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審決分類 |
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F04C 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F04C |
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管理番号 | 1252650 |
審判番号 | 不服2011-12104 |
総通号数 | 148 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2012-04-27 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2011-06-07 |
確定日 | 2012-02-23 |
事件の表示 | 特願2005-281176「回転式圧縮機」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 4月12日出願公開,特開2007- 92575〕について,次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は,成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯 本願は,平成17年9月28日の出願であって,平成23年3月1日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,同年6月7日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに,同日付けで手続補正がなされたものである。 2.平成23年6月7日付けの手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)についての補正却下の決定 [補正却下の決定の結論] 本件補正を却下する。 [理由] (1)補正後の本願発明 本件補正により,特許請求の範囲の請求項1は, 「密閉容器内に,圧縮要素と,この圧縮要素の駆動源となる電動要素とを有し,冷媒として,炭酸ガスを使用する回転式圧縮機において, 前記圧縮要素は,シリンダ内を偏心回転するローリングピストンと摺接し,シリンダ溝内を往復摺動するベーンを有し,前記ベーンは少なくとも前記ローリングピストンとの摺接面に,HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でも摩耗しないコーティングである,DLC-Si(ダイヤモンドライクカーボン-シリコン)のコーティングを施すと共に,前記ローリングピストンと摺接する摺接部の形状を,断面が長手方向に同一の円弧形状で形成し,前記円弧の半径を,HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でもコーティングが剥離しない大きさである,該ベーンの厚さの2.1倍以上としたことを特徴とする回転式圧縮機。」 と補正された。 なお,上記請求項1において,「前記シリンダ内を偏心回転する」は「シリンダ内を偏心回転する」の明らかな誤記と認められるので,補正内容を上記のとおり認定した。 上記補正は,請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「ベーンの摺接面」に設けられる部材について「HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でも摩耗しないコーティングである」との限定を付加し,同じく「ベーンの摺接面」に設けられる前記部材の種類について「DLC-Si(ダイヤモンドライクカーボン-シリコン)」のみに限定し,さらに「ベーンの摺接部の円弧の半径」について,「ベーンの厚さの2倍以上」を「HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でもコーティングが剥離しない大きさである,該ベーンの厚さの2.1倍以上」との限定の付加及び数値範囲を減縮するものであって,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下,単に「改正前の特許法」という。)第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 そこで,本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。 (2)引用例 原査定の拒絶の理由に引用された特開2002-242867号公報(以下「引用例」という。)には,図面とともに,以下の記載がある。 ・「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は、炭酸ガスを冷媒として用い、潤滑油としてはポリアルキレングリコール、又は、ポリアルファーオレフィン、若しくは、鉱油を基油として用いた回転圧縮機に関するものであり、さらに詳しくはローラとベーンの異常な摩耗を防止し、信頼性の高い回転圧縮機を提供するに好適な、ローラとベーンの構成に関するものである。」 ・「【0003】図1は本発明を適用する2シリンダ方式の回転圧縮機の断面構造を示すものであり,図2はシリンダ,ローラ,ベーンなどの関係を示す断面説明図であり,図3はベーンの説明図であり,全体を符号1で示す回転圧縮機は,円筒状の密閉容器10と,密閉容器10内に収容された電動機20及び圧縮装置30を備える。電動機20は,密閉容器10の内壁部に固定されたステータ22とロータ24を有し,ロータ24の中心にとりつけられた回転軸25は,シリンダ31,32の開口部を閉鎖する2枚のプレート33,34に回転自在に軸支される。回転軸25の一部には偏心して設けられるクランク部26が形成される。2枚のプレート33,34の内部に,シリンダ31,32が配設される。このシリンダ31,32(以下,シリンダ32について述べる)は,回転軸25の軸線と同一の軸線を有する。このシリンダ32の周壁部には,冷媒の吸入口23と吐出口35が設けてある。 【0004】シリンダ32内にはリング状のローラ38が装備され,このローラ38は,その内周面38Bがクランク部26の外周面26Aに接触し,ローラ38の外周面38Aはシリンダ32の内周面32Bに接触する。シリンダ32には,ベーン40が摺動自在に設けられ,ベーン40の先端はローラ38の外周面38Aに接触する。ベーン40をローラ38に向けて付勢し,また,ベーン40の背面に圧縮された冷媒を導入することによりベーン先端とローラ38とのシールを確実にする。このベーン40と,ローラ38と,シリンダ32と,シリンダ32を閉塞するプレート34などに囲まれて圧縮室50が形成される。該回転圧縮機1には,例えば潤滑油としてポリオールエステル,または,ポリビニルエーテル等が基油として使用されている。 【0005】そこで,回転軸25が図2で反時計廻り方向に回転すると,ローラ38もシリンダ32内で偏心回転し,吸入口23から吸込まれた冷媒ガスは圧縮され,吐出口35から吐出される。この吸込み-圧縮-吐出行程において,ローラ38とベーン40の接触部に,押付力Fvが発生する。 【0006】従来は,このベーン40の先端のローラ38の外周面38Aとの接触面40Aを曲率半径Rvを有する円弧状に形成していた。この曲率半径Rvは,ベーン40の幅寸法Tとほぼ等しい値を有し,ローラ38の半径寸法に対して1/10?1/3程度のものであった。そして,ローラ38の材料として,鋳鉄あるいは合金鋳鉄に焼き入れを施したもの,ベーン40の材料にはステンレス鋼あるいは工具鋼またはそれらに窒化処理等の表面処理を施したものが主に用いられ,特にベーン材に高い硬度と靭性を持たせるのが一般的であった。」 ・「【0007】 【発明が解決しようとする課題】ローラ38とベーン40の接触状態は,図4に示すように,異なる曲率を有する円筒同志の接触問題に置き換えることができる。このような状態では,ベーン40の押付力Fvにより,ローラ38とベーン40の2つの弾性体が押し付けられると,一般にそれらは点や線接触ではなく面接触をし,その時の弾性接触面長さdは前記式(7)で計算され,そして接触部に,次式(9)で表わされるヘルツ応力Pmax(kgf/cm^(2) )が発生する(ヘルツの弾性接触理論)。 Pmax=4/π・Fv/L/d 式(9) (式(9)中のFv,L,dは式(6),式(7)のものと同じである) 【0008】このように面接触をし,ヘルツ応力が増大すると,分子中に塩素を含まない冷媒を用い,潤滑油としてポリオールエステル,またはポリビニルエーテルを基油として用いた回転圧縮機のベーンは,耐磨耗性の向上のため窒化処理やCrNのイオンコーティングなどの表面処理が行われているが,窒化処理はその耐力が十分でなく,また,CrNのイオンコーティングは,コーティング層の剥離の危険性があるとともに生産コスト高になるなどの欠点があった。 【0009】本発明は,係る従来技術の課題を解決するために成されたものであり,冷媒に自然冷媒としての二酸化炭素を用いた圧縮機に潤滑油としてポリアルキレングリコール,またはポリアルファーオレフィンを基油として用いローラとベーンの異常な摩耗を防止し,信頼性の高い回転圧縮機を提供することを目的とする。」 ・「【0010】 【課題を解決するための手段】解題を解決するために鋭意研究した結果,従来はベーンの先端のローラの外周面との接触面の曲率半径をベーンの幅寸法とほぼ等しい値としていたのを改め,特に,代替冷媒として自然冷媒である二酸化炭素を用いた回転圧縮機においてはベーンとローラとの摺接部における摺接面を確保する範囲において曲率半径をベーンの幅寸法より大きくすると共に潤滑油としてポリアルキレングリコール,又は,ポリアルファーオレフィン,若しくは,鉱油を基油として用いることにより,ヘルツ応力を低減させられると共に摺動距離が大きくなって応力が分散しベーンとローラとの摺接部における温度を低下させられるので,ベーンに高価なコーティング処理を行わず,安価な窒化処理(NV窒化,浸硫窒化,ラジカル窒化)でも充分にローラの外周面やベーンの摩耗を軽減させる効果があり,ローラとベーンの異常な摩耗を防止し,信頼性の高いロータリ圧縮機を提供できることを見いだし本発明を成すに到った。 【0011】課題を解決するための本発明の請求項1の発明の回転圧縮機は,圧縮機,凝縮器,膨張装置,蒸発器などを順次配管で接続してなる冷凍回路を備え,炭酸ガスを冷媒として用い,潤滑油としてはポリアルキレングリコール,又は,ポリアルファーオレフィン,若しくは,鉱油を基油として用いたものであって,吸入口と吐出口を有するシリンダと,シリンダの軸線上に配設されるクランク部を有する回転軸と,クランク部とシリンダの間に配設されて偏心回転するローラと,シリンダに設けられる溝内を往復動してローラの外周面に摺接するベーンを有し,ベーンのローラとの摺接部における曲率半径(Rv)(cm)が次式(1)で表されることを特徴とする。 T<Rv<Rr 式(1) [但し,式(1)中,Tはベーンの厚さ(cm),Rrはベーンと摺接するローラの外周曲率半径(cm)を表す。]」 ・「【0025】例えば,シリンダ内径39mm×高さ14mm,偏心量(E)2.88mm,排除容積4.6cc×2の2シリンダ方式の回転圧縮機について,T,Rr,E1,E2,ν1,ν2,ΔPを表1に示した値とし,Rvを3.2mm,4mm,6mm,8mm,10mm,16.6mm(Rrと同じ)と変化させた場合のρ,Fv,d,ev,(T-ev-d)/2,Pmaxなどの計算結果を表1に示す。」 ・「【0027】表1から,ヘルツ応力Pmaxは,T=Rvの場合を100%とすると,Rvを増加するにつれて減少し,一方,ev(摺動距離)は増加し,Rv=10mmでヘルツ応力Pmaxは66%となり,evは約2.3倍になる。しかし,Rv=16.6mm=Rrとすると,ヘルツ応力Pmaxは57%となるが,(T-ev-d)/2≒0.16となってベーンとローラとの摺接部における摺接面の確保が困難となることが判る。 【0028】以上の結果から,Rvが,前記式(1)で表されるT<Rv<Rrの範囲にあると,ベーンとローラとの摺接部における摺接面を確保しつつヘルツ応力を減少でき,摺動距離(ev)が大きくなって応力が分散しベーンとローラとの摺接部における温度が低下し,ローラとベーンの異常な摩耗を防止できることが判る。ベーンに高価なコーティング処理を行なわず,安価な窒化処理(NV窒化,浸硫窒化,ラジカル窒化)でも充分にローラの外周面やベーンの摩耗を軽減させる効果があり,信頼性の高いロータリ圧縮機を提供できる。」 ・【0025】に記載の,ローラとの摺接部の円弧形状の半径(Rv)を8mm,10mmに設定したベーンは,これらの半径のベーンの厚さ(3.2mm)に対する比が,2.5倍及び3.125倍であることが明かである。 ・【0004】の「シリンダ32には,ベーン40が摺動自在に設けられ」との記載及び図2から,ベーン40はシリンダ溝内を往復摺動自在に設けられていることが明らかである。 ・図4,5等には,ベーン40のローラ38と摺接する摺接部の形状を断面が長手方向に同一の円弧形状で形成した態様が示されている。 これらの記載事項及び図示内容によれば,引用例には, 「密閉容器10内に圧縮装置30と電動機20を有し,冷媒として炭酸ガスを使用する回転圧縮機において, 前記圧縮装置30は,シリンダ31,32内を偏心回転するローラ38と摺接し,シリンダ溝内を往復摺動するベーン40を有し,前記ベーン40は前記ローラ38との摺接面に耐摩耗性向上のための窒化処理を施すと共に,前記ローラ38と摺接する摺接部の形状を,断面が長手方向に同一の円弧形状で形成し,前記円弧の半径を該ベーン40の厚さの2.5倍以上とした回転圧縮機。」 との発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認めることができる。 (3)対比 そこで,本願補正発明と引用発明とを対比すると,後者の「圧縮装置30」は前者の「圧縮要素」に相当し,引用発明の電動機20が圧縮装置30の駆動源となるのは明らかであるから,後者の「電動機20」は前者の「この圧縮要素の駆動源となる電動要素」及び「電動要素」に相当し,以下同様に,「回転圧縮機」が「回転式圧縮機」に,「ローラ38」は「ローリングピストン」に,それぞれ相当している。 また,後者の「ベーン40はローラ38との摺接面に耐摩耗性向上のための窒化処理を施す」態様と前者の「ベーンは少なくともローリングピストンとの摺接面に,HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でも摩耗しないコーティングである,DLC-Si(ダイヤモンドライクカーボン-シリコン)のコーティングを施す」態様とは,「ベーンは少なくともローリングピストンとの摺接面に,耐摩耗性の表面強化処理を施す」との概念で共通する。 さらに,後者の「円弧の半径」が「ベーンの厚さの2.5倍以上」とした数値範囲は,前者の「円弧の半径」が「ベーンの厚さの2.1倍以上」とした数値範囲に含まれるから,後者の「円弧の半径をベーンの厚さの2.5倍以上とした」態様と前者の「円弧の半径を,HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でもコーティングが剥離しない大きさである,該ベーンの厚さの2.1倍以上とした」態様とは,「円弧の半径を,ベーンの厚さの2.1倍以上とした」との概念で共通する。 したがって,両者は, 「密閉容器内に,圧縮要素と,この圧縮要素の駆動源となる電動要素とを有し,冷媒として,炭酸ガスを使用する回転式圧縮機において, 前記圧縮要素は,前記シリンダ内を偏心回転するローリングピストンと摺接し,シリンダ溝内を往復摺動するベーンを有し,前記ベーンは少なくとも前記ローリングピストンとの摺接面に,耐摩耗性の表面強化処理を施すと共に,前記ローリングピストンと摺接する摺接部の形状を,断面が長手方向に同一の円弧形状で形成し,前記円弧の半径を,該ベーンの厚さの2.1倍以上としたことを特徴とする回転式圧縮機。」 の点で一致し,以下の点で相違している。 [相違点1] ベーンのローリングピストンとの摺接面に施す耐摩耗性の表面強化処理に関し,本願補正発明は,ベーンのローリングピストンとの摺接面に「HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でも摩耗しないコーティングである,DLC-Si(ダイヤモンドライクカーボン-シリコン)のコーティング」を施すものであるのに対し,引用発明は,「耐摩耗性向上のための窒化処理」を施している点。 [相違点2] ベーンのローラとの摺接部の円弧形状における円弧の半径とベーンの厚さとの関係に関し,本願補正発明は,「HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でもコーティングが剥離しない大きさである」と規定しているのに対し,引用発明は,そのような特定はなされていない点。 (4)判断 そこで,上記各相違点につき,以下検討する。 ・相違点1について 回転式圧縮機のベーン等の摺接部の耐摩耗性を向上させるために,ベーンのローラと接触する摺接面にコーティングを施すことは,引用例の【0006】,【0008】等に記載されるように従来周知の技術である。しかも,ベーンにおけるより耐摩耗性の高い材料を用いたコーティングとしてDLC-Si(ダイヤモンドライクカーボン-シリコン)も周知の技術に過ぎない(例えば,特開2001-115959号公報(【0029】),特開平10-82390号公報(【0014】,【0088】-【0092】)等を参照のこと。)。 ところで,引用例には,ベーンのローラと接触する側の摺接部の曲率半径を8mm,10mmと変化させることによって,該ベーンの曲率半径の厚さ(3.2mm)に対する比を2.5倍,3.125倍等に大きくすることにより,ベーンの摺接面とローラの外周面との摺接部に生じるヘルツ応力を減らし,それによりベーンに高価なコーティングを行わず,安価な窒化処理でも充分ベーンの摩耗を軽減させる効果があることが記載されている(【0028】参照)。 この記載によれば,高価なコーティングに代えて,安価な窒化処理を採用しても一応の耐摩耗性を確保できることが開示されているといえるが,これはコストを考慮したものであり,耐摩耗性の点で,コーティングを施すことによる作用効果を排斥したものでないことは明らかである。 そして,回転式圧縮機において,ベーン等の摺動部分の耐摩耗性を向上させて信頼性を高めることは,常に求められる重要な課題であることは,技術常識である(例えば,引用例の【0001】の「ローラとベーンの異常な摩耗を防止し,信頼性の高い回転圧縮機を提供する」との記載を参照。)。 したがって,コストを勘案しつつ,耐摩耗性をより改善するために,従来周知の表面処理手段として,DLC-Siをベーンの摺接部にコーティングする技術を採用することは,上記の重要な課題を当然に内在する引用発明において,当業者が試みることについて十分な動機付けがあるということができる。 そうすると,引用発明において,上記の課題の下に,上記周知の技術を採用して,ベーンのローリングピストンとの摺接面にDLC-Siのコーティングを施すことは,格別の技術的困難性は認められず,当業者が容易に想到し得たことである。 そして,DLC-Siのコーティングは,その硬度がダイヤモンドのように非常に高く,かつ摩擦係数が小さく摩耗量が小さいことは,上記周知例(特開平10-82390号公報,【0014】,【0015】等参照)からも明らかであるから,DLC-Siのコーティングを施すことにより,自ずから「HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でも摩耗しないコーティング」となることは自明であ。 よって,引用発明において,上記周知の技術を採用することにより,相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。 ・相違点2について 本願補正発明において,円弧半径が「HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でもコーティングが剥離しない大きさ」とすることの技術的意義は,本願明細書の【0018】?【0023】段落等の記載によれば,ベーンの先端Rを大きく設計し,ヘルツ応力が小さくなるようにして,作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でのコーティングの剥離を抑制した点にあり,円弧半径がベーンの厚さの2.1倍以上であることが,「コーティングが剥離しない」大きさであることとなる。 一方,引用例には,炭酸ガス冷媒下で運転される回転圧縮機において,ベーンのローラと接触する側の摺接面の曲率半径を大きくすることにより,ベーンとローラとの摺接面でのヘルツ応力を低減させることができ,ローラとベーンの異常な摩耗を防止できる(【0010】,【0028】等参照)ことが記載されており,引用発明において,「円弧の半径をベーンの厚さの2.5倍以上とした」構成と,本願補正発明において「円弧半径をベーンの厚さの2.1倍以上」とした構成とは,摺接面のヘルツ応力の低減を図り,その結果として耐摩耗性の向上を図るものという点で共通の技術思想に立つものといえる。 そして,引用発明は,摺接面にコーティングを施したものではないが,相違点1に係る構成を採用して,摺接面にDLC-Siのコーティングを施した場合に,ベーンの摺接部に加わるヘルツ応力が低減することは自明であり,しかも,ベーンの摺接面の円弧半径がベーンの厚さの2.5倍以上であれば,本願補正発明の「摺接部の表面のコーティングが剥離しない大きさ」の範囲に含まれるから,本願補正発明と同様の作用効果を奏し得ることは明らかである。 したがって,相違点2に係る事項は,引用発明において,相違点1に係る構成を採用することにより得られた発明が,当然に備えることとなる効果を明記したものということができるから,相違点1に係る構成を採用することが,上記「相違点1について」で述べたとおり容易に想到し得たものである以上,引用発明において,相違点2に係る本願補正発明の構成とすることも,当業者が容易に想到し得たことというべきである。 そして,本願補正発明の全体構成により奏される作用効果も,引用発明及び上記周知の技術から当業者が予測し得る範囲のものである。 したがって,本願補正発明は,引用発明及び上記周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 (5)むすび 以上のとおり,本件補正は,改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので,同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 3.本願発明について 平成23年6月7日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項1に係る発明(以下,同項記載の発明を「本願発明」という。)は,平成22年9月22日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。 「密閉容器内に,圧縮要素と,この圧縮要素の駆動源となる電動要素とを有し,冷媒として,炭酸ガスを使用する回転式圧縮機において, 前記圧縮要素は,前記シリンダ内を偏心回転するローリングピストンと摺接し,シリンダ溝内を往復摺動するベーンを有し,前記ベーンは少なくとも前記ローリングピストンとの摺接面に,DLC-Si(ダイヤモンドライクカーボン-シリコン)もしくはCrN(クロムナイトライド)もしくはTiN(チタンナイトライド)もしくはDLC(ダイヤモンドライクカーボン)を施すと共に,前記ローリングピストンと摺接する摺接部の形状を,断面が長手方向に同一の円弧形状で形成し,前記円弧の半径が該ベーンの厚さの2倍以上としたことを特徴とする回転式圧縮機。」 (1)引用例 原査定の拒絶の理由に引用された引用例及びその記載事項は,前記「2.(2)」に記載したとおりである。 (2)対比・判断 本願発明は,前記「2.(1)」で検討した本願補正発明から「ベーンの摺接面」に設けられる部材」の限定事項である「HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でも摩耗しないコーティングである」との構成を省き,「ベーンの摺接面に設けられる前記部材の種類」について,「DLC-Si(ダイヤモンドライクカーボン-シリコン)もしくはCrN(クロムナイトライド)もしくはTiN(チタンナイトライド)もしくはDLC(ダイヤモンドライクカーボン)を施す」と一種類に減縮していたものを元に戻し,さらに,「ベーンの摺接部の円弧の半径」について,「円弧の半径を,HFC冷媒より作動圧力が高い炭酸ガス冷媒下でもコーティングが剥離しない大きさである,該ベーンの厚さの2.1倍以上としたこと」を「前記円弧の半径が該ベーンの厚さの2倍以上」と構成を省き,数値限定の範囲を拡げたものである。 そうすると,本願発明の構成要件を全て含み,さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が,前記「2.(4)」に記載したとおり,引用発明及び上記周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,同様の理由により,引用発明及び上記周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 (3)むすび 以上のとおり,本願発明は,引用発明及び上記周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2011-12-20 |
結審通知日 | 2011-12-27 |
審決日 | 2012-01-10 |
出願番号 | 特願2005-281176(P2005-281176) |
審決分類 |
P
1
8・
575-
Z
(F04C)
P 1 8・ 121- Z (F04C) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 久保 竜一、井上 茂夫 |
特許庁審判長 |
大河原 裕 |
特許庁審判官 |
堀川 一郎 神山 茂樹 |
発明の名称 | 回転式圧縮機 |
代理人 | 溝井 章司 |