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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1253297
審判番号 不服2009-2283  
総通号数 148 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-04-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-02-02 
確定日 2012-03-09 
事件の表示 特願2000-546036「修飾エンベロープエスコート蛋白質を含むレトロウイルスベクター」拒絶査定不服審判事件〔平成11年11月 4日国際公開、WO99/55893、平成14年 5月21日国内公表、特表2002-514388〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続きの経緯
本願は,1999年4月28日(優先権主張1998年4月29日,米国)を国際出願日とする出願であって,平成20年10月30日付で拒絶査定がなされたところ,平成21年2月2日に審判請求がなされるとともに,手続補正がなされたものである。

第2 平成21年2月2日の手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成21年2月2日の手続補正を却下する。

[理由]
1.本件補正により,請求項1は,
「第一レトロウイルスエンベロープ蛋白質及び少なくとも1つの修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質を含む,レトロウイルスベクターであって,
該第一レトロウイルスエンベロープ蛋白質は,
(i)受容体結合領域,
(ii)超可変ポリプロリン領域,及び
(iii)本体蛋白質(body protein)
を含む表面蛋白質
を含み,
該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は修飾に先だって,
(i)受容体結合領域,
(ii)超可変ポリプロリン領域,及び
(iii)本体蛋白質(body protein)
を含む表面蛋白質
を含み,
該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は,該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質の表面蛋白質の受容体結合領域のアミノ酸残基の少なくとも90%が除去されかつ非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドで置換されるように修飾されており, 該非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドは,コラーゲン結合ドメインである,
レトロウイルスベクター。」
から,
「第一レトロウイルスエンベロープ蛋白質及び少なくとも1つの修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質を含む,レトロウイルスベクターであって,
該第一レトロウイルスエンベロープ蛋白質は,
(i)受容体結合領域,
(ii)超可変ポリプロリン領域,及び
(iii)本体蛋白質(body protein)
を含む表面蛋白質
を含み,
該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は修飾に先だって,モロニーマウス白血病ウイルスエンベロープ蛋白質であり,該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は, (i)受容体結合領域,
(ii)超可変ポリプロリン領域,及び
(iii)本体蛋白質(body protein)
を含む表面蛋白質
を含み,
該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は,該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質の表面蛋白質の受容体結合領域のアミノ酸残基の少なくとも90%が除去されかつ非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドで置換されるように修飾されており,
該非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドは,コラーゲン結合ドメインである,
レトロウイルスベクター。」に補正された。

上記補正は,補正前の請求項1の修飾に先だった修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質を,モロニーマウス白血病ウイルスエンベロープ蛋白質(受容体結合領域,超可変ポリプロリン領域,及び本体蛋白質を含むものである。)に限定するものであるので,特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の前記請求項1に係る発明(以下,「本願補正発明」という。)が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかどうか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するかどうか)について,以下に検討する。

2.当審の判断
上記補正により,修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は,(ア)修飾に先だって,モロニーマウス白血病ウイルスエンベロープ蛋白質であること,(イ)(i)受容体結合領域,(ii)超可変ポリプロリン領域,及び(iii)本体蛋白質(body protein)を含む表面蛋白質を含むこと,(ウ)修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質の表面蛋白質の受容体結合領域のアミノ酸残基の少なくとも90%が除去されかつ非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドで置換されるように修飾されており,該非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドは,コラーゲン結合ドメインであるものとなった。
このうち,(イ)の(i)受容体結合領域を含む表面蛋白質を含むことは,(ウ)が表面蛋白質の受容体結合領域のアミノ酸残基のすくなくとも90%と,全部を除去することも意味している(請求項1を引用して限定している請求項3の記載からも,全部を除去することも意味していることは明らかである。)ことと矛盾するし,また,(イ)の(ii)超可変ポリプロリン領域を含む表面蛋白質を含むことは,審判請求書における「第一に,本願発明におけるコラーゲン結合は,モロニーマウス白血病ウイルスエンベロープ蛋白質の受容体結合領域の少なくとも90%という大部分を(さらに超可変ポリプロリン領域の一部または全てもまた)除去し,これらの領域をコラーゲン結合ドメインで置換した後でも,完全に残存します(本願明細書[0066]および図1)。この効果は,当業者により予測し得ませんでした。」という請求人の主張と矛盾するものである。
そうすると,(イ)の要件は,上記補正される前のものと同じく,修飾に先だっての修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質についてのものであると解するほかないが,例えば,
「該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は修飾に先だって,モロニーマウス白血病ウイルスエンベロープ蛋白質であり,該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は修飾に先だって,
(i)受容体結合領域,
(ii)超可変ポリプロリン領域,及び
(iii)本体蛋白質(body protein)
を含む表面蛋白質
を含み,」とか,
「該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は修飾に先だって,モロニーマウス白血病ウイルスエンベロープ蛋白質であって, (i)受容体結合領域,
(ii)超可変ポリプロリン領域,及び
(iii)本体蛋白質(body protein)
を含む表面蛋白質
を含み,」
とせず,修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質そのものが,上記(イ)の要件を有するものであるかのような補正後の請求項の記載によって,特許を受けようとする発明が明確ではないことになっている。
したがって,本願補正発明についての特許請求の範囲の記載は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないので,特許出願の際,独立して特許を受けることができないものである。

また仮に,特許を受けようとする発明が,修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は修飾に先だって,受容体結合領域,超可変ポリプロリン領域,及び本体蛋白質を含む表面蛋白質を含むものであった場合の発明(以下,「本願補正発明’」という。)についても検討しておく。

(1)引用例2
原査定の拒絶の理由に,引用例2として引用された,本願優先日前に頒布された刊行物である国際公開第95/23846号(以下,「引用例2」という。)には,
「本発明は,標的エンベロープの性質により仲介される規定された標的細胞特異性を有するレトロウイルスベクター粒子に関する。この標的エンベロープは,レトロウイルスのエンベロープ蛋白質のカルボキシ末端部分に融合される抗体の抗原結合部位または特異的細胞表面構造(例えば,別のウイルスのレセプター結合ドメイン)に結合する別のペプチドからなるキメラ蛋白質であり得る。標的エンベロープは,レトロウイルス感染の第1段階を仲介する。この段階は,ウイルスの特異的細胞表面レセプターへの結合である。本発明はまた,標的エンベロープに加えて野生型エンベロープを含むレトロウイルス粒子に関する。野生型エンベロープの存在は,機能的膜融合ドメインを改善または補充するヘルパー分子として作用する役割をする。野生型エンベロープに対するレセプターを含まない標的細胞を用いる場合(例えば,SNVはヒト細胞に感染性でない),野生型エンベロープはレトロウイルス感染の第2段階においてのみ関与する。この段階は,ウイルスと細胞膜との効率的な融合である。本発明はまた,標的エンベロープに加えて野生型エンベロープを含むレトロウイルスベクター粒子の構築に関する。このレトロウイルスベクター粒子は,標的エンベロープのみを有するレトロウイルス粒子で観察される感染力の消失を補い得る。
1つの実施態様において,本発明は,標的細胞特異性を有するレトロウイルスベクター粒子に関する。このレトロウイルスベクター粒子は,レトロウイルスベクターのエンベロープ蛋白質に融合して標的エンベロープを形成する標的ペプチドを有するレトロウイルスベクターを含む。ここで,標的ペプチドは,天然のウイルスのレセプター結合部位を置換または破壊し,そして標的ペプチドは抗体の抗原結合部位,別のウイルスのレセプター結合ペプチド,または標的の特異的レセプターに特異的に結合するペプチドである。」(4頁20行?5頁5行)と記載され,
用いた修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質を発現するプラスミドベクターが図2に,

と記載されるとともに,
「まず,DNPに対する抗原結合部位を提示する粒子における野生型エンベロープの存在を試験して,DNP結合細胞の感染効率の増加があるか否かを決定した。DNP結合HeLa細胞は,野生型エンベロープのみを含むベクターウイルス粒子に感染し得ないことを見出した。しかし,DNP結合細胞は,抗DNP提示レトロウイルスベクターに非常に低い効率で感染され得た。測定した力価は,1mlの組織培養上清培地あたり約10の感染性単位であった。標的抗DNPエンベロープに加えて野生型エンベロープを含むウイルス粒子は,10?30倍より効率的に細胞を感染させた。このデータは,野生型エンベロープの存在は標的ベクターの感染効率を増加させ得ることを示す。他の標的分子を用いる2つのさらなる実験のセットを行い,この知見を確認した。」(13頁21?32行)と記載され,
用いた修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質を発現するプラスミドベクターが図6に,

と記載されるとともに,
「 1.抗体-エンベロープ融合タンパク質を含有するウイルス粒子を用いる感染力研究。種々のヒトガン細胞上で発現される細胞表面タンパク質に対する抗体(B6.2,Bird,R.E.ら,1988およびColcher,D.ら,1990)の抗原結合部位を提示するウイルス粒子で,D17細胞,HeLa細胞およびCol-1細胞を感染させた。ベクターウイルス粒子を種々の異なるヘルパー細胞株から採集した(表2)。すべてのウイルス粒子は,細菌性β-ガラクトシダーゼ遺伝子を形質導入するベクターを有した。記載のように(Mikawa,T.ら),細胞をX-galで染色することにより感染力を測定した。感染後2日?3日目に青色細胞コロニー数を測定した。以下のウイルス粒子を感染力について試験した:エンベロープを含まないウイルス粒子(「envなし」と名付けた),野生型エンベロープのみを含むウイルス粒子(wt-env-DSNと名付ける),抗体-エンベロープ融合タンパク質である標的エンベロープのみを含むウイルス粒子(図6に記載のようにTC24,TC25,およびTC26と名付けた),そして野生型エンベロープおよび標的エンベロープを含む粒子(TC24+wt-env,TC25+wt-env,およびTC26+wt-envと名付けた)。
エンベロープを全く含まない粒子は,基本的に非感染性であることが見出された。野生型エンベロープを含む粒子は,野生型SNVに対するレセプターを含むD17細胞にのみ感染性であった。この粒子は,HeLa細胞またはCol-1細胞には感染性でなかった。標的エンベロープのみを含む粒子はD17細胞およびHeLa細胞に感染性であった。D17細胞における感染効率は,野生型エンベロープを含むウイルスの感染効率の5%未満であった。このような粒子はCol-1細胞には非感染性であった。野生型エンベロープの付加は,感染効率を10?50倍増加させた。さらに,いずれかのエンベロープを単独で含む粒子には感染し得なかったCol-1細胞は,野生型envおよび標的envの両方を含む粒子に感染し得た。このデータは野生型エンベロープが機能を付加して,ウイルス浸透を改善または可能にさえすることを示す(表2)。これらのデータはまた,感染力のレベルは,抗体がエンベロープに融合されるエンベロープ遺伝子内の位置に依存することを示す。
2.SNV-MLV-融合タンパク質を含有するウイルス粒子を用いる感染力研究。エコトロピックマウス白血病ウイルスに対するレセプターを発現するCHTG細胞(Albritton,L.M.ら,1989に記載される)およびD17細胞を,標的エンベロープ(SNV-MLV-chi-CおよびSNV-MLV-chi-D)のみを発現する細胞または標的エンベロープおよび野生型エンベロープを発現するヘルパー細胞から採集されたウイルスに感染させた。ウイルス粒子はハイグロマイシンB耐性遺伝子を有した。感染した細胞をハイグロマイシン耐性について選択し,そしてハイグロマイシン耐性細胞コロニー数を測定した。標的エンベロープのみを含むレトロウイルスベクター粒子は感染性ではなかった。この粒子は,野生型エンベロープを粒子に付加した後に感染性になった。野生型エンベロープのみを有する粒子はCHTG細胞に対して感染性ではなかった(表3)。」(13頁34?14頁36行)と記載されるとともに表2及び表3が,

と記載されている。

(2)引用例4
原査定の拒絶の理由に,引用例4として引用された,本願優先日前に頒布された刊行物であるHum Gene Ther.,1997年,Vol.8(18),p.2183-2192(以下,「引用例4」という。)には,
「血管の病変への標的化遺伝子導入は,心疾患用の遺伝子治療プロトコルの開発での主な挑戦である。1つのアプローチは,レトロウイルス・ベクターが血管外傷のサイトで蓄積し,かつ局所的なベクター集中を増強することを可能にすることであろう。傷修復の初期のステップは損傷を受けた血管から露出したコラーゲンへの血小板の付着である。したがって,Moloneyマウス白血病ウイルス(MoMLV)外被(env)蛋白質はvon Willebrand凝固因子に由来し,大腸菌,および哺乳類細胞中で表現された高親和性のコラーゲン結合領域を組込むために巧みに計画実行された。コラーゲンにしっかりと結合するキメラenv蛋白質,及びこのコラーゲン結合env蛋白質を備えるビリオンは,野生型の(WT)env蛋白質を表現するビリオンのものに近いウイルス力価を示した。キメラビリオンはコラーゲン・マトリックスに集まり,またそれらは,WT env蛋白質を備えるビリオンが洗い流された条件のもとで感染力を保持した。・・・」(要約の項)と記載され,
具体的に用いた材料,方法及び結果が,材料と方法の項及び結果の項に記載されている。

(3)対比
引用例2に記載されるレトロウイルスベクターは,具体的には,レトロウイルスであるSNVの野生型エンベロープと,非レトロウイルス蛋白質である単鎖抗体を,標的ペプチドとして,SNVのエンベロープ蛋白質のN末端側の部分と置換した修飾SNVのエンベロープ蛋白質を含むものである。そして,SNVの野生型エンベロープは,受容体結合領域,及び本体蛋白質を含む表面蛋白質を含むものであるから,引用例には,受容体結合領域及び本体蛋白質を含む表面蛋白質を含む,第一レトロウイルスエンベロープ蛋白質であるSNVの野生型エンベロープと,修飾に先だって,受容体結合領域及び本体蛋白質を含む表面蛋白質を含むSNVのエンベロープ蛋白質が,非レトロウイルス蛋白質で置換されるように修飾されている修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質を含むレトロウイルスベクターの発明が記載されていることになる。
そうすると,本願補正発明’と引用例1に記載される発明は,「第一レトロウイルスエンベロープ蛋白質及び少なくとも1つの修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質を含む,レトロウイルスベクターであって,該第一レトロウイルスエンベロープ蛋白質は,受容体結合領域,及び本体蛋白質(body protein)を含む表面蛋白質を含み,該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は修飾に先だって,受容体結合領域,及び本体蛋白質(body protein)を含む表面蛋白質を含み,該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は,非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドで置換されるように修飾されているレトロウイルスベクター。」である点で一致しているが,以下の点で相違している。

相違点1:本願補正発明’におけるレトロウイルスベクターの,第一レトロウイルスエンベロープ蛋白質,及び修飾に先だって修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質の両者が,超可変ポリプロリン領域を含むものであるのに対し,引用例2に記載されるものは,いずれもSNVのエンベロープであり,超可変ポリプロリン領域を含んでいないものである点,

相違点2:本願補正発明’における修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は修飾に先だって,モロニーマウス白血病ウイルスエンベロープ蛋白質であるのに対し,引用例2に記載されるものは,SNVのエンベロープ蛋白質である点,

相違点3:本願補正発明’においては,修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は,該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質の表面蛋白質の受容体結合領域のアミノ酸残基の少なくとも90%が除去されかつ非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドで置換されるように修飾されているのに対し,引用例2に記載される標的ペプチドとして融合したSNVのエンベロープ蛋白質が,表面蛋白質の受容体結合領域のアミノ酸残基の何パーセントを除去したものであるか明記されていない点。

相違点4:非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドが,本願補正発明’においてはコラーゲン結合ドメインであるのに対し,引用例2に記載されるものでは,単鎖抗体である点。

(3)判断
(相違点1及び2について)
引用例4や,本願明細書の段落0034にも記載されるように,レトロウイルスベクターとして,モロニーマウス白血病ウイルスを用いる試みは多くなされ,周知のこととなっている。そして,モロニーマウス白血病ウイルスは,引用例2に記載されるSNVと同じくレトロウイルスに属するもので,ウイルスにとって重要な機能である感染の機構も,モロニーマウス白血病ウイルスとSNVは同様のものであると推察されるので,引用例2に記載されるSNVに換えて,引用例4にも記載されるモロニーマウス白血病ウイルスとしても,同様に標的化されたレトロウイルスベクターが得られると予想される。そうであるから,当業者であれば容易に,引用例2に記載されるSNVに換えて,引用例4にも記載されるモロニーマウス白血病ウイルスとすることができる。そしてそのとき,SNVに換えてモロニーマウス白血病ウイルスとするのであるから,その表面蛋白質は超可変ポリプロリン領域を含むことになるし,修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は修飾に先だって,モロニーマウス白血病ウイルスエンベロープ蛋白質になるものである。

(相違点3について)
引用例2には,標的ペプチドは,天然のウイルスのレセプター結合部位を置換または破壊し,そして標的ペプチドは抗体の抗原結合部位,別のウイルスのレセプター結合ペプチド,または標的の特異的レセプターに特異的に結合するペプチドであること(5頁2?5行)が記載されているのであるから,受容体結合領域のアミノ酸残基の少なくとも90%が除去されかつ非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドで置換されるように修飾する程度のことは当業者が容易になしえることにすぎない。

(相違点4について)
遺伝子治療の対象となる組織や細胞は様々であるから,当業者であれば当然に,様々な細胞にレトロウイスルベクターを標的化してみたいと想到するものである。そして,引用例2と同じく,レトロウイルスベクターの標的化に関する引用例4に,血管の病変へ標的化するために,コラーゲン結合ドメインを用いることが記載されているのであるから,当業者であれば容易に,引用例2に記載される標的ペプチドとして,引用例4に記載されるコラーゲン結合ドメインを用いることができる。

(本願補正発明’における効果について)
本願補正発明’の具体例が記載される実施例1の記載をみても,明細書の段落0063及び0064に,NIH3T3細胞への感染をX-ガル染色で評価したことが記載されているが,評価結果が何ら示されておらず,野生型のエンベロープ蛋白質だけを持つレトロウイルスベクターと比較して,本願補正発明の修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質を含ませることにより奏される効果が何ら明らかになっておらず,本願補正発明’が格別顕著な効果があるものと認めることができない。

(請求人の主張)
本願補正発明’の効果について,請求人は,
第一に,本願補正発明’におけるコラーゲン結合は,モロニーマウス白血病ウイルスエンベロープ蛋白質の受容体結合領域の少なくとも90%という大部分を(さらに超可変ポリプロリン領域の一部または全てもまた)除去し,これらの領域をコラーゲン結合ドメインで置換した後でも,完全に残存し(本願明細書[0066]および図1),この効果は,当業者により予測し得ないこと,
第二に,本願補正発明’におけるウイルス力価は,モロニーマウス白血病ウイルスエンベロープ蛋白質の受容体結合領域の少なくとも90%という大部分を(さらに超可変ポリプロリン領域の一部または全てもまた)除去し,これらの領域をターゲッティングドメインで置換した後でも,高いまま残存し,本願の修飾レトロウイルス粒子の力価は,野生型レトロウイルスエンベロープの力価と遜色ないこと(本願明細書実施例3),
第三に,腫瘍細胞の表面ではなく,細胞外マトリックス蛋白質に対してターゲッティングされた本願発明のレトロウイルス粒子は,腫瘍細胞の形質導入をもたらし(本願明細書[0048]),この効果は,当業者により予測し得ないこと,
を主張している。

第一の点について,モロニーマウス白血病ウイルスエンベロープ蛋白質は,コラーゲン結合ドメインをそもそも有しないものであるから,その受容体結合領域の少なくとも90%という大部分を除いたとしても,コラーゲン結合に変化が生じる理由もなく,図1に示される結果は,コラーゲン結合ドメインで置換したことにより当然に生じるものであり,当業者により予測し得ないような効果とはいえない。

第二の点について,本願補正発明’のレトロウイルスベクターは,野生型のエンベロープ蛋白質をも含んでいるのであるから,野生型のレトロウイルスが感染する細胞に対して,本願補正発明’の修飾レトロウイルス粒子の力価が遜色がないとしても,当業者が予測できないような格別顕著な効果とは認められない。
また,本願の実施例3におけるKSY1カポジ肉腫細胞を用いた例は,本願補正発明とは異なり,CAEのエンベロープ蛋白質を用いたもので,野生型CAEよりも形質導入効率が増加することが示されてはいる。ところが,感染効率は,感染する細胞の表面にある,野生型のエンベロープ蛋白質が結合する受容体や,修飾エンベロープ蛋白質の標的の量に大きく影響されるものであろうから,実施例3において示される効果は,野生型envのものよりウイルス力価が向上していることが示されている,引用例2の表2及び3の記載から,予測できない程の格別顕著な効果とは認められない。

第三の点について,明細書の段落0048の記載は,具体例に裏付けられたものでなく,単に可能性を示すにとどまり,該記載を根拠に,当業者が予測し得ないほどの効果が本願補正発明’にあるものと認められない。そもそも,請求人が主張するように,腫瘍細胞の表面ではなく,細胞外マトリックス蛋白質に対してターゲッティングされた本願発明のレトロウイルス粒子は,腫瘍細胞の形質導入をもたらしたことが予測し得ないことであれば,そのような結果が得られたことは,十分な裏付けを持って発明の詳細な説明に記載すべきところ,そのような記載がないことは前述の通りである。

(小括)
したがって,本願補正発明’は,引用例2及び4に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際,独立して特許を受けることができないものである。

(4)むすび
したがって,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
平成21年2月2日の手続補正は,上記のとおり却下されたので,本願の請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,平成20年6月3日の手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。

「第一レトロウイルスエンベロープ蛋白質及び少なくとも1つの修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質を含む,レトロウイルスベクターであって,
該第一レトロウイルスエンベロープ蛋白質は,
(i)受容体結合領域,
(ii)超可変ポリプロリン領域,及び
(iii)本体蛋白質(body protein)
を含む表面蛋白質
を含み,
該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は修飾に先だって,
(i)受容体結合領域,
(ii)超可変ポリプロリン領域,及び
(iii)本体蛋白質(body protein)
を含む表面蛋白質
を含み,
該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質は,該修飾レトロウイルスエンベロープ蛋白質の表面蛋白質の受容体結合領域のアミノ酸残基の少なくとも90%が除去されかつ非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドで置換されるように修飾されており, 該非レトロウイルス蛋白質又は非レトロウイルスペプチドは,コラーゲン結合ドメインである,
レトロウイルスベクター。」

第4 当審の判断
本願発明は,前記「第2」において特許法第29条第2項について検討した本願補正発明’を,その態様として含むものである。
したがって,特許法第29条第2項について,前記「第2 2.当審の判断」におけると同様の理由により,本願発明は,引用例2及び4に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。

第5 むすび
以上のとおりであるから,本願発明は,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。
したがって,本願に係るその他の請求項について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-10-17 
結審通知日 2011-10-18 
審決日 2011-10-31 
出願番号 特願2000-546036(P2000-546036)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (C12N)
P 1 8・ 537- Z (C12N)
P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 長谷川 茜小川 明日香  
特許庁審判長 平田 和男
特許庁審判官 冨永 みどり
鵜飼 健
発明の名称 修飾エンベロープエスコート蛋白質を含むレトロウイルスベクター  
代理人 山本 秀策  
代理人 安村 高明  
代理人 森下 夏樹  

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