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審決分類 審判 訂正 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張 訂正しない G01N
審判 訂正 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降) 訂正しない G01N
管理番号 1249200
審判番号 訂正2011-390098  
総通号数 146 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-02-24 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2011-08-15 
確定日 2011-12-19 
事件の表示 特許第4362837号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4365837号は、平成9年7月18日に特許出願された特願平9-193801号出願)の一部を平成16年8月9日に新たな特許出願である特願2004-232819号として出願し、さらにその一部を平成19年9月14日に新たな特許出願である特願2007-239265号として出願したものであって、平成21年8月28日に特許権の設定登録がされたものであり、その後、平成22年10月7日付けで特許無効審判の請求が無効2010-800182号としてなされ、平成22年12月24日付けで訂正請求がなされ、この無効審判事件につき平成23年6月10日付けで、訂正を認め、請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とするとの審決がなされたところ、本件の請求人はこれを不服として同年7月13日付けで知的財産高等裁判所に当該審決の取消を求める訴え(平成23年(行ケ)第10227号)を提起し、法定期間内である同年8月15日に本件訂正審判を請求し、同年9月12日付けで訂正拒絶理由が通知され、同年10月14日付けで意見書が提出されたものである。

第2 請求の趣旨
1 訂正の内容
本件審判の請求の趣旨は、特許4362837号明細書(以下、「本件特許明細書」という。)を本件訂正審判請求書に添付された訂正明細書のとおりに訂正することを求めるものであって、その内容は以下のとおりである。
(1)訂正事項1
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1である
「動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を酵素免疫吸着測定法により検出する方法であって、
t-オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X-100)及びサーコシル(商標)を同時に用いて前記中枢神経系組織中の非特異的物質を可溶化することと、
前記可溶化された非特異的物質をプロテアーゼを用いて分解処理することと、
超遠心分離処理を除く遠心分離処理を行うことにより前記分解処理により得られたものから病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることと、
前記濃縮物を酵素免疫吸着測定法により検出することと
を含む病原性プリオン蛋白質の検出方法。」を

「動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を酵素免疫吸着測定法により検出する方法であって、
t-オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X-100)及びサーコシル(商標)を同時に用いて前記中枢神経系組織中の非特異的物質を可溶化することと、
前記可溶化された非特異的物質をコラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いることなくプロテイナーゼKを用いて分解処理することと、
超遠心分離処理を除く遠心分離処理を行うことにより前記分解処理により得られたものから病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることと、
前記濃縮物を洗浄することなく直接カオトロピックイオン剤を用いて溶解液とし、酵素免疫吸着測定法により検出することと
を含む病原性プリオン蛋白質の検出方法。」と訂正する。(下線は訂正箇所を示す。)

(2)訂正事項2
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項3及び4を削除する訂正をする。

第3 訂正拒絶理由
平成23年9月12日付けで通知した訂正拒絶理由の概要は、本件訂正は特許法第126条第1項第1号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものの、特許法第126条第3項及び第4号の規定に適合しない、というものである。

第4 当審の判断
1 訂正の目的の適否、新規事項の追加の有無、特許請求の範囲の拡張及び変更の有無
(1)訂正事項1について
ア 「プロテアーゼを用いる」を「コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いることなくプロテイナーゼKを用いる」とする訂正について
(ア)「プロテイナーゼK」は、「プロテアーゼ」の一種であるから、これを「プロテイナーゼK」に限定し、「コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素」を用いる場合と用いない場合が含まれていたところを、用いないことに限定するものであり、特許請求の範囲を減縮するものである。

(イ)そして、本件特許明細書には、実施例として、コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いることなく、プロテアーゼとしてブロメリンを用いたものは記載されているがプロテイナーゼKを用いた方法の記載はないものの、本件明細書には、
「【0032】さらに、本発明は、動物組織由来物質から病原性プリオン蛋白質を免疫測定法により検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮するための試薬キットであって、(a)t-オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X-100)及びサーコシル(商標)を含有する、動物の中枢神経系組織中の非特異的物質可溶化試薬、(b)プロテイナーゼKの組み合わせを含んでなる、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮試薬キットも提供するものである。」
と記載されており、試薬として、最低限(a)の非特異的物質可溶化試薬と、(b)のプロテイナーゼKが必要であることが示されているといえ、さらに、
「【0047】次に、前記第2の工程として、前記第1の工程で得られた均一化物を微生物プロテアーゼを含む分解酵素を用いて分解処理する分解処理工程を有しているので、前記均一化物中の病原性プリオン蛋白質を含む物質(特に、染色体やDNAなど)を十分に分解、消化させて、目的物である病原性プリオン蛋白質を十分に取り出すことができる。
【0048】一般に、病原性プリオン蛋白質は、染色体中の遺伝子上にのっていると考えられている。従って、特異的にこの蛋白質を取り出すためには、これを含む蛋白質を分解することが要求される。この第2工程は、非特異的物質を分解すると共に病原性プリオン蛋白質を含む蛋白質を分解する操作である。
【0049】ここで、前記分解酵素としてコラーゲン分解酵素(コラゲナーゼ:Collagenase)及びDNA分解酵素(DNアーゼ:DNase)を用いて前記均一化物を分解し、さらに蛋白質分解酵素(プロテイナーゼ:Proteinase又はプロテアーゼ:Protease)を用いて分解することが望ましい。」
と記載され、本件特許明細書の請求項1に「プロテアーゼ」を用いることが規定されており、蛋白質分解酵素(プロテアーゼ)は必須であるところ、これを含む上記の3種類の酵素を用いることが望ましいとされていることから、コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いることは必ずしも必要ではないことが示されているといえる。
そして、本件特許明細書には、プロテアーゼによる分解処理の目的として、
「【0027】即ち、本発明は、動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を免疫測定法により検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、t-オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X-100)、サーコシル(商標)を用いて前記中枢神経系組織中の非特異的物質を可溶化することと、前記可溶化された非特異的物質をプロテアーゼを用いて分解処理することと、前記分解処理物から病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることとを含む濃縮方法に係るものである。」
と記載され、プロテアーゼによる分解処理は、病原性プリオン蛋白質を含有する濃縮物を得るために、トリトンX-100及びサーコシルで可溶化した非特異的物質、つまり段落【0043】によると、「正常プリオン蛋白質やその他の蛋白質」を分解するために行われる処理であり、この目的を達成し得る種類のプロテアーゼを用いればよいことが示唆されているといえる。
なお、本件特許明細書に示された従来技術をみると、
「【0020】選別方法としてはELISA法が適切な方法と言えるが、現在、この方法はTSEの基本的な研究のみで使用されているにすぎない(カスクザック他、1987年、サファー他、1990年;サーバン他、1990年)。これらの研究では、高純度PrP^(SC)のみがマイクロタイタープレートに吸着されているが、診断においては原組織抽出液の使用も必要となる。」
と記載され、ここで引用された「カスクザック他、1987年」の文献と推認される「Journal of Virology,Vol.61,No.12,1987,p.3688-3693」に、ELISA法に用いる精製SAF(病原性プリオン蛋白質)を、引用文献14に記載された方法により調整すること(3688頁右欄下から7?4行)、この方法が、界面活性剤抽出、遠心分離、蛋白質分解酵素による処理であること(3688頁右欄下から4?2行)が記載されている。そして、この引用文献14は「Journal of Virology,Vol.59,No.3,1986,p.676-683」であり、SAFの精製に界面活性剤としてサーコシル及びズイッタージェントを用い、酵素としてプロテイナーゼKを用いることが記載されているが、コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素については記載がない(特に677頁左欄3行?右欄6行参照)。

(ウ)以上のことを総合すると、「コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いることなくプロテイナーゼKを用いる」とする訂正は、本件特許明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではなく、実質的に願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものといえ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない

イ 「前記濃縮物を酵素免疫吸着測定法により検出すること」を「前記濃縮物を洗浄することなく直接カオトロピックイオン剤を用いて溶解液とし、酵素免疫吸着測定法により検出すること」とすることについて(「前記濃縮物」は、「病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物」のことであり、以下これを「前記濃縮物」とする。)
(ア)酵素免疫吸着測定法により検出する前に行う「前記濃縮物」に対する処理について規定していなかったところを、「前記濃縮物」を洗浄しないこと、及び「前記濃縮物」を溶解液とすることを限定するものであり、特許請求の範囲を減縮するものである。

(イ)そして、洗浄工程については、本件特許明細書には、
「【0052】以上が、前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮工程の基本的な構成であるが、本発明の検出方法における濃縮工程では、上述した第1の工程?第3の工程に加えて、例えば、下記のような工程を付加することが望ましい。」、
「【0055】また、前記濃縮工程中に、前記第3の工程で得られた前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を界面活性剤で洗浄する洗浄工程を更に有することが望ましい。」
と記載され、洗浄工程は必須でないことが記載されている。
さらに、実施例として、「方法4」(段落【0112】、【図2】)、「方法7」(段落【0116】、【図3】)は洗浄工程を有していないから、「前記濃縮物を洗浄することなく」については、本件特許明細書に記載されているといえる。

(ウ)カオトロピックイオン剤を溶剤として用いて溶解液とすることについて、本件特許明細書には、
「【0060】まず、前記第4の工程として、前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を溶剤に溶解して前記濃縮物の溶解物を得る工程(溶解工程)を有しているので、次段の吸着工程で吸着面に吸着され易い病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮物を作製することができる。
【0061】ここで、前記溶剤としてグアニジンチオシアネート(GdnSCN)を使用することが望ましい。
【0062】グアニジンチオシアネートは、前記濃縮物を次段での吸着工程で吸着されやすくする作用を有すると考えられる。これは、グアニジンチオシアネートによって抗プリオン蛋白質抗体の免疫反応性が増大するような抗原性サイトが発現することによるものと考えられ、グアニジンチオシアネートでの溶解処理によって、抗原-抗体複合体の強固で特異的な反応を検出することができる。」、
「【0140】・・・なお、前記カオトロピックイオン剤は、疎水性分子の水溶性を増加させ、疎水結合を弱め、膜蛋白質等の抽出に用いられるものであり、例えばGdnSCNが挙げられる。
【0141】PBSへのPrP^(SC)由来蛋白質の溶解は、カオトロピックイオン(chaotropic)剤又は界面活性剤なしで行うと、マイクロタイタープレートへの吸着が脳組織のものでは幾らか生じるが、脾臓組織のものでは生じなかった(図5(A)、(B):0MのGdnSCN)。また、SDS濃度が最低濃度(0.1%)であっても、脳組織からPrP^(SC)由来蛋白質の吸着は生じていなかった(図5(A))。」
と記載され、グアニジンチオシアネート(GdnSCN)を溶剤として用いて溶解液とすると抗原性サイトが発現すること、及びグアニジンチオシアネート(GdnSCN)がカオトロピックイオン剤であることが記載され、カオトロピックイオン剤が疎水性分子の水溶性を増加させ、疎水結合を弱め、膜蛋白質等の抽出に用いられるものであることは上記のとおり本件出願前の技術常識であり、これを考慮すれば、溶剤はGdnSCNに限らず、抗原性サイトを発現し得るカオトロピックイオン剤であれば用いうるといえる。
そうすると、カオトロピックイオン剤を溶剤として用いて溶解液とすることは、本件特許明細書に実質的に記載されているといえる。

(エ)一方、「前記濃縮物」を「直接」溶解液とすることについて、
a 本件特許明細書で「直接」溶解させることを明示した記載は、
「【0177】これらの観察及び考察に基づいて、本発明者は、PrP^(SC)含有物質を直接溶解させるために1M?5M(特に3M及び4M)のGdnSCNを用い、この濃度でのGdnSCNの存在下でマイクロタイタープレートへのPrP^(SC)の吸着に成功した。」(下線は当審で付加した。)のみである。
そして、ここで記載された、直接溶解させる対象である「PrP^(SC)含有物質」について、「PrP^(SC)」は、段落【0098】によると「病原性プリオン蛋白質」であり、「病原性プリオン蛋白質由来蛋白質」とも記載されている(段落【0025】、【0027】、【0028】等)ものであるが、本件特許明細書中には、「PrP^(SC)含有物質」という記載も「病原性プリオン蛋白質含有物質」或いは「病原性プリオン蛋白質由来蛋白質含有物質」という記載も他にない。そして、「前記濃縮物」がPrP^(SC)を含有することは明らかであるが、これ以外にもPrP^(SC)を含有するものがあることは、
「【0122】4.ELISA法
図4に示すように、マイクロタイタープレートへの適切な吸着条件を調べるために、まず、脳組織及び脾臓組織抽出物を、5%SDS:ドデシル硫酸ナトリウム中で10分間加熱沸騰させ(1)、これを10倍容量以上の氷冷メタノール中で沈殿させた(2)。この組織抽出物は、通常、10?40mgの原組織を含有していた。但し、前記(数値)は、図4中の(数値)と対応するものである(以下、同様)。
【0123】 次いで、遠心分離処理(3)後、得られたペレット状沈殿物を100μlの異なる濃度(1?5M)のグアニジンチオシアネート(グアニジンチオシアン酸エステル:GdnSCN)、PBS(リン酸緩衝生理食塩水:最終pH≦5)中で超音波溶解させた(4)。ここまでの工程(1)?(4)は上述した第4の工程に相当するものである。」(下線は、当審で付加した。)
と記載され、前記濃縮物を5%SDSで10分間加熱沸騰させ、これをメタノールで沈殿させ、遠心分離処理後得られた「ペレット状沈殿物」も、PrP^(SC)を含有するといえ、上記の「PrP^(SC)含有物質」が「前記濃縮物」であると一義的にいうことはできない。
そうすると、「PrP^(SC)含有物質を直接溶解させる」との記載をもって、「前記濃縮物」を「直接」溶解液とすることが、本件特許明細書に明示的に記載されているとすることはできない。

b そこで、「直接」と明示されていないものの、「前記濃縮物」を溶剤に溶解することについて、本件特許明細書には、
「【0058】 次に、本発明の検出方法に基づく、測定法(第4の工程から第6の工程)について説明する。
【0059】 ここで、第4から第6工程で行われる測定法として免疫測定法、例えば酵素免疫吸着測定法(ELISA:enzyme-linked immnosorbentassay)は、酵素抗体法とも呼ばれ、特定の吸着面に抗体を配し、抗原と抗体とを結合せしめて、その複合体を形成し、これを検出する方法である。
【0060】まず、前記第4の工程として、前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を溶剤に溶解して前記濃縮物の溶解物を得る工程(溶解工程)を有しているので、次段の吸着工程で吸着面に吸着され易い病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮物を作製することができる。」(下線は当審で付加した。)
と記載されているが、この「第4の工程」については、
「【0122】4.ELISA法
図4に示すように、マイクロタイタープレートへの適切な吸着条件を調べるために、まず、脳組織及び脾臓組織抽出物を、5%SDS:ドデシル硫酸ナトリウム中で10分間加熱沸騰させ(1)、これを10倍容量以上の氷冷メタノール中で沈殿させた(2)。この組織抽出物は、通常、10?40mgの原組織を含有していた。但し、前記(数値)は、図4中の(数値)と対応するものである(以下、同様)。
【0123】次いで、遠心分離処理(3)後、得られたペレット状沈殿物を100μlの異なる濃度(1?5M)のグアニジンチオシアネート(グアニジンチオシアン酸エステル:GdnSCN)、PBS(リン酸緩衝生理食塩水:最終pH≦5)中で超音波溶解させた(4)。ここまでの工程(1)?(4)は上述した第4の工程に相当するものである。」(下線は、当審で付加した。)
と記載され、「第4の工程」は「工程(1)?(4)」からなることが記載され、工程(1)として「5%SDS:ドデシル硫酸ナトリウム中で10分間加熱沸騰させ(1)」る処理を行うものであるから、これに相当するとされた「上述した第4の工程」、つまり、段落【0058】及び【0060】に記載された「第4の工程」は、少なくとも「工程(1)?(4)」を有しているといえるから、溶剤への溶解の前に5%SDS処理を経るものであり、濃縮物を直接溶解するものではないと解するのが相当である。

c そして、図4には、第4の工程として「(1)(沈殿を5%SDSで沸騰、10min)」と記載され、(1)に続く文には括弧が付加されているが、これは、図1?3の「第3の工程:分離工程」の後に、「5%SDS 加熱溶解 10min」が記載されており、重複するために括弧を付加したと理解するのが相当であり、工程(1)が省略しうるものであることを示しているとすることはできない。

d 本件特許明細書の実施例より前の段落【0026】?【0096】の一般的記載では、SDS処理について言及していないが、上記bで記載したとおり、段落【0058】及び【0060】に記載された「第4の工程」は、5%SDS処理を行う実施例の第4工程に相当するものであるから、上記一般的記載にも、実質的に5%SDS処理を行うことが記載されているといえる。また、5%SDS処理について記載されていないことが、SDS処理が任意工程であることを示す理由とならないことは、任意工程である洗浄工程については、上記イ(イ)で記載したとおり、洗浄工程を有することが望ましいと、任意工程であることが明記されていることからもいえる。

e さらに、濃縮方法の実施例は全て、第3の工程である分離工程で得られた濃縮物が、5%SDSで10分間加熱溶解されることは、方法1について段落【0104】、方法2について段落【0106】、方法3について段落【0111】、方法4について【0112】、方法5について段落【0144】、方法6について段落【0115】に方法3と同様とされ、方法7について段落【0116】に方法4と同様とされ、方法8について段落【0117】に方法5と同様とされているとおりである。

f 酵素免疫吸着測定法(ELISA法)の実施例は、5%SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)で10分間加熱溶解した後、メタノールで沈殿させた沈殿物をGdnSCNを用いて溶解液とすることは、以下に記載のとおりである。
「【0122】4.ELISA法
図4に示すように、マイクロタイタープレートへの適切な吸着条件を調べるために、まず、脳組織及び脾臓組織抽出物を、5%SDS:ドデシル硫酸ナトリウム中で10分間加熱沸騰させ(1)、これを10倍容量以上の氷冷メタノール中で沈殿させた(2)。この組織抽出物は、通常、10?40mgの原組織を含有していた。但し、前記(数値)は、図4中の(数値)と対応するものである(以下、同様)。
【0123】 次いで、遠心分離処理(3)後、得られたペレット状沈殿物を100μlの異なる濃度(1?5M)のグアニジンチオシアネート(グアニジンチオシアン酸エステル:GdnSCN)、PBS(リン酸緩衝生理食塩水:最終pH≦5)中で超音波溶解させた(4)。ここまでの工程(1)?(4)は上述した第4の工程に相当するものである。」(下線は当審で付加した。)

g 「【0177】これらの観察及び考察に基づいて、本発明者は、PrP^(SC)含有物質を直接溶解させるために1M?5M(特に3M及び4M)のGdnSCNを用い、この濃度でのGdnSCNの存在下でマイクロタイタープレートへのPrP^(SC)の吸着に成功した。」という記載全体から、「前記濃縮物」を「直接」溶解液とすることが導き出せるか検討する。
(a)「これらの観察及び考察」に基づいて成したことは、「PrP^(SC)含有物質を直接溶解させるために1M?5M(特に3M及び4M)のGdnSCNを用い、この濃度でのGdnSCNの存在下でマイクロタイタープレートへのPrP^(SC)の吸着に成功した。」ことであり、この成功したとされることについては、
「【0137】5.測定結果
(1)適当なコーティング条件の決定
マイクロタイタープレートへの高い吸着率を実現するためには、PrP^(SC)由来蛋白質を十分に溶解させる必要がある。ここで、PrP^(SC)を溶解させるためにGdnSCNとSDSの有用性を評価した(図5)。
【0138】 図5において、マイクロタイタープレートへのPrP^(SC)由来蛋白質吸着に対するGdnSCN及びSDSの効果を見るために、スクレーピー感染マウスの脳組織(A)及び脾臓組織(B)からのサンプルを方法1及び方法5によってそれぞれ調製した。各SDS及びGdnSCNの各濃度において、脳(A)及び脾臓(B)の1mg相当量から抽出液を採取し、これをマイクロタイタープレート1枚当たり3つのウエルにコーティングした。
・・・
【0141】PBSへのPrP^(SC)由来蛋白質の溶解は、カオトロピックイオン(chaotropic)剤又は界面活性剤なしで行うと、マイクロタイタープレートへの吸着が脳組織のものでは幾らか生じるが、脾臓組織のものでは生じなかった(図5(A)、(B):0MのGdnSCN)。また、SDS濃度が最低濃度(0.1%)であっても、脳組織からPrP^(SC)由来蛋白質の吸着は生じていなかった(図5(A))。
【0142】これに対して、PBS濃度を増やしながらGdnSCNをPBSに添加すると、コーティング効率が向上し、GdnSCNの濃度が4Mの側で脾臓組織のものについてのピークが生じた(図5(B))。また、3M付近のGdnSCN濃度で、脳組織のものについてはピークを示した(図5(A))。即ち、溶剤として1?5M(特に3?4M)のGdnSCNを使用したとき、強く特異的な吸着が見られた。」と記載され、
図5には、GdnSCNを溶剤とした場合、OD(吸光度)が高くなる、つまり感度が上がること、SDSを溶剤とした場合はODが低いことが示され、1?5M(特に3?4M)のGdnSCNでODが高いことが、確かに示されている。
しかしながら、図5は、上記段落【0122】?【0123】に記載されるとおり、
「脳組織及び脾臓組織抽出物を、5%SDS:ドデシル硫酸ナトリウム中で10分間加熱沸騰させ」、その後「異なる濃度(1?5M)のグアニジンチオシアネート」に溶解させたものを用いた実験の結果であるから、5%SDS処理を行った場合に成功したことが示されているものの、図5から、SDSを溶剤とした場合に感度が低いことをもって、溶剤への溶解の前に行う5%SDS処理を省略しても、GdnSCN溶剤を用いると同様の高感度が得られとすることはできず、実験で確かめる必要があるところ、本件特許明細書には、5%SDS処理を省略した実験は一切記載がない。

(b) そして、高感度であることについては、本件特許明細書には本件特許発明の課題として、
「【0025】本発明は、上述した従来の実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、動物組織由来物質から、比較的低濃度でも迅速かつ簡便に、そして高感度で組織特異的に病原性プリオン蛋白質を検出できる病原性プリオン蛋白質の検出方法、および、その検出方法の実施に際し、検出されるべき前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法を提供することにある。」(下線は当審で付加した。)
と記載され、迅速、簡便であるだけでなく、高感度で特異的であることも発明の目的として記載されている。

(c) さらに、「これらの観察及び考察」について、段落【0177】に先立つ、
「【0176】スクレーピー診断にELISA法を開発する上での大きな障害は、PrP^(SC)が容易に沈積状態に凝集することであった(メイヤー他、1986年)。スクレーピー感染組織のギ酸又はSDSでの予備処理(カスクサック他、1987年)、更に、純粋なPrP^(SC)のGdnSCNでの変性(これはマイクロタイタープレートへの吸着後に行われた;サーバン他、1990年)が報告されており、これは、抗PrP抗体の免疫反応性を増大させる。また、マイクロタイタープレートへのBSA牛胎児血清)の吸着がグアニジンの存在下で向上することが報告された(ズー他、1993年)。グアニジンはおそらく、抗原性サイトが生じることによって次々と耐プリオン蛋白質抗体の免疫反応性を増大させるPrP^(SC)の展開を促進させるものと考えられる。」
と記載され、ELISA法の大きな障害がPrP^(SC)が容易に沈積状態に凝集することであった(メイヤー他、1986年)ことは、蛋白質の凝集を解くために5%SDS処理をすることを想起させても、これを省くことは想起させない。また、ギ酸又はSDSでの予備処理(カスクサック他、1987年)、マイクロタイタープレートへの純粋なPrP^(SC)の吸着後のGdnSCNでの変性(サーバン他、1990年)が、抗PrP抗体の免疫反応性を増大させることは、GdnSCNを溶剤として溶解することがよいことを示唆するといえるものの、溶解の前に行われる5%SDS処理を省くことを想起させない。
なお、上記「(カスクサック他、1987年)」は、「Journal of Virology,Vol.61,No.12,1987,p.3688-3693」と推認され、ELISA法において、精製SAF(病原性プリオン蛋白質)を1%SDS処理したもの、ギ酸処理したもの及びウシ血清アルブミン(BSA)を添加したものの3種類を用いたことが記載され、BSA添加のものは、反応性が低いことが示されており(3689頁左欄下から26?7、3690頁TABLE1)、5%SDS処理を省くことを示唆するものではない。
また、「(サーバン他、1990年)」は、「NEUROLOGY,Vol.40,1990,p.110-117」と推認され、界面活性剤ノニデットP-40及びデオキシコール酸ナトリウムを用いて脳組織から抽出した精製プリオンロッド、及びこれを2%SDSで煮沸後SDS-PAGEで精製した精製PrP27-30を、ELISAプレートに吸着後、プロティナーゼK及び/またはGdnSCNで処理した結果が表1に示され、精製PrP27-30は、プロティナーゼK及びGdnSCN処理しない場合最も感度が良く、精製プリオンロッドはGdnSCNで処理した場合最も感度が良いことが示されている。そして、この最も感度のよい両者を比べると、2%SDSで煮沸処理を含む方法で精製された、精製PrP27-30の方が感度が良く、5%SDS処理を省くことを示唆するものではない。
また、「(メイヤー他、1986年)」は、「Proc.Natl.Acad.Sci.USA,Vol.83,1986,p.2310-2314」と推認され、脳組織をサーコシルで可溶化しプロティナーゼKで分解して試料を調製すること、PrP33-35^(SC)が、凝集してロッドになることが記載されているが、ELISA法についての記載はない。

(オ)また、審判請求書(第8頁下から9?7行)に、本件訂正が、無効審判(無効2010-800182号)における引用文献と、SDS溶解を含むか含まないかの相違点が存在することを明確にすることを意図したものであることを記載されており、5%SDS処理を含まないことにより、引用文献に対して進歩性があるというのであればなおさらのこと、本件特許明細書には、5%SDS処理を含まないことの技術的意義及び実施例による確認が記載されている必要がある。しかしながら上記のとおり、5%SDS処理を含まないことの技術的意義及び実施例の記載はない。

(カ)以上のことを総合すると、本件特許明細書には、「前記濃縮物」を5%SDS処理を経ることなく溶解液とすることについて記載及び示唆がなく、前記濃縮物を「洗浄することなく直接カオトロピックイオン剤を用いて溶解液と」するとする訂正は、本件特許明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであり、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものとすることはできず、また、実質上特許請求の範囲を変更するものともいえる。

ウ まとめ
以上のとおり、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるが、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものではなく、実質上特許請求の範囲を変更するものである。

(2)訂正事項2について
請求項を削除する訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。

2 むすび
以上のとおり、本件訂正は、特許法第126条第1項第1号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものの、特許法第126条第3項及び第4号の規定に適合しない。

第5 結論
以上のとおり、本件訂正は、特許法第126条第3項及び第4号の規定に適合しないものであり、本件訂正は認められない。
 
審理終結日 2011-10-25 
結審通知日 2011-10-27 
審決日 2011-11-08 
出願番号 特願2007-239265(P2007-239265)
審決分類 P 1 41・ 854- Z (G01N)
P 1 41・ 841- Z (G01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 白形 由美子  
特許庁審判長 秋月 美紀子
特許庁審判官 鵜飼 健
杉江 渉
郡山 順
齊藤 真由美
登録日 2009-08-28 
登録番号 特許第4362837号(P4362837)
発明の名称 病原性プリオン蛋白質の検出方法  
代理人 ▲高▼橋 直樹  
代理人 工藤 敦子  
代理人 菊池 毅  
代理人 向原 学  
代理人 増井 和夫  

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