゴヌクレオチドの混合物を合成すること、縮重プローブや縮重プライマーを作成する際に対象としている生物種で利用頻度の高いコドンを組み合わせることで縮重度を減らすことも通常行われることである(例えば特開平8-291196号公報第11頁左欄第24?34行、特開平8-277296号公報第11頁右欄第32?42行、特表平6-509706号公報第10頁左下欄第2?8行など)。よって、引用例1に記載されたN末端アミノ酸配列のうち、未解読の残基以外のアミノ酸配列をもとに、対象としているシュードモナス属において利用頻度の高いコドンを用いて縮重度を下げたプローブ混合物を製造することは当業者が容易に想到し得たものと認める。
また、引用例1に開示された配列をもとに上記のように対象生物種に適応したコドンを用いて縮重プローブを作成するにあたり、例えばアミノ酸8番目から13番目までのアミノ酸をもとに17オリゴヌクレオチドの縮重プローブを作成するとして、ValとAlaのコドンの最後をG及びCにすると2×2×2×2×(2×4)の128種類、さらにLeuの最初をC、最後をG及びCにすると2×2×2×2×(1×2)の32種類にまで縮重プローブを減らせること、17オリゴヌクレオチドで64種のプローブを用いた場合、(J.Biol.Chem.,1983,Vol.258,No.21,p.12753-12756)、20オリゴヌクレオチドで192種のプローブを用いた場合(Biochem.Biophys.Res.Commun.,1992,Vol.185,No.3,p.812-817)、23オリゴヌクレオチドで256種のプローブを用いた場合(Nature,1984,Vol.310,p.775-777)にもクローニングに成功している例があることを考えると、引用例1の記載及び技術常識に基づいて目的のDNA分子をクローニングできたものと認める。また、(b)についての欄でも述べたように、引用例1においても実際にクローニングできたことが伺え、本願においても縮重プローブの作成以外には特別な工夫を行ったものとも困難性があったものとも認められない。

(g)の主張について
引用例2には、クローニングの具体的方法は記載されていないが、ジカンバに対して耐性である植物を製造するという課題が記載されているから、該課題を解決するために引用例1に記載された情報をもとに酵素の遺伝子のクローニングを行うことは当業者が容易に想到し得たものと認める。
また、そもそも、引用例1にも上記課題は記載されているので、引用例2の記載に関わらず当業者が容易に想到し得たものと認める。

以上の通りであるから、請求人の(a)?(g)の主張はいずれも採用することができない。

5.結論

したがって、本願発明1’は、当業者が引用例1、あるいは、引用例1及び2の記載、ならびに周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものである。

6.むすび

以上のとおりであるから、本願発明1’をその選択肢として含む本願請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
 
審理終結日 2011-04-27 
結審通知日 2011-05-10 
審決日 2011-05-24 
出願番号 特願平10-542915
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 福間 信子田村 明照  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 六笠 紀子
鈴木 恵理子
発明の名称 遺伝子導入ジカンバ-分解生物体を製造及び使用するための方法及び材料  
代理人 池上 美穂  
代理人 本田 淳  
代理人 恩田 博宣  
代理人 恩田 誠  

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