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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16D
管理番号 1250658
審判番号 不服2010-29200  
総通号数 147 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-03-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-12-24 
確定日 2012-01-19 
事件の表示 特願2006-528887「遠心式クラッチ、パワーユニット及び鞍乗型車両」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 1月19日国際公開、WO2006/006437〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成17年7月4日(優先権主張2004年7月8日、日本国)を国際出願日とする出願であって、平成22年10月4日付けで拒絶査定がされ、これに対し、平成22年12月24日に拒絶査定不服審判の請求がされたものである。

2.本願発明
本願の請求項1ないし13に係る発明は、平成18年12月14日付け及び平成22年4月30日付け手続補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし13に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、請求項1に記載された発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。
「鞍乗型車両の発進及び停止の際に断続される遠心式クラッチであって、
駆動源からのトルクを受けて回転する回転軸が挿通されるボス部と、上記ボス部の半径方向外方に連成された円盤状壁部と、上記円盤状壁部の外周縁から延設された筒状の外周壁とを有し、上記回転軸の回転に従って回転するクラッチハウジングと、
上記クラッチハウジングの内側に配置されたクラッチボスと、
上記クラッチハウジングの前記外周壁に支持された第1のクラッチ板と、
上記クラッチボスに支持され、上記第1のクラッチ板と対向する第2のクラッチ板と、
上記クラッチハウジングに支持され、上記クラッチハウジングの回転により生じる遠心力を受けて移動することによって上記第1のクラッチ板と上記第2のクラッチ板とを互いに圧着させるウエイトと、を備え、
上記クラッチハウジングの円盤状壁部の内面は、上記ウエイトが遠心力を受けて移動するときに上記ウエイトを上記第1及び第2のクラッチ板の方向に押し出すカム面であり、
上記クラッチハウジングは、ダイキャスト用アルミニウム合金からなり、
上記ウエイトは、円筒形状のローラ本体と、上記ローラ本体を貫通するピボット軸とを有し、上記ローラ本体が上記ピボット軸に回転自在に支持されると共に、上記カム面に接触しながら移動するように構成され、
上記ローラ本体の上記カム面と接触する部分は、鉄系金属からなる遠心式クラッチ。」

3.引用例
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物及びその記載事項は、次のとおりである。
1 特開2002-21879号公報(以下、「引用例1」という。)
2 実公昭43-27201号公報(以下、「引用例2」という。)
3 実公平2-39059号公報(以下、「引用例3」という。)

(1)引用例1の記載事項
引用例1には、「エンジンの遠心式クラッチ装置」に関して、図面とともに次の事項が記載されている。
ア.「各図において、140はスクータ型自動二輪車であり、」(段落【0013】)
イ.「上記エンジン1の回転はクランク軸7から、クランクケース2の右側壁に結合されたVベルト式無段変速機構8を介してメイン軸9に伝達され、該メイン軸9に装着された遠心式多板クラッチ機構10を介して中間軸15からドライブ軸11に伝達され、さらに該ドライブ軸11からチェン式伝動機構12を介して後輪13に伝達される。」(段落【0016】)
ウ.「次に自動遠心クラッチ機構10について説明する。
本実施形態エンジンの自動遠心クラッチ機構10は上記メイン軸9の左側部9bに装着されている。該クラッチ機構10は、メイン軸9に底壁部72aと周壁部72bを有する碗状のアウタクラッチ(入力側ハウジング)72を共に回転するようスプライン嵌合等により結合し、該アウタクラッチ72内に筒部73aとハブ部73bを有する筒状のインナクラッチ73(出力側ハウジング)を同軸配置し、該インナクラッチ73のハブ部73bの軸芯に筒状の出力軸74を共に回転するようスプライン嵌合等により結合し、該出力軸74を軸受57d,57eを介して上記メイン軸9で回転自在に支持した概略構造を有する。なお、57fは中間軸15の中間大歯車15aに噛合する出力歯車である。
上記アウタクラッチ72内には5枚のアウタクラッチ板75が配置され、その両端に位置するように2枚の押圧プレート75a,75bが配置され、該アウタクラッチ72と共に回転するように該アウタクラッチ72に係止している。また上記各アウタクラッチ板75及び押圧プレート75a,75bの間にはインナクラッチ板76が配置され、インナクラッチ73と共に回転するように該インナクラッチ73の外周に係止している。また上記アウタクラッチ板75,75間には該アウタクラッチ板75の間隔を広げることによりインナクラッチ板76との張り付きを防止する付勢ばね板77が配設されている。」(段落【0078】?【0080】)
エ.「そして上記アウタクラッチ72の底壁部72aの内側にはカム面72cが形成されており、該カム面72cと上記押圧プレート75aとの間には鋼球製のウェイト78が配設されている。このウェイト78は遠心力によりクラッチ機構の半径方向外方に移動するに伴ってカム面72cにより右方(クラッチ接続方向)に移動し、押圧プレート75aを押圧移動させ、これにより該クラッチ機構を接続状態とする。
ここで上記カム面72cは、上記ウェイト78を遠心力の増大に伴って上記アウタクラッチ板75とインナクラッチ板76とを圧接させる位置に移動するように案内する駆動面72dと、上記ウェイト78を遠心力の減少に伴って上記両クラッチ板75,76の圧接を解除する位置に移動するように案内する逃げ面72eとを有する。上記移動面72dはクラッチ軸線と直角の直線eとなす角度がθ1に設定されており、上記逃げ面72eはク上記移動面72dの径方向内側に連続するように形成され、上記直線eとなす角度が上記θ1より大きいθ2に設定されている。」(段落【0081】、【0082】)
オ.「上記メイン軸9の中央部9cは軸受57aを介して右ケース2bのメインボス部2eで軸支され、右端部はベルトケース45の外側ケース50のボス部50dで軸支されている。また上記メイン軸9の左端部は軸受57cを介してオイル室内側半体108の後壁108aの中央に形成されたボス部108bで軸支されている。なお、後述するように上記、オイル室内側半体108は左ケースカバー36のオイル室外側半体36cにボルト締め固定されてオイル貯留室107を形成する。
そして上記メイン軸9の上記左側部9bの軸芯にはオイル通路9dが形成され、該オイル通路9dは上記オイル室半体108内に形成されたオイル導入穴108cに開口している。このオイル通路9dの途中から半径方向外方に延びる分岐孔9e,9fが形成されている。一方の分岐孔9eはクラッチアウタ72aのボス部72fの先端部に切欠き形成されたオイル孔72gを介して上記アウタ,インナクラッチ72,73で囲まれた空間に連通しており、アウタ,インナクラッチ板75,76間に潤滑油を供給するうようになっている。また上記他方の分岐孔9fはメイン軸9と出力軸74との間の空間に連通しており、軸受57d,57eに潤滑油を供給するようになっている。」(段落【0083】、【0084】)
カ.「本実施形態クラッチ機構10では、ウェイト78はエンジン回転が上昇するにつれて遠心力でクラッチ径方向外方に移動し、カム面72cによりその軸方向位置が決定される。そしてエンジン回転が所定値以上になると上記ウェイト78が移動面72dにより押圧プレート75aを右方に押圧移動させてアウタ,インナクラッチ板75,76を圧接させ、これによりエンジン回転がメイン軸9から出力軸74に伝達され、該回転によりチェン式伝動機構12を介して後輪が回転駆動される。
そしてエンジン回転数の減少に伴ってウェイト78が径方向内方に移動し、エンジン回転数が所定値以下になると逃げ面72eにより上記ウェイト78の左方移動が許容され、上記圧接力が開放され、上記アウタ,インナクラッチ板75,76が相対回転し、エンジン回転はメイン軸9と出力軸74との間で遮断される。
そして本実施形態では、上記逃げ面72eの傾斜角度θ2を、θ2>θ1と大きく設定したので、上記エンジン回転の伝達が遮断された場合において、ウェイト78の左方移動許容量が上記逃げ面72eの傾斜角度θ2を移動面72dの角度θ1と同一とした場合に比較してLだけ大きくなり、そのため上記付勢ばね板77により上記アウタ,インナクラッチ板75,76間の隙間を十分に確保でき、その結果、上記両クラッチ板75,76の張り付きによる引きずりを無くすことができ、エンジン停止時の車両移動が容易となる。」(段落【0085】?【0087】)

これら記載事項及び図示内容を総合し、本願発明の記載ぶりに倣って整理すると、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。
「スクータ型自動二輪車の発進及び停止の際に断続される自動遠心式クラッチ機構10であって、
エンジン1からのトルクを受けて回転するメイン軸9が挿通されるボス部72fと、上記ボス部72fの半径方向外方に連成された底壁部72aと、上記底壁部72aの外周縁から延設された筒状の周壁部72bとを有し、上記メイン軸9の回転に従って回転するアウタクラッチ72と、
上記アウタクラッチ72の内側に配置されたインナクラッチ73と、
上記アウタクラッチ72の前記周壁部72bに支持されたアウタクラッチ板75と、
上記インナクラッチ73に支持され、上記アウタクラッチ板75と対向するインナクラッチ板76と、
上記アウタクラッチ72に支持され、上記アウタクラッチ72の回転により生じる遠心力を受けて移動することによって上記アウタクラッチ板75と上記インナクラッチ板76とを互いに圧着させるウエイト78と、を備え、
上記アウタクラッチ72の底壁部72aの内側には、上記ウエイト78が遠心力を受けて移動するときに上記ウエイト78を上記アウタクラッチ板75及びインナクラッチ板76の方向に押し出すカム面72cが形成されており、
上記ウエイト78は、上記カム面72cに接触しながら移動するように構成され、
上記ウエイト78は鋼球であり、カム面72cと接触する部分は鋼球の表面である自動遠心クラッチ機構。」

(2)引用例2の記載事項
引用例2には、「自動遠心クラツチの推力発生装置」に関して、図面とともに次の事項が記載されている。
キ.「第1図は、クラツチハウジング4に設けた斜面12とクラスト板13(審決注:「スラスト板13」の誤記と認められる。)のスラスト面15との間に遠心重錘7を介在させ、遠心重錘7の遠心力によりスラスト板13を移動させ、摩擦クラツチを作動させる自動遠心クラツチを示すものであり、遠心重錘7、斜面12およびスラスト面15により構成される推力発生装置を除き従来公知のものである。この様な自動遠心クラツチにおいて従来はスラスト面15としては平面を、遠心重錘としては球状または第6図(審決注:「第5図」の誤記と認められる。)に示す様な短円柱状の遠心重錘7’を使用していた。しかしこの様な構造の遠心重錘7’は両側が斜面12およびスラスト面15に接触しているので、半径方向に移動するに際して接触点の滑り摩擦力に抗して動かなければならなかつた。この為、その作動は不円滑、不確実であり、応動のおくれを生ずる等、種々の欠点を有していた。」(1ページ左欄18行?34行)
ク.「この考案は前記滑り摩擦を転がり摩擦に置き換えることにより上記従来品の欠点を除去し、しかも構造簡単であつて製作、組立、分解、交換等が極めて容易な推力発生装置を得ようとするものであつて、その要旨は、円柱状のピンの中央部に球またはころを介してローラを回転自在に支持し、前記ピンの両端部に前記ローラと同一の外径のローラを圧入してなる遠心重錘を、これを保持する半径方向の溝の底面をなす斜面と浅い円錐面よりなるスラスト面との間に介在させ、前記斜面の両側には半径方向の溝を設け、中央部のローラは前記斜面とのみ転動し、両端部のローラは前記スラスト面とのみ転動する様構成したことを特徴とする自動遠心クラツチの推量発生装置にある。」(1ページ左欄35行?右欄8行)
ケ.「溝5により保持される遠心重錘7は円柱状のピン9の中央部に球10(第2図および第3図)またはころ10(第4図)を介してローラ8’を回転自在に支持し、ピン9の両端部にはローラ8’と同一の外径のローラ8を圧入してなるものである」(1ページ右欄18行?23行)
コ.「次に斜面12の両端部には半径方向の溝14を設け両端部のローラ8はスラスト面15とのみ転動する様構成する。これに対しスラスト面15は円錐面であるので中央部のローラ8’とスラスト面15との間には隙間があき、従つて中央部のローラ8’は斜面12とのみ転動する様構成されている。」(1ページ右欄24行?30行)
サ.「自動遠心クラツチが回転し、遠心重錘7に加わる遠心力が増加すれば、ローラ8および8’は夫夫スラスト面15および斜面12にそつて半径方向に転動し、スラスト板13を軸方向に押して推力を発生させる。」(1ページ右欄38行?42行)
シ.「遠心重錘7の半径方向の動きを阻害する摩擦力は、ローラ8および8’の転がり摩擦力であるので、第5図に示す様な従来品の摩擦力に比して極めて小さい。従つてその動作は円滑かつ確実であり、応動のおくれを生ずることもなく、追縦性(審決注:「追従性」の誤記と認められる。)も良好であり、耐久性にもすぐれている。」(2ページ左欄8行?14行)

これら記載事項及び図示内容を総合し、本願発明の記載ぶりに倣って整理すると、引用例2には、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。
「自動遠心クラツチにおいて、円筒形状のローラ8’と、上記ローラ8’を貫通するピン9と、ピン9の両端部に圧入固定されたローラ8,8とを有し、上記ローラ8’が上記ピン9に回転自在に支持されるとともに、斜面12とのみ接触しながら移動するように構成され、上記ローラ8,8がスラスト板13とのみ接触しながら移動するように構成された遠心重錘7を設けた自動遠心クラツチ。」

(3)引用例3の記載事項
引用例3には、「遠心クラツチ」に関して、図面とともに次の事項が記載されている。
ス.「(従来技術)
たとえば、自動2輪車あるいは3輪車においては、入力軸であるクランクシヤフトの端部に遠心クラツチを設けたものがる。
この場合の遠心クラツチとしては、たとえば、実開昭56-75331号公報に開示されたものがある。」(1ページ2欄1行?6行)
セ.「クラツチハウジング10は、アルミダイキヤスト製で、」(3ページ5欄13行?14行)
ソ.「このクラツチハウジング10は、中央のハウジングボス17と、その外周のハウジング側壁18、および、最も外周のハウジング外周壁19とを有し、ここにおいて上記ハウジング側壁18の内側壁には、上記ガータスプリング15をセツトするためのスプリング受筒20が突設されるとともに、そのスプリング受筒20の外周に対応する個所には、外周に向つてクラツチプレート11の方向に傾斜するカム面21が形成されている。このカム面21は全体として円錐面を形成する。」(3ページ5欄18行?27行)

4.対比
そこで、本願発明と引用発明1とを対比すると、その機能又は作用などからみて、後者の「スクータ型自動二輪車」は前者の「鞍乗型車両」に相当し、以下同様に、「自動遠心式クラッチ機構10」は「遠心式クラッチ」に、「エンジン1」は「駆動源」に、「メイン軸9」は「回転軸」に、「ボス部72f」は「ボス部」に、「底壁部72a」は「円盤状壁部」に、「周壁部72b」は「外周壁」に、「アウタクラッチ72」は「クラッチハウジング」に、「インナクラッチ73」は「クラッチボス」に、「アウタクラッチ板75」は「第1のクラッチ板」に、「インナクラッチ板76」は「第2のクラッチ板」に、「ウエイト78」は「ウエイト」に、「カム面72c」は「カム面」に、それぞれ相当する。
後者の「上記アウタクラッチ72の底壁部72aの内側には、上記ウエイト78が遠心力を受けて移動するときに上記ウエイト78を上記アウタクラッチ板75及びインナクラッチ板76の方向に押し出すカム面72cが形成されており」と前者の「上記クラッチハウジングの円盤状壁部の内面は、上記ウエイトが遠心力を受けて移動するときに上記ウエイトを上記第1及び第2のクラッチ板の方向に押し出すカム面であり」とは、どちらも「上記クラッチハウジングの円盤状壁部の内面側には、上記ウエイトが遠心力を受けて移動するときに上記ウエイトを上記第1及び第2のクラッチ板の方向に押し出すカム面が設けられて」いるという点で共通する。また、後者の「上記ウエイト78は鋼球であり、カム面72cと接触する部分は鋼球の表面である」と前者の「上記ローラ本体の上記カム面と接触する部分は、鉄系金属からなる」とは、どちらも「上記ウエイトの上記カム面と接触する部分は、鉄系金属からなる」点で共通する。
してみると、両者は、本願発明の用語を用いて表現すると、次の点で一致する。
[一致点]
「鞍乗型車両の発進及び停止の際に断続される遠心式クラッチであって、
駆動源からのトルクを受けて回転する回転軸が挿通されるボス部と、上記ボス部の半径方向外方に連成された円盤状壁部と、上記円盤状壁部の外周縁から延設された筒状の外周壁とを有し、上記回転軸の回転に従って回転するクラッチハウジングと、
上記クラッチハウジングの内側に配置されたクラッチボスと、
上記クラッチハウジングの前記外周壁に支持された第1のクラッチ板と、
上記クラッチボスに支持され、上記第1のクラッチ板と対向する第2のクラッチ板と、
上記クラッチハウジングに支持され、上記クラッチハウジングの回転により生じる遠心力を受けて移動することによって上記第1のクラッチ板と上記第2のクラッチ板とを互いに圧着させるウエイトと、を備え、
上記クラッチハウジングの円盤状壁部の内面側には、上記ウエイトが遠心力を受けて移動するときに上記ウエイトを上記第1及び第2のクラッチ板の方向に押し出すカム面が設けられており、
上記ウエイトは、上記カム面に接触しながら移動するように構成され、
上記ウエイトの上記カム面と接触する部分は、鉄系金属からなる遠心式クラッチ。」

そして、両者は、次の点で相違する。
[相違点1]
本願発明のウエイトは、「円筒形状のローラ本体と、上記ローラ本体を貫通するピボット軸とを有し、上記ローラ本体が上記ピボット軸に回転自在に支持され」ており、「ローラ本体」がカム面と接触する部分となっているのに対して、引用発明1のウエイト78は、鋼球であり、鋼球の表面がカム面72cと接触する部分となっている点。
[相違点2]
本願発明においては、クラッチハウジングの円盤状壁部の「内面は」「カム面であり」、「クラッチハウジング」が「ダイキャスト用アルミニウム合金」からなるのに対して、引用発明1においては、アウタクラッチ72(クラッチハウジング)の底壁部72a(円盤状壁部)の内側には、カム面72cが形成されているものの、底壁部72aの内面がカム面72cであるかどうか明らかでなく、また、アウタクラッチ72(クラッチハウジング)がどのような材質からなるか不明である点。

5.判断
上記各相違点について検討する。
(1)相違点1について
引用発明2の「遠心重錘7」は、「円筒形状のローラ8’と、上記ローラ8’を貫通するピン9と、ピン9の両端部に圧入固定されたローラ8,8とを有し、上記ローラ8’が上記ピン9に回転自在に支持されるとともに、斜面12とのみ接触しながら移動するように構成され、上記ローラ8,8がスラスト板13とのみ接触しながら移動するように構成された」ものである。
ここで、本願発明と引用発明2とを対比すると、その機能又は作用などからみて、後者の「遠心重錘7」は前者の「ウエイト」に相当し、「円筒形状のローラ8’」は「ローラ本体」に、「ピン9」は「ピボット軸」に、「斜面12」は「カム面」に、それぞれ相当するから、本願発明の用語を用いて表現すると、引用発明2の遠心重錘7は「円筒形状のローラ本体と、上記ローラ本体を貫通するピボット軸とを有し、上記ローラ本体が上記ピボット軸に回転自在に支持され」たものであり、「ローラ本体」がカム面と接触する部分となっており、引用発明2は、相違点1に係る本願発明の構成を具備するものである。
また、引用例2には、課題について「この様な自動遠心クラッチにおいて従来はスラスト面15としては平面を、遠心重錘としては球状または第5図に示す様な短円柱状の遠心重錘7’を使用していた。しかしこの様な構造の遠心重錘7’は両側が斜面12およびスラスト面15に接触しているので、半径方向に移動するに際しては接触点の滑り摩擦力に抗して動かなければならなかった。この為、その作動は不円滑、不確実であり、応動のおくれを生ずる等、種々の欠点を有していた。」(上記キ参照)と記載されるとともに、「この考案は前記滑り摩擦を転がり摩擦に置き換えることにより上記従来品の欠点を除去し、しかも構造簡単であって製作、組立、分解、交換等が極めて容易な推力発生装置を得ようとするもの」(上記ク参照)であると記載され、作用効果について「遠心重錘7の半径方向の動きを阻害する摩擦力は、ローラ8および8’の転がり摩擦力であるので、第5図に示す様な従来品の摩擦力に比して極めて小さい。従ってその動作は円滑かつ確実であり、応動のおくれを生ずることもなく、追従性も良好であり、耐久性にもすぐれている。」(上記シ参照)と記載されている。これらの記載から明らかなように、引用例2には、摩擦力を小さくするために、即ち摩擦係数を下げるために、従来の球状の遠心重錘7’に代えて、ローラ8’及びピン9を備えた遠心重錘7を採用することが示唆されているということができる。
一方、引用発明1においても、作動を円滑かつ確実にすることや耐久性に優れたものとすることは、設計の際に当業者が普通に考慮する課題であり、この点において引用発明2の課題と共通するものである。
そうすると、引用発明1及び引用例2に記載された発明に接した当業者であれば、引用発明1において、球状のウエイト78に代えて引用発明2のローラ8’及びピン9を備えた遠心重錘7を採用し、相違点2に係る本願発明のように構成することは、格別創意を要することなく容易に想到できたことである。

(2)相違点2について
「近年、軽量化等のため、クラッチハウジングの材料としてアルミニウムが採用されるようになってきた。クラッチハウジングがアルミニウム製の場合、アルミニウムは鉄系金属に比べて軟らかい性質を有しているので、クラッチハウジング自体にカム面を形成したのでは、カム面が摩耗するという新たな課題が発生することとなり(例えば、特開平3-24349号公報の第3頁右上欄第6?11行参照)、カム面の耐摩耗性を確保するために何らかの手段が必要と考えられるようになった。そこで従来から、アルミニウム製のクラッチハウジングを採用する際には、クラッチハウジングとは別部品である鉄系金属からなるリテーナを別途設け、そのリテーナにカム面を形成することが行われ、本願出願時点ではそれが技術常識となっていた(このような構造を開示する文献は数多く存在するが、例として、特開平10-176727号公報の図3、特開2003-301903号公報の図12、国際公開第03/085285号の図14、及び特開2004-125059号公報の図2等が挙げられる)。」(審判請求書の「3.1.本願発明について」の(2)の項参照)
このような技術の流れ即ち技術背景を見ると、リテーナを別途設けるようになる以前には、クラッチハウジングをアルミニウムで形成するとともに、クラッチハウジング自体にカム面を形成することも考慮されていたことが明らかである。
また、リテーナにカム面を形成する場合、部品点数や加工工程の増加に伴ってコスト高になってしまうという問題があることは周知の事項であり(例えば、実願昭51-133995号(実開昭53-51544号)のマイクロフィルムの1ページ14行?2ページ2行には「小型オートバイ等に用いる遠心クラッチのクラッチハウジングは、一般にアルミダイカストによってクラッチハウジングを成型し、これに、鋼材で機械加工した遠心ボールの受け輪を装着しており、加工が面倒で、工程が多く、コスト高になっている。」と記載されている。)、逆に、アルミニウム製のクラッチハウジング自体にカム面を形成した方が、カム面の摩耗を避けることができさえすれば、部品点数や加工工程の増加の問題もなく、望ましいことは、当業者にとって自明の事項である。
さらに、アルミダイキャスト製のクラッチハウジングにおいて、クラッチハウジングの円盤状壁部の内面をカム面とした場合、そのカム面の摩耗を防止するためには、
(ア)ウエイトとカム面の接触面積を大きくしてカム面に対する面圧を下げる、あるいは、
(イ)ウエイトの摩擦係数を下げる、
などの手段を講じればよいということも、当業者にとって従来周知の事項(例えば、前記(ア)の例として、引用例3や引用例3に従来技術として記載されている実願昭54-158514号(実開昭56-75331号)のマイクロフィルムが挙げられる(前者については、上記ス?ソの摘記事項を参照。後者については、6ページ3行?4行に「ハウジング45はアルミニウム合金のダイカスト製品で」と記載され、6ページ16行?7ページ2行に「ハウジング45の端壁51の外周部内面52(スプリング受け面)全体は外周側へゆくにつれてクラッチ板22に接近するように滑らかに傾斜しており、面52とクラッチ板22の間の環状の隙間には第3図の如く全体が環状に延びるガータースプリング53(コイルスプリング)が配置してある。」と記載され、9ページ1行?10行に「本考案によると従来の4?6個のローラ20に代えて環状のガータースプリング53を採用したので、スプリング53と面52との接触面積が大きくなって面52に対する面圧が減り、従って面52が局部的に摩耗することを可及的に防止することができ、スプリング53を常に円滑に作動させることができる。又面圧が小さいのでハウジング45をアルミニウム合金で製造することができ、その場合には重量を軽減することができる。」と記載されている。)。また、前記(イ)の例として、請求人が提示した上記特開平3-24349号公報が挙げられる(3ページ右上欄6行?11行に「上記プーリを軽量化及び加工容易性の点で優れるアルミダイキャスト製にした場合に、上記ウエイトローラ表面を被覆する補強繊維が、アルミ製の可動プレート背面の摺動面を損傷して摩耗を促進し、その結果、安定した変速特性を得ることができなくなるという欠点がある。」と記載され、3ページ右上欄15行?17行に「上述の問題は、基本的に同じ原理を利用している遠心クラッチ用のウェイトローラについても同様である。」と記載され、4ページ左下欄20行?右下欄5行に「本発明にかかるウェイトローラは、従来のウェイトローラに比べて、耐熱性、耐荷重性において格段に優れた性質を有し、また繰り返し衝撃荷重に対しても大幅に向上するとともに、摩擦係数が低く又耐摩耗性においても優れている。」と記載されている。)。)にすぎず、面圧が小さい場合や摩擦係数が小さい場合など摩耗のおそれがない場合には、アルミニウム製のクラッチハウジングにカム面を形成することは当然考慮できることである。
そうすると、相違点1についての判断の下、引用発明1において、球状のウエイトに代えて引用発明2の遠心重錘7を採用した場合、引用発明2の遠心重錘7は、球状のウエイトに比べて面圧が低く、摩擦係数が小さいことが明らかであるから、上記技術背景や周知事項を承知している当業者であれば、引用発明1におけるアウタクラッチ72をダイキャスト用アルミニウム合金製とし、アウタクラッチ72の底壁部72aの内面をカム面とし、相違点2に係る本願発明のように構成することは、格別創意を要することなく容易に想到し得たことといえる。

そして、本願発明の効果は、引用例1ないし3に記載された発明及び上記周知事項から当業者が予測し得る範囲内のものであって格別なものとはいえない。

したがって、本願発明は、引用例1ないし3に記載された発明及び周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

なお、審判請求人は、審判請求書において「本願発明者は鋭意研究の結果、鞍乗型車両の発進及び停止の際に断続される遠心式クラッチ、すなわち発進クラッチの場合、ローラウエイトはアイドリングから発進までの僅かな間に移動するのみであり、ダイキャスト用アルミニウム製のクラッチハウジング自体にカム面を形成したとしても、耐久性、耐摩耗性の点で特に問題がないであろうという仮説を立て、その仮説を実証するために数多くの試験等を行い、最終的に上述の新たな知見を得るに至った。そのような努力の末に、本願発明者は上記知見に基づいて、ダイキャスト用アルミニウム製のクラッチハウジングと、カム面との接触部分が鉄系金属からなるウエイトとを組み合わせた遠心式クラッチを鞍乗型車両の発進クラッチとして用いることによって、リテーナを省略することを可能とし、部品点数の削減等の効果(本願明細書の段落0028参照)を奏する本願発明を得ることができた。」(「3.1.本願発明について」の(2)の項参照)と主張する。
上記主張は、要するに「発進クラッチの場合、ローラウエイトはアイドリングから発進までの僅かな間に移動するのみ」であるから、「ダイキャスト用アルミニウム製のクラッチハウジング自体にカム面を形成したとしても、耐久性、耐摩耗性の点で特に問題がない」というものである。
しかしながら、特許請求の範囲の請求項1には、「発進クラッチの場合、ローラウエイトはアイドリングから発進までの僅かな間に移動するのみ」という機能又は作用に対応する手段が何も記載されておらず、明細書を見ても明らかでなく、「ダイキャスト用アルミニウム製のクラッチハウジング自体にカム面を形成したとしても」、どのような理由で「耐久性、耐摩耗性の点で特に問題がない」といえるのかが不明である。また、特許請求の範囲の請求項1の記載によれば、本願発明は、材料や形状などに特段の工夫を凝らしたものではなく、従来から考慮されていたアルミニウムを単に使用しただけである。しかも、面圧や摩擦係数が低ければアルミニウム製のクラッチハウジングにカム面を形成してもよいことは従来からよく知られていたことであるから、引用発明2のような摩擦係数が小さくなるような遠心重錘7を採用すれば、アルミニウム製のクラッチハウジングにカム面を形成しようと試みることは、容易である。
したがって、審判請求人の主張は、明細書及び特許請求の範囲の記載に基づかない主張といわざるをえない。
よって、審判請求人の主張は採用できない。

6.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例1ないし3に記載された発明及び周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
そうすると、本願発明が特許を受けることができないものである以上、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-11-17 
結審通知日 2011-11-22 
審決日 2011-12-06 
出願番号 特願2006-528887(P2006-528887)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 増岡 亘  
特許庁審判長 川本 真裕
特許庁審判官 川上 溢喜
冨岡 和人
発明の名称 遠心式クラッチ、パワーユニット及び鞍乗型車両  
代理人 後藤 高志  

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