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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2011800138 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B23Q
審判 全部無効 1項2号公然実施  B23Q
管理番号 1257606
審判番号 無効2011-800144  
総通号数 151 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-07-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-08-24 
確定日 2012-05-31 
事件の表示 上記当事者間の特許第3868474号発明「加工工具」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3868474号の請求項1ないし8に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
1 本件特許第3868474号についての特許出願は、平成18年5月8日になされ、平成18年10月20日に請求項1ないし8に係る発明についての特許が設定登録された。
2 これに対し、請求人カトウ工機株式会社は、平成23年8月24日に本件特許の請求項1ないし8に係る発明(以下「本件発明1ないし8」という。)について、特許を無効とするとの審決を求める無効審判の請求を行い、証拠方法として、甲第1ないし25号証を提出した。
3 被請求人司工機株式会社は、平成23年11月10日に審判事件答弁書(以下「答弁書」という。)を提出した。
4 平成24年1月18日に、請求人と被請求人はそれぞれ口頭審理陳述要領書を提出した。
5 平成24年1月31日に、請求人は口頭審理陳述要領書(2)を、被請求人は上申書を、それぞれ提出した。
6 当審では、平成24年1月31日に第1回口頭審理を行った。
7 請求人は平成24年2月10日に口頭審理陳述要領書(3)を、被請求人は同年2月16日に上申書を、それぞれ提出した。
8 請求人は平成24年2月24日に指示説明書を添付した検証申出書を提出した。
9 請求人は平成24年2月24日に口頭審理陳述要領書(4)を、被請求人は同年2月27日に上申書を、それぞれ提出した。
10 請求人は平成24年3月8日、同年3月14日、同年3月29日にそれぞれ上申書、口頭審理陳述要領書(5)、口頭審理陳述要領書(6)を提出した。
11 当審では、平成24年4月5日に、第2回口頭審理及び証拠調べを行い、審理を終結した。

本審判は、平成23年法律第63号の施行の日前に請求されたものであるから、同法附則第2条第18項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法が適用されるが、本審決では単に「特許法」と表記する。
また、本審決において、引用箇所を行数で特定する場合、空行を含まない。原文の丸囲み数字は「まる1」のように置き換えた。

第2 本件発明
本件発明1ないし8は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定されるとおりのものと認めるところ、同請求項1ないし8には次のとおり記載されている。
「【請求項1】
工作機械の主軸にシャンクを着脱自在に取り付け、該主軸の回転により該シャンクおよびホルダーに装着した刃具を回転駆動すると共に、
該シャンクに対し該ホルダーおよび刃具を傾動させて加工を行う加工工具において、
該シャンクの下端部外側にベアリングを介してケースが取り付けられ、該シャンクの下端軸心部に設けた軸孔に吸収ロッドが軸方向に摺動可能に配設され、該吸収ロッドと該シャンク間には該吸収ロッドを軸方向に付勢する吸収ばねが配設され、該ケース内の下部には傾動ケースが軸線に対し傾動可能に配設され、該傾動ケース内にはホルダーがベアリングを介して回転自在に配設され、該ホルダー内には先端に工具用のチャック部を設けた摺動ホルダーが軸方向に摺動可能に配設され、該ホルダーと該摺動ホルダー間には該摺動ホルダーを軸方向に付勢するばね部材が配設され、前記吸収ロッドの下端部と該ホルダーの上端部は相互に自在継手ロッドにより連結され、該自在継手ロッドの外周部の該ケース内に、多数の傾動支持ピンを下方に向けて且つばね部材により付勢して突出させてなる傾動支持ピン装置が配設され、
該傾動支持ピン装置の傾動支持ピンの先端は、該傾動ケースの上部に設けた受圧板に当接し、該自在継手ロッドは、吸収ロッドの下部と連結された第1自在継手部と、ホルダーの上部と連結される第2自在継手部とを中間軸の上部と下部に設けて構成され、
第1自在継手部は、吸収ロッドに対し円周全方向に傾動可能で且つ軸方向に摺動可能に連結され、第2自在継手部はホルダーに対し円周全方向に傾動可能で且つ軸方向に摺動可能に連結され、
該第1自在継手部の先端中央に形成された嵌入穴に1個の金属球が転動可能に嵌入されると共に、該吸収ロッド側の下端部中央に設けられた受入れ凹部に該金属球が係合し、第2自在継手部の先端中央に形成された嵌入穴に1個の金属球が転動可能に嵌入されると共に、該ホルダー側の上端部中央に設けられた受入れ凹部に該金属球が係合し、
該自在継手ロッドが該吸収ロッド及び該ホルダーに対し直線状態のとき、両側の該金属球が両側の該受入れ凹部に係合した状態を保持し、該自在継手ロッドが該吸収ロッド及び該ホルダーに対し傾動したとき、少なくとも何れか一方の該金属球が受入れ凹部の略中央から外側寄りに移動し、傾動荷重を外されて該ホルダーが傾動状態から直線姿勢に戻る際、該金属球が該外側寄りから該受入れ凹部の略中央に移動することを特徴とする加工工具。
【請求項2】
前記傾動支持ピン装置は、円環状に形成されたピンケース内に多数の傾動支持ピンがその先端を下方に突出させて円周上に配設されると共に、各傾動支持ピンがばね部材により下方に付勢されて構成され、傾動支持ピン装置が回動自在のフリー状態でケース内に配設されたことを特徴とする請求項1記載の加工工具。
【請求項3】
前記傾動支持ピン装置の上側に、ボールベアリングがフリー状態で回転自在に配設されたことを特徴とする請求項1記載の加工工具。
【請求項4】
前記ケース内のボールベアリングの上側に、高さ調整用の調整ナットが螺合され、該調整ナットのねじ込みによりボールベアリングの上側空間の隙間幅を調整可能としたことを特徴とする請求項1記載の加工工具。
【請求項5】
前記自在継手ロッドの中間軸に、円盤部が形成され、前記第1自在継手部の先端部下寄りと第2自在継手部の下端部上寄りに、半球状凸部が突設されると共に、該吸収ロッドとホルダーの継手凹部内に、該半球状凸部が嵌合する溝部が軸方向に形成されたことを特徴とする請求項1記載の加工工具。
【請求項6】
前記傾動ケースは、前記ケース内で球面滑り軸受を介して所定の角度範囲内で傾動可能に配設されたことを特徴とする請求項1記載の加工工具。
【請求項7】
前記ホルダーは、傾動ケース内で少なくとも2個のニードルベアリングを含む複数のベアリングを介して回転自在に配設されたことを特徴とする請求項1記載の加工工具。
【請求項8】
前記シャンクが該工作機械の主軸に装着された際、該工作機械の固定部に係合して該ケースを位置決めして静止させる位置決め係合部が前記ケースの側部に設けられ、該位置決め係合部は、位置決めピンが該ケースから側方に突出した保持部に、上下方向に摺動可能に且つばね部材により上方に付勢されて保持され、該位置決めピンの外周におねじ部が形成され、該おねじ部に調整ナットが螺合して装着されると共に、該調整ナットの外周部に回り止めキーが、その先端を該シャンクの下部に取り付けたオリエンテーションリングの係合部に係合可能に、該調整ナットの回転を許容して取り付けられ、調整ナットの回転操作により位置決めピン及び回り止めキーを上下動させることを特徴とする請求項1記載の加工工具。」

第3 請求人の主張
1.要点
請求人は、本件発明1ないし8を無効とするとの審決を求めている。
その理由を整理すると、次のとおりである。

(1)本件発明1ないし8は、本件特許の出願前に公然実施をされていたバリ取りホルダー「スーパーフィニッシュマルチミル」と同一であるから、特許法第29条第1項第2号の規定により特許を受けることができないものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである(以下「無効理由1」という。)。
なお、特許法第29条第1項第1号に基づく主張については、第1回口頭審理において取り下げられた(第1回口頭審理調書の請求人3)。

(2)本件発明1ないし8は、甲第5号証に記載された発明、甲第16号証に記載された事項、平成11年9月29日の時点において請求人により販売されていたR型タッパーにより公然実施をされた事項、甲第22、23に記載された周知の事項及び甲第25号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。
すなわち、本件発明1ないし8と甲第5号証に記載された発明とは、(ア)前者は、自在継手の両端に金属球を備え、その対向部分に受入れ凹部を備えてスムーズな復帰を意図しているのに対し、後者は、そのようなものではない点、及び(イ)後者は、第1自在継手部と第2自在継手部の先端が平らに形成されているのに対し、前者は、自在継手部の先端が平らであるか不明である点において相違しているところ、甲第5号証に記載された発明は、ばね、重力及び自在継手の先端の形状により、ホルダーが傾動状態から直線状態に戻る際の復元性を向上させるという作用効果を実現しており、本件発明1の相違点(ア)に係る構成はさしたる寄与をしていないこと、及び相違点(ア)における自在継手先端に金属球を、吸収ロッド及びホルダーにその受け部を設けるという発想等は、甲第16号証、R型タッパー、甲第22、23号証に表れている。(以下「無効理由2」という。)。
なお、甲第24号証は、第1回口頭審理において取り下げられた(第1回口頭審理調書の請求人の4)。

2.証拠方法
請求人は、上記主張の証拠方法として、以下の証拠を提出している。
甲第1号証:バリ取りホルダー「スーパーフィニッシュマルチミル(BT40-SFM7-M196)」(以下「甲1製品」という。)並びにその概観及び箱の写真
甲第2号証の1:司工機ホームページ「ツーリング-商品の特徴」(以下「甲2の1ホームページ」という。)
甲第2号証の2:司工機ホームページ「ツーリング-寸法及び注意事項」(以下「甲2の2ホームページ」という。)
甲第3号証:甲1製品購入の領収書
甲第4号証:甲1製品のX線CT検査報告書
甲第5号証:特開2005-349549号公報
甲第6号証:バリ取りホルダーBT30-SFM7-M185の写真
甲第7号証:知的財産高等裁判所平成21年(ネ)第10017号事件における平成21年10月29日付け被控訴人証拠説明書
甲第8号証:知的財産高等裁判所平成21年(ネ)第10017号事件における被控訴人従業員水向誠の証人尋問調書
甲第9号証:東京地方裁判所平成19年(ワ)第12655号事件における被控訴人従業員水向誠の陳述書
甲第10号証:請求人におけるバリ取りホルダー最終試作品の図面
甲第11号証:東京地方裁判所平成19年(ワ)第12655号事件における被告の準備書面(1)
甲第12号証:知的財産高等裁判所平成21年(ネ)第10017号事件の判決書
甲第13号証:司工機ホームページ「司工機株式会社【お知らせ】」(以下「甲13ホームページ」という。)
甲第14号証:知的財産高等裁判所平成21年(ネ)第10017号事件における被控訴人役員塩谷修の証人尋問調書(以下「甲14塩谷調書」という。)
甲第15号証:請求人から被請求人への通知書「特許申請について」
甲第16号証:特公平6-65453号公報
甲第17号証:R型ラジアルボール盤タップ用自動調芯タイプ(検証対象物1。以下「甲17タッパー」という。)及びその写真
甲第18号証:カトウタッパーのカタログ
甲第19号証:実公昭55-41447号公報
甲第20号証:R型ラジアルボール盤タップの設計図
甲第21号証:請求人の閉鎖事項全部証明書
甲第22号証:特開2003-194145号公報
甲第23号証:特開2003-170383号公報
甲第24号証:特開2002-353299号公報
甲第25号証:実願平2-47552号(実開平4-5333号)のマイクロフィルム
甲第26号証:甲1製品の写真
甲第27号証:ABCシステム(株)宛てファクシミリ文書
甲第28号証:スーパーフィニッシュマルチミルのカタログ(以下「甲28資料」という。)
甲第29号証:海外向けスーパーフィニッシュマルチミル価格表(以下「甲29価格表」という。)
甲第30号証:ABCシステム(株)宛てファクシミリ文書、スズキ&アソシエイツ有限会社宛てメール(以下「甲30メール」という。)、及びスズキ&アソシエイツ有限会社宛てファクシミリ文書
甲第31号証:知的財産高等裁判所平成21年(ネ)第10017号事件における控訴人従業員北原寛巳の証人尋問調書
甲第32号証:旧R25型組立図
甲第33号証の1:R25型組立完成図
甲第33号証の2:R25型(ペアンタップ用)組立完成図
甲第33号証の3:R-25TA組立図
甲第33号証の4:R25型組立図
甲第34号証:「月刊生産財マーケティング」第44巻第9号(平成19年9月1日発行)
甲第35号証:R型タッパー(R25 9873)(検証対象物2。以下「甲35タッパー」という。)及びその写真
甲第36号証:北原寛巳の陳述書
甲第37号証の1:R25型のソケットの組立図
甲第37号証の2:R25型のシャンクの組立図
甲第37号証の3:R20の組立図
甲第38号証:R25の調整蓋の設計図
甲第39号証:講習用資料「カトウタッパーの選定と特長」

以上の証拠方法のうち、甲第1ないし25号証は審判請求書に添付され、甲第26ないし30号証は平成24年1月18日に提出された口頭審理陳述要領書に添付され、甲第31号証は同年1月31日に提出された口頭審理陳述要領書(2)に添付され、甲第32ないし34号証は同年2月10日に提出された口頭審理陳述要領書(3)に添付され、甲第35号証は同年3月8日に提出された上申書に添付され、甲第36ないし39号証は同年3月29日に提出された口頭審理陳述要領書(6)に添付されたものである。
上述のとおり、甲第24号証は、第1回口頭審理において取り下げられた。
また、被請求人は、甲第3、4、17、18、20及び27号証の成立については不知であるが、その他の甲号証について、両当事者に成立の争いはない(第1回口頭審理調書の被請求人3及び第2回口頭審理調書の被請求人2)。

本審決では、被請求人により開発、製造されたバリ取りホルダー「スーパーフィニッシュマルチミル」を総称して「被請求人ホルダー」という。また、請求人により製造されたR型ラジアルボール盤タップ用自動調芯タイプを総称して「R型タッパー」という。

3.主張の概要
請求人の主張の概要は、以下のとおりである。

(1)審判請求書第16ページ第15行ないし第18ページ第3行
「イ 公然実施の事実及び証拠の説明
被請求人が本件特許発明の実施品として製造販売する製品は、遅くとも、本件出願前の平成18年4月1日に販売開始されていた。
(ア)被請求人が本件販売製品の販売を開始したのは平成18年4月1日であること
A 被請求人のウェブサイトに販売開始日が平成18年4月1日と記載されていること
甲第13号証は、被請求人の「司工機株式会社 【お知らせ】」と題するウェブサイトの写しである。
「2006年04月01日新製品 M/C用バリ取りホルダー(PAT) スーパーフィニッシュマルチミルを販売開始しました」との記載がある。(同製品を以下「本件販売製品」という。)
…(中略)…
B 被請求人会社取締役の塩谷 修による宣誓証言
本件に関連する先行訴訟たる知財高裁平成21年(ネ)第10017号(以下、「先行訴訟」という。)において被請求人会社取締役の塩谷修(以下、「塩谷」という。)も、新規参入であること、平成18年4月1日に販売を開始したと宣誓のうえ法廷で証言している(甲第14号証)。
…(中略)…
C 小括
ウェブサイトの記載及び塩谷の宣誓証言によると、被請求人が本件販売製品の販売を開始したのは、平成18年4月1日である。」

(2)平成24年1月18日提出口頭審理陳述要領書第3ページ第7行ないし第6ページ第9行
「(2)被請求人がバリ取りホルダーの販売を開始した時期
ア 特許法第29条1項2号における「公然実施
…(中略)…
第29条第1項第2号における公然実施とは,「機械装置,システムなどを媒体として,不特定の者に公然知られる状態又は公然知られるおそれのある状況において実施された発明をさす」のであって,その主眼は「不特定多数が知りうるような方法で実施される」ことにある(中山信弘編著『新・注解特許法上巻』(青林書院,2011年)245頁)。
そのため,現実に販売されていなくとも,既に製品の生産を完了し,不特定多数の者の求めに応じて,即座に販売することができる状態にあれば,販売の申出をしていることをもって特許法第29条第1項第2号における公然実施に当然に該当する。被請求人は,少なくとも出願前の平成18年4月1日から広く販売を開始していたのであって,実際に売れたかどうかはこの点を左右するものではない。
なお,御庁におかれては,平成23年12月8日付通知書において「仮に平成18年4月1日に販売が開始されていたとしても,同日において当該製品の内部構造が知られ得る状態において実施されていたことを示すものではなく」と指摘されているところであるが(6頁),本件で問題となっているバリ取りホルダーのような機械工具においては,分解をすることにより,その内部構造を容易に把握することが可能であるといえ,してみると,当該製品を,不特定多数の者が入手するできる状態にあれば,すなわち販売の申出がなされていれば,被請求人により本件発明が公然実施されたといえる。
イ 被請求人が平成18年4月1日には,バリ取りホルダーの販売を開始できる状態にありしかも同日よりその販売を開始していたこと
…(中略)…
これに対して,被請求人は,塩谷修の陳述書を証拠として提示した上,まる1上記2点については,会社の営業方針を対外的に示したものにすぎないこと,まる2バリ取りホルダーのカタログが出来上がったのは,平成18年8月末であるところ,カタログなくして販売を開始することは考え難いことの2点を理由に,その事実を否認している。
しかし,まず,まる1については,甚だしく不合理な主張である。上記ウェブサイトに記載された「2006年04月01日 新製品 M/C用バリ取りホルダー(PAT) スーパーフィニッシュマルチミルを販売開始しました。」(甲13)との文言は,正に被請求人が,字義通りにバリ取りホルダーの現実の販売を開始したとしか解釈することができず,そこに被請求人の営業方針が表明されたにすぎないと解釈することは困難である。
また,被請求人は,その証言に先立ち,真実を述べる旨を誓約しているのであり,あえて偽証罪に問われるリスクを犯してまで虚偽の事実を述べる理由はないことから,証言の信用性は高いといえる。してみると,被請求人は,平成18年4月1日から広く販売開始していたことは明らかである。
また,まる2については,そもそも,請求人が,被請求人によるバリ取りホルダーの販売開始を知ったのは,先行訴訟において,知的財産高等裁判所により認定されているように,平成18年1月ころに,被請求人が発行していたバリ取りホルダーのカタログをスズキ&アソシエイツ社長である鈴木氏から見せられたからであり(甲12・70頁),それが故に,請求人は,被請求人に対して,同年3月31日に,甲第15号証記載の通知を送付したのである(甲12・71頁)。本件出願はこうした経緯により,発明の完成や販売開始とは関係なしになされたものである。
なお,平成18年3月22日には,鈴木氏は,当時被請求人のバリ取りホルダーの販売代理をしていたABCシステム株式会社に対して,カタログデータの提供を問い合わせているが(甲27),それを受けて同社から送付されてきたカタログである甲第28号証には,本件販売製品と同じ構造を意味する型番SFM-7を有する製品群が記載されており,また,最終頁の右下隅に,カタログの製作月が2006年1月(平成18年1月)を示唆する「CATNO.SFMM-06001B」との表記がある。
…(中略)…
さらに,鈴木社長は,同年3月10日,海外向けスーパーフィニッシュマルチミルの具体的価格表をABCシステムから受領しており(甲29),しかも,同社に対して,バリ取りホルダーの性能等に関し具体的な質問を投げかけた際には,同社のみならず,被請求人他担当者から具体的な回答を得ていることからすれば(甲30),バリ取りホルダーの販売準備が,同年3月時点で完了していることは明らかである。」

(3)平成24年1月31日提出口頭審理陳述要領書(2)第3ページ末行ないし第4ページ第16行
「(2)公然実施日について
守秘義務契約の存在を示す証拠はない。また,鈴木アソシエイツは,乙第7号証において被請求人の示す販売ルートにも入っておらず,同書証は,鈴木アソシエイツが,第三者的な一般の取引先であることを強く示唆するものと思料する。
さらに,甲第27?30号証に示したとおり,平成18年3月には,被請求人から,一般の取引先に対して販売の申し出がなされており,また,実際の使用を踏まえての詳細なスペックに至るまで繰り返しやりとりが重ねられてきている。すなわち,被請求人及びその総代理店たるABCシステムは,見込み販売先に対して既に十分な営業活動を行なっていたのである。
それにも関わらず,被請求人は,上記販売活動に加え,同年4月1日,不特定多数の顧客に対して,その販売をアナウンスしているところ,これは,当該時点において,不特定多数に対する販売準備が整っていたことを示す事実に他ならない。すなわち,不特定多数に対して営業活動をする以上は,現実に商品を供給しうる体制が整っていたと考えるべきであって,仮に,このような状況下で商品の供給をすることができなければ,被請求人の信用は,失われる。」

(4)第1回口頭審理調書の請求人
「8 被請求人が平成24年1月31日付けで提出した上申書の第3頁第17行目ないし第20行目に記載された「甲第28号証は、(省略)正式なカタログではない。本件バリ取りホルダーは全くの新規製品であるため、「客先の反応を見たい」ということで試しに資料を作成し、ABCシステム株式会社に渡したものである。」との主張は、常識的には販売の意思があったと理解できるものである。
9 甲第28号証の第4頁右下部にはカタログナンバーまで付与されており、常識的に見れば販売の意図を持って作成され提示されたものであると理解できる。
10 甲第27号証及び甲第30号証に記載されている「スズキ&アソシエイツ有限会社」は乙第7号証に示された販売ルート図にも掲載のない会社であり、「バリ取りホルダーのカタログ」が一般ユーザー向けであったことを示すものである。
11 甲第28号証のカタログが正規のカタログであるか否かに関わらず販売の申し出が行われたことに変わりはない。
12 甲第29号証には販売を想定する価格まで掲載されており、単なる市場調査目的と考えることは不自然である」

(5)平成24年2月10日提出口頭審理陳述要領書(3)第2ページ第5行ないし第6ページ第17行
「1.新規性について
(1)本件販売製品が遅くとも平成18年4月1日までに公然実施されたこと
請求人が,平成24年1月31日付口頭審理陳述要領書(2)及び第1回口頭審理において述べたように,被請求人は,一般ユーザーであるスズキ&アソシエイツ有限会社に対して,平成18年3月末の時点において,本件販売製品の販売の申出をした上(甲27ないし30),平成18年4月1日には,さらに,被請求人ウェブサイトを通じて,不特定多数に対して,その販売をアナウンスしているのであるから(甲2),…(中略)…
特に,本件販売製品の価格表である甲29について言えば,そこには,本件販売製品の価格のみならず,商流中の取り分まで具体的に記載されているのであり,しかも,国内ではなく,海外販売分を対象としている。通常,新製品を開発販売する際には,国内において,一定程度の成果あるいは実績を積み重ねた上,海外市場に対して販売を開始するというプロセスを経るものであることからすれば,甲第29号証作成時点である平成18年3月10日の時点において,被請求人が,本件販売製品の販売準備及び客先に対する販売申出を広汎に行っていたと考えるのが自然である。
これに対して,被請求人は,甲27ないし30が,市場調査目的で作成されたものであり,販売を目的とするものではないと主張する(第1回口頭審理調書「被請求人」6)。
しかし,カタログナンバーまで付され,かつ,本件販売製品について詳細な記載を行うカタログ(甲28)が作成されていることや,スズキ&アソシエイツ有限会社の鈴木社長とABCシステム株式会社安藤社長並びに被請求人従業員大槻浩司氏との間において,ホルダー寿命や,消耗品並びに客先での修理可能性等の実際的な事項について詳細なやり取りが行われていることに照らせば,被請求人が,本件販売製品の販売申出を行なっていたことは明らかであり,これは,被請求人が主張するような,「市場調査」目的の範疇に納まるものではない。
また,仮に,被請求人が主張するように,価格表(甲29)についても,市場調査目的で作成及び配布されていたのであれば,「予定価格」,「予価」といった,予定価格表である旨の表示がなされることが取引常識に照らして当然と思われるところ,同書証には,そのような記載は一切ない。
以上述べたところからすれば,被請求人が甲27ないし30が作成された平成18年3月末までの時点において,本件特許発明の実施品である本件販売製品の販売申出を公衆に対して行っていたことは明らかであるといえる。
(2)被請求人の公然実施日に関する主張が成り立たないこと
ア 被請求人の主張
被請求人は,甲第2号証及び6号証に写されたバリ取りホルダーは,ドライタイプの製品であるところ,平成18年4月から6月前にかけて,クーラントオイルタイプの製品へと設計変更されており(平成24年1月16日付被請求人口頭審理陳述要領書3ないし4頁,以下「本件設計変更」という。),平成18年3月時点において,ドライタイプの製品は作動するものの,営業的観点からは販売は行っていなかったこと(第1回口頭審理調書「被請求人」9),クーラントオイルタイプの製品が実際に販売されたのは7月下旬であったこと(上記被請求人口頭審理陳述要領書5頁)等を理由に,本件特許発明出願前の時点における公然実施の事実を否認している…(中略)…
ウ 本件設計変更があったとしても,被請求人が,本件特許発明出願前にそれを公然実施していたといえること
被請求人は,本件設計変更があったことを前提とした上で,甲2及び甲6に写されたドライタイプのバリ取りホルダーは,実際に販売可能な製品として完成販売されなかったと主張するものであるが(上記被請求人口頭審理陳述要領書3及び4頁),仮に被請求人の主張に従ったとしても,甲第2号証に具体的な性能,寸法等の記載があり,かつ,甲第6号証のようなサンプル品が完成しており(乙10・4頁),しかも,平成18年3月時点において,ドライタイプのバリ取りホルダーが作動していたのであるから(第1回口頭審理調書「被請求人」5),ドライタイプのバリ取りホルダーは,遅くとも平成18年3月時点において,既に完成していたものに他ならない。
そして,既に述べたように,甲27ないし30からは,被請求人が,ドライタイプのバリ取りホルダーの販売申出をしていたことは明らかである。
そうすると,仮に被請求人の主張するように,本件設計変更があったとしても,被請求人が,本件特許発明出願前に,これを公然実施していたことに変わりはないのである。」

第4 被請求人の主張
1.要点
一方、被請求人の主張を整理すると、次のとおりと認められる。

(1)被請求人ホルダーは本件出願前に公然実施された発明ではない。

(2)本件発明1ないし8は、甲第5号証に記載された発明、甲第16号証に記載された事項、平成11年9月29日の時点において請求人により販売されていたR型タッパーにより公然実施をされた事項、甲第22、23に記載された周知の事項及び甲第25号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2.証拠方法
被請求人は、上記主張の証拠方法として、以下の証拠を提出している。
乙第1号証:乙第3ないし6号証のカタログ作成の請求書
乙第2号証:伊藤隆宏の陳述書
乙第3号証:カタログ(司工機株式会社)
乙第4号証:カタログ(スーパーフィニッシュマルチミル)(以下「乙4カタログ」という。)
乙第5号証:カタログ(SFM7-M型 M/C専用バリ取りホルダー)(以下「乙5カタログ」という。)
乙第6号証:カタログ(司工機株式会社の企業概要書)
乙第7号証:販売ルート図
乙第8号証:司工機株式会社の会社経歴書
乙第9号証:塩谷修の陳述書
乙第10号証:塩谷修の陳述書
乙第11号証:水向誠の陳述書

以上の証拠方法のうち、乙第1ないし9号証は答弁書に添付され、乙第10及び11号証は平成24年1月18日に提出された口頭審理陳述要領書に添付されたものである。
また、乙第1ないし11号証について、両当事者に成立の争いはない(第1回口頭審理調書の請求人の5)。

3.主張の概要
被請求人の主張の概要は、以下のとおりである。なお、<>内のページ番号及び行数の表示は、理解の便宜のため当審で付したものである。

(1)答弁書第3ページ第15行ないし第9ページ第4行
「(1)本件特許発明が製品の販売により新規性を欠如しているとの請求人の主張について
…(中略)…
<第3ページ第27行ないし第4ページ第15行>
本件特許発明は、その出願日(平成18年5月8日)前の平成18年4月1日に、販売製品として販売を開始しているから、特許出願前に公然実施された発明である旨主張している。
そこで、上記請求人の主張を検討すると、確かに、甲第13号証の司工機株式会社のウエブサイトにおいて、「2006年04月01日 新製品M/C用バリ取りホルダー(PAT)スーパーフィニッシュマルチミルを販売開始しました。」との記載があり、甲第14号証の司工機株式会社取締役の塩谷修氏の証言を含む調書には、塩谷修氏の証言として「ええ、あれから2年以上かかりました、商品化するのにですね。実際には18年4月1日から販売を始めましたんで、その間テスト、改善、改良もそれなりに加えています。」との記載がある。
しかし、上記のウエブサイトの記載及び塩谷氏の証言は、「バリ取りホルダースーパーフィニッシュマルチミルの販売を開始する」という会社の営業方針を単に示すにすぎず、乙第9号証の陳述書において塩谷氏が陳述しているように、バリ取りホルダースーパーフィニッシュマルチミルが2006年04月01日に或いは本件特許の出願前(2006年5月8日以前)に製造販売された事実は全くない。
…(中略)…
<第4ページ第20ないし25行>
また、仮に本件特許発明の実施品がバリ取りホルダースーパーフィニッシュマルチミルであるとしても、そのスーパーフィニッシュマルチミルが本件特許の出願前に実際に販売されたことを証明する、その売買契約書、受領書、代金支払いなどの販売に関する書類、つまりその販売を裏付ける証拠は、全く提出されてないのであるから、請求人は、本件特許の出願前に、本件特許発明が公然実施されたことを、何ら立証していない。
…(後略)」

(2)平成24年1月18日提出口頭審理陳述要領書第3ページ第16行ないし第6ページ第2行
「(3)「BT30-SFM7-M185」が最初に販売された時期は、平成18年7月下旬であります。塩谷氏、水向氏が各々の陳述書(乙第10号証、乙第11号証)で陳述しているように、バリ取りホルダーの製造販売を目指していた平成18年3月ごろ、バリ取りホルダーの構造において、クーラントオイルタイプにすることを含めて設計変更を必要とする箇所がみつかり、平成18年3月から平成18年6月にかけて設計変更の図面を作成し、変更図面に基づく製品の改良を行なったため、実際に販売可能な製品の完成が同年7月にずれ込んだからです。なお、最初に販売されたのは、平成18年7月31日ですが、この最初の販売は、乙10号証で塩谷氏が陳述するとおり、カタログ完成前に直接販売したものであり、カタログが完成し代理店を通じての正式な販売が開始されたのは、平成18年8月以降であることから、「被請求人が現実に本件特許権に係る製品の販売を開始したのは平成18年8月以降になってからであり、平成18年4月に販売した事実は無い。」と述べたものであります。
…(中略)…
(6)審判官殿は、「もし、被請求人が主張するように、「平成18年4月1日にバリ取りホルダーの販売が開始されたというウエブサイトの記載は、単に会社の営業方針としてバリ取りホルダーの販売を開始するという会社の意思表示を社内的、社外的に発表したにすぎない」のであれば、一般には、「M/C用バリ取りホルダー(PAT)スーパーフィニッシュマルチミルを販売する予定です。」などと記載されることから、被請求人の主張は合理的ではない。」としています。
しかし、「……販売する予定です。」とのウエブサイトの記載は、その記載を見たユーザー等には、未来の販売を意味することとなるため、平成18年4月1日以降にユーザー等がその記載を見た場合には、違和感を持つことから、ウエブサイトの記載を、「……販売する予定です。」とはせず、「……販売を開始しました。」としたものであり、このように販売予定時期以降にウエブサイトを閲覧するユーザー等を考慮して、「……販売を開始しました。」という記載を用い、販売を開始するという会社の意思表示を社内的、社外的に発表したことには、何ら不合理な点はありません。
(7)販売開始日について
審判官殿は、「甲第14号証の調書が作成された平成21年10月29日には、既に販売が開始されていたにもかかわらず、現実の販売ではなく販売予定の時期を販売開始時期として証言したという説明は合理的ではない。」としています。
上述したように、実際に販売が行なわれたのは、販売予定時期であった平成18年4月1日から大幅に遅れた平成18年7月下旬になってからですが、被請求人は、平成18年4月1日に販売を開始する旨をウエブサイトで表明するなど、当初販売開始日を平成18年4月1日に予定していました。
このため、塩谷氏は、乙第10号証で陳述しているとおり、販売予定時期が平成18年4月1日だったので、販売開始時期も平成18年4月1日であっただろうという思い込みで答えてしまったものであります。
すなわち、本件特許に係る前の裁判では販売開始時期が特に問題とされていなかったため、塩谷氏は、販売開始の日付がそれほど重大な意味を持つとは思わずに、誤って開始予定時期を販売開始時期として証言してしまったものであり、実際に販売が行われたのは、平成18年7月下旬であります。」

(3)平成24年1月31日提出上申書第3ページ第8行ないし第4ページ第19行
「(4)応対記録「4.」の(4)について
ホームページを作成したときには販売できると思っていたが、結局、販売可能な製品は完成していなかったのであり、4月1日には販売開始されなかった。
(5)応対記録「4.(5)」について
これも、矛盾は無いと考える。塩谷氏としては早く売りたいと考えていたところ、社長から4月1日と言われたということである。しかし、18年4月1日時点で、販売可能な製品は完成しなかったのである。なお、4月1日を販売開始予定としたのは、期初であるため、目標として立て易かったからである。
(6)応対記録「4.」の(6)について
甲第28号証は、平成18年1月頃にWordで大槻氏が作りカラーコピーしたものであり、正式なカタログではない。本件バリ取りホルダーは全くの新規製品であるため、「客先の反応を見たい」ということで試しに資料を作成し、ABCシステム株式会社に渡したものである。ABCシステム株式会社は、被請求人の関連会社であり、販売総代理店とすることを被請求人は考えていた。甲第28号証は、ABCシステム株式会社に対してしか渡してなく、渡した数も20?30枚程度である。
なお、ABCシステム株式会社には社員もおらず、社長1人であり、資料を渡したもののほとんど反応は無かった。ABCシステム株式会社はその後社名変更をし、株式会社ファインテクノに社名変更した。これが乙第7号証のルート図に掲載されている株式会社ファインテクノである。従って、実態は変わっていない。
(7)応対記録「4.」の(7)について
販売可能な製品が無かったので、売れることはあり得なかったし、現実にも売れなかったのである。
(8)応対記録「4.」の(8)について
甲第28号証の資料をABCシステム株式会社がスズキ&アソシエイツ有限会社に見せた可能性はある。しかし、その後スズキ&アソシエイツ有限会社を含め、販売された事実は無い。なお、乙第10号証に言う「カタログ」は正式のものである。
(9)応対記録「4.」の(9)について
18年3月31日の時点では、具体的な売買契約の話にまでは進んでおらず、単なる問い合わせの域を出ていないため、大槻氏は販売開始の目処については言及しなかったものである。この時点では販売するための製品は無かったが、その時点で、「まだ売れない」などという話は他社にはしていないし、現実に営業政策上もそのような話はできない。
(10)応対記録「4.」の(10)について
正式なカタログが作成された時期が平成18年8月であったことを示す乙第1?6号証以外には、証拠は無い。」

(4)第1回口頭審理調書の被請求人
「5 甲第27号証ないし甲第30号証に示す「バリ取りホルダー」製品はドライタイプのものである。
6 甲第27号証ないし甲第30号証は市場調査目的で作成されたものであり、販売を目的としたものではない。
7 甲第28号証の第4頁右下部に記載された文字列については、部数の記載もなく単なる整理番号のようなものである。」
「9 本件出願前に開発したドライタイプの「バリ取りホルダー」製品は、作動はするが、営業的観点から販売は行っていない。」

(5)平成24年2月27日提出上申書第2ページ第13行ないし第4ページ第21行
「(1)通知書「1.理由1(新規性欠如)」の(3)について
通知書「1.理由1(新規性欠如)」の(3)には、「甲27ないし甲30号証によって行われた行為が、秘密を保つ義務を有しない者との間でなされたことについては両当事者に争いがない。」とあるが、被請求人従業員大槻浩司は、本件特許発明の内容については、少なくとも本件特許出願前においては、秘密を保つ義務を有する者であった。すなわち、甲27ないし甲30号証によって行われた行為において、バリ取りホルダー「スーパーフィニッシュマルチミル」に関して、仮に本件特許発明の内容に係る質問があったとしても、被請求人従業員大槻浩司は、その質問に答えることはなかったのであるし、現に甲27ないし甲30号証によって行われた行為において、本件特許発明の内容に係る事項は一切説明されていない。
そして、通知書「1.理由1(新規性欠如)」の(3)には、「したがって、当該事項と(1)によれば、無効理由1についての争点は、甲第12、31に記載された北原がバリ取りホルダーのカタログを見せられたこと、及び27ないし30号証によって行われた行為が、特許法第2条第3項第1号に規定される「譲渡等の申出」に該当するか否かのみである。」とあるが、甲第12、31に記載された北原氏がバリ取りホルダーのカタログを見せられたこと、及び27ないし30号証によって行われた行為(以下、「甲27等の行為」という。)が、特許法第2条第3項第1号に規定される「譲渡等の申出」に該当するか否かのみならず、甲27等の行為が、特許法第29条第1項第2号に規定される「公然」に該当するか否かも、被請求人は争うものである。すなわち、甲27等の行為が「公然譲渡等の申出」に該当するか否かが、無効理由1の争点なのである。
ここで、「公然実施をされた発明」とは、「その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされた発明」の意であり(特許庁「特許・実用新案審査基準 第II部第2章1.2.3 公然実施をされた発明」参照)、実施自体が公然であっても、当業者がその内容を知り得ないような方法での実施であるならば、公然実施とはいえない(中山信弘著「特許法」法律学講座双書第116頁)。
この「公然実施」の意味からも、甲27等の行為は、「公然譲渡等の申出」には該当しない。先の口頭審理で陳述したように、甲27ないし30号証は市場調査目的で作成されたものであり、販売を目的としないものであるから、甲27等の行為は「譲渡等の申出」に該当しない。のみならず、甲27ないし30号証のいずれを見ても、バリ取りホルダー「スーパーフィニッシュマルチミル」の内部構成は知り得ず、被請求人従業員大槻浩司は、本件特許発明の内容については秘密を保つ義務を有する者であったのであるから、甲27ないし30号証に記載されたバリ取りホルダー「スーパーフィニッシュマルチミル」がたとえ本件特許発明の構成を有していたとしても、甲27等の行為によって、本件特許発明の内容を知り得ることはなかったのである。すなわち、甲27等の行為は、「公然譲渡等の申出」には該当しない。
(2)通知書「1.理由1(新規性欠如)」の(5)について
請求人は陳述要領書(3)の「1.新規性」において、「甲27ないし30からは、被請求人が、ドライタイプのバリ取りホルダーの販売申出をしていたことは明らかである。そうすると、仮に被請求人の主張するように、本件設計変更があったとしても、被請求人が、本件特許発明出願前に、これを公然実施していたことに変わりはないのである。」というように(陳述要領書(3)第6頁第13?17行)、公衆に対する販売の申出があったから、公然実施に該当すると主張する。
しかしながら、これは、「販売の申出」を「公然実施」にすり替えるものであり、到底受け入れられるものではない。なるほど「販売」の場合には、公衆に対し販売がされれば、一般には「公然実施」に該当することが多いが、「販売の申出」の場合には、例えば販売の申出の時に求めに応じて内部構造を説明する等、その販売の申出行為そのものによって特許発明に係る部分が知られ得ることがなければ、「公然実施」には該当しない。この点、上記(1)で述べたように、甲27ないし30号証のいずれを見ても、バリ取りホルダー「スーパーフィニッシュマルチミル」の内部構成は知り得ず、被請求人従業員大槻浩司は、本件特許発明の内容については秘密を保つ義務を有する者であったのであるから、甲27等の行為によって、本件特許発明の内容を知り得ることはなかったのである。したがって、甲27等の行為は「公然実施」には該当しない。
念のため付言するが、被請求人は、甲28のカタログにカタログナンバーまで付されている旨主張するが、カタログの内容が確定し大量に印刷されることが前提となっているものであれば通し番号が付されることが通常であるところ、甲28に付されたカタログ番号はこうした番号とは全く異なっている。この番号の表記を見れば分かる通り、この番号は臨時的に付された内部的な整理番号以外の何物でもない。この点からも市場調査目的であったことは明らかである。」

第5 無効理由1の検討
1 前提
以下(1)ないし(7)の点については、両当事者に争いはない。
(1)平成18年3月頃、被請求人が被請求人ホルダーの販売開始予定日を平成18年4月1日としていたこと、及び被請求人が甲13ホームページによって、被請求人ホルダーの販売を平成18年4月1日に開始したという内容を掲載したこと
(2)甲1製品が、被請求人により製造され、平成23年1月に請求人に販売された製品であること(第1回口頭審理調書の両当事者の1)
(3)被請求人ホルダーについて、平成18年4月のものから甲1製品に至るまで、本件発明1ないし8と対比する上では、同一の構成であること(第1回口頭審理調書の両当事者の2)
(4)被請求人ホルダーについて、平成18年4月のものから甲1製品に至るまで、型番「BT40-SFM7」と「BT30-SFM7」とは、本件発明1ないし8と対比する上では、同一の構成であること(第1回口頭審理調書の両当事者の3)
(5)被請求人ホルダーについて、平成18年4月のものから甲1製品に至るまで、本件発明1ないし8の構成を全て備えていたこと(平成24年2月1日付け通知書の第1)
(6)次のアないしカの行為(以下「行為アないしカ」という。)があったこと(平成24年2月15日付け通知書の1.(2)、同年3月2日付け通知書の1.(1)、及び平成24年2月24日提出口頭審理陳述要領書(4)の1.(1))
ここで、「北原」は請求人取締役北原寛巳を、「鈴木」はスズキアンドアソシエイツ有限株式会社の社長鈴木を、「安藤」はABCシステム株式会社の社長安藤裕介を、また、「大槻」は被請求人従業員大槻浩司を指す。
ア 平成18年1月頃、北原は鈴木から、甲28資料と同一のカタログを見せられた。(甲12、31)
イ 平成18年3月10日、鈴木は安藤から、被請求人ホルダーの資料及び甲29価格表を受け取った。(甲27、請求人口頭審理陳述要領書第6ページ)
ウ 平成18年3月22日、鈴木は安藤に対して、データを加工して海外に送ることを前提として、被請求人ホルダーのカタログのデータのメールによる送付を、ファクシミリによって依頼した。(甲27)
エ 平成18年3月31日付けで、鈴木から安藤に対して、被請求人ホルダーに関して、ファクシミリによって質問をした。(甲30)
オ 平成18年3月31日、大槻から鈴木に対して、エの質問の一部について、メールによって回答した。(甲30)
カ 平成18年4月3日、安藤から鈴木に対して、エの質問の一部について、ファクシミリによって回答した。(甲30)
(7)行為アないしエ及びカは、被請求人ホルダーについて秘密を保つ義務を有しない者同士の間でなされ、行為オは、被請求人ホルダーについて秘密を保つ義務を有する大槻と被請求人ホルダーについて秘密を保つ義務を有しない者との間でなされたこと(平成24年3月2日付け通知書の1.(2))

2 被請求人ホルダーにより実施された発明
甲第1号証の甲1製品の概観の写真、甲第2号証の1、2の被請求人ホルダーの説明及び写真、甲第4号証の甲1製品のX線CT検査結果、甲第5号証の図1ないし7及びそれに関連する説明、甲第6号証の被請求人ホルダーの全体及び部品の写真、甲第8、9号証の被請求人ホルダーに関する説明、甲第26号証の甲1製品の全体及び部品の写真、甲第28号証の被請求人ホルダーの説明及び写真、乙第4、5号証の被請求人ホルダーの説明及び写真についての記載について、上記1(2)ないし(5)の前提を踏まえて、被請求人ホルダーの構成を本件発明1ないし8の記載に沿って整理すると、被請求人ホルダーによって、次の発明が実施されたと認められる。
なお、上記1(3)ないし(5)の前提によれば、被請求人ホルダーによって実施された発明をこのように認定することについて、両当事者に争いはない。
「工作機械の主軸にシャンクを着脱自在に取り付け、該主軸の回転により該シャンクおよびホルダーに装着した刃具を回転駆動すると共に、
該シャンクに対し該ホルダーおよび刃具を傾動させて加工を行う加工工具において、
該シャンクの下端部外側にベアリングを介してケースが取り付けられ、該シャンクの下端軸心部に設けた軸孔に吸収ロッドが軸方向に摺動可能に配設され、該吸収ロッドと該シャンク間には該吸収ロッドを軸方向に付勢する吸収ばねが配設され、該ケース内の下部には傾動ケースが軸線に対し傾動可能に配設され、該傾動ケース内にはホルダーがベアリングを介して回転自在に配設され、該ホルダー内には先端に工具用のチャック部を設けた摺動ホルダーが軸方向に摺動可能に配設され、該ホルダーと該摺動ホルダー間には該摺動ホルダーを軸方向に付勢するばね部材が配設され、前記吸収ロッドの下端部と該ホルダーの上端部は相互に自在継手ロッドにより連結され、該自在継手ロッドの外周部の該ケース内に、多数の傾動支持ピンを下方に向けて且つばね部材により付勢して突出させてなる傾動支持ピン装置が配設され、
該傾動支持ピン装置の傾動支持ピンの先端は、該傾動ケースの上部に設けた受圧板に当接し、該自在継手ロッドは、吸収ロッドの下部と連結された第1自在継手部と、ホルダーの上部と連結される第2自在継手部とを中間軸の上部と下部に設けて構成され、
第1自在継手部は、吸収ロッドに対し円周全方向に傾動可能で且つ軸方向に摺動可能に連結され、第2自在継手部はホルダーに対し円周全方向に傾動可能で且つ軸方向に摺動可能に連結され、
該第1自在継手部の先端中央に形成された嵌入穴に1個の金属球が転動可能に嵌入されると共に、該吸収ロッド側の下端部中央に設けられた受入れ凹部に該金属球が係合し、第2自在継手部の先端中央に形成された嵌入穴に1個の金属球が転動可能に嵌入されると共に、該ホルダー側の上端部中央に設けられた受入れ凹部に該金属球が係合し、
該自在継手ロッドが該吸収ロッド及び該ホルダーに対し直線状態のとき、両側の該金属球が両側の該受入れ凹部に係合した状態を保持し、該自在継手ロッドが該吸収ロッド及び該ホルダーに対し傾動したとき、少なくとも何れか一方の該金属球が受入れ凹部の略中央から外側寄りに移動し、傾動荷重を外されて該ホルダーが傾動状態から直線姿勢に戻る際、該金属球が該外側寄りから該受入れ凹部の略中央に移動し、
前記傾動支持ピン装置は、円環状に形成されたピンケース内に多数の傾動支持ピンがその先端を下方に突出させて円周上に配設されると共に、各傾動支持ピンがばね部材により下方に付勢されて構成され、傾動支持ピン装置が回動自在のフリー状態でケース内に配設され、
前記傾動支持ピン装置の上側に、ボールベアリングがフリー状態で回転自在に配設され、
前記ケース内のボールベアリングの上側に、高さ調整用の調整ナットが螺合され、該調整ナットのねじ込みによりボールベアリングの上側空間の隙間幅を調整可能とし、
前記自在継手ロッドの中間軸に、円盤部が形成され、前記第1自在継手部の先端部下寄りと第2自在継手部の下端部上寄りに、半球状凸部が突設されると共に、該吸収ロッドとホルダーの継手凹部内に、該半球状凸部が嵌合する溝部が軸方向に形成され、
前記傾動ケースは、前記ケース内で球面滑り軸受を介して所定の角度範囲内で傾動可能に配設され、
前記ホルダーは、傾動ケース内で少なくとも2個のニードルベアリングを含む複数のベアリングを介して回転自在に配設され、
前記シャンクが該工作機械の主軸に装着された際、該工作機械の固定部に係合して該ケースを位置決めして静止させる位置決め係合部が前記ケースの側部に設けられ、該位置決め係合部は、位置決めピンが該ケースから側方に突出した保持部に、上下方向に摺動可能に且つばね部材により上方に付勢されて保持され、該位置決めピンの外周におねじ部が形成され、該おねじ部に調整ナットが螺合して装着されると共に、該調整ナットの外周部に回り止めキーが、その先端を該シャンクの下部に取り付けたオリエンテーションリングの係合部に係合可能に、該調整ナットの回転を許容して取り付けられ、調整ナットの回転操作により位置決めピン及び回り止めキーを上下動させた加工工具。」(以下「被請求人実施発明」という。)

3 被請求人実施発明の公然実施
3.1 公然実施についての特許法上の規定
(1)請求人は、被請求人ホルダーのような機械工具においては、分解をすることにより、その内部構造を容易に把握することが可能であるから、現実に販売されていなくても、既に製品の生産を完了し、不特定多数の者の求めに応じて、即座に販売することができる状態にあれば、販売の申出をしていることをもって特許法第29条第1項第2号における公然実施に該当する旨主張する。(第3の3(2))

(2)これに対し、被請求人は、実施自体が公然であっても、当業者がその内容を知り得ないような方法での実施であるならば、公然実施とはいえず、実施が「販売の申出」の場合には、例えば、販売の申出のときに求めに応じて内部構造を説明するなど、その販売の申出行為そのものによって特許発明に係る部分が知られ得ることがなければ、「公然実施」には該当しない旨主張する。(第4の3(5))

(3)「実施」については、特許法第2条第3項第1号に「物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為」と規定されている。
ここで、「譲渡等の申出」は発明に係る物の存在、現実の譲渡等を前提としない概念であるが、カタログによる勧誘等が行われた事実に加え、当該物を別途所持していた事実等を立証することで、実際に行われた申出が発明の実施行為と認定され得るものである。
また、特許法第29条第1項第2号に規定される「公然実施をされた発明」とは、その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされた発明を意味する。
供給者が不特定の需要者に対して製品の販売の申出をした場合には、不特定の需要者が当該製品を購入可能となるところ、被請求人ホルダーのような機械工具においては、当該製品を分解することにより、その内部構造を把握できるのであるから、販売の申出をすることによって、その内部構造が公然知られるおそれがあるといえる。
そして、販売の申出が譲渡等の申出であって、特許法第2条第3項第1号に規定される実施にあたるのは明らかであるから、被請求人ホルダーのような機械工具において、不特定の需要者に対して販売の申出をする行為は、公然実施であると解するのが相当である。

3.2 販売可能な被請求人ホルダーについて
(1)請求人は、鈴木が平成18年3月10日、海外向けスーパーフィニッシュマルチミルの具体的価格表である甲29価格表をABCシステムから受領していたこと、鈴木が同社に被請求人ホルダーの性能等に関し具体的な質問をした際に、同社及び被請求人従業員である大槻から具体的な回答があった(甲第30号証)こと、行為アないしカに加えて、同年4月1日には甲13ホームページによって不特定多数の顧客に対して、被請求人ホルダーの販売開始をアナウンスしたこと、及び平成18年3月時点において、ドライタイプの被請求人ホルダーが作動していたことから、ドライタイプの被請求人ホルダーは、遅くとも平成18年3月時点において既に完成していた旨主張する。(第3の3(2)、(3)、(5))

(2)これに対し、被請求人は、平成18年3月頃、被請求人ホルダーをドライタイプからクーラントオイルタイプにすることを含めて設計変更を必要とする箇所が見つかり、平成18年3月から6月にかけて設計変更の図面を作成し、変更図面に基づく製品の改良を行ったため、実際に販売可能な製品の完成が同年7月にずれ込んだため、本件出願前に販売可能な製品はなかった旨主張する。(第4の3(2)、(3))

(3)上記設計変更前のドライタイプの被請求人ホルダーが作動するものであったことは、被請求人も認めている。
クーラントオイルタイプの被請求人ホルダーが完成したのが、被請求人が主張するとおり平成18年7月であれば、同年1月頃配布されていた被請求人ホルダーに関する資料である甲28資料、同年3月付けで作成された甲29価格表、同年3月末から4月初めにかけてなされた甲第30号証により示される被請求人ホルダーに関する質問及び回答は、いずれもドライタイプの被請求人ホルダーに関するものであったと考えられる。
ドライタイプの被請求人ホルダーは、十分作動するものであり、具体的仕様のみならず価格まで設定可能であったことを踏まえると、平成18年3月時点のドライタイプの被請求人ホルダーは販売可能なものであったと考えるのが妥当である。
また、平成24年1月25日付け応対記録の第1の4.(10)による、「平成18年4月1日に販売開始予定であったものを、延期したことを対外的に知らせたことを示す客観的な証拠、平成18年8月以降に初めて販売が可能となったことを示す客観的な証拠を提出されたい。」という当審からの要請に対して、被請求人は、平成24年1月31日提出の上申書において、「正式なカタログが作成された時期が平成18年8月であったことを示す乙第1?6号証以外には、証拠は無い。」と回答したのみであり、平成18年3月時点のドライタイプの被請求人ホルダーは販売可能なものであったという推測を否定する証拠はない。

3.3 甲13ホームページの掲載及び行為アないしカと販売の申出との関係について
(1)請求人の主張
<甲13ホームページについて>
請求人は、被請求人が平成18年4月1日に、甲13ホームページに被請求人ホルダーを販売開始したという内容を掲載したことにより、被請求人ホルダーの販売の申出をしたものであり、そのことについて甲14塩谷調書で塩谷が証言していることから、被請求人は、平成18年5月8日前に被請求人ホルダーを公然実施し(第3の3(1))、また、被請求人の、甲13ホームページ及び甲14塩谷調書は会社の営業方針を単に示したものであるという主張に対し、甲13ホームページの記載は字義どおりに被請求人ホルダーの現実の販売を開始したとしか解釈することができず、そこに被請求人の営業方針が表明されたにすぎないと解釈することは困難であり、また、甲14塩谷調書の証言について、証言の信用性は高い(第3の3(2))旨主張する。
<行為アないしカについて>
請求人は、行為アないしカは一般ユーザに対して被請求人ホルダーの販売の申出をするものであり(第3の3(2)、(3))、また、被請求人の、行為アないしカは市場調査を目的とするものであり、販売を目的とするものではないという主張に対し、カタログナンバーまで付され、被請求人ホルダーについて詳細に記載された甲28資料が作成されていること、鈴木、安藤及び大槻との間において、被請求人ホルダーの実際的な事項について詳細なやり取りが行われていることから、被請求人が主張するような市場調査目的の範疇に納まるものではない(第3の3(4)、(5))旨主張する。

(2)被請求人の主張
<甲13ホームページについて>
これに対し、被請求人は、甲13ホームページ及び甲14塩谷調書は、被請求人ホルダーの販売を開始するという会社の営業方針を単に示したものにすぎず(第4の3(1)、(2))、また、甲14塩谷調書の証言について、販売予定時期が平成18年4月1日だったので、販売開始時期も同日であっただろうという思い込みで答えてしまった(第4の3(2))旨主張する。
<行為アないしカについて>
被請求人は、行為アないしカは市場調査を目的とするものであり、販売を目的とするものではない旨主張する。(第4の3(4)、(5))

(3)当審の判断
<甲13ホームページについて>
甲14塩谷調書の証言が思い違いによるものであった可能性は否定できない。しかしながら、甲13ホームページによって、不特定の需要者に対して、被請求人ホルダーの販売開始したという内容を掲載した以上、当該ホームページを見た需要者は当該ホルダーが購入可能なものであると考えるのが当然であり、需要者から購入の申出があった場合に、被請求人ホルダーを販売できなければ、被請求人の信用が失われるおそれがある。
したがって、甲13ホームページを掲載する行為が、会社の営業方針を単に示したものであるという主張はきわめて不合理であり、公然と不特定の需要者に対して被請求人ホルダーの販売の申出をしたものと考えるのが妥当である。
<行為アないしカについて>
平成18年1月頃配布されていた被請求人ホルダーに関する資料である甲28資料に記載された内容と、同年8月末に作成された被請求人ホルダーのカタログである乙4、5カタログ及び平成23年2月に掲載されていた被請求人ホルダーを説明するホームページである甲2の1、2ホームページに記載された内容とは、両者の「SFM7-M型寸法表」における「L_(2)」及び「H標準寸法」が異なること、両者の加工事例が異なること、両者のレイアウトが異なること、及び前者の誤記が後者で修正されていることを除いて、両者はほとんど同一であることから、甲28資料の内容は実際の販売活動に使用可能なものであったことが理解できる。また、甲28資料には、市場調査目的であることをうかがわせる記載が一切ないだけでなく、同資料には、販売元が記載されたうえで、「御購入の前に御確認下さい」という欄に「位置決めブロックが無い場合には機械メーカー又は弊社、販売元までお問い合わせ下さい。」と記載されていることから、同資料を見た需要者から、被請求人ホルダーの購入の申出があり得ることを想定したものであると認められる。
被請求人が平成18年3月10日付けで作成した海外向けスーパーフィニッシュマルチミル価格表である甲29価格表には、具体的な価格について記載されている一方で、市場調査目的であることや予定価格であることをうかがわせる記載が一切ないだけでなく、取引条件について、「USドル立ての場合は、レート110円として下さい。」及び「取引条件は現金払いとします。」と具体的に記載されており、実際の取引を想定したものであると認められる。
また、大槻から鈴木に宛てたメールである甲30メールは、平成18年3月31日に送信されたものであるが、同メール中には、市場調査目的であることや送信時において購入の申し出を受けても販売できないことをうかがわせる記載が一切ないだけでなく、実際の使用に際して問題となる点についても説明されており、同メールに対して、購入の申し出があり得ることを想定したものであると認められる。
さらに、3.2において示したように、平成18年4月1日には、作動するドライタイプの被請求人ホルダーが完成していたと認められることに加え、平成18年4月1日には、被請求人がホームページに、被請求人ホルダーの販売開始したという内容を掲載したことからも、甲28資料、甲29価格表及び甲30メールを見た需要者から購入の申し出を受けた場合には、ドライタイプの被請求人ホルダーを販売する用意があったものと考えるのが妥当である。
そして、行為アないしエ及びカは、被請求人ホルダーについて秘密を保つ義務を有しない者同士の間でなされ、行為オは、被請求人従業員である大槻から被請求人ホルダーについて秘密を保つ義務を有しない者に対してなされた(1.1(7))ことから、これら行為は、公然と被請求人ホルダーの販売の申出をしたものと解される。

被請求人は、甲28資料、甲29価格表及び甲30メールについて、市場調査を目的とするものであり、販売を目的としたものではない旨(第1回口頭審理調書の被請求人6)、及び平成18年3月31日の時点では、販売するための製品はなかったが、その時点で「まだ売れない」などという話は他者にはしていないし、現実に営業政策上もそのような話はできない旨(平成24年1月31日提出上申書の6.(9))主張している。
しかしながら、市場調査目的であれば、まだ販売を開始していないということを伝えることが普通であって、「そのような話はできない」などということは一般常識としてあり得ない。
また、上述のとおりこれら証拠には、市場調査目的であることをうかがわせる記載が一切ないだけでなく、これらを見た者から購入の申出があり得ることを想定したものとなっている。そのため、需要者から購入の申し出を受けた際に、仮に、市場調査目的であり、商品を供給することができないということになれば、被請求人の信用が失われることになる。
したがって、被請求人の上記主張は直ちに認めることはできない。

よって、甲13ホームページの掲載及び行為アないしカは、いずれも公然と販売の申出をする行為に該当するものと認められるところ、販売の申出が譲渡の申出であることは明らかであるから、公然と譲渡等の申出をしたものである。

3.4 小括
以上のことから、ドライタイプの被請求人ホルダーについて、平成18年1月頃から同年4月3日にかけて、秘密を保つ義務を有しない者に対して被請求人ホルダーの譲渡等の申出がなされ、同年4月1日には、甲13ホームページによって不特定者に対して被請求人ホルダーの譲渡等の申出がなされたことから、被請求人実施発明は本件出願前である平成18年5月8日前に公然実施をされたものと認められる。

4 対比、判断
本件発明1と被請求人実施発明とを対比すると、両者に構成上の差異はないから、本件発明1は特許出願前に公然実施をされた発明である。
同様に、本件発明2ないし8と被請求人実施発明の両者に構成上の差異はないから、本件発明2ないし8は特許出願前に公然実施をされた発明である。

5 まとめ
したがって、本件発明1ないし8は、特許法第29条第1項第2号に規定する発明であるから、同条同項の規定により特許を受けることができない。

第6 無効理由2の検討
1.甲第5号証に記載された発明、甲第16号証に記載された事項、R型タッパーにより公然実施をされた事項、甲第22、23に記載された周知の事項及び甲第25号証に記載された事項

1.1 甲第5号証に記載された発明
a.(特許請求の範囲)
「【請求項1】
工作機械の主軸にシャンクを着脱自在に取り付け、該主軸の回転により該シャンクおよびホルダーに装着した刃具を回転駆動すると共に、該シャンクに対し該ホルダーおよび刃具を傾動させて加工を行う加工工具であって、
該シャンクの下端部外側にベアリングを介してケースが取り付けられ、該ケースには該主軸に装着された際、該工作機械の固定部に係合して該ケースを位置決めして静止させる位置決め係合部が設けられ、該シャンクの下端軸心部に設けた軸孔に吸収ロッドが軸方向に摺動可能に配設され、該吸収ロッドと該シャンク間には該吸収ロッドを軸方向に付勢する吸収ばねが配設され、該ケース内の下部には傾動ケースが軸線に対し傾動可能に配設され、該傾動ケース内にはホルダーがベアリングを介して回転自在に配設され、該ホルダー内には先端に工具用のチャック部を設けた摺動ホルダーが軸方向に摺動可能に配設され、該ホルダーと該摺動ホルダー間には該摺動ホルダーを軸方向に付勢するばね部材が配設され、前記吸収ロッドの下端部と該ホルダーの上端部は相互に自在継手により連結され、該自在継手の外周部の該ケース内に、多数の傾動支持ピンを下方に向けて且つばね部材により付勢して突出させてなる傾動支持ピン装置が配設され、該傾動支持ピン装置の傾動支持ピンの先端が該傾動ケースの上部に設けた受圧板に当接することを特徴とする加工工具。
【請求項2】
前記傾動支持ピン装置は、円環状に形成されたピンケース内に多数の傾動支持ピンがその先端を下方に突出させて円周上に配設されると共に、各傾動支持ピンがばね部材により下方に付勢されて構成され、該傾動支持ピン装置が回動自在のフリー状態で前記ケース内に配設されたことを特徴とする請求項1記載の加工工具。
【請求項3】
前記傾動支持ピン装置の上側に、ボールベアリングがフリー状態で回転自在に配設されていることを特徴とする請求項2記載の加工工具。
【請求項4】
前記ケース内の前記ボールベアリングの上側に高さ調整用の調整ナットが螺合され、調整ナットのねじ込みにより該ボールベアリングの上側空間の隙間幅を調整可能とした請求項3記載の加工工具。
【請求項5】
前記自在継手は、前記吸収ロッドの下部と連結された第1自在継手部と、前記ホルダーの上部と連結される第2自在継手部とを中間軸の上部と下部に設けて構成され、該第1自在継手部は該吸収ロッドに対し円周全方向に傾動可能で且つ軸方向に摺動可能に連結され、該第2自在継手部は該ホルダーに対し円周全方向に傾動可能で且つ軸方向に摺動可能に連結されていることを特徴とする請求項1記載の加工工具。
【請求項6】
前記自在継手の中間軸に円盤部が形成され、前記第1自在継手部と第2自在継手部には鋼球が嵌合する半球状の凹部が形成されると共に、前記吸収ロッドとホルダーの継手凹部内には該鋼球が嵌合する溝部が軸方向に形成されている請求項5記載の加工工具。
【請求項7】
前記傾動ケースは前記ケース内で球面滑り軸受を介して所定の角度範囲内で傾動可能に配設されていることを特徴とする請求項1記載の加工工具。
【請求項8】
前記ホルダーは、前記傾動ケース内で少なくとも2個のニードルベアリングを含む複数のベアリングを介して回転自在に配設されていることを特徴とする請求項1記載の加工工具。」

b.(発明の詳細な説明、段落31)
「【0031】
自在継手ロッド5は、中間軸の上部に第1自在継手部51を形成すると共に、中間軸の下部に第2自在継手部52を設けて形成され、ピンケース31の中央空間を貫通し、その上部の第1自在継手部51を吸収ロッド22の継手凹部24内に嵌入し、その下部の第2自在継手部52をホルダー本体61の上部の継手凹部63内に嵌入して取り付けられている。第1自在継手部51は自在継手ロッド5の上端半球部の外周に、球状先端を有したピンを90°の間隔でその球状先端を突き出して嵌着して形成され、第2自在継手部52も同様に、自在継手ロッド5の下端半球部の外周に、球状先端を有したピンを90°の間隔でその球状先端を突き出すように嵌着して形成されている。また、自在継手ロッド5は、第1、第2自在継手部51,52の上端と下端に突き出して嵌着される球状先端の位置を、相互に45度ずらすことにより、よりスムーズな傾動が可能となる。」

上記摘記事項a中の請求項5の記載と、摘記事項bの記載とを対照すると、摘記事項a中の請求項1、5における「自在継手」が、摘記事項b中の「自在継手ロッド5」を指していることは自明である。そこで、技術常識を勘案しつつ、摘記事項a、bを本件発明1の記載に沿って整理すると、甲第5号証には次の発明が記載されていると認められる。
「工作機械の主軸にシャンクを着脱自在に取り付け、該主軸の回転により該シャンクおよびホルダーに装着した刃具を回転駆動すると共に、
該シャンクに対し該ホルダーおよび刃具を傾動させて加工を行う加工工具において、
該シャンクの下端部外側にベアリングを介してケースが取り付けられ、該シャンクの下端軸心部に設けた軸孔に吸収ロッドが軸方向に摺動可能に配設され、該吸収ロッドと該シャンク間には該吸収ロッドを軸方向に付勢する吸収ばねが配設され、該ケース内の下部には傾動ケースが軸線に対し傾動可能に配設され、該傾動ケース内にはホルダーがベアリングを介して回転自在に配設され、該ホルダー内には先端に工具用のチャック部を設けた摺動ホルダーが軸方向に摺動可能に配設され、該ホルダーと該摺動ホルダー間には該摺動ホルダーを軸方向に付勢するばね部材が配設され、前記吸収ロッドの下端部と該ホルダーの上端部は相互に自在継手ロッドにより連結され、該自在継手ロッドの外周部の該ケース内に、多数の傾動支持ピンを下方に向けて且つばね部材により付勢して突出させてなる傾動支持ピン装置が配設され、
該傾動支持ピン装置の傾動支持ピンの先端は、該傾動ケースの上部に設けた受圧板に当接し、該自在継手ロッドは、吸収ロッドの下部と連結された第1自在継手部と、ホルダーの上部と連結される第2自在継手部とを中間軸の上部と下部に設けて構成され、
第1自在継手部は、吸収ロッドに対し円周全方向に傾動可能で且つ軸方向に摺動可能に連結され、第2自在継手部はホルダーに対し円周全方向に傾動可能で且つ軸方向に摺動可能に連結される加工工具。」(以下「甲5発明」という。)

1.2 甲第16号証に記載された事項
a.(第3欄第14ないし21行)
「《発明の要旨》
この発明は上記課題を解決するためになされたもので、ツールに加工負荷がかかるとツールが逃げ、負荷が除かれるツールが元の位置に復帰する求心力を有したフローティングツールホルダでツールの逃げ量を変位センサで検出する機構において、検出された逃げ量を変位センサとは異なる位置で具体的に表示することを要旨とするものである。」

b.(第3欄第22ないし33行)
「《実施態様》
添付の図面にこの発明の一実施態様を示す。
電気または流体圧を駆動源とするモータ1はその出力軸3にツール5を保持する。このモータはツールホルダ本体フレーム7に回動自在に軸支されたジンバル機構9に保持されており、ツール5は前後左右及びこれらの合成方向に揺動可能となっている。モータ1の尾端部にスリバチ状の凹部を形成した台座11を備え、この凹部にはボール13が収容されている。ボール13の上側部はボールガイド15のボール押し付け具17を介して圧縮バネ19で前記凹部方向に向けて押し付けられている。これによってツール5は図中下向きの方向を維持しようとする。」

c.(第4欄第4ないし15行)
「《発明の作用及び効果》
ツール5の先端に図中左右及び前後方向の力が加わると、揺動中心Xを中心としてツール5ひいてはモータ1が傾く。このとき台座11のスリバチ状の凹部の傾斜に沿ってボール13が圧縮バネ19の付勢力に抗して押し上げられる。そうすると、その移動量がセンサ21で検出される。外力が除かれると圧縮バネ19の付勢力でモータ1及びそれに取付けられているツール5は元の位置に戻る。これによってバリ取り作業時に大きな加工負荷に対してツール5を逃したり、その逃げ量を検出することによってツール5の送り速度を落したりし、過大負荷の有無のチェックをする。」

d.(図面)
ジンバル機構9により傾動可能なモータ1に備えられた台座11に形成されたスリバチ状の凹部に1個のボール13が収容されると共に、ツールホルダ本体フレーム7に設けられたボールガイド15に圧縮バネ19が入れられ、該圧縮バネ19によって該ボール13が支えられていること、及びモータ1がジンバル機構9の揺動中心Xを中心としてツールホルダ本体フレーム7に対し傾いていないとき、ボール13が圧縮バネ19の付勢力によりスリバチ状の凹部の最下部に押し付けられた状態を保持することが理解される。

e.摘記事項cから、ツール5の先端に力が加わり、モータ1がツールホルダ本体フレーム7に対し傾いた状態から、外力が除かれ該モータ1が傾いていない位置に戻る際、ボールがスリバチ状の凹部の傾斜に沿って押し上げられた位置からスリバチ状の凹部の最下部に戻ることが理解される。

以上を、技術常識を勘案しつつ、本件発明1の記載に沿って整理すると、甲第16号証には次の事項が記載されていると認められる。
「フローティングツールホルダにおいて、ジンバル機構9により傾動可能なモータ1に備えられた台座11に形成されたスリバチ状の凹部に1個のボール13が収容されると共に、ツールホルダ本体フレーム7に設けられたボールガイド15に圧縮バネ19が入れられ、該圧縮バネ19によって該ボール13が支えられ、該モータ1が該ジンバル機構9の揺動中心Xを中心として該ツールホルダ本体フレーム7に対し傾いていないとき、該ボール13が該圧縮バネ19の付勢力により該スリバチ状の凹部の最下部に押し付けられた状態を保持し、ツール5の先端に力が加わり、該モータ1が該ジンバル機構9により揺動中心Xを中心として該ツールホルダ本体フレーム7に対し傾いたとき、該ボール13が該圧縮バネ19の付勢力に抗して該スリバチ状の凹部の傾斜に沿って押し上げられ、外力が除かれ該モータ1が傾いていない位置に戻る際、該ボールがスリバチ状の凹部の傾斜に沿って押し上げられた位置から該スリバチ状の凹部の最下部に戻ること。」(以下「甲16記載事項」という。)

1.3 R型タッパーにより公然実施された事項
1.3.1 各証拠
ア 甲第17号証
a.(第2回口頭審理及び証拠調べ調書の4.検証の結果の(1)1-4)
「1-4 作業者が、ソケットの下部を台上に固定し、シャンク上部をつかんで傾動させても人力では動かない。」

イ 甲第18号証
a.「カトウ工機株式会社」の所在地として「神戸市中央区元町通5-8-15栗坂ビル」と記載されている。
b.(「R型 ラジアルボール盤用タップ自動調芯タイプについて」)
「自動調芯・自動安全調整装置を内蔵したタッパー!」
「自動調芯装置が下穴との芯差吸収しネジ精度抜群!」
「タップ自動調芯装置とは、ネジ立て作業時のタップとネジ下穴との芯差を、自動的に吸収・補正する機構で、タップ(タッパー)の芯をネジ下穴の芯に合せて、タップの芯ずれによる折損・ネジ山の傾きなどを防止します。」

ウ 甲第19号証
a.(第2欄第7ないし10行)
「本考案はボール盤、其他のねじ切装置に於て回転機構から伝達される回転トルクを正確に被加工物に伝達作用を行うため、その連結部機構中に組み込まれた芯差吸収装置に関する考案である。」
b.(第2欄第26ないし28行)
「シヤンク1の先端と下部駆動体7の受座8との間に球体19を載せた弾機18を配してシヤンク1を支持させ」
c.(第3欄第20ないし22行)
「芯差を吸収するためフロートリング10と下部駆動体7を360°角の自由な方向の移動が容易に出来る様に構成し」
d.(第4欄第1ないし5行)
「偖、ツール5を取りつけてねじ切作業を行う時機械のスピンドルを押し下げて駆動リング9とフロートリング10とを降下させるとスプライン軸の先端が弾機18に抗して球体19を圧接し、その圧力を伝達するものである。」
e.(第4欄第18ないし26行)
「然して駆動リング9とフロートリング10との間に設けた間隙aにより水平移動を容易にして芯差を吸収すると共に、上部クランチ3と駆動リング9との間の間隙b及びシヤンク1の先端と下部駆動体7との受座8との間に介在する球体19は弾機18で押圧せられて点接触に於て支持せられることにより各構成部材が浮遊状態に於て釣合を保つものであり、圧力に対して敏活な順応作用が行われて芯差の吸収を迅速に行うものであり」

エ 甲第20号証
a.「KATO MFG.CO.,LTD.」、「組立名称 MT4-R25」、「製図(A3) H19.12.7」と記載されている。
b.R型タッパーにおいて、シャンク下部に設けられたボール受座に1個のセンタリングボールが係合すると共に、ソケット上に設けられたばね受座にばねが入れられ、当該ばねによってセンタリングボールが支えられていることが理解される。

オ 甲第21号証
a.「登記記録に関する事項」欄に「平成11年9月29日神戸市中央区元町通五丁目8番15号栗坂ビル3階から本店移転」と記載されている。

カ 甲第32号証
a.「R-25型」及び「37.4.27」と記載されている。
b.R型タッパーにおいて、シャンクとソケットとが離間していること、シャンクとソケットの間にはばねとセンタリングボールとが設けられていないことが理解される。

キ 甲第33号証の1
a.「カトウ工機株式会社」、「R25型組立完成図」、「昭和37年10月23日」、「改良 37.12.6」及び「改良 38.5.16」と記載されている。
b.R型タッパーにおいて、シャンク下部に1個のセンタリングボールが接すると共に、ソケット上に設けられたばね受座にばねが入れられ、当該ばねによってセンタリングボールが支えられていることが理解される。

ク 甲第33号証の2
a.「カトウ工機株式会社」、「R25型(ペアンタップ用)組立完成図」及び「昭和38年10月15日」と記載されている。
b.R型タッパーにおいて、シャンク下部に1個のセンタリングボールが接すると共に、ソケット上に設けられたばね受座にばねが入れられ、当該ばねによってセンタリングボールが支えられていることが理解される。

ケ 甲第33号証の3
a.「カトウ工機株式会社」、「R-25TA」及び「昭和42年11月10日」と記載されている。
b.R型タッパーにおいて、シャンク下部に設けられたボール受座に1個のセンタリングボールが係合すると共に、ソケット上に設けられたばね受座にばねが入れられ、当該ばねによってセンタリングボールが支えられていることが理解される。

コ 甲第33号証の4
a.「カトウ工機株式会社」、「組立名称 R25型」及び「製図 47.11.17」と記載されている。
b.R型タッパーにおいて、シャンク下部に設けられたボール受座に1個のセンタリングボールが係合すると共に、ソケット上に設けられたばね受座にばねが入れられ、当該ばねによってセンタリングボールが支えられていることが理解される。

サ 甲第34号証
a.平成19年9月1日に発行された月刊生産財マーケティングの写しである甲第34号証には、「ねじ穴加工のスペシャリスト、カトウ工機は国内で唯一のタッピングアタッチメント専業メーカーだ。」及び「タッパーと言えばカトウ、カトウと言えばタッパーと言われるまで」と記載されている。

シ 甲第35号証
a.(第2回口頭審理及び証拠調べ調書の4.検証の結果の(2)2-25、26)
「2-25 抜け止めリングを手で締め付けた状態で、…(中略)…
2-26 同状態で、作業者が、ソケットの下部を台上に固定し、シャンク上部をつかんで傾動させると、シャンクは円周全方向に数度傾く。」

ス 甲第36号証
a.(2 R型タッパーについて)
「2 R型タッパーについて
…(中略)…
そして、昭和37年後期に改良をした「S37 R25型」以降は、センタリングバネも含め、現行品と同様の構造となっています。勿論、その時々の事情により、外観の一部等の仕様を変更することもありましたが、その基本的な構造、特に調芯機構については、変更したことはありません。実際、私が入社した昭和51年から現在に至るまでの間に、その基本構造が変わることはありませんでした。そのため、今回問題となっている特許の出願時である平成18年5月8日以前の時点において、当社において販売していたR型タッパーの調芯機構と、甲第17号証あるいは甲第35号証の写真に写されたR型タッパーの調芯機構は、全く同じです。このことを、一層明らかとするために甲第33号証の1ないし4の設計図面を提出いたしました。
…(後略)」

セ 甲第37号証の1
a.「KATO MFG.CO.,LTD.」、「組立名称 R25型」、「製図(A3) S47.8.9」と記載されている。
b.「部品共通まる1」欄に「大槻」と記載されている。

ソ 甲第37号証の2
a.「KATO MFG.CO.,LTD.」、「組立名称 R25型」、「製図(A3) S47.08.22」と記載されている。
b.「加工容易まる2」欄に「大槻」と記載されている。

タ 甲第37号証の3
a.「KATO MFG.CO.,LTD.」、「組立名称 R20」、「製図 H4.4.20」と記載されている。
b.「検図 大槻」と記載されている。

チ 甲第38号証
a.「KATO MFG.CO.,LTD.」、「組立名称 R25」、「製図 H15.11.26」と記載されている。
b.「製図 水向」と記載されている。

ツ 甲第39号証
a.「〔D〕各タッパーの特長」の「(8)R型」の項目に、「30年間ベストセラーのカトウタッパーの代名詞。」及び「自動調芯・自動安全装置を内蔵。止り穴、下穴の折れ等も安心してねじ立てができる。使い易さ、信頼性、耐久性は高く、だれにでも、良いねじ立てができる。」と記載されている。

1.3.2 R型タッパーにより公然実施された事項
甲第18号証の摘記事項b及び甲第19号証の摘記事項c、eから、一般的なタッパーの調芯機構は、下部駆動体であるソケットを水平移動させることにより、ねじ軸線の傾きを防止するためのものであることが理解できる。
甲第19号証の摘記事項b、d、eから、ねじ切装置の芯差吸収装置において、芯差吸収装置の各構成部材を浮遊状態において釣合いを保つことにより、芯差の吸収を迅速に行うために、シヤンク1下部に球体19が接すると共に、ソケット6上に設けられた受座8に弾機18が入れられ、当該弾機18によって球体19が支えられるようにしていることが理解できる。
1.3.1に示した各証拠によれば、R型タッパーの調芯機構において、「シャンク下部に設けられたボール受座に1個のセンタリングボールが係合するとともに、ソケット上に設けられたばね受座にばねが入れられ、当該ばねによってセンタリングボールが支えられていること」が理解できる。
また、カトウタッパーのカタログである甲第18号証に、自動調芯装置を内蔵したR型タッパーについて記載されていること(摘記事項b)、及び請求人の閉鎖事項全部証明書である甲第21号証の摘記事項aには、平成11年9月29日に、甲第18号証の摘記事項aに記載されたものと同一の所在地から本店移転したことが示されていることから、R型タッパーは、本願出願前である平成11年9月29日時点において販売の申出がされていたことが理解できる。
したがって、本件出願前に、「R型タッパーに関して、ソケットを水平移動させることによりねじ軸線の傾きを防止するための機構である調芯機構において、調芯機構の各構成部材を浮遊状態において釣合いを保つことにより、芯差の吸収を迅速に行うために、シャンク下部に設けられたボール受座に1個のセンタリングボールが係合するとともに、ソケット上に設けられたばね受座にばねが入れられ、当該ばねによってセンタリングボールが支えられていること」(以下「R型タッパー実施事項」という。)が、公然実施されたと認められる。

甲第17号証の検証結果(第2回口頭審理及び証拠調べ調書4.1-4)によれば、R型タッパーの完成品である甲17タッパーは、作業者が、ソケットの下部を台上に固定し、シャンクの上部をつかんで傾動させようとしても、人力では傾かない。
甲第35号証の検証結果(第2回口頭審理及び証拠調べ調書4.2-26)によれば、R型タッパーの分解パーツを手で組み立てた仮組立品である甲35タッパーは、抜け止めリングを手で締め付けた状態で、作業者が、ソケットの下部を台上に固定し、シャンクの上部をつかんで傾動させると、シャンクは円周全方向に数度傾く。
また、審判請求書における請求人の「請求人のカトウ工機は、従前からR型ラジアルボール盤用タップホルダ自動調芯タイプ(以下、「R型タップ」という。甲17)を販売している。」(第42ページ第19ないし21行)及び「甲第20号証はR型タップの設計図である。」(第43ページ第12行)という主張、並びに甲第20号証の摘記事項aの「製図(A3) H19.12.7」という記載を踏まえると、甲17タッパーと甲35タッパーとはいずれも本件出願後に製造されたものと思われるが、1.3.1で示した各証拠によれば、平成11年9月29日時点のR型タッパーと甲17タッパー及び甲35タッパーとは同様の動作をするものであると推測できる。
したがって、本件出願前のR型タッパーは、仮組立状態においては、ソケットが傾動すると認められるものの、その完成状態において、ソケットが傾動することまでは認定できない。

1.4 甲第22、23号証に記載された周知の事項
1.4.1 各証拠
ア 甲第22号証
a.(発明の詳細な説明、段落1)
「【0001】
【発明が属する技術分野】本発明は、戸建住宅のように比較的軽量で免震を要求する建物のボール型免震支承装置における受け皿に関するものである。」

b.(発明の詳細な説明、段落9ないし13)
「【0009】
【実施例1】以下、図面に基づいて本発明に係るボール型免震支承用受け皿の一実施例を詳細に説明する。
【0010】図1は、本発明に係るボール型免震支承用受け皿の代表的な実施例を示す斜視図である。1はボール型免震支承用受け皿(以下、単に「受け皿」という)で、図2、3に示すように板体2の表面2a側の中央部のみに、残留変位復元用窪部3を設け、裏面2b側は平面状としている。
【0011】板体2は、高張力鋼製の金属製、他の剛性のある無機系の材質のもの等を単体、若しくはサンドイッチ状、或いはその他複合構造状としたものであり、外観は円板等に形成し、図4に示すようにコンクリートの基礎等の支持板4上にモルタルを介して取着固定する。
【0012】更に説明すると、残留変位復元用窪部3は、図1?3に示すように板体2中央部のみに曲面形状を設けたもので、剛球となるボールKの下端部を停止するように構成している。該ボールKは、上方に位置するケーシング5の下面の凹部に回動自在に嵌挿されることにより、当該位置より脱落することはない。
【0013】また、受け皿1は、地震等によって変動が予想される領域をカバーする大きさとし、且つ該残留変位復元用窪部3の大きさ(直径)は、残留変位が予想される領域とし、その形状は例えば円弧状に形成し、ボールKの下部、又は下端部を支承するように形成したものである。」

c.(発明の詳細な説明、段落15及び16)
「【0015】更に具体的に説明すると、図5に示すように、併設される復元装置Aの復元力に対し、受け皿1とボールKとの摩擦抵抗が上回る位置までを窪部(円錐形状)とし(いわゆる残留変位に相当する)、地震等で移動したボールKが、少なくとも上記窪部の端縁部の曲面領域に戻るように構成し、当該箇所に戻った時点では、該ボールKは建物の自重で円錐形状から成る面に沿って自動的に原点に復帰する構造としたものである。
【0016】上記受け皿の動作について説明すると、図4において、実線で示すようにボールKにより原点で支承されていると仮定する。地震等によりボールKが原点から移動した後、復元装置Aの弾性力の発揮により、地震等で移動したボールKが点線で示すE地点又はF地点の位置、すなわち、受け皿1の中央部に設けた残留変位復元用窪部3の領域である窪部(曲面)の端縁部に到達すると、ボールKは住宅等の建物の自重によりその原点位置まで自動的に復帰するものである。」

d.摘記事項cの記載及び図1ないし4の記載から、地震等による変動がないとき、ボールKが残留変位復元用窪部3の略中央で支承され、地震等によりケーシング5が平面方向に移動したとき、該ボールKが残留変位復元用窪部3の外に移動し、復元装置Aの弾性力の発揮により該ボールKが残留変位復元用窪部3の領域である窪部の端縁部に到達すると、該ボールKが該端縁部から該残留変位復元用窪部3の略中央に移動することが理解される。

イ 甲第23号証
a.(発明の詳細な説明、段落1)
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、製品組立ロボット等に取付けて、結合すべきワーク相互間の位置ずれや寸法公差等を吸収する場合などに使用されるコンプライアンスユニットに関するものである。」

b.(発明の詳細な説明、段落9)
「【0009】
【発明の実施の形態】図1乃至図3は本発明のコンプライアンスユニットの第1実施例を示すもので、この実施例のコンプライアンスユニットは、ロボットアーム、またはエアチャックのようなワークチャック手段の何れか一方に取付けるためのボディ1と、他方に取付けるテーブル2とが相互に接合されたものである。そして、上記ボディ1とテーブル2との間に、これらのボディ1及びテーブル2の中心軸線Lに対して直交し且つ互いに直交するX及びY軸方向と、上記中心軸線Lの周りのθ回転方向とについてのコンプライアンス機能を発揮するコンプライアンス機構3が介在されている。」

c.(発明の詳細な説明、段落12)
「【0012】上記コンプライアンス機構3は、上記第2ボディ部8に固定的取付けられ、上記テーブル本体4と第2ボディ部8に収容された上記揺動板5との間、即ちスペーサ6の中腹部分に位置するように配設された、表裏両面が平行平面をなす環状のベース板9と、該ベース板9の表裏面側にそれぞれ配設された複数の鋼球10、及びそれらの鋼球10を回転自在に保持する円環状のリテーナ11とを備えている。上記ベース板9は、その内径が上記揺動板5の外径よりも小さく形成されていて、上記鋼球10及びリテーナ11を介して上記揺動板5及びテーブル本体4とで挟持された態様となっている。上記鋼球10は、上記ベース板9の表裏各面、上記揺動板5の下面側、及びテーブル本体4の上面側とにそれぞれ転がり接触しており、これらの鋼球10の介在によってベース板9と揺動板5及びテーブル本体4とがX及びY軸、並びにボディ1とテーブル2の中心軸線Lの周りのθ回転方向に相対的に変位できるようになっている。この結果、ワーク等の位置的誤差が吸収されることとなる。」

d.(発明の詳細な説明、段落13)
「【0013】また、上記コンプライアンス機構3は、そのコンプライアンス機能によって生じたボディ1とテーブル2との相互の位置ずれを原点位置に戻すための原点復帰機構を有している。この原点復帰機構は、図2に示すように、上記第1ボディ部7の下端側に設けられた復帰用の一対の鋼球22,22と、上記テーブル2の揺動板5の上面側に該揺動板5と一体に変位するように設けられた一対のボール受け23,23と、第1ボディ部7に設けられた、上記鋼球22,22を個別にボール受け23,23に押圧するための弾性手段としての一対のばね24,24とを備えている。上記鋼球22,22及びばね24,24は、上記第1ボディ部7に、上記シリンダ12A,12Bと干渉しないように配設され、また、鋼球22,22は上記揺動板5に対向するように第1ボディ部7の端面から突出可能な状態で設けられている。一方、上記各ボール受け23,23は、上記揺動板5の上面に各鋼球22,22と対応する位置に設けられていて、各ボール受け23,23は円錐状の受け面23a,23aをそれぞれ有し、この受け面23a,23aの中心に上記鋼球22,22を圧嵌させることによりボディ1とテーブル2の相互の位置ずれを原点に復帰させるようになっている。」

e.(図2)
第1ボディ部7に設けられた穴に鋼球22が収容されることが理解される。
f.摘記事項c、d及び図2の記載から、ワーク等の位置的誤差がないとき、鋼球22がボール受け23に係合した状態を保持し、ボディ1とテーブル2とがそれらの中心軸線に垂直な方向に変位することでワーク等の位置的誤差が吸収されるとき、鋼球22がボール受け23の略中央から外側寄りに移動し、ワーク等の位置的誤差が吸収されなくなった際、該鋼球22が該外側寄りから該ボール受け23の略中央に移動することが理解される。

1.4.2 甲第22、23号証に記載された周知の事項
1.4.1で示した各証拠によれば、平面方向の変位によるずれを復元するために、変位していないときには、球が凹部に係合した状態を保持し、過重負荷により平面方向に変位によりずれたとき、球が凹部の略中央から外側寄りに移動し、過重負荷を外されて変位によるずれを復元する際、球が外側寄りから凹部の略中央に移動すること(以下「甲22、23記載周知事項」という。)が、本件出願前に技術分野を問わず周知であったことが理解できる。

1.5 甲第25号証に記載された事項
甲第25号証には、その明細書及び図面の記載を整理すると、次の事項が記載されていると認められる。
「シャンク部2が工作機械の主軸Sに装着された際、該工作機械の位置決めブロックBに係合してハウジング7を位置決めして静止させる手段が前記ハウジング7の側部に設けられ、該手段は、位置決めピン11が該ハウジング7の一側方に、上下方向に摺動可能に且つスプリング27により上方に付勢されて保持され、該位置決めピン11の外周におねじ部16が形成され、該おねじ部16に調整ナット20が螺合して装着されると共に、該調整ナット20の外周部に廻り止め部材19が、その先端を該シャンク部2の下部に取り付けた位置決め用溝18に係合可能に、該調整ナット20の回転を許容して取り付けられ、調整ナット20の回転操作により位置決めピン11を上下動させ、位置決めブロックBに当接した位置決めピン11がスプリング27の弾力に抗して押し下げられることで廻り止め部材19が下動する工具ホルダ。」(以下「甲25記載事項」という。)

2 本件発明1と甲5発明との対比
本件発明1と甲5発明とを対比すると、本件発明1と甲5発明とは、以下の点において一致及び相違する。

<一致点>
「工作機械の主軸にシャンクを着脱自在に取り付け、該主軸の回転により該シャンクおよびホルダーに装着した刃具を回転駆動すると共に、
該シャンクに対し該ホルダーおよび刃具を傾動させて加工を行う加工工具において、
該シャンクの下端部外側にベアリングを介してケースが取り付けられ、該シャンクの下端軸心部に設けた軸孔に吸収ロッドが軸方向に摺動可能に配設され、該吸収ロッドと該シャンク間には該吸収ロッドを軸方向に付勢する吸収ばねが配設され、該ケース内の下部には傾動ケースが軸線に対し傾動可能に配設され、該傾動ケース内にはホルダーがベアリングを介して回転自在に配設され、該ホルダー内には先端に工具用のチャック部を設けた摺動ホルダーが軸方向に摺動可能に配設され、該ホルダーと該摺動ホルダー間には該摺動ホルダーを軸方向に付勢するばね部材が配設され、前記吸収ロッドの下端部と該ホルダーの上端部は相互に自在継手ロッドにより連結され、該自在継手ロッドの外周部の該ケース内に、多数の傾動支持ピンを下方に向けて且つばね部材により付勢して突出させてなる傾動支持ピン装置が配設され、
該傾動支持ピン装置の傾動支持ピンの先端は、該傾動ケースの上部に設けた受圧板に当接し、該自在継手ロッドは、吸収ロッドの下部と連結された第1自在継手部と、ホルダーの上部と連結される第2自在継手部とを中間軸の上部と下部に設けて構成され、
第1自在継手部は、吸収ロッドに対し円周全方向に傾動可能で且つ軸方向に摺動可能に連結され、第2自在継手部はホルダーに対し円周全方向に傾動可能で且つ軸方向に摺動可能に連結される加工工具。」である点。

<相違点>
前者では、第1自在継手部の先端中央に形成された嵌入穴に1個の金属球が転動可能に嵌入されると共に、吸収ロッド側の下端部中央に設けられた受入れ凹部に該金属球が係合し、第2自在継手部の先端中央に形成された嵌入穴に1個の金属球が転動可能に嵌入されると共に、ホルダー側の上端部中央に設けられた受入れ凹部に該金属球が係合し、自在継手ロッドが吸収ロッド及びホルダーに対し直線状態のとき、両側の金属球が両側の受入れ凹部に係合した状態を保持し、自在継手ロッドが吸収ロッド及びホルダーに対し傾動したとき、少なくとも何れか一方の金属球が受入れ凹部の略中央から外側寄りに移動し、傾動荷重を外されてホルダーが傾動状態から直線姿勢に戻る際、該金属球が外側寄りから受入れ凹部の略中央に移動するのに対し、後者ではこのような特定がない点。

なお、請求人は、審判請求書の請求の理由4.(2)ウ(イ)(B)において、上記<相違点>に加えて、甲5発明においては、「第1自在継手部と第2自在継手部の先端が平らに形成されている」との特徴があるのに対して、本件発明1においてはこのような特定がない点を相違点としているが、甲第5号証には、第1自在継手部と第2自在継手部の先端が平らに形成されていることについての記載がないため、本審決では、甲5発明を「第1自在継手部と第2自在継手部の先端が平らに形成されている」ものと認定せず、当該点については相違点としなかった。

3 当審の判断
上記<相違点>について検討する。

3.1 本件発明1の作用効果について
本件発明1は、甲5発明によっては解決していなかった、「加工の高速化が推進されており、それに伴い、自在継手およびホルダーが傾動状態から直線状態に戻る際の、さらなる迅速で円滑な復元性」(本件特許明細書、段落7)という課題を解決するために、本件発明1の<相違点>に係る構成を採用したことにより、「ホルダーが直線姿勢に戻る際、傾動支持ピン装置の円周方向への動きは、より円滑となり、ホルダーや刃具の暴れを防止すること」(本件特許明細書、段落24)ができたものである。
したがって、本件発明1の<相違点>の発明特定事項はさしたる寄与をしていないという請求人主張を採用することはできない。

3.2 甲5発明と甲16記載事項との組合せについて
甲5発明と甲16記載事項とは、両者とも加工工具であり技術分野は共通しているが、前者は、主軸に取り付けられるシャンクに配設された吸収ロッドと、刃具が装着されるホルダーとの間に自在継手ロッドを設けてホルダーを傾動可能とするのに対し、後者は、ジンバル機構によってツール5を保持するモータ1を傾動可能とするものである。また、前者は、自在継手部の傾動中心が、吸収ロッドやホルダーに対して機械的に固定されていないのに対し、後者は、傾動中心である揺動中心Xが、ジンバル機構9によって、ボールガイド15が設けられたツールホルダ本体フレーム7に対して機械的に固定されている。
このように、両者はその機序が異なるため、甲5発明に甲16記載事項を適用する余地はない。
したがって、本件発明1は、当業者が甲5発明に甲16記載事項を組み合わせて容易に発明することができたものということはできない。

3.3 甲5発明とR型タッパー実施事項との組合せについて
甲5発明は、工作機械の主軸にシャンクを着脱自在に取り付け、当該シャンクに対し、当該ホルダー及び刃具を傾動させて加工を行う加工工具であって、甲5発明とR型タッパー実施事項とはその機序が異なるのみならず、甲5発明における傾動とR型タッパー実施事項においてソケットを水平移動させることとは明らかに異なるから、甲5発明にR型タッパー実施事項を適用する余地はない。
したがって、本件発明1は、当業者が甲5発明にR型タッパー実施事項を組み合わせて容易に発明することができたものということはできない。

請求人は、「甲18ないし20並びに甲33より明らかとなる構造に鑑みれば,シャンクに対してソケットが傾動した際に,センタリングボールがボール受座の略中央から外側寄りに移動しうることは見て取れる」(平成24年2月24日提出口頭審理陳述要領書(4)第10ページ第2ないし5行)と、また、「甲18ないし20及び33の記載からは,「該ケースが該スプライン軸に対して傾動したとき、該センタリングボール23が該凹型の受け部の略中央から外側寄りに移動し、傾動荷重を外されて該ケースが傾動状態から直線姿勢に戻る際、該センタリングボール23が該凹型の受け部外側よりから略中央に移動する」(審判請求書44頁)ことが分かる。」(同第10ページ第20ないし24行)と主張している。
しかしながら、1.3.2において示したとおり、本件出願前のR型タッパーは、仮組立状態においては、ソケットが傾動すると認められるものの、その完成状態においては、ソケットが傾動することまでは認定できない。
仮に、R型タッパーの完成状態において、ソケットが傾動するものであったとしても、そもそも、R型タッパーの調芯機構は、ソケットを水平移動させることによりねじ軸線の傾きを防止するための機構であって、通常の使用時において傾動することを前提としておらず、このことは、請求人が、R型タッパーについて、「通常の使用形態において,大きな傾動が必要とされていない」(平成24年2月24日提出口頭審理陳述要領書(4)第9ページ第10ないし11行)と認めるとおりである。
また、平成24年2月1日付け通知書の第2(4)において、甲第20号証の設計図について、「テーパの位置、形状から考えても、傾動中心はセンタリングボール23の近傍ではないかと思われる。そうであれば、略中央から外側寄りにほとんど移動することはないのではないか。」と指摘したにもかかわらず、請求人は、センタリングボールが凹型の受け部の略中央から外側寄りに移動することについて全く証明していない。
さらに、甲第18ないし20及び33の1ないし4号証のみならず、他のいずれの証拠によっても、シャンクに対してソケットが傾動した際に、センタリングボールがボール受座の略中央から外側寄りに移動することは理解できない。
したがって、いずれにしても請求人の主張は採用できない。

3.4 甲5発明と甲22、23記載周知事項との組合せについて
甲5発明は、工作機械の主軸にシャンクを着脱自在に取り付け、当該シャンクに対し、当該ホルダー及び刃具を傾動させて加工を行う加工工具であって、甲5発明と甲22、23記載周知事項とはその機序が異なるのみならず、甲5発明における傾動と甲22、23記載周知事項において平面方向に変位することとは明らかに異なるから、甲5発明に甲22、23記載周知事項を適用する余地はない。
したがって、本件発明1は、当業者が甲5発明に甲22、23記載周知事項を組み合わせて容易に発明することができたものということはできない。

3.5 甲5発明と甲25記載事項との組合せについて
上記1.5にて指摘したとおり、甲第25号証には、<相違点>に係る発明特定事項に関する記載はない。
したがって、本件発明1は、当業者が甲5発明に甲25記載事項を組み合わせて容易に発明することができたものということはできない。

3.6 甲5発明、甲16記載事項、R型タッパー実施事項及び甲22、23記載周知事項及び甲25記載事項の組合せについて
3.2ないし3.5において述べたとおり、本件発明1は、甲5発明に甲16記載事項、R型タッパー実施事項、甲22、23記載周知事項及び甲25記載事項をそれぞれ組み合わせることによって、容易に発明をすることができたものということはできない。
したがって、本件発明1は、当業者が甲5発明、甲16記載事項、R型タッパー実施事項、甲22、23記載周知事項及び甲25記載事項をどのように組み合わせたとしても、容易に発明をすることができたものということはできない。

4 まとめ
以上のとおり、本件発明1は、当業者が甲5発明、甲16記載事項、R型タッパー実施事項、甲22、23記載周知事項及び甲25記載事項をどのように組み合わせたとしても、容易に発明をすることができたものということはできない。
また、本件発明2ないし8は、いずれも上記<相違点>に係る発明特定事項を含むから、本件発明1と同様に、当業者が甲5発明、甲16記載事項、R型タッパー実施事項、甲22、23記載周知事項及び甲25記載事項をどのように組み合わせたとしても、容易に発明をすることができたものということはできない。
よって、請求人の無効理由2に関する主張には理由がない。

第7 むすび
第5のとおり、本件発明1ないし8に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反して特許されたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2012-04-20 
出願番号 特願2006-129379(P2006-129379)
審決分類 P 1 113・ 112- Z (B23Q)
P 1 113・ 121- Z (B23Q)
最終処分 成立  
前審関与審査官 筑波 茂樹大川 登志男  
特許庁審判長 豊原 邦雄
特許庁審判官 藤井 眞吾
千葉 成就
登録日 2006-10-20 
登録番号 特許第3868474号(P3868474)
発明の名称 加工工具  
代理人 後藤 昌弘  
代理人 飯島 歩  
代理人 江間 路子  
代理人 横井 知理  
代理人 村松 孝哉  
代理人 飯田 昭夫  
代理人 松下 外  
代理人 上田 千織  

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