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審決分類 審判 一部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  B05B
審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B05B
管理番号 1248441
審判番号 無効2010-800232  
総通号数 146 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-02-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2010-12-16 
確定日 2011-08-03 
事件の表示 上記当事者間の特許第3432819号発明「液体吹付付与装置、それを使用した液体の吹き付け付与方法、及び薬液」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3432819号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし10に係る発明についての出願は、平成14年7月31日に特許出願され、平成15年5月23日に特許権の設定登録がなされたものである。
これに対して、平成22年12月16日付けで請求人(株式会社タイホーコーザイ)より本件特許の請求項9及び10に係る発明について本件特許無効審判の請求がなされたところ、平成23年3月14日付けで被請求人(株式会社メンテック)より審判事件答弁書が提出され、平成23年5月23日付けで請求人より口頭審理陳述要領書が提出され、平成23年5月25日付けで被請求人より口頭審理陳述要領書が提出され、その後、平成23年6月14日に第1回口頭審理を実施し、同口頭審理において審理を終結した。


第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし10に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」ないし「本件特許発明10」という。)は、願書に添付した明細書及び図面(以下、明細書を「本件特許明細書」といい、図面を含めて「本件特許明細書等」という。)の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】 走行体に対して液体を吹き付けて付与する抄紙機における液体吹付付与装置であって、液体を噴霧するための噴霧ノズルと、気流を噴射するための気流噴射口とを備え、該噴霧ノズルから噴霧された液体に対して、該気流噴射口から気流を噴射し、噴霧された液体を流速の大きな該気流に乗せ加速して走行体に吹き付けることができるように噴霧ノズル及び気流噴射口が配置されていることを特徴とする液体吹付付与装置。
【請求項2】 走行体に対して液体を吹き付けて付与する抄紙機における液体吹付付与装置であって、液体を噴霧するための噴霧ノズルを備えたスプレー管と、気流を噴射するための気流噴射口を備えたエアボックスとを備え、該噴霧ノズルから噴霧された液体に対して、該気流噴射口から気流を噴射し、噴霧された液体を流速の大きな該気流に乗せ加速して走行体に吹き付けることができるようにスプレー管及びエアボックスが配置され、該スプレー管は、走行体の幅方向に一定間隔をおいて並設された複数の噴霧ノズル、該噴霧ノズルに液体を送るための液送管、該液送管内の液体の圧力を均一にするための圧調整管、圧搾空気を送るための気送管、及び該気送管内の圧搾空気の圧力を均一にするための圧調整管を備えることを特徴とする液体吹付付与装置。
【請求項3】 前記噴霧された液体を、流速の大きな前記気流に乗せ加速して進行方向を変えて走行体に吹き付けることを特徴とする請求項2記載の液体吹付付与装置。
【請求項4】 前記エアボックスは、外壁と該外壁内に支持片を介して取り付けられたエアパイプとを備え、該エアパイプは、その管壁のうち外壁に設けられた気流噴射口とは反対側の位置に貫通した穴が複数形成されていることを特徴とする請求項2又は3記載の液体吹付付与装置。
【請求項5】 前記噴霧ノズルは、スプレーパターンがフラットであり、スプレー管に対して互いに傾斜させた状態に固定することを特徴とする請求項2又は3記載の液体吹付付与装置。
【請求項6】 前記スプレー管は、間隔を開けてエアボックスに固定されていることを特徴とする請求項3記載の液体吹付付与装置。
【請求項7】 走行体に対して液体を吹き付けて付与する抄紙機における液体吹付付与装置であって、液体を噴霧するための1つの噴霧ノズルを備えたスプレー管と、気流を噴射するための気流噴射口とを備え、該噴霧ノズルから噴霧された液体に対して、該気流噴射口から気流を噴射し、噴霧された液体を流速の大きな該気流に乗せ加速して走行体に吹き付けることができるように噴霧ノズル及び気流噴射口が配置され、該スプレー管及びエアボックスは、移動ベルトによって走行体の幅方向に往復移動するものであり、該スプレー管は、エアボックスに嵌め込んで固定されていることを特徴とする液体吹付付与装置。
【請求項8】 前記請求項1?7から選ばれた請求項に記載の液体吹付付与装置を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法。
【請求項9】 前記請求項8記載の、液体の吹き付け付与方法に使用される薬液。
【請求項10】 前記薬液は、汚染防止剤、ダスティング防止剤、ピッチコントロール剤、離型剤、接着剤、表面修正剤、洗浄剤、紙力増強剤、サイズ剤、歩留向上剤、撥水剤、撥油剤、防滑剤、滑剤、柔軟剤、湿潤剤のうちの1つ又は2つ以上を組み合わせたものであることを特徴とする請求項9記載の薬液。」


第3 請求人の主張の概要

1 請求人の主張の概要及び証拠方法
[主張の概要]
請求人は、「特許第3432819号発明の明細書の請求項9及び10に係る発明についての特許を無効とする。審判請求費用は被請求人の負担とする。」との趣旨で特許無効審判を請求し、その理由として、以下の無効理由1及び2を主張するとともに、その証拠方法として以下の甲第1号証ないし甲第5号を提出した。また、平成23年5月23日付け口頭審理陳述要領書に添付して甲第6号証ないし甲第12号証を提出した。

[無効理由1]
本件特許発明9及び10は、「薬液」を明確に特定しているとはいえず、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないので、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
具体的な理由については、下記「無効理由1-1」ないし「無効理由1-5」のとおりである(この項分けは、当審において便宜的に行ったものである。)。

[無効理由2]
本件特許発明9及び10の「薬液」について、発明の詳細な説明には、その製造方法、入手先が記載されておらず、本件特許発明9及び10を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないので、特許法123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
具体的な理由については、下記「無効理由2-1」ないし「無効理由2-2」のとおりである(この項分けは、当審において便宜的に行ったものである。)。

[証拠方法]
甲第1号証:特許庁編「産業別審査基準」、一般審査基準、組成物、社団法人発明協会、昭和48年発行、第〔1〕-9-11頁第13行?第20行
甲第2号証:特開2004-332198号公報
甲第3号証:特願2004-249266に対する拒絶理由通知書
甲第4号証:特許第4271636号公報
甲第5号証(参考資料):被請求人から請求人への特許権侵害警告書
甲第6号証:実開平1-152762号公報(実願昭63-46738号の明細書及び図面)
甲第7号証(参考資料):ペーパーエイドEC108の売上伝票(控)、及び受領書の写し
甲第8号証:薬品散布装置のカタログ 株式会社堀河製作所
甲第9号証:特許・実用新案審査基準 第I部第1章 第1?12頁
甲第10号証:特開平7-292382号公報
甲第11号証:紙パルプ技術タイムス 臨時増刊 第28巻 第2号 通巻第323号 目次 昭和60年1月15日 株式会社紙業タイムス社発行
甲第12号証:特許・実用新案審査基準 第II部第2章 第1?8頁
(なお、第1回口頭審理調書のとおり、甲第5号証及び甲第7号証は「参考資料」とされた。)

2 無効理由1-1(審判請求書第4ページ第1行ないし第5ページ第20行)
本件特許発明9又は10が対象とする「薬液」は、本件特許明細書等の段落[0002]ないし[0004]、[0057]ないし[0060]の記載から、液体状の薬品を意味していることが明らかであるが、このような液体薬品は「組成物」に属するものである。
そして、「組成物」については、特許業界では、成分又は成分と配合割合を発明特定事項として明確化することによって特定するのが、世界的な常識である(甲第1号証)。
なお、現行の特許・実用新案審査基準においては、「物の発明の発明特定事項として物の結合や物の構造の表現形式を用いることができる他、作用・機能・性質・特性・方法・用途・その他のさまざまな表現形式を用いることができること」が規定されているが、この一方で「このような種々の表現形式を用いた発明の特定は、発明が明確である限りにおいて許容されるにとどまることに留意すべきこと」と、「例えば、物の有する機能・特性等、達成すべき結果や特殊パラメータによる特定を含む場合、発明の範囲が不明確になることが多い(例:化学物質発明)こと」も明確に規定されている(特許・実用新案審査基準 第I部 第1章 明細書及び特許請求の範囲の記載要件 2.2.2 第36条第6項第2号 (留意事項)参照。)。
ここで、本件特許発明9の発明特定事項である「前記請求項8記載の、液体吹き付け付与方法に使用される」は、引用元の本件特許請求項8に「前記請求項1?7から選ばれた請求項に記載の液体吹付付与装置を使用して走行体に液体を吹き付け付与する」と記載されているとおり、当該液体吹付付与装置を普通に使用する(通常運転する)方法を意味しており、実質的には「前記請求項1?7から選ばれた請求項に記載の液体吹付付与装置」を意味している。
よって、この発明特定事項が、組成物たる当該薬液の成分や配合割合を示すものではなく、しかも当該薬液の機能・特性等、達成すべき結果や特殊パラメータを示すものでもないことは明白である。
なお、本件特許の請求項1?7のいずれか1つの項に記載の液体吹付付与装置(以下、「本件特許液体吹付付与装置」という。)は、本件特許発明9の薬液の用途のひとつと解釈することは可能であるが、極めて広い範囲の組成物である液体薬品を意味する「薬液」には、液体吹付付与装置以外にも各種様々な用途が存在することは当業者の技術常識であり、このような発明特定事項のみをもって、組成物である本件特許発明9の薬液を特定することは不可能である。さらに、液体吹付付与装置として、本件特許明細書等の段落[0004]ないし[0006]において被請求人自らも認識しているように、本件特許の出願前から、本件特許液体吹付付与装置以外の他の液体吹付付与装置が存在しており(例えば、段落[0006]に記載の「流体散布用流体飛散防止装置」)、本件特許液体吹付付与装置という発明特定事項は、極めて広い範囲の組成物である液体薬品を意味する「薬液」にとっては、何ら新規で特異性のある用途には当たらない。

3 無効理由1-2(審判請求書第3ページ第8ないし26行)
本件特許発明9は、本件特許の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の請求項9に記載されたとおりの「前記請求項8記載の、液体の吹き付け付与方法に使用される薬液」であり、発明特定事項のうち「前記請求項8記載の、液体吹き付け付与方法に使用される」を採用したことを特徴とすると思われるものであるが、当該薬液それ自体に起因する作用効果は、本件特許明細書等には全く記載されていない。
また、本件特許発明10は、本件特許の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の請求項10に記載されたとおりの「前記薬液は、汚染防止剤、ダスティング防止剤、ピッチコントロール剤、離型剤、接着剤、表面修正剤、洗浄剤、紙力増強剤、サイズ剤、歩留向上剤、撥水剤、撥油剤、防滑剤、滑剤、柔軟剤、湿潤剤のうちの1つ又は2つ以上を組み合わせたものであることを特徴とする請求項9記載の薬液」であり、上記の本件特許発明9の薬液の種類を限定したものであるが、当該薬液それ自体に起因する作用効果は、本件特許明細書等には全く記載されていない。

4 無効理由1-3(審判請求書第5ページ第23行ないし第6ページ第16行)
発明は「特定の技術的課題を解決するための具体的な技術的手段」であると解される。
ここで、本件特許明細書等では、段落[0012]には、[発明が解決しようとする課題]として「本発明の目的は、超高速の抄紙機等においても走行体に対して液体(処理液、薬剤等)を確実に付与することができる液体吹付付与装置を提供することである。」と記載されているとおり、機械装置である「液体吹付付与装置」の提供を目的としているが、組成物である「薬液」の提供は目的としていない。
また段落[0013]には、[課題を解決するための手段]として「一旦噴霧ノズルから噴霧された液体を、別の急流噴射口から噴射されたより高速の気流に乗せて加速してから走行体に吹き付けることにより、風速や風圧が大きな表面流の中でも確実に、しかも下流側への巻き上げが抑えられた状態で液体を付与することできることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させたものである。」と記載されているとおり、機械装置である「液体吹付付与装置」に関する技術的改善手法が開示されているだけであり、組成物である「薬液」それ自体に関する技術的改善手法は全く開示されていない。
以上のように、本件特許発明9については、本件特許明細書等の記載全体を通して、薬液それ自体に関する技術的課題や課題解決手段の記載が全く存在せず、この点から見ても、本件特許発明9が不明確で特定されていないものであることは明らかである。

5 無効理由1-4(審判請求書第6ページ第17ないし23行)
本件特許明細書等においては、薬液それ自体については、何ら新規な技術を公開していない。このように、薬液それ自体については不明確でかつ新規技術の開示がない本件特許発明9を認めかつ存続させることは、新規技術公開の代償として独占排他権たる特許権を付与するという特許制度創設の趣旨を没却するものである。

6 無効理由1-5(審判請求書第6ページ第24行ないし第7ページ第3行)
本件特許発明10は、本件特許発明9の「薬液」を所定の薬剤に限定したものであるが、記載されている薬剤名は、例えば「汚染防止剤」、「離型剤」及び「柔軟剤」などという「薬剤の総括名称」にすぎない。このような総括名称によっても、上述のような成分や配合割合などの特定ができていないことは明白である。

7 無効理由2-1(審判請求書第7ページ第4行ないし第8ページ第6行)
本件特許発明9は、本件特許の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の請求項9に記載されたとおりの「前記請求項8記載の、液体の吹き付け付与方法に使用される薬液」であり、発明特定事項のうち「前記請求項8記載の、液体吹き付け付与方法に使用される」を採用したことを特徴とすると思われるものであるが、当該薬液の成分や配合割合が本件特許明細書等に全く記載されていない。
また、本件特許発明10は、本件特許の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の請求項10に記載されたとおりの「前記薬液は、汚染防止剤、ダスティング防止剤、ピッチコントロール剤、離型剤、接着剤、表面修正剤、洗浄剤、紙力増強剤、サイズ剤、歩留向上剤、撥水剤、撥油剤、防滑剤、滑剤、柔軟剤、湿潤剤のうちの1つ又は2つ以上を組み合わせたものであることを特徴とする請求項9記載の薬液」であり、上記の本件特許発明9の薬液の種類を限定したものであるが、当該薬液の成分や配合割合は本件特許明細書等には全く記載されていない。
よって、いかに当業者といえども、本件特許発明9及び10に係る薬液を製造することは不可能である。また、本件特許明細書等には、当該薬液の入手先も全く記載されていない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明9及び10を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

8 無効理由2-2(審判請求書第8ページ第7行ないし第9ページ第15行)
被請求人は、本件特許と技術分野が共通し且つ技術内容が関連する他の特許である特許第4271636号(甲第4号証)を保有している。
この特許は、組成物である「汚染防止剤」の発明として出願(甲第2号証)され、特許法第36条第4項の要件を満たしていないとの拒絶理由(甲第3号証)がなされ、「汚染防止剤」の特許化を断念し、「汚染防止方法」として特許された。
このように、「方法に使用される組成物」である点で共通する出願が、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないと判断されたのであるから、本件特許発明9及び10が同要件を満たしていることは断じてあり得ないことである。

9 ほかの理由(審判請求書第9ページ第16行ないし第12ページ第24行)
請求人は、無効理由(特許法第36条第6項第2号、同法第36条第4項)以外の主張として、被請求人の行為が、独占禁止法、特許法第104条の3、民法第1条第3項、不正競争防止法第2条第1項第14号等に違反することを、参考資料である甲第5号証とともに主張している。

10 新たな無効理由の審理の上申(口頭審理陳述要領書第16ページ第5行ないし第17ページ第11行)
請求人は、平成23年5月23日付けの口頭審理陳述要領書において、「新たな無効理由の審理の上申」として、本件特許発明9及び10は、特許法第29条第1項各号違反の無効理由を有すると主張している。
なお、当該主張は、新たな無効理由の根拠法条を追加するものであり、審判請求書の要旨を変更する補正に該当することから、第1回口頭審理調書のとおり撤回された。


第4 被請求人の主張の概要
1 被請求人の主張の概要及び証拠方法
[主張の概要]
被請求人は、「本件無効審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との趣旨で答弁書を提出し、請求人の無効理由に対して反論するとともに、以下の乙第1号証ないし乙第5号証を提出した。また、平成23年5月25日付け口頭審理陳述要領書に添付して乙第6号証を提出した。
具体的な反論内容については以下のとおりである(上記第3の無効理由1-1ないし2-2に対応させて、当審において便宜的に項分けを行った。)。

[証拠方法]
乙第1号証:「新規性進歩性」の審査基準改定について、平成18年6月21日、特許庁ホームページ、インターネット
乙第2号証:「新規性進歩性」の改定審査基準(平成18年6月21日)
乙第3号証(参考資料):知的財産法政策学研究vol.16(2007)第146頁第20?23行目
乙第4号証:特許第3432819号公報
乙第5号証(参考資料):警告書(平成16年5月21日)
乙第6号証:意見書
(なお、第1回口頭審理調書のとおり、乙第3号証及び第5号証は「参考資料」とされた。)


2 無効理由1-1について
(1)答弁書第2ページ第14行ないし第4ページ第17行
本件特許発明9は本件特許発明8の従属項であり、本件特許発明8は少なくとも本件特許発明1の従属項である。したがって、本件特許発明9の要旨は、「走行体に対して液体を吹き付けて付与する抄紙機における液体吹付付与装置であって、液体を噴霧するための噴霧ノズルと、気流を噴射するための気流噴射口とを備え、該噴霧ノズルから噴霧された液体に対して、該気流噴射口から気流を噴射し、噴霧された液体を流速の大きな該気流に乗せ加速して走行体に吹き付けることができるように噴霧ノズル及び気流噴射口が配置されている液体吹付付与装置(請求項1)を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法(請求項8)の液体の吹き付け付与方法に使用される薬液(請求項9)」にある。
特許法第36条第6項第2号には、「特許を受けようとする発明が明確であること」と規定されている。ここで特許実用新案審査基準において、「「物の発明」の場合に、発明を特定するための事項として物の結合や物の構造の表現形式を用いることができる他、作用・機能・性質・特性・方法・用途・その他のさまざまな表現形式を用いることができる。」と記載されている。
本件特許発明9の「薬液」は、上述したように、少なくとも特許発明1及び特許発明8の用途によって特定された「物の発明」である。すなわち、本件特許発明9は、特定の液体吹付付与装置を使用して、走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法に用いられるという用途の表現形式を用いた特許発明に該当する。
請求人は、「当該薬液の成分や配合割合が本件特許明細書等に全く記載されておらず」(審判請求書第3ページ第14ないし16行)と述べているが、本件特許発明9が成分や配合割合を発明特定事項としているわけではないので、明細書及び図面にその記載がないからといって特許発明が不明確とはいえない。

(2)答弁書第4ページ第18行ないし第5ページ第4行
特許庁における平成15年度及び平成16年度の調査研究報告書において、用途発明に関する審査基準を明確にすべきとの報告がなされ、平成18年に審査基準が改訂された。
この用途発明における改訂された審査基準は、平成18年6月21日以降に審査される出願に適用されるようになっている(乙第1号証)。
それに対し、本件特許は、平成14年7月31日に出願し、平成15年5月23日に登録されているので、この改訂された審査基準(乙第2号証)は適用されない。
また、特許庁審査基準は、平成18年改正以前は、平成7年改正法により、○1(原文は、「1」を丸で囲む。以下、同じ。)用途限定が付された物がその用途に特に適した物を意味すると解される場合と、○2その用途にのみもっぱら使用される物にのみ新規性を認めていた(参考資料である乙第3号証)。
すなわち、本件特許は、出願時又は審査時における審査基準に基づいて厳正に審査され登録されたものである。
それに対し、現行の審査基準を用いて、従来の審査基準で正当に審査された特許を無効とする主張は、到底受け入れられるものではない。

(3)答弁書第5ページ第5ないし24行
本件特許発明10の「薬液」は、本件特許発明9と同様に、少なくとも特許発明である請求項1及び請求項8の用途によって特定された「物の発明」である。すなわち、本件特許発明9は、特定の液体吹付付与装置を使用して、走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法に用いられるという用途の表現形式を用いた特許発明に該当する。
請求人は、「当該薬液の成分や配合割合が本件特許明細書等に全く記載されておらず」(審判請求書第3ページ第14ないし16行)と主張しているが、本件特許発明10に含まれる成分は、少なくとも、本件特許明細書(乙第4号証)の発明の詳細な説明の段落[0029](「そしてまた、(10)、前記薬液は、汚染防止剤、ダスティング防止剤、ピッチコントロール剤、離型剤、接着剤、表面修正剤、洗浄剤、紙力増強剤、サイズ剤、歩留向上剤、撥水剤、撥油剤、防滑剤、滑剤、柔軟剤、湿潤剤のうちの1つ又は2つ以上を組み合わせたものである薬液に存する。」)に記載されており、配合割合は発明特定事項としているわけではないので、明細書及び図面にその記載がないからといって特許発明が不明確とはいえない。

(4)答弁書第5ページ第25行ないし第7ページ第20行
本件特許発明9及び10について、特許法第36条第6項第1号に規定するいわゆる「サポート要件」については、具備していることは明らかである。

(5)答弁書第9ページ第8ないし11行
請求人は、審判請求書において、「組成物」なる事項について論じているが、その意図が不明確であり、反論するまでもない。特許法第36条第6項第2号又は特許法第36条第4項違反に該当するか否かは特許請求の範囲に記載の事項から判断すべきである。

(6)口頭審理陳述要領書第4ページ第7行ないし第5ページ第5行
本件特許発明の「薬液」はどんな薬液も含むものではなく、「走行体に対して…(中略)…液体吹付付与装置を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法」(【請求項1】【請求項8】参照)で用いられる薬液に限定される。
因みに、液体吹付付与装置に用いられる薬液としては、従来から走行体に吹き付けられている「?(略)?紙力増強や多層板紙の抄造などのために、抄紙機内を移動する紙体に対して、紙力増強剤や層間接着剤等、?(略)?また、抄紙機のワイヤやフェルト、ドライヤロール、カンバス等の部材に対しても、紙体からパルプ原料由来の異物が転移するのを防止したり、紙離れを向上させる等の目的で、汚染防止剤や離型剤等?(略)?」(段落【0002】参照)、「?(略)?これらの部材への洗浄剤やピッチコントロール剤、汚染防止剤、離型剤等」(段落【0003】参照)が挙げられる。
以上より、「薬液」は、上述のように、液体吹付付与装置を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法で用いられる薬液という用途限定をした場合、何ら「広い範囲」を意味するものではなく、薬液として明確に特定できる。

3 無効理由1-3について(答弁書第9ページ第12ないし17行)
請求人は、審判請求書において、「発明が解決しようとする課題」において「薬液」の提供は目的としていない、と述べているが、薬液は、請求項1の液体吹付付与装置に従属しているので、「発明が解決しようとする課題」の欄に書いてないからといって、特許法第36条第6項第2号又は特許法第36条第4項違反となる根拠が見当たらない。

4 無効理由2-1について(答弁書第7ページ第29行ないし第9ページ第6行)
特許実用新案審査基準においては、「当業者が発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかが理解できないときには、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていないこととなる」と記載されている。また、「どのように作るかについての具体的な記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を製造できる場合を除き、製造方法を具体的に記載しなければならない」と記載されている。
本件特許発明9の「薬液」は、上述したように、請求項1に記載の液体吹付付与装置を使用して、請求項8に記載の走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法で特定された薬液全般を示す。これらの薬液について、当業者が出願時の技術常識に基づいて製造できることは明らかである。また、請求人は、「製造方法、入手先が記載されておらず」と述べているが、出願時の技術常識に基づき当業者が製造できるので、明細書及び図面に製造方法、入手先の記載がないからといって特許法第36条第4項違反とはならない。
本件特許発明10の「薬液」は、請求項1に記載の液体吹付付与装置を使用して、請求項8に記載の走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法で特定された薬液のうち、汚染防止剤、ダスティング防止剤、ピッチコントロール剤、離型剤、接着剤、表面修正剤、洗浄剤、紙力増強剤、サイズ剤、歩留向上剤、撥水剤、撥油剤、防滑剤、滑剤、柔軟剤、湿潤剤のうち(以下これらを総じて「化学薬剤」という。)の1つ又は2つ以上を組み合わせたものを示す。この1つ又は2つ以上の化学薬剤を組み合わせた薬液について、当業者が出願時の技術常識に基づいて製造できることは明らかである。

5 無効理由2-2について(答弁書第9ページ第18ないし26行)
特許第4271636号(甲第4号証)は別出願であって、本願の審査に影響を与えるものではない。
特許第4271636号(甲第4号証)は、平成19年2月13日に審査請求され、その後、審査されたものであるので、用途発明について審査基準が改訂された平成18年6月21日後の案件となる。

6 ほかの理由について(答弁書第10ページ第5ないし20行)
警告行為は、本件無効審判の結論に影響を与える事情ではない。警告書(参考資料である乙第5号証)は、請求項1の「液体吹付付与装置」を使用して付与する薬液についての販売行為を警告したものであり、この範囲に含まれない他の使用を禁止したものではない。本件特許の正当な権利を主張したまでである。


第4 当審の判断

1 無効理由1(特許法第36条第6項第2号)について
1-1 無効理由1-1について
(1)請求人は、本件特許発明9及び10について、「薬液」の発明においては、「組成物」の成分や配合割合が発明特定事項として明確化される必要がある旨を主張する。また、請求人は、本件特許発明9は、請求項1ないし7から選ばれた請求項に記載の「液体吹付付与装置」によって実質的に特定されているのに対し、この発明特定事項は「組成物たる当該薬液の成分や配合割合」、「当該薬液の機能・特性等、達成すべき結果や特殊パラメータ」を示すものではない旨を主張する。
しかしながら、「薬液」の発明について、必ず成分及び配合割合等の「組成」を特定する必要があるわけではない。特許・実用新案審査基準 第I部 第1章(甲第9号証)の2.2.2.(留意事項)○1に記載されているように、「物の発明」の発明特定事項としては、「物の結合や物の構造の表現形式」のほかにも、「作用・機能・性質・特性・方法・用途・その他のさまざまな表現形式」を用いることが可能である。
そして、本件特許発明9及び10は、「走行体に対して液体を吹き付けて付与する抄紙機における液体吹付付与装置であって、液体を噴霧するための噴霧ノズルと、気流を噴射するための気流噴射口とを備え、該噴霧ノズルから噴霧された液体に対して、該気流噴射口から気流を噴射し、噴霧された液体を流速の大きな該気流に乗せ加速して走行体に吹き付けることができるように噴霧ノズル及び気流噴射口が配置されていることを特徴とする液体吹付付与装置」「を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法」「に使用される」ことを限定することによって、どのような「液体吹付付与装置」及び「液体の吹き付け付与方法」に使用される「薬液」であるのかを特定している。このように、「薬液」の発明を、その組成ではなく、その用途によって特定可能であることは上述のとおりであり、用途によって特定したことをもって、直ちに発明が不明確であるということはできない。

(2)また、請求人は、本件特許液体吹付付与装置は、本件特許発明9の薬液の用途のひとつと解釈することは可能であるが、極めて広い範囲の組成物である液体薬品を意味する「薬液」には、液体吹付付与装置以外にも各種様々な用途が存在することは当業者の技術常識であり、このような発明特定事項のみをもって、組成物である本件特許発明9の薬液を特定することは不可能であること、さらに、液体吹付付与装置として、本件特許液体吹付付与装置以外の液体吹付付与装置が存在しており、本件特許液体吹付付与装置という発明特定事項は、極めて広い範囲の組成物である液体薬品を意味する「薬液」にとっては、何ら新規で特異性のある用途には当たらないことを主張する。
しかしながら、本件特許発明9は、「走行体に対して…(中略)…液体吹付付与装置」「を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法」「に使用される薬液。」という発明特定事項をすべて含む発明であり、「走行体に対して…(中略)…液体吹付付与装置」「を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法」「に使用される」という発明特定事項を無視し、「薬液」という発明特定事項のみを取り出して、発明が不明確であるとか、薬液それ自体について何ら新規な技術を公開していない等と主張することは妥当ではない。本件特許発明9は、上記「走行体に対して…(中略)…液体吹付付与装置」「を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法」「に使用される」という用途の任意の薬液を包含することを特定しており、抄紙機用ではない薬液等、ほかの用途が包含されないことが分かるので、薬液について特定しているということができ、薬液を特定することが不可能であるという主張は採用できない。また、仮に、このような「液体吹付付与装置」及び「液体の吹き付け付与方法」が何ら新規で特異性のある用途には当たらず、このような「液体吹付付与装置」及び「液体の吹き付け付与方法」によってのみ実質的に特定された「薬液」が、「極めて広い範囲の組成物である液体薬品」を包含し得るとしても、発明の範囲が広いことのみを理由として、発明が不明確であるということはできない。

(3)なお、請求人は、本件特許発明9の「薬液」が特定されておらず不明確であるという審判請求書の主張について、口頭審理陳述要領書第2ページ第16行ないし第6ページ第14行において、次のような補足の主張を行っている。
すなわち、本件特許発明9は、「走行体に対して…(中略)…液体吹付付与装置」「を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法」「に使用される」という用途限定が付された「薬液」の発明であるが、当該用途限定は「当該液体吹き付け付与方法に使用可能なもの」を意味すると解される。そして、特許・実用新案審査基準 第I部 第1章(甲第9号証)の2.2.2.1(6)○2によると、機能・特性等による物の特定を含む請求項において、当業者が、出願時の技術常識を考慮して、請求項に記載された当該物を特定するための事項から、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できない場合には、発明の範囲は明確とはいえない。しかるに、本件特許発明9の「薬液」は、請求項8の液体の吹き付け付与方法が新規なものであることもあり、「使用される」という機能・特性等を有する「薬液」については、出願時の技術常識を考慮しても、当業者は当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できない(明細書の参照により公知物たる薬液の中に当該方法に使用可能なものがあることは理解できるが、任意のある薬液が当該方法に使用可能か否かは分からず、その意味で具体的な物を想定できない。)。したがって、本件特許発明9の発明の範囲は明確とはいえない。
この主張について検討すると、まず、本件特許発明9が「走行体に対して…(中略)…液体吹付付与装置」「を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法」に使用可能な薬液であると解することについては、当審にも異論はない。しかしながら、本件特許明細書を参酌すると、抄紙機において走行体に対して吹き付けて付与するような「薬液」であれば、任意の公知物が対象となり得ることは明らかであることから、具体的な物を想定できるといえる。また、該公知物の中で、「走行体に対して…(中略)…液体吹付付与装置」「を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法」に使用可能でない物が存在するとしても、実際に試験すれば使用可能でないかどうかは理解できることから、当業者が出願時の技術常識を考慮して、当該機能・特性等(本件特許発明9の場合、「走行体に対して…(中略)…吹き付け付与方法に使用される」という用途)を有する具体的な物を想定できることは明らかである。
したがって、本件特許発明9は明確である。

1-2 無効理由1-2について
明細書中に作用効果を記載することについては、請求項に係る発明が従来技術との関連において有する有利な効果が、請求項に係る発明の進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌されることから、進歩性の判断の点で出願人に有利であるとされている。翻って、該有利な効果が明細書に記載されていない場合、進歩性の判断に際して出願人に不利に働くことがあり得るとしても、このことによって直ちに、特許を受けようとする発明が不明確であるということはできない。(特許・実用新案審査基準 第I部 第1章の3.3.2(3)○2を参照。)

1-3 無効理由1-3について
発明の詳細な説明には、[発明が解決しようとする課題]として、請求項に係る発明が解決しようとする技術上の課題を少なくとも一つ記載することが望ましいが、発明が解決しようとする課題についての明示的な記載がなくても、従来の技術や発明の有利な効果等についての説明を含む明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、当業者が、発明が解決しようとする課題を理解することができる場合には、課題の記載を要しない。また、そのようにして理解した課題から、実施例等の記載を参酌しつつ請求項に係る発明をみた結果、その発明がどのように課題を解決したかを理解することができる場合は、「課題を解決するための手段」の記載を要しない。(特許・実用新案審査基準 第I部 第1章の3.3.2(1)○2を参照。)
そして、本件特許発明9は、請求項1で特定された「抄紙機における液体吹付付与装置」に用いることに実質的な特徴がある発明であり、該装置について[発明が解決しようとする課題]及び[課題を解決するための手段]が記載されていることから、該装置に用いることに実質的な特徴がある本件特許発明9の「薬液」についての[発明が解決しようとする課題]及び[課題を解決するための手段]も、実質的に理解可能である。

1-4 無効理由1-4について
(1)仮に、本件特許発明9及び10が「薬液それ自体については、何ら新規な技術を公開していない」としても、このことによって直ちに発明が不明確であるということはできないので、本件特許発明9及び10が「何ら新規な技術を公開していない」かどうかを検討するまでもなく、本件特許発明9及び10が不明確であるとはいえない。

(2)なお、請求人の口頭審理陳述要領書第13ページ第14ないし16行によると、「薬液それ自体については、何ら新規な技術を公開していない」ことから発明が不明確という結論が導かれる理由は、以下のとおりであると考えられる。すなわち、「薬液それ自体については、何ら新規な技術を公開していない」場合には、本件特許発明9の薬液と、公知の薬液との異同が示されていないこととなり、特許・実用新案審査基準 第I部 第1章(甲第9号証)の2.2.2.1(6)○2の(ii)「当該機能・特性等を有する物と出願時の技術水準との関係が理解できる場合」(「例えば、実験例の提示又は論理的説明によって当該機能・特性を有する物と公知の物との関係(異同)が示されている場合」)に該当しないこととなるので、発明の範囲が不明確である。
しかしながら、特許・実用新案審査基準 第I部 第1章(甲第9号証)の2.2.2.1(6)○2には、「当業者が、出願時の技術常識(明細書又は図面の記載から出願時の技術常識であったと把握されるものも含む)を考慮して、請求項に記載された当該物を特定するための事項から、当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できる場合(例えば、当該機能・特性等を有する周知の具体的な物を例示することができる場合、当該機能・特性等を有する具体的な物を容易に想到できる場合、その技術分野において物を特定するのに慣用されている手段で特定されている場合等)は、発明の範囲は明確である。」(以下、「第1の条件」という。)としたうえで、「当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できない場合」であっても、(i)及び(ii)の条件を満たす場合には発明の範囲が明確である(以下、「第2の条件」という。)と記載されている。
そして、上記1-1(3)で既に示したように、本件特許発明9及び10は、第1の条件により発明の範囲が明確であるといえるので、第2の条件の(ii)について検討するまでもなく、発明の範囲は明確である。
よって、第1の条件により発明が明確でないことを前提として、「薬液それ自体については、何ら新規な技術を公開していない」ので第2の条件により発明が不明確であるとする主張は、その前提において誤りがあり、採用できない。

1-5 無効理由1-5について
上記1-1で示したとおり、「成分や配合割合などの特定ができていない」ことを理由として、発明が不明確であるということはできない。

1-6 小括
以上のように、本件特許発明9及び10は明確であるから、本件特許発明9及び10の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしており、同法第123条第1項第4号に該当しない。

2 無効理由2(特許法第36条第4項)について
2-1 無効理由2-1について
(1)上記1-1で示したとおり、本件特許発明9及び10の「薬液」は、「走行体に対して液体を吹き付けて付与する抄紙機における液体吹付付与装置であって、…(中略)…液体吹付付与装置」「を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法」「に使用される」という用途によって実質的に特定され、このような用途に使用される任意の薬液を包含すると解される。
そして、上記1-1で示したように、当該「薬液」としては、上記用途に使用される任意の公知物から選択できるので、どのような「薬液」が公知物であるかを知る当業者にとって、当該「薬液」を製造又は入手することは、出願時の技術常識に基づいて過度の負担なく可能であることから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明9及び10を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

(2)なお、請求人は、本件特許発明9及び10の「薬液」が当業者には製造も入手もできないという審判請求書の主張について、口頭審理陳述要領書第14ページ第13行ないし第15ページ第6行において、次のような補足の主張を行っている。
すなわち、化学物質名による成分表示や組成が本件特許明細書等に開示されていない以上、製造すべき目的物質である薬液等の構成が全く不明であり、当業者といえども、本件特許発明9又は10に使用可能な薬液や汚染防止剤等を確実に製造することは不可能である(公知物の中に使用可能なものが存在することは理解できるが、自ら製造する場合にどのような成分等にすれば使用可能であるかを知ることはできない)ので、いかなる技術常識によって当業者が薬液や汚染防止剤等を製造できるのか全く不明である。さらに、当業者は甲第8号証や甲第9号証(審決注:「甲第7号証」の誤記であると認められる。)にも示したように市販の汚染防止剤等を入手できるものの、本件特許明細書等には、化学物質名による成分表示や入手先が開示されておらず、しかも本件特許用途に使用可能かどうかの判断基準が開示されていないので、本件特許用途に使用可能な汚染防止剤等が現実に存在するにしても、そのような汚染防止剤等を市販の汚染防止剤等の中から意図的に選択して入手することは不可能である。
この主張について検討すると、上記(1)及び上記1-1で示したように、本件特許発明9及び10の薬液としては、「走行体に対して液体を吹き付けて付与する抄紙機における液体吹付付与装置であって、…(中略)…液体吹付付与装置」「を使用して走行体に液体を吹き付け付与する液体の吹き付け付与方法」「に使用される」任意の公知物から選択できるので、製造又は入手が困難であるとはいえない。また、上記1-1(3)で示したとおり、任意の公知物が使用可能かどうかは、実際に試験すれば理解できることから、当業者が出願時の技術常識を考慮しても確実に製造できないとか意図的に選択して入手できないという格別の事情も認められない。

2-2 無効理由2-2について
本件特許とは別出願である特許第4271636号(甲第4号証)の審査経過を根拠として、特許法第36条第4項違反であるという主張は採用できない。

2-3 小括
以上のように、本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、本件特許発明9及び10を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているから、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしており、同法第123条第1項第4号に該当しない。


第5 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許発明9及び10を無効とすることはできない。
また、ほかに本件特許発明9及び10についての特許を無効とすべき理由を発見しない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2011-06-24 
出願番号 特願2002-224234(P2002-224234)
審決分類 P 1 123・ 536- Y (B05B)
P 1 123・ 537- Y (B05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 大内 俊彦  
特許庁審判長 小谷 一郎
特許庁審判官 伊藤 元人
西山 真二
登録日 2003-05-23 
登録番号 特許第3432819号(P3432819)
発明の名称 液体吹付付与装置、それを使用した液体の吹き付け付与方法、及び薬液  
代理人 勝木 俊晴  
代理人 的場 基憲  
代理人 白崎 真二  
代理人 阿部 綽勝  

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