• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特174条1項 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 H05B
管理番号 1254268
審判番号 不服2010-20042  
総通号数 149 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-05-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-09-06 
確定日 2012-03-21 
事件の表示 特願2003-168294「ディスプレイ用有機発光素子及びその製造法」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 6月 3日出願公開、特開2004-158429〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2003年6月12日(パリ条約による優先権主張 2002年11月16日 欧州特許庁)の出願(特願2003-168294号)であって、平成19年8月27日付けで拒絶理由が通知され、同年12月28日付けで意見書が提出されるとともに、同日付けで手続補正がなされ、平成20年4月28日付けで拒絶理由(最後)が通知され、同年8月7日付けで意見書が提出されるとともに、同日付けで手続補正がなされ、平成22年4月23日付けで平成20年8月7日付けの手続補正に対する補正の却下の決定がなされるとともに、同日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、同年9月6日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、同日付けで手続補正がなされたものである。
その後、当審において平成23年5月31日付けで回答書提出の期限を指定して審尋をしたが、当該回答書提出の期限内に回答書は提出されなかった。

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明は、平成22年9月6日付け手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「基板上に正極層の形成段階と、該正極層から離隔して配置する負極接触層の形成段階と、発光層の形成段階と、電子注入層と導電層とを含む負極の形成段階とを含む有機発光素子の製造法において、
前記発光層は前記正極層上にだけ形成され、
前記電子注入層は、前記発光層上、及び、前記正極層と前記負極接触層との間に、該負極接触層に接触しないように形成され、
前記電子注入層だけでなく、前記負極接触層の少なくとも一部分と直接接触するように前記負極接触層にまで延びて形成されることを特徴とするディスプレイ用有機発光素子の製造法。」

第3 特許法第17条の2の違反について
1 原審における拒絶理由の概要
原査定の拒絶理由における特許法第17条の2の違反の拒絶理由は、「平成19年12月28日付けでした手続補正は、下記の点で願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。」とするもので、「下記の点」として次の事項が記載されている。
「補正がなされた明細書又は図面における請求項1、2、14、15には『...電子注入層は...前記発光層上、及び、前記正極層と前記負極接触層との間に、該負極接触層に接触しないように形成され...』と記載されているが、当初明細書又は図面のいずれの箇所の記載を参酌しても、そのようなことに該当する記載はなく、また、当初明細書等の記載から自明な事項であるとも認められない。よって、上記補正は新規事項を追加するものである。
また、補正がなされた図2及び図3についても、当初明細書又は図面のいずれの箇所の記載を参酌しても、そのようなことに該当する記載はなく、また、当初明細書等の記載から自明な事項であるとも認められない。よって、上記補正も新規事項を追加するものである。」

2 平成19年12月28日付けの手続補正及びその後の手続補正
(1)平成19年12月28日付けの手続補正は、明細書の特許請求の範囲及び図面を次のように補正するものである。
ア 特許請求の範囲(下線部は補正箇所を示す。)
「【請求項1】
基板上に正極層と、発光層と、電子注入層と導電層とを含む負極とが順に形成されている共に、前記基板上に前記正極層から離隔して形成され、かつ、前記負極と画面駆動のための電気システムを電気的に連結する負極接触層とを含むディスプレイ用有機発光素子において、
前記発光層は前記正極層上にだけ形成され、
前記電子注入層は、前記発光層上、及び、前記正極層と前記負極接触層との間に、該負極接触層に接触しないように形成され、
前記負極の導電層は前記電子注入層上だけでなく、前記負極接触層の少なくとも一部分と直接接触するように前記負極接触層にまで延びて形成されていることを特徴とするディスプレイ用有機発光素子。
【請求項2】
基板上に正極層と、発光層と、電子注入層と導電層とを含む負極とが順に形成されている共に、前記基板上に前記正極層から離隔して形成され、かつ、前記負極と画面駆動のための電気システムを電気的に連結する負極接触層とを含むディスプレイ用有機発光素子において、
前記発光層は前記正極層上にだけ形成され、
前記電子注入層は、前記発光層上、及び、前記正極層と前記負極接触層との間に、該負極接触層に接触しないように形成され、
前記負極接触層、前記電子注入層及び前記負極の導電層の上にこれらの層と直接接触し、導電性物質より形成された連結層をさらに含むことを特徴とするディスプレイ用有機発光素子。
【請求項3】
前記連結層は銅または金より形成されたことを特徴とする請求項2に記載のディスプレイ用有機発光素子。
【請求項4】
前記電子注入層はフッ化リチウム、バリウム、カルシウム、酸化バリウム、酸化カルシウムよりなる群から選択された少なくともいずれか一つより形成されたことを特徴とする請求項1あるいは2に記載のディスプレイ用有機発光素子。
【請求項5】
前記発光層は発光ポリマーより形成されたことを特徴とする請求項1あるいは2に記載のディスプレイ用有機発光素子。
【請求項6】
前記発光ポリマーはポリフェニレンビニレン系またはポリフルオレン系であることを特徴とする請求項5に記載のディスプレイ用有機発光素子。
【請求項7】
前記発光層はポリエチレンジオキシチオフェンと発光ポリマーとより形成されたことを特徴とする請求項1あるいは2に記載のディスプレイ用有機発光素子。
【請求項8】
前記発光ポリマーはパラフェニレンビニレンであることを特徴とする請求項7に記載のディスプレイ用有機発光素子。
【請求項9】
前記発光層はホール注入層と、光放出電子伝導層より形成されたことを特徴とする請求項1あるいは2に記載のディスプレイ用有機発光素子。
【請求項10】
前記ホール注入層はN,N’-ジ(ナフタレン-1-イル)-N,N’-ジフェニル-ベンジジンであり、前記光放出電子伝導層は8-ヒドロキシキノリンアルミニウムであることを特徴とする請求項9に記載のディスプレイ用有機発光素子。
【請求項11】
前記導電層はアルミニウムまたは銀より形成されたことを特徴とする請求項1あるいは2に記載のディスプレイ用有機発光素子。
【請求項12】
前記正極層はITOより形成されたことを特徴とする請求項1あるいは2に記載のディスプレイ用有機発光素子。
【請求項13】
前記負極接触層はITOより形成されたことを特徴とする請求項1あるいは2に記載のディスプレイ用有機発光素子。
【請求項14】
基板上に正極層の形成段階と、該正極層から離隔して配置する負極接触層の形成段階と、発光層の形成段階と、電子注入層と導電層とを含む負極の形成段階とを含む有機発光素子の製造法において、
前記発光層は前記正極層上にだけ形成され、
前記電子注入層は、前記発光層上、及び、前記正極層と前記負極接触層との間に、該負極接触層に接触しないように形成され、
前記電子注入層だけでなく、前記負極接触層の少なくとも一部分と直接接触するように前記負極接触層にまで延びて形成されることを特徴とするディスプレイ用有機発光素子の製造法。
【請求項15】
基板上に正極層の形成段階と、該正極層から離隔して配置する負極接触層の形成段階と、発光層の形成段階と、電子注入層と導電層とを含む負極の形成段階とを含む有機発光素子の製造法において、
前記発光層は前記正極層上にだけ形成され、
前記電子注入層は、前記発光層上、及び、前記正極層と前記負極接触層との間に、該負極接触層に接触しないように形成され、
前記負極接触層と前記電子注入層と前記負極の導電層の上にこれらの層と直接接触し、導電性物質より形成された連結層の形成段階をさらに含むことを特徴とするディスプレイ用有機発光素子の製造法。
【請求項16】
前記負極接触層上に電子注入層及び/または導電層が形成されることはシャドウマスクで覆い包むことにより防止されることを特徴とする請求項14あるいは15に記載のディスプレイ用有機発光素子の製造法。
【請求項17】
前記連結層はシャドウマスクを利用して形成されたことを特徴とする請求項15に記載のディスプレイ用有機発光素子の製造法。 」

イ 図面
「【図1】

【図2】

【図3】



(2)その後の手続補正について
その後、平成20年8月7日付けの手続補正により明細書の特許請求の範囲及び図面が補正されたが、平成20年8月7日付けの手続補正に対しては、補正の却下の決定がなされ、さらに、平成22年9月6日付けの手続補正により明細書の特許請求の範囲についてする補正のみがなされた。この補正は、特許請求の範囲について、補正前の請求項1ないし13及び請求項15ないし17を削除し、補正前の請求項14を新たな請求項1(上記「第2 本願発明」において記載されたもの)とする補正である。
よって、現在の特許請求の範囲は、「第2 本願発明」に記載された請求項1のみであり、また、現在の図面は、平成19年12月28日付けの手続補正により補正された図面(上記(1)の「イ」に記載された図面)である。

3 願書に最初に添付された明細書及び図面の記載
平成19年12月28日付けの手続補正の補正事項に関連した記載として願書に最初に添付された明細書及び図面(以下、それぞれ、「当初明細書」及び「当初図面」という。)には次の事項が記載されている。
(1)当初明細書の発明の詳細な説明
「【0016】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は前記問題点を解決するためのものであり、負極と負極接触層間の接触抵抗を下げ、同容量を保持しつつも電力供給は減らせるディスプレイ用OLED及びその製造法を提供するところにその目的がある。
【0017】
【課題を解決するための手段】
本発明の一側面によるディスプレイ用OLEDは、正極層と、発光層と、電子注入層と導電層とを含む負極と、前記負極と画面駆動のための電気システムを電気的に連結する負極接触層とを含み、前記負極の導電層は前記負極接触層の少なくとも一部分と直接接触することを特徴とする。」

「【0031】
【発明の実施の形態】
以下、添付された図面を参照して本発明の望ましい実施例を詳細に説明する。
【0032】
多重層の負極はアルミニウムより構成された単一層の負極と比較する時、ITOに対してさらに高まった接触抵抗を有する。もしアルミニウム(500nm)より形成された単一層負極のITOに対する相対的な接触抵抗を100%とするなら、リチウムクロライド/カルシウム/アルミニウム(1nm/10nm/500nm)より形成された負極の相対的な接触抵抗は111%になり、リチウムクロライド/アルミニウム(1nm/500nm)より形成された負極の相対的な接触抵抗は695%になり、カルシウム/アルミニウム(10nm/500nm)より形成された負極の相対的な接触抵抗は157%となる。
【0033】
上記の通りに電子注入層を有する多重層の負極がさらに高い接触抵抗を有する理由は、基板上または蒸発設備内に残存する酸素によりカルシウムまたはバリウムが酸化して結果的に電気絶縁体になるという事実に起因する。
【0034】
ところで、リチウムクロライド及び/またはカルシウム及び/またはバリウムの機能は電子を発光層内に注入することなので、たとえ電気絶縁体であるとしてもなくてはならない。従って、一方では電子注入層を使用し、他の一方では負極と負極接触層間の相対的な接触抵抗を最大限下げねばならない。かかる目的を達成するために、リチウムフルオライド、酸化バリウムまたは酸化カルシウムのような電気絶縁体により負極接触層が覆い包まれないようにしなければならない。
【0035】
図2には本発明の一実施例により負極の導電層が負極接触層に直接接触するOLEDを概略的に示した断面図が示されている。ここで、図1に示された参照符号と同じ参照符号は同じ構成及び作用を有する同一部材を示す。
【0036】
図面を参照すれば、基板1上に正極層2が配され、この正極層2上に画素表面を示す発光層3が配される。かかる発光層3は、例えばポリフェニレンビニレン系またはポリフルオレン系のような発光ポリマーより形成されるか、またはポリエチレンジオキシチオフェンと、パラフェニレンビニレンのような発光ポリマーとより形成されうる。また、前記発光層3は、例えばN,N’-ジ(ナフタレン-1-イル)-N,N’-ジフェニル-ベンジジンのようなホール注入層と、8-ヒドロキシキノリンアルミニウムのような光放出電子伝導層とより形成されもする。一方、負極接触層7が前記正極層2に接触せずに基板1上に配される。例えば、リチウムコロオライド、酸化カルシウムまたは酸化バリウムのような絶縁層より形成された電子注入層4が単純に発光層3の領域にだけ配される。例えば、アルミニウムより形成された負極の導電層5が前記電子注入層4の上に配され、前記負極接触層7の少なくとも一部分と直接接触する。FPC6が導電層5により覆われない負極接触層7の部分上に配される。
【0037】
上記の通りに構成された本発明の実施例によれば、負極接触層7と負極間の相対的に高い接触抵抗を下げるために、リチウムフルオライドまたは酸化カルシウムまたは酸化バリウムのような電気絶縁層(電子注入層)により負極接触層7が覆われることが防止され、導電層5と負極接触層7とは直接接触する。
【0038】
これは各負極4,5が熱により蒸発する間に多様なシャドウマスク、例えばリチウムコロオライドまたはカルシウムなどのような電子注入層4用第1マスクと、アルミニウムまたは銀のような導電層5用第2マスクの使用により実現されうる。
【0039】
最初の蒸発段階において、リチウムフルオライドとカルシウムは単にOLEDの発光層3上にだけ蒸発される。負極接触層7上にリチウムコロオライドまたはカルシウムが形成されることはシャドウマスクで負極接触層7を覆うことにより防止される。その次の段階において、他のシャドウマスクを利用してアルミニウムまたは銀を、図2に示されたように負極接触層7の一部分だけではなく発光層3上に形成させる。かかる方法で、負極接触層7と導電層5間に直接電気接触が成立し、相対的に下がった接触抵抗を有させる。
【0040】
図3には本発明の他の実施例により導電性の物質よりなって負極接触層だけではなく負極の導電層とも直接接触する連結層をさらに備えるOLEDの概略的断面図が示されている。ここで、図1に示された参照符号と同じ参照符号は同じ構成及び作用を有する同一部材を示す。
【0041】
図面を参照すれば、OLEDは基板1上に配された正極層2と、この正極層2から離隔されて分離された負極接触層7とより構成される。前記正極層2上に発光層3が配される。前記発光層3上に電子注入層4と導電層5とが配される。
【0042】
上記の通りに構成された実施例にて、電子注入層4と導電層5用シャドウマスクと前記電子注入層4と導電層5とが負極接触層7とは接触しないようにする。
【0043】
ここで、本発明の一特徴によれば、伝導性材質より構成された連結層8が負極接触層7だけではなく導電層5上に配され、導電層5と負極接触層7とを電気的に接触させる。かように導電層5と負極接触層7とを電気的に連結する連結層8は負極接触層7だけではなく負極の導電層5に対して小さな電気接触抵抗を有するために、電気的に高電導材質より形成される。前記連結層8は、例えば銅または金より構成されうる。かかる方法で、負極接触層7と(電子注入層4と導電層5とより構成された)負極の接触抵抗は相対的に下がる。」

(イ)当初図面
「【図1】

【図2】

【図3】



4 当審の判断(請求人の主張を踏まえて)
(1)原審における拒絶理由において指摘された、平成19年12月28日付けの手続補正により補正された請求項1、2、14、15に記載の「電子注入層は、前記発光層上、及び、前記正極層と前記負極接触層との間に、該負極接触層に接触しないように形成され」、並びに、図面の【図2】及び【図3】について、これらの記載事項(以下「拒絶理由対象補正事項」という。)が、当初明細書及び当初図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであるかについて検討する。

(2)上記の拒絶理由対象補正事項が、当初明細書又は当初図面に直接的に記載された事項でないことは、上記「3 願書に最初に添付された明細書及び図面の記載」から明らかである。

(3)この点について、請求人は審判請求書において、
「『前記電子注入層は、前記発光層上、及び、前記正極層と前記負極接触層との間に、該負極接触層に接触しないように形成され』との記載について
本願の課題は、段落[0016]に記載の通り、負極と負極接触層間の接触抵抗を下げ、同容量を保持しつつも電力供給は減らせるディスプレイ用OLED及びその製造法を提供することである。そして、段落[0037]には、『負極接触層7と負極間の相対的に高い接触抵抗を下げるために、リチウムフルオライドまたは酸化カルシウムまたは酸化バリウムのような電気絶縁層(電子注入層)により負極接触層7が覆われることが防止され、導電層5と負極接触層7とは直接接触する』との旨を開示している。
これらの開示内容から、『前記電子注入層は、前記発光層上、及び、前記正極層と前記負極接触層との間に、該負極接触層に接触しないように形成され』との構成は、当初明細書等の記載から自明な事項であることは明らかであると思量する。」
と主張する。
しかしながら、当初明細書の上記【0016】と【0037】に記載されているのは、負極と負極接触層間の接触抵抗を下げるという課題とその課題解決のために、「導電層5と負極接触層7とは直接接触する」という構成を採用することのみ、すなわち、導電層5と負極接触層7の関係についてのみであり、「電子注入層」については何らの事項も記載されていない。したがって、「電子注入層」が「前記正極層と前記負極接触層との間に、該負極接触層に接触しないように形成され」ることについては全く記載されておらず、示唆もされていないから、これが、当初明細書の【0016】と【0037】の記載から自明な事項であるとは到底いうことができない。

(4)また、請求人(出願人)が平成19年12月28日付けの手続補正と同時に提出された意見書において、補正の根拠として当初明細書の【0016】【0039】【0043】を挙げている。
【0016】の記載事項が、補正の根拠となり得ないことについては上記(3)に述べたとおりである。
【0039】には、「最初の蒸発段階において、リチウムフルオライドとカルシウムは単にOLEDの発光層3上にだけ蒸発される。」(この記載を以下「記載1」という。)と記載されている。ここで、「リチウムフルオライドとカルシウム」は「電子注入層」を意味している(【0038】の記載参照)から、この記載1は「電子注入層」が「発光層3上にだけ」形成されることを意味しており、むしろ、「電子注入層」が「前記正極層と前記負極接触層との間に、・・・形成され」ることとは矛盾している記載である。また、記載1に続けて「負極接触層7上にリチウムコロオライドまたはカルシウムが形成されることはシャドウマスクで負極接触層7を覆うことにより防止される。」(この記載を以下「記載2」という。)と記載されているが、上記の記載1と記載2はそれぞれ独立したものではなく、当然に、記載2は記載1の「リチウムフルオライドとカルシウムは単にOLEDの発光層3上にだけ蒸発される」こと、すなわち、「電子注入層が発光層3上にだけに形成されている」ことを前提とした記載であるから、記載2によっても、「前記正極層と前記負極接触層との間に、・・・形成され」るということができないことは明らかである。以上のとおりであるから、【0039】の記載事項についても、補正の根拠となり得ない。
また、【0043】には「連結層8」について記載されており、【0043】の記載事項が補正の根拠となり得ないことは明らかである。

(5)以上のとおりであるから、拒絶理由対象補正事項は、当初明細書及び当初図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであるということができ、平成19年12月28日付けの手続補正による補正が、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてした補正であるということはできない。

5 まとめ
よって、平成19年12月28日付けの手続補正による補正は、特許法第17条の2第3項の規定に違反するものであり、また、その後の手続(平成22年9月6日付けの手続補正等)によっても解消されていないから、本願は拒絶すべきものである。

第4 特許法第36条第4項第1号の違反について
ここで、重畳的判断となるが、原審の拒絶理由である特許法第36条第4項第1号の違反についても検討する。

1 原審における拒絶理由の概要
原査定の拒絶理由における特許法第36条第4項第1号の違反の拒絶理由は、「この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。」とするもので、「下記の点」として次の事項が記載されている。
「請求項1には「正極層...負極の導電層...有機発光素子」と記載されており、本願の明細書の段落【0036】や図2等にその実施の形態が記載されているものと解するが、例えば、本願の図2を参酌すると、正極層2と負極の導電層5は接触しており、正極層2と負極の導電層5の間に電圧を印加してもショートするので有機発光素子は発光しないものと認められる。そして、正極層2と負極の導電層5とが接触する状況を如何に回避し得るものか、本願の明細書の発明の詳細な説明を参酌しても不明であり、本請求項1に係る発明を実施するためには、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や高度な実験が必要であると認められる。よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。」

2 請求人(出願人)の主張
これに対して、請求人(出願人)は、平成19年12月28日付けの手続補正と同時に提出された意見書において、上記の拒絶理由が平成19年12月28日付けの手続補正による補正によって解消した旨を主張する。

3 当審の判断
平成19年12月28日付けの手続補正による補正により、【図2】は、補正前の正極層2と負極の導電層5’が接触するものから、正極層2と負極の電子注入層4’が接触するものへと補正された。
しかしながら、補正後の【図2】においても、正極層2と導電層5’とが電子注入層4’の一部を介して接続される経路が存在しており、当該経路と、正極層2-発光層3-電子注入層4’-導電層5’の経路では、前者の抵抗値が低いので、正極層2と負極の導電層5の間に電圧を印加しても、前者の経路に迂回してしまい、発光層3の有機発光素子は発光せず、また、前者の経路中の電子注入層4’の一部に電流が集中して破壊される恐れもある。よって、補正後においても、発明の実施は困難であるといえる。
すなわち、平成19年12月28日付けの手続補正による補正によっても、上記の原審の拒絶理由は解消されておらず、本願明細書の発明の詳細な説明及び図面は当業者が請求項1に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。

4 まとめ
よって、本願は特許法第36条第4項第1号の規定に違反しており、拒絶すべきものである。

第5 結言
以上のとおり、本願は、特許法第17条の2の規定に違反しており、また、第36条第4項第1号の規定に違反しているから、拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-10-20 
結審通知日 2011-10-25 
審決日 2011-11-09 
出願番号 特願2003-168294(P2003-168294)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (H05B)
P 1 8・ 55- Z (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 池田 博一  
特許庁審判長 神 悦彦
特許庁審判官 森林 克郎
橋本 直明
発明の名称 ディスプレイ用有機発光素子及びその製造法  
代理人 佐伯 義文  
代理人 渡邊 隆  
代理人 村山 靖彦  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ