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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07C
管理番号 1245789
審判番号 不服2008-9270  
総通号数 144 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-12-22 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-04-14 
確定日 2011-10-26 
事件の表示 特願2004-520615「シトロネラールからシトロネロールを生成させるための連続的水素化方法」拒絶査定不服審判事件〔平成16年1月22日国際公開、WO2004/007411、平成17年12月15日国内公表、特表2005-538078〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、2003年7月14日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2002年7月15日(以下「優先日」という。)(DE)ドイツ)を国際出願日とする出願であって、平成16年6月29日に特許協力条約第34条(2)(b)の規定に基づく補正がされ(平成17年2月28日にその翻訳文提出)、平成19年8月29日付けで拒絶理由が通知され、同年12月4日に意見書及び誤訳訂正書が提出されたが、平成20年1月8日付けで拒絶査定がされ、これに対し、同年4月14日に審判が請求され、請求書の手続補正書(方式)が同年6月13日に提出されたものである。

第2 本願発明
この出願の請求項1ないし8に係る発明は、平成17年2月28日付け特許協力条約第34条補正の翻訳文及び平成19年12月4日付けの誤訳訂正によって補正及び訂正された明細書の記載からみて、上記誤訳訂正によって補正及び訂正された特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、次のとおりのものである。

「シトロネラールを選択的水素化してシトロネロールとする方法であって、該シトロネラールが溶解されており、且つ、炭素-炭素二重結合よりも炭素-酸素二重結合の水素化を優先的に行うことのできる触媒の粒子が懸濁されている液相を、水素を含有するガスの存在下で、該触媒粒子の移動を妨げる器具に通して導通させる方法であり、該液相は更にアンモニア、第1級アミン、第2級アミン、および/または第3級アミン、ならびに不活性希釈剤を含み、該液相中のシトロネラールの濃度は重量比で50から90%である前記方法。」

第3 原査定の拒絶の理由
原査定は、「この出願については、平成19年8月29日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって、拒絶すべきものです。」というものであり、その「理由」の概要は、この出願の請求項1ないし8に係る発明は、その出願前(優先日前)に日本国内又は外国において頒布された以下の刊行物に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。
なお、この拒絶理由通知に応答して明細書の補正はされていないから、上記「請求項1…に係る発明」は、本願発明1と同じである。

<刊行物>
1 特開昭58-27642号公報
2 特開平10-5575号公報
3 特表2000-509645号公報
(上記の刊行物をそれぞれ「刊行物1」、「刊行物2」、「刊行物3」という。)

第4 当審の判断
当審は、本願発明1は、原査定の理由のとおり、上記刊行物1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである、と判断する。以下、詳述する。

1 刊行物の記載事項
この出願の優先日前に頒布された刊行物であることが明らかな、刊行物1及び刊行物2には、以下の事項が記載されている。
(1)刊行物1(特開昭58-27642号公報)
(a1)「本発明は、液相中で貴金属触媒及び三級アミンの存在下に対応するカルボニル化合物を選択的に水素化してオレフイン性不飽和アルコールを製造するための、鉄を添加したルテニウム/炭素担体-触媒に関する。」(1頁左下欄下から4行?右下欄1行)

(a2)「西ドイツ特許出願公開2934251号明細書によれば、対応するα,β-不飽和カルボニル化合物を液相中で、貴金属触媒例えばルテニウム触媒…の存在下に選択的水素化を行うことにより、オレフイン性不飽和アルコール…を製造する方法が知られている。」(1頁右下欄2?10行)

(a3)「しかしこの方法は、特に費用の点で満足できる市販のルテニウム触媒を使用する場合に、なお下記の欠点を有する。
1.ルテニウム触媒の選択性は満足できるものでなく、特にゲラニオールの合成においてそうである。
2.水素化はアルデヒド1モルにつき水素1モルの吸収後に、アルコールの段階で選択的に停止することがない。…
3.高圧の範囲で空時収量がなお不満足である。」(2頁右上欄1?16行)

(a4)「触媒は空気の存在下で発火性でありうるから、50%の水を含む粉末として取り扱うことが有利である。この粉末はなお良好な流動性を有する」(4頁右上欄2?5行)

(a5)「 本発明の触媒の特殊な用途は、次式

R^(2) R^(3) R^(4)
| | |
R^(1) - C = C - C = O IIa

のα,β-不飽和カルボニル化合物を…選択的に水素化することにより、
一般式

R^(2) R^(3) R^(4)
| | |
R^(1) - C = C - C - OH Ia

(R^(1)は水素原子又は有機基、R^(2)、R^(3)及びR^(4)は水素原子又はC_(1)?C_(4)-アルキル基を意味する)で表わされる不飽和アルコールを製造することにある。
この方法は、シトラールIIbからゲラニオール又はネロール(E-Ib又はZ-Ib)への既知の工業上問題のある水素化のために、特に重要である。なぜならばこの場合は、競合反応として多水素化及び異性化が起こるからである。
本方法は、そのオレフイン性二重結合がカルボニル基との共役により特に容易に水素化されるIIa以外の化合物にも、同様に良好に利用される。」(4頁右上欄9行?左下欄13行)

(a6)「カルボニル化合物IIaの本発明触媒による水素化は、三級アミンの存在下に行われる。…アミンの量は好ましくは出発物質IIの25?40重量%である。」(4頁右下欄14行?5頁右上欄1行)

(a7)「反応は溶剤の存在下に実施することが好ましい。溶剤の量は一般にIIに対し10?300重量%好ましくは25?150重量%である。溶剤としては、それに化合物I及びIIならびに併用する三級アミンが可溶である限り、すべての不活性液体が適する。」(5頁右上欄2?7行)

(a8)「本発明の触媒によると、対応するα,β-不飽和カルボニル化合物の選択的水素化による不飽和アルコールの製造が、本質的に改善される。すなわち既知の操作法に比して著しく向上した空時収量が得られる。そのほか生成物の選択率が改善され、長期の操業においても最初の高い水準が保たれる。これは特に香料及び芳香物質例えばシトロネラールの場合に重要である。なぜならば経済的に許容される費用で行われる生成物の精製段階において、希望する生成物の収率が著しく低下するからである。」(5頁左下欄1?11行)

(a9)「実施例7?9 シトロネラールの部分水素化:
純シトロネラール各40gを種々の条件下で水素化し、その際いずれの場合にも、活性炭を担体とし、乾燥物中にルテニウム5重量%及び第2表に示す量の鉄を含有する担体触媒を使用する。実施例7?9のための触媒は、それぞれ実施例1Bと同様にして製造されたものである。例7(V)のための触媒は市販のRu/C-触媒である。反応条件及び操作結果をまとめて第2表に示す。

」(7頁左下欄?6頁上段)

(2)刊行物2(特開平10-5575号公報)
(b1)「【特許請求の範囲】
【請求項1】少なくとも1種の触媒が懸濁されている液相を有し、かつ付加的に、気相を有してよい反応器中で、触媒反応を実施する方法において、液相及び、場合により気相を少なくとも部分的に、その水力直径が、0.5?20mmであるオリフィス又はチャネルを有する、反応器内の装置を通して供給することを特徴とする、少なくとも1種の触媒が懸濁されている液相を有し、かつ付加的に、気相を有してよい反応器中で、触媒反応を実施する方法。」

(b2)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、触媒が、液相中に懸濁される触媒反応を実施するための方法及び反応器に関する。既にこの相は、液体反応成分又は懸濁された固体反応成分を含有してよい。更に、それから反応成分が、液相中に溶解する気相が、存在することも多い。このタイプの典型的な反応は、酸化及び水素化である。」

(b3)「【0002】
【従来の技術】殊に、気泡塔及び撹拌コンテナが、このような反応を実施するために好適である。懸濁反応のための技術は、Ullmanns Encyclopaedie der technischen Chemie, 第4版、1973、第3巻、494?518頁中に詳述されている。このような反応の基本的な問題は、反応成分と、液相中に懸濁されている触媒粒子との充分な接触を確実にすることである。
【0003】懸濁反応器は、例えば、撹拌機、噴射又は上昇気泡によりもたらされる機械的エネルギーの供給を、固体粒子を懸濁させるために必要とする。しかし、懸濁のために必要な規模を越える機械的エネルギー供給の増加は、液体及び懸濁された固体粒子の間の物質移動に、著しい改善をもたらさない。それというのも、達成可能な相対速度は、沈殿速度をほんの僅かな程度でしか上回らないためである。」

(b4)「【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、高い空時収率を有する、前記のタイプの触媒懸濁反応を実施するための方法及び反応器を提供することである。」

(b5)「【0007】新規の本方法では、触媒粒子は、狭いオリフィス及びチャネル内で周囲の液体に対して減速されるので、液相に対してより大きい運動を示す。この減速は、チャネル壁との衝突により、又は粗い壁面での粒子の短時間の停滞により生じうる。新規の本方法では、平均粒度0.0001?2mm、…を有する懸濁触媒粒子を、使用することができる。1単位容量当たり、広い表面積を有するこれらの粒子は、狭いバッフルの通過により、運動を、液体に対して示しうるので、良好な結果をもたらす。その結果、かなりより高い空時収率を達成することができる。実験は、触媒粒子の僅かな相対運動でも、又は触媒粒子の僅かな割合の減速でも、反応が促進されることを示した。」

(b6)「【0024】
【実施例】記載の本発明の利点を、下記で、ヒドロデヒドロリナロールを水素化して、ヒドロリナロール及び更に、テトラヒドロリナロールにする例で示す。三重結合を水素化して、先ず二重結合に、かつ最終的に単結合にする。
【0025】反応を、一方では、三枚羽根ガス撹拌機(容量1l、撹拌機直径54mm、1000rpm)及びフロースポイラーを有する慣用の撹拌コンテナ中で実施した。
【0026】他方で、網充填物を備えられている気泡塔(高さ400mm、直径40mm)を、本発明により、水素化のために使用した。」

(b7)「【0028】例1
触媒0.15重量%を有する充填された気泡塔。三重結合の水素化は、1.75時間後に終了し、かつ二重結合の水素化は、4時間後に終了した。
【0029】例2
触媒0.31重量%を有する充填された気泡塔。水素化時間は、殆ど、例1での水素化時間と同様であった。」

(b8)「【0030】比較例1
触媒0.15重量%を有する撹拌コンテナ。三重結合の水素化は、5時間後に終了し、かつ二重結合の水素化は、11時間後に終了した。
【0031】比較例2
触媒0.31重量%を有する撹拌コンテナ。相応する水素化時間は、3.5及び7時間であった。
【0032】比較例3
触媒0.77重量%を有する撹拌コンテナ。水素化時間は、3及び5.5時間に減った。」

(b9)「【0033】比較例は、慣用の反応器では、空時収率は、導入された触媒量と共に増加することを示している。これは、変換率は、物質移動により調節されることを意味している。他方で、新規の方法を使用する場合には、添加触媒量を増やしても、反応時間は、変化しないままである。このことは、変換率は、もはや物質移動により調節されないことを示している。最大可能な変換率は、新規の実験では、気相から液体への物質移動によって決定される。これは既に、比較的低い触媒濃度で、達成される。」

2 刊行物に記載された発明
刊行物1には、「三級アミンの存在下に対応するカルボニル化合物を選択的に水素化してオレフイン性不飽和アルコールを製造するための、鉄を添加したルテニウム/炭素担体-触媒」(摘示(a1))が記載され、その用途として、「α,β-不飽和カルボニル化合物を、選択的に水素化することにより、不飽和アルコールを製造すること」(摘示(a5))、また、「オレフイン性二重結合がカルボニル基との共役により特に容易に水素化されるIIa以外の化合物にも、同様に良好に利用される」(同)ことが記載されている。そして、IIa、すなわちα,β-不飽和カルボニル化合物、以外の化合物として、シトロネラールが挙げられている(摘示(a8))。また、この触媒を用いた反応は、三級アミン(摘示(a6))、不活性液体である溶剤(摘示(a7))の存在下に行うことが記載されている。また、触媒は、「粉末」(摘示(a4))状態のものであると認められる。

以上によれば、刊行物1には、
「シトロネラールを、三級アミン及び不活性溶剤の存在下、鉄を添加したルテニウム/炭素担体-触媒粉末を用いて水素化し、シトロネロールとする方法」
の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているということができる。

3 本願発明1と引用発明との対比
引用発明は、炭素-炭素二重結合と炭素-酸素二重結合を有するシトロネラールにおける炭素-酸素二重結合を選択的に水素化してシトロネロールとする方法であるから、使用される「鉄を添加したルテニウム/炭素担体-触媒」は、本願発明1の「炭素-炭素二重結合よりも炭素-酸素二重結合の水素化を優先的に行うことのできる触媒」に相当する。
また、引用発明において、シトロネラールは不活性溶剤に溶解され液相の状態にあり、更に三級アミンも液相中に存在するといえる。

以上の点を踏まえて本願発明1と引用発明とを対比すると、本願発明1と引用発明とは、
「シトロネラールを選択的水素化してシトロネロールとする方法であって、シトロネラールが溶解されており、且つ、炭素-炭素二重結合よりも炭素-酸素二重結合の水素化を優先的に行うことのできる触媒の粒子存在下に液相を、水素を含有するガスにより水素化し、液相は更に第3級アミン、ならびに不活性希釈剤を含む方法。」
である点において一致し、以下の(ア)、(イ)の相違点において相違するといえる。

(ア)触媒の粒子存在下の液相の水素化が、本願発明1では、「触媒の粒子が懸濁されている液相を、水素を含有するガスの存在下で、該触媒粒子の移動を妨げる器具に通して導通させ」て行うのに対し、引用発明では、どのように行うか明らかではない点
(イ)液相中のシトロネラールの濃度が、本願発明1では、「重量比で50から90%」であるのに対し、引用発明では、特定されない点

4 相違点についての検討
(1)相違点(ア)について
ア 刊行物2は、「少なくとも1種の触媒が懸濁されている液相を有し、かつ付加的に気相を有する反応器中で、触媒反応を実施する」方法(摘示(b1))について記載するものであり、水素化反応は「このタイプの典型的な反応である」(摘示(b2))ことが記載されている。
そして、その【従来の技術】の欄(摘示(b3))に記載される、触媒懸濁反応の「基本的な問題は、反応成分と液相中に懸濁されている触媒粒子との充分な接触を確実にすることがある」(同【0002】)こと、「懸濁反応器は、機械的エネルギーの供給を、固体粒子を懸濁するために必要とするが、懸濁するために必要な規模を越える機械的エネルギーの供給の増加は、液体及び懸濁された固体粒子の間の物質移動に、著しい改善をもたらさない」(同【0003】)との認識のもとに、「新規な本方法」、すなわち、「液相及び、場合により気相を少なくとも部分的に、その水力直径が、0.5?20mmであるオリフィス又はチャネルを有する、反応器内の装置を通して供給する」(摘示(b1))方法が開発されたこと、この「新規な本方法」においては「触媒粒子は、狭いオリフィス及びチャネル内で周囲の液体に対して減速されるので、液相に対してより大きい運動を示し」(摘示(b5))、「その結果、かなりより高い空時収率を達成することができる」(同)こと、が記載されていると認められる。
さらに、その「新規な本方法」を適用した反応例として、炭素-炭素三重結合を有するヒドロデヒドロリナロールの懸濁水素化反応について記載されている。その反応例においては、慣用の撹拌コンテナ中で実施したときに比し、水素化に要する時間が、触媒0.15重量%のとき、半分以下に短縮でき(摘示(b6)?(b8))、「新規の方法を使用する場合…最大可能な変換率は、新規の実験では、気相から液体への物質移動によって決定される。これは既に、比較的低い触媒濃度で、達成される」(摘示(b9))ことが記載されていると認められる。
すなわち、「少なくとも1種の触媒が懸濁されている液相を有し、かつ付加的に気相を有する反応器中で、触媒反応を実施する」、触媒懸濁水素化反応において、その「新規な本方法」である「オリフィス又はチャネルを有する反応器内の装置」を用いる方法を採用することにより、水素化に要する時間が短縮でき高い空時収率を達成することができることが刊行物2に示されているといえる。
ここで、特定の「オリフィス又はチャネルを有する反応器内の装置」とは、それにより触媒粒子が、「狭いオリフィス及びチャネル内で周囲の液体に対して減速されるので、液相に対してより大きい運動を示」すものであるから、本願発明1における、「触媒粒子の移動を妨げる器具」に相当し、触媒の粒子が懸濁されている液相を該装置を通して供給することは、本願発明1における液相を、「触媒粒子の移動を妨げる器具に通して導通させる」ことにほかならないから、刊行物2には、触媒の粒子存在下の液相の水素化が、「触媒の粒子が懸濁されている液相を、水素を含有するガスの存在下で、該触媒粒子の移動を妨げる器具に通して導通させ」て行うと、水素化に要する時間が短縮でき高い空時収率を達成することができることが示されているといえる。

イ ところで、刊行物1の記載によれば、水素化反応において「鉄を添加したルテニウム/炭素担体-触媒」を用いると、従来の鉄を添加しない「ルテニウム/炭素担体-触媒」を用いた場合と比べて、「既知の操作法に比して著しく向上した空時収量が得られる。そのほか生成物の選択率が改善され、長期の操業においても最初の高い水準が保たれる。」(摘示(a8)といった改良をすることができ、シトロネラールの水素化反応においてはシトロネロールの収率を向上させ、さらには、従来の触媒の場合に比し反応時間が短縮することができたことがみてとれる(摘示(a9)、第2表中の実験番号7及び7(V))。しかしながら、その反応時間は実験番号7で6時間、圧をより下げた場合では12時間(実験番号9)を要していることからすれば、刊行物1に接した当業者は、引用発明に係る触媒水素化反応において、少なくとも反応時間の点において、依然として改善すべきという課題を認識するといえる。
そして、上記のとおり刊行物2に、触媒の粒子存在下の液相の水素化が、「触媒の粒子が懸濁されている液相を、水素を含有するガスの存在下で、該触媒粒子の移動を妨げる器具に通して導通させ」て行うと、水素化に要する時間が短縮でき高い空時収率を達成することができることが示されているのであるから、引用発明のシトロネラールの触媒の粒子存在下の液相の水素化は反応時間の点において依然として改善すべきという課題を認識する刊行物2に接した当業者は、水素化に要する時間が短縮でき高い空時収率を達成することを期待して、引用発明において「触媒の粒子が懸濁されている液相を、水素を含有するガスの存在下で、該触媒粒子の移動を妨げる器具に通して導通させ」て行う方法を採用することは格別困難なことではない。
また、本願発明1において、触媒の粒子が懸濁されている液相を「触媒粒子の移動を妨げる器具に通して導通させる」て行う方法を採用することにより、格別予期し得ない効果を奏するとも認められない。

(2)相違点(イ)について
液相中のシトロネラールの濃度について、刊行物1におけるシトロネラールなど出発物質IIとアミン、溶剤の量について、アミンの量は好ましくは出発物質IIの25?40重量%(摘示(a6))、溶剤の量は出発物質IIに対して10?300重量%好ましくは25?150重量%(摘示(a7))であることが記載されている。
これらの記載から液相中における出発物質(シトロネラール等)の重量比の好ましい範囲は、67?34%(=100/(100+25?40+25?150)*100)であると算出される。
そうしてみると、液相中のシトロネラールの濃度を、上記好ましい範囲内の50%ないし60%程度の重量比とすることは当業者にとって格別困難なことではない。
また、本願発明1において、液相中のシトロネラールの濃度を特定の数値範囲の重量比とすることにより、格別予期し得ない効果を奏するとも認められない。

5 請求人の主張について
(1)請求人は、平成20年6月13日に提出された審判請求書の補正書において、以下の主張をしている。
「刊行物1には、不飽和カルボニル化合物を液相中で選択的に水素化してオレフィン性不飽和アルコールを製造するためのルテニウム/炭素触媒が記載されております。しかしながら、高選択的水素化を実現する触媒であるからとはいえ、いかなる条件でも必ず高い選択性を示すとは考えられず、その触媒反応の反応条件によっては水素化の選択性に差が出るであろうということは、当業者ならば当然想定するものであると考えられます。
刊行物2には触媒を液相中に懸濁させて行う反応の時空収率を向上させることができる方法及び反応器が、また刊行物3には…反応槽が開示されております。しかしこれらの刊行物には選択的水素化反応にも有用である旨は教示も示唆もされておりません。ましてや当業者の通常の知識をもってすれば、刊行物2や3に記載の方法や装置で刊行物1に記載の触媒を採用すると、炭素-炭素二重結合とカルボニル結合の両方の水素化の速度が高まり、結果としてカルボニル結合水素化の選択性が下がると予想するものと考えられます。ですので、当業者にとって刊行物2や3に記載の方法や装置を選択的水素化に応用することは容易に想到できたものではありません。」(3.本願発明が特許されるべき理由)」の項)

(2)検討
刊行物2の方法による水素化時間短縮、高空時収率の効果は、上記4(1)に摘示した記載事項からすると、反応器内に狭いオリフィス及びチャネルを有する装置を設け触媒粒子の移動速度を低減させることにより、触媒粒子と液相との速度差が大きくなって、液相及び触媒粒子の間の物質移動が改善され、水素化反応が促進されることによる、と理解できる。
ところで、金属触媒を用いた不飽和結合の水素化反応は、触媒表面で触媒と不飽和結合間で錯体形成が起こり、不飽和結合に水素が挿入され飽和化合物となって触媒から拡散するとの機構によると考えられている(例えば、「マクマリー有機化学(上)第4版」(東京化学同人、1998年4月24日第2刷発行)238頁参照)。
そうしてみると、金属触媒を用いた不飽和結合を有する出発物質の水素化反応において刊行物2の方法を適用すると、液相及び触媒粒子の間の物質移動が改善され、液相中の出発物質の不飽和結合と触媒表面との接触機会が増え、その結果触媒表面との多数の錯体形成、多数の水素化が生起すると理解できる。
ここで、不飽和結合として炭素-炭素二重結合とカルボニル結合とを有する化合物の水素化において、「鉄を添加したルテニウム/炭素担体-触媒」を用いるとカルボニル結合水素化の選択性が高いということは、上記不飽和結合の水素化の機構からすれば、その触媒表面との錯体形成、水素との反応の生起のし易さが炭素-炭素二重結合よりカルボニル結合の高いことに基づくといえる。
すると、そのような金属触媒を用いたカルボニル結合の選択的水素反応において刊行物2の方法を適用すれば、物質移動が改善により液相中の出発物質を触媒粒子に効率よく供給されることによって、カルボニル結合、炭素-炭素二重結合とも触媒表面との接触機会が増え、それぞれの不飽和結合の水素化される量がそれぞれ増えるから、水素化の速度が高まるといえる。しかし、その物質移動の改善などにより上記水素化反応機構が変わるとは考えられないから、上記触媒表面との錯体形成、水素との反応の生起し易さがカルボニル結合の方が炭素-炭素二重結合より高いという性質は、多少変わるとしても、大きくは変わらないといえる。
そうすると、引用発明において刊行物2の方法の採用により、請求人が主張するとおり、炭素-炭素二重結合とカルボニル結合の両方の水素化の速度が高まるとしても、両者の水素化物の比率(選択性)が大きくは変わらないといえるから、請求人の「結果としてカルボニル結合水素化の選択性が下がると予想する」との主張は、妥当とはいえない。
なお、請求人の「高選択的水素化を実現する触媒であるからとはいえ、いかなる条件でも必ず高い選択性を示すとは考えられず、その触媒反応の反応条件によっては水素化の選択性に差が出るであろうということは、当業者ならば当然想定するものであると考えられます。」との主張は、触媒反応の一般論としては妥当といえる。しかし、この一般論を根拠に、不飽和結合として炭素-炭素二重結合とカルボニル結合とを有する化合物の水素化に刊行物2の方法の適用したときに、当業者は「カルボニル結合水素化の選択性が下がると予想する」といえないことは、上記のとおりである。
よって、請求人の主張は採用することができない。

6 まとめ
したがって、本願発明1は、この出願の優先日前に頒布された刊行物1、2に記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明1は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、この出願は、その余について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-05-25 
結審通知日 2011-05-31 
審決日 2011-06-13 
出願番号 特願2004-520615(P2004-520615)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井上 千弥子  
特許庁審判長 柳 和子
特許庁審判官 細井 龍史
木村 敏康
発明の名称 シトロネラールからシトロネロールを生成させるための連続的水素化方法  
代理人 石井 貞次  
代理人 藤田 節  
代理人 藤井 愛  
代理人 新井 栄一  
代理人 平木 祐輔  

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