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審決分類 審判 全部無効 特17条の2、3項新規事項追加の補正  D06F
審判 全部無効 2項進歩性  D06F
管理番号 1250747
審判番号 無効2009-800040  
総通号数 147 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-03-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2009-02-20 
確定日 2011-01-21 
事件の表示 上記当事者間の特許第3290336号発明「洗濯機の脱水槽」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

1.本件特許第3290336号の請求項1乃至7に係る発明(以下「本件特許発明1」乃至「本件特許発明7」といい,全体については「本件特許発明」という。)についての出願は,平成7年7月20日に特許出願され,平成14年3月22日にそれらの発明について特許権の設定登録がなされた。
2.請求人 三菱電機株式会社は,平成21年2月20日付けで本件特許無効審判を請求した。
3.被請求人 株式会社東芝,東芝コンシューマエレクトロニクス・ホールディングス株式会社,東芝ホームアプライアンス株式会社は,平成21年5月22日付けで答弁書を提出した。
4.請求人は,平成21年8月21日付けで,口頭審理陳述要領書を提出した。
5.被請求人は,平成21年8月21日付けで,口頭審理陳述要領書を提出した。
6.平成21年9月7日に第1回口頭審理を行った。

第2 本件特許発明

本件特許発明1乃至7は,特許請求の範囲の請求項1乃至7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

【請求項1】 金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合することにより形成した胴部と,この胴部の下縁部に結合した底板,及び胴部の上縁部に装着したバランスリングとを具備するものにおいて,フィルタ部材を具え,このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余すことを特徴とする洗濯機の脱水槽。

【請求項2】 胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部の内側凸形状に合わせ,フィルタ部材に凹部を形成したことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。

【請求項3】 胴部の接合部がかしめによるもので,フィルタ部材の凸状部に対し,胴部のかしめ接合部に凹陥部を形成して,これらを遊嵌したことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。

【請求項4】 胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部一帯の部分に凹陥部を形成し,この凹陥部にフィルタ部材の全体を遊嵌したことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。

【請求項5】 胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部の内
側部分を平坦にしたことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。

【請求項6】 胴部の接合部を突合わせ溶接としたことを特徴とする請求項
1記載の洗濯機の脱水槽。

【請求項7】 フィルタ部材が胴部の接合部をまたいでその両側部でねじ固
定されていることを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。

第3 請求人の主張

審判請求人は,本件特許発明1乃至7についての特許を無効とするとの審決を求め,その理由として,概ね,次の主張をしている。

1.無効理由1

平成13年11月22日付け手続補正書(以下「手続補正書」という。)によって追加された「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という記載,及び「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バラスリング又は底板との間に余す」という記載は,本件特許の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下,それぞれ「当初明細書」,「当初図面」といい,全体を「当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内の記載ではなく,また本件特許の出願時に自明な事項に該当するものでもない。
したがって,本件特許発明1乃至7は,特許法第17条の2第3項の規定を満たしていない特許出願に対して特許されたものであるから,これらの特許は特許法第123条第1項第1号の規定により,無効とすべきである(以下「無効理由1」という。)。

2.無効理由2

甲第3号証のバランスリングへの循環路体15の取付けを,甲第4号証のバランスリングとリントフィルターのカバー6との取付けのようにすることで,バランスリングと循環路体との間に隙間を残すようにすることで本件特許発明1のようにすることは,当業者ならば容易に推考できるものである。
したがって,本件特許発明1は,甲第3号証に記載された発明および甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,特許法第123条第1項第2号の規定により,無効とすべきである(審判請求書,口頭審理陳述要領書の第8ページ第29-33行,第1回口頭審理調書の「陳述の要領 請求人 1,2」,及び,甲第3-4号証の技術内容を合わせて考えれば,上記のとおり主張しているものと認められる。以下「無効理由2」という。)。

なお,審判請求書で主張する無効理由2のうち,甲第3号証に実質的に開示されている,又は,甲第3号証に示されたものから当業者が容易に発明をすることができたとする主張は撤回されており,無効理由2については,口頭審理陳述要領書で主張する理由のみである(第1回口頭審理調書参照)。
[証拠方法]
甲第1号証:平成13年11月22日付け手続補正書
甲第2号証:平成13年11月22日付け意見書
甲第3号証:特開平7-47192号公報
甲第4号証:特開昭51-2265号公報

第4 被請求人の主張

被請求人は,本件特許発明について,無効理由1,2に対し,次のように主張している。

1.無効理由1に対して

本件特許発明1は,特許法第17条の2第3項の規定を満たしており,同法第123条第1項第1号の規定に該当しない。
本件特許発明2乃至7については,特許法第17条の2第3項の規定を満たしていないとする理由や説明はなく,本件特許発明1の従属項である本件特許発明2乃至7についても,無効とされるべき理由はない。

2.無効理由2に対して

本件特許発明1は,甲第3号証に記載された発明と同一でもこれから容易推考できるものでもない。また,甲第3号証と甲第4号証とは組み合わせることが困難であるばかりでなく,仮にそれを組み合わせたとしても本件特許発明1の技術課題は解決できず,もって本件特許発明1はこれらから容易に得られる発明でもない。

第5 甲第3号証及び甲第4号証の記載事項

1.甲第3号証

甲第3号証には,図面とともに,次の事項が記載されている。

(1)「ステンレス鋼板を円筒状に曲げるとともに継ぎ目をカシメ結合することにより形成された胴体部と,ステンレス鋼板からなり上記胴体部の下端部に結合された底板と,上記胴体部の上端部に結合されたバランスリングとから,外槽内に配置され且つ回転翼が内設された洗濯兼脱水槽を構成した洗濯機において,上記回転翼のポンプ作用に基づいて水を循環させる循環路を形成する樹脂製循環路体を,上記継ぎ目を覆うようにして上記洗濯兼脱水槽に装着したことを特徴とする洗濯機。」(特許請求の範囲の【請求項1】)

(2)「上記洗濯兼脱水槽3は,胴体部7と,底板8と,洗濯兼脱水槽3の高速回転時のバランスを維持するバランスリング9とから構成されている。
図2乃至図4をも参照するに,上記胴体部7は,1枚のステンレス鋼板を円筒状に曲げるとともに継ぎ目10をハゼ折りカシメにて結合することにより,形成されている。上記底板8はステンレス鋼板からなり上記胴体部7の下端部にカシメ結合されている。上記バランスリング9は樹脂製であり上記胴体部7の上端部に複数のネジにて結合されている。」(段落【0007】-【0008】)

(3)「そして,上記回転翼4の駆動時のポンプ作用に基づいて水を循環させる循環路14を形成する樹脂製循環路体15が,洗濯兼脱水槽3の内壁面に装着されている。この場合,上記循環路体15は上記継ぎ目10を覆う位置にあり,洗濯物は継ぎ目10に当らず損傷しない。上記循環路体15の上端には糸くずフィルタ(図示しない)が装着され,循環により循環路14を通って上昇してきた水が上記フィルタを通過する際に糸くずが除去される。」(段落【0010】)

(4)「【発明の効果】本発明によれば,ステンレス鋼板からなる洗濯兼脱水槽の胴体部の継ぎ目を,水循環路を形成する樹脂製循環路体を利用して覆ったから,構造の複雑化を招くことなく,洗濯物が損傷するのを抑制でき且つ外観も向上できる。」(段落【0011】)

(5)図1及び図2には,循環路体は,上下に延びて継ぎ目を覆うように設けてあり,上端はバランスリングまで延び,下端は継ぎ目の下端を越えて下方に延びるものであって,この循環路体が,上下の全長領域の一部で胴体部の継ぎ目を内側より覆う点が図示されている。

上記(1)-(4)の記載事項,上記(5)及び図1-4の図示内容を総合すると,甲第3号証には,次の発明(以下「甲第3号証発明」という。)が記載されている。

「ステンレス鋼板を円筒状に曲げるとともに,継ぎ目をカシメ結合することにより形成した胴体部と,この胴体部の下端部に結合した底板,及び胴体部の上端部に結合したバランスリングとを具備するものにおいて,上下に延びて継ぎ目を覆うように設けられ,上端はバランスリングまで延び,下端は次の目の下端を越えて下方に延びる,糸くずフィルタが装着された循環路体を具え,この循環路体が,上下の全長領域の一部で胴体部の継ぎ目を内側より覆った洗濯機の洗濯兼脱水槽。」

2.甲第4号証

甲第4号証には,図面とともに,次の事項が記載されている。

(1)「図において,1は側壁を上方が広いテーパー状に形成した脱水槽を兼用する洗濯槽で,底部中央に回転翼2が装備してあり,上部周囲には円環状のバランスリング3が側壁と若干の間隙4を有して取付けてある。5は洗濯槽1の内壁に複数形成した縦溝,6は多数の通水孔7を有するカバーで,下端8を洗濯槽側壁に設けた凹部9に嵌合させ,上端を洗濯槽側壁とバランスリング3との間隙4に係合させて,内方に向けて突出するように洗濯槽側壁に取付けている。10はカバー6の上方開口部11に出没自在に設けたフックで,一端を洗濯槽側壁に他端をフック自身に固定したスプリング12により常時その舌片13が間隙4に位置するように付勢されている。14は下端をカバー6に設けた凹部15に,上端をカバー6に設けた爪16に着脱自在に係合させた糸くずの付着体を構成するフレームで,両側にナイロンで作った細い線材からなる糸状のブラシ17が植え込んである。18はフレーム14に一体成形した仕切板で,水流が洗濯槽側壁側を通るようにして,糸くずがブラシ17に付着し易いようにしてある。19はカバー6に形成した指挿入穴である。」(第1ページ右下欄第2行-第2ページ左上欄第3行)

(2)第3図には,カバーの上下の全長領域よりも極めて小さな寸法の間隔を,舌片13の両側に位置するカバーの上端とバランスリングとの間に余す点が図示されている。

そこで,上記(1)の記載事項,上記(2)及び第1-5図の図示内容を総合すると,甲第4号証には,次の発明(以下「甲第4号証発明」という。)が記載されている。

「脱水槽を兼用する洗濯槽と,洗濯槽の上部周囲に取付けたバランスリングとを具備するものにおいて,付着体と付着体を覆う多数の通水孔を有するカバーを具え,この付着体と付着体を覆う多数の通水孔を有するカバーが,洗濯槽の側壁に取付けられ,付着体と付着体を覆う多数の通水孔を有するカバーの上下の全長領域よりも極めて小さな寸法の間隔を,舌片13の両側に位置するカバーの上端とバランスリングとの間に余す洗濯槽。」

第6 当審の判断

1.無効理由1について

(1)請求人の主張について

無効理由1について,請求人がいわゆる新規事項の追加であるとする事項は,平成13年11月22日付けでした手続補正によってされた補正において追加された,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という発明特定事項,及び,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項である。
そこで,これらの補正が,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものかどうかについて検討する。

(1.1)「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という発明特定事項を追加する補正について

請求人は,フィルタ部材の「上下の全長」とは,フィルタ部材の「上下方向の寸法」を意味するものと理解され,10cmとか20cmなどの所定の具体的長さの表現で置換可能な文言と考えられるところ,フィルタ部材の「上下の全長で・・・覆い」という発明特定事項を「フィルタ部材の上下方向の寸法(例えば10cm,20cmなどの長さで)・・・覆い」と読み替えると全く意味が不明となり,当初明細書等を参酌しても,フィルタ部材の「上下の全長で・・覆い」が如何なる態様を示しているのか理解することができず,当初明細書等を参酌しても理解できない文言が当初明細書等に記載された事項の範囲内であるはずがないから,このような文言を追加する補正は新規事項の追加である旨主張している(審判請求書の第4ページ第26行-同第5ページ第3行)。

上記追加された,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」との記載を全体としてみると,「フィルタ部材が」,「前記胴部の接続部を内側より覆う」ものであって,「上下の全長で」は,フィルタ部材が前記胴部の接続部を内側から覆う際の状態をあらわすものである。

そうしてみると,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という記載からみれば,上記記載において,状態をあらわしている「上下の全長」は,「上下の全長領域」を意味するものであることは,明らかであって,10cm,20cm等の具体的な長さの表現で置換可能な「上下の寸法」を意味するものではない。

また,上記事項は,本件特許明細書及び図面からも明らかである。

本件特許明細書及び図面には,次の事項が記載されている。

a.「なお,このフィルタ台19の取付けには,図3及び図4に示すように,フィルタ台19の上部に形成した係合部22を,脱水槽1の胴部13の接合部12両側の部分に形成した係合孔23にそれぞれ係合させ,その上で,フィルタ台19の下部をねじ24によって脱水槽1の胴部13の接合部12両側の部分に固定する構成を採用しており,これによって,フィルタ台19は脱水槽1の胴部13の接合部12をまたいでその両側部でねじ固定されている。
又,フィルタ台19には,図2に示すように,かしめ接合部12の内側凸12a形状に合わせて,凹部25を形成しており,これをそのかしめ接合部12の内側凸12a部に嵌合させている。」(段落【0014】-【0015】)

b.図3には,フィルタ部材が,上下の全長領域で胴部の接合部を覆う態様が図示されている。

上記aの記載事項,上記b及び図1-4の図示内容からみると,フィルタ部材の上下の全長領域が接合部を覆っているから,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」との事項が記載されているといえるのであって,フィルタ部材の「上下の全長」は,10cm,20cm等の具体的な長さの表現で置換可能な「上下の寸法」を意味するものではなく,フィルタ部材の「上下の全長領域」を意味するものであることは,明らかである。

そして,当初明細書等には,上記「第6 1.(1)(1.1)a,b」と同じ記載事項がある。
そうしてみると,当初明細書等においても,上記「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」との事項が記載されていたといえ,フィルタ部材の上下の全長が,フィルタ部材の上下の全長領域を意味するものであることは明らかであるから,「フィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」が,フィルタ部材が,上下の全長領域で胴部の接合部を内側より覆う態様を示すことは,当業者にとって自明な技術事項である。

したがって,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」との発明特定事項について,その文言によって示される態様は,当初明細書等からみて明確であって,当初明細書等を参酌しても理解できないとはいえず,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という発明特定事項を追加する補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものであるといえる。

(1.2)「その(フィルタ部材の)上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する補正について

ア.請求人は,「その(フィルタ部材の)上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という文言は,フィルタ部材とバランスリングとの間,若しくはフィルタ部材と底板との間,のいずれか一方に隙間があれば含まれるような文言となっているが,フィルタ部材とバランスリングとの間,若しくはフィルタ部材と底板との間,のいずれか一方に隙間を余すものであればよい,といった記載は当初明細書等の記載のどこにも見あたらないから,当初明細書等に記載された事項の範囲内のもではない旨主張をしている(審判請求書の第5ページ第22-30行)。

そこで,「隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」点について検討すると,当初明細書等には,次の事項が記載されている。

A.「金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合することにより形成した胴部と、この胴部の下縁部に結合した底板、及び胴部の上縁部に装着したバランスリングとを具備するものにおいて、そのバランスリング又は底板に対し非接触状態で前記胴部の接合部を内側より覆うフィルタ部材を具えたことを特徴とする洗濯機の脱水槽。」(特許請求の範囲の【請求項1】:下線は当審による。)

B.「フィルタ台19は必ずしもバランスリング17及び底板14の双方に対して非接触状態である必要はなく、そのうちの一方に対してのみ非接触状態であっても良い。」(段落【0020】後段)

そうしてみると,上記A,Bの記載事項からみて,フィルタ部材とバランスリングとの間,若しくはフィルタ部材と底板との間,のいずれか一方に隙間を余すものであればよいことは,明らかであるから「隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」点は,当初明細書等に記載されていた事項といえる。

イ.また,請求人は,当初明細書等では,フィルタ部材の「上下の全長」という文言が全く出現せず,手続補正書による補正によってフィルタ部材の「上下の全長」という概念が突然もたらされたものであって,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という記載は,当初明細書等の記載から自明な事項を大幅に逸脱する事項である旨主張している(審判請求書の第5ページ第13-21行)。

そこで,「その(フィルタ部材の)上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」について検討する。

フィルタ部材の「上下の全長」については,当初明細書等に「上下の全長」という文言が出現しないとはいえ,上記「第6 1.(1)(1.1)」で述べたように,フィルタ部材の「上下の全長領域」を意味するものであることは明らかであって,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであるから,その概念が補正によって突然もたらされたものとはいえない。

さらに,「隙間」と「フィルタ部材」に関連して,当初明細書等には,次の事項が記載されている。

C.「・・・脱水槽1の胴部13の接合部12は,直接的には,これを覆ったフィルタ台19(フィルタ部材8)によって見えなくされ,且つ,洗濯物からも遮絶される。これに併せて,バランスリング17からフィルタ台19までの間では,脱水槽1内を覗く使用者の視点E(図1参照)に対し,ここの接合部12がバランスリング17の陰(死角D1 )となって見えず,フィルタ部材17から底板14までの間では,ここの接合部12がフィルタ部材17の陰(死角D2 )となって見えなくなる。・・・かくして,外観を良くでき,かしめ接合部12の内側凸12a部に洗濯物が引掛かることもなくなる。・・・そして,フィルタ台19が熱収縮しても,これとバランスリング17との間,又は底板14との間にはもともと寸法L1 ,L2 の隙間があり,それらが広くなるだけで,そこには従来の揚水路形成部材とバランスリング及び底板との間に生じたわずかな隙間のように洗濯物が挟まれるということはない。・・・取付けておくことすらできる。」(段落【0016】-【0018】)

D.図1には,フィルタ部材とバランスリング又は底板との間に隙間(L1,L2)を形成する点が図示されている。

上記C,Dの記載事項及び図面の図示内容によれば,フィルタ部材は,脱水槽の胴部の接合部を,フィルタ部材の上下の全長領域で覆って見えなくするためのものであるから,接合部の大部分を覆う大きさに形成されているものといえる。
これに対し,隙間は,隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているものといえる。
そして,当初図面の図1の図示内容もあわせて考慮すると,フィルタ部材の上下の全長領域の寸法と上記隙間の寸法との比較において,上記隙間が,フィルタ部材の上下の全長領域よりも「充分に小さな寸法の隙間」であることは明らかであって,「その(フィルタ部材の)上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」とする点は,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである。

よって,「その(フィルタ部材の)上下の全長より充分小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」との発明特定事項を追加する上記補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものである。

そして,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」,及び,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を付け加えた補正は、当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものである。

(2)小括

以上のとおり,平成13年11月22日付け手続補正によって追加された「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という発明特定事項,及び,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する補正は,本件特許の当初明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものである。
したがって,本件特許発明1乃至7は,特許法第17条の2第3項の規定を満たしていない特許出願に対して特許されたものであるとはいえない。

2.無効理由2について

本件特許発明1と甲第3号証発明とを対比すると,甲第3号証発明の「ステンレス鋼板」は,本件特許発明1の「金属板」に相当し,以下同様に,「継ぎ目」は「両端部」に,「カシメ結合」は「接合」に,「胴体部」は「胴部」に,「下端部」は「下縁部」に,「上端部」は「上縁部」に,「洗濯兼脱水槽」は「脱水槽」に,それぞれ相当する。
そして,甲第3号証発明の「曲げる」,「結合した」は,本件特許発明1の「曲成し」,「装着し」と,それぞれ同義である。
また,甲第3号証発明の「糸くずフィルタが装着された循環路体」と,本件特許発明1の「フィルタ部材」とは,フィルタが取り付けられた「フィルタ体」である点で共通している。
さらに,上記「第6 1.(1)(1.1)」で述べたように,本件特許発明1の「上下の全長」は,「上下の全長領域」を意味するものであることは明らかである。

そうしてみると,本件特許発明1と甲第3号証発明とは,

「金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合することにより形成した胴部と,この胴部の下縁部に結合した底板,及び胴部の上縁部に装着したバランスリングとを具備するものにおいて,フィルタ体を具え,フィルタ体が前記胴部の接合部を内側より覆う洗濯機の脱水槽」である点で一致し,少なくとも,次の点で相違している。

相違点1:本件特許発明1では,「(フィルタ部材の)上下の全長より充分小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」のに対して,甲第3号証発明では,「隙間」の存在及び構成が明らかでない点。

相違点2:フィルタ体が,胴部の接合部を内側から覆った際の状態が,本件特許発明では,「上下の全長で」覆うものであるのに対して,甲第3号証発明では,「上下の全長領域の一部で」覆うものである点。

そこで,上記相違点について検討する。

(1)相違点1について

甲第4号証発明の「脱水槽を兼用する洗濯槽」は,本件特許発明1の「脱水槽」に相当し,以下同様に,「上部周囲に取付けた」は「上縁部に装着した」に,「付着体と付着体を覆う多数の通水孔を有するカバー」は「フィルタ部材」に,「洗濯槽の側壁」は「胴部」に,「上下の全長領域」は,「上下の全長」に,それぞれ相当する。
また,甲第4号証発明の「間隔」と,本件特許発明1の「隙間」は,フィルタ部材とバランスリングとの間に形成され,フィルタ部材の上下の全長領域と比較して,小さな寸法の「空間」である点で共通している。

そうしてみると,甲第4号証発明は,次のように言い換えることができる。

「洗濯槽と上縁部に装着したバランスリングとを具備するものにおいて,フィルタ部材を具え,フィルタ部材が胴部に取付けられ,その上下の全長領域よりも小さな寸法の空間を前記バランスリングとの間に余す洗濯機の脱水槽。」

ア.フィルタ部材とバランスリングとの間に形成された「空間」について検討する。

甲第4号証発明の「間隔」については,甲第4号証に具体的な構成は何ら記載されておらず,その技術的意義は,フィルターを着脱する際のクリアランスといった,当業者にとって自明のものであると解釈せざるを得ない。
これに対し,本件特許発明1における「隙間」については,特許請求の範囲の記載だけでは,当業者において,いかなる技術的意義を有するのかを理解することが困難であるから,本件特許明細書等の記載を参照すると,本件特許明細書又は図面には,上記「第6 1.(1)(1.2)C,D」と同様の記載事項があることから,本件特許発明1の「隙間」は,「隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」と解釈されるべきものであって,甲第4号証発明の「間隔」とは異なる。

そうしてみると,甲第4号証には,本件特許発明1の「隙間」に相当する構成は記載されていないといわざるを得ない。

イ.次に,甲第3号証のバランスリングへの循環路体15の取付けを,甲第4号証のバランスリングとリントフィルターのカバー6との取付けのようにすることについて検討する。

甲第3号証発明の「糸くずフィルタが装着された循環路体」は,通常着脱自在とするものでもないから,甲第4号証発明の「付着体と付着体を覆う多数の通水孔を有するカバー」のように,着脱する際のクリアランスを必要とするものとはいえない。
さらに,甲第3号証発明は,洗濯物が継ぎ目に当たり損傷するのを抑制し且つ外観を向上させるために,循環路体を胴体部の継ぎ目を覆う位置に設けるものであるから,循環路体とバランスリングとの間に,あえて隙間を設ける必要性がない。
その上,循環路体とバランスリングとの間にあえて隙間を設けて,その隙間に洗濯物が挟まれることないようにすることは,甲第3号証及び甲第4号証には,記載も示唆もされておらず,また,当業者にとって自明なものでもないことから,甲第3号証のバランスリングへの循環路体の取付けを,甲第4号証のバランスリングとリントフィルターのカバーとの取付けのようにすることで,バランスリングと循環路体との間に隙間を残すようにする動機付けもない。

ウ.上記ア,イのとおりであるから,本件特許発明1の「(フィルタ部材の)上下の全長より充分小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」点は,甲第3号証発明及び甲第4号証発明に基づいて,当業者が容易に想到し得たこととはいえない。

(2)相違点2について

甲第3号証発明は,「循環路体が,上下の全長領域の一部で胴体部の継ぎ目を内側より覆った」ものであるから,循環路体の取付けに際し,甲第4号証発明を適用して,バランスリングと循環路体との間に隙間を残すようにしたとしても,循環路体が「上下の全長で」胴部の接合部を内側から覆う状態とはならず,フィルタ体が,胴部の接合部を内側を覆った際の状態を「上下の全長で」覆うようにすることは,甲第3号証発明及び甲第4号証発明に基づいて,当業者が容易になし得たこととはいえない。

(3)小括

以上のとおり,甲第3号証発明及び甲第4号証発明は,本件特許発明1の「隙間」に相当する構成を有しておらず,また,甲第3号証のバランスリングへの循環路体15の取付けを,甲第4号証のバランスリングとリントフィルターのカバー6との取付けのようにすることも,当業者が容易になし得たこととはいえない。
さらに,甲第3号証発明は,循環路体が「上下の全長で」胴体部の継ぎ目を内側から覆うものでもないことから,本件特許発明1は,甲第3号証発明,甲第4号証発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3.まとめ

上記「第6 1.」で述べたとおりであるから,本件特許発明1乃至7は,特許法第17条の2第3項の規定を満たしている。
また,上記「第6 2.」で述べたとおりであるから,本件特許発明1は,甲第3号証に記載された発明および甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

第7 むすび

以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によって,本件特許発明1乃至7に係る特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-10-19 
結審通知日 2009-10-22 
審決日 2009-11-05 
出願番号 特願平7-184351
審決分類 P 1 113・ 561- Y (D06F)
P 1 113・ 121- Y (D06F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 平城 俊雅  
特許庁審判長 岡本 昌直
特許庁審判官 豊島 唯
平上 悦司
登録日 2002-03-22 
登録番号 特許第3290336号(P3290336)
発明の名称 洗濯機の脱水槽  
代理人 堀口 浩  
代理人 堀口 浩  
代理人 小川 泰典  
代理人 堀口 浩  
代理人 小川 泰典  
代理人 家入 久栄  
代理人 高橋 省吾  
代理人 萩原 亨  
代理人 小川 泰典  
代理人 小川 文男  
代理人 稲葉 忠彦  

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