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審決分類 審判 査定不服 4項1号請求項の削除 特許、登録しない。 F16H
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16H
管理番号 1254188
審判番号 不服2010-28483  
総通号数 149 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-05-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-12-16 
確定日 2012-03-22 
事件の表示 特願2001-223632「無段変速機の制御装置」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 2月13日出願公開、特開2003- 42275〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成13年7月24日の出願であって、平成22年9月13日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成22年12月16日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに手続補正がなされたものである。

2.平成22年12月16日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)について
本件補正により、特許請求の範囲は、
「【請求項1】 回転部材とトルク伝達部材とをトルク伝達可能に直接もしくは間接的に接触させ、その接触圧力に応じてトルク伝達容量が増大する無段変速機の制御装置において、
前記接触圧力を前記回転部材と前記トルク伝達部材との間でのトルクの伝達状態に基づいてフィードバック制御するフィードバック制御手段と、
前記無段変速機に掛かるトルクが一時的に増大する外乱状態を判定する外乱判定手段と、
前記外乱状態が判定された場合に、フィードバック制御を中止するとともにフィードフォワード制御に切り替え、かつ前記接触圧力を前記フィードバック制御による接触圧力より高くする昇圧手段と
を備え、
前記外乱判定手段が前記外乱状態を判定しなくなったときに、前記昇圧手段によって高くした接触圧力を低下させる復帰手段を更に備えていることを特徴とする無段変速機の制御装置。
【請求項2】 前記無段変速機が、トルクが入力される入力部材とトルクを出力する出力部材とを備え、
前記外乱判定手段が、前記出力部材に掛かるトルクが一時的に変化する状態を外乱状態と判定するように構成されていること
を特徴とする請求項1に記載の無段変速機の制御装置。
【請求項3】 前記復帰手段は、前記外乱判定手段が前記外乱状態を判定しなくなった時点における少なくとも入力トルクに基づいて予め定められた接触圧力を設定する手段を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の無段変速機の制御装置。
【請求項4】 前記復帰手段は、前記外乱判定手段が前記外乱状態を判定しなくなった時点における前記回転部材と前記トルク伝達部材との間でのトルクの伝達状態に基づく前記フィードバック制御によって決まる接触圧力を設定する手段を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の無段変速機の制御装置。
【請求項5】 前記復帰手段は、前記外乱判定手段が前記外乱状態を判定しなくなり、かつ前記無段変速機で設定されている変速比と目標とする変速比との偏差が所定値以下になったことに基づいて前記フィードバック制御の実行を許可する手段を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の無段変速機の制御装置。」に補正された。
上記補正は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1及び2を削除するとともに、その削除する補正に伴って他の請求項を形式的に補正するものであって、これは、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第1号の「請求項の削除」を目的とするものに該当する。

3.本願発明
本願の請求項1?5に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明5」という。)は、平成21年12月25日付け手続補正、平成22年6月23日付け手続補正、及び本件補正により補正された明細書、及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される上記2.のとおりのものである。

3-1.本願発明1について
(1)本願発明1
本願発明1は上記のとおりである。
(2)引用例
(2-1)引用例1
特開2001-173770号公報(以下、「引用例1」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(あ)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は車両用のベルト式無段変速機を電子的に制御する変速機用の制御装置に関する。
【0002】
【従来技術】近年、燃費低減という観点より、車両用の変速機として無段変速機を採用する動向がある。無段変速機の一例としてはVベルト式のものがある。これは、Vベルトとの接触プーリ幅が油圧に基づいて可変制御されるプライマリ側プーリとセカンダリ側プーリとの一対の可変プーリを備えている。このプーリのベルトへの押し付け力の駆動源として、エンジンあるいはその他の駆動源によって駆動される油圧ポンプより発生する油圧を用いているものがある。燃費を低減するという観点では、プーリのベルトへの押し付け力を必要最低限に制御する必要がある。
【0003】このため、プライマリ側プーリあるいはセカンダリ側プーリにおいて、ベルトスリップが発生しない最低限の押し付け力を演算によって求めこの最低限の圧力で制御を行う制御方法がある。一方で、キックダウンあるいはシフトダウンのような過渡応答時には、プライマリ側とセカンダリ側の押し付け力の差を大きく確保する必要があるため、過渡応答時と判断するとあらかじめ決定しておいた押し付け力に増加させ変速応答性を確保する制御を行っている。」
(い)「【0027】請求項11記載の無段変速機の制御装置では、請求項1乃至請求項10に記載の無段変速機の制御装置において、1次プーリ供給油圧と2次プーリ供給油圧とをフィードバック制御するフィードバック制御手段を備え、フィードバック制御手段により、フィードバック制御に用いられるフィードバックゲインを目標変速比と実際の変速比との偏差に応じて連続的に変更する構成を備える。
【0028】本構成によれば、あらゆる偏差に応じて最適なフィードバックゲインを設定することができるので目標変速比への応答性を向上でき、また、安定性を向上することができる。」
(う)「【0047】PID処理手段16は、セカンダリ圧計測手段9で得たセカンダリ圧のセンサ値と、セカンダリ油圧補償処理手段11から得られるセカンダリプーリ2の油圧補償値とから偏差を求め、偏差に対しフィードバック制御を行い圧力→電流変換処理12に入力する。同様に、プライマリ下限ガード処理手段17にて、得られたプライマリプーリ1の油圧指示値を圧力→電流変換処理手段19に入力する。」
以上の記載事項及び図面からみて、引用例1には、下記の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「プライマリ側プーリ、セカンダリ側プーリとVベルトとをトルク伝達可能に接触させ、その押し付け力に応じてトルク伝達容量が増大するベルト式無段変速機の制御装置において、
プライマリ側プーリ、セカンダリ側プーリにおいてベルトスリップが発生しない最低限の押し付け力を演算によって求め、この最低限の圧力で制御を行うとともに、
一方で、キックダウンあるいはシフトダウンのような過渡応答時には、プライマリ側とセカンダリ側の押し付け力の差を大きく確保する必要があるため、過渡応答時と判断するとあらかじめ決定しておいた押し付け力に増加させ変速応答性を確保する制御を行うベルト式無段変速機の制御装置。」
(2-2)引用例2
特開平4-277363号公報(以下、「引用例2」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(か)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、車両用ベルト式無段変速機の制御装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】伝動ベルトが巻き掛けられた一対の可変プーリを備え、それら可変プーリの有効径が変化させられることによりエンジンの回転を無段階に変速して駆動輪へ伝達する車両用ベルト式無段変速機において、入力トルクに対応するスロットル弁開度および変速比に応じて伝動ベルトの挟圧力を制御する形式の車両用ベルト式無段変速機の制御装置が知られている。たとえば、特開昭64-49753号公報に記載されたものがそれである。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】ところで、上記のような従来の車両用ベルト式無段変速機の制御装置では、伝動ベルトのすべりが発生しない範囲で挟圧力が小さくなるように、その挟圧力を達成させるライン油圧がスロットル弁開度および変速比に応じて最適に制御され、動力損失が低減されるとともに伝動ベルトの耐久性が高められている。しかしながら、上記のように伝動ベルトの挟圧力が制御される状況下では、たとえば積雪路や凍結路などの低摩擦路の走行や急な坂路の走行に際して駆動輪がスリップした後、路面とのグリップを急に取り戻した場合には、伝動ベルトのすべりが発生するおそれがあった。すなわち、駆動輪がスリップすると、エンジン、クラッチやトルクコンバータなどの伝動継手、一次側および二次側プーリ、車軸などの回転速度が急激に増大し、その後には運転者は駆動輪をグリップさせようとしてアクセルペダルを戻すため駆動輪がグリップ状態となる。このように駆動輪がグリップ状態となると、それまでの回転が急激に低下するので、その回転の急低下により発生する回転慣性力がエンジンの出力トルクに付加された状態となり、伝動ベルトに大きなトルクが過渡的に加えられることになるのである。
【0004】本発明は以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、駆動輪がスリップした後に路面とのグリップを急に取り戻した場合でも伝動ベルトのすべりを発生させない車両用ベルト式無段変速機の制御装置を提供することにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】斯る目的を達成するための、本発明の要旨とするところは、伝動ベルトが巻き掛けられた一対の可変プーリを備え、それら可変プーリの有効径が変化させられることによりエンジンの回転を無段階に変速して駆動輪へ伝達する車両用ベルト式無段変速機において、入力トルクおよび変速比に応じてその伝動ベルトの挟圧力を制御する形式の車両用ベルト式無段変速機の制御装置であって、(a)前記駆動輪のグリップ状態からスリップ状態への変化を検知する駆動輪摩擦状態変化検知手段と、(b)その駆動輪摩擦状態変化検知手段により前記駆動輪がグリップ状態からスリップ状態へ変化したことが検知された場合には、前記ベルト挟圧力を所定期間一時的に増加させるベルト挟圧力増加手段とを含むことにある。
【0006】
【作用】このようにすれば、駆動輪のグリップ状態からスリップ状態への変化が駆動輪摩擦状態変化検知手段により検知されると、ベルト挟圧力増加手段により、伝動ベルトのベルト挟圧力が所定期間一時的に増加させられる。
【0007】
【発明の効果】したがって、駆動輪がスリップした後のアクセルペダルの戻し操作により、駆動輪が路面とのグリップを急に取り戻した場合において、それまでの回転が急激に低下することにより発生する回転慣性力がエンジンの出力トルクに付加されて伝動ベルトの伝達トルクが急増しても、ベルト挟圧力増加手段により伝動ベルトのベルト挟圧力が所定期間一時的に増加させられているので、伝動ベルトのすべりが好適に防止される。」
(き)「【0041】以上のように駆動輪24がスリップ状態となってフラグF_(1) がセットされると、次のサイクルにおけるステップSA2の判断が肯定されるので、ステップSA6においてフラグF_(2) の内容が「1」であるか否かが判断される。このフラグF_(2) はその内容が「1」であるときに駆動輪24が路面にグリップされようとすること、すなわち駆動輪24の摩擦状態がすべり摩擦状態から静止摩擦状態へ変化しようとすることを示すものである。当初は上記フラグF_(2) の内容が「1」ではなく、ステップSA6の判断が否定されるので、ステップSA7において駆動輪24の回転加速度Gが予め記憶された判断基準値G_(2) より小さいか否かが判断される。この判断基準値G_(2) は、前記判断基準値G_(1) よりも小さい負の値であって、駆動輪24の路面によるグリップの開始を検出するための値である。
【0042】駆動輪24のスリップ状態が継続している間は上記ステップSA7の判断が否定されるので、前記ステップSA5が継続的に実行されるが、アクセルペダルの戻し操作により駆動輪24が路面にグリッップされようとすると、その回転速度N_(FR)が急激に低下して上記ステップSA7の判断が肯定されるので、ステップSA8においてフラグF_(2) の内容が「1」にセットされるとともに、ステップSA9においてタイマTの計時作動が開始された後、上記ステップSA5が継続的に実行される。このため、次のサイクルにおいては、ステップSA2およびSA6の判断が肯定されるので、ステップSA10においてタイマTの計時内容が予め記憶された判断基準値T_(o) より小さいか否かが判断される。この判断基準値T_(o) は、第2ライン油圧Pl_(2)のアップモードの駆動輪24のグリップ開始判断時からの継続時間に対応するものであって、駆動輪24のグリップが終了するまでの期間より十分に大きい値、たとえば数秒程度の値に設定されている。
【0043】タイマTの計時内容が判断基準値To より小さい間は、ステップSA10の判断が肯定されるので、ステップSA5の実行が継続される、しかし、タイマTの計時内容が判断基準値T_(o) に到達すると、ステップSA10の判断が否定されるので、ステップSA11においてフラグF_(1) およびF_(2) の内容がそれぞれ「0」にリセットされた後、ステップSA12において第2ライン油圧通常モードが再び選択される。
【0044】積雪路や凍結路などのような路面摩擦抵抗の低い路面の走行や坂路の走行においては、図10のタイムチャートのA時点に示すようにアクセルペダルの踏込み操作が行われると、それに関連して駆動輪24のスリップが発生する。このような駆動輪24のスリップ開始が電子制御装置110のステップSA3に対応する作動により図10のB時点に示すように検知されると、その電子制御装置110のステップSA5に対応する作動により第3電磁弁108がオン状態とされることにより切換弁310が切り換えられることから、第2ライン油圧Pl_(2)が基本圧P_(mec) よりも高くされて伝動ベルト70のトルク伝達が高められようとする。通常、運転者はそのスリップ状態を解消しようとしてアクセルペダルの戻し操作を行うので、それに関連して駆動輪24の路面によるグリップが開始されて、回転速度N_(FR)の低下やその変化率である回転加速度Gの減少が発生する。このような第2ライン油圧Pl_(2)のアップモードは、電子制御装置110のステップSA7に対応する作動により駆動輪24のグリップ開始が図10のC時点に示すように検知されてから所定の時間To 経過したE時点まで一時的に高められる。
【0045】したがって、本実施例によれば、駆動輪24がスリップした後に路面とのグリップを急に取り戻した場合において、それまでの回転が急激に低下することにより発生する回転慣性力がエンジン10の出力トルクに付加されて伝動ベルト70の伝達トルクが急増しても、第2ライン油圧Pl_(2)により伝動ベルト70のベルト挟圧力が駆動輪24のグリップが完了するまでの期間を十分カバーできる所定期間だけ一時的に増加させられているので、伝動ベルト70のすべりが好適に防止されるのである。
【0046】次に、本発明の他の実施例を説明する。なお、以下の説明において前述の実施例と共通する部分には同一の符号を付して説明を省略する。本実施例では、非駆動輪である車両の後輪の回転速度を検出するために図示しない後輪回転センサが設けられている。図11は、前記電子制御装置110の他の作動を示すフローチャートであり、図8のフローチャートと異なる部分について主に説明する。図のステップSB1では、駆動輪24の回転速度N_(FR)と図示しない非駆動輪の回転速度N_(RR)との差(=N_(FR)-N_(RR))、すなわち回転速度差ΔNが算出される。ステップSB3では、その回転速度差ΔNが予め記憶された一定の判断基準値ΔN_(1) より大きいか否かが判断される。図10のB時点はこの判断時に対応している。この判断基準値ΔN_(1) は、駆動輪24のグリップ状態からスリップ状態へ変化したことを検知するためのものである。また、ステップSB7では、上記回転速度差ΔNが予め記憶された一定の判断基準値ΔN_(2) より小さいか否かが判断される。図10のD時点はこの判断時に対応している。この判断基準値ΔN_(2) は、上記判断基準値ΔN_(1) よりも小さい値であって、駆動輪24の路面に対するグリップの回復完了により駆動輪24のスリップ状態が小さくなったことを判断するためのものである。
【0047】本実施例においても、図10のB時点に示すように駆動輪24のグリップ状態からスリップ状態へ変化したことが検知されると、駆動輪24のグリップ完了判断後T_(1) (<T_(o) )時間経過する図10のE時点まで第2ライン油圧Pl_(2)が所定期間だけ一時的に上昇させられるので、駆動輪24がグリップを取り戻したことにより発生する回転慣性力に基づいて伝動ベルトの伝達トルクが急増しても、伝動ベルト70のすべりが好適に防止される。
【0048】以上、本発明の一実施例を図面に基づいて説明したが、本発明はその他の態様いおいても適用される。たとえば、前述の図8の実施例においては駆動輪24の回転加速度Gに基づいてスリップ状態にある駆動輪24のグリップ状態の開始が検知されていたが、その駆動輪24とともに回転する部材、たとえば、出力軸45、入力軸44などの回転加速度に基づいて検知されてもよいのである。
【0049】また、回転速度差ΔN(=N_(FR)-N_(RR))の変化率が所定の判断基準値を超えた否かに基づいて駆動輪24のグリップの開始が検知されてもよいのである。
【0050】また、前述の図11の実施例においては、ステップSB7により駆動輪24のグリップの完了が判断されてから所定の期間T_(1) 経過するまで第2ライン油圧Pl_(2)が一時的に上昇させられていたが、その期間T_(1) は零とされてもよい。すなわち、ステップSB3による駆動輪24のスリップ開始判断からステップSB7の駆動輪24のグリップ回復完了の判断まで第2ライン油圧Pl_(2)が一時的に上昇させられてもよいのである。」
(2-3)引用例3
特開平6-109113号公報(以下、「引用例3」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(さ)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、無段変速機の変速比制御装置に関するものである。」
(し)「【0035】以下、図5及び図6に示すフローチャートに従って、適宜図2?図4を参照しつつ、コントロールユニットCUによる変速制御の制御方法を説明する。まず、図5に示すメインルーチンについて説明する。なお、このメインルーチンは、所定時間毎に(例えば、20ms毎に)繰り返して実行される。制御が開始されると、ステップ#1で、シフト位置Range(セレクトレンジ)、スロットル開度TVO、プライマリ回転数Np、セカンダリ回転数Ns、エンジン回転数Ne、タービン回転数Nt、油温THO、油圧Poil等の各種信号が制御情報として読み込まれる。次に、ステップ#2で、プライマリプーリ31の定常目標回転数Nps(i)及び過渡目標回転数Npt(i)が演算されるが、これらの演算は、後で説明するように、図6にフローチャート示す目標回転数演算サブルーチンで行なわれるようになっている。
【0036】続いて、ステップ#3で、実際のプライマリ回転数Npの定常目標回転数Nps(i)に対する偏差の絶対値│Nps(i)-Np│が所定値C1以上であるか否かが比較・判定される。ここで、C1は、これよりも上記偏差の絶対値│Nps(i)-Np│が小さい場合にはCVT10がほぼ定常状態にあるとみて差し支えがないような境界値に設定されている。
【0037】そして、ステップ#3で│Nps(i)-Np│<C1であると判定された場合は(No)、プライマリ回転数Npはほぼ定常目標回転数Nps(i)に一致しており、したがってCVT10はほぼ定常状態にあると考えられるので、ステップ#9,#10でプライマリ回転数NpのF/B制御(フィードバック制御)が行なわれる。すなわち、ステップ#9で目標デューティ圧Pdが演算され、続いてステップ#10でかかる目標デューティ圧Pdに対応するデューティ比Dが、所定のマップあるいはテーブルを用いて、油温THO、油圧Poil等に応じて演算され、このデューティ比Dが第1デューティソレノイド51に印加される。かかるF/B制御自体は一般に知られており、また本願の要旨でもないので、その詳しい説明は省略するが、ステップ#9で回転数偏差dnが次の式1により演算され、かかる回転数偏差dnに基づいて普通のPID動作により目標デューティ圧Pdが演算されるようになっている。なお、ステップ#10が実行された後はステップ#1に復帰する。
【数1】
dn=Npt(i)-Np……………………………………………式1
【0038】他方、ステップ#3で、│Nps(i)-Np│≧C1であると判定された場合は(Yes)、CVT10が過渡状態(加速状態または減速状態)にあると考えられるので、基本的にはF/F制御(フィードフォワード制御)が行なわれる。具体的には、まずステップ#4でプライマリ回転数Npの過渡目標回転数Npt(i)に対する偏差の絶対値│Npt(i)-Np│が所定値C2以上であるか否かが比較・判定される。ここで、C2は、正常な状態(制御系がフェイルしていない状態)においては、上記偏差の絶対値│Npt(i)-Np│がこれ以上にはなり得ないような境界値に設定されている。ステップ#4で、│Npt(i)-Np│≧C2であると判定された場合は(Yes)、制御系にフェイルが発生しているものと考えられるので、ステップ#5,#6,#7のフェイル時対処用のルーチンが実行される。制御系がフェイルした場合にF/F制御を行なうと、例えば図10に示すように、プライマリ回転数Npの過渡目標回転数Nptに対する偏差が時間の経過に伴って増加してしまう。そこで、本実施例では、この偏差が前記の所定値C2以上となったときには、この時点から所定時間C3経過後に、制御を強制的にF/F制御からF/B制御に切り替えるようにしている。」
(3)対比
本願発明1と引用例1発明とを比較すると、後者の「ベルト式無段変速機の制御装置」は前者の「無段変速機の制御装置」に相当し、以下同様に、「プライマリ側プーリ」及び「セカンダリ側プーリ」は「回転部材」に、「Vベルト」は「トルク伝達部材」に、「押しつけ力」は「接触圧力」に、それぞれ相当する。後者の「プライマリ側プーリ、セカンダリ側プーリにおいてベルトスリップが発生しない最低限の押し付け力を演算によって求め、この最低限の圧力で制御を行う」と前者の「前記接触圧力を前記回転部材と前記トルク伝達部材との間でのトルクの伝達状態に基づいてフィードバック制御するフィードバック制御手段」とは、「前記接触圧力を前記回転部材と前記トルク伝達部材との間でのトルクの伝達状態に基づいて制御する制御手段」である点で一致する。また、後者の「キックダウンあるいはシフトダウンのような過渡応答時には、プライマリ側とセカンダリ側の押し付け力の差を大きく確保する必要があるため、過渡応答時と判断するとあらかじめ決定しておいた押し付け力に増加させ変速応答性を確保する制御を行う」と前者の「前記無段変速機に掛かるトルクが一時的に増大する外乱状態を判定する外乱判定手段」及び「前記外乱状態が判定された場合に、フィードバック制御を中止するとともにフィードフォワード制御に切り替え、かつ前記接触圧力を前記フィードバック制御による接触圧力より高くする昇圧手段」とは、「前記無段変速機に掛かるトルクが一時的に増大する状態が判定された場合に、高い圧力の制御に切り替える手段」である点で一致する。
したがって、本願発明1の用語に倣って整理すると、両者は、
「回転部材とトルク伝達部材とをトルク伝達可能に直接もしくは間接的に接触させ、その接触圧力に応じてトルク伝達容量が増大する無段変速機の制御装置において、
前記接触圧力を前記回転部材と前記トルク伝達部材との間でのトルクの伝達状態に基づいて制御する制御手段と、
前記無段変速機に掛かるトルクが一時的に増大する状態が判定された場合に、高い圧力の制御に切り替える手段と
を備えている無段変速機の制御装置。」である点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]
本願発明1は、「前記接触圧力を前記回転部材と前記トルク伝達部材との間でのトルクの伝達状態に基づいてフィードバック制御するフィードバック制御手段」を備えているのに対し、引用例1発明は、「プライマリ側プーリ、セカンダリ側プーリにおいてベルトスリップが発生しない最低限の押し付け力を演算によって求め、この最低限の圧力で制御を行う」ものである点。
[相違点2]
本願発明1は、「前記無段変速機に掛かるトルクが一時的に増大する外乱状態を判定する外乱判定手段と、前記外乱状態が判定された場合に、フィードバック制御を中止するとともにフィードフォワード制御に切り替え、かつ前記接触圧力を前記フィードバック制御による接触圧力より高くする昇圧手段とを備え」ているのに対して、引用例1発明は、「キックダウンあるいはシフトダウンのような過渡応答時には、プライマリ側とセカンダリ側の押し付け力の差を大きく確保する必要があるため、過渡応答時と判断するとあらかじめ決定しておいた押し付け力に増加させ変速応答性を確保する制御を行う」ものである点。
[相違点3]
本願発明1は、「前記外乱判定手段が前記外乱状態を判定しなくなったときに、前記昇圧手段によって高くした接触圧力を低下させる復帰手段を更に備えている」のに対し、引用例1発明は、そのような手段を備えているかどうか、不明である点。
(4)判断
(4-1)相違点1について
引用例1発明は、プライマリ側プーリ、セカンダリ側プーリにおいてベルトスリップが発生しない最低限の押し付け力を演算によって求め、この最低限の圧力で制御を行っているが、この制御がフィードバック制御かどうかは明確でない。しかし、この場合の制御は、キックダウンあるいはシフトダウンのような過渡応答時であると判断されていない場合に行なわれる制御であること、また、上記(い)(う)に摘記したように、引用例1には、プーリへの供給油圧をフィードバック制御することが示されており、このような制御自体は周知であること、以上からすると、引用例1発明の上記の制御をフィードバック制御とすることは、適宜の設計的事項ないし通常採用される事項にすぎない。
(4-2)相違点2について
引用例1発明は、「キックダウンあるいはシフトダウンのような過渡応答時には、プライマリ側とセカンダリ側の押し付け力の差を大きく確保する必要があるため、過渡応答時と判断するとあらかじめ決定しておいた押し付け力に増加させ変速応答性を確保する制御を行う」ものである。
本願明細書の「【0034】その状態で、挟圧力の制御に対して外乱となる状態が生じているか否かが判断される。その外乱状態とは、挟圧力の制御で想定されているトルクの作用状態とは異なるトルクの作用状態と言うことができ、これを例示すれば、以下のとおりである。」、「【0037】シフト判断の有無がチェックされる(ステップS3)。このシフト判断は、手動操作に基づく変速の判断であり、特にダウンシフトの判断である。…」、「【0042】上記のステップS1ないしステップS6のいずれか一つでも判断が成立しているか否かが判断される(ステップS7)。…」、「【0049】一方、前述したステップS1ないしステップS6のいずれかにおける判断が成立していることにより、ステップS7で肯定的に判断された場合、すなわちベルト15の挟圧力の制御に対する外乱が生じている場合(もしくは外乱が生じることが予想される場合)には、ベルト15の挟圧力についての第2のフィードフォワード(FF)制御(挟圧力アップ制御)が実行される(ステップS13)。したがってその直前にフィードバック制御が実行されている場合には、そのフィードバック制御が中止される。」等の記載によれば、「キックダウンあるいはシフトダウンのような過渡応答時」は「前記無段変速機に掛かるトルクが一時的に増大する外乱状態」であるといえる。
引用例1発明における「過渡応答時と判断するとあらかじめ決定しておいた押し付け力に増加させ変速応答性を確保する制御」がどのような制御かは必ずしも明確に特定されていないが、(a)引用例1発明は、過渡応答時と判断すると、「最低限の圧力で制御を行う」のではなく、「あらかじめ決定しておいた押し付け力に増加させ変速応答性を確保する制御を行う」のであるから、上記の制御はフィードフォワード制御を示唆しているともいえること、(b)上記に摘記したように、引用例2には、駆動輪がグリップ状態からスリップ状態へ変化したことが検知された場合には、ベルト挟圧力を所定期間一時的に増加させること、すなわち、所定の場合にフィードフォワード制御を行うことが、また、引用例3には、無段変速機の変速比制御に関するものではあるが、ほぼ定常状態にあるときはフィードバック制御を行い、過渡状態(加速状態または減速状態)にあるときにはフィードフォワード制御を行うことが、それぞれ示されているとともに、このような制御態様は周知であるともいえること、以上からすると、引用例1発明の上記制御をフィードフォワード制御とすることは、当業者が容易に想到し得たものと認められる。
なお、請求人は審判請求の理由において、「外乱状態」に関して、「一方、本願発明は、駆動輪がスリップした場合や段差を乗り越える場合などの外乱状態にも対応することができる無段変速機の油圧制御であるので、…」と主張している。「対応することができる」としても、本願発明1において、その「外乱状態」が「駆動輪がスリップした場合や段差を乗り越える場合に特定されているものではない。仮にそのような場合に特定されているとしても、引用例2には、積雪路や凍結路などの低摩擦路の走行や急な坂路の走行に際して駆動輪がスリップした後、路面とのグリップを急に取り戻した場合には、伝動ベルトのすべりが発生するおそれがあること、及び、駆動輪がグリップ状態からスリップ状態へ変化したことが検知された場合には、前記ベルト挟圧力を所定期間一時的に増加させることが示されており、引用例1発明において、キックダウンあるいはシフトダウンのような過渡応答時以外に、プライマリ側とセカンダリ側の押し付け力の差を大きく確保する必要があるような場合にも、あらかじめ決定しておいた押し付け力に増加させるように構成することは、当業者が容易に想到し得たものと認められる。
(4-3)相違点3について
引用例1発明における「最低限の圧力」での制御をフィードバック制御とすること、及び、引用例1発明における「過渡応答時」等と判断したときの制御をフィードフォワード制御とすることが、当業者が容易に想到し得たものと認められることは、上述したとおりである。
引用例1発明における「過渡応答時」と判断したときの制御は、「あらかじめ決定しておいた押し付け力に増加させ」る制御であるから、その「過渡応答時」が終了して「最低限の圧力」での制御に戻る場合に、「増加させ」た「押し付け力」を「最低限の圧力」に低下させるべきことは、当業者に自明ないし技術合理的・必然的である。このようなことは、上記(き)(特に【0044】、【0047】)に摘記したとおり、引用例2にも示されている。
請求人は、審判請求の理由において、「また、刊行物2には、一旦スリップが生じた後にグリップ力が回復した場合に、無段変速機のベルトの滑りを防止することを目的として、グリップ状態からスリップ状態への変化が検知されたら、ベルトの挟圧力を所定時間、一時的に増加させる制御装置が記載されています。その制御の具体的な内容は、エンジンの駆動状態に基づいて、もしくは無段変速機に入力される動力に基づいて、挟圧力を求め、これを挟圧力の指令値として出力しています。また、グリップ開始時を検出したらグリップ力が完全に回復すると推定される時間のタイマーをセットし、そのタイマーをセットされた期間、挟圧力を上昇させるように構成されています。一方、本願発明は、外乱判定手段によって外乱状態が判定しなくなったときに、接触圧力を低下させる復帰手段を備えています。したがって、刊行物2に記載された装置では、挟圧力を高くしている期間を時間で判断しているために、グリップ力が回復した後も挟圧力が高く維持されている可能性がありますが、本願発明は、外乱状態が判定しなくなったときに挟圧力を低下させることができます。その結果、刊行物2に記載された発明は、本願発明と比較して挟圧力が高くなる期間が長くなる可能性があり、車両の燃費が低下してしまう可能性があります。したがって、刊行物2に記載された発明と本願発明とは、挟圧力が高く設定される期間の終了時点が異なっていますので、本願発明は刊行物2に記載のない構成を備え、その結果、刊行物2に記載のない効果を奏します。また、刊行物2には、挟圧力を昇圧させている期間についての記載はあるものの、その昇圧された挟圧力の『復帰手段』については何ら記載はなく、少なくとも本願請求項3ないし5に記載されたような『復帰制御』の具体的な構成については記載されていません。そのため、本願発明は、刊行物2に記載のない構成を有していますので、刊行物2の発明に基づいて本願発明を容易に想到することができたとは到底言い得ません。」と主張する。
しかし、例えば、「刊行物2に記載された装置では、挟圧力を高くしている期間を時間で判断しているために、グリップ力が回復した後も挟圧力が高く維持されている可能性がありますが、本願発明は、外乱状態が判定しなくなったときに挟圧力を低下させることができます。」との上記主張に関して、本願明細書の【0060】には「駆動輪18の回転速度が車速に相当する回転速度まで低下すると、駆動輪18と従動輪との回転速度が一致し、その回転速度差の微分値がゼロになる(t4 時点)。…その後のt5 時点にいわゆる外乱状態が終了したことの判断が成立し、挟圧力のフィードバック制御に復帰される。」との説明があり、t4時点とt5時点との間に時間経過があるとともに、その時間経過の意義やどのようにして設定するのかについて特に説明されておらず、「外乱判定手段が前記外乱状態を判定しなくなったとき」がいつなのか、必ずしも明確でない。また、本願明細書には「【0042】…外乱状態が生じていないことにより、あるいは予測されていないことにより、ステップS7で否定的に判断された場合には、挟圧力の昇圧に必要な期間(挟圧力アップ必要期間)が経過したか否かが判断される(ステップS8)。」との説明があり、上記の主張と必ずしも整合していない。また、引用例2には、「【0050】…その期間T_(1) は零とされてもよい。…」と記載されているとともに、一般に、過渡状態が終了したと判断された場合に即座に通常時の制御に戻すか、いくらかの時間遅れをもって戻すかは、判断の精度や安全性等を考慮して適宜設計する事項にすぎない。
そして、本願発明1の作用効果は、引用例1?3に記載された発明に基づいて当業者が予測し得る程度のものである。
(5)むすび
以上のとおり、本願発明1は、引用例1?3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4.結論
以上述べたように本願発明1が特許を受けることができないものである以上、本願発明2?5について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-01-13 
結審通知日 2012-01-17 
審決日 2012-02-09 
出願番号 特願2001-223632(P2001-223632)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16H)
P 1 8・ 571- Z (F16H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小野 孝朗中野 宏和  
特許庁審判長 山岸 利治
特許庁審判官 倉田 和博
常盤 務
発明の名称 無段変速機の制御装置  
代理人 渡邉 丈夫  

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