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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1246785
審判番号 不服2008-15861  
総通号数 145 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-01-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-06-23 
確定日 2011-10-31 
事件の表示 平成 9年特許願第536340号「癌の診断および予後のための方法」拒絶査定不服審判事件〔平成 9年10月16日国際公開、WO97/38125、平成12年 8月15日国内公表、特表2000-510330〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯

本願は,1997年(平成9年)4月3日(パリ条約による優先権主張1996年4月5日,米国;1996年6月5日,米国;1996年6月21日,米国;1997年3月3日,米国)を国際出願日とする出願であって,平成19年12月12日付で特許請求の範囲を補正する手続補正がなされたが,平成20年3月13日付で拒絶査定がなされ,これに対し,平成20年6月23日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに,同年7月23日付で特許請求の範囲を補正する手続補正がなされたものである。

第2.平成20年7月23日付の手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成20年7月23日付の手続補正を却下する。

[理由]
1 平成20年7月23日付の手続補正
本件補正により,特許請求の範囲の請求項1,3及び6は,補正前の,
「【請求項1】癌に苦しむ患者の予後を決定する方法であって,患者由来の試料中のpRb2/p130遺伝子の発現レベルを決定する,
ここにおいて,正常な細胞,正常細胞,非願誓細胞におけるpRb2/p130発現レベルと比較して,または,標準細胞系中におけるpRb2/p130発現レベルと比較して,pRb2/p130発現の減少したレベルは好ましくない予後の指標である,
ここにおいて,正常細胞と比較した場合の低い発現レベルは,高度の悪性を示唆する,
ことを含む前記方法。」
「【請求項3】pRb2/p130遺伝子の発現レベルの決定が,pRb2/p130タンパク質の発現レベルを決定することを含む,請求項1に記載の方法。」及び
「【請求項6】癌が婦人科系の癌又は非小細胞肺癌である,請求項1記載の方法」から,補正後の,
「【請求項1】癌に苦しむ患者の予後を決定する方法であって,患者由来の試料中のpRb2/p130遺伝子の発現レベルを決定する,
ここにおいて,正常な細胞,正常細胞,非願誓細胞におけるpRb2/p130発現レベルと比較して,または,標準細胞系中におけるpRb2/p130発現レベルと比較して,pRb2/p130発現の減少したレベルは好ましくない予後の指標である,
ここにおいて,正常細胞と比較した場合の低い発現レベルは,高度の悪性を示唆する,
そして, ここにおいて,癌は婦人科系の癌又は非小細胞肺癌である,
ことを含む前記方法。」及び
「【請求項3】pRb2/p130遺伝子の発現レベルの決定が,pRb2/p130タンパク質の発現レベルを決定することを含む,請求項1に記載の方法。」に補正された。

本件補正は,補正前の請求項1を削除し,補正前の請求項6を補正後の請求項1とするものである。
また,補正前の請求項3は,補正後の請求項3と同様であるが,引用する請求項1が,補正前の請求項1と比較して限定されているので,その結果として,本件補正は,補正前の請求項3に記載した発明を特定するために必要な事項である「癌」を,「婦人科系の癌又は非小細胞肺癌」に限定する補正を含むものであると認められる。そして,その補正前の請求項3に記載された発明と,その補正後の請求項3に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから,本件補正は,特許法第17条の2第4項第2号(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前のもの)の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の請求項3に記載された発明(以下,「本願補正発明3」という。)が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に適合するか)について,以下に検討する。

2 特許法第29条第2項について

(1)優先権主張の効果
本願は,1996年4月5日(以下,「第一優先日」という。)に出願されたUS60/014943号明細書(以下,「第一優先権明細書」という。),1996年6月5日(以下,「第二優先日」という。)に出願されたUS60/019372号明細書(以下,「第二優先権明細書」という。),1996年6月21日(以下,「第三優先日」という。)に出願されたUS60/020196号明細書(以下,「第三優先権明細書」という。),及び1997年3月3日(以下,「第四優先日」という。)に出願されたUS60/039532号明細書(以下,「第四優先権明細書」という。)を基礎として,パリ条約による優先権主張を伴うものである。

一方,パリ条約に基づく優先権主張の効果を享受できるためには,その優先権明細書に本願補正発明3が記載されていたことが必要であるから,本願補正発明3のうち,「婦人科系の癌又は非小細胞肺癌」と択一的に記載されている「癌」が「婦人科系の癌」である態様の本願補正発明3について,以下に検討する。

本願補正発明3は,婦人科系の癌に苦しむ患者の予後を決定する方法に係るものであって,患者由来の試料中のpRb2/p130遺伝子の発現レベルを,pRb2/p130タンパク質の発現レベルで決定し,正常細胞や標準細胞における当該発現レベルと比較して,これよりも減少した発現レベルが認められたときに,好ましくない予後の指標となり,高度の悪性を示唆するというものである。

これに対して,上記第一優先権明細書には,
「pRb2/p130は,重複しないが,機能的にはpRbと同様であることが示されたので,pRb2/p130はpRbのように腫瘍抑制遺伝子として機能することが提案される。pRb2/p130は染色体16の長椀にマッピングされることも判明している。この発見はpRb2/p130が腫瘍抑制遺伝子であるという考えを補強する。染色体16は,いくつかのヒト新生組織形成,例えば乳癌,卵巣癌,肝細胞癌,及び前立腺癌において,ヘテロ接合性の消失(LOH)が見られると頻繁に報告されている領域である(Yeungら,Oncogene 8:3465-3468(1993))。」と記載されている。

ここには,pRb2/p130が,pRbと同様の腫瘍抑制遺伝子であり,染色体16にマッピングされ,染色体16は卵巣癌に関係するLOHが頻繁に見られる領域であることが記載されているのみであり,卵巣癌を含む婦人科系の癌で,pRb2/p130遺伝子の発現レベルを,pRb2/p130タンパク質の発現レベルで決定し,当該発現レベルが,正常細胞や標準細胞よりも低下しており,その低下した発現レベルによって,好ましくない予後の指標や高度の悪性の示唆が得られることは何ら具体的に記載されておらず,本願補正発明3は開示されていない。

また,この点は,上記第二及び第三優先権明細書においても同様であり,これらの出願は肺癌のグレード分けに関するものであり,婦人科系の癌に関する記載は見あたらない。

一方,上記第四優先権明細書には,婦人科系の癌で,pRb2/p130遺伝子の発現レベルを,pRb2/p130タンパク質の発現レベルで決定することや,当該発現レベルが正常細胞や標準細胞よりも低下していることや,低下した発現レベルが予後の指標や高度の悪性の示唆になることも具体的に記載されている。
そうすると,癌が婦人科系の癌である場合の本願補正発明3に係る優先権主張は,第四優先権明細書に基づくものであり,この出願に基づく優先権主張の効果しか享受できないから,本願補正発明3の新規性進歩性の判断の基準日は,平成9年3月3日となる。
したがって,原査定で引用され,本願出願日前の平成9年2月20日に日本科学技術情報センターに受け入れられたと認められる,Laboratory Investigation, Vol.76, No.1, p.98Aは,本願第四優先日よりも前に頒布された刊行物である。

(2)引用刊行物の記載
原査定で引用され,本願第四優先日前の平成9年2月20日に頒布された,Laboratory Investigation, Vol.76, No.1, p.98A(以下,「引用例2」という。)には,以下の事項が記載されている。

(ア)「ヒト上皮性卵巣癌におけるRb2腫瘍抑制遺伝子の差次的な発現」(568番の1?2行)

(イ)「背景:網膜芽腫遺伝子ファミリーは3つのメンバーから構成される。網膜芽腫遺伝子は,最もよく研究されている腫瘍抑制遺伝子の1つであり,2つの関連遺伝子,Rb2/p130及びp107が存在している。これら3つの遺伝子は多くの構造的及び機能的な特徴を共有し,生育調節において重要な役割を担っている。Rb2/p130は,これらのRb遺伝子ファミリーと同様であるが,それらとは区別できる成長抑制特性を持っている。我々はRb2をヒト染色体の16q12.2領域にマッピングした。この領域は,乳房,肝臓,卵巣を含むいくつかの新生物において頻繁に変更されることがわかっている。免疫組織化学的な技術を用いた,60の上皮性卵巣癌の試料の最近の実験で,遺伝子発現と腫瘍グレードとの関係が注目された。」(568番の8?19行)

(ウ)「設計:保管された組織サンプルから採取された,60ケースの様々なタイプの上皮性卵巣癌がp130に対するポリクローナル抗体で免疫染色された。我々はタンパク質発現と腫瘍グレードとを比較した。」(568番の20?23行)

(エ)「結果:この要約が提出される時点で,我々は60の試料を評価した。グレード1の80%,グレード2の50%,グレード3の63%の腫瘍が,当該タンパク質に対して陽性として染色された。」(568番の24?26行)

(オ)「結論:この暫定的なデータは,Rb2/p130が,ヒト上皮性卵巣癌における予後の有意性を持つかもしれないことを示唆する。」(568番の27?28行)

(3)対比
上記記載事項(イ)?(エ)にあるように,引用例2には,免疫組織化学的な技術を用いて,60の上皮性卵巣癌の試料におけるRb2/p130の発現レベルを決定し,当該試料の腫瘍グレードと比較すると,グレード1の腫瘍の80%,グレード2の腫瘍の50%,グレード3の腫瘍の63%が,Rb2/p130陽性,つまりRb2/p130を発現していたことが記載されている。
ここで,本願補正発明3と引用例2に記載された事項とを対比すると,引用例2に記載の「免疫組織化学的な技術」とは,p130に対する抗体を用いて免疫染色することであり,これはpRb2/p130遺伝子の発現レベルを,pRb2/p130タンパク質の発現レベルを用いて決定することに他ならない。また,引用例2に記載の「Rb2/p130」,「上皮性卵巣癌」は,本願補正発明3の「pRb2/p130」,「婦人科系の癌」にそれぞれ相当する。
してみると,両者は,「婦人科系の癌に苦しむ患者由来の試料中のpRb2/p130遺伝子の発現レベルを決定し,当該発現レベルの決定が,pRb2/p130タンパク質の発現レベルを決定することを含む」点で一致するが,以下の点で相違する。

[相違点]本願補正発明3は,「患者の予後を決定する方法」であり,「正常な細胞,正常細胞,非願誓細胞におけるpRb2/p130発現レベルと比較して,または,標準細胞系中におけるpRb2/p130発現レベルと比較して,pRb2/p130発現の減少したレベルは好ましくない予後の指標である」こと,及び,「正常細胞と比較した場合の低い発現レベルは,高度の悪性を示唆する」ことを利用するものであるが,
引用例2は,「患者の予後を決定する方法」ではなく,試料中のpRb2/p130遺伝子の発現レベルを決定することは記載されているものの,発現レベルを正常細胞や標準細胞のそれと比較することや,正常細胞や標準細胞よりも低い発現レベルが好ましくない予後の指標や高度の悪性の示唆になることは具体的に記載されていない点。

(4)判断
しかしながら,上記記載事項(オ)にあるように,引用例2には,「Rb2/p130が,ヒト上皮性卵巣癌における予後の有意性を持つかもしれない」と示唆されているから,このような記載に接した当業者であれば,Rb2/p130が,実際に,ヒト上皮性卵巣癌に苦しむ患者の予後を決定するために利用できるか否かに興味を抱き,そのことを確認しようとするものである。
そして,本願優先日当時の技術水準を考慮すると,pRb2/p130遺伝子の塩基配列及びその推定アミノ酸配列は知られ,Rb2/p130に特異的に結合する抗体も作製されているので(Gene. Dev., 1993, Vol.7, pp.2366-2377),当業者がpRb2/p130の発現レベルを免疫組織化学的な技術を用いて測定することに格別の困難性は認められない。
してみると,引用例2に記載された事項に基づいて,上皮性卵巣癌の患者から採取された試料における発現レベルを調べ,そして当該患者の予後(生存率)とを比較し,当該発現レベルが好ましくない予後の指標になり得るかどうかを評価してみることは当業者が容易になし得ることである。
また,上記記載事項(ア)(イ)(エ)にあるように,引用例2には,「差次的な発現」,「60の上皮性卵巣癌の試料の最近の実験で,遺伝子発現と腫瘍グレードとの関係が注目された」,「グレード1の80%,グレード2の50%,グレード3の63%の腫瘍が,当該タンパク質に対して陽性として染色された」と記載されているから,pRb2/p130の発現レベルが,上皮性卵巣癌の腫瘍グレードに応じて変化することは明らかであり,腫瘍グレードが,癌の組織学的分化度を表すものであり,概してグレードが高くなるにつれ,悪性度も高くなることを考慮すると(特開平4-193900号公報,Acta Obst. Gynaec. Jpn, 1993, Vol.45, No.8, pp.751-762),当業者であれば,pRb2/p130発現レベルと,高度の悪性度との関係に興味を抱くものである。
してみると,引用例2に記載された事項に基づいて,上皮性卵巣癌の患者から採取された試料における発現レベルと,当該試料の組織像によって判定される腫瘍グレードとを比較して,当該発現レベルが高度の悪性の示唆になり得るかどうかを調べてみることも当業者が容易に想到し得ることである。
さらに,発現レベルと,患者の予後や腫瘍の悪性度との関係を調べる際,pRb2/p130が腫瘍抑制遺伝子であって,腫瘍抑制遺伝子は癌細胞で欠損又は不活性化しており,正常なものは癌細胞を正常細胞に戻す働きがあることを考慮すると(日経バイオテク編「日経バイオ最新用語事典第四版」,日経BP社,1995年,p.155),pRb2/p130の発現レベルが,正常細胞や標準細胞よりも癌細胞で低下していることは当業者が容易に予測し得ることである。
また一般に,他の腫瘍抑制遺伝子の発現レベルが,腫瘍の程度の進行とともに失われることや,腫瘍患者の予後や将来の治療を決定する評価項目となったり,又は腫瘍の程度や段階を決定する評価項目になることは当業者に周知であったと認められるから(特開平4-193900号公報,Acta Obst. Gynaec. Jpn, 1993, Vol.45, No.8, pp.751-762,Cancer Res., 1991, Vol.51, pp.2735-2739),引用例2に記載された発明において,患者由来の試料中のpRb2/p130の発現レベルが,正常細胞や標準細胞のそれよりも低下していることを,好ましくない予後の指標とし,高度の悪性の示唆と評価して,上皮性卵巣癌患者の予後を決定しようとすることも当業者が容易に想到し得ることである。

そして,本願明細書には,抗pRb2/p130抗体で染色される細胞数が全細胞数の40%以上であるときを「陽性」とみなす設定において,子宮内膜癌の患者が「陽性」であるときに生存率が高くなること(図1),FIGO分類がIよりもII以上であるときに生存率が低くなること(図2)が記載されているのみであり,子宮内膜癌とは異なる上皮性卵巣癌の患者から得られた試料に基づき,患者の予後の決定がなされたことは具体的に記載されていないし,本願優先日当時の技術常識を参酌しても,子宮内膜癌と同様の予後の決定が,上皮性卵巣癌においてもできるかどうかは不明である。したがって,婦人科系の癌の全般で優れた効果を奏するものとはいえない。
また仮に,上皮性卵巣癌においても同様の予後の決定ができるとしても,引用例2には,「Rb2/p130が,ヒト上皮性卵巣癌における予後の有意性を持つかもしれない」と記載されているから,Rb2/p130の発現レベルが上皮性卵巣癌患者の予後の決定に有用であることは当業者が容易に予想し得る効果である。
しかも,pRb2/p130はそもそも腫瘍抑制遺伝子であり,その発現は癌を抑制する働きを有するから,pRb2/p130の発現レベルが高い方,すなわち「陽性」である方が,生存率が高くなることも当業者が容易に予測し得る効果であり,FIGO分類が癌の進行の程度を表す分類であることを考慮すると(FIGO臨床進行期分類(1994年)),FIGO分類がIよりもII以上である方が,癌がそれだけ進行しており,生存率が低くなることも当業者が容易に予測し得る効果である。
してみると,本願明細書(図1及び図2)で示されている効果は,引用例2に記載された事項及び本願優先日当時の技術常識から,当業者が予想できる範囲内のものであり,格別なものであるとはいえない。

(5)請求人の主張
平成20年9月16日付の審判請求書において,請求人は次のように主張している。
「引例2は,単にpRb2/p130が,全ての腫瘍グレードの上皮卵巣癌で発現していることを教示しているだけであり,種々の腫瘍グレードが,遺伝子のいかなる発現レベルと対応するのか,そして,pRb2/p130の発現レベルの減少が好ましくない予後の示標となることについても全く教示がない。さらに,当該文献を参照しても当業者はpRb2/p130の発現を卵巣癌をグレード分けするために利用しようとは考えない,と解するのが妥当である。なぜなら,とりわけ,例えば,最も悪性の高い腫瘍グレード(例えば,グレード3)はpRb2/p130発現レベルが低いか,若しくは発現がない,あるいは,最も低い腫瘍グレード(例えば,グレード1)は発現レベルが最も高い,といったような,pRb2/p130遺伝子の発現レベルと腫瘍のグレードとの関係について,当該文献は全く記載がないからである。
特に,引例2の「グレード1の腫瘍の80%,グレード2の腫瘍の50%,そしてグレード3の腫瘍の63%がタンパク質について陽性と染色された」という記載に着目いただきたい。当該記載は,様々なグレードの腫瘍においてpRb2/p130タンパク質が陽性であったことを示している。当業者に周知であるように,そして,例えば本願明細書第51頁下3行-下5行にも記載されているように,グレード1の癌は,悪性が最も少ない形態であり,正常細胞のようにも見えるが,グレード3の癌は,悪性が最も高く,正常細胞とは異なる。本願発明は,,癌の進行,即ち,グレード1からグレード2,又はグレード2からグレード3への進行,に伴い,pRb2/p130発現が減少する,という驚くべき発見を,癌の状態を把握するために利用するという技術的思想に基づく。しかしながら,引例2では染色の割合が,グレード2に対してグレード3の方が増加している,という点にご留意いただきたい。この結果は本願発明の技術的思想と相反するものである。よって,当業者が引例2を参照したとしても,pRb2/p130発現レベルを示標として,卵巣癌の悪性度を調べようとは考えない。仮に調べようとしても腫瘍の悪性度が高い方(グレード3)が,低い方(グレード2)よりも発現が高いという引例2の結果を参照すると,「正常細胞と比較した場合の低い発現レベルは,高度の悪性を示唆する」という本願発明を想到することは不可能である。」

上記主張について検討する。
引用例2には,「グレード1の80%,グレード2の50%,グレード3の63%の腫瘍が,当該タンパク質に対して陽性として染色された」と記載されており,この記載から,全ての腫瘍グレードで発現しているのみならず,種々のグレードによって,発現レベルが異なることは当業者が容易に理解できることである。また,引用例2には,「Rb2/p130が,ヒト上皮性卵巣癌における予後の有意性を持つかもしれない」と記載されており,Rb2/p130が腫瘍抑制遺伝子であること踏まえれば,この記載から,Rb2/p130の発現レベルの減少が好ましくない予後の指標になるであろうことも当業者が容易に理解できることである。
請求人は,種々の腫瘍グレードがいかなる発現レベルと対応するのか,pRb2/p130の発現レベルの低下が好ましくない予後の示標となることについて,具体的な教示がなければ,当業者がそれらを利用しようとは思わないと主張するが,引用例2に上皮性卵巣癌の予後に有意性である可能性が明確に記載されている以上,当業者であれば,これらについて具体的な教示がなくても,そのような有意性があるか否かを確認しようとするはずである。
また,当業者であれば,腫瘍抑制遺伝子の発現レベルが,腫瘍グレードと関連性を持ち,好ましくない予後の指標になり得ることを知っているから,腫瘍抑制遺伝子と疾患との関連性さえが示されていれば,腫瘍の悪性度の評価に使用できたとか,好ましくない予後の指標に使用できたという具体的な教示がなくても,患者の予後の決定方法を容易に想到することができるし,引用例2にはそのような関連性が十分に示されている。
確かに,具体的な腫瘍グレードやFIGO分類に対応させた,より細やかな患者の予後の決定方法という発明であれば,引用例2に示された暫定的な結果からは具体的な動機付けを得ることが難しいのかもしれないが,本願補正発明3は,正常細胞や標準細胞と比較した低い発現レベルが,好ましくない予後の指標や高度の悪性の示唆になるという比較的単純なものであり,このような発明に到達することが,引用例2に記載された事項から当業者にとって格別困難であると認めるに足る理由が見あたらない。
また,請求人は特に,引用例2において,「グレード1の腫瘍の80%,グレード2の腫瘍の50%,そしてグレード3の腫瘍の63%がタンパク質について陽性と染色された」との記載に着目し,腫瘍の悪性度が高い方(グレード3)が,低い方(グレード2)よりも発現が高いことを指摘して,本願発明を想到することが不可能である旨を主張している。
しかし,患者から採取された組織片を用いた実験では,患者の個性や試料の状態等によって,得られる結果にある程度のバラツキが生じることは避けられないものであるし,グレード2及び3に相当する標本数が少なければ,その結果が有意であるとはいえないから,単にグレード3が,グレード2よりも高い発現レベルを示したことだけをもって,発現レベルと腫瘍グレードとの関係が逆相関関係にないとは必ずしもいえない。
上記記載事項(オ)において,予後の決定に有意性を持つ可能性が示唆されているが,当業者はこのことからグレード3とグレード2の標本数が有意な結果を示すには不足していることを理解することができ,有意性に関するさらなる調査を阻害するものではない。
また,グレード2と3の平均(56.5%)はグレード1(80%)を下回っているから,本願発明の「高度の悪性」と評価するレベルの設定によっては,引用例2にも,本願発明と同様に,悪性度が高くなるほど発現レベルが低下するという関係が示されていると認められるものである。
さらに,本願明細書の実施例2(表4)には,ヒトの上皮性卵巣癌のpRb2/p130の免疫組織化学的検出の結果が下記のとおりに記載されている。



これをみると,例えば,免疫染色の程度が(++)であるグレード2では17%であるのに対し,グレード3では23%と高くなっており,また,免疫染色の程度が(+++)であるグレード2では0%であるのに対し,グレード3では14%と高くなっている。
このように本願明細書に記載された実験結果も,腫瘍の悪性度が高い方(グレード3)が,低い方(グレード2)よりも発現レベルが高くなっているのである。そして,このような結果にもかかわらず,請求人自らが「腫瘍のグレードが増すに従って,検出されるpRb2/p130の発現はより少なくなると考えられる。それ故,pRb2/p130の発現レベルは,グレード付けに,さらにヒトの卵巣上皮癌の予備指標として,有用であるだろう。」(本願明細書の50頁の「C.結果」)と結論付けているのである。
したがって,グレード3が,グレード2よりも高い発現レベルを示したとしても,それによって,発現レベルと腫瘍グレードとの逆相関関係が完全に否定されるわけでなく,むしろ,そのような結果であっても,逆相関関係が肯定される場合があることを示していると考えられる。
さらにいえば,表4において,免疫染色の程度が+以上のものをグレード毎に合算すると,グレード1では80%,グレード2では50%,グレード3では63%となり,本願明細書の結果は,引用例2に示された結果と一致する。そして,引用例2の著者も本願の発明者と一部重複していることを鑑みれば,引用例2にある結果は,本願明細書の実施例2の結果と同一のものと考えられ,同じ結果に基づいて,「腫瘍のグレードが増すに従って,検出されるpRb2/p130の発現はより少なくなる」,「グレード付けに・・・有用であるだろう」と主張する一方で,「「正常細胞と比較した場合の低い発現レベルは,高度の悪性を示唆する」という本願発明を想到することは不可能である」と主張することは,合理性に欠けるものといわざるを得ない。
したがって,請求人の主張を採用することができない。

(6)小括
以上のとおりであるから,本願補正発明3は,引用例2の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができない。

3 むすび
したがって,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について

平成20年7月23日付の手続補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項1?28に係る発明は,平成19年12月12日付で手続補正された特許請求の範囲の請求項1?28に記載された事項により特定されるとおりのものであり,そのうち請求項1及び6には以下のとおりに記載されている。

「【請求項1】癌に苦しむ患者の予後を決定する方法であって,患者由来の試料中のpRb2/p130遺伝子の発現レベルを決定する,
ここにおいて,正常な細胞,正常細胞,非願誓細胞におけるpRb2/p130発現レベルと比較して,または,標準細胞系中におけるpRb2/p130発現レベルと比較して,pRb2/p130発現の減少したレベルは好ましくない予後の指標である,
ここにおいて,正常細胞と比較した場合の低い発現レベルは,高度の悪性を示唆する,
ことを含む前記方法。」

「【請求項6】癌が婦人科系の癌又は非小細胞肺癌である,請求項1に記載の方法。」

第4 特許法第29条2項について

1 引用刊行物の記載
上記「第2 1(2)」に記載したとおりのものである。
これに加えて,原査定で引用され,本願優先日前に頒布された刊行物である,Cancer Res., 1994, Vol.54, pp.5556-5560(以下,「引用例1」という。)には,以下の事項が記載されている。

(カ)「本研究では,我々が最近クローニングしたRbファミリーのメンバーであるp130/pRb2の導入が,3つの腫瘍細胞株において生育停止を生じさせることを証明する。さらに,上咽頭癌由来の細胞株HONE-1において,おそらく遺伝子の再構成により,p130/pRb2の発現レベルが低下していることを同定し,構成的に活性のp130/pRb2の相補的なDNAクローンを導入すると,増殖が著しく抑制されることも同定した。さらに,p130/pRb2が,pRbやp107の増殖抑制効果に対して耐性である神経膠芽腫細胞株T98Gの増殖を抑制することを示したことにより,Rbファミリーと区別できる特性を分析できた。我々の研究は,今日までに同定されたRbファミリータンパク質が互いに補足し合うが,十分に機能的には重複しないことを示している。」(5556頁の左欄本文3?14行)

(キ)「通常のヒト組織におけるRB2/p130の発現
様々なヒト組織におけるp130/pRb2遺伝子の発現は,ノーザンブロットアッセイで評価された。4.85キロベースの優勢なバンド及び7.5キロベースの比較的豊富でないバンドは通常のヒト組織における遍在的発現 を示している(図1)。」(5557頁右欄本文22?26行)
また,引用例1の図1には,p130/pRb2遺伝子が,卵巣において発現していることが示されている。

2 対比・判断
本願発明6は,上記「第2 2」で検討した本願補正発明3から「pRb2/p130遺伝子の発現レベルの決定が,pRb2/p130タンパク質の発現レベルを決定することを含む」という特定を省いたものに相当する。
そうすると,本願発明6の構成要件を全て含み,他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明3が,上記「第2 2」に記載したとおり,引用例2に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明6も同様の理由により,引用例2に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

さらに,上記記載事項(カ)(キ)にあるように,引用例1には,p130/pRb2の導入が3つの腫瘍細胞株の生育を停止させることや,正常なヒト卵巣組織で発現していることが記載されているから,卵巣癌患者の試料におけるp130/pRb2の発現レベルを検出しようとすること,該発現レベルから腫瘍細胞の増殖の程度を検出しようとすることは当業者が容易に想到し得ることである。
したがって,本願発明6は,引用例2及び引用例1の記載からも当業者が容易になし得るものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第5 むすび

以上のとおりであるから,本願の請求項6に係る発明は,特許法第29条第2項に規定する要件を満たしておらず,特許を受けることができないから,他の請求項に係る発明については検討するまでもなく,本願は拒絶をすべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-05-31 
結審通知日 2011-06-01 
審決日 2011-06-21 
出願番号 特願平9-536340
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 横田 倫子  
特許庁審判長 鈴木 恵理子
特許庁審判官 引地 進
鵜飼 健
発明の名称 癌の診断および予後のための方法  
代理人 富田 博行  
代理人 千葉 昭男  
代理人 社本 一夫  
代理人 小野 新次郎  
代理人 泉谷 玲子  
代理人 小林 泰  

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