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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01J
管理番号 1249398
審判番号 不服2008-22187  
総通号数 146 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-02-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-08-29 
確定日 2012-01-19 
事件の表示 特願2002-572604「2つのフィラメントにより焦点が静電制御されるX線管」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 9月19日国際公開、WO02/73650、平成16年 9月16日国内公表、特表2004-528682〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成14年2月20日(パリ条約による優先権主張 平成13年3月9日、米国)を国際出願日とする国際出願であって、平成15年9月5日に翻訳文(国内書面)が提出された後、平成19年7月19日付けで拒絶理由が通知され、同年10月18日付けで手続補正がなされたものの、平成20年5月28日付けで拒絶査定がなされた。
本件は、前記拒絶査定を不服として平成20年8月29日に請求された拒絶査定不服審判事件であって、同日付けで手続補正がなされている。その後、当審において平成21年5月1日付けで審尋が行われ、同年8月12日付けで回答書が提出されている。

第2 平成20年8月29日付け手続補正の補正の却下の決定
〔補正の却下の決定の結論〕
平成20年8月29日付け手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。
〔理由〕
1 補正の内容と目的
平成20年8月29日付け手続補正は特許請求の範囲を補正するものであって、実質的に、補正前(平成19年10月18日付けで補正。以下同じ。)の請求項1、8、20、29を削除し、その削除に伴って請求項の番号を整合させるとともに、補正前の請求項23の発明特定事項である「第1のフィラメント及び第2のフィラメント」を、「上記第1のフィラメントは上記第2のフィラメントより長く」と限定減縮して請求項20とし、同じく補正前の請求項25の発明特定事項である「少なくとも2つのフィラメントセグメント」ならびに「長フィラメントセクション及び短フィラメントセクション」を、「或るフィラメント長を有する単一のフィラメントと、上記フィラメントの第1の端と電気的に連通する第1のフィラメントリード線と、上記フィラメントの第2の端と電気的に連通する第2のフィラメントリード線と、上記第1のフィラメントリード線と上記第2のフィラメントリード線との間の点で上記フィラメントと電気的に連通する第3のフィラメントリード線」ならびに「第1のフィラメントリード線と上記第2のフィラメントリード線との間に配置された上記フィラメントの長さ全体及び上記第3のフィラメントリード線と上記第2のフィラメントリード線との間に配置された上記フィラメントの長さの一部」と限定減縮して請求項22としたものであるので、前記手続補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2(以下、単に「特許法第17条の2」という。)第4項第1号および第2号に掲げる請求項の削除および特許請求の範囲の減縮を目的とする補正である。
そこで、本件補正後の請求項20に係る発明(「以下、「本件補正発明」という。)が特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか、すなわち、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かについて、以下に検討する。

2 本件補正発明
本件補正発明は次のとおりのものである。
「【請求項20】
回転陽極から間隔が置かれる電子放射陰極組立体を有する真空エンベロープと、
上記真空エンベロープに隣接して配置されるフィラメント選択回路と、を含み、
上記陰極組立体は、
可変焦点長及び可変焦点幅を有する焦点において上記陽極に衝突する電子ビームを放射する少なくとも第1のフィラメント及び第2のフィラメントと、
少なくとも3つの電気的に絶縁される偏向電極に分割される陰極カップを含み、
上記第1のフィラメントは上記第2のフィラメントより長く、
上記フィラメント選択回路は、
焦点長を選択するために上記第1のフィラメント及び上記第2のフィラメントの一方を、選択的且つ個々に、電気的に加熱する手段と、
上記陽極上の焦点の幅及び場所を制御するために、上記偏向電極の様々な電極に、個々に且つ選択的に、電位を印加する手段を含む、X線管組立体。」

3 本願の優先日前に頒布された刊行物
(1)引用例1
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である特開平9-167585号公報(以下、「引用例1」という。)には、図面とともに以下の技術的事項の記載がある。
(1a)「【請求項1】 回転ターゲットを有する陽極と、前記回転ターゲットの前方に設けられた基板と、前記回転ターゲットに対し電子ビームを放射するフィラメントカソードをそれぞれの集束溝内に配置し、かつ、前記フィラメントカソードの位置よりも互いに反対側の部分で前記基板に固定され、相手との間に位置する間隙で互いに分離された構造の第1および第2集束電極と、前記陽極および前記基板に固定された前記第1および第2集束電極を収納した真空容器とを具備した回転陽極型X線管。」
(1b)「【0002】
【従来の技術】回転陽極型X線管はX線を発生する装置で、X線CT装置などに使用されている。ここで、回転陽極型X線管の概略の構造について図2を参照して説明する。21は、回転陽極型X線管を構成するガラス製の真空容器で、この真空容器21内部には電子ビームを放射する陰極22が配置されている。また、陰極22に対向して、陽極を構成する回転ターゲット23が配置されている。回転ターゲット23は回転軸24に固定され、回転軸24はロータ25に連結されている。また、真空容器21の外部には、ロータ25を囲むようにステータ26が設けられている。
【0003】ステータ26は、内部に電流が流れることによって、ロータ25を回転させ、この回転が回転軸24を通して回転ターゲット23に伝達され、回転ターゲット23を回転させる構造になっている。なお、回転する回転ターゲット23に対して陰極22から電子ビームが入射され、X線が発生される。」
(1c)「【0013】
【発明の実施の形態】本発明の一実施例について図1を参照して説明する。Aが回転ターゲット部分で、陽極の一部を構成している。回転ターゲット部分Aの前方には陰極Bが配置されている。11は基板で、基板11上に、2つの集束電極12a、12bが固定されている。2つの集束電極12a、12bは、中間に位置する間隙Gによって互いに分離された構造をしており、また、間隙Gに対してほぼ対称の構造になっている。
【0014】例えば、集束電極12a、12bの表面は相手方向に向かって低くなるように傾斜し、その傾斜面に第1および第2の集束溝14a、14bが形成されている。また、第1および第2の集束電極12a、12bの裏側には、第1および第2の集束溝14a、14bと対応する位置に第1および第2の空間15a、15bが構成され、また、各空間15a、15bの下端周辺は基板11から浮いた形になっている。そして、2つの集束電極12a、12bは、それぞれ相手から離れた例えば最端の裏面固定部分16a、16bで、基板11にろう付けまたは溶接されている。
【0015】また、第1の集束溝14a部分には、大焦点用のフィラメントカソード17aが配置されている。フィラメントカソード17aはカソード支持部材18aで支持され、カソード支持部材18aは基板11の下方まで延び、その中間には絶縁体19aが固定されている。この絶縁体19aの上面は、上部固定部材20aの下端円筒部に接合され、上部固定部材20a上端の鍔状部分は空間15aの上面に溶接され固定されている。また、絶縁体19aの下面は下部固定部材21aで固定されている。
【0016】また、第2の集束溝14b部分には、大焦点用のフィラメントカソード17bが配置されている。フィラメントカソード17bはカソード支持部材18bで支持され、カソード支持部材18bは基板11の下方まで延び、その中間に絶縁体19bが固定されている。この絶縁体19bの上面は、上部固定部材20bの下端円筒部に接合され、上部固定部材20b上端の鍔状部分は空間15bの上面に溶接され固定されている。また、絶縁体19bの下面は下部固定部材21bで固定されている。なお、回転ターゲット部分Aなどによって構成される陽極や、2つの集束電極12a、12bなどは、図示しない例えばガラス製の真空容器内に気密に収納されている。」
(1d)「【0004】ここで、従来の回転陽極型X線管における陰極と回転ターゲット部分の構造について図3を参照して説明する。Aは、X線を発生する回転ターゲット部分で、陽極の一部を構成している。回転ターゲット部分Aの前方に陰極Bが位置している。31は陰極Bを構成する基板で、周囲が円形をした集束電極32がその裏面を利用して基板31上にろう付けされている。集束電極32の表面は中央が低くなるように傾斜しており、その傾斜した面に第1、第2の2つの集束溝33a、33bが形成されている。また、それぞれの集束溝33a、33bに対応した集束電極32の裏側には空間34a、34bが形成されている。集束電極32は、基板31に溶接等により固着されている。
【0005】また、第1の集束溝33aの中央には、大焦点用のフィラメントカソード35aが配置されている。フィラメントカソード35aはカソード支持部材36aで支持され、カソード支持部材36aは基板31の下方まで延びている。また、カソード支持部材36aの中間部分に絶縁体37aが固定されている。絶縁体37aの上面は上部固定部材38aの下端筒状部と接合し、上部固定部材38aの上端鍔状部は空間34aの上面に溶接され固定されている。なお、絶縁体37aの下端は下部固定部材39aで固定されている。
【0006】第2の集束溝33bの中央には、小焦点用のフィラメントカソード35bが配置されている。フィラメントカソード35bはカソード支持部材36bで支持され、カソード支持部材36bは基板31の下方まで延びている。また、カソード支持部材36bの中間部分に絶縁体37bが固定されている。絶縁体37bの上面は上部固定部材38bの下端筒状部と接合され、上部固定部材38bの上端鍔状部は空間34bの上面に溶接され固定されている。なお、絶縁体37bの下端は下部固定部材39bで固定されている。」
(1e)【図2】には、上記(1b)の記載に即して回転陽極型X線管の概略構造が、【図3】には、上記(1d)の記載に即して陰極Bの概略断面図が、図示されている。
これらの記載および図面の内容からして、引用例1には以下の発明が記載されているといえる。
「回転ターゲットを有する陽極と、前記回転ターゲットの前方に離隔して設けられた陰極Bを有するガラス製の真空容器とを含む、X線CT装置用の回転陽極型X線管であって、
前記陰極Bは、集束電極32に形成された第1および第2の集束溝33a、33b内のそれぞれに、大焦点用のフィラメントカソード35a、小焦点用のフィラメントカソード35bが配置された回転陽極型X線管。」(以下、「引用発明」という。)

(2)引用例2
同じく原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である米国特許第5224143号明細書(以下、「引用例2」という。)には、図面とともに以下の技術的事項の記載(当審における邦訳)がある。
(2a)第2欄第3?11行
「図1を参照して述べた上記X線管は、金属部分15、16に高いバイアス電圧を印加することを要することなく良好な偏向性能を与える。しかしながら、ある適用においては、所定の幅を維持したまま、異なるエネルギー特性と様々な角度位置を取り得る2つのX線ビームが要求される。」
(2b)第2欄第30?34行
「本発明の目的は、それぞれの電子線を偏向可能とすると同時にその集束を制御できる、互いに平行な溝内に別々に配された少なくとも2つのフィラメントを有するX線管の陰極を提供することにある。」
(2c)第2欄第37?45行
「本発明は、電子ビームの偏向、集束手段と協働する少なくとも2つのフィラメントを含むX線管陰極を提供し、前記偏向、集束手段は、互いに電気的に隔離されて電気的に電圧が上げられる少なくとも3つの金属部品からなり、第1と第2の金属部品は第1フィラメントと協働し、一方、第2の金属部品と第3の金属部品は第2のフィラメントと協働する。」
(2d)第2欄第63行?第3欄第14行
「本発明は、以下の操作方法からなる、フィラメントと協働する金属部品に印加される電気的電圧の決定方法をも提供する:
電子ビームを放射するフィラメントと協働する金属部品の一つに印加する電圧の関数として、他の協働する金属部品に印加する異なる電圧値に対して、電子ビームが陽極に衝突する寸法fに関する測定である第1セットの特性:
前記金属部品に印加する電圧の関数として、前記他の協働する金属部品に同じ電圧を印加した際の、電子ビームの陽極上での偏向δの変化に関する測定である第2セットの特性;そして、
2つのセットのカーブを所与のカーブとして、第1ならびに第2の測定を用いて、衝突の大きさfの変化ならびに電子線の偏向δを、前記金属部品に印加される電圧の関数として決定する。」
(2e)第3欄第31?53行
「図2は、本発明のX線管の概略断面図である。それは、破線輪郭9で示される真空容器内の、陰極20と陽極21で構成される。陰極20は、集束手段24内に配されている2つの放射フィラメント22と23を有する。集束手段は、2つのフィラメントを具備する場合には、一体化されているものの絶縁仕切28と29によって互いに電気的に絶縁された3つの金属部品25,26および27からなる。フィラメント22は、部品25と26を絶縁仕切28の周辺で特別な形状に切り抜いて設けられた溝30内に配置される。同様に、フィラメント23は、部品26と27を絶縁領域29の周辺で特別に切り抜いて形成された溝31内に配置される。
隣接する金属部品25,26または26,27のそれぞれの組は、関連づけられたフィラメント22または23から放射された電子ビーム32または33の集束および偏向手段として構成され、この端部において前記部品の組は、関連づけられたフィラメント22または23の両側面において階段形状を有する面34または35を得るために、特別な切り抜き形状を有する。」(2f)第3欄第66行?第4欄第29行
「ビームの所望の偏向と集束を得るために、金属部品25,26または26,27に印加する電圧を決定するため、U_(25),U_(26),およびU_(27)を変化させることによってX線管を較正する必要がある。
最初の較正操作は、電子ビームの陽極21上への衝突点の幅f、すなわち、異なるU_(26)の値に対する電圧U_(25)の関数としてのX線ビームの焦点の幅、を測定することである。図3aの曲線40から43は、それぞれ、U_(26)=0ボルト、-100ボルト、-200ボルト、そして-300ボルトに対応して得られたものである。
第2の較正操作は、電子ビームの偏向量δ、すなわち、同じU_(26)の値に対する電位U_(25)の関数として、陽極21上における衝突点の変位を、中心軸または平面36に関連して測定することである。図3bの曲線44から47は、それぞれ、U_(26)=0ボルト、-100ボルト、-200ボルト、そして-300ボルトに対応して得られたものである。
図3aと3bの曲線を組み合わせることにより、図3cに示される2つのセットの曲線が得られる、すなわち、U_(25)の関数としてのU_(26)の、衝突点の幅fの異なる値に対する値(セット48)、および、ビーム偏向量δの異なる値に対する値(セット49)。図3cにおいて、2つの格子48と49内の曲線の交点の座標は、交点曲線によって指示される焦点幅と偏向量を得るために要求されるU_(25)とU_(26)の値を指示する。
上述の較正操作は、部品26および27によるビーム制御についても行われる必要があることは当然である。」

(3)引用例3
同じく原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である特開平2-295038号公報(以下、「引用例3」という。)には、図面とともに以下の技術的事項の記載がある。
(3a)第1頁右下欄第14行?第2頁左上欄第1行
「産業上の利用分野
本発明は、空間において様々な方向を持ち得るX線ビームを得るために、特に放射線学に使用されるX線管に関する。」
(3b)第2頁左上第2行?第2頁右上欄第1行
「従来の技術
このようなX線管は、分析すべき領域を走査するために、あるいは異なるエネルギ特性を有しおよび/または異なる入射角で分析すべき領域」上に入射する少なくとも2つのX線ビームを得るために、例えば診断用放射線学において使用される。
X線管は、真空の密閉容器内に、電子を放出する加熱されたフィラメントと、該フィラメントに対して取付けられた収束装置とから構成される陰極を備え、その収束装置は、陰極に対して正の電位された陽極上に放出電子を収束する。その陽極上での電子ビームの衝撃点がビーム状のX線のX線源を成す。
X線を角度変位させるためには、偏向手段を用いて陽極での電子ビームの衝撃点を移動することが一般に提案されている。これら偏向手段は、通常、電子ビームの通路上、または陰極と陽極の間の電子ビーム通路近傍に位置する磁気レンズまたは静電レンズから構成される。」
(3c)第2頁右上欄第7行?同左下欄第17行
「 フランス国特許第2,538,948号では、収束装置が、互いにかつフィラメントから電気的に絶縁された少なくとも2つの金属部分を備え、フィラメントに対してこれら部分を独立してバイアスすることを可能にし、これによって電子ビームの偏向を達成する走査型X線管が提案されている。
第1図は、上に引用した特許に記載されたタイプのX線管を概略的に示す。破線の長方形で概略を示した密閉容器11内に、上記X線管は、フィラメント12と、該フィラメント12に対して取付けられた収束装置13と、陽極14とを備える。フィラメント12と収束装置13は陰極C1を構成する。収束装置13は第1の金属部分15と第2の金属部分16から構成される。これらの金属部分は、絶縁ベース18にしっかりと固定された絶縁壁17により互いに電気的に分離されている。金属部分15、16は第1図の面に垂直な対称面に対してフィラメント12の両側で対称に配置されている。この対称面は第1図の平面に対して垂直なフィラメント12の軸線を含み、絶縁ベース18に垂直である。第1図の面と上記対称面との交差線により、電子ビームの軸線19が画定される。
等しい電圧が金属部分15、16に印加されると、陰極C1は軸線19に沿って電子ビーム19を放出し、陰極CIの幾何学的形状によりビームの収束が達成される。
電子ビームを偏向するために、すなわち、電子ビームに放出軸線19とは異なる平均方向を与えるためには、金属部分15、16に印加する電圧に異なる値を与えることにより、フィラメント12の周囲に生成される電界に非対称を導入するだけでよい。」

4 対比
本件補正発明と上記引用発明とを対比する。
引用発明の「回転ターゲットを有する陽極」、「陰極B」ならびに「ガラス製の真空容器」が、それぞれ、本件補正発明の「回転陽極」、「電子放射陰極組立体」ならびに「真空エンベロープ」に相当することは明らかである。そして、引用発明の「陰極B」は「集束電極32に形成された第1および第2の集束溝33a、33b内のそれぞれに」「大焦点用のフィラメントカソード35a、小焦点用のフィラメントカソード35bが配置され」るものであることから、当業者の技術常識に照らせば、引用発明の「陰極B」が、異なる焦点の大きさを有する焦点で陽極に衝突する電子ビームを放射することは明らかであるので、引用発明の「前記陰極Bは、集束電極32に形成された第1および第2の集束溝33a、33b内のそれぞれに、大焦点用のフィラメントカソード35a、小焦点用のフィラメントカソード35bが配置され」るという事項と、本件補正発明の「上記陰極組立体は、可変焦点長及び可変焦点幅を有する焦点において上記陽極に衝突する電子ビームを放射する少なくとも第1のフィラメント及び第2のフィラメントと、少なくとも3つの電気的に絶縁される偏向電極に分割される陰極カップを含み」という発明特定事項とは、「上記陰極組立体は、可変焦点大きさを有する焦点において上記陽極に衝突する電子ビームを放射する少なくとも第1のフィラメント及び第2のフィラメントと、電極である陰極カップを含み」という点で共通する。

したがって、本件補正発明と引用発明とは、
「回転陽極から間隔が置かれる電子放射陰極組立体を有する真空エンベロープを含み、
上記陰極組立体は、可変焦点大きさを有する焦点において上記陽極に衝突する電子ビームを放射する少なくとも第1のフィラメント及び第2のフィラメントと、電極である陰極カップを含む、X線管組立体」の点で一致し、次の点で相違する。
〈相違点1〉第1のフィラメント及び第2のフィラメントについて
本件補正発明は、「第1のフィラメントは上記第2のフィラメントより長く」、「真空エンベロープに隣接して配置されるフィラメント選択回路」を具備していて、「焦点長を選択するために上記第1のフィラメント及び上記第2のフィラメントの一方を、選択的且つ個々に、電気的に加熱する手段」を具備するのに対し、引用発明は2つのフィラメントの長さ、フィラメント選択回路の有無について明らかでない点。
〈相違点2〉電極について
本件補正発明は、「少なくとも3つの電気的に絶縁され」「分割され」た「偏向電極」であって、「陽極上の焦点の幅及び場所を制御するために、上記偏向電極の様々な電極に、個々に且つ選択的に、電位を印加する手段」を具備するのに対し、引用発明はそのような構成を具備していない点。

5 検討・判断
上記各相違点について検討する。
(1)相違点1について
X線CT装置の分解能向上のために焦点寸法を可変とすること、そのために2つのフィラメントを用いることは、出願人も自認するとおり(本願明細書の段落【0004】、【0005】参照)当業者に周知の事項であり、また、焦点の大きさを異ならせるために2つのフィラメントを設けた二重焦点型X線管において、設けられた2つのフィラメントの長さは、大焦点用フィラメントの方が小焦点用フィラメントより長いこと、ならびに、それら2つのフィラメントを選択的に通電加熱して動作が行われることは、例えば特開昭63-138639号公報(第1頁右下欄第1行?第2頁左上欄第9行および第7?9図参照)に記載されているように、当業者の技術常識に属する事項である。
してみると、大焦点用と小焦点用の2つのフィラメントが設けられている引用発明の回転陽極型X線管において、「第1のフィラメントは上記第2のフィラメントより長く」、「真空エンベロープに隣接して配置されるフィラメント選択回路」を具備していて、「焦点長を選択するために上記第1のフィラメント及び上記第2のフィラメントの一方を、選択的且つ個々に、電気的に加熱する手段」を具備していることは、当業者が当然に想定し得る事項である。
したがって、相違点1は、実質的な相違点ではない、もしくは、当業者が技術常識に基いて引用発明に当然に具備せしめる構成にすぎない。

(2)相違点2について
引用例2の上記記載事項ならびに図面の図示内容からして、引用例2には、「絶縁仕切を介して互いに電気的に絶縁された第1ないし第3の3つの金属部品、ならびに、第1および第2の2つのフィラメントを有するX線管の陰極において、前記第1のフィラメントおよび第2のフィラメントは、それぞれ、第1と第2の金属部品および第2と第3の金属部品を絶縁仕切の周辺で特別な形状に切り抜いて設けられた溝内に配置され、
前記第1のフィラメントおよび第2のフィラメントが放射する電子ビームは、それぞれのフィラメントが配置されている溝を形成する第1と第2の金属部品および第2と第3の金属部品のそれぞれに印加される電圧に応じて、陽極上への衝突点の幅、ならびに、衝突点の変位量が変化する、陰極。」の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されているといえる。
ここで、引用例3について摘記した上記(3a)?(3c)の記載事項からして、「電子ビームを収束のみならず偏向させるため、フィラメントの両側に対称に配置されている、絶縁壁により互いに電気的に分離された2つの金属部分を電子ビームの収束ならびに偏向手段として用い、陽極での電子ビームの衝撃点を移動させることにより、空間において様々な方向を持ち得るX線ビームを得ることができる、診断用放射線学に使用されるX線管。」は、従来から当業者に非常によく知られた事項にすぎない。
そうすると、引用発明2に接した当業者であれば、大焦点用、小焦点用の2つのフィラメントを、集束電極に形成された第1および第2の2つの集束溝内のそれぞれに配置した引用発明の回転陽極型X線管において、集束電極を、絶縁仕切を介して互いに電気的に絶縁された第1ないし第3の3つの金属部品からなる構成として、それぞれの金属部品に印加する電位を選択的に変更可能とすれば、前記2つのフィラメントから放射される電子ビームそれぞれの陽極上での焦点の大きさや衝突位置を変更できるようになるであろうことは、当業者が格別の困難なく想到し得る事項である。
そして、X線を用いる撮像装置において、必要に応じて焦点の大きさを変更すること、あるいは、陽極上への電子ビームの衝突位置を変更可能として分解能を向上させたりステレオ撮像を行い得るようにすることは、当業者に周知の課題である。
してみると、上記課題解決のため、当業者に非常によく知られた事項を勘案して、引用発明の陰極構造に引用発明2の陰極構造を適用し、上記相違点2に係る構成を得ることは、当業者が容易に想到し得た事項である。
よって、上記相違点は、引用発明および引用発明2、ならびに、当業者に非常によく知られた事項に基いて当業者が容易に想到し得た事項である。

また、本願補正発明が奏する作用効果も、引用発明および引用発明2、ならびに、当業者に非常によく知られた事項から当業者が想定できる範囲のものにすぎない

6 本件補正についての結び
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第4項第2号に規定する、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正事項を含むものであり、本件補正発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件補正は、特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項に規定する要件を満たさないものである。
したがって、本件補正は、特許法第159条第1項で読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成20年8月29日付け手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の特許請求の範囲に記載された発明は、平成19年10月18日付け手続補正書によって補正された、特許請求の範囲の請求項1ないし35に記載されたとおりのものであるところ、その請求項23に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。
「回転陽極から間隔が置かれる電子放射陰極組立体を有する真空エンベロープと、
上記真空エンベロープに隣接して配置されるフィラメント選択回路と、を含み、
上記陰極組立体は、
可変焦点長及び可変焦点幅を有する焦点において上記陽極に衝突する電子ビームを放射す
る少なくとも第1のフィラメント及び第2のフィラメントと、
少なくとも3つの電気的に絶縁される偏向電極に分割される陰極カップを含み、
上記フィラメント選択回路は、
焦点長を選択するために上記第1のフィラメント及び上記第2のフィラメントの一方を、選択的且つ個々に、電気的に加熱する手段と、
上記陽極上の焦点の幅及び場所を制御するために、上記偏向電極の様々な電極に、個々に且つ選択的に、電位を印加する手段を含む、X線管組立体。」

2 引用文献
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献、その記載事項および引用発明、ならびに、引用発明2は、前記「II〔理由〕3」の「(1)引用例1」、「(2)引用例2」、「(3)引用例3」、ならびに、前記「II〔理由〕5」の「(2)相違点2について」に記載したとおりである。

3 本願発明と引用発明との対比、検討・判断
本願発明は、上記「II〔理由〕2」に記載した本件補正発明の発明特定事項である、「上記第1のフィラメントは上記第2のフィラメントより長く」という事項を削除したものに相当する。
そうすると、上記「II〔理由〕」の「5 検討・判断」で検討したとおり、本件補正発明が、引用発明および引用発明2に基いて容易に発明することができたものである以上、「上記第1のフィラメントは上記第2のフィラメントより長く」という発明特定事項を削除した本願発明も、同様の理由により、引用発明および引用発明2、ならびに、当業者に非常によく知られた事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 むすび
以上のとおり、本願の請求項23に係る発明は、本願の優先日前に頒布された刊行物である引用例1に記載された発明および引用例2に記載された発明、ならびに、当業者に非常によく知られた事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、その余の請求項に係る発明について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-08-19 
結審通知日 2010-08-24 
審決日 2010-09-06 
出願番号 特願2002-572604(P2002-572604)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H01J)
P 1 8・ 121- Z (H01J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松岡 智也  
特許庁審判長 村田 尚英
特許庁審判官 伊藤 幸仙
神 悦彦
発明の名称 2つのフィラメントにより焦点が静電制御されるX線管  
代理人 伊東 忠彦  
代理人 伊東 忠彦  

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