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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A21D
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A21D
管理番号 1255643
審判番号 不服2009-9078  
総通号数 150 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-06-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-04-27 
確定日 2012-04-18 
事件の表示 特願2004-546547「封入された機能性ベーカリー成分」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 5月 6日国際公開,WO2004/037004,平成18年 2月 2日国内公表,特表2006-503577〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,2003年10月22日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2002年10月22日,欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって,平成17年8月9日付けで手続補正書が提出され,平成19年12月18日付けの拒絶理由通知に対して,平成20年4月21日に意見書が提出され,その後,平成21年1月22日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,平成21年4月27日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに,平成21年5月13日付けで手続補正がなされたものである。

第2 平成21年5月13日付けの手続補正についての補正の却下の決定
1 補正の却下の決定の結論
平成21年5月13日付けの手続補正を却下する。

2 理由
(1)補正の内容
平成21年5月13日付けの手続補正(以下,「本件補正」という。)は,補正前の特許請求の範囲の請求項1である,
「ドウの調製に使用するために好適な顆粒を含む組成物であって,前記顆粒は,30?500μmの範囲内の平均直径を有し,かつ
a.1種またはそれ以上の酵素を含有し,少なくとも5μmの直径を有する親水性コア,および
b.少なくとも30℃のスリップ融点を有するトリグリセリド油脂少なくとも50重量%,並びにモノグリセリド,ジグリセリド,モノおよび/またはジグリセリドのジアセチル酒石酸エステル(datem),ステアリル-ラクチレートおよびそれらの組み合わせからなる群の中から選ばれる放出剤少なくとも1重量%を含有し,前記コアを封入する親油性の実質的に連続した層
を備え,
粒状形態にある1種またはそれ以上のベーカリー成分をさらに含み,前記1種またはそれ以上のベーカリー成分が,レドックス剤,乳化剤,ヒドロコロイド,小麦粉,塩,麦芽粉,麦芽エキス,グルテンおよびスターチからなる群の中から選ばれる
組成物。」
を,
「ドウの調製に使用するために好適な顆粒を含む組成物であって,前記顆粒は,30?500μmの範囲内の平均直径を有し,かつ
a.1種またはそれ以上の酵素を含有し,少なくとも5μmの直径を有する親水性コア,および
b.少なくとも30℃のスリップ融点を有するトリグリセリド油脂60?98重量%,並びにモノグリセリド,ジグリセリド,モノおよび/またはジグリセリドのジアセチル酒石酸エステル(datem),ステアリル-ラクチレートおよびそれらの組み合わせからなる群の中から選ばれる放出剤2?40重量%を含有し,前記コアを封入する親油性の実質的に連続した層
を備え,
粒状形態にある1種またはそれ以上のベーカリー成分をさらに含み,前記1種またはそれ以上のベーカリー成分が,レドックス剤,乳化剤,ヒドロコロイド,小麦粉,塩,麦芽粉,麦芽エキス,グルテンおよびスターチからなる群の中から選ばれる
組成物。」に補正することを含むものである。(なお,下線は補正箇所を示す。)

(2)補正の適否
上記補正は,補正前の「少なくとも50重量%」及び「少なくとも1重量%」を,それぞれ「60?98重量%」及び「2?40重量%」とするものであって,該補正は,願書に最初に添付した明細書の記載からみて新規事項を追加するものではなく,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下,「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第3項の規定に適合するものであり,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから,平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下,「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する特許法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(3)独立特許要件の検討
ア 本願補正発明
「ドウの調製に使用するために好適な顆粒を含む組成物であって,前記顆粒は,30?500μmの範囲内の平均直径を有し,かつ
a.1種またはそれ以上の酵素を含有し,少なくとも5μmの直径を有する親水性コア,および
b.少なくとも30℃のスリップ融点を有するトリグリセリド油脂60?98重量%,並びにモノグリセリド,ジグリセリド,モノおよび/またはジグリセリドのジアセチル酒石酸エステル(datem),ステアリル-ラクチレートおよびそれらの組み合わせからなる群の中から選ばれる放出剤2?40重量%を含有し,前記コアを封入する親油性の実質的に連続した層
を備え,
粒状形態にある1種またはそれ以上のベーカリー成分をさらに含み,前記1種またはそれ以上のベーカリー成分が,レドックス剤,乳化剤,ヒドロコロイド,小麦粉,塩,麦芽粉,麦芽エキス,グルテンおよびスターチからなる群の中から選ばれる
組成物。」

イ 刊行物1に記載された事項
原査定で引用され,本願優先権主張日前に外国において頒布された刊行物である「国際公開第99/08553号」(以下,「刊行物1」という。)には,以下の事項が記載されている。
(なお,下記の記載内容にうち,(刊1-2)以外は,当審の翻訳による。((刊1-2)は,審判請求書による。);また,下線は当審にて付与したものである。以下,同様である。)

(刊1-1)「上記食品添加物が,本発明によりもたらされる食品系の他の成分の望ましくない効果を避ける或いは阻止するために,食品システム加工中の事前に選択した時点までコントロールした態様で食品添加物の作用を延ばすことが望ましいことが理解される。したがって,食用組成物は,カプセル化食品添加物として,抗酸化剤,甘味料,香味料,色素,保存剤,酵素,ビタミンやミネラルの栄養添加物,乳化剤,酸味料のようなpH調整剤,ヒドロコロイド,消泡剤,リリース剤,小麦粉改良及び膨張剤,ガス発生剤,及びキレート剤からなる。」(10頁10行?22行),

(刊1-2)「したがって,本発明による組成物の適用の更なる例は,貯蔵中の食品系或いは最終食品製品での酵素活性を提供若しくは制御することであり,それにより,1以上の酵素,その基質及びたぶん共因子或いは酵素阻害剤が,組成物中にカプセル化形態で組み込まれ,それにより,酵素活性は,カプセルが食品系の加工中に分解するまで,開始することがなく,おそらく阻害される。このような酵素活性の例は,その活性がチーズミルク中では望ましくないチーズ熟成に貢献する酵素または,ドウ中で澱粉分解若しくはヘミセルロース分解活性を有するが,ベーキングプロセス中までその作用を遅延させることが望ましい酵素であり得る。このようなドウ改善酵素の例は,ヘミセルラーゼ或いはキシラーゼ及びアミラーゼを含む。しかしながら,このような酵素がドウ調製プロセス中で活性になることを許容されると,それらの活性は,ドウの「べとつき」という望ましくない進展を生じ得る。したがって,ドウが調製されるまで,すなわち,ベーキングプロセスが始まるまでは,酵素活性を遅らせることが有利である。明らかに,本発明は,このようなドウ改善酵素の作用の遅延された或いは制御された放出を提供する。」(10頁23行?11頁9行),

(刊1-3)「 特許請求の範囲
1.食品添加成分を含む食用組成物であって,それは,少なくとも加工処理時間の間に,加工される食物システムに存在する第2の構成成分に接触されたとき,該第2の構成成分と望ましくない結果を及ぼし,該食品添加成分は,カプセル封入体により被覆された粒子の形態で,食品添加成分が,第2の構成成分と最初に接触させることを阻止する構造であり,前記加工処理中に事前に選択した条件下の時点後に分解し得る前記カプセル封入体であり,それによって,食品添加成分が最初に被覆された結果として,第2の成分の望ましくない結果が,少なくとも前記食物システムの加工処理時間の間において避けることができるものであり,カプセル化構造は,それ自体でカプセル封入体をもたらすものではなくカプセル化の特性を改善する親水性物質からなる食用ヒドロコロイドを含む食用ポリマー及び/又は食用脂肪成分からなるものである。
2.食用脂肪成分が,食用脂肪酸のモノグリセリド,食用脂肪酸のジグリセリド,食用脂肪酸のジグリセリド,食用脂肪酸のトリグリセリド,これらのグリセリドの混合物,食用脂肪酸のポリグリセロールエステル,食用脂肪酸のプロピレングリコールエステル,食用脂肪酸のソルビタンエステル,ステアロイルラクチレート,食用脂肪酸のスクロースエステル,食用脂肪酸のモノ又はジグリセリドのジアセチル酒石酸エステル,食用脂肪酸のモノ又はジグリセリドのクエン酸エステル,及び食用脂肪酸のモノ又はジグリセリドの酢酸エステルからなる群から選ばれる脂肪物質である請求項1に係る組成物。
・・・(略)・・・
4.食用脂肪成分は,少なくとも30℃の融点である請求項1に係る組成物。
・・・(略)・・・
18.食品添加物成分が酵素である,請求項1に記載の組成物。
・・・(略)・・・
21.食品添加成分は,50μm?5000μmの平均の最大直径を有するカプセル化粒子の形態である請求項1に係る組成物。
・・・(略)・・・
34.ドウ添加成分を含むドウ改良組成物であって,それは,少なくとも加工処理時間の間に,加工されるドウシステムに存在する第2の構成成分に接触されたとき,該第2の構成成分と望ましくない結果を及ぼし,該ドウ添加成分は,カプセル封入体により被覆された粒子の形態で,ドウ添加成分が,第2の構成成分と最初に接触させることを阻止する構造であり,前記加工処理中に事前に選択した条件下の時点後に分解し得る前記カプセル封入体であり,それによって,ドウ添加成分が最初に被覆された結果として,第2の成分の望ましくない結果が,少なくとも前記ドウシステムの加工処理時間の間において避けることができるものであり,カプセル化構造は,それ自体でカプセル封入体をもたらすものではなくカプセル化の特性を改善する親水性物質からなる食用ヒドロコロイドを含む食用ポリマー及び/又は食用脂肪成分からなるものである。
35.食用脂肪成分が,食用脂肪酸のモノグリセリド,食用脂肪酸のジグリセリド,食用脂肪酸のジグリセリド,食用脂肪酸のトリグリセリド,これらのグリセリドの混合物,食用脂肪酸のポリグリセロールエステル,食用脂肪酸のプロピレングリコールエステル,食用脂肪酸のソルビタンエステル,ステアロイルラクチレート,食用脂肪酸のスクロースエステル,食用脂肪酸のモノ又はジグリセリドのジアセチル酒石酸エステル,食用脂肪酸のモノ又はジグリセリドのクエン酸エステル,及び食用脂肪酸のモノ又はジグリセリドの酢酸エステルからなる群から選ばれる脂肪物質である請求項34に係る組成物。
・・・(略)・・・
37.食用脂肪成分は,少なくとも30℃の融点である請求項34に係る組成物。
・・・(略)・・・
48. ドウ添加物がドウ改良酵素である,請求項34に記載の組成物。
・・・(略)・・・
53 食品添加成分又はドウ添加成分のカプセル化粒子の多くて30%が,100μ以下の最大粒径である,請求項21又は34に係る組成物。」(24頁1行?31頁8行),

(刊1-4)「実施例1
カプセル化プロピオン酸カルシウム含む組成物の調製
カプセル化プロピオン酸カルシウムを含む組成物は,当量(重量)のプロピオン酸カルシウムと,少なくとも2のヨウ素価と約69℃の滴点を有する十分に水素添加したパーム油から作られる食用脂肪酸の溶融した市販蒸留モノグリデリド(・・)を撹拌しながら混合する。
生じた混合物は,約300μmの平均最大粒径を有するプロピオン酸カルシウムのマトリックス被覆粒子を得るために噴霧冷却される。」(18頁6行?18行),

(刊1-5)「発明の詳細な開示
発明による食用組成物は食用組成物が加えられる食物システムの処理中に生じる条件で分解できるか崩れさせることができるカプセル化構造を提供するカプセル化構成成分によって,カプセルに入れられる粒子状物質の形をしている食品添加物成分を含む。カプセル化が分解される/崩れるか,そして分解される場合,食品添加物成分は食物システムへ放出され,その意図した食品添加物影響をそのために及ぼすことができる。
用語「食品添加物」は,その従来の意味の中でここに使用される。また,当業者は,それが当該技術においてよく知られた添加物,有用性および効果の次の主なグループを少なくとも含むと理解する:酸化防止剤,甘味料,香味料,着色剤,防腐剤,酵素,ビタミンとミネラルのような栄養的な添加物,乳化剤,酸味料のようなpH調節剤,ヒドロコロイド,消泡剤および放出剤,微粉改善あるいは補強剤,膨化剤,発酵剤,ガス化剤およびキレート剤。」(4頁9?28行),

(刊1-6)「したがって,カプセル封入は,例えば,その融点より上に加熱することにより,溶解により,あるいは酵素的に分解することにより,崩壊される。」(6頁9?11行)

(刊1-7)「本発明によれば,食用組成物の食品添加物成分は,カプセル化された粒子の形をしている。そのような粒子の適切なサイズは,それらの最大平均直径で,5000μm?50μmの範囲,例えば4000μm?50μmの範囲にあり,50μm?3000μm及び200?500μmを含む100?1000μmのような50μm?2000μmの範囲を含む。」(14頁15?21行)

(刊1-8)「従って,食品添加物成分は,通常,当該技術分野において一般的にマトリックスコーティング及び多層コーティング方法として呼ばれるプロセスによって提供され,後者の方法は,食品添加物の粒子が流動粒子上にカプセル化成分を噴霧して被覆される又はカプセル化される流動床装置で実行するものである。」(17頁5?10行)

ウ 刊行物1に記載された発明
上記請求項34の記載事項及び請求項34を引用する請求項35,37及び48の記載事項を語順を代えて整理すると,
「ドウ添加成分を含むドウ改良組成物であって,該ドウ添加成分は,カプセル化により被覆された粒子の形態であり,
該ドウ添加成分は,ドウ改良酵素を含み,
カプセル化構造たる食用脂肪成分は,少なくとも30℃の融点であり,食用脂肪酸のモノグリセリド,食用脂肪酸のジグリセリド,食用脂肪酸のトリグリセリド,これらのグリセリドの混合物であるドウ改良組成物。」(以下,「引用発明1」という。)という発明が記載されているといえる。

エ 対比
本願補正発明と引用発明1とを対比する。
(ア)引用発明1の「粒子」について
引用発明1の「ドウ添加成分を含むドウ改良組成物」は,「カプセル化により被覆された粒子の形態」であるから,「顆粒」であることは明らかである。
また,引用発明1の「粒子」の大きさは,特定されていないが,何らかの粒径を有することは明らかである。
そうすると,引用発明1の「ドウ添加成分を含むドウ改良組成物であって,該ドウ添加成分は,カプセル化により被覆された粒子」と,本願補正発明の「ドウの調製に使用するために好適な顆粒を含む組成物であって,前記顆粒は,30?500μmの範囲内の平均直径を有」するものとは,「ドウの調製に使用するために好適な顆粒を含む組成物であって,前記顆粒は,所定直径を有」するものという点で共通する。

(イ)引用発明1の「ドウ添加物」について
引用発明1の被覆される粒子に係るドウ添加物である「ドウ改良酵素」は,本願補正発明の「1種またはそれ以上の酵素」に相当することは明らかである。

(ウ)引用発明1の「カプセル」について
(ウ-1)引用発明1の「カプセル化構造たる食用脂肪成分」の「融点」について
引用発明1の「カプセル化構造たる食用脂肪成分」の「融点」と,本願補正発明の「スリップ融点」とは,定義が異なっており,両発明とも「30℃」であるものの直ちに対比できない。

(ウ-2)引用発明の「カプセル」の組成について
本願補正発明は,「少なくとも30℃のスリップ融点を有するトリグリセリド油脂60?98重量%,並びにモノグリセリド,ジグリセリド,モノおよび/またはジグリセリドのジアセチル酒石酸エステル(datem),ステアリル-ラクチレートおよびそれらの組み合わせからなる群の中から選ばれる放出剤2?40重量%を含有」するものであり,トリグリセリド,モノグリセリド及びジグリセリドの組合せを含むものが包含されている。
他方,引用発明は,「食用脂肪酸のモノグリセリド,食用脂肪酸のジグリセリド,食用脂肪酸のトリグリセリド,これらのグリセリドの混合物」であり,組成物において本願補正発明と一致するが,本願補正発明が含有量を特定している点,及び,放出剤を含んでいる点で両発明は一致しない。

(ウ-3)引用発明1の「カプセル」の親油性の層について
刊行物1の(刊1-3)には,カプセルについて「ドウ添加成分を含むドウ改良組成物であって,それは,少なくとも加工時の部分において,加工されるドウ系で存在する第2の成分に接触されたとき,該第2の成分と望ましくない結果を及ぼし,該ドウ添加成分は,カプセル化により被覆された粒子の形態で,ドウ添加物が,第2の成分と最初に接触させることを阻止する構造であり,カプセル化は,該食物系加工中の事前に選択した状態の時間である後の時点で分解でき,それによって,ドウ添加成分が最初に被覆された結果として,第2の成分の望ましくない結果が,少なくともドウの加工時の部分において避けることができもの」と記載されている。ここで,「カプセル化により被覆された粒子の形態で,ドウ添加物が,第2の成分と最初に接触させることを阻止する構造」とあり,カプセルにより水分を含むドウへ同添加物が接触することを阻止する構造となっていることが理解される。
そして,引用発明1のカプセルの材料である「食用脂肪酸のモノグリセリド,食用脂肪酸のジグリセリド,食用脂肪酸のトリグリセリド,これらのグリセリドの混合物」のうち,トリグリセリドは疎水性の物質であり,モノグリセリド及びジグリセリドは,脂肪酸からなる疎水性の部分と,グリセリドからなる親水性の部分を一部に有している物質である。カプセルが,水を含むドウからカプセルに被覆されるドウ添加物への接触を阻止するものであるので,外側を疎水性,すなわち,親油性とすることは明らかである。
そうすると,刊行物1発明の「カプセル化構造たる食用脂肪成分は,少なくとも30℃の融点であり,食用脂肪酸のモノグリセリド,食用脂肪酸のジグリセリド,食用脂肪酸のトリグリセリド,これらのグリセリドの混合物」によって作られたカプセルが,本補正発明の「親油性の実質的に連続した層」を有することは明らかである。

(ウ-4)引用発明1の「カプセル」で被覆された,「ドウ添加物」である「ドウ改良酵素」について
引用発明1の「ドウ添加物」である「ドウ改良酵素」は,「カプセル化により被覆された粒子の形態」となっており,カプセル内部に「ドウ改良酵素」が入る空間が形成されていることは明白であって,補正発明の「親油性の実質的に連続した層」に封入された「コア」に相当するものを具備しているといえる。
また,前記「(ウ-3)」に記したように,「カプセル化構造」の材料の一種である「モノグリセリド」及び「ジグリセリド」は,脂肪酸からなる疎水性の部分と,グリセリドからなる親水性の部分を一部に有している物質である。カプセルの外側は,前記「(ウ-3)」に記したように疎水性の層となる。
また,酵素は水溶液中で活性を有する物質であるから,親水性であるということができ,これを有する空間は,親水性の空間,すなわち,本願補正発明の「親水性コア」に相当する空間が,引用発明1の「カプセル」内部に形成されることは明らかである。
しかし,本願補正発明が「少なくとも5μmの直径を有する親水性コア」とコアの大きさを特定しているのに対して,引用発明1においては,「カプセル」内部に形成された空間の大きさは特定されていない。

(ウ-5)引用発明1の「モノグリセリド」について
本願明細書の段落【0019】には,「放出剤はモノグリセリドである。」と記載されており,放出剤にはモノグリセリドが含まれることが理解される。
他方,引用発明1には,「食用脂肪酸のモノグリセリド」は,その添加目的について刊行物1に記載されておらず,放出剤として添加されているか不明である。

したがって,両者は,
「ドウの調製に使用するために好適な顆粒を含む組成物であって,前記顆粒は,所定の直径を有し,かつ
a.1種またはそれ以上の酵素を含有する親水性コア,および
b.トリグリセリド油脂,並びにモノグリセリドを含有し,前記コアを封入する親油性の実質的に連続した層を備えた組成物。」で一致し,次の点で相違する。

相違点1
顆粒の直径が,本願補正発明では,「30?500μmの範囲内の平均直径を有」するのに対し,引用発明1では不明な点。

相違点2
親水性コアが,本願補正発明では,「少なくとも5μmの直径」を有するのに対し,引用発明1では,それが明らかでない点。

相違点3
トリグリセリド油脂が,本願補正発明では,「少なくとも30℃のスリップ融点」を有しているのに対し,引用発明1では,「少なくとも30℃の融点」である点。

相違点4
親油性の実質的に連続した層について,本願補正発明では,トリグリセリド油脂を,「60?98重量%」を含有,また,モノグリセリドを,「放出剤」として「2?40重量%」含有するのに対して,引用発明1では,それが明らかでない点。

相違点5
本願補正発明では,粒状形態にある1種またはそれ以上のベーカリー成分をさらに含でいるのに対し,引用発明1では,それが含まれてるか不明な点。

オ 判断
(ア)相違点1について
本願補正発明において,顆粒の最大直径を特定したことは,本願明細書の段落【0034】に記載のように「放出特性」を得るためであるが,この他に,かかる数値範囲としたことにより格別な効果が奏される記載はなく,適切な放出特性が得られる範囲であると理解される。
刊行物1の(刊1-3)において,請求項34を主体とする引用発明1は,請求項1の「食品添加成分」,「食用組成物」及び「食物システム」を,それぞれ,「ドウ添加成分」,「ドウ改良組成物」及び「ドウシステム」と置き換えた発明であるから,実質的に請求項1の下位概念の発明であるということができる。
ここで,請求項1を引用する請求項21には,「食品添加成分は,50μm?5000μmの平均の最大直径を有するカプセル化粒子の形態である請求項1に係る組成物。」と記載されており,これは,本願補正発明の「30μm?500μmの平均の最大直径を有するカプセル化粒子」と一部重複する範囲となる。
しかも,刊行物1の(刊1-7)に「本発明によれば,食用組成物の食品添加物成分は,カプセル化された粒子の形をしている。そのような粒子の適切なサイズは,それらの最大平均直径で,5000μm?50μmの範囲,例えば4000μm?50μmの範囲にあり,50μm?3000μm及び200?500μmを含む100?1000μmのような50μm?2000μmの範囲を含む。」と,カプセル化粒子の適切なサイズとして,200?500μmの最大平均直径が記載されている。これは,本願補正発明の「30μm?500μmの平均の最大直径」に完全に包含されるものである。
引用発明1においても,「カプセル化粒子」は,摘記(刊1-2)に「本発明は,このようなドウ改善酵素の作用の遅延された或いは制御された放出を提供する」と記載されているように制御された放出特性を得ることを目的としているから,引用発明1において,カプセル内部に入れる成分の希望放出タイミング等を考慮しつつ,適切な放出特性を得るべく本願補正発明の「30?500μmの範囲」に包含される「200μm?500μmの平均の最大直径」とする程度のことは,当業者が容易になし得たことといえる。

(イ)相違点2について
上記「(ア)相違点1について」で言及したように,引用発明1において,「200μm?500μmの平均の最大直径」とする程度のことは,当業者が容易になし得たものである。そして,親水性コアは,封入される部分であるから,200?500μmより当然に小さいのものであることは明らかである。
また,5μmの直径を下限とすることについて,本願明細書で特段の技術的な意義が示されておらず,また,本願優先権主張日前の技術常識を参酌しても格別な臨界的な意義があるともいえない。
そうすると,引用発明1において,親水性コアを「少なくとも5μmの直径」とすることは,当業者が適宜案出し得る設計的事項といえる。

(ウ)相違点3について
本願補正発明の目的は,
「【0012】
本発明の目的は,周囲条件下で比較的安定であり,同時にその機能が要求されるとき,特にドウの膨らまし中に,制御された様態で迅速に機能性ベーカリー成分を放出する改善された脂質封入または脂質被覆機能性ベーカリー成分を提供することである。」
そして,ストリップ融点は 「【0024】
本発明の利益は,機能性ベーカリー成分が,前の混合工程または後のベーキング工程ではなく,膨らませ工程中に顆粒から主に放出されるときに,特に顕著である。これを達成するために,30?40℃の範囲内のスリップ融点を示すトリグリセリド油脂を用いることが好ましい。より好ましくは,トリグリセリド油脂は,33?40℃の範囲内のスリップ融点を有する。最も好ましくは,スリップ融点は,34?38℃の範囲内にある。特に,機能性ベーカリー成分が1種またはそれ以上の酵素を含む場合,ほとんどの酵素の活性がベーキングプロセスの過程中に迅速に衰退するので,膨らませ中に封入酵素の実質的に全てが放出されるように親油性層を設計することが非常に有利である。」と,膨らませ工程中に放出を達成するために,ストリップ融点が規定されていると理解される。
他方,刊行物1には,,
「上記食品添加物が,本発明によりもたらされる食品系の他の成分の望ましくない効果を避ける或いは阻止するために,食品システム加工中の事前に選択した時点までコントロールした態様で食品添加物の作用を延ばすことが望ましいことが理解される。」(刊1-1)及び
「したがって,カプセル封入は,例えば,その融点より上に加熱することにより,溶解により,あるいは酵素的に分解することにより,崩壊される。」(刊1-6)と,記載されており,加熱により溶解する温度として融点が記載されている。
引用発明1のカプセルの内容物は,ドウ改良酵素である。酵素は,加熱により失活することは明らかであるから,焼き上げ時期にカプセルが崩壊されるものではないことは明白である。また,「ドウ」とは,小麦粉に水を加えて捏ね上げたものを意味する用語であり,引用発明1の「ドウ改良酵素」は,ドウを改良するものであるから,その添加時期は,捏ね上げてドウが作られて,発酵までドウを寝かす時期,その後発酵により膨らませる時期の2つの時期しかない。引用発明1の「融点」の「少なくとも30℃」という温度は,通例のパンの発酵温度程度の温度,すなわち,膨らませ工程における温度でもある。
そうすると,引用発明1において,ドウ改良酵素の種類や目的等に応じ最適な崩壊時期として,膨らませ工程を選び,この時期の温度環境に合わせるべくこの分野で普通に用いられているスリップ融点を用いて「少なくとも30℃のスリップ融点」とすることで,本願補正発明のごとく構成することは当業者が適宜なし得たことといえる。

(エ)相違点4について
上記(ウ)のように,本願補正発明と引用発明1とは,目的において軌を一にするものである。そして,モノグリセリドとトリグリセリドの割合が放出速度に影響を与えることは本願出願前より知られた周知の事項(特表平1-503140号公報4頁左上欄1?10行)である。
よって,親油性の実質的に連続した層を構成する「トリグリセリド油脂」と「モノグリセリド」の含有割合は,引用発明1の「食品系加工中の事前に選択した時点までコントロール」するために最適な数値範囲として,当業者が適宜決定し得る設計事項に過ぎない。
そして,本願補正発明と引用発明1は,共に,制御された様態で迅速に機能性ベーカリー成分を放出するものであるから,モノグリセリドの役割として「放出剤」と称することは,当業者にとって格別なことではない。
したがって,トリグリセリド油脂を,「60?98重量%」を含有,また,モノグリセリドを,「放出剤」として「2?40重量%」含有することは,当業者であれば容易に想到し得ることである。

(オ)相違点5について
刊行物1の(刊1-8)によると,「従って,食品添加物成分は,通常,当該技術分野において一般的にマトリックスコーティング及び多層コーティング方法として呼ばれるプロセスによって提供され,後者の方法は,食品添加物の粒子が流動粒子上にカプセル化成分を噴霧して被覆される又はカプセル化される流動床装置で実行するものである。」ここには,食品添加物の粒子としてカプセル化する態様が記載されている。
そして,「食品添加物成分」には,「酸化防止剤,甘味料,香味料,着色剤,防腐剤,酵素,ビタミンとミネラルのような栄養的な添加物,乳化剤,酸味料のようなpH調節剤,ヒドロコロイド,消泡剤および放出剤,微粉改善あるいは補強剤,膨化剤,発酵剤,ガス化剤およびキレート剤。」((刊1-5))のような成分が包含されている。
そうすると,刊行物1記載の前記「食品添加物成分」には,「乳化剤」及び「ヒドロコロイド」が含まれており,また食品添加物の粒子をカプセル化する製造工程が記載されているから,本願補正発明の「粒状形態にある1種またはそれ以上のベーカリー成分をさらに含み,前記1種またはそれ以上のベーカリー成分が,レドックス剤,乳化剤,ヒドロコロイド,小麦粉,塩,麦芽粉,麦芽エキス,グルテンおよびスターチからなる群の中から選ばれる」ものに包含されるものが記載されているといえる。
よって,引用発明1において,「乳化剤」及び「ヒドロコロイド」を食品添加成分とする食品添加物の粒子を加えて,本願補正発明のごとくすることに困難性はない。

(カ)本願補正発明の効果について
本願補正発明に係る効果は,刊行物1に記載の事項及び周知の技術的事項から予測される程度のものであって,格別顕著な効果とはいえない。

(キ)小括
したがって,本願補正発明は,刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

カ 請求人の主張について
請求人は,審判請求書において,
「このように,引用文献1は,そこに教示されたカプセル化技術が,このようなベーカリー酵素の酵素作用が,ベーキングプロセスまで,すなわち,ドウが調製された後まで遅延されるようなベーカリー酵素をカプセル化するために使用されることを教示しています。
・・・(略)・・・
対照的に,本発明は,酵素と特定のベーカリー成分が,前の混合工程または,後のベーキング工程ではなく,ドウの調製中に緩和な様態で放出され,機能性成分がその機能の一部をすでに早い段階でドウの調製プロセス中に発揮することを可能とするカプセルを提供するものであります(段落[0014],[0024]参照)」(請求書補正書 3-4(a))と主張している。

しかし,本願補正発明の目的に関し,本願明細書には,
「【0012】
本発明の目的は,周囲条件下で比較的安定であり,同時にその機能が要求されるとき,特にドウの膨らまし中に,制御された様態で迅速に機能性ベーカリー成分を放出する改善された脂質封入または脂質被覆機能性ベーカリー成分を提供することである。」との記載があり,この記載によると,「ドウの膨らまし中」は「特に」と修飾されるものの,これは,それ以外の時期を排除する意味ではないから,制御された様態で迅速に機能性ベーカリー成分を放出するのは,「ドウの膨らまし中」の時期だけに限定されているとはいえない。
しかも,酵素は,高温環境下では失活することが当技術分野では周知の事項であるから,引用発明1は,ベーキング工程でカプセルが溶解するようなものではないことは明らかである。
したがって,上記請求人の主張は採用できない。

キ まとめ
以上のとおり,本願補正発明は,その出願前外国において頒布された刊行物1に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許出願の際,独立して特許を受けることができるものではない。
したがって,上記補正は,平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので,この補正を含む本件補正は,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので,本願請求項1?15に係る発明は,平成17年8月9日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?15に記載された事項により特定されるとおりのものであり,請求項1に係る発明(以下,同項記載の発明を「本願発明」という。)は,下記のとおりである。

「ドウの調製に使用するために好適な顆粒を含む組成物であって,前記顆粒は,30?500μmの範囲内の平均直径を有し,かつ
a.1種またはそれ以上の酵素を含有し,少なくとも5μmの直径を有する親水性コア,および
b.少なくとも30℃のスリップ融点を有するトリグリセリド油脂少なくとも50重量%,並びにモノグリセリド,ジグリセリド,モノおよび/またはジグリセリドのジアセチル酒石酸エステル(datem),ステアリル-ラクチレートおよびそれらの組み合わせからなる群の中から選ばれる放出剤少なくとも1重量%を含有し,前記コアを封入する親油性の実質的に連続した層
を備え,
粒状形態にある1種またはそれ以上のベーカリー成分をさらに含み,前記1種またはそれ以上のベーカリー成分が,レドックス剤,乳化剤,ヒドロコロイド,小麦粉,塩,麦芽粉,麦芽エキス,グルテンおよびスターチからなる群の中から選ばれる
組成物。」

第4 原査定の理由
拒絶査定における拒絶理由(平成19年12月18日付けの「理由2」)の概要は,本願発明は,その出願前に頒布された引用刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができるものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

第5 引用刊行物の記載事項及び記載された発明
上記拒絶理由で引用された上記刊行物1である「国際公開第99/08553号」の記載事項及び記載された発明は,上記の「第2 2 (3) イ 刊行物に記載された事項」及び「ウ 刊行物1に記載された発明」に記載されたとおりである。

第6 判断
本願発明は,本願補正発明において,トリグリセリド油脂が「60?98重量%」,並びに,放出剤が「2?40重量%」という特定事項がないものに実質的に相当する。
本願発明の構成要件をすべて含む本願補正発明が,上記「第2 2 (3) オ 判断」に記すように刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も同様の理由により,刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第7 むすび
以上のとおり,本願発明は,刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることはできないので,本願は,その余の請求項に係る発明を検討するまでもなく,拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-11-17 
結審通知日 2011-11-22 
審決日 2011-12-07 
出願番号 特願2004-546547(P2004-546547)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (A21D)
P 1 8・ 121- Z (A21D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 村上 騎見高冨士 良宏  
特許庁審判長 郡山 順
特許庁審判官 関 美祝
杉江 渉
発明の名称 封入された機能性ベーカリー成分  
代理人 峰 隆司  
代理人 野河 信久  
代理人 風間 鉄也  
代理人 河野 哲  
代理人 白根 俊郎  
代理人 村松 貞男  
代理人 勝村 紘  
代理人 中村 誠  
代理人 蔵田 昌俊  
代理人 砂川 克  
代理人 福原 淑弘  
代理人 幸長 保次郎  

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