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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  C25D
管理番号 1247229
審判番号 無効2011-800023  
総通号数 145 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-01-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-02-08 
確定日 2011-11-14 
事件の表示 上記当事者間の特許第3188361号発明「クロムめっき方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許3188361号(以下、「本件特許」という。)についての手続の経緯の概要は、以下のとおりである。

平成 6年 6月27日 本件出願(特願平6-144431号)
平成13年 5月11日 特許権の設定登録

平成23年 2月 8日 無効審判請求
平成23年 4月26日 答弁書提出(被請求人)
平成23年 7月20日 口頭審理陳述要領書提出(請求人)
平成23年 8月24日 口頭審理陳述要領書提出(被請求人)
平成23年 9月 7日 第1回口頭審理、審理終結通知

なお、本件特許に関しては、本件無効審判の請求人の一名(日本マクダーミット株式会社)により平成20年11月13日に無効審判(無効2008-800251号)が請求されたが、請求不成立の審決がなされ、それに対して提訴された審決取消訴訟(平成21年(行ケ)第10308号)において、平成22年5月27日に請求棄却の判決が言い渡され、同判決は確定した。


第2 本件発明1ないし4
本件特許の請求項1ないし4に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」という。)は、本件特許の明細書(以下、「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された次のとおりのものと認める。

「【請求項1】 3価クロムからなるめっき浴を用いてクロムめっきを行う方法において、陽極として酸化イリジウムからなる電極触媒の被覆を基体上に設けた電極を用いたことを特徴とするクロムめっき方法。
【請求項2】 陽極がクロムめっき浴中あるいはクロムめっき浴とはイオン交換膜で区画した陽極室に設けたものであることを特徴とする請求項1記載のクロムめっき方法。
【請求項3】 電極触媒が、酸化イリジウムとともに、チタン、タンタル、ニオブ、ジルコニウム、錫、アンチモン、ルテニウム、白金、コバルト、モリブテン、タングステンからなる金属又はその酸化物の少なくとも1種以上を含有し、電極基体がチタン、タンタル、ジルコニウム、ニオブ又はこれらの合金からなることを特徴とする請求項1?3記載のクロムめっき方法。
【請求項4】 クロムめっきがバレルめっきであることを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載のクロムめっき方法。」


第3 請求人の主張の概要
1 請求人は、本件発明1ないし4の特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、甲第1ないし8号証に基いて特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない旨の無効理由を主張する。
第1回口頭審理において、請求人は、甲第1号証又は甲第2号証を主引用例とした上で、本件発明1ないし3は、甲第3ないし7号証との組み合わせにより、また本件発明4は、甲第3ないし8号証との組み合わせにより、それぞれ容易でない旨主張するものであって、加えて、甲第4号証を取下げるとともにそれを引用した主張を撤回したので、請求人の主張する無効理由は、以下のとおりである。
本件発明1ないし3は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に甲第3、5ないし7号証に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明4は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に甲第3、5ないし8号証に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって、本件発明1ないし4は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであって、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。(以下、「無効理由」という。)

2 証拠方法として、下記の甲第1ないし3、5ないし8号証を提出し、また、参考資料として、平成23年7月20日付け口頭審理陳述要領書に添付して下記の甲第9号証及び甲第10号証を提出している。
なお、甲第4号証の特開平7-278812号公報は、本願出願日(平成6年6月27日)より後の平成7年10月24日に頒布されたものであり、これが第1回口頭審理で取下げられたことは上記したとおりである。


甲第1号証:石崎登,「3価のクロムめっき -カニング社のエンバイロクロムについて-」,実務表面技術,社団法人表面技術協会,1986,Vol.33,No.6,p.213?216
甲第2号証:「3価クロムめっき浴の20年目」,明日の技術,株式会社ハイテクノ,昭和63年4月発行,第10巻第4号,第27?33頁
甲第3号証:特開平6-146047号公報
甲第5号証:特開平6-146091号公報
甲第6号証:特開昭61-23783号公報
甲第7号証:特開平3-260097号公報
甲第8号証:特開昭49-113731号公報

(参考資料)
甲第9号証:大木道則、外3名編,「化学大辞典」,株式会社東京化学同人,1994年4月1日第1版第3刷発行,第523頁
甲第10号証:特開平6-173100号公報


第4 被請求人の主張の概要
これに対し、被請求人は、平成23年4月26日付け答弁書、平成23年8月24日付け口頭審理陳述要領書、及び下記の乙第1号証ないし乙第10号証を提出して、請求人の主張する無効理由は成り立たない旨主張している。


乙第1号証:酒井浩史,「装飾3価クロムめっきの動向」,表面技術,社団法人表面技術協会,2006,Vol.57,No.12,p.869?871
乙第2号証:「現場技術者のための実用めっき(I)(増補版)」,日本プレーティング協会編,昭和60年2月20日発行,第213?232頁
乙第3号証:星野重夫,「クロムめっきの発展と環境問題」,表面技術,社団法人表面技術協会,2005,Vol.56,No.6,p.302?307
乙第4号証:唐沢克行,「三価クロムめっきについて」,鍍金の世界 1999年6月号,日本鍍金材料協同組合,平成11年6月15日発行,第35?39頁
乙第5号証:岸松平,「クロムめっき」,日刊工業新聞社,昭和42年9月30日3版発行,第21?24頁
乙第6号証:日本エムアンドティー株式会社カタログ(C-3333-May.87-1000(M))
乙第7号証:第4版鉄鋼便覧(CD-ROM),社団法人日本鉄鋼協会,平成14年7月30日発行,第6巻3編
乙第8号証:特開平5-287591号公報
乙第9号証:特開平5-70996号公報
乙第10号証:特許庁のホームページの資料「電気めっき技術-1.5.10 合金めっきの基礎」(http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/map/kagaku05/1/1-5-10.htm)


第5 甲号各証の記載事項
1 甲第1号証(「3価のクロムめっき -カニング社のエンバイロクロムについて-」)
(1a)「エンバイロクロムは、従来発表されていた他の3価クロムめっき法のいくつかの欠点を、液組成の改良と特殊なアノード・ボックスの採用によって解消した新しい3価クロムめっきで、この内容について解説する。」(第213頁左欄第1行?第5行)

(1b)「エンバイロクロムは、英国のW・カニング社が開発し、多くの特許を取得している3価クロムによる装飾クロムめっき法である。
これについては、既に、BULLETIN OF THE INSTITUTE OF METAL FINISHING 1983年版の61巻に詳しく報告されて居り、英国、アメリカの一部では1984年から、日本でも1985年から実用されている。」(第213頁左欄第7行?第14行)

(1c)「従来の3価クロムめっき法では、陽極面上でめっき液中の3価クロムが6価クロムに容易に酸化され、3価クロムめっきの本来の効果を下げてしまうという大きな欠点が生じていた。
エンバイロクロムめっきでは、この点を防止する方法として、3価クロムめっき液が陽極に直接接触しないよう特殊なアノード・ボックス(図1を参照)を採用している。
このようにこのアノード・ボックスには、めっき液と陽極を分離するために、液体を通さないイオン交換膜を用いている。この膜は陽イオン交換タイプのもので、図2に示すように、水素イオンは通すがその他の陽イオンは通さない。しかもこの膜は、化学的浸食作用に対して非常に強い抵抗力をもっている。
そしてこのボックス中に通常の6価クロムめっき用鉛、または鉛・スズ合金アノードを入れ希硫酸を満たして使用する。」(第213頁左欄第17行?右欄第9行)

(1d)「表3 3価と6価クロム浴の作業条件及び諸特性の比較
3価 6価
クロムの濃度 5?6g/L 100?200g/L
pH 3.3?3.6 0
・・・・
陽極 鉛または鉛合金 鉛または鉛合金
均一電着性 良好 不良
・・・・」(第215頁左欄)
「表3に3価と6価クロム浴の作業条件及び諸特性の比較を示した。」(第215頁第1行?第2行)


2 甲第2号証(「3価クロムめっき浴の20年目」)
(2a)「3価クロムめっき浴が工業化されたのは今から10年以上である。この20年目に、いくつかの液が開発され、3価クロムの利点が認識されるようになった。」(第27頁第4行?第5行)

(2b)「無隔膜の単一槽構造が使用されるようになったのは、1975年に3価クロム浴が工業化されてからである。」(第27頁第10行?第11行)

(2c)「1980年代中頃までに、米国では100以上の3価クロム浴、浴量にして20万lが建浴された。今日では、3価クロム浴は大工道具から医療器具、自動車バンパー、ラック類など幅広い用途に応用されている。」(第27頁第22行?第24行)

(2d)「より安全である
・・・
3価クロムめっき浴中の全3価クロム濃度は6価クロム浴の約1/5である。濃度が低いだけでなく、毒性の少ないために、取扱いも安全にできる。
・・・
表1は90g/l Cr濃度の6価クロム浴と20g/l Cr濃度の3価クロム浴の廃水処理装置と排水処理コストを比較したものである。3価クロム浴の方がはるかに有利なことが明らかである。」(第28頁第10行?第24行)

(2e)「作業上の利点
・・・表2は3価クロムと6価クロム浴の作業条件をリストしたものである。」(第28頁第25行?第28行)
「 表2 クロムめっきの作業条件
3価クロム 6価クロム

pH 2.3-4.0 1以下
・・・・
アノード
無隔膜槽 特殊グラファイト Pb/Pb合金
隔膜槽 アノードボックス内のPb
クロム
無隔膜槽 15-20g/l 150-300g/l
隔膜槽 5-10g/l
・・・・」(第29頁)

(2f)「6価クロム浴と隔膜式の3価クロム浴では鉛アノードを使用するが、無隔膜3価クロム浴ではグラファイトを使用する。
複数の3価クロムプロセス間の目立った相違点は、ある浴では頻繁なろ過を必要とするが、ある種の無隔膜プロセスでは固形物ろ過の意味以外のろ過は必要としない。隔膜プロセスといくつかの無隔膜プロセスでは、活性炭による連続ろ過を必要としている。
3価クロムプロセス間の明らかな相違点は、他の浴ではひんぱんなろ過を必要とするが、ある種の無隔膜プロセスでは固形物ろ過のほかはろ過を必要としないことである。隔膜プロセスといくつかの無隔膜プロセスでは、活性炭による連続ろ過を必要としている。」(第30頁第3行?第31頁第6行)

(2g)「トラブルシューティング
...3価クロム浴では、6価クロム浴に比べて均一性がよく、めっきが焦げない、電流中断やリップル率に影響されない、硫酸塩や塩素イオンのもち込みに耐える、穴の回りにもめっきできる、6価クロム特有のしみを生じない、等の特徴があるためにトラブルシュートは簡単である。」(第31頁第12行?第17行)

(2h)「生産性
3価クロムプロセスでは、めっき剥離や再めっきが少ないために、生産性は6価クロムプロセスよりも高い。」(第31頁第18行?第20行)

(2i)「コスト
過去10年以上の経験によって、3価クロムめっき液は6価クロムめっき液よりも高いけれども、無隔膜3価クロムめっきのコストは低いことが認識されている。メンテナンスコストが低く、不溶性アノードの寿命は無限なので、作業コストはやすい。6価クロム浴での鉛アノードはときどき洗浄と交換の必要がある。
3価クロム浴ではグラファイトアノードを使用し、ほとんど保守の必要がなく、機械的破損のないかぎり交換を必要としない。隔膜式槽でのアノードも長寿命であるが、アノード室が破損したときの交換費用は非常に高い。それに、アノード室内の液はひんぱんに交換する必要があり、余分な作業を要求する。」(第31頁第25行?第32頁第5行)


3 甲第3号証(特開平6-146047号公報)
(3a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に・・・酸化イリジウム30?80モル%と酸化タンタル20?70モル%との混合酸化物よりなる電極活性層を設けたことを特徴とする酸素発生用陽極。
【請求項2】 バルブ金属又はその合金がチタン・・・又はこれらの合金である請求項1に記載の酸素発生用陽極。」(第2頁第1欄第1行?第10行)

(3b)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は酸素発生を伴う電解工程、特にスズ,亜鉛,クロム等により鋼板の電気メッキを行う際に硫酸酸性浴中で使用される不溶性陽極とその製法に関するものである。」 (第2頁第1欄第22行?第26行)

(3c)「【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は酸素発生に対して十分な触媒活性があり、硫酸酸性溶液中での電解に対して十分な耐久性のある酸素発生用陽極を提供することにある。」(第2頁第2欄第24行?第28行)

(3d)「【0008】
【課題を解決するための手段】本発明者らは硫酸酸性電解液中で使用する不溶性陽極において一般に使用されるチタン基体の酸化を防ぐためガラス質のシリカと金属タンタルよりなる導電性の中間被覆層を設け、表面層の電極触媒が残存しなくなるまで使用できる陽極を完成し、長寿命化を可能ならしめたものである。」(第2頁第2欄第29行?第35行)


4 甲第5号証(特開平6-146091号公報)
(5a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 Cr^(3+)イオンとZn^(2+)イオンを主体とし6価クロムを含有する酸性めっき浴に、6価クロムを電解還元して得られたCr^(3+)イオンと、金属Znにめっき液を接触反応して得られたCr^(3+)イオンおよびZn^(2+)イオンを供給しながらめっきするとともに、前記電解還元に際して電解還元用電極の陽極および陰極の少なくとも一方をPt系電極として直流電流を通電することを特徴とする亜鉛-クロム合金電気めっき方法。」(第2頁第1欄第1行?第9行)

(5b)「【0003】・・・クロム含有量の高い亜鉛-クロム合金電気めっき鋼板を得ることができるめっき方法を開発し、・・・提案した。ところが、これらのめっき方法においてはPb系電極付近でCr^(3+)イオンが酸化してCr^(6+)イオンが増加し、めっき効率に著しく影響を与えて製造効率を低下させるとともに長期間にわたって安定的に連続製造することができないという問題点があった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明は上記のような従来の問題点を解決して、クロム含有量が高くて耐食性に優れた亜鉛-クロム合金電気めっき鋼板を長期間にわたり安定して連続製造することができる亜鉛-クロム合金電気めっき方法を提供することを目的として完成されたものである。」(第2頁第2欄第1行?第18行)

(5c)「【0006】本発明においては、電解還元によってめっき液の6価クロムをCr^(3+)イオンに還元したうえ、得られたCr^(3+)イオンをめっき浴にCr^(3+)イオンを供給しながらめっきする点に特徴を有するものであり、これにより陽極電極付近でCr^(3+)イオンが酸化して発生したCr^(6+)イオンの増加を抑制するとともに、めっき処理で消費されたCr^(3+)イオンの不足分を補いめっき液中の各イオン濃度を所定値に維持して効率的なめっき処理を行う。なお、このようなCr^(3+)イオンの供給は、例えばめっき浴に溶解槽を連結して6価クロムを含有するめっき液の一部を送り込み、電解還元処理を施すことによって得られたCr^(3+)イオンを再びめっき浴に返送するようにすることにより達成される。」(第2頁第2欄第29行?第41行)

(5d)「【0007】また本発明においては、前記電解還元に際して電解還元用電極の陽極および陰極の少なくとも一方をPt系電極として直流電流を通電する点に特徴を有するものである。即ち、Pt系電極の場合にはPb系電極と異なり電極付近における酸化を抑制するので、Cr^(3+)イオンがCr^(6+)イオンに酸化される現象を防止して系内におけるCr^(6+)イオンの増加を極力防止する。なお、このようなPt系電極としてはPtあるいはPtにIr、Pd、Ru、Rh等を合金化したものを用いることができる。」(第2頁第2欄第42行?第50行))

(5e)「【0013】次に、めっきセルの不溶解性電極との関連について説明する。・・・
【0014】前記の不溶解性電極としてはPbO_(2)電極あるいはPbにSn、Ag、In、Te、Sr、As等を合金化したPb合金電極などのPb系電極、PtあるいはPtにIr、Pd、Ru、Rh等を合金化したPt系電極、Ru、Rh等の酸化物電極などの貴金属系電極、TaとRu、Rh、Ir、Pd、Ni、Pt等からなる非晶質合金系電極などが適用でき、このうちPb系電極が経済的に最も有利である。」(第3頁第4欄第8行?第33行)

(5f)「【0016】次に、本発明のめっきプロセスの一態様例を図面によって説明する。図中1は不溶解性電極2を使用するめっきセル、3は被めっき対象である鋼体で、前記めっきセル1は1個若しくは複数個設けられている。4は可溶性電極5を使用するめっきセルで必要に応じて任意の個数設けられている。6は前記のめっきセル1、4との間でめっき液を供給およびフィードバックする循環タンクである。前記循環タンク6には電解還元槽7が連結されており、本発明においてはめっき液の一部を電解還元槽7に送り込み不溶解性あるいは可溶性電極からなる陽極8a、8bと陰極9a、9bおよび電源10による電解還元によってめっき液の6価クロムをCr^(3+)イオンに還元したうえ、得られたCr^(3+)イオンを循環タンク6に戻し、めっき浴にCr^(3+)イオンを供給しながらめっきする。」(第4頁第5欄第7行?第20行)

(5g)「【0018】
【実施例】表1に示しためっき浴条件、およびめっき条件のもとに冷延鋼板を陰極として1万クーロン/リットルまで連続してめっきを行い、補給試薬で消費されたイオンの調整を行ったうえ表に掲げた条件で6価クロムの電解還元、および金属亜鉛との接触反応を行った。」(第4頁第6欄第19行?第24行)
「【0019】
【表1】
実施例
1 ・・・
めっき条件
陽極および構成比 Pt
・・・・
電解還元条件
電極 陽-陰 IrO_(2)/IrO_(2)・・・・」

(5h)「【0021】
【発明の効果】以上の説明からも明らかなように、本発明はクロム含有量が高くて耐食性に優れた亜鉛-クロム合金電気めっき鋼板を長期間にわたり安定して連続製造することができるものである。よって本発明は従来の問題点を一掃した亜鉛-クロム合金電気めっき方法として、産業の発展に寄与するところは極めて大である。」(第6頁第9欄第37行?第43行)


5 甲第6号証(特開昭61-23783号公報)
(6a)「2 特許請求の範囲
イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割し、陰極室に3価のクロム塩を溶解した水溶液を供給し、かつ、陽極室には、該クロム塩のアニオン種と同一のアニオン種の酸溶液を供給することを特徴とするクロムメッキ法。」(第1頁左欄第4行?第9行)

(6b)「従来の3価クロムメッキ浴の欠点の多くは、複雑な陽極反応に帰因すると考えられている。即ちメッキ時の陽極反応により陰極室で生成した2価クロムが再酸化されること、6価のクロムが生成すること、及び、錯化剤として用いられる有機カルボン酸又は、カルボン酸塩が陽極分解すること等により、メッキ浴のライフが減少し、かつ、メッキ浴のメインテナンスを著しく複雑化していることである。」(第1頁右下欄第20行?第2頁左上欄第8行)

(6c)「〔発明が解決しようとする問題点〕
本発明の目的は、このように従来の3価クロムメッキ浴を用いるメッキ方法の欠点である複雑な陽極反応を取り除き、メインテナンスを容易とし、かつ、メッキ浴のライフを増大し実用に適する3価クロムメッキ法を提供することにある。」(第2頁左上欄第9行?第14行)

(6d)「〔問題点を解決するための手段〕
本発明の要旨は、イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割し、陰極室に3価のクロム塩を溶解した水溶液を供給しかつ、陽極室には、該クロム塩のアニオン種と同一のアニオン種の酸溶液を供給することを特徴とするクロムメッキ法にあり、」(第2頁左上欄第15行?第20行)

(6e)「陽極は硫酸溶液の場合は鉛、チタンに貴金属、或いは貴金属酸化物を被覆した電極等が用いられ、塩化物溶液の場合は黒鉛、チタンに貴金属或いは貴金属酸化物を被覆した電極等が用いられる。」(第2頁左下欄第10行?第13行)

(6f)「〔作用〕
本発明のイオン交換膜を用いるクロムメッキ法は、イオン交換膜により陽極室と陰極室を完全に分離しており、又、膜内の物質移動には、クロム等の金属イオンは含まれず、陰極室内の3価クロムや、陰極で生成した2価クロム及びカルボン酸又は、カルボン酸塩は陰極室に留まり、陽極に移行することはない。
従って、従来の様に2価クロムの再酸化、6価クロムの生成、カルボン酸又は、カルボン酸塩の分解等の好ましくない陽極反応が生ずることはない。本発明のメッキ法に於ける陽極反応は、塩素発生又は酸素発生のみの極めて簡単な反応だけである。
〔発明の効果〕
以上の説明より明らかなように、本発明によれば、3価クロムメッキ浴のメインテナンスは著しく容易になり、メッキ浴のライフも増大し、その結果、実用に適する3価クロムメッキ法を得ることができる。」(第2頁左下欄第16行?右下欄第14行)

(6g)「〔実施例〕
実施例1
・・・・
陰極は、脱脂、酸洗等の通常の前処理を施したしんちゅう板を用い、陽極は、黒鉛を用いた。・・・さらに、陽極室液中には、クロムイオンは殆ど検出されず、液の着色もなかった。
実施例2
3価クロムメッキ浴として、表2の組成の水溶液を用い、その他の条件は、実施例1と同一とし、メッキを行った。
・・・
さらに陽極室液中にはクロムイオンは殆ど検出されず液の着色もなかった。」(第2頁左下欄第第17行?第3頁右上欄第16行)


6 甲第7号証(特開平3-260097号公報)
(7a)「2.特許請求の範囲
1 クロムメッキ浴を用いるメッキ操作において、陽極として、標準条件における酸素発生電位が2.2?2.8ボルトであり、耐食性基体上に白金族金属および/またはそれらの酸化物を含有する電極被覆を施した不溶性陽極を用いることを特徴とするクロムメッキ方法。」(第1頁左欄第4行?第10行)

(7b)「クロムメッキに用いるメッキ浴には・・・サージェント浴、・・・フッ化物含有浴、及び・・・高効率無腐食浴(・・・HEEF浴・・・)等がある。」(第1頁左下欄第17行?右下欄第5行)

(7c)「チタン等の導電性金属基体表面に白金、イリジウム、ロジウムなどの白金族金属およびそれらの酸化物の1種以上・・・を含ませたものを・・・被覆した貴金属被覆電極(以下単に貴金属電極という)は、クロムメッキ浴中で鉛合金電極、二酸化鉛被覆電極等の鉛電極に比べて極めて低い分極電位を示すことが知られている。しかし、この電極は三価クロムを六価クロムに酸化する能力が低く、初期には十分にメッキ可能であるが、良好なクロムメッキを連続して行うことができない。」(第2頁左上欄第13行?右上欄第3行)

(7d)「一般にクロムの電着に際し、クロムメッキ浴内には少量の三価クロムを含有させることが重要であり、良質のメッキを行うにはこの三価クロム濃度を調整することが必要である。クロムメッキ浴でメッキを行うと、陰極(被メッキ物)では三価クロムが生成し、陽極において酸化されて再び六価クロムすなわちクロム酸になる。この還元および酸化作用は用いる電極材料により一様でなく、三価クロムはある濃度で平衡に達する。貴金属電極は前述したように三価クロムを酸化する能力が低く、メッキを続けると浴中の三価クロム濃度が増大してメッキ不良となるのみならず、槽電圧が上昇して電流効率が低下する問題がある。」(第2頁右上欄第4行?第16行)

(7e)「本発明で使用する不溶性陽極の酸素発生電位が2.2ボルトより低いと、三価クロムを六価クロムに酸化する能力が低くいので好ましくなく、2.8ボルトより高いと、メッキ操作における槽電圧が高くなり、使用している整流器の能力を越えるおそれがあるので好ましくない。」(第2頁右下欄第18行?第3頁左上欄第3行)

(7f)「次に本発明における白金族金属及びそれらの酸化物について説明する。
従来の白金族金属及び/またはそれらの酸化物を被覆した電極は酸素発生電位が低い。最も高い白金メッキチタン電極でも標準条件で2.0ボルトである。酸化イリジウム、酸化ロジウムでは白金より酸素発生電位が低い。そこで酸素発生電位を高くするために、白金族金属及び/またはそれらの酸化物の被覆中に卑金属酸化物を含有せしめる。
白金族金属としては、白金、白金族金属酸化物としては酸化イリジウム、酸化ロジウムが好ましい。ルテニウム、パラジウムは酸素発生に対して耐久性が乏しいので、使用するとしても少量の割合であり、使用しない方が好ましい。」(第3頁右上欄第1行?第15行)

(7g)「従来、鉛合金が用いられていたクロムメッキ操作において、標準条件にける(審決注:「おける」の誤記と認められる。)酸素発生電位が2.2ボルト以上である鉛系以外の不溶性電極を使って三価クロムを6?8g/lに保ってクロムメッキを行うことが本発明により可能となり、鉛スラッジによる液の汚染を防止できるようになった。」(第5頁右上欄第16行?左下欄第1行)


7 甲第8号証(特開昭49-113731号公報)
(8a)「回転クロムメッキ方法とその装置」(第1頁左下欄第2行)
(8b)「第1図で、(1)はメッキ槽、(2)はメッキ液、(3)は陽極、また(7)は本発明の容器状陰極を総体的に示したもので・・・また(12)は容器状陰極のカソード面に載置した被メッキ体を示したもので・・・駆動装置を作動すれば、容器状陰極は回転軸により、その回転速度を自由に調整できるようにしてある。」(第2頁右下欄第2行?第20行)


8 甲第9号証(「化学大辞典」)
(9a)「貴金属・・・・金、銀、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金が該当する。」(第523頁右欄「貴金属」項)

9 甲第10号証(特開平6-173100号公報)
(10a)「【請求項1】6価Cr酸に還元剤を添加して3価のクロムに還元した硫酸クロムにおいて、前記還元剤として一部または全量多価アルコール誘導体を用いたことを特徴とするクロム系電気めっき用硫酸クロム。」(第2頁第1欄第2行?第5行)

(10b)「【0002】
【従来の技術】例えば自動車、家電、建材などに使用されるクロム系電気めっき鋼板は、3価クロムイオンを含んだ硫酸クロムで建液した酸性めっき浴を用いてめっき処理するのが一般的であり、前記の硫酸クロムとしては6価Cr酸である無水クロム酸をデンプン、ショ糖、アルコール等の有機系還元剤を添加・作用させて3価のクロムに還元精製したものが公知である。」(第2頁第1欄第14行?第21行)

(10c)「【0013】
【実施例】次に、本発明の実施例を比較例とともに挙げる。クロム酸がCr^(6+)として200g/l のクロム酸に対して表1に示したような還元条件で得られた硫酸クロム(Cr^(3+))を用いてめっき液を建液し、該めっき液を用いてめっき処理を行ったうえめっき層の密着性、およびめっき効率を評価した。・・・
なお、めっき条件は次の通りである。
めっき浴条件;Cr^(3+):60?30g/l 、Zn^(2+):60?110g/l 、ポリエチレングリコール1540:2g/l 、pH:1
めっき条件;電流密度:100A/dm^(2) 、めっき流速:60m/min
めっき板厚:0.8mm
めっき組成:Cr15%で残りがZn
めっき量:20g/m^(2)」(第3頁第3欄第24行?第4欄第14行)

上記(1a)?(10c)の各記載事項を、以下、「摘記事項(1a)」?「摘記事項(10c)」という。

第6 当審の判断
1 本件発明1について
本件発明1は、甲第1号証又は甲第2号証のいずれかに記載された発明に甲第3号証、甲第5号証ないし甲第7号証の記載を適用して当業者が容易に発明をすることができたものであるか、以下検討する。

(1)甲第1号証を主引用例とした場合の容易想到性について
ア 甲第1号証記載の発明
摘記事項(1c)の「エンバイロクロムめっきでは、・・・3価クロムめっき液が陽極に直接接触しないよう特殊なアノード・ボックス(図1を参照)を採用している。・・・そしてこのボックス中に通常の6価クロムめっき用鉛、または鉛・スズ合金アノードを入れ希硫酸を満たして使用する。」の記載によれば、甲第1号証には、以下の発明が記載されている。
「3価クロムめっき液を用いてクロムめっきを行う方法において、陽極として通常の6価クロムめっき用鉛、または鉛・スズ合金アノードを用いたクロムめっき方法。」(以下、「甲1発明」という。)


イ 本件発明1と甲1発明との対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「3価クロムめっき液」は、本件発明1の「3価クロムからなるめっき浴」に相当するから、両者の発明は、
「3価クロムからなるめっき浴を用いてクロムめっきを行う方法。」 で一致し、次の点で相違する。

(相違点1)
陽極として、本件発明1は「酸化イリジウムからなる電極触媒の被覆を基体上に設けた電極」を用いるのに対して、甲1発明は「通常の6価クロムめっき用鉛、または鉛・スズ合金アノード」を用いる点。


ウ 相違点1についての検討
(ア)本件発明1の課題及び作用効果について
(ア-1)本件明細書の記載
a 本件明細書には、次の記載がある。
(a)「【0002】
【従来の技術】クロムめっきは、一般には6価クロムを含有するめっき浴から行われている。近年、6価クロムが環境等に悪影響を及ぼすことから、3価クロムめっき浴に関する研究が進められている。3価クロムめっき浴を用いたクロムめっきは古くから提案されているが、3価クロムめっき浴を使用しためっきでは、6価クロムを使用した場合のように、めっき被膜に変色を生じたり、めっき被膜の密着性不良が生じることはなく、めっきの付き回りが良いという特徴を有しているものの、めっき可能な条件が限られており、実用には至っていない。
【0003】3価クロムめっき浴では、陽極酸化反応による6価クロムイオンの生成に伴いめっき液の安定性が悪くなり、めっき品質が低下する等の問題を有している。・・・」
(b)「【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、3価のクロムを用いたクロムめっき方法において、陽極において6価クロムの生成量が小さく、陽極の溶出が少なく陽極でのスラッジの生成あるいは、めっき層への不純物の析出を防止することができるクロムめっき方法およびバレルめっき方法を提供することを課題とするものである。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明は、3価クロムからなるめっき浴を用いてクロムめっきを行う方法において、陽極として酸化イリジウムからなる電極触媒の被覆を電極基体上に設けた電極を用いたクロムめっき方法である。・・・」
(c)「【0024】
【発明の効果】本発明は、薄膜形成性の金属からなる電極基体上に酸化イリジウムを有する電極触媒を形成した電極を陽極としたので、めっき被膜に変色を生じたり、めっき被膜の密着性不良が生じることはなく、めっきの付き回りが良い3価クロムからなるめっき浴において、6価クロムの生成を防止し、めっき浴中からのスラッジの発生もなく長期にわたり安定したクロムめっきが可能となる。」

b 本件明細書の【0014】ないし【0023】においては、実施例1ないし4、比較例1ないし3によって、種々の3価クロムめっき浴において、酸化イリジウムを被覆した陽極を用いると、酸化ルテニウム電極や酸化パラジウム電極といった貴金属酸化物被覆電極、鉛-錫合金電極、白金めっき電極等を用いた場合と比較して、6価クロムの生成が少ない、めっき液の汚染がない、電極の消耗がない、めっき可能な通電量が大きいなどの効果があることが示されており、上記a(c)の作用効果を奏することが示されている。

(ア-2)本件発明1の課題及び作用効果
上記(ア-1)の本件明細書の記載によれば、陽極酸化反応による6価クロムイオンの生成に伴いめっき液の安定性が悪くなり、めっき品質が低下するとの問題は、3価クロムめっき浴を用いたクロムめっきに特有の問題であり(上記(ア-1)a(a)【0003】)、本件発明1は,3価のクロムを用いたクロムめっき方法において、陽極において6価クロムの生成量が小さく、陽極の溶出が少なく、陽極でのスラッジの生成又はめっき層への不純物の析出を防止することができるクロムめっき方法を提供することを課題とする(上記(ア-1)a(b)【0006】)ものである。
そして、本件発明1は、酸化イリジウムが被覆材として他の貴金属酸化物よりも優れた効果を有することから、陽極として酸化イリジウムからなる電極触媒の被覆を基体上に設けた電極を用いるとの解決手段により、6価クロムの生成を防止し,めっき浴中からのスラッジの発生もなく、長期にわたり安定したクロムめっきが可能となるとの作用効果を達成し(上記(ア-1)a(c)【0024】)、課題を解決するものである。


エ 甲第1号証における本件発明1の解決手段等の示唆の有無について
(ア)摘記事項(1c)の記載によれば、甲1発明の課題は、「従来の3価クロムめっき法では、陽極面上でめっき液中の3価クロムが6価クロムに容易に酸化され、3価クロムめっきの本来の効果を下げてしまうという大きな欠点」を防止することにある。そして、甲1発明は、上記課題を解決する手段として、「3価クロムめっき液が陽極に直接接触しないよう特殊なアノードボックス」という手段を採用したものであり、当該アノード・ボックスは、「このようにアノード・ボックスには、めっき液と陽極を分離するために、液体を通さないイオン交換膜を用いている。この膜は陽イオン交換タイプのもので、図2に示すように、水素イオンは通すがその他の陽イオンは通さない。」(摘記事項(1c))と記載されるとおり、イオン交換膜によって水素イオン以外の「その他の陽イオン」である3価クロムイオンの通過を防止し、3価クロムイオンが陽極と直接接触しないように、陽極と3価クロムイオンとを隔離することにより、陽極面上の6価クロムの発生を抑制するものである。
他方、甲第1号証には、摘記事項(1c)及び(1d)の記載によれば、3価クロムめっきの陽極材料として、「鉛または鉛・スズ合金」が例示されているが、それ以外にいかなる陽極材料を使用するかについては何ら記載がない。また、「通常の6価クロムめっき用」との記載はあるが、これは、甲第1号証に記載された上記の特殊なアノード・ボックスを用いた3価クロムめっき法において、アノードとして使用された上記「鉛または鉛・スズ合金」が「通常の6価クロムめっき用」であることを意味するに留まる。
よって、甲第1号証には、「鉛または鉛・スズ合金」以外の陽極材料を甲第1号証に記載された3価クロムめっき法に適用できることは開示されておらず、また、「鉛または鉛合金」以外の陽極材料の選択を示唆しているものでもない。

(イ)そうすると、甲第1号証に、3価クロムめっきの陽極において6価クロムの生成を抑制するとの本件発明1の課題が記載されているとしても、その解決手段に関して、甲第1号証には、イオン交換膜を用いて3価クロムめっき液と陽極とが直接接触しないように隔離することは記載されているが、陽極の被覆材を選択することによって陽極において6価クロムの生成を抑制することは示唆されていない。


オ 甲第3号証記載の技術事項の適用の可否について
(ア) 甲第3号証に記載された発明は、酸素発生を伴う電解工程、特にクロム等により鋼板の電気めっきを行う際に硫酸酸性浴中で使用される不溶性陽極として、触媒活性と耐久性のある電極を提供することを課題とし(摘記事項(3b)、(3c))、その課題の解決のために、チタン基体の酸化を防ぐためシリカとタンタルとの混合物よりなる薄膜中間層を設け、表面層の電極触媒が残存しなくなるまで使用できる陽極を完成したものである(摘記事項(3a)、(3d))。そして、甲第3号証には、薄膜中間層の上に酸化イリジウムを含有する混合酸化物よりなる電極活性層を設けることが記載されている。
しかし、前記ウ(ア)のとおり、本件発明1の課題は、陽極における6価クロムの生成を抑制するという3価クロムめっきに特有の課題であるところ、甲第3号証には、めっき浴が3価クロムめっき浴か6価クロムめっき浴かすら記載されておらず、本件特許出願当時、単に「クロムめっき」という場合に、それが6価のクロムめっきを指すことが多かったことは認められるものの(乙第1号証ないし乙第3号証)、それが3価のクロムめっきを指すことが技術常識であったとは認められないから、甲第3号証には、3価クロムめっきに特有の課題(陽極からの6価クロムの生成を抑制するとの課題)が示唆されているとはいえない。
また、甲第3号証には、陽極に酸化イリジウム被覆層を設けると耐久性が向上することが記載されているものの、酸化イリジウムをそれ以外の陽極材料と比較したことについての記載がないから、陽極を被覆する陽極材料として酸化イリジウムを選択することによって他の陽極材料に比較して耐久性に優れることが示唆されているとはいえない。
そうすると、甲第3号証には、本件発明1の課題の示唆はなく、また、陽極材料の中から酸化イリジウムを選択し、陽極として酸化イリジウムを被覆した電極を用いるとの本件発明1の解決手段についても示唆があるとはいえない。

(イ)したがって、甲第3号証には、クロムめっきの陽極に酸化イリジウム被覆層を設けるとの技術事項は記載されているが、甲1発明における3価クロムめっきの陽極に対して甲第3号証に記載された技術事項を適用することについて、示唆があるとはいえず、甲1発明における3価クロムめっきの陽極として酸化イリジウムを被覆した電極を採用することは、甲第1号証及び甲第3号証の記載から容易に想到することはできない。

(ウ)請求人は、3価クロムめっきが周知であることから、甲第3号証に記載された「クロム」が3価クロムを自明の態様として内在する旨(審判請求書第9頁第21行?第26行)主張する。
しかし、3価クロムめっきが周知であったとしても、甲第3号証には、「クロム」としか記載されておらず、単に「クロムめっき」という場合に、それが3価クロムめっきを指すことが技術常識であったとはいえないことは、上記(ア)で述べたとおりである。よって、甲第3号証には3価クロムによるめっき態様が内在しているとの請求人の主張は理由がない。

(エ)請求人は、参考資料として甲第10号証を提出し、平成23年7月20日付けの口頭審理陳述要領書において、次の主張をする。
「・・・甲第10号証には、自動車、家電、建材などに使用されるクロム系電気めっき鋼板を製造するためのめっき浴として、3価のクロムに還元した硫酸クロムを主体とするめっき浴が用いられることが記載されているといえる。
甲第3号証の段落〔0001〕には、『本発明は酸素発生を伴う電解工程、特にスズ、亜鉛、クロム等により鋼板の電気メッキを行う際に硫酸酸性浴中で使用される不溶性陽極とその製法に関するものである。』と記載されている。
そうすると、甲第3号証の段落〔0001〕に記載の『硫酸酸性浴』には、甲第10号証に記載の3価のクロムに還元した硫酸クロムを主体とするめっき浴が、当然包含されるといえる。」(第13頁第21行?第14頁第5行)
しかし、甲第3号証には、「硫酸酸性浴」が「3価のクロムを還元した硫酸クロム」のめっき浴であることは記載されていない。
確かに、甲第10号証には、「クロム系電気めっき鋼板は、3価クロムイオンを含んだ硫酸クロムで建液した酸性めっき浴を用いてめっき処理するのが一般的であり」(摘記事項(10b)、【0002】)との記載はあるが、従来の課題を解決する具体例においては、請求人の主張する「3価のクロムに還元した硫酸クロムを主体とするめっき浴」は記載されていない。
すなわち、具体例における「めっき浴条件:;Cr^(3+):60?30g/l 、Zn^(2+):60?110g/l 、ポリエチレングリコール1540:2g/l 、pH:1
・・・
めっき組成:Cr15%で残りがZn
・・・」(摘記事項(10c))の記載によると、めっき浴の組成は、「Cr^(3+):60?30g/l 、Zn^(2+):60?110g/l」であり、Cr^(3+)に加えてZn^(2+)がそれ以上に含有されている。しかも、そのめっき浴によって得られためっきの組成は、「Cr15%で残りがZn」というZnを主体とする亜鉛-クロム合金である。そうすると、甲第10号証に記載されためっき浴は、「3価クロムイオンに還元した硫酸クロム」を含有するものであるとしても、「3価のクロムに還元した硫酸クロムを主体とするめっき浴」には該当しない。
このように、甲第10号証には、「クロム系電気めっき鋼板」(摘記事項(10b))のめっき方法として、亜鉛を主体とする亜鉛-クロム合金めっき方法によるものが開示されているにとどまり、これらの記載をもって、甲第3号証に記載された「硫酸酸性浴」が3価クロムからなるめっき浴を当然に意味するとはいえない。
したがって、甲第3号証の段落【0001】に記載の「硫酸酸性浴」には、甲第10号証に記載の「3価のクロムに還元した硫酸クロムを主体とするめっき浴」が当然に包含されるとする請求人の主張は理由がない。


カ 甲第5号証記載の技術事項の適用の可否について
(ア)甲第5号証には、「Cr^(3+)イオンとZn^(2+)イオンを主体とし6価クロムを含有する酸性めっき浴」を用いた亜鉛-クロム合金電気めっき方法が記載されており、その特徴は、「酸性めっき浴に、6価クロムを電解還元して得られたCr^(3+)イオンと、金属Znにめっき液を接触反応して得られたCr^(3+)イオンおよびZn^(2+)イオンを供給しながらめっきするとともに、前記電解還元に際して電解還元用電極の陽極および陰極の少なくとも一方をPt系電極として直流電流を通電する」(摘記事項(5a))ことにある。
上記の酸性めっき浴において使用される電極としては、「前記の不溶解性電極としてはPbO_(2)電極あるいはPbにSn、Ag、In、Te、Sr、As等を合金化したPb合金電極などのPb系電極、PtあるいはPtにIr、Pd、Ru、Rh等を合金化したPt系電極、Ru、Rh等の酸化物電極などの貴金属系電極、TaとRu、Rh、Ir、Pd、Ni、Pt等からなる非晶質合金系電極などが適用でき、このうちPb系電極が経済的に最も有利である。」(摘記事項(5e))のように、Pb系電極、貴金属系電極、非晶質合金系が例示されている。
また、上記の電解還元用電極に使用されるPt系電極としては、「PtあるいはPtにIr、Pd、Ru、Rh等を合金化したものを用いることができる」(摘記事項(5d))と記載されている。
しかし、甲第5号証に記載された発明は、摘記事項(5b)及び(5c)によれば、従来は、Pb系電極付近でCr^(3+)イオンが酸化してCr^(6+)イオンが増加し、めっき効率に著しく影響を与えて製造効率を低下させるとの問題点があり(摘記事項(5b))、この問題点を解決するために、電解還元によってめっき液の6価クロムをCr^(3+)イオンに還元したうえ、得られたCr^(3+)イオンをめっき浴にCr^(3+)イオンを供給しながらめっきすることより、陽極電極付近でのCr^(6+)イオンの増加を抑制するとともに、めっき処理で消費されたCr^(3+)イオンの不足分を補うものである(摘記事項(5c))。また、電解還元用の電極にPt系電極を用いた点も、Pt系電極の場合、Pb系電極と異なり電極付近における酸化を抑制するので、Cr^(3+)イオンがCr^(6+)イオンに酸化される現象を防止できること(摘記事項(5d))にある。このような手段の採用によって、亜鉛-クロム合金電気めっき鋼板を長期間にわたり安定して連続製造するとの作用効果(摘記事項(5h))を得るものである。
そうすると、甲第5号証には、めっき浴においてPb系電極付近でCr^(3+)イオンが酸化してCr^(6+)イオンが増加するのを防止するという課題は記載されているとしても、その解決手段に関しては、電解還元によってめっき液の6価クロムをCr^(3+)イオンに還元し、そのCr^(3+)イオンをめっき浴に供給するとの手段は記載されているが、めっき浴における陽極材料として基体に被覆する電極触媒を選択することは示唆されていない。

(イ)さらに、陽極材料についてみても、酸性めっき浴の電極には、貴金属系電極として「Ru、Rh等の酸化物電極」が例示されているが、イリジウム(Ir)の酸化物電極は記載されていない。
また、表1の実施例1には、「電解還元条件」の「電極」として、「IrO_(2)」の酸化イリジウムを用いたこと(摘記事項(5g))が記載されている。ただ、この電極は、摘記事項(5f)の「図中1は不溶解性電極2を使用するめっきセル、・・・前記めっきセル1は1個若しくは複数個設けられている。・・・6は前記のめっきセル1、4との間でめっき液を供給およびフィードバックする循環タンクである。前記循環タンク6には電解還元槽7が連結されており、本発明においてはめっき液の一部を電解還元槽7に送り込み不溶解性あるいは可溶性電極からなる陽極8a、8bと陰極9a、9bおよび電源10による電解還元によってめっき液の6価クロムをCr^(3+)イオンに還元したうえ、得られたCr^(3+)イオンを循環タンク6に戻し、めっき浴にCr^(3+)イオンを供給しながらめっきする。」(【0016】)の記載のとおり、めっき液の6価クロムをCr^(3+)イオンに還元する電解還元槽7で使用される電極である。当該電解還元槽で還元された3価クロムがめっきセルに供給されて、めっき浴においてめっきが行われるところ、表1の実施例1の「めっき条件」に、「陽極」として「Pt」(白金)が記載されていることからも、上記の「IrO_(2)」は、3価クロムを含むめっき浴で使用される電極材料ではない。

(ウ)したがって、甲第5号証には、甲1発明における3価クロムめっきの陽極に対して甲第5号証に記載された上記の技術事項を適用することについて、示唆があるとはいえず、甲1発明における3価クロムめっきの陽極として酸化イリジウムを被覆した電極を用いることは、甲第1号証及び甲第5号証の記載から容易に想到することはできない。


キ 甲第6号証記載の技術事項の適用の可否について
(ア)甲第6号証の記載によれば、甲第6号証の課題は、3価クロムめっき浴を用いるめっき方法の欠点である複雑な陽極反応(すなわち、陰極で生成した2価クロムが陽極で再酸化されること、6価のクロムが生成すること、錯化剤として用いられる有機カルボン酸又はカルボン酸塩が陽極分解すること)を取り除き、メインテナンスを容易とし、かつ、めっき浴のライフを増大し実用に適する3価クロムめっき法を提供することにある(摘記事項(6b)及び(6c))。そして、甲第6号証記載の発明は、上記課題の解決手段として、イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割し、陰極室に3価のクロム塩を溶解した水溶液を供給し、陽極室にクロム塩のアニオン種と同一のアニオン種の酸溶液を供給するとの手段を採るものである(摘記事項(6a)、(6d)及び(6f))。
他方、甲第6号証には、陽極としてチタンに貴金属酸化物を被覆した電極を用いることが例示的に記載されているが(摘記事項(6e))、貴金属酸化物のうち具体的にどのような金属の酸化物を使用すべきかについては何ら記載されていない。
また、実施例には、陽極として黒鉛を用いた実施例1、2(摘記事項(6g))が記載されているが、貴金属酸化物を被覆した電極を用いた具体例は記載されていない。
そうすると、甲第6号証に、3価クロムめっきの陽極において6価クロムの生成を抑制するとの本件発明1の課題が示唆されていると解する余地があるとしても、その解決手段に関して、甲第6号証には、イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割することは記載されているが、陽極の被覆材を貴金属酸化物のうちで更に選択することは、示唆されていない。

(イ)したがって、甲第6号証には、3価クロムめっき浴を用いるめっき方法において、イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割した点で甲1発明と共通する解決手段が記載されているが、陽極の被覆材として、貴金属酸化物のうち酸化イリジウムを選択することの示唆はないから、甲第6号証に記載された技術事項を適用したとしても、甲1発明における3価クロムめっきの陽極として酸化イリジウムを被覆した電極を用いることは、甲第1号証及び甲第6号証の記載から容易に想到することはできない。

(ウ)請求人は、参考資料の甲第9号証を提示し、「甲第6号証における『貴金属酸化物』という記載をみた当業者は、技術常識上、同記載を『酸化金、酸化銀、酸化ルテニウム、酸化ロジウム、酸化パラジウム、酸化オスミウム、酸化イリジウムまたは酸化白金』と記載されているに等しいと直ちに理解する」から、甲第6号証に記載されている「貴金属酸化物」として酸化イリジウムを想定することは容易に想到することである旨(口頭審理陳述要領書第17頁第20行?第18頁第8行)主張する。
「貴金属」なる用語は、「金、銀、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金」(甲第9号証)を総称して用いられるから、「酸化イリジウム」は、「貴金属酸化物」の1種である。しかし、そうであるとしても、「貴金属酸化物」という記載が一義的に「酸化イリジウム」を意味することにはならない。
そして、上記(ア)のとおり、甲第6号証には、貴金属酸化物の中から具体的にどのような酸化物を使用するのか何も記載されておらず、陽極の被覆材として酸化イリジウムを用いることの示唆はないから、甲第6号証の「貴金属酸化物を被覆した電極」(摘記事項(6e))という記載をもって、「酸化イリジウムを被覆した電極」が記載されているに等しいと直ちに理解する根拠はないというべきである。
したがって、甲第6号証記載の「貴金属酸化物」として酸化イリジウムを想到することは容易であるとする請求人の上記主張は、その前提において理由がない。


ク 甲第7号証記載の技術事項の適用の可否について
(ア)甲第7号証には、サージェント浴等の6価クロムめっき浴を用いたクロムめっき方法において、陽極として、耐食性基体上に白金族金属の酸化物を含有する電極被覆を施した不溶性陽極を用いることが記載され、白金族金属酸化物としては酸化イリジウム、酸化ロジウムが好ましいことが記載され、スラッジによる液の汚染を防止できることが記載されている(摘記事項(7a)、(7b)、(7f)及び(7g))。また、甲第7号証には、チタン等の導電性金属基体表面に白金、イリジウム、ロジウムなどの白金族金属の酸化物を被覆した貴金属被覆電極は3価クロムを6価クロムに酸化する能力が低いことも記載されている(摘記事項(7c))。
しかし、甲第7号証の摘記事項(7c)及び(7d)の記載及び摘記事項(7g)の記載によれば、6価クロムめっき浴は、めっきするために十分な量の6価クロムを含有し、かつ、3価クロムを6?8g/l含有するのが適当であり、3価クロムの濃度が増大すると、めっき不良の原因となること、そのため、甲第7号証には、6価クロムめっき浴においてめっき浴中の3価クロムを6?8g/lに調整しつつクロムめっきを行う技術が記載されている。そして、摘記事項(7c)の「三価クロムを六価クロムに酸化する能力が低く、」との記載及び摘記事項(7d)の「三価クロムを酸化する能力が低く」との記載は、陽極が、3価クロムを6価クロムに酸化する能力が低いと、めっき浴中の3価クロムの濃度が増大してめっき不良となるとの文脈において、陽極の能力を記述したものと解される。そうすると、摘記事項(7c)の「三価クロムを六価クロムに酸化する能力が低く、」との記載及び摘記事項(7d)の「三価クロムを酸化する能力が低く」との記載は、3価クロムめっきの陽極において6価クロムの生成を抑制するとの本件発明1の課題を示唆するものということはできない。その他、甲第7号証の記載を検討しても、本件発明1の課題の示唆はなく、その課題を解決するための解決手段の示唆も認められない。
すなわち、「不溶性陽極の酸素発生電位が2.2ボルトより低いと、三価クロムを六価クロムに酸化する能力が低くいので好ましくなく」(摘記事項(7e))及び「酸素発生電位を高くするために、白金族金属及び/またはそれらの酸化物の被覆中に卑金属酸化物を含有せしめる。」(摘記事項(7f))と記載されるように、不溶性陽極の酸素発生電位が低いと3価クロムを6価クロムに酸化する能力が低いので、不溶性陽極の酸素発生電位を高くするために、不溶性陽極における白金族金属及び/またはそれらの酸化物の被覆中に卑金属酸化物を含有するとの解決手段は記載されているが、3価クロムめっきの陽極において6価クロムの生成を抑制するために陽極の被覆材として貴金属酸化物のうちから酸化イリジウムを用いることの示唆はない。

(イ)したがって、甲第7号証には、6価クロムめっきの陽極として、酸化イリジウムを被覆した陽極を用いるとの技術事項が記載されているが、甲1発明における3価クロムめっきの陽極に対して甲第7号証に記載された技術事項を適用することについて、示唆があるとはいえず、甲1発明における3価クロムめっきの陽極として酸化イリジウムを被覆した電極を用いることは、甲第1号証及び甲第7号証の記載から容易に想到することはできない。


ケ 以上のとおり、本件発明1は、甲第1号証及び甲第3、5ないし7号証に記載された技術事項に基いて、当業者が容易に想到することができたものとは認められない。
そして、本件発明1は、上記相違点1に係る構成を具備することにより、6価クロムの生成を防止し、しかもめっき浴中からのスラッジの発生もなく長期にわたり安定したクロムめっきが可能となるという、本件明細書記載の効果を奏するものである。


(2)甲第2号証を主引用例とした場合の容易想到性について
ア 甲第2号証記載の発明
甲第2号証には、「3価クロムめっき浴が工業化されたのは今から10年以上である。」(摘記事項(2a))、「隔膜式の3価クロム浴では鉛アノードを使用するが、無隔膜3価クロム浴ではグラファイトを使用する。」(摘記事項(2f))、「表2 クロムめっきの作業条件」における「3価クロム」の「アノード」の「無隔膜槽 特殊グラファイト」、「隔膜槽 アノードボックス内のPb」(摘記事項(2e))の記載によると、以下の発明が記載されている。
「3価クロム浴を用いてクロムめっきを行う方法において、陽極として、隔膜式の場合は鉛アノード、無隔膜の場合はグラファイトアノードを用いたクロムめっき方法。」(以下、「甲2発明」という。)

イ 本件発明1と甲2発明との対比
本件発明1と甲2発明とを対比すると、甲2発明の「3価クロム浴」は、本件発明1の「3価クロムからなるめっき浴」に相当するから、両者の発明は、
「3価クロムからなるめっき浴を用いてクロムめっきを行う方法。」 で一致し、次の点で相違する。

(相違点2)
陽極として、本件発明1は、「酸化イリジウムからなる電極触媒の被覆を基体上に設けた電極」を用いるのに対して、甲2発明は、「隔膜式の場合は鉛アノード、無隔膜の場合はグラファイトアノード」を用いる点。

ウ 相違点2についての検討
(ア)甲第2号証における本件発明1の解決手段等の示唆の有無について
甲第2号証には、「3価クロムめっき浴が工業化されたのは今から10年以上である。この20年目に、いくつかの液が開発され、3価クロムの利点が認識されるようになった。」(摘記事項(2a))と記載され、3価クロムめっき液の利点につき、安全性、作業性、生産性、コスト等の観点で6価クロムめっき液と比較して記載されている(摘記事項(2d)?(2i))。
ただ、めっき浴で用いる陽極材料に関しては、「3価クロム浴ではグラファイトアノードを使用し、ほとんど保守の必要がなく、機械的破損のないかぎり交換を必要としない。」(摘記事項(2i))の記載があり、保守の観点からグラファイトアノードを使用することが記載されているが、3価クロムめっき浴の陽極において3価クロムが6価クロムに酸化されるという問題については記載されていない。また、「グラファイト」や「鉛」以外の電極材料を選択する必要のあることを示唆する記載もない。
そうすると、甲第2号証には、3価クロムめっき浴の陽極において6価クロムの生成を抑制するために、陽極として酸化イリジウム被覆した電極を用いるという本件発明1の課題及び課題解決手段について、示唆はない。

(イ)甲第3、5ないし7号証記載の技術事項の適用の可否について
上記「第6 1(1) オないしク」のとおり、甲第3、5ないし7号証には、陽極として酸化イリジウムを被覆した電極を用いるとの本件発明1の解決手段について示唆がなく、 前記(ア)のとおり、甲第2号証には、本件発明1の課題及び解決手段について示唆がないから、甲2発明における3価クロムめっきの陽極に対して甲第3、5ないし7号証に記載された技術事項を適用することについて示唆があるとはいえず、甲2発明における3価クロムめっきの陽極として酸化イリジウムを被覆した電極を用いることは、甲第3、5ないし7号証の記載から容易に想到することはできない。
したがって、本件発明1は、甲第2号証及び甲第3、5ないし7号証に記載された技術事項に基いて、当業者が容易に想到することができたものとは認められない。
そして、本件発明1は、上記相違点2に係る構成を具備することにより、6価クロムの生成を防止し、しかもめっき浴中からのスラッジの発生もなく長期にわたり安定したクロムめっきが可能となるという、本件明細書記載の効果を奏するものである。


2 本件発明2ないし4について
本件発明2は、本件発明1を引用するものであり、本件発明3、4は、いずれも本件発明1ないし3を引用するものであるから、本件発明2ないし4は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものである。
本件発明1は、上記1のとおり、甲第1号証ないし甲第3号証、甲第5号証ないし甲第7号証に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明1の発明特定事項を全て含む本件発明2ないし4についても当業者が容易に発明をすることができたものではない。


第7 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2011-10-03 
出願番号 特願平6-144431
審決分類 P 1 113・ 121- Y (C25D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鈴木 正紀  
特許庁審判長 北村 明弘
特許庁審判官 田中 永一
川端 修
登録日 2001-05-11 
登録番号 特許第3188361号(P3188361)
発明の名称 クロムめっき方法  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 斉藤 武彦  
代理人 市川 さつき  
代理人 米澤 明  
代理人 木村 満  
代理人 市川 さつき  
代理人 齋藤 悦子  
代理人 奥村 直樹  
代理人 森川 泰司  
代理人 富岡 英次  
代理人 齋藤 悦子  
代理人 田▲崎▼ 哲也  
代理人 奥村 直樹  
代理人 森川 泰司  
代理人 田▲崎▼ 哲也  
代理人 鈴木 敏弘  
代理人 斉藤 武彦  
代理人 毛受 隆典  
代理人 毛受 隆典  
代理人 米澤 明  
代理人 鈴木 敏弘  
代理人 富岡 英次  
代理人 木村 満  

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